白レンとシオンと


   /?

 さて、ここはいわゆる喫茶店。そこにいる2人の話をしよう。

「タタリ、甘いものばかりを食べるのは栄養が偏ってしまいます。それに虫歯になっても知りませんよ」
「ちょっとシオン、いい加減タタリって呼ぶのはやめてくれない? 私はレンって名前があるんだけど」
今回の主役はこの2人の女性だ。

 1人は紫で服をコーディネートしたおさげの女性、名はシオン。
吸血鬼化の治療をするといってアトラスに帰ったはずだけど、どうやら志貴の家を訪ねてきているようだ。

 もう一方は逆に白で服を統一し、そのかわいさで周りのやつらの注目を集めている女の子、名は一応レンだ。
一応というのは、あのレンはブルーがタタリの残骸とレンの使われなかった部分を集めて作ったもので、あの体は別の魔術師が作った別物だ。
同姓同名もいる事だし、とレンの名を使ったままだ。たまに使う名前がレン・エルトナム・アトラシアらしい。
…何でだろうか?

 当然タタリである以上シオンと意見が合わないのは当然だけれども、それも志貴たちのおかげでやわらいでいるらしい。
で、その2人、今は喫茶店で仲良くランチタイムと言う訳だ。
せっかく志貴も休みだって言うのに2人は彼を誘いもしないでここに来ているのだ。
そういうところはシエルやレン達より押しが弱いかもしれない。

「志貴の手前、仲良くはしていますけど、私は貴女を許したりはしない」
「結構よ。元々そんな間柄でもないしね」
ふふっと笑ってレンはホットココアに口をつける。
そんでこの世の至福とばかりにほわわーんといった感じになった。
店内からも思わずため息が聞こえた気がした。

 さっきから話す内容がかたっくるしい事ばかりもあれば、志貴や遠野の家全体に対する不満もある。
んー、あのメイドが聞いてたらどう思うんだろうか?

「大体琥珀の奴、私を風呂に入れようと色々とするけれど、私たちには必要ないって分からないのかしら」

「志貴は愚鈍すぎます。しかし、ここぞという時にはとてつもない直感力を発揮するから余計に気になってしまう」

 まあ、こんな感じの話があったと言えば分かると思う。
さて、時刻はもう2時をまわり、ランチタイムもそろそろ終了だ。
ランチタイムが終われば客層もがらりと変わってくる。

「タタリ、そろそろランチタイムも終了です。店を出ましょう」
「そうね。別の事も色々としたいし」
そう言って立ち上がったのはレン1人。シオンの方は伝票を探している。

「ここは私がおごるわ。シオンはもっとくつろいでてもいいのよ」
「そうはいかない。デートをしているわけではないし、割り勘が一番ふさわしい」
そう言いながらシオンはポケットの中に手をいれ、財布を捜す。
と、そのシオンの顔が一瞬青ざめた。

「どうしたのよシオン」
無表情でレンはまた席に座った。
咳払いをするシオンは、何も言おうとしない。
それどころか、

「すみません、アイスティーを追加で」
と言ってのけた。
レンはこれに確実にあきれ返っている。

「はあ?」
「それとホットココアも追加でお願いします」
追加注文を聞いたウェイトレスは会釈をすると、伝票を持って下がっていった。
レンはまゆをひそめる。

「ちょっとシオン、どういう事よ」
「こんな事は予想外です」
そう言ってシオンはポケットを裏返してみせる。
何も入っていない。

「財布を忘れました」
「…は?」
レンの目は点になっている。
これを志貴のニセモノが見たらどう思うだろうか?

「どういう事よ」
「事実をそのまま述べただけです。持ち合わせがありません」
「はあ…」
ため息をつくレンは自らのポケットの中に手を入れる。

「なら別に追加注文を頼まなくても、私が出してあげるわよ」
「必要ありません。今分割思考で解決策を導こうとしていますから」
「だから私が出す事が最善の解決策…」
そう言っていたレンの言葉も止まり、青ざめてしまう。
服をパンパンと叩いたり、ポケットを開けて覗き込むけれども、結果は同じだ。

「…そんな、私ともあろうものが忘れるだなんて…!」
「はあ、あなたもですか」
自分の事は棚に上げてため息をつくシオン。

「そういうあなたこそ忘れたくせに、私を笑う事なんてできないわよ!」
「なっ! それでは私が間が抜けているように聞こえるじゃないですか!」
「事実じゃない! 大体あなたが…!」
お二人さん、ここが公衆の面前だって分かってます?
客どころか従業員まで注目してますけど?
2人もそれに気づいて、はっとして声のトーンを落とす。

「…これはツケなんて効きそうにないわね」
「この際誰かに借りるのが一番だと私は思いますけど」
そのシオンの意見を、レンは哂いで返す。

「あらシオン、アトラシアの称号を持つエルトナムの娘が考えた結論がそれ?」
「なっ! ならあなたは私たちに皿洗いをしろと言うのですか!」
「まさか、そんな事する必要なんてないわよ」
と、レンは手を高々とかかげた。
はた目からも魔力が収束しているのが分かる。

「誰かに財布を届けさせればいいのだから」
そして、


「さあ、遊んでらっしゃい。七夜」


その魔力を解き放った。
それは収束し、1人の青年を作り出す。
しかも誰も見ていない方向にちゃんとやっているあたりが抜け目ない。

「やれやれ、せっかく最悪の死人ライフを満喫していたって言うのに、俺を起こしたのは誰かな?」
出てきた学生服の男子は開口していきなりそう言ってのけた。
知らないやつが聞いたらまずキザとの印象をうかべるだろう。
その言葉には召喚した本人もあきれている。

「私に決まってるでしょう、七夜。ズェピアやシオンにこんな事ができると思って?」
「いや、先生ならやりかねないかとは思ってるがね」
いやみではない笑いを浮かべてその召喚された学生服の青年、七夜志貴はレンの方に近づく。
それをシオンはただ睨みつけていた。

「タタリ…! あなたは…!」
「無駄な話はいいわ。七夜、あなたには重要な仕事をやってもらうわ」
「へえ、重要、ね。例えばそこにいるお嬢さんをバラバラにするとかか?」
全く冗談を含まず、七夜はそう言ってのけた。
一瞬シオンと七夜との間の雰囲気が明らかに変わったけど、また元に戻る。

「財布取ってきて」
「は?」
あ、志貴とはまた違った間の抜けた顔だ。
七夜、顔は志貴と同じだけど、なんだかその歪んだ顔は見ていてむかつく。
その顔で間の抜けた顔をされるとすっごく意外だ。

「今何ていった?」
「二度言わせる気?」
再度の問い詰めにもいたって平然としながら、レンはホットココアに口をつける。
そんなレンに、七夜はいたって普通に語りかける。

「へえ、殺すしか能のない俺に、それを言うのか」
「そうよ」
ただ、直後にでもレンを殺すような雰囲気は出しているけど。

「なら君は…」
「そういえば琥珀が人体実験したいって言ってたわよね」
「やろう、てゆうかむしろやらせてください」
うあ、はや。
七夜も琥珀は苦手なんだ。ちょっと意外。まあシエルのやつを出し抜くし、そうでも不思議はないんだけど。

「じゃあがんばって行ってらっしゃい」
「く、いいだろう。地獄に落ちろマスター」
誰の台詞だ誰の。
半なきしながら出て行った七夜を尻目に、レンはあくまで優雅だ。シオンもあくまで無表情で飲み物を飲んでいる。

「…えげつないですねタタリ」
「そう?」
「刃牙をはめた猪狩並に」
「それは光栄ね」
…評価が違うんだ。猪狩に関して。
てゆうか錬金術師の会話がアレって…ね…。

   /三人称

 七夜は走りもせず、ただ歩いていた。
別に殺し合いをしに行くのでもないし、急ぐ必要もあるまいと思っているからだ。
本当ならあの命令だって簡単に断れた。
いくら相手がタタリやシオンだからとは言え、あそこは街でも雪原でもない。屋内ならこちらの方が最大限に実力を発揮できるからだ。
が、

「まいったね、どうも…」
志貴がイロイロとやられているのをハタから見ていると、こちらも苦手意識を持ってしまうな…などと思っていた。
普通なら平和なひと時だろうが、七夜にとっては悪夢そのものだ。
と、

「あら、志貴じゃない」
「え?」
いきなり声をかけられたので、ふりかえる。
それが例えアルクェイドやシエルであっても、そんな反応は示さなかっただろう。が、

「せ…先生?」
目の前にいたのはどこかにいっているはずの、青子だったりする。
いつぞやで見たときのように、ラフなスタイルだ。

「…と思ったらもう1人の方かー。まあ、志貴には変わりないかな?」
「で、俺に何のようです?」
殺し合いだったら大歓迎ですよ、と付け加えてただ淡々と七夜は語る。
まあいいか、と言いながら青子は用件を述べる事にした。

「実は協会に面倒な事を押し付けられてさ。志貴についてきてもらおうかなーって思ったのよ」
「へえ、それはまた気苦労がたえませんね」
「…(七夜の方もニヒルな感じがしてこれはこれで…)」
「どうしたんです?」
「え!? いや、なんでもないわよ」
心底からため息をつく七夜。が、不満を言うほど命は軽くない。無残なメは御免だ。

「で、その相手は?」
「守護者でも腰が引けるような幻想種」
「ごきげんよう先生。今度は殺しあいましょうか」
「まてまてまてまて」
ぐわし、と七夜の肩を掴む青子。

「何が不満なのよ」
「先生、俺は殺人鬼だ」
「そうね」
「勇者ではない」
「それはそうでしょうね。志貴は勇者なんてガラじゃないし」
「したがって別の人を当たってくれ。もしくは志貴本人にでも。俺がしたいのは殺し合いであって魔物退治じゃない」
しゅた、と手をあげながら青子から距離を少しずつ離す。
それに対して青子は七夜ににじりよっていく。

「あなただって女泣かせの志貴でしょう?」
「その表現は正しいが、違う」
「逃げるなら、いや、もう遅いわね」
「俺の台詞だし」
七夜、全力でダッシュ開始。人ごみの中を力石もびっくりなフットワークですり抜けていく。
対する青子、やはりダッシュ開始。その青子の雰囲気から誰もが彼女をよけていく。

「逃げるなー!」
「だから志貴にやらせろそういう人助けは!」
街を2人の声がこだました。

   /?

「…遅いわね」
「人選そのものが間違っていた。彼に任せるべきではなかったのです」
あれから数十分、七夜は全く音沙汰がない。
レンは少しイライラしながら机を指で叩き、シオンは呆れながら飲み物に口をつける。
…さっきの追加オーダーであくまでねばる気か? 店の人がなくよ?

「ここは電話で翡翠や琥珀を呼び出すべきです。それの方が確実だ」
「こっちのヘマなのに呼び出すだなんて、そんな迷惑はかけられないわ。自力で何とかするべきよ」
言っている事はごもっともな事だ。
ならどうする? お2人さん。

「では先ほどのように誰かをまた呼び出すのですか?」
「そうね、そうさせてもらうわ」
そしてまたレンは手に魔力を集中させる。


「四季、こんどはあなたの出番よ」


「ふっ、ようやく出番が回ってきたか!」
びしっとかっこつけて現れたのは志貴と同世代の白髪の青年。
ただ、そのかっこつけは和服姿にあまり似合っていない。

「さて、オレに何のようだ? 秋葉とくっついてくれというのなら大歓迎だぞ!」
「…ロアってこんな性格でしたっけ…?」
「ロアじゃなくて四季よ。別人って思ってくれればいいわね」
四季を完全に無視してシオンとレンはひそひそと何かを話す。
当然の事ながら四季には全く聞こえていない。

「じゃあ四季、悪いけど遠野の屋敷から私かシオンの財布を取ってきてちょうだい」
「は? なぜオレがそんな事を…」
「報酬は秋葉とのデートのセッティングで」
「このオレに任せておけ!」
そう言うが四季はダッシュで店から出て行った。
正直その格好だと非常に目立つ気がするけれども。

「あとはがんばってもらいましょうかしら」
「…タタリ、本当に成功したら秋葉とデートさせる気ですか?」
「セッティングはするわよ。魔術師は対価交換が原則ですから」
でも、と続ける。

「そのデートに秋葉が同意するかはまた別問題ね」
うあ、外道ー。

「…それはどうかと思うのですが…」
シオンはそうは言うけれども、それ以上は言う事はなかった。

   /四季

「し…四季さま…!?」
オレの家の門前では、翡翠が待機していた。
そろそろ志貴のやつが帰ってくる頃なのか?

「よ、翡翠。元気そうじゃないか」
しゅた、と手を上げてさわやかにオレは翡翠に笑いかける。
あれ? 思いのほか不評? おかしいな…。

「どうして四季さまがここに…!?」
なんか幽霊でも見たような顔してるな。オレ今そんなに変な顔してるかー?

「シオンとレンの奴が財布を忘れたらしくてな、オレが取りに来てやったんだよ」
「あ、そうですか…」
うん、納得してくれたようだな。よかったよかった。

「秋葉は屋敷か?」
「え? はい。姉さんとレンさんが今屋敷にいらっしゃいます。財布は私が取ってまいりますので居間にいらしてください」
「そんな事する必要はないぞ。オレが取りに行けばいいんだから」
「しかし…」
ああもう、

「アイツの帰りを待ってるんだろ? だったらそこにいる必要があるんじゃないのか?」
「あ…」
「まあそんな手間はかからないだろうからな」
そう言うとオレはとっとと屋敷に入る事にする。

「あ、しかし四季さま。シオン様やレン様のお部屋は…」
「分かってるって」
白いのたちにたまに呼び出されてこきつかわれてるから部屋割りぐらいは把握している。

 てなわけでとっととシオンの部屋に入る事にする。
白いやつの部屋はいい思いしてないからな。実験されたりイロイロと。

「…つっても…」
見事なまでに整理整頓されてるな。
魔術師っていうぐらいだからもっとごちゃごちゃしてるかと思ったんだが。

「ま、いっか」
片っ端から探す事にするか。

「…まず机の上にはなし、ベッドの近くにもねぇな。だとすると」
几帳面にも引き出しの中か。
えっと、まず一番上は爪きりとかの日用品か。
次は文具入れか。鉛筆でもボールペンでもなく、インクを使うやつを使ってるのか。

「…ないな」
全部探したが、引き出しではなかったか。
クローゼットにあるとは思えんし、

「…タンスの中かー?」
パスポートとかも見かけないし、多分こんなかだろう。
と、タンスを開けたオレの前に現れたのは、

「し…下着…」
シオンのやつ、意外とシンプルに白かー。
まあオレには関係ない話だ。たたみ方も雑でいいだろ。

「あら四季さま、何をしてらっしゃるのですか?」
「見りゃ分かるだろ。サイフ探してんだよ」
顔は向けずに下着を引き出しにつっこみ、そのまましまう。
声からしてどうせ琥珀だろ。

「いえ、私には下着を物色しているようにしか見えないのですが?」
「そんな布切れに興味はないぞ」
これは事実だ。
なんと言ってもオレは秋葉ひとすじだからな!

「ではこちらの方にもそのご説明で通じるか試しては?」
「は?」
何だよその意味深な発言は。
と振り返った先にいたのは…。

「…まあ、この際なぜあなたがここにいるかは不問にしておきましょうか…」
といって髪を真っ赤にして微笑みを浮かべる我が妹、秋葉だった。

「おお秋葉! 遠慮なくお兄ちゃんと呼んでくれていいんだぞ!」
「そんな戯言よりも、今の状況を簡潔にお聞きしてよろしいでしょうか、 おにいさま・・・・・
うん、やっぱり秋葉は優しいな。あいつらとは大違いだ。

「シオンとレンが財布を忘れたらしくてね。オレが取りに着てやったんだ。やさしいだろ?」
「そのついでに下着の物色ですか。とても男らしいですよ」
「秋葉、オレは下着になんか興味はないぞ」
さっきも言った事をそのまま繰り返す。

「へえ、でしたら先ほどの行為は何でしたの?」
「さっきの行為? だから財布を探して…」
「今度から嘘をつくのでしたらもう少しまともなものをつく事ですね」
はっはっは、やだなー秋葉は。
琥珀はいつの間にかオレの前から姿を消している。何でだ?

「さあ、お覚悟はよろしくて?」
「いや、覚悟って何だよ?」
なーんか紅い秋葉の髪が動き出してるんだけど。

「もちろん、これからイロイロとされる覚悟ですよ」
あー、これはこの頃話題のツンデレってやつか。
お兄ちゃんは納得したぞ。

   /?

「あのザ・役立たずども…使えねぇー…」
「だからそもそも人選が間違っていたと何度言えば分かるのですか」
また数十分後、だれるレンと厳しく追及するシオン。
うーん、さっきと同じで不毛だ。

「ネロもズェピアも昼間じゃ使えないし…、しょうがないわね」
「まだあなたが何かをするのですか? ここは私が対策を行ないますから」
「いいから見てなさいって」
そう言ってまた魔力を収束させて、今度出してきたのは…。

「ふん、また性懲りもなくわたしを呼び出すだなんて…」

「し…真祖?」
シオンの体が少し退く。
そう、召喚されたのは間違いなくあの金髪の美少女だった。
だけどこれも間違いないが、どこかが違う。
まあ、おおかたタタリの夜に出現させた、魔王部分の美少女だろう。

「この前も見たばっかでしょう。七夜や四季と違って扱いづらいし…」
それはそうだ。分別がなく殺戮と破壊にいそしむ彼女をどうやって使役するんだ?
レンはそんな事を言いながら、仮にワルクェイドとでもしておくか、彼女に顔を向ける。

「じゃあ早速だけど、空想具現化で金出して」
「ぶっ!」
思わずシオンはふきだす。

「タタリ! 贋金作りは資本主義経済を大きく破綻させる第一要因ですよ! それをあなたはやろうって言うんですか!」
「いいじゃない。たかが数千円ぐらい」
「よしんばそれが許されたとしても…」
あ、シオンの奴かなりあわててるな。許されるわけないじゃん。

「彼女がそんな酔狂な事をするはずが…!」
「いいわよ」
「ほら、彼女も…」
と、ここでレンとシオンが止まる。

「「いいわよ!?」」
「ええ、何たくらんでるのか知らないけど、それぐらいはやってあげる」
この言葉は2人にとっても意外だったようで、目を丸くしている。

「見てなさい!」
そう言ってワルクェイドは手っ取り早く虚空から何かを出し、テーブルに叩きつける。

「細部まで皆同じ。どうよ?」
「…ええ、確かに細部からナンバーにいたるまで、ぬかりはないようですね」
出してきたお札を光にすかしながら、シオンはつぶやく。
けどその表情はどこか曇っている。

「何か文句でもあるの?」
「ええあります」
むっとするワルクェイドにシオンはきっぱりと言い放った。

「なぜ夏目漱石や新渡戸稲造すらクビになったというのに今さら聖徳太子なんですか! おかしいでしょう!」
「あら、現行法ではこれはまだ使えるはずだけれども?」
「そういう問題ではありません!」
ばんっとテーブルを叩くシオン。ちなみに聖徳太子は旧一万円札の事だ。
うーん、命知らずー。

「うるさいわね。ならこれでどう?」
ワルクェイドは再び何かを出し、テーブルに置く。

「これは…」
「これで文句ないでしょう」
「真祖、私たちは店から出たいんです。だと言うのに小切手ですか!」
「あら、ご不満?」
テーブルに叩きつけた小切手をびりびりに引き裂くシオン。
レンはその破片を集めてみる。

「すご…! これ億単位行ってるわよ。もったいないわね」
「タタリは黙っててください! いいから福沢諭吉を出しなさい!」
「ごちゃごちゃうるさいわね。そこまで言うなら殺してあげる」
「強制退場」
殺気をみなぎらせるワルクェイドに対し、シオンはスプレーのような何かをふきかけた。
途端にうめくワルクェイド。

「それ何よ?」
「痴漢撃退用のにんにくスプレーです」
うあ、えぐ。
うめくワルクェイドはそのまま退場となった。

「全く、今度は私がしますからあなたは黙っていてください」
「エーテライトで店員を洗脳するのはやめなさいね」
「誰がそんな馬鹿みたいな事を。ようは取りに行かせる人選が間違いだったのです」
そう言うと、先ほどのレンと同じように魔力を収束させる。


「いでよ! 盾の騎士よ!」


いや、思いっきり目立ってる気がするんですけど。これは要シエルかな?
そんなこんなで出てきたのは、いかにも騎士団の人間と言った感じの銀髪の女性だった。

「リーズ、早速ですが遠野の屋敷から財布をとってきてください。私の部屋のタンスの上から三番目に入ってます」
「『民のうちの鈍き者よ、悟れ。愚かな者よ、いつ賢くなるのだろうか』、詩篇第94篇8節。会っていきなりそれ?」
久々の再会で第一声が「財布とって来い」じゃ誰もが不満持つって。

「お願いします、リーズ」
「はあ、分かりました。では取ってきましょう」
ため息をつきながら、彼女は店を出て行ったのだった。
シオンは自慢げにレンの方に顔を向ける。

「彼女なら七夜や四季と違い、間違いなく財布を取ってきてくれるでしょうね」
「さあ、それはどうかしらね…」
レンのつぶやきがこれからを暗示してるような気がするけど…。

   /秋葉

「全く、シキのやつ…」
檻髪で略奪され、干からびたミイラよろしくになってるシキを放り、ため息をついた。

「秋葉さま、四季さまはどうなさいます?」
「燃えるゴミにでも出しておいて」
私はそっけなくそう言い、シオンの部屋を後にする。

全く、兄さんといいシキといい。どうしてこうろくでもないのかしら。
特に兄さんはカレー先輩にアーパー吸血鬼、それに少女にメイド、錬金術師も入ってきたし…。

「ああもう!」
考えただけでいらいらする!
こんな時は紅茶でも飲んで気分を落ち着かせましょうか。

 と、玄関付近を通りすぎようとして、見知らぬ女性が目につく。
明らかに日本の人ではなく、背中には斧だかコントラバスだか分からないけど、大きなものを背負っている。
…また顔は整っていて胸は…。

「どなたかしら、無断でこの屋敷に入るだなんて」
笑みを浮かべながら私は彼女に近づいていくが、その彼女は少し後ろに下がった。
なんでかしらね?

「初めまして、遠野秋葉さん。私はリーズバイフェと言います」
「え? ええ、初めまして」
リーズバイフェと名のる彼女が丁寧にお辞儀をしたので、私もおじぎをする。

「それで、リーズバイフェさん。遠野家に何か御用かしら?」
「シオンが財布を忘れたようなので、私が取りに来ました」
「え?」
その言葉は、さっきシキが言っていた事をそのまま繰り返しているようで。

「シオンが財布を?」
「ええ、白い少女と共にそこの喫茶店で」
「何てこと…」
思わずつぶやきながら視線を外す。
シキの言っている事は真実だったのね…。

「分かりました。財布は私が直接とどけますから、貴女はどうかくつろいでいてください」
「え? しかしそれでは…」
「琥珀、お客様のおもてなしをなさい」
「はい、かしこまりましたー」
琥珀は一礼してリーズの方に近よっていく。

「ではリーズ様、どうかおくつろぎを」
「しかし頼まれたのは私であって秋葉では…」
「いいですからいいですから♪」
無理に琥珀はリーズを居間へと連れて行く。
全くシオンったら、そうならそうと早く電話でもかけてくればよかったものを。

「…でもシオンの事だから、私たちに迷惑をかけてほしくなかったのかもしれないわね」
だとしてもシキを使いによこすのはどうかしらね…。

「それでは琥珀、留守番をよろしく」
「はい、いってらっしゃいませ」
シオンの財布はわりと簡単に見つかった事だし、これなら数十分で帰ってこれるわね。

 時刻はもう少しで三時かしら。
兄さんは「有彦たちと学校で用事があるんだ」と言って朝早くに出かけていってしまったし、帰ってくるのは夕方と言っていたからまだでしょう。
本当だったらゆったりとした休日を兄さんとすごしたかったのに。

「でもご学友と用事なのでしたら私の出る幕はないし…」
あのカレー先輩とアーパー吸血鬼でないだけでもよしとしま…。

「遠野くん、乾くん、今日はどうもありがとうございますね」
「いえいえ、シエル先輩のためなら火の中でも水の中でも駆けつけますよ! そうだろ遠野」
「有彦、そういう事はうかつに言わない方がいいぞ」
目の前の光景に凍りつく。
目の前にいたのは兄さんと乾先輩の2人。これは兄さんのおっしゃってたとおりだから別に問題はない。
でも2人の間にいる人物は?

「お、秋葉ちゃんじゃないか。奇遇だね」
「あら、秋葉さん、こんにちは」
乾先輩とその女性、カレー先輩がこちらに挨拶をしてくる。

「こんにちは、シエル先輩、それから乾先輩」
私も2人に答え、挨拶をする。
さて、では何もしゃべらない兄さんにこの状況をたっぷり説明していただきますか。

「で、兄さん。たちの部分の1人にシエル先輩がいるだなんて聞いてませんけど?」
「う、秋葉。これには深いわけがあってだな…」
明らかに挙動不審の兄さん。体が逃走に備えていて、後ろに下がっていく。

「ええ、ですからそのご説明を早くしていただけますか?」
「ならまずその紅い髪をどうにかしてくれ。説得力が…」
「これがナチュラルヘアーじゃないですか兄さん。気になさらないでください」
「うそだ! 絶対にうそだ!」
下がる速度が少しずつ上がっていく。

「そのあかね的行為は改めた方がいいぞ!」
「遠野くん、らんま1/2は秋葉さんには分からないと思いますけど」
そのらんま1/2とやらに関しては全く分からないけれども、別に私には関係のない話でしょう。

「ではお覚悟はよろしくて?」
「全然よくないぞ秋葉!」
あ、逃げましたね。なら追いかけるまでです。

「待ちなさい兄さん!」
「待ったらどうなるか分かったもんじゃないって!」

   /?

「…おかしい。遅いですね」
「私もわりとリーズには期待してたんだけどねー…」
あれからまた数十分、時刻は3時をまわった。
だというのにリーズバイフェは帰ってこなかった。
さすがにしびれをきらす2人。

「こうなったら背に腹は変えられないわ。電話して翡翠に立て替えてもらいましょう」
「…そうですね。召喚の手段で失敗した以上、誰かに金を借りる以外なさそうですから」
どうやら自力で何とかする案はやめたようだ。
おとなしく2人は店内に設置されている電話に向かう。

『はい、遠野です』
「あ、琥珀。悪いけど私かシオンの財布を届けてもらえるかしら」
と、いきなりこんな会話を始める。

『財布ですか?』
「ええ、どじって2人とも財布忘れちゃったのよ。財布の場所は…」
『シオン様の財布でしたら秋葉さまが届けに20分ぐらい前におでかけなさいましたよー』
「え?」
レンの表情が変わる。

「それどういう事?」
『先ほどリーズ様がお見えになられ、その事をお伝えしたら秋葉さまが自分で届けると言ってでかけました。まだ着いてないんですか?』
「…来てないわね」
店内を見渡して、そう言う。

『でしたらもうすぐだと思いますのでお待ちくださいなー』
と言って琥珀は電話を切った。
改めてため息をつくレン。

「二十分前に秋葉が屋敷を出たそうよ。財布を持ってね」
「秋葉が? リーズたちは?」
「どうやらたどり着いたのはリーズだけみたいね」
その言い方は少し悔しそうだ。

「ですが、屋敷とこの喫茶店はせいぜいゆっくり歩いても15分。秋葉が道草を食うとは思えません」
「同感ね。何か起こったのかしら」
当然2人は今秋葉が志貴を追いかけている事を知る由もない。

「ここは私が秋葉を探してきますからタタリは…」
「そう言って逃げるつもりでしょう。そうはいかない。それなら私が行くわ」
「なっ! そういう貴女こそそのまま逃げるつもりでしょう! そうはいきません!」
あーあ、また不毛なやりとりがはじまったよ。
てゆうか他の客がよく注目しないでいられるね。

「もう誰かを召喚して探させるなんて手段はできません。ここはどちらかが行くしかないんですよ」
「なら秋葉の事は放っておいて、シエルでもアルクェイドでも呼べばいいじゃない。ようは金さえ持っていればいいんだから」
「貴女は秋葉の親切を無下にすると言うのですか!」
「道草食ってる相手の事なんかどうでもいいわよ。皿洗いよりははるかにマシね」

 と、2人の言いあいはかなりの間続く。
と、そんな店内に1人の男性が入ってくる。

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
「あ…先客がいるんだ…。探してもいいかな…?」
その男性は、ものすごく疲れているようだった。
と、シオンとレンはそちらの方に視線を移し、驚く。

「「志貴!」」
「あれ? シオンとレン? どうしたんだよ一体」
そう、さっきまで秋葉に追いかけられてた志貴がそこにはいた。
肩を上下させて息を上げている。制服は所々こげ、髪はぼさぼさ。この世の地獄でも見てきた顔だ。

「どうしたんですか志貴。貴方は学校にいると聞きましたけど」
「ああ、有彦とシエル先輩と一緒に学校の備品を直してたんだけど、帰る途中で秋葉に見つかって散々追いかけられて…」
「志貴、しっかりと秋葉に説明したのですか?」
「説明したってらんま1/2のあかねみたいに手が先に出るような気がするんだけど…」
と色々と話す2人。
と、

「そんな事より志貴。私たち両方財布忘れちゃったのよ。ここのお代立て替えて」
「え?」
これはまたストレートな言い方ね。
志貴は申し訳なさそうに頭をかいて、こういった。

「悪い。後で秋葉に言っておくからそれで勘弁してくれ。今俺の金を使うわけにはいかないんだ」
「「ええっ!?」」
大声をあげるシオンとレン。

「なぜですか志貴! 私たちに皿洗いをしろと!?」
「いや、そうじゃなくて…」
うーん、そろそろ私の出番ね。


「ぶー、はずれよー」


そう言いながら私は立ち上がった。
私を見たシオンとレンはあっけにとられる。

「アルクェイド、待ったか?」
「いえ、シオンとレンのおかげで全く退屈しなかったわ」
そう、シオンとレンのやりとりを最初から見ていたのは私なのでしたー。
事情を悟った2人がわなわなと震えだす。

「真祖…! 貴女は事情を知っていてなおも静観していたというのですか…!」
「はい、にとべいなぞー。これで足りると思うけど?」
「ありがとうございます真祖」
「シオン…」
急に態度を変えるシオンをレンがジト目で見るが、シオンは全く気にしていない。
うん、本当にいい退屈しのぎになったかな?

「にしてもシオンもレンも、私に気づかないんだもん。ま、そのおかげで楽しませてもらったけど」
「趣味悪いわよアルクェイド」
「気づかない方が悪いのよ」
ふふーんと言いながら私は志貴の腕に手を回す。

「さ、カレーや妹が来る前に行きましょう」
「え? 何で知ってるんだ?」
「聞いてたの」
そう、ある程度なら遠くの状況もちゃーんと聞こえてくるのだ。まあおおざっぱな事しか知らないけど。
志貴は軽くため息をついた。

「はあ、秋葉をどうやって納得させるか…」
「あら、それなら…」

「へえ、カレー先輩の次はアルクェイドさんですか、兄さん」
「早めに帰りたいと言ったのはこのためだったんですね、遠野くん」

「もう遅いんじゃない?」
「……」
店の前に待ち構えていたシエルと妹を見て絶句する志貴。
2人は笑みを浮かべていた。けどそれを見て周りの人はひいていく。
バックには炎が見えるんだけどー。
と、

「ようやく見つけたぞ志貴」
「いっ…! 七夜…!?」
いきなり店内に七夜が入ってくる。
顔はこれでもかというぐらい青ざめていた。

「じゃああとはよろしくな」
「へ?」
その直後、七夜の後方からはブルーが走ってくる。

「せ…先生?」
「じゃあな。逃げるなら、いや、もう遅いか」
と言いながら七夜はこれでもかと言うぐらい全力でダッシュしていった。

「さ、私たちも早く行こうよ」
「へ?」
「「「待てーっ!!」」」
私は志貴をだっこしながら店から出て行く事にする。

「…はあ、いつもの事ながら、真祖はめちゃくちゃだ」
「今に始まった事じゃないわよ」
と言うシオンとレンの会話を最後に、店を後にした。


後ろから3人追いかけてくるけど、さすがに私に追いつけるはずがない。

「はあ、これで夜は悪夢だな…」
「ねえ、どこいく? 面白そうな映画がやってるんだけど」
ジャンプだけで天高く舞いながら、そんな事を話す私たち。

「たまには俺の苦労も知ってくれよ」
「ねえ、どこに行くの?」
他の話題を出さないでよね。せっかく私と志貴だけなんだから。

「はあ、そうだな…。今日はアルクェイドの好きなようにしようか」
「そうね!」
天気は快晴。気分も晴れやか。

志貴は独占できるし、最高の日になるかも!

おしまい


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 久々に短編やりました。いかがだったでしょうか?
そういえば自分の月姫の短編、最後のオチがいつも志貴とアルクで終わるのは何ででしょうね?
今度短編をやる時は人数を絞ってやってみたいものです。
それでは。
  2006年7月22日


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