/1日目・橙子
「兄さん、遅いですね。」
「ええ、そうね。」
とりあえず社交辞令とばかりにそう答えた。
鮮花は私の言ったとおりに魔術書の写本を手がけているし、式は相変わらずソファーに座ったままだ。
私は黒桐が外回りで外出しているので彼の代わりに事務仕事をしていた。
会話はほとんどなかった。たまにこんなやりとりがあったぐらいだった。
少なくともここまでは…。
「なあトウコ。」
「どうしたの?式。」
ソファーに座っていた式が言いたい事がありそうにこちらを見てくる。
「前々から思ってたけど、何でおまえはそうなんだ?」
「へ?」
私はなぜそうなんだ?
この質問に首をかしげる私。
なんとなく言いたい事は分かるけれども…。
「式、それは一体…。」
と彼女に言う鮮花。
「つまり、おまえがなんでそういう性格をしているのか、その類の質問をトウコにもしただけだ。」
「酷いわね。私、そこまで病んでないのだけれども。」
「でも幹也には迷惑をかけ放題だ。おまえは身勝手すぎる。」
口を挟む私にズバズバ言ってくる式。
…なんか私という存在そのものを否定されている気が…。
「つまり、態度をもう少し改めろと。」
「そうだ。」
「無理よ。私という存在の定義を今更変える事なんてできないわ。」
「定義を変えなくてもメッキぐらいはできるだろ。」
簡単に言ってくれる…。
まあ、確かにこの頃黒桐には苦労をかけている気もしないでもない。
私は十分たのしいけれども。
式は黒桐が穏やかな生活を送る事を望んでいて、それの最大の元凶、つまり私を変えようって言うのか。
別にそれでもいいが、それでは私が面白くない。
必死に考えて、いい案を閃いた。で、早速実行に移す。
私はある人物に電話をかける。
「何よ。また協力しろって言うの?」
「ご名答。ちゃんと報酬はあげるからさ。」
「いやよ。あなたたちとかかわるとろくな事がないから…。」
「この前テレビでやってた銀座の超有名店のケーキでどう?」
「猫と呼んでください橙子さま。」
ふふ、これで準備は整った。
「式、いいわよ。改めても。」
「「えっ!?」」
その言葉にほぼ同時に声をあげる式と鮮花。
「ど…どうしたのよ2人とも。」
「だって橙子さんが自らを変えるなんて…この世が終わったとしてもありえないと思っていたのに…!」
「ついに頭がイかれたか、トウコ。」
…なんか聞き捨てならない事を言った気もするけど、まあいい。
「ただし…。」
/鮮花
提案の後、やってきた呼び出された人物に何かしら耳打ちをする橙子さん。
明らかにしかめ面をしたが、なんか懐柔されたみたいで、いやな顔をしながらわきに座った。
橙子さんは咳払いをして話を始める。なぜか眼鏡を外して。
「さて、私が黒桐に対する態度を改めろと言われた事で思いついたんだが、お前達も変えた方がいいんじゃないか?」
「はあ、確かにそうかもしれませんね。」
あっさり認める私。式はこちらを見つめてくる。
「どうせオレの事だろ?」
「あら、分かっているじゃないですか。兄さんへの態度をぜひ変えていただきたいものです。」
「おまえこそもう少し『おしとやか』にでもなればどうだ?」
…むっと来るが、まあ、おさえておさえて…。
「つまり、全員が変えた方がいいんだろ?ならここは1つ、ゲームで決めようじゃないか。」
「へ?」
「ルールは簡単。他愛もない遊びで勝敗を決める。負けた1人があらかじめ決めておいた事を明日1日やる。
いつも通りの生活をな。これでどうだ?」
「それどういう事です。」
「つまり、明日の服装、性格、黒桐への接し方などをゲームで決めようって言ったんだ。」
何を言い出すのだろうか?この人は。
「その罰ゲームだが、『服装』、『性格などの内面』、『言葉遣い&態度』の三つを各人複数考え、
それを敗者がくじを引くように選ぶわけだ。分かりやすいだろ?」
私はその説明を反復する。
確かにそれは魅力的だ。内容次第では橙子さんや式の幹也に対する接し方が私に有利に進むかもしれない。
…でもリスクもある。
「ちょっと待ってください。それは貴女が負けてもやるんですか?」
「ああもちろんだ。そのための用意もしてある。」
用意?性格まで変えさせる用意とは一体…。
もしかしてそこにいる白づくめの少女が魔術師で、それを可能とするのだろうか?
「さて、どうする?進むか、退くか。」
「オレはやるぜ。鮮花はともかく、トウコは今より悪くなる事はなさそうだしな。」
と式は言う。腕を組んで冷静にしているようだけれども、バックに静かに炎が燃えているようにも見えます。
「…いいでしょう。私も賛成します。2人にはぜひ変わっていただきたいですから。」
「決まりだな。」
にいっと笑う橙子さん。
…条件は同じのはずだ。姦計を働かせる事などできないはず…。
「と、藤乃はあいにく来れないみたいだし3人では何だから、特別ゲストを用意しよう。おい。」
「分かってるわよ。やればいいんでしょう?やれば。」
白い少女は橙子さんに促されると、何かしらをつぶやきだす。
ほとんど聞き取れなかったけど、間違いなく、魔術だ。
「悪夢よ具現化せよ。レプリカント・コンポーザー!」
その言葉と同時に白い少女のそばに人が現れてくる。
そして、それは完全に1人の女性になった。
「そ…んな…。人間の完全構築なんて…!」
「タタリの副産物だが、一応出来るみたいじゃないか。通常世界でも。」
橙子さんは歓心歓心といったぐあいにあっさり述べるけど、これは、とんでもない事だ。
一方、式は驚いてはいたが、それは私とは全く異質のものだった。
「おまえは…!」
式は彼女を見て、ナイフを取り出す。
「そう、式は知っているな。巫条霧絵だ。4人目のメンバーとして入れる。」
「え…?」
橙子さんはそう言うが、当の霧絵さんは困惑した表情を浮かべるだけだ。
「にしてもよくゲームを出来るレベルまで悪夢を改竄したな。」
「それぐらいなら簡単だわ。わたしを誰だと思ってるの?」
白い少女は得意げに言う。
数分後、橙子さんは巫条なる女性を何とか説得してゲームに参加させる事に成功させる。
一方、式と私にはその女性の事は今は問わないようにと言った。
だが彼女は聞いた話では、幹也を狙ったらしいではないか。
式もそう言ったけど、その点は目を光らせるから、で落ち着いた。
少女は以前橙子さんに手助けしてもらった魔術師だと言う。見た目はあれでも、かなり古くからいるらしい。
その後、私たち4人は罰ゲームのカードを書く。私は勝つ自身があったので、かなり辛らつなのを書く事に。
たとえば『言葉遣い&態度』では『すごく兄を慕っているぶりっこな妹』とか。
「さて、落ち着いたところで今日するゲームを決めるか。私はポーカーにしたいんだが。」
「オレは百人一首だ。」
「えっと…わたしはおはじきがいいかなって…。」
…見事に全員得意競技ね。全員勝つ気満々じゃないのよ。
「鮮花は?」
「私はだんぜんダウトです!」
「ダウトか。」「ダウト…。」「ダウト?」
見事に3人別々の反応を示してくれる。順に橙子さん、式、霧絵だ。
「ダウトって?」
「ああ、ダウトはな、3人以上でやるのが面白いんだ。トランプを使うんだが、全員に全て配る。そしてある人から
1,2,3…と場に出していくんだ。複数だしもOK。別のカードでもな。最終的に手札をなくした人が勝ち。」
「それどういうこと?」
「例えば8の時に自分の番が回ってきたとする。その時、8を持っていても持っていなくても、全てのカードを出す事
が出来るんだ。だが、他のプレイヤーは「ダウト」と言う権利がある。それを宣告すれば、出したカードを全員に
見せなきゃいかん。もし8とジョーカー以外が入っていたら、場に出ていたカード全てを持たされるハメになる。
逆に8だけで構成されていたら、「ダウト」を宣告したやつが全部持ちだ。」
「へえ…。」
「まあ2人になると面白くなくなるから2人になったらブラックジャックであっさり決めてしまうか。」
それに皆はうなづく。
未開封のトランプを使って、中立の白い少女が皆に配り、ゲームが始まった。
「お、私からか。」
じゃんけんで橙子さんが最初になる。
「では、1。」
「ダウトです。」
「いきなり!?」
ダウトと言ったのは私だ。橙子さんは1枚だし、私は1枚しか持っていない。
ならば持っていてもおかしくないが…。
「でしたら見せてください。」
「はいはい。分かりましたよ。」
その札、ハートの7を見せて自分の手元に引っ込める橙子さん。
これは、ゲームと言うより、騙しあい、コンゲームだ。
それを確信して私は気合を引き締めた。
/
「それダウトよ。」
「うっそ…!何で分かるの…!?」
「おまえ顔に出るんだよ、すぐにな。」
「ああ、全くだ。」
「4、だ。」
「ダウト。」
「お、式、持って行ってくれるのか。ありがたいね。」
「ジョーカーを含めた3枚出し!?」
「この私をなめないでもらいたいね。」
「10です。」
「…。」
「…。」
「11だ。」
「…(ほっ)。」
/
「ブラックジャックよ。これで私の勝ちね。」
「…!」
結果、橙子さんは1あがり、私は2あがり、霧絵はブラックジャックで勝負し見事に勝利して、
式の敗北が決定した。
がくっと手を床につく式。
…まあ、勝負の世界は非道なものだ。
「じゃあ式、約束どおり。」
「そうよ式、約束どおり。」
私と橙子さんは3つのボックスを式の方にずいっと差し出す。
それを睨みつけながら次々と引いて、テーブルに叩きつけた。
出てきたものは…。
「『頭は赤いリボン、服は「アルプスの少女ハイジ」のクララみたいなの』、『幼いひっこみじあん』、
『すごく兄を慕っているぶりっこな妹』だとさ。式とは大違いだ。」
「そうね。明日一日がとても楽しみだわ。」
式はくっと歯をかみしめ、立ち上がった。顔は真っ赤だ。
「ばかばかしい。帰らせてもらう。」
「おっと、やらないつもりか?」
「こんなのに付き合ってられるか。」
そう言って立ち去ろうとする。
往生際がとても悪く思うけど、多分逆の立場でもそうする。
だがその時…、
【あなた」「には」「逃げられない】
との声が聞こえた、いや、脳に直接感じた。
すると式の動きがドアノブに手をかけた所で停止してしまう。
「な…っ!」
驚愕の声をもらす式。私ももらしそうになった。
橙子さんはくっくと笑い声を上げる。
「そう来ると思ったからこそ彼女を連れてきたんだ。逃亡対策をしないとでも思ったのか?」
そう、ゲームに夢中になっていて気づかなかったが、白い少女の隣には男性がいた。
いかにも温和そうなその男性、でも私がよく見知った人物だった。
「げ…玄霧先生…。」
そこにいたのは、死んだはずの、玄霧皐月―。
私は息を飲む。まさか彼までも具現化させるとは…!
「お久しぶりです、黒桐くん。」
まるで朝の挨拶かのようにそう彼は言ってきた。私はどうも…としか言えなかった。
そう、この場に彼がいると言う事は…。
「そう、逃亡対策ばかりでなく、罰ゲームを強制させるためにも彼を呼び出したんだ。彼の言葉なら私も逆らい様が
ないからね。」
橙子さんはなおも淡々と続ける。
…っ!この人は…!
「トウコ…!」
今にも橙子さんを殺しそうな目つきで睨みつける。
でも当の彼女は実にすがすがしいまでに落ち着いていた。
「おっと、私を恨むなよ。負けたおまえが悪いんだからな。」
「では…。」
そして玄霧皐月は式の目の前に立ち、こう言い放った。
【罰ゲーム!】
それでは遊☆○☆王です先生。
私はそんなくだらない事を考えながら、もし次があるならどう切り抜けようかと必死に考えていた。
/2日目・橙子
「橙子さああああああんんんんんっっっ!!」
第六感が働いたのだろうか、私が事務所のビルに入ってきた瞬間、誰かが大声を出しながら階段を下りて私に迫ってくる。
そして、現れたのはネジが数十本は外れたんじゃないかと思うぐらいに狼狽した幹也だった。
実に愉快で結構。
「一体式になにしやがったんですか!」
お、黒桐らしくないお言葉。よっぽど愉快な展開だったに違いない。
あろう事か私の胸倉をつかんでくる。まあ、気にしないでおこう。
「落ち着け、一体何があったんだ?」
私は自分でも白々しく思う台詞をつむぎだす。
鮮花は完全にあきれ果てた目つきでこちらを見ているが、気にしたら負けだと思うので放っておく。
「おまえがそこまで狼狽するなんてめずらしいじゃないか。いつも冷静に物事を行なう黒桐くんはどこにいったのかな?」
「あれを見て同じ事を言えますか!」
幹也は自分の後ろを指差した。
私からだと幹也に隠れて何も見えなかったので、少し体をそらす。
めぐるめく笑いの予感を必死に抑えながら。
そこにいたのは、まさに童話での登場人物になっても差し支えないほど可愛い少女だった。
「ふ…ふふふ…あーっはっはっははははーっ!」
「く…くく…くくくくく…!」
見事な三段笑いをする鮮花は彼女を指差し、腹を抑えながら涙を浮かべている。
かく言う私も煙草を吸っているそぶりで口を隠し、必死に笑いをこらえているが、どうしても声がもれてしまう。
これほど愉快だった事があっただろうか。
アルバの奴を罰ゲームでお姫様ファッションと言葉を使わせた事もあったが、これほど愉快痛快ではなかった。
何というか、もう完全につぼに入ってしまった。
なんて事だ。封印指定までされた魔術師、人形師のこの私をここまでするとは…。
「くくく…、で、彼女は…くく…一体誰なんだ…?」
「そこまで笑っておきながら白々しいですね。」
対する幹也は完全に怒っている。これまでにないぐらい。…まあ当然かもしれない。
そこで物陰に隠れながらおどおどしている少女は、間違いなく、式だ。
さすがは統一言語を使うゴドーワードだ。式をここまでするとはね…。
「式がああなった原因をぜひ教えていただきましょうか!」
「くく…何か勘違いをしているようだが、…くくく…私たちは何も強制はしていないぞ…。」
「笑いながらしゃべると首絞めたくなるんでやめてください。」
「彼女は今、自発的にやっているんだ。互いに同意の上でな。」
言っている事は事実だ。微妙にニュアンスが違うかもしれないけれど。
「あれを式が自発的にするはずが…!」
「ないなら屈辱にまみれた顔を確実にしているはずだがね。だが彼女を見ろ。もうあれがさぞ当然のようになっている
じゃないか。私でも式をあんなふうには出来ないよ。逃げられるか殺るかするだろうしな。」
「う…っ!」
幹也は言葉につまる。
式が自発的にあんなのを着るなどとは考えづらく、だが私に強制されても今起こっている事に説明はつけられない。
ようは、八方ふさがりというやつだ。
「まあ、なってしまったものを今更どうこう言っても遅いと言うもの。今日一日様子を見たらどうだ?」
「……っ!」
もはやぐうの音も出なくなってしまった幹也。
そんな彼に式がかけよってきた。
もうそれは絵に描いたように上腕のみを上にあげながらの可愛い娘走りと言うべきやつだ。
そして幹也の背中をちょこっとつまんで後ろに隠れる。私たちから。
そして…。
「幹也くん…、式、怖い…。」
そう言って身を震わせた。
ああ、もうなんて言ったらいいか…、全てにおいてかわいい。
それはもう反則だと言っていいぐらいに。
式は私が認めるぐらいに美人だ。その気になれば全ての男が振り向くだろう。
だが、これは全くの逆方向だがそれを達成してしまっている。
「は…はは…ははははは…もう何て言えばいいんだろう…。」
幹也はもう空笑いをうかべて現実逃避しようとしている。
「黒桐、この場合に一番当てはまる言葉があるぞ。」
「え…?」
「萌えーだ。」
「もう何もしゃべらないでください。」
あらら、つっこみを入れる元気はまだあったか…。
/藤乃
橙子さんの事務所に通うようになってから随分と経つ。
能力をそのままにしておくのはもったいないと、訓練を少しずつ受けているからだ。
不感症でなくなるためには能力との共存が必要不可欠だから、私はそれに賛成した。
今は事務所で少しのごたごたがあっても大丈夫になってきた。
でも…
「何てこんな事に?」
思いっきりそうつぶやいてしまう。
だってこの状況はどう考えてもおかしい。
まずは幹也先輩、彼は一応仕事をしているけれど、ほとんど廃人みたいになってしまっている。
もう髪が真っ白ならそれでパーフェクトなのだけど、かろうじて意識はあるようだ。
橙子さん、彼女は仕事そっちのけで先輩の方にビデオカメラを向けていた。
何でも「今のうちに式の弱みを握って損はないだろ。これを後世に残さない方がどうかしてる。」だとか。
始終にやけが止まらない。
次に鮮花、橙子さんに言われた魔術書の写本作りをやっているようだけれども、30分前から3行しか進んでいない。
先輩たちの方を睨みつけ、ペンをさっきから何本も折っている。
最後に式さん。もう何の言いようもない。橙子さんの仕業と考える事で無理やり納得させた。
もう、こっちまで赤面したくなる。
何しろ彼女は今、ケーキをのせた皿を持って、フォークでさしたケーキを先輩の口元に運ぼうとしていたのだ。
「はい幹也くん、あーん。」
もう廃人寸前の先輩は何の抵抗もなしに運ばれたケーキを食べている。
これはバカップルというより、患者&看護士?
あ、また鮮花がペンを折った。
「はいクマさん、いっしょにあそびましょー♪」
数十分後、ケーキを食べ終えた式さんは今度はどこから持ってきたのか、テディベアで遊びだした。
あれって確か橙子さんが先輩の給料を使って買ったやつじゃあ…。
「式さん、幹也先輩の仕事の迷惑になるから、静かにしましょうよ。」
「ええー?幹也くん、そうなの?」
たまらなくなった私がそう言うと、式さんはふくれっつらをして視線を先輩に移す。
先輩は魂を抜かれたかのように気のない返事をして、私に同意した。
式さんはテディベアを放り投げると(橙子さんの顔が青ざめたのは言うまでもない)すやすやと眠ってしまった。
あ、鮮花が今度は紙をペンでやぶいた。よっぽど力を入れていたのだろう。
「ふう、それでは今日はこれで終わりにしよう。藤乃以外はほとんど仕事にならないようだしな。」
夕方、橙子さんはそう言って背伸びをした。
その橙子さんはずーっとカメラをまわしっぱなしでしたけど。
「そうですね。」
まとまった本をとんとんと机で綺麗に並べて鮮花はそう言った。
その彼女の折ったペンの数は2ダースは下らない。
「ええ、僕もその方が…。」
始終式さんに振り回されていた先輩はもう顔がげっそりとしていた。
まるで別人だ。
「それで、式はどうするんだ?」
「えっと、式は幹也くんと一緒にかえるの!」
そう言って先輩の腕をぐっと抱く式さん。
「もちろん食事もお風呂もふとんも一緒よね!」
びきっ…!
私は間違いなくその音を聞いた。実際には耳には入らなかったけど、心のそこでそれを実感できた。
その音をたてたのは私でも式さんでももちろん先輩でも橙子さんでもない。
「ふ……ふふふ……ふふふふふ…。」
えっと…なんていえばいいのか…、鮮花が壊れた?
笑いながらうつむき加減で手袋を右手にはめる。そしてそれをむけて…?
「AzoLto.」
その言葉と同時に式さんが燃え上がる。
だがそれも一瞬の事、ナイフの一閃で炎は拡散した。
そして式さんは幹也先輩に抱きついて―。
「式の幹也くんにまで危害がおよんだらどうするのよー!」
と言う。
びきっ…!
何と言えばいいのでしょうか。今度は私からそれが聞こえた気がするんですけど。
それはもう派手に。
「ふ……ふふふ……ふふふふふ…。」
さっきの鮮花と全く同じ笑いを私もする。
「藤乃、あなたも鮮花と同じように幹也くんをいぢめるの?」
「いいえ、そんなつもりは全くありませんよ。」
冷静に、とても冷静に私は答える。
「いぢめるのは貴女なんですから、式さん。」
そして私は式さんを見据えた。
ええ、それはもう精一杯。
「凶れ。」
「AzoLto.」
私と鮮花の言葉が交錯した。
/3日目・霧絵
閃光が走った。と同時に事務所の扉が17ぐらいに分割して床に転がり落ちる。
そこに立っていたのは、式、といったっけ…。
その娘(こ)がわたしを殺す時にも見せなかった鬼のような形相で立っていた。
手には日本刀が握られていた。
銃刀法違反だったっけ…、街中を歩けば3歩で警察に捕まりそうだ。
「おや、式じゃないか。こんな朝早くからどうした?黒桐の家に行ってたんじゃなかったのか?」
「殺ス。」
白々しいまでの橙子と言う女性の言葉をその一言でばっさり斬りおとし、式は橙子さんに迫っていく。
「それはつれないな。こうして用意までしてあると言うのに。」
「…!?」
その言葉に立ち止まる式。
部屋にはわたしと式の他に、橙子さん、鮮花、それにわたしをこの場に呼び出した白い少女がいた。
つまり…。
「まさかあれで終わりと思ってないだろうな。コンゲームはこれからだよ、式。」
「…。」
式は無視を噛み潰した表情を必死に隠し、日本刀を鞘にしまう。
そして、乱暴にソファーに座った。
「さて、昨日何が起こったかは後で黒桐に聞くとして…だ。」
「聞いたら殺ス。コクトーにもしゃべったら殺スって言っておいたからな。」
その言葉はとてつもなく冷たい。とてもとても。
「藤乃が今日いないのは残念だが、始めてしまおう。効力は今日か、明日かだが…。」
「今日では丸一日にはできません。明日にしましょう。」
鮮花はきっぱりと言い切った。
「いいのか?明日はもう学校があるんじゃないのか?」
「かまいません。それぐらいのリスクは負うつもりです。」
式もそれに同意する。
わたしはどちらにしても学校どころか外事態縁はないからいいけど…。
もう2人の意思はただ1つ、「蒼崎橙子に屈辱を」だけだろう。
「早く始めようぜ。幹也が来ちまう。」
「いえ、今やったら兄さんに気づかれる可能性があります。ゲームをしているところを見られなくても、態度で。
なら保留にしましょう。兄さんの仕事が終わってからゆっくりと。」
鮮花はものすごくまじめだ。
それを見ていた白い少女は大きなため息をつく。
「なら私は帰らせてもらうわ。ここにいても暇なだけだし。」
「公園で日向ぼっこするのと何が違うんだ?それにおまえは巫条霧絵を具現化させたままにしてなきゃな。」
「えっ?」
「コンゲームの最中、あいつが何も不思議がらないように霧絵と同行させよう。その担当も頼むな。」
「何莫迦な事言ってるのよ!私の固有結界はタタリの夜だからこそ街全体ができたんであって、今はこのビルぐらいが
精一杯よ!真祖と契約でもしない限り私1人の力じゃ無理よ!」
「私の人形を使えばいいさ。人形の内に固有結界をはれば世界からの修正も受けまい。」
いとも平然ととんでもない事を口にする橙子さん、それに青ざめる白い少女。
「大体コンゲームにいつも私が賛成するとでも…。」
「おや、それでは魔術書を返してもらおうか。第六法に挑むために研究熱心なのはいいと思うがそれを誰のおかげで…。」
「わたくしが悪うございましたどうかお許しください。」
深々と土下座をする白い少女。橙子さんはよろしい、との態度で煙草を灰皿に押し付ける
意味が分からない名詞ばかりで何のことだかさっぱりだけれども…。
その時、幹也くんがこの世の不幸を全て背負い込んだ表情を浮かべて事務所に入ってきた。
「黒桐、随分とまあ素敵な表情を浮かべているじゃないか。」
「誰のおかげでこうなったと思ってるんですか。」
文字通り橙子さんを睨みつけて幹也くんは自分の席に座った。
鮮花と式は幹也くんに視線すら送らない。昨日の事でよほど頭に来ているのだろう。
少しわたしは笑ってしまう。
「ところで所長、お客様ですか?そちらの方は。」
「え?」
まさか自分の事が話題に出るとは思わなかったので、自分の事ながら間の抜けた声を発してしまう。
橙子さんは少しこちらを見た後、ほんの少しの考える時間を経て口を開く。
「いや、彼女は私の友人の巫条霧絵と言ってな。最近長い闘病生活を乗り越えて久々に外に出たんだ。
だから、昼あたりに仕事を切り上げて彼女の相手をして欲しい。」
「え?しかしたまった仕事は…。」
「あのな、何のために私や鮮花がいると思うんだ?仕事ぐらい2人でも進められる。遠慮せず行ってこい。」
「でも…。」
幹也くんはちらっと式の方を見る。相変わらず式は外を向いたままだけれども、幹也くんは急に顔が赤くなった。
「きみは本当に分かりやすいな。昨日の式はそんなに魅力的だったか?」
「えっ!?それはー…」
と、急に部屋の温度が下がった気がする。それはもうとても。
それと式が日本刀に手をかけてとても怖いんですけど。
「ノーコメントで。」
「あらら、それは残念。」
確信犯ね橙子さん。
分かりきった答えを聞いていかにも残念そうな顔をする。
「分かりました。じゃあ霧絵さん、よろしくお願いします。」
「あ、こちらこそよろしくね。」
幹也くんがふかぶかとおじぎをするので、わたしもつい深々とおじぎをした。
思わぬことだけれども、内心わたしはうれしかった。
幹也くんを気にかけている式と鮮花はそんなわたしを全く考えていないようだ。
おそらく今頭にあるのはアレだけだろう…。
まあ、わたしはわたしでこの状況を楽しむとしよう。
/橙子
巫条霧絵と黒桐の同行を全くとがめなかったのは意外だったが、まあいいだろう。
昼時になり、2人が出て行った後、浅上藤乃がやってきたところで早速始める事にした。
まあ、白いのが離れた場所での同時2体召喚に猛抗議をしてきたが、少数意見なので却下した。
今回はゴドーワードに最初からスタンばってもらった。
参加メンバーは私、式、鮮花、藤乃の四人だ。
「あの、鮮花、これから何を…?」
「ただのゲームよ。気にしちゃだめ。」
何も知らない藤乃を鮮花が完全に騙した形で参加させたからだ。
「さて、今回の勝負だが、大富豪でどうだ?」
「普通大貧民って言いませんか?」
「地方によって言い方もルールも違うみたいだからこの際統一してしまおう。」
私はとりあえず階段、8ギリ、2上がり禁止、革命を有効にするルールを提唱、2人ともそれに同意してくれた。
式のみルールが分からないようだったから私が簡単に説明してやる。
「ですが橙子さん、大貧民だと4人では平民が出なくなって面白みが欠けてしまいますが。」
なるほど、鮮花の指摘は最もだ。だがそれを想定していない私ではない。
「だろうと思って特別ゲストを用意しておいた。」
私が指を鳴らすと、廊下のほうから入ってきたのは特別ゲストの…。
「アオザキ、まさかおまえがこの私を呼ぶとはな…。」
とか言いながら赤マントをばさっとひるがえすその男こそ私がかつてぶち殺した相手、コルネリウス・アルバだった。
「まさか私を再度殺すつもりではないだろうな。」
「それは心外な。あの件はあの時決着がついた。まああの名前で呼んだら何度でも殺してやるが?」
言っている事は全くの事実だ。いくらあの名前でコイツが私を呼んだからと言っても何回も殺してやるほど心は狭くない。
こいつを呼んだのは…、いわゆるコイツがねぎをしょった鴨だからだ。
と言ってもそれは私、荒耶、こいつとあと1人で何かする時にそうなるだけで、ある程度は出来る。
つまり、私が一番に勝ち、他のやつらを蹴落とす事も。
「まあいい。私はおまえの屈辱的な姿を見るだけでも十分だ。楽しみにしているよ。」
「おや、まるで私が負けるような言い方だな、アルバ。おまえさんが勝った事があったか?」
バチバチと火花が散る気がするけどあくまで気のせいだ。
「それでは始めようか。大貧民を。」
数十分後、
「そ…そんな…ありえない…。」
がくっとひざと手をついてそうつぶやく人物がいる。
1発では大貧民の面白さは出てこないので、10番勝負をやった。
9試合終わったところで大富豪:鮮花、富豪:藤乃、平民:アルバ、貧民:式、大貧民:私だった。
で、いきなり私が革命起こして見事に鮮花が大貧民になったというわけだ。
「いきなり革命だなんて…。」
「当たり前だ。これを狙ってやったんだからな。」
誤算だったのはアルバのやつも革命が出来た事だが、どうやらそれはやらずにカードを出していたようだ。
ちなみにそのアルバは「ちっ、つまらん」と言い捨てて消えていった。まあいいけど。
私は三つのボックスを鮮花の方へと差し出した。
「さあ、引いてもらおうか。」
そしてそう言う。
鮮花はキッと私を睨むが、そんな事は知った事ではない。
「ほら、引けよ鮮花。」
お、式も鮮花の後ろに立ってそう言う。
…よほど自分だけ屈辱を味わうのがお気にめさなかったらしい。
「分かりました!ひけばいいんでしょう!引けば!」
そう言って次々とひいていき、テーブルに叩きつける。
それを見て思わず私は顔がにやけてしまった。
逆に鮮花の顔はもう真っ青だ。
まさかコレを鮮花がやる事になるとはな…。
明日が実に楽しみだ。
/4日目・幹也
「式、一体どうしたんだよ。」
「うるさい莫迦。しつこいぞ。」
「だって君があんな事をするなんて、絶対におかしい。橙子さんになら僕からも強く言っておくからさ。」
「それが大きなお世話だって言ってるんだ。」
街中を歩く僕と式は橙子さんの事務所に向かっていた。
おとといの式はもうそれは言葉では言い表せないぐらいすごかった。
何がすごいって?もう全てが。
昨日は霧絵さんに街の案内をしてすごした。感謝の言葉を言われたのは嬉しかった。
そう、昨日はそんな大変な事はなかった。少なくとも僕から見たら。
原因は橙子さんにあると確信しているけれど、式は何も言おうとしないのだから何も出来ない。
一体何が原因なんだろう…。
と、
「きゃあああっ!」
悲鳴が辺りを切り裂く。僕と式が顔を合わせて悲鳴の方向に走ると、そこには人がたくさんいた。
何かめずらしいものを見るように。
よく見ると、要は銀行強盗に失敗して、人質をとってたてこもった事がよく分かる。
見事なまでの刑事ドラマみたいな展開である。
「…どうする?」
「どうするって?まさかオレにあいつらを倒せっていうんじゃないだろうな。人質がどうなってもいいならやるけど?」
人ごみの隙間から銀行を覗くと、犯人はナイフで店員を人質にとっていて、複数犯なのが分かった。
なるほど、それで「人質がどうなってもいいなら」って言ったのか。
「行こうぜ。オレらがここにいたからって何も出来るわけじゃないし。」
「確かにそうだけど…。」
なんか納得いかない。
こんな時、古い少年漫画ならヒーローが現れて強盗は退治されるんだけどな…。
「その事件、私にまかせて!」
そうそう、こんな感じに…。
「えっ!?」
僕はその声の方向に顔をむけた。それはもうとてつもなく速く。
高い所に立ち、太陽を背にしているので誰だかが全然分からない。
1ついえるのは、それがとてつもなく王道的なヒーローの登場シーンである事だけだ。
「とおっ!」
その人物(声からして女性)はなんとその高いところ(3,4メートルはあるだろうか)から飛び降り、地面に着地した。
そして女性の格好を見て驚く。
一昔前のロボットアニメのヒロインでよく見るような露出の多い服だった。
にもかかわらず、顔は眼以外を全て隠しているアンバランスさ。
何というべきか…。
「コスプレ?」
誰かがそうつぶやく。言いえて妙だと思う。
銀行強盗もその彼女に気づき、人質を前に出しながらナイフで威嚇する。
「なっ何なんだおまえは!」
「FoLLte.」
女性が手のひらを犯人の方にかざすと、ナイフが自然に燃え出す。
驚いた犯人は叫びと共にそのナイフを地面に落とした。
それを見てからまわし蹴りでノックアウト。ちなみにその女性、ミニスカですけど。
「こいつ!」
「FoLLte!」
次々と銀行強盗を倒すその女性。そして数分もたたないうちに犯人は殲滅された。
その場を拍手喝さいと歓声がつつむ。
…もちろん僕らがそんな行動にでられるはずもなく。
「鮮花?」
僕が自分でも分かるジト目でその女性の方につぶやいた。
間違いなくその女性はびくっと体を反応させる。
「違います。私は正義のヒロイン、魔法少女アーザです!」
「いや、どっからどう聞いても鮮花でしょ。」
動揺しまくる自称魔法少女。目はあさっての方を向いている。
隣では式が笑いをこらえていた。
…おとといは君がこうだった事をお忘れなく…。
「幹也、違うと何度も言っているでしょう。」
「ほら、僕の名前を知ってる。どんな冗談だよ。」
「事件は解決しました!私の出番はこれで、さらばです!」
僕の指摘を完全に無視してそう言うと、ものすごい駆け足で去っていった。
あとに残されたのは大勢の人、気絶した犯人、そして僕達だった。
「えっと…、今の状況、何?」
と式に聞いても彼女は何も答えてくれなかった。
/11日目・幹也
「いい加減話してもらうよ、みんな。」
僕は座っている式、鮮花、藤乃ちゃん、霧絵さんにそう言い放った。
なるべく温和に話したつもりだったが、全員が一斉にびくっとなる。
はっきり言ってこの数日は精神が崩壊するかと思ったぐらいだ。
超がつくほどぶりっこな式、ヒーローな鮮花、熟女な藤乃ちゃん、今風の歌手な式、維新志士な霧絵さん、
スケ番な式、清楚だけど格好はバニースーツな鮮花、ひたむきだけどドジをしまくる式…。
ヒーローな鮮花を過ぎてからは毎日誰かが必ず大変な事になっていった。
だからこそ言っておかなきゃならない。それだけは間違いない。
「何でみんなこの頃おかしい理由をね。」
「に…兄さん…。兄さーんっ!」
大泣きをしながら鮮花が抱きついてくる。
え、いや、他の3人からとてつもない殺気が出てるんですけど。
式なんて日本刀に手をかけてます。やめてください僕が悪いんですか?
「全てお話します!ですからどうか私(わたくし)たちの敵をとってくださいまし!」
…今日は鮮花がおかしいようで。
数分後、
「つまり、橙子さんの口車に乗せられてこんな事に至った、と。」
話が全て終わり、僕は呆れ果ててつぶやく。
「違う。立場はやつも同じだ。ただオレたちが負けてるだけだ。」
式はむっとして言い放った。
いや、その発想にいたるところで既に橙子さんの術中にはまってると思うんだけど。
「どうか、どうかお兄様!あの魔術師を倒し、我々に平和を!」
ちなみに今の鮮花は『キャッツアイみたいなの』、『献身的』、『RPGのお姫様みたいに』だそうだ。
正直、僕入院していいですか?
「えっと、つまり、橙子さんは自分が負けるまでやり続ける気だと?」
「いえ、どうも引き際をそろそろ考え出しているみたいですけど。」
藤乃ちゃんは冷静に言っているつもりなのだろうけど、背後に燃え盛る炎が見えてくるのは幻覚ですか?
「ならもうやめにしたらどう?みんな屈辱的な事をしたんだろう?」
「そうはいくか。」「そうはいきません。」「そうはいかないのです。」
うあ、霧絵さん以外全員口をそろえたよ。
頼むからこういう事以外に意見がそろってほしい。
「あいつを打ち負かさない事にはオレはやめないからな。絶対に…!」
「橙子さんの屈辱的な姿を見るまではやめませんから。」
おいおいおい!こりてないでしょ君たち!
かと言って相手はあの橙子さん。おそらく、てゆうか今の状態を見てると絶対に式や鮮花は勝てそうにない。
「…仕方ないな…。なら僕が参加すればいいんでしょう。それで満足してくれるね?」
「「「えっ!?」」」
それには鮮花を除く全員が驚きの声をあげる。
「幹也が?逆に幹也のメイド姿なんて見たくないぞ。」
「いえ、それならありかと…。むしろドレスで…。」
「ちょっと、僕が君たちの代わりに犠牲になるんじゃなくて、僕が橙子さんを打ち負かすの。」
僕の誇りにかけて罰ゲームだけはごめんだけど、それを恐れていては橙子さんには決して勝てないだろうし。
「…大丈夫なのか?」
「式、僕を信用してくれ。いつも式には助けられてるけど、今度は僕が助ける番さ。」
「幹也…。」
…その時の式の表情をなんと言えばいいんだろうか。
感動?憂い?そんな陳腐な言葉では言い尽くせない、僕の守りたい全てがそれにはあった。
その表情を見ただけでも、橙子さんを倒さなければならないとかたく誓った。
「先輩、よろしくお願いしますね。」
「お願いいたします、お兄様。」
「幹也くん、がんばってね。」
他の3人も僕にエールを送ってくれる。
ぜひそれに答えたいものだ。そのためには…。
/12日目・式
昨日は私と鮮花の強い意見でゲームはしなかった。
私と鮮花はなるべく冷静を装いながら幹也と橙子の仕事が終わるのを待った。
幹也がいかにして橙子を倒すのか、考え付かなかった。
悔しいが、ゲームに関しては私より何倍も強い。そんな彼女をどうやって?
私がそんな思いをめぐらせているうちに、夕方の6時、その時は来た。
「じゃあ幹也くん、鮮花さん、今日はこの辺でおしまいにしましょう。」
「おつかれさまです橙子さん。」
「おつかれさまでした。」
手を叩いて仕事の終わりを告げる橙子、それに合わせて挨拶をする幹也と鮮花。
2人とも今までの出来事が嘘のようにいつもどおりだ。
「それで幹也くん、これからどうする気?」
「僕はこれからやる事があるので少し失礼させてもらいますね。」
荷物をまとめると幹也は私と鮮花の方を見ながら部屋を後にした。
橙子はそれを見送ると、眼鏡を外して性悪な笑みを浮かべる。
「さて、アイツも出て行った事だし。今日も始めるとするか。」
「そうですね。」
「そうだな。」
鮮花と私は橙子の意見にあっさりと同意する。
彼女はそれが以外だったようで、目を大きく開いている。
「随分とあっさりと同意したな。同意してくれたのはいいんだが…。」
「いいんだが、何ですか?」
「今日で止めにしないか?いい加減黒桐にばれそうだしな。てゆうかもうばれてるかもな。」
ご名答、もう幹也は全てを知っている。
「そうですね。今日でおしまいにしましょう。」
「そうだな。いい加減終わりにするべきだ。」
「…?2人とも、やけに聞き分けがいいな。今日私を倒す気でいるつもりか?」
「当然です。」「当然だ。」
「それは結構!期待しているよ!」
私と鮮花の強い意志を難なく流す橙子。私たちなどまるで相手ではないように。
こうは言ったものの、大丈夫か…?
「で、今日は何をする?」
「麻雀で。」
「麻雀!」
またも大げさに身振りする橙子。
…いちいちカンにさわる…。
「いいだろう。それで、面子は藤乃を入れて4人か?」
「いえ、藤乃も入れますが、私は入りません。」
「何?」
橙子はその言葉に反応を示す。
「僕ですよ、橙子さん。」
その時、扉を開けて入ってきたのは、白いやつともう1人。今日の主役だ。
「おまえ…!」
「僕が相手では不足ですか?」
「いや…、意外だっただけだ。まさかラストの相手がお前とはな…、黒桐。」
そう言った橙子の表情からはもう余裕は消え去っていた。
卓についたのは東から時計回りに橙子、私、幹也、藤乃で、観客は鮮花、霧絵、白いのの3人だった。
「悪いが黒桐、手加減はしないからな。」
「それはこっちの台詞です、橙子さん。この数日間の恨みを思い知ってください。」
「言っておくがな、あれは全員合意の上でやったんだ。つまり、負けるやつが悪いのさ。」
そう言いながらまず橙子が牌を1つ捨てる。
…この場合、言っている事は真実だから、何も言い返せない…。
「ロン。」
「「「えっ!?」」」
いきなりの事で場が凍る。私はおろか、場にいた全員がその宣言をした人物の方に顔をむける。
したのはなんと幹也だった。
彼は静かに配牌を倒していく。
「大三元、役満です。橙子さんに直撃ですね。」
「黒桐!おまえ、サマを…!」
橙子は立ち上がって幹也を指差しながら大声を出す。
いくらなんでもこれは明らかにおかしい。
だというのに当の幹也はいたってサバサバしていた。
「イカサマ?ええ、しましたよ。でもそれを見抜けなかった橙子さんも橙子さんですよ。サマをとがめたいなら現行犯で。」
「くっ!」
…黒い。コクトーが服だけじゃなく、心まで黒くなってしまった…。
一方の橙子は怒りを押し殺して座った。
「安心してください。イカサマをするのはこれだけですから。後はヒラでやりますよ。」
「…どこでそんなもんを覚えたんだっ…。」
「これでも交友関係は広いですから。」
いや、それは認めるけど詳しい説明にはなってない気が…。
「いいだろう。おまえを私の最大の障害と認識しよう。」
「受けてたちますよ。」
もう2人の戦いを私たちで止められる事は出来ず、ただ見ている事しかできなかった。
だが、流れは橙子の方に傾いている、そんな感じだった。
で、最終局。
「黒桐、おまえは確かになかなかだったよ。この私がそう言うんだから間違いない。だが私にはかなわなかったな。」
もはや自分の勝利を確信したのか、くくくとの笑いが止まらない橙子。
「リーチ。」
を宣言してくる。
はっきり言って私は運が良くても聴牌がせいぜいってところだ。とても止められそうにない。
一方の藤乃も同じなようで、表情が青ざめている。
このままだと最下位確定の幹也は全く表情を変えていない。いたってポーカーフェイスだ。
「ふ、まあいい。これで黒桐の最下位は…。」
「それロンです、橙子さん。」
「!?」
橙子の表情がかたくなるが、2人の点の差は広い。生半可な役だとそのまま、少し良くても私が最下位だ。
橙子はそれを聞いて笑い出す。
「そうか!結局罰ゲームが嫌で式に押し付けるのか!おまえがそういうやつだったとは驚きだよ!」
「いえ、残念ながらそうはなりませんよ。」
指でパタパタと牌を倒していく幹也。
それを見て思わず私と藤乃は歓喜の声を、橙子は驚きのあまり声も出ない。
「九連宝燈、純正ですのでダブル役満ですよ。つまり、最下位はあなたです。」
「幹也!」
私は思わず幹也に抱きついた。そうしようと思っていたからではなく。
「先輩…!」
藤乃も幹也の手をあつく握り、感動のあまり涙まで流している。
「式!いいかげん兄さんから離れてください!」
そう鮮花が主張するけれど、そんなの知った事ではない。
白いのや霧絵は幹也に拍手を送っている。
「じゅ…純正九連だとっ!?さっきサマは使わないと言ったじゃないか!」
もう完全に取り乱して橙子はそう言い放つ。
幹也は浅いため息をついた。
「ええ、イカサマは使っていません。ヒラですそれは。」
「んな莫迦な!純正九連がサマなしで出来るとは思えない…!」
「でも事実です。強いて言うなら、運が良かっただけでしょうね。」
正直、いくらイカサマでも私と橙子の両方の眼をごまかす事は100%不可能だ。
ならば本当に幹也は運を自分にひきこんだのだろう。
「イカサマをしようと思えば出来ましたけど、あえてこのような勝ち方をさせてもらいましたし。」
「な…何だと…!?」
「まず、なぜ式と藤乃ちゃんを卓に座らせて鮮花を座らせなかったかですが…。」
勝ち方を選んで幹也は橙子に勝ったって言うのか…?
こいつ、実はとんでもないやつなんじゃないか…?
「式を座らせたのはあなたにイカサマをさせないためです。僕らがやるイカサマだろうと魔術を使うのだろうと、式の眼は
ごまかせませんから。次に藤乃ちゃんですけど、彼女はクレアボイアンス、透視能力があります。つまりガン牌が
できるって事じゃないですか。後は式と僕で牌を並べる時に細工をして、僕と藤乃ちゃんでコンビ打ちが出来たんです。
つまり、イカサマをしていれば間違いなくあなたが負けていたんですよ。」
これを始めに聞いたとき、正直自分の耳を疑った。これが幹也の発言か、と。
それだけ幹也はここ数日間の事で頭にきていたのだろう。
まあ相手が橙子だから同情の余地は全くないけど。
「何…てことだ…。」
橙子は座って頭を抱えてしまった。ここまでコテンパンにやられたのだから、当然だろう。
だが幹也はさらに、3つのボックスを橙子の方につきだす。
「約束です。これをひいて罰ゲームを受けてください。そして少しは頭を冷やしてくださいよ。」
「ぐ…っ!」
「睨んだって無駄です。負けは負けですよ。」
橙子は幹也を睨みつけながら3つのボックスから次々と札を引いた。
出てきたのは『これでもかと言うぐらいのゴスロリ』、『自己を殺し、相手に自分の全てをささげるような人』、
『通常通り、ただし全員に敬語で2人称は「ご主人様」で』だった。全てが橙子の対極を行っている気がするけど。
まあ、これは全部橙子が書いたやつだし。
「では、頼みますね。」
「分かったわ。」
幹也が白いのに視線を送ると、彼女はふふっ、と笑って立ち上がった。
心底で嬉しそうだ。
「ふ…ふふ…ふふふふふ…。」
すると、突然橙子が笑い出す。心の底から笑いをあげる。
これは、開き直りか、それとも―。
「いや、黒桐、まさかおまえがここまでやるとはな。恐れ入ったよ。」
「恐縮ですよ。」
「だがツメが甘いな。まあ、今日は楽しませてもらったよ。私1人の記憶に刻んでおこう。」
そう言うが橙子のやつは煙草を使ってルーン文字だったかを書いていく。
こいつは間違いなく、魔術だ。
「トウコ!」
「遅い。」
私が橙子の魔術の構成だろうか、それを殺そうと飛び掛る一瞬前にこいつは魔術を解き放つ…!
「な…っ!」
だがその後起こったのはこいつの驚愕にまみれた声だけだった。
私が見た限りでは、橙子がはなった魔術が何かに妨害されたと言う事だけだ。
「アオザキ、自分が敗れたからとはいえ、そんな手段に出るとはな。情けないな。」
そう言い放つのは、赤いコートを着た男だった。
幹也の話ではこいつはコルネリウス・アルバと言う魔術師らしい。
「アルバ…!」
「忘却のルーンは私が阻害させてもらった。言っただろ?おまえの屈辱的な姿を見る、とね。」
そう言って言われる人物が間違いなく腹をたてる笑いを浮かべて赤い魔術師は述べた。
対照的に橙子には焦りと怒りがまじった表情になっていた。だがそれもすぐになくなり、冷静さを取り戻す。
「いい加減観念したまえ。もはや君に勝ち目はない。」
「どうかな。魔術師は2手も3手も先を考えていくものだ。」
そう言うと橙子は指を鳴らした。
まだあるのか、そう思っていると、部屋のどこからか、ぱたん、そんな音が響く。
同時に、ナニか黒い物が出現し…、
「、王顕。」
その言葉と同時に動きを止める。
それは黒い平面のネコだった。襲いかかろうとしたのは白いやつ。つまり、具現化をしている白いのを気絶させれば
固有結界もなくなる計算か。
確かにそれならゴドーワード、玄霧の召喚は不可能になり、罰ゲームはさせる事はできない。
一方、そのネコを止めているやつは、忘れるわけはない。
「、頂経。」
その言葉で何かが破壊される音が聞こえた。
そちらの方を見ると、オレンジ色の鞄が破壊されていた。その中にあったのは映写機だ。
ネコも同時に消えた事から、アレでネコを作り出していたのだろう。
「荒耶…!おまえもか!」
「蒼崎、久しいな。もっとも私は偽りの存在のようだが。」
そこにいたのは荒耶だった。
「その少年はなかなか知恵が回る。おまえが負けたら勝負を無効にするための手段をとるからと、
我々を配置したのだから。」
そう言って荒耶は幹也の方に視線を移した。
「魔術師ではないとはいえ、良き弟子を持ったものだよアオザキ。色々な意味でな。」
アルバが嘲笑しながらそう述べる。
「ってこれも幹也が…?」
「うん。一応念のために彼女にお願いして準備させてもらったんだ。」
私の質問にあっさりとそう答える幹也。
…幹也、恐ろしい人。
「さあ橙子さん、魔術師にこう言うのは何ですが、年貢の納め時です。」
橙子は荒耶と玄霧によって完全に何も出来なくなっている。
つまり、後は罰ゲームだけだ。
「おまえたち…!これですむと思うなよ!」
「橙子さん、貴女の言葉を借りるなら、負ける人が悪いんですよ。」
橙子は呪詛をまきちらしながら、玄霧の術を受けていった。
実に明日が楽しみだ。
/13日目・幹也
「アオザキ、紅茶を入れて来い。砂糖は2杯だぞ。」
「かしこまりました。ご主人様。」
伽藍の堂、いつもと同じような穏やかな時間が過ぎていく。
ごめん、僕の気のせいでした。
あの後、アルバさんは
「あのアオザキがこうなるとはな!あのアオザキがだぞ!全く、君は素晴らしいな。よろしい、この私が
あの愉快なアオザキの代わりに仕事をしてやろう。今日一日はアオザキの最高なる姿を見ておきたい
と思うのでね!何、私の仕事はアオザキより優れているとすぐに分かるさ!」
とか言って今日もいた。僕としてはこの数日間、全く仕事がはかどらなかったのでありがたかった。
ので無下に断る事は出来なかった。
本来はどうなのか分からないけど、彼の仕事は少なくともいつもの橙子さんよりは僕の助けになった。
て言うかいつも僕に任せきりな橙子さんと比べるのが失礼な気もするけど。
荒耶さんは日にちが変わって罰ゲームが開始してからの橙子さんをしばらく眺めて去っていった。
玄霧さんも僕に「すごいね」と言い残して同じく去って行ったし。2人とも笑みを浮かべていた気がしたけど。
藤乃ちゃんは「ありがとうございます」と礼を述べて学校の方に帰っていったし。
つまり、残っているのは魔術書を写している鮮花、ソファーでただじっとしている式、白い少女とオセロをしている霧絵さん、
橙子さんの代わりに仕事をしてくれているアルバさん。そして…、
「ご主人様、何か用事はございますか?」
深々と頭を下げてゴスロリ服を着込んだ橙子さんがそう聞いてくる。
罰ゲームは開始され、いつもとは全く違った橙子さんがそこにはいた。
橙子さんのゴスロリ姿ははっきり言ってマッチしていた。
何でかと聞かれても、「何でだろう?でもそう思わないか?」としか言えそうにない。
本当に立派な大人の橙子さんが何でこんなに似合うのか、自分でも不思議だ…。
まあ玄霧さんに頼んで復讐だけは考えないようにさせておいたから後の事は考えなくていいのが一番嬉しい。
「いえ、僕は特に何も。」
「分かりました。御用があればお呼びください。」
また深々と頭を下げて橙子さんは部屋の隅に行き、その場で立ったまま待機する。
「幹也、あいつに遠慮する事はない。」
「そうですよ兄さん。この時を利用しないで何をすると言うのですか。」
「あのね、僕は日常生活さえ戻ればよかったんだから、そんな事は出来ないよ。」
そう、僕は日常の平穏な生活さえあればいいんだ。
鮮花がいて、藤乃ちゃんがいて、橙子さんがいて、そして、式がいて。
だからこそ橙子さんに問題は起こして欲しくない。
「にしても、今回式が一番面白かったんじゃない?」
「鮮花には負けるよ。あそこまでしたくはないな。」
「私だって式がやった事はしたくないけど。」
ああ、なんか火花がバチバチいってるー…。
僕としては二度とごめんです。ハイ。
「ふう…。」
事務所でいつもと同じく平穏な時間が流れていく。
願わくばいつまでもなるべく変わりはありませんように。
と思うんだけどやっぱ無理だよなぁとも思う僕だった。
後日、秋隆さんがここ数日の式のビデオをひそかに買い取って式と壮絶なバトルをしたり、
学院で鮮花と藤乃ちゃんが話題を独占した事は別の話で。
おしまい