/織

あの雨の日、オレは死んだ。
式の内側で、式の代わりに。
後悔は一切ない。両儀式が幸せに過ごせる事ができるならば、オレはどんな方法だって取ろうと思って。
殺す事しか出来ないオレがただ一つだけ思い続けた願いをかなえて欲しくて。

オレがいる限り、両儀式は必ず夢を壊してしまうだろう。
オレはそうなるのがいやで、そうなるのがたまらなくて、やっと手に入れた夢をそのままにしておきたくて。
だから、オレはそっと自分に幕を下ろすことにしたんだ。

それでオレは目覚めた。
全く知らない世界で、全く知らない連中に囲まれて、意味が分からない役を押し付けられて。
一方的なトーコにはその場にいた白純と臙条で思わず呆れたもんだ。

既にあの頃から三年近くが経過していて、オレ自身に反映されている式の姿も結構変わっていた。
中性的だった体は黙っていると清楚な女らしく、声は意識していると淑女にも聞こえてしまうほど澄んでいて、顔つきも少し女らしくやわらかくなった。
これだけでも月日の経過がどれだけオレと式とに違いをもたらしたのかを思い知らされた。

けれど、好機だとも思った。
嘘偽りの存在でも俺は両儀織で、織がいなくなった両儀織がコクトーとどれほど幸せな毎日を送っているのか確認できる。
夢のような時を式がどうすごしているのか、知りたかった。

……思った以上だった。
コクトーも変わっていないようで少し変わっていたけれど、もっと驚いてしまった。
そこにいたのはオレの知らない式だった。

両儀式は、オレの夢よりもずっと幸福な日常を過ごしていた。

それだけ分かれば十分だ。
うらやましいとは思うけれど、オレじゃあきっと壊してしまう。
今の幸福は黒桐幹也と両儀式が築いたもので、そこに両儀織の出る幕はない。

だから、素直に祝福を送って退場するのがオレのしてやれる全てだろう。
後悔はない。これから起こる事柄に……オレは後悔はない。




王道・橙子さんの場合

第14話


   /織

緊張に張り詰めた空間の中、オレ達は灼眼の獅子と対峙する。
それはただこちらを見つめるだけで、襲いかかる気配を微塵も見せない。
なぜかは分からないけれど、相手からは動こうとはしていなかった。

なのに、コレはただ在るだけで場の全てを支配するかのようだった。
コレはトーコが神獣として創り上げたもので、所詮は紛い物のはずだ。
それが……本当に神の化身と面向かっているように畏怖でもしているようだった。

だめだ、完全に雰囲気に飲まれてる。
もしかしたらただ在るだけのウドの大木だって事も考えられるんだ。
相手が目の前にいるだけで実力を測れるほど俺は達人じゃないし、そこまで観察眼が優れているなんてうぬぼれてもいない。

ここは、打って出る。
虎穴に入らずんば虎子をえず、とも言うしな。
実際に刀を交えないと実力なんて測れない。

だからオレは倒れるようにして体を流し、その勢いをそのままに前へと突撃した。
古武術の達人を見れば分かるけど、前に出る時は地を勢いよく蹴って進みだすよりも、わざと体を崩す事で進んだ方が速い。
倒れる事で重力加速度を始めから加速度に加える事ができるらしいけれど、要はへたに力むよりも力の流れこそが重要らしい。
そしてその達人にはボクシングのプロも反応できない場合がある。

初速は完璧。相手は一向に動く気配を見せない。
トーコは私の動きに反応すら見せられていない。それこそ眉一つ動かすいとまもないはずだ。
その間にオレは自分の間合いに敵を収めて、頭を割るつもりで斜め下に振り下ろした。

「……!?」
違和感に気づいたのは振り下ろし始めてからだった。
獅子は一向に動こうとしない。だけどそれはオレの動きに反応すら出来ないんじゃない。

灼眼は間違いなくオレの動向を追っていた。

ほんのわずかなずれはあるから完全には追い切れていないのかもしれない。
それでもオレの攻撃を見て知覚する事はできるはずだ。
それをしない――つまり、それをする必要がない。

だとしてもこれはオレの渾身の一撃だ。
これで何も分からずにご退場、なんて事はないはずだ。
相手を倒せなくても、見極める事は欠かさない――!

あと三十センチ、変化なし。
あと二十センチ、変化なし。
あと十センチ、変化なし。
あと五センチ、変化な――いや、ある。

神経をすり減らすほどに集中する事でようやくそれが分かった。
攻撃がほんのわずかまでに迫った時になってやっと現れやがった。

コイツの元になった、四方を守護するとか言う女神達が張っていた結界。
それが発動している。

だとしたらまずい。刀は斬鉄すら技術次第でできるけれど、果たしてこの刀で結界を破壊することが出来るか?
……いや、荒耶の結界すら破壊できたんだ。
オレにはどれほどの結界か分からないけれど、アイツのを超えているとは考えにくい。

なら、このまま斬る!

「疾っ!」
呼吸を吐きながら全身の全てを使い、そのまま敵に攻撃を仕掛けた。

「……っ!」
駄目だ。失敗した……!

確かに結界を斬る事はできた。でもその後の動作が続かない。
結界と敵を同時に斬る事はオレの業では無理だ。
そして、相手はオレに追撃を許してくれるほど甘くはなかった。

結界の感触で失敗を悟ったオレはあっけないほどあっさりと退却を選んだ。
そのまま突撃を続行してつばぜり合いのような形に持ち込む事はオレの身体の能力から考えて当然却下だ。
それがオレの命を救った(この表現はちょっとおかしいかもな)。

相手は結界発動と全く同時に行動を開始してきた。
始めから狙っていたように後の先を取る形で、前足でのなぎ払いを仕掛けてくる。
なめるな。ただ硬いだけの西洋剣と違って日本刀はその柔らかさがあって、敵の攻撃をいなす事にも長けている。

俺は刀をそらして相手の攻撃の受け流しにかかった。
横方向のなぎ払いを刀で力の向きを変えつつ、オレは後退を続ける。
そして獅子の前足が空を斬ると、そのままオレは後退面にかかった。

それでまたしても息を飲む事になるとは思わなかった。

結界が既に再構成されてやがる……!
これじゃあまた結界を破壊して刀が届かない状況になっちまう……!
歯噛みしながらオレは更に後退を進めて――、

「ふっ」
軽く息を吐いての一撃で敵はオレに反撃する事無く引き下がった。
いち早く察知していたのか刀はかすりもしないけれど、獅子の後退速度よりも式の追撃速度の方が遥かに速い。
しかも無傷でかわした代償なのか体勢も悪いから、これなら一刀両断だ。

「攻撃をしたな式。セクメトの特殊能力を発動!」
視界の端で橙子が絶対の自信を込めて宣言をした。

その瞬間、何かが獅子から迸り、動きが一変した。
速いけれど目で追えないほどじゃない。けれど、体の運びがとても軽く、一切のむらも隙もない。
しなやかに壁に着地すると、獅子は式へと反撃をすべく突撃を行った。

よく見ると獅子の爪が迸る何かで覆われていて、光り輝いていた。
と同時に口周りからも何かが収束しているように光り輝いている。
獅子のなぎ払いと式の振り下ろしはほぼ同時。
お互いにお互いの攻撃している部位、つまり前脚と刀に当てるようにしている。

ぶつかり合う攻撃と攻撃。
勝利したのは――式の攻撃だった。
結界をあっけなく突破され、獅子の前脚は見事に斜め方向に寸断されていた。

「ぐ――!」
なのに苦悶に表情を歪めたのは式の方だった。
獅子は振り抜いて切断された前脚の事を全く気にも留めず、口から光の何かを解き放とうとしていた。

「そうは――させるか……!」
オレはすかさずその隙を見逃すまいと刀を振りきった。
式に結界を破壊された直後ならオレの刀だって有効のはずだからな。

そのはずだった。もう片方の前脚で防御されなければ。
コイツ、脚一本を犠牲にオレの斬撃を防いだ――!?
確かに脚一本こそ切断できたけど、肝心の急所や首まで刀が届かない。
しかも依然体勢はそのまま式に狙いを定めている。

「MezoFoLLte――!」

不意に短い韻が聞こえて、同時に獅子が燃え上がる。
鮮花の魔術だと分かった時にはオレ達は後ろに引き下がる事にした。
オレは一回間を置きたかったからそうしたけれど、式もどうやら同じ考えだったらしい。

獅子の咆哮が響き渡った。
そして次の瞬間、光線が炎の中から飛び出し、突き進んでいった。
それが狙っていたのはオレでもなく、式でもなかった。
向かった先は……浅上か鮮花か。

式は刀を一払いしてそれを切り裂き、端然と構えをとった。
オレも構えをとって敵の強襲にそなえる。

再びの咆哮で獅子を襲っていた炎が一瞬にして吹き飛んだ。
獅子は燃え尽きるどころか焦げ目一つすらない状態のままだった。
炎で怯まなかったからそうかなとは思ったけれど、まさか無傷とは……。

「嘘……!」
鮮花もまたその結果に驚愕の声をあげていた。
やっぱりさっきの魔術には自信があったんだろう。荒耶にも一応有効だったから、なおさら。

「まさか、構成をしくじった――?」
「自分に嘘をつくのはよくないぞ鮮花。今の構成はおまえにとっては改心の出来だったはずだ」
「っ――。確かに疑いようもなくその通りです。だとしたら、それには高い対魔力性があると……?」
「そうだな。よーく観察してみろ」
トーコは満足げに笑みを浮かべながら何度もうなづく。

……魔術なんかを全く知らないオレが見ても何も判りはしない。
一方の鮮花は目を凝らして獅子を観察し、何かに気づいたように驚く。

「魔力、放出――」
「そう、自らで精製する多くの魔力を放出する事で身体能力を上乗せを行っている事もある。
 しかし、その最大の利点は魔力を通した攻撃をある程度無力化出来る事にある。
 ――それが例え大魔術規模のものだとしても、緩和ぐらいはできる。
 苦労したんだぞー。ここまでの規模で行えるようにする事に」
「そんな事が……」
「最もセクメトは元々火属性。火の魔術が効きにくい事もあって無効化したんだろうがな」
一瞬鮮花はよろめきかけるけれど、気丈にも踏みとどまって獅子を睨みつけた。

「そして迸る魔力によってほんのわずかでも式の攻撃をずらす事だって可能なわけだ。
 いくら死の線を捉えていても、魔力の激流に阻まれてまでそれを斬る事は難しいはずだ。
 それにセクメトは四人の女神が発動していた結界まで兼ね備えている。
 攻撃命中直前に張られる結界の死を捉えられるとは『非・常・に』驚いたがな。
 これらを突破するのは……いくら式でもある程度の時が必要なはずだ」
そうか、それで式が驚いていたのか。
ならあの攻撃は獅子の前脚を切断できても、失敗した攻撃だったと。

「更にセクメトの特殊能力で、切断された両方の前脚を再生」
トーコの命令を受けて、獅子はオレ達が切断して付近に転がっていた両方の前脚を加えて、食べ始める。
それと同時に切断面がもこもこ動き出して、新たなる前脚が生えてくる。

「そいつを殺したいのなら再生が追いつかないまでにバラバラにするか、ミンチにするか、脳天をかち割るしかない。
 ああ、魄を斬るのも当然有効だ」
「魄?」
なんだっけ、どこかで聞いた事があるんだけど……。

「人間は魂魄と肉体で出来ていて、魄はちょうど魂と肉体の架け橋のようなものだ。ようは肉体を動かしている源だな。
 荒耶宗蓮の場合、肉体と魂が起源によって静止していても肉体が動いている以上魄が稼動している事になる。
 魄を殺す事で、間接的に両儀式は荒耶の肉体を殺したと私は考えてる」
「それがどうした」
「あわてるな織。通常の切断の場合なら魂に傷がつかないように魄にも傷はつかない。だから再生するなり移植するなりすればまたその部分は動く。
 だが、魄を殺されてしまったらもうお手上げだ。いくらそのものがあっても、動かす糸がもうないんだから。
 つまり式を相手にした場合、魄を殺されないようにする工夫が必要だ」
そのためのごまかしか。

「そう言うな。ヤツを相手にして壊れないようにすると同時に式を倒せる可能性を模索していたらこの方法が思いついただけだ」
それはご苦労だったと言いたい。
けれど、結局トーコが書いたシナリオは王道なアドベンチャー。
最後にラスボスは倒れるものだ。

オレは静かに相手との間合いを詰めていき、飛び出していった。


   /霧絵

「……どうやったの?」
「私はただ誘導しただけでして、直接は何も」
そんなはずはないのだけれど、多分その手際を聞いてもわたしにはきっと分からないのでしょうね。

この男の人が言う『青子人形』は、わたしをこの世界に呼び出した張本人、あの女の人が創り出したものらしい。
まるで本当に生きているように精巧で、傍目から見ていたわたしは思わず驚かされた。
生き生きとした動きはぎこちなさがどこにもなく、明らかに作った表情なのに明るさを感じさせ、生命の息吹までもが再現されてる。
……どれも生前のわたしが失ってしまったものばかり。

女の子はわたしでも知っているほど有名な漫画の登場人物みたいに光線をだして、辺りを破壊してた。
それを玄霧皐月は言葉をつむぐだけで次々とそれをそらしていって、何とかやり過ごしてた。
それでも破壊された時に出る余波で傷ついてはいくけれど。

来た道を後退していって、追いつめられていった。
玄霧皐月はとうとう立ち止まったかと思ったら、

「呆気ないけれど、これでお遊戯はおしまいにしよう。
 蒼崎橙子の目的の達成にもそれなりの興味はあるけれど、これから対面する事に比べれば些細な事だしね」
不意に背後の空間をこじ開けた。

女の子は成すすべなくそこに突っ込んでいって、その直後に空間の裂け目は閉じられてしまった。
一瞬しか見れなかったけれど、あの空間には何もなかった。光も闇さえも。
ただ無限の空間が広がっているようで……。

「うん、その表現は正しいね。荒耶はいざとなったら式君を閉じ込められるようにこの遺跡に幾つもの閉じられた輪を設置したようだ。
 私はそのうちの一つを失敬しただけに過ぎない」
……あの人の仕掛けを利用しただけ、なのね。

結局わたしは何もしなかったに等しい。
だってわたしはあの女の子の意識を少し誘導しただけだもの。
それじゃあ何もしてないのと同じじゃない。

「さあ、行きましょうか」
柔らかな笑顔のまま、玄霧皐月はそう言った。


あの女の子以外に大きな扉の罠はなくて、わたし達は意外と簡単にその中に入る事が出来た。
重苦しい扉がゆっくりと開くと、そこであったのはわたしのよく見知った光景だった。

まるで、病院みたい。
清潔感がただよっていて、ただよいすぎていて自然が一切感じさせないほど無機質。
空気には全く味がないし、匂いも薬品のばかり。まるで手術室。

ガラス瓶などが所狭しと並べられた棚、ホルマリン漬けになったどこかの器官、メスや鉗子とかの手術用具も並んでいる。
なのに血なまぐささが一切なくて、完璧に清潔感が保たれている。
備品も部屋も全てが新品同様で、本当にここで誰かが作業をしたのか疑いたくなる。

そんな部屋の中、ただ一つだけ違うものがあった。
丁寧に布がかけられたそれは、手術台のようなものに乗せられていた。
その光景はまるで霊安室が頭をよぎるけれど、近づいてのぞいてみるとそんな考えは一瞬にしてなくなった。

「綺麗……」
わたしは率直な感想を口ずさんでいた。

さっきの女の子とはまた違った美しさと気品を兼ね備えた少女がそこにはあった。
年齢にすれば18ぐらいかしら。多分黒桐くんの妹さんよりは高いし、式って娘よりは低いわね。
髪はまるで上質な絹みたいに艶やかで、死体のように動かないのに唇までみずみずしい。
本当にただ眠っているように横たえられていて、感嘆の声をあげたくなるほどだった。

間違いない。彼女は黒桐くんが橙子さんと呼んでいた人物だ。

でも……わたしがこの世界に来てから知ったのだけど、わたしが最後にあった女の人が橙子と言う名だったらしい。
視力がなくなりかけていたわたしが言うのもなんだけれど、あの時の彼女とこの姿とは明らかに違う。
だって、こっちの方は淑女と言う感じだから。

「あの姿をしている理由はこの世界での役作りのためだからと聞いたけれど……」
わざわざこうして丁寧に安置されている方まで黒桐くんより下の年齢の肉体にする必要があるのだろうか。
そう考え始めて――やめた。わたしが考えても仕方がない。

「それで、あなたはこの女の子に何の用なの?」
「いえ、ソレも実に興味深いのですが、やはり私にとっては些細な事です。――私が求めているのはもっと別の存在なのですから」
玄霧皐月はいつもの笑顔のままで天井に顔を向けた。
首を傾げるわたしを余所に、彼は言葉を丁寧につむいだ。

「君がいるのは分かっている。せっかくこうして出向いたんだから、姿を現してくれないか?」
「……何を言っているのかしら。私にはさっぱりなんだけど」
不意に天井――いや、この世界から聞こえてきたのは少女……と言うより幼女の声だった。
甘ったるい、でもどこか冷たさを感じさせる声だ。

「『祟り』、あの存在が君の能力を利用して現界した事は私にも分かっているんだ。
 あの人に秘密にと言われているのかもしれないけれど、知っている以上隠す事はできないよ」
「――」
彼の言葉に幼女は無言で反応を返す。
なぜかそう認識できたのは自分でも不思議なほどだ。

やがて、この部屋にあった反対側の扉が開かれた。
そこから現れたのは着物姿の少女。この世界に来てわたしも知る事になった少女。
だけど、何かが違った。根本的なずれが彼女にはあった。

「やはり君でしたか。世界の些細なずれの原因は。まさか君までこの世界に参加するとは思いませんでしたよ。
 ――おそらくは蒼崎や荒耶ですら考えにも入れていなかったでしょう。何が君をこのような行動に?」
「そうね。黒桐くんはありのままを受け入れるのでしょうけれど、両儀式はきっと望まないでしょうから。
 少しばかりでしゃばらせてもらったわ」
そうですか、と言いながら穏やかな顔のままで笑みを浮かべる。
でもその笑みが作り笑いに見えてしまったのはわたしの気のせいなのだろうか。

「なるほど、彼女達がソフトウェアならば、君はさしずめハードウェアでしょう。ですがハードウェアの方にも人格があるとは興味深い」
「そうね。あの血族がそれを生かす技術を持っていたのね」
「――前置きはこれぐらいにしましょう。私から君に聞く事は何一つないし、君が私に聞く事も何一つないのでしょう?」
「玄霧皐月、あなたはやっぱり――」
玄霧皐月は笑みを絶やさない。
にも拘らず彼の目つきは今までにないほど真剣そのものだった。

「ええ、私が求めている結論、「」そのものである君ならば知っているはずですよね」
「人間が好き勝手やって、なお永遠でいられる結論、だったかしら。
 ええ、きっとあるでしょうね。そして無限にある情報から任意の名目を採取する事もあなたにならきっとできるでしょう。
 でも、それがあなたの望んだ結末とは限らない」
「かまいません。おそらく答えを得ることが出来ても、それを実践する事は玄霧皐月には不可能でしょうから」
そうして会話は終わった。いや、始めから終わっていた。
彼らに会話なんて元々必要なかったんだ。玄霧皐月も目の前の少女も、お互いの事は全く興味がないのだから。

やがて彼は歩みだし、少女の横を通り過ぎていく。
少女が出てきた、わたし達が入ってきた方向とは真逆に。
わたしは彼がその行為に出た事もすんなり受け入れた。彼だったらきっとこうするだろうと簡単に予測できたから。

「――それで、見つかったのかしら?」
それでもこの場にいる者の義理として一応聞いてみる事にした。
彼は大変満足した、でもどこか哀愁漂う、そんな矛盾した表情をわたしに見せる。

「永遠――でした。世界はあんなにも無限だった。とても、とても、素晴らしいぐらい平和だった」
嬉しいのか、楽しいのか、玄霧皐月は笑った。
わたしにも彼が心の底から笑っているのが分かった。

そうして彼は笑いながらこの部屋――いや、この世界をあとにした。

残されたのはもちろんわたし達二人だけ。
もちろんわたしも目の前の少女に用事はなく、きっと彼女もわたしには一切の興味がないはず。

「統一言語師、そして黒き魔術師はこの世界から消えた……。最後に残ったピースはこの世界を創った張本人、人形師のみ……」
思ったとおり、少女もまたきびすをひるがえしてこの部屋から立ち去ろうとする。
そしてふと気づいたように(まるでついでみたいに)わたしの方に視線を向けた。

「この世界に呼び出された存在は、乱入したわたしを除けば残りあなたと彼だけ。あなたはどうするの?」
「――わたしはエンディングまでいるつもり」
理由を一切聞かずに彼女はそう、と言い残して歩み始めた。

「なぜ、彼の前に姿を現したの?」
最後に一つ、わたしはどうしても聞いておきたかった。
少女が玄霧皐月の前に姿を現すとは思えなかった、そんな簡単な理由で聞いてみただけだった。
でも、この問いは彼女の確執に触れるような気がしてならなかった。

少女は何が面白かったのか、くすりと哂った。
その上で彼女は遠くを眺めるようにして視線を外した。

「私は何も見ず、何も考えず、何も感じない。全てを知ってしまっている私には外に出る事が無意味だから」
「なら……」
「でもね」
少女は再び笑みを浮かべる。
でもその笑みは何もかも超越したようなものではなくて、一人の可愛らしい少女のものだった。
女のわたしでも少し胸が高鳴るほど。

「あなた達と同じ。私もやっぱり黒桐くんに興味があるから……」

わたしは目を丸くする。彼女は綺麗な指でわたしに手を振る。
一つ一つの動きがあのコを連想させるけれど、どのしぐさも全く別の在り方にも見える。
微笑、和服から見えるうなじや首の傾げ方、指で表す感情。そのどれもが神秘的でありながらどこか儚かった。

そうして、少女もまたこの場から姿を消していった。

「……」
これで、この物語ももうおしまいだ。

死の身近にあったわたしが嘘みたいに生を謳歌できたこの世界。
病室だと絶対に体験できない事もできた、いっぱい物事を知る事が出来たこの世界。
そして、いっぱいの人と関わる事ができたこの世界。

死の奔流にあこがれていたから、生の鼓動にもあこがれた。
わたしは夢幻のような存在だけれども、この嬉しさはきっと本物だ。
だから、この世界が消えてわたしが消滅する事になっても、こんなに弱いわたしだけれども、笑顔でいたい。

二度と来る事はないと思っていた、瞼の熱さがあるのだから。


   /織

オレ達は間違いなく敵を追いつめていた。
敵の攻撃にはことごとく対処できているし、こっちの攻撃は連携攻撃のおかげで何度も通っていた。
けれど攻めきれない、何かが足りない。獅子はすぐに傷を再生してしまう上に中々の実力を持っているから。

式の一閃もまたほんのわずかだけどずらされている。
でもそれが致命的。死を斬らなきゃ獅子の再生は止まらない。
そうはさせまいと攻め続けても、逃げに徹しられて目論みは水の泡だ。

「凶れ」

浅上が歪曲で一撃必殺を行おうとしても、獅子は俺たちを物陰代わりに利用して難を逃れている。
透視と歪曲を同時にできるほど獅子の動きは鈍くないみたいだから、そこは要修行って言った所か。

硬直状態になれば後は持久戦だ。
普通なら体力と精神力がものを言う世界になるけれど、オレ達にも敵にも精神面での衰えはないはずだ。
だとしたら……普通の女の体をしているオレ達は体力面で不利だ。
仕掛けるならオレ達の方か。

何度目かの激突の後、オレ達は再び獅子から間合いを離した。
敵の獅子はそんなオレ達に追撃しようとはせず、トーコの傍らで待機する方を選んだようだ。
トーコは獅子とオレ達を交互に見た後に肩をすくめる。

「……こう拮抗してもらうとこちらも困るな。映画なら間に別のシーンでも挟むのだろうが……」
「それはあくまで式達が獅子だけしか狙わないからで、ラスボスを復活させた悪人を主人公の仲間が先に倒すのだって立派な王道ですけど」
「うっ、それは確かに困る……」
コクトーの鋭い指摘にトーコは苦笑いを浮かべながら冷や汗をたらす。
まあ確かにその指摘は一理あるとは思うけれど、オレはトーコ自身に興味はない。

「だがまあいい。この調子でいけば負けるのはセクメトだろうからな」
「えっ?」
オレとは真逆の予想に思わず疑問系で返してしまった。
オレの反応にトーコは意外だとの表情を見せる。

「式も織も互いにセクメトの動きを覚え始めているじゃないか。このままいけばセクメトの死を捉えられて、終わりだ」
体力が持つか、それまでに獅子を捉えきれるか。
どうやら考えに決定的な考えがあるみたいだ。

「ならどうするんだ? このままソイツがやられるのを指をくわえて待つと?」
「――いや、そんな事はしないさ。どっちかと言えばこうなってしまう前にどちらかの敗北で決着をつけたかったんだが……」
トーコは腕を突き出し、高らかに宣言する。

「セクメト、今こそ真の姿を示せ!」

トーコの命令に獅子は咆哮で答え、その姿を変えていく。
四本の脚は二本の脚と二本の腕になり、体つきも獣のものからもっと別の何かへと変化していく。
トーコはある程度変化が整うとそばにあった衣服をそいつに向けて放り投げた。
獅子はそれを受け取り、曲芸のように早々と身にまとった。

獅子は人間の姿になっていた。
棚引く櫛を入れていない長髪は雄ライオンの鬣に見える。 そして紅い簡易的なドレスに身を包んだそいつは、まるで返り血に染まっているようだった。

「この世界にはふさわしくないが、この際かまうまい。戦局がどっちに傾こうともいいだろう。神獣セクメトの攻撃!」
トーコはたったそれだけの前口上で済ました上で命令を下した。
それに答えるようにセクメトとやらは獅子だった時と同じ咆哮をあげて飛び上がった。

「!?」
ただ、飛び上がった方向はオレ達とは真逆の方向で、セクメトは壁を背にして彫刻に足をかけて立っていた。
そしてオレにはさっぱりな言葉の羅列を発する。

でも雰囲気で分かる。アレをさせるのはまずい。

オレと式が飛び出すのは全く同時だった。やっぱり式の考えてる事も同じだったか。
セクメトが若干歪んで見えたのは浅上の歪曲によるものだろうけど、歪んだだけで相手をねじる事ができてない。
トーコの時もそうだったけど、奴に張られた結界は超能力まで通さない仕組みになってるらしいな。
なら、オレ達が接近して斬る……!

「攻撃対象――」
トーコの命令はまだ続いている。目の端に移る彼女は絶対の自信を持っているらしく、不安が一切見られない。
獅子はそれに呼応するように俺達の方に両腕を突き出した。

……っ!
直感、としか言いようがなかった。
オレと式が確実に一秒足らずで敵を行動より早く切り伏せられるとしても。
そしてそれがオレ達にとっては致命的で、オレ達の取った行動が完全に失策だと警鐘を鳴らす。

だけど退いた所で敵の行動が止まるわけじゃないし、今さら後には退けるか――!

「疾!」
「ふっ!」

呼吸のタイミングが少しずれた状態でオレ達は斬りかかった。
まずオレの刀で敵の結界が砕け散った。まるでガラスを叩き割ったみたいに儚く。
その一瞬後、式の刀が敵を切断する――、

いや、違う……!?
敵は式に向けていた両腕を使って刀を防御、急所への攻撃を完全に防いでいた。
もちろん防御に使った両腕は切断されて落ちていく。

「――両儀式――」
敵は攻撃の隙をついた形で蹴りを放ってくるものの、まるでサッカーボールを蹴るみたいに大振りだ。
式は敵の蹴りの勢いを利用して距離を大幅に離して、猫のように着地した後にまた飛び出す。
オレは踏み込んだ上で返す刀を振るった。刀からは風を斬る音以外に肉を斬る感触が伝わる。

だけどまた急所には当たってない。今度は式を蹴ろうとした足の太股で防ぎやがった。
それでも式は既に敵の目前に迫っていて、刀を振りかぶっている。
敵に残された四肢は脚一本だけ。敵を切り伏せるのは目前。

その時オレは確かに見た。
敵の表情が一切変わらなくても、その灼眼の眼光が全てを物語っていた。
得物を仕留める事を確信した、禍々しい光が。

「――ディヴァイン・スターボゥ発動!」

オレは自分でも不思議なほど電光石火な反応をしていた。
太股から脚を切断した刀をほんの少し突き出す行為で、敵にささやかな傷を与える程度。
些細な攻撃は敵の体勢をほんの少し崩す程度かもしれないけれど、コレで十分だ。

敵の真正面にいるのは式とはほんの少しずれてオレの方になる。
できればあさっての方を向かせたかったんだけど、これでもいいか。
オレにしては上出来だろう。

その瞬間、敵の前方が光り輝き、オレの全身を数多の光線が貫いていた。


レーザーみたいなものなんだろう。見事に全箇所貫通してる。
それを同時に何本も出す事で式に全てを対処できないように、しかもかわせないように距離をぎりぎりまで引き絞って放ったのか。
両腕を突き出した事の意味はほとんどなくて、生きていさえすれば解き放ってただろう。
例え式が相手の死を斬れていたとしても、だ。

頭はわりと冷静で、自分の体がどうなったのかを確認してみる。
穴は多分数センチほどで、脳と心臓には当たっていない。
けれども腹に三箇所、胸に一箇所、手足に三箇所、顔に一箇所の穴が開いてしまった。
……出血が酷い上に急所に当たってる。即死は時間の問題のようだ。

踏ん張ろうと思っても脚に全く力が入らないで、その場に崩れ落ちた。
幸か不幸か仰向けの形ではあるけれど、指一本動かせない。
和服がオレから流れる血で濡れてとても気持ち悪い……なんて些細な事も頭に浮かぶ。

感覚が鈍くなってる。痛みはとっくになくなっていて、びちゃびちゃになった着物の気持ち悪さも感じなくなった。
耳が遠くなっていく。誰かが何かを言っているけれど、どんな事を発言してるのか分からない。
視界がぼやけてくる。オレを抱える誰かの顔が見えるけれども誰なのか判断がつかない。

「これは一夜限りの狂想曲、悪夢が過ぎれば幻のごとく消え去るだけだ。悲しむ必要はないさ」
うん、やっぱり自分でも言えてるのかが分からない。
それでもオレはどうしても言いたい事がある。
それを言わないと――、

「それじゃあオレは退散する。またどこかの悪夢の中で会おうな」
唇を動かそうとするたびに残った時間が削り取られていくような錯覚を覚える。
それでもオレは視線を目の前の誰かに、表情をなるべく穏やかにする。

これでこの世界での両儀織の物語は終わりだ。
オレにふさわしいのは日本刀で、コクトーの手のひらじゃない。
ハッピー『エンド』はこの世界では決して訪れず、これからも続く式とコクトーの日常にオレは必要ない。

両儀式の物語はこれからも幸せ日常を刻んでいってくれ。
それがオレの願いでもあり、夢でもある。
だから――、

「式、コクトーと幸せに」



to be continued……


第15話に続く

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 織が式をかばう、これは最初から頭にあったストーリーでしたが、正直ギャグにふさわしくないです。
問題はギャグを失ってまで書いたこの話はどうなのかですが、以前からの進歩が見られない気もします。
もっと腕を上げたいものです。

さて、次でいよいよクライマックス。
一年以上間をおきながら連載してきたこの話もようやく終わりを迎えます。
当然目指すはアドベンチャー特有の大団円で。

それではラストで。
  2007年9月23日


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