王道・橙子さんの場合

第12話


   /織

「ああ、よかった。生きてた……」
コクトーが心の底から安堵する姿、式がコクトーを見て浮かべた表情。
どっちもオレの知らない二人だった。
それだけでもうこの二人とオレには深い隔たりがあるのを実感できてしまう。

オレ達のいる位置とトーコたちがいる位置は丁度式をはさんで相対していた。
荒耶は浅上の攻撃を一瞬で感じ取って、間違いなくその場から消え去った。多分空間転移ってのをしたんだろう。
そして、トーコは玉座の前で目を輝かせて満面の笑顔を見せていた。

「式、もう少し待っててくれ。大丈夫、心配しないでくれ」
「……期待してる」
「式、僕はもう絶対に君をはなしたりはしない」
コクトーは式に笑いかけると式は頬を紅くして視線をそらす。
――全力で断るとか言っておきながら、実際その場に出るとあっさりと口に出るのか。

「橙子さん、今回ばかりはやりすぎです。覚悟してください」
そして彼はトーコの方に視線を移した。
コクトーはトーコを視線だけで殺しそうなほど怒ってる。
コクトー、そんな表情できたんだ。意外としかオレには言えない。

「ベストタイミングだな黒桐。正にそう表現するのがふさわしい、代名詞にしたいぐらいにがっちりと歯車がかみ合った。
 ここはそういった世界ではあるが、正直本当にそうなるかは首を傾げるものだったんでね。ただ、この世界の構成者から言わせて貰うとだな……」
トーコはびしっ、と親指を立てて歓喜の声を上げた。

「グッジョブ。おまえ達の物語は伝説として語り継ぐ事にしよう」
「ふざけた問答はもう結構です」
冷め切った台詞をコクトーはトーコに投げかけて、彼はかぶりをきった。
そんなコクトーの態度にもトーコは全く動じず、笑みを浮かべたままだ。

「つれないな。せっかくのクライマックスなのに真っ先に相手をするのが式でも荒耶でもなく、この私なんてね。
 嫉妬で殺されるなんて私はごめんだぞ。三流記事にもなりゃしない」
「そのクライマックスになる前に橙子さん、貴女に聞きたい事があります」

「何だ改まって。この世界を構築した動機は話したし、ラスボス戦に有効な戦法はしっかりと手がかりを残しておいた。
 別段これ以上聞く事なんてないだろう」
「いえ、あります」
きっぱりと言い放ってコクトーはトーコを指差して、追及する。

「橙子さん、貴女がこの世界を構成した真の目的を教えてくれますか」
「はあ?」
トーコは目を見開いて軽く驚く。
その言葉を吟味した後に心底呆れたのか、深いため息ももらす。

「何度も口をすっぱくしていってるだろう。王道の体現及び可能性の実現を――」
「前半が嘘八百な上に後半が曖昧なのは誰もが分かる事です。クライマックスだからこそ、詳しく教えて欲しいんですよ」
トーコの虚言を途中でさえぎった上で、コクトーは鋭く指摘する。
その言葉にトーコは首を横に振って拒否を表す。

「答える必要はない。敵役の動機とて主人公が推理するものだろう」
「――そうですか」
コクトーはトーコから視線をそらして、歯を噛み締めた。
トーコは玉座に腰をかけて一息つき、傍らに佇む魔術師に顔を向けた。

「荒耶、別に私たちの前口上など聞く必要ないんだぞ。
 そもそもおまえほどの腕ならば黒桐達がやってきた瞬間、藤乃の攻撃を空間転移で回避しつつ再起不能にする事ぐらい朝飯前だったはずだ。
 こっちとしては少々の会話は欲しかった所だからありがたかったが、おまえらしくもない」
「無論そのつもりではあったが、両儀織が所有する武器はおそらく年代ものの日本刀だ。
 直死がなかろうとも結界を両断される可能性を考慮に加えた上で引き下がったまでだ」
「神秘はよりすぐれた神秘によって打ち崩される、か。全く、九字兼定といい両儀はなんでこうも簡単にとんでもない一品を手に入れてくるんだ?」
……やろうとしてた事が見抜かれている。

遠距離から視界におさまる場所が有効範囲な浅上の攻撃は近距離から中距離を得意とする荒耶にとっては最も危険な存在のはず。
だから空間転移とやらで浅上の背後に回ろうとしたら、その瞬間に切り伏せるつもりでいた。
居合に関してもオレは学んできたから、結界云々を考えても腕一本ぐらいは持っていけたはずだ。

「蒼崎、前にも言ったが「」に触れて私が私でいられる保障はどこにもない。最後に一つ問おう」
「なんだ? 無駄話をしていると主賓たちに迷惑だろう」
トーコは乾いた苦笑をもらす。荒耶はそれを意にも介さずに言葉をつむぐ。

「此度のおまえの目的をおまえの口から聞きたい」

おまえもか、なんて場面が確かジュリアス・シーザーにこんな一幕があったような、そんな表情でトーコは荒耶を見る。
そして1+1が分からなかった生徒に対して教師が見せるような反応をあからさまに示す。

「おいおい、詮索するつもりは無かったんじゃないのか。そもそもおまえは私と式の会話を聞いてなかったのか。あれが目的――」
「それが不可能な事は既に証明されている。それはおまえ自身が一番よく分かっているはずだ」
あくまで荒耶はこっちに体を向けているからトーコからは背中しか見えないはずだ。
だけど、彼の言葉は間違いなくオレ達を一切無視してトーコだけに向けられてた。
トーコの眼が細くなり、表情もまたなくなっていく。

「無論あれが全て嘘偽りだったとは思っていない。真実も一部含まれているのだろうが、中には明らかに虚偽を行っていると断定できる箇所もある。
 ――それ以上は言わずとも分かるはずだ」
トーコはくく、と笑いはするものの目は全く哂っていない。

「当然分かってるさ。分かっている。おまえにごまかしが効かないのも考慮に入れてたが、まさか今関心を示すとは思わなかった。
 ひっそりと証明を行おうと思っていたんだが、どうやらそうもいかないらしいな……」
橙子は軽く髪をかきあげると、その直後には元通りの表情に戻っていた。
玲瓏で、自らの道を進んでいる者の。

「では話してやろう。事の始まりは――

 十分後、

 ――というわけだ。納得いったか?」
「――」
あまりの事に一同何も言うことが出来ない。
笑みを絶やさなかった玄霧や表情にあまり変化を示さない荒耶ですら。
正直、トーコの発言にはただ唖然とするしかなかった。

「橙子さん、そうやってキング・クムムゾン演じたって無駄ですよ」
「ありゃ。黒桐、おまえ少年誌読んでたんだな。意外だ」
なぜなら、起承転結全て省いたからだ。
それは確かに「事の始まりは十分後、というわけだ」なんて言われて納得する奴は世界中探した所で一人もいない。

「万が一橙子さんが試したい事が『時』に関する事だとしてそれを今やったんだとしても、あんまりです」
「ポルナレフ状態は嫌いか。それにあいにくだが『時』はもはや魔法でもなんでもないぞ。
 未来へのタイムトラベルはウラシマ効果を使えば楽勝だし、過去へのタイムトラベルはアメリカの物理学者フランク・ティプラーが見事に証明している。
 知ってるか? 長さ100km、半径10km、質量が太陽と同じ程度の円筒が0.5msに1回の割合で回転させるだけでタイムマシンの完成なんだ。
 限りなく魔法に近いものだろうが、もはや魔法ではなくなってしまったものだよ」
だから何なんだとは言いたいけれど、コクトーの話ではトーコは意味のない事柄は口にしないそうだ。
でもオレは結さえ聞ければいいんだけども。

「全部を話す気は全くないぞ。だが答え合わせぐらいはしてやる」
トーコはため息混じりに腕を組んで、人差し指を立てた。

「以前黒桐には詳しい話をしたから大幅に割愛させてもらうが、私は時計塔では肉体の原型を創り、そこから「」に至ろうとした。
 霊長は複雑になりすぎて大元からかけ離れた存在になってしまった。そして、学べば学ぶほど更に離れていくわけだ。
 なら、自分でそう成るか創るしかないだろう。純粋なる無色な存在。私は肉体を、荒耶は魂を目指したがね」
「……本っ当に簡潔ですね」
コクトーが何か主張したいようにつぶやくけれど、もちろんトーコには聞こえてない。

「結果は見るも無惨。どう死力を尽くしても、できるのは完璧な私ばかりで、それ以上の存在にはどうしてもできなかったんだ。
 まあ魔術回路を増やすとか、身体能力を大幅に向上させるみたいな低レベルな事柄は当然できるが、無論どうでもいい事だ。
 黒桐もアルバの奴から聞いたんだろう? 人形師としての私は協会からは原色に限りなく近い、だが原色ではない称号をありがたくいただいておいたっ。
 それが意味するのは、分かるな?」
『ありがたく』の部分に相当の皮肉を込めている事は分かったけれどあえて誰も何も言おうとしない。
トーコの促しにコクトーは静かにうなづく。一方の鮮花はそれが分からないようでいぶかしげに眉をひそめるだけだ。
もちろんオレにも分からないけれど、まあ正直細部はどうでもいい。

「その先は既に式達に語ったんだが、色々あって私は「」を目指すのをあきらめた。
 そもそも私は世界に影響を及ぼすものではなく、芸術家のように後世に残るものを作り上げる事の方が好きだったから、別にそこに未練もない。
 だが、けじめはしっかりとつけておきたい。私が蒼崎橙子であるかぎり、そのけじめから目をそらす事はできない」
トーコは一切の身振りを含めず、ただ瞳だけがオレ達のほうに向けられている。
その琥珀色の瞳が全てを物語っているようにも見えた。

「……そのけじめって言うのは、過去の事ですか?」
コクトーがつぶやくように問いかけた言葉を聞いたトーコは目を見開いて驚きをあらわにする。

「その結論まで辿り着いたか。ヒントこそ与えたがそこまで至ったなら推理を働かせたんだろう。
 私が目指すものは今の蒼崎橙子にはないものを持っている存在を創り上げる事。「」を目指さず、あくまで『蒼崎橙子』を創り上げる事に過ぎない」
そこでトーコは魂までもれるんじゃないかと思うほど深いため息をもらした。

「おまえ達の知っての通り、蒼崎の家系は現在六代目、三代目の跡継ぎ――つまり私の祖父だが――が第五を掘り当ててしまった。
 ゆえに蒼崎は単なる魔術師の家系でなく魔法使いの家系であり、蒼崎の後継者は魔法使いの後継者でもある。
 私の両親は恵まれなかったが、私は神童とか呼ばれて後継者として育てられたわけだ。
 ――薄々現実と言うものを認識してはいたが、それを決定的に突きつけられたのが大体鮮花ぐらいの年になった時だ」
淡々と話すトーコの表情は一切変わらない。
まるで他人事、自分の事じゃない何かを語り聞かせるみたいだった。

「だから、私は魔法使いであった祖父を殺してやった」

その言葉にオレと式、二人の魔術師は一切反応を見せない。
殺すことしか出来ないオレにとってそのフレーズはごく当たり前の事だし、式にとっても慣れ親しんだ言葉だ。
意外だったのは巫条と浅上の反応が想像より遥かに薄い事だった。
コクトーと鮮花は酷く驚いた様子だった。

「その後、私は英国に渡った上でそこからも出て行って今に至る。
 結局、物が詰まりすぎた私には根源の渦に至るための存在を創りだす事は不可能なんだ。
 私にせいぜいできそうなのはほんの一部の体現ぐらいだ」
「それが『元から才能を持ってる『蒼崎橙子』を創り出す』ってやつか。やっぱり魔術師ってのはヘンな奴らだな」
式の(我ながら)細く透きとおった声にトーコはあっさりと肩をすくめる。
けど、ただ一人コクトーだけがその言葉を聞いて首をかしげる。

「ちょっと待ってください。橙子さんに創れる蒼崎橙子はそれ以上でもそれ以下でもないんじゃなかったんですか?」
「そ、そうですよ。橙子さんが目指しているのは蒼崎が掘り当てた第五魔法なんですよね。
 でしたらそれは辿り着く事と同意味なんですから、橙子さんの話が真実なら蒼崎橙子が辿り着く事は不可能なのでは?」
コクトーの発言に反応して鮮花が鋭い指摘を浴びせる。
二人の発言にトーコは嬉しそうに笑みを浮かべる。

「鋭い、特に鮮花は率直で素直な意見だ。そういった所は好感が持てる。
 ああそうだな。私には私以上の蒼崎橙子を創り出す事は不可能だ。
 天才は1%のひらめきと99%の努力なんて有名な言葉もあるが、アレの真の意味は所詮ひらめきがなければ努力なんて無駄だって事だ。
 なら私にとってのひらめきとは何か? 日本に戻ってきてわりと早くに結論には辿り着いた」
呆気に取られる一同の中、その言葉の真意に真っ先に気づいたのはコクトーだった。
コクトーはやっぱりいつも朴念仁みたいなのに肝心な時にはものすごく鋭い。

「まさか橙子さん、貴女は――前提になってた『蒼崎橙子』を捨て去る気ですか……!?」

正気を疑うまなざしでコクトーは後ずさりするが、トーコは頭を抱えて浅いため息をもらすだけだった。
鮮花もまた信じられないとばかりに口を開けている。

「『祟り』の一件で材料は十分すぎるほど整い、残った工程はこの世界で邪魔者なしにそれを完成させるだけだ。
 ああ、勘違いさせないために言っておくが、魔法使いの家系であり肉体的に全く同一の存在だったとしても、それが魔法使いになるとは限らない。
 もしそれができていたらとうに第三の家系であったアインツベルンは魔法を奪還できていただろうからな。
 正直私もこんな短期間で出来るなんてひとかけらも思っていなかった。それこそ刹那の可能性すらない、天文学的な可能性を掴もうとするようなものだ。
 せいぜいめどがたてば儲けもの程度に考えてたんだが……」
橙子は大げさに首を振り、苦笑いとも失望にも歓喜にも見える複雑な表情を見せる。
一同はその様子をうかがって顔色を変えていった。

「まさか――成功したんですか?」
「……さあ?」
「さあっ?」
おそるおそる声を発する鮮花への答えとして、トーコは疑問符を浮かべながら首をかしげる。

「それは一体どういう事ですか。おちょくってるわけじゃありませんよね」
「無論だ。『一応それなりにやってみましたが、まだ結果は見えていません』が現状だ。
 これでも不眠不休で作業したつもりだったんだが、さすがに数日でできるような工程ではなかったな。肝心の段階に踏み込めなかった」
「肝心の段階――?」
「それを語るつもりはない。後は好き勝手に推理でも立ててくれ。どうせこの物語に実験の成否は――」

「いえ、関係あります」

不意に、コクトーがトーコの発言をさえぎる。
あまりに突然の出来事にトーコすら呆気にとられていた。

「橙子さんは言ったではないですか。あちら側に到達してしまった人たちは一人も帰ってこない、と。
 そして橙子さんの実験が成功してしまえば至ってしまうんですよね」
「――そうだな。一応この世界に現存する魔法使いどもも人間をやめてしまっている。万一この世界に留まれたとしても、その時には真っ当な状態ではない。
 ゆえに『蒼崎橙子』であっても私ではなくなるだろう」
まあこの点に関して鏡を見せてやりたい相手もいるんだが今はどうでもいいか、などと続けるが本当にどうでもいいことだ。
コクトーは拳を硬く握り締めて、もう片方の手でかぶりをきった。

「そんなの、勝手すぎるじゃないですか。いきなり別世界に連れてこられたかと思ったら死と隣り合わせな冒険を送らなきゃならないし、
 いなくなった人達がこうして蘇ってくるし、次々と犠牲になっていくし、式がつかまってしまうし、
 挙句の果てには貴女が今までの橙子さんじゃあなくなるだなんて……あまりにも身勝手です」
「身勝手なのは認めるさ。だがこの世界にはそれだけの事をする価値があるとだけ言っておこう」
「価値を言うのなら……今の橙子さんには価値がないっておっしゃるんですか?」
あくまでも真っ直ぐに問いかけるコクトーに対してトーコはくく、と笑う。

「黒桐。悪いが私に対して、その質問が何の意味を持つんだい?」
見かけは鮮花ぐらいの年齢で、でもその年齢では決して辿り着くことの出来ない、冷たく玲瓏な美貌をもって。

「――……」
「――と、言いたいところだがそれは私だけを見ればの話。今の蒼崎橙子と呼ばれる存在全てをくくるのなら答えはこうだな」
絶句するコクトー達を尻目にトーコはまるで煙草を吸うように口元を覆うしぐさを取った。

「今の蒼崎橙子と言う存在が私にとって不可欠だからこそ、この世界を創った」

そして、喜怒哀楽全ての感情を感じさせないほどの断固たる意思を込めたように断言した。
その琥珀色の瞳だけが全てを物語っている。

余談だけれど、人間はその存在が歩んだ道は決してごまかす事は出来ない。
『目は口ほどにものを言う』とか表現されるけど、どこかで卓越した者ならば目すらごまかす事が出来る、なんて書いてあった。
その代わりに物事を成し遂げた手はごまかす事が出来ない。竹刀を振っていればマメが出来るし、筆を握り続ければたこが出来る。

トーコの手はオレが生きていた頃によく見かけた高校生達とは全く違う。繊細ながら職人の指になっている式達が会っている大人のトーコとも違う。
あえて言うなら、こまやかな世界を作り上げるものだろうか。

「だがまあ、ボスキャラの野望なんぞエンディングまでには打ち砕かれるものだ。最低でもここはそういう世界だからな。
 つまり、この旅が終わった時には全ての動機と疑問が判明するだろう。
 ――これで提示できる材料は全て渡した。この後どうするかはおまえ達次第で、どう考えるかもおまえ達次第だ」
トーコは荒耶の方をチラッと見つめる。
魔術師は相変わらずトーコの方には見向きもせず、背中で彼女の話を聞いていた。

「多少はぐらかしたが、一応おまえ達向きの理由は語ったつもりだ。これで満足しろなんて傲慢な要求はしないが、納得してもらわないと困る」
「十分だ」
荒耶はたった一言だけ述べて前へ歩みだす。
一歩、また一歩、それだけで空気が張り詰めていくのが分かる。

「なあ荒耶。私はあそこから抜け出した後つくづく思ったんだが、魔術師達は「」に至った後に何を成し遂げるつもりなんだろうね。
 魔術師であるなら「」を目指さなければいけない、「」がどういったものかを知りたい。そんな事を彼らはご大層な事だと掲げて日々の全てをささげている。
 「」に至る事だけを目的にする愚かな奴もいれば、本当にささやかな目的のために目指す奴もいる。
 「」に至った事での栄光? 魔術理論の完成? それならあくまで他の分野でもできる事だ。物理学や生物学など、今の時代で未解明な分野は腐るほどある。
 ほとんどの魔法が魔術になった今、わざわざ研究者のように魔術の世界につかるのはあまりにもむなしいじゃないか」
「笑止、では魔術使いが理想の形とでも言うのか」
オレ達も入り口付近から徐々に前に進む事にした。
式に近づければ一番だし、何より入り口近くだといざ戦いになった時に位置的に対処が難しい。
トーコは首を振って荒耶の言葉を否定する。

「私が言いたかったのは、「」に至った者たちは普通の魔術師とは一味も二味も違ったと言う事だ。才能云々を度外視してもな。
 たまたま持って生まれた才能がそれだった場合、魔法でしか成し遂げられない願いがあってひたすら進んでいった場合。
 どちらもほとんどの魔術師とは無縁の話だ。両儀式、ゴドーワード、あの宝石の翁やアイツ、今いるだけでもざっとこんなものだろう。
 真に迫っていくのは、魔術師でもあり魔術使いでもあるような……魔術師としては在り方が間違ってる連中じゃないだろうか?」
「――だからおまえは踏み外したとでも言うのか?」
「前にも言っただろう、私はそこまで考えてないよ。だが――」
おまえはどうなんだろうね、と発言してトーコは口を閉じた。
もちろん荒耶も何も発しようとはしない。あるのはこちらを見据える不動の目だけだ。

「藤乃ちゃん、鮮花。打ち合わせ通りにお願い」
「……精一杯やります」
「兄さんの方こそお気をつけて」
オレの後ろでコクトーがみんなに指示を送る。

それはさっき話し合った内容と変わりない。
オレがアイツと真っ向から戦ってる間に浅上と鮮花が補助に回る。もちろんそれだけでアイツを撃破する事は、前回の戦いから判断すると難しい。
そこでオレ達はコクトーを全力で守りつつ式の救出に向かう。オレら3人の誰かならあんな拘束一発で破壊できる。

これで、いけるか?

魔術師がゆっくりと片手をあげると、彼の周りの空気が3つほど変わっていくのが分かる。
最大半径は2メートルぐらい。間合いに入らせない間にしとめるようにあれぐらいの距離なんだろう。
オレはゆっくりと抜刀して、かまえをとった。正眼――今で言う中段の構え。攻防双方に優れた最も基本的なものだ。

オレ達と荒耶の距離は式をはさんで大体6メートルほど。
そこでようやくお互いに停止して対峙する。
オレは目の前にいる式を意識の中から排除して、たった一人の相手を明確な敵と認識する。

「邪魔をする者は排除するのみだ。それがいかなるものであろうとも」
「ユメは壊させない。それをしようとするなら、殺すだけだ」
オレが一歩踏み出して、荒耶が腕を上げる。
それが戦闘開始の合図だった。


   /霧絵

「それで、貴方はわたしをどうして連れて行く気なの?」
「いえ、単純に好奇心からです」
わたし達はただ遺跡の中を歩いていた。
さっきまで黒桐くん達と一緒にいた時とは打って変わって、聞こえてくるのはただわたし達の足音だけ。
遺跡の中にあると設定されていた罠や怪物の数々が全く襲ってこないのだから、多分目の前にいるこの人のせいなんだろう。

玄霧皐月、彼とどこか似ているようで、でも決して彼に似ていない人。
彼からは自分と言うものが一切感じられない、どんな人だってわずかにはあるのに。
少し会話してもまるで辞書を読んでいるみたいで、いつも病室にいたわたしにとっては気持ちが悪かった。

けれどもそんな彼が好奇心をかき立てられる事って一体なんなのだろうか。
ほんの些細な異変でも興味はわいてくるものね。

「なぜわたしなの?」
「式君を救出に向かうのなら織君や黒桐さん達で十分でしょう。今時の言葉でいうのなら主人公補正でしょうか、荒耶が相手だとしても勝機はある。
 式君を救出できずとも、織君ほどの腕ならば荒耶の結界も打破できるだろうし、黒桐君達の攻撃も一応有効です。
 しかし、きっと巫条君の暗示……洗脳は効かないでしょう。彼の意志の強さは他の魔術師とは比べ物にならないからね。
 式君のようにめまいですますどころではないはずです」
……つまり、わたしはあぶれものということなのね。

でも、納得はいってる。
黒桐くんが束の間じゃないあふれるほどの生を感じさせてくれるのなら、荒耶って人は死への畏れを感じさせる。
生が生のままでいるために彼の傍らに立っているべきなのは多分わたしじゃあない。
きっと……あの死神さんなんでしょう。

「好奇心が何か聞いていいかしら?」
「かまいませんけれど、貴女にとっては間違いなく退屈なものですよ?」
それでもかまわない。
わたしは黒桐くんと行動を共に出来なかったけれど、なぜかこっちにも何かあるような気がしたから。

「私達がこの遺跡にやってくる前、ドイツ軍を率いる役目でこの世界にいた魔術師、コルネリウス・アルバが蒼崎によって打ち破られました。
 彼が自らの役割を放棄する可能性は彼女も考慮していたようでしたから、簡単に対処したようですが……」
この人は笑みを絶やさないみたいだった。それでもほんの少しだけ変化もある。
今浮かべてる笑いは、なんだか若い人がいい事にめぐり合った時にする、ごく自然なものに見えた。

「私は蒼崎との契約を果たすために、元の世界にこの世界が気づかれないように常時気を配っています。
 どんな些細な変化があってもこの世界は成り立たない。そうなればこの世界を構成している魔術師達の願いは叶えられなくなる。
 ですが、蒼崎橙子と荒耶宗蓮。この両者にも気づかれないほどの変化がこの世界に起こりました」
それってすごい事なのか、ただこの世界を作った人達がすごくないのかはわたしには分からない。
黒桐くん達の会話を聞く限りだと、とてもすごい事らしいのだけれど。

「私達以外の誰かがこの世界に、登場人物という器を持ちながら出現したんだよ。私達の監視をかいくぐって、彼女たちに気づかれる事なく。
 外から来るのならさすがに誰だって気づく。それをかいくぐったと言う事は、何者かが『祟り』に干渉して内側から出現した事になるんだろうね」
「それって大変な事なの?」

「いえ、無理やり入り込んでいてもなおこの世界が崩壊する兆候はないようです。
 この世界にも矛盾がない器を得る事ができて、荒耶達にも分からない、しかもこの世界に出現するような存在。
 ――ならば、自ずとその答えは見つかってくる」
「……それは貴方がこの世界の役割から外れなきゃならないほど重要な存在?」
わたしが質問を投げかけると、彼は本当に嬉しそうに微笑をこぼした。

「ええ、もちろん。それはきっと――人間としての作業ではなく感情によって動かされたものなのでしょうね。
 私は『彼女』と会ってみたい」
……彼が何を求めて何をしようとするのかは分からない。
でも病室で何もする事が無かったわたしは窓辺から見るものが全てだった。
自然と洞察力も上がってくる。

彼は、まるで子供のように目を輝かせていた。
嬉しくて楽しくてしょうがない、無邪気な子供のように……。

「それに君とも全く無関係でもないよ。何しろこれから行く場所はある意味この世界の中心部に最も近くに位置しているのですから。
 貴女の行動がきっと黒桐さん達を助ける事となる」
「そう」
その理由は一切聞かなかった。聞く必要がなかった。
彼は嘘をつかない。あの人みたいに嘘をつく必要がないんじゃなくて、嘘をつく事ができないと感じ取る。
それに、聞いた所でわたしの取る行動に変化が起こるとも思わない。

不意に玄霧皐月の動きが止まった。後ろにいたわたしも思わず止まってしまう。
前方をうかがうと、そこにいたのは丁度鮮花という女の子と同じぐらいの年齢に見える女の子がいた。
凛としていてどこか不器用そう、けれどもこの世界にいる女性の中だと一番自由の印象を受ける。
もちろん始めて見る顔だ。

「なるほど。話の本筋から離れたものに対する粛正用に創り出した作品、でしょうか。
 根源に関係ない領域ならばこのような存在まで作り上げてしまうとは、脱帽するしかない。
 蒼崎には抜け目がないと褒め称えるべきかあきれ果てるべきか、どちらがいいと思います?」
「わたしに聞かれても困るわ」
女の子は大きな扉を前に立ちはだかっているようだった。
まるで作り物のように整ったその身体は元気が溢れている。

【右手」「では」「当てられない】

女の子が殴ってくるみたいに右の拳を突き出したのと、玄霧皐月が言葉を発したのはほとんど同じだった。
次には女の子の肘から先が光り輝いて、光線が出てきた。

まるでテレビでやってたアニメみたい、これが率直な感想。
それはわたし達には当たる事はなかったけれど、向かった先にあった遺跡の柱を次々と破壊していった。
音をたてて倒れていく柱を全く気にもせず、彼は言葉を発する。

「ふむ、一小節で大魔術を使える所まで再現済みか。彼女の噂は私も耳にしているし、式君と違って実戦経験も豊富に兼ね備えている。
 そういった場合感覚を奪っても直感で戦闘を続行するだろうし、何より広範囲攻撃をされたんじゃあ対処の仕様がない。
 ふむ、困りましたね。元々私は戦いをする者じゃない。いくら言葉があっても突破できるかどうか」
文章だけで見ればそれは嘆きでしょうけど、何故かそうとは受け止めなかった。
口調がまるで他人事だからか、表情に変化が見られないからか。

「彼女には適当にお茶を濁してご退場願いましょうか。巫条君にも協力してもらいますよ」
「あなたの言葉の前ではわたしの暗示は児戯にも等しいんじゃなくて?」
「それでも貴女には違う能力がありますし、何より私には欠落したものを持っている。
 お互いにここで敗れるわけにいかないのなら、協力すべきでしょう」
彼はにこやかに言ってくれる。

わたしはもう一度前方の方をうかがう。
多分彼の目的地は女の子の後ろにある扉の向こう。もちろんそこに何があるかは分からない。
でも、多分あそこにはこの物語に密接に関わってくる何かがあるんだと思う。
そして、それはおそらく黒桐くんにも直接結びつく事なんじゃないだろうか。

なら行こう。
わたし達とは違って、黒桐くんにはあふれる生こそがふさわしいのだから。



to be continued……


第13話に続く

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 あれ? この話で荒耶との戦いに決着がついていたはずなんですが。
またしてもいつの間にかキバヤシ理論大爆発ですか? うわあ……。
さて、これで出すべき材料は残り少しとなり、真の目的が実際にはなんだったのかが明らかになる日は近いでしょう。
近いといいなぁ(ヲイ)。

いよいよラストバトル開始。
荒耶に関しては原作にそって進めなければならないので頭を抱えるほどですが、橙子さんに関してはわりと自由に出来そうで楽しみだったり。
ここまで来たからには一気に書き上げるのみ! と言いたいです。
それでは次の機会に。

  2007年9月12日


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