/アルバ
儀式の間から足を進めること数分、その間一切のトラップもなければクリーチャーが襲い掛かってくることも無かった。
仕掛けの類はあるようだがそれが作動していない、が現状だろう。
そうして一際明るい部屋へと出た。
「ほう」
思わず関心の声を漏らす。
それは確かに工房であった。だが私の知っているような工房とはまた一線を置いたものでもあった。
この世界にふさわしくない部屋の中央で私に向かって背を向けている玲瓏な女性が1人。
彼女は私の進入に気づくと、面倒くさげに顔を向けてきた。
「――赤ザコ。何か用か?」
「勝手に人にふざけたあだ名をつけるのはやめてもらおうか」
なんだ。学院生の間じゃ広く知れ渡ったあだ名なんだがなぁ、などと言ってくれるが無視。
今はそんな些細な事で問い詰めている暇など無い。
「おまえの出番はまだ先だ。まだ私たちが再開する時ではないぞ。お帰り願おうか」
「それもおまえの言う『王道』とやらのためか?」
「ヘタレは引き立て役、相場は決まっているだろう」
アオザキはこちらから視線を外し、再び自らの仕事に集中するようになる。
アオザキの発言には一週間ほど問い詰めたくもなるが、そのような時間はない。
「残念だったな。私は今おまえに与えられた『ドイツ将校』ではなく、『魔術師』としてこの場に立っているのだからな」
「――何だと?」
作業をするアオザキの手が止まり、こちらの方に真剣な顔を見せながら振り返る。
「おまえ、第二次世界大戦の時代設定にしといてドイツを出さないのは詐欺ってもんだろう。そんな重要な役割のどこが不満なんだ?」
「重要も何もおまえが私に勝手に押し付けた役柄だろう」
「そんな……」
アオザキは私の発言に衝撃を受けたかのようによろけ、作業台によりかかる。
「私は……おまえの事を考えてこんな役割を与えたのに……それがこんな仕打ちを受けるだなんて……」
「ドイツ将校が重要な役柄だと言うが、私から見れば中途半端な道化にしか映らんのだがな」
ち、ばれたか。と言いながらアオザキは舌打ちをしてくれた。
「ならなんだ? おまえの方をアラヤに代わってラスボスにすえろとでも言いに来たのか? 魔術師としての格を考えて」
「いや、そういう問題じゃないし」
もとよりこの世界に興味が無い以上、そんな座に座った所で私にとっては無価値だ。
「まあ、ハナから問題外だがな。演出力の無いラスボスなど三流映画にも存在せん。死んで治ったかと思ったんだが……」
「何の話をしている。私の言いたいのはそんな事ではない」
ええい、これ以上こいつにしゃべらせても何も進展などない。
この場合畳み掛けるにかける。
「アオザキ、その『王道』とやらやアラヤ、ゴドーワードをだしにしてまで何をしようと企んでいる?」
「何って、だからその『王道』の体現だよ。参加したもの誰もが目的を果たせる可能性を持つ、な。
荒耶はリョウギシキの獲得、アルバは復讐、私は奮闘する坊やたちへの思い出作りをする。簡単な等価交換も出来てるじゃないか。
何が不満だ」
「そうやって建前の中におまえ自身の目的を隠している所だ!」
思わず激昂してしまうが、努めて冷静になろうとする。
ここで怒っていたのでは話にならない。
「私だっておろかではない。『王道』の体現など見せ掛けに過ぎない事などとうに分かっている」
「見せかけとは心外だな。あくまでそれが第一目的である事に変わりなど無いよ。ただ楽しめれば……」
「御託は聞き飽きた。おまえが言うつもりがないのなら私の仮説を黙って聞け」
そして、願わくばこの仮説が全くの見当違いである事を願うがね。
「――驚いた。まさかおまえがそこまでの結論に辿り着けるとは……」
アオザキは呆気に取られてこちらを眺めている。
その手は作業を中断し、途中から私の説に聞き入っていた。
「ではこの説は……」
「その通りだ。細部こそ違えど、おまえの言っている事を私はやろうとしている事だよ」
もはやアオザキに先ほどのような凡人がする表情はない。
いや、表情すらなくただそこに在るだけだった。
その表情に悪寒が走る。
「アオザキ、おまえ……!」
「魔術師が他の魔術師の研究に口出しか? それは野暮というものだぞ。私が何をしようとおまえには関係あるまい」
馬鹿な。そんなたやすい言葉でくくれるような話か。
こいつは何をしようとしているのか自分で分かっているのか?
「認めん。なぜそうも簡単に切り崩せる。おまえには自分と言う存在がかわいくはないのか?」
「おまえが考えている意味では考えた事も無い」
さも当然のように、アオザキは断言した。
その言葉を契機に、私の中で崩れたはずの何かが別の形で組みあがっていくのを感じた。
自己という唯一性をいとも簡単に捨て、今度はまた……。
もはや目の前にいるのは私の知っているアオザキなどではない。
理解できないし、理解したくも無い。
目の前にいるのは、私の全てをかけてでも否定せねばならない存在だった。
「ならば……私はおまえを否定するまでだ」
「別におまえに肯定されたいとは思わないが……」
目の前の存在が何かを言っている間に私は魔術の詠唱を開始する。
もはや一秒たりとも『敵』の存在を許してはならない。
「Go away the shadow.
It iz impossible to touch the thing which are not visible.
Forgot the darkness.
It iz impossible to see the thing which are not touch.」
『敵』のそばに箱も匣もない。人形師である『敵』の戦闘能力は微々たるもの。
私の魔術の詠唱などほんの2秒足らずで終わる。
それまでに敵が何かしらの動作を行う事は不可能だ!
「The question is prohibited.
The answer is simple.
I have the flame in the left hand.
And I have everything in the right hand.」
世界に働きかける呪文、自身への暗示。
それを最大限の速度で行う。
「I am the order.
Therefore,
you will be defeated securely
――――――!」
そして魔術の中では最も知られていると言ってもよい魔術、すなわち炎を放つ。
生命体などひとたまりも無く溶かすどころか蒸発させ、痕跡すら残さないほどの高熱だ。
いぜんはあのカラクリにしてやられたが、アオザキ自身がこれに耐えぬけるとはとても思えん。
そう思い確固たる自信を持って解き放った魔術。
それにアオザキは何か対策を示すかと思ったが、直前になってしか行動を起こさなかった。
それも単純に腕を突き出し、一言述べるのみ。
はは、それが何の抵抗になるんだ?
それはやめてくれのサインだったのか?
と言いたくなってしまうが、次の瞬間にそれを見た時、言葉を失った。
「呪文詠唱の速度は早い。この点から言っても一流の魔術師と名乗っても問題はあるまい。だが、一度同じ失敗をしているのではないのか?」
アオザキはおろか、その周辺の機材まで無傷だった。
だが魔術が無効化された形跡はない。と言う事は我が魔術以上の神秘で防いだ事になる。
それが、目の前にいる女ども4人だというのか……!
アオザキをかばうように手を広げる4人。おそらくはエジプトの神々をモチーフにしているのだろう。
「空間遮断。空間魔術のエキスパートであるアラヤとの合作で創り上げた作品だ。おまえじゃあ突破する事は不可能だよ」
「く……空間遮断……!」
アラヤの奴、余計な事を……!
ぎり、と歯を噛み締める私だったが、そのフレーズから糸口が見つかる。
「だがそれではおまえも私を攻撃できまい」
「おいおい、おまえまで魔術を知らない素人と同じ台詞を言うのか? しっかりしてくれよ」
素人……だと……!?
「貴様、私を素人呼ばわりするか……!」
「事実だ。現についさっき織や黒桐が同じ事を言っていたからな」
目の前の4人の作品が展開する結界は物理攻撃も受け付けないらしい。
しかも目の前に展開されているのはただの魔術障壁ではなく、空間を操作して作り出された隔離領域。
これではアオザキ自身を障壁を突破して攻撃する事などできやしない。
他の魔術師どもやアラヤはもとより、私でさえも。
この空間を作り出している存在は空間の内側に存在しているから基点を探し出して破壊する事もできん。
だが、
「その程度で私を阻んだとでも思ったか!」
結界は所詮面によって囲っているだけに過ぎん。
言うならば風船と同じ、中身はすかすかで身が無いものだ。
つまり、結界内に作用する魔術を用いればこの程度怖れるに足りん!
「Repeat !」
再び私は魔術を起動させる。今度は繰り返しなので詠唱は一工程、シングルアクションだ。
基点はアオザキのいる位置、つまり空間の内側だ。アラヤの結界程度なら難なく突破できるほどのものにしておいたが……、
「……考えたな。通常の魔術障壁では私は消し炭と言った所か」
それでもなおアオザキは無事。
馬鹿な。4人の者どもが形成する結界の内側は異空間とでも言うのか?
「はっきり言っておいてやるが、私自身はもちろんの事、おまえにもこの空間を突破する事はできん。空間に秀でたアラヤがやっとと言った所だろう。
認めろ。式が自由になるまではおまえは『ドイツ将校』を演じなければならないとな」
「ぐ……!」
このザマでは何度繰り返そうが結果は同じだろう。
私の魔術ではどうやろうともアオザキにまで届かん。
ではどうすればいいというのだ……!
「分かったら早く行け。あの名で呼んだとは言え再度殺す気はない。そしておとなしく戦車とかを引き連れて来い」
どこまでアオザキは私の事を見下せばすむのだ……!
再びあの名で呼んでしまうか……!?
いや、落ち着け。冷静になれ。
あの名で呼んでしまえば私の事を全力で殺しにかかる事は間違いない。
だがまたあの匣を出されては対処のしようがない。
「ならこうするまでだ」
確かに私自身にはこの結界を突破は出来まい。
ならば、解除させるまでだ。
私が合図を送るとこの墓地に配備されていたクリーチャーのうち、私が創り上げたものどもが何十体か集まってくる。
そして、次の合図でそいつらにアオザキを襲わせた。
「……愚策だな。失望したぞアルバ。もっとましな手で来ると思ったら人海戦術とは……」
「愚策? とんでもない。これこそが最善の策だ」
アオザキの空間隔離は面の内側を別世界に一時的にするものと見た。
が、その分外世界への干渉力は少ないだろう。
つまり、
「ん……これは……!?」
空間の境を突破できないのなら、その空間を固定してしまえばいい。
いかにアオザキと4人の使い魔どもが結界を張り巡らして外界から隔離しても、その外側を私の使い魔で覆ったらどうなる?
アオザキ自身は外への干渉は出来ぬのだから、移動は空間ごと移動せねばならんはず。
簡単に言うならアオザキはとても頑丈な箱の中に入ってはいるが、移動するのはその箱ごとでなくてはならない。
その箱の移動を数十匹のクリーチャーで抑えているだけだ。
しかもクリーチャーが邪魔で作業もする事が出来ない。
「さてどうする?」
つまり、解除せねばならないはずだ。
さすがのアオザキでもアラヤの補助なしでは空間転移はできまい。
「……なるほど。解除せざるをえない状況に持ってくる、か。見直したよアルバ。知識を実際の場で扱えるとはね」
「ふん、私の知識はアラヤなど問題ではない」
工房を見渡す限りアオザキの人形はないし、使い魔をしまってある匣も存在しない。
今この場でアオザキを殺した所で、許容範囲には無いが、アオザキトウコという存在は行き続ける。
だが、このアオザキトウコを倒す事がこの世界全ての否定につながるのならそれでいい。
私の方が正しいと立証される。
「さて、時間はたっぷりある事だし、この世界の空気は私にとっても居心地がいい。しばらくゆっくりしていたまえ」
「……このまま黒桐たちがやってくるまで私を拘束するつもりか」
「当然だろう。私はおまえがこれからやろうとしている事全てが気に入らない。結界が決壊した時がおまえの最後だ」
「さぶ。生まれかわってもお笑い芸人には絶っ対になるなよ」
何の事を言っているのかさっぱりだが、アオザキは無駄だと分かっていても次の手段を取らざるをえないだろう。
すなわち、結界を破棄して状況を打開する。
だがアオザキのルーン魔術で倒せるほどやわな存在ではない。
まあ、アオザキの始末をクリーチャーごときに任せるような私ではないがね。
「仕方がないな。さすがにラスボスを無断使用するわけにもいかないし……」
「おとなしく殺される気になったか?」
「馬鹿は休み休み言え。年中言ってて疲れないか?」
「だがおまえ自身にこの状況をどうにかできるとは――」
次の瞬間、クリーチャーどもが消し飛んだ。
数秒とかからずに全てが灰に、塵に変えられていった。
そうして残ったのはただ1人、アオザキトウコだった。
「――バカな。アオザキトウコにこのような真似ができるはずが……」
「蒼崎橙子ならな」
目の前にいるアオザキはただ笑っていた。
いつの間にか周りに展開されていた4人の使い魔は消え去り、ただアオザキのみが立っている。
つまりあの使い魔が自爆したか、アオザキ自身が消した――!?
「確かに蒼崎橙子ならば攻撃手段はルーン魔術しかない。ソウェルで焼き払おうにもおまえほどの火力は出まい。
だが、まさか伊達や酔狂でこの姿をしているとでも思ったのか?」
アオザキはまるで授業の講師のように落ち着いた言葉遣いで自分の胸に手を当てる。
確かに今のアオザキは出会った当時の姿より若いものだ。
おそらくは妹の家督を奪われたあたりの年齢だろうか。
その姿をしている理由は伊達や酔狂だと思っていたのだが、違うのか……?
いや、アオザキを見る限り奴に変化は無い。
アオザキ自身にはあのクリーチャーどもは破壊できんし、以前のような影絵が動いた形跡もない。
ではどのようにしてこれらを破壊したと言うのだ。
「知りたいか?」
くく、とアオザキは底意地の悪い笑いを浮かべる。
……これを見ていると私の知っている、殺したくなる対象のアオザキなのだが……。
「では下りて来い。私の新たなる使い魔よ」
アオザキは指を鳴らす。
それは部屋中に響き渡る音。それが鳴り止む頃、
それは落ちてきた。
いや、着地したのだ。
跪いたようにして長い髪を垂れ下げ、その姿勢のまま固まっている。
そのせいで顔は見えないが、これだけを見ていると本当に人間のように見える。
だがこれは人間ではない。言うなら自動人形、オートマターだ。
「……面を上げろ」
アオザキの言葉を受けて、その自動人形は静かに立ち上がり、私の目の前に立ちはだかる。
そして、その顔を見て私は言葉を失った。
「――まさか、完成させたと言うのか?」
「それこそまさかだ。これはあくまで肝心な部分がすっぽ抜けている。だが……」
おまえの相手をするには十分だろう、とアオザキは言い切った。
目の前にいるのはアオザキ同様にまだ成人になっていない少女。
その目、凛とした物腰、そして不敵な表情。
それでも間違いない、こいつのモチーフは間違いなく……、
「『青子人形』、第四魔法以外全てを兼ね備えた、対青子のために創った兵器だ」
アオザキトウコの妹、そして魔法使いであるアオザキアオコ――!
「莫迦な、いつこのようなものを作り出した。おまえの使い魔はあの影絵と匣の魔物ではなかったのか?」
「奴をぶち殺すにはあれでは不足なんでね、おまえの最後の後に創った」
さも当然のごとく言いながらアオザキはこちらを指差す。
それはまるで死刑宣告を下す執行人のように。
「蹂躙しよう」
その一言で青子人形とやらは飛び出した。
速い! これでは二足で私は殴り飛ばされるぞ。
「Repeat !」
この青子人形とやらが本物と同じように高速詠唱で魔術を放ってこようと、一度暗示の済んだ私はシングルアクション。
つまり、私の方が詠唱は早いはず――!
その瞬間、肘が光った。
「な……!」
驚愕する暇も無しに青子人形とやらは左右両方の腕から同時に魔術を解き放つ。
肘から腕へ、腕から拳へ、拳から巻き上がる炎に対して。
一瞬にしてなぎ払われる私の起こした現象。
それをただ唖然と見るしかなかった。
直後、鈍い衝撃が私を襲う。
「……!!」
気づいた時には視界は横になっていて、自分が床に寝転がっている事が分かる。
何の事は無い。私の魔術を突破した人形に殴り飛ばされ、壁に叩きつけられただけの事だ。
視界がちかちかとし、まともに立ち上がろうとした所で力が入らんことも分かる。
それでも魔術の行使は無かったようだから回復魔術を用いれば……。
「……やはりアイツを再現するのはつまらん。以前破壊された合体変形自爆システムを兼ね備えた男のロマンあふれるものの方がおもしろかった。
いやー、おまえにも見せたかったよ。コイツが蜘蛛や鴉に変形したり、敵に飛びついて自爆する様子なんかを」
「ぐ……」
壁に叩きつけられたせいか内臓を痛めたらしく、吐いたのは血だった。
それでも体に力が戻りつつあったので脚に力を入れる。
「……肘から魔力を射出、下碗部で術式を完成させ、拳で打ち出す技法。まさかここまで再現していたとは……」
「本来は嫌がらせ程度の目的で創ったから、そこまで自慢できるやつじゃないんだがなぁ……」
ま、いいか。と言いながらアオザキは手を上げた。
と同時に人形の肘に魔力が集中しだす。
「じゃあなコルネリウス・アルバ。今度で番があればまたおまえにふさわしい役で召喚する事にしよう。またドイツ将校でな」
「アオザキ、おまえは私の――!」
私が何かの行動を起こそうと踏み切るが、人形の放った光はそれすらも飲み込んでゆく。
光につつまれてゆく私の意識を一瞬で刈り取ってゆく。
……怪物は怪物であろうと、アオザキトウコには変わりはない。
故に、怪物というカテゴリーの中で留めなくてはならなかったのだ。
自分は失敗した。
関わりあうとかではなく、単にアオザキトウコを全く読めなかった事に関して。
/?
「……赤コートの魔術師はこれにて脱落、と。随分と呆気なかったわね」
子猫……と言うと可愛く怒るからとりあえずは似合わないけれど、『祟り』と呼ぶ事にしましょう。
彼女はため息をもらしながら今起こった事を冷静に観察してた。
橙子は妹を模した人形に魔術を使わせ、赤コートの魔術師コルネリウス・アルバを倒した。
以前は嫌がらせのためか合体変形自爆システム搭載のものだったけれど、今回は魔法が使える以外を正確に模している。
橙子の技術ならそれぐらいは可能だとは思っていても、実際に創ってもらうと……。
「おい、破壊された跡を直してもらいたい。これでは研究の続きができん」
「分かってるわよ」
橙子が天井に向けて言った言葉を『祟り』はため息1つもらしながら静かにつぶやく。
そうして世界を形作る遺跡は再構築され、人形が破壊した跡はなくなった。
「まったく、なんで私が付き合わなきゃいけないのよ」
『祟り』は文句を言いながら皿にもられたケーキを堪能している。
ぷんぷん怒ったりケーキを食べてほんわかしたり、見ていて本当に飽きない。
仕方がないじゃない。
あなたのマスターはあなたの召喚した存在。
どちらもがどちらもがいない限り存在する事は無いうつろな存在。
それを解決した橙子にあなたはかりがあるのだから。
「べ、別にアイツのためにやってるんじゃないんだからっ!」
そう言えば黒桐くんと式はペットを飼おうと思った事はあるんだろうか?
わたしから見ていてもたまに猛烈に欲しくなったりする場合ってあってもいいんじゃないかしらと思うんだけど。
でも当分はその可能性は無いでしょうし、ちょっと残念かも。
「……にしても橙子、まさか青子をあれだけ忠実に再現できるだなんて。以前見せたあのふざけた人形とは大違いじゃない」
『祟り』は青子を忠実に再現した事に驚いているけれど、わたしは別の点を気にしている。
平凡な当たり障りの無い人生を、楽しく生きてゆく黒桐くんの生活。
それはわたしから見ていても式が楽しくすごしている事が分かった。
黒桐くんがいて、鮮花がいて、橙子がいて、そして式がいて。
当たり前のように過ぎていく毎日を当たり前でなくすごしていく黒桐くん。
彼に魅了されて集まっていく人は何も式だけではないのよ。
……だけど、あの赤い魔術師が言った言葉が本当なら、黒桐くんはなんて思うんだろう?
彼女が何を目指していたか、彼女がどんな思いをしたか、それはやろうと思ったら知る事が出来る。
わたしは知りたくない。そんなのに意味なんてない。
でも……わたしは蒼崎橙子にそんな事してほしくないな。
当たり前だと思っていた日常を当たり前でなくなってほしくなんてないもの。
……終幕は近づいている。
黒桐くんたちは確実に荒耶と橙子のいる遺跡、最後の場所に近づいている。
秋隆たちの軍もまた近づいていて、いつでも遺跡の中にいるクリーチャーの軍をおびき出せる。
荒耶と橙子も最後に備えて準備を進めている。
橙子がやろうとしているのは王道的ストーリーをなぞる事。
だからこの物語の結末は決まっている。
それでも、橙子がもう1つやろうとしている事の結末は定まっていない。
いえ、定まりつつある。
……潮時は近づいている。
確かに玄霧皐月の統一言語で固有結界の存在は橙子の懸念する魔術協会や聖堂教会に知られる事無く稼動してる。
でも玄霧皐月と同じように手をかけている人たちは気づいている。
そして、蒼崎橙子がやってしまうかもしれない事も。
あの人たちが干渉してしまえば黒桐くんたちの生活はもう元には戻らなくなる。
干渉されるとかじゃなく、出会うだけで、きっと。
そうなってしまう前に事は終わっている、が橙子の考えでしょうけど、実際はどうなるか分からない。
「あまり好きじゃないんだけどな、こういうの」
「……えっ!?」
仕方がないからこういった手段をとらせてもらいましょ。
目の前にいる『祟り』は「ありえない」って顔をしてわたしを見つめている。
それはそうでしょうけどそこまで驚かなくてもいいじゃない……。
うん、自分のイメージどおりの姿になってる。
くるっと一回転しても肉体に異常はないし、精神面への干渉もまったく無い。
わたしが干渉しといたから全く同じように出来上がってるし。
「な……な……」
『祟り』はこっちを見ながら指をさし、わなわなと震えて目を見開いている。
言葉を発しようとして言葉にならない。そんな感じ。
「なによ、あなた……」
そうする事何分か、彼女はようやく若干落ち着いて言葉を発する。
説明してもいいんだけど、倒れるかもしれないかしら。
「ありえないありえないありえない! そんな馬鹿げた事ができるはず無いじゃない!」
「それでもちゃんとこうしてできてる。認めてくれない?」
「こんな事実認められるわけないじゃない!」
そんなこと言われたって。
「なんで、私の能力に干渉できるのよ、あなた!」
この問いに答える事は簡単なんだけど、言いたくないな。
だから分かってる事を言ってあげる事にしよう。
「だからこそ荒耶宗蓮は式を狙う、で答えになってるかしら」
「……っ!」
言葉を失う『祟り』。
今の言葉で大体は分かってくれたようね。
「さて……」
わたしは『祟り』の隣の席に座る。
わたしが納まったのは『かつて王が求めた神官』という役。
だからわたしの出番はまだ先、今は傍観するしかない。
なるべく外に内を知らせないよう干渉をしつつ、見守っていく。
「……黒桐くん、がんばってね」
この世界ではあなたが主人公、ヒーローなんだから。
to be continued……