/鮮花
「で、これはどうするんです?」
わたしは冷静に周りの人たちに問いかける事にした。
今わたし達は飛行機と言う鉄の棺桶の中にいて、その参列者としてクリーチャーがいる。
ホルスとアトンと呼ばれたこれらはいつでも飛行機に襲い掛かって来れそうだ。
それをしないのは余裕の現われか、橙子さんのお約束か、それは判断できない。
でもこれがプロペラ機にしろジェット機にしろ、翼をやられればもう終わりだ。
敵が余裕を見せている間に対処をしないと。
「どうするって言われても……」
「なあ……?」
織と白純里緒が互いに顔を見合わせる。
もちろんこの人たちは眼中にない。
いくら式と同じように優れた戦闘能力を持っていた所で相手は機体の外。こっちは内側。
両方時速数百キロの速度で飛んでいるのだから全く役に立たない。
「ドア開けて機関銃とかでどうにかするのは?」
「飛行機の中と外とじゃあ気圧差があって、すぐに息切れ、それどころか高山病になるかもしれないから駄目だよ」
首を振って織の言葉を否定する幹也。
道具が使えないのだからこの人も戦力外だ。
「それよりこれは軍用機。何か装備があるんじゃないんですか?」
「落とすタイプの爆弾や前方への機関銃は装備されていますけど……さすがに側面攻撃用の武器はありませんね」
いつものように淡々と述べる玄霧先生。
まるでいつものように授業しているかのように。
この人の『言語』ならクリーチャーをどうにかできるだろうけど、橙子さんたち側なので論外。
「やはり墜落した時を考えて高度を今のうちから下げておこうか。今の時代だとアスワンダムはないからナイル川に墜落しても全員死亡ですし」
「え、縁起でもない事言わないでくださいよ先生」
と控えめに述べる藤乃。彼女の歪曲は機体と言う壁は関係ない。
見えてさえいれば通用するから有効なはず。
「……わたし達で対処するしかないわね。藤乃、やるわよ。わたしがあの触手のやつやるから藤乃は隼の方をお願い」
「分かりました」
藤乃はうなづいてわたしと同じ側面の窓へと体を寄せた。
藤乃を隼の方にしたのは翼をねじ切ればそれでおしまいだから。
あの触手の奴は球体で、ねじ切る事は体全体を必要とする。
やっぱり隼の方が翼だけだし効率がいいと思ったからだ。
「ではわたしは反対方向の足止めをやってるわ。その間にもう片方をお願い」
と言いながら反対側の窓へと近づくのは霧絵さん。
この人が兄さんにやった事を忘れはしない。忘れるわけはない。
だけどわたしと藤乃だけではこれらに対処しきれないのも事実。
仕方がないから彼女に任せるしかない。
「ええ」
そうして戦い……いえ、掃討戦が始まった。
「凶れ」
「AzoLto!」
「落ちろ!」
ほとんど戦いにすらなっていなかった。
これで映画なら事細かに描写されて話を盛り上げるんだろうけど、あいにくそんな必要もないほどに圧倒的だった。
翼を失い落ちてゆく隼、黒焦げになって落ちてゆく球体、動きが停滞して後ろの方へと流れる物体。
本当に舞台の盛り上げとは無縁のやりとりで終わってしまった。
「……機体の周辺にはモンスターはいないと思います。もう安心してくださってもいいと思います」
「そう、か」
緊張した様子だった幹也が椅子に全体重を乗っけるように座り込んだ。
そして大きな息を吐く。
「ただの時間つぶしだけで終わってくれたか……よかった」
「だよな」
隣では非常事態だっていうのに落ち着きをそのまま態度に表した織の奴が窓の外を優雅に眺めている。
なんだか腹が立つ。
「オレもてっきりトウコの奴の事だからこの機体が落ちるぐらいの急展開があってもおかしくないかなって思ってたんだけどさ」
「あ」
その言葉に真っ先に反応したのは幹也だった。
ただ織の方を見て唖然としている。
「織ー……」
「ん? どうかしたかコクトー?」
ついさっきまでのやり取りをその瞬間思い出してしまう。
確か幹也と白純里緒とのやり取りのところだったっけ。
「橙子さんならその口にした瞬間それが現実となって襲ってくるかもって分かってるでしょう!」
「あ」
そう、さっきは白純里緒の一言でクリーチャーが遅ってきた。
だから今度は織の言った言葉が現実のものとなって機体が墜落するかもしれない。
「頼むよ織……そういうところに橙子さん抜け目がないからさ」
「オレが悪かった。今度から善処す……」
肩を掴んで織をゆらす幹也。
反省の色を見せる織だったけれど……、
どうやら遅かったようだ。
「え?」
急に機体が揺れだす。
まるでバランスが一方に急に傾いた、そんな感じだ。
直後に響いたのは衝撃音。
自身にでもあったように機体が揺れ、そして斜めになりだしてしまった。
「これってもしかして……」
「ええ、間違いなく墜落してますね」
いたって冷静に先生は言ってくれました。
そう、この機体は今墜落している。
窓の外を見てみると、プロペラの1つが完全に破壊されて動いていない。
翼が破壊されてきりもみ状態になっていないだけはるかにましとしか言いようがないほどに。
まあ、墜落する事実に変わりはないけれど。
「ど、どうにかして近くに着陸はできないんですか!?」
「まだ高度は数キロ……これじゃあ多分全員地面に叩きつけられて死亡だよ……!」
本当に高度がどんどん下がっていく。
機体は揺れていていつ空中分解してもおかしくない気がしてしまう。
「玄霧さん、何とかできないんですか?」
「そうですね……」
この状態になってしまうともはやわたし達にはどうしようもない。
わたしの魔術に物体浮遊は出来ないし、藤乃や霧絵さんの能力の対象外だ。
機体を安定させる事はその機体が再起不能になってしまったんだから無理でしょう。
なら仕方がないけれど、先生の能力に頼るしかない。
「でしたら誰もがあこがれる、魔法の言葉を使う事に致しましょう」
統一言語、については橙子さんから後でしっかりと聞いておいた。
たった一言で言うならば、万物に通用する催眠術。
霧絵さんの能力とは違って非生物のこの機体に安定性を求める事だってできるはず。
……でもこの人は今橙子さんの味方をしているんじゃなかったっけ?
アルバさんや荒耶という魔術師たちと共に。
それにしてもあっさりと承諾してくれたような……。
と、彼は後ろの座席の方へと行き、なにやら大きなリュックサックを何個も出してきた。
そしていつものような笑顔を見せて、確かに魔法の言葉を言ってくれた。
ええ、確かにある意味では魔法の言葉ですけれどねっ!
「こんなこともあろうかと用意しておきました」
/幹也
「……これ、開きますよね?」
「大英帝国軍降下部隊の標準装備ですからご心配なく。点検は欠かしていませんよ」
不安そうにリュックを触る鮮花に玄霧さんはあっさりと言ってくれた。
そう、玄霧さんが取り出してきたのはパラシュートだった。
つまり、墜落する機体を捨てて飛行機から飛び降りろって事なんだけれども……。
「……うわっ」
機体は一応斜め方向に墜落しているだけあってまだましだ。
けどもう雲はどちらかと言うと上の方が多くなってきている。これだとまずいな……。
そうして下を見ると……高い。
形容しがたいほどに高い。
一面が黄金の砂だけれども、ナイル川がただの小川に見えるほどに高い。
遠近感の対象がナイル川だけだからまだ恐怖は少ないけれど……。
まさかスカイダイビングをするだなんて思ってもいなかった。
や、無いとも言い切れなかったのがこの世界だけど、その可能性を全く考えてなかった。
「それではお先に失礼するわね」
真っ先に飛び出したのは意外にも霧絵さんだった。
まるで石段から地面に飛び降りるぐらいに躊躇なく飛んでいった。
その表情は満面の笑顔だったけど、気のせいだろうか?
「うわっ、よくこんな高いのにためらいなしで飛べるね……」
「さすがにこれだけ高いと現実感が感じられないな」
次に飛び出したのは織だった。
彼女は本当に一歩踏み出すかのようにして飛んでいったように見えた。
白純先輩もつばを飲み込んでそのまま飛び降りる。
「先輩……」
「兄さん……」
さすがにこの高さだと恐怖もするよね。
藤乃ちゃんは開けっ放しのドアから下を少しだけ覗くとすぐに体を引っ込めてしまう。
鮮花もちょっとだけ覗いて青ざめてしまう。
「……兄さん、お先に失礼します」
それでも鮮花は意を決したのか、数歩助走して下を見ないようにして飛び込んでいった。
そうして残ったのは僕ら3人だけ。
じきにこの機体は墜落する。一刻も早く飛び立たないと危ない。
確かスカイダイビングにだってパラシュートを広げないといけない高度があったはずだから。
だけど藤乃ちゃんの体は震えていて、飛び立てるような様子じゃない。
……まずいな。
これが普通の旅行とかのスケジュールに組まれたスカイダイビングなら説得するなり棄権させるなりできただろう。
でも、これは命がけのスカイダイビングだ。
違いは決定的。現在乗ってる機体の安全性。
「藤乃ちゃん、僕と一緒のタイミングで飛ぼう。パラシュートさえ開けば命は保障されるからさ」
「……そうですね」
僕は手を差し出して、藤乃ちゃんの手を握る。
藤乃ちゃんの手は温かく、彼女にとっても僕の手は温かく感じたと思う。
震えは次第に収まり、笑みを浮かべてくれた。
「じゃあいこう」
「はいっ」
僕もこう言った以上びびってなんかいられない。
意を決して飛び込む事にしよう。
「……黒桐君、黒桐さんに関してはしたたかな浅上君にやられますよ……」
その直前、なんて言葉を玄霧さんから聞いた気がしたけれど。
パラシュートでの空中散歩は無事に終了し、遠くで爆発音が聞こえる。
着地した僕のもとへ、僕より先に飛び込んだ織達が駆けつけてきた。
砂漠だからあまり早くは走ってこないけれど。
「……全員集まってますよね」
「パイロット役のエキストラを除けば、だけどね」
それは言わないお約束で。
彼らも脱出してるんだと思う。多分。
まあ、これで出番は終わりだと思うけれど。
「にしても……」
やっぱり暑い。さっきまで機体の中にいたり空中落下してたから分からなかったけれど、やっぱり暑い。
カイロとは比べ物にならないほどに暑い。
これだとすぐに脱水症状起こしてしまいそうだ。
いくら飛行機であと数分と言った所まで迫っていたと言っても、砂漠の中を徒歩と考えると数十分はかかると見ていい。
その間水分補給もなしに歩き続けるのはさすがにきついと思う。
なので飛行機の中から一応水筒を日本だけ持ってきたんだけど……。
「この中で僕以外に水持ってきた人、いる?」
「え?」「あ」「ああっ!」「あ……」「そう言えば……」
三者三様どころか五者五様の驚きになってるけど、つまり持ってきてないでいいんだね……。
「ボクはちゃんと食料を持ってきてるよ。その点は安心しておいてくれ」
……自慢げに言う白純先輩。さすが起源が“食べる”だけあります。
でも暑いと食事も喉を通らない気がするんですけれども。
「さて、とりあえず飛行機が下りるはずだった基地まで歩こうか。ここからなら十分に歩ける距離だし」
玄霧さんは飛行機が墜落した事を気にも留めないでそのまま歩き出す。
自然と僕らも彼の後を追うように歩行を始めた。
「飛行機が下りるはずだった基地とは……僕らが織たちと再開した場所ですか?」
「その通りですよ。そこから車で行けばすぐに遺跡に辿り着けますから」
確かにあそこの基地は飛行機が離発着できるように設備が行き届いているし、遺跡までさほど時間がかからない。
……状況を確認してみよう。
式は今敵の手に渡っていて、まだ無事な状況らしい。
その敵は橙子さんと荒耶の2人に絞られていて、2人を守るようにクリーチャーが多数いる。
そして僕らとは別に、これはとっても驚いたんだけれども、大輔さん達が率いている墓守の一族が進軍中。
アルバは行方をくらまして、敵味方どちらになるかは分からない。
……綱渡りとしか言いようが無い。
僕は式がさらわれた時はアルバとしか会っていないから分からないけれど、あの時拉致したのはそもそも荒耶という魔術師の目的のためだ。
そんな奴が式をさらって、無事なんて保証はどこにも無い。
式は無事なんだろうか……?
「心配せずとも君たちが到着するまでは無事ですよ」
「えっ?」
口に出したつもりは無いのに。
そんな僕の動揺を余所に、玄霧さんは続ける。
「この世界を元の世界から隔離している力が夜の方が強いからね、それまで荒耶が手を出すとは考えにくい」
世界から隔離……?
「世界にしても霊長にしても、過去彼らをうち滅ぼした魔術師はいません。ですが――」
と始まった玄霧さんの言葉は橙子さんが以前説明してくれた事にやや付け加えが増えたものだった。
「」に至ろうとするとどうしても世界か霊長か、どちらかの存続を脅かす。
だから道を創ろうとするとどうしても抑止力と戦わなければならない。それは決して抗えない存在。
だから至る方法は数少ないらしい。
至っている人からその道を学んでゆく事。これは継承とか言われているけれど、ごくまれらしい。
始めから至っている事。式や魔法使いと呼ばれる人たちの事らしい。
そうして最後に、抑止力を出し抜く事。
荒耶が式で行おうとしたのは至っている人を利用するから抑止力は起こらない、と言う理論。
でもこの前は実際に抑止力が起きてしまい、失敗した。
だから、世界からも霊長からも干渉を受けないために世界を隔離した。
その隔離力は夜の方が強くなるから、万全を期して夜まで待ってるわけか。
「……なんで橙子さんはわざわざ荒耶に有利になるように世界を創ったんだろうか……」
「そうでなければ彼女の目的も達成できないからでは?」
……何にしても、僕は橙子さんの口から真意を知りたかった。
彼女が何を考えてこの世界を作り、その真の目的は何なのか。
そして、それを僕らが知った時に……。
「む……?」
数十分後、炎天下な中を歩いていた僕たちだったけれど、玄霧さんは急に足を止めてしまった。
後ろをついていた僕らもそれにつられて止まってしまう。
「どうかしたんですか?」
「……いえ、仕事が早いですねといいたいだけです」
そう述べると玄霧さんはまたさっきのように歩みを進める。
彼が何を見たのか、遠くに目を凝らしてみる。
「……僕は何も見なかった」
「現実逃避はやめましょうよ兄さん」
――現実逃避、一瞬にして失敗。
やっぱ駄目だったか。
「間違いありません。基地の方角から煙が上がっていますね」
……やっぱり見間違いじゃあなかったか。
僕たちが向かっている基地の方角からは煙が上がっていた。
白煙ではなく黒煙。この分だと機械の燃料が燃えているらしい。
つまり、基地が何物かに襲われている事になる。
「急いだ方がいいんじゃないか? 移動手段全部潰される前にさ」
「そうだね。早く行ったほうがいい」
僕たちは足早に基地の方へと向かっていったのだった。
そこで見たものは、爆破炎上している戦車の数々。引き裂かれた車。跡形も無い建物の数々だった。
それでも鮮血が無いのはアドベンチャーの良心だからか。人は少ないけれど。
銃が散らばっていたりと応戦した跡が見られるのが、犠牲になった人がいる証拠だった。
そして、その場にはその犯行を行った者達が存在していた。
頭部は人間、体はライオン。
頭部が牡牛なのは中王朝時代だったから、これは古王朝時代の存在だ。
名称は、英語読みでスフィンクス。
王や神を守護するシンボルとして扱われている聖獣は、今英国軍の基地を蹂躙している。
これではただの魔獣だ。
攻撃方法は単純に飛びかかって足で攻撃するだけ。人の部分で噛み付いたりはしない。
「王直属の守護聖獣たち、ですか。どうやら荒耶は君たちの事を忘れていないらしい」
……正直忘れてくれてた方が動きやすかったんですけれども。
「……殺すか」
「先日の遺跡みたいにきりが無い。ここは逃げた方がいいと思う」
ナイフを構える織にこう言いつつ僕はあたりを見渡した。
いくら大軍で襲い掛かっていても1つぐらいは無事な車があってもおかしくないはずだけど……。
……あった。
建物に隠れてて分かりづらいけど、確かにあった。
問題は燃料がどれほど残っているか分からない事だけど、今はこれにかけるしかない。
「あっちにジープがある! 急ごう!」
あのスフィンクスっぽいモンスターがどれほどの動きを見せるのか分からないけれど、こいつら全員を相手にしている間に夜になってしまう。
急がないと。
僕が駆け出すとみんなも車に気づき、駆け出す。
途中スフィンクスが僕らに襲い掛かってくるけれど、
「邪魔だ」
織の一閃で喉を切り裂かれ、消滅した。
そのスフィンクスに習い、獲物が現れたと知ったスフィンクスたちは一斉に僕らに襲い掛かってくるけれど、
「はあっ!」
「ふっ!」
さっきまで何も出来なかった鬱憤を晴らすかのように織と白純先輩が敵を倒してゆく。
その動きは比喩するなら舞いと野獣ぐらい大きな違いがあったけれど。
「……先輩、少しお聞きしてもいいですか?」
「え?」
車まであと少しと迫った時、声をかけてきたのは藤乃ちゃん。
思わずそっちの方に顔が向く。
言いにくいんですけど……と言葉を濁しながら言おうか言わないでおこうか迷っているようだった。
だから僕もやさしく大丈夫だよ、と言うぐらいしか出来なかった。
そんな藤乃ちゃんは、
「誰が車運転するんですか?」
と聞いてきた。
「……誰だろ?」
と思わず言ってしまったあたりまずかったかもしれない。
何しろこの場にいるメンバーで18歳以上は僕、織、先輩、玄霧さんの4人。
玄霧さんが基本的に静観する立場にいると考えると、3人の中で運転免許証を持っているのは……、
「先輩、運転免許証は……?」
「そんなもんあるわけないじゃないか」
だよな。荒耶によって先輩がおかしくなったのは高校生の時。
普通二輪免許を持っていたとしても普通自動車免許は持っていなかったはずだ。
それから自動車学校に通っていたとは正直考えにくい。
織は……正直論外。
今の織を見ていると今の式と全く同じ体だけれども、彼女がいなくなったのはやはり高校生の時。
ゲームセンターに行った事もないだろうし、ならやっぱり運転技術はないはず。
そう言ってる僕は確かに運転免許は持ってる。あの事件のちょっとまえに合宿で得たものだ。
けどあれから足と目を片方ずつやられている。万全の状態だったその時とは全く違う。
幸いにもここは対向車とかが無いから事故が起こる可能性は少ないけれど、遠近感が無いからとっさの判断がしづらい。
「なら僕が運転する。一般免許を持ってるのは僕だけみたいだからね」
『えっ?』
……あれ? そこ反応する所?
「兄さん。もう二度と免許の書き換えができそうにない人がなぜ運転するんですか」
「鮮花、別に片目が見えなくても視野が左右150度で視力0.7以上あれば免許は取れるんだけど……」
「う……っ」
調べようと思えば数十秒もあれば調べられる事だ。
今さら運転しようって気にはなれるか分からないけれど、運転できるよう免許の更新をする事は可能らしい。
片目だけだとどうしても遠近感がなくなるし、視界の盲点が出てきてしまって対処しづらい位置があるけれども。
だけど僕以外に運転できる人はいなさそうだし、ここは僕が運転するしかないだろう。
そう思うと僕は車の運転席側のドアを開けた。
「依存は無いな。なら早く乗り込んで!」
こうしてる間にも次々とスフィンクスはやってくる。
ぐずぐずしている暇なんて無い。
僕、鮮花、藤乃ちゃん、織、玄霧さん、霧絵さんが次々と乗り込む。
……白純先輩は?
「白純先輩! 早く乗ってください!」
バックミラーで確認してみると、あの人はまだナイフを振るってスフィンクスの相手をしている。
まずい。次々と増援が現れてこれ以上ここにとどまるのは危険だ。
「ここは遠距離攻撃が出来る人たちに任せて先輩も早く!」
「残念だけど……!」
先輩が振ったナイフでまた一匹地に倒れる。
今度は二匹先輩に襲い掛かった。
「ボクはこれでリタイアかな」
「え……?」
思わず何かを言いたくなってしまう。
だって、臙条巴の時には荒耶がいたし、脱出方法は数少なかったから躊躇してる暇が無かった。
だけど今回は相手は大群だけどモンスターだけだ。脱出方法も車でしっかりしている。
「先……輩?」
「ボクがここで囮になる。その間に少しでも離れてくれ」
「ですが……!」
「早く! 敵はこんなやつらばっかじゃないんだ!」
白純先輩の表情は強い決意でかためられていて、僕の介入の余地は無かった。
それでも何かを言おうとする僕の肩に織が手をのせる。
「行こう、コクトー」
「織……」
「運転しないなら代われ。免許証は持ってないけど運転しないおまえよりはましだ」
その織はバックミラーも見ないようにして前を見ている。
意識的に白純先輩に視線を合わせないように。
「……」
今の白純先輩は僕が最後に出会った白純里緒とは違う。起源に覚醒してはいるけれどそれに流されてはいない。
そんな彼が見せたのは、今まで一度も見たことのないほどの満面の笑顔だった。
「こんな役回りだったけどこの世界には感謝してる! こうやって何のしがらみもなしにキミたちと再会できたしね!
次回はもっとゆっくりとできる世界にしてって蒼崎橙子には言っておいてくれ!」
まるで次の日にまた会おうって言っている子供みたいな、そんな印象を持つ。
エンジンをかける。キーを回す事二回でかかってくれた。
「黒桐くん、ボクという存在はキミに救われていたみたいなもんだ。最後はアレだったけど、本当にそう思ってる」
ギアを入れる。ガソリンはどうやらしっかりと入っているようだ。
「織、彼をよろしく頼むよ」
アクセルに足を踏み込む。
その瞬間、バックミラーに移っていた白純里緒は遠ざかってゆく。
後ろは振り返らない。
振り返ると彼のした行為が無駄になった気がしてしまって。
結局の所、僕らはまた誰かを犠牲にして先に進まなきゃいけなかった。
橙子さん、何でこんな世界を創ったんですか……。
/里緒
「さて、と」
両儀と比べると随分とトロい連中だけど随分と数は多いんだよね。
それを本当に何気もなく切り殺していくけど、次から次へときりが無いって言うか。
思えば蒼崎橙子がボクら3人を呼び出した時に結構違和感持ったんだよね。
両儀織、臙条巴、そしてボクこと白純里緒。
一同にこの基地で呼び出したかと思ったら、
「おまえたちはこれから来るだろう黒桐や式たちのサポートをするんだぞ」
なんて問答無用で言ってきたからなぁ。
あの時はなんて返そうか迷った迷った。
まあ、それから彼らが来るまでの数日、彼らと過ごした数日。
……有意義だったな。
「まあ、とりあえずは……」
目の前の存在を凝視する。
さっきまでのスフィンクスなんかとは違う、もっととんでもない存在がそこにはいた。
玄霧って人が暇な時間エジプト神話に関して何か言ってたみたいだから覚えている。
確かアレはケプリとかいうスカラベの神様だったはず。
……まあ、言ってしまえば巨大なフンころがしがそこにいるんだけど。
多勢に無勢と言うけれど、何匹もいる巨大怪獣を俺1人で倒せって言うのもなかなかない経験だよね。
他にもいるわいるわ……。
本当にRPGでしか出てこないぐらいに種類が一杯あるんだけど。
中には足が速い奴もいるだろうな。
「まあ、両儀よりは絶対にまずいだろうけど……」
ボクはナイフを構えて前傾姿勢をとる。
人生最後の方で得た、ケモノのような動きって奴だ。
「おいしくいただいちまうか」
そうしてボクは飛び出した。
to be continued……