/織
「ってその格好どうしたんですか。それじゃあまるで僕たちより年下に見えますよ」
「おや、黒桐はこの世界の事より私の方が気になるのか」
ふふ、と意地の悪そうな笑みを浮かべるトーコ。たじろぐコクトー。
静かな博物館の中なので一つ一つの動作がよく目立つ。
と言うのに学芸員が誰もあやしく思ってやってこないのはこの際置いておく。
「って違いますよ! 多く言いたい事がありますけど、まずはそこです」
「なるほど…。つまり多くの言いたい事より私の外見が気になるんだろ? 黒桐も隅に置けないじゃないか」
この様子だと間違いなくトーコはコクトーが何を言いたいのか分かってていっている。
それが分からないコクトーではないと思うんだが。
「橙子さん…。頼みますから…」
「分かってるって。後で式に言っておくだけですませとくから」
「根も葉もない事言わないでくださいよ。命の危険にさらされるの僕なんですから」
それは忠告と言うより哀願に近いかもしれない。
…オレの知ってる式からはちょっと考えられないんだけどな。
「つれない奴」
「貴女がいいますか」
トーコは咳払いをして間を区切った。
鮮花ならもっと食いついてくると思うんだが、と言ったようだけど気のせいにしておこう。
「それで、私の外見だったか? この世界の主人公の黒桐を喜ばせるためにわざわざ礼園時代の姿を持ってきたんだが」
さも当然のごとく、彼女はそうあっさりと言ってのけた。
唖然とするコクトー。
「…それ真剣に言ってるんですか?」
「式、鮮花、藤乃、それに私か。君はこれだけのハーレムを築いておきながら…」
「何がハーレムですか。どっかのギャルゲーじゃあるまいし」
「黙って聞け」
コクトー、少し怖いぞ。その顔は。
「だというのに君は生涯の相手として式を選んだわけだ」
「僕は橙子さんや藤乃ちゃんに会う前から式にいかれてるんです。外見は問題じゃありませんよ」
「そうかー? 男なら18禁本とまではいかんが青年誌のグラビア写真ぐらい持ってるだろ。
いくらなんでもたった一人の女性にぞっこんなんて聖人君主はいないだろ」
それ男をバカにしてないか?
「そこで式にあって私たちにないものを考えてみた。外見まで式と同じなら君の好みは…」
「僕の好みは?」
「ずばり、ギャップだ」
ギャップ、矛盾と言い換えるべきか。
外見と中身が違う、そう言いたいのか。
「もしかしたらツンデレかもしれないが、まあそれは私には無理だからな。だがあの外見と声にともなう性格。
あれほどのギャップはそうはいないだろう」
「だからその姿なのか?」
とコクトーの代わりにオレが聞く。
「…っ!」
そして、トーコは顔をゆがめて手を顔に置く。
明らかにしまったと言いたそうだ。
「この世界には織がいるから無駄じゃないか…。式のしゃべりかたの元は織のものらしいし、織の性格は男…式以上のギャップがあるな…」
「…」
結局その姿になったのは無駄だって事なのか?
「…で、黒桐。私のこの姿はどう思う?」
「どう思うって…どういうことですか?」
「いくら式にぞっこんのバカップルな片方でも感想ぐらいはいえるだろ?」
「そうですね…」
バカップルってとこに異議は唱えないのかコクトー。
式もコクトーもどんな日常を送ってるのかものすごく気になってくるぞ。
「とても聡明です。大人の姿とはまた違う気品があると思います」
「お、言うねえ黒桐。その言葉だけでもこの姿になったかいがあったよ」
これがもし社交辞令だったら本当にコクトーの評価を変えなきゃならないな。
「…冗談は置いといて…」
と、コクトーは真剣な顔をしてトーコを見つめる。
「なぜこんな事をするんですか」
「こんな事、とは?」
「僕らに何かをしたいならわざわざアドベンチャーにする必要なんてなかったはずです。
ピンクパンサーのようなギャグでも十分だったはずじゃないですか」
ピンクパンサー、オレの知らない固有名詞だ。
「実写か、アニメか。どっちだ?」
「どっちでもかまいません!」
コクトーの視線が睨みに変わった。
「橙子さんが一番知っているでしょうけど、アドベンチャーは犠牲者がつきものです」
「だな」
「そんなのに鮮花や藤乃ちゃんまで巻き込むだなんてどうかしてますよ。それに巴だって先輩だって、そんな事のために…」
巴、昨日荒耶との戦いでおそらく犠牲になってしまった1人。
オレと同じように既に死んだ人物を生き返らせたらしい。
死ぬために生き返らせるだなんて、確かに馬鹿げている。
だけど。
「コクトー、それは違うぞ」
オレはたまらずにコクトーに声をかける。
「コクトーたち4人を除く全員はこの世界に同意の上で存在しているんだ。当然死ぬ可能性があることだって知っていたさ」
「え…!?」
「オレも臙条もそれに同意の上でこうしてるんだ。コクトーの気持ちは嬉しいけど、オレはジャンルが何であっても受けるぞ」
「織…」
そう、アドベンチャーだろうがホラーだろうがSFだろうが、恋愛だろうが受けていただろう。
二度はごめんだけど、一度はこうしたかった。
あの後、式と幹也がどうしているかを見たかったのだから。
「まあ、黒桐の言い分も分かる」
ふう、と息をはいてトーコはそういった。
まるで煙草を吸っているようにしているんだけど、何で吸わないんだ?
「なんならスタッフロールの時にまた会わせてやってもいいが?」
それやったら『死』の意味の深さがなくなると思うけど。
その誘いに対して幹也は…。
「…くやしいけど、個人がそれぞれの意志を持ってこの世界にいるのなら、それをやったら冒涜になると思う。からやめておきます」
「ん、賢明かどうかは個人に任せるとして…」
それぞれがそれぞれの思いを持ってこの世界に参加した。
おまけエピソードなんかとは違って、NGシーンとかもなし。この世界ではこの世界こそが現実なのだ。
リセットしてやりなおせるゲームと違う点は、そこだ。
「さて、私自身の答えを言っていなかったな。わざわざこの世界を創った理由を」
「この世界を創った理由…。コクトーたちにギャフンと言わされたからその仕返しの為だって聞いたけど?」
「ま、それもあるけどそれだけならさっきの黒桐も言っていたけど、ワーナーブラザーズがやるようなアメコミギャグで十分だろ」
…またオレの知らない固有名詞か。
「じゃあ僕らと織たちを会わせたかったからですか?」
「それならギャグ世界で十分だろ」
「なら荒耶たちの願いをかなえさせるために…」
「冗談。そんな事のためにめんどくさい事しないさ」
…ならなんだ?
わざわざ登場人物の死の危険性があり、世界から断絶された別の世界を創る必要がどこに…。
「ならなんで…」
「……」
トーコは仰ぐようにして天井を見る。
いや、空か…?
「あきらめていた可能性をもう一度試してみたかった、かな?」
「可能性?」
「そう、私にはできないと皆が決定した事を…」
それは、この世界での話なのか、それともこれこそがトーコが魔術師であるゆえんなのか。
その見つめる先は、はるか遠くを見ているようだ。
空の雲がつかめそうでつかめないのと同じように。
「橙子さん…」
「…さ、この世界にそぐわない話はこれだけにしておこうか」
次にはトーコはさっきの表情に戻っていた。
「今の私は荒耶の協力者。つまり式を捕らえる事が最優先事項なのだが、そこは分かるよな?」
「ええ、橙子さんが敵だと荒耶も言ってましたから」
否、我々5人は互いが互いを利用しているにすぎん。
荒耶が言った言葉だけど、トーコの理由がさっきのにあるのなら、荒耶の目的は…。
「式か…?」
「さすがに祟りであっても織での『両儀式』の再現はできないんでね。いかに人外の頂点に立つ者の1人であってもせいぜい真祖のまがい物
程度だろうしな。『つながってない』以上、『つながっている』式をターゲットにするのは当然だろう」
つながっているとかつながっていないとか、何となくだけど分かるような気がする。
「『つながっている』ゴドーワードは死体があったからこそできた芸当だ。でなければあそこまでの完全再現はできないだろうからな」
「話がずれてますよ橙子さん」
「おっと、それはすまなかった」
一息入れる。
「と言うわけで黒桐、おまえを捕らえて式をおびき寄せるのが私の今ここにいる理由だ。分かったかな?」
「…ええ、何となくですけど」
? 随分と回りくどい事をする。
式本人がこの世界にいるなら、式本人をどうかすればいいじゃないか。
「なんで式本人にどうかしないんだ?」
「織、その手段は私のするべき事じゃない」
? わけが分からない。
「私としてはこの話の主人公である式と幹也、どっちがとらえられようとも物語はもりあがるだろうからな。関係ないんだ」
「物語がもりあがる…」
片方がとらえられてその恋人が救い出そうとする話。
確か高校時代に誰かが話していた気がする。
「ってまさか…!」
「そう、そのまさかさ」
ふふ、とトーコは笑う。
無邪気な笑みではなく、悪巧みをするやつがするものだ。
「式側には荒耶本人が出向いた。残念だったな、臙条巴の特攻ではあいつは死ななかったわけだ」
「「っ!」」
オレは幹也の前に立ちはだかる。
そして軍人の持つサバイバルナイフをトーコに向けた。
「おまえ…!」
「あ、そうそう」
そのトーコは刃物を向けられているのにいやに落ち着いている。
「ところで、ちゃーんと見ておいたか?」
「は?」
いきなり何を言い出すんだ?
「は、じゃない。ツタンカーメンのお宝だよ」
ツタンカーメンのお宝。
ああ、あの黄金づくめのお宝たちか。
「さすがに内装は現代にしておいた。どうも20年ほど前ですら博物館の中の内装は見られたもんじゃないらしいんでね。
ちなみに私のおすすめは厨子だ。」
「そんなの知るか」
「ちょっと待ってよ織!」
トーコを襲おうとするオレをコクトーが止める。
動き出す直前だからこそできたことだけど、よくタイミングが分かったものだ。
「橙子さんを殺す気なの? 君の腕だと…」
「大丈夫だ。ちょっと気絶させるだけで済ます」
「そんな心配はないぞ」
そんなオレ達をよそにトーコはこんな事を言い出す。
心配はない?
「黒桐も見ただろう? 私がアルバに殺された瞬間を」
「あ…」
「この身体はあくまで仮だよ。礼園時代の身体をそのまま再現した入れ物だ。死んでも元の身体に戻るだけだ。
かと言って痛みなどはそのまま受けるから死にたくはないんだが…」
身体は仮、でも痛みなどの感覚はそのまま。
ようはつまり、
「殺していいって事だよな?」
「どうぞ、やれるものなら」
トーコの言葉が終わらぬうちに、オレは飛び出した。
そしてナイフを一閃し、トーコの首を斬る!
「なに…っ!?」
だが、金属より硬い何かに阻まれてナイフがトーコの首の直前で止められる。
荒耶がやったようにオレの体を停止させたのではなく、純粋に壁にぶつかったような。
「厨子の話の続きだけど、あれは中にあるツタンカーメンの内臓を他のものから守るようにして4人の女神が手を広げてるんだよな」
「イシス、ネフティス、ネイト、セルケトでしたっけ」
エジプトの女神だったか、その4人は。さっきコクトーが説明してくれた。
でもそれが今の結界みたいなのと何か関係が…、
「つまり」
トーコはぱちんと指を鳴らす。
次にトーコの四方に現れたのは、4人の女だった。
皆が現代でも第二次大戦中の姿でもない。
「今その女神は私を守ってるって事さ」
それは、厨子にあった女神そのままだった。
コクトーの説明では、正面にいる奴がイシスのはずだ。
四人はトーコを守るようにして四方に立ち、手を広げている。
「式でもない限りこの結界は突破できんさ。何しろどんな強力な攻撃や魔術だろうと通さない絶対空間にしたんだからな」
最も私だけではできなかったがね、と付け加えたけどオレにとってはどうでもいい。
要はオレの攻撃がアイツに届かない事だ。
「まあ、問題は強力すぎて内から外も通さないって事だな。ルーン魔術での攻撃もできん」
はあ、とため息をつくトーコ。
えっと、それはつまり…。
「じゃあおまえも何もできないんじゃないか?」
「その通りだ」
彼女はキッパリと断言する。
「それじゃあ何もできないじゃないか」
「私とおまえたちはな」
攻撃でやられず、目的を成し遂げるための結界なのに全く意味を成していない。
いくら仲間に荒耶がいても今は別行動。
何もできないなら今ここにいる意味がない。
「なんでわざわざカイロ博物館を舞台にしたと思ってるんだ? まさかこの女神たちの自慢とか幹也と織とのいい雰囲気づくりのためだけじゃないぞ」
トーコの言葉には言いたい事が山ほどあるけど、この際保留。
カイロ博物館を舞台にした理由…?
「まあ、私が見たかったってのもあるがね。なんせツタンカーメンの宝とは違って魔術師にとっての宝は全てアトラス院の管理下だ。
大英博物館が時計塔の管理下にあるようにカイロ博物館の『裏の宝』は私たちが見る事はまずない。
アトラスに属していたゴドーワードの記録から完全再現してもらって、ようやくそれを拝む事ができたってわけだ」
「…」
結局こいつの娯楽のために舞台になったのか?
「そんなことより、ツタンカーメンの厨子と同じぐらい私がすすめるのはやはりミイラだろう」
「ミイラ…!」
「ミイラ?」
ミイラ、あの歴代のエジプト王のミイラか。
現実世界では別料金が取られるみたいだけど、今回はそんな事はなかった。
でもそのミイラがどうしたんだろうか。コクトーは何かに気づいたみたいだけど。
「特にラムセス2世のはすごいぞ。カデシュの戦いぐらい聞いた事はあるだろ」
「あのエジプト軍が大敗した戦争ですよね」
「そう、そこで王は孤立奮闘したってわけだ。正に弓の名手だとも言われている。そもそもカデシュの戦いは…」
「橙子さん、また話がずれてますよ」
冷たく指摘するコクトー。どこか呆れ顔だ。
ほおを膨らませるトーコ。妙に可愛らしく見える。
「むー、式も黒桐もこの頃冷たいな。一年前はあんなに熱心に聞いてたというのに」
「時間が惜しいだけです。後でちゃんと聞きますよ」
よほど説明したかったのか、トーコは随分と残念そうにため息をつく。
「まあ、つまりそんな英雄と呼ぶにふさわしい王たちのミイラがこの博物館にあるわけだ」
「橙子さん、まさかとは思いますけど…」
「そのまさかさ」
コクトーは青ざめる。
「ふっ!」
次の瞬間、二階の吹き抜けの方からコクトーめがけて飛んできた矢をオレはナイフで払った。
トーコとは逆方向からで、気を抜いていれば気づかぬままコクトーはやられていた。
「せっかく博物館まで来たんだ。もっとミイラを堪能してくれ」
オレは矢が飛んできた二階のエントランスに顔を向ける。
そこにいたのは、さっきまで見ていた王のミイラだった。
違うのは少し肉付いていて、弓で武装している事、それから動いている事ぐらい。
それが多いに問題だ。
「英雄とまで言われた王の軍、果たして織は黒桐を守りぬけるかな?」
一階の方に視線を移すと、そこにはさっきまで横たわっていたはずのミイラが武装して立ちはだかっていた。
館内はミイラだらけ、そのミイラがトーコによって一斉に傀儡になったのなら…。
「織…」
「……下がってろコクトー」
ミイラにかまっていれば結界を解除したトーコにコクトーはさらわれる。
だからってあのミイラたちは無視できない。でも…。
もはや呼吸をする事がないミイラはしゃべる事もない。
ただ目の前にいる敵に襲いかかるだけだ。
「ぐ…」
これだけの数の相手、しかも遠近両方そろってる。
軍相手に勝てるほどオレは強くない。
ここは…。
「コクトー、逃げよう。オレ1人じゃ守りきれそうにない」
コクトーのためにも逃げるのが一番だろう。
オレは式と約束したんだ。こいつを無事にあいつと再会させると。
まかせろと言って、式はオレを信用したんだ。
なら、逃亡だって手段の内だ。
「…分かった。そうしよう。織そうすべきだって言うなら僕は君についていくよ」
「分かった」
オレはちらっと周りを見る。
左の方はトーコが四人の女神とともに待機、右の方、つまり出口方向はミイラの軍が立ちふさがっている。
確かミイラが展示してるところは二階が主だったはず。なら…。
「ミイラがいない正面に行って、窓をオレが斬るからその間に抜け出そう」
「分かった」
オレはコクトーが先に行くようにして走り出した。
博物館にはちゃんと窓があるから、そこから抜け出せば何とかまけるはずだ。
「逃がさないぞ」
トーコがパチンと指を鳴らす音が聞こえる。
オレはどうやらコクトーより足が速いようなので展示物を散乱させて敵が追って来にくくしつつ進む。
そのついでに後方を見た。
「ぐ…!」
このミイラ、予想以上に速い…! ミイラなんだから筋力もなく、遅いと思ったんだけど。
予想とは違って人間並みだ。いや、若干それより早い。
でもオレがディスプレイしている品を倒しているおかげで進行速度は遅い。
これなら…。
「あと少しだ」
左手にはイクナートンって王の石像があったりもしたけど今はそんなの関係ない。
目指すは目の前にある窓。
右手には小物などが並ぶエリアがあって、左には二階へと続く階段が…。
「階段…? …しまった…!」
二階にはラムセスを始めとして、ミイラだらけ。
さっきのミイラたちも二階から降りてきてオレたちの前に立ちはだかってきた。
と言う事は…。
「伏せろコクトー!」
オレは気づく前に本能で反応し、コクトーに覆いかぶさった。
「ぐぅっ!」
「織!」
倒れこむ2人。
よかった。どうやらコクトーは無傷だ。
「織! 君の背中…!」
「大丈夫だ。矢が数本刺さったぐらいだ」
ナイフでの迎撃は間に合わないと判断したからコクトーを押し倒した。
その結果、コクトーに向けられていた矢がオレの背中に何本も突き刺さったぐらいだ。
「急いでここを…!」
矢を放ったのは階段付近で待機している弓を持ったミイラたち。
再びタイムラグなしに放ってくる矢をオレは展示物を崩す事で何とかガードする。
よし、これなら…!
「う…!」
目の前でスローモーションでも見ているように倒れこむコクトー。
オレは我を忘れて彼が床にぶつからないように抱え込んだ。
「コクトー!」
見ればコクトーの足に矢が突き刺さっている。
犯人は…。
「…ぐ…!」
想定していなかった右からの攻撃。
やったのは、さっきまで二階にいたラムセス2世のミイラだ。
百メートル以上は離れているのに正確に射抜いてきたか…!
「カイロ博物館は四方に階段がある。それなら二階からの展開も容易いから脱出は困難。それに英雄を過小評価していたな、織」
何の事はない。オレが走り出してからミイラは二階から入り口右手の階段を下りたか飛び降りたかしてあそこにいるんだろう。
もはやオレはミイラの軍に囲まれていた。
「織。別に黒桐を殺したりやしない。だからおとなしくそこをどいて欲しいんだが」
悠然とその後ろでトーコはそうオレに言ってくる。
冗談、そんなことできるか。
「断る。オレは式と約束したんだからな」
「残念だな、織。おまえには劇的な締めをしてもらいたかったからリタイアは最後の方になって欲しかったんだが…」
ミイラが各々の武器を構える。
窓までは3メートル。自分の事にかまわなければコクトーを無事に脱出できるはずだ。
「織…!」
「もう少しで式たちが来るはずだ。あとは式たちに任せる」
オレもナイフを構えてミイラからコクトーを守るように立ちふさがった。
トーコが右手をあげる。
「さあ、や…」
「そうはいきません…!」
「そうはいかないわ…!」
だが、トーコの命令が発せられる前に、オレの前に立ちふさがっていたミイラは捻じ曲げられ、壁に飛ばされた。
トーコは急いで後ろの方を見る。
そこにいたのは、
「先輩を傷つけるなんて、いくら橙子さんであっても許せません」
「同じく、わたしたちが来たからには黒桐くんには指1本触れさせない」
まるでさっそうと現れた助っ人のように立っていた藤乃と霧絵だった。
/幹也
「藤乃ちゃん、霧絵さん」
「無事ですか先輩」
「無事のようね黒桐くん」
橙子さんの後ろに立っていたのは藤乃ちゃんと霧絵さん。
2人とも急いで着てくれたのか、息が上がっている。特に霧絵さんは長距離を走ったようだ。
病み上がりだって言ってたから、それでも走ってくれたのは嬉しかった。
「ぐ、巫浄、浅神、両儀。七夜がいれば完璧に対魔四家じゃないか。まあ最も巫条霧絵をここに配置したのは私だから考えていなかったわけでは
ないんだが」
はあ、とため息をつく橙子さん。
だが、あくまでも冷静なままだ。
「だがお二人さん。いくら超能力だろうと洗脳だろうと女神の加護がある私には通用しないぞ。なんせ式であっても私を直接に直死をする事が
できないようにしてあるんだからな。もっとも超能力は専門外だからその辺は荒耶たちにも手伝ってもらったがな」
「別に私達橙子さんを傷つけようだなんて思っていませんよ」
にこ、と笑う藤乃ちゃん。
ごめん、それ橙子さんが時々見せる黒い笑みってやつなんですけど。
「でもこのおもちゃたちは処分させてもらいますね」
「ええ、そうね」
「ぐ、かかれ先史の軍よ」
橙子さんが手を振り下ろすと、僕らを取り囲んでいないミイラたちが一斉に2人に襲いかかった。
藤乃ちゃんはともかく、霧絵さんは普通の女性じゃないのか。だったら危ない…。
「凶れ」
「振りかぶって、下ろせ…!」
けど、それは杞憂だった。
さっきと同じように、あるミイラは体を捻じ曲げられ、あるミイラは他のミイラの首を落としている。
それは正に一方的だった。
軍がまるでモーセを前にした海のようにあっさりと道をゆずっている。
「もう1人の自分と協力しあっているだと…? 巫条霧絵、そんなものいつ覚えた」
「役作りの最中に、アルバさんと荒耶さんが」
「アルバのやつの入れ知恵か。余計な事を…」
その会話が何を言っているかは分からないけど、やっぱ僕の見間違いじゃないのか。
霧絵さんのすぐそばにもう1人の霧絵さんが見えるのは。
…スタンド?
「だが…、英雄と呼ばれた者を相手にしてもそれが続くかな?」
「危ない!」
藤乃ちゃんが霧絵さんを前に押す。
その次の瞬間に2人がいた所を矢が何本も通り過ぎた。
おそらくさっきのラムセス2世のミイラが正面玄関に移動して、遠距離から矢を放ったのだろう。
「逃さない」
藤乃ちゃんはミイラがいるだろう方向に顔を向けるけど、すぐにそれは歪む。
「速い…!?」
「さすがに透視と歪曲を同時に行うためには王は速すぎてベクトルが定まらないようだな」
霧絵さんと藤乃ちゃんは更に前に出る。
これで遠距離攻撃は僕らのいる方向と彼女たちの後ろからしかできない。
奥のほうには吹きぬけもないし、階段からの狙撃はできない。正面から見る事もできない。
「「押し通す」」
「ではまいれ」
2人の行進が始まる。
今2人が相手しているミイラは神官とかの職にあったもの達だ。
でも僕らを今囲んでいるのは王のミイラ。中には英雄にふさわしい業績を残した者たちもいる。
2人にこの英雄が倒せるのか…?
「ふっ!」
と、その時。織が動いた。
まずミイラが持っていた剣を取り上げ、一刀で斬り捨てる。
槍を持つミイラがそれに対応して突きで攻撃をするけどその柄をあっさりと斬る。
そして、一呼吸でミイラを一刀両断した。
その姿はまるで武士。
時代劇で見るようなのではなく、本物のように。
「コクトー! 壁を背にしてくれ!」
「わ、分かった」
切り倒したのは主に窓側のミイラ。
これで窓方向のミイラはいっそうされ、壁を背にできる。
よって攻撃される方向を限定できる。
ミイラを次々捻じ切る藤乃ちゃん。
ミイラを自滅に追い込む霧絵さん。
そしてミイラを切り伏せていく織。
まるで戦乙女の軍だ。
「まあ…問題は…」
これを現実世界でやったら間違いなく国際問題だろうなーって事だろう。
って3人とも楽しんでませんか?
「でも」
もはやミイラも20体をきった。
これならすぐにでも全滅させてしまうだろう。
英雄のミイラも、まず霧絵さんがひるませ、藤乃ちゃんが動けなくし、織が倒す。
そうして次々と倒れていった。
弓の部隊もほとんどが2人によって倒されていく。
「終わりだ」
そして、織は最後とばかりにラムセス2世のミイラを切り捨てる。
ミイラ軍団はここに全滅した。
通路に散乱するのはバラバラにされたミイラたち。
「終わりだトーコ。いくら女神とやらの保護があっても対処の仕方はいくらでもあるしな」
「…」
3人に囲まれる橙子さん。
女神が四方から橙子さんをかばっているけど、これでは橙子さん自身が3人に対処できない。
つまり、もはや彼女にはなすすべがない。
「やれやれ、こっちは失敗したか、まあいい。そんな事もあるさ」
だと言うのに橙子さんに焦りは見えてこない。
あっさりとそんな事をいう。
「随分とおちついてるのね」
「まあな。それなりの理由はあるぞ」
霧絵さんの指摘にも余裕をのぞかせている。
と、彼女は何やら指で文字を書き出す。
床に現れたのは魔方陣だった。
「じゃあな皆さん。あの遺跡でまた会おう」
「逃げる気か…!」
織が橙子さんに飛びかかるけど、また女神に阻まれて剣が通らない。
その間に橙子さんの体は虚空へと消え去ってしまった。
「テ…テレポート?」
余裕があったのは逃げられる自信があったからだろうか。
それにしてもテレポートまでできるなんて…。
残った僕らはただ呆然とするしかなかった。
/藤乃
「ぐ…」
橙子さんがいなくなってすぐに織はひざを床についた。
気がつかなかったけど、織の背中には矢が何本も刺さっていてそこから多くの血が流れている。
「織!」
先輩はそう言うと壁から背中を離し、織の元へと急ぐ。
その足取りはとても不安定だ。
だって…。
「先輩、ダメですよ。じっとしていてください!」
「そうよ、黒桐くん。歩くのだって困難なはずよ」
私と霧絵さんは同時にそう言った。
だってそう言いたくもなる。
「先輩だって足を射られているんですから! お願いですから!」
「僕の事は言ってられないよ。織が…」
私たちの制止も聞かずに先輩はなおも織の方へと行こうとする。
それは痛々しいまでに、必死だった。
「…浅上さん。あなたは黒桐くんの左をお願い。わたしは右をささえます」
「霧絵さん。あなたは…!」
先輩のこの行動を肯定すると言うのですか…!
…それでも先輩は私達の制止を聞かないで行動を起こしてしまうだろう。
なら。
「怪我している足には負担をかけないでくださいね」
私たちは先輩の両肩を支えて織の方へと近づく。
正直かなり重いけど、これで先輩の足への負担を軽くできるなら…。
「黒桐くん。もう少し自分を大切にした方がいいとわたしは思う。せっかく五体満足なんだからもっと…」
「かけてますよ。十分に」
「嘘」
先輩の言葉をその一言で否定する霧絵さん。
「わたしが貴方を見た時は足に障害はなかったし、両目もあった。式のためにそうなったんでしょう?」
「…」
「これ以上誰かを心配させないで。貴方には心配してくれる人が大勢いるのだから」
そう言って彼女は私の方を見る。
その時の彼女の目はどういった事をいいたかったのだろうか。
でも私はその先輩を心配する人の1人な事は間違いない。
「織…」
「コクトー…」
何本もの矢が深くささっているにも関わらず、織は先輩に何でもないような表情を見せた。
先輩の顔はもう悲痛そのものだ。
「よかった…無事で…」
「織! 織ー!!」
そして、織はその場に倒れこんだ。
館内に響くのは先輩の声だけ。
床に広がるのは織の鮮やかな血。
ここで私ができることは…。
「私、医者を呼んできます!」
織を救える人を呼ぶ事。
私は必死になって走った。
だって先輩のあんな顔は見たくない。
「大丈夫だよ。命に別状はないから安心してもいいよ」
「良かった…」
博物館の事務室。玄霧先生の言葉に私と霧絵さんはほっと胸をなでおろした。
簡易ベッドには織が横になっていて、ソファーでは先輩が手当てを受けている。
時間は昼をまわり、日は真上まで昇っている。
扇風機ぐらいしか機器がないのでとても暑いけれど、今はそんな事どうでもいい。
「それでは…」
「ご苦労様でした」
医者は会釈をして部屋から出て行く。
残ったのは私たち5人だけだ。
「遺跡で会おう、か…ではそろそろ物語も終盤にさしかかっているようですね。織くんも霧絵くんも気をつけたまえ」
「気をつけるって、何をですか?」
終盤にさしかかっているのは私も分かるけど、何で先生は私たちではなく織たちに注意をしたのか?
先輩もそれに疑問を持ったのか、私より早くにそれを聞く。
「ラスト近くで主人公にとって親しい存在が亡くなる話もあるようなので、それの犠牲にならねばと言いたいのです」
「「っ!」」
話を盛り上げるために親しい存在をなくす。
今の橙子さんならそれもやりかねない事だ。
「そんな事は、させない…。絶対に」
先輩がそんな中両拳を握り締めて力強くそう述べる。
固い決意の表れなのか、表情も厳しい。
いつもは温和の模範な先輩がここまで厳しい表情をするのはやはり…。
「…はあ…」
やっぱりハードルはとても高そうです。
でも飛び越えて見せますよ、先輩。
と、その時ベルが鳴った。
これは…?
「来客のようね。わたしがでましょう」
霧絵さんはそのまま入り口のドアを開けた。
そこにいたのは、
「鮮花!」
「藤乃! 無事だったのね。良かった」
遺跡以来別れていた鮮花、それから知らない男の人が3人だった。1人は先輩の先輩だったっけ。
と、鮮花の表情が青ざめる。
「兄さん! そのケガ…!」
「大丈夫だよ。命に別状はないから」
そして彼女は先輩の元に駆け寄った。
普段からは考えられないあわてようだ。
「一体誰にやられたんですか!」
「ラムセス2世。エジプトの王様さ」
と、うつぶせになっていた織がそう言うけれど鮮花は彼女を睨みつける。
般若もびっくり。思わず男の人全員が一歩さがっている。
「織、貴女も式と同じなのかしら?」
「コクトー、おまえも言ってやれよ」
それに全く動じない織。そこは式と同じだ。
「橙子さんがミイラを操ってこうさせたの。何とかあの人の方が退いてくれてね…」
「そう、ですか…」
?
鮮花が申し訳なさそうな顔をして視線をそらす。
「なあリオ先輩」
「ん? どうしたんだい両儀?」
織はそんな兄妹のやりとりをよそに式似の男の人に声をかけた。
「式がいないけどアイツどこ行ったんだ?」
「「「「…」」」」
急に、やってきた4人の表情が固まる。
それを見た織と先輩の表情も変わる。
「…センパイ、何か言ったらどうなんだ?」
「鮮花、式は一体どうしたんだよ」
視線をそらしていた鮮花は、目をつぶって一息つき、先輩の顔を真剣に見つめた。
「どうしようもなかったんです。白純里緒もわたしも、墓守の人たちも何もできなかった。敵は砂でできた化物。炎の刃物も銃も効かない。
効いたのは式の攻撃だけだったんです」
「それ…どういうことだよ…」
「それでも何とか対処できていたんです。それで式が最後の一体を殺した時、その中から現れて…」
「どういう事なんだよ…!」
「一撃だったんです。いくら式が強くても筋肉でも神秘でも覆われているわけじゃない。防御は普通の少女なんです」
「どういう事だよ!」
鮮花に怒鳴っても何も進展はしない。
でも、先輩は怒鳴らずにはいられないに違いない。
だって…。
「認めてください。全てはわたしたちが至らなかったせいなんです」
「…っ!」
橙子さんはあの時あっさりと去っていった。
「あの遺跡でまた会おう」
彼女はそう言って去っていった。
つまり、もう式や先輩を追う必要はなくなって、相手から来てもらえるようになったということではないか?
ようは、こういうことだろう。
「式は荒耶に敗北してとらえられたんです」
鮮花の一言が、今の全てなんだから。
to be continued…