/橙子

「……」
遺跡内部の遮断していた通路を再び開け、トラップを解除しつつ私は歩いていた。
どうやら式たちは遺跡脱出のために私やアルバが創ったモンスターをことごとく倒していったらしい。
通路にその肉片がちらばっている。

 私が指を鳴らすと、私の創ったスカラベ達がその肉片を片付けていく。
無論、喰う事でだが。

「やれやれ…」
ここまで倒してくれるとはな。予想範囲内ではあったが、こっちの方まで予想通りにはなって欲しくなかったな。
この体では煙草も不味いので吸う事はかなわないし、手持ち無沙汰で歩く。

 通常ここまで広い地下型の遺跡などありはしないのだが、アドベンチャーをやるからにはと広くした。
が、こっちの移動まで大変になっている。

ようやく私は目的の場所にたどり着いた。
しまっていた扉を管理者特権で開ける。

「う…っ!」
何だこれは。
思わず身を引いてしまう私。

 私がいるのはこの話の敵である王が眠っていた部屋だ。
王が眠っている場所だけあって念入りに整えた。
だというのに、今は見るも無残に石片がちらばっていたり穴があいていたり、面影がかすかに残るぐらいであとは破壊されていた。

「何があったん…いや、大体の見当はつくがな」
私はその部屋の中央にいる人物に声をかける。
肉は所々削げ、おびただしいまでの血を地面に水溜りのようにためている。

「それでどうなんだ、荒耶?」
常人が見れば死んでいるとしか思えないその体に私はそう述べた。

「無論、新しい肉体に取り替えるまでだ」
その死体からそんな返事が返ってくる。
全く体を動かさずに。

当然といえば当然だ。
いくら荒耶の起源が静止だろうと、あそこまで肉体を破壊されたら放棄する以外あるまい。

「それで、おまえにその傷を負わせたのはそこで倒れてる臙条巴か?」
「否定のしようはない」
私はもう1つの肉体の方に指をさす。
そこにはもはや原型をとどめないまでにバラバラになった臙条巴があった。

「おい」
私は荒耶ではないあさっての方向に声をかける。

「何よ」
するとそれに答えて幼い声がどこからか聞こえてきた。
どこかうんざりといった声だが気にしない事にしよう。

「まず臙条巴がリタイアだ。速やかに…」
「分かってるわよ」
臙条巴だったものは、そのまま無かったかのように消え去った。
部屋に残るのは私と荒耶だけとなった。

「こんなのは映画では見せられない裏方だよなぁ…」
思わずため息をもらす私。
アドベンチャーは子供も見るのだから、スプラッタはなるべく見せないのが流儀だ。
見せても臙条の劇的な行為で終わりだろう。

さて、その後はたいてい私や荒耶を倒す手段を式や幹也たちが持ってきて私たちを倒すのがストーリーなのだが…。

「荒耶、これからどうするんだ。このままあいつらが来るのを待つつもりか?」
「無論そのつもりはない」
だろうと思った。

「だが荒耶、新たな身体にした所でなれるまで時間がかかるんじゃないか?」
「何がいいたい」
「いや、ただやってほしい事があるなーってだけ」
そして私は荒耶にある事を提案する。
物語を盛り上げる、映画で言うなら1時間から1時間半ぐらいの話だ。

「いいだろう」
「それは僥倖だな」
ふふ、と私は笑う。
…私がこの肉体とつりあう年齢だったとき、こう笑ったかはもはや覚えてないが。

「それで蒼崎。おまえはどうするのだ」
「決まっているだろう?」
事はすんだ。
あとはラストに向かって進むだけだ。

「話を盛り上げる、それが敵である私たちのやるべき事だろう」




王道・橙子さんの場合

第6話


   /式

「おはようございます、お嬢様」
「ん…」
そのような声が聞こえて私は目が覚める。
まどろんだ意識が次第に覚醒し、徐々に視界があけてくる。

 横を向くと、そこにいたのは秋隆だった。
いつものような使用人の服…じゃあない。

「…なんだ秋隆。その格好は…」
「お嬢様、朝食のご用意もできております。身支度が済み次第おいでください」
「…?」
…おかしい。何かがおかしい。
秋隆が私を起こしにくる事はそんな不思議でもない。
問題は…

 明らかにテントの中という内装ぐらいだ。

「あ…!」
意識が急覚醒する。
そして、全てが鮮明に思い出された。

「そうだ…!」
昨日の事を全て思い出す。

 幹也たちと旅行に行かせると橙子に騙されて第二次世界大戦真っ只中のエジプトに連れてこられた。
そこで出会ったのは織やゴドーワードなど死んだはずの連中。
そして敵に回った橙子、復活を遂げた荒耶。
私たちはかろうじて脱出でき、墓守の一族のキャンプ地に今こうしているわけだ。

幹也は無事だろうか。織が幹也を守ってくれたのだろうか?
相手はおそらく荒耶。いくら織でもあいつ相手には分が悪い。
どうか、無事でいてくれ。

用意されていた着替えは和服だった。
さすがにこの暑さでは裏地のあるものなど着てられない、との配慮だろうか。浴衣のような一重のものを用意してくれていた。
多分秋隆のしわざだろう。

 袖を通して私は外に出る。
空は360度雲ひとつ無い青空というやつだった。
それに、空は澄みきったと言うより深い色をしている。
何もかも日本では考えられないスケールだった。

「…すごいな」
思わず私はそうつぶやく。
橙子がその気になればここまでの仕事ができる事はよく分かった。
その情熱をぜひ幹也の給料に反映させて欲しいものだ。

「あまり暑くないな」
昨日と比べると随分と涼しい。
いつだか幹也が言ってたけど、エジプトは時間帯によって気温が全く違うそうだ。
暑い地域に生活圏を置くイスラム諸国は、それによって一番暑い昼間辺りは休みになるらしい。

「ご用意ができましたか」
「秋隆」
いつの間に私の後ろに立っていた秋隆に私は少し驚きながらも振り向く。
…民族衣装なのか、いつもと着ている服が違うだけで随分と印象が変わってくる。

「鮮花様も起こしてまいりますので、大輔様の所でお待ちください。そこでお食事をご用意しております」
「分かった」
既に昨日私たちを取り囲んだ墓守の一族たちは行動を開始しており、武器の手入れや食事を食べている。
そんな中、私は彼に出会った。

「やは、昨日はよく眠れたか? こっちはさすがに堪えたぞー。何てったって幹也達と違って3日前から来てるからな」
と言いながら彼は鍋からスープをすくい、皿に盛っていく。
随分と大掛かりと思うけれど、言わない事にする。

「秋巳…大輔…さんでしたっけ?」
幹也の身内であり、年上でもあるのだからと私は敬語を使う。
彼は目を大きく見開いく。どうやら私が彼の名を言った事が意外だったらしい。

「あれ? 俺君に自己紹介したっけ?」
「幹也から聞きましたから」
あの事件(自作品の偶発目撃参照)の時に顔を合わせて幹也がよく話題に出す大輔という人物の名前と顔が一致したんだ。
忘れるはずも無い。

「あなたも橙子…さんに誘われたのですか?」
「ん、まあそうだな。「面白い事をしないか? 有給とって少しばかり」てなわけでこうして来てるわけだ」
…まさか橙子のやつ、幹也以外の一般の人に自分たちの事教えてないだろうな?
あ、でもそれなら秋隆に対する事も言えてるかも。
それよりそんなにあっさりと有給って取れるものなのだろうか? 少し警察というものが心配になってきた。

「まあ、詳しい事は鮮花が来てからな。橙子さんが話しておけっていった事を話すことは最低条件らしいからな」
はあ、結構覚えるの苦労したんだぞ。と言っているが、そこまで詳しい設定を逆恨みだけのために考えつく橙子を少し尊敬する。
当然逆の意味で。

スープを食しながら少しの時間を経過させると、のろのろと歩いてくる鮮花を見かける。

「おい鮮花。こっちだ」
…いつもの鮮花に見慣れているせいか、今の彼女にはギャップを感じる。

「うー…眠い…」
「何だよ。礼園にいた時は早起きしてたからてっきりそれがおまえの生活スタイルかと思ったのに、今日はやけに遅かったな」
「…あれだけ魔術使ったから、精神面で疲れたのかもしれないわね…」
そう言うと彼女は私の後ろを通り過ぎ、水の入ったたるの栓を少し抜き、顔を洗う。
そしてこちらに来た時には既に彼女はいつものようになっていた。

「それで大輔さん、まず質問があります」
そして、追求。
おそらく言う内容は私が言った事と同じ事だろう。

「なぜ貴方がここにいるんです?」
「なぜって…そりゃあ招待されたからに決まってるだろ」
案の定というか、鮮花が述べた事はなぜ彼がここにいるかと言う事だった。

「橙子さんが呼んだのですか?」
「そうだな。さっき彼女にも話したけど、面白い事があるからってな」
確かにそこまでは私にも話したことだ。
問題はこの後だ。鮮花がそう簡単に納得するはずもない。

「それでは…大輔さんはこの世界をどう思います?」

 これが本質。
この5人の魔術師によって作られた世界は明らかに日常世界とはかけ離れている。
「寝ている間にエジプトに連れてきた」と言い訳もできるけど、車や武器を見る限り世界観も第二次世界大戦にあわせているようだからそれはない。
仮想現実って技術が最近あるみたいだけど、ここまで現実感を出せるはずも無い。

 なら、彼はこの別世界をどう感じているのだろうか。

「タダで旅行できてラッキーじゃないか」
そんな彼はそうあっけらかんと言ってくれた。
目を大きく見開く鮮花。

「ちょっと役をこなすだけで日常と離れられるんだ。それで十分じゃね?」
「…あまりにも考えなさすぎです。変だとは思わないのですか?」
「『そういうもんなんだ』でよくね? どうせ説明されたって楽しむ事に変わりはないんだしさ」
この状況を楽しむ。
織も言った事だ。

「それとも鮮花、説明してくれるのか?」
「う…っ!」
できるはずもない。一般人の秋巳大輔にこっち側の事を話せるはずも無い。

「…分かりました。とにかく大輔さんたちは墓守の一族なんですね?」
鮮花もようやく話を終わらせたが、明らかに納得していない。
秋巳大輔もそれには気づいているようで、まあいいさといった感じに両手をあげる。

会話からすると秋巳大輔は嘘は全くついていない。むしろ丁寧に話している感もある。
だが、話の本質は言っていないようにも聞こえてくる。

つまり、彼が橙子を魔術師だと知っているか否かを。

とはいえ、今はそれを追求する時ではない。
今はこの世界で行われるストーリーに関する細部の事を聞かなければ。

「そうだ。まぁ詳しい話は俺なんかよりもっと適切に話せる彼がいるから聞いてくれよ」
「…逃げましたね大輔さん」
じとー、と鮮花は秋巳大輔を睨む。
一見平然としている秋巳大輔だが、視線はよそにそらしている。

「…それでは僭越ながら私めがご説明させていただきます」
咳払いをして秋隆はこちらを見つめる。

「まず時をさかのぼる事3千年ほど前、蒼崎橙子なる魔術師がいました」
「って名前そのままですか」
2秒たたないでつっこみか鮮花。

「何でもそれぞれのお国にそった名前を全員分考えていたらしいのですが、他の製作者方に猛反対されたようです」
それでもゴドーワードというらしい玄霧皐月を英国、コルネリウス・アルバをドイツにしたあたり芸が細かいというか。
でも橙子と荒耶は間違いなくエジプトに関係する役柄。それに私たちも日本出身じゃない。

「荒耶がエジプトの名前ね…」

「ラーメスウ。式を殺すものだ」
…ダメだ。想像した私が莫迦だった。
ラーメスウは以前橙子が言っていたが、向こうの方での…って今はエジプトだからここか…呼び方らしい。
そんな私はどんな名前をつけられるはずだったんだ?

「シリアでは高名な魔術師の家柄だったようですが、その家督を妹が譲り受けたことで反発し、エジプトの方へとやってきたようです。
 非常に優れた魔術師でしたから、エジプトでもすぐに重要な役柄に選ばれるようになりました」
つまり祖国を捨てて鞍替えしたわけか。

「…それこの世界のために創った話ですよね。どれだけ熱が入ってるんですか」
鮮花は呆れて手を顔に当てる。

「さて、それから間もなく彼女はエジプトの王になった荒耶宗蓮に出会いになりました。2人は互いに意気投合なさり、互いに目指すものを目指したようです」
目指すものを目指した。それは…。

「根源、か」
「その通りです。その政治手腕はとても優れていたようですが、その事が結果的に彼らの首を絞める事となったのです」
首を絞める事になった。つまり、

「見捨てられた、か」
「メジャイ(神の戦士)と他の神官たちは彼らに反旗を翻し、多大な犠牲を払いながらもようやく2人を封印する事に成功したのです。
 王は生きたままミイラに、魔術師は永久に光の入らないところに幽閉されたのです」
秋隆は一旦言葉を区切る。

「かと言って彼女たちが滅び去ったわけではありませんでした。よってメジャイは自分たちの子孫にその墓を荒らされ、
 彼女たちが再び世に現れないようにその封印の地を守っていく事となったのです」
「なるほど…」
鮮花がうなづいてはいるけど、納得いかない様子だ。

「でもそれなら発掘の妨害を行うべきだったんじゃないんですか?」
「それができてりゃ苦労はしないって…」
これも演技の1つなのか、わざとらしくため息をしてみせる秋巳大輔。

「時は第二次世界大戦真っ只中。まだナチスドイツも攻勢を続けていて、エジプトとイギリスの連合軍が迎え撃ってる最中。
 そんなんでオカルト方面の事を持ち出したら…」
つまり、昔のように軍人だけ戦う戦争はもうなく、国家総力戦が主流の第二次大戦ではそんな単独行動はできないと。
しかも発掘を進めてるのがイギリスとドイツ両方の正規軍。ヘタに手を出せばエジプトの国自体危ないと。

「というわけでして結局事後処理にならざるをえなかったのです」
「なるほど、ね」
昔話はこんなものだろう。
問題は、

「それで、あいつらの目的は何なんだ?」
荒耶は見当がつくが、橙子のこの世界での目的がよくわからない。
かと言ってシナリオまで作るあいつだ。自分にも動機を与えているはず。
典型的な映画ならそれがあいつを倒す手がかりにもなっているはずだ。

「昔の事で分かっている事は、神官たちの中に飛びぬけて優れた者がおりまして、王はその神官を手にしようとしたようなのです。
 したがってその神官の生まれ変わりを探すものかと」
「それって言っている事は深いけど結局は…」
「はい、お嬢様を狙うものかと」
やはり、一度死んでも荒耶のする事は同じだったか。
それを私よりずっと分かってるはずの橙子が復活させたんだ。

「それで、橙子さんの方はどうなのですか?」
「魔術師の方は分かっておりません」
キッパリと、秋隆は言い放つ。

え?
橙子が肝心の自分の事を考えてないのか?

「妹への復讐か、妹が持っていて自らがお持ちでないものを目指していらっしゃったのか、魔術師殿のみぞしる、です」
「……」
結局分からず、か。

 それに荒耶たちを以前倒した手段も人海戦術。
それを今度この墓守の一族でさせるほど橙子のシナリオは甘くは無いはずだ。
だとしたら、やはり現実世界に即した手段で行う必要があるだろう。

荒耶を以前倒した時は自分でも驚くほどの冴えがあった。
荒耶は武器による違いだと言っていたけど、その日本刀がここにはない以上そうなる事はできないと考えた方がいいだろう。
だとしたら…。

「大丈夫よ。きっと」
「え?」
鮮花が断言をしたので思わず私はそうつぶやいてしまう。

「大丈夫って…鮮花はアイツと出会ってないからそんな事が言えるんだ」
「だって式は以前そいつを倒したことがあるんでしょう? しかも1人で」
1人で…。

「あ。そうか」
「今はわたしだっているし、藤乃もいる。あんたが接近戦でそいつを食い止めてる間に再起不能にする事だって不可能ではないわ」
…確かに、藤乃の歪曲なら間違いなくアイツの結界は意味を成さないし、炎だけなら優れた鮮花だっている。
なら俺と織とでアイツを食い止めている間にあいつを倒す事だってできるはずだ。

「あ…」
そこで私はその作戦の重大な欠点を見つけてしまった。
それは、今の私たちの状況だ。

「鮮花、それはあくまで幹也たちと合流できたらの話だろ。俺とおまえ、先輩とアルバも入れたってアイツに勝てるか?」
「う…ぐ…。ですから橙子さんの脚本どおりに進むならいつかは合流できるはず…」
「随分と楽観的だな」
その前にこっちが全滅して、悲観にくれる幹也が最終兵器であいつを倒すって展開も考えられるんだけどな。
主人公さえ生き残ればいいって映画もあるみたいだし。

「あ、その件でしたらご心配には及びません」
「「えっ!?」」
思わず俺と鮮花の返事がかぶる。
発言をしたのは秋隆だ。
そして私たちは秋隆につめよる。

「どういう事だ!」「どういう事ですか!」
「いくらあのお方の事とは言え、熱くなさらないでいただきたいです」
「そんな事言ってられるか…!」「そんな事言ってられますか…!」
また私と鮮花の声がかぶる。
当然そんな事を気にしてられるほど私たちは疎くない。

「イギリス軍とドイツ軍、この2つが遺跡を狙っておりました。
 ですがイギリス軍を指揮なさっているゴドーワード様は我々の言い分をしっかりお聞きなさり、遺跡は調査のみにとどめようと約束なさってくれました」
「あ、交渉はしたんですか」
さすがに指をくわえて待っているだけじゃなかったか。

「ですから万が一王たちが復活する事があればカイロ博物館に一度集まる事になっています」
「カイロ博物館?」
あのツタンカーメンって王様の仮面があるとこだっけ。

「というわけで今日の予定は真っ先にカイロを目指そうと思うんだが、どうかなお嬢さん方?」
「大輔さん。歯の浮く台詞は橙子さんのいいつけであって止めて下さい」
「う…っ!」
ジロ、と睨む鮮花と睨まれる秋巳大輔。
彼には悪いけど、今の彼は少し情けないと思う。

 ゴドーワードが死亡扱いされている事はまだないはずだ。
なら、幹也や織たちは博物館にいる。
一刻も早く…、

「黒桐さん、それから両儀。この国の料理もなかなかいけるよ」
「やっと起きたか。この国はヨーロッパでは考えられん暑さだから早くに行動に移した方がいいぞ」
なんて雰囲気をあっさりと破って二人はやってきた。
つまり白純里緒とアルバ。

「なんだアルバ。結局基地にも帰らず、荒耶たちにも付かなかったのか」
「冗談だろ?」
ふっと笑いながらコートをたなびかせる。
典型的キザなパターンだが言及はしないでおこう。

「まあ私の部下…と言っても人間のエキストラはほとんどアオザキの創作物だがね…を基地に帰さねばならないし、いざアオザキが怪物の軍で
 襲ってきた時のために軍を出動させる手はずも整えとくべきだろう。もはや人類の叡智は我々の魔術を凌駕しているからね」
第一次大戦からか。大量殺戮兵器が登場したのは。
それからはもう戦場の場で英雄が現れる事もないだろう。

「というわけで私は別行動をとらさせてもらうよ。それからアオザキの弟子」
「鮮花です。アルバさん」
彼は鮮花の方を向くと、コートから何かを取り出してくる。
どうやらそれは紙の束だ。もはや本にもできるぐらい厚い。

「これは…」
「怪物どもの設計図の一部さ。魔術師の作品だから手の内をほとんど見せられないが、弱点ぐらいは分かるはずだ。
 分かりやすいように英語で書いてあげたよ」
紙の1枚1枚に色々な絵とそれについての簡単な解説を書いてある。
昨日戦ったアポフィスとかいう蛇の化物、入り口近くの巨大な像などが記されている。
こんなに種類があったのか。橙子は本当に何を考えているんだ。

「随分と親切ですね」
鮮花はそう感心しながらつぶやいた。
それはそうだろうな。橙子たちから想像できる魔術師は自分の手の内を見せたがらないものだ。
見せたときは既に事を成し遂げた時だし。

だがそのアルバは冗談とばかりに大きな動作を示した。
「これから拝見できるだろう事柄に比べればこの程度の事は」
「これから拝見できる事…」
アドベンチャー最大の見せ場、つまり…。

「橙子たちが退治される瞬間か」
「その通り。どんなふうになるかは分からないけどね」
アドベンチャーなんだから劇的に倒される事もないと思う。
かと言って無様にやられる事もないと思うけど。

「それじゃあ私はこのへんで失礼させてもらうよ。健闘を祈ってる」
さわやかな笑顔を浮かべながら、彼はその場を去っていった。
もうこの頃には私たちの中心にあった鍋の中は空になっていた。
そのほとんどをさっき来た白純里緒が食べた事は言うまでもない。


   /鮮花

「さて、朝の準備も終わった事だし、手荷物もないみたいだからでかけるとしよっか」
大輔さんはこう言って背伸びをする。

朝食が終わり、わたしたちは歯磨きも洗顔もくんであったナイルの水で済ませてきた。
日本人は免疫力がないせいか、それでも体調を崩す人もいるようだけどもわたしたちは大丈夫なのか?

ここからカイロまでは四輪駆動車を走らせても午前いっぱいはかかるらしい。
本来なら墓守の一族はラクダか馬を走らせるらしいけど、今回は車を用意してくれた。
なら午後には幹也達に会える。

「と、その前にこの旅の参加者な鮮花たちに見せたいものがあるんだった」
「見せたいもの?」
大輔さんが見せたいもの?
この旅の参加者なわたしたちって言い方に少し疑問がわくんだけれども、わたしとしては一秒でも早く幹也達の安否が知りたい。

「大輔さん、今は時間との勝負ですからお早めにお願いします」
「あれだけゆっくりしててかー…?」
へえ、なるほどね…。

「いや冗談冗談ごめんごめん。うそですマジかんべんして」
そう言いながらも大輔さんは一方の方角を指差す。

「ナイル川沿いの方を見てみな。俺あれ見てただ「すげーっ」て思ったぜ」
ただ「すげーっ」て思った。この世界でしか味わえない事。
そして今の大輔さんのポジション。

「ってまさか…!」
わたしは駆け出した。
もしわたしの想像通りならその川沿いに広がる光景は…。

「うわあ…」
そして感嘆の声を思わずあげてしまった。
ここまでやると呆れをはるかに通りすぎ、ただただ尊敬してしまう。

 そこに広がるのは数万規模の軍隊。
イギリス軍でもドイツ軍でも、エジプト軍ですらない。
墓守の一族の軍だ。

みなサーベルを腰に下げ、背中には銃を始めとした色々な武器が装備されている。
それは正に人の波だ。もはや大都会の人ごみなんかとは比べ物にならないぐらいの。
おそらく数万はいるだろう。
その軍が目指すのは川上、つまり遺跡のある方だ。

「墓守の一族全軍だ。魔術師は傀儡師だからどんな化物の軍が来るかも分からない。だから俺たちが迎え撃つってわけ」
後からやってきた大輔さんがそう述べる。
確かにこれは凄い。ハリウッド映画でこの頃使われるCGの技術は数百人を元にそれを増やして数万規模を見せる方法をとっている。
これにはそんな様子が全く見られない。

「でも時は第二次大戦。現代兵器を使えばもっと簡単に戦えるんではないんですか?」
わたしは思わずそう言った。
さっきアルバさんも言っていたけど、戦闘機からの爆撃とかで簡単に軍は倒せるはずだけど。

「鮮花様、それがそうはいかないのです」
そうはいかない?
秋隆さんの発言に首をかしげる。

「アルバ様にいただいたその資料を見れば分かると思いますが、近代兵器にめっぽう強く創られているのです」
アルバさんにもらった資料、それをパラパラめくってみる。

 ゲブ
砂漠の砂が集まったクリーチャー。
電子機器の間に入り込み誤作動を起こさせたり機能を停止させる。戦車などを無力化する。

 ホルス
羽を広げれば4メートルはいく鷹型のクリーチャー。
ヘリコプターなみに小回りがきくので戦闘機のかく乱に有効。

「…これって…」
「莫迦。アドベンチャーにこだわる橙子のやつがそんな近代兵器で一掃する手段を取らせるわけないだろ」
うぐ。式が無表情でそんな事を言ってくる。
悔しいけど確かに式の言うとおりだ。

「つまり剣、弓、槍とかいう中世の戦いに依存しなきゃいけないってわけ。分かった?」
と言いながら大輔さんは車のキーを手で遊んでいる。
なるほど、確かに弓を持つものや槍を持つものもいる。
その比率は近代兵器である銃などよりはるかに多い。

「ま、彼らのご活躍はもっと後のほうだから安心しろって」
「秋巳様、車の用意ができましたので、お嬢様方を…」
「そうだな。そろそろ行こうか」


時計を見ると既に十一時を過ぎてていた。
わたしたちを乗せた車はさっきの軍とは逆方向に進んでいく。

日は既に昇っていて、その日差しだけでも暑く感じる。
日本ではそうでもないけど、この国は本当に日向と日陰の体感温度が全然違う。

クーラーは弱めだ。バッテリーがあがらないようにとの事だけど…。
正直少し暑い。

「にしても大輔さん」
「ん? なんだ?」
わたしは口を押さえながら何とか言葉をつむぎだした。
正直気分が悪い。身体が重く沈んでいる。
と言うのも、

「もうちょっとこの起伏はどうにかならないんですか?」
「無茶言うなよ。現代じゃあるまいし、舗装された道路なんて砂漠のど真ん中にあるわけないだろ」
砂漠をオフロードカーで走ってるからだ。
しかもかなり荒い。
なのでさっきから車が上下によくゆれる。

「ならもうすぐメンフィスだし、そこで少し休憩するか?」
「そうしてください…」
正直ここまでゆれる事は想定してなかった。
わたしは背もたれによっかかり、力をくずす。

「ん」
「え?」
と、式が隣でわたしに対して何か袋を渡してきた。
中身は…何もない?

「吐くならその中にしろよ。車の中にぶちまけられたんじゃたまらないからな」
「誰が…!」
ぐ。
式のやつ、何でこんなにいつもみたいに冷静でいられるのよ。

「……!」
と、式の表情が変わる。

「どうしたのよ。気分でも悪くなったの? ならその袋で…」
「違う」
式はそばにおいてあった剣を鞘から抜いた。
あの遺跡から持ってきたやつだ。

「ちょっと、こんなせまい車の中で…」
「お客さんだぞ」
お客さん。この砂漠のど真ん中で。
と言う事は…。

「ってまさか…!」
「ああ」
車の前方を見る。
結構遠くの方で、砂がもりあがっていく箇所が幾つも見られる。
まるで、中から何かが出てくるみたいに。

「来るぞ」
いや、正確には違った。
中から何かが出てくるんじゃない。

砂が意志を持ったように形作られているんだ。

「ゲブ…」
さっき見た資料の中の1つ、砂の怪物が多数。
それがわたしたちの前に立ちはだかっていた。


   /幹也

「これが今荒耶宗蓮と蒼崎橙子について分かっている事全てよ」
「そう、ですか…」
カイロ博物館。僕、織、それから霧絵さんは館内を歩き回りながら彼女からこの世界での橙子さんたちの話を聞いていた。
その話のどこまでが現実で、どこまでが創作なのかは僕にも分からない。
それでも橙子さんの事を少し分かったような気もする。

「もしあなたの彼女が墓守の一族と合流していたならここに着くのは午後になりそうね。それまでゆっくりしてなさい」
「…っ!」
僕の彼女。
確かにそう言われてもおかしくない。
でもそうストレートに言われるとさすがに印象が全く違ってくる。

「あら、それともそっちの女性があなたの彼女かしら?」
「う…っ! そ…それは…」
「違う」
織だってやっぱり式なのだからと悩んでいると、織はあっさりと断言してくれた。

「オレと式はもう別人なんだ。コクトーもそこはちゃんと割り切ってくれよ。でないとこの世界が終わったときにアイツに何て言われるか
 分からないからな」
「え、あ、うん。そうだね」
式と織は同じ。いや、同じだった。
もはや過去形。
それを、織自らがこうまであっさりと言うなんて…。

「織…」
「だから言ったろ? この世界を楽しもうってな」
無邪気なほどの小さな笑いを浮かべて彼女は一回転する。

それはまるでそれは絵画を取り出したかのようなワンシーン。
まだ日が昇りきっていない中で博物館の窓から日光が差し込み、織を幻想的に照らしている。
僕はそれに思わず見とれてしまった。

こつんと織がわざとらしく靴を床で鳴らし、雰囲気が通常にもどった。
それも一瞬で。

「そう言えば巫条さん。オレあんたに聞きたい事が…」
「霧絵で。もしくは名前をさん付けしてほしいわ」
「いや、それより…」
織はそして霧絵さんに話しかける。
その表情は少し厳しく見える。
…なんでだ?

「あんた式との関係者なのか? それとも…」
「それとも?」

「トーコの関係者か?」

それはすなわち、魔術師かと聞いているようなものだ。
僕にも分かるほど辺りの雰囲気が先ほどと正反対になってしまう。
武器は持ってないけれど、式なら空手でも柔術でも使うかもしれないし、何より霧絵さんは戦えそうにない。
そんな霧絵さんはいたって平然としている。

「違うわ。どっちかって言うと貴女よりね」
「…オレより?」
「巫条、巫淨、不浄、何でもいい。聞いたことないかしら」
「…っ!」
同じ言葉を何回も繰り返す霧絵さん。
僕には何の事だかは分からないけれど、式には分かるらしい。

「…式はそんなあんたにも会ってたのか…」
「そう、もう過去形。取り戻せない過去の話」
辺りを静寂がつつむ。
まるで永遠に続くかのような錯覚にとらわれる。
と、

「後悔はない。後悔はないけど、こうしてこの場にいるのはとても嬉しいこと」
「とても嬉しいこと?」
「だってわたし、病院生活をずっと続けてたから…」
病院生活をずっと続けていた。
それは…たった一つの部屋が長い間自分の世界そのままだったのだろう。
式も二年間そうだったけど、式には意識がなかった。

「だからわたしはこの世界を楽しむ事にしてるの。あなたもそうした方がいいわ」
笑みを浮かべて彼女はこう答える。
ふれれば崩れてしまいそうな繊細さで。

「ああ、それから今日は閉館日だから、この館の中はあなたたちだけよ」
「僕たちだけ、ですか」
そういえばもう時間は10時を回っている。
そろそろ開館してもおかしくないはずだ。
なのにぽつんぽつんといるスタッフは皆あわただしくない。

「…これってどういう事かな…?」
てっきり橙子さんなら人が来る時に来襲してパニックを起こさせるとばかり思ったんだけど。

「もちろん一般客はって意味。少しはスタッフがいるから、遠慮せずに質問してね」
そういうと軽く会釈をし、彼女は去っていく。

「王子様を大切にね」
「王子様?」
去り際に彼女はこんなことを言ってきたので思わず僕は疑問を浮かべる。
僕が王子様で式がお姫様?

「逆よ。貴方がお姫様で式って子が王子様」
「ええ?」
これ以上は遠くて彼女とは話せない。
なんで男の僕がお姫様で式が王子様なんだ?

「助けるのがいつも式の方だからかな…?」
それって嬉しいことなのか悲しいことなのか…。

「言いえて妙だな」
「織ー…」

残されたのは僕と織の2人。
とても広い空間に2人の言うのはなんかとてつもなく寂しく感じる。
外にいるよりそれがいっそう激しいのは何故なんだろうか。

「コクトー、どうする?」
「どうするって…」
この話を終わらすにしても結局は式たちと合流しないと何もできそうにない。
橙子さんを説得するにしても、荒耶たちとともにあの人を倒すにしても。

「…せっかくだし、見てよっか」
だから、今だけは純粋な気持ちを込めてそう言うことにした。
一瞬目を大きく開いた織だったけど、くすりと笑ってこう答えた。

「そうだな。こうするのも随分久しぶりだし」


博物館の中は比較的整っていた。
第二次大戦真っ只中のはずなのに、テレビでみた陳列とあまり変わらないのもおかしいと思うんだけど。
何か理由でもあるのかな。

「これであらかた回ったかな…?」
カイロ博物館の目玉と言えばツタンカーメンのお宝とラムセス2世のミイラが真っ先にあがると思う。
正直これだけ見れば入場料分は見た事になると思う。

どれもこれもとてもすばらしいものばかりだった。
まるで本物を見ているかのように。
…悲しいけどこれ橙子さんたちが創った世界なんだよね。

「随分と綺麗に並んでるんだな。もっと汚いかと思ってた」
「僕も。観光地として収入を得てる現代ならともかく、今は第二次大戦真っ只中だからね」
やっぱり織もおなじ気持ちか。

 全部回ったので、とりあえず僕らは館内にあるベンチに座る事に。
ちょうど中央よりちょっと奥ぐらいの場所だ。
硬いものじゃなくてふかふかしたものだからリラックスができる。

「ふう…」
これで一時間が経過した。
後は少し休んだら玄霧さんと合流しようか。

「なあコクトー、あれなんだ?」
「あれ?」
と、織が指差す方向は巨大な像だった。
確かラムセス2世のだったはず。

「いや、その脇で脚を支えてる女の方」
「ああ、あれか」
ラムセス2世は百人以上入る女性でも正妻だった人をとても愛していた。
だから像の足元で彼女が王を支えてるのがエジプトには幾つもある。

「えっと…名前は確か…」
ネフェル…えっと…。


「ネフェルタリ・メリト=エン=ムトよ」


その声は、僕らの後ろから唐突に聞こえてきた。

「意味は最も美しき者、ムトに愛されし女性って意味ね」
その女性は黒い長髪、と言うよりシャツが白い以外はスカートやブラウス、スカートに靴。リボンまで黒に統一されていた。
いや、女性というより…鮮花と同じぐらいの年齢かもしれない。

「こんにちは」
まるで貴族がするように優雅に挨拶をする。

「あ、こんにちは」
僕もつられて立ち上がり、頭を下げた。

「この博物館の感想はどう?」
「この博物館、ですか?」
学芸員の1人だろうか。
どことなくそんな落ち着いた感じがする。

「すごいですよ。大戦中だなんて全く思えないです」
「そう言われると嬉しいわ。とっても苦労したんだから」
と言う事はこの人がディスプレイを考えたんだろうか(という設定だろうか)。
まるで現代につながるようなこの構成は見習うべき点が幾つもある。
僕も橙子さんからまだまだ学ぶことがたくさんあるってわけか。


「ゴドーワードに一番細かく注文したところなんだから」


「「!?」」
織はその言葉を聞き終わる前に僕とその女性との間に立ちふさがった。
手には陳列されていた剣を持っている。

「おまえ、まさか…」
「あら、もしかして黒桐は気づかないの?」
織の顔つきはするどい。
今にも飛びかかりそうなぐらい。
一方の女性だけど、その雰囲気に似つかわしくないぐらい落ち着いている。

落ち着いて…?
待てよ…この落ち着き方は…。

「ま…まさか…!」
そして僕は1つの結論にたどり着いた。
本当にまさかだけど、これしか思い浮かばない。

「そのまさかだ、黒桐」
少女のような笑みを浮かべるその人。
でも、面影がある。
つまり…。

「私は蒼崎橙子だよ」
この人は橙子さんだ。




to be continued…


第7話に続く

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 はい、見事に6話オーバーしました。というか6話でもう「決戦の地へ」の一歩手前まで来るはずでしたのに…。嗚呼。

 霧絵さんが言った、幹也お姫様説ですけど、自分は実際はそうはあまり思っていません。
かと言って王子様でもないのは断言できますけど。
2人でこその式と幹也と自分は思っていて、月姫やFateをやってもやはりベストカップルかなと思っています。

 霧絵さん、やはり書いていると彼女の短編を書こうかなと何度も思います。
空の境界は細部まで魅力あるキャラでまとめられていて、いつ読んでも新たな発見があります。
書き方が変わるかもしれませんけど、ご了承ください。

では今度こそ「決戦の地へ」の一歩まで。
  2006年10月4日


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