王道・橙子さんの場合

第三話



   /鮮花

 私は今幹也、藤乃、式、そしてなぜか玄霧皐月と一緒にこれまたなぜか大英帝国軍基地にいた。
本当に疑問だらけだけど、一つだけ言えるのは、これが全て橙子師の仕業だと言うことぐらいだ。
式も不満のようで、玄霧皐月と視線を合わせずにそっぽむいている。

「暑い……」
日本のように湿度がある『蒸し暑い』ではなく、水分もふっ飛ばしそうな『から暑い』とでも言うべきか。
さっきから汗を何回もぬぐっているせいか、ハンカチが汗びっしょりだ。
それもすぐに蒸発しそうなほどだ。

「まずお聞きしますけど……」
沈黙を破ったのは幹也だった。
こういう時はかなり頼もしく思えてくる。
けれど、出来れば兄さんはこういった厄介ごとに巻き込みたくないのが本音だ。

「さっき言った、考古学者は僕の事ですか?」
「ええ、そうですよ」
……前言撤回、やっぱりどっかがずれてます。
今聞くべきなのはそこではないでしょう。

「では式たちはどんな風に?」
「式君は君のボディーガード、浅上君は君の調査のためのスポンサーの娘さん、黒橙君は助手という設定になっていますよ」
「へえ、そうなんですか……」
感心している場合ではありません兄さん。何しろ……、

「ん?」
疑問がそこで出てくる。これには藤乃や式も気づいたようだ。
顔を見合わせる私たち。

「ちょっと待ってください、玄霧先生。その設定と言うのは……?」
「ああ、それなら人形師が今回のために用意した役柄の事ですよ」
藤乃の問いにいたって簡素に答える玄霧皐月。
役柄、つまりここは……。

「察しの通り、ここは蒼崎橙子の作り上げた世界だよ」
その言葉に、間違いなく全員が絶句した。

五感もはっきりしている。私たちが座っている椅子やさっきの砂も本物だ。よって催眠術ではない。
なのにコレは作り物の、言わば箱庭のようなものだと目の前の魔術師は断言する。
これだけ精巧な異世界を作り上げる、なんて凄さ。

「彼女は君たちにトレジャーハンティングをさせたいようだね。それにしても豪勢な事だ。わざわざ私まで呼び出すなんて」
「そう、そこがまずおかしいじゃないですか!」
私は思わず立ち上がって熱弁する。
そう、玄霧皐月は密室の中で死んでしまったはずだ。あの準備室の中で、血の海の中で。
あの後玄霧皐月の死体は秘密裏に橙子師が処理したと聞いたから、それは間違いない。
だったら玄霧皐月がこの場にいるはずがない。

「何でここに何事もなかったかのようにいるんですか。だってあなたは……」
「私がなぜここにいるか、人形師に呼ばれたんだよ。気軽な事だ、呼び出しておいて協力しろの一言だ。
 いや、私だけじゃない。君たちの知っている人も何人か呼ばれているはずだ」
「「えっ!?」」
私と幹也の驚きに満ちた声がかぶった。
玄霧皐月はあくまで笑みを浮かべた表情を絶やさずに淡々と述べる。

「彼女に縁がある魔術師の仕事で私たちは復活を果たしたようだよ。と言っても生き返ったのではなく、
 あくまで≒、つまり偽りの存在として復活したと言うのがその仕事をした彼女の意見だ」
「その結果、貴方がここにいると?」
「私から見れば、身体的特徴や言動が同じなので本人と認識しますけどね」
唐突に始まった彼の言葉にとりあえず答える私。
とにかく橙子師は魔術師の協力を仰いでこの世界を構成しているようだ。

「偽りの存在……、つまり玄霧先生は既に死んだ身ではあるけれども、残されている情報を元に≒であるあなたが作られたとか?」
「及第点はあげられるあたりですね」
「悪夢の再現……」
私と先生の会話に耳を傾けず、式はぶつぶつと何かを述べる。そして、

「あの白い奴か……!」
式は突然憤りを見せつつ言い放った。
白い奴、残念だが私には分からなかったが、幹也には分かったようで手をついていた。
……どうせその『白い奴』も魔術師なのだろう。全く、兄さんがどんどんとこちら側に来てしまう。

「そうです。と言っても彼女は私たちを招集しただけに過ぎない。
 実際にこの世界を作り上げているのは人形師や私を含めた五人の魔術師です」

「四人! 他にも二人の魔術師がこの世界に!?」
絶句、橙子師が他の魔術師の協力を仰いだ事だけでも信じられないのに、それが4人も……!
玄霧皐月はなおも続ける。

「世界自体を構成しているのは私と人形師、それに彼だけですがね。
 あと式君、直死で世界を殺しても再構成する方が速いからやめておいた方がいいよ」
「!」
本当にやろうとしたのか、式の顔が若干歪む。
世界の再構成。さらりとそんな事を言っているが、おそらくこの世界自体を殺す事のできる式対策だろう。
世界の外に世界を作っているかもしれない。バームクーヘンの内側一枚を食べたぐらいでバームクーヘンはなくならないのと同じように。

「先生以外にも復活した人はいるんですか?」
「ええ、いますよ。残念ながら人形師がそれについての発言をする事に否定的なようなので言いませんが」
「言えないって、先生は与える事が……」
「それ以上は話せません。『先に攻略本を見るゲームほど面白くないものはない』が彼女の弁です」
橙子師、そこまで自分の計画を遂行したいですか。
呆れてものも言えないというか……。

「そうか……」
一方式はおもむろに立ち上がり、ナイフを取り出す。
幹也はそれはやりすぎだろと言うが、うるさいと式は拒否。玄霧皐月の方へと向けた。
私も毛頭式を止めるつもりはない。

「お前は敵なのか?」
なにしろ、彼が敵の可能性だって十分あるからだ。

何しろ以前は荒耶宗蓮なる魔術師と盟約を交わして橙子師と対峙しようとした存在と聞く。
橙子師と玄霧皐月が魔術師としての盟約を交わしているのなら、この先どんな事をしてくるのか分かったものじゃない。
もし彼が敵の役柄を持つ者だとしたら、いくらこちらが三人がかりでも倒す事は不可能だろう。
式が返り討ちにあったぐらいだから。

「いえ。私の役柄はあくまで君たちのサポート、敵は別に用意しているようですから」
「……」
そんな心配をよそに、彼はなおも笑みを絶やさない。
黙って座ってしまった式に代わって話し出したのは幹也だった。

「橙子さんは僕たちにトレジャーハンティングをさせたいと先ほど言いましたけど、具体的には何なんです?」
「そのままだよ。宝物を手がかりと自らの知恵、勇気、強運だけで手に入れてエンディングだそうだけど」
……何かどこかで聞いた事あるフレーズなんだ。
ハリウッドが好みそうなありきたりなテーマだ。

「それと、外の車とか軍の装備を見ていると随分と古い気がするんですけど」
「察しがいいね。人形師の台詞をそのまま述べると、『トレジャーハンティングもんの最初の舞台はエジプト、第二次世界大戦中、
 敵はナチスドイツ&ミイラ男と決まってるだろう』とか」
……本気で橙子師を蹴り飛ばしたくなってきた。この場にいないのが心底残念でならない。

「何でイン○ィージョーンズ?」
そこは肝心な問題ではありません、兄さん。

「そんなめんどくさい事をしなくても、もう一つクリアの方法がある」
式は腕を組みながら憮然と言ってのけた。
まさかとは思うけれど、式の奴――、

「まさか三人の魔術師をみな倒してクリアじゃないでしょうね」
「まさか、トウコの奴やもう一人がどこにいるかも分からないのにか? それよりもっと確実な方法がある」
違ったのか。てっきり私はそうだとばかり思っていた。
彼女は玄霧皐月へと視線を向けた。

「玄霧、おまえならこの世界からオレ達を脱出させることぐらい簡単だよな?」
「ですがそれを私に強制する事は君たちには出来ないはずでしょう。それは既に体験済みのはずですけど?」
あっさりとその可能性を別の意味で否定する玄霧皐月。ぐっと険しい顔になる式。
……聞く気にもならなかったけど、あの時式と彼の間に何があったのだろうか?

「要するに、橙子さんの世界に参加しなくちゃいけないわけか……」
幹也は結論とも言える発言をため息交じりで述べた。

私もさっきから可能性を考えてたけど、多分私たちにはそれしか残されていないはずだ。
橙子師の性格から言って彼女が出てくるのは確実にラストの方だろうし、もう二人の魔術師も分からない。
ならば私たちは登場人物を演じる以外道はないはずだ。

「そうなるよな」
「そうなりますよね」
「そうなるわよね…」
思わず私たちの声が同時に、同じ事をつむぐ。
前途多難だな、と私は確信していた。

「あ、そうそう、あなた方考古学者の他に、トレジャーハンターが来ていて、彼らも同行する事になっています」
唐突に思い出したように、玄霧皐月はそう言ってきた。
首をかしげるわたしたち。

「トレジャーハンター? おかしくないですか?」
「おかしいとは?」
「だって英国が考古学者である僕らを警護してトレジャーハントさせたいんですよね」
「いや、あくまで母国が君らに要求しているのは遺跡の探索ですよ。
 でもその遺跡、トラップだらけだからと、その手がかりを持ってきたトレジャーハンターが同行を要請してきたんだ。
 第二次大戦でエジプトはドイツ軍と壮絶な争いをした事は分かりますよね。人員を増やせるに越した事はない、だから来ているんです」
何かがしっくりこない。言っている事は確かに正しいかもしれないけど、どこかが抜けている感じだ。

「誰なんだろうね、そのトレジャーハンター」
「誰って、普通のエキストラなんじゃないですか?」
幹也はわたしの言葉を首を振って否定した。

「いや、主要とサブメンバーは僕らと関係がある人で固める気なんだと思うんだけど、そうなったら誰かなーって」
「そう言われてみればそうかもしれませんね」
「でも冒険もののお約束って言えば、だろう」
冒険もののお約束、地図、秘宝、トラップ。
あとは……、

「あ」
そうだった、アレが無いとスリルが出てこないんだった。

「そう、いわゆる犠牲者ってやつ?」
犠牲者、冒険者では必ずや出てくる単語。
大抵は主人公とは関係の薄い人間が犠牲となり、後半の方で仲のいい人が犠牲になって話を盛り上げる、そんな方法で物語の緊張感を高める。
だとしたら今回はそのトレジャーハンターが?

「話すべき事は話しましたし、彼らはこの基地内にいますからご紹介しましょう」
彼は最後までうっすらとした笑みを浮かべたままだった。


 英軍基地はいつかテレビで見た米軍の基地よりも狭く、破損箇所がいくつもあった。
第二次大戦中なのだからそれは仕方がないかもしれないけれど、何でその大戦中なのに遺跡の調査が行なわれるのだろうか?
それとも、戦争時だからこそやらなければいけないのか……。

足を進めるごとに歓声が聞こえてくる。
数十人規模だが、聞いているとかなり熱い展開になっているようだ。

「おや、またやっているのか……」
玄霧皐月の部下だと言う人がそうぼやいた。

「また?」
「そう、それはもうこちらが食えたモノではないものを使ってフードバトルをしているのだが、いつも勝つのは彼だ」
そう言って部下は歓声の方を指差す。

人だかりは数十人とはいえ、向こうが見えないほどではなかった。
そのバトルとやらが繰り広げられているテーブルに座るのは六人。
もはや三人は皿に顔を鎮めている状態で、二人はかろうじて手が進んでいるぐらいで、一人の完全独走だった。
だが、その独走している人とかろうじて後を追いかける人の顔を見て私は驚愕した。
式や幹也の方を見てみると、彼らは私とは全く別の反応を示して、だが同じく驚愕したうえ絶句して、彼女らを眺めていた。

 私たちが見始めてから一分も立たない間にかろうじて追いかける2人の顔が緑色になっているように見えてきた。
そしてとうとう一人はギブアップ宣言をして、一人はトイレの方に一目散にダッシュをし、結局独走していた人の勝ちになった。

「今回もボクの勝ちか。二人ともだらしがないな」
「無理言うなよ……、オレお前みたいに鋼の胃袋持ってないし……」
「同感……、もう俺だめだわ……」
勝った人物は二人を見て肩をすくめつつぼやくが、その2人は完全にグロッキーでそのまま三途の川にでも行きそうな雰囲気だ。
どうやら隊員たちの態度からすると、彼が勝つのは当たり前のようで、むしろ二人の健闘をたたえていた。

だけど、私たちはそんな健闘をたたえる事など出来るはずもなかった。
目の前にいる三人を誰も知らない私たちでも驚くしかないのに、どうやら知っているらしい幹也や式が驚愕しているんだから。

「ふう、思ったよりも遅かったじゃないか。ボクは留守中母親を待つ子供のように思いをはせていたんだから」
勝った人物が私たちを見て満面の笑みを浮かべた。まるで旧来の友人と再会したように。
他の二人もまた幹也たちに手で挨拶を送った。

「紹介する必要もないけれど一応……、トレジャーハンターの白純里緒、両儀織、臙条巴です」
淡々と玄霧先生は述べるが、そんなのを聞いているのは多分一人もいないだろうと私は確信した。


   /幹也

 僕から見た先輩は、最後の時のように式と酷似していた。違うのは金髪で瞳が真っ赤だと言う事。
けれど、先輩はあの時とは違って落ち着いた雰囲気でこちらを眺めてくる。

「黒桐、つれないな。せっかくキミとボクとの再会じゃないか。まるで幽霊見た顔を……ってそうか、ボクはたしかに幽霊かもな」
ははっ、と彼はまるで他人事のように笑い声をあげた。
その印象は橙子さんと関わりあってからよりも、学校を中退した時の彼だった。

「先輩、その……」
言葉につまる。なんて言えばいいのかが思いつかない。
色々と言いたい事、言わなきゃならない事、たくさんあるのに……。

「ああ、起源の事かい? 良くは分からないけどとりあえず『そんなものだ』で済まさない?」
「……単純ですね」
「そんなものだろ? それにキミ、ボク以上に話したかった人がいるのに彼女をないがしろにするのはいけないな」
しれっと言うけれども、僕には今その相手、彼女に言う言葉がない。
彼女と語るべきなのは僕じゃない。

ふと僕は横に視線を向ける。
そこにいるのは2人の両儀式。
先輩のように違いなんて存在しない。鏡以上に互いの特徴を示す相手が、そこに存在していた。
双子でもまずこ二人のように全く同じ存在のようにしか思えない事はないだろう。

「久しぶりだな、式」
「織、どうして貴方がここに――」
「こいつらと同じでオレも呼び出されただけだ。大体のあらすじぐらいしか知らない」
「私は――私は――」
思いつく言葉がないのか、織の挨拶に式はうつむいてごにょごにょとつぶやくだけだった。
一方、織は僕の知っている、その時のままの織だった。

「あれ? 式、オレがいなくなってからオレと同じしゃべり方になったんじゃないのか? 少なくともそう聞いてたけど」
「――そんな事、誰から聞いたの?」
「トウコから。あんな言葉じゃあ色気が台無しだって嘆いてたぞ」
トウコの奴、ぶっころーす。なんてとても物騒な言葉を口ずさんだように見えたのは気のせいだよね、式?

「それと……」
織は今度はこちらの方に顔を向けてくる。
思わずそれは式のそれと似ていて――。

「コクトーも元気にしてるようで安心したよ。ほとんどあのときのままだ」
「……こう言うのもおかしいかもしれないけれど、相変わらずで何よりだ」
「はは、確かにおかしいな」
織は式と同じ顔でありながら、織しか見せないような笑顔を見せた。
これだけでも今目の前にいるのがもう一人の式だって分かる。

「コク――」「織――」
思わずお互いがびっくりする。声は見事なまでに同時のタイミングだった。
とりあえず咳払いを僕はして、間をとる。

「そっちからどうぞ…」
「分かった。なら遠慮なく」
そう言うと織は僕のほうに手をさしのべ、右手で僕の頬をさわる。
繊細なその指は温かく、思わず目を丸くしてしまう。
その手は優しく僕の前髪にふれる。

「……痛々しいな。その左眼、トウコに治してもらわないのか?」
「別に日常生活に支障をきたすほどじゃないし、大した事ないよ。それに……」
ここは橙子さんの世界だからこんな事をしても意味ない気もするけど、気分的に織の耳に口を近づける。

「橙子さんにまかせると「それならついでに眼からレーザーぐらい」ってなりそうだったんで…」
「……やりそう。アイツなら」
織はそう言って頷く。どうやら冗談と受け取ったようだった。

実際は普通の病院に行った僕がいきなり眼が元に戻っていたら、疑われるだろうと橙子さんが発言した事にある。
彼女は安く義眼を作ってあげると提案してくれたけれど、片目でも遠近感がなくなった程度で支障はない。
それに――僕の失った片目は式が補ってくれる。

「織は式と話したいことが多くあるだろ? なら僕は早めに先輩たちと話を進めるから、ゆっくりしてくれ」
「……いいのか?」
織は式に視線を移してつぶやくので、僕はうなづいた。
式はまだ視線をそらし、何も話せないでいる。

「式、久しぶりの再会なんだ。ゆっくりと話していったらどう?」
「え……ええ」
式がこくりとうなづいたのを見て、僕は鮮花や先輩たちをつれてその場を立ち去る事にした。


   /式

「……」
何も話せない。
どんな言葉をかければいいのか、どんな話題にすればいいのか。
頭には言いたい事がどんどん浮かんでくるけれど、それを言葉として発する事ができない。
一体どんなことを話せばいいのだろうか。

「式、また会えるなんて、やっぱりこれは悪夢なんだな」
私が困惑していると、織はまるで以前のように話しかけてきた。

「あれからいろいろとあったみたいだな。コクトーも、式も、俺の知っている二人とは随分と変わってるみたいだ」
「変わってる……?」
「そう、何て言ったらいいんだろうな……、とにかく、幸せそうだ。それが見れただけでも今回彼女たちに乗ったかいがあった」
幸せ。そうか……、幸せか……。

「……そうかもしれないわね。あれから色々あったけど、結局私は幹也との日常を選んだのだから」
「やっぱりオレの中の式はそんなしゃべりかたじゃないとしっくりこないな。男言葉じゃあまるでオレ自身を見てるみたいだからさ」
屈託のない笑みを浮かべる織に私は少しふてくされる。

「莫迦。織ならそれがうわべだけだって分かってるはずじゃない」
「そうだな。変わっていてもコクトーはコクトーだし、式は式だ。それも安心した。これからも変わらないだろうな」
織は笑みを浮かべて静かに座る。

本当に目の前にいるのはあの織。
あの時に過去の私と共に失ってしまったもう一人の私。
見た目だけだと本当に私そのままで……。

「あれ?」
そこで疑問が浮かぶ。

「あれから三年以上経つのに何で私と姿がそのまま瓜二つなの?」
「ああ、あの白いのの能力は『噂を具現化する』みたいだから、式やコクトーの中のオレは『もう一人の式』と言う記憶が引き出された結果だと思う。
 ――両儀織が両儀式と同一の存在であった以上、悪夢として再現されるオレもまた式と同じ存在として構築される――がトウコの弁だ」
オレにはさっぱり分からないんだがな、と織は口元に手を当てて苦笑する。

「それにしても、鏡を見て驚いた。あの時まではまだ男でいられたけれど、もう駄目らしい。
 体には色気が増してるし、顔なんて乙女そのものだ。姓同一性障害の言葉で片付けられる領域じゃない。
 ――もうこの体は式一人のものであって、オレ達のじゃあないんだな……」
「莫迦。そんな事言わないで」
苦笑のおかげで冗談にも受け止められるけれど、私にはそうは聞こえない。
まるで月日が残酷だと主張したがっているように思えてしまうから。

また少しの静寂。
私は思い切って密かに考えていた事を言ってみる事にした。

「織、もし幹也と共に生きるのが織だったら、どうなったんだろう?」
「……無理だ。オレはあいつと一緒にはいられない。いたくても無理だ」
「それは分かってる。でも……」
私と織は裏と表、表と裏だ。だから、織は幹也をいつか殺してしまうかもしれない。
それでも……。

「もしもはないけれど、私と織の立場が逆だったなら……」
「……もしもはないけれど、それを試してみるのはありだな。今度白いのに頼んでみるか?」
「……!」
私は織の発言に少し驚いてしまった。
織の発言は暗に今のままで十分満足していると言っているようなものだったから。

「今回はトウコたちの手の内だけど、その状況を楽しもうと思う。そんな深く考えるな」
「……そうね」
何がどうあれ、例え橙子の手の内だろうと、今織はこうして私の目の前にいる。
それだけでも彼女には感謝しようじゃないか。

白純里緒と臙条巴が鮮花たちに自己紹介を終えたようで、後は織を紹介するだけになった。
いつまでも語り合っていたいけれど、そうは言っていられないようだ。

「ただ、これだけは覚えておいてほしい」
最後に、織は決意を込めた目線を私に向ける。
そしてその上で、宣言した。

「オレは、おまえの幸せを邪魔する奴を殺す。それがオレのできる唯一つの事だ」
その目線は絶対の自信にあふれているようで、どこか寂しげでもあった。


   /式

「場所が始めから分かっているって事は……確実に大騒動がある証だよね」
砂漠をひた走る車、運転するのは大英帝国の兵士で、中には私たち4人と玄霧皐月が乗っていた。
どうせエキストラの連中は橙子が用意した簡易的な人形なんだろうと鮮花が愚痴をこぼしていたが、正直どうでもいい。
玄霧皐月は信用ならなかったが、幹也が、

「橙子さんならそんな前半に裏切り者を出すわけないよ。あくまでこれは物語にそった世界なんだから」
なんて理由を自信を込めて言ってきたので、仕方なくこいつと乗っているわけだ。

「一応設定を述べさせてもらうと、私たちが今向かっている遺跡は大英帝国が見つけ出したんだ。
 でもナチスドイツの攻撃が激しくて、おざなりの調査しか出来なかったんだ。そこで君たちが名乗り出たんだ」
行く道でやる事もないので窓の外に映る一面の砂漠を目にしながら、玄霧皐月の説明を聞き流す。

「随分とまた安易な設定ですね」
「始めはそんなものだろ」
鮮花のつぶやきに素っ気無いつっこみを入れる私。
幹也がいなかったらここで鮮花が何かを言い出して論争がスタートしていただろうに。

 どこまでも続く砂漠、強いまでの日差し。さすがに皮製の上着は脱いでしまったが、私は相変わらず和服のままだ。
こんなことだったら刀を持ってくればよかったと舌打ちをしたくなるが、この際どうしようもない。

乾燥しているこちらの気候があって、そこまで暑くは感じなかったが、鮮花たちは暑い暑いを連呼している。彼女に、

「こんなところまできて和服でいられるなんてどうかしてるわよ!」
と八つ当たりをされたが、誰が何を着ようと鮮花には関係ないと思う。
と言うか、鮮花のやつこの世界に来てから少し情緒不安定じゃないか?

幹也もこの状況をわりと楽しんでいるようで、鼻歌が車の中を流れていた。
少し気になったので、何の?と尋ねると、最近公開されたミイラ男の音楽らしい。
橙子の奴がエジプトの古代文明に若干興味を懐いているからその影響かと聞いたら、ただの娯楽だよとの事だ。

「ほら、あそこが私たちが今度探索する遺跡さ」
玄霧皐月はそう言って前方を指差す。

そこにあるのは今もわずかに原型をとどめた、正に遺跡の名にふさわしい所であった。
退屈しのぎで見るテレビでたまにやるエジプトの特集で遺跡は見かけるが、これは思わず声をもらしたくなるスケールだった。

「よくもまあこんな……」
鮮花は感銘を受けたのか呆れたのか、声をもらした。
おそらくその先は「こんな壮大な物を橙子師は創ったものですね……」だろう。
正直私もそう思う。

 車から降りて辺りを見渡す。若干の岩山が前方に聳え立っていて、それを利用して遺跡は作られたようだ。
玄霧の話によると、古王朝末期の王の墓らしく、詳しい説明をしだすが私はほとんど聞いていなかった。
私たち以外にも英国兵や発掘員など、言わばエキストラが多くおり、準備を進めていた。
幹也に言わせれば真っ先に犠牲になりそうな連中らしい。

「入り口はもう少しで開くようですから。その間くつろいでましょう」
「面倒くさい」
私は玄霧皐月の意見をあっさりと却下した。
そんな入り口が出てくるまで待っていたら日が暮れてしまうかもしれない。
ならばやる事なんて一つだ。

「おい藤乃、入り口をふさいでるがれきを能力で吹っ飛ばせ」
「はあっ? 何考えてるのよ式、ここには大勢一般人がいるのよ」
私は藤乃の方に顔をむけてうながすが、もちろんそれに真っ向から反対を示すのは鮮花だった。
神秘は隠すもの、なんて理由らしいが……頭は良いくせに、こういう事には頭が回らないんだな。

「そんな事をしたら私たちが普通じゃないってバレるじゃないのよ」
「どうせその一般人とやらはトウコが創り出したエキストラだろ。なら大丈夫じゃないか。」
「あ」
探偵ドラマで探偵に真実を述べられたときの刑事は多分こんな表情をするんだろうと思う。
幹也と藤乃は正直どちらでもいいらしい。幹也はこの状況を楽しんでいるようだ。

 後は簡単だった。現地雇いの労働者をどかし、入り口らしき所の前には藤乃だけが立つ。
トウコの所で能力の制御を学んでいた彼女、まず透視で入り口がある事を確認したらしい。そして、

「凶れ」
意識を集中させ、がれきを取り除いていく。
入り口の壁は手がかりだの保存だので傷つけないようにしなければならず、微妙な制御が必要なようで、終わったときには藤乃は倒れかけた。
それを幹也が背中をささえる。

「おつかれさま、藤乃ちゃん」
「ありがとうございます、先輩」
……少しむっとくるが、まあ許しておこう。


 入り口の壁は傷つけないように取り除かれ、即席のラボに運ばれた。
入り口から中を除くと、暗くてほとんど何も見えないが、石で敷き詰められた壁、天井、床が奥まで伸びていた。
思った以上に通路は広く、現実にある遺跡よりも映画で出てくる遺跡に近いかもしれない。

とっとと入ろうとした私や鮮花に対し、幹也や藤乃は慎重に今ある資料などを調べてから入ることを主張。
その間の妥協案として現地の人々をまず探索に出す事にした。手間がかかるから少し不満だったが。

「ただの一般人で橙子師が100%仕掛けた罠を突破できるとは思えないんですけど」
鮮花は不満げにつぶやいたが、幹也の正直な意見だと私たちを危険な目にあわせたくないようだ。

「でも資料を調べて暗号とかを探しだす必要があると思うけど。何しろ遺跡を創ったのは橙子さんだし、所かしこにヒントがあると思うんだ」
「うっ……!」
たじろぐ鮮花。

なるほど、それも最もな意見だ。典型的なもので創ったのなら、確実にトラップがあり、それを突破する手がかりがあるはずだ。
そう考えた幹也は玄霧の協力を得て入り口の壁に記されたヒエログリフ、象形文字を解読している。
こんな時、統一言語師の称号を持つ玄霧、ゴドーワードは役に立つ。
本来なら頭を悩ましてようやく解読するだろう文字を、ものの数秒で解読に成功してしまった。

「どうやら遺跡に眠る人物は王家のものだけど優れた魔術師だったようだね。そんな事が記されているよ」
「優れた魔術師!?」
幹也の発言にいち早く反応を示したのは鮮花だった。

「名前は削れていて解読不可能、研究内容も不明です。ただ、第一の罠に関しては分かりましたよ。
 どうやら自動人形(オートマタ)が待ち受けているようですね」
玄霧皐月がそう述べたと同時に入り口のほうから悲鳴が聞こえてきたと報告が入る。
私は思わずため息をついた。

……結局私たちが直接入る事になった事は言うまでもない。


   /幹也

「これはすごいね。こういった所に一度ぐらいは来てみたかったんだよ」
「兄さん、ここは橙子師が創った世界ですよ。そんな悠長な事を言っている場合ではないと思いますけど」
僕の発言に対して氷のように冷たいけど的確な指摘をする鮮花。
正直海外旅行には全く縁の無かった僕としては今回のツアーはどうであれ楽しみにしていた。
……まあ橙子さんに騙されたとみんな言っているけれど、僕は少しわくわくしている。

 僕がそんなわけで先頭に立って行こうとすると、式たち三人は、
「何を考えているんですか兄さん。私たちの後ろにいてください」
「幹也、悪いけど後ろからついてきてくれ」
「すみません先輩。二人がどうしてもって聞かないので……」
と言うわけで僕と玄霧さんは三人の後ろから来ている状態に、その後ろから英国兵や他の考古学者がついてきている。
織や先輩たちは最後尾から遺跡を見て回っていた。

 少し行くと、妙な空間に出てきた。一見するとそれは体育館より若干狭いが、息苦しさは全く感じない。
そしてその空間の中央やその他色々なところに先ほど乗り込んだ現地の人たちの死体が無残に散らばっていた。
誰かがそれを見て吐き出す。僕も目をそむけてしまう。

「全く、人形師も人が悪い。彼の墓だと言うのにこれはないと思うのですがね」
玄霧さんは笑顔のままで淡々とつぶやく。
……どうやらこの先どんな展開になっているかを知っているようだけれども、橙子さんに口止めされているんだろう。

「これ、先への扉が閉まってますね」
藤乃ちゃんが壁の一つに手を触れる。そう、その空間、入り口しかないのだ。
その先へ進むには藤乃ちゃんが触れている石の扉が開かなければいけないようだけれども、見渡す限り怪しいところは何も無い。
左右両側に所狭しと設置されている人型の像が並んでいることを除いて……。

 そして最後の人が空間の中に入った瞬間、入り口の扉が音を立てて強制的に閉まった。
あまりに突然の出来事に一同騒然とする。
……この先に起こる事は何となく想像がつく。

「これは……!?」
隊員の一人がそう言って入り口を叩くが、そんな程度で開くとは思えない。
多分、僕らを逃がさないためのトラップだ。

「音だけは外に漏れるように設計したのか。橙子さんもわりと暇人なんじゃないのかなぁ……」
と、もう決まりきったかのように、人形が動き出す。
最初はとても鈍く、そしてそのうちぎこちないが速い動きで。

「うわああっ!」
「たっ助けてくれぇっ!」
お約束とばかりに悲鳴をあげる隊員たち。銃を人形に向けて撃つ者もいるが、全てを跳ね返してしまう。
そして、人形は持っていた武器で隊員達を襲いだした。

「式! こいつらを倒す方法のヒントも書いてあったからそれを今教えるよ!」
僕がその続きを言おうとした時、式は手でそれを制した。

「必要ない。ようは全部ぶっ壊せばいいんだろ?」
「そうですよ。そこまで橙子師に付き合う必要なんてありませんから」
式はどこから拝借したのか、英国軍のコンバットナイフを、鮮花はグローブをはめる。

「先輩も先生も中央から離れないでくださいね」
藤乃ちゃんまでそう言って僕らの前に立つ。
そこからは語る必要もない事は分かっていたけど、少しだけ…。


 何も言わずに、そして何も見えずに次々と人形を破壊する式&織、
「AzoLto!」との声と共に人形を焼失させていく鮮花、
「凶れ」の声で人形をねじりきっていく藤乃ちゃん、
そんな四人に人形はあっさりと全滅をとげた。人形哀れ。
僕は当然の事ながら、先輩や巴も呆然とするしかなかった。


「次への入り口が開きました、行きましょう兄さん」
まるで午後の買い物にでも行くぐらいの気軽さで鮮花は言ってきた。
僕はそれに、そうだね、と言うぐらいしかなかった。


 ここからあったのは、後ろから迫る大岩、通路を阻む振り子型の刃物、スイッチを押すと飛んでくる矢などなど……。
大岩は藤乃ちゃんが一発で破壊、刃物は式が破壊、矢の廊下は鮮花が攻略。
やっぱりこの三人に普通のアドベンチャーは無理だろうなぁと思わされた気分だった。
出番が回ってこないとレジャーハンター役の織たちは出番のなさに嘆く有様だ。


 そしてついにやって来た王座の間。宝物庫は別のところにあるらしく、そこにあるのはアヌビス像の下に石棺のみだった。
アヌビスにも象形文字が記されていて、玄霧さんはそれの解読にとりかかり、他の隊員は石棺を抜き出そうとする。

「宝物ってこれですか?」
「いや、これはあくまで考古学上でとても必要なものと聞いているけれど。えっと……『彼の者、根源を求めし者、その罪を持ってここに眠る』」
「罪を持って?」
王族が罪を持って? それはおかしい。
王族ならば何をしても正義となってしまっていたはずだけど。

「どうやらこの人物は王族でありながら偉大な魔術師で、国王になったのはいいけどその根源を求めて色々な事をしたようだね。
 それを国存亡に危機だとして親戚が他の魔術師と結託して王を倒したみたいだ」
「そんな事があるんですか?」
「王族間での争いは日常茶飯事だったからね。まあ都合のいい理由をつけて殺害したのかな」
おかしい……何でわざわざそんな設定の墓を舞台に…?


「そこまでだ諸君! ここまでの案内ご苦労!」


僕らが来た入り口から英国軍とは違った軍服を着た連中が入り込み、銃をこちらに構えてくる。その数ざっと三十人。
軍服の襟元や腕章を見れば、丸の中に逆卍。つまりハーケンクロイツだから、ナチスドイツだ。
……多分橙子さんの考える第二次世界大戦中典型的な敵がナチスドイツなんだろうと勝手に思う事に。

「こっこれはどういう事だ!」
英国軍の副隊長が御立派なまでの台本どおりな台詞を言ってくれる。
慌てふためいている姿に涙すら誘うのはなぜだろうか。

「外に待機していた我が軍は……!」
「ああ、あれならとっくに我々がお引取りさせてもらったよ。何しろ出会い頭に武器をぶっ放してくるんだからな」
そして、そのドイツ軍で固められている入り口から一人の男がやって来た。
悪趣味なまでの赤い軍服、赤いマント、赤い帽子。僕はこいつを見たことがあった。
忘れようもない、奴は……。

「やあ諸君、久しいな。また会えて嬉しいと一応言っておくか」
「赤の魔術師、コルネリウス・アルバ……!」
思わず僕はそう声を出してしまった。



to be continued…


第4話に続く

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 実はここまでは三月時点で書いていました。今回長編扱いにしたついでに修正をかけて、公開に踏み切りました。
ようやく登場人物もぞろぞろと出てきました。意外とらっきょも登場人物が多くて、全員を動かすと面白いです。
それでは、もう一方の敵が次に現れる予定なので。
  2006年5月27日

 思ったよりも修正範囲が多い。らっきょは読めば読むほど幅が広がっていきそうで怖い怖い……。
  2007年10月1日 第一改訂


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