第二部

 英雄と呼ばれる存在。わたしがそれを知ったのは『大戦』が終結してからだ。
 この世界では頻繁に災厄が起こる。それは時に人間同士の争いだったり、時に魔物が人間に襲ってきたり。そして、時に世界のあらゆる種族を巻き込む大戦だったり。なぜかは分からないけれど、必ずと言っていいほど平穏の後にそれは起こる。
 そんな時、必ず現れるのは英雄と呼ばれる存在だった。今や誰にもできない光の術を使ってその災厄を鎮め、救われた人々から讃えられる事になり、歴史に刻まれていく。その伝説は歴史の事実として、物語として、歌として語り継がれる事になる。
 もちろん誰でも英雄になれるわけじゃない。でも英雄になった人たちに共通点なんかない。王宮の騎士だったり、町のパン屋だったり、王自らだった事もあった。英雄になる条件は『選ばれる』事らしいけれど、その選定の基準は今も分かっていない。
 それでも災厄があれば英雄は必ず現れる。今現在はこの世界に戦争こそ存在するけれど、英雄は現れていない。起こる戦争はせいぜい小競り合い程度のもので、総力戦にはなっていないのが多分理由だと思う。
 有名な英雄といえば、聖暦518年にわたしの国アヴァロンに現れた人物だと思う。その英雄によって魔王を名乗る存在が率いる魔王軍はかの地によって大敗を受け、その数年後にその仲間達とともに魔王を討ち果たした。
 何しろこの国アヴァロンはかの英雄を讃え、生まれた国家だ。この国の王室は英雄に従った賢者の一人の家系で続いていて、今でもその実力は折り紙つきだと聞いている。なのでこの国は世界の中でも列強、または大国に位置される。人間と呼ばれる種族の中でも特に優れた術の文明を誇っていて、世界から見てもそれは十分に際立っていると思う。
 災厄があれば英雄が必ず現れて世界に再び平和を取り戻す。それは今までの歴史で決まりきった、言ってしまえばお約束で、悪く言えば出来レースだった。今まで志半ばで倒れた英雄がいるかどうかは知らないけれども、最後に必ず勝っていたのは英雄なんだから。
 人々を率先して引っ張っていく。そして勝利に導いていく。それが英雄であり、伝説だった。そう、その時までは……。
 八年前に起こった最後の大戦、これだけはいつもと違った。
 魔王を名乗る人物が再び現れて、全世界を相手にして戦争を巻き起こした所までは変わりない。確かに英雄は現れていたらしいし、時には負ける事もあったけれども敵を打ち破る大活躍も見せた。人々からは尊敬をうけて讃えられもした。英雄もまた人々のために剣をふるったんだと思う。
 けれど、戦争は終わらなかった。英雄側の国々が一致団結して魔王軍に戦いを挑んでも、どうしても決定的に勝つ事ができなかった。その英雄が死闘を繰り広げて何とか勝利を収めた時には別の場所で敗北していく。その堂々巡りが長く続いた。
 その結果、確かに魔王は結果的にある人物によって倒されて大戦は終結した。けれど世界は大きく変わってしまった。
 わたし達が望んだものからはかけ離れた、悲しい世界に――。

「英雄にならない?」
 ヴィヴィアンは目を大きく見開いて唖然としていた。ほんの少しだけど声も上ずっているのが俺でも分かる。さっきまでの一切感情のこもっていない有様とは大違いだ。ちょっと意外と言えば意外だ。
「……すまない。しばし呆然としてしまった。何やら私は聞きなれない単語を耳にしたような気がするのだが」
「気のせいじゃないって。何ならもう一度言うけれど、俺は確かに英雄にならないって答えた」
 今度のヴィヴィアンは後ろに下がりつつ愕然としていた。その仕草には、さっきまでの神秘性は別になりをひそめてはいないけれど、どちらかと言うなら『かわいい』が真っ先に思いつく。
「大丈夫か?」
「え、あ、うん。大丈夫だ」
 このままだと全く話が進みそうにないのでそろそろと声をかけてみると、面白いぐらいに反応を示す。具体的に言うと目を大きくしたままで瞬きをして、こくこくと頷いたのだった。
「す、すまない。実を言うと、そうやって断られたのは初めてなんだ……」
「そうなのか? 気の乗らない人もいると思うけど」
「いや、英雄を快く思っていない者は選ばないようにしているはずなんだが、どういうわけだろうか?」
 いや、俺に言われても困るし、首を傾げてもらっても困る。てっきりそれが俺の運命だのこれは決まった事だのって、偉そうな事をおっしゃるのかと想像してたんだけど……拍子抜けだったか?
「悩むのはいいけれど、できれば俺を帰してくれ。どうやって帰ればいいんだ?」
 とにかく今はそんな事はどうでもいい。今重要なのは、強制転移させられて命は助かったけれど、逆に残されたランスたちの命が危ないって事だ。いつまでもここでのんびりしてるわけにはいかない。
 だが何が面白いのか、ヴィヴィアンは含み笑いを浮かべた。俺の言葉に変な箇所があったのかは分からないけど、その態度に俺への嘲りが感じ取れた。
「無駄だ。おまえではルテティアの英雄には勝てないよ」
「なにっ?」
 思わず頭にくるのを何とか踏みとどまって、相手を睨みつけるようにする。
「いや、勝負にすらならないだろうな。確かにおまえもあの男もその年齢にしては優れてる方なんだろうが、あの英雄はそんな領域を超越している。逃げる事すらままならないんじゃないのか?」
 彼女の言っている事は明らかに事実だろう。でもそれとは関係なしに動かなきゃいけない時だってある。
「勇敢と無謀は別物だぞ。今までの歴史上、そうやって死んでいった奴が何人いると思ってるんだ? おまえたち二人は仲良く犬死。それが現実ってもんじゃないのか?」
「それぐらい分かってる。でも……」
「それに」
 彼女は嘲笑を崩さずに手元を口にやって、
「おまえの望みはおまえ自身には叶えられないよ」
 はっきりと、俺の全てを否定してきた。
 喉がからからになって、逆に汗がにじみ出るのが自分でも分かる。何かを言い返そうと思っても声が出ないし、身振りで示そうと思っても身体が動かない。頭がぐらりと揺れて倒れそうな錯覚も感じた。
「な……なにを……」
 ようやく搾り出せた声がそれだった。どれだけ時間が経ったかなんて俺自身にも分からない。たった一瞬にも感じられたし、無限の時を過ごしたようにも覚えた。
 だがヴィヴィアンはなおも同じ調子で続ける。
「分かっているんだろう? 自分でもさ。おまえの望みは剣に秀でている事も必要だろうけど、術が使える事が大前提だ。で、おまえの術の出来はどうなんだ?」
「…………芳しくない」
「どんなに努力を積んだところでそれが結果に結びつかない。体内に流れる力はあまり感じず、術の構成も水を掴むようにするりと抜けていく感触。いい加減その原因にも気づいている頃だろう? 実に単純明快なことだ。おまえには才能がなかった」
 ヴィヴィアンの物言いはまるで何も知らない子供に諭すかのようだった。
「いや、才能がなくても努力で埋められる箇所もあるだろうけれど、おまえはどちらかと言うなら、何か大切なものが欠落している。かまども火の元も材木もあるのに、それを用意する手が足りない、とでも表現しようか」
「だけど、訓練次第でその手を作り出す事ができるはず――」
「それが出来てないから現に今の状況になってるんじゃないのか? おまえが作ってるその魔術の灯りだって、初歩的なものなのにも拘らず補助魔道具なんて義手が必要じゃないか」
 俺の指から力が抜けて、補助魔道具の本が床に音をたてて落ちる。ばらばらとページがめくれて、ある一ページが見開かれる。『魔術を始めるにあたって』、この国なら少年時代でとっくに学んでいる事だ。
「何のために苦汁を舐めてアヴァロンに留まっているんだ。それはおまえが成し遂げなきゃいけない事があるからだろう? その人生の全てをなげうってでも叶えるべき望みがあるからだろう?」
 俺の膝から力が抜けて、崩れ落ちる。自分で何を考えてるのか、何を考えるべきなのか、全く分からない。天を仰ごうとしても見えるのは無機質な天井だけ。目の前は真っ白で、ただ一つ見えるヴィヴィアンが微笑をやめていた。
「さあ……」
 彼女はまるで慈母神が救いの手を伸ばすように、しなやかな手を差し伸べる。
「その望みを叶える力、私が授けよう。契約を結べ」
 彼女は最初に語りかけてきたように表情を一切感じさせない、それでも温かみに満ちていた。声は強くありながら優しさに満ちていた。その佇まいは全てを包み込むように柔らかい。
 俺は、自分でも驚くほど弱弱しい手を眺めて、この手でつかみたかったものを思い出そうとする。
 俺がこの道を進もうと心に決めて、どんなに罵倒されても一生懸命にがんばって、今正にハイ無駄ですと一方的に言われて幕を下ろされようとしてる。
 確かに今まで俺が歩んできた道は三流芝居以下だったかもしれない。たった二人の観客さえいればいいと思ってた俺だったけど、いつしかその二人も俺の事を見なくなっていたかもしれない。
 でも、俺はあきらめたくない。いくら既に決定してる未来にしか進めなくても、本当にひとかけらの可能性があるんだったら、絶対にそれをつかんでみせる。俺のためなんかじゃない。俺と言う個人はもうあの時に優先順位から欠落した。
 俺が目指してるのは英雄が導く勝利じゃない。俺が望んでいるのは英雄がもたらす平穏じゃない。俺が捧げたいのは英雄が残す伝説じゃない。
 ああ、俺が目指す道は確かに英雄になった方が可能性があるかもしれない。でも、それでも、俺は英雄にはなりたくない。
 俺が心から望んでいるのは――、
「望みは……自分で叶える。そして、その望みは英雄になったんじゃあ決して叶えられないものだ」
 だから、俺は決意を込めてそっと彼女の手を包んだ。今度こそ目を丸くするヴィヴィアンに、俺はそのまま続ける。
「君の誠意はありがたく受け取っておくよ。本当にすまないんだけど、別の人をあたってくれ」
 そして俺は彼女の手を離して立ち上がった。
 ヴィヴィアンはただただ俺が包んだ手と俺とを見比べながらまばたきをするだけで、俺の言葉に対して何の反応も示さない。あまりにそんな動作が多いから呼びかけたくなる衝動に駆られ始めた時に、ようやく彼女は授業中居眠りしていたら先生にさされた生徒みたいにはっとする。
「本気で言っているのか? 英雄だぞ、英雄」
 ヴィヴィアンは子供がすねた後のような仕草をしながら、ちょっと悲愴を言葉に含める。無論そんな態度をとったからって俺の考えは変わりはしない。
「俺は……英雄なんてなりたくないんだよ。それに俺なんかより英雄にふさわしい人物はいくらだっているだろ?」
 そう、そもそも問題はそこだ。なんで俺なんかが英雄に選ばれるんだろうか。何しろ俺は術もまともに扱えない存在だ。一般人が英雄になった場合もあったけれど、選考基準に関しては世界中でも未だに明らかにされていない事柄の一つだ。前は大して気にならなかったけれど、こうして俺が選ばれるんだったら本気で気になりだす。
 ヴィヴィアンは答えとして、東方に伝わる能面のような表情で首を横に振るだけだった。長い髪がその仕草で極上のカーテンのようにゆれる。
「英雄は無作為では選ばれない。言っただろう? 英雄になるには資格がいるんだ。強力な者がこの力を持ったとしても、英雄になるとは限らないからな」
 ふふ、とヴィヴィアンはまるで強くなれば英雄に選ばれる、そんな大きな勘違いをもってる奴へ送るような嘲笑を浮かべる。表情の違いはほんのわずか、それでもここまではっきりと理解できるのはある意味で凄いかもしれない。
 表情をまた無くすと、彼女は俺の胸へと繊細な手をそっと当てた。スプーンやフォーク以上の物を持ったことのないような繊細な手で、触れてしまえば脆く崩れ去るはかないものにふれるように。
「英雄を作るのは術でも技でもない。ましてや家系でも才能でもない。ここなんだよ」
 胸……つまり、心?
 ヴィヴィアンは微笑を浮かべて自分の胸にも手を当てる。その細い指が服へとわずかに食い込む。
「思いを強く持てば絶対に悲願を達成できる、そんなものは幻想に過ぎない。ここは不条理な世の中だ。が、英雄にはその強い思いこそが一番重要なんだ。英雄になれば自然と与えられる願いを達成できる力、それを世界のために使う思いこそが」
 英雄が思いで選ばれる――。
 歴史に名を残す英雄、彼らは確かに誰しもがその力を平和のために捧げている。時には人々を率いて、時には自己を犠牲にしてまで。確かにその力を自分のために使っていたかもしれないけれど、結果的にそれによっていつも世界は平和を取り戻している。
 俺の目的、俺の悲願、それはイレインのためにある。俺はあの時に誓ったんだ。俺はきっと――、
 そっと、彼女の手を握って自分の体から離した。呆気に取られる彼女に俺は、
「ごめん、やっぱり俺には英雄は無理だ。確かに限りなく近いところまではいくかもしれないけど、英雄になったら多分俺は……一生願いを叶えられなくなる」
 なるべく普通に話そうとしたけれど、どうしても申し訳なさがこみ上げてきた。ヴィヴィアンは若干の怒気をはらませながら目を細める。
「そんな事があるものか。英雄に選ばれるほど強い意志を持ちながら、それが英雄になったら叶えられないだと? だったらおまえは何になりたいんだ。英雄になってすら叶えられない願いとは一体なんだ?」
 俺がなりたいのはみんなを導いていく英雄じゃない。俺は人を導いていくなんてできないし、がらでもない。そう、俺がなりたいのは――、
「勇者だ」
 誰もに手を差し伸べて助けていく、優しい存在だ。
 それを聞いたヴィヴィアンは、まるで絶対に手に入れられない伝説の物を発見した時のような驚愕を表に出す。
「ゆ、勇者?」
「そう、勇気ある者」
 ヴィヴィアンは驚愕をそのままにただじっと俺の方を見つめるだけだった。俺はと言うと、このまま話を強引に進展させてもよかったんだけれども、帰り方が分からない以上彼女を納得させるしかないのでそのまま佇む。
 時計の類は持ってきてなかったから、どれだけ経ったのかは分からない。一生にも一瞬にも感じられるような時間が経過したと思う。
 ようやくもたらされた変化は、意外にもヴィヴィアンの微笑だった。
「そうか、英雄にはならないか。それは俄然興味がわくぞ」
「え?」
 まるで子供が素晴らしいまでのいたずらを考え付いた時のような屈託のないもの、思わず後ずさりたくなるものだ。
「いいだろう。おまえを英雄にするのはあきらめよう。勇者とやら、今度会った時にその言葉がどれほどのものなのかを確かめさせてもらおうか。さて、ではひとまずおまえには用はないな。まあ元に戻ってからルテティアの英雄をどうするかは見物ではあるが、私には関係ないしな」
 ああ、それぐらい分かってるさ。英雄になる事を蹴ってまで選んだ道だ。絶対に達成してみせる。
 ヴィヴィアンは右手であくびを隠しながら左手で俺の方を指差した。光り輝く人差し指が空中でものすごい勢いで紋様を描いていき、一呼吸分で術を完成させてしまう。
「じゃあな、勇者様」
 手と指をひらひらさせながら、彼女は最後まで彼女らしく奥が読めない表情で笑みを浮かべ、俺を光に包んでいった。

「な、何がどうなってるんだ?」
 城に帰還してきて真っ先に出た言葉がそれだった。もっと他にも言い方があったかもしれないけど、正直この単純な語句だけで十分に言い表せていると思う。目をこすってみても頬をつねっても変わらないんだから、見間違いでも幻覚でもないみたいだ。
 自分で見ているものが本当に信じられない。さっきまであれほどの壮絶さを見せ付けられた後だからなおさらだ。実はこれは都合のいい夢だと言われても十分に信じられる。
「ぐぅっ!」
 声にもならない悲鳴をあげて、『英雄』は相手から発せられた術をかろうじて剣で弾いていく。その次に飛来した術をまた剣で弾く。術を弾くだけの動作なのに剣は高速で奔っていて、手元はともかく剣先はもはや見えないぐらいに速いし、空気を引き裂く音が金切り声をあげてる。
 術の一つ一つが弾かれていくたびに地面や城壁に激突して、その部分を破壊していく。まるで大砲の一撃みたいに地面がえぐれて、まるでビスケットを砕くように城壁は崩れ去る。
 そんな高速で奔る剣があっても術の嵐は耐え切れない。少しずつ相手との間合いを離されていく。じきに後ろは城壁と言う所まで追いつめられてる。
 術を絶え間なく打ち続けてるのは俺の知らない人物だ。『英雄』が白で統一してるならその人物は黒で統一していた。フードを深く被ってるせいで見えるのはせいぜい口元だけだ。ただ、典型的な魔術師や聖職者が羽織るようなローブとは一線を引いている。一切の力仕事をしていないような細い体から発せられる術の構成力は計り知れない。
「お、おまえは一体……何者だ!」
 『英雄』は光を一気に発散させて襲いかかる術を全て吹き飛ばした。そして時間差もなしに一気に踏み込んで突撃する。『英雄』が通過した空間には光の粒子が舞い散り、まるでそれは流星がみたいだ。まあ実際に『英雄』は光の術で加速してるんだろうけど。
 『英雄』は振りかぶった剣を、今度は手元すら見えないほどの速度で振り下ろした。どんな達人だろうと、受け太刀をしただけで押しつぶされてミートになってしまう、それほどの重さを持った一撃にすら感じられる。
 耳を劈《つんざ》くような衝撃音。その正体が何なのかは分かってるけれど、こんな状況でまざまざと見せつけられればただ唖然とするしかない。
「そ……んな……!」
 『英雄』は絶句する。自分の想定していた未来とは全く違う光景を見せ付けられて。それは本当に一瞬の間だけだったかもしれないけど、相手にとってはそれは十分だった。
「どうした、それで終いか?」
 黒の術士の唇が絶対の自信に満ち溢れた、威圧的な声と共につりあがる。。
 黒の術士は術で創り上げた障壁で『英雄』の攻撃を受け止めてた。手をかざす事でその一点に集中する仕草もない。障壁だけが黒の術士の周りに張り巡らされて、黒の術士自身は微動だにしない。
「ならば今度はこちらが行くぞ」
 ゆっくりと黒の術士の腕が上がる。だけどその動作が終わる前に事は終わっていた。
 黒の術士の手のひらから光の球が出現すると、間髪いれずに『英雄』の腹に直撃する。一瞬でも呆けていた『英雄』の驚異的な反応もむなしく、地面を転がっていく。内臓を傷つけたのか、口からは大量の血が流れ出る。
「……」
 俺はただ呆気に取られるしかなかった。さっきまで散々俺たち相手に一方的な戦いをしておきながら、今度は一方的にやられるだなんて。しかも黒の術士は英雄が相手でも圧倒してるんだから。
 『英雄』は傷口に手を当てて何とか治療しようとしてる。その効果は感嘆もので、多分この国でもそうは見られないほどの熟練具合だと思う。
 でも――、
「ルテティアの英雄、なぜ子供を殺そうとしたのかは私には関係のない話だし、知りたいとも思わない。だが、これだけは言っておこう」
 黒の術士の両腕が光り輝く。光の粒子が左右の腕を行きかい、幻想的に見せる。もちろんそれはそんなロマンティックなもんじゃない。あろう事か、竜破壊の術よりも高密度な構成の術に感じられた。
「世界を正すのは、この私だ!」
 両腕を広げる事で術を完成させ、両腕を『英雄』の方に向ける。
「光波よ疾走せよ!」
 次の瞬間、黒の術士から『英雄』に迸ったのは光の柱だった。大滝を横にすればこんな感じかもしれない。あまりの眩しさに目を覆いたくなってくるぐらいだ。
「光の障壁よ」
 光の奔流に対して『英雄』もまた光の膜を創り上げる。
 直撃。光の膜に弾かれていく光の奔流が迸って、辺りを太陽以上に明るく照らす。
 それでも黒の術士は術を止めずに押し切ろうとしてるらしい。更に術の構成力を高めてる。一方の『英雄』は徐々に押され始めていた。光の膜をかろうじて展開し続けてるけれど、すぐにでも体勢が崩れそうだ。
 敵が今にも敗れそうなのを見て取った黒の術士は……、さっきの術を維持しつつもう一度詠唱を始めた?
「嘘……!」
 術の同時使用なんて大魔術師でも困難だって言われてる技術なのに、そんないともあっさりとやってのけるなんて。
「光壁を乖離しろ!」
 黒の術士はまるで勝利宣言をするみたいに、高らかに術の完成を宣言した。
 瞬間、光の奔流を抜けて一陣の鋭利な刃が光の膜に突き刺さる。それは敵の障壁に弾かれる事なく効果を示した。
 その一点から音をたてて崩壊する『英雄』の障壁。光の奔流はその一点からなだれ込むようにして『英雄』へと襲いかかった。
「……っ!」
 ま、まぶしい。とてもじゃないけどまともに見てられない。障壁の破壊と、奔流の疾走、光と光のぶつかり合いで目がつぶれるんじゃないかって思うぐらいに眩しくなる。
 どれくらいの時間が経ったか、黒の術士は術を解いて、両腕をだらんと下げた。途端に黒の術士から奔っていた光は止んでいき、辺りが暗くなっていく。今は昼だって言うのに、さっきまでと比べるとまるで真夜中みたいな暗さだ。
 黒の術士の先にいた『英雄』の姿はもうなくなってた。まるで存在すらしてなかったみたいに跡形もない。ただここで戦闘があった事を示す無残な破壊跡ぐらいだ。重要な遺産だった城の地面は大きくえぐれて、壁は崩れていたり穴が開いていたり、術でも直すのが大変そうだ。
「……倒した……のか?」
 俺は目の前の光景をただ唖然と眺めているだけしかできなかった。さっきまでランスと宿題をやってただけだったのに、英雄が子供を狙って現れたり、俺が英雄に選ばれたとかおっしゃる少女と出会ったり、挙句の果てに戻ってみれば英雄が一方的に負けたり。
 どうやったらこんなもんを信じられるんだよ。わけが分からない。いきなりの展開が多すぎて自分の頭がついていけない。他愛もない紐をまとめて鞄に閉まってたらいつの間にかこんがらがってた、そんな感じだ。
 まてまてまて、とりあえず少しずつ整理していけば大丈夫なはずだ。色々と考える事はあるけど、とりあえず考慮しなきゃいけないのは……、
「すみませんが、ここにいた他の二人はどうしました?」
 ランスと子供の事だ。それ以外は正直どうだっていい。
 俺の言葉に黒の術士は鈍く反応を示す。どうも俺の事は眼中になかったらしい。ようやく気づいたみたいに黒の術士はゆっくりとある二点を交互に指差した。
「奴は子供を狙っていたようだから私の後ろに隠れさせた。青年の方は奴の攻撃を受けて城内にいる。双方ともに治療しておいたから、命に別状はない。」
 若干深くこもった、なのにはっきりとしていて威厳がある。どっちかと言うと命令的な口調だし、この人が上にたつ国があったらさぞかし面白い事になってたかもしれない。
「そう、か……」
 ほっと胸を撫で下ろした。俺がいなくなってる間に二人とも『英雄』に殺されてたんじゃあ本末転倒だ。
「あ、ありがとうございます。助けていただいてしまって……」
「気にする事はない。いずれは倒さねばならなかった相手だ。それに私の術が直撃する寸前、どうやら奴は逃走したようだからな。あれだけ痛めつけておけばしばらくあの子供を狙う事はないだろう」
 む、あの『英雄』はまだやられてなかったのか。うまく確認できなかったから俺自身は分からないんだが。それにあの『英雄』が子供を再び襲うのも当分は杞憂みたいだから、正直緊張が解けた。
 となると次々と絶え間なく湧き上がる疑問を晴らしたくなってくる。もちろん黒の術士には俺の疑問を晴らす事に義務も義理もない。少しばかり考えて、
「貴方、何者ですか?」
 単刀直入に聞いてみた。
 黒の術士が『英雄』相手に使ったのは見間違うはずがない。偽りなく光の術だった。そう、英雄にしか使う事が許されていない、至高の一のはずだ。それを使うって事は、目の前にいるこの人物は――、
 まごうことなき英雄って事になる。
 英雄と英雄が戦いあうなんて今まで聞いた事もないし文献で書かれた事もない。でも事実を無視して常識に奔るなんて愚の骨頂だろう。問題なのは、
「さっきの白い『英雄』が殺そうとした相手を助けるだなんて……」
 英雄同士が戦う理由だ。そこの所がいまいち俺には分からなかった。もしかしたら目の前の人物は『英雄』が知ってる事を知らないかもしれないけど、事情を聞かずに実力行使に踏み切ったっぽいし、謎は深まるばかりだ。
 俺の困惑をよそに、黒の術士は少しうなってこの場で大衆に宣言するように言い放つ。
「私はギャラハッド。世界を変えるためにこの場にいる者だ」
「世界を、変えるために――」
 思わず息を飲む。その言葉にはもちろん何の根拠もない。もうちょっと聞けばあるかもしれないけど、今のままじゃあ情に訴える政治家みたいに愚策だ。
 でも、彼の言葉には恐ろしいほどの説得力が含まっている。具体像はさっぱり浮かばず、俺には彼が何を理想としてるのかは分からない。けど目の前の人物、ギャラハッドを見ていると、まるでその言葉が本当に現実になるんじゃないかと錯覚を覚える。
「未来のある子供を殺そうなどとは愚かな行為だ。ゆえに英雄であろうと粛正した。そしてこれからも不条理な事があれば私は現れるだろう。そういった点ではおまえと出会う事は滅多にないだろうな。次に会う機会があれば、その時が来たと思ってくれていい」
「その時……?」
 ギャラハッドは手を前に突き出し、まるで世界を牛耳るように拳を握り締めた。
「不義で覆われたこの世界に『正義』を行う時だ」
 言葉を失うしかなかった。誰かが学園ので同じ主張を行えば、間違いなく爆笑の渦が生まれた事だろう。容易に想像できて悲しいけどそれが現実だ。それが、有無を言わさないものが彼にはあった。
 俺がただぼうっと佇んでいると、ギャラハッドは術を口ずさんで自身を光で包んだ。
「それではまた会おう」
 俺が何かを言う暇もなく、彼は光と共に消え去ってしまった。
 残されたのは俺一人だけ。目の前に用意された出来事は今の俺にはまるで登山用バッグみたいに荷が重過ぎる。本当に誰かに背負って欲しいぐらいだけど、それは俺に用意されたものばかりだ。押し付けは相手が迷惑なだけだろうな。
 でも、英雄になる事を断った、凡人の一人である今の俺がこういった事に直面して、一体どうしろって言うんだろうか? 見通しが立たないどころか、一寸先は既に暗闇としか表現の仕様がなかった。

 結局あの後、俺は城内でがれきと一緒になって埋まってたランスと、城の裏手で意識を失ってた子供を発見した。
 重要な文化遺産の破壊魔なんてとんでもないレッテルを貼られるのは、当然のごとく却下の方針だ。


この後の展開で考えているもの。

 第二部、助けた少年をランスと共に連れて帰る。少年はアルスルと名乗るが、英雄に負われていた理由は彼自身にも分からない。
実際の所、彼が行おうとしている行為は世界にとてつもない危険を巻き起こす可能性を秘めているために英雄が来襲した。が、成功すれば世界が平和へと導かれる。

 第三部、ランスが学校に来なくなる。代わりにアルスルに巻き込まれていくグェネ。
アルスルの外見は美は付かないが、少女に間違われやすい。が、ルテティアの資格が現れた時に剣の実力についてグェネより上だと判明する。
その事で酷く衝撃を受けるグェネ。
ギャラハッド、ルテティアに攻略を開始。アヴァロン、裏工作でギャラハッドを支援。

 第四部、グェネ、ヴィヴィと再会。ダメ出しされる。
剣でも魔術でもない、自分にしか出来ない何かを模索していく事にし、アルスルはそれに同調する。

 第五部、ルテティアの英雄が再来襲。グェネたちは迎え撃つ。
グェネが最終的に身につけたのは擬似光の奥義。かつて勇者が使い、魔王を滅ぼしたものと同じもの。 実はこの英雄、グェネが捨て去った過去の残影。グェネがひたむきに勇者を目指す事で、女である事を捨てたために起こった歪み
ギャラハッドの正体はランスで、グェネの直後にヴィヴィと契約を結んだ

 エピローグ、それぞれのフルネームはランス=ランスロット、グェネ=グェネヴィア、アルスル=アーサーで、結局三角関係になる。 三人はそれぞれ違う道を進んでいくが、共に歩んでいく事になった。

 以上、結。


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 『デュナミス・ディオ』よりは少しましになったかなーとは思いつつ、やっぱり読み返しても面白くない。
キャラが立ってストーリーが立って、そうして物語は創られる。どうも描写などの小手先うんぬんより構成力を磨かなければならないみたいです。
あー、この調子で今度もまた総没にはしたくないものですが……。
それではまた。
  2007年8月15日


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