午後十時、上杉邸。相変わらず窓の外では雨が降り続けている。音はサーの段階を過ぎてザーと聞こえる。一寸外は暗闇のまま。近所では消灯し始めた家もいくつかある時間だろう。現に隣はもう明かりがない。そのせいか、まるで世界に俺たちだけが取り残された錯覚まで覚える。その世界で俺たちはただひたすらに孤独な時を過ごすだけだ。
気分が滅入る。その原因は分かっているけれど、当分解決できそうにない。
籠を眺めれば俺の制服、今回俺が着ていた私服、そしてもう一組がある。全てがびしょぬれになってしまっていて、滴る水滴で水溜りが作られている。これが意味する事はたった一つだけ。
結局、俺は少女を助ける事にして家に連れて帰ったのだ。
「ふう……」
まずは少女を風呂に入れ、体を温めさせた。なにしろ大雨に長時間さらされていたらしく、手足は氷のように冷たく、唇は雪のように真っ白だったから。そして落ち着かせる意味もあってココアも入れておく。
道中で、少しでも温まるようにと雨合羽を彼女に着せたために、俺はまたしてもシャワーを浴びたようにずぶ濡れになってしまった。さすがに二度も風呂に入る気は全く起きなかったので、頭と身体を拭いて着替えるだけにした。
久々にゼロが俺の服を用意してくれたと思ったら、それがフリフリな物だったりと有り難迷惑だったんだが、さすがに親切を無碍にしたくもなかったので、おとなしくそれを着こんだりもした。同時に少女のために用意した服も随分とクラシックなのですが、なんかの陰謀?
「連れてきたのはカズ、あなたよ。私じゃあないわ。自分で起こした行動なのだから、自分で責任を持ちなさい。手伝っただけでも感謝してほしいものだわ」
不平不満を口には出さなかったけれど、どうやらゼロに態度で感づかれていたらしい。ああ、素晴らしすぎて涙が出るよ。ていうか何で俺の考えてる事が分かる? もしかして俺ってそれほど単純なのか?
彼女を連れて帰った時、案の定ゼロは俺に対して相当な文句を発してくれた。けれども今回彼女は折れてくれたばかりか、幾分かの配慮を見せてくれた。その心遣いに多大な感謝をする。どうやって報いるかはまた後日に考えよう。
「――そろそろね。私は自室にこもるから、後で概要を説明して頂戴」
ゼロは若干の笑みをこぼしながら手をひらひらさせて階段を上がっていく。それを尻目で見ながら俺はただ窓の外を眺めていた。
こんな大雨で雨具も使わずにただ街を歩いて、悪魔のような影を持っていて説明できない現象を巻き起こし、見ず知らずの他人に助けを求める。どんな事情があるのか全く予想できないし、する必要もない。あと少しで聞かせてもらえるんだろうし、余計な推測は意味がないし、しても納得はできそうにない。
だから俺はただ待つ。何も考えず、無意味な時間をただ過ごす。
扉が開く、きしむ音が聞こえる。振り向けばそこにはさっきの少女が頬を桜色に染めて、様々な負の感情と共にこちらを見つめていた。体からは湯気が立ち上っているし、この分だと体も温まったに違いない。
「とりあえず座って落ち着いてくれ。ここに飲み物もあるし、ゆっくりしてくれていい。話す気になるまで俺も待つから」
椅子は既に手前に引いてあるけど、立ち上がって彼女を誘導する。ちょっとした配慮というものだ。どうやらゼロと接し続けているおかげで、そういったものに目が行くようになってしまったらしい。
彼女は黙ってうなづいてくれて、ちょこんと席に座る。不謹慎だが、その様子をほほえましいと思う。
「……!」
ココアに口をつけた彼女の表情が変わった。
一輪の花が華やかに咲く。語彙が少ない俺が言うのも何だけれど、真っ先に抱いた印象はそれだった。眺めている俺の方まで自然と笑みがこぼれてくる。作り手としてはこの表情は嬉しいとしか言いようがない。
少しずつ飲み込んでいく様子をじっと眺める。その間何もしない、ただ俺は待つばかりだ。でも急がせる気は全くない。時間はたっぷりとある。
落ち着いたのか、彼女はコップを静かにおいて一息入れる。さっきのように花は咲いていない。彩られるのは謝罪と恐怖だけだった。
「……ありがとう」
「いや、あくまで当然の事をしたまでで、俺は感謝されるような人じゃない」
頭を深々と下げる動作すらやわらかい。
「それより、少し落ち着いた? もしおなかがすいてたら軽食ぐらいは作れるけれど」
彼女は首を横に振る。その動作につられて彼女の長髪もまたゆれて、元の髪型に戻る。
む、それは残念。あまりものの料理は結構得意な方なんだけど。
「じゃあ、まずは自己紹介からしようか。俺は上杉カズキ。親しい人は俺をカズって呼ぶ。できればちゃん付けは勘弁してほしい」
「……清原禊《きよはらみそぎ》」
みそぎ? それはまた随分変わった名前だ。自分の名前があまりに普通で、ありきたりなのもあるけれども。
「で、禊。さっきの事なんだけど……俺にどんな事をしてほしいのか聞いていいか?」
うなづきを肯定と取って、それではと俺は黙る。色々と聞きたい事はあったし一方的に問い詰めたい衝動にかられたが、ここはまず彼女の願いから聞くべきだろう。
手をテーブルの上に置いてただ禊を見つめる俺と、ためらいの表情を浮かべてあさっての方に視線をそらす禊。俺から言葉を取れば流れるのは重たい沈黙ばかりだ。
「……黙ってたら何も分からないんだけど」
「あ……」
さすがに沈黙は困る。俺は推理小説に出てくるような探偵のように、手を握ったら全てが分かるなどといった超絶特技などない。事柄は口で言ってもらわないと、どう対応したらいいか分からない。
禊は視線と表情はそのままで、ぽつりとつぶやきだす。
「探してるの」
「探してる? 何を?」
「わたしのいた場所」
いた場所を探しているって、もしかしてただの迷子なのか?
「どんな所なんだ?」
「……白い家。壁も、天井も、床も、外も、みんなまっ白な家」
それはアバウトすぎだ。四方が真っ白な家は確かに少ないかもしれないけれど、俺がそれを知ってるはずがない。
思わず頭を抱える。これだけのキーワードから目当ての建造物を見つける事は正直何年もかかりそうだ。もっと絞らないと正直俺には彼女を帰してやる事は無理だ。
「……どれぐらいの大きさなんだ?」
「さっきの建物ぐらい」
禊が指差す方向は、スーパーに向かう途中にある、俺がそれを見てしまったマンション。高さ十階以上で一階につき二十ほどの部屋、結構大きいからこれで絞れるはずだ。
「じゃあどっちから来たんだ?」
「……分からない。誰かがわたしたちを連れてきたの」
東西南北も不明か。でも禊には連れ添いがいた事は分かった。なら相手の方も禊を探しているだろうから、じきに再会できるはずだ。
「とりあえず禊と一緒にいた人たちの特徴を教えてくれ。もしかしたらばったり出会うかもしれないしさ」
「嫌……わたし、帰らなきゃいけないの……」
語尾を強くしてるせいか、より切実さがこっちに伝わってくる。迷子になったら確かに真っ先に帰りたくなるかもしれないけど、一緒にいた人たちを嫌と表現するのはちょっと気にかかる。でもまあこの際触れるべきじゃないだろう。
「分かった。それじゃあ禊を最優先に家に帰せばいいんだな。ところで警察には連絡した方がいいのか?」
「だめっ! 絶対に言わないで!」
拒絶を代名詞にする。禊の言葉は正にその有様だった。
「ごめんなさいごめんなさい……。こわい……わたし、こわいの……」
震える自分を抱きしめる禊。その指は肉が取れそうなほどに食い込み、目は零れ落ちそうなほどに見開かれ、歯は音を鳴らす。
ああ、そうか。今やっと分かった。
俺がアレに恐怖したように、禊もまたアレに恐怖しているのか。アレが何なのかは分からない。でも、たった一回遭遇しただけでこの有様な俺と、影と共にある禊とでは、その恐怖は比べるまでもない。
「……っ!」
少女は一連の動作をやめて酷く驚いた。理由なんて簡単だ。俺がテーブルに頭を強く打ち付けただけの話だ。
なんて俺は底なしの馬鹿で間抜けなんだ。俺はこんな少女を化け物だと思って恐怖し、必死になって逃げようとしたのか。見捨てようとしたのか。拒絶しようとしたのか。あまりに陽気な自分の頭に嫌気がさしてくるほどだ。
それは彼女に手を差し伸べる選択肢を選んでいても消えない事実。心から謝りたいけれど俺にはその資格はない。俺は彼女をあまりに知らないし、知っていても彼女をアレから救えはしない。
「……とりあえずは分かった。あまり知られないようにして禊の家を探して、そこに送り届ければいいんだな」
「……うん」
「なら任せてくれ。必ず見つけだしてみせるから、それまで家《うち》にいてくれ」
だから俺は胸に手を当てて、自信を込めた笑みを浮かべた。何物だろうと立ちはだかる事を許さない、不敵な笑みをもって頼もしさを示す。
そんな俺を見て、禊は確かに笑ってくれた。
本当にそれはわずかに和らいだだけかもしれない。だけど、それはまるで映画のベストシーンのように、鮮明に俺の心へと刻まれていくのだった。
俺にできる事は確かに少しだけに過ぎない。それに俺の本能は危険を知らせる警鐘を鳴らし続けている。それをふまえるならば、百パーセント関わらない方がこっちの身のためだろう。
そんなのは一切関係ない。迷いやためらいを吹き飛ばすほどの一枚がそこにはある。どんな深い理由があるのかは分からないけれど、その瞬間が心の中にある限り、全く後悔などあるはずがなかった。
「じゃあ俺のベッドを使ってくれ。大雨にさらされて体力も減ってるはずだ。今日はゆっくり休んでくれ」
「あ……待って」
立ち上がりかけていた俺の身体が彼女の言葉でビデオのごとく停止する。そして彼女の顔をうかがって、ようやく変化に気がついた。
雰囲気は話し始めた頃と同じで、恐怖と心配にいろどられてはいる。でも、それを必死に覆い隠して真剣な顔つきを見せていた。拳をぎゅっと握り締めて、負の感情に耐えているんだ。
「あなたに話しておきたいことがあります……」
一呼吸置いて、彼女は死刑宣告を伝える裁判長のようにその言葉を述べた。
「わたしの『能力《デュナミス》』について」
禊の話によれば、『能力《デュナミス》』とやらは次の通りらしい。
『能力《デュナミス》』は超能力みたいなものだけれども、決して超能力の枠組みに収まりきれない、世界の理《ことわり》をあっという間に覆してしまうもの。なぜならば『能力《デュナミス》』は持つ人によって様々で、マッチを折るだけの人もいれば、世界の歴史を変えてしまう人もいるからだ。だから、一見すると『能力《デュナミス》』ではない特技でも実際は『能力《デュナミス》』だった場合も数多く存在する。
そして、持っているだけで所有者、『適合者《エインフェリア》』を決めてしまう。考え方も、感情も、人生さえも。なぜならその人物の本質を表してそれは片鱗を見せるのだから。切っても切り離せない、もう一人の自分……それが『能力《デュナミス》』の正体。
どちらかと言えば『能力《デュナミス》』は超能力より特殊能力と言った方が正しいかもしれない。よく漫画なんかで見る、特定の条件を満たす事で発動させて主人公達が活躍させる、そんなどこにでもあるような展開。
ただ一つ存在する違いは、『能力《デュナミス》』は使うものではなく、『能力《デュナミス》』がその所有者を選ぶものだとか。まず『能力《デュナミス》』があって、それからそれを使う人、『適合者《エインフェリア》』がいる。それは決して逆ではなく、『適合者《エインフェリア》』は『能力《デュナミス》』に自ずと振り回されることになる。どんな些細な能力だって持ってしまえばその人は変わってしまう。
人は、決して『能力《デュナミス》』を扱いきれない。
いつ発生しだしたのかは明確ではない。ただし、その存在を知っている人は知っているらしい。しかも『適合者《エインフェリア》』は世界中に点在している。。デュナミスとエインフェリア、名詞に食い違いがあるのはそのためらしい。その存在は世界中に網をめぐらす特殊機関によって明るみに出ないようになっている。それほど徹底されているのは、特殊機関にも『適合者《エインフェリア》』が存在しているかもしれないからだとか。
機関の役割は『能力《デュナミス》』の隠蔽と管理、そして場合によれば隔離も行う。禊がいた白い家は隔離施設なんじゃないかと言った。何しろ存在しているだけで世界が危機にさらされる『能力《デュナミス》』だって大いに考えられる。そんなのに対策を講じないのは不自然だろう。
「切っても切り離せないもう一人の自分、それが『能力《デュナミス》』……」
俺は意識せずに禊の述べた一説を繰り返していた。その言葉にはあまりに他人事とは考えられないほどに身近に感じてしまったからだ。ただ禊のアレがもう一人の自分とは思いたくなかったから、何とか表には動揺を出さないようにする。
禊は自分自身を抱きしめる。もし抱きしめる相手がいるのなら、肋骨の骨が折れるのではないかと思わせるほどに強く。
「そしてわたしの『能力《デュナミス》』は……『幻燈魔王《イブリース》』。その効果は、影絵の悪魔を作り出して、生きているものの魂を刈り取ってしまうもの。その媒体として使われるのが、影。発動はわたしの影が太陽の光以外でできるて、相手に効果を与えるには同じように影がはっきり形作られている必要があるの」
イブリース、確かイスラム教でアダムにただ一人だけ頭をたれなかった堕天使の事だったか。いや、それより。
「じゃあ昨日、俺が無事だったのは――」
「街灯の下にいなかったから、だと思う。一度発動が収まればしばらくは出てこないと思うから、今の多分大丈夫」
あと一歩でも間違っていたら、今俺はこの場にいなかったって事か。めまいを覚える。
「そしてわたしには『能力《デュナミス》』をどうする事もできない。どうする事もできないの……。夜になれば『能力《デュナミス》』が発動して、人がどんどん倒れていくのを何度も見てきた」
禊は俺に深く頭を下げる。
「本当にごめんなさい。だから、部屋は光が全く入ってこない所にしてほしいの。それから、日没の後は部屋に行っちゃうから、夜御飯はいらないから」
そうすればわたしの『能力《デュナミス》』は発動しないで済むの、と付け加えて話を終える。
一日前の俺だったら命にするように、一笑に付して聞き流していただけだっただろう。けれども俺はもう彼女のアレを知っている。今まで得た判断材料の中からでは、禊が嘘をつく理由も証拠も欠片一つない。全部信じろと言われたら、二つ返事で承諾するだろう。
「じゃあその白い家にいる人たちと連絡を取る方法はないのか? 俺たちが探し出すよりそっちから迎えに来てもらった方が良くないか?」
「分からない。連絡を取る方法なんて教わらなかったし、それに……」
その先は言いよどんでいて聞き取れなかった。口の動きから言葉を読み取れるほど俺の視力は達者ではないし、何よりうつむいていてその無駄な努力すらさせてもらえない。聞き返すのも気がひけた。
連絡が取れない、か。今まで世間には『能力《デュナミス》』の存在が知られていないって事は、きっと俺たちが俄《にわか》仕込みで知識を得たところで連絡手段を発見できるとは思えない。ここはやっぱり、そんな事を調べていると思わせて禊の存在を匂わせる、つまり相手側に発見してもらうしかないのだろうか。あいにくと俺は何の特技もない、普通の高校生だからな。
「――とりあえず聞きたい事はそれだけだ。禊も話しておきたい事はあるか?」
「今のところは……」
「そうか、なら今日はこれだけにしておこうか。色々あって疲れただろう。ゆっくりと休んでくれ」
そうと決まればと俺は立ち上がる。禊に自分の部屋を使わせるんだから、一応見かけだけでも整理はしておかないと。それに自分の寝具の確保もしておかないとな。いくらなんでもソファーに寝るのは遠慮したい。
就寝の準備を終えて居間に戻ると、出て行ったときと同じ体勢で禊は人形のように座っていた。この状態を三次元の芸術作品と評して美術館に展示したとしても、間違いなく場を損ねないはずだ。
そんな彼女を見ていて思いだすのは、先程までの会話のある一言だけだった。なぜならば、それがあまりにも――。
(以下、禊がカズキに『能力(デュナミス)』の事をばらしていない、未修正の状態)
翌朝、俺は目覚まし時計に叩き起こされて意識を覚醒させていく。
真っ先に目に入ったのは天井、なんだか木目がある。俺の部屋は飾り気のない白で、照明も何の面白みもない物だったはずだ。視線を横に移してみたら、見えたのは障子。穴が開いてるのはご愛嬌だけれど、そもそも俺の部屋は洋室……。
「あー……」
そこで昨日の事を思い出す。
昨日、俺は禊に自室のベッドを譲って、和室に布団を敷いて寝たんだった。和室で寝るなんて小学校以来の事だから、見慣れないわけだ。ちなみに深夜近くまでじっくりとテレビに居座ったのはゼロには秘密だ。
とりあえず洗面所に行って、ありったけの冷水をこのしまらない顔に浴びせる。そして両手で頬を叩いて喝を入れる。痛みと共に次第に頭がはっきりとしてくる。これで少しはまともな顔になっただろうか。
「よし、じゃあ今日も一日、がんまりますか」
意気込んで俺は台所に向かう。朝食と人数分の弁当を用意して、と。昨日はちょっと工夫を凝らしたし、今日はちょっとお手軽にしてみるか。具体的にはサラダとウインナーと海苔を使ったご飯の弁当。ついでに一品とばかりにから揚げもちょっとばかり。
テレビではニュースをやっていた。ほとんど見てないから垂れ流し状態になっているけれど、興味があれば視線も移すし、見ていなくてもラジオ代わりにはなる。今やっているのは昨日話題になった事件の事で、また被害が出たらしい。警察を嘲笑うかのようなたて続けな事件に、近隣住民は阿鼻叫喚してるとか。
「通学に使ってる路線の利用者、ね……」
昨日の少年(?)の言葉を思い出す。もしかしたら俺がいつも見ている人が犯人の可能性だってあるわけだ。そして、俺が被害者になる可能性もまた。
まさかね。何万も利用者がいる中で俺が被害者になる可能性なんてそれこそ文字通り万に一つだろう。ならその内に犯人は捕まるだろう。そしていずれはその他多くあった事件のうちのひとつに成り下がっていくわけだ。
「よしっ、完成」
ちょっとソーセージがいびつになっちゃったけど、まあいいか。食べる分には支障なしと結論づける。朝食は簡素に目玉焼きとご飯とみそ汁でまとめてみました。ついでにハムをちょっと焼いて目玉焼きの下に添えておいた。
さて、禊がこの家に滞在しているのだから、絶対にゼロは部屋から出て来る事はない。いつも一緒に食事を取っていたから違和感があるけれど、それがゼロだ。俺はお盆に朝食を乗せて俺からおもむく事にした。
「ゼロ、俺だ。入るぞ」
まず扉を叩く。いきなり部屋に入るのは無作法だといつも散々言われている影響だ。この時間ならゼロは既に身支度を整えているはずだ。
「そこに彼女はいないでしょうね」
「まだ寝てるみたいだ。最低でも廊下にはいないから安心してくれ」
ならいいわ、と許可が下りたので扉を開ける。
ゼロの部屋は書斎と表現してもいいほどに本が多い。しかもその全部が活字本で、漫画は一切見当たらない。机は二つ、一つはパソコン用で主な使い道はネット通販。無論パシリにされるのは俺だ。もう一つは普通の用途に用いる。主に本の批評を書いているあたり、かわいげがない。隅には書斎とは別の世界を形成するかのように、ぬいぐるみが所狭しと並べられていた。
「おはよう、ゼロ」
「おはよう、カズ」
予想通り既にゼロは着替えをすまして机に向かっていた。俺のこづかい数か月分の豪華な椅子を回し、こちらの方に体を見せる。片手には万年筆を、もう片手にはぬいぐるみを持ち、服はゆったりとした南海の海を思わる淡い蒼のドレスを着ているかのようで、明らかに普段の生活を送るための利便性を度外視していた。
「朝食持って来たぞ。机の上のものしまってぬいぐるみをこっちによこせ」
「待って頂戴。いきなり全ての事は出来ないわ」
ゼロは不満を漏らしつつもてきぱきと机の上を片付け、一メートルはある熊のぬいぐるみをこっちにおしつける。コイツ、俺が盆を持ってること忘れてないだろうな。
「悪いなゼロ。禊を家に招いたばかりにオマエがこうやって部屋に押し込められてさ」
「仕方がないわ。だって、それが私なんですから」
それを言うなゼロ。聞いているこっちまで歯噛みしたくなってくる。このような事になったのはゼロの責任じゃないし、もちろん禊の責任でもない。これは気分とか人見知りとかの心の問題ではなく、ゼロの根本に関わってくる宿命なのだから。
「それで、何か手がかりはあったか?」
だから俺は盆から皿をおろし、ティーカップに紅茶を注ぎながら話題をそらす。禊が就寝についてから『能力《デュナミス》』の事は詳しく語っておいたから、俺が知っている事は彼女も知っている。まだあれから半日も経ってないけれど、ゼロは物事をいち早く片付けてしまう方だから、もしかしたらもう調べてあると思っただけだ。
そうね、と言いつつゼロはさっきしまったばかりの紙を数枚取り出す。一見して書かれているのは住所と地図だと判断する。それらが細かく書かれている。
「この付近にある外装と内装が白の建造物は四つ。隣の県までは調べてないけれど、こっちの方は今日中に調べられそうだわ」
「うわ、外観の写真まであるのか。どこでこんなの入手できるんだよ」
「前にも教えたでしょう。インターネットは慣れてくると色々と情報網が出来てくるものよ」
「いや、理解は出来るけどそれをあっさり実践できるゼロもゼロだと思う」
まさか読書の時間を割いてまで詳細に調べてくれるとは思わなかった。ゼロにとって読書がどれほど楽しく有意義な時間かは、俺には想像も出来ないほど計り知れないものだ。てっきり俺が独断で禊を連れてきた事にお怒りかと思ったのだが。
「当然よ。あなたには彼女がいなくなった後で色々としてもらのだから」
「心を読まないでくれっ」
「そうね、具体的にはまず鳳凰屋のケーキを店ごと買い占めてもらって、それから……」
「頼むから冗談でも俺の財布事情を把握した上で言ってくれ。心臓に悪い」
俺の反応を見てゼロは含み笑いをする。
「分かってるわ。せいぜい私がちょっといい思いをするだけで十分だから。期待してるわ、ゼロ」
そう言われると俺も何をお礼にしようか迷う。せいぜい美味と言える菓子を買ってくる程度で済まそうと思ったけど、これは想像以上にハードルが高そうだ。つまづいてこけない事を未来の俺に願う。
「もし他県から来たのなら、探すのには時間がかかるわよ。それまでにあなたは彼女から情報を仕入れてきなさい。分かったわね」
「ああ、分かってる」
いくらゼロでもあの手がかりだけで発見できるとは思えない。ここはもう少し禊にはこの家に慣れてもらって、俺に打ち明けてくれる時を待つしかない。
俺なんかに心を開いてくれるんだろうか? 聞けなかったせいもあるけれど、結局影の事は一切語ってくれなかったからな。アレもまた彼女の根本に関わってくるものなのだろうか。アレが全ての鍵を握っているような気がするんだが。
まあいい。具体的な方法は学校でゆっくりと考える事にしよう。
「やっほーカズちゃん。今日は一本早いですねー」
昨日に引き続き絶句。目をこすってみるけれど、やはり状況に変化は見られない。どうやら目の前の光景、俺が登校途中でホームにいて、電車の扉が開いた途端に命《みこと》が腕をふりながら話しかけてきた、で合っているようだ。
ここで一本電車見逃しても学校には間に合うんだけど、今日はそれをやりたくなかった。今までの俺ではドラマの最終回を見逃すぐらいありえない思考だけど、話し相手だったら誰でもよかったのもある。
「命、ちょうどいい。話がある」
とりあえずは電車に乗り、命を奥の方へと押し込めていく。ラッシュ時でも各駅停車は動く余裕があるのが特徴で、あっさりと命を反対側に誘導する事に成功した。
「へ? カズちゃんがわたしに告白ですか? いやぁ、わたしカズちゃんならいいかなーって」
「乗客の邪魔だ。もっと奥行け。急行乗り換えなくても十分間に合う電車のはずだぞ」
「その見事なまでのスルー止めてくださいっ」
そんな事は知らない。戯言には付き合ってられません。
しかし口にした事も事実。そもそも、確かこいつの最寄り駅とこの駅の間で急行が停車するはずだ。学校も急行停車駅だし、この駅まで各駅停車で来るメリットが全くないはずだが、なぜわざわざこちらに乗るのだろうか。
「この才色兼備なわたしを捨てて誰に走るんですか! もしかして葛木素子《かつらぎもとこ》ちゃんに走る気ですか?」
「そのはるか以前の問題として、前提そのものが間違ってるだろ。おまえの目はパチンコ玉で出来てるのか?」
「わたしの半分は優しさでできてまーす」
頭痛がしてくる。まともな会話をこいつに望んだ俺が莫迦だった。
「カズちゃん、こっちのこと考えてくださいよ」
「すまん、現実逃避してた。もう話いいや。俺久々に急行乗り換えるんで」
「ひどっ。今日は特別ゲストをお呼びしてるっていうのにそれはあんまりでーす」
特別ゲスト? 俺たちはいつからレギュラーな仲になった? それ公認じゃないよな?
俺の思考をよそに、彼女はバラエティー顔負けな自然さで横にいた人物を俺に示す。
「ふぅん、あんたがねー」
ショートヘアーをかきあげて、いかにもどうでもよさそうな棘のある口調ではあるが柔らかい、そんな声が耳に入る。手に持っているのは英単語帳。その笑みは不敵。
意外、その人物は俺のクラスメイトの葛木だった。
「そう。成績は何気に上位、クラスはおろか学年の男子からも結構人気のあるちょっとかわいい女の子。ポイントはカチューシャ。得意科目は数学、苦手科目は英語で、陸上部に所属してて地区大会優勝で、今度本戦にでるそうでーす」
「誰に説明してる誰に」
「え? だってカズちゃん、あまりプロフィールに興味ないと思いまして」
「あのな、一応クラス全員分ぐらいは把握してるって。馬鹿にしてるだろ」
俺だってその他Aで記憶されるのは嫌だ。自分がされて嫌な事は基本的にしたくないし、把握していた方が何かとやりやすい。特に何かの役目の押し付けや援助の要請などに。
葛木は俺と京極の会話を耳に入れながら交互に顔を見やり、したり顔でふーんとつぶやいて顎に手をやる。座席に腰を落ち着かせてる上に、そのしぐさが妙に様になっている様子を見ていると、思わずむっとくる。
「あんた達ってホントに腐れ縁よね。いつもこうやってしゃべってるの?」
「そうでーす。わたしとカズちゃんは親友以上恋人未満の関係を疾走中でーす」
「腐れ縁なのは実に不本意だが否定しようがない。だけど、俺の中ではこいつは友人以上親友未満だ」
一応この頃話す事が多いから友人以上にはしておく。でも某ガキ大将の言うような心の友にははるかに遠い。と言うより、これ以上仲が発展する未来予想図がどうやっても想像できない。ただ、腐れ縁が続く未来は容易に想像できるから安だ。
「まあいいわ。こっちも暇じゃないから手短にあたしの用件言っちゃうわね」
話題ふったのそっちだろ。無責任なヤツ。
別に俺の用件は後まわしでもいい。相談する相手がどうしても命でないといけない理由はない。彼女に話題をふろうとしたのは、一方的にまくしたてるアイツから主導権を握ろうと思っただけの事。その点葛木なら分別ある世間話が……、
「ねえ、カズキは超能力ってどう思う?」
聞けなかった。思わず葛木の方にずっこけそうになる。
まさか葛木までもがこの話題を持ち出すとは。レベルが命と同じだなんて、学校生活を見る限り絶対に判断できない。大穴は大穴でもこういう類は本当に引きたくない。
「嫌いだ。詳しい理由はしゃべるのも嫌だからコイツに聞いてくれ」
「誰もカズキの好き嫌いなんて聞いてないわ。あるかないかとか、もっと色々あるでしょう。そういった客観的な意見を聞いてるの」
話が大雑把過ぎるから、その捉え方をするのは当然だろう。それがさも当然のごとく断言されても実に困るのだが。
しかし、確かに興味深い話題ではある。これなら俺が一方的に主張する事も可能だ。
「ある、とは思う。でも本物は表舞台には姿を見せてないはずだ」
だから俺は本音を口に出す事にした。もちろん葛木の呆れ顔も想定の範囲内。
「何それ。よくバラエティ番組とかで良く出てくるじゃない」
「あんなテレビに出てくるやつらと一緒にするな。ほとんどの場合、超能力捜査官は完全なる偽物で、欧米の警察機構へのアンケートでも役にたたないとの意見が続出してるんだぞ」
話題になる自称超能力者とやらの情報はとてつもなく曖昧だ。それにバラエティ番組で来日する偽者達が示す情報で殺人事件が解決した、とのニュースは今までで一度も聞いた事がない。
それをぜひ説明したかったのだが、どうやら葛木は俺の意見への不満なようで、あからさまな態度を全く隠さない。一方の命は超常現象の話になったので顔を輝かせてる。
「あ、それ知ってます。マルティプル・アウトとレトロフィッティングって言うんですよね。前者がどんな風にも取れる曖昧な表現をする事で、後者が前者と事実のこじつけるテクニックの事です。カズちゃんの言うなんちゃって達の手口はこれを非常にうまく使ってるみたいですよー」
そこまでは俺も知らなかった。命のやつ、肯定論ばかりしか知らないと思っていたのだが、否定論の根拠も頭に入れてたのか。少しばかり関心した。
命のこの場合に限った、的確な説明のおかげで葛木も万歳のしぐさで納得を示す。
「そうね。言われてみれば確かにテレビで出てくるやつらはインチキくさいわ。それはあたしも認めるわよ。でもそれが超能力者はいないって意見にどうして結びつくのよ」
「だから表舞台にはって限定したんだ。もしおまえが超能力を持っていたとして、それを持っていますよーって大々的に宣伝するのか?」
「う……」
どうやら分かってくれたようで胸を撫で下ろす。
俺が考えるに、超能力を持っていたとして、取る行動は三つ。世間の目を気にして一切使わない、自分だけのために使う、人のために影でこっそりと使う、だろう。自分は超能力者でこんな事が出来る、と風潮して有名になっても、それにともなうメリットが全く無いに等しいからだ。
「分かったわ。カップラーメンにお湯を注げば絶対に出来上がるのと同じように、名前が知られたら凡人にあてにされて、そいつらに奉仕しなきゃいけないのよね」
「例えが微妙な気もするが、まあそうだろうな」
奉仕に生きがいを感じる超能力者がいないとは断言できないけれど、そのような謙虚な者たちはまず表舞台には出てこないだろう。
「じゃあさ、もしもの話なんだけど、あたしが超能力者だったらどうする?」
葛木は白い歯が見えてくるほど笑いながら俺を指差す。そんな風なCMもあったなーなんて頭の片隅で考える。でも指差す手に一瞬だけ銃を連想させた。
「そんで夜な夜なあんたの家に忍び込んで金品かっぱらうの。ついでに怪盗参上って置き手紙を残しておいて完璧ね」
「別にどうもしない」
あっさりと返事する俺。思考タイム零秒。あまりの早さに命と葛木は抜き打ちテストを宣言された直後みたいに呆気に取られている。
「ちょっとちょっと、超能力って言ったら誰もが一度はあこがれる最高の手段よ。金儲けだって人生のうるおいだって、何でもできるのよ。あたしがそれを手に入れてもどうもしないの?」
「カズちゃんは鈍感ですっ。超能力はロマンですよロマン! それが分かってないですよ!」
まるで非常識な者たちに一般論を教えるかのように主張する両者。超能力不要を主張している俺に、超能力で人生のうるおいやロマンを説明されても同意しかねる。
それは確かにあんな能力あったらいいなーって思う時はあるけれど、それ使ってどうするのと考えるようになったら、やっぱいいやで済ますようになってしまった。他人がもし超能力を持っていたとしても同じで、頼ろうとは思わない。
「俺自身は超能力なんてほしいと思わないし、必要とも思わない。素子が超能力者になったからって、素子は素子だろ。ほら、何も変わらないじゃないか。ならどうもする必要がないだろ」
「うう、カズちゃんには面白みがないですー」
「本当にあんたって淡白よね。そんなんで人生謳歌してるの?」
随分な言い草だが俺はこれが気に入ってるんで反論しない。命の視線にちょっと哀れみが入ってるのは気に入らないけどまあいい。
「……とりあえずはもういいわ。聞きたい事は聞いたし、あとは話しかけないでよ」
葛木は俺の言葉を聞いた次の瞬間から黙ってしきりにうなづき、視線をあさってへとそらしている。俺はおろか命すら眼中にない。もはや葛木の周りには異空間が出来ているみたいに、自分の世界へと没頭していた。
なら俺はおとなしく窓の外を眺めるとしよう。久々にドア付近ではなく座席の前に立つ事ができたし、こういうのも悪くない。
がたんごとん、電車の速度が緩やかになっていく。窓の外でめまぐるしく動いていた風景はだんだんとゆっくりになっていき、向かい側の駅のホームが見えてきた。急行停車駅だからか、むこうは上りだから人が大勢列を作っている。
「ところでカズちゃん、さっき言おうとした事って何ですか? 話があるんでしたら優しい命が聞いてあげちゃいます」
「四十秒、一応新記録か。だが状況を顧みるとマイナスだよな」
どうやら命と出会ったからには何らかの話題で盛り上がる必要があるらしい。たまには沈黙を熟知してくれ命。
「ああ、さっき命に話そうとした事か。別に、外装も内装も白い建物って聞いたら何を連想するか確かめたかっただけだ」
「全部白い家ですか。随分とファンタジーですね」
命の頭の中も十分にファンタジーだと思うが。
「そうですね、王道でいったら病院とかじゃないですか? 他の建物はどんな物でも色とりどりだと思いますよ」
「なるほど、病院ね……。じゃあそれ以上の情報を手に入れるにはどうすればいいと思う?」
「あ、連想ゲームですね。むむ、ちょっと待ってくださいね」
連想ゲームか。まあ、確かにそのキーワードから一つの場所を見つけださなきゃいけないんだからその通りか。問題はその解答の選択肢が無数にある事だが。
命は首を色々な方向に動かしながらしきりに考える。はた目だと首の体操に見えなくもない。しばらくして電車が停車する頃、命はさもベストアイデアを思いついたような表情を見せる。
「くすぐって喜ばせるのはいかがでしょーか」
そして、こんな事をのたまってくれました。
「よし、なら命にはこれからそうしよう」
「ええっ! さすがに公衆の面前でそれは困りますよぉ。明日からのあだ名が怪奇爆笑女になんてなりたくないです」
「だったら真面目に考えろ真面目に。こっちだって真剣なんだからな」
怪奇爆笑女か、存外に似合ってるな。学校に広めてみようかと一瞬真剣に考える。
急行停車駅だけあって背の高い建造物は他より多い。確か大手デパートのビルまであったはずだ。逆方向だから見れないけど。本当なら学校への近道はここで急行に乗り換えることがセオリーなんだけど、この私鉄はなぜか下りまで混んでる。そんな急行に乗る命知らずな事は今のところしたくはない。遅刻すれすれになったら手段選んでる暇はないが。
そんな上りホームを見ていて、ふと見かけた顔を目にする。
「あいつは……?」
間違いない。アイツは昨日俺が偶然に出会った、警官達と一緒に行動していた少年(?)だ。乗車する列には一向に加わらず、耳に手を当ててしきりにしゃべっている。大方イヤホンでも付けていて、無線を聞いてるのだろう。
でも、何で少年(?)がラッシュアワーのホームにいるのだろうか。やはりこれも事件の捜査の一部なのだろうか?
「やっぱり何気ない日常会話で打ち解けるしかないんじゃないですか? 話題としては予言や占いなんてどうでしょうか」
「予言はともかく占いは嫌いだ。理由はさっきと同じ。占星術みたいに学問として発展を遂げたものはともかくな。だけどやっぱり日常会話かー。とりあえずそれ参考にしておくぞ」
「さりげなくけなしと持ち上げが入りましたね。見事なコンボですー」
少年(?)は上りホームではなくて、どうやら下り電車の乗客を観察しているらしい。こちらを観察しては、耳に手を当てて報告を行う。
「あれ? あそこにいる子、昨日名刺配ってた人ですよね」
命もどうやら少年(?)に気づいたらしい。彼の方を指差して俺に同意を求める。
「ん? 命も彼に出会ったのか?」
「もちろんですよ。私だってこの電車使ってるんですから」
と言いつつ鞄をあさり、取り出したのは俺が鼻紙代わりに使った名刺だった。しかも手帳に挟んである几帳面さを発揮している。
「ほらほら、今時丸文字を使う人も珍しいですよね。しかもそれでいて漢字も使っているし、ユーモアがあります。面白かったんでとってあるんですよ」
だからこそ逆に呪いの一文に見えてならないんですがね。最も、普通の名刺でも処分しただろうけれど。
「彼らが捜査してるのって昨日わたし達が話し合った事件の事ですよね。こっちも負けずに推理しちゃいましょう。今日は動機面からで」
それで、と続く命の主張を音楽に、俺は何気なく葛木の方へと目を向けた。
窓ガラスの淵に肘を乗っけて、顎を手に乗せる。完璧にリラックスした状態で外を眺めていた。もちろん俺と同じで上るホームだけしか見えない。
その時の葛木の表情が、随分と退屈でつまらなそうに見えたのは俺だけだろうか。
学校、一時間目。先生による一方的な授業を聞き流しつつ、俺は窓の外を眺めていた。
外は昨日の大雨が嘘のように晴れやかで、日差しがまぶしい。それでも名残りはあって校庭は一面水びたしだった。これは今日の体育は体育館直行だな、と他人事のように考えが浮かんでは消える。
きっと散歩をすればさぞ面白い光景を目の当たりにできるだろう。雨に濡れて日光で輝く木々を眺めているのはいつまでも飽きないし、公園でどろんこ遊びをする子供達を眺めるのも趣がある。一日かけてもいいほどの日なのに、なぜ俺はこうして屋内に閉じこもっているのだろうか。
教室の方に視線を戻す。相変わらず最前列で十六夜《いざよい》は黙々と先生の述べた事をかいつまんでノートに写し、優等生をアピールする。命はどうにかして授業についていこうと勉めているようだけれど、無駄な努力に終わりつつある。睡魔に襲われて首が振り子よろしく動いている。
反応が面白いのはこの二人だけだが、今日は登校時に出会った事もあり、葛木にも目が向いた。彼女はこの授業がお気に召さないようで、しきりにボールペンをまわしている。薬指まで使うの始めて見た。俺がやるとせいぜい二回転で一回止めてるけど、葛木は高速で旋回させていて、ジャグリングみたいだ。
こんなふうに時間を潰していると、あっけなく授業の終了を知らせるチャイムが鳴り響く。と同時に先生は笑顔も何もなしに教科書やノートをそろえ、教室から出て行った。静けさ漂う空間はどこへやら、皆さん一斉に雑談に入る。どうやら俺はその輪に加わる必要がなかったようなので、相変わらず外を眺める事にした。
「カズちゃんカズちゃん、聞きました?」
突然耳に入ってくる、明るすぎて元気すぎる声。こんな声の持ち主、このクラスでは一人しかいない。
「って休み時間にも声をかけるのか、命」
俺は思いっきりため息をもらして声の主、命に対して言葉を投げかけた。朝十分に話したつもりだったし、命とは休み時間に語り合う仲でもなかったはずなんだが。
「朝見かけた少年、この学校に来てるみたいなんですよ」
無視かよ。俺の言い分あっさり却下ですか? それとも命にとって俺は――ちょっと待て。
「今、何て言った?」
「だから、朝見かけた少年が来てるんですよ。この学校に」
一瞬で表情がひきしまる。いきなり日常から蹴落とされた気分。それを味わいつつ俺は立ち上がった。
「何で警察がここに来てるんだよ」
「まだ情報が入ってきておりません。残念でしたー」
命は笑顔で携帯電話を提示する。どうやら授業中、俺の見ていない間にメールのやりとりをしていたらしい。着信メールの数は軽く十を超える。
それだけ話題にのぼっていても騒ぎがないのは、多分その少年(?)が警察関係者だと公言していないからか。制服を着ていないから、一目見ても普通の来客にしか思われないのかもしれない。
「……なあ、一体何のためにこの学校にあいつが現れたんだと思う? 当たり前だけど、校長とお茶のみに来たわけじゃないよな」
「連続強盗殺人事件の手がかりを得たんじゃないですか?」
そう考えるのが妥当だろう。普通なら誰だってそう考える。
だけど、俺にはもう一つの考えが脳裏をかすめた。手がかりを得たどころの話ではなく、一歩次の段階が。この考えが正しければ、少しばかりまずい事になりそうだ。
「この学校にわざわざ来たのは、生徒や教師から事情聴取するためとは思えないんだけれどもな」
「それ、どういう事です?」
好奇心に彩られた表情を見せる命。普段ならあしらって終わりだったけれど、俺も説明する気だったので彼女の顔を見据える。
「つまりだ、もう手がかりを得る段階を過ぎていて、犯人の断定まで進んでいるんだ。ここに来たのはその確信を得るためだろ」
「え、それってつまり……」
ああ、多分命の思っている通りだろう。
「俺たちが通学で使ってる私鉄を同じく使っている、生徒か教師が犯人って事だ」
息を飲む命。あまりに動作が大げさで、クラスメイトからの視線が集中している気もするけれど、命に関してだから毎度の事だ。
「もちろんこれだって推測だらけで全く根拠はない。単純にここが私鉄沿線で、ちょっと有名な進学校だったから寄っただけかもしれないしな」
「そ、そうですよね。まさかこの学校に限ってそんな事する人なんていませんよねー」
あははーと笑う命だけれども、その笑いは命らしくなく、完全に引きつっていた。
不意に女子の高い声が上がる。聞こえた方向は階段の方。まるで今売れ時のアイドルが参上したかのような歓声だ。ただ、歓声は一度きりで後に起こったのはざわめきだった。女子だけでなく、男子にまでその波紋は広がる。
一体何の事かと、俺と命は扉から廊下をうかがった。そして一目見ただけでその理由が分かってしまった。
「あいつは――」
「少年と一緒にいた方、ですよね……」
歓声の正体は、少年(?)と共に名刺を配っていた青年がこちらに向かってくる事にあった。
アイドルのように彼を追いかける事はさすがにしない。だが女子が彼を見る目は正直他の男子へのものと比べて、比べて……ごめん。比べると男子が可哀想になってくるほどだ。女子が彼をそんな目で見るので、男子は逆の印象を即座に抱いたようだった。中にはいさぎよく敗北を認めた奴もいるけれど。
「かっこいいですねー。あこがれちゃいますよ」
毎度ミーハーな命は置いといて、と。これほどまでに男子を敵に回して女子を味方にする男性もめずらしい。
青年は手元の紙と教室番号を確認しながら、こちらの方へと足を運んで……あれ? この教室の前で止まった?
クラスは騒然となる。青年は無表情のままに教室へと足を踏み入れた。
「失礼ですがそこの貴方、私たちのクラスに何かご用でしょうか?」
誰かが青年に何かをする前に、今まで座して次の授業を待っていた十六夜が立ち上がって前に出る。さすがはクラス委員長兼優等生の中でも模範とされる人物、他のクラスメイトとは反応が違う。普通なら囲んで質問攻めがいいところだろう。
青年も十六夜の言葉をもっともだと受け止めたのか、笑みを崩さずに、
「勉学中ですまないけど、どうしてもこのクラスで聞きたいことがあるんだ。少しだけ時間をくれないか?」
まるで友人に話すように親しく述べる。慇懃さもはどこにもなく、あくまで事務的。それが女子の視点からはどう映ったのだろうか、ため息がそこかしこからもれる。十六夜はさすがで、しばし熟考した後にうなづくだけだった。
「みんな、席に戻りましょう。まずは彼が話しやすいように」
「いや、そこまで手間を取らせたくはない。みんなもこのままで聞いてほしい」
む、俺の中での青年の位置づけが若干好転する。警察のような上から見下したような視線をしないのは正直ありがたい。男子も普通の二枚目と違うと感じたのだろうか、ざわめきに嫌悪感がなくなってきていた。
「まず昨日は俺を見かけた人が多いと思う。俺は小泉望《こいずみのぞむ》、とある事件の調査をしてる。その一部として名刺配りをしてたんだが、今それ持ってる子はいる? 正直味気ないし、捨てた子が多いと思うんだけど」
青年の言葉は親近感がわくのか、みんな警戒心なしに手を上げていく。比率で言えば女子の方が圧倒的に多い。認めたくはないけれど、やはり顔と物腰が一般男子と一線を引いているからだと思う。もちろん、その中には命も含まれている。
青年はそれを見てうなづき、ホームで見かけた少年(?)のように耳に手を当てて、マイクで何かをささやく。数秒後にはその行為をやめたけれど、どうやら捜査は芳しくないようだ。
しかし、あの不気味な名刺に一体何かの意味があるのだろうか。普通では分からないような小型の発信機が備えられているとか。でなくても俺が捨てる選択肢を変える事はなかっただろうけど。
「そうか、ところでこのクラス、今この場にいるのが全員?」
「いえ、まだ来ていない生徒も若干おりますし、トイレに行った生徒もいますので。事前に言ってくだされば連絡網を回しましたのに」
言われてみれば数人見当たらないな。次の授業もここだけど、休み時間中別のクラスにお邪魔してる生徒もいるしな。
「いや、こっちが勝手に来ただけだけだから、そこまでの心遣いはいらないよ。とりあえずそれだけだから、何か事件の手がかりになりそうな事があったらぜひ俺に言ってくれ」
苦笑いを浮かべて青年は踵を返して教室を後にした。彼が去った後の教室は騒然とするばかりだった。あの彼は誰だろうか、名刺には何の意味があったのか。予想がいくつも出ては消えていく。
「こっこれはもしかして、国家に属する秘密エージェントが警察に協力しているとか?」
一番突拍子もないのは間違いなく命だろうけど。
「きっと警察には任せられない、とんでもない事態に直面した場合に出動する人たちですよ、きっと」
「そうだといいな」
俺はもう反論する気にもなれなかったので、もはや適当とも言うべきあいづちで済ませてしまう。どうせ休み時間は残り数分だ。聞き流すんだから、彼女が満足する形ですませたい。
「カズキ」
そんなふうに考えていたからか、不意をうつ形で聞こえる凛とした声は予想外だった。視線を窓の外から戻すと、腕を組んで立っていたのは十六夜だった。
「悪いけど、葛木さん見なかった? どうも彼女、トイレにもいないらしいの」
「葛木が?」
確かにさっき葛木を見かけなかったけれど、十六夜が心配するほどの事だろうか。
「あの娘《こ》、今までは遅刻もしないでちゃんと通っていたのに、この頃遅刻や早退が多いじゃない。藤原先生がそろそろ面談をしようかしらってぼやくほどよ」
「まあ、確かにこの頃多いけれど、鞄があるのに早退するはずないし、今回は図書室にでも行ったんじゃないのか?」
「……そうね、私の杞憂だったかしら」
十六夜は視線を流すと、颯爽と自分の席へと戻っていった。
なんだったんだろうか、俺と命はお互いに首を傾げながら顔を見合わせるしかなかった。
昼休み、早弁の習慣など俺にはなく、自然とこの時間に食する形になる。たまに図書室に立てこもって時間を潰す事もあって、家で食べる事もあるけれど。
「それではいただきます」
と、箸を持ちながら手を合わせて丁寧に頭を下げる。お母さんがお弁当を作ってくれた時についた習慣だから、製作者が俺だとしても感謝は欠かさない。
「……いつ見てもそのお辞儀は絵になっているわね、カズキ」
それをからかう相手ももはや決まっている、いつものようなやりとり。
十六夜は窓から射す日光によってできる明暗によって、幻想的なまでに存在感を示していた。本人には全く自覚はないだろうけれど、俺に言わせれば彼女の方が間違いなく絵画として成立しているはずだ。
だが十六夜はそんな事は露知らず、食堂に食べに行って空な前の座席に手をかける。
「前、座るわね」
「ああ、かまわない」
十六夜は弁当の包みを俺の机の上で開け、俺と同じようにお辞儀をしてから箸に手をつけた。俺と同じ動作をしているはずなのに、一つ一つの動きが洗練されているためか、自然とクラスの中でも存在感を放っている。なにしろ男子ばかりか女子までが彼女にあこがれているんだから、計り知れない。
この温かい時間が俺はとても好きだった。命との終わりの見えない議論でなく、ゼロとの静かなる世界ともまた違った、十六夜が持つ雰囲気に引っ張られるような時間が。俺のささやかな欲望の一つだから、誰にも邪魔はされたくなかった。
「他のみんなが見てるわ」
む、どうやら顔に出ていたらしい。思わず口元を手で覆ってしまう。そのしぐさを見て十六夜はくすりと笑った。
「変わらないわね、あなたはいつまでも」
「それって成長してないって意味か?」
「いえ、成長してはいるけれど、その根本が変わる事はないって言いたいだけ」
結局は肝心な所が何一つ成長していないって事じゃないか。ゼロや命に言われるならともかく、十六夜に言われると気が滅入る。
俺はため息をもらしながら、自分で作ったから揚げに箸をつけた。弁当にするとご飯の水分のおかげで衣がさくさくしていないけれど、これはこれでおいしい。今回十六夜と行ったトレードは彼女がハンバーグ、こちらはから揚げ二個だった。
うん、市販のよりはるかにおいしい。負けた悔しさはあるけれど、俺のはお手軽手短クッキングに対して、十六夜は本格ディナーの延長だ。負けない方がどうかしてる。
「何か言いたそうね、カズキ」
自然と俺の手が止まり、その仕草を見逃さなかった十六夜の目が細くなる。一瞬のやりとりでは会ったけれど、これだけで十六夜に俺の考えている事が分かるはずが――、
「もしかして、一年前の事?」
気がつけば俺はいつの間にか箸を落としていた。それが俺の制服の上だったから被害は少ない。動揺を悟られない努力は無駄だ。十六夜の凄さは容姿でも学力でもなく、その鋭さにあるんだから。
俺の反応を肯定と見て取った十六夜はそう、とつぶやいて一息置いた。
「私とあなたはこうしているけれど、あの時は浅田《あさだ》さんと雪城《ゆきしろ》くん、それに本間《ほんま》くんが事件の犠牲になってしまった。もし順番が違っていたならば、今この場にいないのは私たちだったかもしれない」
「言うな、それを」
二人して俺たちが一学年下だった頃の教室の方へと顔を向けた。今のクラスも今で楽しいけれど、その時のクラスもまた別の意味で楽しかった。目をつぶればありありと思い出せる体育祭。あれでクラスは一致団結できたと思う。
……けれど、あの事件はおきてしまった。
俺たちの学年の生徒が次々と殺されていく、恐怖の事件が。
結果を見れば浅田と雪城、そして本間の三人だけが殺されて事件は終結した。偶然だけど、全員一学期の期末試験で何らかの科目で一位を獲得した人物だった。一位を獲得した残った生徒は二人、俺と十六夜だけだった。もし犯人がこの共通点で犯行に及んでいたとしたら、今いなかったのは俺たちだったかもしれない。
あの事件はあの事件で不可解なものだった。ニュースを見るかぎりだと首を切断されて殺害されていたとの事。だが、学校で流れた噂ではそれは異様なものとなっていた。
三人は、首をねじ切られていたと。
所詮はヨタ話に過ぎない。だけど、どちらにしても俺たちの学年は三人がいなくなってしまったんだ。俺たちのクラスでは本間と雪城がいなくなった。その後の音楽祭や学園祭があっても、俺たちの気分は晴れる事はなかった。
「小泉さん、例の事件について調べてるって言ってたよね」
言ってはいないけれど、昨日の少年(?)の口ぶりでは間違いなくそうだろう。名刺配りや学校訪問でどんなふうに事態が好転するかは俺には理解できないが。
だけど、必ずや意味があるはずだ。学校の最寄り駅で名刺配りしてた事も、今日の学校訪問も。
思い出すのは一年前の喪失感、浮かんでくるのは今後の最悪な出来事。
「もしかしたら、またこの学校からいなくなる人が出てくるんじゃないかって、カズキはそれが心配なんでしょう?」
既に俺はもう自身が理想としていた、まったりとした日常にはいない。もしかしたら、この学校から被害者か加害者が出るのではないか、そう思わざるをえないんだ。そしてまた日常の一ピースが欠けていき、パズルが完成する事はなくなってしまう。
「この学校からは誰も犠牲にならなければいいのだけれども……」
「そうだな……」
俺たちはため息交じりで校庭を眺める。昨日の大雨のせいか、校庭はぬかるんでいて、体育も行われないほどだ。誰もいないと思ったんだけど、命たちがサッカーボールでけまりを再現していた。運動神経がいいのか悪いのか、命はパスを一応出しているけれど、次の人が失敗してるみたいだ。
この日常が欠ける、か。考えたくない。この光景を見ているとしみじみそう思う。
「なに陰気くさい顔してるのよ」
いきなり横から俺のウィンナーをつまみ食いする不届き者が一人。しかも、ちょっと塩気が足りないわね、なんて言いながらつまんだ指を舐め取る。それが盗人の言う台詞だろうか。もちろん否だ。
「葛木、俺の弁当をパクるのは新手の嫌がらせか?」
「いえ、あまりに暇そうにしてたからに決まってるじゃない」
不届き者こと葛木を睨みつけはするけれど、効果は全く無い。むしろぼーっとしてた俺たちが悪いみたいな言い方だ。
「それより毎日毎日、よくもまああんた達こんな退屈で無駄な時間を過ごせるわね。まるで定年退職した後の老夫婦みたいじゃないの」
う、それについては反論の余地が無い。俺が平穏を望んでいるせいか、どたばたした行事を避けているのも否定しない。
「もっと昼休みは学生らしく体動かして、青春の汗を流さないとね!」
「それいつの時代だ」
「今よ今。さ、カズキも十六夜さんも、もう食べ終わったみたいだから校庭出てけまりでもしましょうよ」
って命のグループの事か。いつから葛木は勧誘員になったんだ。と言うより十六夜はともかく、俺の弁当はまだ半分近く中身を残してるのは分かってるよな。
「葛木、悪いがこの状況見れば分かるだろ。俺はまだ飯を半分も食べてない。他のクラスメイトにあたってくれ」
「どうせ十六夜さんとしゃべってて時間忘れただけでしょう。ほら見なさいよ。十六夜さんはもう完食してるじゃないの」
それは十六夜が見かけによらず、食のペースが物凄く速いからだ。名誉のために言っておくが、決して俺が遅いのではない。
十六夜が、大食いなだけだ。
「そうね、たまには体を動かして時を過ごすのもいいかしら。ほらカズキ、葛木さんと行きましょうよ」
「なにっ? いた、痛い痛い痛いっ、耳引っ張らないでくれっ。それにまだ弁当片付けてないっ」
「葛木さん、私たちは先に行ってるから、貴女はカズキの弁当片付けておいて」
十六夜はいつものように微笑んでいる。微笑んでいるけれど、とてつもなく黒い。邪悪だ。俺はこんな顔をされるような事はして……もしかして、大食いだって思ったからいけないのか? それのせいなのか?
十六夜の言葉を聞いた葛木は、なんだかとても瞳を輝かせて歯を見せながら笑う。
「そうね。カズキの弁当はおいしいから、ありがたく片付けさせてもらうわ」
「待て待て、片付けと味とは無関係のはずだぞ。ふたを閉めて包むだけだろ。もしかして葛木、おまえ、食う気か?」
「当たり前じゃない。あたし弁当持ってきてないし、昼食は五時間目と六時間目の間に手早く済まそうかと思ってたほどだもの。あたしの口に入る事を感謝なさい」
「どんな王様発言だっ! 俺の弁当を返せよーっ!」
俺は十六夜に引きずられながら、弁当の末路を目の当たりにするしかなかった。ああ、さらば俺の力作。次からはこの事も想定に入れて、もう少し量を少なくしておくか。
ん? そう言えば葛木の奴、いつ教室に戻ってきたんだ?
放課後は別に何もなかった。街灯咲き乱れる夜の道はいつものようににぎやかで、それに負けず劣らず命と葛木はしゃべりあっていた。女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、二人だけでも十分に存在感を放っていた。
「それでさ、ネットゲームで『キャメロットサーガ・オンライン』っていうのがあって、今それにはまってるのよ。あたしが操作してるのは聖騎士、つまりパラディンで敵を聖剣でばったばったとなぎ倒すのよ」
「オンラインゲームですかー。わたしはやった事ないんですけど、面白いんですか?」
「もちろんよ。なんて言っても技がカッコいいのよ。こう剣が光ってそれを振りぬく事で敵が一刀両断されたり、手を旋回させてゾンビを浄化したりって、そりゃもう色々とできるわよ。命もぜひやりなさいよ」
「んー、わたしの家は電話回線ですし、家族もうるさいですしねー」
さっきから話す話題はゲームばかりだ。朝から超常現象を話したがっていた二人はどこへやらだ。
「へえ、パラディンか。レベルいくつ? 俺今ドルイドでやってるんだけどさ、七十代から伸びないんだよ。だから未だにベンウィックに行けなくてさ」
「七十代ならログレスに行った方がいいわよ。敵民族攻略イベントやってるからギルドがうざいけど、経験地の入りは中々だしパーティーも組みやすいから。ちなみにあたしは百十代で、アルスターに突入したわ。しかも超レアアイテム、カリバーンの両手持ちでね」
「嘘……! カリバーン持ちなんて見た事もないんだけど。どうやって見つけだしたんだよ。伝説の武器って一ヶ月間ねばってもドロップ率の低さから手に入れられないやつらが多いって聞くのに」
「根性よ。この前の連休中、不眠不休である敵を倒しまくってようやく手に入れたんだから。それでもものすっごく運が良い方なんだからね。なんなら八十代になるまでレベルアップに付き合ってやってもいいわよ。どうせあたしもアヴァロンは当分先だしね」
その会話に俺も積極的に参加しているのだから、もはや文句の言いようもない。
ゲームの話をする時の葛木は勝ち誇ったような笑顔を作っていた。ゲームの中のキャラクターをまるで自分の分身……いや、自分自身のようにとても嬉しそうに語るのだ。それはまるで葛木という一人の冒険者が起こす日記だろうか。
思わず葛木自身が剣と鎧を装備し、最強モンスター種族のドラゴンに挑む姿を想像してみる。……物凄く似合っている。今のような笑顔でドラゴンを倒すのかな。
「そう言えばオンラインゲームで生計をたてる人たちがいるみたいですねー。自分の好きな事だけして生活できるってすごいですよね」
命は命で経験はないけれど、他の知識で埋めてくるので会話が成立している。俺が経験なしだったら適当なあいづちだけで済ましているだろう。そこが俺と命との決定的な違いなのだろうか。
「妙な知識はあるのねー。ゲームの金を現金と交換できるように、レアアイテムも現金で取引されるほどだから。今話してたのだったら、カリバーンを売り払っちゃえば数ヶ月は働かなくて済むほどだし」
「だけどなあ、ゲームの世界にまで現実世界での力を行使するのはどうよ、と俺は思うんだけどな。ゲームはゲームとして楽しみたいし」
「そう? ゲームで現実を、現実をゲームで操作できるなんてとっても面白そうじゃないのよ」
(ここらへんからあまりに単調になってる気がして色々と修正してみたけど、のらなくなったので強制終了。ちなみにこれで原稿用紙144枚)
駅では昨日と同じで小泉さんと少年(?)達が名刺配りをしていた。今度は無くさないでくださいね、と少年(?)ににっこり笑われても俺の決心に揺るぎはなく、今度は紙飛行機にして遠くに飛ばしてみた。数メートルも飛ばずに墜落、やはり名刺だと重いらしい。
家に帰ってもそれはあまり変わりない。
(以上。これを元に再度書いてみる可能性は多分低いかと)
この後の展開として考えているのは、
第二部、葛木素子が『適合者』と判明。カズキの家にやってくる。
素子の『能力』は『(名称未定)』、インターネットゲームで自分が育てたキャラのデータを、現実世界にいる自らに上書きするもの。
能力を使ってテレポートしてきた素子だったが、事件を起こしている『適合者』ではなく、別の人物が来襲する。
真犯人、(名前未定)の『能力』は『(名称未定)』、自分が写るもの(鏡など)の間を自由に移動する事が出来る。ただし制限として、物を小さくする事ができないので大きいものを移動させる時はそれ相応の大きさの物が必要というもの。
素子はカズキの前で(名前未定)を倒す。
第三部、素子とカズキの前に現れたのは小泉望と少年(名前未定)。彼らは『適合者』でのみ構成される『適合者』に関しての出来事を管理する特殊機関。
新たなる適合者となった素子に『適合者』、『能力』とは何かを説明。
その事をいち早く知ったのは、眼帯の『能力』が『(名称未定)』、直筆の物から半径1メートル以内の『適合者』の存在を把握するものだから。
と同時に特殊機関の『適合者』の『能力』『(名称未定)』、ある任意のキーワードに関する88時間以内の出来事を全て忘却する(一回かけてしまうと24時間は再発動ができない)をカズキは受ける。
が、特殊機関はゼロの存在を把握できていなかったので結局カズキの知る事になるが。
この後の展開は未定。
第四部、『適合者』の存在を隠そうとする特殊機関に対して、『適合者』こそが人類の進化した形だと主張する組織が存在する。
禊の『能力』は危険だと判断されていて、特殊機関によって封印されていた所、収容されていた施設が組織のものに襲撃を受けて彼女は町中をさまよう事になったのだった。
特殊機関の『能力』でカズキがソレについて調べている事が判明し、清原禊の存在が知られる。
禊は無事に送られると思われたが、何者かによって襲撃を受けて禊は行方不明に。
組織の能力者、京極命(十六夜と思わせる描写を何とか……)の『能力』は、対象の『能力』の性能を向上させるもの。ただし一定条件(未定)を満たさなければ対象にはならない。
それによって禊は学校の敷地内で暴走、小泉や少年が立ち向かう。
小泉の『能力』は自己の世界に相手を引きずり込むもの(Fate/stay nightの固有結界よりはウルトラマンネクサスのメタフィールドに近い)で、少年の能力は未定。
そんな禊の暴走を止めたのはカズキ。禊の能力を受けても無事で、彼女を救い出した。
エピローグ、ゼロ=上杉零奈(れいな)は『適合者』で、その『能力』自分と全く同じ存在を創り上げる。その存在が死ぬか経験をリセットされた時にその存在の経験が自らに帰ってくる。そうなった時以外に新たな発動は不可能で解除も不可能。制約として、自身は他人と一切関われないというもの。
上杉カズキ一姫はゼロによって創られた『能力』であったために禊の能力を免れた。
カズキはゼロを気づかったために中性的に振舞っていただけで、実際は女。
結局特殊機関から特例が認められて、禊はカズキの家ですごす事になる。
以上、結。