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「暇だ……」
私は思わずそうつぶやいてしまった。そのつぶやきでその暇がなくなるとは全く考えていなかったが、何もしないよりもはるかに理にかなっている。
伽藍の堂。いつもならば事務所には取引先と電話をする幹也、ソファーにただ座っているだけの式、魔術書の写本を作っている鮮花、そしてたまった資料の整理をする藤乃がいて、黙々と作業をする中でも雑談がたまにかわされていた。だが差し迫った仕事がない今、休日でもある今日いるのは私、蒼崎橙子だけというわけだ。
読みたい本もなく、かと言って外を歩きたい気分でもない。ただ私は休日だと言うのに事務所の机に座っている。こんな時に吸う煙草は退屈しのぎになるかといえば、もはや吸うことが日常と化してしまっているため、そんな事はなかった。
「テレビでも見てるか……?」
がらにもない事をぼやくのも何度目だろうか。
そう言えば幹也が昨日テレビについて話題に出してたな。何でもどこかのドラマが面白いとかアレはこうするべきだったとか。正直日本のドラマは「これはセットでとってますよー」と主張しているように見えて見る気になれない。もう少し英国のぐらいに金を作って、スケールも大きくした方が良いと思うのだが……。
「やれやれ……」
もしこれで天気が良かったらもう少し選択肢も増えただろうが……。
おもむろに私は窓の外を眺める。はっきりと言ってしまえばそこは雨だった。しかも大雨だ。これでもかと言うぐらい強風もある。こんな天気で外に出る方がどうにかしているし、何かをやろうという気が起きないのも当然だ。
建物の掃除は却下。一人でやるのには広いし、何より二階の整理をしていたら明日になってしまう。一人でさみしくトランプなどのゲームをやる事も却下。むなしすぎる。つまらないのを覚悟で本を読む、か。最終手段として保留だな。
「決定、今日はテレビを見て一日過ごす方針で」
もっとマシな事に時間を割きたかったが、思いつかない以上ここで何もしないよりはいいだろう。そうと決まればとっとと立ち上がって……。
「ん……?」
席を離れようとした瞬間、私の席の電話が鳴り響いた。一体誰だ?
疑問に思うが、とりあえず個人と営業先の両方の可能性を考慮した上で受話器を取る。
「はい、伽藍の堂でございます」
電話で表情を変えても何の意味もないが、営業スマイルが自然にうかぶ。
「あ、橙子さん、僕です」とか「突然の電話申し訳御座いません。私は……」とか、どう続くのか予想したが、
「え……?」
疑問詞で言われる事は全く頭になかった。はて、おかしな事は何一つ言っていないはずだが。
「え、と……」
電話相手の私でも相手、多分女性は動揺しているようだった。つまり、間違い電話か……。
「す……すみません。間違えました……っ!」
がちゃり、と音をさせて受話器を下ろす音が聞こえてくる。私もそれを聞いてからゆっくりと受話器を下ろす。しかし……、ここに間違い電話でかけてくるなんて随分と珍しい事もあるものだ。
やれやれ、そう思いながら私は部屋を出て行こうとして……、また電話が鳴る。これはまた珍しい。こんな間隔で電話が鳴るとは……。
「はい、伽藍の堂でございます」
「ええっ……!?」
……。
さっきと同じ人物。二度続けてここに電話をかけてくる。これは偶然ではなく、意味があるはず。ならば……。
「失礼ですが、どちらに電話をおかけですか?」
「え……ええっと……、」
彼女が述べた電話番号は確かにこことよく似てはいたが、同じではない。二個ほど違う数値で構成されている。
「すみません、一度ならず二度まで……」
「いえいえ、あやることはないですよ。誰にでもあるミスですから」
本当に誰にでもあるミスなのかは分からないが、あやまるほどの事でもない事には間違いない。
「それでは本当にすみませんでした」
「はい、それでは失礼します」
今度は私のほうから受話器を下ろす。
ふう。随分と可愛らしい声をしていたけど、雰囲気は二十代前半から後半と言った所か。わりとおっとりめで堅苦しさが全くない。世間話でもすれば話題ぐらいはでるだろうな……。
「こんな事を考えるなんてよほど退屈しているのかな……?」
煙草を灰皿に押し付け、私は思わず微笑を浮かべる。
正直、幹也が来る前はここは私一人が当たり前だった。それが今はあいつらがいないことの方が非日常になっているとはな……。おかげで退屈せずにはすんでいるが、逆に1人になるとこうも退屈さが際立つのも問題だな。
ぼやきながらも今度こそ部屋を出ようとする。と、意外と言うか案の定と言うか、再び電話がかかってくる。
「はい、伽藍の堂です」
「えええっ!?」
やっぱり。二度あることは三度あると言うけど……。思わず顔を覆う私をよそに、女性は狼狽していた。この場合はどうすればいいのか…。
「ちゃんとかけたはずなんですけど……」
先ほど言われた電話番号、ここの番号と違っているのだから、かけようとしている電話番号がここなのはありえない。つまり、偶然が三回起こったのか、それとも……。
「一体誰にかけようとしてるのですか? 世間話程度なら私が代わりに相手致しますけど」
退屈、この言葉がここまで私を懐柔させるとはな。普段なら考えられない事だ。
一方、相手はというと、私の提案が意外だったようで、先ほどから「うーん」とか「えー……」とか言っている。
「確かにかけようとしていたのは親友の家です。その…世間話をしようと思ったので……」
「なるほど。で、どんなものです?」
「いえ、最近本を読み始めまして、それについて少し語ろうかな、と」
本か、それなら魔術書から絵本まで幅広く読んでいるから会話は成り立つな。幹也にその話をしたら意外とあいつもその話に向いていると言う事が分かって二時間ぐらい語った気がする。……そのせいで徹夜決行したのが痛かったが。
「その話でしたら何とか会話できると思いますよ。ここに電話がかかったのも何かの縁ということで」
「すみません。もしかしたら忙しかったですか?」
「いえ、そんな事はありません」
こんな事で断言はしたくはなかったが、事実は曲げようがない。ん、そういえば……、
「まだ名前聞いてませんでしたね。私は蒼崎橙子と申します」
「あ、わたしは千寿麗菜といいます。今日はよろしくお願いします」
相手、麗菜が深々と頭を下げているのが眼に見えてくる。
これで今日は退屈せずにすみそうだ。
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