/

「暇だ……」
 私は思わずそうつぶやいてしまった。そのつぶやきでその暇がなくなるとは全く考えていなかったが、何もしないよりもはるかに理にかなっている。
 伽藍の堂。いつもならば事務所には取引先と電話をする幹也、ソファーにただ座っているだけの式、魔術書の写本を作っている鮮花、そしてたまった資料の整理をする藤乃がいて、黙々と作業をする中でも雑談がたまにかわされていた。だが差し迫った仕事がない今、休日でもある今日いるのは私、蒼崎橙子だけというわけだ。
 読みたい本もなく、かと言って外を歩きたい気分でもない。ただ私は休日だと言うのに事務所の机に座っている。こんな時に吸う煙草は退屈しのぎになるかといえば、もはや吸うことが日常と化してしまっているため、そんな事はなかった。
「テレビでも見てるか……?」
 がらにもない事をぼやくのも何度目だろうか。
 そう言えば幹也が昨日テレビについて話題に出してたな。何でもどこかのドラマが面白いとかアレはこうするべきだったとか。正直日本のドラマは「これはセットでとってますよー」と主張しているように見えて見る気になれない。もう少し英国のぐらいに金を作って、スケールも大きくした方が良いと思うのだが……。
「やれやれ……」
 もしこれで天気が良かったらもう少し選択肢も増えただろうが……。
 おもむろに私は窓の外を眺める。はっきりと言ってしまえばそこは雨だった。しかも大雨だ。これでもかと言うぐらい強風もある。こんな天気で外に出る方がどうにかしているし、何かをやろうという気が起きないのも当然だ。
 建物の掃除は却下。一人でやるのには広いし、何より二階の整理をしていたら明日になってしまう。一人でさみしくトランプなどのゲームをやる事も却下。むなしすぎる。つまらないのを覚悟で本を読む、か。最終手段として保留だな。
「決定、今日はテレビを見て一日過ごす方針で」
 もっとマシな事に時間を割きたかったが、思いつかない以上ここで何もしないよりはいいだろう。そうと決まればとっとと立ち上がって……。
「ん……?」
 席を離れようとした瞬間、私の席の電話が鳴り響いた。一体誰だ?
 疑問に思うが、とりあえず個人と営業先の両方の可能性を考慮した上で受話器を取る。
「はい、伽藍の堂でございます」
 電話で表情を変えても何の意味もないが、営業スマイルが自然にうかぶ。
 「あ、橙子さん、僕です」とか「突然の電話申し訳御座いません。私は……」とか、どう続くのか予想したが、
「え……?」
 疑問詞で言われる事は全く頭になかった。はて、おかしな事は何一つ言っていないはずだが。
「え、と……」
 電話相手の私でも相手、多分女性は動揺しているようだった。つまり、間違い電話か……。
「す……すみません。間違えました……っ!」
 がちゃり、と音をさせて受話器を下ろす音が聞こえてくる。私もそれを聞いてからゆっくりと受話器を下ろす。しかし……、ここに間違い電話でかけてくるなんて随分と珍しい事もあるものだ。
 やれやれ、そう思いながら私は部屋を出て行こうとして……、また電話が鳴る。これはまた珍しい。こんな間隔で電話が鳴るとは……。
「はい、伽藍の堂でございます」
「ええっ……!?」
 ……。
 さっきと同じ人物。二度続けてここに電話をかけてくる。これは偶然ではなく、意味があるはず。ならば……。
「失礼ですが、どちらに電話をおかけですか?」
「え……ええっと……、」
 彼女が述べた電話番号は確かにこことよく似てはいたが、同じではない。二個ほど違う数値で構成されている。
「すみません、一度ならず二度まで……」
「いえいえ、あやることはないですよ。誰にでもあるミスですから」
 本当に誰にでもあるミスなのかは分からないが、あやまるほどの事でもない事には間違いない。
「それでは本当にすみませんでした」
「はい、それでは失礼します」
 今度は私のほうから受話器を下ろす。
 ふう。随分と可愛らしい声をしていたけど、雰囲気は二十代前半から後半と言った所か。わりとおっとりめで堅苦しさが全くない。世間話でもすれば話題ぐらいはでるだろうな……。
「こんな事を考えるなんてよほど退屈しているのかな……?」
 煙草を灰皿に押し付け、私は思わず微笑を浮かべる。
 正直、幹也が来る前はここは私一人が当たり前だった。それが今はあいつらがいないことの方が非日常になっているとはな……。おかげで退屈せずにはすんでいるが、逆に1人になるとこうも退屈さが際立つのも問題だな。
 ぼやきながらも今度こそ部屋を出ようとする。と、意外と言うか案の定と言うか、再び電話がかかってくる。
「はい、伽藍の堂です」
「えええっ!?」
 やっぱり。二度あることは三度あると言うけど……。思わず顔を覆う私をよそに、女性は狼狽していた。この場合はどうすればいいのか…。
「ちゃんとかけたはずなんですけど……」
 先ほど言われた電話番号、ここの番号と違っているのだから、かけようとしている電話番号がここなのはありえない。つまり、偶然が三回起こったのか、それとも……。
「一体誰にかけようとしてるのですか? 世間話程度なら私が代わりに相手致しますけど」
 退屈、この言葉がここまで私を懐柔させるとはな。普段なら考えられない事だ。
 一方、相手はというと、私の提案が意外だったようで、先ほどから「うーん」とか「えー……」とか言っている。
「確かにかけようとしていたのは親友の家です。その…世間話をしようと思ったので……」
「なるほど。で、どんなものです?」
「いえ、最近本を読み始めまして、それについて少し語ろうかな、と」
 本か、それなら魔術書から絵本まで幅広く読んでいるから会話は成り立つな。幹也にその話をしたら意外とあいつもその話に向いていると言う事が分かって二時間ぐらい語った気がする。……そのせいで徹夜決行したのが痛かったが。
「その話でしたら何とか会話できると思いますよ。ここに電話がかかったのも何かの縁ということで」
「すみません。もしかしたら忙しかったですか?」
「いえ、そんな事はありません」
 こんな事で断言はしたくはなかったが、事実は曲げようがない。ん、そういえば……、
「まだ名前聞いてませんでしたね。私は蒼崎橙子と申します」
「あ、わたしは千寿麗菜といいます。今日はよろしくお願いします」
 相手、麗菜が深々と頭を下げているのが眼に見えてくる。
 これで今日は退屈せずにすみそうだ。



理想夫婦
第一話

   /

 暇なのでボーっとテレビを眺める。相変わらずこの時間で流れるのは一人の司会者だけでギネス記録出しそうな番組とかニュースとか。本当、もっとテレビにも新規参入とかあってもいいと思うんだけど、どーよ?
 現在俺、メシ中。うどんをすすりながらテレビを見てるってわけだ。本当なら昼飯抜きでもよかったんだが、
「ダメです! ご飯は一日の活力の元、ちゃあんと食べないと大きくなれませんよ!」
 なんて言ってくれた二十台半ばの女同僚。あまりの剣幕に済し崩される形でこうしてるわけで。
 本当ならカップラーメンでもよかったんだが……さすがにそうもいかないか。栄養偏るとかまた言われる可能性高いし。朝食は甥の家で堪能したし、別にぬいたってかまわないんだがなぁ……。
「ぬ、そろそろ時間か」
 テレビを見てみると芸能人達が体力系の競技を行ってる。曜日対抗選手権とかいったっけ。これがやってるって事は昼の時間も終わり。
「あれ? 秋巳刑事、まだ食べてたんですかぁ?」
「うるせー、おまえみたいに早食い得意じゃないの」
 急いで丼の中に入ってるうどんを残らず食べてしまう。汁が残ったけどま、いいか。
 さて、午後もまったり仕事にいそしみますか。

「……なんて言ってたはずなんだがなぁ……」
 あれ? 俺どこで道順間違えた? 午後はですくわーくをするはずだったような気がしないでもないんですけど?
「あれ? 秋巳刑事? もしかしてお昼ご飯の食べすぎで胃もたれですか? いい胃薬ありますよ」
 なんて俺の疑問を一発で晴らすような陽気な声。間違いない。この声を間違えようも無い。
「いらねえし違うし」
「秋巳刑事にでしたらお安くしときますから」
「金取るのかよ!」
 こんなやり取りをするのは同僚の刑事、黒崎奈々華。さっきから話してるのも彼女。本当に試験受けて警察官になれたのかよと思うほど能天気というか、肝が座ってるっていうのか、とにかくそんなやつ。
「で、黒崎刑事。何で俺にばっかつきまとうわけ?」
「そりゃあ秋巳刑事、検挙率高いですからそのおこぼれに預かろうと思いまして」
 と黒崎、ご丁寧に頭を下げて敬意を表す。当然これを真に受けていたのではこいつと付き合う事は不可能。
「……俺の評判があんまよくない事は知ってるだろ。なら――」
「いえいえ、だからこそ掠め取っても問題ないかと」
「をい」
 そんな理由でか。少しどころかかなり頭痛くなってくるな。
「おい、そこの莫迦二人」
 不意に俺の背後からそんな凛々しく頼もしい声が聞こえてくる。って俺、黒崎と同レベル?
「そりゃないっすよ新庄警部。俺をこいつと同じレベルにしないでください」
「あー、それ酷いと思わない?」
「私から見れば明らかに同レベルだ。はぐれメタルでも見つけてぶっ殺すんだな」
 ひ、ひでえ。
 新庄歩美、キャリア組のエリートコースまっしぐらの女警部。実は俺の直属の上司ではないが、今回の事件の陣頭指揮をとるらしくここまで参上。
 新庄って苗字でありながら応援球団は阪神でなく巨人。理由、手段を問わずして戦力を補強する所が気に入った、とか。はは、誰だよこいつに国家権力持たせたの。
「ああ、本日付で私は警視になったのでよろしく。今後も私のステップアップのために働いてくれたまえ」
「分かりましたー」
 返事をするのは黒崎だけ。他の刑事は警部……もとい、警視から視線そらしてる。かく言う俺は苦笑い。ていうかそれしかできない。
「さ、て。今回は珍しく殺しではなかったようだが……」
「……ええ。どうやら違うようです」
 警視の軽口は終わり、彼女は口を固く結んで先を歩いてゆく。俺を含めた刑事たちは彼女のあとに続きながら機材を運んでゆく。
 ぴんぽーん。ボタンを押したらお決まりの音がなって、後は待つ。ドアホンの向こうから声が聞こえてくる、警視はそれに答える。扉が開く、と同時に警視に続き俺たちが中に入ってゆく。
 入るのは民家、さっき鳴らしたのはインターホン。今回俺たちが担当するのは誘拐事件だった。

「それでは落ち着いて事の一部始終をお聞かせ願いますか?」
 警視はさっきまでの態度はどこへやら、とても親身になって泣いている女性にそっと手をのせた。それぐらいの親切の1%でもいいから俺たちに分けてくれ。
 目の前にいる女性が被害者の母親、七枷佐織。永久就職を済ましているので働いていない。趣味でやってるデイトレードでおこずかいは稼いでいるらしいけど。大別するならこの家庭は中流階級。ご主人の年収は百万台後半から一千万台だろう。家は一軒家。中々の広さで二階建て。質素と可愛さの入り乱れたちょっと不思議な空間が広がっている。多分可愛さは子供さんから来るんだろうな。
 居間に飾ってある写真からもそれが見て取れる。写るのは公園で立ち並ぶ家族の幸せな姿。両親と男の子の三人家族。日付から考えると今は結構大きくなってそうだな。
 で、俺たちは警視が母親から聞き込みをやっている間に機材を家へと運んでいく。正直重い。でも警視は一度も手伝った事はありません。それどころか一度は邪魔した事があったからな……これほど腹が立った事は無いぞ。
「はい……」
 何とか涙をハンカチで拭きつつ新たにこぼさない様努め、七枷さんは事の始まりを語りだした。
「わたしには小学二年生になる男の子がいます。栄人って言うんですけど、やんちゃなんですけど可愛い子でして……」
 そこから聞かされたのは男の子がどんな事をしたのか、という言わばのろけ話。
 例えば幼稚園の頃野球をしてたらガラスを割ったとか、お遊戯会で舞台から足踏み外して怪我したとか、スカートめくって女の子泣かせたとか。その一つ一つを鮮明に覚えているのか懇切丁寧に語ってくれた。……その男の子を知る面では重要かもしれないけれど、メモってる黒崎は半泣き状態だ。
「――そんなわたしの栄人がどうして……!」
「奥さん、落ち着いてください。そのために私たちがいるのですから」
 いよいよ核心に近づいてきたのか、動揺を隠しきれない七枷さんを何とかなだめようとする警視。二十面相ならぬ二重面相。表と裏の顔の差が激しすぎです、警視。
「……すみません、取り乱してしまいまして……」
「こんな事があれば誰もが取り乱します。お気になさらずに」
 鼻をすする七枷さん。自分で自分を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。
 警視は部下に入れさせた紅茶を彼女の前にそっと差し出した。この家のじゃなく、こっちが持ってきたもので、警視自慢の出張アフタヌーンティーセット。……俺がこの警視の事を理解するのは一生無いだろう。ミステリアスとか超越してる気がする。
「……今日、寝ている栄人を起こして朝食を作ったんです。いつものようにハムエッグとトースト、それからミルクですけれど……。それから行ってきますしたんです。わたし、玄関まであの子を送り届けました」
「そして正午より少し前、電話がかかってきた、と」
「はい……。「お宅の息子さんは預からせていただきました。午後五時にまた電話かけますので、その時に要求を言う事に致します」と言う電話が……」
 それはまた懇切丁寧な電話だな。もっと威圧的に出るかと思ってたんだが。
「始めは何かの冗談かと思いました。あまりにも丁寧で上品な口調でしたし、誘拐が非日常的な事もありまして、単にいたずらかと……」
「それで学校に連絡入れたところ、息子さんは来ていないと」
「はい。それであの子が行きそうな所を探したんですけれど、やっぱりいなくて……ううっ……!」
 七枷さんはそのまま泣き崩れてしまった。
「どうして……どうしてあの子がこんな目に……」
「奥さん、そのための警察です。我々が全力を注いで栄人くんを無事にこの家に帰ってこさせますから、どうかご安心を」
 現在時刻は午後四時。機材の取り付けはまだ時間がかかる事もあり、もう少し丁寧に話を聞く事になった。例えば犯人と七枷さんとのやりとりはこんな感じだったらしい。

「はい七枷です」
「あ、七枷さんで合っていますか。よかった。実は間違い電話をしてしまいまして、本当にそうなのかびくびくしてたんですよ」
「すみませんが、どなたでしょうか?」
「あ、申し遅れました。ですけどわたしが誰かは申し訳ありませんが言う事はできません」
「……はあ」
「あ、すみません。用件の方がまだでしたね。お宅に小さなお子様がいらっしゃいますよね?」
「え、ええ。男の子がいますけど……」
「お宅の息子さんは預からせていただきました」
「……え?」
「早い話が誘拐させていただきました。午後五時にまた電話かけますので、その時に要求を言うことに致します」
「え……? ええ……?」
「困惑する気持ちはよく分かりますけれど、学校などに確認してもらえればすぐに分かると思います」
「え、ちょっと、それはどういう事ですか……!?」
「あ、警察に知らせてくださってもかまいません。それじゃあ午後にまた」

 以上。
 誘拐事件の動機は主に二つ。金か、個人的恨みか。金の場合は生活が豊かな家庭を狙って起きる。当然金のためなら何でもやりかねないが、反面金さえ用意できれば人質は安全の場合が多い。個人的恨みの場合、これが全く違ってくる。人質が無事な保証はどこにも無く、無理難題を要求してくる場合が多い。どっちにしても早急に解決しなくてはならない事に変わりはないけど。
「警視、機材の取り付け完了いたしました」
「ご苦労。そのまま待機だ」
 刑事達が敬礼して持ち場につく。
 取り付けた機材は犯人からかかってくる電話のためのものだ。これによって会話の録音、と同時に逆探知を行う。録音で犯人の性格、特徴、動機などを掴めるし、声紋が証拠になってムショにぶち込む事だってできる。逆探知は当然犯人の場所の特定だ。操作の大きな手がかりとなる事は間違いない。
 カッ、カッ、カッ、カッ。
 漫画の擬音だとちくたくちくたくなんだけどそれはぜんまい式のお話。この家、見事にクオーツ式の時計しかないからそんな言い音はしません。無機質な音だけです。
 それで午後五時までまだ数十分は時間がある。あとは待つだけになってしまっていて、警視なんて優雅に紅茶を飲んでます。ここまで来るとある意味エレガント。
「警視、ご主人が帰宅しました」
「そうか、お通ししろ」
 む、これはまたベストタイミングのご帰宅ってやつか。と言うより午後五時の電話前に早期帰宅を促がしたのか、それともご主人自らが帰宅したのか。
 まあ、多分両方だよな。息子が誘拐されて黙っていられる親父がいたら俺がぶん殴ってやる所だからな。
 俺たちが待機する居間に入ってきたのは絵に描いたようなサラリーマン。でも普通の奴とは違って若手のホープ、が似合いそうな感じで頼もしいと言えば頼もしいかもな。
 そんな彼は……落ち着いてる?
「刑事さん、すみませんでした。家内がこのような大事にしてしまって……」
「いえ、犯人は警察の関与を拒絶しなかったのですから当然の策です。むしろ警察に電話をした奥さんの勇気を……」
「いえ刑事さん。私が言いたいのはそうではないんです」
 神妙な顔になってご主人は鞄を置き、上着を手にかける。そして、

「息子は数年前、交通事故で死んでいるんです」

なんて事を口にした。

   /

『は?』
 一同、それには唖然とするしかなかった。
 いや、確かに近所の聞き込み班や学校への聞き込み班がまだ帰ってきていないからその点の事実を確認できてはいないけれどもさ。
「少し待ってください。それ、本当ですか?」
「本当です。死亡診断書も渡されましたし、当時事件にもなりテレビでも話題になりました」
 おい、確認しとけ。と一人の刑事に命令する警視。うあ、今の言葉じゃなくて顎で命令してなかったか?
「なるほど、それではご主人は奥さんが我々に行ったいたずらだと……」
「いえ。これが家内の妄想癖のせいなのか、それとも精神のせいなのかは分かりませんが、家内にとっては本気なんです。まだ息子が生きているように普段生活しているんです」
 なるほど。つまり七枷さんが息子さんを忘れないようにするために普段生活している、と?
 いや、多分違うな。彼女にとっては今でも息子は生きているんだ。それが当たり前であり、自分を騙しているんじゃないんだ。しかもその息子さんは年月を置く事で成長している。部屋の内装を見る限り、死んだ時期は幼稚園かそこらのはずなのに小学生がいるような感じになってる。
 例えばふと置いてあるおもちゃ。これは今放送している金曜やってるヒーローのものだ。例えばかざってあるスポーツ選手のサイン。これは去年のゴールデンルーキーのものだ。
 息子さんがなくなった事を悲しんで生きているかのように生活しているんじゃなく、本当に生きているかのようになってる。
「あなた、何を言っているの。栄人はまだ生きているじゃないの」
「佐織は少し黙っていてくれ。というわけですから刑事さん。わざわざ足を運んでもらっておいてなんですが、こういうわけですので……」
 と続けようとするご主人ではあったが、先に警視が手で制した。
「七枷さん。もしそれが事実であったとしても、日常で誘拐が出てくる可能性は極めて低いです。なのにそれが『起きてしまった』のは何か原因があるはず。お出迎えをしているのですからこの事は近所でも有名なんですよね?」
「え? え、ええ。確かにこの事は知られていますけれど……」
「でしたらその事を知った犯人が奥さんに脅迫をしたのではないか、という仮説も成り立つわけです」
「な、なるほど……」
 確かに息子さんが死んでいる事は事実だとしても、奥さんにとっては生きている存在。ならば楽してずるして大儲けも夢じゃないわけだな。
 それに奥さんは息子さんを出迎えや見送りもしていたと言っていた。ならばいないはずの息子さん相手にそのような事をしていたのなら、近所の人が知らないわけが無い。世間話で話題にならないはずもないし、多分近所の人全てが知っているだろう。
 なら、その奥さんを犯罪に利用するってのも楽なわけだ。
「どの道もうそろそろ五時です。電話の後で議論しても遅くはないかと」
 ふと時計を確かめてみると、ああなるほど、確かにあとちょっとだわな。と言うよりあと数分か。結構早く時間が流れたな。
 警視はそれでは最後に、とせきを軽くしながら言った。
「目の前の電話は逆探知できるよう機材を接続いたしました。と同時に我々警察のものも聞こえるようにし、録音もしております。電話に出るのは奥さんがお願いします」
「え、わたし、ですか?」
「はい。始めに電話に出たのが奥さんなので、ご主人がいきなり出てしまうと犯人は警戒心を強めるかもしれないですから」
「……はい」
 本来なら誘拐犯は警察の関与を嫌うから、違う人物が電話に出てしまうと警察官だと錯覚する場合があるからな。そういった意味では奥さんにはコクだけど、警視の言い分が正しい。
「それと、逆探知は会話が長ければ長いほど範囲を絞れます。出来る限り話の引き延ばしを。我々もそうなるようサポートを十分に致しますので」
「……分かりました」
 うなづく奥さんは涙を浮かべているものの、決意に満ちた表情を見せている。
 五時が迫る。警視や俺を含む捜査官達はヘッドホンを用意して、その時を待つ。肩を震わせる奥さんをやさしく包むご主人。彼は奥さんをただ見つめていた。
 そして、電話が鳴った。
 警視が捜査官にうなづくと、捜査官は機材を作動させる。そして警視は奥さんにうなづいた。奥さんもそれにうなづいて、受話器を手に取る。
「……はい」
「もしもし、七枷さんのお宅でしょうか」
「……はい、そうです」
「あ、先ほどお電話を差し上げました者です」
 警視の顔つきが変わった。引き延ばせとジェスチャーをする。
 これが誘拐犯だとしたら確かに丁寧な言い回しだな。機械でのフィルターでの声紋ごまかしが無駄だと分かっているのか、それとも無知なのか知らないけれど、声は変えていない。それによると、なんだか二十代後半の女性のように聞こえる。
「先程の件、分かっていただけたでしょうか? わたしもなるべく穏便に済ませたいものですから……」
「それで、栄人は、栄人は無事なんですか!? 無事なんでしょうか!?」
「あ、ええ。危害を加えているわけではありませんからおとなしいですよ。怖がっている様子もありませんし、無事なのは保障します」
 胸を撫で下ろす奥さん。だけどご主人の言葉が本当なら息子さんは既に死んでいる。だとしたら何て白々しい。
「……それで、要求と言うのは……」
「あ、そうでしたね。貴女に用意して欲しいのは実はお金じゃないんですよ」
「お金ではない?」
 警察官達が無言でざわめく。警視すら意外だとの表情を隠しきれていない。
 金目当てではない誘拐? この犯行が狂言にしてはおかしすぎないか?
「ええ、貴女にやって欲しい事は、4年前の真実を言う事なんです」
 その言葉で途端に青ざめる奥さん。危うく受話器を落としそうになった所をご主人が受け止めた。
 重い沈黙が流れる。奥さんはがたがたとふるえ、彼女をご主人は包み込む。おびえた表情でご主人を見つめる奥さんだったが、まだ犯人との会話は続いている。それをどうにかしないと。
「な……何の事でしょうか?」
 ようやく出た奥さんの一言がそれだった。何とか笑おうとしているのかもしれないけれど、肩の震えは止まっていない。
「知っているんですよわたし、四年前にあなた方が何をしたのか」
「そっそれは……!」
「そこに警察の方もおられるのでしょう? でしたら事はたやすいと思いますけれども」
「あ……」
 奥さんは震えながらまた受話器を落として、気絶してしまった。ぐったりとソファーに倒れこむ。
「佐織!」
 彼女を抱きこんだご主人はそっとソファーに寝かせ、ものすごい形相で受話器を取った。普段ならめったにお目にかかれない、だけど俺たちはよく目にする、本気で憤った表情だ。
「貴様、どこまで家内を追いつめるつもりだ!」
 そして警視が何かを言う前に怒鳴り込んでしまう。
「……旦那さんですか。申し訳ございません、あなたの妻のために子供をさらってしまって」
 こんな時まであくまで懇切丁寧な物腰に変化は見られない。ご主人ではなく警官だとの可能性はどうやら捨てているらしい。
「何をバカな事を言っている! うちの息子は――!」
 と言ってもご主人にとっちゃあこれは狂言以外の何物でもない。何しろ既にいない息子をダシに過去を暴露しろと言っているようなものなんだから。
「あ、やはり心配ですか。それでしたら今かわりますね」
 犯人のその一言に一同は騒然とした。ご主人が死んだと主張する息子さん。こんなのちょっと調べればすぐに分かる事。だと言うのに犯人はその息子さんに電話をかわると言ってきた。狂言を通り越している。
「ど、どうします?」とのご主人の表情に、
「かわってもらって下さい」とボードで警視は指示を出す。
 誰かがつばを飲み込む音までもが聞こえてきそうなほどこの場が静寂に包まれる。緊張感が漂う現場。こんなに摩訶不思議なのもまた珍しい。
 そして、

「あ、パパ?」
 本当に男の子の声が聞こえてくる。

 ご主人はその言葉に青ざめ、奥さん同様に受話器を取り落としてしまう。今度キャッチしたのは警視。テーブル越しなのがさすがだと莫迦な考えが浮かぶ。
「今ね、ママのお友達ってお姉さんにゲームの攻略法教えてもらってるんだ」
 その男の子は誘拐されたとは思えないほど明るい声をしていた。と言うより誘拐された事自体が彼にとってはないものなのかもしれない。
 ご主人はただ呆然としている。警視は考える時の癖である指を噛んでいる。男の子の話だと、とあるRPGでダンジョンの攻略法が分からなかったが、それを教えてもらったんだそうだ。
「……これが録音の可能性は?」
「有り得ません。このゲームはつい1週間前に発売されたばっかですよ」
 刑事の一人が小声で警視の発言に答える。その刑事もまた青ざめていた。
「今日中にはクリアできそうだから、今日は泊まっていくね。お姉ちゃんもやさしいし、ママにもそう伝えといてね!」
「え、栄人……!」
 ご主人の言葉むなしく、どうやら男の子は受話器から離れてしまったようだ。
「と言うわけです。今は佐織さんも動揺しているようですし、また明日の同じ時間に電話かけますね。その時に警察の方に話してくださればかまいませんので」
「あ、ちょ……!」
 がちゃ、つー、つー。これで会話は終了した。
 静まり返る現場。警視が噛んだ指からは血が出始めているし、ご主人は奥さん同様今にも意識を失いそうだ。捜査官達もこの奇妙な出来事に動揺を隠しきれていない。
 警視のため息が一際目立つ。
「それで七枷さん、今の声は息子さんに違いありませんでしたか?」
「え、ええ。ほんの少し変わっているようでしたけど、確かに息子の声です」
 うなづくご主人。頭を抱え込んで、今にも発狂しそうなほど混乱しているのがよく見て取れる。
「……その変化が成長の結果なのか、それともごまかしなのか判断しかねますので、ビデオテープか何かに息子さんが写っているものがあればお借りしたいのですが」
「え、ええ……。分かりました……」
 今にも倒れそうな足取りでご主人はこの場を去ってゆく。警官が彼が倒れないよう左右についていく。
 あとで音声のテープとビデオテープで声紋の比較をするんだろうな。
「秋巳刑事、これをどう考える?」
「え?」
 そこで俺に話をふるのか警視殿。ホントいい性格してらっしゃいますな。
「そうですね……」
 困った。非常に困った。こんな事件をどう評価しろって言うんだ? 無理だろ。
 死んだはずの息子が誘拐されて、電話がかかってくる事件。そして要求が奥さんの過去の暴露。わけわかんなすぎだっての。

「息子さんの生死うんぬんより先に、まず奥さんの4年前の過去が焦点だと思いますけれど」
「まあそうだな。息子に関しては三流ミステリーでも、それ以外は真っ当な誘拐事件だ。犯人もいるんだから検挙せんとな」
 なのでこんな当たり前の会話しかできんわけで。問題なのはその三流ミステリー部分かもしれないけれど。
「新庄警視! 七枷栄人に関する情報が届きました」
「ほう、見せろ」
 そんなある意味変な空気を一蹴するように現れた刑事が持っていた資料を警視は一秒足らずでふんだくり、封筒から取り出す。刑事は自分の手を見ながら唖然としてるけど、警視は完璧に無視。
「……」
 警視はその資料を見ながらまた指を噛む。もはや肉どころか骨まで見えるんじゃないかと思うぐらい食い込んでるんですが。
「ご主人からビデオを受け取ったらこのテープと共に即行で鑑識にまわせ。最優先でな」
「りょ、了解!」
 機材からテープを取り出した警視はそれを放り投げ、また資料を眺める。その表情は重い。なんだかいつもの警視らしくない。
「……参ったな。これじゃあ本当にミステリーじゃないか」
 頭を抱えて警視は資料をテーブルに放る。俺はそれを見て、やはり驚いてしまった。

 そこには、数年前の日時で書かれた七枷栄人の死亡診断書のコピーがあった。

「死んだ奴を誘拐して、電話に出す犯人、か。何なんだよこの事件は」
 警視の一言がこの事件の異常性を物語っていた。


 第二話・いつか公開予定




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 今回はいわゆる予告ものです。偶発目撃を終了させたら書き始める気です。内容は固まっていますけど、他のを書いていて時間が…。ぎゃふん。てなわけで期待せず待っていてください。
  2006年5月27日

 と言うわけで他の長編の合間を縫って書き上げてみました。今回の主人公は秋巳大輔刑事、また妙な所をついているなーと自分でも思います。
 さて、実は自分、一人称での限界を実は感じていました。自分がへたなのは分かっているのですが、どうしても書き方が同じになってしまうんです。ですから三人称にしようと思っていたのですが、そこで出会ったのが『DDD』でした。……目から鱗です。と言うわけで今回も一人称で決まり。
 この話はとある漫画を元ネタにしていますが、内容は大きく変えるつもりです。なので「この話のパクリ?」の意見は棚上げの方針で。最低でも時期ネタではありません。
 この話を連載するのは多分『王道・橙子さんの場合』を完結させてからになるかと思います。それまで考えた話の内容、もっとつめていきます。それでは期待せず待っていただけたら幸いです。
  2007年4月16日

文字化け防止用に
そのままで
名前(省略おっけー)
あどれす(省略おっけー)
ご感想 すごくよかった
これからもこの調子で
可もなく不可もなく
もうちょっとかな?
原作やりなおそう
その他なにかあれば

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