偶発目撃
第六話

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「くく、なるほど…失敗したな」
「……悪いがここは禁煙でね。早々に火を消していただこう」
「おっと、それは失礼した」
 私は苦笑しながら煙草を携帯用灰皿に押し付け、胸にしまう。
 周りを見ればそこはゼンマイや歯車、油もあれば人工眼球もある。照明はあまりつけられていなく、せまい窓からの明かりが一番輝いているのは気のせいではないはず。
「しかし……よくもまあこんな典型的な工房で創ってるものだな」
「……それが天性の才能を持つお前さんが言う台詞か、蒼崎橙子」
「いや、設備に関してじゃない。インテリアをもう少し工夫したらどうなんだと言いたいだけだ」
 くく、と笑う私。それを男は憎憎しげに一瞥するだけだった。
 ……さて、余計な話はこれで終わりにして、本題に入るとするか。
「さて、お前もこの事件は知っているだろう?」
 私は持ってきた新聞を目の前の男に対して放る。彼はちらっとそれを見ただけで読もうとはしなかった。
「なんだ、もしかして新聞には目を通してないのか? 娯楽に徹したテレビを見ないならまだしも、新聞ぐらいは見たら……」
「見ておるわそれぐらい。数年前起こった連続殺人の続きとかいう奴だろう」
「そうだ。そして……」
一旦間をおく。

「おまえの作品のしでかした事件だ」

 男の手が止まる。それでもこちらの方を向こうとはしないが、まあいいだろう。
「なん……だと?」
「おまえ機密保持のために秘密を知った奴を殺すよう創ったな。だが貞本円は自らボロを出して殺すパターンを繰り返しているみたいだぞ」
 更に追い討ち。動揺している状態の相手をたたみ掛ける。当然これには証拠も何もない。かなりの部分で私の憶測を交えている。だがこの反応はどうやら正解だったようだ。
「……何を根拠にそんな事を」
 それでも反論するだけの理性は残ってたか。
「私の弟子が調べてくれたぞ。何しろ貞本円は弟子の恋人のクラスメイトだったからな」
 正確には弟子ではないが、こう言った方がゆさぶりにはなる。それに黒桐が証拠を掴んだわけでもないが、少なくとも嘘は言っていない。
 おそらくはその殺し方も証拠を残さないようにしたか、警察の裏をかいたように行っていたんだろう。そうなるようこの男が創ったはずだ。証拠が残るとは思えない。だが実際にはこちらの世界の事を知らない一式七瀬が彼女が犯人だと断定したからには、何らかのほころびがあるのだろう。
「さて、おまえの不始末を私が処理してやろうと言ってるんだ。少しぐらい協力したらどうなんだ? 貞本のご本家当主」
「……」
 貞本の当主は止まっていた手から道具を離し、こちらの方に体を向けた。その顔は……悔しそうなものだが罪悪感は全く感じられない。まあ、こいつ……というよりこっちの世界の者から謝罪の言葉を聞こうだなんて莫迦な事は考えてないが。
「……どこまで知っている」
「別に。私が知っているのは彼女が連続殺人の犯人だと言う事だけだ。後は全部憶測さ」
「……そうか」
 彼は机によっかかり、天井を見上げた。
「……オレに依頼が来たのは分家の家族が事故を起こした時だ。それはひどい事故だったようだな」
 それはどこぞのトラック運転手が飲酒運転をして、高速道路で前の乗用車と接触、後部座席に乗っていた子供が死んだと言うもの。車の構造が変わらない限り(例えば息を吹き込まないとエンジンがかからないとか)このたぐいの事故は消えないだろう。
 嘆き悲しむ家族。失った子供は二度と元に戻る事はない。……本来なら。
「その分家の家族が「娘を創ってくれ」と言った時は驚いたぞ。人形の事は分家と言えども分かっていたはずだがな」
 確かにそこ通りではある。
 何しろ人間以上を創れても、決して人間そのものを創る事はできない。いかに精巧に創っても、必ずどこかが不出来になってしまう。それが魔術が最もさかんだった栄光の中世が下した結論。
 ……だからそれを成功させれば魔法のたぐいだったのだが、人間の科学はそれを可能にしてしまったおかげで……。時間転移と同じように現実的に考えれば不可能だが、理論的に考えれば決して不可能ではない位置に今はある状態だ。
 だからと言って他の人形師がその位置にいるかと言えばそうではない。私はそのおかげでとてもありがたく封印指定をいただいたほどだからな……!
「同じ存在を創る事の難しさが分からないほど無知ではなかったはずだが……家族愛とはそこまで盲目にさせるものか」
「それでも結局創ったんだろう。固定概念が探究心に負けたか」
「ああ。同じ存在を創る事への探求が抑えられなくてな。それに作った当時にはこの分野が魔法でなくなるのも時間の問題になっていたし、ならば魔術なのだからできない事もないだろうとふんでね」
 完全なる生物の創造。神の領域が人の手によって可能となったわけだ。正に宗教においてはとんでもない事だったろうが、実際に人間はその力を手にした。ではその神の領域に踏み込んだこいつはどうなったんだ?
「だが人間を斧で殺傷できるほどの力といい、結局同じ存在を作る事はできなかったようだな」
「ああ。いくら代々積み重ねてきた技術を結集させてもオレには『普段は全く同じ存在』しか創れなかった。それに……」
 ああ、その続きは分かっている。創り手がそう考えている以上、その創造は失敗に終わってしまうだろうからな。
「人形は所詮人形だ。神が創造したものにはなれないし、同じ存在にはなれない」
 アルバもそうだったが、人形師はわりと固定概念にとらわれているからこそその一線が踏み込めないのではないかとたまに思う。
「……なるほど、矛盾が生まれるわけだ」
「矛盾……だと?」
「いや、こっちの話だ。大まかな事は分かったから過去話はこれまでにしよう。一番私が知りたかった部分に移らせてもらうぞ」
 これ以上彼と話していても時間の無駄だろう。何しろ考え方そのものが違うのだから、こいつに貞元円がなぜ事件を起こしたのかを理解する事はないだろう。
 人形は所詮人形。その考えを元に創られた人形もまた同じように考えるだろう。人間として作られた、だが自身は人形。それを知った時の思いはいかようだっただろうか?
 その身は確実に人形で人間ではないが、人間として作られたのだから人間として生きなければならない。そして自身について悩み、磨耗し、結果行き着いた先があの事件。
 自身の事を知って助けてもらいたいが、自身の事を知ったものを始末する。よくこの考えを持って今まで4人だけですんだものだ……。
「私が貞元円にふれた途端に機密保持の機能が作動して何らかの動作が起こる、なんて事があったらごめんだ。それについてを教えてもらおうか」
 人形師の作品である人形、これはある意味人形師の集大成と言っても過言ではないだろう。その人形で人形師の技術も分かるし、人間性も分かるし、全てが見えてくるのだ。だからこそそれを見せまいとする機能がある場合もある。
 ……テレビで怪人が爆発するのは機密保持を行っているためではないかなーと思った事もあるけど。
「……自分の技術の事を素直に教えると思ったか?」
「いや、思わないさ」
 だからと言って素直に教えるバカもいるまい。その機能で自爆するか破壊されるのが一番だと分かっているからだ。
 あくまで普段ならな。

「なら両儀の者に始末を依頼しておくから安心してくれ。それだけがいいたかった」

「な……っ!」
 さすがは両儀。こいつの表情が一発で変わったぞ。
「なぜおまえが両儀と……!」
「あれ? 言わなかったか。貞本円のクラスメイトに両儀の令嬢がいるって」
「……!」
 当主の表情が青ざめていく。
 そう、人形のしでかした事は世間一般に知られすぎた。事件の真実を知られれば当主のしでかした事がいかに重いかが議論される事は必至だ。しかもそれの後始末を行ったのが両儀とくれば……もうこいつがどのような手段に出るかが手に取るように分かる。
「それでおまえが出てきたわけか……!」
「まあな。そのクラスメイトって部分がミソでね。なるべく私も事を荒立てたくはない。これ以上事故を起こさせないようにすればいいんだろう。
 さあ貞本の当主、どうする?」
 と一応聞いておくが、こいつの答えはもう分かっている。すなわち、
「ぐ……っ、いいだろう」
 と言うしかないと。
 さて、残るはその手を加える所までの過程、つまり実力のある男を次々と始末してきた貞本円をどう捕らえるか……だな。おそらくこいつは真人間を作らず、ある程度魔術的な防御もできるだろうし、腕力はとてつもない。……やはり式にやってもらうしかないのか?
 まあいいか。これは帰ってから考える事にしよう。一式七瀬は黒桐が保護して私の事務所に連れて行けば見つからないだろう。

   /

「何でお前がここに……!」
「いちゃあ悪いのか?」
 いや、悪いって事じゃないけど……。
 公園のこの場にいるのは俺と貞本円、そしてなぜかこの場にいる両儀式だ。その中でいたっていつもと同じなのは両儀だけだ。
「公園は公共の場だろ。なら散歩の道として使って何が悪いんだ?」
「問題はタイミングだって」
 俺は両儀の性格を全部把握しているわけじゃないから、彼女が夜中に散歩するかどうかは知らない。だけど、わざわざこのタイミングでこの場に現れる事はないだろ。
「式ちゃん……。何でここに?」
「七瀬に言っただろ。聞いてなかったのか?」
 首をかしげる円の言葉をばっさり。……円は両手に狂喜を持ったままだと言うのに、随分と冷静だな両儀。
「それで、一応聞いといてやるけどこれってどんな状況なんだ?」
「一応って……」
 普通「早く警察を……!」とか「円! そんな事やめろよ!」とかじゃないのか?
 ……と言ってもこれも両儀らしいといえばそうかもしれないけど。
「蓮城を殺したのか円で、その口封じで俺を殺そうとしてる。分かったか?」
「……ならオレには関係ないか」
…いや、確かに関係ないけど普通もっとあわてないか?
「こうして2人でいるって事は七瀬は円と話としてたんだろ。ならオレの出る幕はない」
「式ちゃん、まさかどっか行くなんて言わないわよね?」
 にこ、と笑いながら彼女は両手の包丁を両儀に向ける。……笑顔だと言うのに寒気がする。
「両儀、今のうちに逃げろ。ここは俺がどうにかするから」
 いけない。円は俺たち2人とも殺す気だ。ならせめて両儀だけでも逃がさないと……!
 俺はそう言いながら竹刀袋から木刀を取り出す。正直包丁相手に木刀はどうよと思うけど、日本刀を使うよりはるかにマシだ。
「どうにかするって、七瀬。おまえどうする気だ?」
「へ?」
 両儀の質問に固まる俺。
 どうするって……どうすればいい? あいつから凶器を取り上げてから取り押さえて、それから……。
 俺はどうすればいいんだ? 彼女が殺人を犯す動機を能力で見て説得すればいいのか?
 でもそれって偽善じゃないのか? 円には円なりの考えがあって殺人を犯したんだとしたら、法律なんかでははかれないんじゃないのか?
 だからってこのままにしておく事はできない。このままにしておけばいつかかならず円は同じ事を繰り返す。そんな事は次の被害者のためにも、円自身のためにもさせるわけにはいかない。
 なら俺は……。
「……彼女が心にかかえるものも、全部俺が引き受ける」
 だからそう俺は言う事にした。
 それが今の円のためにならなくても、いつか円のためになるのなら、喜んで俺はそうしよう。俺の能力は今まで自分にすら不幸しかまねかなかったけど、始めて俺は他人のために使ってみせる。
「はあ、おまえまだ転校してから数日だろ。よくそんな相手に……」
「うるさいな。ならおまえはどうなんだ両儀」
 確かに数日しか付き合ってないけど、それでも俺には十分だっての。俺一人が支えれば大丈夫なんだったら、喜んでそうするさ。
「お人よしだな」
「そうされなかった反動かもな」
「……」
 ん? 両儀はこっちの方に近づいてきて……?
「あ! 俺の居合い用の日本刀!」
 俺の竹刀袋から残った日本刀を取り出しやがった。何考えてんだ両儀の奴。
「なかなか手入れが行き届いてていい刀じゃないか」
「いやー、それほどでも……って違ーう!」
 俺がいいたかったのはそれじゃねぇし!
「何俺の日本刀取ってるんだって! 危ないだろう!」
「そういうおまえだって日本刀持ってくるぐらいだからそれなりに危険だって判断したんだろ」
 うっ…! 確かにそれは否定できないけど…。
「なら…」
 両儀はそのまま俺の刀を抜刀する。その扱いは普段から練習していて慣れている俺が見ても、とても美しいものだった。
「オレがやってやる」
 そしてそのまま構えをとった。
 中段。最もポピュラーで最も攻防のバランスが取れている構えだ。剣道ではまず考えられないほどに重心は下においていて、剣先は相手の喉に向けられている。その構えには……今までに見た事がないほど隙がない。
 その瞬間、場の雰囲気が一変する。
 まるで達人が試合会場で剣を構えたときみたい…いや、それ以上かもしれない。やっぱり俺が思ったとおり両儀は本物……!
「ふぅん、式ちゃんはあたしの邪魔するんだ。いいわ」
 ゆら、とした足取りで少しずつ円は前進する。
「なら殺してあげる」
 瞬間、円は飛び出した。
 その踏み込みは…さっきより速い!? やばい。こんなんで攻撃されたら対処のし様が……!
「両儀!」
「あはははっ!!」
 このままじゃ両儀は…!

「…なんだ。残念だな」
 次の瞬間、俺は両儀がしでかした事を信じられなかった。

「な…っ!」
 攻撃を仕掛けた円自身もありえないと驚いている。
 それはそうだろうな。両儀は攻撃を仕掛ける円が持つ両方の包丁の刃を斬ったのだから。
「あいつ……どんな腕だよ……!」
 鉄を斬るだなんて、こんなもん見た事もないぞ。両儀って……こんな凄かったのかよ………!
「おまえの武器は破壊したぞ。素手でも戦うつもりか?」
「……式ちゃんは何か勘違いしてるよ」
 両儀は油断することなく刀を円の方に向けている。そんな円は破壊された包丁を放り、また新たな凶器を取り出した。
「ちゅ……中華包丁……?」
 あの鍛えれば斬鉄すら可能にするかもしれないってあれが、二本……。
 彼女は俺の事は完全に無視して、両儀の方へとゆっくり体を向けた。
「だって、あたしは自分から戦ってるつもりはないもの」
「は?」
 思わず俺は間抜けた声を発してしまう。戦ってるつもりはないだって?
「あたしはね、そう創られたのよ」
 また円は飛び出した。一直線に、それこそ人間とは思えないほどの速さで。そして今度はその包丁を振るう。
「全ての秘密は隠して、隠して、隠しとおすように」
 両儀の動きはまるで水だ。日本刀での受け太刀をやれば真っ二つにされるのは日本刀だ。何しろ西洋剣と違って叩き切るには向いていない。だから、彼女は力任せに振るわれる包丁を刀でそらしている。ギリギリの所で。
 ……一体どんな感が働いたらあんな動きができるんだって……!
「だから、さようなら」
「!」
 全ての攻撃が両儀によってさばかれる円は…、
 中華包丁を両儀の方に投げつけた。
 はじくより避けた方がいいと判断したのか、両儀は首すれすれで包丁をかわす。体勢を崩せば自ずと隙が生まれるはずなのに、その動作に一片の隙もない。
「あっはははー!!」
 そして円はもう一方の包丁で間髪いれずに斬りかかる。俺と同じ判断をしたのか、それとも何も考えてないのか。
 金属音も何も聞こえなかった。だけど、両儀はまたしても包丁の刃を日本刀で斬った。量産された包丁ならまだしも、研ぎ澄まされた中華包丁まで斬れるものなのか……?
「あきらめろ円。おまえじゃあオレには勝てない」
「円……」
 いつ円が標的を俺に変えてくるかは分からないけど、俺は思わずそうつぶやいていた。
 円は確かに筋力も凄いし速さも人間と言うより獣。だけど両儀は正に達人だ。速さとか剣技とかではなく、カンがするどすぎる。人類が本能を捨てて培った技術に本能が勝てるはずがない。
「俺が見てても分かるよ……。もうやめにしてくれ」
「やめに?」
 断言してもいいけど、円は絶対に両儀には勝てっこない。だから円に両儀と戦ってほしくはない。円はそんな俺の気をよそにふふ、と笑ってこっちを見た。
「……そっか。七瀬くんには全部分かるんだっけ。触れた人の事が」
「……?」
「なら……」
 円は笑みを浮かべながらこっちを向いて……、
「見せてあげる。あたしの全て」
 俺に口づけをしてきた。
「な……っ!」
 瞬間、俺は彼女の全てを自動的にサイコメトリーしだした。

 見えるのは幸せな家庭。ケーキをほおばっておいしそうに食べる少女とそれを見てほほ笑む男性と女性。そうか、この少女が円で、2人が両親か……。
 彼女が公園で、遊園地で、家で遊ぶ姿はどれも楽しくて幸せそうだった。まるで人生の最高を絵に描いたような……。
 だけど、次に見えてきたのは炎と鉄の塊。その無垢できゃしゃな体は鉄で押し付けられ、炎で焼き焦がされる。助けを叫んでも誰も来てはくれない。ただその苦しみを味わうだけ。
 次に見えてくるのはまた幸せな一日。これはさっき見たのとあまり変わってないけど、ちょっと両親がふけているかな。
 次に見えてくるのは…、これはなんだ? よく分からない。
 だけど、これは苦悩だ。
 自身は創られた存在。本当なら死んでいた。それの代わりとして求められた。何も知らない、何も知らされない。まるで道化。
 一体自分は何なんだ? 少女でないなら何なんだ? それとも自分は少女なのか? 自分はあくまで代わりにすぎないのか? 慰められる道具にすぎないのか? それとも本当に愛してくれているのか? なら自分はどうすれば……。
 歪み、それから捻れ。隠しとおさなければいけない。だけど誰かに知ってもらいたい。本当の自分を。生まれるジレンマと矛盾。
 一回目、教えたから殺した。二回目、知られそうだったから殺した。三回目、知られたから殺した。四回目、悟られたから殺した。五回目、教えたから殺す。

「……っ!」
 俺は円から飛びのく。時間にすれば一秒もあったかどうかだが、全部見えてしまった。
「円……」
 これが、円最大の秘密……!
「これで分かったでしょう? あたしのこと全部」
 また円は凶器として取り出したのはナイフが二本。それをこっちに向けてくる。
「わ……分かるかよ……! 余計分からなくなった……! やっぱり分からない! 殺す必要はなかったはずだ!」
「だから、あたしはそう創られたって言ったじゃない」
 ぐ……! またそれかよ……!
「目覚まし時計が鳴らすしかできないように、あたしもそれしかできないの。それとも……」
「それとも……?」
「七瀬くんが直せる?」
「――っ!」
 そんなの無理に決まってんだろ……! 俺は普通と少しずれた高校生に過ぎないんだからよ……。
「だから、分かってくれるわよね?」
「分かるかよ」
 ばっさりと、円の言葉を両儀は斬る。
「おまえがなんで殺しをするのかも創られた存在なのかも知った事じゃない。そんなのおまえの問題だ」
 歩み足で一歩、円に近づく。
「結局おまえは殺す事でしか物事を片付けられないんならさ」
 また一歩、円に近づく。

「いいぜ。殺しあおう」

 また一歩近づいた。その一歩で数メートルもあった間合いが一瞬で刀の間合いに入る。
「!?」
 それに驚いた円は本当とも言うべき速度でナイフを振るうけど、それは両儀の一閃でまた斬られた。
 今度取り出したのは剪定ばさみだ。これは一度も振るわれる事なく一閃で破壊される。
 今度は鎌を取り出した。また一閃で破壊される。
 スカートの中から凶器を次々出す円だけれども、その武器は次々と一閃させられる。両儀は円を傷つけようとはしないで、あくまで円の凶器を狙っている。そのことに少し感動する。
「このぉっ!」
 スカートの中にはもう凶器はなく、持ったナイフが最後だった。それを持って両儀に襲いかかる。
 両儀はまたそのナイフを一閃した。もうこれで円に武器はないから、両儀に勝つ事は万に一つも……。
「!?」
 だが、円には次の攻撃があった。そうか、斧を使うことのできる筋力がまだこいつにはあったんだった。
 剣を持つときの要である左手の甲を狙った回し蹴りは外れ、両儀は間合いを離す。
「……七瀬。悪いけど無傷は無理だぞ」
 両儀はまるでお天気が晴れだとでも言う感じにそう言い放った。なんてやつ……。
 円は素手で両儀に突撃していった。技術も何もない。ただ筋力と本能に任せた攻撃だ。

 ……そうして決着はついた。

「マジかよ……」
 思わず口元を手で覆った。俺は本当は夢でも見てるんじゃないのか?
 両儀は刃を逆さにして、十七箇所同時に攻撃したように俺には見えた。漫画の剣心だって同時九ヶ所だってのに……こいつの剣は漫画以上かよ。
「あ……」
 そのまま円は倒れた。首にも攻撃を加えたしな。さすがに気絶するか。それにしても……。
「骨が何本か折れちまった。そうしないようにしたつもりだったんだけど……」
「これでも手加減したのかよ……」
 両義の凄さとそれをさも当然のように言ってのける彼女自身に呆れてものも……言ってるけど……言えない。
「……」
 気絶した円をただ俺は眺める。
 彼女は秘密を知ったものを殺すよう創られた。その存在理由を俺は治す事ができるのか? 今まで変えられなかったそれを……俺が……。
「それで七瀬、おまえこいつをどうするんだ?」
「……探す。彼女が普通にすごせる方法を」
 いや、絶対に治してみせる。円が創られた存在だなんて事は俺には全く関係ない。ただ、俺は円には普通の女の子として暮らしてほしい。
「俺は彼女の全てを見たんだ。なら俺には全てを背負う事だってできるはずだ」
「そうか。ならいい」
 と言いながら彼女はその場を立ち去っていった。
 後に残るのは俺と気絶した円だけ。さて、このまま彼女を置き去りになんかできないから、俺の家まで運ばないと……。
「ん、見た目より重いぞ……!」
 力の抜けきった人間ってやっぱ重い……! ふらつく体を何とか両の足で踏ん張らせ、とにかく俺は歩き始めた。
「ん?」
 そんな中見えてきたのは俺の見知った人の影。それはこっちの方に向かってきている。
「あれは……黒桐さん?」
 うん。確かに黒桐さんだ。何でこっちに来てるのかは分からないけど、とにかく彼はこっちの方に来ている。
 ちょうどよかった。今は気絶してるからって、いつまでも拘束はしておけない。彼と相談すれば少しは何かの手がかりが得られるかもしれないしね。
「あ」
 そこで俺は場違いな事に気づいた。
「両儀のやつ俺の居合用の刀持っていきやがった」
 空は雲も消えてきて、月明かりが見えるぐらいになっていた。ああ。彼女の心もこれぐらい晴れてくればいいんだけど……。

   /

「結局この事件は何だったんですか、橙子さん?」
「ん、単純に言えばある芸術家の作品にミスはないけど、その芸術家そのものに問題があったから起こった事件かな?」
「複雑に言えば?」
「貞本円が自らの存在の矛盾に耐え切れなくなったから起こった事件だろ」
「…結局貞元円をどうしたんですか?」
「そんな事より仕事はしなくていいのか、黒桐」
「してますよ。あなたよりも」
「はあ。冗談の通じないやつ。…まあいいか。とりあえずまず筋力を普通のスペックにした。これ以上あの馬鹿力で何かされては困るしな。それから一部の記憶の改竄をした。自分が創られた存在だと二度と分からないようにもしたし、殺人をした記憶も消去した。その構造はもはや分解されてもわからんようにもしたし。まあその分の費用は本家に請求してやったから金は大丈夫だったがね」
「それで一式七瀬は……」
「――あいつは色々と知りすぎた。それに知っていればいつかは必ず貞元円に知られてしまうし、こちらの事も知りすぎた。だからあいつの記憶は消させてもらった。だから事件に関しては綺麗さっぱり忘れてるからおまえが会いにいっても多分分からないぞ」
「そうですか。それでよかったのでしょうか?」
「私たちにとってはよかったが、あいつにとってよかったとは限らん。だが知らない方がいいものもあるって事さ」
「……」
「まあ、これであいつら2人もめでたく日常に戻ったと言う事だ。これ以上こっち側に来る事はない」
「橙子さん……」
「……だがあれほどの自動人形を本当に一人の高校生が倒したのか、だな」
「え?」
「17ヶ所も打撲の跡があってうち何箇所かは骨折までしてた。いくら全国大会に出てたからってな……」
「……誰か別の人がやったと?」
「まあ、心当たりはあるが、ね」
「誰なんですか?」
「さあ? ただ怠惰な一日をこれ以上崩したくなかったやつじゃないか?」

   /

 蓮城の死から一週間が経った。
 結局あの事件は捜査が始まったばかりだけど、警察はまだ手がかりを見つけていないようだ。学校はというよりクラスは彼の死から立ち直ってきていて、にぎやかになりつつあった。
 それで、俺はいつものように早めに出かけて学校に向かう事にする。にぎやかな登校風景。だけど俺には話し相手が……。
「おはよー。七瀬くん」
 いたよ。彼女が。
 浅いため息をついて俺はその声の主の方に顔を向ける。
「円。何でこうも毎日おまえと登校が一緒になるんだ? 毎日違う時間に登校してるって言うのにこうはちあわせをするのは作為的なモンを感じるんだがな」
「さあ? あたしにも分かんない」
 人差し指を当てながら首をかしげる声の主、円。蓮城の死でショックを受けていたようだけれども、立ち直ってくれたみたいだ。
「……蓮城くんを殺した犯人……まだ見つかってないみたいだね」
「……そうだな」
「早く見つかるといいね」
「そうだな」
 円も今ではこういった会話も普通に出来るようになった。数日前はこの話をクラスメイトがするととてつもなく悲しげな表情見せてたからな。
「それより円、今日の小テストのヤマ教えてくれよ」
「ヤマ?」
「そ。最後の悪あがきってやつ?」
「それぐらい自分でやってよー」
「あっ!」
 円は笑いながら走り出した。それを追いかけようとも思ったけど、さすがにやめておいた。学園ドラマじゃあるまいし。
「ふう、相変わらずだな……」
 本当にこうなってくれてよかった。こうして何気ない普通の一日を過ごす事がどれだけ嬉しいことなのか今まで分からなかったよ。
「ん……!」
 俺は腕を伸ばして空を見上げる。
 見事なまでの快晴。こんな日は学校なんざさぼって大きな公園で昼寝でも……。
「また学校さぼる気か?」
 ……という気も失せるほどのするどい言葉に思わずそっちの方を向いてしまう。
「両儀。おまえの方こそ今日はさぼらずに学校に来たのか」
「誰かが学校に行けってうるさいんでね」
 両儀式。相変わらず彼女は私服登校の中でも一際目立つ和服を着て登校か。手に持ってる鞄が随分と軽そうに見えるのは気のせいか?
「……なあ七瀬」
「なんだ?」
 めずらしいな。両儀の方から話しかけてくるだなんて。

「おまえ、覚えてるんだろ?」
「あ、ばれた?」

 なんだ。やっぱり両儀には分かってたのか。
「よく分かったな。態度には出してないと思うけど?」
「いや、おまえの安心の仕方で一発だぞ」
 するどすぎるって、だから。
「おそらくおまえは触れたものの何か、多分記憶とかそんなものか、を見る事ができるんじゃないか? だから記憶を改竄されても自分に触れれば自分がしてきた真実をまた知る事ができる。そんな所だろ」
「……そんなもんどっから判断して――」
「普段から長袖で手袋をしている所、俺に触れた時に驚いたところ、それから円の言葉から」
 マジかよ。よくもまあそんな少ない手がかりから……。
「安心しろよ。両儀のは俺には見えてても分からないから」
「ふーん……」
 そう、見えても分かりはしない。てゆうか分かりたくもない。俺にはこの周りにあるような光景が一番だ。
 円は事件の事をすっかり忘れていて、自分の秘密も全て忘れている。でも俺はちゃんと覚えている。あいつの真実、あいつがした事。それは償いきれない事だけれども、すまんが全部を償うつ事はできない。俺はそこまで人間できてはいない。
「こんなんでいいのかね……」
 深く悩んだらそれこそ円みたいにいけない方向に走りそうだ。やめておこう。
 いつものような風景、いつものような日常、いつものような友達。俺がやっと手に入れた退屈な日常ってやつだ。これからも俺は絶対にこれを壊したりしないし、壊させやしない。
「さ、怠惰な学生生活を送りますか」
 俺はそう言いながら学校へと足を向けるのだった。
 願わくばもうこの日常をずっと送れますように。


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 まずはここまで読んでくださった方。ありがとうございました。前回と違い、今回は更新ペースが非常に遅かったことをお詫びいたします。それでも完結できたのは非常に嬉しい事です。今回は作中で語られなかった事はありません。描写不足な点を除けば全て語ったと思います。
 次に空の境界の長編を書くためにも他に終わらせていない長編を終わらせてからにしたいものです。それではまたいつかお会い致しましょう。
  2006年11月12日
  2007年9月28日 第一改訂

文字化け防止用に
そのままで
名前(省略おっけー)
あどれす(省略おっけー)
ご感想 すごくよかった
これからもこの調子で
可もなく不可もなく
もうちょっとかな?
原作やりなおそう
その他なにかあれば

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