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「ちょっと早くに来すぎたかな?」
僕は時計で時刻を確認してみる。午後三時半。まだ三十分も余裕がある。
アーネンエルベ。僕は七瀬との待ち合わせのためにここに来ていた。徹夜での作業によってとりあえず一区切りついて、僕は約束どおりに来た。橙子さんはもう出発してしまった。
辺りを見渡すと、今日の天気が曇り空な事もあって、店内は閑散としていた。やっぱりこういった外の明かりを入れる店は晴天の時の方がいいけれど、これもまたおもむきがあると僕は思う。天気があらゆる場合でも楽しめなきゃ。
でも僕が七瀬と話そうとしている事はとてつもなく楽しめない内容だ。友人を殺された彼に僕が止める資格はない。けど、橙子さんはこう言っていた。
「この事件はこっち側の事だ。幹也は手を引いたほうがよさそうだな。法廷に持ち込んでももみ消されるような内容だしな」
つまりそれは命の危険にさらされる可能性が普通の事件より高いと言うことだろう。そして次にこうも言った。
「まあ警察じゃあ間違いなくこの真実にたどり着けないだろうから、世間的には迷宮入り間違いなしだがね」
だから僕は彼にあまり手がかりを与えるような事はしない。普通の方法では真実にたどり着けないと言うなら、隠しておいた方がいいだろう。それが彼のためにもなるのなら。
「黒桐さん、こんにちは」
「あ、七瀬くん。三日ぶり」
と、約束の時間までまだあるのに一式七瀬がやってきた。気のせいか彼の顔は随分と青ざめているけど。
「早速ですけど、何か進展ありましたか?」
彼はせかすように言ってくる。青ざめているのに目には何かしらの決意があるかのようだった。
「うん。あるね」
「ありがとうございます」
僕は橙子さんに資料を渡す前に分かった事を言う事にした。これぐらいなら少し調べれば分かると思うから。
でもそれを聞くたびに彼の顔つきが更に青ざめていく。まるでこれじゃあ悪夢を見た後みたいだ。いや、それどころか悪夢は続行中だ。
「七瀬くん、顔色が悪いけど大丈夫?」
「あ、大丈夫っす」
そうは言うけれど一目で彼の様子がおかしい事は見て取れる。
「それで、これが卒業アルバムからとった林くんと蓮城くんの学年の生徒と教師。これが犯人に結びつくか分からないけれど……」
と言いながらカラーコピーしてきた資料を彼に見せる。
そして、彼は愕然とした。少なくとも僕にはそう見えた。
「……どうしたんだい?」
「……」
彼はおもむろに僕の筆記用具を取ると、一人の女子生徒に丸をつけた。これは……?
「彼女がこの事件の犯人です」
「え……?」
彼はそう断言した。
七瀬が丸をつけた女子生徒は見るからに華奢で、とても首を一発で斬れるような力が出せるとは思えない。その彼女が犯人……?
「俺は今から彼女を説得に行きますんで、万が一俺に何かがあったらよろしくお願いします」
「え、ちょっと……!」
彼はそう言うなり立ち上がり、店の出口を目指して歩き出した。もう僕は眼中にない。まるでその彼女にしか意識がないかのように。
「その根拠はなんだよ」
「…説明したって信じちゃくれませんよ。きっと」
彼は結局そのまま僕の方を振り返らずに足早に去っていった。とても僕には追いつける速度じゃあない。
僕は彼が丸をつけた女子生徒に目が行く。
貞本円。音楽部所属の学校の中でも一番人気があったらしい。その彼女が犯人……。犠牲者をめったざしにし、撲殺し、斬首した……。そして……。
「この彼女があっち側……?」
想像もできないけれども……鮮花、藤乃ちゃん、そして式と同じで――。
「全く……」
僕はそのまま立ち上がった。
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「自……首?」
「ああそうだ」
俺は目の前のクラスメイトの女子、円に向かって断言する。否、断言しないといけない。
彼女はいつもの制服じゃなくて白い帽子と白いブラウス、白いロングスカートで統一していた。その中で赤いリボンが妙に目立って見える。
「そんな……! 七瀬くんはあたしが治雄くんを殺したって言うの……!?」
「断言はできないけれど、多分そうなんだろうな」
確かに俺は蓮城についてサイコメトリーすることはできなかった。でも、蓮城のうろたえかたがそれを全て物語っている。自分が好きになった女子がよりによってあんな風に人を殺すんだから……。
「なら……」
「でも円は間違いなく以前あった三つの事件で同級生を殺してる」
円は後ろに下がる。
あせるな。感情的にならずに事実だけを淡々と話すんだ。
「警察だって分からないはずだ。円みたいにきゃしゃな女子が体育系の男子を殺していったんだからな。俺も今でも信じられないぐらいだ」
「七瀬くん……」
更に一歩後ろに下がる。
「推理もんみたいにアリバイ崩しなんて必要ないし、犯行手口の特定も必要ない。ただ円は蓮城を含めた四人を殺しただけなんだから」
俺は更に続ける事にした。そうでなければ俺のほうがまいってしまう。
「一見すると全く接点のない四人だから無差別殺人にも見えるし、偶然別の事件が重なったのかもしれなかったけど、それにしてはできすぎてる。おそらく犯行の動機は……」
「……」
「秘密を隠し続けるためだろう」
そう思えば円の言動とかの説明もつく。蓮城たちは円の秘密を知ってしまったがために口封じに殺されたのだ。
「同じ学校に関連がある。つまりそれはその学校のたった一人が好きになったって共通点があるかもしれないんだ。そうなったら当然相手の事を知りたくなる。その拍子に知ってはいけない事も知った。だからこそ……」
「……ひどいよ七瀬くん」
と、円は涙を浮かべながらすすり泣き始める。これをハタから見ていれば間違いなく俺のほうが悪者扱いされる事間違いないぐらいの。心に決めた俺すら罪悪感が襲ってくるぐらい彼女からは悲しみが伝わってくる。
「そんなの全部七瀬くんの想像でしょう……? それなのに……」
「ああ。これは俺の想像に過ぎない。証拠もないし円の秘密が何なのかも分からない」
そう、これは証拠も何一つない俺だけに分かる事だ。だからこそ俺は円に自首を進めたんだ。どんな秘密だって人の命以上のもんなんてないんだから。
「だけど円が犯人って事だけは俺の最大の秘密で知った事なんだ」
「え……?」
俺はそう言いながら手袋を外す。そして手のひらを円に対して見せた。
「……?」
まあ円が不思議に思うのも不思議はない。だって一見すれば俺の手なんて全く変わりのないやつなんだから。
「俺には物の記憶を見る事ができる」
「物の……記憶?」
「そう、世間ではサイコメトリーって言われてる能力だ。それを使って以前起こった三つの事件の犯人を知る事ができた」
「……っ!」
円は青ざめてまた一歩後ろに下がる。
「大丈夫。俺の能力はじかにさわらない限り発動はしない。これが俺がいつも長袖で手袋をしてる理由。円にもさわってないからどんな秘密なのかまだ知らない」
だからこそ俺には蓮城を殺してまで守る必要のあった円の秘密が分からない。もちろん犯行の動機も分からない。
でも……できれば円には自首して欲しい。それが蓮城たちの家族のために、そして蓮城たち被害者のためになるのなら…。
「このまま俺が言った所で警察は絶対に信用しちゃくれない。だからこそ言うけど、自首してくれ。円」
「……そう……」
ぽつりと、彼女はつぶやいた。
「七瀬くんは普通の人間じゃないのね……」
「ああ。だからこそ知る事ができた。忌まわしいと思ってたけど、こんな使い方もあるんだって分かった」
頼む。円。アイツのためにも罪を……。
「でもね七瀬くん」
次の瞬間、彼女は首を傾けながらこっちの方に顔を向けた。
「あたしは人間ですらないんだ」
そう言った彼女の顔は、笑っていた。まるでホラー映画の一場面かのように、魔性の笑みだ。
「ほら、これがあたしの秘密。どう? 驚いた?」
「……円が人間かそうでないかなんて今はどうでもいい。でも俺は円に――」
「でもね七瀬くん。最大の秘密を知ったらね……」
俺の事は一方的に無視して彼女は話を続ける。くっ、説得は失敗か……。
「死ななきゃいけないんだ。ごめんね」
そうして彼女が取り出したのは大型のサバイバルナイフだった。当然斬られれば死ぬものだし、刺されても死ぬものだ。
「…俺も殺そうって言うのか……?」
「だって七瀬くんも治雄くんとか亮太くんみたいにあたしの事知っちゃったじゃない」
ぐ、話したのは円自身なんだがとはさすがにいえなかった。でもこいつの秘密は俺よりも大切なわけか……。
「……どうしても俺たち友人より秘密の方が大切なんだな」
「……だってプライバシーって大切でしょ?」
そう、か。なら俺はどうすればいいんだ? 罪の意識はあっても、優先順位を変える事なんて俺にはできない。
「……俺にできる事はないのか?」
「駄目だよ。だって七瀬くんはもう知っちゃったんですもの」
ケラケラと笑い出す円。まるで人が変わったかのような印象を与えると同時にこれが円なんだなとも思ってしまう。
「……でも俺はまだ死にたくないんだ」
「そう?」
「だから……」
だから、俺は……。
「逃げる」
一目散に駅に向かって逃げ出す。
今までの事件は深夜に起こってたから人の眼にもつかなかったけど、今はまだ夕方。これなら人通りが多いところに行けばその場しのぎにはなるはず……!
「あ、なるほどね。やっぱそうくる?」
「……!?」
ちょっと待てよ。何で全力疾走してるのにまだ円の声が聞こえて来るんだよ。この公園は広いわりに夕方になると人通りが少なくなるって事だから聞こえてもいい気もするけど、この大きさはどう考えてもおかしい。
「逃げないでぇぇっ!!」
「うおあっ!
すんでの所で俺は円のナイフをかわす。はっきり言って実戦を想定してなかったら間違いなく今ので首斬られてた。
「ぐぅっ!」
柔道でやった前まわり受身ですぐに立ち上がり、円を確認する。彼女は不思議そうに自分のナイフを見つめていた。
「……よけるんだ」
「当たり前だろ。死にたくないんだから」
いや、多分円が言っているのは俺が避けたことじゃなくて、避けられた事を言ってるんだろう。って事は今ので殺す気だったのか……!
やべぇ。脚がもうガクガクに震えてるよ。まさか想定してた実戦ってやつが円相手だったなんてな……。
「あっはははははは!」
円は勢いよく飛び出す。
「速い……!?」
剣道部連中は論外として、全国大会レベルの奴より踏み込みが速い……! 俺はかろうじてそれをかわし、逆に相手の手首とえりを掴む。よし。このまま勢いを利用して1本背負い……!
「う……っ!」
だが俺のやろうとしてた事は見事なまでにミスしてしまった。円は俺の掴んだ両腕を力で外し、そのまま俺の背中を蹴ったのだ。地面に倒れなかっただけマシだと思う。
「大丈夫だよ。痛くはないから」
そのまま体勢を崩した俺に円は襲いかかってくる。避ける事は不可能。左右や後ろに逃げたってナイフできりつけらてしまう。なら……!
「うおおっ!」
「え…っ!?」
俺はそのまま円にタックルを食らわせた。全体重を乗っけたからいくら円の速度が速くても、力が強くても、体重差では絶対に勝ってるはず。
「きゃっ…!」
案の定円は吹っ飛び、地面に倒れる。
よし、そのまま逃亡開始!
「…ひどいよ七瀬くん」
もう随分とはなれたはずなのに、俺にはその声がしっかりと聞こえた。だからって後ろを振り返ってる余裕はどこにもない。
「ひどいよひどいよひどすぎるよあんまりだよこんなことってぇ」
必死になって俺達は走っている。文字通り必死だ。
「あんまりだよねぇ七瀬くぅんっ!」
声が急に大きくなってくる。このままじゃあすぐに追いつかれて蓮城みたいに……!
「俺は生きたいんだよ円ーっ!」
「だめだよぉっ!」
くそっ! 駄目だ、追いつかれる……!
「……残念」
「へ?」
その言葉は、俺の耳元で聞こえた。そう、あれだけ全力で走ったって言うのに既に隣には円がいた。でも何で俺を殺そうとしないんだ……?
「また今夜ね、七瀬くん」
彼女はにこっと笑いながら手ぶらで帰っていった。よく見ればランニングをする初老の人がこっちの方に向かってきてる。……とにかく今は助かったのか?
「……はあ」
俺は心身ともに疲れてその場にへたりこむ。あー…、生きた心地が全然しねぇし。
でも今の円の言葉……。
「また今夜ね」
これって……。
今までの犠牲者はみんな真夜中に外で犠牲になってる。蓮城の状況だってろう城しようとしないで外に出た。出てしまった。なぜだ?
「まさか……」
それとも出させられたのか?
「だとしたら……」
俺、やばいんじゃね? 今のアイツだったら何をしでかすか分かったもんじゃない。間違いなくアイツは今夜俺を殺しに来る。
どうすればいいんだ? 説得か、おとなしく殺されるか、それとも返り討ちにするか。俺が取るべき道は……取るべき道は……!
「……俺一人で何とかするしかないだろ……!」
これは黒桐さんにだって言えない事だ。あの人に教えたらあの人まで狙われる事になる。あいつは俺一人でおさえるしかない。
「くそっ! 俺って口下手だからな……」
あいつの言ってる人間以外って言葉もよく分からないし、あいつの過去を知ろうとも思わない。ただ俺は、あいつに殺人をやめてほしいだけだ。当然どこぞのヒーローじゃあるまいし命を捨ててまでそれを達成しようとは思わない。でも、黙って見過ごせるほど人間できちゃいない。
「なら……」
とにかく丸腰じゃあ一方的にやられるだけだ。最悪アイツと殺しあう事になるだろうから、何とか時間稼ぎができるような物を用意しないと。俺を襲ってる所を警察に見せるなんて論外。あいつを追いつめる事はしたくない。
俺は息切れしてる体を無理やり起こし、この町をあとにした。
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「……と言うわけなんです橙子さん」
「……なるほどね。証拠もないのによくそこまで断言して、しかも事実にたどりついたもんだな」
「いや、感心してる場合じゃないですよ橙子さん」
僕はでかけてしまった橙子さんの携帯電話に電話して七瀬が犯人を断言した事を報告した。
七瀬が言っていた犯人、つまり貞本円の家は今いる僕の家からでも一時間弱でつける距離だ。橙子さんみたいに遠出する距離じゃあない。
「どういうことなんですか。一式七瀬が言った事が真実で、橙子さんが言ったことも真実なら矛盾してますよ」
「いいや、どこも矛盾なんてしてないさ」
あっさりと橙子さんは断言してくる。
「実行犯は貞本円だし、その動機も貞本円の一存だろうな。だがその原因を作ったものは全く違う。私はその人物に会いに行くのさ」
「原因が、違う……?」
事件の原因は確かに犯人自身のせいではないものもある。だからと言ってわざわざ橙子さんが出向くような事って……。
「家庭内暴力があるだろう。あれを受けた母親は自分の子供にもまた起こす場合もあるってやつさ。あれと同じで貞本円が殺人に走ったのも今から会いに行くやつの責任だ」
「ではなぜそんな普通の事件にあなたが?」
「普通じゃないんだよ黒桐」
電話をしながら煙草を吸っているのか、息をはく音が聞こえる。
「貞本円はね、創られた存在なんだよ」
「え……?」
創られた存在……?
「それって……」
「彼女は道具じゃない。作品だ」
「それはおかしいですよ。彼女にはちゃんとした親もいて、出生届けも出ています」
これは七瀬から彼女が犯人と言われて帰りがけに調べてみたことだ。彼女の家庭環境はいたって普通。創られた形跡なんてどこにもない。
「出生届けや国籍もある程度操作できるが……まあ今回の彼女に限っては確かに本物だろうな。なんていっても実在した人物なんだからな」
「え?」
「つまり、貞本円は実在していたが、今実在している貞本円は元からいた貞元円とは違うと言っているんだよ」
絶句。声も出ない。
「こう言うのを戸籍乗っ取りって言うんだろうな。死んだ貞本円の全てを持って新たな貞本円が生まれたんだとしたら友人にだって見分けられまい。貞本って苗字をどっかで聞いた事があったと思ったらこの世界で少しは有名な同業者、つまり人形師だったよ」
同業者、魔術師の方じゃなくて人形師のほうか。
「……それどこから判断したんです?」
「貞本って苗字を蓮城のクラス名簿で見かけた時に調べておいた。どうやら大事故を起こした事があるようだな。その時にすり替えをしたんだろう」
「でも父親はサラリーマンで母親は……」
「分家が本家に何かを頼む事はよくある事だ。と言ってもそれは私の憶測にすぎんがね」
……つまりその事故で円が死んで、親はそれを本家に頼んで代わりを創ってもらったのか?
「貞本円が殺人を犯す動機は自らが創られた存在である事を隠蔽する事だ。まあそれでもマシな方かもしれないがね」
……それは貞本円が口癖で秘密に関しての事を言っていたことから推理したんだろうけど、憶測の域は出ていない。
「ましって何がですか」
「以前黒桐も会ったアルバの説は「自身を偽物として認識して正常に稼動できる筈がない」だ。私の考えは全く違うがその話は置いておこう。貞本円がたどり着いた結論は「偽者でもいいけど他者に知られるのは絶対にごめんだ」と言う事だったんじゃないか?」
それは人間が自分と違うものを嫌うから。宗教の争いや民族間の争いがなくならないのはこれのせいだろう。
「でも分かりません。なぜ親にも見分けがつかないって言うのにその犠牲者たちはその秘密を知る事ができたんですか」
「問題はそこだ。もし何らかの欠陥が彼女にあったとしたらいつかまた誰かがその事を知り、犠牲者がでるだろうな」
「どうにかできないんですか」
このままだとその円を殺すことでしか事件は解決しないじゃないか。円の周りの人からは円は実在の人なんだから、それだけはだめだ。
「……式に創ってやった義手と違って自動人形クラスの作品になると技術保持の細工がほどこされてる場合があってな。うかつに手が出せん。幸いにも貞本は対魔機関よりの家系だ。いざとなれば両儀や浅上の名を出せば親切丁寧に教えてくれるさ。そうすれば私がどうにかしよう。
そうだな……多分明日には帰れそうだな」
「明日、ですか」
それって結構速いな。僕の予想だとあさってなんだけど。
「ところで今の問題はその七瀬少年だ。彼は貞本円が犯人だと断言したんだな?」
「ええ」
「それは三日前じゃなくて、今日断言したんだな?」
「ええ」
だから彼は事件現場を目撃したわけじゃない。なら彼は僕では調べられなかった確固たる証拠を見つけたのだろうか。
「……はあ。今までの話からすると既に殺されててもおかしくないな」
「って何言い出すんですか橙子さん」
橙子さんは可能性の事を言っているんだろうけど、あまりに直接的な言い方なので驚いてしまった。そんなニュースは流れてないから彼はまだ殺されてないと思うんだけど……。
「明日円を捕らえるまで七瀬を保護しておいてくれよ。何なら式を護衛にしてでもな」
そう言うと橙子さんは一方的に電話を切ってしまった。
……七瀬を保護する、か。問題は彼は円を説得するって言って去った事だ。無事に見つかるかどうか……。
「――と言ってもどうやって彼を見つけ出そうか」
彼の住所とか電話番号を調べられても今彼がどこにいるかまではわからない。だとしたらどうすればいいのだろうか。
あの七瀬の言い方だと円とはとても親しいみたいだから絶対に説得しようとするだろう。でも橙子さんの言い方だと円は彼すら殺してしまうだろう。
「くそっ……!」
僕は虚空に向けて悪態をつくしかなかった。
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夜八時。俺はたった一人で深夜の町を歩いていた。俺の手荷物はこれ二個だけだ。
「居合い用の刀と木刀それぞれ一本ずつか……」
当然竹刀袋の中に入れてあるし、職務質問されても学校帰りだってごまかすつもりだ。俺だって死にたくはないからもし円が刃物を持ってきたときのための護身用だ。できればこれを使うことなく終わらせたいんだけど……。
足取りははっきり言ってとてつもなく重い。何と言ってもこれから生死の分かれ目に行くんだからな。でもこれは絶対に誰かが突破しないといけない事なんだ。
「なら俺は蓮城や円のためにやってやるさ」
思わず独り言を言いながらグッと拳を握り締める。
もう日はどっぷりとつかっていて、闇が辺りを支配している。あいにくの天気で星空は見えてこない。あくまでもどんよりとした空だ。なーんかまるで俺の心情を表してるようで非常に腹が立って来るんだがな……。
「はあ……」
深いため息を思わずつく。
どーにかできないもんかね……円への説得。なんで円は殺人をする事で秘密を隠蔽しようとするんだ。なんで知った人を信用しようとしないんだ。
「……俺だったら……」
秘密にしておいてくれって秘密は絶対に守る。自分の秘密も守ってほしいから。秘密を暴く事の苦痛を誰よりも知っているから。だから……。
俺は深夜の公園の中に入る。思ったとおりここは人通りがなく、犯罪にはとてももってこいな場所だ。ここなら万が一円が刃物で襲ってきても円を見る人はいないだろう。問題は俺を助けてくれる人もいないって事なんだけど。
「夜の公園って随分と昼間と違うな」
俺は腰をベンチに落ち着けて、暗い中本を読んで時間をつぶす事にする。いつもは子供とかの活気であふれる公園も、ただの無人の広場に過ぎなくなっていた。それがどこか不気味に思えてくる。
そんな事を思っていると、数ページ読んだだけでその人物は現れた。
「こんばんは、七瀬くん」
「円……」
彼女の服装はさっきと同じ。手ぶらなのもさっきと同じだ。でもその表情はまるで人が変わったかのように寒気がするような笑みを浮かべていた。
「こんなところにいたんじゃ風邪引くよ」
「円……、おまえが人間じゃないって事は蓮城を殺してでも守らなきゃならなかった事なのか……?」
まずは円の言い分を無視して説得を試みる。言い訳だけはうまくなってきたから何とか……。
「……七瀬くんには分からないよ。自分の存在が否定された事なんて」
ああ、それはさすがに分からない。他人に俺が否定された事なんて腐るほどあるけど自分自身で否定した事なんてないんだからな。いくら能力は否定しても。
「それにね、あたしは殺さなきゃいけないの」
「だからそれが分からないんだって! 蓮城だって俺だっておまえが人間じゃなかったからって差別するような人間じゃねぇよ!」
思わず怒鳴る俺。怒鳴らずになんかいられない。
「……そう言ってくれるのは嬉しいけど、あたしが言うんだ。「殺せ」ってね」
「……は?」
それは一体どういうことだ? 円が円に殺せって言う……?
「だからあたしはそれにしたがわないといけないのよ。あたしの言う事に」
「意味が分からないよ……」
「ごめんね七瀬くん。でも安心してよ」
そう言うと彼女はスカートをたくしあげ、二つのものを取り出す。
それは、二本の包丁だった。
「すぐに楽になるから」
そういうと彼女は歩いてこっちに近づいてくる。
「円!」
もう彼女は俺の呼びかけに全く答えようとしない。
……だめだ。俺にはやっぱ無理なのかよ。何もできずにまた逃げるだけしかできないのかよ。もしくは彼女を傷つける……?
「ぐ……!」
やっぱ俺自身を守るために戦わなきゃいけないのか……!
ぎり、と俺は歯ぎしりして木刀の方に手をかけて……、
「さて、こんな場面に出くわしたオレはどうすればいいと思う?」
「「!?」」
俺と円は同時に声がした方向に顔を向ける。
わき道からやってきたのは革の上着と和服。髪は肩ぐらいでその顔立ちは凛々しく、美人だ。日本の包丁を手に持った少女がいるのにとてつもなく落ち着いた様子で街灯の下に照らされる。そんな人物は俺の人生じゃあ一人しか知らない。
「両儀……式?」
俺は思わずフルネームで彼女の名前を呼んでいた。
つづく
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