/

「この事件現場で? 七瀬くん」
 笑みを浮かべて立つ円。でもその笑みをうかべる目には深い何かがある気がする。漫画で言うなら死亡フラグ手前の危険フラグってやつだ。じきに事件が進展するときの。
「……ああ、そうだよ」
 ヘタな嘘は通用しないと思ったので素直に言っておく。なるべく冷静に言ったつもりだけど心なしか怯えてるような声になってしまった。それでも円は笑みを全く絶やそうとしない。
「だって七瀬くんの家って学校の近くだよね。いくらまだ九時だからってなんでここにいるの?」
「そ、それはだな……」
 ……どう答えるか? やっぱ正確に話した方がいいか?
「……なあ円。親しい人が死んだ事実って信じられるか?」
「え?」
 話が別方向に言った事に首をかしげる円。と言っても話題をそらしているわけじゃない。
「こうして現場に来てみるとさ、否応なしに実感するんだよな」
「七瀬くん……」
「俺って転校生だから数日の付き合いだったけど、それでもこう胸がしめつけられるような感じがするんだ」
 そう言いながら俺は胸をおさえた。言ってる事は本当に思ってる事だ。
 あいつとはたった数日間の付き合いだったけど、本当に友達って呼べる奴だった事だけは言える。たった数日の俺がこうなんだから、随分と知ってる円はどれだけの思いをしてるのか? ……俺の想像なんて及ばないんだろう、きっと。
「おばさんが円の事知ってたって事は、円とアイツは高校以前からの友人なんだろ?」
「……うん」
 円は俺から視線をそらしてうつむく。
「……治雄くんと知り合ったのは中学の時かな。その時からもう柔道は強かったし、女子も何人か彼が好きだったみたいだしね」
「ふーん……」
 やっぱ強い奴は昔も強いのか……。と言っても環境によってはすぐに追いつくってパターンが多いけれど。
「あたしと治雄くんとはどっちかって言うと友達って印象の方が強かったな」
「そう、か……」
 この友人って位置に定着するとそれ以上に行くのにものすごく手間がかかるんだよな。結局アイツはそれを突破できないまま終わっちまったけど……。
「俺もこの数日だけだけどさ、付き合ってみて分かったんだよ」
「何が?」
「あいつ、俺が今まで見てきた中でも一番人付き合いがいいって事」
 うん、言うならあいつはクラスの雰囲気を作ってたうちの一人と言っても過言じゃない。クラスが団結する時、学園祭みたいなのがある時って大体引っ張る奴とついていく奴、さぼる奴に分かれると思う。あいつは間違いなく引っ張る方だ。
「……でもさ、俺ちょっと前の学校でトラブルがあって転校したみたいなもんだから嬉しかったんだ。アイツと知り合えた事」
「……そう」
 円はどこか悲しげな表情を見せる。それは蓮城の事を思ってか、それとも……。
「だからさ、人が少ない時にこうして現場見てると「ああ、やっぱ現実なんだな」って思っちまうんだよ」
「……」
 これも思っている事だ。だからこそ俺はその犯人を見つけ出したい。警察なんざあてにしてられるか。
「でも七瀬くん、こんな真夜中に一人で歩いてちゃ物騒だよ」
「ああ、分かってるって」
 でもそうでもしない限り警官が大勢いる。それに、殺人犯は屈強の男でもない事が分かったし。
 それにしても、あまり屈強そうじゃないやつになんで蓮城は取り乱して逃げたんだ? それほどの戦慄を覚える奴なのか、それとも彼だけが取り乱さねばならない相手なのか?
「七瀬くん?」
「あ、悪いな」
 う、また自分の世界にひたってたか。俺に彼女ができたときにこれやったら一発で不快になるぞ。気をつけなきゃな。
「あたし、できれば七瀬くんにはこの事件には関わって欲しくないんだ」
「え?」
 俺に事件に関わって欲しくない? どういうことだ、それは……。
「だって治雄くんも死んじゃったでしょ? あたしね……」
彼女は街灯の下でくるりと回った。

「七瀬くんには死んでほしくないんだ」

 これは親しい仲でなくても言うのは当然だろうな。だって友人が一人死んでるんだから。
 じゃあなんで俺には円が笑みを浮かべてるように見えたんだ?



偶発目撃
第四話

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「やべぇ…。全っ然寝れなかったし」
 結局あの後家に帰ったけど寝れずにほとんど終わり、徹夜に近い状態で俺は学校に行く羽目になっちまった。俺って睡眠がどうもテンションにとって大事らしく、今すぐにでも寝れそうだ。さすがに足取りはまっすぐだけど、目つきはかなり悪いと思う。
 結局現場近くでサイコメトリーを行う事はあきらめた。もう少し経ってからでも見えなくもないし、また円に会ったらごまかしがかなり難しい。
 とりあえず一回状況を整理してみるか。
 まず殺されたのは転校してからすぐに知り合った柔道部のエース蓮城治雄。あいつが最後に書いたと思われる文章には『見てはいけないもんをみて、アイツにころされる』みたいに書いてあった。犯人は蓮城をめったざしで殺してたけど、どうも背はあまり高くなく、体格もがっちりしてない。
 そして、過去にも同じような事件があって、同一犯か模倣犯の可能性が高い。
「んで……」
 これだけはあまり考えたくないんだけど、いざとなったら考える必要がある。絶対にそんな事はないでほしいんだけど……。
「ん?」
 通学路にはもはや俺しかいない。何しろもう授業始まってる時間だし、普通なら一時間目をさぼる奴以外いないだろ。
 だと思ったんだけれども、いたよあそこに。
「両儀、おまえも一時間目さぼりかー?」
 目の前にいるのは和服に革ジャンを着た私服登校ありの中でもかなり珍しい服装をした人物。こんなのあいつしかいないだろ。
「……」
 見事に無視ですか。ああそうですか。なら。
「おはよう両儀!」
 そう言って思いっきり両儀の背中を叩く俺。わ、両儀って意外と軽い。すっごく意外だ。
「…なにするんだ?」
 振り向いてきたのはやっぱり両儀だった。あからさまに不機嫌な目つきで俺の方を睨みつけてくる。いや、もし違ってたら土下座もんだったけど、確率は低かったしまあいっか。
「いや、スキンシップってやつ?」
「……随分とくだらない事するんだな」
「突発的な事が好きなだけ」
 表情も変えずに俺の事は興味なさげに俺の事をこう言ってくるので俺もこう言う。いや、実際は両儀の反応がどんなものなのか気になっただけだけど。
「……」
 また両儀は俺なんていないかのように前方を見て歩く。でも両儀と俺の歩調こそ違うけど歩くスピードは同じぐらいなんだよな。自然と並んで歩くことになる。さて、どうするか……。
「……なあ、両儀」
「何だ?」
 やっぱたまらず話しかける事にした。そうでもしないと事件の事ばかり思い浮かべそうだから。
 両儀と知り合ってからほんの少ししか経ってない以上、彼女の趣味とか知ってるはずは当然ない。なら話題は……。
「両儀は蓮城とは親しかったのか?」
 クラスメイトの事しかないんだよな。これ以外両儀との共通点ってないし。
「……学校は休みがちだからあまりクラスのやつらとは親しくない」
「あ、そうなのか…」
 彼女は孤立と言うより自分の事は自分でやる、があってるだろう。もしかしたら学校以外で交友関係があるかもしれないけど。
「でも」
「でも?」
 え? まだ続きがあるのか?
「あいつの体さばきはスポーツ以上を考えてたみたいだな」
「スポーツ以上、か?」
 スポーツ、つまり試合をする相手が死なないようある程度ルールが定まっているってやつ。つまりルール無用で殺し合いをするのはたいていのスポーツをやってる奴は向いてない。そういったのに対応できるのは本物だからだ。
 リングや道場の上とストリート上では違うように、互いに世界が違うってやつだ。俺も全国大会でそんな本物と出会って完膚なきまでにやられたからよく分かる。そんな本物に対抗できるのはほんの一握りだ。
「ああ。あいつの動きは多数が相手でも対抗できるようになってるし、その気になれば骨を折る事だってできるはずだ」
「……そうなのか?」
「練習の乱取りを少し見ただけだから確信はないけどな」
 ……それってあいつは本物って事なのか? いや、違う。授業から受けた印象は本物じゃあない。なら……?
「からまれた時の事でも考えてたのか?」
「いや、どうもそうじゃないらしい」
「え?」
「オレも知らない。ただ女子連中には詳しい奴もいるからそいつにでも聞け」
 む、そうか。
 でもあいつの過去に何らかの手がかりがあるかもしれない。柔道の戦い方を決めた事を知っててもいいだろう。
「おまえだってスポーツ以上の事考えてるんじゃないか」
「え……!?」
 両儀の指摘に思わずどきっとくる。
 彼女には剣士剣客うんぬんの話はしていないし、聞かれるような大声でもなかった。つまり、彼女は俺の動きからそれを判断したって言うのか……?
「昨日学校に剣道の道具持ってきてただろ。まだおまえの動き見てないから何とも言えないけど、古剣術に対抗しようとしてるが一番近い表現だろ」
「嘘だろ……!
 ここまで判断できるのかよ! どれほどの観察力があるんだよ……!
「両儀、おまえ何者……」
「さあな」
 もう学校も見えてきた。これなら二時間目には間に合うだろう。これ以上俺たちに会話はなかった。
 両儀式。鋭すぎる観察力。そのかわいい容姿からは考えられない凄み。あの全てがあって何もない世界。
 俺から言わせれば、彼女こそが本物だろう。

   /

「全く、一時間目さぼるだなんて卑怯よ。昨日だってさぼるしさ」
 昨日俺に進めた(強制した)女子はいきなりそんな事を言ってくる。九音と言ってどうやらこの学校の剣道部の主将らしい。
「いや、身近な人の死って俺初めてだから……気分悪くなって我慢ができなかったんだ」
「そうなの?」
「見た目と違って俺デリケートなの」
 と適当にごまかしておく。
「ふぅーん、そうなんだ」
「そうなの」
 クラスの雰囲気はおとといよりも暗い。クラスメイトが死んでるんだからそれは当然だろうけど。
「……まあ、悲しいのは俺一人じゃないし、甘ったれてるのは俺だろうけどな」
「七瀬くん……」
 そうだ。俺はたった数日だろうけど、クラスには数年付き合ってた人もいるはずだ。その人の悲しみは俺の比じゃないだろう。
「なあ、あいつの柔道スタイルってどうも柔道以上の事を考えてたみたいだけど、その事で何か知らないか?」
「え?」
 九音は困った顔をする。そして顔をしかめて視線をそらす。
「……これって他の女子の受け売りなんだけどさ」
「それでもいーよ」
「あ、そう?」
 こほん、とせきをしてこっちの顔をのぞく。
「彼の友達が昔殺されたみたいなの」
「……っ!」
 あいつの友達が昔殺された――。
「暴漢に襲われて殺されたらしくて、それから彼の試合スタイルがものすごく変わったらしいわ。より荒々しくなったって言うか、礼儀より実戦向きになったみたいにさ。だからわたしってアイツの事嫌いなのよ。柔『道』なのにあいつったら柔術をしてるみたいなのよ」
「……」
 そんなきっかけがあってあいつの戦い方が変わったのか……。俺もそうだけど、たった一回のきっかけで全てが変わるなんて事はよくあるしな……。
「その時も新聞にのってさわがれてたじゃない」
「俺そのころ多分新聞興味なかったし」
「あ、やっぱり?」
「やっぱりって……」
 やっぱ子供が殺されたんだから話題にもなるよな。
「分かった。サンキューな」
「ん、どうも」
 手をひらひらさせて去っていく九音。
 結局蓮城の柔道スタイルはその暴漢対策になったものだった。つまりいつ暴漢に襲われようとも返り討ちにできるよう稽古をつんだはずだ。だっていうのに何でアイツはうろたえて逃げ出したんだ?
「わっからねぇ……」
 調べれば調べるだけドンドン分からなくなってくぞこれ。あー、俺に権限があれば蓮城の死体そのものからサイコメトリーできて一発で事件解決できるんだがなー。
「あ、そうそう」
「ん?」
 九音が何かを思い出したのか、こっちにまたよってくる。
「その犠牲になったって子、アイツの元ライバルみたいよ」
「元ライバル? 柔道のか?」
「そう。それもあるんじゃないかしら。確か林っていったはずよ。蓮城を毎回負かしてたらしいし」
「へえ、あいつやっぱライバルがいたのか」
 だって言うのにそのライバルもまた暴漢に襲われて殺されたのか。こんなの皮肉としか……。
「…ん?」
 待てよ。今なんかおかしな事が……。
「なあ、もう一度言ってみてくれないか?」
「え? 何を?」
「今まで言った事」
 引っ掛かりを覚える言葉が確かにあったぞ。とてつもなく重要な言葉が。
「えっと、蓮城を毎回負かしてた子が暴漢に襲われて殺されたって所?」
 そこじゃないな……。
「その子の名前は確か林…」
「それだ!」
 俺は思わず大声を出してしまったので、クラスのほとんどが俺に注目する。心を落ち着けてとにかく座る俺。
「林……」
 そう、これは確か昨日見た名前だ。
「彼らは同じ年に生まれたんだ。つまり、君と同級生なんだよ」
 と黒桐さんが言っていた。その殺された同級生の名前の中に確かあったはず……!
 俺は書き込んだノートを確認する。林亮太。中華包丁でめった刺し。細川唯元。バットで撲殺。相田哲治。斧で斬首。
「やっぱり……!」
 この第一の犠牲者である林は蓮城と友達だったのか……! なぜだ。何故そんな事が……。
「ねえ、さっきから表情の変化激しいわよ」
「あ、すまん。こっちの話だ」
 なんとか冷静を取り繕うけど当然怪しさ大爆発この上ない。
 ……金田一少年風に言えばここで「謎は全て解けた」とか言って天才的ひらめきを見せるんだろうけど、俺にはそんな能力は当然ないわけで。と言うわけで俺的に言うならば……、
「謎は深まるばかりじゃねぇかよ……」
 これで通り魔の線はなくなったけど、それで逆に特定が激難しくなったじゃねえか……。一体どうすればいいんだ……?

 今日は真面目に授業を受けたので、俺は教科書とノートをしまって教室を後にする事にした。授業は当然の事ながら爆睡の時間になってしまったわけで。でもまだ寝たりないし……。
「あー、かえって寝るか……」
「はーい、ちょっと待ったー」
 が、と。俺の首に腕をかけて俺を引きずるのは九音だ。
「おい、ちょっと何するんだって」
「何って、当然剣道部の稽古だって。せっかく学校に防具一式持ってきたんだから、やらないともったいないでしょ?」
 いや、それは確かにおっしゃる通りなんですが……。
「今日は徹夜明けですっごく疲れてるんだ。明日に……」
「今日は今日で稽古があるし、明日は明日で稽古がある。全国大会出たんだから、期待してるわよ」
「んな殺生な」
 当然徹夜明け(しかも体育の授業また柔道だったし)の俺にわりとがっちりした九音に逆らうだけの体力など残っていなかったわけで。
 と言うわけで3時間ばっちりと稽古をつけましたとさ。

   /

「あー、今日はばっちり眠れたな」
 てなわけで一日がたった。
 昨日はもう布団に寝転がった瞬間に意識がフェードアウトしたし。こんな事今までなかったな。
「んー、さわやかな天気だ」
と言うわけでこのまま行けばクラスの中でも一番早く学校につくだろうタイミングで行く事になった。なんで朝練の連中以外に学校に行く人がいないというなんとも奇妙な光景があるわけだ。
 ちなみにうちの学校の道場は朝練はもっぱら柔道部と空手部が使っているので剣道部の出る幕はない。成績で優先順位が決まるらしく、九音がやっきになるわけだ……。
 結局昨日は出かける事ができずに終わり、事件についてはなんら進展なしに終わってしまった。今日は九音に見つからずにとっとと脱出しないと……。
「おはよー。今日もいい天気だね!」
「うわあっ!」
 思いっきり俺の背中を叩いてくる人物が一人。背中がいてえ……。
「まーどーかー。おまえか」
「当たりだよ」
 にぱー、と擬音がつきそうなぐらい可愛い笑顔を見せてくる女子高生、案の定円だった。普通の高校男児ならこの一発でイチコロだろうが、ごまかしは通用しないぞ。
「随分と早いな。今から行っても一時間目までまだ数十分も余裕があるぞ」
「うん、そうだね」
「時計でもまた狂ったか?」
「そんなわけないよ!」
 ずい、と手首を俺に見せてくる円。……確かに俺の腕時計と同じ時刻を表してるから間違えたんじゃないらしい。
「家が近い俺ならまだしも、円の家って随分と遠くだろ」
「そうだね。あたしの家って治雄くんの家から歩いて十数分ってところだから最寄り駅同じだし」
 なら一時間は軽く見る必要があるあ。
「……何で?」
「もちろん七瀬くんに会うためだよぉ」
「いや嘘だろそれ」
 俺の登校時間はこの数日だけでも千差万別。何しろ遅刻やエスケープ、そんなのばっかだったのがここに来てめちゃ早く来てるし。
「そんなさりげないやりとりで何人の男を毒牙にかけてきたんだよ」
「あー、それひどいよ。あたしの事そうやって見てたんだー」
 いや、だからその怒るしぐさにしたって演技くささが全く感じられないから男子がイチコロになるんだって。円その事を分かってんのか?
「そう言ってる七瀬くんだってもてたでしょう?」
「ん?」
 俺がもてたか? ……もてないな。俺は。
「……俺、もう暑くなってきてるのにこうやって長袖で手袋してるだろ?」
「うん」
「潔癖症じゃあないけど、これのせいで俺は人とはあまり関わりたくないんだよ」
「え? 何で?」
 不思議そうに聞いてくる円。でも、これだけは話すわけにはいかない。俺は普通でいたいんだから。
 ……思えば俺のこの能力は俺に災いしか生み出さなかった。この能力があったのは生まれつき。その頃から俺は物の記憶を読む事ができた。
 サイコメトリー、テレビとか空想小説でしか出てこない特殊能力者。誰もがその能力にあこがれて、誰もが一度は欲しいと思うものだ。でも、人間は実際誰もが自分の理解できないものを嫌うものだ。否定したがるものだ。
 それは俺の両親も例外じゃなかった。
 記憶を読む事はできるけど、俺の理解できないものは所詮記号や絵を見ているようなものにすぎない。でも、俺は確かに両親に悪魔だと言われた事もあった。
 結果、夏でも長袖、手袋。そして、アクシデントとかで俺は友達になった子の記憶を見てしまう。俺にはそれが我慢できなかったし、友達だった子は俺を気味悪がる。
「……はあ」
 以前の学校ではそれが元で大事件寸前にまで行って転校するは目になった。
 だから俺は孤立するしかなかったんだ。
「でも……」
 円が、蓮城が、俺を孤独にはしなかった。俺はそれに報いたい。今まで俺にとってただ邪魔だったこの能力を使って。
「ま、俺のこのクセであまり好かれなかったってわけ」
「そうだったの……」
 悲しげな表情を見せる円。それが哀れみとかではないのはこちらとしても嬉しかった。
「でもそう言ってる円だって引く手数多なんじゃないか?」
「え?」
「何気ない動作一つ一つを取ってもかわいいし、どんな殺伐としたヤツでも一発でなごませるような気がするんだが」
「そ……そうかなぁ」
 あたまをかきながら照れ笑いをする円。だからその何気ない動作がぐっとくるんだって。
「中学時代にももてまくったんじゃないか?」
「……どうかなぁ。あたしあまりそういうの気にしたことなかったから」
 うあ、さりげない爆弾発言だなオイ。告白してきた男子だっているだろうに、そういってさりげなくふって来たのか? 円、恐ろしい子……!
「でも秘密を共有できる相手はいなかったなぁ……」
「そう、なのか……」
 秘密を共有できる。これこそ人間関係の中で一番深い仲だと俺は思う。でも……。
「……」
 俺は自分の手を見つめる。俺のこの能力はその秘密を一方的に暴き立てるものだ。他の国は知らんけど、俺のまわりではそれは決してしてはいけない行為。
「秘密はあくまでその本人から聞くべきだ、か……」
「秘密?」
「いや、こっちの話だ」
 やば、独り言をまたしゃべってたか。このクセを直さないとどうもいけないらしいな。
「そうよね。やっぱ秘密って秘密であるべきだよね」
「円、それって……」

「やっぱ秘密を暴き立てるのはいけない事だよ」

「……」
 にこやかに話すさりげない一言。だけど俺にはそれはこうクギを刺しているようにも聞こえた。
「暴き立てたらどうなるかわかってるよね?」
 と。

 六時間目が終わった。下校の時間だ。
「じゃあ俺はお先に失礼するぞ」
「あれ? 今日の練習は?」
「俺やることあるの」
 一方的にそう言って九音の追求を避け、俺はとっとと学校を後にする。
 向かった先はおとといと同じで蓮城の住む町。蓮城と林、それぞれの学校はそう遠い位置にあるわけではなく、よく対抗戦を開いたりしているらしい。まずは蓮城の方の母校に行って名簿でも見せてもらうか。
 と言うわけで蓮城の母校にやってきた。俺って転校しまくったから母校なんて言葉があまりしっくりこないんだけど、こう『自分の学校』ってあるといいよなといつも思う。
「すみませーん」
 来客用窓口で俺は事務さんに声をかける。
「来客かい。それならそこに氏名と住所記入してくれよ」
「分かりました」
 そう俺は返事をして鉛筆を取り、名簿に名前を……。
「ん?」
 そこで俺は最後の名前に目が移る。
『黒桐幹也』
「駄目じゃん!」
 俺は思わずそう言ってしまった。
 日付はおととい。時刻は俺と出会う前だ。本職の人がここに調べに来てるんだから俺ごときが調べたって何の意味もないじゃないか!
「どうしたんだい?」
「あ、いや…。すみませんでした!」
 そそくさと俺は学校を後にする事にした。だってこのまま調べたって何の意味もない事に間違いはないから。

「さて、困った」
 そうだよな。俺が動いても所詮本職の黒桐さんにかなうはずないもんなぁ……。黒桐さんにできなくて俺にできること……。
「……この能力だけか」
 そう、この忌まわしい能力しかない。でも蓮城の事件現場は警察に押さえられてるし、周辺からじゃ断片的な内容しか分からない。かと言ってこのまま蓮城とか林とかの身辺捜査は黒桐さんがもうやってるだろうから全く意味ないし……。
「……待てよ?」
 もしかして俺、とんでもない事思いついてたかも……?
 えっと、蓮城の事件現場は調べられない。蓮城と林他2人の身辺調査は意味なし。蓮城、林……。
「あーっ!」
 俺はまた思わず大声をあげる。そうだよ。この事ができるんだよ俺には。
「今なら林の事件現場をサイコメトリーできるんだよ……!」
 同一犯だったらそこから一気に犯人を特定できるじゃないか。もう事件から数年経ってるから警察がいるはずもないし、可能なはずだ。
「おーし、行ってみるか」
 そうと決まればさっさと行動をするか。

 林の事件現場、粗大ゴミ置き場前には花束といくつかの品が置いてあった。これは林と蓮城の事件に何らかの関連性があると知った人たちが林の事件を思い出したからだろう。本来なら忘れ去られたはずの事件、それがこうして忌まわしい事件で思い出されるなんて何たる皮肉。
「……感慨にふけってる場合じゃないな。とっととサイコメトリーするか」
 俺は手袋を外し、地面に手を添える。
「う……ぐ……!」
 膨大に俺の中に流れてくる情報、ノイズ。くそっ! おとといより更に…過去の事だから情報量が……多い! 気を集中させて選択するんだ……! 必要な情報だけを……!
「……!」
 よし、見えてきたぞ……。大勢の警察が集まってるシーンが見える。これの少し前に違いない。さあ、その夜に何があったんだ……!

 見えるのは深夜。人通りは全くない。聞こえる音はわずかな車のエンジン音と踏み切りの音だけだ。そんな中、一人の少年がこっちに走ってくる。
「……間違いない。林だ」
 黒桐さんに見せてもらった顔の一つそのままだ。彼が殺された少年なのか。
 そして、歩くようにやってくる一人の人物。手には中華包丁。その足取りはまるで生気を感じさせない。
「え…?」
 少年の必死の抵抗もむなしく、中華包丁は振り下ろされた。舞う鮮血、くずれおちる少年の体。
「ちょっと……待てよ……」
 笑みを浮かべるのはその犯人。返り血でその服は真っ赤に染まっていた。
「嘘だろ……そんな事が……」
 もう見る必要なんてない。俺はふらふらと立ち上がり、事件現場を凝視し続ける。

「嘘だ……嘘だぁーっ!!」
 俺は人目もはばからずに大声で叫んだ。叫ぶしかできなかった。
 そう、俺はついに犯人を知ってしまったのだから。


   /

「ところで幹也くん。あれから事件の調査、進展はあったのかしら?」
「それをあえて言うんですか、橙子さん」
 僕は思わずそうもらしてしまう。
 一式七瀬と別れてから3日前に殺されたばかりの蓮城治雄を含めた4人の身辺調査を続けた。四人目の犠牲者が出た事で今まで何の接点もなかった被害者の共通点が浮かび上がってきた。
 まず蓮城治雄と林亮太は柔道でライバル関係にあったという事。お互いに全国大会にまで出る強さだったみたいだけど、地方大会の都合でどちらかしか出れなかった場合が多かったらしい。
 それと、蓮城治雄と相田哲治は同じ中学校だって言う事。でもクラスは違ったし、交友関係はなかった。どちらかと言えば相田はいじめっ子の方で、あまり好かれていなかったみたいだ。
 問題は細川唯元。彼と以前の二人とを結びつけるものは全くなかった。でも、ある点に注目すると浮かび上がってくる共通点がある。
 そう、それは蓮城と林の中学校。細川もまた部活の関係でたまに合同練習で互いの中学を出入りしていたらしい。
 四人の同級生、中学校。だから僕は許可をもらって当時の蓮城たちの学年と担当教師の資料をコピーしてもらってきた。犯行の手口から言うと学校の教師って線が一番強いんだけど、何かがおかしい気がする。
「途中まで調べてそこから更に調べようとしたところに仕事を押しつけたのは橙子さんでしょう」
「あら、そうだったかしら」
 あさっての方を向きながら優雅に紅茶を飲む橙子さん。
 そう、昨日この人に急な仕事を持ってこられて進展する事ができなかったんだ。
「でもかなりしぼりこめたんでしょう? それなら二百万は幹也くんのものよ」
「に……」
「二百万……!?」
 橙子さんの発言は事実だけど、この場においては爆弾発言以外の何物でもない。急に反応を示すのは式と鮮花だった。
「では今度兄さんのおごりで夕食を食べに行きましょうか」
「どうせなら都会に出て本格的なところにいこうぜ」
「ちょっとちょっと2人とも。勝手に話進めないでくれよ」
 まずその金は友人と式からの借金の返済にあてて、買いたいものも結構あるし、ちゃんと計画は立てているのだから。……それもいいかもと少し思ったけど。
「ちょっと資料見せてもらうわね」
「どうぞ。かまいませんよ」
 橙子さんは自分の分には一区切りついたみたいで、紅茶を片手に、資料を片手にして僕が調べたものを見始める。
 結局犯人に結びつく手がかりは見つかってるけど、証拠は見つかってない。これじゃあ遺族を納得なんかできないし、僕も納得していない。だから早くこの仕事を終わらせて調査を再開しないと。
「……橙子さん、どうしたんですか?」
 鮮花がそう言ったのでふと橙子さんの方を見ると、彼女は眼鏡を外していた。橙子さんが眼鏡を外している。つまりそれは……、
「迂闊。ひっかかりの正体はこれだったのか……」
 橙子さんはそう言いながら資料を自分の机に投げる。その表情からは、「あー、厄介かもんにひっかかったな」と読めてしまう。
「何か分かったんですか、橙子さん」
「ああ、分かった」
 即答する橙子さんはなおも表情がかたい。
「結びつける証拠は何一つないが、犯人に心当たりがある」
「本当ですか」
 以前橙子さんが言ってたけど、僕は物探しに長けていても洞察力に欠けるのだそうだ。だとしたら今回も僕では想像できなかった事をこの人は思いついた事になる。
「……」
 すると、橙子さんはおもむろに立ち上がる。この感じは……、
「急用ができた。悪いがでかけさせてもらうぞ」
「分かりました」
 やはりか。予想はできていたからあまり驚かずにすんだ。橙子さんの表情はとてもかたいので仕事に関して聞くことはできそうにない。でもわざわざ橙子さん自身が出て行く事柄とは……。
「……と、まだ仕事があったんだったな」
 のはずだったのに、彼女はあちゃーと手を顔に当ててもとの席に戻っていく。
「よし、今日は徹夜で一気に仕上げるぞ」
「え……?」
 徹夜ですか? って事は……。
「今日も調査はできそうにないな。残念だったな黒桐」
「そんな……」
 思わず僕はがくっときてしまった。
「それで橙子さん、その心当たりって誰なんですか?」
「心当たり、か……」
 橙子さんは引き出しから煙草を取り出し、ライターで火をつける。白い息をはくと遠くを眺める。
「私だって直接会った事はない。ただうわさでしか聞いた事がないような相手だ。姿をくらましているから見つけ出すのは大変そうだがな」
「姿を見つけ出す?」
 わざわざそう言ったからには、橙子さんの心当たりとは資料にも載ってない人の事を言うのだろうか。
「その姿を見せない人とこの事件と何の関係が?」
 姿を見せないその人物が何で同じ学年の子供を殺さなきゃいけないんだ。それは随分とおかしい。
「黒桐、全ては一つの言葉に集約されるんだよ」
「一つの言葉、ですか」
「それは『秘密』だよ」
 秘密?
「人間は動物と違って文明を持つ事で発達させてきた。だがそれは同時に『個人』の概念を生み出し、その個人の持つ『秘密』も生み出した。動物の考える事は『己の子孫をどう増やしていくか』だが人間は他の考えもできるようになってその『秘密』もまた複雑化してきたんだ。まあ今風に言うならプライバシーってやつかな。その秘密を他に知られる事は人間社会においては誰もが嫌うことだろ?」
「まあ…そうですね」
 秘密を他人に知られることは自分の全てを人に知られることと同じだ。だから人はその秘密を隠匿したがる。表向きの自分を他人に見せて、本当の自分を隠しながら。
 そしてその本当の自分を他人に教える時こそ、そのお互いの関係はとても親密なものになると僕は思う。
「これは私たち魔術師と一般人で違いなんかない。方法が少し違うだけで結局秘密を隠匿することに変わりはない。結局人は隠したがるものさ。知られる事で他人から自分への評価も全く変わってくる事は違いないのだからな」
「では今回の事件は…」
「4人とも秘密を知ってしまったからこそ、殺されたんだろう」
 秘密を知ってしまったからこその死。死ななきゃならない秘密ってあるのだろうか。そんな理不尽なことがあっていいのだろうか。
「そう思うのは価値観の違いだろう。殺した奴にとっては他人の命より自分の秘密の方が大切なんだからな。それだけ知られてはいけない秘密があるんだろう」
「そんなものあるんですか?」
「なら逆に聞くが、もし私が魔術師だとこの町の連中が知ったらどうなると思う?」
「あ」
 そうなってしまえば町の人達から橙子さんへの態度が全く変わってしまうだろう。サッカーのスター選手への扱いと似たような感じになってしまうかもしれないし、昔の中世みたいに魔女扱いされるかもしれない。
 どっちにしても、今のような生活に戻る事は不可能だろう。
「それが秘密の隠匿さ。ただその手段が今回は殺しだっただけの話だ」
「……」
 絶対に知られたくない秘密。自分が自分でいたいがための秘密。今までのようになっていたのなら、知ってしまった相手をどうにかするしかない。でも……。
「そうだな。その手段が殺しとはいささかやりすぎかもしれないな。だからこそ出向くしかないだろう?」
「橙子さんがですか?」
「ああ。私の推理が正しいなら……」
 この会話は終わった。次の言葉で。それはこの事件の本質を表しているのかもしれない。
「この事件の原因を作ったのは同業者だよ」


つづく


第五話に続く

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 今回でようやく犯人にたどり着いた七瀬。彼がどのようにして事件を解決にしていこうとするのか、また幹也がどのように関わってくるのかは次回に持ち越しです。予定ではもうちょっと先に進むはずでしたが、このままでも十分に六話完結に持っていけそうです。
 さて、今回と前回の間は随分と間が空いてしまった事をお詫びいたします。今回の間で他のをどれだけ書いたかと言うと……、
Fate/the midnight saga(仮):10、ますたーのゆううつ:1、全ては君のために:3、王道・橙子さんの場合:4、幻橙英雄:6、短編:3で計27! 浮気にもほどがあるでしょう……。
次はいよいよ事件の真相が全て判明。でも解決はしません。残り2話。それでは次のお話で。
  2006年11月3日

 改めてみてみると、結構台詞部分が多いのが目立ちますね……。
まだまだ改良の余地がありそうですが、今回はこの辺で。
  2007年9月27日 第一改訂


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