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「はあ……っ、はあ……っ!」
 少年は逃げていた。自らの持てる身体能力の限りを尽くして。何度も後ろを振り返る。そこにはもう誰もいないのに。まるで自分を説得するかのように。
 時刻は真夜中。だと言うのにこの中学生っぽい彼は1人でただ走っていた。八時ぐらいなら塾に行っていれば外出していなくはない。だがそれが十二時ぐらいなら?
 時々通りすぎる車のエンジン音と、遠くの踏み切りの音ぐらいしか辺りには無い。だから、少年は自分の荒い息と心臓音だけを聞いて走っていた。
 もう走り始めてどれぐらいになるだろうか? たった数分? それとも数時間も? それは少年にも分からなかった。ただ一ついえるのは、体育の千五百メートルの長距離走などメ比較にならないほど走った事だ。
 また後ろを振り返る。やはり誰もいない。
 一体自分が何をしたって言うんだ。なぜ自分がこんな目に……! そんな事を思いながら、なるべく人通りの多い所に急ぐ。そしてできるなら交番まで……!
「だめだよ亮太くん、そっちに行っちゃったら」
 その言葉で少年、亮太の足が止まる。
 もう息は切れかけ、足は棒だ。長距離走はわりといいセン行っている。この前も六分切ったばかりだ。
 だというのに……。もう足は笑っている。とうに限界は過ぎているのかもしれない。でも限界なんて知った事じゃない。とにかく今は目の前にいるコイツから逃げなきゃ……!
「……!!」
 声にもならない悲鳴をあげて、少年はまた走り出す。
 ふりきったハズなのに! 後ろからついて来てすらいないのに! どうしてコイツは自分より先回りできるんだ!
 当然少し運動している年上だったら中学生の足では逃げられないだろう。でもそれが……。
「!?」
 また少年の足が止まる。
 今度は一直線に走ったんだ。だとしたら先回りのしようがない。なのになぜコイツは自分の目の前にまたいるんだ……!
「亮太くん、女子って男子と違ってデリケートなのよ」
「そ……それがどうしたんだ!」
 もう疲れ果てた体を奮い起こし、何とかその言葉をつむぎだした。それには自分の恐怖を追い払う意図もあったけど、それは失敗に終わる。
「だからあたしの事、知っちゃったよね、亮太くんってば」
「それだけで……それだけで……!」
 目の前にいる人物は自分を殺そうとしたのか……!
(こいつは間違いなく狂っている……!)
 再び逃げようと後ろを向き、足を走らせる……はずだった。が、もう限界に来ていた足は言う事を聞かず、少年はうつぶせになって倒れる。
「あーあ、せっかく亮太くんと仲良くなれたのにな」
「く……来るな……来るなよ……」
 言う事を聞かない足に代わって、手だけで自分の体を後ろに下がらせるが、所詮は手。じりじりと追いつめられていく。だがそれも終わった。ついに少年の背は障害物に当たったのだ。
 何とかして、何とかして逃げなきゃ。でもどうやって? 相手は武器を持っている。素手で勝てるほど空手も柔道も得意じゃないし。ならこっちもモノを使って。でもどこから?
「じゃあね、亮太くん」
「来るなって言ってるだろーっ!」
 にぶい音とともに、1人の体が地面に倒れこんだ。頭からは血を流し、けいれんをおこす。がちがちと歯を鳴らすのは先ほどまで追いつめられていた少年だった。涙が恐怖などと共にどっと流れている。手にあるのは障害物付近に置いてあった金属バットだった。よく見ると、後ろは粗大ゴミ置き場だ。ぶつかったのは冷蔵庫らしい。色々と置いてあるのは明日が回収日だからか?
 一方、金属バットの殴打を食らった相手は手を地面につき、足裏を地面につき、起き上がっていく。その姿は少年の知る存在では定義など不可能だった。
「……ごめんなさい……。あたし、良太くんを困らせる事をしたのね……」
「う……うわあああっ!」
 全身のあらゆる力を込めて、少年は相手に襲いかかった。理由は単純、殺らなければ、殺られるからだ。
 相手は再び頭部を殴られるが、今度は倒れはしなかった。それどころか振り下ろしたバットを持つ手をしっかりと押さえる。振りほどこうとしても、それはとてつもない力だ。そして、もう片方にあるのは中華包丁。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――――」
「やめろ……やめろぉーっ!」
少年の目の前にいる相手、少年とほとんど同じぐらいの少女は中華包丁を振り下ろした。

   /

『……次のニュースです。今日の朝、………………で中学生の遺体が発見されました。殺害されたのは中学生、林亮太くん13歳です。調べによりますと、良太くんは刃物のようなもので深夜に殺されたの事です。警察では事件の動機などを調べ、犯人を追う事にしています。それでは次のニュース……』


偶発目撃

第一話

   /

「ふ……あああ……」
 思わずあくびをしながら校門の前に立つ俺。転入試験は一言で言うならダルいだったが、何とか受かったようだ。
 つまり、目の前にある私立校が俺の新しい高校なわけで。
 そもそもの原因は元々いた学校で女子が俺に対してあらぬ罪を着せた事にある。……まあ、こちらが全くの無実かと言われれば、そんな事はと答えるだろうが。何しろこちらのある能力が原因でもあるのだから。
 俺は自分の手をじっくりと眺めた。人には一つぐらいは才能があるものだ。それがよく漫画とかで出てくるセリフだが、正直その才能はピンキリあると思っている。そして俺の才能は、ありえないぐらいにこちらには迷惑なシロモノだった。それのおかげで親からも化物をみるような目つきを浴びせられる事もあった。
「にしても、これで俺転校何回目だ?」
 はっきり言えば、その才能のおかげで幼稚園時代から転校しまくっている。でも高校まで転校する事はないんじゃあないかとかも思うわけで。まあ今さら人生を振り返ったところで何の面白みもないし。
「ま、いっか。これから俺は俺の道を進むんだから」
 人にも聞こえるような独り言をしゃべる俺。学校の生徒が俺のほうに視線を移すけどまあそんなの気にしない気にしない。
 俺は新たなる一歩を踏み出すそうとして――、
「おい、そんな所にいられると邪魔だ。」
いきなり出先を折られてしまった。
 見るとそこにいたのは和服の女子だ。
私服登校オッケーとは聞いていたが、まさか和服で登校してくる人がいたとは驚きだ。容姿は思わず口笛を吹きたくなるぐらいの美人だ。だが綺麗とか可愛いとかではなく、凛々しいが一番ぴったりだろうなと心の隅で思ったわけで。これなら男女共に人気が出るのは間違いなさそうだな。バレンタインとかどうなるんだ?
 とまあそんな事を考えていたのだが、俺はあっさりと道をゆずる。印象に残らなかったと言えば嘘になるが、今までと同じセオリーで行けば、彼女だっていずれは俺の中では女子その他Aになるだろうし。
「悪かった。ちょっと考え事しててな」
 彼女は俺がどくと、俺の存在などもうなかったかのように校舎の方へと足を進めていった。……実際彼女にとっても俺の存在なんてどうでもいいんだろうなーとか。
 こしが折られたが、とにかく俺は第一歩を踏み出した。

 職員室、今日の一時間目はホームルームらしく、そこで担任が俺を紹介するらしい。てなわけで俺は担任に会いに来ていた。
「お、来たか。随分と早かったな」
「早く来た方が落ち着くので」
 うそばっかり、ただ単純に早く着いただけの話だ。これなら明日からはもう少し寝坊ができそうだなとまで考える。
 当然そんな俺の考えが分からない担任はなおも続ける。
「ここの所遅刻が多くてな。困ってるんだ」
「そうですか」
 自分もその常習犯だったんですけどね、とまではいえなかったけど。
 と、担任はプリントや本で散乱しまくった机の中から俺のプロフィールを引っ張り出し、読み出す。そんなの何回も読んだだろうに。
「学業の成績は平均並み、部活は好成績を収め、賞を取る事はざらにあった…。潔癖癖があるのか、手袋を外そうとしない。品行はいたって今どき普通」
 こちらにとっても何の面白みも無いものを読み終わり、ため息をついてくる。なんか馬鹿にされてる気分なんだがね。
「前の学校では何のヘマやらかしたんだ?」
 って第一声がそれかよ。
「別に何も。ただ相手の誤解からこっちが退学食らったんですよ。いけ好かない連中ばっかだったから自分としては上等なんスけどね」
「またまた、その誤解が今度この学校でも起こらないようにしてくれよ」
 担任は笑いながらそう言ってくる。いや、そうなっても間違いなく俺のせいじゃないし。
「先生、おはようございます」
 と、その時、まるで子供みたいに高い声が聞こえてくる。振り返ると、小さめの女子がそこにはいた。一応私服オッケーだが制服もあるこの学校、彼女は制服だった。
「おう、おはよう円(まどか)。いつも悪いな」
「そんな事ないですよ」
 えへへーと照れ笑いを浮かべるその娘。正直可愛いと思った俺は男としては正しいと断言しよう。
 彼女は担任にプリントの束を渡し、こちらの方に気づく。興味深げにじろじろとこっちを眺めるのはご愛嬌と言う事にしとこう。
「先生、彼は?」
「ああ、今日から俺たちのクラスに入ってくる転入生だ」
「わあ……」
 今度はぱああっ、との擬音が聞こえてきそうなほどの明るい笑顔でこちらを見つめる。そして俺の手をつかんでぶんぶんとふった。
「よろしく! あたし貞本円っていうの!」
「俺は一式七瀬っていうんだ。今後もよろしくな」
 少し彼女に圧倒されながらもそう言葉を出す俺であった。

 一時間目の授業も始まろうとしていて、俺は貞本さんと担任と共に教室へと足を運んだ。
「みんな席に着けー。これからホームルームを始めるぞ」
 手を叩きながら彼はそう言ってしゃべっている生徒たちに着席を促す。がたがたと音をさせて生徒たちが座っていく中、立っているのは俺と担任だけ。
「この前も話したと思うけど、転校生が来た。名前は一式七瀬。みんな仲良くしてやれよ」
 おいおい、小学生じゃあないんだから……と思いながらも軽く挨拶をしておじぎをする。あまり反応を示さないのは高校でのご愛嬌と言うことで。
「じゃあ一式、一番後ろに席を用意しておいたからとりあえずはそこに座っておいてくれ。近いうちに席替えするから」
「分かりました」
 歩いてその席の方に向かう俺。と、窓際の席にいたのは……。
「あ」
 思わずそうつぶやいてしまう。皆がこちらの方に反応を示すけど、なんでもない事をアピールして席に座る。
「にしても……」
 これって何て言うか…間違いなく運命ではないけど。俺の左隣にいたのは肘を机に付き、手のひらにあごを乗っけて外を眺めている女子だ。
 彼女は間違いなく、先ほどの和服美人だった。

   /

「どうだった? うちの先生の授業」
 昼休みになり、そう俺に聞いてきたのは貞本さんだった。あいかわらずのにこやかな表情で。俺はハイともイイエともつかない、首をかしげる動作をする。
「つまらない授業もあったな。まるで催眠術だろあれは」
「あー、あの先生ね。みんなそう言ってるよね。あたしは聞いてて面白いんだけど」
 は? あのただ一方的に話すあの人のが? 思い出すだけでも眠たくなってくるし。
「数学は結構面白かったな。あれなら俺だって勉強する気になるし」
「えー? あたしあの説明でも分からないんだけど」
 そうかな、前の学校の教師よりははるかにマシなんだがな。んー、勉強の話は暗くなるばかりだな。
「なあ、貞本さん」
「円、でいいよ。七瀬くん」
「えー? 出合った初日にもう名前を呼ぶ仲か?」
「いいじゃない! あたしと七瀬くんは他のクラスメイトよりも早く出会ったんだから」
 もうかなり嬉しそうにそう述べる貞本さん。俺的にはもうよろこんで!なのだが……、実は裏があるとか? なーんて思う辺り自分でもどうしようもない。
「いかんな……、彼女いない歴が年と同じだし、だからそんな僻んだ考えが思い浮かぶんだな…」
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
俺は一つ咳払いをする。いざ言うとなると緊張するな……。
「えっと…、それじゃあ円さん」
「呼び捨てでいいよー」
「ぶっ!」
 思わず吹き出す俺。イキナリ呼び捨てデスカー!?
 ……でも周りの反応からするといたって普通な所を見ると、これが彼女の普通なのかなーって思うわけで。もはや俺は観念する事にした。
「……ま……円……」
「よく出来ましたー」
 手を叩いて喜ぶ円。……これだから女子は分からない。

 五時間目は体育、俺の嫌いな柔道だ。本来なら剣道とどちらかを選べるようなのだが、転校生の俺には選ぶ権利は零なわけで。……剣道だったら全国大会で入賞したほどなんだが。
「一本背負いーっ!」
「うぎゃああっ!」
 しかもいきなり乱取り稽古だし。相手は柔道の方でインターハイ行った強豪。勝てるわけねえ。
 てなわけで無様にたたみに叩きつけられる俺。受身をしてても痛いものは痛い。しかも乱取りだから一本で試合終わりにならんから押さえ込み…ではなく関節技を極められる俺。
「いていていていてギブギブギブ!」
「もう終わりかよ」
 無茶言うなよ。これでも精一杯やった方なんだぜ。
 とりあえず互いに離れ、立ち上がる。ほっと一息ついたその時、相手が胸倉をつかんできた。
「へ?」
「まだ終わってないだろ? 時間」
 えー?
 とにかく不満を言う前に俺の体が宙を舞っている事は事実で。

 授業終了。俺はアザだらけになったし。
「痛え……」
 保健室直行した後、更衣室に戻ろうとする俺。
「いやー、ありがとうな。一式だったっけ?」
 と、さっきの相手が俺に声をかけてきた。
「そういうお前は蓮城だっけ? もっと手加減してくれよ」
「まあ、他のやつらはなぜか俺と組みたがらないから、しょうがないって」
 そりゃああんな盛大に投げ飛ばされまくってれば誰だって嫌だって言うだろ。
「でも体さばきはうまいなー。なんか運動でもやってんのか?」
「剣道を少しかじってる。だから授業も剣道が良かったんだが……」
 俺は深いため息をついた。はは、と蓮城が笑う。
「所で自己紹介したっけか?」
「いや、してない。俺は他のやつらがあんたを呼ぶのを盗み聞きしただけだし」
「あ、なるほどね。お前頭いいな」
「勉強に生かせてないのが非常に残念だがね」
「それじゃあ意味ねぇじゃん!」
 俺と蓮城の笑い声がこだまする。
 と、廊下のむこうからやってきたのは外でソフトボールとサッカーに分かれてやっていた女子だ。五人ぐらいでやってきたので、俺達は少し端による。
「ブルマじゃなくて残念だったか?」
「は?」
 俺は思わず蓮城の顔を見る。隣を女子が笑い声をあげながら通りすぎていく。それを見て俺は会話を続けた。
「何? じゃあ俺が「萌えー」とでも言って欲しかったと?」
「そしたらからかいがいがあって面白いんだがね」
 やっぱりからかうタイプか。冗談はやめてくれ。
 ふと、一人の顔が思い浮かぶ。さっきの笑顔が良く似合う女子、
「ところでさ、あの貞本さん」
「あー、彼女ね。あれ男子の気に入ったやつには必ず名前で呼ばせてるんだ」
「気に入ったやつ?」
「そ、具体的の基準はさっぱりだが、オレも一応入ってるな」
「ふーん……」
 どおりでやけにクラスが平然としてるわけだ。
「どんな娘?」
「え? うーん…」
 腕を組んで真剣に考える蓮城。首を右に、左に、上に向けて考える。そして出た結論は……。
「見たまんま」
「どうも参考になりました……」
 苦笑いを浮かべてとりあえずそう言っておこう。
「所で他に気になった女子はいるのか?」
 にやつきながら蓮城が聞いてくる。……ある程度の質問攻めは予想していたけど、まさかいきなり確信までくるとはねー。
「いんや、特には」
「あ、そうか…」
 そうは言ったものの、実際はあの和服の女子がものすごく気になる。と言っても一目ぼれとか、可愛いとかではなく、どっちかというと「何だコイツ?」風だけど。
「じゃあオレがおすすめを紹介してやろう」
「はあ?」
 がっと俺の肩に手を回して彼は前からやってくる体操服の女子の集団を指差す。
「ほら、右から2番目が日比野だ。彼女なんか特におすすめだぞー」
「…何で俺に勧めるの?」
「いいじゃないか。心の友に彼女を紹介してやって何が悪いんだ?」
 イキナリ心の友とか言う辺りジャイ○ンを彷彿とさせるのだが、そのへんどうなのよ? しかも何か前の女子に笑われてるぞオイ。
「蓮城くん、一式くんを悪の道に走らせないでよ」
「そうそう、せっかくここに来てくれたのだから」
 くすくす笑いながら発言する辺りがヒドイ。何かすごい言われようだな。あ、蓮城が落ち込んでる。
「あ、そうそう一式くん」
「ん? 何だ?」
 女子の一人が僕の方に近寄りつつ蓮城の方を指差す。
「彼、円にゾッコンだからあまり彼女と仲良くしちゃだめよ。一本背負いの洗礼が待ってるからね」
「なるほど、それでか……」
 あのフルボッコは早いうちにライバルをなくす事が目的だったのかよ。あきれ果てて物も言えん。どうやら図星だったようで、蓮城の手がわなわなと震えている。
「うるせーっ! 円ちゃんはお前らとは雲泥の差なんだよーっ!」
 うがーっ、と怒鳴る蓮城を笑いながら逃げる女子たち。こりゃ完全に遊ばれてるな。
「おい蓮城」
「何だ一式!」
「ほら、貞本さんだぞ」
「えっ!?」
 急に態度をコロッと変えて俺の指差した方向に目をやる蓮城。もちろんその場しのぎの嘘ではなく、事実彼女がやってくるのだ。
「あ、治雄くんと七瀬くん。柔道どうだった?」
「それはもちろんオレの「聞くまでもなく俺の惨敗だったし」」
 おっと、蓮城がこちらの方を睨んでくるが、それは言葉をさえぎられたせいか、それとも事実を言われたせいか。まあ、別に彼が貞本さんにどう思われようと俺の知った事じゃないけど。
「ダメだよ。ちゃんと手加減してあげないと」
「うい……」
 うーん、この調子だと次の体育の時間もこいつの一本背負い決定だな、うん。とりあえず口笛でも吹いてごまかすか。
「チワげんかするなら俺は先更衣室に行ってるぞ」
「っておい一式!」
 文句は聞かなかったことにして、俺はとっとと更衣室に行く事にする。
 と、前から歩いてくるのは……、
「おまえは……」
 そう、あの和服の女子だ。さすがに体育の時間まで和服のはずがなく、彼女は体操着を着ているけど。
「ん? オレの顔に何かついてるか?」
「って男言葉かよ」
 ちょっと意外でもあったけど予想通りでもあったり。
「いや、何もついてない」
「そうか」
 彼女はそれだけ述べるととっとと俺の横を通りすぎようとする。うーん、なんかすごい負けた気分。
「なあ」
 だからって、自分でも何で彼女を呼び止めたのかはわからない。
「何だ?」
 だからその後の会話が全く思い浮かばなかった。必死に足りない頭で考えに考えて……。
「名前、教えてくれないか? まだ聞いてなかったから」
「オレの名前聞いたってしょうがないだろ。どうせ会話なんてないんだから」
 ……ごもっともで。だがそこで退いていては剣道で全国大会に行った俺の名がすたるっつーもんだ。
「君は俺の名前を知ってるんだろ? なら俺だって君の名前ぐらい知りたいんだがな。別に付き合ってくれって言ってないんだからいいだろ?」
「……」
 若干目をそらす彼女。我ながらいい言い訳かと思ったんだが……。
「式」
「へ?」
「だから、両儀式だ。それがオレの名前。満足か?」
「ああ、満足だ」
「ならいい」
 俺がうなづくと彼女はもはや興味なさげに俺から視線を外した。それっきり、彼女は俺の横を通り過ぎてく。
 勝った。などと馬鹿な事を考えながら俺は更衣室に戻る事にした。

   /

「終わったー」
 思いっきり伸びをして俺は授業の終わりをかみしめる。時刻は夕方にさしかかろうとしているらへん。授業が終わったのなら、俺のやる事は部活見学だろ。やっぱ剣道はしたいし。
「七瀬くん」
 と、声をかけてきたのは貞本さんだ。となりには蓮城も一緒だ。
「円、どうしたんだ?」
「家近いの?」
「電車で行ってた学校は退学食らったんでね。近くの高校にしたつもりだけど」
「本当! なら一緒に帰ろうよ」
 これは意外。そんな事を言われるなんて思いもしなかった。これが恋愛ゲームなら「フラグキターッ!」だが……、
「あいにくだけど俺は剣道部の見学に行きたいんだ。また今度さそってくれ」
「え? 剣道好きなの?」
「ん、まあ一応な。あまり勝ち負けにはこだわらないけど」
 これは真実。まあ時代劇見て剣道にはまったなんて聞いたら笑われるだろうな。もちろんやるからには心身共に強くなるけど。
「そうかー、残念。またさそうからね」
「ん、お願いする」
 じゃあねーと言いつつ彼女は教室から出て行った。
 空が紅くなっている。もう日が傾いている証拠だ。そろそろ部活が始まっててもおかしくない時間だな。
「ふう」
 一息入れ、教室内を見渡す。ほとんどの生徒はこの時間になってしまうと、帰るか部活をするだけだ。教室に残る酔狂な生徒など少ない。つまり、教室にいるのは俺と両儀さんだけというわけだ。
 まあ、さっき色々と話はしたから今話す事もないかな? てなわけでとっとと荷物をまとめて、教室から出て行くことにした。
「おい、七瀬」
「へ?」
 いきなり呼び止められたので少々面食らって立ち止まる。見ると、さっきまで座って窓から外を眺めていた両儀さんが立ち上がってこちらの方を見ている。
「…何か?」
「忘れ物」
「あ」
 両儀さんは俺の筆箱を放ってくるので、それをあわててキャッチする。
「あ、ありがとう」
「……」
 何も言わずに彼女はまた席に座り、外を眺める。はて、外の風景はあまりかわりなどないし、何か面白いものでもあるのか?
「ないぞ。面白いもんなんて何もな」
「へえ、じゃあ両儀さんは何を……って俺の考えが分かるのか!?」
「お前、すぐ顔に出るぞ」
 迂闊、俺は顔を手で隠す。うーん、どうやら俺って間違いなく詐欺師はできそうにないな。
「それと、両儀っていうのやめろ」
「へ? 何で?」
「そう言われるのが嫌なだけだ。別に『おまえ』でもいい」
 いや、さすがに『おまえ』はまずいだろ。なら式さんとでも式とでも呼ぶか? でも俺の苗字とかぶってなんか違和感ありまくりなんだが…。
「俺の苗字が『一式』なんだから式さんとか式とかは呼べない。そっちが名前で呼んでくるのと同じだな」
「……オレは別に気にならないぞ。おまえを一式と呼んでも」
「えー? 同姓とか同名とかと会ったことないのか? すっごく違和感あるんだがな俺は」
「関係ない」
 うあ、ばっさりかよ。うー、なんか鼻かみたくなってきた。
「…分かった。こっちが我慢すればいいんだからな。式さんでいいのか?」
「イヤだ」
 これもばっさりかい。ポケットからティッシュを取り出して取り出そうとするが、思うように出せない。いつもは手袋してても楽勝なんだが……。
「式、でいいんだな?」
 片方の手袋を外してティッシュを取り出す俺。もう片手ではなをかむ事にもなれた。そしてティッシュをポケットの中に入れる。いい加減何かモノにさわるごとにアレが起こるのはもうやめたいんだがな……。そう、アレが。
 とっとと手袋をはめようとするが、脇に挟んでおいた手袋がない。
「おい、落ちたぞ」
「あ、悪いな」
 両儀さん、いや、式は床に落ちた手袋を取り、俺の方へ差し出す。俺もあわてて手袋を拾おうとして手を出した。
 手袋をしていない方の手で。
「しま……っ!」
 と思ったときには既に手遅れ。手袋ごと両儀さんの手に触れてしまう。迂闊だった。もっと注意するべきだったのにこれでまた……。

 次の瞬間、俺は何かを見た。
 いや、そこに何があるのかないのか俺にはさっぱりだ。光や、闇すらも。
 全てがあるようにも思え、全てがないようにも思える。
 だが分かる事が一つだけある。

 これは、俺の知るべき世界では、ない。

「うわああああっ!」
 気がついたときには俺は彼女と数メートルほど距離を離し、しりもちをついていた。体中から汗が出ている。おそらく表情はこの世のものではないものを見ただろうって顔をしているだろう。式は睨みつけているようにも見えるが、俺の知った事ではない。
「きゅ……急用を思い出した。じゃあな、式」
 俺は荷物と手袋を持って一目散に駆け出す。一刻も早くアイツから離れたかった。ただそれだけだ。もう部活見学なんてどうでもいい。
 はっきりいって、今まではこんな事はなかった。昔から俺にははた迷惑な能力を持っていた。それは、触れたものの記憶をビデオで見るよりはるかに鮮明に理解するものだ。世間ではサイコメトリストとか言うらしいが、それとは少し違う気がしないでもない。
 問題はそれが無条件で起こる事だ。触れたものを片っ端から読み取っていくのだから相手のプライバシーなどありはしない。それが元で以前の学校は退学になった。
 だが俺が式から理解したのは一体何だったんだ?
「両儀、おまえは一体何なんだよ…!」


  つづく


第二話に続く

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 空の境界オリジナル長編第二章の始まりはどうだったでしょうか? 今回のゲストはサイコメトリストの七瀬です。サイコメトラーEIJIの小説版あとがきを読めば分かりますけど、サイコメトリー能力者は正確にはサイコメトリストと言います。まあ、この能力者にした事が吉と出るか凶と出るか……。
 今の所事件の片鱗すら出てきてませんね……。次の話でいよいよ七瀬の日常が非日常に変わっていく過程が書けると思います。……なるといいなー。
 それでは次の話で。
  2006年4月28日
  2007年9月27日 第一改訂


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