多重鏡像

第六話

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 私は深夜の公園の中にいた。辺りは静まり返り、公園を誰一人として通ろうとはしない。治安が悪いのはどの時代、どこでも同じなようで、人目につきにくいここみたいな所はそれが顕著のようだ。昨日とは違って星々が綺麗に輝き、月明かりが公園を照らしている。風はほとんど吹いてないので木々もざわめかない。せいぜい虫の音がハーモニーを奏でるように聞こえるだけだ。
 昨日はあの黒づくめの魔術師との戦いで魔力をほとんど使ってしまった。いくら自然のを拝借したところで、1日だけでは大して回復するはずもなく、あとせいぜい1回が限度と言った所か。でもそれで十分。だってあと1人だけなのだから。
 と、さっきまで聞こえていた虫の音は全く聞こえなくなってしまった。まるで辺りが全て死んでしまったかのように。否、これは恐れだろうか。

 そして、その死神はやってきた。

 なぜ私は彼女、あの和服の女性をそう形容したのかは自分でも分からない。でも、的は確実に射てるはずだ。凛として力強い、でも繊細な、そんな印象を即座に思わせる。腰には昨日と同じく日本刀を装備していた。それは今のようなスポーツではなく、昔の騎士を思い出させる。
「こんばんはお姉ちゃん。今日はいい夜空ね」
 少女に頼っている以上、言動もそれに左右されてしまうのは考え物だけれども、この際どうでもいい。
「……」
 一方の彼女は無言で刀を抜く。私も自分自身を彼女に向け、少女で詠唱を行なう。
「これで最後だよ」
 合間を縫って思わずそうつぶやいた。なぜそうしたかは自分自身にも分からない。
「ああそうだな。おまえの破壊をもってな」
 いかにもだるそうに彼女は刀を構える。
 日本の剣道や剣術には疎い私だけど、あれは相手の喉に剣先を持っていっている中段の構えだと分かる。最も基本にしてその幅は広い。
 私は鏡。創りだす存在も、その対象の『今』をするのだ。だから今創りだせば片腕がない彼女がそのままだろう。つまり、勝負は五分五分。時の運に近い。
 だけど私は魔術師の創りあげた存在。そんなものに頼る気は全くない。故に、これを使用する。敵は、彼女1人だけなのだから。
 鏡(わたし)の中にいる彼女は鏡面からこちらに現れてくる。それは髪は肩あたりの黒、中性的な顔、和服、そして性格や戦法まで全てが同じ存在。ただし、違う点が一つ。それは、両腕がある万全の状態である事だ。
「そんな手品も使えたのか」
「まあね。でも万全だったこの前と見た目とかは全く変わってないけど?」
「いや、そうでもない。こいつの『存在』が全然違う」
 おどろいた。彼女は魔術の本質すら分かるのか。
 今回私がしたのは彼女の内面(と言っても表面よりちょっと深い程度)を写したのだ。万全の、彼女と言う存在を。それをあっさり看破したのは、彼女の感だろうか、それとも使った私自身すら知らない何かが見える?
 だとしても関係ない。同じ存在であるならば万全の状態の方が勝つに決まっている。
 十メートルは離れていたはずの二人の彼女。だが、その時点で二人は既に踏み込んでいた。

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 何といえばよかったのでしょうか。式さんと敵との戦いは今の時代、そしておそらくこれからも、まず見る事はないでしょう。正に昔の騎士と騎士が互いの全てを剣にこめて戦うような、それほどまでに鮮やかな戦いをしていました。
 数メートルの間合いをたった一足だけでなくしてしまい、互いの剣閃は糸を引くように走っていました。攻撃の瞬間にだけ現れるほんのわずかなスキを互いに見逃すことなく攻撃を繰り返していました。刃こぼれをおこさないように剣を剣で真正面から防御する事はせず、さばいていく。その姿はまるで演舞を見ているかのようでした。
 私は思わずそれに見とれてしまい、ただただ何もせずにそれを眺めていました。
 この戦いに私が入り込むことが出来るのでしょうか。
「いえ、それをやらねば」
 チャンスは一度だけ、失敗すれば私の存在を気づかれてしまう。狙いは、ほんの数メートルでもいいから二人の間合いが離れた瞬間。
 そんな私の思いとは裏腹に、二人の式はほとんど間合いを離すことなく攻防を繰り返していました。と、二人はつばぜり合いを始めます。押しも押されぬまま、数秒後にバックステップで間合いを離します。
 タイミングは、今だ。
「破滅の慈悲よ!」
 昨日、マスターを拘束したあの鎖を再び出現させて敵方の式をからめていきます。そして、昨日の再現が起こるはず。鎖を破壊する前に式に倒されるはずです。つまり、王手…のはずでした。
「え……?」
 それは一瞬の事でした。敵の式は何の苦労もなしに剣を一閃(それはまるで鎖の出現を完全に予測しているかのごとく)させ、鎖を斬ったのです。そして、鎖そのものに死が舞い降りるようにしてに、音を立てて鎖の定義が崩壊していきます。
「そんな……!」
 私は思わず声を漏らしてしまいます。敵の式が体勢を整えたのは式が彼女との間合いを攻める前だったのですから。
 いくらなんでもこんな事が……。
「パロールの魔眼……。キュベレイを始めとする確認されている魔眼を超える、まさに「」への道しるべ……。机上の空論かと思ってたのに、本当にあっただなんて――」
 少女の意見に私は唖然とした。存在するものならたとえ神すら殺せるかもしれない、そんなものを彼女が……。
 と、少女はこちらの方に視線を向けてきました。明らかに、私に気づいたようです。
「こんばんは、昨日あのおじさんと一緒にいた使い魔のお姉ちゃん。今晩は夕食何食べたの?」
「あいにくごく普通の食べ物です」
 もはや隠れている事に何のメリットもありません。私は観念して木々から離れ、式のそばに立ちます。
 少女は私を具現化しようとはせず、あくまで式一人で私たち二人を相手するつもりのようでした。それは式に絶対の自信を持つのか、それともそうしなければならないのか、真実は不明のままです。
 でも今はそんなのは関係ないでしょう。なぜならこの式を倒せば終わりなのですから。

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 さて、状況を良く確認してみよう。今公園にいるのは日本刀を持つ私、私のそばに立つアルローネ、身長以上の鏡を持った少女、そして……。
「オレ…か…。」
 さっきまで剣を交えた、姿や戦法など全てが私のワタシ。
 こいつと戦って悟ってしまったけど、今の私では間違いなくこいつには勝てない。なぜならこの前と違って今のワタシは万全の時の私なのだから。
 あの魔術を発動させた時、その時の私から万全の、最高の私を写し取り、具現化させる。それが多分あいつがやった事だろう。ならせいぜい違いは具現化後の体験ぐらいしかない。戦法なんてそうやすやすと変えられるものでもないし、私が考えている事ぐらいワタシも考えつくだろう。
 だとすればお供が勝敗が関わってくる。こちらのお供は黒づくめの使い魔、アルローネだ。アルローネ自身も魔術師のようだが、実戦では未知数だ。一方のワタシのお供はあの少女。彼女自身は全く戦おうとしない。それはあいつが鏡だから、自ら動く事は……。
 待てよ。良く考えればあのワタシは少女の鏡が具現化したもの、ならばあの鏡を破壊してしまえば……?
「式さん、彼女は私がひきつけておきますから、貴女はあの鏡を……」
 と、沈黙を破ったのはアルローネだった。アルローネはそう言いつつも敵への警戒を怠らない。
「おまえにワタシを倒せるのか?」
「ひきつけておくレベルなら可能です。おそらくあの鏡を破壊してしまえば彼女は消滅するでしょうし」
「……」
 確かにこのままではラチがあかない。今の私では一瞬後にはワタシに斬り捨てられてしまう可能性も拭いきれない。と言うより同じ私同士なのだから、ハンデがある方が負けるのは道理だ。
 ならばアルローネがどれほどなのか分からないけど、私たちの戦いを見た後で言うのだから、場違いの意見ではないはず。
「分かった。そうしよう」
「ええ」
 ワタシはなぜか私たちの会話中に攻撃してはこなかった。中段の構え、私と少女の線上に位置していた。一言で言うなら静寂、さっきまででは全く考えられないものだ。
 ……もしかして。
「ふっ!」
 軽く息を吐いて私は飛び出した。一瞬後にアルローネは魔術を構成するようだ。
 ワタシはアルローネにも私にも飛びかからず、私と少女の間に割って入った。幾度かの剣の閃の後、再びつばぜり合いの形になる。正直片腕しかない私は明らかにワタシに力負けしていた。これでは一秒も持ちそうにない。
 アルローネの方は場所を移動させ、ワタシも少女も攻撃できる位置に立ち、すかさず魔術で光弾を少女に放つ。銃弾よりは遅いが弓矢よりははるかに速いそれは少女に…到達する前にワタシに『殺されて』しまう。
 そのスキをついたつもりで私はワタシに攻撃したのだが、対応されてしまう。剣はいなされてしまうが、アルローネの時間差攻撃のおかげで攻撃されもしなかった。
 ……これはもうワタシにかまっている場合ではない。かと言って少女にかまう余裕はどこにもない。これはアルローネに頼る以外にないが……。
「星の息吹よ!」
 だが彼女が展開する魔術はことごとく意味を成す前にワタシによって『殺されて』いる。私と戦いながらもアルローネの攻撃への警戒を怠っていない。これじゃあどれほどアルローネの魔術に威力があろうとも、意味がない。まさか自分がこれほどまで攻めきれないなんて思いもしなかった。
 そうしてある事に気づく。今のこいつは勝つ、と言うより負けないといった戦い方をしている。それは自分から攻めたら鏡が一瞬で殺されると分かっているからなのか?
 こちらは2人がかりでも攻めきれない。かと言って敵の方もアルローネを倒すには私を倒さねばならず、その私を倒しきれない。
 つまり、これは硬直状態か?
 私とワタシの体は致命傷にならない程度の切り傷が次々と増えていく。このままだと長期戦は必至だな……。少なくとも私とワタシは今の状況なら互角。ならば……。
「!?」
 急に、異変が起こった。
 見るとワタシの着物の一部に穴があいている。数センチもあるわりと大きめの。そして、その原因となったものは私の左足にささっていた。踏ん張る方の足がやられた。つまりそれの意味するものは……。
 案の定と言うべきか、ワタシがそのスキを見逃すはずもなく、上から剣を一閃させる。踏ん張るにしてもいなすにしても、刀を支える腕と足が一つずつきかないのだから防御はまず無理。ならば右足を使って間合いを離すしかない。
 私をフォローするようにアルローネは私に魔術を使い続ける。ワタシは決して深追いしようとはせず、鏡と一定の距離のままで待機していた。
 左足はどうやら鏡が魔術を使ったのか、鉄の箸のようなものが突き刺さっていた。正直この左足では踏み込みが浅くなってしまう。ただでさえ不利だというのに……。
「く……っ!」
 アルローネが今度は敵に対して飛び込んでいく。
 右に、左に、人間のそれをはるかに上回った動きで鏡に攻撃をしかける。そしてそれを全くの無駄なくさばいていくワタシ。先先の先を読むと言うやつか、アルローネが攻撃をしかける前に行動に移っている。
 どんどんとスピードを上げていくアルローネ。それを受けていくワタシ。これでは埒があかない。どちらも相手を殺す手段を持ちながらそれを行使できていないのだから。
 ならば……。
 私は先ほど考えていた手段を取る事にする。先ほどより踏み込みが浅くなっているが、出来ないほどでもない。私はワタシとの間合いをつめる。
 剣先から十センチあたりに一つ、柄から五センチに二つ、つば元に一つ。狙うはつばもとの線。いくら相手の方が五体満足でも武器がなくなればこちらの方がはるかに有利になるのは道理。
 ナイフの所持も考えたけれども、それ程度なら私とアルローネを捌く事はできないはず。ワタシはアルローネの攻撃をかわすために刀を立てる。
 今だ。
 衝撃音、それも響かずにワタシの刀はつばもとから真っ二つになる。これでワタシの武器はない。あっても用意する頃にはこいつは存在しない。
 私とアルローネは同時にワタシに攻撃をしかける。私は横一文字に刀で、アルローネは自らの爪で弧をかきながら。
 そして次の瞬間には……、

起こった事が信じられなかった。

 ワタシは袖口に用意したと思われる長めのナイフと私が折った刀の刃の方、それの両手持ちで私の剣をさばきつつ、アルローネを17に解体した。そして流れるような剣舞で私の剣を解体し、私にも攻撃をする。
 内臓への致命傷や死の面の切断は逃れたものの、戦闘を行なうには致命的だった。
 懐からナイフを取り出そうとした所でワタシの剣先が喉に触れる。――勝負はこれで終わったようなものだった。
「つくづく、敵でなくて良かった、あたしがこの能力を持っててよかったって思うわ。だってお姉ちゃん、本当に神すら殺しかねない能力とそれを最大に生かす技術を持っているんだからさ」
 少女の台詞はもう私の耳には入っては来るけど意味を成さない。これから起こる事は決まっているのだから。
 つまり、私の死だ。
「でもそれもおしまい。お姉ちゃんを倒してあたしはお兄ちゃんの所に行くのよ。そこで平穏に過ごすの」
 どうやったところで今のワタシを倒せる手段が私にはない。逃げる事も出来ない。では本当に私は死ぬしかないのか?
「だから、ごめんね。あたしのために」
 なおも続ける少女。とっくに私は聞いていないというのに。
 私が死ぬ。それを幹也はどう思うのだろうか? 私は幹也がいない世界には全く意味がないと思っている。じゃあ幹也にとっても私がいない世界には意味がないのだろうか?
 でも幹也なら間違いなく悲しむだろうな。うん。できればそんな思いはさせたくないけど……。
 それに私自身。まるで心が引き裂かれたようにイタイ。それは死というものが私にもたらすものをか、それとも幹也にもたらすものを思ってのことか。どちらにしても……。
「……ねえお姉ちゃん」
 ああ、とにかく私はもう終わりなのか。
 幹也への言い訳はどんなものにしようか……。ちょっとのものじゃあ納得してくれないだろうな。

「その顔、この前あたしが創ったあなたみたいよ」
「え……?」

 思わず私は頬を触る。つい数日前、私が殺したワタシ。今私はあの顔をしているのか。
 そうか……。
「でも、あたしと貴女を秤にかけたら、あたしの方を優先させるわ。じゃあね」
 ワタシはタメも無しにすばやく持つ刀を振り上げ、それを下ろす。
 ごめん、幹也。もうおまえと同じところにいる事はできないし、おまえと同じ道を進む事はできない。
 私の事より幹也の事を思うと、ただ悔しかった。でもどうしようもない。

 私とワタシの間に彼、幹也が割り込んでくるまではそう思っていた。

 ワタシの動きが止まる。剣先は幹也の頭上で急停止する。表情は驚愕に塗られていた。
 それを私が逃すはずもなく、私はワタシの心臓を突いた。
「そ……んな……
 そうつぶやきながら倒れこむワタシが浮かべた表情は、絶望に彩られていた。ワタシではなく私を選んだ事への。
 ただ最悪の悪夢を見るようにしてワタシは消滅した。存在そのものがなかったように。

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「ふう、間に合ったか……」
 袖で汗をぬぐいながら幹也はその場にへたりこむ。
 そう言えばピンチのヒロインを白馬の王子が救い出すなんて展開が色々な所にあったっけ。それにしても頼りない王子だな。
「む、何かおかしい?」
 幹也がむっとして聞いてくるけど、無視の方向で。
 幹也がワタシの刀で殺されるかもしれなかったのに、その怒りよりただそっちの方を思って私は微笑を浮かべてしまう。
「やれやれ、何とか間に合いましたか」
 幹也と同じような事をつぶやく、その男は幹也の影から姿を現した。こいつは確か……、
「魔術師ミハエル……」
 そう、昨日バラバラにされたはずの黒づくめだ。
 はっきり言ってしまえば何も変わっていない。昨日死んだのが夢のようだ。まあ、実際は魔術のたぐいを使ったんだろうし、こいつの種明かしには興味は出ない。
「Guten Abend、式さん。あいかわらず凛々しくて何よりです」
「戯言はどうでもいい。それよりおまえに聞きたい事がある」
「何でしょうか?」
 あくまでシラをきるつもりか。
「とぼけるなよ。幹也をオレとワタシの間に割り込ませたのはおまえだろう」
 そう、あの割り込みはただ走って入ったのじゃない。スピードなら私、ワタシ、いや、アルローネにだって出来ないだろう。あの速さは、瞬間移動とでも言うべき代物だ。当然幹也にそんなのが出来るはずもない。誰の仕業かを考えるなら、こいつ以外ない。
「式」
「コクトーは黙ってろ」
「いや、これだけは言わせてくれ」
 魔術師に詰め寄ろうとする私の両肩を幹也は掴む。痛くはないけれど、力強い。
「2人の間に入ると言い出したのは僕の方からなんだ」
「え……?」
 幹也が私たちの間に入ったのは幹也の意志、だって……?
「もちろん一歩間違えば殺されていたかもって事は分かってる。でも、そうせずにはいられなかったんだ」
「な……んで……」
 それじゃあこいつは私の代わりに死のうとでもしたと言うのか。それがどんな結果をもたらすかを分かっておきながら。
「ふざけるな……っ」
「いや、ふざけてなんかいないよ。僕は真剣に言ってるつもりだ。
「違う。その選択をした。それだけで十分ふざけてるし、オレを裏切ってる」
 分かってはいる。それでも幹也ならその選択をするだろうって事ぐらい。でも言わずにはいられない。
「幹也はオレを残して死ぬ気だったのか……?」
「……多分そうはならなかったと思うよ」
「なぜ!? なんでそう言い切れるんだ! 昔とはワケが違うんだぞ!」
 思わず声を荒げてしまう私。これが本当に私だろうか? 自分でも思ってしまうぐらいに。

「だって、相手も式だったじゃないか」
「……!」

 驚愕する私。彼はなおも力強く主張する。
「式なら止めてくれるだろうって思った。それだけでも十分だよ。動く理由としてはね。両方が生きられる方法があるならするさ」
 ……敵として存在していた両儀式まで信じる事ができるなんて、なんて……なんて幹也は……、
「莫迦だ。おまえって……本当に莫迦だ」
「自分でもとうにいかれてるぐらい分かってるさ」
 何も言い返せない。色々と言いたい事はあるけれど、なんだか言う気が全く起きない。ただ私は幹也が無事である事に安心していた。
「式、無事でよかった」
「待て幹也。まだやる事が残ってるだろ」
 私をそっと抱き寄せようとする彼を手で制し、私は少女の方を睨みつける。
 既にミハエルが彼女の後ろに回りこみ、逃げられない状態を作っている。少女、いや、鏡は観念したように何もしようとはしない。
「で、どうするのです?」
 淡々とミハエルは煙草をふかしながらそうつぶやいてくる。冗談だろ? と私はしぐさをした。
「当然破壊する。魔術師のモノなんだから、そうなるのは覚悟の上での行動だったはずだからな」
 今は無力でも明日には同じ事ができるからな。当然の事だ。ミハエルも納得いったと言った感じだ。
 しかし、幹也はそれに否定的のようだ。
「君、と呼ばせてもらうよ、の過去だけど、調べさせてもらったよ」
「え?」
 幹也の言葉に思わず疑問詞を浮かべる少女。それに付け加えたのは煙を吐いた魔術師だった。
「私としてもまさか一日足らずで調べ上げるとは恐れ入りましたよ。私の元に欲しいぐらいです」
 ……調べごとに関したら幹也って国境ないのかもしれない。
「まず君の所有者をさかのぼって調べたんだ。誰もが君を普通の鏡として扱っていたんだけど、一番最後の人だけは違ったみたいだね。それが嫌だったのかい?」
 そうか、鏡が行動に移った原因から調べたのか。過去を調べ上げて動機を導き出す手法は橙子も一目置いていたからな。私には全く考え付かない方法だ。ミハエルは中世までさかのぼるとは、と感嘆の声をもらしていた。
「……それは理由の一つ。まだあるの」
「……」
 幹也が悲痛な面持ちをした。調べ上げた事からそれが何か察したのだろう。そして彼は頼もしくうなづいた。
「分かった。少女に関しては児童相談所に僕から働きかけるよ。コネもあるし、その点は安心してくれ」
「……ありがとう」
 コネ? 児童相談所にコネがあるなんて初耳だぞ。幹也のコネはあらゆる所に行ってるのか? この調子だと王様とか神とかにコネがあっても不思議じゃないな。
 何のことかはさっぱりだが、鏡は少女の体でほっとする。
「それで君自身の事だけど、君は常に鏡としてだけいたんだよね」
 幹也はなおも続ける。
「そうよ」
「これからもそうするつもり?」
「ええ、出来れば。でも今日で終わりそうだけど……」
 どうにかされてしまう事は覚悟を決めているようで、少女の顔にゆるぎはない。
「だとしたら僕を選んだって言ったのは、鏡の所有者になって欲しいって事だよね」
「そうなのよ」
「でも君は……」
「ええ、そのために多くの人達を殺してきたのよ。これからもそうするつもり」
 キッパリと言い切った。その断定が決して覆る事はない、と何より鏡そのものが言っているような気がした。
「なぜ?」
「だって私は鏡なのだから」
 鏡である以上は鏡でありたい。それがこいつの望みか。だとしてもこいつは多くの人間を殺してきたし、それがいつ幹也にむけられるか分かったものではない。なら、今後の事も考えれば今すぐ殺そう。
「もういいだろ幹也。こいつは破壊すべきだよ」
「式……」
「それともこいつを所有しようなんて言わないだろうな。こいつはこっち側の人間。目的のためならどんな奴だって殺す。荒耶たちと何の変わりもないぜ」
 こっち側の人間と関わった幹也はそれなりの代償を負ってしまった。もう彼には痛い思いをしてほしくなかった。
 なのに幹也は何か策がある軍師のように揺るぎがない。
「……でも他に方法はあるにはあるんだけど」
「え?」
 思わず疑問詞を浮かべる私をよそに、幹也はミハエルの方に顔をむけた。
「このまま僕が彼女を所有するとして、何か問題はありますか?」
「いえ、特には。事件も一見ただの事故ですから正体が見破られる事はないかと。それに貴方でしたら殺されないでしょうし。ただし、今後起こらないとは限りませんけど」
「そう、ですか……」
 幹也ならこいつを救う手段を考えるだろうなとは思っていたけど……。この前の藤乃の時と決定的に違うのは、こいつの罪の意識なんて微塵もない上に、幹也風に言うなら今回死んだ連中はどうしようもないヤツラではない事だ。
「面倒だな」
 なら仕方がない。幹也の頑なさは私が一番知っているから、こっちが最大限の譲歩を見せるしかないか。
「おい、おまえ鏡であるなら他はどうでもいいのか?」
 私はナイフを持って鏡の方へと歩み寄る。その様子が怖かったのか、やや怯えた表情で少女はうなづいた。
「う……うん、そうだね」
「ならおまえの『魔術師の創ったモノ』って所を殺す。つまり魔術を使えなくするが、それならいいだろ」
「「「え?」」」
 その意見にはミハエルまでが驚く。
「そうすればおまえはもう魔術なんて使えないし意志もなくなるかもしれない。でもそれで幹也が所有する事の出来るフツーの鏡になる。どうだ?」
 私はうんざりした表情を隠さずに述べた。
 はっきり言ってしまえば凶悪犯の記憶を全抹消するみたいな馬鹿馬鹿しい意見で馬鹿馬鹿しい。そんなもので罪だのどうだの言うわけじゃない。
 でもまあいいか。被害者の思いなんて自分の知った事ではない。こいつの意志は魔術と共にあるかもしれないがその点についてはどうしようもないし、ゆずるつもりは全くない。もちろんこれを拒否したら即行で破壊するつもりだが。
「でも……」
「鏡である事に変わりはないしな。正直どう転ぶかはオレにも分からない」
 さて、どう出る? 幹也はこっちの方を眺めてくる。何かを言いたいのか。
「式……」
「幹也、こいつは魔術師だ。そこは分かってるよな?」
 これ以上の譲渡は与えないぞ、と私は彼を睨みつけようと思ったが、意外にも彼は私の意見に純粋に驚いていたようだ。
「いや、わりと同じような意見だったから驚いただけ。でも彼女の事を考えるとそれもどうかなって……」
「……そうか」
 鏡は腕を組んで考え、意を決したようだ。
「分かった。今のあたしに意志とか魔術があっても邪魔なだけだし。鏡であればそんなものいらないもの」
「……」
 私はナイフを持ち、鏡を視る。いくつもの線を認識する。その中でも狙っているものは、はっきりいってとてつもなく認識しづらいものだった。それでも見つけ出し、一突き。
「さようなら。会ったのが貴方たちで本当によかったわ」
 少女の体は糸が切れた人形のように倒れこみ、それをミハエルが支える。鏡は割れないように幹也が持った。
「なあ、これで終わりだろうな?」
「でしょうね。魔術を行使できなくなったのですから人を使役する手段もないのですから、意志があってもそれを伝える手段はもうありません。つまり、この事件の終幕を意味しますね」
 魔術師であるこいつが言うのだから間違いはなさそうだ。わりとあっけなかったけど、これでこの事件に一応の幕は下りたって事だ。

   /

 新東京国際空港、通称成田。私は1人で特急電車から降りた。
「羽田、と言いましたっけ、あの空港に国際線があったならばもう少し時間も短縮できたでしょうけどね……」
 私は時計を確認する。フライトまで3時間もあるではないか。
 あの晩、私はあの二人に別れを告げた。何の事はない。ただ単に仕事が差し迫っているから朝一に行かねばならなかったからだ。さすがに早朝迎えに来てもらうほど私は人でなしではない。彼らとはあの晩でそれっきりになってしまった。
 それではこれからフライトまでの時間をどうつぶそうか?
「話し相手でもいるならよかったのですが……」
 アルローネは死の断面を斬られて十七解体されたのだ。いくら私の作品でもさすがに修復までには時間がかかる。だから研究室に戻ってもらったが、失敗だったかな? いくらなんでも空港内の売店を巡るような事はしたくないし……。
「手続きを済ませて軽食でも取って考えますか」
 そう独り言をつぶやいたその時、けだるそうに歩いてくる女性が一人。いや、実際には大勢いたが、その中の一人にしか興味がなかった。わりと大き目のトランクと普通のバッグ、そしてみやげ物。あの大きいトーテムポールは誰へのみやげだろうか?
 彼女には見覚えがあった。と言うより見間違いえるはずも忘れるはずもない。彼女は……。
「これはこれは、この極東の地、しかもこの場でお会いする事になるとは思いもしませんでしたよ」
「……協会のパシリで来たのか、ミハエル」
 心底うんざりしつつ私に最大限の警戒を払いながら、彼女は口を開いた。
「これは手厳しい。私単独の愚考ですよ、橙子嬢。しかし元気そうで何よりだ」
「あーあー、言ってろ言ってろ」
 わざとらしい私のしぐさにあきれ果て、魔術師であり世界最高の人形師、蒼崎橙子はそう言いながらこちらの方に手を伸ばしてくる。これは一体……?
「煙草、1本よこせ」
「は?」
「は? じゃない。機内でポケットにあるのは全部使い切ったんでね。いちいち荷物から出すのは面倒くさい」
「なるほど……」
 私は内ポケットから煙草の箱を取り出し、彼女にさしだす。その中から一本取り、もう片方の手で器用にマッチを摩って火をつけた。あじわうようにしてそれを吸い、煙を吐く。
「あいかわらず安物を……」
「あまり高価なものには手をつけないものでして」
 いつか言った事をそのまま繰り返す。彼女は大げさに両手をあげた。
「じゃあな。実にくだらん仕事のせいで今は一刻も早く帰りたい気分なんだ」
「黒桐幹也」
「!?」
 私の横を通り過ぎようとした彼女の動きがぴたっと止まる。
「彼は実に面白い。あちら側であるにもかかわらず、こちら側の人間を次々とひきつけていく。私も彼には興味を持ちましたよ」
「おまえ……あいつに会ったのか」
 やはり彼は彼女の関係者でしたか。一応山をはったのですがね……。
 彼は本当に不思議な人物だった。日常からかけ離れた私たちだからこそ彼には魅力を感じるんだろう。そして、彼女もまた彼にひきつけられたのだろうか。
「ええ、二,三お話をさせていただきましたけど、それが何か?」
「あくまでそう言うなら、黒桐から聞きだす方が早そうだな」
「そうですか……」
 なるほど、彼といる事は退屈ではないようだ。……そして、私はこの日本に来た真の目的を成し遂げるとしよう。
「それより、どんな調子ですか?」
「どんな、とは?」
「「」に関して、と言えば?」
「……なんと言えばいいか……」
 彼女は頭をかきながらおそらく数秒で理由を考え出しているのだろう。言ってしまうなら仙人のような彼女が……。
「方法はあるが面倒くさい。これでいいか?」
「結構です」
 いくら彼女の仕事でも、あの和服の少女を創りだす事などは不可能だろう。それでも他の方法を見出しているのだから、それで良しとしましょう。
「で、おまえの方はどうなんだ? おまえ自身が届かぬものを最も近いものに手に入れさせたのか?」
「その点はご心配なく。ゆっくりですが確実に進んでいますよ」
 その通過点がアルローネなのだから。まだ未完成だが、いずれは完成させてみせる。例え私の代で悲願が成し遂げられなくとも、必ずや。
 彼女は携帯用の灰皿に煙草を押し付けた。
「今度こそじゃあな。また会えるかどうかは知らんがな」
「ええ、ぜひまたお会いいたしましょうか」
「それじゃあ」「それでは」
 彼女は電車の駅へと向かう。あの街へ戻るのだろう。
 さて、これから欧州に戻り手品のステージか……。世界中を旅して回った私だったが、今回の旅はとても楽しめるものだった。だが先を見るのはまた今度にしよう。
「さて、どうなる事やら……」
 私は彼女とは正反対の方向へと歩むのだった。

   /

 アーネンエルベ、僕と式はその店にいた。天気は快晴、客足も多いようで、ウェイトレス達が右に左に動いている。
 少女は今日真っ先に預けておいた。後は児童相談所の人がやってくれるだろう。虐待の十分な証拠はあるのだから。まあ、問題と言えば昨日は僕の家に泊める事になってちょっと式ともめたぐらいだろう。
 ミハエルさんは朝一に空港に行ってしまった。手品師としての仕事があるようだ。昨日、別れ際に……、
「それではごきげんよう。運ならばまたいつかお会い致しましょう。末永くお幸せに」
 と言っていたけど深い意味はありませんよね……?
 あとアルローネさんは、ばらばらにされていたのには驚いてしまったけれど、あれでは死なないそうだ。
「彼女はそういう存在なのですよ」
 と言っていたけれど、本当だろうか? あの人にも挨拶はしたかったけれども……。
 最後に鏡、あれは僕の家に置くことになった。狭い部屋には少し大きいかもしれないけれど、至って普通で殺風景な僕の部屋に少しアクセントがついた。でももっぱら使っているのは式なんだけれども……。
 式が負傷している事には大変驚いた。自分はこんな感じだから人の事は全く言えないけれども、とにかく無事でよかった。
「ねえ式」
「ん、なんだ?」
 今日で短いようで長かった出張は終わり、橙子さんが帰ってくる。明日のこの時間はまず事務所だろう。やる事いっぱいあるし。てゆうか橙子さんにやらせるし。
「昨日のあの式の事なんだけどさ」
「ああ、ワタシか」
 式はけだるそうに昨日の事を思い出したようで、そうつぶやく。
「僕が式も裏切ったらあんな顔をするのかな」
 そう、あの時、彼女が死んでいく時の顔は決して忘れはしない。
 ――あんな悲痛な式は、二度と見たくはない。
「安心しろ幹也。その時はおまえを殺してオレも死ぬから」
「……それ、本気?」
「うそ」
 目がまじみたいなんですけどドウナンデスカー?
「……式、僕は君にあんな思いは絶対にさせない」
「幹也?」
「式を悲しませたり苦しませたりしたくはないんだ。それだけは絶対に約束するよ。僕の存在にかけて」
 気がつけば僕は式の手をとって立ち上がっていた。頬が紅く染まる式。
「幹也…」
「どうしたの?」
「周り」
 あ。周りがこっちに注目してる。
 あれだけにぎやかだったのに店内すっごく静かだ。ってウェイトレスまで? ……こっちの体温が上がっていくのが手に取るように分かる。
「ごっごめん…!」
「何で謝るんだ?」
「え? いや……その……」
「へんなの」
 式はくすっと笑った。それにどきっとする僕はおかしくないはずだ。
 まあ、とにかく今言えるのは……。
「ところで式、ミハエルさんに教わった手品があるんだけどさ――」
 今日からまた平穏だって事かな。


   /多重鏡像・了


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 まずはここまで読んでくださった皆様に感謝を。ようやく長編が初完結。短かったような長かったような……。まずは作中で語らなかったことに関していくつか。

@ミハエルの目的とアルローネの正体
 今回書きたかった内容とは関係なかったので省略しちゃいました。それでもある程度は考えてありますのでそれはまた別の機会に。ちなみに橙子さんの「手段」とはミハエルを納得させるための虚言だったのか、それとも本当にあるのか。自分はあると思っているのですけど、その判断はゆだねます。ごめんなさい。
A式、刀持っているのにあんなに弱かった?
 サーヴァントとも戦える強さの彼女、幹也が彼女のピンチに颯爽と現れる、そんな感じにしたかったのですが、サーヴァントは某魔術師、二十七祖は某殺人貴、別の主人公にまかせるとしたら式は…? てなわけで自分自身を相手してもらいました。
 この作品が少しでも心に残ってくださったら幸いです。それではまたいつか。
  2006年4月24日
  2007年9月26日

文字化け防止用に
そのままで
名前(省略おっけー)
あどれす(省略おっけー)
ご感想 すごくよかった
これからもこの調子で
可もなく不可もなく
もうちょっとかな?
原作やりなおそう
その他なにかあれば

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