/

「さて、君は橙子嬢の変わり様はどう思うかね?」
「どうもこうもあるか。アオザキはもう終わったも同然だ」
 その部屋にいるのはわりと大勢。ただしその会話に加わっているのは服、髪など黒スーツを着込んだ男と赤コートを着た男の2人だけだった。
 赤コートはいかにも失望したという表情を隠そうともせずに浮かべ、黒づくめはただ煙草をふかしていた。
「おまえも訪ねてみろ。いかにおまえがアオザキを高くかっていたからとは言え、あれでは幻滅するね」
「そういう君もあの橙子嬢を高くかっていたようだが? 次期院長ともあろう君が一介の魔術師を眼の敵にするとは」
「社交辞令はよせ」
 赤コートは黒づくめを睨みつける。万人であれば一瞬ですくみあがるほどの殺気を込めて。口調も軽いものから鋭いものへと自然に変わっていた。それを黒スーツはさらりと受け流す。
「アオザキがルーンにおいても人形師としても、私の上と位置付けられていた事はおまえも知っていよう」
「ルーンにおいてはともかく、確かに人形師としては君とは別の意味で完成に近づいてはいたね」
「私はそのアオザキを自らの力で超えねばならなかったんだ。やつを殺害するにしろ、自らの知識向上にしろな。だがやつは自滅した。やつは自ら私の上からいなくなったんだよ」
 黒スーツは灰皿に煙草を押し付ける。そして煙草をまた取り出した。学生の数人が二人に対して挨拶をする。それに答えたのは黒スーツだけだった。
「ならば君が彼女を導いてはどうかね? 結果的に君が殺されようとも、彼女が亡くなろうともね」
「無論そのつもりだよ。今のまま彼女を殺したところで何の意味もなさないからな」
「……なるほど」
 その部屋から一人、また一人といなくなっていき、今いるのは黒スーツと赤コートの二人だけとなった。その二人がしゃべらないのであれば、後は聞こえるのは時計の音だけだ。
「それで、おまえの方はどうなんだ? おまえも彼女と同様、原色を得られなかったようだが?」
「私の方はかまいませんよ。むしろあの程度の研究で原色をもらっていたら世界に対して失望していたでしょうから」
 嘲るように言い放つ赤コートに黒スーツはあっさりと言ってのけた。
「おや、それが十数年かけた研究に対する態度かい?」
「ええ、あれは私の研究にとっては所詮土台にすぎませんから。あとは「」を目指すだけです」
 赤コートは意外、との表情を示した。この男にそのような確固たる意志があったとは思っていなかった。赤コートの印象ではこの男はただ物事を楽しんでいるようにしか見えなかったからだ。
「全く、あれを土台と言われては他の魔術師は何と言うか。相変わらず君は掴み様がないな」
「君にそう言ってもらえると嬉しいな」
 そう言うと黒づくめは立ち上がった。赤コートが「どうした?」と聞くと、
「そろそろ講義の開始時間だ。ならば彼女を探すのだよ」
 なぜ講義の開始時間に学院を探す必要があるのか、それをいち早く察知した赤コートは何も言わずに黒づくめを見送った。

 案の定講堂でないところに先ほど赤コートとの会話で話題に出た女性がいた。廊下の壁によりかかり、力を抜いて座っていた。今までの彼女からは想像もつかないほどの、赤コートならばまずこう言うだろう。
「ふがいないな」、と。
「まあ、詳しく彼女を観察した所でそこに彼女がいる事に変わりはありませんがね」
 彼女を観察しようとしていた黒づくめはそれの無駄さに自らを哂って彼女へと近づく。
「Guten Tag、橙子嬢。ご機嫌はいかがですか?」
「……」
 橙子と呼ばれたその女性は、床に落としていた視線を黒づくめの顔にむける。そしてまたかくんと、まるで人形のように床に視線を戻す。
「……何の用だ……? 今さら私と議論した所でおまえの研究の足しにはならない」
「それについては否定しておきますが、議論をするために訪ねたのではありませんよ」
 そう言うと、黒づくめは反対側の壁に座り込む。いつも優雅にしていた黒スーツからは考えられない行為だったが、今の橙子にはどうでもよかった。
「その様子ですと、また学生が犠牲になったようですね」
「……ここは表じゃない。別に何人行方不明になろうと知った事ではないだろう」
「確かに。殺されても誰も文句は言えないでしょう。殺される方が悪いのだから」
 その廊下は利便性が悪いためか、ほとんど人通りがないに等しい。今も誰も通ろうとはしなかった。
「そうそう、私もとうとう色をもらいましたよ」
「そうか、とうとうおまえも色をもらったか。それで、色は何だ? おまえの欲しがっていた赤か?」
「いえ、原色はさすがに……」
「なんだ。おまえもそうか」
 橙子は乾いた苦笑いを浮かべながら手を黒スーツのほうに出す。それが煙草を要求しているのだと分かると、彼は素直に応じた。煙草をふかす女性、白い息を軽くはく。
「なんだこの不味い煙草は。安物だろう」
「あまり高価なものは手をつけないものでして」
「妙な所にこだわるな」
 黒スーツは笑みをこぼした。心を許したものにしか見せないような笑みだ。橙子が黒スーツをどう思っているにしろ、黒づくめは橙子を気に入っていた。
「で、本題に入りますけど、貴女はこれからどうするつもりで?」
「……どういう事だ?」
「いえ、好奇心です」
「どうもこうもあるか。まだ何も考えたくないな」
 黒づくめはそれを聞くと、煙草を床に押し付けて立ち上がった。そして無言で立ち去ろうとしていた時、
「待て」
 鋭い言葉が彼を止める。振り返らずに彼は返事をした。
「ミハエル、何を求める」
「……!」
 黒づくめはそれこそ驚愕の表情を浮かべる。一瞬だけだったが、それの意味を理解するには十分だった。ならばそれに答えるのが黒づくめの男、魔術師ミハエル・フォン・シュレーゲンとしての最大の敬意だ。
「私が決してとどかぬものを」
「ミハエル、何処に求める」
「私の最も近き所に」
「…ミハエル、何を目指す」
「もちろん、終わらぬ果てを」

 その日をおいて、ミハエルはその学院から姿を消した。


   /

「やれやれ…、随分と昔の事を思い出したものだ」
 ミハエルはそう煙草を吹かしながらつぶやく。
 そして右手からは風の攻撃魔術を放つ。が、それは今対峙している人物にあっさりとよけられてしまった。相手は魔術の弾丸を放ってくるのでそれをひらりとかわす。
「「何もなければ」、ですか。その何かが起きてしまうとは予想内とは言え、いやはや」
 深夜のとある広場、そこにミハエルはいた。仕かけてきたのは相手の方が先だった。つまり、鏡を持つ少女。今日はこれで四回目となるドッペルゲンガー出現であった。
「しかし、まさか魔術師のものまで精巧にドッペルゲンガーを作り出すとは、よほどの物と見える。ぜひ欲しいぐらいだ」
 と述べてみるものの、実際には今戦っている相手、みはえるを五体満足で倒す事は不可能に近そうだった。
 みはえるが具現化されるまでは彼の読みの範疇の内、何しろ幹也と少女の間に入ったのだから邪魔者とされてもおかしくはない。そしてみはえるの自殺をうながす暗示が効かない所までも予測済み。
 だが、それが失敗して戦闘を手段に選ぶ事になるとまでは予想外だった。しかもただ身体能力だけではなく、確実にもう一人の神秘を保有した自分が生まれているのだ。使う戦法、使う体さばき、使う魔術、そして使う思想まで、全てがミハエルそのものだった。
 アルローネははるか遠くからそれを眺めるだけだった。ドッペルゲンガーが二体出ないとは限らず、射程も分からないから。
 もちろんそれでもミハエルを助けようとはしたが、彼に止められてしまっていた。
「ほう、魔弾の射手も使えるとは」
 そんなミハエルはみはえるよりも少女の鏡を破壊する手段も考えるが、さすがに自分相手にそれは無理のようだ。
と、ミハエルの詠唱と共にそばに天使か何かが出現する。
「ワルキューレ……!」
「おや、これはまずいかな?」
 アルローネは驚愕を、ミハエルは純粋に賞賛の声をあげた。
 召喚魔術、九人のうち三人のワルキューレは、アルローネが動く前にミハエルの体を串刺しにしていた。痙攣も起こさず、槍につきささったままのミハエル。
 そして……、
「マスターッ!!」
 アルローネの絶叫とともに、風の攻撃魔術がミハエルを細切れにしてしまう。
 ミハエルの体は血をしたたらせ、肉を散乱させて飛び散る。もはやそれは者ではなくて物と化していた。アルローネはミハエルへと駆け寄っていくが、別の場所で見ていた少女は興味なさげにワルキューレの消滅と共に姿を現す。
「…残るは1人だけ。待っててね、幹也お兄ちゃん」
 少女はそういいながら月を見上げて微笑を浮かべるのだった。




多重鏡像

第五話

   /

「し……式?」
 僕の目の前を和服の女性、式が立っていた。いや、実際には立ちはだかっていた、だ。
 僕のこと、事件の事、色々と言いたくなる事はあったけれども、まず最初に思い浮かんだ言葉をそのまま口にする。
「一体、昨日はどうしたんだよ。散歩が日課なのは分かるけど、そのまま帰ってこなかったじゃないか」
「その散歩中に転んで、服を汚した。幹也の家を汚したくはなかったからな」
 当たり前じゃないか、と言いたげに式は肩をすくめる。確かに筋は通っている。でも……同時にそれが嘘なのも十分に分かる。
「僕がどれだけ心配していたか、分かるよね」
「ああ、連絡の1つでも入れるべきだったな」
 その言葉にとりあえずはほっとする。着ている服は違うけれども、どうやら式は無事のようだった。一方の式は僕と会った事がかなり不満のようだ。
「……どうしたの?」
 おそるおそる聞いてみる。
「莫迦。どうしたもこうしたもあるか。おまえ走っただろ」
「え?」
「しらばっくれても無駄だ。歩き方がおかしいからな」
 あ、ウェイターを助ける時に走ったけれども、自分では歩くには問題ないと思っていた。それでも式から見たらやっぱりおかしいのか。
「あれほど無茶するなって言っておきながらおまえはそれか」
「いや、それは不可抗力ってやつだよ。しょうがなかったんだ」
 そう、あの時はしょうがなかった。でなければ死んでいたかは分からないけど、ウェイターはきっと大怪我は免れなかっただろう。脚ぐらいで人の命が救えれば安いもんだ。
「誰だか知らない奴を助けるためにやむを得ず、か?」
「そうそう、分かってくれてうれし……」
 はっ、と僕は口を押さえた。けどももう遅かった。
 橙子さんは式とは会うなと忠告した。式は僕に連絡をしなかった。なぜ? 決まっている。僕を事件に巻き込まないためだ。魔術師たちの時には足を、先輩の時には目を、それぞれダメにしてしまった。そのままだといつ命を落とすか分からない。でも今の言葉で僕が事件を調べているにしろ、いないにしろ、関わってしまったことは式にばれてしまった。
 式は更に険しい表情になる。しかし無言。彼女は背中にしょっていた竹刀袋を取り出し、手元に運ぶ。あの中に入っているのは多分、竹刀でも木刀でもなく、真剣だ。
「コクトー、家に帰れ。オレもすぐに行くから」
 彼女のまなざしは僕をあんじようとしていると同時にとても冷たいものだった。ここで否と言うなら彼女は実力行使をしてくるに違いない。けれど……、
「ごめん、それは無理。仕事で出かけなくちゃいけないんだ。この埋め合わせはするからさ」
「……」
 あくまで何も知らないようによそおう僕の動作は既にバレバレで、式の体に緊張感が生まれる。
 僕の予想が正しければ、式のやる事はぼくを一瞬で気絶させて秋隆さんに任せる、だろう。でもそれじゃあ事件は終わってしまう。いくら式でもドッペルゲンガーと対峙したら……。
 ……だめだ。そんな想像をしてしまったらきりがない。でも……、
 僕は式を見る。それは息もつまる気がしてしまうほどの無言の圧力。それはまるで百戦錬磨の武将に町人が狙われたと言った感じだ。事実式は武術の達人、僕は足にガタをおこした凡人以下でしかない。逃げる事は、まず不可能だ。かと言って今の式を説得するのもまず無理だ。
 なら何かが起きないと……、何かが……。
「あっ!」
 その時、その何かが起こった。
 式の体がゆれたのはよそ見をしていた子供がぶつかったせい。彼が持っていた品物、さまざまな小型のおもちゃが地面に転がる。チャンスは、今だ。
 僕は式が目をそらした瞬間に走り出す。式ならそれでも僕を気絶できるだろうけれども、それは障害物がなければの話。既に僕と式の間には人が何人もいた。
 式が僕に気づいて追いかけても、数メートルは差がある。そして、僕はカードを使って改札をあっさりと通過した。式はそんなカードなんて持ってないから改札を通れない。
「ごめんよ式! 絶対に埋め合わせはするよ! どうしてもする必要があるんだ!」
「幹也……!」
僕は後ろを振り返らず、発車しようとしていた電車に乗り込んだ。

   /

 結局あの後、幹也を見つける事はあきらめた。電車に乗り込まれてはどこに行ったかも分からない。
 あの様子だと、間違いなく幹也は事件に関わっているだろう。でも今さら、もう遅いとしか言えないだろう。あいつは関わったらとことんまで関わってくる。きっと数時間は帰ってこないだろう。
「なら、その前にカタをつければ解決だな」
 私は思わずつぶやいた。
 それは始めから分かりきっていた事だ。幹也が関わる前にカタをつける事は。
 私の犯人の捜し方はとても簡単だった。あのホームにあったときと、ワタシと戦った時、共通する近くにいる気配を感で探し当てるというものだ。結構時間がかかったが、的外れでもなかったようだ。
 だから私は新興住宅の立ち並ぶ中、整備された広場にいた。持っていた刀を竹刀袋から取り出し、帯にくくりつける。ずしりと刀の重さが伝わってくる。既に神経は研ぎ澄まされ、遠くの虫の音まで聞こえてくるようだった。
 住宅地だけあって周りは人の姿が全く見られない。その中を私は一人で歩いていた。と、幾度となくかいだ事がある匂いが鼻についてくる。思わず顔をしかめる私。
「……その正体はこれか」
 広場の中心辺りだろうか、暗い中でもようやく見えてきた。
 辺りにちらばるのはおびただしいまでの血、そして原形を全くとどめていない、かつて人間だったモノの肉。そしてその中心でたたずんでいたのは黒いスーツに黒い長髪をし、煙草をふかす男だった。犠牲になったのは、頭の中でパズルのように断片を組み合わせていくとこのたたずんでいる黒づくめと全く同じになる気もするが、正直どうでもよかった。
「つまり、こいつは敵か……」
 私は黒づくめを見ながら抜刀する。居合いの方が速いが、左手が使えないのならば初太刀も抜刀ずみの方がいいだろう。
 そして私は一呼吸で前に飛び出した。相手の死はもう把握している。黒づくめはその私に対して手を細かく振った。
 ピアノ線のような、何か細い形状のものが高速で通りすぎていく。攻撃範囲は広いが、使う黒づくめの反応は荒耶と比べるまでもなく、遅い。しかも単調なので簡単にかわせる。
 数十メートルはあった距離はあっという間にちぢまり、一足一刀の間に入った。後は、死の断面を斬るだけだ。踏み込んで最後の攻撃をかわし、刀を振り下ろす。
 これで終わり、少なくとも私はそう思った。
「なっ!」
 が、真っすぐに振り下ろしたはずの刀は男を避けるように真っすぐにふりぬけられず、曲線をかいてしまう。感触で言えば暗示の類ではなく、直接刀が力づくで受け流された、それが第一印象だった。
 私はまた男を視る。荒耶のような結界かと思ったが、黒づくめを覆うものは境界ではなく、文字通り隅々まで黒づくめを覆っていた。
 これは一体何だ? もう一度だけ試してみよう。
 敵の黒づくめは細いものと弾のようなもので応戦するけど、実に単調。これではかわせと言っているようなものだ。今度狙うは心の臓、突きならば……。
 だがその試みもむなしく、突きは狙いを外してしまう。
「魔術で物理現象を起こしているのか……?」
 男を守るものの死は見えるが、それにはとどきそうにない。 黒づくめはその隙を見て詠唱をし、攻撃をしてくる。私は上体をそらしつつ蹴りを入れ、敵との距離を離した。
「接近戦は不得意か、なら問題ないな」
 感触から言えばあの覆うものは磁石のようなもので、刀だけをそらす働きがあるようだ。橙子は確か電磁気学とか呼んでいたっけ。
 ならばと私は帯刀(刀を鞘におさめる事)をし、徒手空拳で飛びかかる。やはり攻撃は単調。あっさりとかわしつつ再び間合いを縮める。空手は専門ではないが、ただの魔術師相手なら問題ないな。
 そして間合いに入り、私は抜き手で攻撃をしかける。何の事はない。これで終わりだ。
「なっ……!」
だが驚愕の声を漏らしたのは私のほうだった。
 こいつはあろう事か、直死をさけるために数センチだけ体をずらしたのだ。そうなれば私の攻撃はただの抜き手。いくら骨のない腹部を狙ったと言っても一撃で倒せるはずもない。
「くっ!」
 私は間合いを離そうとするが、攻撃失敗の時間は敵に攻撃のチャンスを与えてしまっていた。詠唱の具合はさっきの細いのや弾とは違う、もっと強いものだろう。このタイミングではかわす事はむずかしいが、やらなければ、殺されるだけだ。
「破滅の慈悲よ」
 その時、どこからかその声が聞こえたかと思うと、どこから出現したのか、鎖が黒づくめを拘束していく。黒づくめは一瞬それに気を取られたが、かまわず私の方へと気を向けてくる。
 その一瞬で、十分だ。
 私は文字通り黒づくめの死に手を突き刺していた。黒づくめはびくんっ、と体を反応させてそれっきり動かなくなる。
 そして、男は消えてなくなった。
「――逃げられたか」
 そこにはもうホームとかで感じた違和感は消え去っていた。私は刀をまた帯に固定しつつ、もう1つの気配の方に顔をむけた。明らかに、それは人間のものではない。
「出てこいよ。そこにいるのは分かってるんだ」
「……さすがですね」
 暗い街灯しかないその広場に現れたのは、鮮やかな金の長髪の女だった。背は大体百六十ぐらい、そのこうべを私にたれる。
「私の名はアルローネと申します。そこに散乱している魔術師の使い魔です」
「ふーん」
 さしてこいつの正体に興味があったわけではなかったが、今の状況には興味があった。
「で? この事件はどこまで知ってるんだ?」
「お答え致しかねます」
 やけにあっさりとした拒絶に自分でも不機嫌になっていくのがありありと分かる。
「少なくとも貴女よりはご存知かと思われますけど」
「へえ……」
 ならこいつと話す事に意味などない。ワタシを出し抜いて違和感の元を殺せばそれですむんだから。私はきびすを返してその場から立ち去る事にする。
「お待ちください。無条件で答える事はできません、と言う意味です」
「いい、こっちは十分に間に合ってる。おまえが何をしようと関係ない」
「ではこちらからお願いいたします。私が知っている事はお教えしますけど代わりに――」
「オレの知っている事を教えろと?」
「はい」
 私は少しの間考える。正直アレに対抗する手段が強行突破しかないのは危険がある。少しでも情報は多い方がいいだろう。
「…分かった」
「では場所を移しましょうか。人払いの結界があっても、ここは話し合う場所ではありませんから」
 アルローネはご主人とやらを全く目もくれずにその場を去った。……まあ、こいつが主人をどう考えているのかは私には関係ない事だ。

 私が知ったのは、彼女のマスター、あの黒づくめが誰かと協力してこの事件を調査していた事、その誰かが今度のターゲットである事。そして目的に邪魔な黒づくめと私を殺そうとしている事、敵の正体が鏡だと言う事だ。
 ここまで分かれば対処のしようはいくらでもある。だが一つだけ疑問が浮かんだのでそれを口にすることに。なぜその『誰か』を目的にするかは知った事ではないが、身に降りかかった火の粉は振り払わなければな。
「何でアイツはターゲットを一日数人しか選ばないんだ? 一度に一人にしても一日かければかなりの人数になるのに」
「魔術行使は魔力を消費しますから。いくら千年単位の鏡が元とあっても全く同じ者たちを創るのですから、消費は相当なものかと」
 魔力、よくは分からないけど魔術師の能力値みたいなものか?
 アルローネはまだ続ける。
「更に今日はマスターを含めたら四人も作り出していますから、多分明日は夜辺りまでは出てこないかと思われます」
「夜まで? アイツの居場所は?」
 彼女は首を横に振る。
「残念ですが取り逃がしてしまいました。マスターも私以外の使い魔をご用意してくださればよかったのですが……」
「そうか。分かった」
 ならもうこいつには用はない。黙っていても明日になったら相手の方からやってくるんだからな。
「一つ、聞いてよろしいでしょうか?」
 五メートルほど歩いてからだろうか、アルローネはそうつぶやいてきた。別に断る理由もなかったので私は振り返り、うなづく。
「明日には貴女は相手と戦う事になるでしょうが、私が加勢してもよろしいでしょうか?」
「……好きにしろ」
 少し前の私だったら、こんな申し出は断っていただろう。あの殺人に生の実感を求めていたあの時だったら絶対に。
 でも今の私には居場所がある。あの他人のためになら自分の命すら捨ててしまうだろう彼……。でも……、
「どうしました?」
「今度はこっちが質問するぞ」
「どうぞ」
「その協力者、名前は何だ?」
 私は分かりきった質問をする。彼女の口からも分かりきった名前が出てくる。
「黒桐幹也くんですけど」
「……そうか」
 私はそのままアルローネの方に振り返らずにその場を立ち去る。
 夜はあいにくの曇り。星はおろか月明かりすらぼんやりとしか見えてこない。今ごろあいつもこの空を見上げているんだろうか。一度決めてしまったらとことん自分が納得するまでやるんだろうな。以前私が彼に言ったっけ、「莫迦は死ななきゃ治らない」って。
「本当、おまえって莫迦だよな」
 でもそれでこそ幹也だよな、と思いながら夜の道を歩いていた。

   /

「パパ、これあたしにー?」
「そうだよ。素敵なレディーのために私が創ったんだ。」
「こんにちは鏡さん! これからよろしくね!」
 それがいつの事だったのかもう思い出せないほど昔、それでも始まりの瞬間は今も覚えている。
 ある魔術師の家系、その中でも稀代の娘思いの人が私を作り上げた。何の魔術効果も持たせず、ただ鏡であれ、それが私の存在理由だった。温和な魔術師、可憐な妻であり助手である女性、そして二人の愛をいっぱいにさずかった可愛い女の子。
 全てがうまくいっていた。いや、いきすぎていた。
 そして訪れる平和の終焉。私が生まれた時代にさかんだった、魔女狩り。これに家族は巻き込まれてしまった。もちろん魔術師として本物だったのだから、言い逃れをする事はできない。
 結果、家族は皆殺されてしまった。
 魔術師の家の物は魔女の物であるので、全てが破壊される事になったけど、何の因果か、私だけは貴族に寄与された。貴族の家族はわりと多くで構成されていて、私を使ったのはその中で一番幼い女の子だった。彼女が育ち、嫁に行く時となっても私は彼女と共にあった。
 そして、当然彼女にも死はあった。数十年生きた、しあわせな人生だっただろう。
 その後も私を所有するものは後をたたなかった。中には悲惨な結末を迎えた人までいたけれども、さまざまな人と私は歩んできた。
 私にこのように意識があると自覚したのはいつだっただろうか、自分でも覚えていない。でも、会話をしたのはたった一人しかいなかった。貴族だというのに平民の事を第一に考え、人の命を自分よりも大切に扱っていた。波乱に満ちたその人物の最後を私は見ていない。どうなったのだろうか?
 そして幾年も流れ、私はこの極東の地にやってきた。アンティークとしてここに来たけれども、私を所有していた最後の家族、彼らは酷かった。別の女性と毎日出会う夫、金銭感覚に狂い酒におぼれる妻。その2人の子供の女の子が私の最後の所有者だった。
 彼女は毎日喧嘩する両親を見て泣いていた。今まで私は波乱万丈の生活を見てきたけれど、両親の愛を受けない子供は一人もいなかった。夫は家にも帰ってこず、妻は子供に暴力をふるう。私はそれが痛々しくて見てられなかった。
 そして、妻が子供に暴力をふるって何度目になるだろうか、私のほうに目が止まる。それを見て気づいてしまった。彼女は私をいずれは破壊するだろうと。
 私は鏡、壊れてしまえば存在意義はなくなる。そんなのは、嫌だ。
 だから私は子供を連れてその家を出たのだ。魔術師の創作物である私、そして女の子。両方を受け入れてくれる人を探すために。でもあらゆる人を試したけれども、ここの人達は冷えきってしまっている。いずれはまた同じ事になりかねない。
 そんな中、ついに私は見つけた。私の目的、いや、願いをかなえてくれる人を。だから、ぜひともかなえたい……。
 私は魔術師の創り出した物だ。だから手段は選ばない。たとえそれが死の道であっても。
 幸いにもこの子は眠った状態だ。嫌な思いをする事はないだろう。だから……、あの娘にも退場願うしかない。
 ……月明かりがぼやけている。願わくば私のこの思いがむくわれますように……。


  つづく


第六話に続く

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 ウェバー作曲・歌劇『魔弾の射手』:いわゆる電磁加速砲。威力は戦艦の主砲クラスのすぐれもの。科学の力を使っているので対処されやすい。
 ワグナー作曲・楽劇『ワルキューレ』:九人の戦乙女を具現化召喚するもの。ただし戦乙女たちに意識などはない。
 ストラヴィンスキー作曲:バレエ『妖精の口づけ』:電磁障壁を自身の周りに展開し、自身への攻撃をそらす。金属などにしか有効でない。

 ……見事に解決してませんね。すると思ったのですが……。ようやく動機判明。ラストに幹也登場で動機判明にしようとも思いましたけど、らっきょはそのパターンがわりと多いのであえてこの形に。はたしてそれが吉とでるか、凶とでるか。
 残り一話で完結できそうなのでとりあえずはほっとしています。ペースが落ちてない気もしますけど、偶然じゃないかなーと思っています。それでは完結編である第六話でお会いしましょう。
  2006年4月17日
  2007年9月26日 第一改訂


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