/5日目
朝日がとてもまぶしい。
部屋の間取りは南側を窓としているから、北半球に位置する日本では日の出と日の入りの両方を拝む事ができる。
上空を見渡せば雲こそあれど、十分に晴天と言ってもいいだろう。
この部屋は高い所に位置しているあら高層ビルがあっても簡単に風景を拝む事ができる。
外の道路を走る車はまだ少ない。時刻から言えばまだ早朝だからそれも当たり前の話ではあるが。
窓を開ける事は叶わないが、もし開けたとしても文明の力が発する音はあまり聞こえてこないで、鳥のさえずりが耳に入ってくるだろう。
「まるで夜に起こっている出来事が夢幻のごとくなり、とでも言うべきか」
私は部屋備え付けの使い捨てマッチで煙草に火をつける。
そこいらの券売機で買った日本製だが、存外にうまい。たまには違う銘柄を選ぶのもいいのかもしれないな。
「そんな事があるものか。今までに起こった事は全て現実に決まっておろうが」
「だよなぁ」
聞こえてきた豪勢な声にため息をもらしつつ、センチメンタルな考えを捨てる。
トランクの中にある自分の着替えを取り出して、再びため息。
自身の身体は治せても、服はいちいち直す事はできないからな。裁縫が得意でも破断した服を元通りにはできまい。
自然と着まわしている服の種類も少なくなってくる。ここいらで服の調達もするべきなのだろう。
私は椅子に座ってテレビを眺める大男を眺める。
見ている番組は朝のニュース。しかも外国の衛星放送番組だ。
確かに世界情勢を知りたいならそっちの方がいいだろうけど、私としては地方ニュースを見たいのだがね。
どう考えても世界情勢が戦いに結びつく未来が想像できない。
……この男にも服を買ってやるべきだろうな。
どうやらこの男は彼と比べて現実世界を重く見ている節がある。
それが自分の事だけに走っているとでも取るか、今後の事を見渡しているとでも取るかは判断つかないが。
霊体化してくれないのはこちらとしても好都合だ。それだけ私の取りたい行動に幅が広がる。
「ところでトーコよ、身体の具合はどうなのだ?」
大男、ライダーのサーヴァント、イスカンダルはテレビから目を離してにやっと笑ってみせる。
それに対して私も不敵に笑う事にした。
「最高だ」
幻橙英雄
第14話・征服王A
/
時刻は午前7時。位置は食堂。
私とライダーは目の前の皿に盛ってある食事にフォークをつけていた。
「いやぁ、これだけ食しても値段が一律とは驚きだ。随分と豊かな時代なのだなぁ」
「……それでも節度と暗黙の了解はあるがな」
テーブルの上で所狭しと並べられた皿をうかがって、従業員の白い視線が突き刺さるのを思いっきり感じる。
無論、ライダーは当然の事ながら、私もそれに気落ちするほど神経は細くない。
朝食がバイキングだと私が説明した後のライダーはそれこそ王様のごとく片っ端から取る勢いだった。
これで一口食べて下げさせる事は私がさせない。
言っておくが私も大食いには自信がある。多分チェーン店で大食い大会があれば、全国に名を残す事ができると思う。
私には目の前の男が見せる豪快さはないだろうが、これ程度を処分するぐらいの胃の大きさはあるつもりだ。
まあ、それに食費はホテル代込みだからな。別料金だったらさすがにこのような振る舞いはさせないだろう。
財布事情を考えればバイキングは実にありがたい。
「しかしなんだが、変わっているな」
「変わっている?」
ライダー、悪いが口の中にほおばりながらの発言はやめてもらいたい。行儀が悪い。
なのに声は普通に話しているのと全く同じなのが不思議だ。
「魔術師という
「アトラスの穴蔵にいる連中と一緒にしてもらっても困るが、そんなに工房を作ってほしいのか?」
「まさか。だが時臣の奴と比べると考え方の違いが一目瞭然なのでな。一応聞いておこうと思っただけだ」
なるほど、確かにそう考えるのが普通か。
魔術師ともなれば工房を作るのが普通だ。形成すればそれを攻略しようと攻めてくる者達に、自信の技術と智略の全てを駆使して戦う事ができる。
ゆえにこの地に根ざしている遠坂やマキリはおろか、外来のアインツベルンもまた独自の拠点を持っているし、外部のマスターもどこかを改装して工房と
するだろう。
それに、キャスターのクラスを持つ英霊は攻防を上回る神殿すら形成できる可能性を秘めている。
ようは、魔術を習得している者が工房を作らないのは愚の骨頂、それが一般常識だろう。
だが、私の考えはもちろん違う。
「夜、つまり私たちの時間には既にこのホテルにはいない。私たちは常時打って出る策に出ているのでね。閉じこもって敵を迎え撃つのは性に合わない」
「おお、そう言えばランサーの奴は無休で戦いに明け暮れていたな。そうかそうか、トーコはサーヴァント共に戦場に馳せる者か」
豪胆に笑うライダーだったが、その言葉には「はい」も「いいえ」も言えない。
幻灯機械が破壊されてしまったし、自身も一度殺されて代えを使ってしまったから、残った切り札はあと1つだけだ。
アレを使ってしまったらそれこそ一流の魔術師相手には手も足も出ない。
なにしろ私は攻撃魔術には全く固執していなかったからな。
閑話休題。
夜はそれでいいとして、問題は昼間に魔術師もサーヴァントも考えつかないような奇襲攻撃を仕掛けた場合だ。
他の魔術師と比べても警戒は怠っていないつもりだが、それでもその分野にかけては私はアマチュアに過ぎない。
私の考えが正しければ、そのような方法を取ってくる人物が1人だけいる。
「セイバーのマスター、か」
魔術師の執行者にも、教会の代行者にも見られなかった雰囲気。
詳しく見る事は叶わなかったけれど、あの手口から考えればそんな方法を取ってくる可能性は否定できない。
……仕方がない。狙撃はともかく、万が一あの手段でとられた場合の対策を行っておくか。
「で、ライダー。とりあえずサーヴァントとマスターについての情報を教えてくれ」
このままで朝食を終わらせるのも何なので、とりあえず話題を切り替えることにした。
その言葉を聞いたライダーの表情が若干変化する。
「この場で話してもいいのか? 聞かれてはまずい事なのだろう」
「かまわん。この国は先進国の中でもフィクションにあふれてるからな。せいぜい新手のゲームの設定にしか思われん」
なんだかアサシンのマスターと同じ発言をしているようだがかまわない。
それに、既にこのホテルでもキャスターやアナスタシアと会話したしな。
「……では説明してやるか。だがトーコが遭遇した者達と被るかもしれんぞ?」
「被ったら被ったでライダーの方の認識を聞きたい。視点が違うだけで別人のように変わる例もある」
他人の批評も莫迦にできたものではない。むしろ独りよがりを防ぐ意味では重要だ。
ライダーが仮にだが自分のサーヴァントになったからには、情報は共有しておくべきだろうからな。
そのやりとりに特筆する事は何もない。
私とランサーが戦ったのはセイバー、バーサーカー、ライダーのみだし、目撃したのは彼らに加えてアサシンとキャスターだ。
ライダーが戦ったのはバーサーカー、キャスター、ランサー、そして少しアサシン。セイバーはじかに見ていないようだった。
マスターが不明なサーヴァントは今まで出てきている6人のサーヴァントの中ではいないだろう。
「ほう、セイバーは騎士とな」
「ああ。あの在り方は己の剣に誇りを持つ騎士以外有り得まい。正々堂々とした戦いを重んじているはずだから、おまえとは気が合うかもな」
最も気が合ったところでマスターがアレだからな。
セイバーには正々堂々と戦わせて、背後から奇襲を仕掛けてもおかしくない。
「あのランサーと剣舞を演じるほどであるから、さぞかし名の通った英霊なのだろうな。それで、剣に心当たりはあったのか?」
「ない、と言うより隠されていた」
名の通った英雄であればあるほどその武器の逸話は凄まじい。
弱点など一切見当たらない英雄はそれこそ珍しい。どんな英雄とて残された伝説から弱点ないし戦法を分析できる。
ならば、普通は宝具の真の力を発揮しなければいいのかもしれないが、強力な英雄ほど宝具を見るだけで真名を看破される可能性が高くなるわけだ。
今回はいないが、もしかしたら宝具に呪符でも巻きつけて隠す戦法をとったものもいるかもしれない。
今回のセイバーはそれを自分1人で行っていた。
剣に纏うは神のみ業がごとき風。
風の剣と受け止めてしまえばそれまでだが、ランサーとの戦いを見る限りではそれだけではないはずだ。
言ってしまえば、あの神風が剣の鞘なのではないか。真の力を見せまいとする、ヴェールとでも表現すべきか。
「隠さねばならんほどの剣を所持した女の英霊? そんな者は聞いた事がないぞ」
素っ頓狂とでも言うべき声を上げるのはやめてくれ。注目される。
まあ、確かに女性の英雄はその所持する武器より在り方の方が目に付くからな。特に真価を発揮していない宝具を隠す理由は少ないと思う。
だが、別の可能性だってある。
「どうだか。この国の戦国武将で上杉謙信という者がいたんだが、肖像こそ男物ばかりだが女性説もあるほどだぞ」
「女性説? それが何の……ははーん。つまり男として伝わる大英雄が実は女だった事も考えられるわけか」
「その通り」
所詮伝説は伝説。後の世になってから歪曲される事だって多々ある。
余談だが先の上杉謙信の場合、生理痛とも判断できる謎の症状があったらしいし、死因も婦人病の一種かもしれなかったりとした根拠が挙げられている。
ではなぜそうなったか?
それはもちろん、男尊女卑に限った話ではなく、慈しむ女性を男が守る風習は人類よりはるか以前から続いてきた自然な事だ。
戦う事で名を上げる英雄に男が多いのはそのためだろう。
逆に女性が男を守る立場に立ったらどうなるだろうか?
子供を育て、自身を守る力を持つ。男の出番なんぞ一切ない。それを快く思わない者が多いに違いない。
ならば、後世の者がその恥ともなる部分を抹消して男性だとするか、女性自身がそれを避けるために男性だと偽る事が考えられる。
要はアーサー王が女性だ、なんて極論だってありえるわけだ。
「結局は宝具を拝むまでは真名の看破は不可能だろう。最も、使わせる暇もなく倒す手もあるんだが……」
「駄目だ駄目だ。そのようなつまらん事をしてたまるものか。真名を看破した後に倒す、これでよかろう」
む、別にライダーがそう言うのならかまわないが、絶対の自信でもあるのか?
「貴様、余を誰だと思っているんだ? 余は征服お……」
「待て待て、さすがに自分の事を話すのはまずい」
いくら聖杯戦争の話がフィクションのひとつと考えられていても、自己主張だけはさせてはいけない。
さすがに怪しまれる。
「まあいい、絶対の自身があるなら止めやしない。私はおまえの全てを見たわけではないからな」
「分かればいい」
「それで今日から行動を開始するとして、どんなふうに行動するつもりだ?」
こだわる点ではなかったので話を先に進める。
「街を練り歩く事で敵をおびきよせる、こちらから敵の本拠地に攻め込む、それから練り歩く敵に立ち向かう。ざっと3つ考えられるんだが、どれにする?」
「無論、後ろ2つに決まっておろう」
だと思った。慎重に事を進めるランサーと違ってライダーは攻めていく方だ。
生前の在り方がそうさせてるのかもしれない。
「じゃあ誰を狙う?」
「とりあえず優先すべきはセイバー、アサシン、アーチャーだな。とりわけまだ姿すら現さぬアーチャーの所在はいち早く知る必要があろうて」
それはまた随分と具体的だな。だがその共通点は何だろうか?
「そんなの決まっているだろう。真名がはっきりせん奴らだ」
「真名? それではランサーの真名は看破できたのか?」
「おう、名にしおうかの英雄があのような若造なのは興味深いな」
「若造って……時を越えて生前で最も優れた肉体を持って現れるんだから、別に若造で現れても不思議じゃないだろ」
ランサーの真名、か。
デュランダルを持ち、聖堂騎士としてシャルルマーニュに仕えた、カールと名乗る青年としか私も分かっていない。
名の消されてしまった英雄なのか、それとも私が何らかの勘違いをしているのか。
ライダーには悪いが、所持している剣はデュランダルのみだったから、きっとローランと思っているんだろうな。
「とにかく、あやつら3人と余を合わせて4人。残った3人の真名を判明させるのをとりあえずの目標としたい」
「判明させるって……撃破はしないつもりか?」
「それは相手の出方次第にしとこう」
ライダーは鳥の腿肉を取り上げると、テレビのコマーシャルのごとく食欲をそそるように口に運んでいく。
私はあらかた食を終えたからサラダを突っついているだけだ。
「何を考えている。真名を看破したからとて次に倒せるとは限らないんだぞ」
「倒す必要はあるまい。いや、むしろ倒してはならない」
は? 一体この男は何を言い出すんだ?
「余の予想が正しいなら、どうやら此度はとても面白い事になっているだろうからな」
「言っている意味がよく分からん。もっと具体的に言え」
「余とてまだ憶測の段階にいるに過ぎん。何、全員の真名が判明すれば自ずと余の狙いも分かろうて」
真名が判明すれば? 全員の真名を知ったところでどうするつもりなのか、私にはさっぱり分からない。
多分聖杯戦争に絡んでこない事は何となく想像つく。『ライダー』ではなく『イスカンダル』としてそれを望んでいるんだろう。
まあ、私自身聖杯戦争にそこまで焦ってはいないし、ライダーに付き合ってみるのも一興か。
「ではその3人を優先するとして、だ。トーコはアーチャーの居場所に心当たりなんかないのか?」
アーチャーの居場所か。
弓騎士でありながら遠距離狙撃も行わず、ただ1人静観を決め込むサーヴァントの居場所ね……。
「居場所も何も、アーチャーはアインツベルンのサーヴァントじゃないのか?」
「ちょっと待て。その根拠はどっから来ておる?」
「は? 消去法に決まってるだろう。ライダーは遠坂、ランサー、バーサーカー、キャスター、セイバーの4人は外部の者。
ならアサシンがマキリでアーチャーがアインツベルンだと考えるのが一番じゃないか」
となればアサシンのマスターはあれが偽名でない可能性が高い事になるんだが、アサシンの言い方だと偽名らしいんだが……。
その辺は後で調べるしかないだろう。
だが私の主張に何か誤りでもあったのか、ライダーは露骨にため息をもらしてくれた。
再度整理しなおしてみるが、やはり誤りなどなさそうだ。
「なんか間違いでもあったか?」
「いや、トーコの持っている情報からだと、そのように判断するのは当然だと思うぞ。だが実際は違う」
実際は違うだと? この組み合わせ以外に何か別のものでもあるのか?
「知っての通り時臣の奴は地の利があるから、あらかじめ参加する者達の経歴を調べていたようでなぁ。
戦争においては斥候も役に立つから一応聞いておいたんだが、どうやら今回アインツベルンは婿養子を向かえたらしい」
「婿養子? アインツベルンが? 有り得ない、あそこは一切外部と交流を持たないからこそ千年間同じ悲願を抱き続けたんだ。
この聖杯戦争だって苦渋の決断だったと聞くぞ」
私は思わずかぶりを切ってしまった。
アインツベルンの在り方に関しては協会でも有名だからな。養子に迎え入れれば間違いなく話題に上るはずだ。
いや、待てよ。もし私が時計塔に入る前にそれが行われていたとしたら?
それほど昔からこの戦争にそなえていたら?
だとしたら私が知る由もないし、知りたいとも思わない。
「すまない、続けてくれ」
「えっと、確かそいつの名前がエミヤキリツグとかいったか。確か魔術師専門に特化した、フリーランスの暗殺者と評してたな」
衛宮、切嗣。荒耶からそんな名前の魔術師の話を聞いた事がある。
要は、アインツベルンはいかにもな人物を雇ったわけか。そして、
「つまりアインツベルンのサーヴァントはセイバーなのか」
あの遠距離からのマスター狙いの奇襲狙撃。そんな事をする魔術師など指を折る程度で数えられるはずだ。
もちろんこの戦争にそいつらが複数集う可能性は限りなくゼロ。ならそう考えるのが妥当だろう。
勝てるのか? 再び戦って。
私なんかとは違って戦闘に特化した魔術師だ。あれほどの遠距離では切り札も意味がない。
ライダーとセイバーが互角だとしても、私が今度また足を引っ張りかねない。
どうにかしてあいつを引きずり出す必要があるな。それは今後考えよう。
「アーチャーがアインツベルンのサーヴァントじゃない方が重要だろう。あいにく時臣の奴もマスターを6人までしか突き止められなかった。
最後の1人が不明のままだ。何か心当たりはないのか?」
「心当たりか、ないな。私はここに来るために忙しくてろくに情報を集められなかったからな。何の役にもたたない」
だからこそ小細工不要で真正面からうってでたんだし。
正直、アーチャーは単独行動に優れていると聞く。
だからサーヴァントを遠ざけた上で隠れ、最後まで姿を現さない可能性すらある。
そうなれば私はもうお手上げするしかない。ルーンでの探索で発見できるとも思えないし。
「戦うのなら地道な調査しかあるまい。外部から来たマスターなら必ずや痕跡を残すはずだ」
「一流の魔術師が痕跡を残すとは思えんがなぁ」
「魔術的痕跡じゃなくて、生活の痕跡だ。どんな引きこもりだろうと、食事と排泄は不可欠なはずだ。そこから糸を手繰り寄せる」
なんだかとてつもなく地味な作業が待ってる未来にあらかさまに嫌な顔をするライダー。
もちろん実際にそれができれば苦労はしない。
それこそ短時間で行うには一流の探偵にすらなれるほどの能力が必要だろう。
いちいちこの街にはいない観光客にまぎれているマスターを探して、滞在先を探して、やっと攻略だ。その頃には聖杯戦争なんて終わってる。
あー、そういった探す事に特化した弟子がほしい。そうすれば手間が半分どころか3割には減るはずだ。
「言っておくが、そんなの私は嫌だぞ。そんなものはそれこそ他のマスターに任せておけばいい。まずは見えている敵を優先したい」
「むう、致し方あるまい」
手間と戦闘衝動の天秤では手間の方を重視したらしい。よかった、もし調査しようなんて言われたらどうしようか迷ってたほどだ。
さて、だとすると残るはセイバーとアサシンだが、出会った方から戦えばいいだろう。
セイバーは当然の事ながら、アサシンもライダーに恨みを抱いているようだからな。
見れば既にライダーの前にある皿はほとんどが空になっていた。
せいぜいあるのはワイン程度だ。朝からかとも思うが、まさかサーヴァントが酔う事なんてあるまい。
と、なればそろそろ朝食はお開きか、と思ったところである事に気づく。
「ライダー、キャスターたちはどうした? この時間になれば朝食を取りにくるはずだが……」
「キャスター? 昨晩コテンパンにやられたらしいな。ボロボロになって帰ってきおったぞ」
む、昨晩か。それなら私は対応のしようがない。
キャスターが負傷したなら、取る手段は篭城して傷を癒す事だけだろう。当分ちょっかいは出してこないはずだ。
ん? 待てよ? バーサーカーが消えてキャスターが負傷中、ランサーがこっちを襲う事は多分ないだろうから……。
「もしかして、あっさりと目的を達成できる……?」
一瞬ばら色の未来が見えてしまった。残った障害が誰一人いないじゃないか。
「さて、これで朝食は終了。出かけるぞライダー」
まあいい、これで話は終わりだ。残った課題は夜に回すとしよう。
「出かける? 何だというのだ、せっかくの散歩日和に」
「ただ闇雲に出歩くより目的を持った方が手際よく行動できるだろうが」
まあ、多分散歩に近いものになってしまうだろうが、かまわないだろう。
/
「さて、どんな様子だ?」
「どんな様子だ言われてもなぁ、かつて訪れた神殿と同じ趣がある事は認めるが、それだけで特に変った様子はない」
時刻は午後一時を回った所。目の前には河の向こう側、町の郊外にそびえる霊山、その中腹に位置する柳洞寺だ。
見えるのは長く続く石段、そしてその周りに生い茂るのは何メートルにも伸びる木々。
寺の門ははるか遠くにある。これでは昇るだけでも数十分はかかりそうだ。
「何でまたこんな所に。まさか散歩がてらに観光案内か?」
「それもあるが、特に変った様子がないのを確かめたかった」
それでも私は石段を上り始める。いくらなんでも表面だけ見てはいそれでオシマイですと主張するつもりはない。
白は白、黒は黒ではっきりさせておかねば。
「ランサーと話したことなんだが、この土地には複数の霊脈があるらしいんでね。遠坂邸と教会の他に1,2あると考えてる。
その内の1つがここ、柳洞寺らしい」
遠坂の歴史は蒼崎と比べてもほとんど変わりなく、つまり浅い。
ならば最高の神秘性がある所に神殿のようなものが構成されてしかるべき、だろう。一介の魔術師の出る余地などない。
それが日本の場合、寺なだけだ。
「だから何者かがここで何かをたくらんでいれば、異常を察知できると思ったんだが……杞憂だったか?」
ため息を思わずもらす。
ライダーの話では、キャスター達はホテルをどうやら出入り口代わりに使っているらしい。
借りている部屋にゲートを作成し、空間転移で別の場所へと移動しているんだろう。おそらくは神殿を形成した箇所に。
キャスターほどの魔術師がフリーの霊脈を見過ごして神殿を形成するとは思えなかったからこうして足を運んだんだが……。
「……やはり外れか」
「どうやらそのようだなぁ。自然の結界のようなものが形成されているようだが、それは年月の経った神殿にはよくある事。別段変わった所もあるまい」
年月そのものが神秘を帯びる事は分かっているが、ここの空気は魔術要素を感じさせない、清々しいものだった。
境内に入ってもそれは同じで、特に変わった箇所もない。
「仕方がない。お参りでもして次行くか」
「お参り? トーコは仏教徒なのか?」
「まさか。この国では政教分離が早々と進んでくれたおかげで無神論者ばかりだ。せいぜいげんかつぎの延長だろう」
ふぅん、などと全く興味なさげな返事を返してくれるライダー。
なんだか物凄く令呪を使いたい気分。
私は五円を賽銭箱に放り、手を合わせて願いを思い浮かべ……何を願う?
この聖杯戦争に勝つ事か? それはあくまで過程に過ぎないだろう。
聖杯を手に入れること? それは手段に過ぎない。
なら、私は何をすべきか。
決まっている、私は「」に至ってみせる。
私の技術、人形師として肉体の原型を目指して。
だがそれこそ聖杯など必要ない。例え誰もがその方法では至れないと認めても、私は認めない。
私は私自身のために、必ずや至ってみせよう。
聖杯などなくても、自分自身の力によって。
「……まいったな。神さんに頼むような事が存在しない」
それこそ運命の領域でしか見えてこないような事ぐらいか。
だとしたら……。
私はちらっとライダーをのぞく。
彼は腕を組んで山門から冬木の街を眺めていた。先程振り返って見てみたが、絶景とも言っていいだろう。
街をそれこそ一望できる様子は、どんな高層ビルでも及びもつかない美しさがある。
彼は見下ろす街を見て何を思うだろうか。
……決めた。神さんへの願いはたった1つだけだ。
ライダーには実に悪いがな。
願わくば、我がサーヴァントのランサーに勝利と栄光を。
「さて、行こうか」
聖杯戦争が始まる前より冬木の街にある神秘の場所におわす神よ、そのご利益はどれほどかな?
「平和だな」
「平和だな」
口を開いて出た言葉がそれだととてつもなくため息をもらしたくなってくるが、その言葉が事実だった。
午後五時、また川を渡ってやってきたのは一般的な住宅街。前後左右見渡しても住宅地だった。
もちろん住宅地だけあって人通りはあまり見られないけれど、生活感にあふれている。思わず表情が緩んできそうなほどに。
「念のために確認しておくが、異常は?」
「そうだなぁ、余が知覚できる領域では存在せんな」
そうか、なら別にここにも用はないか。
魔術を使って霊脈の様子を大雑把に調べる事二時間ちょい、ようやくこの場所に辿り着いたわけだ。
柳洞寺や遠坂邸、それに教会と比べても明らかに劣っているが、それでもこの場所は霊脈だった。
ランサーの分析は正しかったようで、計4つの霊脈がこの地にある事になる。
霊地としては一級品とでも言うべきか、冬木の地は。
「何の異常も感じられないのは異常がないからか、それとも普通の魔術師では発見できないように巧妙になっているか、だが……」
「それほどの魔術師が現代にいるとは思えんのだがなぁ。できるとしたらキャスターの奴ぐらいだろうて」
「だな」
できる魔術師は本当に数少ないが、その内の1人を私もよく知っている。
だがアーチャーのマスターがそんな事のできるほどの大魔術師だったなら、聖杯戦争に参加する時点で時計塔でも話題になっているはずだ。
それがなかったのは、それができる魔術師がマスターではないのだろう。
「とりあえず繁華街に出て夕食をとろう。探索はこれで仕舞いだ」
「飯か。一体何にするつもりだ?」
「展示品を見て行き当たりばったりに決める」
当然財布事情を考慮に入れつつ、な。
私は再度住宅街を眺める。
道行く人は本当に平和な日常を送っている。
買い物袋をいくつも持ったぽっちゃりとした初老の女性。
部活帰りなのか、首を回しながら肩も回す竹刀袋と防具袋を背負う高校生。
サッカーボールを片手に元気に走る赤毛の少年。
キャスターが彼らに危害を加えなければいいんだが……。
そう思いつつ、私たちはその場をあとにした。
/
「そう言えばトーコ、午前中はホテルで何かしらをしとったらしいが、何をしとったんだ?」
「安全対策を」
午後七時、居酒屋(名前は忘れた)。私たちは注文を次々にとっては箸をつけていた。
ライダーは大学のコンパでやる一気飲みとは比べ物にならないほど自然に、ジョッキに注がれたビールをぐびぐびと飲み干していた。
「安全対策ー?」
「まあな。一応一級建築士の免許を持ってるんでね、万一に備えただけだ」
そう、あくまで万一に備えただけの話だ。
私の想定している事が起こらなければいいんだが、私だけでなくキャスターまでもがあのホテルを根城にしている以上、
この手段に打って出られる可能性だって十分にある。
用心に越した事はあるまい。
「それにしても本当に気持ちのいい飲みっぷりだな。少しはこっちの懐事情も考慮してくれよ」
「金の事ばかり気にしていては人生楽しめんぞ。おい、おかわりを持ってきてくれ」
気にしていないからこそ金に困っているんだろうが。と言いたいが、わざわざ自分の事を話す必要もあるまい。
これは趣味というべきか、私は突然の出物を衝動買いして生活苦に陥る事が多々ある。
研究費を補うために生活費を搾り取るならまだしも、こんな事を世間にいえるはずがない。
いくら仕事を終えてゼロがいくつもつく金があるとは言え、すぐに使い果たしておけらは勘弁だ。
「王様だったら金回りがいいはずだろ。金が入ってくる固有スキルでもないのか? あ、悪いがこの前菜おかわりで」
「残念だが、余は貢がれるより奪う富の方が多くてな。そんなスキルはない。うむ、大儀であった」
だろうな。もしそうだったら即行で競馬場に行っている。
と、言うより王様であっても金回りがよかった人物は数少ないからなぁ。もしあってもその後に財政破綻をするケースもあるし。
「しかしなんだが、今日一日中練り歩いてもだーれにも会わなかったな。
他の連中もせっかくこの世の大地を再び踏み締めたのなら、戦いばかりではなくもっと謳歌すれば良いものを」
「そうは言ってもなあ、普通は夜に備えて工房に閉じこもるもんじゃないのか?」
「それでは実につまらないじゃないか」
まあ言っている事は十分に分かっているつもりだが、頭の固い魔術師連中や聖杯に悲願を求める英雄にそれを求めるのは無理だろ。
むしろ私たちが異常なだけだ。
「ねえねえ、今日わたしとっても凄い2人と出会ったのよ」
「あ、それだったら俺も会ってるかも。美男美女の取り合わせだろ?」
「え? 俺会ってない。どんな奴らだったんだ?」
隣の席では学生と思われる若い男女がにぎやかに会話を行っている。
こんなふうにセイバーとそのマスターが談笑している姿があまり想像できない。
多分遠坂時臣の手に下ったランサーも……。
「女の人は膝上まであるロングブーツにものすごく高そうなコート、それから柔らかそうな帽子をかぶってたな。
その全部が白に統一されてて、まるでRPGにでてくるお姫様みたいなんだよ」
「王子様の方は濃紺と黒に統一されてたダークスーツで、背は低いけれどその美貌と気品が全てを補ってるのよ」
「王子様って……そんなメルヘンチックなもんじゃないだろ。どーせホストとホステスだろ」
「じゃあライダー、一応聞いておくがこんなふうにおまえと遠坂時臣は世間話を交わしたのか?」
「いんや。あいつの頭はいけ好かない神官どもと同じ構造をしておるわ。神官どもの説教はくどくてかなわん。それと同じだ」
ライダーは眉をひそめてぼやく。
それはまあそうだな。魔術師とライダーの意見がかみ合う事は天地がひっくり返っても有り得まい。
「違うわよ。あれは絶対にどこかの貴族の末裔よ。いえ、もしかして王族かもしれないわ」
「あー、確かにアイドルなんか足元にも及ばないようなオーラがあったよな。ハリウッドの大物スターよりもあるかも」
「王族? オーラ? そんなもん持ってる奴がいるのか?」
「まあ、いいか。そろそろ勘定済ませて出よう。ここからは夜の時間だ」
「そうだな。さしあたってはセイバーらへんと言ったところか」
私はお冷を、ライダーはビールをあおって席を立つ。
お勘定を見てため息をもらしつつ、レジへと足を運ぼうとして、
「ええ、きっと外国の方ね。とっても綺麗だったんだから」
その言葉で、足を止めた。
「そうだなー。男は金髪で瞳はエメラルドだし、女の人は銀髪で瞳はピンクサファイアだったしな。さながらお姫様とその執事って所か。
特に女の人は言っちまえば冬の聖女って所か。あー、声かけときゃよかったな……」
「違うわよ。王子様と王女様に決まってるじゃない。ああ、麗しの王子様。騎士のようなたたずまいには胸が高鳴りますぅ」
「なあ。俺、帰っていいか?」
「美男美女の外人、か」
「こりゃいきなり当たりをひいたかな」
私とライダーは同時に顔を見合わせた。
そしてこれもまた同時に笑みを浮かべるのだった。
午後九時、広大な海浜公園。
この時間にもなればカップルのデートコースにも入っていてしかるべきだが、どうやら冬ではそうでもないらしい。
人通りも途絶え、まるでこの土地の主が私たちのようだ。
海からの北風は途絶える事無く吹き渡り、私の髪や葉のない木々を揺らす。
日本よりははるかに暑いだろう地域からやってきたライダーは、その程度の寒さなど全く感じないのか、威風堂々としている。
最も緯度から考えれば英国の方が寒いはずだ。雪もないしまあ普通の涼しさといった所だが。
もはや私達に会話は必要あるまい。会話が必要な時はとうに過ぎた。
これから必要なのは……、
「ごきげんよう、アインツベルンの聖女殿」
戦いだけだ。
目の前にいるのは先程の青年達が話していた通りの姿をした2人組。
男装こそしているものの、その内の1人は初日にランサーと死闘を繰り広げたサーヴァント、セイバー。
もう1人の方は、なるほど。冬の聖女とはよく言ったものだ。初対面ではあるが、アインツベルンのマスターで間違いあるまい。
となれば、衛宮切嗣はアインツベルンと結託していると見て間違いないだろう。
もしかしたらセイバーと同時にアーチャーを従えていたって何ら不思議ではない。
そうなるととってもまずい事になるんだが、その辺はライダーに期待するしかない。
「どんな心境の変化だ? 今まで戦闘はセイバーと衛宮切嗣に任せきりで、姿すら見せなかったじゃないか」
「貴女には関係ない話でしょう。違う?」
「く、確かにそうだな」
私は苦笑しつつ、手に持っていた煙草を捨てて、踏みにじる。
私たちが駆け引きをする段階はとうに過ぎている。そんなものは昼間にでもやればいい。
この場面にマスターの出る幕は無し。しからば主役は2人の英霊のみ。
その1人たる巨漢の御者は厳かに言い放った。
「我が名は征服王イスカンダル。此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスを得て現界した」
どうやらセイバーとそのマスターは呆気にとられているようだ。
まあ、普通は真名は名乗らないものだから、当然ともいうべきか。
あいにく私は気にならないが、遠坂時臣はそれこそ青ざめた事だろう。
「貴様、何を――」
「何をとはなんじゃい。戦いあうのならば名乗りあうのが騎士の礼だと聞いておったからその通りにしたまでの話。
それともこれを戦争と捉えるのかは知らぬがな。そうしたかったからそうしたまでだ」
不敵な笑みを浮かべつつ、ライダーは手を高々と掲げた。
魔力の奔流が荒々しくライダーとその周辺を包み、重厚な胴鎧のいでたちとなり、駿馬がライダーのそばに出現する。
「……そうか。では私は――」
「駄目よ。真名を教えては。あなたも分かっているでしょう?」
「そ、それはそうですが……」
セイバーもまた魔力を竜巻のように巻き起こし、白銀と紺碧の甲冑に身を包んだ。
そして多分名乗り出ようとして、マスターに止められている。
騎士であるなら名乗り出るのが普通とでもいうべきか。名乗ったのなら名乗り返さねばならない。
それは例え戦争の場だとしても覆す事はできない、言わば信念なのだろう。
多分ライダーはそれを狙ってやったんじゃないだろうが、これはいい方向に転んだものだ。
「アイリスフィール、いかに貴女と切嗣に従っているこの身であっても、どうしても屈する事のできない志もあるのです。申し訳ありませんが……」
「セイバー……」
固唾を飲み込んだアイリスフィールと呼ばれる女性は一歩後ろに下がる。
彼女の目つきは自分の役割を心得た者が持つ鋭いものだった。
セイバーもまた決意を固め、不可視の剣を地面に突き立てた。凛とした面持ちは潔く、そして厳しい。
「私の名はアルトリア。此度の聖杯戦争でセイバーとして召喚された、ブリタニアを束ねる騎士たちの王だ」
そして、そのまま言い放つ。
「アルトリア……ブリタニアの王……まさか、アーサー・ペンドラゴン……!?」
私はただ唖然とするしかなかった。
ライダーとの会話で冗談交じりに会話した内容がそのまま現実になったのだ。驚かない方がおかしい。
かの有名な騎士王が、このような少女だったっていうのか?
一方、その真名を聞いたライダーは……歓喜に打ち震えている?
今にも「いぃやっほー」とでも叫びそうな勢いだ。多分しないだろうけど。
「アーサー・ペンドラゴンか。名にしおう騎士王、なるほどなるほど……それは僥倖だ。実に僥倖! 聖杯とやらも粋な事をしてくれたものだ!」
その代わりにライダーは豪快に笑い出す。セイバーたちはおろか、私ですらその真意に謀りかねる。
粋な事ってなんだ? ライダーにとってアーサー王が相手で僥倖? 真名を知りたがっていたのはなぜ?
何がしたいのか私には良く分からない。さっぱりだ。
ライダーは颯爽と馬に乗り、鞘から剣を抜き放った。
両手でも扱いが困難だろう大剣を片手で軽がると抜刀する様は、とても雄々しかった。
セイバーも不可視の剣で脇構えを取る。おそらく小柄な体格を生かして飛び込む事で、敵の懐に入ろうとしているためにあの構えなのだろう。
その緊張が張り詰めた空気は息苦しい。
「では行くぞ騎士王!」
「来るがいい征服王!」
ライダーが馬を駆る。セイバーが疾走する。
2人の王の戦争が始まった。
同時刻、この時の私が知る由もなかった出来事。
「月が美しい。どの地におっても天空の模様だけは不変じゃ。この戦争に決着がつく頃には満月になっていよう」
「どうも俺は毎日戦っているような気がするのだが……狙われるような事は何一つやっていないつもりだが?」
相対するは麗しき暗殺者と清々しき槍騎士。
もう1つの戦いもこの時に始まっていた。
続くんじゃないか?
第四次聖杯戦争の時代では空の境界の数年前が舞台。
なので蒼崎橙子はまだ荒耶に話したように、仙人を目指しているわけではない、という設定にしました。
協会から去ってまで研究を続けようとしていた彼女が、どうしてこの境地に至ったのか。
それは判断材料が少ないので、ある程度は想像に任せるしかないのですが……うーん。
そう言えばZero3巻は発売延期になったようで。個人的に一番興味があるのは雁夜&バーサーカー組だったりします。
一体どんな最後をむかえるのか、はらはらしています。
セイバーの聖剣抜刀はいつになることやら。楽しみにしています。
それでは次の舞台で。
2007年6月24日