幻橙英雄
第12話・騎士王A
/4日目・interlude
夕方、とある場所。
森林に囲まれたその場所はとても静かだ。
文明の力である車の音など一切せず、ただ風が葉のない木々の間をすり抜ける音がするばかりだ。
いや、むしろこの場は文明に域にすらなかった。
その場所はあまりに生命の気配が希薄。
森林なのだから野生動物や鳥たちが多くいてもおかしくないはずだが、そこにはなぜかあまりそのような気配を感じる事ができない。
その原因は分かる人には分かっているのだが。
とある場所にあるのは正に城の表現が正しい建造物だ。
そこだけを見ているとまるで欧州のいずれかの地域を思わせるが、その場所は確かに日本だった。
ただ、その城に住むのは普通の者達ではないのだが。
1人の女性が足音を立てずに廊下を進んでゆく。
裾はその行為によって静かにゆれ、頭の高低差はほとんど変わらない。
背筋は曲げなどとは全く無縁なほどに礼儀正しく立っているし、その表情からは聡明さがうかがえる。
季節な事もあり、既に日は落ちている。
廊下は明かりがともってはいるが、人工のものではなく淡いろうそくなどのものだった。
そんな彼女は1つの扉の前に立ち、静かにノックする。
「アイリスフィール様。夕食のお時間です」
まずはドア越しに述べる事で中にいるかどうかを判断する。
無断で入ってしまっては実も蓋もない。
本来ならこの時間帯、中の人物はいるはずなのだが……、
「すぐに参ります。それと手伝ってくれない?」
「かしこまりました。失礼致します」
どうやら中にはいるようだった。
聖杯戦争が始まって以来、アイリスフィールと呼ばれた女性の生活は狂いが生じている。
今のところ不測の事態は起こっていないが、まだバーサーカー組しか脱落していない以上楽観視は出来ない。
静かに扉を開け、女性は中に入る。
中にいる人物に背中を見せないよう、片手で扉を閉めてその人物の横に立つ。
「こんばんは、アイリスフィール様。ご用件は何でしょうか?」
「そこにある本を書斎に戻しておいて頂戴。ついでに続きも持ってきてもらえるとうれしいわ」
「かしこまりました。何冊ほどお持ちいたしましょうか?」
「そうね……2冊でいいわ」
返事をしつつ頭を下げ、女性は本を手に取る。
冬木の聖杯戦争の基盤を作った3家のうちの1つ、アインツベルン。
アイリスフィール・フォン・アインツベルンは今代この家系から派遣された者だった。
目的は当然聖杯戦争を勝ち残り、聖杯を成就する事にある。
今代、過去3回の失敗を元に万全の準備を整え、この地にやってきた。
そして今、その準備をもって整えられた者たちが局面を進めている。
後は時が経過すればいずれは……。
過去の失敗から学んだ事、それはたとえどのような英雄を召喚したとしても、それを操るマスター次第で戦局が大きく影響されてしまう事だった。
アインツベルンがマスターとして選出しているのは遙かな昔の妄執として作り出される人工の存在、ホムンクルス。
ホムンクルスは失敗作とて他の魔術師より優れており、マスターとして選出される者は優秀な魔術師をしのぐ魔術を用いる。
問題なのはその経験値のなさ。魔術師としていかに優れていようと戦闘者としては他の者にひけをとってしまうのだ。
当然戦闘ホムンクルスを作れないわけではないが、そうすると魔術師としての性能が落ちる。
魔術師と戦闘者。それぞれ別個体で制作する事も考慮に入れられたが、アインツベルンに戦闘者制作のノウハウはあまりに少なかった。
魔術師とは本来探求する者。
戦闘を行う者など魔術師の中でも下の方の者が行う事だ。
それが通常の魔術師にとってもありてたいていな考え方だった。
それでも召喚する英雄さえ他のマスターより優れているならば勝ち残れるとふんだ過去3回ではあったが、いずれも失敗に終わっている。
故にアインツベルンの者は外部からその戦闘者を招く決断を下した。
外部の者の手を借りる。その屈辱を味わっても得られるものが大きければそれでいい。
そうやって選ばれた人物は戦いになれた『魔術師殺し』で名を馳せる、アインツベルンの者達とは全く異なる者であった。
そして、更に過去最高の英雄を従えさせれば間違いなく悲願達成となるだろう。
『魔術師殺し』は過去最高の英雄が所持していた品を元にその英雄の召喚に成功する。
アインツベルンの者たちは、これでようやく悲願かかなうと期待を胸にしていた。
問題は、その過去最高の英雄、セイバーとマスターである『魔術師殺し』との相性が最悪だった事。
『魔術師殺し』と呼ばれるのは、魔術師が考えつかないような手段を用いて事を成し遂げていくためだ。
現代兵器を使う事は元より、暗殺やテロにしか考えられない手段まで用いた。
一方、セイバーが過去最高の英雄と呼ばれるのは、何よりそのあり方が後に敵方すら魅了するようになったからだ。
不意打ちなどもってのほか。戦争はともかく戦闘は正々堂々と行うのがその英雄の在り方だ、とアイリスフィールは考えていた。
そんな2人が相知れるはずがなく、もはや戦いが始まる前に敗北していたかもしれない。
最低でも彼女はその判断を下していた。
そこでアイリスフィールは『魔術師殺し』に、自分がマスターの代理となるからセイバーとは別行動をしたらというものだった。
だが、
「敵にアサシンがいる以上、マスターがいつ殺されてもおかしくない。
それにサーヴァントが2人以上敵に回った乱戦状態になれば……命の保障はできない」
との主張で退けられてしまった。
いくらセイバーがアイリスフィールを守ろうとも、敵は歴戦の英雄達だ。
その英雄が手を組んでしまった時、さしもの最高の英雄とて無事にすむとは思えなかったからだ。
だからこそ『魔術師殺し』はアイリスフィールをその場所、アインツベルンの城においてきたのだ。
城を覆う森林はもはやアインツベルンのものにとっては庭同然。
英霊や魔術師はおろか一般人が入り込もうともその状況を把握できる。
加えて城を警護するのはアインツベルンの技術、戦闘用ホムンクルスだ。
彼女達がひきつけているその隙に逃げてしまえばもう追いつくことなど不可能だ。
一方で『魔術師殺し』本人はセイバーとは完全に別行動をとり、セイバーを囮に敵マスターを抹殺する手段を取る事にした。
セイバーの在り方からすれば間違いなく不本意だろうその戦法だったが……。
アイリスフィールは聖杯戦争前に交わした会話を思い出す。
「セイバー、かまわないのよ。もう一度私から彼に言っておくから」
アイリスフィールが見かけ上のマスターとして参戦する。
切嗣に主張を退けられても納得したわけではなかった。
もちろんこれは意地なんかではなく、勝算があっての事だ。
アイリスフィールがセイバーと共に赴き、華やかに戦場を駆け巡れば間違いなくそちらに注目がいく。
そうすれば敵マスターはそちらに注視し、『魔術師殺し』に背を向ける形となる。
それはセイバーが単独で行動するよりも効果的だろう。
敵サーヴァントが2人がかりで襲ってきた場合、例えば接近戦でセイバーと互角な者とマスター殺しのアサシン。
いかにアインツベルンが優秀な魔術師を送ってきたとて優秀な戦闘者ではない。無論、アサシン相手に白兵戦で勝てるわけがない。
だがそのための対策としてあるものを使えばいいのだ。
それこそセイバーを召喚する際に使用した聖剣と対を成す『鞘』であった。
これを用いれば即死こそどうなるかは分からないが、重傷であっても回復する事はできる。
つまり、危険は前線に立とうともよほど少ないはずだ。
が、
「いけません。マスターでない貴女にそこまでさせてしまっては騎士の名折れです」
『鞘』の事を知らないセイバーはそう言ってアイリスフィールを説得しようとし、
「『鞘』で不死身になっても、拷問を受ければ君は無限の苦痛を味わう事になる。僕はそんなめにあわせたくはないんだ」
『鞘』を知っている『魔術師殺し』もまたアイリスフィールが捕らえられてしまった場合の事を考えて反対した。
2人の意思は頑なだった。
剣士と魔術師の違いこそあれ、互いに戦争がどれほどまでに悲惨な結果をもたらすのかは心得ていた。
セイバーが見るのは最期の地。見渡す限りの絶望を繰り返させたくはない。
『魔術師殺し』が見るのは世界の非情さ。どんなに些細な幸福を願おうとも必ずや代価となる犠牲が必要になる事を。
そうして押される形でその場は収まるしかなかったが、そのままでいる気はアイリスフィールにはなかった。
なので再度セイバーに語りかけたわけだ。
「アイリスフィール。確かに私は騎士ですが、それ以前に一国を守らねばならない王でした。敵がどのような汚い手を用いるか分かりません。
ならば私は自己を殺し、一介の剣士としてマスターに仕えようと思います」
「セイバー。それでは貴女が……」
アイリスフィールは知っていた。
召喚してから一度たりともセイバーが己のマスターと言葉を交わした事はなかった。
切嗣の主張を聞くのはいつもアイリスフィールとの会話中や彼女を通してだけ。いくらセイバーが主張しようとも無視されるだけだった。
セイバー、アルトリア・ペンドラゴン。
これほどまでに正々堂々とした騎士である有名な正英雄が、自らを殺してしまうだなんて……。
アイリスフィールには耐えられなかった。
だがそんな彼女の気持ちを、セイバーは微笑みで返す。
「かまいません。元よりこの聖杯戦争に参加した以上、必ずや我がマスターと共に聖杯を手に入れてみせましょう。剣の誇りにかけて」
その微笑みはアイリスフィールを安心させるためのものだったのか、頼もしさと力強さに満ちていた。
だがそのような態度を見せられるほど、やはりアイリスフィールはセイバーの事で納得がいかなかった。
分かってはいる。『魔術師殺し』の言っている事も正しいと。
それでも、『魔術師殺し』とセイバーのみ戦っているのに自分だけが城に留まるなんて、できなかった。
かと言って自分が『魔術師殺し』やセイバーと共に参戦するには、城にいては危険な状態になるしかない。
その2人の目をかいくぐり、戦闘用ホムンクルスでは役不足だと2人に納得させるしか……。
結局聖杯戦争が始まっても説得材料を見出せないまま、アイリスフィールはアインツベルンの城に立てこもるしかなかった。
気が気でない時間を潰しながら、アイリスフィールはその事をなおも悩む。
戦闘用ホムンクルスでもある侍女にも聞いてみたが、有効な意見は得られなかった。
「いけませんアイリスフィール様。わたくしの拙い知識で申し訳ございませんが、この国のことわざで『餅は餅屋』とあります。
彼らならば必ずや成し遂げて下さるはずです」
今もまた聞いてみたが、逆に叱咤されてしまった。
アイリスフィールを按じてこその言葉だとは納得しているが、やはりその言葉自体は納得できないでいた。
「切嗣……」
アイリスフィールは『魔術師殺し』、衛宮切嗣を按じてぎゅっと胸を握った。
夕食もつつがなく終わり、アイリスフィールはため息交じりで自室に戻った。
食事をしている間もその事ばかりを考えていたせいで思ったほど食は進まなかったが些細な問題だった。
何とかして切嗣を説得すればセイバーも納得してくれるはずだ。
なので色々と方法は考えるが――、
「!?」
異変に気づいて結局答えは出なかった。
否、その答えが来たのかもしれなかった。
「どうかなさいましたか?」
「敵が進入してきたわ。貴女は他の者達にこの事を伝えて、準備させるようになさい」
「かしこまりました」
アイリスフィールの様子に気づいた侍女が近寄ってきたが、手で制して矢継ぎ早に命令を下す。
侍女はそのまま丁寧に会釈をするが、次には裾を両手で持ち上げて廊下を走り始めた。
と同時にアイリスフィールは自室へと向かう。
用意したのは水晶球と機械仕掛けのスイッチ。
水晶球はアインツベルンの領内、または冬木市内にいる使い魔が受信する映像を映す、遠見を可能とするものだ。
一方のスイッチは万一セイバーと切嗣が外出中にアインツベルンに攻め込まれた際に彼らに敵襲を知らせる装置のようだ。
まずは敵がどんな目的でやってきたのかを知るためにスイッチは押さないでおき、侵入者の映像を映し出す。
見えてきたのは……少年と女性の組み合わせ。
アイリスフィールには彼らに見覚えがなかった。
彼女が使い魔を通じて自分で確認したサーヴァントは切嗣とセイバーが目撃した以外の戦いであった。
つまりランサー対バーサーカー戦と同時に行われていたキャスター対ライダーの戦いはアイリスフィールが使い魔で観察し、情報を教えた。
なので少年のクラスも真名も知っていた。
「アインツベルンとやらの魔術師よ! 余の名は魔術王ソロモンである! この度の聖杯戦争ではキャスターのクラスで現界した!」
そして、強敵が来たのを実感してしまった。
ソロモンが過去どんな事を成し遂げ、そしてどんな魔術を用いるのか。あまりにも有名だったからだ。
ライダーとの戦いで召喚してみせた72匹の悪魔。おそらく今のこちらの戦力で敵う相手ではない。
「英霊としての誇りとやらがあるのならば今すぐこの場に参上し、余に頭をたれるがよい。さすれば余も寛大だ。許してやらんでもない」
あまりの発言に一瞬呆気に取られるが、言葉の真意を確かめようとする。
「英霊としての誇り」と言ったからにはおそらくはサーヴァント同士の戦いを望んで来たに違いない。
何しろ未だにアーチャーが動いていない上にアインツベルンのサーヴァントであるセイバーは切嗣と別行動中だ。
つまり、ハタから見ればアインツベルンはアーチャーを従えて高みの見物をしているのだ。
その勘違いを直す気は全くないが、このまま攻めて来られては非常にまずい。
アイリスフィールはそれを悟ると、迷わずにスイッチを押したのだった。
「千里眼は見破られてるわね……」
キャスターは明らかに水晶球を覗くアイリスフィールを意識して視線を向けている。
とは言ったものの、キャスターたちがいる位置はギリギリのアインツベルンの領域内で、いたるところに存在するトラップよりは外だ。
とするなら黙っているしかない。
「アイリスフィール!」
数十分後、セイバーはアイリスフィールの元へとやってきた。
何の事はない。彼女は冬木の市内から単純に走ってきたのだ。
「セイバー、切嗣は?」
「おそらくは全速でここに向かっているはずです。スタートの位置はほとんど同じでしたからじきのはずです」
一方の切嗣の移動手段は改造済みのオフロードバイク。
公道を走る分にはスポーツカーより劣るかもしれないが、アインツベルンの領地内を走るには最適だとチョイスしたものだ。
さすがの英雄とて改造バイクに敵う速度は持ってはいないが、ショートカットできる分彼女の方が早かったらしい。
「それで敵戦力はどれほどなのですか?」
「……見てくれた方が早いわ」
セイバーは身を乗り出し、水晶球に投影された映像を目の当たりにする。
そこにあったのは、キャスターが従えし悪魔の軍であった。
「見ての通りキャスターことソロモンと配下の72体の悪魔達よ。これだけ悪魔達がそろうと正直トラップは役に立たないわ」
「……」
白兵戦最強のセイバーならば、敵が軍であろうと勝利を収めてみせる。
だがそれは普通の軍だったらの話で、強力な軍なら話は別だ。
数多ある戦争でも兵の数が多い方が勝利を収める事が多いのだ。
しかも、目の前にあるのは名のある悪魔ばかりだ。
ライダー率いるマケドニア軍にはさすがに後れは取ったが、セイバーが戦ったら……。
「どう、セイバー。悪魔達を切り伏せてキャスターを倒せそう?」
「分かりません。雑兵ならばまだしも、名のある悪魔を相手に『風王結界』は有効でないと思われます。私一人なら何とかなりそうですが……」
「悪魔が何匹か突破してくればこっちの負け、と言う事ね」
いかに魔術師殺しの切嗣と言えども神代の悪魔を相手に勝てるかと聞かれると、正直不安を隠しきれない。
かと言ってマスターを狙わない愚策をキャスターが犯すとは思えない。
なら切嗣を狙われる前にキャスターかマスターを切り伏せるか、悪魔の軍を全滅させるかだが……。
「アイリ、城の状況は?」
と、足音を立ててやってきたのはセイバーのマスターである衛宮切嗣であった。
城の、の部分に引っ掛かりを覚えるがアイリスフィールは報告をする事にした。
「侍女達には戦闘、および逃亡の準備はさせてあるわ。あとはどっちにするかを決めるだけね」
「そうか……」
その切嗣の表情は芳しくない。
深刻に悩んでいるのはアイリスフィールやセイバーの目から見ても明らかだった。
それは固く冷たい。それが戦局の事を考えている表情なのはアイリスフィールも知っていた。
が、まだ水晶球を見ておらず、状況すら知らないはずなのになぜそんな表情をする?
「こっちに帰りがけにキャスターたちを見てきた」
「「えっ!?」」
「正直数日前とは比べ物にならないほど魔力が増してる。この分だと神殿を作って魔力を摂取したに違いないね」
キャスターを見てくる、そんな危険な行動に出た事に二人は驚くが、切嗣は淡々と説明する。
キャスターの能力に変化があった事、72体の悪魔もそれに準じて強力になっている事、そしてマスターがいない事を。
「マスターがいない?」
「切嗣、相手はキャスターですよ! そのような軽率な行為に出てもらってはさすがに……!」
アイリスフィールは水晶球と切嗣を交互に見比べる。
セイバーは危険な行為に出た切嗣をとがめようと声を発するが彼は相変わらず無視する。
アイリスフィールはやはり納得がいかず、水晶球に映る敵マスターを指差す。
「ここにいるじゃない。貴方の調べてくれた通り、東方正教側の聖堂教会のマスター、アナスタシア・カリストラトフよ」
「ああ。多分これは一流の魔術師にも見分けられないだろうね。だけど、聖杯戦争のマスターとして与えられた特権を利用すれば分かるんだ」
「マスターの特権……?」
と考え、アイリスフィールにも切嗣のいった事の見当がついた。
サーヴァントの霊格を見抜き、評価する透視力。
つまり、
「木の葉を隠すなら森にとはよく言うけれど、キャスターは72もの悪魔を召喚してマスターもどきの存在を隠蔽したんだ」
「それってつまり、このキャスターのマスターは替え玉って事なの?」
切嗣はうなづいて肯定を示した。
「おそらく72柱の1人なんだろうけど……」
「でしたらおそらくは72柱第56位のゴモリーでしょう。彼女だけが悪魔の中で女性体ですから」
切嗣に代わってセイバーが発言をする。
彼女の配下にはキリスト教を崇拝する騎士が大勢いたので、当然ソロモンについても一般以上の知識がある。
ふと、アイリスフィールは今の言葉に疑問を持つ。
「あれ? でもアスタロトは女性体ではなかったかしら。だって彼女のルーツは確か……」
「確かに第29位のアスタロトはメソポタミアの女神イシュタルを起源としていますが、禁欲的なキリスト教にとっては悪魔も同然でした。
堕天させられた時に男性体に変えられたはずですが……」
「でもライダーに対して出した時には女性体だったわよ。ほら、こいつよ」
「……確かにそうですね。両性具有体の可能性は?」
「イシュタルと男神を組み合わせてアスタロトができたはずだから、その可能性も否定できないけれど……」
「アイリ、アスタロトの話はいい。今は敵に集中しないと」
はっ、としてセイバーとアイリスフィールは議論をやめる。
両方とも議論が盛り上がってしまった事を反省しているようだった。
「とにかく、マスターを偽造してきたと言う事はキャスターは単独でここに来た事になる」
「つまりマスターを狙う事はできず、キャスターを倒さない限り勝てないと?」
「そういう事になるね」
それはつまり、今までの戦法が使えない事になる。
逆に軍としてやってきたキャスターがセイバーを悪魔で足止めしている間に切嗣を倒してしまう事だって考えられるのだ。
アイリスフィールはそれを考えて身震いする。
切嗣の戦法はセイバーを囮に、敵マスターの暗殺または狙撃である。
バカ正直に英霊同士で戦わせて勝敗を競うより、マスターである魔術師を抹殺した方がはるかに効率がいいからだ。
魔術師は己の能力や神秘を過大評価しがちで、現代技術に疎い。
それをついて敵を攻略するのだ。
が、今の状況ではそのマスター殺しはできない。
過去の英雄ともなればせいぜいできるのはセイバーに有利になるよう動く事ぐらいなのだが、今回は少し違った。
「幸いにも今回のキャスターは魔力こそ桁外れだけど、他の能力は普通の魔術師以下だから僕の魔術礼装が効果抜群だ。
セイバーに足止めさせている間にこれで倒す」
切嗣の見立てでは今回のキャスターは確かに大魔術師ではある。が、他の能力はとるに足らないとしている。
ステータスもそれが顕著に現れていて、魔力こそ桁外れだが他はのきなみ低い。おそらくは現代の魔術師とさほど変わりない。
ならばセイバーが72体の悪魔を引き受けているうちにマスターと同じように狙撃を行い、キャスターを戦闘不能にする事も可能なはずだ。
衛宮切嗣の“起源”を最大限に利用した、この魔術礼装を用いれば。
「切嗣。わざわざこの地にまで足を向けたのならば、敵の狙いは私とマスターではないかもしれません。そうなれば悪魔がこちらに来ないとも限らない。
ここは私の宝具を用いて一気に悪魔達を全滅させましょう」
だがセイバーは切嗣が事を成し遂げる前にキャスターの方が事を成し遂げてしまう事を考え、より安全な道を提案する。
当然宝具を用いればキャスターに真名を悟られてしまうが、そのキャスターは切嗣の言ったとおり魔術以外何もできない。
あれほどの悪魔を瞬時に再召喚する事は間違いなく不可能な以上、対魔力のあるセイバーの敵ではないはずだ。
死人に口なし。真名が知られようともセイバーはキャスターを倒す自身があった。
切嗣も実はその事を考慮には入れていた。
何しろ遠坂邸はランサーとの戦いで結界が万全な状態ではない。攻略はたやすいはずだ。
むしろマスターが戦闘不能の新ライダー組は絶好の狙いどころのはずだ。事実、実は今晩切嗣はライダー達を狙う気でいた。
間桐にしてもアサシンを従えてはいるが、軍を前にして小細工が通用するとは思えない。
ならなぜ一番攻略が難しいと思われるアインツベルンの攻略にかかったのだろうか?
他のマスターの元にはなく、アインツベルンにのみ存在するもの。
となれば自然と答えは『聖杯』に行き着く。
セイバーの実力は分かっているものの、軍全てを1人で阻めるかと問われれば疑問視をせざるをえない。
となればセイバーや侍女たちが悪魔を阻んでいる間にキャスターを確実に始末する必要があるが……。
真名をばらして安全策を取るか、慎重に事を進めて若干危険な道を取るか。
道は2つ。どちらをとるかは切嗣の決定次第だった。
「それとセイバー、貴女に確認してほしい事があるんだけれど、いいかしら」
「? かまいません」
唐突なまでのアイリスフィールの言葉に首を傾けたのはセイバーだけではなかった。
とりあえずセイバーはアイリスフィールが指差す方へと視線を向ける。
それは水晶球に投影された映像。一見すると何もないただの森の一部に過ぎない。
切嗣は隣でそれを眺めるが、彼にもそうとしか見えない。
アイリスフィールにもやはりそうとしか見る事が出来ないが、感じ取る事はできた。
「キャスターから3,400メートルって距離かしら。何も見えないけど何かが彼らを尾行しているの。誰だか分かる?」
「……ランサーです。霊体化してピッタリとキャスターに尾行しています」
きっぱりと、セイバーは断言した。
第三のサーヴァントの存在、これがまた判断を悩ませる要因になってしまった。
ランサーが遠坂時臣の手に落ちた事はアイリスフィールが確認済みで、既に切嗣らにも伝わっている。
ならば彼の方針から考えて、ランサーはキャスターとアインツベルンのサーヴァントをじっくりと観察するつもりだろう。
セイバーが宝具を使えば何もしていないランサーが一番有利になるに違いなかった。それは避けたい。
だがセイバーが悪魔にかまい、切嗣がキャスターに集中している間にランサーが乗り込んでくれば対応のしようがない。
「背に腹は変えられません。キャスターを宝具で切り伏せた後にランサーを倒せばいい。ランサーにおくれはとりません。ご決断を」
「切嗣、ここは撤退するのも1つの手よ。あんな強力なキャスターを誰も放っておく事はないわ」
確かに撤退もありだろう。
セイバーにしんがりを任せてキャスターを足止め、逃亡してランサーをかわす。
悪魔の中には探知能力に優れたものもいるだろうが、ランサーの探知能力はそれほどでもないはずだからそれも可能だが、それを選ぶ事はない。
アインツベルン城という絶好のアドバンテージを放棄し、かつ次に同じ事があれば話にならない。
やはりここはキャスターとの決着をつけるべきだ。
そうなれば決断は早かった。
「……宝具を使おう。うまくいけばキャスターを数分でしとめられるし、この地でランサーを倒す事もできるかもしれない。
アイリは万一のためにいつでも準備を整えていてくれ」
「分かったわ」
「了解しました。この剣に誓って必ずやキャスターをしとめます」
アイリスフィールは決意を込めて頷き、セイバーも同意を示す。
自分に語られた言葉ではないと分かっていても、自分の案が採用された事をセイバーは内心で喜んだ。
セイバーはキャスターの前に立つ。
切嗣はその間に城の中を移動し、絶好の狙撃ポイントに位置する。
一方のアイリスフィールはランサーと悪魔の動向を切嗣に逐一知らせていた。
そうして、至高の光は解き放たれた。
さすがの切嗣もこれには魅入られてしまう。
「すごい……」とのアイリスフィールの率直な感想を受け止めながら。
「……今の宝具で悪魔の70体が消滅。残ったのは別行動をとってた悪魔とマスターに化けてる悪魔だけよ」
セイバーはキャスター、魔術王ソロモンに対して騎士王アルトリアと名乗る。
もはやエクスカリバーと言うアーサーの代名詞を見せた以上名乗るリスクはないに等しいが、戦争には無駄な行為には違いない。
それでも名乗ったのは敵が王だと名乗ったからだろう。アイリスフィールはそう納得する。
一秒足らずでセイバーはキャスターに斬りつけるが、それを阻んだのはマスターに化けた悪魔ゴモリーだった。
だがセイバーは剣の英雄、例え神代の悪魔が相手とてひけをとるわけがない。
一瞬遅れて別行動をとっていた熊に乗る悪魔もセイバーに襲い掛かり、1対3の戦いが始まる。
切嗣は無言で狙撃の機会をうかがっていた。
「……切嗣、どうかセイバーを受け入れてあげて」
「――突然何を」
そんな中でアイリスフィールは切嗣に語りかける。
狙撃銃のスコープから目をそらさず、意識をほんの少しだけアイリスフィールに傾きかけながら返事を返す。
無論、アイリスフィールとて戦場での会話は無謀だと分かっていたが、今語らないとまた元に戻ってしまうだろうから。
「あれだけの光を持つ騎士の王、そんな彼女が貴方の方針に文句を言うわけでもなく従っているのよ。騎士だったなら正々堂々と勝負したいでしょうに。
そう、王としての威厳も騎士としての誇りも押し殺して彼女は貴方に従っている。信用しろとまでは言わないわ。
でも、これだけセイバーは尽くしているのだから貴方もセイバーに少しでもいいから心を開いてあげて」
アイリスフィールは聖杯戦争前に、信用を受けていないというセイバーの告白を聞いていた。
それなら信用されるように、と彼女は行動していると言うのに。
切嗣も分かってはいた。
ユーブスタクハイトから騎士王の鞘を渡された時、絶対に自分とは相性が合わないと考えていた。
歴史の面から考えるとアーサーないしアルトリウスが騎士然としていた事は嘲笑ものだが、アーサーに関しては歴史的見解より物語の印象が強い。
人の考えが深く繁栄される英霊ならばなおさら、召喚されるアーサーは騎士であるはずだった。
だが召喚されたセイバー、騎士王は、
「分かりました。一般人に危害を加えないと言うのなら私は騎士でありながら戦場を駆ける剣士でいましょう」
と、言ったのだった。
さすがにその後、
「ですが約束して欲しい。聖杯戦争に関わっていない者に危害を加える事や人質にとるような事はしない、と」
と言ったので返事はしなかったのだが。
それでもセイバーが言った事はマスターへの不意打ちや英霊への侮辱には妥協するとの意味だ。
絵に描いたような騎士を想像していたアイリスフィールにとってはセイバーの主張は意外以外の何物でもなかった。
だが、本当はセイバーも真正面から戦おうと望んでいる事も分かっていた。
だからこそ切嗣にはセイバーに少しでも心を開いて欲しかった。
切嗣がセイバーに言葉をかけない理由もおおよそで見当がついている。
聖杯戦争で求められる衛宮切嗣は冷酷無比な暗殺者だ。人としても魔術師としても外れた、目的を達成するためなら1を犠牲にして9を救う。
セイバーも本に書いたような騎士としてではなく王として同じ道を歩んできたのかもしれない。
これほどまでに幼い少女にそのような運命を進ませなければならなかった、いつまでも変わろうとしない世界に何を思ったのだろうか。
2人の在り方はかけ離れてもいて、同じでもあった。
だからこそ相容れないと考える切嗣と、だからこそ心を開いて欲しいと願うアイリスフィールがそこにはいた。
セイバーなら切嗣が持つ理想、そして考え方を分かってくれるはずだし、切嗣もまた聖剣の輝きを見て、何かしらの衝撃を受けたはずだ。
この2人が分かりあえばきっと聖杯戦争に勝利し、互いの理想を実現させられるはずだ。
アイリスフィールはそう願わずにはいられなかった。
「お願いよ切嗣、彼女の在り方は貴方が一番分かっているはずよ」
「アイリ、僕は――」
だが次の言葉が聞ける事はなかった。
その時アイリスフィールは別の何かに気づいたからだ。
「……どうした、アイリ?」
「――どうやら新手のお出ましみたい」
身体の魔術回路に反応が起こる。それによってアイリスフィールは胸の辺りを押さえた。
一瞬は崩れかけた魔術師としての切嗣の表情はまた元の『魔術師殺し』に戻ってしまった。
(……これで次の機会はなさそうね)
そしてセイバーと切嗣が分かり合える日が果てしなく遠のいた事も実感してしまった。
いかに切嗣といえども聖剣を見た後ならば何かしらの感銘を受けると思っての発言だったが、次の機会では聖剣は手段に成り下がってしまう。
つまり、もはや次の機会はないに等しい。
とは言え新たな敵が現れた以上、これをしつこく主張するほどアイリスフィールは一般人ではなかった。
彼女もまた魔術師としての顔を取り戻す。
だがその表情は渋かった。
「……凄い速さよ。この調子だと数分でこの城まで来ちゃうわ」
「数分で――」
思わず息を飲む切嗣。
戦局は確かに始終セイバーがキャスターを圧倒する形となっている。もはやキャスターの陥落は時間の問題だ。
だが敵としてはまだランサーが控えている。いかにセイバーであろうとランサーを数分で切り伏せられるとは考えにくい。
つまり、新手には自分達で挑まねばならない事になるが……。
「で、その新手は隠れていたキャスターのマスターか?」
「……多分違うわ」
想像したくもない可能性ではなく、あってほしい限りなく低い可能性を口にだす切嗣。
それをアイリスフィールも分かっていたので苦笑いで返すしかなかった。
そうして水晶球で映し出された姿は、2人に現実を教えるのには十分だった。
「こいつは――」
「このタイミングで来るなんて最悪ね」
「いや、このタイミングだからこそだろうね」
切嗣はそう言い放つと、狙撃銃の他に用意した短機関銃も懐から出しておく。
準備された中には狙撃銃にもそなえられていた切嗣の礼装でもある単発魔弾もあった。
「アイリ、今のうちに城を脱出するんだ。その間僕とセイバーが時間稼ぎをする」
「えっ?」
その切嗣の指示にはアイリスフィールも動揺を隠しきれなかった。
キャスター、ランサー、新手。それら全員を敵に回した場合、その結果がどうなるのかは分かりきっていたからだ。
「新手が来る前にキャスターを始末できればランサーは今までどおり傍観に徹するはずだ。なら実質一対一が二回続くだけだ。
もしランサーがセイバーと戦ったとしても、彼もまた魔力が他のサーヴァントより多いから、不意をついて倒せるはずだ。それに……」
切嗣は右手の甲を眺める。
そこに刻まれているのはセイバーの令呪だった。それが十字模様で浮かんでいる。
「万が一僕らがやられそうになったら令呪を使ってセイバーを君の元へと送る。君とセイバーなら勝算も高いはずだ。その時は――」
「駄目よ切嗣!」
アイリスフィールは切嗣を悲痛な叫びと共に抱きつく……のではなく、むしろ強い口調で切嗣の台詞を中断させた。
この場で必要なのは弱さを受け止めるのではなく、強さを奮い立たせる事だと思ったから。
「そんな事は思っていても言わないで。絶対に生き残らないといけないわ。私達のためにも、セイバーのためにも、イリヤのためにもね」
「イリヤ――」
その名前に切嗣の頭によぎったのは、決戦の地に連れて行かずに置いてきた自分達の娘だった。
自分が所持する武器よりも軽い、幼くも運命を背負わせてしまった銀の少女を。
その柔らかさを、温かさを忘れないために、切嗣は硬く、冷たい兵器を握り締めた。
「舞弥を待機させているから、彼女と共に脱出をしてくれ。音はさせない方がいいから脚を使っての逃亡になるだろう。
こいつのマスターが同時に攻め込んできたとしても、君と彼女なら倒せるはずだ」
舞弥、切嗣の弟子である女性。
その名前を聞くたびにアイリスフィールはある一種の不安にさい悩まれるが、今はそんな事に気を取られている場合ではない。
「分かったわ。必ず生きて帰ってきて」
「ああ、約束するよ」
魔術師の顔から何とか笑顔を見せようとする切嗣だったが、思うようにいかずにぎこちない。
アイリスフィールはそのまま走り去っていった。
そうして残ったのは切嗣と、代わりに駆け寄ってきた侍女だけだった。
「衛宮切嗣様、アイリスフィール様のご命令により、貴方様の護衛の任につかせていただきます。
なお、私の主人はアイリスフィール様ですので拒否は受け付けません」
「……」
アイリスフィールは彼女達を侍女と扱っているようだが、切嗣は彼女達の本来の用途である戦闘用ホムンクルスとして見ていた。
道具に対する言葉を持ち合わせてもいないので、切嗣は返事をしなかった。
侍女にとっても切嗣の反応はどうでもよく、己の武器を構えて敵にそなえる。
その間のセイバーとキャスターの戦いを眺めていたが、かろうじてキャスターはセイバーの猛攻を凌いでいた。
セイバーも切嗣が狙撃しやすいよう攻めすぎず後退しすぎず、絶妙な攻め方をしていた。
セイバーがこのままキャスターに突撃して倒すか、切嗣が狙撃して倒すかは正直五分五分と言ったところだったが。
だと言うのに悪魔達が切嗣の狙撃を邪魔していた。
思えばソロモンの召喚する悪魔の中には未来予知を出来た者もいたはずだ。ライダー戦で召喚したヴァサーゴもその1人だ。
切嗣の記憶ではゴモリーにそんな能力はなかったはずだから、あの『ライダー』の悪魔が未来を見通しているのだろう。
セイバーだからこそキャスターの魔術を受け付けないのであって、狙撃に失敗すれば切嗣の方がキャスターの大魔術の標的になりかねない。
その狙撃のタイミングが中々やって来ないのだ。
『いけない切嗣!』
その時、セイバーの声が切嗣に聞こえてくる。
それを念話だとは気づいたがやはり意にも介さない切嗣。
だが、次の言葉は聞かざるをえなかった。
『キャスターがまだ従えている悪魔は72柱第20位のプルソン、あらゆる時の事に関して精通し、中でも隠された物や財宝について教える者です!』
ライオンに似た頭部を持ち、熊に乗る悪魔プルソン。
彼の能力は他にも人の姿を自由に変える事ができ、それを用いてゴモリーをアナスタシアへと変化させていた。
だがもう一方の能力、隠された財宝について教えてくれるとはどういう事か?
そもそもゴモリーはともかく、プルソンまで別行動させていたのには何かしらの理由があるはずだ。
そう考えたセイバーはキャスターと戦っている間も思考をめぐらせていた。
そして辿り着いた結論は、
『おそらくキャスターの真の狙いはサーヴァントである私でも、マスターである切嗣でもありません』
真の狙いは別にある、と。
サーヴァント撃破など前口上に過ぎない。キャスターの真の狙いはアインツベルンに攻め込む事こそにあったと考えた。
マスターもサーヴァントもいないアインツベルンに攻め込んで何の利点があるだろうか?
わざわざ冬木から遠く離れたこの地を攻め落として新たな拠点にするのは非効率的だと考えれば、もう可能性は1つしかない。
「聖杯……!」
キャスターはアイリスフィールが隠し持つ『聖杯の器』を直接狙ってきた事になる。
ではキャスターはなぜ悪魔の軍をほぼ全滅させられておきながらなお引き下がらないのだろうか?
なぜプルソンを別行動させていたのか?
そんな事をするほどキャスターは愚かなのだろうか?
それも考えられるが、もう1つ最悪の可能性に行き着いてしまう。
だとしたら切嗣の下した決断は裏目に出てしまった事になる。
その結果――、
「衛宮切嗣様! 敵が進行方向を変えました!」
別の侍女の大声が廊下に響き、切嗣にも聞こえる。
その声を聞き終わらないうちに切嗣は行動を開始していた。
「衛宮切嗣様、私も――!」
切嗣のそばに待機していた侍女の声など全く耳に入ってこないまま切嗣は廊下を疾走し、最短距離で城を出る。
キャスターへの狙撃をふまえて彼がいたのは1,2階ではもちろんない。
よって、最短距離とは窓を破っての落下だった。
自重を軽減する事で着地の衝撃を抑え、すぐさま森へと疾走する。
オリンピックの短距離選手よりも速い速度で森の中を駆け抜けてゆく。
もちろん考える事はたった1つだった。
最悪の可能性。
それはキャスターと新手がグルだった場合。
プルソンが知った事をキャスターが知り、それが新手にも知られれば、新手は妨害無しに目的を達成できる。
すなわち、新手がアイリスフィールたちに襲い掛かるという事――!
「頼む、間に合ってくれ……!」
切嗣は己の魔術でもある固有時制御を惜しげもなく使い、更に加速した。
「――ッ!? 方向を変えてこっちに向かってくる……!」
まっすぐ城に向かっていた新手の進路が、次には真直線にこちらに進路を変えていた。
その事に驚愕するアイリスフィール。
偶然進行方向が同じだなんて都合のいい考えはできない。なら得られる答えなど1つだ。
「狙いは、私――?」
いや、正確にはアイリスフィールが所有する『聖杯の器』だろう。
彼女は瞬時にその答えを導き出した。
「マダム、お下がりを――!」
異常ともいえる新手の速度に反応した舞弥は太股からサバイバルナイフを取り出し、
それが結果的に彼女の命を救う事になった。
吹き抜ける烈風。
砕ける刃物。
叩きつけられる身体。
何の事はなかった。
新手が高速で接近しながら攻撃を繰り出しただけだった。
その結果、新手の攻撃は舞弥のナイフに直撃してかろうじて防げた。
舞弥の身体が吹っ飛び木に叩きつけられたのは、威力を殺すために自ら飛んだのもあるが、敵の攻撃の威力の方が大きい。
なので受身も半端なまま、地に膝を付いてしまった。
一方のアイリスフィールは魔力弾を一瞬で解き放つが、高速で移動する新手を捕らえる事はできずに空を切る。
そして、新手は立ち止まった。
距離にして10メートルほど。だが一足一刀の間とも言えるほど近い距離だった。
姿には見覚えがあった。アイリスフィールも使い魔で二度目撃している。
「■■■■■ーー!!」
森全体に轟く雄叫び。
それが新手から発せられる。
まるで戦開始の合図だなと他人事のように感じ取れる余裕など2人にはなかった。
だが2人の女性はまだ絶望しきったわけではなかった。
一分、いや、数十秒でももたせればきっと勝機が増すはずだ。
そう考えていたからだ。
「バーサーカー、始祖王ナルメル……!」
そう、狂戦士のサーヴァントを目の前にしても。
interlude out
多分続くんじゃないか?
と、言うわけでZeroとは少し異なったアインツベルンサイドの辻褄合わせ終了。
Zeroで一番違和感がわくのは、セイバーの事だと思います。
あまりに私的見解で申し訳ありませんが、どうしても『人の気持ちが分かる騎士』に思えてなりません。
だって、アイリスフィールとディルムッドとの接し方を考えるとそう考えられません?
九の村を救うために一の村を犠牲として軍備を整え、異民族を討つ。
騎士たちが犠牲無しでの勝利を望もうとも、それが例え絵空事であっても、黙殺してきた。
王には一切の感情はなく、王宮には一切の笑顔もない。
だからこそ1人の騎士は「アーサー王は、人の気持ちが分からない」と言って去っていったのではないか?
それは結末の地、カムランで最後までモードレッドに見せた態度でもあったし。
で、第五次では結末であるカムランを回避するために奮闘する事になる。
ランサーが仕切りなおしを提案してもそれを斬って捨てて、
衛宮邸に向かってくるアーチャーに不意打ちかけて、
士郎と同盟者凛の意見を無視して単身で柳洞寺に攻め入って。
あらゆるルート(もちろん黒化した桜ルートも含む)でセイバーはやはりセイバーなんだと思えるほどにまっすぐだと思う。
で、その間の話であるZeroではと言うと……やっぱり疑問がわく。
聖杯問答はよかったと思えるけれど、切嗣に対する考え方とかディルムッドへの態度とか、どうも『騎士』をしている気がしてならない。
騎士や1人の少女である前に『王』だったらこそ生前の過去が在り、第四次の後の第五次があるんだと思うと、どうしても自分は納得できません。
と、言うわけでこの話は第四次を舞台にしていますがZeroのセイバーではなく、生前と第五次のセイバーを元にして書いたつもりです。
なのでZeroと違うのは、
@アイリスフィールが代理マスターでない。セイバーと切嗣の相性がZeroよりは良く、アサシンが脱落していないため。
Aセイバーが騎士をあまりしていないので、アイリスフィールは切嗣にセイバーに心を少しでも開いて欲しいと思っている。
B戦闘用ホムンクルスは@の理由で冬木の地に滞在。
としました。
余談ですが、『STparusu DIGITAL HOME』様にある『常世の国アヴァロン』、アーチャーの固有結界の詠唱が実はセイバーの事も言っているのでは
ないかとしていますが、思わず納得してしまったり。
では今回はこの辺で。多分次回もこの話の更新かと。
2007年5月8日