幻橙英雄

第11話・魔術王A


   /4日目・interlude

「さて……後を頼むと言われた所でこの状態じゃあどうにもならんわな」
ライダーは椅子に座りながらぼやく。

 橙子が滞在するホテル。ライダーはとにかく目立たぬように背負い、橙子を彼女の部屋に運んだ。
当然の事ながら契約を結んで一日も経っていないので橙子の滞在先など分からなかったが、そこは彼女の荷物から判断する。
橙子が運んできた以前の橙子の死体、遠坂時臣戦で無事だった最後のトランク、気絶した橙子。
この三つを人目に見つからずいっぺんに運ぶのはさすがに苦労した。
結論から言えば橙子は普通に寝てしまったとして背負い、トランクはそのまま右手に、死体は丸くしてから布をかぶせて左腕に抱えて運んだのだった。

ライダー自身はさすがに遠坂時臣がマスターだった時に手に入れていた普段着に着替えていた。
そして彼が大男だったのも幸いして、大量の荷物もさほど怪しまれなかった。
まあ、それは聖杯戦争からすれば些細なことかもしれないが、世間話からなら十分に怪しい姿ではあったが。

時刻は午後6時を回った所。
彼女をベッドに寝かせ、ライダーは腰を落ち着ける。
そして窓から冬木の町を見下ろして今晩の事を考えていた。

まずとりうる行動は三つ。
橙子には護衛をつけて単独行動に出る、気絶中の橙子を連れ回す、橙子が意識を取り戻すまで待機。

 単独行動に出るなら、まず考慮しなければならないのは蒼崎橙子が今いる現状。
篭城戦するなどもってのほかと考えていた橙子は滞在する部屋を簡易工房にすらしておらず、魔術師然しているのはわずかにトランクのみであった。
これではもし攻められた時にする行動は窓を突き破って逃亡するか、自らで応戦するかしかない。

『王の街道』ロード・オブ・バビロンは召喚する軍を自らが 率いる事が絶対条件。
戦争の際には最前線で剣を振るうのが当たり前なライダーにとってはその制約も当たり前の事だった。
が、単独行動でマスターを守護できない欠点が浮き彫りなのは否定できない。
それにランサーを懐柔して橙子を守らせようとも、彼自身はともかく時臣は間違いなく令呪で橙子抹殺を取るだろう。
よって単独行動は却下。

 橙子をつれまわしての行動の場合、正面きって戦いを挑む者ならまだいい。
その場合は橙子を軍に守らせて敵と戦えばいいのだから。
問題はランサー対セイバー戦で見せた、敵マスターからの狙撃。これには全く対処できない事だ。
今も窓からの狙撃がないとも限らないので、橙子と窓の間には彼女のトランクが立ててあり彼女の姿は見えない。それにその部分にカーテンもひいている。
それにアサシンが健在な以上、そのような無茶な事をすれば間違いなく橙子は危険に晒されるだろう。

 篭城を決め込む場合、敵は無防備なこちらを攻めてくる形になる。
魔術師なら魔術師が漏らす魔力を判別できもするし、サーヴァントはサーヴァントを知覚できる。
いくら人の多いホテルだといえ、外道な手段にうってでる者がいないとも限らない。
敵と遭遇すれば間違いなく連れ回す時と危険度は同じ、と言うより逃亡する分拠点を失うデメリットの方が多い。
既に参加しているマスターなら橙子の滞在先ぐらい見つけだしているだろうし、使い魔で監視もしているだろう。
そう考えるとこれもまた危険なのには変わりないのだが……、

「何事にも適度な休養は必要だろうて」
と言う至極真っ当な意見で馳せる気持ちを落ち着かせる事に。
いくら世界を駆け巡った征服王の軍勢とて休息の時はあるのだから。

そうと決まれば暇を潰すしかない。
イリアスの本は先程橙子を待っていた時に読み干してしまったので改めて読み直すのは気が退ける。
かと言って橙子を運ぶ際に物色した橙子の私物には読み応えのありそうな本はなかったし、他の私物を荒らす気はあったがそれをするほどでもない。
となればやる事は1つだった。

と言うわけでライダーはリモコンを手に取り、テレビをつける事にした。
聖杯から家電製品の使い方やその有能性を得ているものの、アナログどころか文明のブの字にも無縁な遠坂時臣の邸宅に当然テレビなど置いてるはずも ないわけで、今までその恩恵に全く与れなかったのだった。
蒼崎橙子がどのような考えを文明に持っているのかはさっぱりだが、意識がない以上文句も言えない。

ライダーが真っ先に興味を抱いたのは当然現在の世界情勢。
外出していた時もこの街を謳歌していただけでなく逐一情報を集めていた。
とは言え主な情報源は本や新聞、それに家電店でのテレビ程度だったので、こうしてテレビを使う事には笑みがこぼれる。
地方のローカルニュースを見て聖杯戦争のわずかな手がかりを探す手段は考えはしたが実行する気は全くなかったりする。

ビジネスマンが主流のこのホテル、外資系も存在するので外国の衛星番組も流れている。
それで流れるニュースをリモコン片手に眺めるライダー。
これで部屋に煎餅が備わっていたら、歴史家が卒倒する光景が見られたかもしれないのは余談にしておきたい。

そうしてアメリカの大統領の演説を眺めている時、

「む?」

ライダーはその存在に気づいた。

サーヴァントの知覚は当然レーダーのように二次元ではなく三次元のものだ。
だと言うのに、それはホテルの中に突如出現したのだ。
下の方とは言え入り口ではなく、ホテルの一室に文字通り突然現れた。

空間転移、その言葉がライダーの頭をよぎる。
それほどの大魔術が使えるものなど英霊を入れた所で指を折る程度。マスターとなる魔術師の可能性は限りなく低い。
となれば現れた者の正体など一瞬で看破できる。

すなわち魔術師の英霊、キャスター。

ライダーはテレビを消して一瞬で武装する。
剣を抜き、いつでも橙子をつれて脱出、または敵サーヴァントを一刀両断すべく身構える。
そしてキャスターがどのような動きを見せるか、気配を頼りにうかがう事にした。


「む?」
同時刻、ホテルの一室。
とある場所から空間転移をしてきたキャスターは上の階にサーヴァントが存在する事に気づく。

「ランサーめ、帰っていたか……」
彼は独り言のようにつぶやき、すぐに彼の存在を思考の中から外す。

アナスタシア同様にマスターがこのホテルに滞在している事はおととい知ったばかりだ。
それでも彼女達は積極的に攻めていくタイプのようだったのでキャスターの方から攻める事はやめておいた。
蒼崎燈と名乗ってはいたが十中八九偽名だろう。だが従えてるサーヴァントがランサーだとしたのは憶測に過ぎなかった。

そのキャスター、初日のランサー対セイバー、ライダー対バーサーカーこそ傍観していたものの、それ以後のランサーの動向は不確かにしか知らない。
何せ次の日は同時刻にライダーと戦闘を行い、昨日は今朝までセイバーの戦いを観察していたから。
よってランサーが撃退された事は分かっても、ライダーと入れ替わった事までは知らなかった。

「どうかしましたか?」
アナスタシアは首をかしげてキャスターの方に問いかけた。
甘いが透き通った声は教会で聞けば慈母のように聞こえてならないだろう。キャスターも音楽を楽しむように聞き入っている。
そのキャスターは顔を上げる。

「何、ランサーめが既に帰還しているようなのでな。あの下郎どもは臆病者ゆえ仕掛けては来ぬだろうが、一応用心せよ」
「分かりました」
もはやキャスターは上にいるランサー、実際にはライダーだが、には興味はなく、意識は未来への想定に割いていた。
そしてそれを思うと顔が否応無しに歪む。

「アナスタシア、食事を取ったら即座に出かけるぞ。『門』はその間封鎖しておくが構わんだろう?」
「ええ、むしろ私もそれを頼もうとしていましたから」
アナスタシアは自らのサーヴァントへ向けて微笑む。どこにも邪気など感じさせないほど明るいものだった。
キャスターはそれを見て満足げに笑みを浮かべ、短い詠唱を行う。
そして手を床に描いてあった魔方陣に向けて向け、一言放つ。
途端、魔方陣の色が薄まってゆき、ただの模様のように見えてしまう。

キャスターが『門』と呼んだのは空間転移を可能とする魔方陣のうちの1つ。
陣をあらかじめ2ヶ所に設置しておく事で空間転移で最も重要な座標の確認を行わなくて済み、転移先の異物にも即座に反応する利点がある。
ライダーが感じ取った突如の出現はキャスターとアナスタシアが魔方陣を用いて空間転移したものだった。
とは言え、その魔方陣を解析されると転移元まで確認されるのが欠点で、キャスターはそれをさせないよう門を封鎖して隠してしまったのだった。
これで魔方陣を使った転移は使えなくなる。

キャスターにとってはライダーとの戦いは誤算だった。
真正面から白兵戦に優れた他の英雄と戦っても魔術師である以上キャスターにとっては勝ち目は薄いからだ。
生前ならともかく今はサーヴァントと言う枠に捉えられマスターと言う枷が付いている。
『小鍵』による72体の悪魔の召喚には膨大な魔力を用いるので、正直神霊クラスにまで発揮させるには神殿形成が不可欠だった。
その下見の段階でライダーと遭遇してしまったのだった。

いかに悪魔と言えども不完全な状態で世界を蹂躙したマケドニア軍を倒せるはずもなく、敗れ去った。
その時の退却が思わぬ幸運を呼んだのだがそれはまた別の話。

そうして落ち着いたキャスターはようやく神殿を形成し、アナスタシアが滞在するホテルと神殿との間に門を作ったのだった。
キャスター自身でも突破は難しいよう工夫を凝らしているため、安全に神殿に入るには魔方陣を使う。
この手段をマスターであるアナスタシアでさえ取らねばならない。

よってキャスターは神殿を万全なものだと考えていた。

「ゆくぞアナスタシア」
「はい、そうですね」
キャスターは絶対の自信を込めて、アナスタシアは無邪気に微笑んで、それぞれ部屋を後にする。
もはや彼女らにとって上の階にいるランサーなど関係なかった。

そう、この一手でもはや聖杯戦争は勝利したも同然なのだから。


「……戦うつもりはなし、か」
ライダーは剣を消失させるとどかっと椅子の上に座った。
そしてテーブルの上においてあったホテルの案内を何気なく取り、眺めてみる。

「ふむ、なるほど。あやつらは食事をとるつもりか」
キャスターのおおむねの位置を把握しつつその位置がどこなのかを調べるためだった。
位置としてはホテルの二階、つまり夕食に使われるレストランだった。

ライダー自身は時臣より5人のマスターの所在地は教えられた。
遠坂、間桐、アインツベルンの3家と大段不敵にホテルに本拠を構えた橙子とアナスタシア。
なので自分以外にホテルにサーヴァントがいてもおかしくない事は分かっていたのだが……。

「歯がゆいなぁ。敵の位置が割れているというのになーんも手出しができんっちゅうのは」
結局敵が何もしてこない以上自分から何をする事もできなかった。

結局ライダーはルームサービスで頼んだ食事を食って飲む事で暇を潰すのだった。
当然キャスターたちがそのまま徒歩でホテルを後にした事も分かっておきながら。

interlude out


   /

 遠坂邸、時刻は午後七時。ランサーは新たなマスターとなった遠坂時臣に実は感心していた。

「聖父と子と聖霊との御名において、アーメン」
夕食の前に、いわゆる食前の祈りをしたからだった。

魔術師と聖職者はあいしれない。これはランサーの時代にはとうにあった事実だった。
基本的にユダヤ教、キリスト教、イスラム教に代表される一神教の場合、奇跡や神秘はその絶対神だけのものだ。
許容されるとしても神の使いである天使や聖人のみである。
それ以外の神秘は一切認めようとはしていない。

だが事実、魔術師は神秘や奇跡を用いる。
これを宗教として許容できるはずがなく、執拗なまでの取り締まりは歴史と共にあったと言ってもいい。
特にキリスト教はその取締りに顕著で、魔女狩りとも言われる事まで行った。

現在は『神は死んだ』とまで言われるほど神秘は薄れているが、それでも教会と協会の中は決してよくない。
一応仮初めの平穏こそあれ、両方に関わる事はめったにない事だった。
まあ、その一端を担ったのがローマを磐石にしたフランクなのにランサーは苦笑せざるを得ないが。

で、時臣はその数少ない教会にも縁がある魔術師らしい。
その事にランサーは感心していたのだった。

「アーメン」
ランサーも時臣にならって十字をきる。
霊体のままで目の前には食事は一切ないのだが。

どうもこの辺サーヴァントを使い魔として割り切っているらしく、一日中食事は一切なく霊体のまま待機を命じられていた。
別に不満を漏らすわけもなく、ランサーはただ時臣に従ったのだった。
ただ、

「教会に行き、私の腕を回収して来い」
と言う命令にはいささか驚いたのだが。
橙子が教会で治療を受けた以上、時臣にもしかるべき処置を与えるのなら平等だとわりきって取りに行った。

そうして帰って時臣が腕をつなげたすぐ後に食事を取り、今に至る。

「魔術師なのに信仰に篤いのは興味深いんだが、理由を聞いていいか?」
「ん?」
ランサーは霊体のままで話しかける事にした。
答えてくれるとは思っていないが、それでも聞きたいものは聞きたかった。
時臣はふむ、とうなり、

「我が遠坂家は代々信仰に篤くてね、先祖を敬う意味でもこうしている」
「なるほど」
今はともかくかつては日本でも信仰の弾圧が行われていたはずだ。
にも関わらずその信仰心を魔術師でありながら忘れずにいたのにはランサーも感銘を受ける。

会話は一瞬で終了、再び場に静寂が戻る。
時臣は黙々と食事を口に運び、ランサーは傍らでただ待機する。
だがその間にランサーにはひとつの考えが浮かんでくる。

遠坂時臣は信仰に篤い。
と言う事はもしかして聖堂教会ともつながりがあるのではないか、と。

この聖杯戦争では魔術師同士の争いに外道手段が入らないよう聖堂教会の監視が入っている。
だがもしつながりがあるとするなら、いわゆる『審判とグル』につながる。
もしそうだとしても表立ってそれをアピールするわけには当然いかない。が、裏での情報のやりとりは他のマスターの比ではないほど有利には違いない。

……とは言えもしそうだとしても恩恵に与るのは時臣と彼の現在のサーヴァント、つまりランサー自身だ。
それにこの国のことわざに『百聞は一見にしかず』というのもあるし、そこまでのアドバンテージは無いと判断する。
よってランサーはそれを口にはしなかった。

結果、沈黙の晩餐が続くのだった。


 時臣の食事が終わったと同時にランサーは実体化する。
食器を適度に洗い終えた時臣の表情はほくそ笑んでいるとは言え、魔術師のそれであった。
ランサーは彼に無表情のまま告げる。

「ではそろそろ俺は出よう。それで俺の監視は共感知覚か? それとも普通に使い魔か? 大穴で文明の力とか?」
「冗談はさておき感覚を共有できるのに越した事はないが、いいのか?」
「かまわない。それで適切な指示を送れるのなら有利に働くだろうしな」
感覚を共有する事はすなわちサーヴァントが何を行っているのかを逐一把握できる利点がある事だった。
これならばマスターである時臣が遠坂邸に立てこもろうとも状況を把握でき、念話で指示も送れる。
難点はその共有を拒否できる点にもあるが、この2人にとってはそこは問題ではなかった。

「しかし、魔力放出を行ってしまうと術の効果がどうなるか……」
問題点は魔力放出によって術の効果が洗い流される可能性がある事だ。
ただでさえ対魔力が高いのに、魔力を外に発する行動に出ればそうなってもおかしくない。

「しばらくは情報収集だ。万一の時のために使い魔を一匹つけておこう」
「……了解した」
情報収集の部分に心のどこかで戸惑いがあったが、ランサーは概ね納得した。

「では」
処置も済み、時臣の使い魔をお供にランサーは飛び出した。
まず目指すは橙子が滞在するホテルだった。


と言うわけで高速で移動し、新都にあるホテルが見えてきた。
移動手段は朝のように交通手段を使わず、単純に身体能力を用いたものだ。
もちろん見られないよう霊体化した状態での移動ではあるが。

ランサーとしては橙子がどうするか気にかかっていたし、時臣としてもライダーがどう動くのかは考慮に入れておかねばならない。
ようは利害の一致ではあったが、こうして行き先は決定したわけだ。
わざわざこうするのはホテル周りに人が多く、使い魔が思った箇所に設置できないためだったりする。
に加えてライダーが阻んでいるのもあるが、何より夜には確実に打って出る彼女らの本拠地を重視していない事もあった。

ランサーはライダーから確認されないぐらいには遠く、だが部屋の様子が見れるぐらいには近い距離に立ち、窓を数えて橙子の部屋を見つける。
そして眼に意識を集中させて様子をうかがう事に。

「……あのホテル、7時には夕食になっていてもおかしくないんだが、部屋にはライダーが待機しているな」
『なるほど、では連日の負傷、魔術行使でついに心身ともに限界に来たか』
あのライダーが待機している、その事実から時臣は容易に橙子が部屋に滞在している事を推測する。
ライダーは椅子に座って本を読んでいる事から何かしらの準備を行う様子もない点から求められる答えは、

『では今晩はライダーと蒼崎橙子は休息するつもりか……』
「はっきり言っておくが、ライダーに気づかれぬよう槍の投擲でどちらかを仕留めるなど俺には不可能だぞ」
ランサーの冷静な分析に時臣は返事をしなかった。

当然ライダーのマスターであった時臣はライダーの宝具の事を知っている。
バビロニア軍だけでなく、もう2つの攻撃はライダーが何にも頼らずに白兵戦だけで敵を殲滅できるものだった。
ランサーにも名剣と名高いデュランダル以外に宝具はあれど、今ライダーと決戦を行うにはリスクが大きすぎた。
それに敵は人が多いホテルの中。生粋の魔術師である時臣はさすがにテロ紛いの手段に打って出る事にはためらいがあった。

だがライダーは逆に時臣がマスターとしてどのような戦法を使うかなどを知っている事になる。
よって決戦を先延ばしにする理由もあるが早めに行う理由もある、なんとも複雑な状況になっているわけだ。
暗殺できるに越した事はないが、ランサーがそれを不可能だと断言した以上あえてリスクを犯すのは避けたい。

『ではライダー達は保留にする。それでは続いてセイバー達だが……』
「トキオミ、その前にキャスターはいいのか?」
『む、そう言えばそうだったな。万一と言う事もあるだろう』
橙子は同じホテルに滞在しているのをいい事に、他のマスターより早くアナスタシアの滞在部屋を割り出していた。
よってランサーもアナスタシアとキャスターの滞在部屋を知ってはいたが、昨日は朝から彼女達を見ていない。
なのであまり期待できなかったが、眼を凝らしてみる。

「……カーテンが閉めきっている上に明かりがともっていない。やはりキャスター組はどこか別の箇所に神殿を形成したのでは?」
『いや、まだチェックアウトの形跡もない上に今朝の食事には顔を出していたようだぞ』
「今朝はそうでも今晩はどうだか」
とにかく部屋にいない以上は迂闊に近寄る事はできまい。
相手はキャスターで召喚され、悪魔すら従える魔術の王ソロモン。橙子とライダー以外全員傀儡になっている可能性すらある。

「キャスター、ソロモンか……」
ライダーはキャスターもまた権力を手中にしたものだと述べていたが、それがソロモンだったのは以外だった。

昼間、ランサーが時臣にじかに戦ったセイバーやバーサーカーについて話したと同時に時臣からキャスターについての詳細な情報も得ていた。
占星術について記した『大鍵』、72もの悪魔を従える『小鍵』、そしてエデンの園に生えていたとされる『生命の樹』まで使ったと言う。
この組み合わせは神々と悪魔との差が明確ではなかったソロモンの時代だからと思うと納得がいくのだが……、

「あの様子と口ぶりだと、キャスターは神殿を形成する場所を探していたようだな」
「神殿?」
「神代の魔術師にしか創れない工房を超えた空間の事だ。形成されては奴の72もの悪魔はそれぞれサーヴァントよりやや下ほどの存在になりかねない。
 何しろ元は皆神に直接仕えた天使だったのだからな。神霊クラスを複数相手に出来るか?」
思い出すのはそんな会話。
英雄は強力な幻想種を相手にしてこそとも言われる事があるが、神にそむいて勝利を収めた英雄がどれほどいるだろうか?

とは言え、冬木の霊脈は全てで4つ。
最大の霊脈である柳洞寺は聖杯戦争が始まるはるか前から存在しており、手付かずだがその分注目されている。
次の霊脈は土地の管理者たる遠坂の邸宅。3番目は聖杯戦争監視のために設置された教会。攻略など言語道断だ。
そして、4番目の霊地としてあるのは普通の住宅地。ライダー対キャスターがあった付近であった。
おとといの時点では他のマスターが柳洞寺や住宅地に陣を構えている様子はなかった。

『ソロモンほどのキャスターが霊脈に神殿など創ってはたまったもんではないのだが……昨日はおまえたちがやってきたのでね』
「……謝罪はしないぞ」
『だが神殿形成にそう時間がかかるとは思えない。ではなぜまだこのようなホテルに滞在する……』
それはそうだ。いくら72もの悪魔を召喚できるとは言え、ソロモン自身の魔術は対魔力を備えたサーヴァントには効きにくい。
なら打って出るより迎え撃つ戦法をとった方が生存する確率は高いと言うのに。

「打って出るつもりか、それとも攻めてきた敵を強制転移で神殿に引きずり込むか。どちらかと俺は考えるが」
『どちらにしても脅威には変わりない。衝突しても聖槍ならばソロモンだろうと一撃で仕留められる。ランサーよ、霊脈へ向かえ』
「了解し……」
かと言ってこれ以上の議論は無駄だろう。この程度の議論なら昼間にやればいい。
と思ったのでランサーも時臣の命令に同意を示そうとして、それに気づいた。

「トキオミ、ホテルの方向からサーヴァントの気配。ライダーとは違う者だ」
『む、それでは奴らは打って出るつもりか。どうするつもりだ……?』
「それより相手がキャスターでは戦闘状態ならいざ知らず、通常時では尾行に気づかれる。取る手段は限られているぞ」
おびき出して応戦か、気づかれたのを承知で尾行か、退却して使い魔に尾行させるか。
時臣はランサーから受け取る情報を元に遠坂邸の地下工房で熟考し、

『ランサー、おまえの気配を消す事は……』
「武士ならともかく騎士である俺は気配を消す事はできない。他のサーヴァントに気づかれないよう魔力を隠す事は可能だが、相手がキャスターではな」
『つまり無理、か。対処法が分かっている相手を野放しにしておき他のサーヴァントを片付けさせるか、早々に仕留めるかだが……』
つまり戦うか退くかの二択になった。

キャスターほどの魔術師が神殿を形成してしまえば例え英霊とて攻略は困難になる。
つまり他のサーヴァントがキャスター相手に敗北をする事も考えられる。
その点ランサーなら聖槍であっさりと倒せると時臣は踏んでいた。

だがキャスターだからこそ何をしでかすか分からない。何しろ神にまで背いたソロモンだ。
万が一冬木に被害が及べば土地の管理者たる時臣に責任が着かねない。
ならば早々に倒すべきなのだが……、

「セイバーとアサシンの宝具、それにアーチャーの姿まで確認できていない以上キャスターを今倒しても不利になるだけだと思う」
ランサーは時臣視点で意見を述べた。
ランサー視点なら即行でかたをつけるべく勝負を挑み、脱落させるのだが。

『……』
セイバー、おそらくその宝具はあんな風程度ではないはず。ならば『剣』の宝具がどれほどなのかは未知数だ。
アサシン、昨日の戦いでは橙子でなく時臣を狙ってきた。ならマスターは間桐の兄弟のどちらか。暗殺を考えるなら早めに対処した方がいいだろう。
アーチャー、未だに姿を見せないのはマスターともどもなのだが……、

「トキオミ」
『……やむをえん、ここは撤退だ。使い魔を用いるからおまえはその場を離れろ』
「……了解」
時臣が出した結論は聖杯戦争を有利に進める方だった。
ランサーはそれを聞くと、キャスターとは正反対の方向に駆け出した。

数百メートル離れた位置で気配を殺し、キャスターの出方をうかがう。
ランサーに気づいているのかいないのか、ホテルから出たキャスターと女性はホテル前にいたタクシーに乗り込み、それを走らせた。
それに首をかしげるランサー。

「タクシーに乗って移動?」
『……どうやら奴らはどこかに攻める気でいるようだな』
タクシーは目的地に行くためのもの。つまり敵をおびき出す気は全くないらしい。
ではどこに攻め込むのか、候補がありすぎてうまく絞れない。

「どこを攻めるにしろ、英霊同士の衝突はありそうだな」
ランサーの言葉を余所に、時臣は思考を走らせた。
当然、どこを攻め込むかだ。

間桐邸、おそらくはアサシンのマスターの根城。だがそれではマスターをつれてきた意味が良く分からない。
間桐邸に住む兄弟は時臣にとっては魔術師としては取るに足らない存在ではあったが、『妖怪』はそうではない。
なら教会出身のマスターをつれていくのは正論だが……。

遠坂邸、当然自分の所だ。
結界は応急修復したとは言え万全ではない。この隙を突いて攻め込む事は十分にありうる。
なによりこうしてランサーが出払っている以上、絶好の機会だろう。

アインツベルン邸、あの郊外の森林の城。
あそこを攻め込むのはおそらく最大の難関だろう。サーヴァントの他に幾人もの戦闘用ホムンクルスが守護している。
それに今回のアインツベルンのマスターは……。

『ランサー、キャスターを追跡しろ』
そうしてめぐらし、1つの結論に辿り着いた。
それを元に指示を与える事にした。

「かまわないが、気づかれるかもしれないぞ」
『気づかれてもかまわん。キャスターがどこに攻め込もうとこちらには有利だ。そして罠でもキャスターを始末するだけだ』
「……分かった」
ランサーは霊体化した状態でキャスターの追跡を開始する事にした。
当然キャスターには気づかれないよう、距離は十分にとって時臣と交信しつつ位置を探るものだったが。


   /

 タクシーに乗っている間、キャスターは不機嫌そのものだった。
やれ狭いなどやれ臭いなど、愚痴が絶えたことがなかった。
それを何とかなだめるアナスタシアの気苦労がうかがえる。
バックミラーで見ていた運転手は、我がままを言う子供をあやす女性に見えてならなかったりする。

キャスターの文句公演を聞く事小一時間。運転手はそんな事もあって暗示をかける必要もなく去っていった。
愚痴をきかずにせいせいした、との思いが強すぎたせいでなぜ郊外のなんもない所で下りたのか疑問すら感じなかった。
それを考えるとアナスタシアは余計にため息をもらしたくなってくる。

「全く、酷いですよキャスター。私の事も考えてくださいよ」
「アナスタシア、あのような鉄の車に余が乗っただけありがたく思え。あのような醜悪な空間に一秒でも多くいてたまるか」
タクシーから降りてもキャスターの文句は止まらない。
アナスタシアはそれに苦笑いを浮かべざるを得なかった。

「だから余はしもべを用いて来ると申したのだぞ。それを却下したのはアナスタシアではないか」
「悪魔が人抱えて上空を飛びまわってたら一発で明日のニュースですよ」
「ええい、余のしもべがそのような失態を犯すか!」
キャスターがホテルから出る時提案したのは悪魔を召喚し、飛んでここに来ようと言うものだった。
彼女はそんな事が当然許せるはずがなく、とりあえずまだ人が起きている行きだけでもタクシーにしようと説得したのだった。
まあ、その結果がこのザマなのだが。

「まあ良い。行くぞアナスタシア」
「あ、ちょっと……」
頭に血が上った状態でキャスターは一人、ずかずかと森林へと入っていった。
女性も小走りで彼の後を追う。

そう、アインツベルンの者たちの住む森林へと……。


 冬木の市街地から車で一時間足らずの距離。そこには鬱蒼と生い茂る森林地帯があった。
都市化の波もどこ吹く風やら、という土地に石造りの壮麗な古城があるという噂がたまに出る。
その噂こそアインツベルンのマスターの居城がある証拠ではあったが、幸いにもそれを知るのは魔術師のみだった。


「さて、この辺でよかろう」
「え? アインツベルンの城はまだ先ですよね。こんな遠くて大丈夫なんですか?」
森林を歩き始めてたったの数分。まだ数時間はかかるだろうという位置だ。
そんな場所でキャスターは止まり、ふう、とため息をもらしたのだった。

「気づかなかったのか? 我らは既にアインツベルンの手中よ。森全てがあの者どもも領域だ」
「嘘……! 数キロにもわたる結界ですって……!?」
「魔術師では珍しいことでもあるまい。今でも死徒と呼ばれる者どもがそれほどの異界を作り出していると聞くが?」
確かに、とアナスタシアは押し黙る。

教会関係者である彼女にとっては魔術師の世界は未知の領域だ。
だが逆に他の魔術師より死徒に関する知識は深い。
それをふまえれば現代の魔術師はあまり凄くない、が率直な感想だったりするのは彼女の余談だが。

「では敵は既に……」
「気づいておろう。我らの存在に」
キャスターは唇を吊り上げる。それは少年の姿では考えられない、おぞましいものだった。
そのままで彼は上を向いて宣言する。

「アインツベルンとやらの魔術師よ! 余の名は魔術王ソロモンである! この度の聖杯戦争ではキャスターのクラスで現界した!」 

その声はどこまでも響き渡り、どこまでも雄大であった。
我こそここにいたり、がありありと読み取れるような。

「英霊としての誇りとやらがあるのならば今すぐこの場に参上し、余に頭をたれるがよい。さすれば余も寛大だ。許してやらんでもない」
あまりの発言にマスターであるアナスタシアですら苦笑いを浮かべる。
こんな主張に出るものがいるなら、間違いなく出会い頭で剣を向けてくるものだろう。

だがそんな事をキャスターに言えるはずもなく、数分の時が流れる。
当然誰もやってくる気配はない。と言うより何の反応もない。
いかに攻め込んでくるサーヴァントがキャスターであるからとてわざわざ城から抜け出して参上するほど戦争には疎くあるまい。
遠くからで見ていたランサーがため息をもらしたほどだ。

「そうか、それができぬと言うなら余にも考えがあるぞ」
キャスターもその反応は予測のうちだったのか、何の感情も表さずに懐から一冊の本を取り出す。
そしてその本、『小鍵』に魔力を集中させる。

禍々しいほどの空気の流れが生まれる。
周りの魔力が根こそぎ持っていかれる、そんな気がアナスタシアでも感じてしまう。
そして、それはキャスターの『小鍵』に集中しているのだ。

『莫迦な……』
それは数百メートル離れたランサーと感覚を共感していた時臣ですら驚愕する。
一度この現象を見ているはずの時臣ですら、いや、その時臣だからこそそれには驚愕したのだ。

『以前の時よりはるかに魔力の集中が多い』
「……何だと? ではキャスターは以前より能力向上していると言うのか?」
『おそらく』
その場にいればマスターの特権で相手の能力を見れただろうが、今はランサーの感覚を頼りにするしかない。
それでもこの前ライダーがキャスターと戦った時より魔力の集中が激しい。
いかにキャスターとてサーヴァントの枠組みに入れられている以上、何らかの変化がない限りここまでにはならないはず。

『つまり、神殿は既に形成された、か』
時臣は肩をすくめる。
神霊クラスのモノを72体も召喚できるキャスター。
こんなのに正面きって戦えるサーヴァントがどこにいよう?


小鍵ありし王の黒の書レメゲトン・グリモワール!」


そうして真の名は唱えられた。

現れる無数の魔方陣。そこから出現する数多の邪悪な存在。
いや、もはやそこにいるのは邪悪で禍々しい悪魔などと言う存在ではなかった。

「バカな……」
キリスト教を信仰するランサーはそれを見て唖然とするしかなかった。
時臣もまたそれを見て言葉を失うしかなかった。

ライダーと戦った時、『小鍵』で召喚された悪魔はどれもが理性を失ったただの怪物たちの集まりに過ぎなかった。
その一体一体は獰猛な存在に過ぎず、ただ在るだけの見掛け倒しと言ってもよかった。
その程度の敵ならばマケドニア軍は何時いかなる所でも蹂躙できるだろう。

だが目の前にいる者たちは一体なんだ?
本物か、偽物か、そんな事はもはやどうでもよかった。
もはや彼らは残忍な烏合の衆ではなかった。

確かに、そこには神話の悪魔達が存在した。

膨大な魔力、あふれんばかりの叡智、そしてそのたたずまいは一人一人が神を髣髴とさせる。
ある者は獣の姿を、ある者は幻想種に騎乗、またある者は人間にしか見えない姿を。
その誰もが召喚者に利益を、繁栄をもたらすだろう。

「……ちぃっ、魔力があっても完璧には召喚できぬか。神秘が失われし今の世は何ともくだらぬ世界よ」
だと言うのにキャスターはこれでも不満だと言い放った。
態度にもそれが表れていて、悪魔のうちの一人に向ける動作でそれがありありと見て取れる。

1体なら確実に勝てる。
2体はまあ勝てる。
3体は苦戦するだろうが倒せるだろう。
4体は……なんとか勝てるだろう。
……ではそれが72体ならどうか?

もはやキャスターの軍は雑兵の集まりではない。
ソロモンが率いる悪魔軍の表現が一番似合うものであった。

「……」
アナスタシアはそれを見てただ圧倒されていた。
腰を抜かさなかっただけまだよかった方だが、今にも尿を漏らしそうだった。
足はガクガクと振るえ、涙が目に浮かぶし、歯はガチガチと鳴っている。

そんな中でキャスターは雄大にしぐさをしつつ、満足げにアインツベルン城の方角を指差す。
そして、

「進行せよ」

死刑宣告を放った。

72体もの悪魔はそれぞれ森の中を進み城の方角を目指して進行する。
キャスターは満足げに笑みを浮かべるわけでもなく、無表情でその後を進む。
その際に女性の身体は最後まで待機させていた悪魔に背負わせる事を忘れずに。

「……」
『……』
ランサーと時臣はただ遠めでそれを眺めていた。その悪魔軍の行進を、黙って観察していた。
だがランサーも時臣も、その軍を目の当たりにしても全くひるむ事はなかった。
むしろ2人の心は微妙な違いこそあれ、偶然にも一致していた。

「アインツベルンが攻略されたら速攻するぞ。あんなのを見過ごしておけるか」
『異存はない』
かつては神に仕える身でありながら晩年には神に背いた王、ソロモン。
もしそんな人物が聖杯を手に入れてしまったら……考えるだけで恐ろしい事になるのは明白だった。
ランサーはキャスターの追跡を続行する事にした。

キャスターの軍勢は森をなぎ倒して進んでいく。
アインツベルンの領地内に設置されていたトラップなど神代の魔術師や悪魔の軍には全く通用せず、途方に終わった。
もはやキャスター達を阻む物は何もなかった。
その後を追いながらランサーと時臣は、キャスターと悪魔軍を迎え撃つだろうアインツベルンのサーヴァントについて考えていた。

サーヴァントこそいれどマスターが判明していない者もいる。
ランサーの予想では残ったアーチャーこそがアインツベルンのサーヴァントだと考えている。
おそらくはキャスターもアーチャーを従えて高みの見物を続けるアインツベルンにごうを煮やして攻め込んだのではないか、と推測した。
そうなればこの戦いでアーチャーの姿、運がよければ宝具を確認できるはずだ。

一方、ある程度の事実を知る時臣の考えは違った。
アインツベルンのサーヴァントはおそらくアレ。マスターもかの者であろうと。
そして、キャスターの真の目的はサーヴァントでもマスターでもなく、アインツベルンが所有する聖杯戦争の要ではないかと。
だとするならまずい。この戦いでキャスターが勝利すれば間違いなく聖杯戦争の勝利は奴の手に渡る。

「……」
そうこうしているうちに数十分。もはやアインツベルンの城はもう少しの位置にまで来ている。
にも関わらず敵マスターどころか敵サーヴァントすら現れない。
あるのはちょっかい程度(それでも通常の魔術師なら明らかな被害をこうむるが)のトラップばかりだった。

「つまらん。所詮下郎は下郎だったか」
キャスターは鼻であざ笑い、大声で言い放つ。
独り言ではなく、おそらくは聞いているだろうアインツベルンのマスターに対して。

だが反応はなかった。悪魔が森をなぎ倒す音しか聞こえてこない。
それに対して更につまらんと吐き捨てて話を終了させるキャスター。
苛立ちはつのるばかりなようで、このまま城に到着したあかつきには城ごとふっ飛ばしかねないのではないかとまでアナスタシアは思う。

「……結局妨害もなく辿り着けちゃいましたね」
アナスタシアがつぶやく通り、悪魔が最後の木をなぎ倒した先にあったのは、アインツベルンの古城であった。

石造りのそれはわざわざ本国にある支城を移築したもので、どれほどまでに聖杯戦争にこだわっているかがうかがい知れる。
明かりはついており、人が中にいる事は明白……とも限らなかったが、少なくともキャスターはそう都合よく解釈した。
もはやキャスターと悪魔の軍を阻むのは何も――、

「止まるがいい。魔術をつかさどる者よ」

いや、今までの都合が良すぎたのだ。
いくら運命を味方にした英雄と言えども、そう都合よく運命が巡ってくるわけがない。

「それより一歩踏みしめれば、我が剣の露となって消えてもらう。その覚悟はあるか?」

神代の魔術師と悪魔の軍団を目の前にしてとても澄んだ、だがとても力強い言葉が遠く離れたランサーにまで聞こえてくる。
なんと気高く、神々しい。アナスタシアは心のどこかでそれを思う。

「無礼者め。王たる余をなんと心得る。頭が高いぞ。余の前に跪くがよい」
「痴れ言を。そのような事を言いに来ただけか、キャスターよ」
キャスターたちの前に立ちふさがるのは、剣をかかげし一人の剣士。
その在り方は曇りなど存在せず、美しいや神々しいなどと言う言葉が陳腐になるほど、ただ尊かった。
ランサーもキャスターもその人物には見覚えがあった。

「ではいかがいたす、セイバーよ」

剣の英雄、セイバー。

彼女はキャスターたちの前に一人で立ちふさがっていた。
だがどのようなトラップよりもはるかに突破が難しいものであった。

(おのれ……話が違うぞ)
キャスターはランサーと同じようにアインツベルンのサーヴァントはアーチャーだと考えていた。
ようはランサーの考えは当たっていた事になるが、それだけでは足りない部分もある。
それでも現にセイバーが敵として立ちふさがっている。
つまり、

(アインツベルンめ。他のマスターを雇い入れたか)
最初からアインツベルンのマスターはセイバーのマスターと手を組んでいた事が考えられる。
ともなればキャスターの計画は失敗に終わる可能性がはらんできたが、今さら引き返すなど愚の骨頂だ。
故にキャスターは動揺を隠しきり、

「余が他の英霊とあいまみえる事があれば、それは敵を冒し、侵し、犯す時だ。いかに貴様が英雄だろうと、軍と個の戦いの結果は明らかであろう」
くく、とキャスターは唇をねじ上げる。
セイバーはその様をおぞましいともとらえず、ただ冷たい視線をキャスターに投げかけるのみだった。

「それとも余の妾とでもなるか? しとねで花を散らす姿、ぜひ見てみたいものだ」
「いつまでも無駄話をする事が貴方の言う『王』ならばそう宣言し誇るがいい」
キャスターの表情が変わる。
セイバーの絶対零度の視線と言葉をよそに、怒りでも憎しみでもない。単純に殺意に満ちていた。

「キャスターの奴、墓穴を掘ったな。挑発を逆に挑発として利用するとはセイバー、見事なものだ」
『それでもセイバーは内なる心で煮えたぎっているだろうな』
「当然だ。騎士であればあのような挑発、即斬りかかっていてもおかしくない」
だとするなら挑発をも利用しなければならないほど高位にセイバーはいたことになる。
女性でありながら騎士であり、高い地位にいた者。ランサーにはますますセイバーの真名が掴めなかった。
他人事のように会話をするランサーと時臣だったが、両者がどのように出てどのような結果になるかには注目した。

「女、万死に値するぞ」

キャスターは本を手に取るとそれに膨大な魔力を集め始める。
セイバーはそれを見て、無言で剣をまとっている風を解き放ち始める。
発生する風によってたじろぐのはアナスタシアのみで、他の者は微動だにしない。

キャスターは本に集めた魔力を燦然と解き放つ。


生命の木オッツ・キイム!」


描いたのはセフィロトの木。
天使と悪魔が明確な区別がつけられていないが故に、悪魔の軍の大幅向上につながる。

「王に刃向かう小娘を蹂躙せよ!」

今度の命令で、悪魔の軍団はセイバーに対して襲いかかった。
ある者は魔術の詠唱を、ある者は己の身体で、ある者は武器を手にとって。
全てが神霊とも言うべきポテンシャルに限りなく近い。いかにセイバーでももはや一刀でうち滅ぼすのは確実に不可能だ。
それが72体。もはや普通に考えれば勝敗はひを見るより明らかだ。

「その風から出てくる剣は何だ! カラドボルグか、ダインスレフか、それともフルンディングか!?
 どのような宝具を持ってこようと我が軍を一刀で滅ぼす事など不可能だ!」
そして一刀のもとに滅ぼせないのならセイバーの敗北は必至。語らずともキャスターの歪んだ顔がそれを物語っていた。
アナスタシアも勝利は確実だと確信した。

そうして、風ばかり放っていたセイバーの剣が光った。

その光は黄金と言うべきか、神の後光と言うべきか、それともサンライトイエローと言うべきか。
あえて言うならそれは人の希望が集まったような、とても尊い光だった。
ハタから見ていたランサーはおろか、感覚を共有していた時臣も、敵マスターであるアナスタシアもそれに魅入られた。
アインツベルンの城にいる者もそうだろう。

ただ一人、キャスターだけがそれを認めなかった。
と、言うよりはそれを侮りすぎていた。
自らの軍に誇りと自信を持つ事が王であるのだから、ある意味でそれは正しいのだが。
だが、間違いなくその瞬間は間違っていた事だけは言える。


約束されたエクス――」

そして、

「――勝利の剣カリバー!」

至高の光が解き放たれた。


ランサーはそれを見て、無意識のうちに涙を流した。
それの在り方に、ただ感動しただけだったが、それでも止まらなかった。

時臣はそれを見て愕然としてしまった。
ランサーの持つ聖槍が聖剣に勝ると言ってしまったが、これを見てしまうとそんな事は冗談でも言えなくなってしまう。
目の前にあるのは最高の聖剣なのだから。

セイバーのマスターは声を漏らした。
この輝きばかりはマスターも認めざるを得なかった。
そしてこの聖剣を見てセイバーについて納得する。

アナスタシアは十字をきるしかなかった。
もし神が体現したのなら、このような光を伴ってやってくるのだろうかと不意に思った。

キャスターはその光を認めなかった。
どのような現象が起ころうとも、神を信じるわけにはいかなかった。
人が伴う神がかりの奇跡も。


夜に戻った。
光が収まり、静けさを取り戻す。

キャスターはただその結果を見て呆然としていた。
セイバーはなおも絶対零度の視線をキャスターから離さない。
ランサーはまだ心の衝撃から立ち直れていない。
アナスタシアはしりもちをついた。

神殿によってバックアップを得て魔力を大幅に増し、
生命の木によって更に能力向上していた、
たった一人であっても召喚者の人生を大きく変える悪魔で構成された軍は、
セイバーの放った至高の光によって、
消し去られていた。

「……ありえぬ」
ぽつりと、キャスターは言い放つ。

「このようなこと、ありえぬ」
目の前に広がる現実を認められないキャスター。
何しろ剣一振りで自軍が葬られたのだから。

最も、城をも両断する至高の一撃でキャスターが無事なのは72体もの神霊クラスに限りなく近い悪魔の軍があってこそだ。
それをキャスターは認めようとしない。

「貴方は真名を名乗った。騎士の礼に則り、私も名乗ろう」
呆然とするキャスターを一刀両断する事はできたが、セイバーはあえてそれをしなかった。
それがセイバーのマスターにどのように映ったかは定かではないが。
セイバーは自らの誇りをもって、王であるキャスターに向けて言い放った。

「私の名はアルトリア。此度の聖杯戦争でセイバーとして召喚された、ブリタニアを束ねる騎士たちの王だ」

そしてまた剣を構える。
呆けるキャスターをよそに一歩で間合いに踏み込み、一呼吸で剣を振り上げ、振り下ろした。



続くんじゃないか?


第12話に続く

戻る



 と、言うわけで何を今さらなセイバーの真名公開。
個人的にはセイバーはヒロインと言うよりヒーローに近いように思えてならず、キャスターとライダーとは考え方に一線引いてます。
思い悩んだり苦戦するのもセイバーな気がしますが、燦然とするのもまたセイバーと考えているので。

さて、今回一番悩んだのが神殿を形成したキャスターが召喚する悪魔軍の事。
この話ではごくあっさりエクスカリバーでご退場願いましたが、文献読んでるとそれぞれがとんでもない存在だったり。
ちなみに聖書でもソロモン王自身が悪魔を召喚した事はありません。あしからず。

それでは今回はこの辺で。
  2007年5月6日


2style.net