幻橙英雄
第10話・秩序王C
/4日目
「――それで俺の事は十分だろう。今度はあなたの意見を聞かせてほしいのだがな」
宝具の説明を遠坂時臣に終えたランサーは説明のために出した宝具をおさめる。
そして腕を下ろしたときには鞘ごと魔力に変わっていて、姿を消していた。
「それは私に対して今後の方針を聞いているのか? それともおまえに対する処遇を聞いているのか?」
「それを含めた今後の方針だ」
時臣はランサーを自らのサーヴァントとして用いる。そこまでは話し合った。
だが彼から橙子を含む敵マスターへの戦略を聞いてはいない。
それ次第では真のマスターである橙子に危害が及ぶ可能性があるからだ。
なぜなら、遠坂時臣にとってはもはやライダーは必要ない。
ならライダーのマスターとなっている蒼崎橙子を避ける必要もなく、むしろ殲滅する方が無難だろう。
ライダーは遠坂の内側をそれなりに知っているのだから。
「ふむ、そうだな……」
実際は既に考えていたが、時臣は若干考えるそぶりを見せる。
ランサーは睨みつけるような視線を見せるが、それでも冷静なようだった。
「現在時点では情報収集に努めるべきだ。相手は何せ歴戦の英霊、用心に越した事はない」
「え?」
時臣から帰ってきた答えはランサーにとっては若干意外なものだった。
情報収集に努める、それだと時臣が先日までとっていた行動と矛盾するからだ。
「ライダーを用いていた時は積極的に同行していたみたいだが、方針転換か?」
「……」
ランサーの言葉を聞いて、額に指を当ててうつむいてしまう。
何だかとても重い空気が流れる。
ランサー自身は知らない事だが、ライダーは既にバーサーカー、そしてキャスターと戦っている。
ランサー組は遠坂邸に乗り込んだための迎撃戦であったが、他の戦闘は全てライダーからしかけたものだ。
しかも時臣同行で。
血が滾り、その気が昂るままに突き進んでゆく征服王イスカンダルに情報収集の手間などいる必要もない。
更に頭の痛いことに、同行し戦場を馳せる者がマスターのあるべき姿、がライダーの考えらしい。
前者だけならともかく後者は時臣にとってはもはや理解できる考えではなかった。
どこの歴史に真っ向から堂々と戦いを挑む魔術師がいるだろうか? とまで思いたくなるほどに。
だがライダーはその意志を変えるほど甘くはなかった。
どのような説得にも全く応じず、その考えは頑ななままなのだ。
かと言ってそれを変えるために令呪を使うのは明らかに馬鹿げている。
この征服王の在り方から考えて真名が他のマスターたちにばれるのは時間の問題であったし、むしろ自分で名乗る可能性も大いにある。
単独行動をさせるにしても同行するにしてもそれは変わりそうになく、遠坂邸に押し込める事はライダーを全否定しかねない。
よって戦いをさせずに情報を得る事は不可能と判断し、結局同行するはめになった次第だ。
「方針転換だ」
だがその事をランサーに話す必要はないと時臣は判断した。
ライダーと時臣の相性の悪さは前日の戦闘前で既に会話済みだからだ。
ランサーはあえてその事に関して深く問うのをやめた。
ライダーと時臣の間に何があったかは自分には全く関係がない。
自分は自分ができる事、やるべき事をするだけなのだから。
「そうか、ならしばらく貴方はこの屋敷に立てこもる事になるんだな?」
「そうなるな。察しが良くて助かるぞ」
これだけ立派な霊脈の上に本拠地を構えておいてそのアドバンテージを有効活用しない手はない。
サーヴァントであろうと迂闊に攻略は出来ないだろうし、攻略されても時間稼ぎぐらいは出来ているだろうから若干弱った相手をランサーが倒せばいい。
そして何より、マスターが狙われる心配もなくなる。
それは逆を言えばマスターのバックアップを受けられなくなる事にもつながるが、偵察に関してはそれで十分だろう。
「となると、俺は敵の監視をしつつ敵と遭遇すれば逃亡をする事になるのか……」
「いや、その必要はない」
騎士であるランサーは敵前逃亡にため息をもらすが、一秒待たずしての否定には若干驚いた。
「既におまえの宝具の1つは判明している。それを元に他のマスターが判断する真名は聖堂騎士ローラン。その誤解を利用しない手はない」
「……つまりデュランダルだけを用いて勝つか引き分けるかしろ、と」
「その通りだ。実際に戦う事で敵にローランここにありと印象付け、終盤に差し掛かった所で真の宝具を用い一気に敵を殲滅する」
漁夫の利をさらう事になるのか。
確かにデュランダルならば英雄の持つ物としてはふさわしい一品である事に違いはない。
そしてその名剣を用いた中で一番有名なのはローラン、彼が他の宝具を用いたとはあまり考えられない。
それならば誤解を招くのは当然の行為だと言う事だ。
万が一敵が名乗ってきた場合、騎士としてのランサーなら名乗り返さねばなるまい。
それが騎士としての礼儀でもあり、また己の名に対する誇りでもある。
もっとも真の宝具を使えない以上、自分の真名を名乗る事はできないだろう。
つまり、勝算を少しでも高いが手段を選ばぬ方法か、自らの騎士道精神に則り正々堂々と戦うか、だ。
そんな板ばさみの状態ではあったが、ランサーの答えは簡単に出た。
「……心得た。では今後の戦いではデュランダルを用いつつ勝てないと分かった場合は逃亡する事にしよう」
すなわち、命令には従って自己は殺すと断言した。
だが、それを聞いた時臣の表情は優れない。
ランサーが想像したものは満足げな表情だったのだが、どうやら違うようだ。
だが何がこうさせたのかランサーには分からない。
「……解せないな」
しばしの沈黙の後、時臣が口を開く。
「解せない、とは?」
「騎士道物語の1つにまでなったシャルルマーニュに集いし聖堂騎士団。それに所属する騎士であるおまえがこうもたやすく不名誉な命令を承諾するとはな。
こちらとしては僥倖だが、拍子抜けしたのも事実だ」
思わず納得するランサー。
騎士道精神、正々堂々としたこの信念は戦闘においてはいざしらず、戦争においては邪魔以外の何物でもない。
所詮戦争は『勝てば官軍』であり、勝つからこそ自国の栄華や繁栄、平穏が保たれるのだ。
聖杯戦争は英霊同士の戦闘と見せかけて実際は戦争であり、戦術より戦略が重視される。
もし立派な騎士道を貫くものであるなら一対一で正面から戦い、名乗られれば名乗り返し、時には義を重んじて敵を見逃す事もあるかもしれない。
ゆえに騎士道精神など魔術師にとっては厄介な事この上ないものだった。
理解できなくはないが、辿り着くにはそれは邪魔でしかない。
ゆえに拒むようならば令呪を使おうとまで思っていたのだが……、
「騎士ならばその主の方針に従うのもまた道義。それに今後の事を考えるならその方がいいだろうと思ったまでだ」
ランサーは自分の思った事をそのまま口に出した。
思わず満足げな笑みを浮かべる時臣。
その言葉は騎士が礼儀として重視する戦闘ではなく、戦争の事を考えて述べられた言葉だと判断したからだ。
「勝敗を優先するか。自らの信念を優先するかと思ったのだがな」
「自らのみ損害をこうむる戦闘ならばそうするだろうな。だがこれは戦争、俺の身勝手で主を不利にする事などできない」
戦争において一番考えねばいけないのは勝敗よりその戦争がもたらす結果だろう。
勝利したとてその方法が民や主、そして部下に認められなければ心は離れていくだろう。
敗北したとて皆の心が1つになり、次の戦争につながる場合もあるだろう。
故に最善ならばどのような非道な手段も厭わない。これが戦争と言うものだろう。
そこに情けや憤りがあっても、身勝手はあってはならない。
それが戦争を何度も体験したランサーの考え方だった。
「いいだろう。では下がりたまえ。さすがに徹夜とあっては朝食を取りたいのでね」
「いや、まだ聞きたい事がある」
時間を割かせて悪いが、と付け加えつつランサーは不動だった。
眉をひそめる時臣。彼の頭の中に一瞬ライダーがよぎる。
それで時臣にはランサーが何を言いたいのか何となく察しが付いた。
「朝、出かけてもいいか?」
やっぱり、と思いつつ眉間を手で覆った。
大衆の営みに、と言うより魔術の世界以外にはとんと興味のない時臣にとっては外界に興味を持つライダーは頭痛の種だった。
あろうことか世界征服の計画まで立て始めた頃には本気で令呪で何とかしようとまで思ったほどだ。
確かに聖杯から知識は与えられるとはいえ、英雄からしてみれば現代は目新しいものばかりなのは認めるが……。
ライダーと過ごした日々を振り返って頭と胃を抑える時臣。
その様子を見て何かを言おうかともランサーは思ったが、あえて放っておく事にした。
へたをすると傷を広げかねない。
「……何のためだ。朝と限定するからにはよほど重要な目的があるんだろうな」
「教会に礼拝に行く。生前でも欠かした事のない日課だ」
教会に礼拝に?
そう言えばランサーは聖堂騎士。キリスト教を守護せし初代神聖ローマ帝国にまでなったシャルルマーニュの国家に所属する者だ。
キリスト教とのつながりで言うなら、かの聖処女ジャンヌ・ダルクや騎士王アーサーより上かもしれない。
何しろ、その戦いはほとんどが異教徒との戦いだったのだから。
ならば熱心なキリスト教徒だったとしても不思議ではない。
それにランサーのマスターが蒼崎橙子の時もまた教会に赴いていた。
教会と協会は合い知れぬもの。めったな事がなければマスターが教会に赴くことなどないだろう。
にもかかわらず用件がただの礼拝と知った時はいささかあきれたものだが、同時になるほどとも思った。
これで散策程度であったとしても時臣は止めたであろう。
夜は偵察のために出払う必要があるとしても、昼夜全てでサーヴァントが遠坂邸にいないのはさすがにまずいからだ。
だが、言峰教会なら話は別だ。
「かまわない。生前の在り方を考えるならそれも当然の行為だろうしな」
「……感謝する」
ランサーは礼を述べつつお辞儀をし、霊体となってその場から消え去った。
そして遠坂邸に残ったのは遠坂時臣のみ。
彼は立ち上がり、台所へと足を運ぶ事にした。
とは言え、頭痛の種であったライダーは消え、連日の戦闘に続いて結界の修復。疲労もたまっていた。
故にサンドイッチ程度のもので済ませ、今日の昼間は休息に徹する気でいた。
その前に、と時臣は宝石通信機を手に取る。
しばらく反応を見せなかったが、やがて何者かの声が聞こえてくる。
「昨日の顛末は確認していますよね?」
『ライダーとランサーの主従入れ替え、確かに確認しておりますとも』
声の主は年期の入った、だが威厳のはらんだものだった。
『しかし時臣くん、あなたにとっては実に好都合だったのではありませんか?』
「確かに。ランサーの方が御しやすい事は認めます」
お互いに苦笑する時臣と相手。
話し相手もまたライダーが時臣との相性が悪い事は分かっていた。
英雄について語り継がれるのは成し遂げた偉業、そして脚色された人物像だけだ。
その考え方が何であったか、その在り方は何であったか、それは事細かに記して合ったとしてもうかがい知る事は難しい。
召喚してみるまではあまり分からない、これが事実なのだから。
「ランサーの真名もローランではないと分かりましたし、決してランサーはライダーに劣ってはいない。ならばランサーのままの方がいたる確率は高いでしょう」
『やはり再交換はなさらないつもりですか』
「無論です。より優秀な手駒を持ったならば返す道理もありません」
ランサーに断言するのと同じように相手にも時臣は断言した。
ランサーを元通りにするつもりはない、と。
『ところで、現在蒼崎橙子が教会までやってきていますよ』
「ランサーのマスターが?」
『どうやらセイバーに殺されたかつての自分から腕を取りに来たようです』
なるほど。蒼崎橙子は協会でも名高い人形師。
ならば切断された腕の代わりとして人形の腕を使う事は大いにありうる事だ。
ほんのわずかな差が勝敗を大きく分けるこの戦いで、片腕がないのは絶対的に不利だろうから。
『その死体とも言うべきものの保管の代償として、時臣くんの腕をあずかる手はずです。もうしばらくお待ちを』
「そうですか。では後ほどランサーに回収させましょう」
分かりましたと相手、言峰璃正神父は返事をした。
この2人、スポーツの世界ならば間違いなくルールで取り締まるはるか以前の問題である行為をやっていた。
すなわち、審判とグル。
遠坂は魔術師の家系でありながら教会とのつながりもある。第三次においても遠坂の当主と言峰璃正は親密な間柄だったと言う。
そして今回もまた遠坂時臣と言峰璃正は通じ合っていた。
さすがに監督役という役柄を持っているので表舞台に出る事は出来ないが、事後処理や他のマスターの動向など、情報は伝えることが出来る。
したがってと言うべきか、時臣は今までこの地で行われた戦いの全てを把握していた。
真名や宝具はともかく、アーチャー以外の者の戦法や在り方はおおむね把握できていた。
残るはセイバーとアサシンの真名と宝具のみ。これさえ把握でいるなら攻勢に打って出てもよかった。
アーチャーに関しても姿とその在り方だけは確認できている。街を隠れもせずに歩き回っているのだから。
あの様子では高いレベルの単独行動スキルを所有しているだろうから、マスター殺しは向いていないだろう。
理想なのは他のサーヴァントがアーチャーを倒す事だろうが、未知数がある事は否定できない。
現在時点では放置してもいいだろう、が時臣の考えだった。
それに……。
『にしても、ランサーは熱心な教徒ですな。毎日のように通常の用途でこちらまで来るのですから』
「ライダーとは違い謙虚な所は認めますが、いささか自らを卑下しすぎな気も致します」
『それは生前聖騎士としてシャルルマーニュに従ったのであれば、自らを殺して忠誠を見せるのも……』
「いえいえ、彼の真名から考えればそれはおかしいのです。何しろ彼は――」
『……なんと』
言峰璃正は驚きを隠しきれなかった。
確かにランサーの真名を考えればその在り方はまず間違っていた。
騎士として存在し、主には忠誠を誓う。そんな人生を彼は送ってきていないはずだ。
「こちらとしては僥倖なのですが、その絶対的な忠誠が裏目にでなければよいのですが……」
『以前のサーヴァントがライダーだった事を考えるなら、それは贅沢な悩みではありませんか?』
「確かに」
ライダーの事を考えると璃正もまた苦笑するしかなかった。
そして話し相手である時臣もまた苦笑しているのが見えていないのに目に浮かぶようだった。
「ですが、その真名から考えるなら征服王イスカンダル、魔術王ソロモンに決してひけを取らない。十分に期待できますよ」
『聖堂教会から見れば、ランサーは最高の英雄の一人ですからね。彼をもって聖杯を手に入れるとは、これも何かの運命でしょうか』
「神もまた私が『根源』に至る過程を祝福してくださっている証ですよ」
一見軽口で言っているようにも聞こえるが、その実言葉は絶対の自信に満ちていた。
その言葉に璃正は先々代の当主の姿を思い出す。そして胸中で彼に向かって十字をきった。
「今度こそ聖杯は成るでしょう。どうか見届けていただきたい」
/
「む?」
「おう」
ばったり。この場合はこの表現が適切だろうか。
霊体化して教会に行こうとしたランサーだったが、普段着で行けと言われたのでそのようにした。
となれば屋根伝いに高速で移動する事は不可能なので、自然と移動手段は限られる。
服装はマスターが橙子だった時と大して変わらず、格好よさより動きやすさを重視したものだった。
で、普段着を着たランサーが教会まで足を運び、出会ったのが先程まで死闘を繰り広げたライダーだったりする。
「いよぅ、ランサーよ。まさか昨晩の決着をつけにきたわけでもあるまい」
「……あいにくと俺が破った結界の修復を俺自身がやったんでね、連戦につぐ連戦で魔力が不十分だ。期待にはこたえられないぞ。
そう言うライダーこそ教会に足を運ぶほど信仰心が厚いようには全く感じられないが」
陽気に挨拶を交わすライダーにため息をもらすランサー。
そもそもアレキサンダーの時代にキリスト教はない。あってもその元となったユダヤ教ぐらいだ。
それに目の前のライダーが信仰に厚いかと言われたら即答で否と答えるしかない。
そんな意味でライダーが教会にやってくる理由は全くないはずだが……、
「うむ、十字架に裸で磔になっとる者への信仰心など微塵も持ち合わせておらぬし、これからも持つつもりはない。
余が足を向けたのは新たなマスターの命よ」
「トーコの?」
「何でもここにセイバーに殺された時の体とやらが保管してあって、それから切断され奪われた腕を挿げ替えるとか何とか。
ようは長ったらしい治療をやっておるって事よ」
思わずライダーから視線をそらして口をふさぐランサー。
あの戦いで起こった結果を全て自分の不甲斐無さから来る結果だと思っているランサーにとっては改めて事実を突きつけられるのはたまらない。
橙子はその結果片腕を失ったのみならず、ランサーを敵の手に渡してしまったのだから。
「したがって余はこうして愛読書を片手に暇をもてあましているっと言うわけよ」
言われてみればとランサーはライダーを観察する。
服装は先程戦いを繰り広げた状態のまま。ようは重厚な胴鎧と威風堂々とした王者のマント。
そんな姿であぐらをかき、日本語の本を片手に大きな手でページをめくっていた。
隠れると言う単語はどうもライダーの辞書にはないらしく、教会の目の前で坐している。
治療に専念する橙子はともかくとしてよくこの教会の神父が何も言ってこないな、などと他人事のように考えるランサー。
「イリアスか。神々と英雄が入り乱れた、ギリシア神話の後半に位置するトロイア戦争を舞台とした叙事詩。
ギリシアの英雄アレキサンダーならそれを愛読書としていても不思議ではないが……」
「うむ、イリアスとは深遠でな。時折戦場の最中にあってもふと詩歌の一節を思い返すことがある」
話半分に聞いて苦笑するランサー。
生死が付きまとう戦場で聖書の一節を思い返した事はさすがにないからだ。
が、目の前のライダーならそれもありうるな、と心の片隅で思う。
「で、そう言っとる貴様はこの教会に何のようだ。トーコに会いに来たのか?」
「敵に身柄を明け渡された身分でおめおめと顔を出せるか。トーコ達がここにいたのは偶然だ」
とランサーは口に出したが、それはランサーの本音だった。
もはやランサーは蒼崎橙子のではなく遠坂時臣のサーヴァント。
その時臣はランサーとライダーを交換するつもりは全くなく、橙子を放置しておく理由もない。
よって会えば時臣は令呪を用いて橙子の殺害を謀るかもしれない以上、おいそれと近づくわけにもいかなかった。
それにもし令呪の事がなくてもランサーは橙子に会うつもりは全くなかった。
口で何かを言うより態度で意志を示す方がいいと考えていて、その態度を召喚時から何も示していないからだ。
橙子と再会する時は、敵として出会うか最後の瞬間か、いずれしかないと思っていた。
「あー、なるほどな」
したり顔でにやりと笑うライダー。
どうやらライダーには真意を気づかれたらしいが、別に隠すほどの事でもないのでランサーも身振りでそれを表す。
「おまえも俺と戦ったのだから俺がどんな人生を歩んできたのかぐらい分かっているはずだぞ」
「あっと、確かおまえさんの剣はデュランダルとか言ったか。あのアルスターの戦士達や円卓の騎士達に並ぶ、シャルルマーニュに集いし聖堂騎士。
名にしおうローランが、このような若造だったとはな」
「その若造ともいえる年代の兵士を何百人と引き連れているおまえに言われたくないのだがな……」
「おう、こりゃ一本取られたわいっ!」
ライダーは豪快に笑い出す。今が朝でなければ間違いなく注目の的だ。
確かにランサーの姿は20代前半ではあるが、英霊は生前最も優れていた状態で召喚される。
人生全ての経験と知識を20代前半と言う最も肉体的に優れた時期に用いる。これが英霊たちであった。
当然ライダーにもそれは分かっていて冗談半分で言ったのだが、見事に返されたので上機嫌だった。
(……やはりローランと取られたか……)
デュランダルだけを用いているランサーをローランと判断するのは当然の事だろうが、ランサーはいささか気が退けた。
それでも訂正するつもりは全くない。自分から名乗るつもりも全くない。
時臣の思ったとおりに事が運んでいる事を内心で苦笑した。
「いや、聞こえしローランと貴様とではいささか違いが見受けられるな」
「!?」
「ローランの後に名剣を賜った騎士か、それとも……まあよいか。いずれ戦場で剣を交えれば分かる事。姑息な洞察など必要あるまい」
ランサーの事が興味ないというよりいずれはっきりするだろうとの意志があったから出た発言だった。
ランサーにとってはこれまたどちらでもよく、うんざりした表情を隠さない。
だが、ローランに関しては聖杯から受けた知識しかないはずだと言うのに、ランサーをローランでないと看破したライダー。
ただ馬を駆り突進していくだけの存在ではないとは分かっていたが、この洞察力……と言うより慧眼。
これが、ギリシア、エジプトや中東を統一した征服王……。
ランサーは身震いする。
これからこんな奴と戦うのか、という恐怖ではない。このような大きな存在と剣を交えるのか、という興奮にも近いものがあった。
いつか剣を交える時があったとき、果たして彼はライダーを倒す事が出来るのだろうか?と思ってしまう。
「……では俺は邪魔なようだな。失礼させてもらおう」
「おいおいおいおい、せっかくここまで来といて回れ右する事はないだろぅ。ちと話してゆかんか?」
「はあ?」
昂る感情を抑えながら文字通り回れ右をして引き返そうとするランサーだったが、ライダーの言葉を聞いてあきれ返ってしまう。
ランサー自身はライダーと話す事など何もなく、会う時は再び戦場だとばかり思っていたからだった。
「別になにも『王の器』をとくと聞かせてやるわけではない。まぁ座ったらどうだ?」
「……」
ライダーが言っている事に裏が全くない事は分かるが、なぜか気がひけた。
そもそも教会に行くからと時臣に外出を申し出たのであって、ライダーと話すためではない。
だが……、
「そうだな」
ランサーは言われるがままライダーの隣に座る事にした。彼のようにあぐらではなく、若干ひざを曲げただけの状態だ。
ライダーは読んでいたイリアスの本をランサーとは逆の方へと置き、ねこぜでひじをひざに付けて手に顎を乗せている。
完璧にリラックスをしている事に苦笑いを隠しきれない。
「どうやらランサーも国にその剣を捧げた者のようだから問うのだが、王とは何か?」
「王?」
結局は王のことかとランサーは内心思うが嫌な気分は全くしない。
だが、
「なぜ王であるおまえが一介の騎士である俺にそれを問う?」
それを質問してきた意図がランサーには読めなかった。
イスカンダルないしアレキサンダーは世界中誰もが認める王でありながら英雄であるのに違いはない。
現在いがみ合っているキリスト教とイスラム教両方からもそれは認められているはずだ。
キリスト教だけの英雄であるランサーは他の王にすらそれを問う必要はない気がしていたから。
「いやー実はだなぁ、余の出会ったバーサーカーとキャスターがそれぞれ王を名乗っておったのでな」
「む、それは初耳だ」
「ありゃ、まだ時臣のやつから聞いておらぬのか?」
ライダーが体験した事は彼が連れまわした時臣も知っているはずだ。
が、早朝の会話ではランサー自身の事と今後の方針についてしか話しておらず、敵の情報は一切もらっていない。
(にしても、やはりキャスターは権力を手中にしたものだったか……)
ランサーはホテルでアナスタシアと共にいた人物を思い出す。
神すら鼻にかけるような絶対的な自信に満ちた態度。それが人生からなったのであれば、間違いなく権力を手にしたものだったはずだ。
それにキャスター自身も自らを王だと名乗っていたし、ライダーもそう言うのだから違いはないだろう。
「おまえを含めて王が3人か。7人しか英雄が召喚されていない中では随分と奇遇だな」
「そうも言ってられんだろう。すべて王道は唯一無二。王たる余と王たるあやつらでは相容れぬのも無理はない。
ならばとことん白黒をつけにゃああかんだろう」
「そうか? すべて王道は千差万別。相容れぬ時もあれば肩を並べる時もあると思うが……」
「肩を並べる時かー。あいにく余の時代にそのような強国にめぐり合った事はないがなぁ。
強国であったダレイオス王のペルシアは先代からの宿敵であったし……。かと言ってあのバーサーカーや小僧どもはのっけから無理だろうて」
あのキャスターとバーサーカーではライダーと肩を並べるなんて天地がひっくり返ろうとも無理だろ。
そう思うとランサーは笑いを隠し切れない。
まぁ、イスカンダルの時代ではペルシア亡き後正面きって戦えそうな国といえばインドぐらいだろう。
中国は春秋時代真っ盛り。小国が連なってとても大国とは言えない。
そもそもそんな大国を相手にしてこそ、この人物は燃え上がるような気もする。
「これで貴様を含めた残りの4人が全て王であったなら実に面白いんだがなぁ。そうは思わんか?」
「そうは思わないかって……」
「考えてもみろ。時代も生きた環境もその在り方も全く違う王が一堂に会する。これほど面白い事はあるまいて!」
そんな言葉を若干考え込んでしまうランサー。
アサシン、その姿は絶世と言ってもいいほどの美人。ライダーとの戦いはまるで剣の舞。その話し方は蠱惑的で、聞く側を惑わす。
セイバー、その凛としたたたずまいは正に英雄の代名詞。騎士としての道を歩んできたランサーでもその在り方には圧倒された。
アサシンこそ女王であってもおかしくなさそうだが、セイバーほどの者が女王として君臨したのなら間違いなく後世に名前が残ったはずだ。
処女王エリザベス? 征服帝エカテリーナ? 彼女ら自身が戦った記録はないし……。
それを考えるとセイバーが王の可能性は極めて低いと思わざるを得なかった。
「もしそうだったらどうする気だ?」
「うむ、それはもちろん決まっている」
無理だろ、で片付けたかったがそれでは話がややこしくなりそうだったので話を進める事にした。
話題の転換とも言う。
そんなランサーの思いを知らずか知ってか、ライダーは威厳たっぷりにうなづいて、
「余は貴様等を朋友とし遇し、世界を征する偉業を共に達成する所存である」
こんな事を言った。
「………………は?」
ランサー、ライダーの発言を理解するのに数秒を要する。
あまりに突拍子もない発言だったので思わず固まっただけだった。
「英雄にもなった王が7人もそろえばいかに戦争が兵器頼みとなった現代においても敵はない。資金調達、戦略、征服後の統治、憂いなどどこにもあるまい。
どうだランサーよ、待遇は応相談だが?」
この言葉を理解し、閉口する事数秒。
そしてランサーは思いっきり熟考し始める。
「……現代戦争で一介の騎士ごときがでしゃばろうとも戦局が変わるとは思えないんだが?」
「何を言っておるか! いかに時代が移り変わろうとも白兵戦が全てにものを言う事に変わりはなし。事、それが英雄にまでなる者ならば敵はあるまい」
豪快に笑いながら述べるライダーだったが、もちろん彼には勝算があった。
聖杯は一般人が知る程度の事はもたらす。ライダーはその中でも現代兵器には興味が尽きなかった。
致命的な問題点はマスターである遠坂時臣が魔術師として誇りを持っていた事、悪く言えばアナログだった点にあった。
よって出来たのはせいぜい本屋での立ち読み程度。購入できる金額も微々たるものであった以上不満もまた尽きなかった。
当然、マスターが変わった以上もはやうるさく言われる心配もあるまい。
で、空中戦や海上戦はともかくとして、地上戦では戦車や地雷などを用いた所で英雄と呼ばれる者にとっては児戯にも等しいだろう。
それにライダー自身軍を召喚できるし。
……ここまで想像しておいてライダーが本当に世界征服を成し遂げた様を頭に浮かべてしまうランサーだった。
「それでランサーよぉ、どうなんだ〜?」
ライダーとてこの勧誘が失敗する事は当然考えている。
英雄ならばそれぞれ祖国や自らの信念に人生を捧げ、それが讃えられたこそ名を残しているのだ。
それでいきなり「手を組んで世界征服しよう」と言われても普通ならはねつけるだろう。
だが、
「……待遇は応相談と言ったな」
ランサーはそれに興味があると言った。
ふざけると言う単語が一切見られない、真剣な表情で。
「おう、もしかして乗ってくれるか?」
賛同の意を示したランサーにライダーは軽く驚く。
だがランサーはそのライダーの身の乗り出しを手でさえぎった。
「2つ、問いたい事がある」
「ん? まあ、その程度ならいいぞ」
ランサーの容赦ない視線にも全く動じず、ライダーは頭をかく。
そうか、と返事をしつつランサーは一息置いた。
「世界征服した暁にはどうするつもりだ?」
「あと〜? そんなもん達成してからゆっくりと考える。余の王道はあくまで『征服』、すなわち『奪い』『侵す』に終始するのだからな。
その後の治世は最も優れたものが継ぐがよかろう」
予想していたとは言えこうもあっさりと断言されると返事に詰まる。
言われてみれば確かにその通りなのだが、なぜか釈然としない。
確かに今の世界でも争いが耐える事はない。人は血を流し、涙を流し、救いを乞う。
だがその一方で、自分の時代には考えられないほど平穏がある事も事実だ。
一般の民ですら豊かで、奴隷なども存在しなくても生活できる環境。かつて夢見ていたのとは違うが、良くなっているのは確かだ。
それをひっくり返してまで覇道を突き進めるか、と言われれば……首を傾けざるを得ない。
「……では聖杯はどうする気だ。7人全て懐柔できてしまったとして、菓子のように平等に7つにでも分けるのか?」
「まさか。奇跡はさすがに7等分もできるはずがなかろうて。ありゃあさすがに余がいただく」
奇跡の7等分については意見を言いたかったが、些細な事なので黙殺する。
その聖杯を使ってライダーが何をしたいかはもはやランサーには関係のない話だった。
「ならば、おまえの新たな主となったトーコ・アオザキが聖杯を用いて何かを成し遂げようとしていたならどうするつもりだ?
おとなしく渡すのか、それとも……」
だがこれだけは確認しておきたかった。
ランサーは昨日必ずや橙子に聖杯を捧げると約束した。
新たな契約を結んだ橙子とライダーが共に聖杯を欲していたなら、令呪を所有している橙子の方が分がある。
それでも、橙子自身の戦闘能力は皆無。ならばもしかして……、
「んー、余の願いのみで奇跡が打ち止めになるとは思えないから、それであまっておったら魔術師にも、が余の理想と言った所か。
そもそもその『聖杯』自身がどのような性質を持っているのか全く知らん。どれほどの願いが叶えられるかも判断しかねるのでな」
その言葉に呆気に取られるランサー。
それは正にランサーが先程言おうと思っていた事だった。
聖杯が何物かというのは召喚されてから考えていた事だった。
まず本物の聖杯の可能性をあっさり否定。聖杯のレプリカの可能性もあっさり否定。
聖堂教会の監視具合、儀式の規模、聖杯のもたらせし恩恵。
それをふまえれば導かれる答えが1つあった。
すなわち、冬木の聖杯とはケルトに代表される魔法の釜の再現。
大地と豊饒の神とされるダグダ、マビノギオンの1つ『キルフッフとオルウェン』に出る釜などなど……。
もしこれを発掘もしくは完全再現し、発動に英霊召喚が必要だったならある程度は説明が付く。
もちろん納得できる範囲ではないが。
今のところこれまでだが、聖杯の正体さえ見極められれば無益な争いを行わずに早々に聖杯を手に入れる事すら可能となるはずだ。
判明する頃には決していそうで意味なさげだが。
最も、現時点ではランサーの答えは決まっているようなものだった。
「そうか、なら俺の答えは決まっている」
「んん、そりゃ残念だなぁ」
立ち上がるランサー。服に付いたほこりをライダーに迷惑がかからないように払う。
ライダーは眉をひそめて浅くため息をもらす。
ランサーと橙子の関係は昨日少し戦っただけでも分かっていた。
セイバー、バーサーカー、そしてライダー自身。他のサーヴァントと比べてもランサーはマスターとの結びつきが強い。
ランサーの性格から言えば聖杯は自分ではなく橙子に捧げるだろう。
そして、マスターが変わったとてそれを第一に考えて行動するに違いない。
それでもと聞いてみたが、やはり返答は考えていた通りだった。
すなわち、橙子のために行動するランサーと自身のために行動するライダーはあい知れぬと。
「てことはだな、『聖杯』がそんなものでなかったら提案を快く受け入れる、でいいんだよな?」
だがそれは逆を言えばマスターとサーヴァントの願いが同時にかなえられるものならばいい、という事につながる。
そう判断しての言葉だったが、それに対してランサーは深刻に悩んだ末、
「……考慮に入れておく、で今は返答を許してくれ」
と言うだけに留めた。
ランサーが答えを渋るのに何らかの懸念材料があると見たライダーは少しばかりそれについて考えてみる。
まだ肝心な事を聞いていない以上、これ以上考えるのは野暮というものだ。
「おいおいランサー。貴様の答えを聞いてないぞ」
「あ」
そのまま立ち去ろうとするランサーだったが、言われてみれば答えになってない。
すなわち、王とは何か、だ。
「その時代のフランク王はシャルルだったな。あやつの事でも良いし、ランサーが考える理想の王でも良い。
余を魅了する主張を吐けるのだろうな?」
ふふん、と笑みを浮かべるライダー。
その顔は自らが主張する『征服』に並ぶものを聞かせてくれるのかという期待に満ちている様でもあり、
これを超えられるのかという自身への自信に満ちているようでもある。
「残念だが征服王、俺の考える王道はある意味でおまえとは対極だぞ」
「それでいい。元より貴様に余の劣化版を望んではおらぬわ」
肩をすくめるランサーだったが、次には視線をライダーに合わせた。
威厳に満ちたその瞳に全く動じる事無く、己の道への自信ではなく決意に満ちた表情だった。
「『秩序』だ」
そして、その道を一言で表す。
「秩序を王を含めた国の全てに与える。これこそが俺の考える王道だ」
「……なるほど。そう考えるならば世界征服後の事を聞くわけだな」
国や民が王に捧げ、王が国や民に与える。
そのように考えるライダーもランサーの考えの意味をとりあえずは垣間見る。
秩序を全てに。
ランサーにとっては王、臣下、民、国そのものの優劣は全く関係ない。
上にたつ王が混乱を生み出すならば考えを改めさせ、国そのものが平穏を脅かすならば国を滅ぼし、民が迷うようなら道を作る。
そして、混沌をもたらさんとする外敵は排除を。
全てを平等に導く。
これこそがランサーの理想で、そのために生前は駆け回ってきたのだ。
そしてそれは他の王が集うこの場においても揺るぐ事は全くないだろう。
「ふむ」
もはやランサーの懐柔は無理だと判断したライダーは観念したかのように深々とため息をついた。
そしてそれに似つかわしいしぐさまでわざとらしく取る。
「確固たる王の道を既に持っておったか。そうなればもはや剣を交えるのみだな」
「……別に『王の器』を比べるためにこの戦争に参加しているわけではないのだが」
不敵な笑みを浮かべるライダーに対し、ランサーは肩をすくめる。
「なぁにを言っておるか。王が集いしこの場において今さら。余の征服は貴様の言う秩序を侵すものだ。なら戦うしかあるまい」
「その征服の後により良い秩序が生まれるのなら俺は別にいいと思うんだがな……」
腕を組みながらさらりと言い放つランサーだったが、ライダーはそれを笑いもせず、むしろ厳格な面持ちでランサーを睨んでる。
その理由が分かっているだけランサーも何も言わない。
ランサーがあまりに『王』に対するこだわりがないのが気に入らないのだろう。
「貴様、それのどこに王道がある?」
「ないさ。俺はフランクという国にいる聖堂騎士ではなく、ランサーという一人の英霊として参加したまでだ。だが……」
ランサーは剣を取り出し、それをライダーに向けるのではなく、地面に突き立てる。
さながら騎士が王の間で見せる起立のように。
「俺を必要とする召喚者を導く事はできる。この剣に誓ってな」
王、臣下、民。国に存在する全てのためにあった剣がたった一人のために。
そこにはランサーの信じる王道やランサーが送ってきた立場は関係ない。ランサー本人のみがある。
そして召喚者のためならば例え一刻を率いる王が相手であれ、その剣で斬り込んでいくと。
「……そうか。では次に顔を合わせる時が剣を交える時になろう。貴様の秩序はその時に見せてもらおうか」
「また会おうライダー」
ランサーはきびすを返すと、振り返りもせずに立ち去る。
その顔は無表情ではなく、満足げな笑みを浮かべていた。
それは聖杯戦争で召喚されて以来マスターである橙子以外から味わった始めての清々しい気持ちだった。
そして、いずれは剣を交える事になるだろうが、その時はこの男を真正面から超えてみたいという思いにも駆られる。
マスターを狙う事や漁夫の利を得る事ではなく、正々堂々と一対一で。
そんな事が許されるほどこの戦争は甘くないが。
「自分を含めたあらゆる者に秩序を与える。それは今回召喚したマスターも例外ではないかぁー。謙虚どころか立派に貫いておるではないか」
がしがしと頭をかくライダー。
その表情は満足とはいかなかったが、ある程度はいい思いをしたものだった。
自分とは違う考えの王道を持つ騎士の在り方。そして彼が持っていた剣。
間違いない。彼はかの者であろう、と。
ライダーはそれを思うと自然を笑いがこみ上げる。
「しかし、ランサーの奴が名にしおうかの者であるならば、こりゃあ実に面白い事になってきたぞ」
自らの顎をなでつつ彼は立ち上がった。
そして教会から見える町並みを眺める。
まだ時刻は朝の位置づけ。街はあわただしさを増し、人が縦横無尽に行きかう様子が見て取れる。
この街に潜む7人のサーヴァント。剣を交えた者もいれば一度も出会っていない者、彼らは今何を思い、何をしているのか。
王と名乗りしキャスターとバーサーカー。
騎士でありながらその在り方は異なるセイバーとランサー。
自らの命を貰うと宣言したアサシン。いまだ姿を見せぬアーチャー。
そして征服王である自分。
これを考えれば次の方針は決まったも同然だった。
「よぉし、ではセイバーら残った奴らの真名解明、これこそ次にやるべき事だろうて!」
拳を高々と上げ、ライダーは宣言する。
それは独り言などというレベルのものではない。
彼はいずれ征服する世界に向けて宣言したのだ。
王を名乗るもの、確固たる王道を胸に抱くもの、王としての道を貫くもの、そんな英雄達を世界征服の手始めに倒してみせると。
それを礎とした覇道の道は生前と比べても見劣りはしない、むしろ上回っているかもしれない。
胸が高鳴るライダーであった。
「……しまったな」
一方のランサーは道を歩きながら眉間に手をやる。
つい語り合っているうちに自分を出してしまった事はともかく、真名判明につながりかねない事までしゃべったのは頭の痛いところだ。
しかも、ランサーはライダーの前で剣を見せている。これでは真名はバレバレだろう。
(とは言ってもトーコには話したからいずれは辿り着いていただろうしな)
という理由もあったが、それがなくてもランサーは後悔は一切しなかっただろう。
戦いが不利になると分かっていても、他の英雄との語り合いは大きな意味を持つ。
それにしても、ライダーは昨日戦った時よりさらに大きな存在に思えてならない。
むしろ頭痛の種はこの一点だけだった。
実力の強さと存在の大きさ、ランサーの中の定義では後者こそが強者だ。
その相手に勝てるのかと自分に問いただすと……首を傾けざるを得ない。
だが、敗走はあっても次の勝利は掴んでみせる。
それはライダーだけではなく、セイバー他時代を駆け巡った英雄達が相手でも。
「どのような英霊であろうと、俺は剣と道にかけて勝ち抜いてみせる!」
拳を高々と上げ、ランサーは宣言する。
偶然か、それはライダーが宣言したのと全く同じ時であった。
続くんじゃないか?
と、言うわけで今回は飛ばしてもいいような話にしました。
書きたかったのはただ1つ、ランサーの在り方です。
おおむねこの在り方は決まっていたので書きやすいと言えば書きやすかったのですが……やはり難しいです。
今回話を書くのに物凄く時間を要したあたり、まだ内面描写はうまくないなと思うしかないわけで。
それでは次の話で。
2007年5月4日