幻橙英雄

第7話・征服王@


   /

 遠坂時臣。宝石の翁、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの直系とか。
始めから聖杯戦争に参加をしている遠坂家。その当主時臣は時計塔でも有名だ。
遠坂家の歴史はおおよそで200年と、そこまで古いわけではない。
だが、それでも他の魔術師に言わせれば「彼ほど魔術師な人物はあまりいない」だろう。

通常の人間とは一線を引いた、選ばれし者。そういった自覚が魔術師の中にはあるのだろうが、それが彼は一際大きいと聞く。
今ではめったに見られない、貴族とでも言うべき人種を想定してくれればそれが簡単に理解できるだろう。

……私が言うのもなんだが、もしかするとこの家系から魔法使いが生まれるかもしれないな。

その彼のそばにいる者、彼は間違いなくサーヴァントだろう。
あのセイバーよりも尊さはないものの、凄みと威厳に満ちていた。
そう、例えるならばセイバーは騎士の象徴だが、こいつは一国の王がそのままといった感じだ。
その隆々とした筋肉、2メートルを軽く超える背丈、燃え盛るかのようなそのただ強い瞳。何もかもスケールが違う。
彼がそうなら乗っている馬もまたスケールが全然違う。某世紀末漫画の人物が乗っているとか言われても信じるほどに。
さぞかし有名な英雄だったのだろう。

「どうも、こんばんは」
まずは無難にあいさつをする事に。
これをもって相手の出方をうかがう。

「こんばんは。私の屋敷に何か用かな?」
「別に。屋敷自体に用はない」
遠坂の質問にぼかした言い方で返す。
事実は言っているが明らかに不親切にしておく。

「そうだな、強いて言うならキャスターが根を張っているかと思ってね。どうやら貴方のサーヴァントはキャスターではないらしい」
「それで結界をことごとく破壊してくれたか」
く、と笑みを見せる遠坂。
……正直この反応は予想通りで何ら面白みもない。
嘲笑以外の何かを期待していたんだがな。

「事前の情報もなしに魔術師の屋敷に攻め入るとはな。驚いてしまったよ」
「だがキャスターでもないのに攻め入られたお前の結界も情けないと思うのだがね」
それに、と付け加えて私は笑みを浮かべる。

「てっきり強力なサーヴァントを召喚しつつ静観を決め込むと思っていたのだがね。おまえが優れた魔術師だとは聞いても勇猛な魔術師だとは
 一度も聞いたことがないのだが?」
「ふむ、違いない。猪突猛進で行く魔術師など魔術師にあらず。私はその類ではないのでね」
? てっきり屋敷からではなく私たちが来た方向から来たのだから、否定するかと思ったのだが……。
だがその遠坂の表情は先ほどの笑みと違い、厳しい。

「ならなぜサーヴァントと共に行動を? まだ聖杯戦争は始まったばかり。手堅い手段を講じると思っていたんだが、最前線で戦おうとしているように
 見受けられたんだが」
「……事実その通りだ」
遠坂はとてつもなく不満そうに言い放った。
本当に不満そうだった。

「最高で最強の者を召喚した。召喚したんだが……」
「ああ、最後まで言わなくても何となく分かった」
なるほど、そういう理由だったか。

 つまり、召喚した英雄と相性が合わなかったって事か。
触媒なしなら相性にひかれて英霊は召喚されるものだが、触媒を使えば相性など関係なく召喚される。
目の前のサーヴァントは見た目から間違いなく最前線で真っ向から戦う英雄だろう。
なら、彼と合うはずがない。

「随分と酷い言い草だなぁ時臣。そこまで余を信用できんのか?」
と、大男が発する第一声。
とてつもなく大きく、まるで山の鳴動とまで錯覚するほどだ。これはもはや威厳どころの話ではない。

「いや、そのような事はない。戦闘面では昨日のキャスターとの戦いで十分に見せてもらった」
「あの程度の事で十分といってもらっても困るぞ。余自らの強さを知らしめておらぬしな」
遠慮などせずに豪快にそのサーヴァントは笑う。
遠坂の浮かべる笑みは微笑か、苦笑いか。

「さて、と……」
笑っていたサーヴァントの目がこちらの方にようやく向く。

「ランサーよ。先日の戦いは実に見事であった。余もあれは見ておったが、あれほどの剣の舞いを拝見できるとは思わなかったぞ」
「それはどうも」
敵サーヴァントの態度と比べると本当に素っ気無いほどにランサーは答えた。

「本来ならもう少し後に強き者と戦おうとも思ったのだが、こうあからさまに攻め込まれるとなぁ。こちらとしても対応しざるをえまいと言う奴だな」
「まあ、攻防戦などそのようなものだ。攻められた側は否応なしに戦う事を迫られる」
2人の英雄はそう言いながら笑う。
探りあいも何もない、純粋な笑いだった。

「さてランサー、こんな場ではゆっくり語り合う事もできまい。ここは退くがいい。戦いにも時期相応というものがあるだろう?」
「俺の中では今こそ時期相応なのだが、な」
「……」
「……」

場の空気が変わる。
張り詰めた、だけではすまされないほどに一変した。
もはや呼吸をするのさえ苦しいほどにまでに。

「トーコ、安心しろ」
だがそんな私にランサーはそう言いつつ手を触れた。

「戦うか、退くか。どちらにする?」
「もちろん決まっているだろう」
私は押しつぶされそうになりながらも気丈をふるまい、絶対の自身といった笑みを浮かべる。

「倒すぞ。今日は邪魔者はなしだ」
「ああ」
ランサーはうなづきながら剣を鞘から抜き、構えをとった。
それを見てため息をもらす敵サーヴァント。

「仕方がない……が、戦いは望む所である」
彼もまた剣と盾を構え、馬をならす。

「前口上はこれぐらいでよい。後は戦いあるのみ」
「そうだな」
敵はこちらの退路をふさぐようにして立ちはだかっている。
逃げるにしろ結局は戦う必要があるか。

…敵の武装は剣と盾。明らかにアーチャーではない。
バーサーカーは倒れたし、セイバーがあの騎士ならば、こいつはライダーか。
と、ライダーと思われしサーヴァントは剣を高々と上げた。

「ゆくぞ!」
「受けて立つ!」
互いの英霊は飛び出した。

馬を駆けるライダー、疾走するランサー。
両者の剣はややこちら側よりでぶつかりあった。

「ぬ…!?」
「おおっ!」
力があり、上から振り下ろす分ライダーの方が攻撃の威力は勝っていたようだ。
体格の差だけでもその結果は予想できたものだが、ほとんどランサーはライダーの剣の威力を殺せていない。
ランサーは剣を傾けて威力をそらす。

更にライダーは怒涛の攻撃をしかける。
ライダーのふるう剣は魔力による威力増加はなくとも十分に威力を伴っていた。
馬も一流なら乗っている者自身も一流。
ライダーはその乗り物の方が有名になりがちだが、このライダーはまさしく双方本物だった。

騎馬兵対歩兵。その戦いは騎士同士の戦いとは趣が違った。
なぜなら敵は自分よりも上にいる。位置からして始めから不利なのだ。
馬を自分の分身として扱えるまでになれば歩兵との差は歴然とした物になる。

故にランサーは急加速、急方向転換でライダーをかく乱しつつ攻撃していた。
そして何とかしてライダーを馬から引きずり下ろそうともしているが、なかなかうまくいかない。
正に英雄と英雄の戦いだ。

再び剣と剣とがぶつかり合う。
……どうやらライダーはこちらに攻撃を仕掛けるような事をせず、あくまでランサーのみを倒そうとしているようだ。
こちらに攻撃できない、と言うよりはこちらに興味がない、が正しいだろう。
これは戦闘ではなく戦争だ。だと言うのにこの2人……、

この戦闘を楽しんでいやしないか?

いや、素人目で見ただけだから何とも言えないが、そんな気がしただけだ。

「さて…」
だからといってそれにいつまでも見惚れるわけにもいかない。
なぜなら敵はもう1人いるのだから。

「遠坂、私たちはどうするんだ?」
十分に警戒はしているが、遠坂は私のほうに向かっては来ていない。
彼は始め見た時から位置を全く変えていない。というよりポーズすら変えていない。
なぜかまでは分からない。ライダーを信用しているのか、それとも…。

「無論、戦うまでだな」
だがそう言っている彼は全く動こうとはしていない。
自分から動作を起こすつもりは全くないのか?

「…」
考えられる理由としては、この2つのトランクを警戒しているのが考えられる。
戦法が未知である以上、警戒するのは当然なのだが…。

「ライダー」
不意に、遠坂は己のサーヴァントに声をあげた。
とても静かな言葉ではあったが、凛とした強さがあった。

「軍を使え。一気にしとめるぞ」
「ふむ、いいだろう。力量を測るには丁度よい」
ライダーが遠坂の元に下がる。
ランサーも私のそばに降り立つ。

「ランサー、見せてもらうぞ。その実力を」
そして、


王の街道ロード・オブ・バビロン!」


高らかに宣言した。

その瞬間、初めはゆらりとした状態でおぼろげに現れる。
だがそれらは徐々に実体をおびえていき、質量を伴っていく。
そして、金属の音が鳴り響く。

「…うそだろ?」
思わず私はつぶやいてしまった。
それほどまでに目の前に広がろう光景には驚いてしまったのだ。

目の前にいるのは映画も真っ青になるほどの軍勢だった。

重装歩兵は全身鎧と盾、それから剣か槍を装備し、中には騎馬兵もいる。
その背後には弓兵も存在し、旗も高々とかかげられている。
比喩ではない、そこには間違いなく軍がいた。

「ぐ……軍勢が宝具?」
唖然とするしかなかった。

はっきり言えばこれならサーヴァント戦どころか都市攻撃すら可能にするほどだ。
いくら英雄が強く一騎当千だろうが、大軍と英雄を同時に相手できる者などいるはずもない。
それにランサーが魔術を行使して敵を殲滅しようとしたところでライダー自身は健在。そんな暇はないだろう。

狙いはランサー自身ではなく、彼を突破して私を殺そうという算段か。

問題はこの軍がどれほどの強さかという事だが、ライダーが宣言した名前から推測するか。
ロード・オブ・バビロン。すなわちバビロンの道。
大軍、威厳、装備、王都、街道…。
そこから導き出せる真名は一つ。

「征服王イスカンダル……」
間違いない。ライダーの真名はイスカンダルだ。
なんて奴。イスカンダルといえば英雄の中でも最上級じゃないか。
そんな奴を呼び出したのか。

だとしたらとんでもないぞ。軍は常勝。当時最強の強さを誇ったものだ。
最高かどうかはこの際置いとくとして、ここで勝てるような相手なものか。

「全軍、突撃!」
ライダーが命令を下す。まさに王の威厳を持って。
まずは槍兵が前衛、そのすぐ後ろには剣兵、更に後ろに弓兵。
何十にも固められた強固な軍。それが突撃してくる。

「ランサー、使い魔を使うぞ。ライダーだけに集中しろ」
「! 大軍を叩けるほどのものなのか?」
後のほうにとっておきたかったが、この際不満はない。
ランサーの宝具はほぼ一対一で真価を発揮する物だろうし、魔術はやたらと詠唱が長い。
なら私が動くのが道理だ。

「――出ろ」
私は足元に置いたそれを蹴り、静かに命令する。

まるで自動の機械のごとく、そのトランクはゆっくりと開いた。
そして、ナニか黒いものが軍を蹂躙し始める。

「まあ、標的が征服王の軍勢であるなら僥倖だ」
前衛となっている槍兵は綺麗さっぱりいなくなり、進軍も停止する。
そして、そいつは私たちと敵軍の間に姿を現した。

言ってしまえば平面の猫。
以前の使い魔が妹に破壊されてからコンセプトを若干変更して創ったものだ。
作品と道具の違いは思い入れだと私は思う。そういった意味ではこれは作品だろう。

「ほう。奇怪な使い魔を用いる!」
マケドニアの王は前衛の槍兵が全滅してもなお揺るぎもしなかった。
彼の時代には神代の魔術を受け継ぐ者がまだ大勢いただろうから、このような使い魔も幾度となく見てきたのだろう。

余談だがこれはもう少し手軽に持ち運びができるぐらいにしたいものだ。
そう、アタッシュケースぐらいの。
その辺はもう少し吟味しないとな。

「何、最高の軍勢を食にできるんだ。こいつも大いに喜ぶだろうさ」
いけ、と命令をする。

「槍兵! 剣兵! 前へ!」
同時、いや、若干相手の方が早かったかな? ライダーは自らの兵士に呼びかける。

軍の隊列が非常識なほど早く再整備され、再び整っていく。
後方に待機していた槍兵が一番前に出、その間に剣兵が入る形に。
そして私の使い魔が襲いかかるのはほぼ同時。
彼は宣言した。


殲滅軍隊ファランクス!」


敵の槍という槍、剣という剣、矢という矢が使い魔を襲う。
本来傷どころか形に揺らぎさえもありえない私の使い魔が、最高の軍の一斉攻撃を受けて削られていく。
そしてそれは何もなかったかのように霧散した。

「…おどろいた。まさか完膚なきまでに粉砕するとは」
私は正直な感想を述べる。
ライダー自身はともかくとして、一般兵は全滅できるとふんでいたんだが。

「進軍!」
マケドニア軍は王の命令を受けて進軍を再開する。
歩兵の着ている甲冑や剣の金属音が響き、軍隊がこちらに近づいてくる。

「…どうする? 使い魔があれで終わりならば俺はもう一つの宝具を使わねばならないが」
ランサーは剣を構えながらそう言う。
確かに前衛の槍兵は全滅させたが、依然敵の軍勢は多い。
私たちが不利なのには変わりなし、か。

「杞憂だ。すぐに終わる」
だから私はこう言ってやった。
勝負は既に終わっている、と。

私は指で合図を送る。
そのとたん、まるでモーセが海を割るように、軍が割れた。

「な…!」
驚きの声をあげるのはライダーか、遠坂か。

そう、そこには先ほど破壊したはずの私の使い魔がいた。

「成る程!」
兵士たちが対応するが、すべてが徒労に終わり、その使命を全うしていく。
さて、この勢いで遠坂を…。

「ふんっ!」
が、兵士を食らう瞬間にライダーはその使い魔の頭部をわしづかみにする。
実体なきはずのそれを掴むだなんて非常識な。

「はあっ!」
そして気合と共に一閃。
私の使い魔は両断された。

「なんていう奴。通常攻撃自体が概念の塊か」
…この様子だと私の使い魔ごときではライダーは倒せないか。せいぜい遠坂や一般兵ぐらいか。
だがそれだけで十分。

その隙に接近していたランサーの一撃がライダーの盾を切り裂いた。

先ほど遠坂そのものの不意打ちをせずに縦方向に軍を裂いたのはランサーを接近させるため。
ランサーを襲おうとする一般兵はことごとく復活した使い魔の餌に消えている。
私の使い魔がいる以上、もはや軍は烏合の衆にすぎない。

「さて、そろそろいいだろう」
ランサーを守っていた使い魔は私の命令を受けて標的をかえる。
狙いは、遠坂だ。

遠坂との間合いは使い魔の速度でおよそ2秒ほどしかない。
間にいる兵士を全て食らう事を想定しても3秒。大魔術は使えまい。
普通なら。


「――Anfangセット, Einfrieren凍結


普通ではないから困るんだがな。
宝石魔術、あらかじめ宝石に魔力を移す手順が必要だが、それこそ大魔術ほどのものを一行程ですませてしまうものだ。
遠坂は宝石魔術をものとしている家系なのだからこれは想定内。

 その魔術は敵の動きを分子単位にまで停止させる、氷河の嵐。
確かにいかな生物であろうとも動いている限り熱を持つ。逆に言えば熱を奪えばエネルギーがなくなるのだから、いかなるモノも停止する寸法だ。
使い魔が正体不明ならばこそする手段か。

だが私の使い魔はそんなに甘くはない。
なぜなら今動いている黒い部分は本体にあらず。
故に何事もなかったかのように黒い使い魔は遠坂を食らおうとして、

あっさりよけられた。

「え?」
よける、よける、よける。
遠坂は使い魔の攻撃を完璧によけている。

武士は先々の先を読み、それは未来予知にも近い域にまで行くというが、遠坂は使い魔の動きを読みきっている。
……しまった。なまじ優秀に作ったせいか攻撃そのものは単調だ。読まれやすいという欠点が含まっている。
いかな人を超える速度を持っていても、読まれてしまえば意味がない。

だがその読まれている相手が魔術師である遠坂なのはとてつもなく意外だ。
その遠坂はその状態のままでこちらに駆ける。

「こいつ…!」
まさか、宝石魔術だけでなく、真骨頂はもしやインファイトか!?

だとしたらまずい。
いくらルーンでの強化を行っても接近戦は素人だ。かなうはずもない。
使い魔を使ってこちらに来る前に遠坂を喰らう、それしかない。

速度はこちらの使い魔の方が速い。
ライダーはランサーに足止めさせているし、ライダーの兵も使い魔を阻む事などできない。
よし、これなら…。


Fixierung狙え, EileSalve一斉射撃――――!」

「しま…っ!」


なんて莫迦だ。宝石魔術の可能性を失念していたとは。
駄目だ。反応が追いつかない。
くそ、こうなったら…!

私は持っていたトランクだけを持って逃げる事にした。
と同時に遠坂が放ってきた宝石に対してソウェルとは逆の意味、休止と氷を意味するイサのルーンで威力を最小限に押さえ込む。
これで何とかなってくれよ…!

イサのルーンで威力をある程度抑えたはずだが、大爆発の威力はすさまじい。
さすがにバーサーカーのよりは劣るが、それでも私を吹っ飛ばすには十分だった。
それに爆発の中心だった、持ち出せなかったトランクはそれで木っ端微塵になる。

「ぐあ…っ!」
勢いをそのままに柵に激突する私。
それでも命があっただけましか。

「ぐ…!」
悲鳴を上げる体をベルカナのルーンで何とか回復させつつ更に回避行動に移る。
突撃しながら宝石魔術を使ったんだ。これだけですむはずがない。
とにかく爆発で煙が待っている今が距離を離すチャンスだ。
こうなったらもう一方も使いざるを得ないのか?

「甘い」
だが、その回避行動に移ってすぐ後に煙の中から遠坂がいきなり現れた。
まるで私が見えているかのように。

そして、私はまた柵に叩きつけられた。

「なんて…やつ…」
足音か空気の流れか、それとも単純に煙の動きを読んだのか。
とにかく遠坂は私の居場所を感じ取り、そして私を柵に叩きつけたのだ。

今の私は遠坂に首を掴まれて宙吊りになっている状態だ。
吹っ飛ばされた衝撃でトランクを落としてしまったし、こうなったらルーンを直接に書き込んで…。

「無駄な事はやめるんだな」
だがこの遠坂は容赦がない。
前口上なしに私の首の骨をへし折って終わりにする気だ。
確かに何かをされる前にそうする方が理にかなっている。するのは当然だろうな。


神聖なる絶世の名剣デュランダル!」

「!?」


どっちにしても遅いがな。
ランサーの宝具発動を察知したのか、遠坂は一瞬早く私から手を離し、回避行動に出る。
さすがに私の首をへし折る時間はないと踏んだか。

それが功を奏したのか、私の首を絞めていた方とは逆の腕の切断だけですんだ。

「よし…!」
心の中でガッツポーズ。
もし斬りおとした遠坂の腕に令呪があるなら、手に入れればこちらがぐっと有利になる。
腕が吹っ飛んだ方向はこちらの方が近い。
これなら…!

吹っ飛んだ腕を取ろうとする遠坂だが、回避行動から宝具発動、腕の切断までの過程は一秒にもなってない。
その表情からは驚愕しているのが垣間見える。これなら令呪もあるだろう。
当然急な方向転換は不可能。
ゆえに、

私は遠坂の腕を取った。

「令呪は…よし、ある!」
私を殺そうとした腕とはやはり逆だったか。
私が何かをした時に傷つけやすいのは殺そうとする腕の方。万が一を考えるならその方がいいだろうしな。
ライダーはランサーに阻まれてこちらに攻撃はできない。遠坂も位置的には無理だし宝石魔術を使う暇もあるまい。

「ライダーよ命ずる」
ならば、その令呪をもって遠坂には脱落していただこうか。

「全力を持って遠坂を…」
そこまで言った瞬間、


世界が一変した。


「「「!?」」」
私が、ランサーが、遠坂までもが三者三様に驚く。
何しろたった今ありえない事が起こったのだから。

世界が全く変わっていた。

私やランサー、と言うより四人の立ち位置や体勢。それから状況までもが一変していた。
それも一瞬で。

混乱する思考を無理やりにでもこちらに引き戻し、現状を確認する。
まずライダーは剣を振り切った体勢になっている。マケドニア軍はその一瞬の間に消失していた。
ランサーはライダーと私の間に入り、その剣から私をかばうようにしている。
両者とも先ほどまでの攻防での傷しかついていない。
そして…。


何で遠坂が私の左腕を持っている?


私の右腕はいまだに遠坂の令呪のあった腕を所有している。
だがランサーの令呪があった左腕は遠坂の手にあった。
一体いつの間にこんな事になった?

4人の中でライダーがいち早く動き出す。
彼もまた若干の驚きが表情に混じっていたが、一番立ち直りが早かった。
狙うは、私だ。

くそ、原因究明は後回しだ。
現状では私と遠坂はそれぞれ敵サーヴァントの令呪を所有している。
だがそのどちらのサーヴァントもまだおのおののマスターにしたがっているのだろう。
令呪による命令発動がない限り、ランサーは私のだし、ライダーは遠坂のだ。

だからこそライダーは私を狙ってくる。私の持つライダーの令呪を取り返すために。

「く…っ!」
一瞬遅れてランサーが飛び出す。
ランサーは令呪を奪うよりもまず私を守る事を優先したようで、何とかライダーに追いつこうとしている。
体勢は片手持ち。宝具の使用でライダーを阻むようだ。

「命ずる」「――Anfang, Vertrag…… !」
私と遠坂が令呪に魔力を通すのはほぼ同時。

考えろ、考えろ。
敵の令呪は私が持っている。つまり命令しだいではライダーは私のサーヴァントだ。
だがライダーはかの有名な征服王イスカンダル。そう簡単な命令では従ってくれないだろう。

“遠坂を殺せ”、却下だ。
たとえ敵に回ったランサーと遠坂を倒す事に成功しても、ライダーが私に従ってくれないのでは全く意味がない。

“私の命令に従え”、これも却下。
このような大雑把な命令では効果が低いことは確実。最悪命令無視で私を殺しかねない。

“全力で撤退”、これも却下。
逃げた後に殺されかねない。イスカンダルは英雄なのだから撤退は屈辱的な行為だろう。

ならもはやこれしかあるまい。
いささか博打が入っているが、もたもたしているとライダーとランサーの両方が私の敵に回ってしまう。
かと言って交渉する余地もなさそうだ。交渉すると切り出した後にランサーの令呪発動、デュランダルで殺されかねない。

…ランサー、すまない。
全て私の責任だ。


「主換えに賛同しろ…!」

「Ein neuer Nagel Ein neues Gesetz Ein neues Verbrechen―――!」


互いに同時に令呪発動。互いの令呪が一個ずつ消失する。
直後、ランサーとライダーの剣が中間でぶつかりあった。

ライダーが私に背を向ける形で。

「……っ!」
ランサーが遠坂の方に飛ぶ。そして、彼のかたわらに降り立った。その表情は苦悶にゆがんでいる。
ライダーの体勢はそのまま。つまり私に背中を向けたままだ。その表情は……笑っている?

「く……くく、くははははっ!」
そして爆笑しだす。
これが本物の爆笑、として国語辞典に載せてもいいぐらいのすがすがしいまでのものだった。
何がそれほどまでに爆笑を誘うのかは私には理解しがたかった。

「征服王、何がおかしい」
「奪ったか! そうか奪ったか! いやなに! ランサーとそのマスターの連携があまりに見ごたえがあってな。つい笑ってしまったわ!」
「笑い事ではないだろう。この状況は!」
ランサーは剣をライダーに向けながら鋭く言い放つ。
だがライダーはそれを気にしようともしない。

「そして令呪を使って下した命令が「主換えに賛同せよ」か。大胆、動向、配慮、様々なものが込められてるじゃないか。余の『真の技』の一端を
 外したかいがあるというものだ」
やはり、か。もしやとはそうだったのか。

「ライダー! おまえやはりわざと外したな……!」
「わざととは心外な。手心を加えたのは確かだが、令呪を持つ腕のみしか切断できなかったのはまさしくランサーの仕業よ。あの一瞬ではこの程度
 の変革がせいぜいと言ったところだろうて」
おかしいと思った。令呪を持つ手でもこの命でもなく、ランサーの令呪を持つ腕を切断されるだなんてな。
だがそれをランサーが防いだ事もライダーの話では事実だ。

「……」
状況を確認しよう。
今私たちは互いのサーヴァントの令呪を所有していて、それぞれそれを行使する事で味方につけた。
つまり、

「……サーヴァントが入れ替わったか」
結局、現実はそれか。
ライダーが私のサーヴァントになり、ランサーが遠坂のサーヴァントになった。ただそれだけ。

「さて、どうするのだ時臣、そしてランサーのマスターよ」
サーヴァント2人は動こうとしない。ライダーはただこう述べるだけで静観をし、ランサーは何も言おうとしない。
だとしたら私たちが動くしかないだろう。

「…遠坂、ランサーの令呪を返せ。そうすればライダーの令呪は返してやる」
まずは無難に交渉スタート。
果てしなく成功率は低いが、やらないよりははるかにマシだ。

「どうやって?」
遠坂は無表情に私に問いかける。
そう、一番の問題はそこだ。

通常の魔術師同士の交渉、つまり等価交換とはわけが違う。
これは聖杯戦争、殺すか殺されるか。それだけだ。
騙し合いは常套手段。ならばどちらも騙しが使えない方法を考える必要があるが…。

中間地点で手渡し。始めから問題外。
私では遠坂に接近戦で勝てるはずがない。さっきの一瞬だけで分かってしまった。
何らかの体術をやられてライダーの令呪だけ奪われたら終わりだ。

サーヴァントに交換させる。これも論外。
事令呪に関しては一瞬でも先に動いたほうが有利なのは目に見えている。
例えライダーがライダーの令呪を持っても私を殺しかねないし(その時は報復でランサーが遠坂を殺すだろうが)、ライダーがランサーの令呪を持てば 令呪発動で片方が圧倒的有利になりかねない。

互いにサーヴァント交換で納得する。一番現実的だがどうも気に入らない。
ランサーは私が呼び出したサーヴァント。偶然手に入れたライダーとはわけが違う。
たとえライダーがイスカンダルであっても、な。

だが方法を問うということは遠坂もライダーを取り返したいはずだ。
ここは…。

「互いにサーヴァントを100メートルほど離す。マスターは腕(令呪)をその場に置き、円状に互いに移動。互いに同時に回収。これでどうだ?」
これなら令呪を使われる心配もないし、互いのサーヴァントはけん制しあえるし、最悪の事は回避できるはずだ。
若干の沈黙の後、遠坂もうなづいた。

「いいだろう。それでいこう」
「よし」
私はランサーに、遠坂はライダーに離れるよううながし、互いに同じ方向に100メートルほど離れる。
私と遠坂を直線とするなら垂直方向に。
そして私たちは互いに令呪を地面に置いた。

「……」
少しずつ円をかきながら私たちは回る。互いに出し抜かれないように牽制しあいながら。
互いのサーヴァントを取り返したいと思うのは当然の事のはずだ。だが万一の事があれば…。
三分の一が終わる。まだライダーの令呪の方が近いか。なかなか進まないな…。

と、次の瞬間、ライダーが飛び出した。

「「!?」」
その瞬間に交渉は決裂した。
私たちは互いにより近い方の令呪に急ぐ。
つまり、敵サーヴァントの令呪の方に。

一秒足らずで金属音が鳴り響いた。
この音、間違いなく剣と剣がまじわる音だ。

「あいつは……!」
ライダーはまだその場に来ていない。金属音の正体は何らかの飛び道具を使ったのか。
そして攻撃を受けた方は大きく吹っ飛ばされたが、剣が粉々に砕けただけで無傷のようだ。

「無粋だぞ。昨日も余とキャスターの戦いを見ておったようだが、今度は交渉にまで介入するとは、英雄として恥を知るがよい!」
ライダーが怒りと侮蔑の混じった声で敵に言い放つ。
敵、それはランサーではない。

「ふん、猪のように突っ込むだけにしか能のない男がよく吼える」
体勢を立て直し、新たに三日月刀を持ってその人物は構えをとる。
真っ赤で腰にまで長い髪、まるで絵にしたような美女、その気品。
間違いない。

「アサシン……?」
そう、自称間桐慎一のサーヴァント、アサシンだった。

ライダーは今度は長槍を装備してアサシンに襲いかかる。
怒涛の攻撃を前にしてアサシンは……。

「……かわしてる?」
その体はまるで武芸者と言うより体操選手のごとくやわらかさ。
まるで舞踊を見ているかのようなその動きは美しいとまで思う。

「く……!」
だがアサシンの顔は苦悶にゆがんでいた。
分かってしまったのだろう。自分ではライダーは倒せないと。

徐々にアサシンは押されていく。
それを見ていた遠坂は…、

「ランサー、この場は退くぞ」
ライダーとアサシンに一瞥をくれると、そうランサーに対して命令を下した。
既に接近していたランサーが遠坂のしんがりをつとめている。

アサシンに狙われたのは遠坂。
注意を向けていた私や遠坂にすら気づかれず、サーヴァントにだけようやく分かるぐらいの暗殺を決行しようとしたらしい。
だから結界のまだある遠坂邸に入ればかなり有利になるはずだ。

「ランサー!」
だが退く前に彼に言わなくては。この事を絶対に。
ランサーは退きながらもこちらに視線を向けてきた。

「絶対におまえを取り返す。それまで負けるんじゃないぞ」
「そっちこそライダーと一緒に死なないでくれよ!」
そう述べるとランサーは遠坂と共に屋敷に入っていく。
それを見ると若干顔をゆがめるアサシン。無表情に見送るライダー。

こうなってしまった以上私にはどうしようもなかった。
手元にあるのはライダーの令呪。ランサーのではない。
私も遠坂も、行ったのは互いの主変換を受け入れる命令だ。

「……くそっ!」
悔やんでも悔やみきれない。

私は、ランサーを失った。




多分続くんじゃないか?


ステータス情報が更新されました

第8話に続く

戻る



 キャスターが変わったのでこの話はとてつもなく変わりました。アサシン対キャスターは結局没に。キャスター攻略は次回以降への持ち越しです。

いきなりサーヴァント交代。ライダーとランサーを交換しました。自分のでないサーヴァントをしたがえるというのがどのように働くのかは次回へ。

さて、一番重要なのは今年の最後にFate/Zeroが発売される事。第四次の話ですから当然オフィシャルです。ですが、原作に沿うことは多分ありませんので ご了承ください。直しても遠坂時臣の言葉遣いぐらいです。
それでは次の舞台で。
  2006年12月4日

 Fate/Zero発売に伴い、若干変更しました。詳しくは別のカテゴリーにてご説明いたします。
ちなみに属性『火』なのに凍結を使っているのは仕様です。あの場では炎よりはそちらの方が良かったと思ってそうしました。
  2007年1月4日 第二回更新


2style.net