幻橙英雄
第3話・秩序王A
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朝、私は目覚める。
目覚まし時計を見ると6時。早くもないし、遅くもない。ようはちょうどいい時間だ。
睡眠時間は十分にとったので、全く眠たくもなかったし、あくびも出なかった。
外を見ると町を見渡せるが、あいにくの曇り空なのでさして良い光景でもない。
私は布団から起き、着替えをすます事にした。
ふと机の方を見ると、イスをこちらの方に向け、ランサーが座っていた。
目はつぶっているが、その気配は明らかに起きているそれだ。
サーヴァントは睡眠を必要としないと聞いたが、どうやら本当のようだ。
「おはようランサー」
「おはようトーコ」
私の挨拶にようやくランサーは立ち上がる。
ランサーの姿は昨日と全く同じだ。服は国王にいつでも謁見できるような礼服、ある程度の装飾品、そして腰には剣が下がっている。
……正直、
「出歩くのには向かんな」
「え?」
「いや、こっちの話だ」
しかしセイバーと戦っている間もそのスタイルを崩そうとはしなかった。どんな英雄だろうとも鎧を着るものだと思うのだが。
出歩くにしても、霊体化してもらう手もあるけど、なるべくそれは使いたくない。
まずは街で情報収集だな。
いくら聖杯戦争が極秘で行なわれているのだとしても、そう完全に情報を隠蔽できるはずがない。
つまり、噂程度ならば流れているかもしれないのだ。
それと、何らかの事件がおきているのであれば、それを手がかりにもしたい。
そうすれば自ずとサーヴァントとマスターの情報が……。
「と、思い出した」「トーコ、それと話があるんだが」
む、私とランサーの声がかぶったか。
私たちは互いに顔を見合わせる。
「トーコから先に話してくれ」
「では遠慮なく」
マスターの情報、これで確認しなければいけないことがあったのだった。
そう、昨日のアイツだ。
「このホテルでサーヴァントの気配はするか?」
「する」
考える時間も探る時間もなく、ランサーは断言してくれた。
「多分一体だと思うが、違うか?」
「合っている。下の階の方で一体のサーヴァントが感じられるな。おそらく相手もこちらに気づいているはずだ」
やはり、か。
では昨日のあの東方正教のシスター、たしかアナスタシアとか言ったか、彼女がマスターに違いない。
さて、問題は……、
「相手もわかっているならなぜ攻めてこないんだ?」
「相手の心まで分かるわけではない。そこは探るしかあるまい」
見事なまでの模範解答をありがとう。
でも私が聞きたいのはそれではなかったんだがね。
「まあいい……」
一息ついてシャワールームの方に向かう。
「適当に着替えを用意しておいたから、着替えてくれ。シャワーを浴びたら食事に行くぞ」
「サーヴァントは食事を必要としない。したがって霊体化して同行すべきだと俺は思うが?」
確かにランサーの言ったとおり、サーヴァントには食事など必要あるまい。
だが、ね。
よって私は言ってやる。
「だが逆にしない必要もあるまい。どうせ食事代は宿泊費に込みだ。気にするな。それとも食事ができない理由でも?」
「……いや、ない」
納得いかない、という顔はしているが、食事をしない必要もないのは事実。
それにサーヴァントには霊体化したサーヴァントが見える。ならホテルに限っては隠れる必要性はどこにもない。
「なら着替えておけよ。それとも私の選定した服が気に入らんか?」
「いや、そんな事はないが……」
「ならいい」
私はそういいながらとっととバスルームに入っていくのだった。
「ついでに聞いておくが、さっき話したかった事とは何だ?」
「もう言われた」
あら、そうだったか。
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来た時よりラフな姿をして私はエレベータのボタンを押す。
ランサーはYシャツにGパン、おしゃれなどとは言いがたいが、まあいいだろう。後でその辺も買っておくか?
火気厳禁だから煙草が吸えないのがいたいが、ね。
「さて、昨日のシスターは一体どんな奴を呼び出している事やら」
「む、その言い方だと下のマスターとは知り合いなのか?」
軽やかな音がして、エレベータのドアが開く。
中には誰もないっていないので、私は中の壁に寄りかかり、閉じるのボタンを押す。
ほとんど音もせず、エレベータは下へと下がっていった。
「違うよ。昨日数分間会話しただけだ。どんな奴かなんて知らんな」
「……そうか」
とだけ言って、ランサーとはこれ以上会話はなかった。
食堂に着いた私たち。このホテル全体に言えることだが、わりと中はしゃれている。
トイレなど細部もちゃんと手入れが行き届いていて、絵や花が効果的に配置されている。照明も明るすぎず、暗すぎず、高級感を演出している。
この食堂も例外ではなく、しゃれていた。
「バイキングか……」
「バイキング?」
「あらかじめ用意された品から好きなものを好きなだけ取り、それを食とする方法だ。ランサーも適当に皿と料理を取っておけ」
「そうか。分かった」
トレイを取り、皿、ナイフとフォークにスプーン、そして料理の数々を適当に取っていく。
朝からそう油モンが食えるはずもないからパンやスープと言った軽めのものしかとってないがね。
ふとランサーの方を見ると……。
「随分と質素だな」
軽めにしかとっていない私の目から見ても、ランサーの盛り付けは質素以外の何物でもない。
私の一言にむっときたのか、ランサーはこちらに顔を向けてきた。
「言っただろう。サーヴァントは……」
「ああもう、見てられん。お前はバイキングの楽しさを全っ然分かっちゃいない」
そういうととっととランサーのトレイを引ったくり、適当に皿に盛り付けていく。
「何するだぁ! 勝手に人のを取るだなんて!」
「コアなの知ってるな」
盛り終わったところでトレイを返し、私たちの席を探す。
……てこれ指定席じゃないのか。
「仕方がない。どこか適当に開いている席を探すか……」
そう言いながら左右を見渡して……、
そいつらを見つけた。
「あそこにするか」
「え……っ!?」
まあランサーが驚くのも無理はないだろう。
なぜなら私はアナスタシアの方に向かっていたからだ。
「相席していいかしら?」
「あ、かまいません」
私が笑みを浮かべながら訪ねたので、相手は会釈をしてそれに答えた。
四人がけの席のうち、私は彼女の隣に座る。
「おはようございます、アナスタシアさん」
「あ、おはようございます、えっと……」
「燈よ。敬称は結構だから、アカリ、と呼んでくださいな」
「あ、どうもすみません。名前を覚えるのが苦手でして……」
恥ずかしそうに照れ笑いをするアナスタシア。
「いえ、そんなはずかしい事でもないわよ。完璧な人間なんてどこにもいないのだから」
「そう言っていただけるとほっとします」
彼女は昨日のままだ。対応も丁寧で、人を見下す事など何一つしない。あくまで理想的なシスターだ。
では彼女の事はここまでとしよう。
「ところでアナスタシアさん、そちらの連れは一体どなたかしら?」
そう、彼女の向かいには、昨日チェックインした時は間違いなくいなかった男性が座っていた。
年齢は20代前半、いや、もしかしたら10代後半かもしれない。
服はさすがに修道服ではなく、今の時代によくあるようなものだ。髪はランサーより短いが刈り上げではない。
その風貌は……なんだろう。ユダヤ系にも見えるしイスラム系にも見える。判断がつきにくい。
で、それよりも目立つのが、その態度だ。言っては悪いかもしれんが、その態度は絶対の権力者をイメージさせる。
その男、どうやら私たちが来る前から不満だったようだが、私たちが来てから更に不満になったようだ。
まあ隣にいるのはランサーだ。彼がアサシンでもなければここで事を起こす大胆な事はするまい。
それに気配遮断には全く向いてなさそうだからアサシンでない事は明白だがね。
と、アナスタシアは軽く息を吐く。
そして、
「それは建て前で言いましょうか、それとも真実を言いましょうか。アカリさん」
と言ってのけた。
人を見下したような笑いを浮かべる男と、何も反応を示さないランサー。
「真実でよろしくね。アナスタシアさん」
と私は即答した。
昨日の口ぶりからどうせ私が魔術師だとはばれてるんだ。ならこれ以上かくしても無意味だ。
そうですか、と答えてアナスタシアは男の方に手を向ける。
「こちらは私のサーヴァントです」
「クラスは?」
「秘密です」
それはそうだろうな。クラスを知られたら迷惑なサーヴァントだっている事だし。
そこまで大胆不敵ではなかったか。
アナスタシアは、予想通りと言うか、ランサーの方に顔を向ける。
「そちらのお連れの方は……言うまでもありませんね」
「さあ? それはどうかしらね?」
とわざととぼけてみせるが、このえらそうなサーヴァントがランサーをサーヴァントだと感じ取ってしまうだろう。
なら別に話す必要もないんだがね。
「それで、戦うのでしょうか?」
と、彼女はこんな事を言いながら私を見すえてくる。
言いたい事を先に言われたか。
さて、これに答えるのであれば、私はマスターだと断言する事になるんだが……。
まあいい、あらかじめ用意しておいた言葉を述べるだけだ。
「いいえ、最低でもこんな朝早く、しかもこんな人が大勢いる場所でなんて戦えやしないわ」
「そうですね。私も同感です」
「え?」
その答えは予想に入っていたが、意外ではあった。
「随分と消極的ね」
「いえ、私は魔術師ではありませんので、時と方法を選ぶだけですよ」
「なるほど」
私がこの場を戦闘の場所に選ばないのは単に魔術行為をさらしたくないだけだが、彼女はあくまで流儀にそうと言いたいのか。
まあ、魔術師は「」に至ればいろいろとする集団だからな。分からなくもないが……。
と、アナスタシアのサーヴァントが急にナイフを放り出す。
「アナスタシア、余は不快だぞ。なぜこのような下賎な者と食を共にせねばならん?」
んでこんな事を言ってくれました。
アナスタシアがあわてるようにしてそのナイフをサーヴァントの前に置く。
「キャスター、我慢してください。情報を交換するのも戦争では大切なんですから」
いや、私はのっけから情報を交換しようだなんて思ってはいない。単に相手の様子をうかがいに来ただけだ。
それにキャスターって、しっかりクラスばらしてるじゃないか。
「不快なものは不快だ。ただでさえ王である余がそなたの下についているんだ。それはまあそなたの人格で埋め合わせがある程度効くが、
この2人は鼻持ちならん」
言ってくれるじゃないか。随分と。
とは思ったが、口にも表情にも出さなかった。ランサーはただ黙々と食を進めている。
…この自称王様、語るに落ちてるがね。
「それはどうも失礼したわね」
……ん? 待てよ?
キャスターだと?
「アナスタシア、ちょっといいかしら」
「何でしょうか?」
本当に申し訳なさそうな顔をして、彼女はこちらの方を向く。
「彼、本当にキャスター?」
「え……ええ、まあ……そうですけど?」
「本当に?」
「そうですよ。まさか私が騙しているとでも?」
「……いえ」
いや、はっきり言おう。本当にこいつキャスターか?と。
まず見た目からしてバーサーカーではあるまい。何しろバーサーカーは狂戦士、こいつのイメージには合わない。
と言ってアサシンでもあるまい。こんな高慢な奴にそれが果たせるはずもないし。
ライダー……も違いそう。これはあくまで直感でしかないが。
とすると残ったのはアーチャーとキャスターだが……こいつの魔力は確かに高いな。それは断言できる。
が、それはこっちから見たらの話で、キャスターの素質があったランサーやセイバーよりも低いと断言できる。
だとするとこいつがキャスターなのは宝具や覚えている魔術にでも関係が……?
「まあいいわ。こんなつまらない話をするのも何だし」
これ以上聖杯戦争の話をしたところで進展などあるまい。
多分私より数分前に召喚したのが彼女だとするなら、おそらくまだ一回も戦っていないはず。
なら交換する情報などないだろう。
「そうですよね。せっかくこうして食事を共にしているのですから、もっと明るい話題にしましょうか」
と彼女も同意してくる。
さて、話すことといえば……。
「今日の予定は?」
「キャスターを連れて街を出歩こうと思います。さすがに街を把握しておかないと不利になってしまいそうですから」
「そうね」
それには私も同意する。
いざ逃げるとなれば、地理の便があった方が格段に成功率が上がるものだ。
逆に攻める時はこちら側が有利な地形や地理に持ち込める。
ならそれは当然の事だろう。
「では貴女方も?」
「いえ、私たちは教会に行こうと思ってるわ」
「教会」
そう、昨日はセイバーに殺されていけなかったが、昼間襲われようとも遅れをとることはないだろう。
……さすがにバイクはやめておこう。怖いからでなく、財布事情だ。
と言っても最後のトランク無しでセイバーに立ち向かえるほどあまくはないし。
「監督役に挨拶をしようと思ってね。貴女もどうかしら?」
「東方正教の私にカトリックの教会に行けと?」
……彼女はとてつもなくさわやかな笑顔だ。うん、断言できる。
だと言うのに彼女の背後に燃え盛るどす黒い炎は一体なんだ?
「いえ、ごめんなさい」
「あやまる必要はないですよ」
……さわらん方がいいだろう。うん。
あくまでキャスターは鼻持ちならんという態度を崩していない。よっぽどの出のサーヴァントなのだろう。
夜出会えば戦う事になるのだから、それではっきりとするはずだ。
「ト……ではなく、アカリ」
と、なんかランサーが無表情で語りかけてきた。
でも問題はその動作だ。なんか私には皿をこっちに動かしているように見えるんだが?
「多すぎて食べきれない……」
「「は?」」
それには私もアナスタシアも思わず声をあげてしまった。
たしかに盛りすぎとは思ったが、それでもランサーの奴、大して量はいらないらしい。
「あとはよろしく」
「……」
そんなオチを作る必要などなかったんだが……な。
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アナスタシアらとも別れ、私はスーツケースを、ランサーは剣を持ち、ホテルを出た。
バイクなら数分だろうが、歩くのなら数十分はかかる道だ。自然と考え事をしながらになる。
さて、調べたところによると、この聖杯戦争には常連がいるらしい。
遠坂、アインツベルン、マキリだったか。私、セイバーのマスター、アナスタシアが部外者なのだろうから残るマスターは1人か。
この三家は聖杯に対する執着がすさまじいようで、勝ちを確実に狙いにきている。
一体どんなサーヴァントを用意した事やら……。
他にも下らん事が頭に浮かんだが、丘の上にある教会に私たちはたどり着いた。
わりと時代を感じさせるが、数十年と言ったところか。どちらにしても私の趣味じゃないな。
ん?
「なんだ、お前も入るのか、ランサー」
そう、ランサーも教会に入ろうとしているのだ。
私はてっきり「俺はここに残って敵に備える」とでも言うかと思ったんだが。
「あのな、俺は聖堂騎士、つまりキリスト教徒だぞ。分かってるよな?」
あ、そうか。
シャルルマーニュはカトリックにとっては大英雄で、自身もキリスト教徒。ならつどいし聖騎士はキリスト教徒が多いだろうな。
それなら教会に入ろうとしても不思議ではない。
きしむ音が聞こえながら、私はドアを開けた。
中の装飾を見てみるが、やはり私にはカトリックよりプロテスタントとの印象を感じさせる。
さて、あとは監督役を探すだけだが……。
「次の礼拝の時間はまだ先だが……」
と、教会の中にそんな渋い声が響き渡る。
見ると、いつのまにかそこには男が立っていた。
神父の姿をし、首には十字架もかけている。
「だが迷えるものを導くのもまた聖職者の使命。遠慮なく悩みを打ち明けるがいい」
男はなおも続ける。
まるで全てを見すかしたような雰囲気を抱かせるが、ね。
「私が用があるのはもう1人の方なんだが」
「―――なるほど。彼なら今不在だ。用件なら私が承ろう」
と彼は私が言いたい事に気づいたようで、そう言ってくる。
私が用があるのはこの教会の主、すなわち言峰璃正。
前回の時に活躍して今回も監督役を任されたようだ。現に私にも電話かけてきたし。
『参加するのか、しないのか』
魔術師だって金には困ってるんだ。準備ぐらいさせろ。とあの時は思ったがね。
さて、この男は間違いなく監督役の関係者だろう。もしかしたら親友、いや、血縁者かもしれない。
だからと言ってそいつを信用できるかと言ったら、「そんな事があるか馬鹿め」と100%答えるだろう。
よって、
「ならしばらくここにとどまらせてもらうか」
「む?」
「なに、彼はキリスト教徒だ。神について語り合うといい」
と言ってとっとと椅子に座り、本を読む事にする。
ランサーが何かを言いたそうだが、少数意見なので却下だ。
そんな彼はふむ、とうなづく。
「確かに。私がこの教会の関係者と偽った聖杯戦争のマスターだとも考えられるな。賢明な判断だ」
「それはどうも」
なるほど、聖杯戦争の事を知っているのだから、関係者ではあるな。
それに少ない会話ですぐに意図を察する所、あちらの方も賢明なようだ。
だからと言っておいそれとしゃべるほどのことでもない。
「しかし、今回は本当に参加表明を届け出るマスターが少ないものだ。君たちを含めてこれでようやく2組だ」
「義務ではないからな。利益にならないからやらんだけだろ。そんなにして欲しかったら次回に義務化するんだな」
愚痴か独り言か、それに対し私はそっけなく言い放って本のページをめくる。
……待てよ。
「よく考えてみたら……」
こいつは聖杯戦争関係者だろう。かと言って魔術師が変装して居座っているわけではないだろう。
聖堂教会を敵に回してまで聖杯を手に入れたければ別なのだが。
それに私が来たのは参加表明のためだ。手の内をさらすわけではないんだから、そこにこだわる必要もないのではないか?
「……一つ聞いておくが」
「何だ?」
「おまえと監督役との関係は?」
実際はこの質問自体に意味はない。意味を持つのは、相手の反応だ。
その彼はただ、
「なに、ただの血縁者だ」
と言ってきた。一部の迷いもなく。ただ事実だけを。
なるほど、なら別にかまわんな。
「蒼崎橙子、歓迎する。そっちのサーヴァントはランサーだったな。昨日のセイバー戦はご苦労だった」
「……っ!」
知っていたのか。私たちがやられた事を。
「事後処理をやったのはおまえか」
「まあな。それが監督役の役割でもある」
そう、昨日セイバーとの一戦をした所は何事もなかったように元通りになっていた。
壊された二輪、道路の亀裂、そして私の死体もなくなっていた。
と、彼は若干の間を置いて、
「七体のサーヴァントもそろった。これより聖杯戦争の開始を宣言しよう」
と言った。
「では改めて聞くが、きみは参加するのかね?」
「無論、そのためにこの地にいるんだからな」
即答し、私は立ち上がった。
こうして要件を済ませた以上、もはやここにいる意味はない。
「ランサー、行くぞ」
「少しぐらい祈りを捧げる時間をくれたっていいではないか」
「……」
そんなランサーは十字架の前にひざまづき、祈りを捧げている。
これでは令呪でも使わん限り動きやしないだろう。
「やれやれ……」
別段次の行動が定まっているわけでもないし、急ぐ必要もないか。
そう思い、また本を取り出して座る事に。
「そう言えば蒼崎橙子」
「……何だ?」
別に聞きたい事もないし、話す必要はないと思うのだが、それでも返事はしておいた。
もちろん視線は本のままだ。
「他のマスターには会ったかね?」
「答える必要はない」
数秒で会話終了。続ける気も全くない。
ページをめくる。読んでいるのはいわゆるファンタジーものだ。あくまで暇つぶし程度にしか考えていなかったが、予想外にも面白い。
「なら今回は遠坂に気をつけるといい」
「は?」
私はそんな事をいいながら神父の顔を見る。
監督役は中立だからこそ監督役で、マスターに他のマスターの情報を教える事などあっていいはずがない。
「今回遠坂は今まで以上に勝つ気でいる。呼び出されたサーヴァントも非常に有名で、強力だ。心しておくといい」
「ではなぜそれを私に教えるんだ?」
「なに、ただの気まぐれだ」
と当然の事のように言い放ち、彼は奥の方へと去っていった。
残った私はランサーが満足する十数分間を本を読んですごした。
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「全く、長いぞ」
「あれでもものすごく短くしたんだぞ。文句を言わないでくれ」
川を隔てた商店街。私たちはそこに来ていた。
何の事はない。こちらの方が情報を集めやすいと判断しただけの話だ。
その判断は正しかったようで、買い物の時間帯な事もあり人が大勢いた。
さて、どのようにして情報を集めるか……。
「やはり店という店を当たっていく以外なさそうだな……」
いきなり見知らぬ奴に話しかけられてもだんまりを決めてしまうだろう。
なら、客として店の中に入り、世間話的に情報を集めればいい。
そうと分かればとっとと中に入るか。
扉を開ける独特の音が静かな店内に響き、私たちは中へと入っていく。
「いらっしゃいませ」
店員だろうか、若い女性がそう言って挨拶をしてくる。
ちょっとしたインテリアショップか。独自の工房を持っているのか、デザインが独特だ。
その一つを手に取りながら少し考え込む。
「店員さん」
「何でしょうか?」
声をかけられるのは予想外だったのか、軽く驚いてこちらの方に顔を向ける。
何か文句でも言われるといった感じだ。
「何かこの街でこの頃変わった事なんてなかったかしら?」
「変わった事、ですか?」
「そう、何か物騒な事でもいいですから」
目を見開いてこちらを見てくる。そして世間話と分かるとほっとしたようだった。
指をあごに当ててよーく考えてみるようなしぐさをする。
そして、
「そうですね、最近向こうの方で失踪事件があったそうです」
「失踪……事件?」
向こう、それは教会やホテルがある方か。
その言葉に私もランサーも表情が変わる。
「そうです。なんでも深夜に家族全員が失踪したみたいでして、夜逃げでもしたのではないか、と騒がれていますよ」
ランサーと私は顔を見合わせた。
もしかしてそれはサーヴァントのしわざなのか?
「しかもそれがここ数日でたてつづけにおきていて……物騒だと思いませんか?」
「そう、ね。頻繁に起こってしまうと確かに物騒よね」
たった一回なら偶然と言う事も考えられたが、それが数日でたてつづけに起きたとなると、これは事件としか考えられない。
そしてそれがこの時期に起きた。こうなるともう決まりだな。
「他には?」
「そうですね、さっきシスターの格好をした人が何かやたらとわがままな人と一緒に歩いてましたよ」
……あいつらか。キャスターのクセに目立ってるってどういうことだよ?
ため息をつくが、やられるのはどうせあいつらだし。
「それぐらいですね。わたしとしては平和な毎日が望ましいのですけれども」
「そう、どうもありがとう」
どうやら無茶をやらかしているのは一組だけのようだな。
ならそいつを早々と片付けてゆっくりとやるか。
「すみません、これくださる?」
「あ、はい」
そういいながら私は小型の明かりを買うのだった。
そろそろ昼か。
ファーストフードもなんだから、ファミリーレストランでも行って手ごろなランチメニューでも頼むか。
「トーコ、また……」
「外では燈でしょう?」
ためらいがちに言ってくるランサーの言葉をばっさりとやる。
若干顔をしかめたが、また元の表情に戻った。
「……アカリ、また俺に食事を取らせる気か?」
「それでもいいなら幸いだけれども?」
と言って私は彼の顔を見る。
……視線を明らかにこちらからそらしたが、なぜだ?
しかも……、
「まさかこの時代の食べ物を気に入ったか?」
「……言う必要はない」
どうやらそのようだ。分かりやすい顔をしているな。
ヨーロッパ諸国は布教と香辛料のために植民地を広げたんだ。食に対するこだわりは生半可なものではない。
「素直に言いなさいよ。気に入ったって」
「だから言う必要はないと言ってるだろう」
「またまたー」
「その笑いをされるとなんだか腹が立つぞ」
おっと、思わずニヤついてしまったか。
だがこれを笑わずしてなにを笑えと言うんだ?
「まあいい。それで、何を食べたいんだ?」
「何を…とは?」
まあ追求はこれぐらいにしておくか。いくらなんでもこれ以上は面白くないだろうからな。
が、何を、とは?
「中華でもフランス料理でも好きなのにするぞと言ってるんだ」
「はあ、この国は豊かだな。俺の育ったところでは考えられん」
いくらなんでも現代と中世を比べるなって。
「無いならファミレス直行……」
「そこのお嬢さん、俺と一緒に食事でもしないか?」
いきなりそういわれたので、しばし呆然としてしまった。
が、その声をかけてきた方に顔を向けると、そこには20代後半から30代前半の男が立っていた。
何とも気軽に言ってきたもんだ。
「それは私に言ってるのか?」
「俺が声をかけるような美人が他にいるかい?」
「その歯の浮くダサい台詞はやめたらどうだ?」
思わず言ってしまうが、この男はそれを改める事は絶対に無いだろう。
「で、どうなんだい?」
「男を連れてる私に言う言葉ではない事だけは言えるな」
「そんなつれない事言うなよ。何ならそっちの男も連れでいいからさ」
男の方も連れでいい? だとしたらいわゆるデートの誘いじゃないのか?
(トーコ)
と、ランサーが念話でいきなり語りかけてくる。
いきなりだったので顔に出てしまったかもしれない。
(いきなり何だ?)
(サーヴァントが接近中だ。どうする?)
サーヴァントが接近中、だと?
(前か、後ろか、それとも屋根からか?)
(前からだ。歩きだなこれは)
サーヴァントが歩き? 多分こっちにも気づいているはずだが、それでも歩きなのか?
「そろそろ俺の連れも来るからさ、食事ぐらいはしないか?」
「今はそんな事を言っている暇は……」
待てよ。
『俺の連れ』だと?
「おまえ――」
「そんな身構えなくてもいいって。こっちはそんな気全然ないからさ」
とっさに私は相手から距離を離し、いつでもどのようにもできるように体勢をする。
だが相手はそんな事ばかばかしいとばかりに隙だらけだ。
「いや、君みたいに話の分かりそうな人がいてくれてよかったよ。さっきのシスターを含めて一癖も二癖もありそうな奴ばっかだったからさ」
ルーンを使えばこいつを心臓発作のようにして殺す事もできるんだが…。
「一緒に食事をして何かメリットでも?」
「それはそっちのご想像におまかせするさ」
にしたってそんなもん受けるバカはいまい。
どんな罠が隠されているのか……。
「あ、何ならそっちが場所選んでもいいからさ。こっちは話し合いをしたいだけなんだ」
「は?」
こいつ、したたかなのか馬鹿なのか……。
(トーコ、どうする?)
(とりあえず話し合いに応じるフリをして、様子を見よう。最低でも相手のサーヴァントさえ確認できればそれでいい)
もちろんそれのデメリットも考えたが、危険な橋を渡らん奴には何もできん。
ここは、のってやるさ。
(あと前方のサーヴァントはそろそろ肉眼で確認できるぞ)
前方のサーヴァント、この男の後ろか。
「いいだろう。なら後ろにあるファミレスにするぞ」
「ああいいよ。あっと、紹介するよ」
そう言うと男は後ろのほうに顔を向けた。
そこにいたのはちょっとゴシック風の服に身をつつんだ女性だった。熟女だというのに何気に似合ってるな。
身長は私より若干低く、髪は真っ赤だった。若干のクセがかかっているが、腰まで伸ばしている。
かなりの美人で、周りの人の目をひいていた。
「彼女が俺のパートナーだ」
「どうもよろしく」
手を頬に当てて笑みを浮かべながらそう言うその女性。言い方が上から下へといった感じだ。
……こいつも高慢タイプか?
パートナーという表現をしたのは人の気をひかないためだろう。まあ無駄だが。
「あ、それと…」
「まだ何か?」
「食費は別個でよろしく」
……けちくさー。
/
「しかしなんだが……」
ファミレスに入った私たち四人。はっきり言うとかなり周囲の目線を浴びていた。
私やこの男はともかく、2人のサーヴァントが美形過ぎるのだ。
もっと不細工な英雄がいてもいい気がするんだが。
「自分から入っておいてなんだが随分と人が多いな」
「なに、かまいやしないだろ」
そいつはそう言いながら別の客の方に親指を向けた。
「でさー、そのダンジョンがクリアできなくてさ。アイテムどこにあるの?」
「あーそれはB3階の右上の方に隠し通路があって……」
その先にはどうやらゲームの話をする女子高生がいた。
「こんな感じなんだから、俺たちの話だってどっかのフィクション物と思われるんじゃないか?」
「……」
確かにそうかもしれないが、人間の記憶力はあなどれない。
念のためにこっちの会話から気をそらすよう暗示をかけておくか?
「それで、君の名前はなんだい?」
やってきたウェイトレスに適当にメニューを言った後、男はそう言ってくる。
「聞く前にそっちが名のったらどうだ?」
「王貞治」
私はテーブルの下で相手の足を思いっきりふんづけた。
声はあげないだけ立派だが、表情は情けないの一言だ。
「おまえ私……じゃないな。王監督をバカにしてるだろ?」
「だからってふまなくたっていいじゃないか…!」
涙をこらえるこいつにまたふみつけたくなる衝動に駆られるが、まあ今度は我慢する。
にしてもこいつのサーヴァントまでそれに平然としている点からして、よほど親しくなったのか、呆れられてるのか……。
「じゃあ二葉亭四迷で」
「おまえの方こそくたばれ」
「ごめん冗談だからそれだけはやめて」
ふつふつとこみ上げる殺意をこらえ、何とか平常心を取り戻す。
おちつけ、ここで怒ったら私の負けだ。
「別に俺が鈴木一朗でも佐藤貴也でも本田正信でもいいだろ?」
「なら勝手に言ってろ。もう付き合いきれん」
「なら仮に『間桐慎一』とでもしておいてくれ。これで満足だろう?」
「間……桐?」
立ち上がろうとした私をその言葉が止める。
「と言う事は……」
「こいつはこの戦争ではその偽名で通す気じゃろう。その程度に考えておくがいい」
と敵サーヴァントが男、めんどくさいから間桐慎一でいいか、を指差して言ってきた。
やっぱ偽名かい……。
「それで間桐慎一とやら、話とは……」
「こっちが名のったんだ、そっちも名のったらどうだ?」
「む」
そう言われると腹が立つが、実際そのとおりだ。
仕方が無い……。
「蒼崎燈だ」
偽名で十分だろ。あっちも偽名なんだし。
「さあ自己紹介は終わりだ。用件を言え」
「ああ、率直に言わせてもらうよ」
そういいながら水が注がれたコップを手にとって、飲んでいく。
どうせ水道水だって言うのに。
「同盟を結ばないか?」
「断る」
即答。
これには慎一ばかりか敵サーヴァントまで唖然とする。ランサーすらそれには驚いたようだ。
「……まあ、これはこっちばかりじゃなくて、そっちにも有意義だと思うんだけどな?」
始めからその答えを予想していたのか、そう言ってくる。これから言いくるめる気だろう。
だが考えを変えるつもりは無い。
「話をしても無駄だぞ。私たちは自力でどうにかする」
「どうにかできない奴がゴロゴロしてるからこうして切り出してるんだろ?」
そういいながら視線を少し外すが、また元に戻してきた。
「そっちのサーヴァントは多分セイバーだろ? なら都合がいいんだよ」
「そっちのサーヴァントはキャスターとでも言うつもりか?」
「いや、アサシンだよ」
アサシン、ときたか。これはていよくボロを出してくれたものだ。
が、相手もうんざりと言った感じにため息をついた。
「こっちとしてもハサン・サッバーハを呼び出したかったんだよな。ほら、俺って優れた魔術師じゃないからさ」
……確かに、魔力の量もはっきり言って少ないと思う。
だが自分の力量を知っているのは明らかに優れた証拠だと私は思う。
「おたくも俺を魔術師だって分からなかったクチだろ?」
「え? あー……」
「言わなくても分かるって。だからそれを利用してハサンと組めば俺たち最強だろ?」
言いたい事は多分こうだろう。
魔術師は魔術師が分かる。その魔術師がかなりの未熟者であるか、優れた魔力遮断能力かアイテムを持っているかしないかぎり。
と同様にサーヴァントもサーヴァントが分かる。これも上と同じだが、アサシンの優れた点はその気配遮断にある。
ようは魔術師だと分からんマスターに気配遮断に優れたマスターが組まれたら、昼間のうちに敵を暗殺、夜は出歩かないだけで勝ててしまう。
アサシンのルーツからしても、イスラム教シーア派の分派らへんから来ており、呼び出すアサシンはハサン・サッバーハばかりらしい。
……で、この女がアサシンか?
「だって言うのに歩けば目立つような奴がアサシンで召喚されちゃっただろ? これでいきなりつまづいたってわけ」
せっかく『普通の』召喚を行なおうとしたら『偶然』イレギュラーになったわけか。
「おぬしはそんなにわらわが気に食わぬか?」
「え? いや、そんな事ないって」
「おぬしの態度はそう申しておらぬぞ!」
慌てふためく慎一とそれにくってかかるアサシン。
……見ていると相性としては最高だろうが勝ち抜くとしたらまた別問題だろ。
「てなわけで同盟を組みたいんだよ」
「だから断ると言っただろう」
少し腹が立つ笑みを浮かべながらの提案をまたしてもばっさりと斬る。
それを聞いてますますそう思いたくなった。
いくらセイバーが強力でも、いくらアサシンが魅力的でも、私たちはそれだけで勝ち抜ける自身があるのだから。
「はあ、ならしょうがないな……」
ため息をまたついて、彼はそうぼやく。
「休戦でいいかい?」
「え?」
休戦、だと?
「アインツベルンと遠坂のマスターが脱落するまでこっちはそっちに干渉しないし、そっちもこっちに干渉しない。どうだい?」
「アインツベルンと遠坂、常連組か」
とするとこいつは早々とそいつらを脱落させる気なのか?
他のマスターに根回ししてそれを狡猾的に成し遂げようと……。
ん?
「なぜマキリがいないんだ? ああ、そう言えばおまえがマキリだったっけ」
「ああ、今回はマキリは参加しないからさ」
とあっさりといってくる。
「は? 嘘つけ。そいつらは聖杯に対する執着が並みのものではないはずだぞ」
「だから当代遠坂当主がマキリのジジイと何かしらしたらしくて、今回は参加してない」
「遠坂が、か?」
「それだけ今回は遠坂も勝ちに来てるってわけさ」
神父の言った事を思い出す。
『今回遠坂は今まで以上に勝つ気でいる。呼び出されたサーヴァントも非常に有名で、強力だ。心しておくといい』
マキリ、つまり間桐を参加させない事で残る強敵はアインツベルンだけとふんだわけだ。
どうせここは聖杯戦争と言っても極東で行なわれているものだ。なら常連の方がゲストより有利なのは間違いない。
なるほど、戦争前から堀を埋めてきたか。
さて、返事はどうするか?
多分続くんじゃないか?
2006年7月29日
2006年12月2日 第一回更新