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 伽藍の堂、そこではいつもと同じような、まったりとした時間が流れていた。
もう既に昼が迫っている。日は昇り、雲がうっすらと空を少しずつ覆っている。

私は煙草を灰皿に押し付け、周りを見渡す。
そこには数年前では考えられなかったが、大勢の人がいた。

 まずはこの事務所の正規の事務員である黒桐幹也。
大学を蹴って、隠れて仕事をしている私の事務所を自力で調べ上げた。
こちら側の世界の人間ではないが、探る事にかけてはまず一流だろう。仕事も彼のおかげで随分とはかどるようになったものだ。
今彼は電話を片手に、書類をもう片手に事務仕事をしてくれている。
…たまにこちらの私事によって給料が滞るが、真向かいにいる彼女がいれば彼には十分だろう。

その真向かいのソファーでくつろいでいる両儀式。幹也とは相思相愛…もとい、バカップルである。
彼女は魔術師ならば喉から手が出るほどほしい、「」につながる存在だ。
最も、彼女自身はそんな事はどうでもいいみたいだが。
刃物を使わせ、「」の片鱗である『直死の魔眼』を使わせればどんな奴でもかなうまい。
たまにこちら側関係の仕事をしてもらう事もあり、大いに役に立ってくれている。

幹也の隣で魔術書の写本をしているのが黒桐鮮花。幹也の妹だ。
魔術師の家系ではないが、彼女には燃やす事に関しては才があり、今は私の弟子をしている。
式に対してライバル心を燃やしているが、当の幹也は気づいているかどうか…。

そんな3人にお茶を配るのが浅上藤乃。鮮花の同級生だ。
彼女は世間一般的に言うなら超能力者と呼ばれる者で、“歪曲”と“透視”が能力だ。
詳しい事ははぶくが、彼女はその能力の制御を学ぶためにここにき始めた。
痛覚と引きかえに能力の封印をしていたが、使用しない選択肢は取らなかったようだ。

そして、事務所の所長である私、蒼崎橙子。建築家ではあるけど、モノを作る事に関してならたいてい請け負う。
その私は人形師と呼ばれる魔術師でもある。どこぞの誰かが言っていたが、どうやら私はその中でも特に優れた者らしい。
かと言って、私は魔術師の目的である「」に至ってはいない。手段はある、が、それにはとてつもなく長い時間が必要だろう。
それに、私はそこまで「」にこだわらなくなってしまった。正直今のままで十分、その今さえ守れればいい。

「…これを昔の私が知ったらどう思うだろうな…?」
昔の私、どれぐらいだろうか?

まだ私の祖父に師事していたあの頃か?
その師を殺し、英国に渡ったあの頃か?
至れないとのレッテルを貼られ、協会から去ったあの頃か?
それとも…。

「ま、せいぜいあの頃だろうな」
こんな生活をしている私を見て、堕落したとして軽蔑するのは。
まあ、それでもかまわない。荒耶だってアルバだって自分の道を進んで、そして去っていった。
この考えが変わらない限り、私も自分の道を変わる事はないだろう。
人は、そういう生き物なのだから。

「橙子さん、こっちを見ていないで仕事してくださいよ」
「あら、私はちゃんと仕事をしているわよ」
黒桐の表情からは「まじめに仕事しろ、んで給料払え」とのプレッシャーがひしひしと伝わってくる。
全く、金の亡者になるとろくな事がないぞ。

「無駄ですよ兄さん。橙子さんがその一言だけで真面目になるわけないじゃないですか」
「それはひどいわね。傷つくわ」
「少しは傷ついてください」
さりげなくきつい言葉を投げる鮮花。彼女の表情は「幹也に迷惑かけるな」が伝わってくる。
……はあ、ひどいったらありゃしない。

「でももうそろそろお昼じゃない。今日はみんなでどこか食べに行きましょうか」
「おごりませんよ」
「む。幹也くん、従業員におごらせるほど私の懐事情は圧迫されてないわ。ちゃんと私のおごりよ」
割り勘なんて心の狭い事はしない。ここはそう言っておく。

「幹也くん、きりが良くなったら言ってちょうだいね。私もそれまでは仕事しておくから」
そう言って私は書類を片手に少し窓の外を眺める。
これはもう立派な晴れだ。しかも居心地の悪さを全く感じさせないほど素晴らしい。

 そういえばこんな天気だったか、あの時も…。
そう、ある意味で『魔術師』としての私が終わりを告げた、あの出来事の始まりも…。

 そして今でも思い出せる。
黒桐たちに出会う前、私が出会い、そして別れたあの人を。
少し思い出してみるか…。




幻橙英雄

第1話・秩序王@


   /

 あの時もこんな天気だった。
でも私の気分はあまり晴れ晴れとはしていなかった。

いつものように私は研究室で煙草を吹かしていた。
メーカーはこの際どうでもいいし、あの頃はわりと色々と試していたから正確には思い出せないからな。

「……」
当然その時は式たちはおろか、黒桐もいなかった。
よって研究室には私1人だけがいた事になる。
この研究室かすら不明。ただ言えるのは魔術師をしていたと言う事だ。

 その毎日はいたって単調なものだった。
ルーンを当時の状態に更に近づけることをしながら目的である人形の製作に没頭…でもないか、マイペースに研究を続けていた。
色々と試しているうちに何とか兆しは見えてきた気がしていた。

「やれやれだな…」
と言っても当然研究費はただのわけがなく、研究費の足しにしようと色々と副業をやっていたりもした。
人形造りを行なっている私だから、建築物など『物を創る』事に関した仕事を行なっていた。ようは今と同じだ。

その日もその売込みが成功し、設計図を書いているところだった。
その息抜きをかねて煙草を吸い、ぼんやりと空を眺める。

それは今日のようにうっすらとした雲しかない、まさに晴天。
時間があったなら散歩でもしようとまで思うほどのものだが、私にそんな余裕はなかった。
締め切りが近かったんだがな…。

そう思いながら両手を挙げ、私はそれに気づいた。

「…あざ…?」
そう、私の左手にうっすらとだがあざが出ていた。
どこかにぶつけた覚えはないし、ひっかいた覚えもない。
それに、それはただの直線や曲線ではない。どうやら紋章のようだった。

「……」
私は正直偶然をあまり信じない方だ。
全ては何らかの過程を経て成り立っているのであり、それを否定する事はできない。
したがって、この紋章のようになったあざもただ単にぶつかってできたのではなく、何らかの意味があるとすぐさま確信した。

よって魔術書を片っ端から読んでいって手がかりを探す。これには苦労したものだ。
何しろ自らが追い求めるもの以外はとんと興味がなかったのだから、魔術師なら知っていて当然の事も大して知っていなかった事もある。
そうやって調べて数日。ようやく手がかりらしいものを得たので、それを発展させて調べる事にした。

 そうして分かった事実。
私はその時笑いが止まらなかった。

「く…くくく…。まさかこの私が選ばれるとはな…」
皮肉といえば皮肉であるし、好機といえば好機でもある。

「運命とはつくづく分からんものだな…」
他に色々とやる事はあったが、この時にはそんな事などどうでもよくなっていた。
選ばれたのであれば、参加してやろうではないか。

そう思うと、とりあえずある程度の資料と道具をそろえ、私は荷物をまとめた。
と、ここで滞在費がない事に気づく。

「しまったな…。いくらこっち側の準備が整っても、あっち側の準備が整ってないじゃないか」
そう、いくら魔術側が整っても、日常側、生活力がないのであれば話にならない。
…資金が壊滅的に足りないのだ。
集め始めた骨董品などを売る事は論外。当然借金なんてはなから問題外だ。
…こうなったら青子名義で協会からせしめるか…?

「…仕方があるまい…」
それに今やっている仕事のキャンセル料取られるのも馬鹿馬鹿しいし、仕事を仕上げてしまうか。
前金と賃金を合わせればなんとか滞在費に折り合いぐらいはつくだろう。
それで準備は整う。

 来るべき、聖杯戦争のために。


   /

 聖杯戦争、手っ取り早く知りたいのなら脚色されたアーサー王伝説を読めば一発で分かるだろう。
脚色されたというのはキリスト教風に…と、思いがずれたな。
とどのつまり、何でも願いがかなう聖杯を求めて殺し合いをするわけだ。
その手段というのが、過去の英雄を召喚して、最後の1人まで戦わせる事。その際英雄が実在していたかは関係なし。

クラスは七つ。セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、アサシン、キャスター、バーサーカー。
7の数は素数であり、キリスト教で言う完全数だ。式に言わせると私は「話が長い」ようなのでこれぐらいにしておくが、とにかく意味はある。

当然の事ながらそんな何でも願いがかなうのは所詮マスターとなる魔術師を集め、英雄を納得させる餌にすぎないだろう。
これだけ大規模で行なうのだから、「」にたどり着く手段を確立したに違いない。
もっとも真実がどうであれ、かつての私にとってもどうでもいい話だったが。

その召喚する英雄を維持するのに魔力が必要なので、必然的にマスターは魔術師になる。
…英雄に負担を大きくしたいのなら魔術師は召喚だけにして、マスターには凡人がなる事もどうも可能のようだが、そんな事をする莫迦はいまい。
つまり、マスターを殺しても終了。よって、参加者には死が付きまとう。

それでも私は止めるつもりなど全くなかった。
選ばれたからには勝ち残っておくのが当時の私の信念だからだ。
…今選ばれたらどうなんだろうな。式におしつけて私は傍観決め込むか?


   /

 そんなこんなで私は駅におりたった。
トランクが3つ。1つは私の服や書物が入った、いわゆる普通の荷物。1つはとある作品が入ったもの。そして最後の1つは…。

「そんな事は考えたくはないけど、いつ死んでもおかしくないでしょうし」
何しろここで行なわれるのは戦闘なんてものではなく、戦争だ。
用意に越した事はないが、トランクの中身にある作品すら破壊される可能性があるからな。その時は私は脱落決定だろう。

 と言うわけで私は手ごろなホテルを探し、そこに滞在する事にした。
どうせ短期決戦だから即席の工房を作ったぐらいで役に立つとはとても思えない。
それにいくら何でもここまで人がいる中を真昼間に襲いかかってくる莫迦はどこにもいないだろう。
夜は確実に出かけているだろうし。工房に立てこもるのは性に合わない。

カウンターで当日手続きをすまし、ボーイに荷物を運ばせる。
さすがにホテル内で歩き煙草なんぞできるはずもないので、少し手持ちぶさただが。

そんな中、ふと目に留まる女性がいた。
なにやらカウンターとの会話でかなり戸惑っているようだ。
そのまま通りすぎようとも思ったが、どうも気になるな…。

「そこの貴女、どうかしたのかしら?」
私はその女性に優しく声をかける。
女性はこちらの方を振り返ると、あわてて会釈する。

「あ、いえ。こっちは大丈夫ですので、どうぞおかまいなく」
「おかまいするわよ。さっきからロビーにいる皆が貴女の事を注目しているわ」
これは大げさかもしれないが、確固たる事実でもある。よほど彼女が危なっかしく見えるのだろう。
彼女ははあ、といいながらうなづいた。

「悩んでいるのなら、私が協力するから」
その女性は今どき珍しく、シスターの格好をしていた。
外見からも明らかに日本人ではなく、外国、しかも東欧系だ。日本語のなまりから察すると、ロシアか?

「あ、それでしたら…」
と言うわけで私は彼女の戸惑いを聞き、それをあっさり解決した。
何の事はない。欧米と日本のささいな違いについてだから、ここで詳細に思い返すのは止めておこう。

「随分と助かりました。どうもありがとうございます」
「いえ、困った時はお互い様よ」
もちろんそれは日常レベルでの話で、こちら側の場合では知った事ではない。

「その格好、カトリックのシスター?」
「いえ、ロシア正教です」

 ロシア正教。カトリックとプロテスタントと並ぶ、キリスト教の1つである東方正教会の一派だ。
その歴史はカトリックと並んで古く、古代ローマ帝国のコンスタンティヌス帝がキリスト教を国教とした事で爆発的に広まったと言っても過言ではない。
問題はそのローマ帝国が二分し、西があっさりゲルマンに滅ぼされた事で始まった。
残ったローマにある聖堂教会はカール大帝、つまりシャルルマーニュによって再び力を得る事になる。
それから神聖ローマ帝国他ヨーロッパ各国が守っていく事になる。
プロテスタントはカトリックと反発はしているが、英国のように国教会がないのであれば自然とカトリックでくくってもおかしくはない。

 一方、まだ存在している東ローマ帝国の方はユスティニアヌス帝が一度ローマを奪還したのはいいが、結局コンスタンティノープル、今のトルコの イスタンブール周辺に領土を維持していくハメになっている。
ここに、キリスト教は東ローマ、つまりビザンツ帝国側と聖堂教会側に分かれてしまった。
しかも互いの教皇が互いを破門しているのだから滑稽だ。
とても長い間中東諸国、つまりイスラムからヨーロッパを守ってきたが、ついに1,453年にイスラムのオスマン帝国に滅ぼされた。
ちなみに原因は一度十字軍に占領された時に国力の大半を失ったのが一番のようだが。

が、その後、ロシアにできたのがロシア帝国だ(当時はモスクワ大公国だったが)。
ツァーリの称号はローマ帝国のカエサル、つまり皇帝の意味合いがあり、そのエンブレムも双頭のワシでローマ帝国と同じだ。
国教もロシア正教として、現在も東方正教会の中でも最大規模を誇っている。
主な要因としてはオスマン帝国がわりとキリスト教徒の寛容だったのと、多くの者が虐殺を恐れて逃げ出した事にある。

結果、今でも東方正教とカトリックは中が悪い。カトリックとプロテスタントの関係以上に。
十字軍の時にも虐殺を行なっているうえに公会議でも違いがはっきりしているからだ。
まあ、1,965年に破門は撤回したし、今の教皇はヨハネパウロ2世だからそのうちどうにかなるかもしれないが。

 何が言いたかったかというと、この聖杯戦争は魔術協会やカトリック側の聖堂教会も注目している。
何しろその聖杯を争う手段が既に神秘そのものなのだから、隙あらば手に入れようとするのが本音だろう。
が、はっきり言って東方正教側の聖堂教会までが直接マスターを送り込んでくるとは思っていなかった。
いや、彼女はひょっとしたらただ監視に来たのか、それともただの観光かもしれないが、十中八九聖杯戦争に関係すると考えていいだろう。

「めずらしいわね。いくら日本がとてつもなく宗教に自由があると言っても、ロシア正教の方が来るなんて」
「それは随分とひどいですね。私どもは皆神の僕ですから、異教徒だろうと関係ありませんよ」
どちらの意味に取られてもいいような当たり障りのない言葉を選んだつもりだったが、それは功を奏したようだ。

はっきり言っておこう。東方正教側の聖堂教会はカトリック側のそれと比べると規模が小さい。
ロシア正教のほかにもルーマニア、ギリシア、あげていたらきりがない教会がまとまっているからだ。しかもそれぞれが自立しているし。
だが、この聖杯戦争の観点から言うと、カトリック側よりはるかに厄介な存在だ。

英雄は触媒を用いてその触媒にゆかりのあるものを召喚する場合が多い。その方がより優れた英雄を持ってこれるからだ。
カトリック側の英雄といえば、ケルト神話のクー・フーリンやフェルグス、アーサー王と円卓の騎士、それにローランとシャルルぐらいか…。
それに他の有名どころはせいぜい北欧、つまりベーオウルフやジークフリート、ワルキューレぐらいだ。

が、東方正教側は何と言ってもギリシア神話という最大の後ろ盾がある。
状況から察するに、カトリック側がギリシアの英雄たちの触媒を残している可能性はロシア正教側よりはるかに低い。
…いや、言い過ぎかもしれないけど、カトリックはギリシアの文化をほとんど否定していたからな。そうであってもおかしくはない。
ってこれも言いすぎか。滅ぼされる前の脱出でローマに宝は持ち去られたようだから。

 まあ結論を言うと、ヘラクレスやペルセウスを呼ばれてはたまらんという事だ。
英雄の中の英雄を出されたら並の英雄では全く歯が立たないだろうからな。
つまり、そうなるとマスターをどうにかするハメになるわけだ。

 普通なら単なる日常会話に聞こえるそれも、私にとっては彼女の腹を探る意味合いが強い。

「この地には観光に?」
「ええ、日本中を旅してまわっていますので。そちらは?」
「私は仕事よ。建築家をしているから」
「なるほどー」
納得した、のような返事をして彼女は自分の荷物をもつ。

「ではそれは図面作成の道具ですか?」
「も入っているし、写真機も入っているわね」
もちろん真っ赤な嘘だ。仕事は出かける前に全て済まし、資金を振り込んでもらったばかりだから。
と、彼女はどうやら低い階のようなので、高い階にした私とはエレベーターが違うようだ。

「本当にご親切にありがとうございました。お名前をうかがってもよろしいですか?」
それには困った。私の事は少し調べれば分かってしまう。すると当然私が取りうる行動も把握されてしまう事になる。
そんな面倒ごとはごめんだ。
ソウザキアカリ
「蒼崎燈」
突発的に思いついたにしては上出来な名前だったなと今でも思っている。
さすがに荒耶の名前を偽名で使うのは100%怪しまれるだろうからな。

「わたしはアナスタシア・カリストラトフと申します。また会いましょうね」
それは日常でという意味か、それともこちらの正体を察知しての事か、分からなかったが彼女はエレベーターに乗り、その場から去った。

「さて…」
あいつの事はそれぐらいにして、早速その夜に英霊を召喚する事にした。


   /

 さすがにホテルで行なうほどうぬぼれてはいない。
よって海近くの誰も使っていない貸し倉庫に不法侵入し、とっとと準備を始めてしまう事に。

ルーン魔術を学んだものなのだから、やっぱりランサーでクー・フーリンを呼び出したいのが心情というものだろう。
そのための触媒も用意できた。
…のだがはっきり言って面白くない。

クー・フーリンはランサーでは間違いなく最強。出せば確実に勝ててしまう気がしてたまらない。
それでもよかったのだが、こちらとしては決まった相手をパートナーにするのは気が引ける。
ここはもう1つのパターン、自分に合った英霊を召喚させてもらおう。

時刻は深夜。そろそろ私の魔力のピークといったところか。
と言うわけで準備を始めた。
既に自らの血で召喚の陣は書いてあるし、魔力の蓄えも完璧。なんら落ち度もない。

出すのなら前衛が期待できるセイバー、ランサー、バーサーカーだろう。
前回までのバーサーカーはことごとくマスターが悲惨な目に合っていると聞くが、私は出てきても御してみせよう。

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」
あくまでも静かに、私は詠唱を完了させる。
召喚の陣を中心として渦まくのは魔力の奔流。
正直協会では様々な魔術師を見てきたが、ここまでの魔力量は正直お目にかかった事がなかった。
そして光が収束し、中心にたたずむのは1人の男。


「サーヴァントランサー。召喚に応じ、ただ今推参」


その男は凛としていて、一部の隙もない。まさに完成された者だった。
その普通の青年に見えて実際は凝縮された肉体、その発する魔力、気配、端正な顔立ち、全てに私は魅了された。
まず髪の色は金で、肩まではない短髪だ。瞳の色は同じく鮮やかな金。顔は確実に好青年に入る。物腰は気品にあふれている。
いつか彼のような人形でも作ってみるかな…?

「推参ご苦労だった、ランサー」
と、私はとりあえず声をかけてみた。
まあ、あれは自分自身のサーヴァントがどう出るかの様子見の意味合いが一番だったのだが。

「…どうやらあんたは優秀な魔術師なようだな。安心した」
「それはありがたいな」
こう言われるのは実は意外だった。もっと別の事を言うかと思っていたのに。
私は煙草に火をつけ、すったマッチを地面に捨てる。

「ではまず真名を教えてもらおうか」
「カール。それが俺の真名だが」
「カール?」
…そんなのドイツに行けばごろごろあるような名前じゃないか。英国ならチャールズ、フランスならシャルル。どれも腐るほどいる。
これでは特定ができんな。

「姓は?」
「カールと聞いて俺と断定できないのは疑い深いという事にしとこう」
…こいつ、令呪で屈辱的なことでもやらせるか?

「だが一番肝心なのは敵マスターに俺の正体が知られない事。違うか?」
「そうだな。一番肝心な事の1つだな」
だがあくまで1つであって、絶対無二ではない。

「そしてあんたにとって一番重要なのは俺の強さだろう。これが…」
そう言うとランサーは剣を取り出し、それを鞘ごと地面につきたてた。

「俺の宝具だ」
それは剣だった。それをふれば全てを切り裂くであろうような雰囲気を持つ、西洋剣。
しかも、ただの宝具ではない。よほどの高名なものに違いない。

「…すごいな。宝具の名は?」
「デュランダル」
は? こいつ今なんと言った?
何かさりげなく爆弾発言をしなかったか?

「…もう一度言ってみろ」
「二度は言わん。必要も無いだろう?」
「確かに」
私にはしっかりとその名前が聞こえていた。なので間違いではないだろう。

「デュランダル。まさかそれの実物をお目にかかれるとはな…」
「優秀な魔術師にそう言われると所持している俺も嬉しいな」
ふっとランサーは笑う。
通常の女だったらまずこの笑みでイチコロだろうと完全に客観的にそう思う。

 デュランダル。これを知らないものは…いるから困るんだよな。
中世ヨーロッパ、キリスト教全盛期。騎士道物語というジャンルが存在する。吟遊詩人によって語られ、騎士の武勲や恋愛について取り上げられる。
ニーベルンゲンの歌、トリスタンとイゾルデ、アーサー王物語などが代表作としてあるが、それと肩を並べるのが『ローランの歌』だ。
ニーベルンゲンの歌が北欧神話。次2つがケルト神話を元に(アーサー王は史実も含まっているようだが)創られたのに対し、ローランの歌は史実が元だ。

 時は8世紀フランス。ヨーロッパ最大の帝国ローマが分離し、西ローマ帝国がゲルマン人により滅ぼされた。
その後も混乱は続いて、イスラム教ができた。東の方はローマ帝国が奮闘。でもスペイン方面はなすすべなくじゅうりんされていた。
それを守ったのがフランク王国の宮宰のカール=マルテル。カールの子である小ピピンによりイタリアは奪還され、教皇に謙譲された。
これがローマ教皇領の起源なんだが詳しくは略。

 そして、その子供がカール大帝、すなわちシャルルマーニュである。
北はサクソン族、東はアヴァール族、そしてスペイン方面ではイスラム教徒(後ウマイヤ朝)をうちやぶり、西ヨーロッパを統一して(領土としては フランス、ドイツ、イタリア)その地に秩序をもたらした。
それによってシャルルマーニュは西ローマ帝国に代わるローマ皇帝の皇冠を与えられる。
つまり、カトリック側にとってはまさに英雄なわけだ。

その史実を元に作られたローランの歌に出てくる聖堂騎士、すなわちパラディンと呼ばれる存在がある。
アーサー王で言うなら円卓の騎士みたいなものだ。
ちなみに脱線すると、アーサーがエクスカリバーとカリバーン、ランスロットがアロンダイト、ガウェインがガラディンを持っている。
これと同じく聖堂騎士たちも名のある剣を持っていた。

カール帝自身はジュワユーズ、オリヴィエはオートクレール、ルノーが持つフレンベルジュなどなど…。
そして、一番有名なのがローランの持つ剣、『絶世の名剣』とまで言われたデュランダルだ。
天使にもらったとか妖精に鍛えてもらったとか言われているが、一番の逸話は剣を砕こうとしたら砕けたのは攻撃をした石のほうだったとか。

…さて、ここでランサーだ。
カールはシャルルのドイツ名。もしかしたら彼自身がシャルルの可能性もあるのだが…。
ここは聞いてみるしかないか。

「だがデュランダルは……」
「ローランが死んだ後も聖堂騎士の間で使われていた。俺はその内の1人と言う訳だ」
とてつもない美男子なくせに言う台詞はどうもえらそうに聞こえて来るんだがな…。
まあ、叩き折ろうとしてはこぼれひとつもしない剣だ。その後使われていても不思議ではないな。
……待てよ。

「じゃあ何でランサーなんだ? 普通剣ならセイバーだろう」
「セイバーは既に召喚済みだ。と言うより俺たちが最後らしいな」
「え…?」
私たちが最後? そんな馬鹿な。

「嘘ではないぞ。数分前に別の場所で誰かが召喚を行なった。これで既に7体のサーヴァント全てが召喚された事になる」
「…そうか…」
もう少し余裕があるかと思ったが、どうやらそうでもないらしいな。
資金集めに没頭していたのが致命的だったようだな。
いささか予想外だったが、これぐらいはどうって事ない。

「話を戻すが、俺は剣を払う、斬るよりは突くのに特化しているのだが、どうやらそれが原因らしい」
「そうか…」
突く、に関しては正直剣と槍に大差はない。剣は敵を叩き切るか突く事に特化したものだし。
純粋に斬る事に特化したのは日本刀ぐらいなものだろう。倭寇は日本刀で中国を大きく苦しめたようだからな。

「では俺からあんたに1つ提案がある」
「提案?」
提案、一体なんだ? まさか私にじっとしていろとかか?

「ブリテンでない俺には『マスター』や『サーヴァント』と言った言い方が非常に気に入らん。そっちは別に『ランサー』でも『サーヴァント』でも
 一向にかまわん。が、俺はあんたを『マスター』とは絶対に呼ばない」
「ほう、では?」
「したがって名前を教えてほしい」
なるほど、名前か…。
さて、ここは偽名を言うべきか、本名を言うべきか。

「蒼崎橙子だ」
本名にした。それだけ私は既にこのランサーを信頼していた。
ランサーはふっと笑うと剣を立てた。
それは一流の礼儀の証だ。

「これにより契約は完了した。橙子の運命は俺と共に、俺の剣は橙子と共に歩もう」
私は正直はやる気持ちを抑えていた。
今すぐにでも町の中を大声を出して走り回りたい、そんな気分だった。
当然しなかったが。


   /

「では行くぞ、ランサー」
「…どこに?」
「教会に」
聖杯戦争で色々と問題となってくるのが、後始末。誰にも怪しまれない事だ。
ようは破壊があればそれを直し、死人が出ればそれを隠蔽、脱落したマスターは殺されないように保護、そんな事だ。
本来なら魔術協会からその仕事をする監察官が派遣されるらしいが、なぜか聖堂教会にも属しているので教会って事になっているらしい。
……最も莫迦正直に行く必要など全く無いが、けじめとだけ言っておこう。

「それで俺は?」
「二人乗りしたいなら別に後ろでいいが?」
「…霊体になろう」
はて? そんなにこの二輪のバイクがいやか?
私が乗っているのはトヨタの…いや、どうでもいいか、今は。とにかく大型二輪だ。

「さて…」
キーをまわし、エンジンをかける。
このバイク、実は現地調達ものだ。
レンタカーみたいなもので、期間は一週間。移動に金をかけるのがめんどくさいというのが一番の理由だ。

「…ところでランサー、今他のサーヴァントがどこにいるかは分かるのか?」
「…キャスターでないから何とも言えないが、少なくとも誤差数メートルの半径数百メートルでなら分からなくもない」
「それだけ優れていれば十分だ」
と言っても出会ったサーヴァントとは即決着をつけるつもりだが。
さて、では夜のドライブにでかけるとしよう。

 真夜中、私はバイクを走らせる。
はっきり言って道路はものすごくすいて…もとい、誰もいなかった。
幹線道路ならば真夜中でも車が走るものだが、この少しばかりの大通りは文字通り無人だ。
しかも来る信号は全て青。走りやすいったらありゃしない。

「この調子で行けば数分で着くな」
さすがバイク。移動が早い。と言っても徒歩でもせいぜいかかって一時間ばかりの距離しかないが。

「まずいな」
「え?」
突然、ランサーは実体化して私の後ろに座ってくる。

「今すぐバイクを止めるか、進行方向を変えるべきだ」
「…!」
そこで私もランサーの言いたい事に気づいた。

 直線距離にしてざっと二百メートルと言った所か。その道路の中央、そこに人が立っていた。
まぁ、真夜中に人がいてもこの頃はおかしくもないが、今このタイミングで私たちの前にいるという事は…。

そう思った瞬間、その人物はこちらに対して疾走してくる。
バイクの時速はゆうに70キロ。警官に捕まれば免停間違いなしなほどに加速していた。
対するその人物は…なんだあの速さは。

通常人間なんぞ百メートルを9秒で走れればオリンピッククラス。
だというのにあいつは5秒台。つまりバイクと同じぐらいの速度で接近してくる。

「まずい…!」
あいつは一見すると何も持っていない。が、手には確実に何かを持っている。
そして、それは間違いなく私たちを一瞬で葬り去るものだ。

「ランサー! 着地は任せた…!」
「任せておけ!」
私は一秒足らずで判断し、バイクから飛び上がる事にする。
実体化したランサーは私をかかえ、足と地面をこすらせながらふんばる。
十数メートルかけてようやく止まった私たちの真横をバランスを崩したバイクが吹っ飛んでいき、そのままガードレールに激突する。

「……」
おそらく停止しても、方向を変えても、結果はあいつに襲われるで固定されてしまっているだろう。
近づいたところとバイクとの距離を考えると、多分あいつが持っているのは剣だと思う。
すれ違ったそいつは、再びこちらの方に顔を向けている。

「さっそくか」
「ああ」
ランサーは己の剣を構え、それに対してむける。
そして、私の前に立った。

「敵だ」
その敵、身長はどう考えても160以下。幼さの残る顔立ちから女性、もしくは中性的な青年と言ったところか。
身にまとうは銀の鎧で、手には不可視の何か。多分剣だろう。
髪は金で、長いのだろうがまとめ上げられている。
凛とした物腰は間違いなく上流騎士のそれだ。
そして、その不可視の何かをつかさどるのは膨大な魔力。一体どれだけあるんだ?

 その彼女(と今はしておこう)は剣(としておく)を構えるようにして立っていた。
思わず私は月光に輝く彼女を見て、息を呑んだ。

「…セイバーのサーヴァントとお見受けするが、どうだ?」
「…そう言う貴方はランサーだろうが、なぜ剣を持つ」
ランサーの言葉に、セイバーは反応を示す。
もちろんその構えに一変たりともあるはずもない。

「おまえがいなければ俺がセイバーだったろうな。できればセイバーが良かったのだが、キャスターとランサーにならなれたからな」
「なるほど」
ランサーは軽口のようなものをたたくが、その空気は間違いなく一変していた。
風は少しある。だというのに空気が止まって感じてしまうのだ。

 私は周りに人払いの結界をはっておく。
この様子ではセイバーのマスターが結界をはっているのでもなさそうだからな。

「であってもこれ以上の言葉は私たちには不要だと思うのですが?」
「そうかな? 少なくとも俺にとっては不要でもないのだが、そちらがそう思うのなら行動にでたらどうだ?」
「ではそうさせてもらう…!」
その瞬間、一歩でセイバーはランサーに近づいていく。


「はあっ!」
「ふっ!」
互いのかけ声と共に、剣のぶつかる音がする。
そして、それだけで膨大な魔力が互いの武器に注ぎ込まれている事が分かってしまった。
と、ランサーはこちらの方に顔を向けてきている。ぎりぎりと剣がこすりあうのにもかかわらず。
ああ、なるほど…。

「遠慮せずにやれ。ランサー」
「了解」
ふっとランサーは不敵に笑った。

 そして、戦いは始まる。




多分続くんじゃないか?


第2話に続く

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  2006年7月16日
  2006年7月28日第一回改訂
  2006年11月29日第二回改訂

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