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橘さんの話だと世界は四年前に出来たそうだ。藤原くんはそんなの一つの捉え方だって一笑に付してたけれど、実は私も同じように考えてる。
ただし、世界が創られたとは思えない。でも私にとっては同じようなものだった。
中学校の入学式の時、私は桜の樹の下で本当に偶然にも彼を見かけた。誰かを待っているようだった彼の姿は桜が舞い散る中にあったせいもあり、さながら映画の一幕のように実に幻想的に映った。賑やかなはずの他の生徒たちの声すら遠い残響のように聞こえてくるのだ。
今から思えば、それが私にとって世界の始まりの瞬間だった。
その時の私には友達はいても親友なんて一人もいなかった。イケメン俳優や昨日のテレビの事を話しているより自分の知識を増やした方が有意義だったし、それを披露しても気分を害するだろうとは簡単に予想が出来た。適当な話題と適度の相槌。これで足並みはそろう。
上辺だけの友好、上辺だけの関係。それが私を構築してきた人生の全てだった。
世界の始まりから二年が経ってもそれは変わらなかった。いや、更に状況は悪化したと言っても過言ではないだろう。受験勉強を口実に学習塾に勤しむようになって友好関係も次第に薄くなっていった。
そもそもその時私が失くしたものはなんだったんだろうか? 愛したものはなんだったんだろうか? 何もかも抱きしめて何処を彷徨い行くのだろうか?
本当、私は色褪せた日々を送るだけだった。
その答えが潜んでいたのは真珠のような月が浮かぶ真夜中、学習塾での彼の何気ない一言だった。
「よう、お前もここに来てるのか」
きっかけは本当にそれだけ。運命なんて微塵にも感じられないほどありふれたやりとり。けれど、その出会いが無かったら私はただのつまらない、ありふれた女でいられた。
彼はまるで鳳凰のように不死の瞬きを持つ魂、とでも表現しようか。彼との会話は実に面白かった。彼は適度に博学で適度に無知。話し相手としては実に最適。
必然、僕は彼と学習塾だけじゃなく、登下校や学校でも言葉を交わすようになった。そして彼を知れば知るほど、僕の中ではそのやりとりが単なる知識の披露の場ではなくなった。二年前に彼の事が気になっていた僕は間違ってはいなかったと確信できた。
心通わせる存在は今まで一人もいなかった。でもその時は自信を持って言えた。ようやく僕にも心通わせる存在ができたんだと。願わくば舞っている僕の羽根には傷ついてほしくなかった。きっと人間はこの気持ちを知るために生まれてきたんだろうから。
そう、私は初めてキョンという親友を見つけることが出来たのだから。
中学校を卒業して、彼とは進路が分かれてしまったけれど、不安も不満も無かった。一度親友としての関係を作り上げたんだから、一年や二年の年月なんて問題じゃない。再びめぐり合うことがあっても即座に以前のような会話が出来るはずだ。きっと私と彼とはいつまでもこうしていい関係でいられる。私にはその確信があった。
なのに、なんでだろうか、何かが違ってきたのは。
高校生活を送り始めて僕は中学時代よりも友好的になったと思う。周りのみんなとも楽しく会話できるようになったし、友好関係だって築いた。心からの親友は彼だけで十分で、もう一人つくろうだなんて高望みはしなかった。確実に僕は中学二年までよりも充実した日々を送ったはずだ。
それなのに、いつからだろうか。胸に渦巻く何かに締め付けられるように思えてきたのは。
毎日を送るのが苦しい。毎日を送るのが痛い。毎日を送るのが悲しい。
何で私はこんなにもひどい思いをして毎日を送らなければならないんだろうか? 私は自分で選んで今の生活を歩んで、それに満足しているはずなのに。僕の思いとは裏腹に心が叫んでいる。何かを必死に求めて泣いている。
「痛い……苦しい……助けて……!」
世界は以前のように色褪せてはいない。ただ全てが嘆き悲しんでいるようにしか見えない。いくら本を読んでも答えは解決しない。いくら人に聞いても答えは出てこない。
私は一体どうしてしまったんだろうか。答えは分からぬまま無駄に時間だけが過ぎていく。
キョン、僕がただ一人心を許した存在。君だったら僕の苦しみの相談が出来るよね。万事解決するなんて都合のいい事は願わない。けれども君との会話は心が安らぐんだ……。
「うわ、なんだ。佐々木か」
彼は一年前から変わってはいない。目の前にいるのは僕の親友キョンに間違いなかった。当たり前のはずなのになぜか私はそれがこの上なく安堵したし、歓喜した。
彼が目の前にいる人たちとどんな高校生活を送っているかは人づてにだけど知っている。多忙だけれども楽しい日々を送っているのね。それは私にとっても嬉しい。
彼とその場で行った他愛の無い会話は世間話程度のものだ。それなのに、ざわついていた私の心は嵐が過ぎ去ったみたいに静まり返る。この暖かさ、やっぱり持つべきものは心からの親友なんだろう。
「親友」
彼の女友達の前で自己紹介する時にも確信を持って言ったつもりだった。否定材料なんて何一つ無い。否定も何も親友の定義から言ってもそれは事実なんだから。
だからその事実を確認できただけでもこの上なく幸せなはずなのに。以前のように頻繁にはいかないけれど、彼とも親しく付き合えるはずなのに。
なんで、私の心は、こんなにもびりびりに引き裂かれたように痛いの?
「――」
塾へと向かう電車の中、気がついたら僕は泣いていた。
泉のようにとめどなくあふれ出す涙が止まらない。何でこんなにも悲しいのか、痛いのか、苦しいのか。自分でも分からない。
君と共に始まった世界が終わる前に。ほのかに燃えるいのちが終わる前に。私の中に眠る嘆きほどいて、君の薫を抱きしめたい……。
ああ、キョン、今ようやく分かってしまった。一生分かりたくなかった、こんな浅ましい自分の心なんて。
私は君と心を交わしたかったんじゃない。それ以上を君に求めていたんだ。
私はあなたと心を一つにしたい……。僕はキョンの事を――。
塾の帰り道はあの時とは違って、たった一人。私が耳をすませて思い描くのは、希望にあふれた未来でも大切な今でもない。あの時、私にとってはあらゆる瞬間にも勝る星々の下での記憶だ。
けれど……今天を仰いでも……拝めるのは失意にのまれて立ち尽くす麗しき月ばかり。
もう一度永遠に涸れる事のない光のような日々によみがえってほしい。
君の夢を、僕の夢を汚さないでほしい。
私は……あの夢を祈り宿しながら、あの始まりの日にふまれてきたんだから。
君が私の事を忘れて繰り返し大人になっても、君が私へ振り向かずに何度も何度も遠くへ行っても、君をいつまでも見守る私が、君の事を思い眠れない僕が、例え涙でくしゃくしゃになったとしても、私は君の名を歌うために……私の全てを捧げる。
学習塾で会話をする前から愛してる。
中学生を過ぎた頃からもっと恋しくなった。
一年も出会わずにいて、再会したあとも愛してる。
君を知ったその日から……僕の心に音楽は絶えない。
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