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農具のホークを手に襲いかかるワイン職人の人。
動作に無駄が多かったのであっさりとかわし、心臓に小太刀を突き刺す。
鍬を手に襲いかかる農家の人。
振り下ろされる前に指を斬って首を切断する。
そのまま低音の奇声を発して腕を振る野菜屋の主人。
腕ごと胴を切断してしまう。
次々と襲いかかる街の人たちを、僕は躊躇なく殺していた。
既に死んではいるけれど、確実に殺しているんだ。
僕を笑わせてくれた人、僕を和ませてくれた人、僕と楽しんでくれた人。
そんな人たちを、僕はこの手で次々と解体していく。
中には子供たちだっている。
大人たちに混じって下から足元を狙って刃物を振ってきたセリーヌ。
少女だからなるべく身体を傷つけたくないけれど、腕と頭を切断してしまう。
エレイシアさんの姿をしたロアに襲われたんだ。彼女はどんな思いをしたんだろうか。
その間にジュリーさんが上から腕を振り下ろしてくる。
マノンを切り裂いた小太刀ではなく、ナイフで腕を切断、その後に首を飛ばす。
この人の料理、本当においしかったな。
休む間も無く次々と襲ってくる街の人たち。
それを僕は次々と殺していく。
ニコラさんはハンマーで僕に襲いかかる。
ああ、この人の話は本当に面白かったな。
移動で他の人の間に入り込み、攻撃を外して僕はニコラさんの頭を飛ばす。
街の人たちと戦っている間も僕はロアを追いかけて進んでいく。
街の人たちはそれを阻むように立ちはだかるので、さっきから両腕を振るいっぱなしだ。
教会からようやく離れ、街にやってきたところで今度はトマが両手に包丁を持って襲いかかる。
将来は立派なサッカー選手になったかもしれなかったのに。
頭を真っ二つにした後に腕ごと胴を解体する。
この人は一緒にサッカーやったな。確かディフェンスやってたんだっけ。
あれ? この人は見た事ない? やっぱり街の全部を知ってるわけじゃなかったんだ。
この人は酒場で一緒に笑ったな。お酒に結構弱かったような……。
……はは、そんな街の人たちを僕は殺しているんだ。
なんて事だよ。
まるで悪夢じゃないか。
いや、悪夢そのものだったっけ。
でも、悪夢ではない。
なぜなら、この悪夢は覚める事がないから。
そうやって殺して殺して殺して、どれだけ殺したのか分からなくなった頃だった。
なぜだろうか、あんなに純白だった月が、朱くみえてしまう。
そして、その朱い月に照らされる全てが朱い。
まるで、鮮血が辺りを支配しているかのように。
「はは……とうとう僕は狂ったのか」
と思わずつぶやく。
だってそんな光景に見えてしまう僕の頭がどうかしてしまったと思う方が当たり前だ。
だから、それが現実に起こっているとは思っていなかった。
いや、実際は純白のままだろうけれど、確かにそれは朱色だった。
月、いや、それどころか大気や大地、周り全てが異質に変化している。
まるで、それらの上に君臨する何かが現れたかのように。
「……君臨?」
その言葉に僕はひっかかりを憶える。
君臨? 大気や大地、それどころか夜空に輝く月すら支配するような存在?
その感覚が今何故?
それとも、今だからこそ?
その世界の上に立つ存在が、この場に?
何のために?
決まっている。
目的は、ロア1人。
「…………来ているのか……!」
だとしたら……だとしたら……!
そうなった後の事は覚えていない。
街の人だからと躊躇どころか懐かしみすら感じずに次々と立ちはだかるものを解体していく。
そして、その支配感が強まる方向へと一心不乱に向かっていく。
そうしているうちに衝撃音が走った。
ロアの魔術とも思ったけれど、この破壊音はそれだけじゃない。
明らかに衝撃波による破砕の音も聞こえてくる。
どうやらその存在とロアは教会の方へと向かっているようだった。
く、それなら僕も教会に留まれば……いや、そうしていたら教会には来なかっただろうな。
とにかく僕が今できるのは急ぐ事だけだ。
「く……そおおおっ!」
さすがにこれだけ殺しまわっていると街の人の数は少なくなっていく。
僕の行動を妨害しようと立ちはだかっている。
それでも僕は間に合うだろうと思って両腕を振るう。
殺す、殺す、殺す、殺す。
我が忘れるほどに殺しまわる。
一分でも、一秒でも早く追いつくために。
「……ごめんよ」
そうして僕は最後の1人、あの明るく笑ってくれる少女、マノンを殺して終わらせる。
街の人たちの死体は全て灰に、塵になり、消えていった。
僕はキリスト教徒とは違うけれど、この街の人たちは皆信じているから、その人たちのために十字をきる。
そんな資格は僕にはないけれど、やらずにはいられなかった。
そうして走る。
数百人、いや、もしかしたら千単位で殺しているかもしれないこの身で僕は全力で走った。
少しでも早くたどりつく為に。
自分自身でけりをつけるために。
そしてそのためなら支配する者を敵に回してでも。
ふと空を見上げる。
やっぱり月は朱いままだった。
そうして僕は教会に戻ってきた。
そこに至るまでの道にはいくつもの破砕跡が残されていて起こった事のすさまじさを物語っている。
教会の扉は既に破壊されていて、外からもその光景が眼に入った。
ロアの魔術は全くその存在には効いていなかった。
その純白の存在は腕を振るうだけでロアが放つ魔術を打ち払い、また技も何もないがとてつもない身体能力でかわしていた。
そして……、
「ああ、残念。今回も届かなかったか」
教会の中央。
そこで、純白の姫君がロアの心臓を貫いていた。
始めて見るその存在。
ああ、確かに多くの者が彼女を慕う事はある。
だけれども今の僕には彼女の事は眼に入っていなかった。
眼に入っているのは、ロアが殺されたと言う事実だけだ。
ロアの身体は痙攣をおこし、僕には聞き取れない何かをその姫君に言っている。
……多分口の動きから判断するとこんな感じの事を言ったはずだ。
「次回……またお会いしようか、アルクェイド」
そうして抉り出した心臓を姫君は潰す。
ロアの身体から腕を抜き、床に落とした。
ロアの眼にはもはや青でも朱でもない、生気が感じられない。
でもなぜだろうか、その視線がこっちにも向いた気がしたのは。
そしてそれがロアのものなのか、エレイシアさんのものなのかはわからない。
だけど、確かにそんな気がした。
「そしてさようなら、殺人貴さん」
ロアはこんな事を確かに言った。
その時の笑みはロアのものではなくて、エレイシアさんのものに近かったと信じたい。
そうして彼女はこれ以上動かなくなった。
今回のミハイル・ロア・バルダムヨォンと呼ばれる存在は幕を下ろした。
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「……」
ロアになってしまったといっても彼女はエレイシアさんだった。
ロアは彼女の意識は残っていると言っていたからできれば自分の手でどうにかしたかったけれど……。
でも自分の手をかけずにほっとしている気持ちも正直ある。
僕は自分の胸をぎゅっと掴んだ。
死徒になった今でもそんな気持ちを感じる事ができるのは幸いだった。
でなければ、僕はもう人間なんかじゃない。
もうこの街に平穏が戻る事はない。
戻ってきてもそれは別の平穏だ。
僕が経験した平穏じゃない。
もう、元には戻らない。
「……エレイシアさん」
僕はただ彼女の事を、この街での事を思いながら教会の中へと入っていく。
エレイシアさんの身体をそのままにはしておけない。さっきと同じ気持ちで。
だって、死ぬ瞬間までロアでしかなかったんだから、死後はせめてエレイシアという人物として接したいから。
だからだろうか、彼女の事をすっかり忘れていたのは。
「……あなたから随分とむかつく感じがするわね」
本当にいつの間にと言うべきか。
あのアルトの時と同じ、いや、それ以上の絶対的な差を感じてしまう。
彼女はただ教会の中央から僕の真正面にきただけだって言うのに。
反応する暇がなかった。
こうなったら……、
「が……っ!」
武器に力を込めようとした瞬間、彼女は僕の首を持って壁にたたきつけた。
まるで大砲のような一撃。死徒である僕にも答えるぐらいの。
こ……これは骨が何本かいかれたか……?
「妙な事をしたら殺すわよ。あなたに許されてるのはわたしの質問に答える事だけ」
凛々しい、いや、かわいらしい? ……違うな。ただ透きとおった透明な声で彼女は僕に語りかける。
だけどそれは拒絶を一切許さない絶対的な言葉。
「わ……分かった」
だから僕はそう言ってうなづくしか出来なかった。
まだ僕は死ぬわけにはいかなかったから。
「そう、いい度胸ね」
宝石のような真紅の瞳で彼女はこちらの全てを見透かすように覗く。
その顔は天が二物を与える事が出来ないほどに整った絶世の美人。
髪はこれまた黄金で一本一本が透きとおったものでとても綺麗だ。
服はワンピースに近い。腕はか細く女の子を感じさせるけれどその力は僕なんか比ではない。
まさに絶対的な存在にふさわしい。
「あなたは死徒ね。でもロアのじゃない」
「そ……そうだ」
「で、アルトルージュの死徒がロアに何の用?」
その真紅の瞳が次第に変化していく。
全てを吸い込み魅了するようなものから、全てを支配し屈服させる絶対的なものへと。
その瞳は黄金だった。
「ロ……ロアは僕には関係ない」
飲み込まれそうになる自分自身を何とか抑えて気丈に振舞う。
彼女がしめる指が更に僕の首に食い込む。
「どうやら死にたいようね。いいわ。今すぐにでも……」
「ぼ……僕が用があるのはロアに乗っ取られた方、エレイシアさんの方だ」
「人間に、死徒が?」
「そうだ! ロアやあなたには一切関わりたくなかった! ましてやこんな世界にも!」
振り絞るようにして言い放つ。
彼女に当たったところでどうしようもない事は分かっているけれど、せずにはいられなかった。
「……」
彼女が僕の首から手を離したので僕はしりもちをつく。
「げ……げほっ……!」
喉を押さえながら咳き込み、呼吸を整えようとする。
危なかった。あと一瞬遅かったら首の骨を折られたかもしれない。
「話しなさい」
「え……?」
前かがみになってるので下から覗きこむように彼女を見る。
瞳は真紅に戻っているけれど冷たいままだ。
「アルトルージュの死徒がなぜロアに関わったのかをね。もちろん納得できなければ殺す」
「……?」
おかしいな。
確か僕の記憶では彼女とアルトルージュは仲が非常に悪いはずだ。
アルトルージュはそうは思っていないと思うけれど、彼女の方はアルトルージュに髪を奪われている。
その原因がロアにあるんだとしても彼女がアルトルージュを許す事はないかもしれない。
「てっきり問答無用で僕を殺すかと思ってたけれど……」
「もちろん今もそのつもりよ。遺言代わりとでも思いなさい」
それはまた一方的な。
……。
「……分かった。でもその前にやりたい事があるんだ」
「やりたい事?」
「ああ」
そう、僕にはやりたい事があるんだ。
さっきもやろうとしていたけれど、エレイシアさんの身体をそのままにはしておけない。
いずれ教会の人が事後処理のためにやってくるだろうけど、それまで彼女の身体を放置してはおけない。
だから僕は目の前にいる女性を無視し、祭壇にある布をとる。
そうして僕はロア……いや、エレイシアさんの亡骸の前に立った。
「……エレイシアさん」
身体に穴が開いてしまったけれど、ロアに乗っ取られたけれど、エレイシアさんはエレイシアさんだ。
この前まであれだけ笑って楽しくすごしていた、どこにでもいるようであまりいない少女だった。
両親や近所の人、子供たちや同級生と共に歩んだ少女だった。
そして、僕はそんな彼女を……。
「……」
僕がもう少ししっかりしていたらこんな事にはならなかったかもしれない。
くやんでもくやみきれないけれど、起こってしまったんだ。
過去を取り戻す事は出来ない。それを未来につなげるしかないんだから。
「う……」
だけど……だけど……。
「う……ああ……」
どうして、僕は涙が止まらないんだろうか。
「うああああ……っ!」
ただただ僕は泣いた。
心が引き裂かれた思いをするなんて事は初めてだった。
僕にとってはこの数ヶ月はそれほどまでに大切なものだったのか。
だから僕はただ泣くしかできなかった。
それが無駄だって分かっているけれど、そうするしかなかった。
この事実が悲しくて、苦しくて、悔しくて。
まるで全てを失ってしまったようになって。
それ以外の事はしたくなかった。
だからただ泣いた。
いつまでも、いつまでも。
涙が涸れた頃。ようやく落ち着いたのでエレイシアさんの身体に布を丁寧に巻いていき、服のように仕立てる。
その際に血は丁寧にふき取っておいた。
教会にあったあまった棺に入れて、墓地の余ったところに埋めておく。
ロアの死体だからと教会の人が彼女に手を出さないように。
その頃には少し空が明るくなりだしていた。
もうそんな時間になっていたのか、とまで思えてしまうその時間。
とりあえず僕は丘に登ってみる事にした。
朝日が昇っていく。再び一日が始まった。
僕は丘の上から街を見下ろしていた。いつもの様子がまるで嘘みたいに静かな朝を迎えていた。
風の音と、鳥のささやきが僕の耳に入ってくる。それが何とも言えずに心地よい。
「まるで世界を祝福しているみたいだな……」
僕は思わずつぶやいていた。
雲はほんの少ししかなく、晴れより快晴の分類に入るだろう。
街の人達とここで昼食を食べたらどれだけ楽しいだろうか。
ふと考えると笑みがこぼれてくる。
「へえ、詩人じゃない。ちょっと驚いちゃったわ」
と、いつの間にか僕の背後にいた女性がそう述べてきた。
僕がエレイシアさんを埋葬している間に消えてしまっていたけれど、僕のことを忘れていなかったようだ。
「それはどうも。僕にもセンチメンタルな所が残っていたのか」
と、僕の隣に彼女は立って、街の方を眺める。
街は全体が眠ったように静かだった。
人の生活の息吹も、飼っている動物たちも、鳥のささやきすら聞こえない。
だけど、確かに街には誰もがいる。だからゴーストタウンなんかではない。
文字通り、街は眠っているんだ。
「朝にしては随分と静かね。自然の音しかしないわ」
「だろ? こんな静かな朝は珍しいよね」
互いにその理由は分かっていたが、あえてこんな話になる。
彼女はうーん、と背伸びをして僕の隣に腰掛ける。
「さあ、話してもらおうかしら」
「……ロアはいなくなったんだからもう僕に話を聞く必要はないんじゃないかな……?」
「興味がないわけじゃないのよ」
「そう……か」
もう僕にはやる事はない。
ただ街を眺めるだけなら別にそういった話に時間を使ってもいいか。
「じゃあ退屈だろうけど、僕の冒険談でも…」
そして僕は彼女に短くもあり、長くもあった僕の半生を話す。
これで僕を理解してもらおうとは思わないけれど、言う事で何かが残ると思ったから。
「……ふぅん。死徒になっても昼を生きようとした、ね」
「ああ」
全てを語り終えた。
そのどれだけが伝わったかは関係ない。それは彼女が決める事だ。
「……」
彼女は視線をそらして若干考えたようだけれど、すぐにそっぽむいてしまう。
やっぱりあまり興味がなかったらしい。
「分からないわ。やっぱり」
「だろうね。今の君にはわからない」
たった1人のために自分の全てをささげたい思いをしたとは思えない。
僕はそうだったし、もしかしたらロアもそうだったかもしれない。
でも……、
「君も分かるさ。いずれ君の全てを変える人に出会える日がきっと来る」
「ないわよ。そんな日なんて」
彼女はこちらを冷たいままの視線のままで見下す。
「さようなら。もう二度と会わないわね」
「ああ、そうだね」
そのまま彼女は文字通り消え去った。
アルクェイド・ブリュンスタッド。
ロアによって騙されて血の味を覚えた真祖の姫君。
美しく神秘的な彼女を変える人は絶対に現れるはずだ。
絶対に。
「……」
僕はまた街へと足を向けていた。
街は全くと言っていいほど静かで物音がしない。
ただ風が鳴らす音ぐらいだ。
エレイシアさんを埋葬してからずっと考えていたけれど、やっぱり僕の考えは変わらなかった。
これ以上考えても多分変わる事はない。
だって、僕はそれほどこの街が好きだから。
僕はさっき埋めたエレイシアさんの墓の前に立つ。
そうして彼女に笑いかけた。
この街での楽しいひと時。
幸せだった毎日。
あこがれていた事が現実になった瞬間。
そのどれもが僕の全てを埋めて、あふれさせた。
もう僕は夜の世界に戻りたくはない。
こんな平穏な毎日を送った後でそんな事はできやしない。
今でも鮮明に思い出せるあの瞬間。
ニコラさんたちと一緒にいた酒場でのひと時。
ジュリーさん一家とロバートさんと過ごした朝食の風景。
トマたちとやったサッカーでのゴールの瞬間。
そして……、
「……エレイシアさん、やはり僕は殺人貴にはなれなかったよ」
エレイシアさん。貴女とすごせた事はとても幸せでした。
出来れば永遠に続いてもいいほどに。
だからこそ僕は逃げる。現実と言うものから。
これ以上続けてもあれ以上の思いは出来ないだろうから。
あの時こそ今の僕にとっては全てだったから。
だから、僕は……小太刀に力を込めた。
/エピローグ
新東京国際空港。通称成田空港。
ヨーロッパからの旅客機から1人の女性が降り立った。
スーツに身をかため、トランクにしては長い荷物を持った彼女はそれだと言うのに簡単に税関や荷物検査を突破した。
理由は簡単。暗示をかけたからに過ぎない。
荷物の中には凶器と呼べるようなものがぎっしりとはいっているが、先に滞在先に届ける事をしてくれなかった人物を恨む。
「局長の人が悪いのは分かっていましたが、まさか荷物を運ぶ資金すら出してくれないとは……」
女性は思いっきりため息をついた。
埋葬機関。教会の異端を狩る者たち。その分野に関してはトップクラスを行く。
その中でも位を持つものは8人。その中の完全数、7の称号を持つのが彼女だった。
弓のシエル、と呼ばれる彼女にもう本名などない。本名はあの時になくなった。
「それにしてもこの国は随分と都心と空港が離れてますね。もっとどうにかならなかったものでしょうか」
と口では冗談を言っているが、彼女の思いはたった1つだけにしぼられていた。
長かった。
ここまで来るのに数年もかかった。
実際は百年以上の期間をおいた例もあったからその事も覚悟してはいたが、それでもこの数年は長かった。
だが、ようやくそれも終わる。
「ロア……!」
今度の転生先は間違いなくこの国にいる誰かだ。
その人物の特定までには至っていないけれど、地域の特定までには至っている。
そして長かった悪夢からも解放される。
自然と手に力が入るシエル。
サングラスをしていなければだれもが彼女を見て道を空けたことだろう。
それほど彼女の眼には憎悪がみなぎっていた。
こうなる運命だったと言えばそれまでだけど、その運命を押しつけたのはロアだ。
ロアは彼女の何もかもを奪った。
全てを蹂躙し、全てをただ1つのために破滅させた。
そのロアをシエルは永遠に許しはしないだろう。
あれから彼女はある人物に対して調べた。
残されていたのは小太刀と遺体としての彼女にそっとつけられた髪飾りだったらしい。
死徒は死ぬ時に何も残らないのだからそうなっても当然だし、現にその人物が生きている形跡はどこにもなかった。
結局、死徒として活動していた殺人者はあの時に死んだ事になった。
髪飾りと小太刀はシエルが引き取る事になり、今でも手持ちにある。
ロアを感じ取る能力は真祖より優れている。
だから真祖に葬られてまた転生されるのを待つ事にはしたくなかった。
手元にある聖典は転生批判の概念武装。これをもってすればロアでも消滅させる事が可能なはずだ。
時間との戦いでもあった。
「さあ、行きますよ。セブン」
あの時からの人生は全てこの時のためにあった。
それを無駄にはしない。かならずや悲願を達成してみせる。
その思いを胸に彼女は歩みを進めた。
そして誰かとすれ違う。
その人物をほんの少し見てふりかえるシエル。
だがそれと思われし人物はどこにもいない。
その顔は何度も見ている。その笑みはとても幸せそうだ。
そう、あれは……。
「マスター?」
シエルにしか聞こえないように聖典の精霊が問いかけてくる。
怪訝そうな声からして精霊には今の事が何か分からなかったようだ。
「……いえ、何でもありません」
シエルはそれを幻想と受け止め、探すのをあきらめて再び進行方向に顔を向けた。
そうして彼女は歩みを進める。彼が抜けようとしていた夜の世界を。
もう戻れないかもしれない夜の道を、ひたすらに。
それでも彼女の全てを変える日は近い。
ただ、通り過ぎた人の中で誰かが独り言のようにこんな事を言っていた……かもしれない。
「全ては君のために……ね」
The End