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「閃走・水月」
「!?」
一瞬で僕は移動をする。
狙いは視界に捉えきれない、でも移動するのには最短の、懐か側面。
僕はそのうち側面を選んだ。
死徒と言うのはなぜかは分からないけれど、うぬぼれる事が多い。
その答えは人間よりもはるかに優れた身体能力、そして特殊能力を得た事にあるんだけれど、僕から言わせれば馬鹿げている。
いくら身体能力に優れていたって、それを行使できる技術がなければただ宝の持ち腐れだ。
が、
「斬!」
側面に回りこんで放ったナイフでの一撃は、
「く……っ! 速い……!?」
まさに見事としか言いようがない反射神経でかわされてしまった。
と言ってもこの攻撃は元々喉元を攻撃したものだからかわしやすい事は計算済み。
だから僕は追撃の手を緩める手段などない。
そのまま僕はもう片方に持った小太刀で追い討ちをかける。
狙いは当然相手の首だ。
西洋の魔術師であるなら詠唱は声を発する事で行われる。
なら、その喉を先に使用不能に出来ればこっちの勝率はぐっと上がる。
「incumbo」
「!?」
そうロアがつぶやいた瞬間、持っていた小太刀が急激に引き寄せられる感覚を憶える。
それはまるで見えない糸で思いっきり引っ張られるもの。その方向は、ロアの手の方向。
まずい……!
「く……!」
その引き寄せられる力をなんとか振り払い、小太刀を下げると同時に地面を蹴る。
本来奇襲や暗殺を目的とした七夜の技に正面から戦う事など対して想定されていない。
だからこそこんな皮肉な技がある。
「閃走・六兎!」
「snap」
地面を同時に蹴り、相手を蹴り上げてひるませる奇襲技は、
相手が放ってきた雷によって迎撃される形となる。
「が……っ!」
だが勢いはそのままだったのでロアを蹴り上げる事には成功したけれど、雷で筋肉が硬直して追い討ちが出来ない。
むしろそんな事が出来ないぐらいに蹴り上げた脚が墨になりつつある。脚が大切な僕にとってはこれはまずい。
ロアはそのまま空中に舞い上がり、そのまま着地をした。
「ったぁー……」
ロアは口からたれる血をぬぐう。
地面を使って思いっきり蹴り上げてやってもあごを破壊できなかったか。
出来れば喉を潰したかったけれど、あの状況からじゃ狙いにくいと思ったのだけれども。
「……」
吸血鬼には傷を負った時にそれを直す治癒法があるらしい。
復元呪詛というらしく、それがあるおかげで死徒は一般の人には殺しにくい存在になっている。
それで死徒である僕もロアも瞬時に傷を治してしまう。
「……なるほど。私の中のわたしの記憶は正しかったようですね」
ぬぐった血を床に払いながら笑みを浮かべるロア。
そのしぐさ、その声、その笑みが、本当なら僕を業火のごとく怒らせた事だろう。
だけど今の僕はなぜかとてつもなく冷静だった。
自分でも怖いぐらいに。
これなら戦える。
今晩どころか数日間戦い続けられるほど今日の僕はさえている。
「小物とは言え死徒を一瞬にして解体してみせる技術、先ほどの奇襲攻撃。どうやら魁さんは死徒殺しの方に向いているようですね」
「……」
僕は再び体勢を低くする。
「……魁さんもせっかちですね。少しぐらい話に乗ってくれてもいいじゃありませんか」
「おまえと語る言葉なんてない」
そう、語る言葉なんてない。
一刻も早く、こいつを解体するだけだ。
閃走・水月。
再び僕は移動をする。
教会にある椅子を足場に、更に高く飛び上がる。
七夜の移動法はただのものじゃない。
それは緩急をつけることにより相手にその動きを感づかれないようにする技術だ。
そして、それは足さえつく事が出来ればどこでも足場に出来てしまう事ができた。
「quadratus」
ロアがたった一言で魔術を完成させる。
それには正直驚いてしまった。
魔術師あがりの死徒だろうと詠唱は避けられない。
それを彼はこうまで簡単にこなしてしまうなんて、正直魔術師上がりの死徒でもここまで高度な技術は持っていなかった。
それを、今エレイシアさんがやっているだなんて。
「なんて皮肉……」
あのやさしく人をつつむ声が、あのまるで太陽のような声が、こんな魔術のために使われるだなんて。
「snap」
「ふ……っ!」
相手が放つ直前で呼吸を整え、飛び上がった身体を急降下させる。
閃走・六魚は空中に飛び上がってもなお行動が出来るように身体の瞬発力を利用するものだ。
……実はそう見せかけて飛び上がった時にそうなるよう調整して翻弄するものだけど。
「!」
飛び上がったはずの僕が勢いをなくして急降下するのを見たロアは目を見開く。
その隙は逃さない。
「隙だらけだ」
そして奇襲だ。
床を蹴るのが普通だけど、垂直にある遮蔽物があればそれを蹴る方が勢いが出る。
僕が余りに強く蹴ったために木製の椅子が壊れる手ごたえがしたけれど、一切無視。
「snap」
再び電撃を放つロア。
だけど、見える。相手の動作でどの方向に魔術が発せられるか、何となくだけど見当がつく。
そんな事が出来るほど今の僕はさえていた。
その電撃を可能な限り低い体勢になってかわす。
普通の人から見たら本当に倒れてしまうって錯覚するぐらい低い姿勢のままで失踪するそれはまるで蜘蛛。
兄さんや姉さんがやっているのを見て僕はそう思ってしまったものだ。
「閃鞘・七夜」
相手が次の魔術を構成する前に僕は斬りかかった。
本来なら突撃する姿勢でも十分な威力が持てるように身体をねじって極力そうしようとするけれど、あいにく僕は二刀流。
なので敵を挟み込むようにして攻撃を行った。
ロアは魔術をあきらめてバックステップでかわす。
駄目だ。傷は浅い。それにこのままだと迎撃にあうだけだ。
仕方がない。ここはものすごく危険だけれど、捨て身の攻撃に出るか。
「閃鞘・八穿!」
「snap」
予想通りロアはとても低い体勢から斜めに飛び上がった僕を迎撃するかのように魔術を放つ。
体をねじる事で当たるダメージを最小限に抑えて威力を殺さず……攻撃。
斬。
手ごたえあった。
だけどさっきみたいに首ではなく、より面積の大きい胴を狙ったって言うのに、攻撃できたのは腕だった。
さっきも思ったけれど、何て反射神経。いくら体勢を変えたからって攻撃を避けるだなんて。
「ぐ……!」
「う……!」
こっちは腹部に大きなやけどを負ってしまっている。それでも炭化はしていないから回復可能だ。
相手の腕の傷は骨も裁ったけれど左の攻撃が浅かったので落とす事は出来なかった。
互いに概念武装での攻撃ではなく、すぐに回復してしまうだろう。
互いに着地をして再び構えをとる。
案の定既に互いに回復は済んでいた。
「……魔眼、ですか」
「え?」
魔眼?
「魔眼? そんなもの僕は持ってないよ」
「あら、それでしたら今のご自分の顔を鏡で見てはどう?」
蒼くなってるわよ。とロアは付け加えた。
蒼く?
そんな莫迦な。僕が魔眼……いや、多分それは七夜に伝わる淨眼の事だろう。
まさかそれが僕にも備わっていると……?
意識してロアを眺めてみる。
……だめだ。ロアが行使しようとする魔術構成とか魔力の流れなんてまるっきり分からない。
だって言うのに瞳が蒼くなってて淨眼が発動している?
でも一体僕には何が見えているんだ……?
分からない。
「生粋の殺人者な上に魔眼持ち。さぞかし漆黒の姫君は優秀な手駒を手に入れたようですね」
……それには否定も肯定もしない。
ロアほど昔からいる死徒なら、どの死徒の下にいるのかを把握できても不思議じゃあない。
それに不本意だけれど手駒として扱われてるのも事実だ。
「……真祖の姫君の死徒であるロアがアルトルージュを姫君って呼ぶとは、随分と丸いじゃないか」
「ああ、私は一度アルトルージュを倒していますから。別にソロモンやブラックモアたちのようにこだわらないだけです。それに……」
「それに……?」
「私にとっては彼女は気にかける価値もありませんし」
ロアは完璧なまでに言い切る。
これを白騎士や黒騎士が聞いたら間違いなく憤るけれど、僕は今の言葉に憤ったところでロアの考えが変わりそうにないので、別に何とも思わない。
でも、その言葉は、まるで真祖の姫が唯一絶対の存在だと言っているようにも聞こえた。
「あらら? 何の反応も示さないのは意外です」
「……別に」
憤る必要性がないだけの話だし。
「そんな話どうでもいいだろ」
「……まあ、そうですね」
ロアは眼を丸くするけれどすぐに笑みを浮かべる。
エレイシアさんからは考えられない、底がとても黒い、死徒が人間を侮蔑する時によく見せるものだ。
「ようするに魁さん。あなたはわたしにとっては大切ですけれど、私にとってはただの邪魔者にすぎないんですよね。漆黒の姫君の死徒ですし、
私を殺す気満々ですし」
ですから、と言いながらロアは腕を大きく広げる。
途端に虚空に現れるのは、いくつもの魔方陣。
「veneficus」
そしてその魔方陣全てに光が走る。
その一つ一つがさっき放った魔術と同じぐらいの威力に見えなくもない。
こ……こんな威力のものをこんなに……。
「さようなら、魁さん」
ロアはこっちの方に手を放る。
その途端に光はよりいっそう強くなり、
そこからいくつもの雷撃が射出される。
「く……っ!」
手を放った時点で回避動作を開始しているけれど、次から次へと僕を追いかけて時間差で射出されていく。
とにかく止まるのはまずい。何とかかいくぐってロアに近づこうとする。
魔術を操るロア自体はどうやら僕の速度に対応しきれておらず、ジグザグに進む僕。
「refero」
「しま……っ!」
甘かった。
ロアは一瞬にしてその魔方陣を再現する。
まるで僕の行く手をさえぎる大雨のように、それを向かいながらかわす事なんて不可能だ。
隙をうかがいつつ回避し続けるしかない……!
そう思うと僕は右に飛ぶ。
椅子を踏み台に飛び上がり、壁に足をつける。
間髪いれずにそこに襲いかかる雷撃を、壁を足場にして僕は走ってかわす。
落ちる前に飛び上がってステンドグラスのところに脚をかける。
また飛び上がり、直後に雷撃が襲う。
ステンドグラスが音を立てて割れていく。
「refero.
どうしましたか?」
3歩で数メートルはある天井に足をつけ、急降下を開始する。
と言っても相手の方向ではなくて相手から数メートル離れた位置に、着地するより叩きつけられるほどの速さで。
ロアはこっちを狙った攻撃をあきらめたようで、着地予想地点に狙いを絞ったようだ。
「閃走・六魚」
「え……!?」
すとん、と僕が着地をしたのは、本来着地をしている地点より2メートルほど離れた位置。
当然そこにいたのはコンマ数秒で、本来着地をしている地点に攻撃を仕掛けていたロアにその時間での対処は無理。
その一瞬で十分だ。
「閃鞘・七夜」
そのまま僕は相手に向かう。
数メートルはある距離を一瞬にして零にし、斬る。
だが、相手の口元がつりあがるのを見て、それが罠だと今さら気づいてしまった。
「cubile」
ロアは雷を放射状に放ってきたんだ。
勢いに乗ってしまっている僕には後ろに飛ぶ事はできない。
普通は横に飛ぶのも上に跳ぶのも、前に出て攻撃する事が前提なのだから。
まずいまずいまずい。
全方向攻撃。回避は困難。
どうする? どうする?
いや、おちつけ。
全方向攻撃って言ってもどこかしらに綻びがあってもいいはずだ。
よく見ろ、よく観察しろ、よく洞察するんだ。
何とかダメージを最小限に抑えないと……!
ほとんどの神経を眼に集中。本当に一秒に満たない時間でその魔術を観察する。
雷のほころびを……。
「があああ……!」
無理だった。
僕は無様に雷を浴び、筋肉が麻痺してしまって床に倒れこむ。
駄目だ。やっぱり見えない……!
「無様ですね」
そんな僕の頭を足蹴にするロア。
抵抗しようとするけれど、まだ筋肉が麻痺したままだ。
く……っ!
「接近戦しか出来ない、対魔力もない。それならいくらでも対処できるんですよ」
……ごもっともな意見だけど、御託並べてる暇があったらとっとと行動すればいいのに、と思う。
でもそのわずかな時間で回復を行わないと、殺されるのは僕だ。
「さて、御託はこれまでにして殺させてもらいます。gladius」
横目で見ると、ロアの手には雷が剣のように構成されている。
バチバチと炸裂音が響き渡っている。
まずいまずい、何とか体を動かしてのがれないと……!
「ああそう、貴方に言っておきたい事があったんでした」
実はですね、と付け加えてロアは心底楽しそうに笑みを浮かべる。
何がおかしいんだ、と言いたいけれど口まで動かない。
「私として行動していてもエレイシアの意識は残ってるんですよ」
え?
今、こいつは何て言った?
「エレイシアが私に変わってもわたしは私と一緒にあり続ける、それがロアなんですよ」
コイツハ、ナニヲイッテルンダ?
ワカラナイ。ナニヲイッテイルノカ。
ワカラナイ。
「ですからあの恍惚感、歓喜、達成感。全てを彼女も味わっているはずです」
ああ、つまりそれは、
彼女がお父さんとお母さんに手をかけて、
神父を殺して、
街を侵食し、
街の人を陵辱していき、
死都に変わっていく様も見たって、感じたって言うのか。
「な……んて事……を……!」
「おや、まだしゃべれましたか。ですが魁さん、エレイシアは自分の意思で理性を保っているのですよ」
え……??
自分の意思で、理性を?
そんな地獄を見せつけられて、エレイシアさんは……。
「確かに彼女が理性を保つ事で私の行動や思考に影響を及ぼす事は事実ですね。ですが……」
聞こえない。僕には聞こえない。
エレイシアさん、貴女は……。
ロアがこんな事をして、終わりのない悪夢を見続けていても、
なおもその犠牲を食い止めようとしているのか……。
「ではごきげんよう。残念ながら私には予定がありますからね」
なら、僕は、僕は……、
僕は――!
「な……っ!」
一瞬だった。
僕は一瞬にして足蹴にしている脚を切断したんだ。
そしてすばやく相手との間合いを離す。
そして、構えをとった。
「ぐ……っ! 往生際が悪い……!」
「……エレイシアさん」
僕はロアと言う存在を完全に無視して彼女に語りかける。
今度はさっきみたいに虚空とかにじゃない。はっきりとエレイシアさんに対して、言葉を発している。
彼女にはっきりと聞こえるように。
「まずはごめん。君を助ける事は結局僕にはできなかった」
悔しい。とっても悔しいけれど、僕は所詮殺すしかできなかったんだ。
それがどんなに中途半端であっても、どんなに不本意であっても、それしかできなかった。
それは姉さんのように、兄さんのように。
どんなに普通の生活にあこがれても、どんなに人と接しても、どんなに温かみを感じても、
結局行き着くのはそれだった。
「貴女とすごした時間は僕の中では人生の中で最高のものでした」
本当に最高の瞬間だった。
まるで夢でも見ているかのように、夢なら覚めないで欲しいと思って。
何も出来ない僕だったけれど、貴女といられて僕は幸せだったんだ。
貴女の笑顔は僕の心に焼きついている、貴女の声は耳から離れない、貴女の温かさはいつまでも僕を温める。
それが一生続くと思って、一生続いて欲しいと思って、
何度も何度も願った。
それを壊したのはロアではなく、運命でもなく、僕自身だったけれど。
本当に僕はエレイシアさんからいろいろなものをもらった。
しあわせだとか、温かさとかは当然の事だし、もっと多くのものをもらった。
僕にはそれがとても嬉しかった。
こんな人生に意味はないって思ったけれど、
僕はあなたに出会えて、生きるっていいって本当に思えたんだ。
それだけで僕は十分だった。
だけど、僕はそんな貴女に対して何もできない。
いや、僕自身が出来る事があまりに少ない。
エレイシアさんはそれでもいいっていってくれるかもしれないけれど、僕は嫌だ。
だから僕は探した。
他にも出来る事を。
僕が数少なく出来る事以外の可能性を見つけるために。
でも……結局僕には無理だったんだ……!
どうやっても、どうやっても、どうやっても!
結局僕に出来るのはエレイシアさんを不幸にする事ばかり!
あんなに僕はエレイシアさんにもらったのに、僕はそれに対してエレイシアさんに幸せを運べないんだ!
僕がどんなに否定しても、結局はそうなってしまうんだ……。
今回も、僕は貴女を助け出す事なんてできない。
そうしたかったけれど、どうしてもそれができなかった。
だから、僕は、エレイシアさん。
貴女に対しても……、
「でも、僕は貴女を殺します」
そうする事しかできないんだ。
「veneficus」
ロアが何かをしようとしている。
けれどそれを一方的に無視をする。
僕が出来る事なんて限られている。
それを最大限にやる事が僕にとっては重要だ。
相手を見る。……いや、視界に納まるもの全てを視る。
そう言えばテレビで運動選手が時間を遅く感じるって言ってたけれど、あれって本当だったんだ。
ああ、確かに見えるや。
魔方陣に伝わっていく流れが、はっきりと。
確かに綺麗な帯のようなものだ。
「ロア、さっき殺し合おう、とか言ってたっけ」
僕は腕を大きく広げて、重心を限りなく下に置く。
「さあ、殺し合おう」
今の自分は、鏡を見なくても分かるや。
確かに僕は笑っていた。
ロアが手を振り下ろしたと同時に飛び出す。
さっきはジグザグに動く事でやりきったけれど、視えている今はそんな無駄な動きなんて必要ない。
ただ真直線に、相手めがけて進むだけだ。
「な……っ!」
それは誰の驚愕の声かもどうでもよくなっている。
まあ、多分僕が魔術をぎりぎりにかわしているところに驚いたんだろうけど。
そのまま懐に入って斬りつけようとするけれど、相手は飛び上がる事でそれをかろうじてかわしたようだ。
ロアの右腕に流れが動く。
「cubile」
発動直前に動きでそれを予想していたけれど、今は視る事で予測が立つ。
だから、こんな事もできる。
「閃鞘・八穿」
魔術が発動、それから辺りが雷に覆われるまでの間に僕はそこをすり抜けてロアの背後に回る。
と同時に斬りつけた。
「う……っ!」
手ごたえあり。
今のは確実に深手を負わせられた。
だけど確認はしない。
確信していることの確認なんて必要ない。
そのまま僕は着地をして椅子を蹴って加速をつける。
ロアは再び魔術式を構成し、こちらに放ってくる。
僕はそれをかろうじての距離でかわして、
「閃鞘・八点衝」
敵を斬りつける。
反射神経だけでかわそうとするけれど、そこに技はない。
技で斬る僕のものを完全にかわせるはずがない。
「く……ぅ……!」
と、左手に魔力が集まるので僕は離れる。
と同時に放たれる魔術。
それをかわしつつ距離をとった。
「こ……ここまでとは……!」
相手は何か言っているけれど、それが何を意味するのかはさっぱりわからない。
ただしゃべっている事は分かるので、その間に構えをとり、体勢を低くする。
「ですが、貴方なんかに負けるわけには……いかない!」
詠唱を開始するロア。
それはさっきまでのとは違って、自己暗示が激しいものだ。
その間にロアは逃げに徹する。
その動きは直線的に、ただ敵前逃亡するもの。
魔術で加速しているのかは分からないけれど、追いつく時間は随分と長そうだ。
そうして、
「blunstud」
その世界は現れた。
「……これは……?」
その世界を見た僕は我が目を疑う。
どうやらここは山間部のようで、少し歩けばすぐにでも山にたどりつけそうだった。
時刻は真夜中。だと言うのになぜか明るく感じるのは、月の光が異様に強いせいだろう。
僕がたつ位置よりも遠くにある城は白く清らかに存在していた。
どの色にも染まっておらず、どこまでも純粋に見えた。
そして、僕の立つ庭園とでも言うべきか。そこには花が咲き誇っていて辺りを支配する。
風は穏やかで、冷たくもなく暖かくもない。強いて感情を述べるなら、心地よいとでも言うべきか。
そうして頭上には白い、いや、純白の月がのぼっている。これが太陽ほどではないけれど、あたり一面を照らしているんだ。
そして、この世界の全てと言ってもいい存在が、そこにはあった。
「固有……結界……」
魔術師あがりでない僕には出来ない芸当。
でもその存在が何であるかはある程度知っている。
それは魔術の到達点の一点とも言うべきもの。
二十七祖クラスは能力としてそれを展開できるらしいが、ロアのを見る限りではそれは魔術だった。
通常の世界を自己の心像世界で塗りつぶす。それこそがこれの在り方だ。
ならば、ロアにとってはこれこそが心像世界なのだろう。
「……その絶対的な存在が神への信仰と敬愛を消失させた、か……」
そこにいる存在、それがロアにとってはどれほど衝撃的だったかは分からない。
でも、僕ですらそれに感銘を受けるのだから、それは計り知れないものだったんだろう。
でもこの世界はあまりに不完全だ。
そう思ってしまうのは、多分この世界が見事に完成されてしまっているからだろ思う。
だから、ロアは彼女を待つのか……?
そこで神々しく存在している、真祖の姫を。
さて、ここで問題なのは固有結界の尊さではなくて固有結界の効果だ。
まさか月の下で立つその存在に攻撃させるなんて無粋な事はしないだろうし、かといって世界が僕の敵になる状況も考えにくい。
なら……?
「veneficus」
ロアはまた腕を広げ、魔方陣を展開する。
その数……数十。いや、もしかしたら百を超えているか?
「さっきよりも多い……!?」
これってまずい。
この世界が魔術の威力大幅増加の効果があるとしたら、実にまずい。
この世界にあるのは地面だけ。教会にあったような遮蔽物が一切ない。
だとしたら、動くのに地面を使いざるを得られない。
僕はその魔術の流れを見ながら飛び出す。
当然相手の方へと。
ロアが放ってくる、まるで嵐のようにおそいかかる雷をぎりぎりでかわしつつ速度を一定に保つ。
でもあまりに数が多くてかわしづらい……!
「閃鞘・七……」
「cubile」
接近と同時にさっきの焼き増しのように、ロアは放射状に雷を放つ。
さっき見た時はそれにはほころびなんて一切なく僕はダメージを受けた。
でも……。
淨眼・発動。
それを見るんじゃなくて、視る。
他の感覚がおろそかになるぐらいに意識してそれを視る。
一秒もたたずに僕に襲ってきそうな雷を前にして、僕の心は波のない海のようだった。
「……見えた」
わずかに地面すれすれにほころびがある。
この世界を傷つけたくないから無意識のうちにやっている事かもしれないけれど、その幅は本当にわずかだ。
だけど、それで十分。
倒れてしまうのではないかと思うぐらいに僕は身をかがめ、全速力で雷をぬける。
ぐ……、やっぱり背中に少し受けたか。
でも戦闘は続行できる。
「……っ!」
魔術をかわされて一瞬だけ息を呑むロア。
それは本当に一瞬で、次には再び魔術の詠唱に入っている。
でもその一瞬も在れば十分。
「閃鞘・七夜」
僕はロアに小太刀とナイフで攻撃をしかける。
通り抜けた時には僕はその場をあとにし、再びロアの死角にまわり込む。
よし、今の手ごたえなら結構深手を負わせられたはず……。
「veneficus」
「え……!?」
駄目か。
この世界に入ってからロアの復元呪詛はとてつもないって事か。
胴体切断までいかなくても追い討ちをかけられるほどに怪我を負わせたと思ったんだけど……。
でも八点衝で倒すにはロアの魔術が強力すぎる。
一撃で、一撃で倒さないと。
でも局所を活動停止させる僕の戦法だとそんなのは無理だ。復元呪詛を突破できるほどの火力が僕にはない。
何かいいものが……。
「く……っ! ちょこまかと……!」
緩急をつけた動きにロアは対処しきれていない。
人間の身体能力で行う人外に対抗する技として考え出された動きなんだから、死徒の僕が行えば多少の技術の不足は補ってあまりある。
だけど接近できるほど敵の攻撃は甘くない。さっきよりも数が増えてる。
ロアは僕の攻撃を受けて回復、僕はロアの攻撃をかわして傷無し。
だけどこれは逆にロアの攻撃が僕に当たったら戦局がひっくり返る事にある。
このままだとやられるのはこっちだ。
「……」
仕方がない。あれをやるしかない。
家出をした時には出来なかった2つの技のうちの1つ。
未熟だった……いや、今でも未熟な僕には出来るかわからない。
だけどこれが唯1つの解決策なら。
「いいでしょう。そうやって避け続けるならこうするまでです」
ロアの動きが変わる。
今までは数小節だけで魔術を詠唱していたけれど、この感じは大魔術のそれだ。
詠唱前に放たれた雷をかわし、僕はロアを視る。
……この流れ、相当な魔力を使ってる?
相当な魔力を使って避け続ける僕に対して放つ魔術……。
「……まさか、全範囲攻撃?」
だとしたら耐魔力がない僕にはかわしようもなければ防ぎようがない。
魔術発動前にロアの詠唱を妨害……できない。時間が足りない。
どうする? どうする?
「apocalypse」
考える間も無く、ロアは魔術を完成させた。
それは思ったとおりに全範囲攻撃。
だめだ。さっきみたいにほころびを見つけている余裕なんてない。
七夜の技はかわす事を前提に考えられたものだし、全体攻撃をさせる余裕を与えないものだ。
技は駄目、身体も駄目。
だとしたら僕に残っているのは……!
「いつでも帰ってらっしゃい」
そんな時、なぜか思い浮かんだのが僕の命を救ってくれた、アルトだった。
僕はそんな温かい言葉を送ってくれた彼女の言葉を無碍にして今こうしている。
僕にはエレイシアさんしか見えていなかったんだ。
でも、後悔はない。
今までの事にも、これからの事にも、後悔はない。
そのために僕は忌み嫌っていた手段を用いたって、目的を成し遂げてみせる!
「閃走・楓王!」
最大限の速さで僕は自分自身の身体の中から外へと固有結界を広げる。
いや、それは固有結界と呼ぶほど大層なものではなく、単純に直射日光内でも動けるようにするものだ。
その正体は自分の認識したもの以外を遮断する効果を担っているもの。
でも、それを最大限に展開すれば全ての光を遮断、同時に雷とかも防げるはず……!
「う……っ!」
まず……い。元々魔術師の家系にない僕が固有結界を常時できたのは身体の中でやってるからだ。
だけど今はダメージを抑えるために外に展開しているから世界の修正を絶えず受け続ける。
でも、耐えてくれ、僕の思いの世界よ……!
衝撃が走る。
僕の結界とロアの大魔術がぶつかる。
せめぎ合う2つの神秘は、結果的に僕の勝利で終わった。
「……っは!」
急いで固有結界を内側に戻す。
暗転しそうになる視界を抑え、相手を睨む。
脚にその疲労が来ているけれどそれをふんばり、相手に向かって飛び込む。
距離は十数メートル。これなら1秒足らずで攻撃できる。
だけどそれを相手が許してくれるはずがない。
「exodus」
相手は数十メートル規模の剣のようなもので横になぎ払う。
それはそんな大きさを感じさせないほどに速い。
そうして僕の胴を真っ二つにしようとする。
でも、それが狙いだ。
本来ならこんな技はあってはおかしい。
なぜなら七夜は先手を打ち、相手に気取られる事なく暗殺を成功させるものだ。
だから後手に回るこんな技は、僕にこそふさわしいのかもしれない。
その名も、
「極死」
相手の攻撃を受け流し、瞬時に敵の頭上に回りこむ。
そして頭を持った状態で逆さになっていて、首を捻り折ると同時に手持ちの武器で首をかっきるものだ。
先手を打ったはずの敵は次には絶命している。そんな技だ。
僕もそれにしたがって相手の大魔術を瞬時にかわし、ロアの頭上に回りこむ。
そして頭をつかみ、小太刀でロアの首を……。
首を……。
「……! ……!!」
ロアの……首を……。
僕は今まで夜の世界ではなくて昼の世界にあこがれていた。
七夜として、死徒として、殺人者として。
でも、僕は知ったんだ。知ってしまったんだ。
夜の世界なんかより昼の世界が素晴らしい事を。
それはこの街に来てからいっそう思うようになった。
そして、その象徴が、彼女なんだ。
エレイシアさん……。
そう、僕にとっては彼女はまぶしかった。
だから僕は彼女が望むように昼の住人でありたかった。
そして、僕は普通の人生を送りたかった。
でも、今求められているのは、昼の僕ではなくて夜の僕。
いや、これからも昼の僕は必要とされないだろう。
必要としてくれていた人たちはみんな死んでしまった。
さようなら、僕のはかない幻想。
そしてエレイシアさん。
「七夜」
僕はそのままロアの首を切断した。
血しぶきを出して倒れるエレイシアさんの体。転がる首。
いくら死徒でも胴体と首を切断されれば生きてはいないだろう。
なら、その死骸は何もなかったかのように消えていくだけだ。
だとしたら遺体をお墓に埋める事が出来ないや。ただの墓石だけがそこにあるだけか。
エレイシアさんが生きた証のこの街はもう死都となっている。
なら、もう彼女が生きた証はもうないのかもしれない。
後はロアの手足にされた街の人たちをどうにかするだけだけど、それは僕はやりたくない。
これ以上親しい人と戦いたくなんてない。適当に教会に押し付けてしまおう。
だけど僕にはまだやることがある。
エレイシアさんの身体はロアが身につけていたローブだけで、裸に近いものがある。
せめて最後だけでも僕はロアとしてではなくて、エレイシアさんとして終わってほしかった。
だから手短に教会の布をいただく事にして、それを何とかエレイシアさんに身につけさせよう。
ロアの作り出した世界は消え去って元の教会に戻っていた。
月明かりだけが教会の中を照らす。
「……」
僕はこの手でエレイシアさんを殺した。
ロアだったけれど、彼女を殺したんだ。
この手に感触が残っている。
エレイシアさんの頭に触れた瞬間、ナイフから伝わる肉を切る感触。血しぶきを浴びる冷たさ。
それはこれからも生きる僕は絶対に忘れる事はないだろう。
そして、二度とこんな事は起こらないだろう。
僕は……。
「……つめは甘いようですね」
「!?」
そんな黄昏が一瞬で吹っ飛ぶほどの澄んだ声。
静寂につつまれた教会の中がその一言だけで支配される。
祭壇から布を取ろうとしていた僕は振り向いて、真っ白になった。
そこには殺したはずのエレイシア……ロアがいた。
「ば……莫迦な! いくら死徒でも首を切断されたら生死はともかく行動不能なはずだ! それなのに……!」
「見たでしょう? 私がどんな魔術を使うかを」
僕がかぶりをきって叫ぶ事でなんとか混乱する頭をなだめているのに対してロアは冷静そのもの。
何でだ……!
確かに僕は首を切断したし、それを確認もした。
復元呪詛を行えないように首と胴体が離れている事も確認したし、魔力の流れもない事も確認した。
なのに……!
「身体は脳から送られる電気信号によって筋肉を動かして行動しているんですよ。つまり、分かりますね?」
「……っ!」
首が切断していてもあらかじめ魔術をかけていればこうなるって事なのか……。
なんて迂闊。
首の切断程度では死徒は死なないって言うのか。
「genesisと言うんですけれどね。これは」
「そう……か……」
あれで終わりかと思っていたけれど、終わりじゃあなかったって事か。
ならば……、
「なら、何度でも殺すまでだ」
僕は両手に武器を持ちながら構えをとる。
体勢を低くして、重心をなるべく下に持っていく。
「……残念ですが、貴方と戦っている余裕は私にはありそうにありませんよ」
だがロアはそんな僕に対してそう言うだけだった。
魔術の詠唱のそぶりも見せない。
「……?」
「貴方と私とでは相性が悪すぎます。このまま戦っても倒されるのは私でしょうし……ね」
その言葉は敗北宣言。
だと言うのにロアの表情は笑みで歪んでいた。
その声、その顔でそうされると心が憤怒で彩られそうだ。
「ですから……貴方には素晴らしいゲストをお呼び致しましょう」
「ゲ……スト?」
「はい」
ゲスト?
ゲストって誰だ?
その言葉に僕に一瞬の躊躇が生まれてしまう。
そして、その間にロアはバックステップを行った。
「しま……!」
気づいた瞬間に飛び出す僕だったけれど、ロアは既に出口から外に出てしまった。
一秒足らずで追いつく僕だったが、その光景を見て止まってしまう。
「せっかく街にいらっしゃったのですから、街の人たち総出で歓迎しないと失礼でしたね」
もう僕にはそんなロアの声は聞こえやしない。
目の前にいるのは街の人たちだった。
小説書きのロバートさん。
サッカーが上手だったトマ。
僕が泊まっていた宿の女主人ジュリーさん。
いつも酒ばかり飲んでいるベンジャミンさん。
そして、酒場のマスターのニコラさん。
他にも年齢性別問わず、この街で知り合った温かい人たちがそこにはいた。
いないのは神父ぐらいだ。
いや……正確にはそこにはあった。
なぜなら、もはやその人たちが心から笑う事はない。楽しむ事はない。
だって彼らはもう死んでいるから。
そんな彼らが今僕の目の前に集結していた。
その眼に輝きはなく、各々が素手だったり武器を持っていたりする。
銃を持っていないのはそれを扱う知性がないからだろう。
そして、中央にはロア。
「ごきげんよう魁さん。きっと街の人たちも貴方を歓迎してくれますよ」
「ロア、貴様……!」
歪んだ笑みを浮かべながらロアは飛び上がり、去っていった。
僕の眼にはロアしか映っていなかった。
僕を包囲する街の人たちや純白の満月の一切が眼には入っていない。
数少ない昼の生活。彼らはそんなささやかな幸せを僕に味わわせてくれた。
そんな彼らが今、夜の世界の者として周りにいる。
僕は叫ぶしかなかった。
全てを呪うかのように。全てに聞こえるかのように。
追う事なんてできやしない。彼らを目の前にして。
だから、これしかできなかった。
「街の……街の人たちを僕に殺させようって言うのか! ロアーーーッ!!」
to be continued……
/the next foryou
第十二話 全ては君のために