全ては君のために

第八話の二・悲愴を弾く


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 16才の誕生日もすぎ、またいつもの日常が始まった。
いつものように学校に行き、いつものようにお母さんの手伝いをし、いつものように色々な人と話し、いつものように子供たちと遊ぶ。
今日もまた子供たちと遊んでいた。

「FW! もっと上がって積極的にボールに食らいついて! DF! 上がりすぎだ、もっと後ろに下がれ!」
敵の主将であるトマが積極的に指示を送る。
今回は魁さんと一緒にやったような大人と子供が一緒のやつではなく、子供だけのチームで戦ってわたし達も加わっていると言った感じだ。
年甲斐もなくはりきっている人も若干いるけれども…。

「お姉ちゃん! 僕にボールを!」
「任せましたよ!」
わたしはこちらのFWのヴィクトールにパスを送る。
彼のブロックに回っているのはトマ本人だった。

「ヴィウトール。今回も僕がいただくよ」
「バカいうな。やれるものならやってみろよ」
同じ年で同じくサッカー選手を目指しているから、2人は自然とライバルだ。
そして、

「押し通す!」
「させるかぁっ!」
2人はテレビでやるプロサッカー選手の技術を見よう見まねで行い、それを自分のものにしようとしている。
そして、その技術がぶつかりあい…!

「やった!」
「う…っ!」
今度はトマが負けた。
MFを通過し、DFも抜き、ゴールへと迫っていく。
そしてそのゴールを守っているのは…、

「へっへっへ、今度もやられはしないぜ」
「ニコラさん、もう少し大人になってくださいよ…」
わたしは呆れながらそうつぶやくけれども、当然ニコラさんに聞こえるはずもない。
なのにニコラさんのつぶやきが聞こえるのはなぜでしょうね?

「こいやヴィクトール! 大人の偉大さを思い知らせてやるぜ!」
「悪いけどニコラさんから大人の偉大さなんて言われたって全くピンと来ないって!」
非常に的確な事を言っていて、思わずわたしは笑いそうになってしまう。
他の大人たちも同じようなもので、笑いをこらえるのに必至だ。
まあその当人さえわかっていなければいいと思うけれども。

 既にDFはかわしきり、ヴィクトールとニコラさんの一騎打ちになった。
ドリブルをするヴィクトール。ゴール前に立ちはだかるニコラさん。

「いっけーっ!」
といったかどうかは分からないけど、ヴィクトールはそんな感じでボールを蹴る。
ゴールの角を狙う的確なもの。コントロールは抜群だ。
が、

「甘いぜ!」
まだスピードが足りない。
トマは逆に繊細さが欠けているから2人の長所を合わせれば将来有望な選手だと思うのだけれども。
飛び上がったニコラさんによってそのボールはゴール外にはじかれる。

「ああ…」
今回もヴィクトールは負けてしまった。
以前もたしかゴールを止められたはず。
……大人気なくて偉大さの欠片もない気がします。

「どうだヴィクトール! これで少しは…」
「旦那、相変わらずおおざっぱだな」
が、今回はそれで終わりではなかった。
何しろ今回はバックアップとしてベンジャミンさんが同じように上がっていたからだ。
しかもオフサイドも取られないぐらい遠くからの疾走で。
でもあなたたち仕事しなさいよ。

「これで終わりだ!」
ベンジャミンさんはそう言いながらボールを思いっきり蹴った。
そしてそのボールは見事に吸い込まれていった。

 ……ニコラさんの大切なところに。

「お……ぐう……」
くずれおちるニコラさん。
ボールが当たったところを必死になって押さえるけれどもやっぱりひざをついてしまう。
その間にボールは見事にゴールに吸い込まれていった。

「やったー!」
ゴールになり走るベンジャミンさんと彼に抱くヴィクトール。
哀れですニコラさん。


 試合はあのままわたしたちが逃げ切り、勝つ事ができた。
チーム分けは毎回行うので毎回違うチームワークが必要になるのがネックだけれど、今回はうまくいった。

「いたたっ!」
「ちょっとトマくん、そんなので痛がってたらもたないわよ」
「痛いモンは痛いって!」
最後の方で転んだトマの傷に消毒液をつけながらそう言う。
泥も落とせたし、後はナイフで包帯を切るだけ、と。

「ほら、しっかりしなさいな」
「うん…、分かった」
さすがに男の子。手当てが終わると駆け出した。

「いやー、今回も旦那に勝っちゃったねー」
「うるさい!」
ニコラさんにはやしたてるベンジャミンさん。
ちなみに今回でニコラさんは栄光ある4連敗達成だ。そんなわたしは現在3連勝中。

「旦那、いい加減ゴールキーパーに固執するのやめたらどうだ?」
「GKはFW以上の花形だろう! それに固執するのは当然だ!」
ニコラさんは確かに大人の中では一番サッカーがうまいと思う。実際にゴールキーパーとしては役に立っている。
でも逆に彼が攻めてこないおかげでやりやすい面も否定できない。

「そういえばエレイシア姉ちゃん」
「え?」
と考えているところに声をかけてきたのはトマだった。
わたしは笑顔で答える。

「どうしてMFに固執するの?」
「ああ、それはね…」
MFは他のポジションと比べるとどうしても見劣りするような気がしてならない。
わたしはつなぎとして十分に役立っていると思うのけれど、他の皆はそう思わないようだ。

「誰もやりたがらないからよ」
「えー?」
あら? どうやらこの答えは不満なようだ。

「だから、誰もやらないのを率先してやって、それで活躍したら目立つじゃない?」
「うーん」
納得いったような納得いかないような曖昧なかんじで腕を組んで悩むトマ。
まあ、だからってやる事が大前提だからベンチスタートはごめんですけれども。

「でもエレイシア姉ちゃんがFWやったら絶対に活躍すると思うんだけれどもなー」
「え? 何で?」
「そりゃあ、ねー」
トマとヴィクトールが顔を見合わせてにやっと笑う。

「だってエレイシア姉ちゃんが攻めてきたら誰だって逃げちゃうだろうから!」
「あー! そうかもそうかも!」
あははーと笑う2人の少年。
そうか、そう思ってたんだー。

「ふっふっふっふ…」
「エ…」
「エレイシア姉ちゃん…?」
おかしいですね。わたしはちゃんとほほ笑んでるはずなのに2人はなんで下がっていくのでしょうか?

「今日という今日は思い知らさなければいけないようですね…」
「え? う…うわあああっ!」
逃げ出そうとするトマの肩をぐわしと掴み、こっちの方に引き寄せる。

「さ、この優しいお姉さんにもう一度言って御覧なさい」
「ぐえええ」
んでもって首を両手で絞める。
当然たわむれのようなものだから本気でしめたりなんかしてないし、それどころか首に手を回しただけのような感じだ。
トマもそれが分かっていてうめいているようなものだ。

「で、どうなんです?」
「ぐるじーがらじゃべれないっで」
「では」
ぱっと手を離し、腰に手を回す。
そして咳き込みもしないトマの方に視線を合わせて腰を折る。

「で? どうなんですー?」
「なっなんでもないよっ!」
「ならいいですよー」
折っていた腰を伸ばし、逆に背伸びをする。

 時刻は夕方をまわった。
みんな帰りの準備をしていて、昼は終わり夜が始まる。
わたしも早く帰ってお母さんのお手伝いをしないと。

「じゃあなエレイシアちゃん」
「ええ、また明日」
ニコラさんたちとも別れ、わたしは帰路につく。
一緒にいるのはトマたち子供しかいなくなった。

「エレイシア姉ちゃんってホントすごいよねー」
「へ? 何で?」
いきなりそんな事を言うトマに疑問しか浮かばなかったわたし。
もっと言い方もあった気もするけれども…。

「だって料理もできて運動もできて勉強もできて、万能じゃないか」
「器用貧乏と言った方がいいかもしれないけどねー」
あははーと笑ってごまかすけれども実際もっと料理はうまくなりたいと思っている。
得意なものはめっぽう得意だけれども、苦手なものはとことんまずくなるのはどうにかしないと。

「あれ?」
「え? どうしたの?」
急に立ち止まったのはヴィクトール。
その先には…、

「…ホームレス?」
「めずらしくない?」
「あ、指差しちゃだめよ」
ホームレス、と言うより物乞いと言った方がどちらかと言うなら近いだろうか。
確かにこの街にそんな人がいる事は知っていたけど、この近辺にいるとはめずらしい。

「好きでそんなふうになった人はいないんだから、そんなものめずらしそうに見ちゃだめよ。分かった?」
「うん、分かった」
他の子供も分かったようで、一様にうなづいてくれた。
自分は今サッカーをしたばかりでお金もパンもないから何もあげられないし、ここは素直に通過する事にしよう。


 …その物乞いは典型的な感じだった。
衣服は随分と洗っていないようで色が濁っているし、ひげは伸ばしっぱなし。髪もくしゃっとしている。

彼は一体どのようにして人生を駆け上り、
そしてどのように転落したのだろうか。

彼を思う人はどう思うのだろうか?
友人は、親は、そして恋人は。

そして彼自身は今の状態をどう思っているのだろうか?
自分で自分を哀れに思うのか、それともこの状態から必死になって脱出しようとしているのだろうか?

そんな事を思っていると…、


「…なんだか滑稽ね」


笑みをこぼすわたし。

 これを滑稽と言わないで何を滑稽と言うのだろうか?
だって生きるのは生きているのなら当然行う事だし、それのために人はがんばっているものだ。
でも目の前の人はそのがんばりをしないで、他人の善意に甘えているわけだ。

それは他人に左右される虫のいい行き方。
それを滑稽と言わないで何というのか?

なら、いっその事、

「引導を渡してやるべきかしら」
くすっとまた笑う。

幸い包帯を切っていたナイフもここにあるし、それをあのやせほそった胸に突き刺してみようか。

そうすれば渇いた喉は自らの血で、減ったおなかは自らの肉で補えるし、餓死はしないでしょう。

あ、その前にそれまで生きてるかしら? 死んでちゃ何も意味もないし。

でも他人は善意を与える必要も無くなるだろうし、気になる事が1つへって良いかもしれないわね。

でも、そんな事を想像していると、


「本当に愉快…」


「え? 何が?」
「え…っ!?」
見ると、トマたちがわたしの方をじーっと眺めていた。

既にわたしたちはその物乞いを通りすぎていて、10メートルは離れていた。

「なんだかエレイシア姉ちゃんテレビでやる悪女みたいな笑いしてたぞー」
「そうかー? 俺にはとてつもなく面白いことを考えてた顔にしか見えなかったぞ」
「…でもあたしさっきのエレイシアお姉ちゃん、怖い…」
口々にそういう子供たち。
でもわたしには誰が何を言っているのかは全く考えられなかった。

一体今わたしは何を考えていた?

わたしはさっきの物乞いを見た時になんて思った?


なんで彼を見て滑稽と感じ、

なんで彼を■した事を思い浮かんで、

なんでそれを愉快と思ったんだ?


なんでなんでなんで!?

「どうしたのエレイシア姉ちゃん…?」
「いえ…、なんでもないわ」
動揺を必死に隠してわたしはなるべく穏やかにそう言う。
だけれども、心の中ではその考えがぐるぐるぐるぐるとうずまいていた。

まるで終わりの無い迷路のようだ。

「お姉ちゃん…」
「さ、お母さんやお父さんがまってるわ。早く帰りましょう」
わたしは笑みを浮かべて子供たちを送り届けた。

でも、その間何を話したのか、何を見たのかは全く頭の中に入っていない。
わたしを支配していたのはさっきの事への耐え難い疑問だけだった。

   /

 この頃何かがおかしい。
何がおかしいとは具体的には言えないけれども、何かがおかしい。

買い物をしている時に思わずつり銭を落としてしまったり、
道を急いで走る子供たちにぶつかったり、
晴れていたのにいきなり雨になってびしょびしょになったり、
どこにでもありいつでも起こるような日常の一枚。

自分のドジに呆れレジ係のおばさんに少しむっと来たり、
泥だらけの子供たちに怒りながらもたしなめたり、
傘を持ってこなかった自分と天気予報に腹を立てたり、
いつでも起こるような軽い感情。

だというのに、

その瞬間だけ、


それしか頭に思い浮かばなくなるのはなぜだろうか。


普通はそれに対する感情だけで「まあいいか」で終わりになるだろう。
なのに、わたしがその先で考えるのは「じゃあどうしてやろうか?」だ。

そして、
もっともわたしが怖いと感じているのは、


それを想像していてとても愉快に感じてしまう事だった。


以前は考えた事もなかった事柄がとても簡単に思い浮かんでくる。
まるでわたしが負の感情に沈んでいくかのように。

では、このままわたしそのものが変わってしまうのだろうか?

「いや…」
ただ疲れているだけなんだろう。
疲れているからいつもと違う考えが浮かぶだけで、また元気になればそんな事は考えないですむはず。

今はそう信じよう…。


「あめ…ですね」
「そうね…」
外は見事なまでの雨だった。
それはもうどしゃぶり。
これでは今日どころか数日はサッカーは出来ないだろう。

「それで?」
「えっと…」
窓から視線をヴィクトールに向けなおしてにやっとわたしは笑う。
手に持っているのはトランプ。それが2枚。
そして彼が持っているのは1枚。

既にセリーヌたちは静観になっている。
つまり、わたしたちは今ババ抜きをやっていた。

なので自然とわたしが持つのはジョーカーとヴィクトールの持つペアとなるべき一枚。
しかし、彼がその当たりを引く事はない。
なぜなら…、

「だから右にあるからそれを引いて勝ってもいいって言ってるじゃない。何を迷ってるのよ」
「えっと…」
そう、ただの2択なら問題ない。感にまかせて引けばいいのだ。
しかし、こう言うと「エレイシアは本当の事を言っているのか、嘘を言っているのか」で葛藤する。
つまり、必要以上に悩む事になる。

「ほら」
「うーん、と…」
自分の手札とこちらの手札を交互ににらみつけて悩むヴィクトール。
さあ悩みなさい。どっちにしても貴方が選ぶ札は決まっているのですから。

「こっちだ!」
結局彼はわたしがジョーカーだと宣言した方を引いた。
結果は…

「げ、ジョーカー」
「だから言ったじゃないですか。そっちはジョーカーだと」
ちなみに前回も同じ事を言って同じようになったけれども、前々回は騙した。
顔をしかめるヴィクトール。

「で、でもまだ分からないぞ。俺がエレイシア姉ちゃんにジョーカー引かせればいいだけなんだから」
「あら、わたしがジョーカーを引くとでも?」
過去何回もわたしはこのような場面に出くわしたけれど、高確率で上がってしまっていた。
なぜなら、

「姉ちゃん」
「なに?」
「こっちがジョーカーだ」
にやっと笑うヴィクトール。
さっきのわたしと同じ戦法だ。
でも、

「ならヴィクトールを勝たせてあげるためにもジョーカーをひいてあげなきゃ」
「えっ!?」
こうして反応を観察して上がってしまうからなのよー。

「あら、ジョーカーじゃないじゃないの。ウソついたの?」
「ううう…!」
と言うわけでわたしは見事にあがり、彼が最下位となったのでした。

「さ、では罰ゲームの時間ですよ」
「そうだよねー。罰ゲームの時間だよねー」
トマは意気揚々としながら油性ペンのキャップを抜き取る。
青ざめるヴィクトール。しかし道場の余地はなし。

「じゃあまずひげをたっぶりと書いてからげじまゆにして、と」
「やめろおおっ!」
数人がかりで手足を押さえられ、なすすべなしのヴィクトールは顔に色々と書かれたのでした。


「あー、面白かった」
「そうねー」
「うう…」
鏡を見て沈んでいる彼は放っておき、カードをそろえるわたしたち。
もちろんゲームは続行します。

「じゃあ今度はなにやる?」
「もちろんもう一度これをやってリベンジ1」
マノンの言葉に即答するヴィクトール。
げじまゆひげ顔でとてつもなく笑えているけど、必死にこらえる。

「ではもう一度やりましょうか」
冷静をよそおいつつカードをきってくばる。
と、

「…」
「…」
無言でヴィクトールとトマが目配せをしているのが見えた。
…彼ら組んでさっさと上がろうという魂胆だろうか?

「所で罰ゲームはどうするの?」
「そうだな…」
にやっと笑うトマ。

「今日一日でっかいリボンをつけるって言うのはどうだ?」
「うあっ」
言ってしまうとこの中で大きなリボンをつけている人はいない。
それに全員服装の趣味が大きなリボンとは一致しない。
それなら確かに罰ゲームになるかも。

「そうね。そうしましょうか」
わたしはにやっと笑ってそう答えた。
そして、セリーヌたちに目配せをする。
「まかせなさい」、と。

「でも…」
セリーヌが何かをいいかけたけれども、結局その後はなかった。


「そ…そんな…」
がくっとうなだれるはトマ。
そう、つまり彼が結局ビリになったからだ。

「ごめん…」
彼の肩をたたくのはヴィクトール。
ババ抜きでコンビを組むだなんて無謀だと思う。
何しろ1人をトップでクリアさせる事はできるかもしれないけれども、こちらの手札が見えない以上それ以外の事はできないのだから。

「今回はヴィクトールが早かったですねー」
そして今回ヴィクトールはトマの力を借りてあっさりとトップでクリアしたわけだ。
けれど、肝心のトマはわたしが謀ったおかげで見事に最下位となったのでした。
と言っても別にそこまで陰湿な謀りでもないと思うけど、ここはあえて伏せておこう。

「では今回の罰ゲームを執行としましょうか」
用意したのは大きなリボン。
それを見て引くトマだけど、もちろん罰ゲームは受けてもらいます。

「誰がつけてあげましょうか?」
「エレイシアお姉ちゃんやってあげてよ」
セリーヌがにやーっとしながらトマのほうを見ている。
サッカー少年がリボンをつけるとなると、確かに面白い事この上ないと思うけど。

「では…」
ぺろっと舌で唇をなめ、リボンを取るわたし。

「ではヴィクトールたちはちゃーんと押さえておいてくださいねー」
「あっ! ヴィクトール! 俺を裏切るのか!?」
「ごめん、罰ゲームは絶対だし」
がしっとトマを羽交い絞めにするヴィクトール。
あばれるけれども無駄な話だ。

「おとなしくしなさいよ」
「イヤダーっ!」
首を左右に振るけれども、私のリボンをもつ手は彼の首に回っていく。

「…首細いわね」
「わ…悪かったね!」

これぐらいの年だとまだ声変わりもしていないし、体格もまだ変化してない。
だから首が細いのは当然なんだけれども…、

 ゆっくりとリボンをまわしていく。

…それにしても本当に細い首だ。
もしかしてわたしよりも細いんじゃないか?

ゆっくりとリボンを前の方に持っていく。

うん、やっぱり細い。
こうか細い首を見せられると…


無性に折りたくなってくるのよね。


「…ふ、ふふ」

鉛筆や木の枝を折るような感じで、べきっと。

リボンのシワを直すわたし。

そしてそのまま…、


「…ん、…ちゃん、エレイシアおねえちゃん」
「え…!?」
びくっとしてわたしは大きく後ろに下がった。

「どうしたの? 何か変だよ?」
「あ…」

子供達がわたしの顔をのぞいてくる。
そんな子供たちをわたしは…


正視できない…!


「あ…、ごめんね。急用思い出しちゃったからわたし帰るね…」
「「「「えー?」」」」
一斉に口をそろえる子供たちだったけれども、わたしはかまいなくその部屋を飛び出した。


 外はまだ雨が続いている。
わたしは傘をさす事無く家に向かって走り出した。

「一体…わたしはなにを…!」
何を考えていたんだ。

よりによってあんな事を考えるだなんて!

わたしはあの時何を考えたんだ?
そして何を連想した?
そして、


それからどう感じたのか?


「いやよ…!」

壊れる。
このままではわたしは壊れてしまう。
引き返せないところまで壊れてしまう。

そんなのは、いやだ。

何でこんなことになったんだろう?
そんな何かに影響される事もなかったし、この生活にストレスなんて全く感じない。
なのに、どこが狂ってしまったんだ?

 時計の歯車に少しの砂が入っただけで時間が狂っていくように、
わたしの全ても狂っていくのだろうか。

わたしは夢中になって走った。

そうすれば全てがなくなると思ったから。

全てを忘れると思ったから。

ただただ夢中になって。


「きゃ…っ!」
急に脇を通る自動車。
せまい道だというのに、スピードはかなり出ていた。
既に雨でわたしはびしょぬれだったけれども、更に水溜りがはねてわたしの体と服、脚にかかる。

「…」
…こんなわたしがびしょびしょなのは当然だ。
何しろこんな雨の中を走っていったんだから。

だからって、かけていいってわけじゃあない。


「調子に乗ってるわね…。殺しちゃおうかしら」


そんな事を思いながら家まで走る。
子供たちに考えた事を忘れるために。


…車の件についての異常な狂気に気づいたのは家に入る直前だった。


   /

「……朝……ね」
結局あの後わたしは両親の心配も振り切り、悩みに悩んだ。
でも、そのうち朝日が昇り、鳥が鳴いているのが聞こえてくる。

 あれから夕御飯も食べてないし、お風呂にも入ってないし、それどころか着替えてすらいない。
服は泥だらけのままだし、雨の中走ってきたんで少し疲れもある。

いつもは太陽が昇っていると地上に祝福しているように見えるけれども、今はそんな事どうでもいいとしか感じていなかった。
ぼんやりと外を眺める。

 結局理由なんて、なかった。

あれは、ただ負の感情の感じ方が極端に増幅されているだけなのだから。

「でも…」

今はそれでもまだいい。
何しろそれをまだ実行に移していないのだから。

でも、それも時間の問題だ。

その感じ方は日に日に増していっている。

何気ない事が、わたしの負の感情をあおり、そして、

「…」

わたしはいつかこの手で誰かを■■のだろうか?
この手で、誰かを。

「いや…!」
そんなのは、絶対に嫌だ。

でも、ふとした事からそれを感じてしまうだろう。
多分普通の朝食でも、散歩でも、会話でも。

なら、どうすればいい?

「…」
わたしは窓のカーテンを閉め、部屋の鍵を閉める。
そして、明かりをつけずに床に座り込んだ。

そう、何をしても何かを感じてしまうなら、


何もしなければいいんだ。


「エレイシア…? もうおきてる…?」
誰かが何かを言ってくるような気がする。
でも、何を言っているのか分からない。

「お願い、返事をして…!」
何も聞こえない、何も分からない。

だって、何も感じたくないから。

ドンドンとドアをたたく音がする。

「…………………!!」
そして切羽詰ったような何かしらの声。

それはひっきりなしに続いて部屋中に響き渡り…、


「うるさぁぁぁぁああいいっっ!!」


気がつけば、電気スタンドをドアの方に投げつけていた。

盛大な音をたてて壊れるそれ、そして何も聞こえなくなるこの場。

しんと静まり返る。
息をあらげ、そしてわたしはただ扉の方を見つめる。

「お願い、しばらくわたしを1人にして…!」
今のわたしにはそれを言うのが精一杯だった。

 廊下を駆け足で去っていく音。
わたしは申し訳ない思いでいっぱいだったけれども、それ以上に感じていたのは、

ただ恐怖だった。


これから、どうなってしまうのか、と。




to be continued…



   /the next foryou

第九話の二、月の下でただ哂う


第九話の二に続く

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 …見事なまでに3話構成になりましたね…。狙ってやったのではないのですが…。
今回はいわゆる閉じこもるまでを書きました。今度こそは最終的にああなってしまうところまで行けると思います。
ではその時にまた。
  2006年8月15日


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