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「で?」
「で…って何?」
僕とカテリーナの会話は唐突に始まった。
だからってすぐに終わりそうだけど。
「クールガイ、男は黙してこそ価値が上がるものよ」
「僕の価値なんてどうでもいいんだけどね」
本当にどうでもいいし。だから言い方もそっけなく言い放つ。
「そろそろ仕事が何かを教えてほしいんだけど?」
「あら、漆黒の姫に聞いてないの?」
「聞いてたらこんな愚鈍な質問はしないって」
はっきり言って何も知らないで僕はこんな所に来ているようなものだし。
そう、なぜか僕らは山奥にいた。
山奥・ざ・山奥。
辺りを見渡すと広葉樹林なんてありません。全部針葉樹林です。
かれこれ歩き始めてから3時間ばかり。一般の人達と共に山登りをしているわけで。
そんな中でもカテリーナの優雅さは全く損なわれる事がない。
何かすっごく腹が立つんだが。
「僕早く帰りたいんだけどさ、1人でやってくれない?」
「あら、そんな事言っていると姫君になんて言われるか分からないわよ」
「かまうもんか。僕の知った事じゃない」
いや、知った事だけどね。
それに逃げても正直地球の裏どころか宇宙の果てまで追いかけてきそうだし。
「で、早く説明してくれよ」
「分かったわよ」
観念したのか、カテリーナは言葉をつむぎだす。
「4日ほど前、この山で行方不明者が出たのよ」
「あー、そう言えば麓の警察の人がそんな事言ってたよね」
「それ幻獣のしわざよ」
「…は?」
え? もう話終わり?
つまり、原因は知らないけど幻獣が人を襲ったから、公になる前に処断しろって言うわけか。
にしても何で僕なんだ…?
「こういう仕事は白騎士とか黒騎士とかの仕事だと思うんだけどね…」
「あ、それを言うなら私だって戦闘向きじゃないのに選ばれたのよ。文句は言わないの」
…つくづく人選が分からないんだがね…。
「もしかしてただ日中に活動できるからだとか?」
「案外そんな簡単なものなのかもね」
カテリーナはふっと笑いながらも急坂を歩くのをやめない。
死徒になってから基礎体力が大幅に上昇しているからいいものを、こんなペースで歩かれたんじゃただ黙々とそうするしかないし。
と、先を行っていたカテリーナは歩道を外れる。
ここからが本番ってところか…。
「で、残りどれぐらい?」
「さあ? まだ3分の1ぐらいじゃない?」
「ぶっ!」
思わず吹き出してしまう。
そんなにあるいてられるか…!
「走ろうよ」
「服が汚れるから嫌よ」
「なら空間転移ぐらい…!」
「私すぐれた魔術師じゃないのよ」
すっごく殴りたいなー。
んで、ようやく僕らは目的地にたどり着いた。
はっきり言って普通の人ならどう考えても近づかないような森の奥深くだ。
さて、これで幻獣とやらが現れるのを待つわけか…。
「あら、せっかちね」
「はあ?」
「幻獣なら当分来ないでしょうね」
「何言ってんの?」
「だから待つのよ。現れるまで」
「フザケルナーッ!」
俺の悲痛な叫びが山脈をこだまする。
んで2週間ほど。はっきり言ってこの毎日は単調でもあり、有意義でもあった。
カテリーナは時間さえ許せば固有結界に閉じこもっていたし、僕は技の形を復習していた。
都会はおろか、田舎町とも全く違う、自然の中でいると本当に五感が研ぎ澄まされていく感じがした。
今日もまた同じ事の繰り返しをしていた。
僕は相変わらず形をとっており、カテリーナは自身の技術に磨きをかける。
「!?」
だが、この日はいつもと全く違った。
急に自然から息吹がなくなっていく。
それはまるで何かに怯えているような、そんな感じだ。
「…クールガイ…」
「ああ」
僕は懐にある短刀を取り出し、構える。カテリーナは素手のままだが、手を前の方に出している。何かの形か?
緊張感が走る。
そして、それはやって来た。
動物園で見るものは言うに及ばず、アフリカの野生動物と出会った時だってこんな印象は抱かせなかった。
そう、そのものは神々しかった。
「…さて、人外が何用だ?」
「しゃべった!?」
間抜けにも思わず僕はそう発言する。
目の前にいるのは鹿だかヤギだか分からんけど、とにかく大きい。体長3,4メートルはある。
でも人間の言葉をしゃべるような骨格じゃないよな?
「クールガイ…その発言を今する?」
「しゃべった事は取り返せないし」
素直に僕はそう言うしかなかった。
にしても…こいつは一体何なんだ?
「ふん…、いくら人外だろうと、ワタシを倒せると思ったのか…?」
「もちろんですとも」
その瞬間、周りは針葉樹林の森からオペラ座に変わっていた。
「…固有結界か…!」
「では『先見』の幻獣さん、お覚悟はよろしくて?」
覚悟はいいかって、どうせ僕が闘う事になるんだろうけど。
鹿(仮)はぎりっと歯をこすった。
「戯言を…ワタシに勝てるとでも思っているのか?」
「もちろんですとも。じゃあセブン、がんばってね」
「ほらやっぱし」
まるで決められた台本にそっているみたいだね。
まずは軽く跳躍をして、次の瞬間には敵の背後に回る。
そして短刀を横一閃した。
「ぐ…!」
「浅いか」
さすがにここまでバレバレな攻撃は通用しないか。
ちょっとかすっただけだったし。
なら…
「閃鞘・八点衝」
死徒の身体能力と合わせてその斬撃は驚異的なスピードで敵を切りつける。…はずだった。
「な…っ!」
だが鹿(仮)はそれにかするどころか当たりすらしない。
結構上の死徒にだってこの技にかするぐらいはするはずなのに…!
と、更にやっているうちに、ふと気づく事がある。
「もしかして僕の攻撃より先にかわしてる…!?」
そうだ、僕が斬撃をやるまえに既に回避モーションに入っている。
スピードはこちらの方が上なのに関わらず、相手はその見切りによってその差をゼロ以上にしてしまっている。
「く…っ!」
僕は一旦離れてカテリーナのそばに立つ。
「どう言う事だよ!」
「あいつの能力は『先見』よ。つまり短時間の未来だったら正確に把握する事ができるわ」
「何それ?」
それじゃあ固有結界もろくにない上に魔術も使えない、近距離一辺倒の僕ではあまりに不適格じゃないか?
アルトにしては随分と間違った人選を…。
「なるほど…的確な人選をしてきたものだ…」
と、いきなり鹿(仮)はそう言ってくる。
一体何を言ってるんだ?
「…なるほどね、これが私たちが選ばれた理由だったのね」
「だから一体何だって?」
「つまり、あの幻獣には現代の魔術師のほとんどが通用しないぐらい強力な対魔力があるって事よ」
対魔力がある。つまり…。
「上位の死徒のほとんどが魔術師上がりか固有結界持ちよ。でも彼らはほとんどあの幻獣に対して無力みたいね」
それこそ神代の魔術師とか真祖なら別でしょうけど、とも付け加える。
「つまり、貴方みたいにその技術だけに特化した人こそあの幻獣の天敵って言えるのよ」
「…はあ、つまり、あいつの『先見』を突破して倒せって言う事でしょ? やる事変わらないじゃないか」
思いっきりため息をつく僕。
…まあいい。結局倒す事に変わりはない。
「あ、ちょっと」
と、いきなりカテリーナが声をかけてきた。
調子狂うな…。
「何?」
と、カテリーナは歌をうたいだす。
それは以前から聞いているような安らぎをあたえるものではなく、とても力強いものだ。
…ん?
「身体能力が上がっている…?」
「そうよ。これであいつを倒せるでしょう?」
「……」
はっきり言ってさっきのままでも十分行けたと思う。
五感を研ぎ澄まし、敵とその周辺の物体全てに傾ける。
準備は整った。
「じゃあ…殺るか」
僕はそういうと、手を床についた。
それはまるで生き物に例えるなら、蜘蛛のように。
後はもう簡単だった。
敵はいくら僕の攻撃を事前に悟ることができたって、それにスピードが追いついていない。
いくら敵に対魔力があるからって、敵が行う攻撃はかわせないわけではない。いくら威力がものすごくても。
というわけで一方的に戦闘を進める。
そして…。
「閃鞘・迷獄沙門」
僕の放った一撃によって幻獣は二分割された。
オペラ座に広がる敵のおびただしいまでの血が勝負が決したことを物語っている。
「思ったよりもあっけなかったね」
もちろんそれは僕だけのせいではなく、カテリーナがオペラ座という固有結界を用いて僕を補助したからだ。
例えば敵の魔術を阻害したり、僕の能力を上げたり、敵を不利にすることはできなくても僕らが圧倒的に有利にすることはできた。
「ぐ…」
最後までなぜこいつが人間の言葉をしゃべることが可能だったか分からないけど、今さらどうだっていいか。
「これで終わりね」
カテリーナはふふっと笑うと、幻獣の方に歩み寄る。
その幻獣は今にも死にそうだ。
「でもまさか貴方ほどの幻獣が人を襲うなんて愚行をするなんて、思いもしなかったわ」
「…ふん、したくもなるさ…」
憎憎しげにこちらを一瞥する。
幻獣はその土地に住むものであり、人間なんかよりはるかに尊い存在だ。
近年この近くは観光とか言って結構開発が進んでるしな…。でも僕にとってはどうでもいいことだ。
今考えているのは、エレイしアさんへの誕生日プレゼントを何にしようか、と言うことだ。
「…なら冥途へのみやげに貴様らの未来を視てやる…」
「結構よ」「結構だよ」
カテリーナと僕は同時にそう言ってのけた。
未来なんて知らぬが仏だ。何より知らないことこそが人生を楽しむ手段だと僕は勝手に思っている。
「く…くくく…」
と、いきなり幻獣は笑い出した。
それに僕らがむっとこないはずがない。
「何がおかしいのかしら?」
「女…、貴様の目的が達成される事はまずない…。結局は自らの愚かさを思いながら死ぬことになるだろう…」
その言葉にカテリーナは完全に青ざめていた。
「嘘よ」
「『先見』の幻獣といったのはそなただぞ」
こんなカテリーナは今まで見たことがない。
僕が知る彼女はいつも優雅さと余裕に満ちていた。だが、今の彼女は憤慨に覆われている。
「そして男……。貴様はもっとも大切にしている者を救えない」
「!?」
いったいこいつは何を言っているんだ?
「そして貴様はその大切な者と殺しあうんだ! どちらかが息絶えるまでな!」
「…」
これを聞いて僕がやることはただ1つだけだ。
「もういい。黙れよお前」
僕のつきたてたナイフが、鹿(仮)の喉の奥まで深く刺さった。
息を漏らすと、鹿(仮)はがっくりとうなだれる。
「さて…貴様らは運命を変えられるかな…?」
そうして鹿(仮)は死体になった。
ふもとの町、ここで僕はカテリーナと別れる事にした。
「この2週間は楽しかったわ。クールガイ」
「そうか。僕も楽しかったよ」
僕とカテリーナは互いに笑顔だったが、あの鹿(仮)が言ったことについては互いに口を出さなかった。
ふと周りを見ると、誰もがカテリーナの方を注目している。
それはこれだけの美人が登山に来ているんだから、驚きはするだろうけれども。
と、
「クールガイ、あの幻獣の言っていた事はこのままでは間違いなく起こる事よ」
「え?」
「心しておきなさい。何らかの事をして運命を変えなきゃ駄目よ」
その言葉に笑みや微笑はなかった。真剣な顔つきで、僕と対等な立場に立って話していた。
「ああ、分かってるさ」
僕の大切な人、か…。
家族は皆死んでしまったし、旅先でも滞在期間は短くて友人の域を出ない人が多い。アルトたちもそこまで大切ではない。
とすると…。
「エレイシア…」
彼女なのかな…? 今僕が気になっている人といえば…。
「それでカテリーナ、これなんだけど…」
「ああ、それね」
あの後固有結界を解除して、死体は埋めた。
その際、対魔力の源であった角は僕らが一本ずつ持っているのだ。
「とっておきなさい。対魔力があまりない貴方には便利な代物よ」
あの鹿(仮)には憤ってはいたけど、死体に罪はない。
これを使ってエレイシアさんへの誕生日プレゼントでも作るかな?
「クールガイ、実は私…」
カテリーナは若干のためをおいて、そう切り出す。
でも、またすぐに考え込み、首を横に振った。
「いえ、やっぱり何でもないわ。ごめんなさい」
「そうか」
そろそろお別れの時か。
早くエレイシアさんに会いたい気もするし、少し名残惜しい気もするし。
「大切な人は守りぬきなさいね」
「分かってるよ」
「ではカイ、またいつか会いましょう」
最後に僕の名前を言って、彼女は去っていった。
残った僕は、帰り支度はすんでいたので早々とその場を去ることにした。
/
…疲れた…。この数週間は本当に疲れた。
エレイシアさんのいる町にたどり着いたときはどっと疲れが出てしまった。
本来なら二度と戻ってくる事はなかったこの街。戻ってきてはいけなかったこの街。
だけど、戻ってきざるをえなかった。
何しろ……、
「そして男……。貴様はもっとも大切にしている者を救えない」
この言葉を聞いてしまったから。
いつもなら一瞥をくれてやって受け流す他愛もない言葉。
だけど、それで不安になってしまうのはなぜだろうか。
「そして貴様はその大切な者と殺しあうんだ! どちらかが息絶えるまでな!」
僕にはもう大切な人はいない。
姉さんも、兄さんも、死んでしまった。
アルトは確かに好ましい人ではあるけれど、大切な人ではない。
なら、その大切な人とは誰だ?
分からない。
いや、分かりたくない。
でも、真っ先に思い出すのは、1人の少女だった。
僕に関わる事でその大切な人が傷つくのがたまらない。耐えられない。
それなら、僕は1人で生きていきたい。
それでも、あの鹿の言葉が耳から離れない。
救えない、つまりそれは未来ではその大切な人が危機にさらされるって事ではないか?
いつかは分からない。だけど、未来に……。
そう思うと僕の足は自然と街へと向いていた。
なんて甘い、とは思うけれど、僕は自分の事よりこの街の人たちの事の方が心配だった。
僕の人生、振り返ってみてもこの街の中にその大切な人がいることは明らかだった。
何しろ、この街での思い出は僕の中でとても重いものになっていたから。
そして、もし街がいつもと同じようだったら一晩泊まる事もしないで立ち去ってしまおう。
平和なら、僕がいるべきではない。
殺すしかできない僕にはふさわしくない街だ。
結局僕の手元にあるのはエレイシアさんへの誕生日プレゼントだけ。
ナイフを使って角を丁寧に削り、髪飾りを作った。
手ぶらで帰るわけにはいかなかった。何しろ彼女の誕生日という名目で帰ろうと思っていたからだ。
エレイシアさんの長い髪に似合うといいのだけれども……。
「……ものすごく遅れたし、彼女許してくれるかなぁ」
誕生日からはずいぶんと外れている。
以前聞いたことがある誕生日はたしか5月の初め。だとしたら一週間以上は遅刻だ。
心身ともにつかれたといった感じで、エレイシアさんの事がなければ間違いなく今頃寝ている。
で、僕がいたのは町の入り口だった。
ここまで来たのは街の中でもまだ知らない人の車にヒッチハイクで連れてきてもらったからだ。
これで後はエレイシアさんの所に行くだけだ。
時刻は昼間ぐらい。あいにくの曇りだが、そんな事は気にしないようにする。
僕は一直線にエレイシアさんの家へと向かう。
途中、見た顔と何人も通り過ぎるが、軽い挨拶だけして通り過ぎる。
「セブン兄ちゃん!」
その中で、声をかけてきたのはセリーヌだった。
でも何かいつも明るかった彼女にしては、気が沈んでる気がするんだけど…。
「やあ、セリーヌ。久しぶり。元気にしてた?」
「あたしは元気よ。でも…」
「でも…?」
急にセリーヌは黙ってしまう。
首をかしげる僕。…やっぱどっかおかしい。
そう思い始めると彼女の持っている人形までしょぼんとしているように見えてくる。
「ねえ、今までどこ行ってたの?」
「え?」
急な質問にちょっとびっくりしてしまう。
「仕事で鬼上司によって急に命がけなモンをやらされて、報酬はなしなんて理不尽なメにあってきたんだけど……」
「しごと? それでも……」
やっぱり黙ってしまう。
…これは何かあるな。
そう思った僕はしゃがみ、彼女の目線に合わせる。
そして、彼女の肩に手を置いた。
「何があったのか言ってみてよ。もしかしたら僕でも役に立つかもしれないだろ」
笑みを浮かべてこう言う。
それで彼女は少し安心したように表情を和らげるけれど、まだ沈んでいる。
あの元気なセリーヌがなんでこうなってしまったんだ?
「セブン兄ちゃん……エレイシア姉ちゃんをげんきづけてあげてよ。」
「え?」
『エレイシア姉ちゃんを元気付けてあげてよ』?
それじゃあまるで彼女に何かあったみたいじゃないか。
僕の表情がかたくなるのを自分でも感じた。
心臓の鼓動が速くなるのを自分でも実感できた。
一体どういう事だ?
一体なにが…。
「一体何が起こったんだよ。」
自分でも表情が変わる事に気づく。
セリーヌはそれを見て少し怖がっているようにも見えた。
「分からないよ。でも…お姉ちゃんの誕生日をすぎてからげんきがなくなってるみたいなの」
「元気が?」
「うん…それでずいぶん前から家から出なくなっちゃって…」
「家から出ない!?」
「うん…。お姉ちゃん、人がかわっちゃったみたいなの」
あのエレイシアさんが…?
あのいつでも活発的で、子供たちの相手をして、街の人でもない僕にも親切にしてくれた彼女が…?
信じられない、いや、信じたくない。
「分かったよ。僕が何とか元気付けるから。そうすればエレイシアさんも聞いてくれるかもしれないし」
「ほんとう!? エレイシア姉ちゃんまたあたしたちとあそんでくれる!?」
「ああ、きっとそうなってくれるよ。」<
僕はセリーヌの頭をなで、逆の手でグッとこぶしを握ってみせる。
そんな僕に安心したのか、少し顔が和らぐセリーヌ。
「それじゃあ早速エレイシアさんを迎えに行ってくるよ」
「がんばってお兄ちゃん!」
「ありがとう」
僕は軽く手をふって彼女のねぎらいを受け取る。
「……あのエレイシアさんが……?」
分からない。本当に分からない。
なんでよりによって彼女が元気をなくすんだ?
そんな事はないとばかり思っていた。ないと信じていた。
だけど、それが現実に起こっている。
何かが、何かがおかしい。
何かは分からないけれど、何かが……。
そんな事ばかり思いつつしばらく歩いていると、向かい側からやってきたのは神父だった。
神父もさっきのセリーヌと同じようなこの世の終わりでも来たような顔をしていた。
「神父。相変わらずしけてるね」
「なっ! セブン!」
気軽に挨拶をかわした僕とは対照的に、神父はどこに隠し持ってたのか分からん(手品じゃないのと思うぐらいの手際の良さで)剣をとりだし、
僕と一定の間合いを開ける。
そして僕を嫌悪した目つきで怒鳴った。
「なぜこの街に!?」
「なぜって……僕はニコラさんに招待されて来たんだけど?」
事実は違う。
誕生日プレゼントだけなら郵送で送っていた。
僕は、胸騒ぎがしたから来たんだ。
そんな僕に対し神父は指に剣を挟みながら向けてくる。
その目はまるで親兄弟の敵を睨むばかりだった。
「それでもあなたはここに来るべきでは…!」
「どうせ一日で帰るよ。何なら用事が終わるまであんたが僕についてまわってもかまわないけど?」
「……っ!」
少しの間神父は思考をめぐらす。もちろんこの間緊張をといてない。
一方、僕はいつまで考えるのかといらいらしだす。
この短い時間がどれだけ長く感じた事か!
死徒となった僕からしてみればこの感情は意外なものだった。
その短い時間で彼は納得はせず、自分自身を無理に納得させてうなづいた。
「分かりました。その案に同意しましょう。ただし!」
「ただし?」
「以前のような事があれば今度は容赦しません。たとえエレイシアが止めてもあなたを抹殺の対象にいたしますので」
……その反応は当然の措置だろう。
予想していたから驚くほどじゃない。
「分かっているよ。僕もそれは納得してるよ」
「……いいでしょう」
彼はそう言うと体勢を元に戻し(それでも警戒はしているが)、武器をしまう。
そんな神父を見る暇など僕にはないので、彼を無視してとっとと先に進む事にする。
そして、エレイシアさんの家の前にたどり着いた。
いつも開け放たれている彼女の部屋の窓は閉まっており、カーテンで覆われていた。
「彼女、人が来れば追い返すだけで、何も話そうとはしないんですよ。それで私も困っていまして……」
「そう、何が彼女にあったかは知らないけど……」
僕は誕生日プレゼントの入った箱を強く握る。
「彼女のためになら何でもするよ」
僕は力強くそう言い放った。
それが僕の正直な気持ちだ。
誰にもその思いは崩せないだろう。
まずは話を聞こう、全てはそれからだ。
僕はノックをすると、家から出てきたのはエレイシアさんの母親だった。
「あなたはたしか……」
「セブンです。この間はエレイシアさんに大変お世話になりました」
「どうも……でも、今エレイシアは……」
母親の顔はげっそりとし、顔色も悪い。
目の下のくまも深く彼女の顔に刻まれていた。
食事もろくにとっていないようで、以前見たときよりやせていた。
しぐさや目つき、全てに彼女の心配がうかがえた。
「神父様に聞きました。部屋に閉じこもっているとか」
「ええ、そうなんです……。なぜかわたし達まで遠ざけて……」
そう話し出すと彼女の目がにじんでくる。
「一体エレイシアに何があったと言うの……!」
そして彼女は涙を流し、手で顔を覆った。
僕は無言でハンカチを彼女に差し出す。
「すみません……。お見苦しい所をお見せして……」
「いえ……、かまいませんよ。誰でも心配するのですから、あなた方は特にそうでしょう」
「……エレイシアに会いに来てくれたんですね……?」
彼女はハンカチで涙をぬぐってそうつぶやく。
僕はうなづく事で肯定を示した。
「はい、わずかでも彼女の力になればと思いまして……」
「分かりました。ご案内しますね……」
彼女は僕らを家の中に案内する。
簡素なつくりのその家だが、あたたかみを感じた。自分の家にはなかったものだ。
が、二階にあがると急に雰囲気が変わる。
言っては悪いが、なぜかいやな予感を抱かせる。
母親はエレイシアさんの部屋の前に来ると、軽くノックをする。
「エレイシア、わたしよ。」
「お母さん……」
部屋からはついこの間聞いたエレイシアさんの声が返ってくる。
が、なぜか元気がない。
いや、そうじゃないな……、何と言うか……。
「何かにおびえている感じがしますね」
「ええ、私もそう思います。でもそれが何かが分かれば……」
僕が神父に小声でつぶやくと、やはり彼も小声で返答してきた。
「……お願い、早くここから去ってよ……。でないとわたし……」
「でもエレイシア……」
「はやくそこから消えてよ!」
その声に僕は思わず驚いてしまった。
これはどう考えてもおかしい、あのエレイシアさんからは考えられない、そんな印象すら抱かせた。
それはただ怒りをぶつけているんじゃない。
そう、その言葉からは僕は懇願しか感じられない。
必死の懇願、それを怒りのように見せて、悟られないように……。
「お願いだから……」
その小さな言葉で会話は終わった。
静寂が訪れる。
僕らは微動だにしないので、家の外での風の音が良く聞こえる。
僕はそんな中、彼女にどう切り出そうか迷っていた。
彼女にあんな事をした僕に、彼女と語る言葉があるんだろうか?
彼女と再び語っていいんだろうか?
と、母親が悲痛な顔をしながら言葉をつむぐ。
「エレイシア、あなたを心配してくださってセブンさんまで来てくださったのよ。お願いだから部屋から出てきてちょうだい」
「……セブンさんが……?」
少し、本当にほんの少しの希望を持ったようにエレイシアさんはつぶやいた。
僕はなんて声をかけたらいいか迷っていたが、それは無駄に終わった。
「……お母さん、ごめんなさい。セブンさんと二人きりにしてほしいの……」
「え……?」
「でもセブンさんもお願いだからわたしの部屋には入らないで……! 誰も入れたくないのよ……!」
……僕は神父と母親の顔を見合わせる。
母親はわずかながら希望を持ったように、こちらに切望のまなざしをむけていた。
一方の神父は気乗りがしないみたいだ。
「……で、僕としてはおそらくエレイシアさんは部屋を出てこないと思う。だから二人ともここに残って会話を聞いてた方が…」
「私も賛成だ。私はともかくエレイシアの事だから、母親であるあなたはいなくては…」
「でも娘はセブンさんと二人きりになりたいと言っているし……ここはあなたにお任せした方が…」
「いや、あなたは聞くべきだ。たとえ彼女がどんな思いをいだいていようと、聞く義務がある」
「セブンさん……」
僕ら三人はそんな会話を小声でかわす。
結局神父と母親の二人は息をひそめて若干離れて会話を聞くことに。
「エレイシアさん、魁です。久しぶりですね……」
「魁さん……、本当だったらこんな再会はしたくはありませんでした……」
今にも消え入りそうな声で彼女は言葉をつむぎだす。
僕もこんな形で再会はしたくなかった。
「一体何があったんだよ。セリーヌや神父さんを始めとして、街のみんながエレイシアさんを心配してるんですよ!」
「すみません、でも……これはどうしようもないんです……! わたしはここにいなくては……!」
母親と同じぐらい悲痛な、いや、それ以上に彼女は追い詰められているように感じられた。
「一体何があったんだよ! わずかでもいいから教えてくれないか! 少しぐらいなら力になるから!」
「……。」
しばらく会話はおこらず、静かだった。
エレイシアさんの部屋から聞こえる時計だけがコチコチと鳴っていた。
僕はこの扉を斬りふせ、彼女の顔が見たかった。
でも、エレイシアさんは確実に何かを恐れていた。
それが何かを解決しなければ扉を開いても彼女の心は開かないだろう。
「魁さん……」
「……何だい?」
「魁さんは……死徒、でしたっけ……? 人間でなくなった時はどうでしたか……?」
「え?」
いきなりの質問に僕は驚く。
何で僕の事が出てくる?
何で死徒の事が出てくるんだ?
彼女は何が言いたいのか、そして今の台詞の意味するものは…。
「人間でなくなった時か……。僕が死徒になったのは自分で望んだからじゃあない。でも決して無理やりされたわけでもなかったんだ」
「え……?」
「本当なら死ぬはずだった僕を生かすためにやってくれたんだ。だからうらんだりはしてない。」
これは気休めではなく、本当の事だった。
僕は彼女の好意をうらんだりはしていない。
彼女は僕のためを思ってそうしてくれたのだから、その好意が僕には嬉しかった。
問題はその後にあったけど……。
「でも……最初は苦しかった。いくら僕のためにやってくれたと言っても、死徒である以上人間を襲わなきゃならない本能に駆られて…
自分が怖かった。そのまま流されそうで…」
「……」
「だから今はなるべく輸血用のアレを利用する事にしてそんな『衝動』は起こらないようにしてるけど、それでもあの時みたいに……」
そう、あの時エレイシアさんを襲った時のように……。
「なるのは今でもつらい……。悲しいんだ……」
僕は一句一句しぼりだしながら述べる。
たとえ今かけがえのない家族がいなくても、友人がいなくても、恋人がいなくても……。
他人であっても、そんな事をするのはつらかった。
「……そうですか……。でしたらなおさらわたしはここを出てはいけないと思うんです」
「……!?」
予想外の展開。
僕は思わず神父の方を見てしまう。
彼もまた顔色を変えていた。
母親は何のことを言っているのかさっぱりといったかんじだ。
「何て言えばいいんでしょうか……。貴方みたいに言えば、流されてしまいそうなんです……」
「流される……?」
「……詳しくは言いたくありません。でも……これだけは分かってください。わたしはお母さん、お父さん、街のみんな、そして……魁さん、
あなた方の事を大切に思っています。だから……だからこそ……」
「ダメだ! そんな悲観的じゃあ…」
これではまるで、自分が……みたいな言い方じゃないか。
「わたしの事はしばらく放っておいてもらえませんか……?」
「エレイシアさん!」
「お願いだから……そっとしておいてください……!」
僕がこれ以上呼びかけても彼女から返事が返ってくる事はなかった。
結局僕は誕生日プレゼントの事を言い出せずに終わってしまった。
彼女が一体どうしてしまったのかも結局分からずじまいだった。
この先どうなってしまうのだろうか……僕には見当すらつかなかった。
to be continued…
/the next foryou
魁にふりかかるエレイシアに迫る影。
彼女に再び笑顔を戻そうと奔走する魁たち。
だが、最悪の悪夢がついにおとずれてしまう…!
次回の『全ては君のために』第九話、悪夢発現