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セブンさん、つまり魁さんが街から出て行ってから随分とたつ。
わたしことエレイシアは何とか元気にふるまっていた。
街のみんなは突然魁さんがいなくなった事に戸惑いを隠せないようだった。
わたしと神父様は二人で街のみんなに魁さんが街から姿を消した事をちゃんと告げた。
みんな驚きを隠せないようだったけれども、わたしと神父様の態度から、何か重要な理由があると気づいてくれたようだった。
わたし自身は神父様にあれ以上の事は聞かなかった。
わたしは知らない方がいいだろう…。
その方がわたしのためだろうし、魁さんのためになるだろうし…。
わたしの生活はこの街で過ごす事がほとんどだった。
数十年は経つ建物、石畳の道路、みんなわたしは好きだった。
パリやマルセイユなどフランスの都市に街の人達はあこがれているようだけれども、わたしはこの街を出る気は全くなかった。
学校から帰ったら実家のパン屋を手伝う。
その休みを縫って子供たちをたわむれた。
この日常が変わる事など全く考えられなかったし、また、変える気も全くなかった。
今日もいつも通り、パン屋でお母さんの手伝いをする。
「エレイシア、これ陳列棚に並べといて」
「分かったわお母さん」
わたしはそう言ってお母さんが焼いたパンの乗っけられたトレイを持って店内に足を運ぶ。
お母さんが焼いたパンからはこうばしいにおいがただよってくる。
この頃よくおなかがすいて、パンを食べたくなってしまう。ダイエット中なのに。
店内にはロバートさんがしげしげとパンを眺めていた。
いつものように、微動だにせず。
わたしは彼に近づき、様子をうかがう。
「ロバートさん、そんなしげしげとパンを眺めていて執筆の方は進むんですか?」
「エ……エレイシアちゃん……」
ロバートさんは急に言われて(でもわりとわたしは物音をさせていたような)ビクッとした。
「わ…私が何をしようと君には迷惑をかけないはずだが…?」
わずかにロバートさんは後ろに下がる。
ひたいからは汗、多分冷や汗だろう、をかいている。
はあ…この様子だと執筆は進んでいないようね…。
「ま…まあ…、物事食欲が満たされないと思い浮かばないものだし、とりあえずパンを1個…」
「ウチの店ではパンはたくさんあるんですけど、何にします?」
明らかにごまかそうとするロバートさんをよそに、わたしはなおもお母さんが焼いたパンを店内に並べる。
多分ロバートさんはその場しのぎで言ったんでしょう、明らかに当惑している。
彼は必死に考えた末に…、
「…今日のおすすめとかないの?」
と言った。
あ…あのですねえ…。
「毎日来てるのに何言ってるんですか!」
思わずわたしはどなってしまった。
何しろ彼の主食はうちの店で作るパンだ。こちらとしては感謝したいけれども、少しは栄養バランスを考えてほしい。
そんな彼はわたしの剣幕に押されてか、少し下がりながらおそるおそる言ってくる。
「……だからこそ聞いてるんではないかな…?」
「ああもう!」
わたしはじれったそうに今焼きあがったパンを二つ取り、彼に押し付ける。
ウチのパンのなかでもかなり高めの二つをとったようだが気のせいにしましょう。
「この二つでいいですね?」
「ん、これで足りるか?」
そう言ってロバートさんは袋に入れたパンを受け取り、財布から小銭を取り出す。
明らかにお札や小切手などが入っている厚さじゃあないわね……でも小銭はたくさん入ってそう。
「大丈夫ですよ。それじゃあおつりはチップと言う事で…」
「ってこのパンの倍近い金払っておつりがチップー!?」
「売れてるなら少しぐらい恵んでくれたっていいじゃないですか」
「ダメダメ! せいぜいチップとしてやれるのはこれぐらい」
……受け取ったのはコインが数枚。
「……これじゃあ飴玉一個も買えませんよ」
「いいの! 私はケチでもいいから!」
そう言うとロバートさんはおつりを受け取り、さっさと店内から出て行く。
見送るわたし、店先で何もないのに転ぶロバートさん。
「あいかわらずね、あの人は」
わたしは思わずそう一人ごちて午後の配達の準備を始める。
毎週運ぶ場所は決まっていたので、わたしは自転車を走らせていつものルートをたどる。
昼間なので人通りはわりと少ない方だ。
と、道の反対から同じ年の友人が見えてきた。
「あ、エレイシア、配達ご苦労さん」
「そっちも家の手伝い大変そうね」
わたしはそう声をかける。
彼女はお酒を積んだ自転車に乗っていた。明らかに重そうだ。
…友人と言うより悪友と言った方が近いかもしれないけれども。
「もう大変よ! ママったらわざとあたしにきつい仕事を押し付けてるみたいなの!」
「学校のみんながそうなんじゃない?」
「それにしたっておかしいわよ!もうママったら!」
「ふふっ」
友人のおかしなしぐさに思わずわたしは笑ってしまう。
友人もつられて笑い出す。
少したった後、何かを思い出したかのように手を叩いた。
「そう言えばあのセブンって人がいなくなって何ヶ月もたつわね」
「え?」
急に話題が動いた事もあったけど、魁さんの話になって驚くわたし。
友人はその動揺を知らず、なお続ける。
「あの人クラスの男どもとは段違いにかっこよかったじゃない? あたしアプローチしとけばよかったかなー」
「ええっ!?」
わたしは自分でも信じられないぐらいに大きな声を出してしまう。
あまりの大きさに友人だけでなく、周りにいた人達までわたしの方に振り向いてくる。
…はずかしい。
わたしは思わず顔を下に向ける。
身体がどんどん熱くなるのが実感できた。特に顔とか。
「そんなに大きな声を出さなくても…」
「ご…ごめんなさい…」
「……! ははーん…」
何かを悟ったように友人はうなる。
……なんだか目つきがものすごく鼻につくんだけど。
「あんた、さては彼に惚れてるわね」
「ほほほホレテルーッ!?」
またも大声を出すわたし、得意げな友人。
自分でも顔が真っ赤になってるだろうと確信する。もしかしたらお湯も沸かせるかも。
「何でわたしがセブンさんに…!」
「だってあんた毎日彼と会ってたじゃない。随分と長い間。だったら恋愛の一つや二つ…」
「ないよ! わたしとセブンさんは単なる友人!」
「ホントーにー?」
うわあ、多分今のわたしが言っても説得力ないだろうなぁ…。
確かにわたしの言っている事は正しい。
魁さんとは友達であり、また、頼れる存在でもある。
本当に心の底でもそう思っているかは自分でも分からないけど。
そんなわたしを見て彼女はニヤニヤ笑っている。
「だったらセブンにあたしからアプローチしてもいいよね」
「……っ!」
視線をそらすわたし。
困った。どんな返事をすればいいのか分からない。
わたしが1人四苦八苦考えていると、友人はそんなわたしの顔をじーっと眺めてくる。
そして、急に吹き出して笑い出した。
「ぷっ! あっはははははっ!」
「ちょっと! それ何よ!」
急に笑い出した友人にわたしは思わず怒鳴ってしまう。
「冗談よ冗談! かっこいいことは認めるけどタイプじゃないし」
「え…?」
冗談…。
「にしてもエレイシアのそんな顔、始めてみるわー。ちょっと意外ね」
「…ってからかったのね!」
「あははー、騙される方が悪いのよ!」
彼女に食い下がるわたしだったが、互いに自転車では思うようには動けない。
悪友は笑いながら大急ぎで立ち去っていく。
「じゃあねエレイシア! お仕事がんばってね!」
「あ、ちょっと…!」
結局何も言えずに悪友は行ってしまった。
…明日学校で覚えてなさいよ…。
でも…。
…実際の所、わたしは魁さんをどう思っているのだろうか。
もしかしたら悪友の言うとおり、わたしは本当に彼を…。
「いけないいけない!仕事をしなきゃ!」
永久に終わりそうにない妄想をきりあげ、わたしは出前の続きをする事にする。
やってきたのは昼は閑古鳥が鳴いている酒場だった。
ここの稼ぎ時は夜なので、昼は閑散としている…はず。
だと言うのに昼間をもてあましている大人が集まっているのだ。
と言っても仕事がないのではなく、夜に仕事をやるのが主だったり早くに終わる人だけれども。
「ようエレイシアちゃん! 相変わらず美人だねぇ」
「もうニコラさんったら!」
わたしはニコラさんの社交辞令をあっさりとかわし、彼にパンを届ける。
店の中は昼はヒマしている街の男性達数人がテレビを見ていた。
テレビ以外の照明は暗く、絶対に目が悪くなると思いながらテレビを眺めた。
やっている内容はどうもニュースみたいだ。
わたしは街でうわさになっている事を聞いてみる。
「ところでニコラさん、今度都会に出るんですか?」
「おお、そろそろ店で出す酒とかの種類を増やそうと思ってな!」
「そうですか、とうとうやってしまいましたか…。」
「へ…? ちょっ、それどういう事だよ。」
わたしは思わず彼から視線を外してしまった。
それが彼を更に不安にさせてしまったようだ。
「愛人の家にかけこむのでしょう?」
「…誰からそんな事聞いたんだ…」
「ベンジャミンさんですけど?」
「…あの野郎…いつかシメる」
物騒な発言は控えてください。
でもわたしも冗談のつもりで言ったのだけれども。
「野郎の事は置いといて、エレイシアちゃんも一緒に来るかい?」
「いえ、わたしはお父さんやお母さんの手伝いをしなきゃいけないし…」
「そりゃ残念。野郎1人の旅が明るくなると思ったんだがね」
明らかに冗談だろうけれど、さぞ残念なように身振りまで加える。
お父さんやお母さんの手伝いをしなければならないのは本当だ。
一方、男性たちはさぞ退屈そうにニュースを見ていた。
「…では次のニュースです。昨日より小学校に立てこもる三人組の強盗ですが、今だ進展は見られていません。警察では…」
どうやら昨日から話題になっている銀行強盗が小学校に入り、子供たちを人質にしている事件のようだ。
犯人は拳銃などで武装しており、かなり危険な状態とか。
要求は宗教がらみなので一筋縄ではいきそうにない。
「いやぁ、ポリも大変だねぇ。こんなバカ相手にずーっと出動してるんだから」
「だが早く解決しないものかね。子供達が心配だ」
「世知辛い世の中になったもんだ」
大人達がそれぞれの感想を述べる。
この事件では既に自分たちの要求を受け入れられないとして人質の子供たちを何人か殺している。
一刻も早い解決が望まれていた。
わたしも早く事件が解決する事を望んでいた。
「これからこの国を背負っていく子供達がこんなクソヤローどもによって人生の幕を閉じるとはな…。全くやりきれねぇぜ」
「本当ですよ。全くどうかしてます」
わたしも正直な感想を述べた。
とにかくパンは渡したので、わたしは店内から出ようとした。
その時…、
「人質の子供ごと犯人を殺せば簡単なのに」
確かにその言葉を聞いた。
わたしは耳を疑ってふりかえる。
今の発言はあまりに不謹慎で、わたしの怒りをおこすものだ。
店内を見渡し、誰が言ったか探る。
けれど、店内のみんなはわたしの方に注目していた。
「…今の発言をしたのは誰です?」
わたしは怒りを抑えてそう言い放った。
正直、分かった瞬間にはその人に向かって平手の一発でもおみまいしようかと思っているほどだ。
子供は恐怖におびえ、親は我が子を心配し続けている今を侮辱するものだ。
だが……、
「エレイシアちゃん…、それマジで言ってるのか?」
ニコラさんがそうわたしに述べてくる。
一体この人は何を言っているんだ?
「はあ? 今の不謹慎な発言に対して怒るのは当然の事ではないのですか?」
「だってよぉ…」
男達は顔を見合わせる。
明らかに様子がおかしい。
意を決したかのようにニコラさんはこちらに顔を向けた。
「今の発言したの間違いなくエレイシアちゃんだぜ」
え…?
ニコラさんは何を言っているんだ?
今の発言を、わたしが、した?
ありえない。そんな事があるはずもない。
だって…
「みんなも聞いたよな…」
「…ああ、たしかにエレイシアちゃんの方から聞こえてきた」
「声も女性のもんだったし…」
「俺も…そう思う」
店の中にいた大人が全員口々にそう述べる。
なっ何を…。
「何を言っているんですか!わたしがそんな事するはずが…!」
わたしは思わず大声をあげてどなる。
「でもたしかに聞いたし」
「ああ、俺も聞いた」
「俺も」
…っ!
ものすごく重苦しい空気があたりに漂う。
それを打ち破ったのはニコラさんだった。
「やめやめ、俺達は何も聞かなかったし何も言わなかった。それでいいだろ」
「でもよ…」
「『でも』はなしだ。エレイシアちゃんもそれでいいだろ?」
…少し癪だがこの際仕方がない。
わたしはうなずいて店から出ようとする。
「おっと、エレイシアちゃん」
「…何ですか?」
ニコラさんが呼び止めるが、正直今は話したい気分ではなかった。
顔にそれが表れているのか、少しばかりニコラさんは後ろに下がる。
「いや、誕生日がそろそろじゃね、だからどんなのが欲しいかなーって…」
「ご自分で考えてください」
きっぱりとそう言い切ってわたしは店を足早に出て行った。
わたしがあのような事を言った事は全く信じられなかったし、信じる気にもなれなかった。
だから、ニコラさんたちの勘違いと言う事で自分自身を納得させた。
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そうしてわたしがこの世に生を受けてから16年が経った。
16という数字に特別な思いはないけれども、それでも誕生日を迎えるのは特別な事だとわたしは思う。
「お誕生日おめでとう」
「おめでとうね、エレイシア」
「エレイシアさん、おめでとうございます」
学校でもわたしの誕生日をみんな覚えていてくれて、とてもうれしかった。
みんな誰かが誕生日を迎えるとプレゼントを用意するけれども、わたしの時も例外ではなかった。
抱えきれない分のプレゼントを何とか家まで運び、いつものようにお母さんの手伝いをする事にした。
「エレイシア、誕生日ぐらいお仕事休んでもいいのよ」
「お母さん、わたしは好きで仕事をしてるの。楽しみをとらないでよ」
そんないつものような会話をしながらパンをのせるわたし。
「エレイシアちゃん、お誕生日おめでとう」
いつもパンとにらめっこをしているロバートさんも、わたしを見かけるとすぐにそう言ってくれた。
「あら、今日はパンとにらめっこはしないんですね。こんな時もあるんですか」
「…そこまで私は恥知らずじゃないよ。親しいものの誕生日はしっかりと覚えておくものだからね」
と言って、彼は懐から何かを取り出してくる。
これは…?
「はい、誕生日プレゼント。安物だけど受け取ってくれ」
わたしは丁寧に包装紙を取り、箱を開ける。
そこにあったのはとても高価そうなショコラだった。
思わず口を覆うわたし。
「こんな高価なものをもらっていいんですか?」
「ああ、その代わり私の誕生日の時にはお礼を頼むよ」
それはあげないわけがない。
でも、いつも以上に気を使う必要がありますね。
「分かりました。期待しててくださいよ」
「ああ、期待させてもらうよ」
彼はそう言いながら今度は何かを取り出してくる。
「これは?」
「今日の分のパン。勘定を頼むよ」
「あ」
自転車を走らせて数分、いつもと同じ時間同じ場所で酒を運ぶ悪友ことフランソワに出会った。
「あ、エレイシア、誕生日なのに配達してるの?」
「フランソワ、以前も言ったかもしれないけど、わたしは好きで両親の手伝いをしてるのよ」
「いいなー。うちもママが自主性にまかせてくれればいいのに」
さも残念そうに言うフランソワだけれども、彼女の両親は街でも厳しいので有名だ。
多分彼女の自主性にまかされる事は一生ないだろう。
「それで?」
「それで、ってなによ」
彼女が唐突に会話を再会したので思わずわたしはそう言う。
それでの後に何も言ってくれないのではその先が分からない。
そんな彼女はふくみわらいをしてくれる。
…とてもこっちにとっては腹が立つ笑い方だ。
「エレイシアのいとしの彼が来てくれるのかなーって」
い…いとしの?
「愛しの彼なんていないわよ。街のみんなが祝ってくれればそれでわたしは嬉しいの」
「またまたー。彼が来てくれないと悲しいんじゃないのー?」
だから彼って誰の事なのかしら?
街の外に行く事はあるけれども相手と知り合う事は少ない。
それにあくまで「知り合う」の位置であって友人にもなっていない。
なら街の外で出会った人ではない。
街の人でもない…と思う。
「来てくれるのかなー」の表現からするとそれが導き出される。
なら街の中で知り合った外部の人だろうか。
それなら彼女の表現も的確だし、わりと友人関係になった人達もいる。
だったら…、
「…っ!!」
そして気づいた。
彼女が何を言おうとしているのかを。
「ちっ違うわよ! セブンさんとはそんな仲じゃないわ!」
「あら、あたしセブンさんとは言ってないんだけれども?」
「あ…っ!」
思わず絶句するわたし。
多分体温がこれでもかと言うぐらい上昇していると思う。
「エレイシア、顔真っ赤だよ」
「ってあなたがそんな事を言うからでしょう!」
「あはは、やっぱエレイシアってからかいがいがあっていいね」
…もう何も言わなくていいわね。
「まあいいよ。それで、冗談抜きで彼来てくれそうなの?」
「多分来ないと思います」
わたしは断言した。
神父様が絶対に帰ってこさせないと断言していたし、あの夜の事を思い出すと、魁さんは多分戻ってこないでしょう。
『君がピンチになったらすぐにかけつけるよ』
彼はそう言って街を去っていった。
つまり、わたしがピンチにならない限り彼は帰ってこないでしょう。
それはとても頼もしく嬉しいけれど、さみしくもある。
「分からないよ。もしかしたらエレイシアをびっくりさせるために颯爽とでてくるかもしれないじゃない」
「そうかしらね?」
あえてそう言っておいたけれども、多分そんな事はないと思う。
でも…
「そんな劇的な事をしてくれる彼氏がいたらもう女として最高じゃない?」
結局行き着くのはそこか。
「あたしもそんな彼氏が欲しいなー」
「あっ! ちょっと…!」
わたしが何かを言う暇なしにフランソワは自転車で去っていく。
あえて止める理由もないので、わたしも自転車を走らせる事にした。
「エレイシアちゃん、お誕生日おめでとう!」
ニコラさんの店に入るなり、ニコラさんがクラッカーを鳴らしてそう大声で言ってきた。
「「おめでとー!!」」
他の数人も一斉にクラッカーをならす。
わたしは一瞬驚いたけど、すぐ後に笑みがこぼれた。
「ありがとうございます。みなさん」
そして、おじぎをする。
ニコラさんはいいっていいってと言いながら笑った。
「いやー! 16才になってエレイシアちゃんもこんなに男を簡単に射止めるようになっちゃって!」
「はいはい」
彼の冗談を軽く流してわたしはテーブルにパンを置いていく。
と、彼は何かを思い出したのか、指をならして店の奥の方へと入っていった。
そして、何か大きな箱を持ってこっちに来る。
「俺からの誕生日プレゼントはこれだ! 気に入ってくれ!」
「わ…わたしにですか!?」
思わずわたしは驚いてしまった。
何しろニコラさんは奥さんの誕生日プレゼントをあげるどころか、誕生日まで忘れてしまう事だってある。
なのにわたしに誕生日プレゼントを…。
「奥さんのも覚えてあげた方がいいんじゃないですか?」
「う…! それは不問の形で」
苦笑いを浮かべるニコラさんを他の男性が囲む。
「おーおー、自分だけいい格好して好感度あげようったって無駄なんじゃね?」
「ホント、これならこの調子で奥さんの好感度上げてはどうです?」
「で、このオヤジが可憐な10代に送った品物は?」
なんかすごい事になっているけれども、わたしにはどうする事もできそうにない。
「ニコラさん、開けてみていいですか?」
「お、かまわんぞ。エレイシアちゃんのために買ってきたんだからな」
わたしは丁寧につつまれた包装紙をとり、箱を開けてみた。
そこにあったのは…
「…正装服、ですか」
「おうよ。オーダーメイドの特注品だ!」
そう、箱の中に入っていたのはとても高そうなドレスだった。
どこのパーティーにでも出ても大丈夫なぐらい、しっかりと作りこんであるものだ。
「…ニコラ、おめぇ気でも狂ったか? こんな事するニコラなんて俺知らねぇぞ」
「俺も俺も。何の変化?」
それをただ眺めるわたしをよそに男性方はこんな事を言っていたかも知れないけれども、全く気にならなかった。
ただ、それを見て呆然としていた。
「これ…本当にわたしのために…?」
「もちろん。これで俺のへそくりは全部使ったようなもんだからな。10年着ようとも大丈夫だぞ!」
ニコラさんはわたしのためにそこまで…。
わたしはその服そのものより、ニコラさんの思いの方が嬉しかった。
ニコラさんはわたしのためにここまでしてくれた事を、ただ感謝していた。
「ありがとうございます。本当にありがとうございます」
「当然の事をしたまでさ」
ただただわたしは感謝の言葉を述べた。
何回も何回も。
そのたびに彼はそう言う。
ニコラさんはこの服にどれだけかけたか分からないし、この先着る機会があるかは分からないけれども、大切にしていこうと思った。
「で?」
男性の1人が、そう言ってニコラさんの肩を叩く。
顔はにやついていて、何かを考えているふうだ。
「でって何だよ?」
「誰の差し金だ?」
「ぎく」
一瞬ニコラさんの体がはねる。
それでもすぐ後には冷静さを取り戻……しているようには見えなかった。
本人にはそうしているように感じるのかもしれないけれども。
「旦那がこんなしゃれた事をするなんて事は絶対にないからな」
「絶対って…」
「絶っ対に。何なら俺の全財産をかけたっていいぞ。こいつは誰かからヒントをもらった。だろ?」
他の男性も彼の主張に思わずうなずいている。
冷や汗がたれるニコラさん。
「俺1人で考えた」
「おし、じゃあ奥さんにニコラの旦那は少女好きでしたって言ってくっか」
「分かったからそれだけはやめてくれ!」
必死に食い下がるニコラさん。
さっきよりとてつもなくかっこ悪いです。
何とか落ち着き、両手をあげる。
「分かった降参だ。白状するよ」
「おら、早く言えよ」
せかされてもニコラさんはマイペースのままだ。
「実は都心に出た時にセブンの奴と再会してな」
その言葉に、わたしは無意識のうちに反応を見せていた。
「え? セブンの奴と?」
「そ、あいつが言うには「女の子を喜ばせるようなものをあげろ」って言うんだ。だから恥をしのんでかみさんに聞いたんだよ」
「へえー」
わたしが気をとられている間も会話は続く。
「そしたらやっぱ服だろって事になってこうしたってわけ」
「でも旦那、オーダーメイドって事はエレイシアちゃんの体のサイズもちゃんと測らないといけないんじゃないのかい?」
「それをベンジャミンに相談したら、「エレイシアちゃんのサイズなら俺に任せろ! 頭の中にインプットしてるからな!」とか言ってたから
それにのったんだ」
…ん? ちょっとまって。
「…なんでベンジャミンさんがわたしのサイズを知ってるんですか?」
「やば…っ!」
「ニコラさーん」
あわてて口をつぐむ彼につめよるわたし。
「あー、あいつの特技は服の上からでも身体的特徴を言い当てる事らしくて、正確な情報をくれたぞ」
「女の敵じゃないですか」
「だからあまり口外しないでくれよ。あいつが半殺しにされかねん」
「分かってますよ。それぐらいは」
わたしは笑みを浮かべながら箱を抱える。
そして、本当に聞きたい事を言う事にした。
「それでニコラさん」
「…あー」
頭をかきながら彼は若干考える。
「ああ、俺は確かにセブンに会った。全く変わった様子はなかったぞ。あいつはあいつのままだった」
「そう、ですか…」
胸をなでおろす。
あれから変わってしまっていたらどうしようと思っていたけれども、変わっていなくてほっとした。
それなら彼は今も元気にしているのだろう。
でも…、
「エレイシアちゃん、あいつと何かあったのか?」
「え?」
この質問は予想外だったので、面食らってしまった。
「あいつが出て行った原因をあいつに聞いたんだが、エレイシアちゃんとひと悶着あってやったらしいじゃないか」
「それは…」
いえない。こればかりはいえない。
魁さんや神父様のあの表情を見ていると、あれはわたしが知ってはいけない世界なんだと思う。
神父様もぜひそうしなさいと言っていたし、いたずらにニコラさんを混乱させるわけにはいかない。
「神父様にお聞きください。あの人のほうがよく知っているはずですから」
「神父ー? …まあ、エレイシアちゃんがそう言うならかまわないけれども…」
神父様の名を聞いて顔をしかめるニコラさんだったけれども、納得してくれたようだ。
「んで肝心のあいつが来て欲しいんだろ?」
「ええ、セブンさんにはお礼を何もしていませんから、ぜひ来てほしいですね」
「いや、そんなんじゃなくてさー」
…ニコラさんたちもフランソワと同じですか? もしかして。
「まあいいか。そんであいつだけど、急用ができて来れないってさ」
「そう、ですか…」
…。
「その代わり誕生日プレゼントは期待しててくれってさ。それと…」
「それと?」
「言いたい事があるそうだぞ」
言いたい事…?
言いたい事とは一体なんだろうか……?
「これはもしかして相手は本気なんじゃないかー?」
「あんないいやつをイチコロだなんてエレイシアちゃんもすごいねー」
「違いますよ。きっと」
そう、魁さんならきっとわたしに対する謝罪ばかりをするだろう。
それはそれで嬉しいのだけれども…。
「ま、それはあいつが帰ってきてからのお楽しみってやつだな」
「そうだなそうだな」
「もう、わたし行きますよ」
これ以上ここにいたらすぐに夜になってしまう。
はやくしないと待たせているみんなに迷惑だ。
「おう、今日ぐらいはゆっくりしなよ」
「分かってますって」
当然ゆっくりする気なんて全くないのだけれども。
そうしてわたしは店を出た。
「それにしても…」
魁さんがわたしに言いたい事か…、一体本当は何なんだろうか?
もしかしたら本当に…。
「まさか、ね」
わたしはその疑問を胸にしまい、配達を続ける事にした。
/
「エレイシアさん、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます、神父様」
最後の届け先だった教会に来て、ニコラ神父様にそう言われた。
あの後、様々な人から誕生日のプレゼントをもらったので、一回家に帰る事になってしまったが、神父様は時間の遅れも気になさらなかった。
それはこちらとしても嬉しかった。
既に時刻は夕暮れ。空は紅色に染まっている。
それがとても幻想的だったと思わず感じた。
「貴女に神のご加護がありますように」
そう言って彼は十字を胸元で切る。
「16才はある意味節目の時ですから、自分を大切になさってくださいね」
「はい、分かりました」
わたしは笑みを浮かべて帰ろうとする。
と、
「何も聞かないんですね」
彼はいきなりそんな事を言ってくる。
それが何の事を言っているのかさっぱり分からなかった。
「何をですか?」
「私の過去、ですよ。あれだけの事があったと言うのに」
あれだけの事、それはあの夜の話のことだろう。
若干考えたけど、やはり答えは変わらなかった。
「もちろんですよ。あの夜の話は神父様たちがお話しする以外の事は聞かない事にしたんです」
「なぜ…」
「もしわたしのためになるのでしたら、いつか神父様や魁さんが教えてくれるのでしょう? ですからそれまで待ちますよ」
そう、それがわたしの出した答え。
だってあの時その話をした魁さんや神父様の顔は悲痛なものだったから…。
「…貴女は魁さんをどうお思いですか?」
「え…?」
「あの事を知って考えを改めましたか?」
「な…っ!」
わたしは思わず神父様を睨みつける。
「神父様、今のお言葉、訂正していただけますよね?」
「訂正?」
「そうです。でないといくら神父様であっても許す事はできません。こればかりは」
流れる時間。
音は外で響く子供たちの声だけで他は静かそのものだ。
神父様はため息をついて、頭をかかえる。
「そうですか、貴女はそこまで…」
「え?」
「いえ、こちらの話ですから、どうぞおかまいなく」
と、咳払いをした後の神父様の顔は、とても真剣な顔つきをしていた。
「私はかつて死徒を狩る者、つまり騎士団に所属していました」
「そうでしたか…」
神父様が魁さんをあまり好ましく思っていなかったのはそれが理由だったのですか。
「数多くの死徒と彼らによって蹂躙された者達を見てきました。ですから…」
「それで、ですか?」
「……」
神父様は答えない代わりにこくりとうなづいた。
「もう見たくなかったんですよ。あのような地獄は」
その言葉は、少なくともわたしに向けられた言葉ではなかった。
では一体誰に…?
「死徒が皆魁さんのようでしたらよかったんですけどね」
「?」
「ですから皆人間に友好的でしたらとてもよかったのですが…」
「……」
またしばし時間が流れる。
そして、
「ですから今度魁さんが来たときは、死徒としてではなくて一個人として彼に接しようと思います」
「そうですか」
魁さんが神父様をどう思っているのかは分からないけれども、それはとても良い事だと思う。
「それで、彼は今日帰ってくるのですか?」
「いえ、急用ができたらしいので…」
「そうですか」
あ、神父様も少し残念そうに見える。
「では神父様。これで失礼いたしますね」
「ええ、それでは」
わたしはおじぎをして、教会を去った。
出たわたしは正直嬉しかった。
そう、これで魁さんがこの街にいつでも帰ってこれるのだ。
それは子供たちにとっても、大人たちにとっても、そしてわたしにとっても嬉しい事だった。
いえ、別に神父様が悪いというわけではないけれども、これで魁さんが負い目を負うことはないと思う。
今日ではないのが残念だけれども、いつでもお待ちしておりますよ。
/
そうして夜、お父さんとお母さんが誕生日を祝ってくれた。
そしてわたしは16才のエレイシアとしてまた歩みだす事になるのだろう。
一体どんな一年になるのだろうか?
みんなと一緒に平穏な一日をすごせればそれでわたしはいいと思う。
誰一人欠ける事無く、そして魁さんがいる一日を。
to be continued…
/the next foryou
16才となっても平穏な人生を歩むエレイシア。
だが彼女に迫っていたのはその決定的な変化であった。
そしてその決定的な変化がまねく事とは…!
次回の『全ては君のために』第八話の二、悲愴を弾く