/
エレイシアさんの町を離れた後、相変わらず僕は欧州にいた。
正直あの事件があってから日本に帰る気は全くと言っていいほど無くなっており、南米、北米、アフリカも行ったが、やはり欧州が一番いい事は
以前から分かっていた事だった。
毎度のごとく旅をし、旅費がなくなったら適当に働き、たまに出くわす悪質な死徒を殺していく、そんな行程を繰り返していた。
2ヶ月ばかり経過したある晴れた日、フランスの某都市にて僕はボーっとしていた。
たまーに何も考えずにボーっとする時間をとることがあるが、今日はいつになく長かった。
風がやさしく吹き、木々がそよそよとなく。
公園の風景は穏やかで、親子づれやサラリーマンが時おり通り過ぎる。
ふとあの町での楽しい出来事が思い浮かぶ。
酒場の二コラ、サッカー好きのトマ、宿の女主人ジュリーさん、いけ好かない神父。
そして……。
「エレイシアさん、今頃どうしてるかな……」
そんな事をつぶやきながらたそがれていたりする。
ふと気づくと、日もだいぶかたむいてきた。ので、僕は宿の方へと足を運ぶ事に。
都心は物価が高いからちょっと困るんだけど。
僕が歩く大通りはあまり人通りが多くなく、寂しい印象を抱かせた。
僕はやはりボーっと歩いていたが、別に対向者とぶつかる事はなかったのでそのままにしていた。
が、次の瞬間、思いもかけぬ声を聞くことになった。
「あれ? セブンじゃねえか」
いきなりダミ声が僕の仮名を呼んできた。僕は内心非常にびっくりし、そちらの方にふりかえる。
いたのは40代で無精ひげを生やした大男。服はいたって質素、おしゃれのおの字も見えてこなかった。
そんな彼は僕の見知った人だった。
忘れはしない。この人は……、
「二コラさん?」
「久しぶりだな青年!」
僕が彼を覚えていた事がうれしかったのか、それともただ再会がうれしかったのかどうかは分からないけれど、道端にもかかわらず
彼は暑苦しく抱きついてくる。
「元気だったかー? 急にいなくなるから皆心配したんだぜ」
「みんな? あのインケンな神父もですかー?」
「ははっ! インケンか! ちげぇねぇな!」
彼が大声で笑いだすので他の人たちがこちらに注目する。
もちろんニコラさんが気づくはずもなくー…。
「おうセブン、これからヒマか?」
「は?」
いきなりそう言ってくるので結構間抜けな答えを返す。
んー、ボーッとしてるぐらいだから、暇なんだろうけど。
「ヒマと言われればそうだと答えますけど…」
「なら夜俺と付き合え。いいな?」
え? 何ですかその急展開は?
「じゃあな!」
「あっ! ちょっと…!」
ニコラは一方的に会話を終わらせ、去っていった。
ポツンと残された僕はただ彼の背中を見ているしかなかった。
……相変わらずのマイペース、恐れ入ります。
「……ニコラさん、か……」
2ヶ月ぶりだというのに、全く彼は変わっていなかった。
いや、少し痩せた気もするけれども、大した変化は見られない。
その2ヶ月の間、僕は全く変わらない生活を送っていた。
エレイシアさんたちと暮らす前の、自由気ままな旅を送っているんだ。
そこには短い関係と、別れが色々とあった。
今まではその別れに悲しくもさびしくもなかった。
むしろ新たな場所に行くことに楽しみと、その旅の道中での出来事に思いをはせていて、別れの悲しみを上回っていたから。
だけど……、
「まだ、二ヶ月か……」
長かった。この時間はとてつもなく。
一年にも十年にも感じた。
だって、あんなに離れたくない別れなんて、
姉さんと離れた時以来ずっと体験しなかった事だったから。
ニコラさんは陽気だ。その気さくな笑顔はその場を明るくする。
ロバートさんはマイペースだ。いつも朝にパンを取り、他愛もない話をエレイシアさんとするらしい。
ジュリーさんの料理の腕は確かだ。そして他人でも長年付き合っているように扱ってくれる。とても頼もしい。
アレク、あいつは正直あまり好きじゃない。でもいないといないでさびしいものがある。僕以外の人にはとてもやさしい。
そして、エレイシアさん。
彼女は、間違いなく僕の人生の価値を大きく変えてしまった。
そう、大きく……。
旅をしてまわる。人といっぱい知り合う。出会いと別れがある。
でもこれは、親身になるほどの親しい関係にはできない裏目がある。
僕は親しい関係に持ち込ませたくなかったからそうしてきた。これからもそうするつもりだった。
でも……、
「わたしはあなたの味方ですから……!」
今でも鮮明に思い出せるその言葉、その時の表情。
あれだけでもう僕は以前に戻れない。
死徒となって事実を知った時に決めたんだ。
もう誰とも親しくならない。心を分かち合いたくない。
もう以前には戻れない。
僕はもう昼には生きられない。生きてはいけない存在なんだ。
そう、この身は、
もう、戻りたくない。
殺人鬼なのだから。
「……」
駄目だ。もう決心が鈍りそうだ。
僕はもう彼女とは会わないと誓ったんだ。
もう彼女にあんな目をあわせたくないから。
彼女は僕にはまぶしすぎる。
そのうち僕の事も忘れて、幸せで平穏な生活を続ける事だろう。
僕は部外者。関わってはいけない。
「エレイシアさん……」
だけど、やっぱり僕は、昼の世界を生きたい。
普通の土地に定住して、のどかにすごしたい。
そしてできれば、平穏あふれるあの街で、
ニコラさんと、ロバートさんと、ジュリーさんと、神父でもいい。
そして、エレイシアさんと。
笑顔あふれる毎日を……。
/
で、どうやって調べたのか、ニコラは僕の宿に姿を見せ、半ば強引に僕を外に連れ出す。
もう既に日は落ち、夜になっていた。人通りは先ほどよりはるかに多くなっている。
彼は僕をわき道へと連れて行く。
どうやら繁華街のようで、しゃれた店がたくさん並んでいる。
「僕を一体どこに案内する気ですか…? まだ夜御飯すら食べてないんですけど。」
「つれない事言うなよ。女っ気がないお前さんにとびきりのやつを紹介してやるぜ」
「そういう店ならお断りしますよ」
「いやいや、真っ当な酒場だよ。ただそこに来るゲストがもう絶世の美女なんだ! アメリカのハリウッド美女なんざ彼女と比べれば芋だろイモ!」
ニコラさんはこぶしを固めて力説する。
経験から言わせてもらうと、ニコラさんの見る目は確かであった。
それは彼を手伝った短い期間観察したので容易に推測できた。
で、その彼がそこまで言う美女とは一体誰なんだ? よっぽどの美人だと思うけど。
彼の場合、かわいいとか綺麗だとか、ありふれた言葉を使ってよく女性たちに対して愛想良く笑う。
だけど、街で『美人』の言葉を使った事はなかったと思う。
その彼に美人と言わせるほどの人とは……。
と思っているうちに、ニコラさんはしゃれたビルに入っていく。正直ニコラさんには似合わない。
階段を下りた先が酒場であったが、かなりの人が入っていた。
酒場の規模はまぁ中間的といった感じだが、混んでいる。
皆誰かを心待ちにしているようにそわそわしている。
「……もしかしてここのみなさん、全員その美女待ち?」
「おお、だろうね。他は大した事ない酒場だしな」
店の従業員にすら聞こえそうな大声でそうしゃべる。
が、その従業員すらその人物が待ち遠しいようだ。
ふと気になって僕はニコラさんに引き続きトーンを落としてしゃべる。
「ゲストって言ってたけど…一体どんな人?」
「おお、俺も一回しか見たことないけどな、もう女神が降臨したってかんじよ」
オイオイあんたキリスト教徒だろ、そんな事軽々しく言っていいのかよ、とか思ったがかろうじて口から洩れずにすんだ。
「あの人がつむぎだす讃美歌はもはやあらゆる者をキリスト教徒にするんじゃないかぐらいのものだし、オペラやジャズ、何でも感動させるんだ」
「歌手? にしても大げさだね」
「お前さんも聞いてみれば分かるさ」
立ち見はいやなのか、強引に空き席を見つけ出して座る彼。
僕もとりあえず彼の進める席に座り、その女神とやらが来るのを待つ事に。
『さて……出てくるのは天使か悪魔か』
そう冗談を思う僕。
正直、歌などの芸術で僕が感動する事はよくある事だ。
だけど、あの北欧での時を過ごした僕にとってはその感動は微々たるものだった。
あれこそが女神の降臨と呼ぶにふさわしいものだ。
だからニコラさんには悪いけど、感動できそうにはないな。
そのうち、辺りは静まり返っていく。
どうもゲストは何回も来ているらしく、暗黙の了解ができているようだ。
そして息遣いがはっきり聞こえてくるほど静かになると、舞台の袖の方から人が出てきた。
その場にいたものは全て彼女の虜になったようだ。
20代女性、長くたなびく金髪、繊細なるしぐさ、真紅の眼、洗練された全てが観客の心をわしづかみする。
だが僕にとってはそんな事はどうでもよかった。
なぜならそこにいた人物は僕がよく知った顔だったからだ。
かろうじて声を出す事だけは免れたが、その驚きはどれぐらいだったか。
そう、彼女は……。
「ほ……北欧の歌姫……!?」
僕はかろうじてかすかにそれをつぶやくだけにとどめる。
彼女は、あの時会ったままの姿だった。
死徒である以上不老なのは分かっていたが(自分もそうだし)、いざ見てみると違和感が否めない。
その彼女もこちらの方に気づいたようで、絵画の一場面のように微笑む。
周りの男達は俺にやったんだ、いや俺だと騒ぎだす。
その内他の男が静かにしろと小声で、だが威圧的な口調でつぶやいたのでその男達は黙る。
歌姫はあいかわらずの洗練されたしぐさでおじぎをする。
そして…、
「こんばんは皆さん。今日は私なんかのために来てくださってありがとうございます」
彼女は一息入れて続けた。
その吐息にすら皆はうっとりとさせられる。
「それでは今夜もこの曲から始めたいと思います。私の故郷を思い、作ったこの曲から……」
そう言うとバイオリンによる伴奏が始まり、他の楽器も演奏を始める。
あいかわらず彼女の歌は上手などという陳腐な言葉では言い尽くせないものだった。
といってもあの固有結界で味わったほどではない。
あそこの空間は彼女の歌を最大限に発揮するためだけの空間なのだから。
それでも今はこの歌を堪能し、感動しようじゃあないか…。
「いやぁ、よかったよかった!」
全ての歌が終わり、ニコラさんは満足してそう言った。
ちなみに既に酒場の外、結局夕食にはありつけなかった。
満面の笑みを浮かべて彼は僕の肩に手を回す。
「どうだああの歌姫は! 俺の言ったとおり絶世の美女だったろ!」
「ん…まぁ、それは認めるけどね」
「なぁーにすましてやがるんだよ!」
そう言って彼は僕の背中を思いっきり叩く。
近くの人に聞こえそうなほどに大きな音を立て、僕はバランスを崩してよろめく。
「僕は容姿より歌の方が心に残ったけどね」
「やっぱりそうか!? そうだよな!」
まるで自分の事のように嬉しそうなニコラさん。
彼はもう彼女が奴隷になれと言ったら間違いなく自ら首輪をつけるだろう。
もし僕が彼女とちょっと親しい仲なんて分かったら首でも絞めてくるんじゃないか?
「ニコラさん、そんな事より僕そろそろ夕食を取りたいんだけど」
「そんな事……だって?」
え? 今の言葉ですらタブー?
間違いなく首絞めてくるよ。この目つき。
「もういいから、その話」
だけど僕はうんざりしながら言い放つ。
彼女の歌はあの場でこそ真価を見せる。
だから、僕はあれよりも食を取りたかったりする。
当然普通の人間が食べる料理の事だけれども。
「まあ…、俺も腹がへってしょうがねぇな。そこらの店にテキトーに入るか。どっちがおごる?」
「別々でいいでしょ。ニコラさんは大食いだからゴチやワリカンは勘弁だからね。全く」
僕はうんざりしたように、だがまるで悪友に対したように言った。
と言うわけで僕らはそこいらの安めの店に入り、適当に注文する。
夜時だけあって、人は何気に入っている。
……まぁこの際味は2の次、まずは腹いっぱいになる事でしょ。
若いウェイトレスが食事を運んできて、それを口にする僕ら。
お、これ何気にうまい。この店に入ったのは成功だったか?
次々と食が進む。
で、ニコラさんの皿が半分になった頃だろうか、彼は急に深刻な顔になる。
不思議がった僕の問いに彼は若干ためらったが、重い口を開ける。
「実はお前さんに相談があるんだ……。正直な話、この町でお前さんに会えて本当によかったぜ」
「は? 僕に相談? 一体何ですかそんな酔狂な事柄」
「実はな…」
続きを言おうとしたニコラさんのせりふは店内のざわつきで中断する事になった。
僕は何の興味もなしに食事を進めていたが、さすがにニコラさんが話の続きをしないのに疑問を抱き、彼の方を見る。
明らかに呆然としていた。ニコラさんらしくない。
視線は僕の後ろ、店の入り口の方に向いていた。
首をかしげながらも振り返ろうとするが、その行為はされる事はなかった。
「おじゃましてよろしいかしら?」
まるでこの世のものとは思えない声で語りかける女性。
彼女は、さっき再会したばかりの……。
「あ……あ……」
ニコラさんは口から食べ物をボタボタと行儀悪く落としていた。
他の客、と言うより店内の皆が同じか似たような反応を示す。
ウェイターやウェイトレスもそう。多分まともなのは僕1人だけだ。
「ご一緒してよろしい?」
「どうぞ」
僕はその人物に素っ気無く言い放つ。
「あら冷たいのね。再会を感激したりはしないの? クールガイ」
「僕はセブンというちゃんとした呼び方があるの。歌姫さん」
「あら、私にだってカテリーナというれっきとした名前があるわよ、クールガイ」
……こいつ人の話聞いてねぇ……。
そんな思いを知ってか知らずか、カテリーナと名乗った北欧の歌姫は静かにイスに腰掛けた。
/
「本当に懐かしいわ。何年ぶりかしら」
「僕はあなたと語り合うほどヒマじゃあないんだけど」
「冷たいのね」
彼女はそう言ってほほ笑む。
僕の向かいにいるニコラさんはまだ呆けたままだ。
むしろ他の人たちもずっと呆けっぱなしだ。
男はカテリーナに視線を釘付け。女性はそれをとがめようとせずにあこがれるような視線を見せる。
仕事をしなきゃいけないウェイターやウェイトレスの動きも遅い上、コックの手つきもおごそかだ。
……なせいか、ニコラさんに出される皿の状況は素人目でも酷い。
「ソフィアさんはどうしたんだよ?」
「あら、貴方も見たでしょう? さっきステージにいたわよ」
それは僕だって見落としてはいない。純白の美人はしっかりとステージで楽器を弾いていた。
その彼女たちがいないと言う事は、カテリーナ個人が僕にまた用があるのか?
一方のカテリーナはさしだされたワインを口にふくみながらこちらの方をじっと見つめる。
「へえ、死徒になってたとは驚きね。誰のかまでは分からないけど、おそらく27祖クラスの……」
僕は思わず口にふくんでいた食べ物をふきだす。
「そんな事をこんな人が大勢いる中で……!」
「そんな目くじらたてなくても、誰もわかる人なんていないわよ」
何が面白いのか、彼女はナプキンで口をふきながら笑う。
……女性は分からない。
「そう言うあなたもまだ教会関係者に成敗されてなかったのか。随分とうまく立ち回ってるみたいで」
「あら、どうもありがとう」
僕の皮肉はあっさりとかわされる。
「私って部下を増やそうだなんて思ってないからあんまり相手にされないみたいね」
「ふーん…」
「最も、名を上げたい対魔機関はよく来るけど」
「殺してはいないんでしょう?」
「殺さないのも主催者の特権よ。お客様を殺してどうするの?」
…そうか、それはよかった。
「貴方もまた固有結界で聞きたい?」
「遠慮しておくよ」
どうやら数年が経ってもカテリーナには全く変化がないようだ。
ちょっと安心。
「そう言う貴方、もしかして漆黒の姫君達の元で死徒側に不利になる死徒を始末しているって執行者?」
「その言い方されると埋葬機関と同じように見られるからいやだし、姫君は関係ない。僕は人間として生活したいだけだ。
たまにあいつらが関わってくるだけさ」
「あらそう…。じゃあそういう事にしといてあげる」
そう言ってカテリーナはグラスを指ではじいた。
いい音をして中にはいっていたワインがゆれる。
ちなみにこれは半分事実で半分嘘。
いつぞやの事だけど、召集を全く聞かなかったら黒騎士と白騎士、2人のアルトルージュの側近に捕まったことがある。
どうやらアルトはどうしても雑用を僕に押し付けたいらしい。
なので本当にゆっくりと仕事を行う。
その他、昼を生きる人たちを脅かす存在。彼らに対しては即座に行動を示す。
昼を放棄した死徒どもに、昼を生きる人たちを脅かす権利はない。
だから彼らに対しては僕は短刀と小太刀をもって応じていた。
だからだろうか、そんな噂が飛び回るのは。
こちらとしてはありがたいのか、はた迷惑なのか。
「にしてもこんな所でお目にかける事があるとは驚きだね」
「え?」
僕の唐突な発言に、カテリーナは疑問で返す。
「だってこんな都会じゃあ教会の連中が睨みをきかせてるだろうに。貴女みたいな人は特にさ」
自分の事は完全に棚上げして続ける。
「そうかしら? 都会の方が人が大勢いて、逆に見つかりにくいと思うのだけれども」
「…どっちにしても僕には関係ないけど」
「あら、冷たいのね」
ふふっと彼女は笑う。
ちなみに皿を持ってきた店員さんも、彼女の色香にやられてもはや顔から出る湯気まで見えてきそうだ。
軽い品を頼み、再び僕の方に向く。
「……私がここにいるのはあの北欧の時とは少し違うのですけれども、信じてくれるかしら?」
「何が。てゆうかまた僕を利用する気?」
「ひどいわ。それは偏見と言うものよ」
いや、偏見って言われても文句言える立場に彼女はいないと思う。
「私がここに来てるのはお約束があるからよ。運命の人と待ち合わせ?」
「疑問形かい。どうせろくでもない事だろ」
「違うわよ。仕事よ仕事」
仕事ねぇ…。
どうせ親となる死徒の命令を聞いて下請けをされるに決まっている。
ちなみに僕にもたまーにそんなのが回ってくるけど、たいがい他の死徒には回されないようなろくでもないもんばかり。
うんざりと言いたくなってくるけれど、別にその仕事は昼を生きる人たちに迷惑を与えるものでない限り僕はそれにしたがっている。
いつの間にかカテリーナは軽食をすっかり食べ終えたようで、ナプキンで口元をふいている。
ワインはまだ残っていたので、カテリーナはグラスに口をつける。
「ここの店は料理が非常においしいのよ。ぜひあなたも全メニュー制覇したら?」
「あなたそんな事してたんですか」
「ふふ、女は秘密が多いものよ」
「……」
もはやなにも言うまい。
以前から思ってたけど、彼女の目的って何なんだ?
死徒であっても、個人には目的がある。
たいていは不老不死を望んで死徒になる。魔術師ならば根源に至るために行う研究の時間がなく人間を捨てる。
例え死徒の気まぐれで死徒になったとしても、目的と言うのがあるはずだ。
親の支配から逃れられないとしたって。
でもカテリーナの目的が僕にはイマイチどころか全く分からない。
彼女のやっている事は、表社会で歌を歌い、友人だった魔術師の使い魔を引き取ったりするぐらいしか知らない。
今聞いてみようかな?
と、彼女は立ち上がって笑みを浮かべる。
「今日はあなたの顔を見れただけで満足よ。それじゃあまたいつか会いましょう、クールガイ」
そう言うとカテリーナは立ち上がり、出口の方へと向かっていく。
「ところで……」
急に彼女は立ち止まり、顔を向けずにこうつぶやく。
「私のマスターが誰だか、聞く?」
「興味なし」
「あらそう。じゃあねー。あなたとはいつか行動をともにしたいものね」
「願い下げです」
結局僕がいいように振り回されるのは目に見えてる事だし。
歌姫、カテリーナは店を後にした。
が、店内はまだ彼女の雰囲気に圧倒されていた。
ニコラさんは未だにボーゼンとする始末だし。
「ちょっとニコラさん、大丈夫?」
「えっ!? ああ、大丈夫だ…」
急に話題をふられ、壊れたおもちゃのようにビクッとする。
あわてた様子でナプキンを使い、自分の汗をふく。
…マナーはどこいったのやら…。
「にしても…」
「ん?」
僕は食事を再開しながら彼のつぶやきに対応する。
「まさかお前さんがあの歌姫と知り合いだったとはね」
ニコラさんは半分驚き、半分殺気に身をゆだねて僕の方を見ている。
「ただの腐れ縁です。知り合いなんてご大層な言葉は必要ないですよ」
「固有名詞連発で何の事だかさっぱりだったけどよ」
「まあ…ね」
皿を一枚片付け、残ったサラダに手を伸ばす。
一方のニコラさんは、食が思うように進んでいないようだった。
…さっきもこんな態度のニコラさんとなーんかしてた気がしたんだけど…。
あ、思い出した。
「そう言えばさっき何を話そうとしてたんです? なんかニコラさんらしくない深刻な顔つきでしたけど」
「おお、それだそれだ…」
若干のための後、話題になる。
「実はな…エレイシアちゃんが…」
「エレイシアさんが……!?」
ニコラさんが神妙に話し出す。
彼女がどうかしたのか。続きが気になる僕は身を乗り出して彼の話を聞こうとする。
まさか彼女の身に何かあったのだろうか。
「もうすぐよ…」
「もうすぐ…?」
「誕生日なんだわ。それで誕生日プレゼントをあげようかと思うんだが…」
ごっ!
音をたてて僕はテーブルに頭をぶつける。
っておいちょっとまてや。
「そんじゃあ今までの深刻な表情とか物言いは…」
「前ふり?」
「……」
この場で首を絞めたい衝動を抑えつつ、とにかくほっとする。
エレイシアさんに何かあっただなんて考えたくもない。
彼女は、元気なままが一番だ。
「今までどんなもんあげてたんですか?」
「俺おすすめの酒とかつまみとか? たいがい食べもんだな」
デリカシーの欠片もないな。それ。
「女の子にそれをあげるってどうかと思いますけど」
「まぁ、いいってことよ。それよりなんかいい案あるのか?」
案、か。
女性が喜びそうなものね……。
食べ物よりは形に残った方がずっと印象に残るだろう。で、やっぱり使ってくれるものの方がいいよね。
だとしたら決まりでしょう。
「せめて女の子が喜ぶものをあげましょうよ。たとえば服とかアクセサリーとか」
「おお、そりゃ考えつかなかったぜ」
気づけよそれぐらい。
こんな調子で奥さんの誕生日がどうなってるのか本当に心配だ。
「なあセブン」
「はい?」
と、もうその話題は終わったのか、先ほどと口調が変わっている。
その表情もいつもの笑顔はなりを潜めていた。
「そろそろ街に帰ってこねぇか? みんな寂しがってるぜ。お前さんがいた時間はお前さんからしてみれば一瞬だったかもしれねぇが、
俺たちからすればかけがえもないもんだったんだ」
……そうか。その事か。
何しろ僕は街の人たちには別れの挨拶もせずに飛び出してしまったし、ね。
でも……。
「……僕はあの街には帰る気はないです。ちょっとエレイシアさんとトラブルがありましてね。多分二度とあの街へ帰る事はないです」
僕は真剣なまなざしで彼を見つめる。僕のその言葉が本気だと受け止めてもらえるように。
そう、僕は帰るわけにはいかない。
また帰ってあのような事はしたくない。
僕は、いてはいけないんだから。
そんな僕に対してニコラさんは手をパタパタとする。
「おいおい、だからこそ誕生日にこうバーンと行くんじゃねぇの? 『本当にゴメンナサイ、僕は貴方の事がとても好きです』みたいによ。
まあ、何があったかしらねぇけど」
「って僕は彼女とそんな良い関係になんかにありませんよ! 逆に迷惑かけすぎてはずかしいぐらいです」
多分そうやってエレイシアさんにプロポーズしても「ごめんなさい」の一言で終わらせられそう。
……って何でプロポーズする事が前提になってるんだって。
僕らは店の勘定をすませ、それぞれの宿へと帰る道につく。
人通りは相変わらず多い。
夜はとてもさむく、また、曇りのせいもあり星は全く見えなかった。
「ま、お前さんが来てくれたらエレイシアちゃんも喜ぶって事を言いたかっただけだ」
「そうですか……」
「そんじゃ俺はこっちだから」
そう言ってニコラさんは道の交差点で左を指差す。
僕は真っすぐなので、これでお別れであった。
「……分かりました。とてつもない急用がない限り誕生日につくようにそっちの街に伺います」
「おお、そうしてくれたら彼女もよろこぶぜ」
ニコラさんはそう言って男らしい笑顔を見せる。
「じゃあなセブン! 来るの楽しみにしてるぜ!」
「ええ。分かってますよ」
彼は厚い背中をこちらに向け、立ち去っていった。
「さて、エレイシアさんの誕生日か……」
思えば彼女には迷惑ばかりかけてきた。
だからやっぱり少しは恩返しをしなくちゃいけないかな……?
「そうと決まれば何プレゼントするか決めなきゃ!」
あの時のままで僕は終わらせたくはなかった。
だから、この機会にあやまろう。許してくれないだろうけど、誠意は伝わるはずだ。
例え街に帰らなくても、あの時のままでは絶対にいけないのだから。
まあ、とっとと帰って色々考える事にしよう。
こっちには考える時間は腐るほどあるし。
宿に戻った僕は、部屋に入ろうとするが、そこに一枚の手紙がおいてある事に気づく。
それをろくに読まず、とにかく部屋の中に入る。
考える事はいっぱいで部屋を確認する事は全くしなかった。
……が。
「ん……?」
僕はとりあえず目をこする。
おかしい。ここは僕の部屋のはずだけど……?
「あら、もしかしてあなた?」
何でさっき分かれたばっかのカテリーナがいるんでしょうか?
なんか歌姫が僕の部屋でくつろいでるんですけど。
……もしかしてこの手紙に関係が?
……。
「何これ?」
「だから書いてある通りじゃない?」
彼女はそっけなく言い放つ。
「『白翼公側の者と協力して仕事をする事。ちゃんとしなさいよ。アルト』……」
僕は手紙とカテリーナを交互に見比べる。
彼女は微笑を浮かべ、こちらの方を向いている。
これってもしかして……。
「じゃ、これからよろしくね。クールガイ」
「は……はめやがったなアルトルージュ!」
夜中の宿に僕の声がこだました。
はあ。
to be continued…
/the next foryou
カテリーナと共に仕事にかかる魁。
そこで知る事になる驚愕の事柄。
そして、町に帰る魁を待ち受けていた事実とは…!
次回の『全ては君のために』第八話の一、崩壊の序章