全ては君の為に

第五話・可憐なる姫君


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 雪の町を後にした僕は、しばらく欧州を旅する事にした。
アジアでは家に近い気がしてひけるし、アメリカも他の大陸も今はそんな気分ではなかった。都会はあまり好きじゃない。
面白い事に、ヨーロッパは新旧が入り乱れて、僕の祖国、日本をわずかながらに感じていた。
いや、正直日本よりも新旧が融合していてとても面白い。

あの一件以来、結構旅をしたが、人ならざる者とはめぐり合っていない。
正直な話、そんな非日常の世界はこちらとしてはこりごりだ。
一生関わらなくてもいいと思っているぐらい。

そんな僕はとりあえず数日前まで都会の観光名所を満喫してきた。
主にまわったのは残っている文化遺産クラスの教会などの建物や美術館など。
それだけの事をする資金の余裕はある。

あらかたまわったところで、次は地方の観光名所でない所に行く事にした。


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「んー、疲れたー」
僕は思いっきり伸びをする。
電車に乗ってふもとまで来た上でそこからヒッチハイクで町までやってきたのだ。
結構時間がかかったせいか、腰がいたい…。

「じゃ、見てまわりますか」
車に乗せてくれた人にお礼を言って、僕は歩みを始める事に。

 鉄道も通っていないある国の町。僕はそこに足を踏み入れていた。
古くからある建物、道、そして人々すらそんな印象を抱かせる。
電気も通っているはずだが、そんな印象は全く抱かせなかった。
まるでそこだけの時間が止まったかのように。

「どうも、こんにちは」
僕は店の人に明るく声をかける。

「……」
が、返事はなし。視線をこちらに向けはするけど、すぐに見ていた新聞の方に戻ってしまう。


 その後も色々な人に声をかけるけど、なぜか町人はよそよそしい。
首をかしげながら歩みを進めていると、先ほど車に乗せてくれた人に出会った。

「あ、先ほどはどうも」
「ああ、どうもだな」
にかっとその男性は笑い、僕の背中を叩く。
咳き込む僕は疑問に思っていた事を聞く事にした。

「この町っていつもこんなふうに排他的なんですか?」
「いや、俺も帰ってくるのは一ヶ月ぶりだが、こんなんじゃなかったぞ。もっと明るかったはずだ」
男性も不思議そうにして、肩をすくめる。

「女房も町のガキも何も言おうとしやがらねぇ。お前さん、何か心当たりはあるか?」
「こっちが聞きたいぐらいです」
それが正直な意見だったけど、これ以上聞きだせそうにないのでお礼をまた言ってまた町を見て回る事にした。

 別に僕は観光名所だけでなく、田舎の生活もみたかったから、全く退屈はしなかった。
でも、よそよそしい雰囲気はやはりどこにいても感じた。


 夕方、僕はとにかく宿を取り、明日のために落ち着く事にする。
宿に入った僕だったけど、はっきり言ってとてつもなく暗かった。これでもかと言うぐらい。
カウンターを見ると、宿の主人が腕で頭を支えてうつむいている。その様子はひどく疲れているように見えた。

「どうしたんですか?」
気になった僕はカウンターのテーブルに寄りかかり、そう言ってみる。
主人はため息混じりにこうつぶやく。

「……なぜかこの町は今何かによって祟られているんだ……」
「祟られている?」
これはまたベターな発言だな。
他国の風習などにケチをつけるわけではないが、今のご時世で祟りとは…。

そんな僕の気を知らずに主人は続ける。

「1ヶ月前、最初の行方不明者が出たんだ…。町では評判なそれはそれはかわいい娘さんでね…」
「はあ…」
正直な話、行方不明なぐらいで祟りとはね…。
僕はそう口からもれそうになるが、なんとか押しとどめる。
何と言っても『最初の』なのだからこの先があるだろうし。

「次の犠牲者は教会のシスターだった…。子供に愛された誠実な娘だった…。」
「それでその後も行方不明ばかりおきたと?」
長時間続きそうだったので、僕はそこで彼の話を抑える事にした。
これ以上続かせたらどれだけ続くか分かったものではない。

「そう、行方不明が何人も続いたあと、それは起こったんだ…。あの忌まわしい事がな…!」
「忌まわしい事?」
「そう…。」
主人は憎憎しげに拳を握り締める。

僕は首をかしげた。
忌まわしい事がなぜ祟りなんだ? 神隠しじゃああるまいし。

「事件はついこの前の朝起こった。俺が朝起き、何気なく散歩をしたんだ…。とても晴れた日だった。なぜか鳥の気配がしなくてな。
 静かな朝だった…。そして見てしまったんだ…。あの無残な死体を…!」
殺人事件か。たしかに地方じゃあ珍しい所もあるだろうし、それなら納得いく。
僕がそううなづいていたが、事実はもっと闇を持っていた。


「あんな死体は今でも鮮明に思い出せるぜ。まるで現実ではないような錯覚に陥る…あの吸血鬼の仕業のような死体はな」


「吸血鬼の仕業のような!?」

僕は思わず声を大きくしてそう怒鳴ってしまう。
周りにいた数人が僕の方を見つめるので、少し恥ずかしくなってしまう。
僕は声を小さくしながら続けた。

「それ…本当ですか?」
「本当だ。この眼で見たんだ。吸血したような痕が首筋にくっきり残っていたんだからな」
「……」
吸血痕。
それが愉快犯による仕業とも考えられるけれど、本物の可能性も否定できない。

「気味が悪かったぜ。町で相談した結果、犠牲になった子には悪かったが、火葬にさせてもらったぜ」
「それはまた…悪いタイミングで来てしまったようで」
「全くだな…」
キリスト教国はたいてい埋葬は土葬で行っていて、日本みたいに火葬にはしない。
だけど、一般に出回っている吸血鬼に関する事が現実なら、噛まれた人も吸血鬼になってしまう。
だから、そうなる前に焼き尽くす以外ない。

 観察すると、宿の主人は目の下にクマをつくり、頬は肉がおち、げっそりしていた。
その顔でため息をつかれるのだから、かなり不気味だ。
話している間も主人は手を震わせていた。それは恐怖にか、怒りにか。
僕は肝心な部分を聞く事にする。

「で、その事件は解決したんですか?」
「してたらこんな眼の下にクマを作ってるわけないだろ。いつうちの娘も狙われるか分からねぇんだからな。」
「そうだったんですか…。」

どうやらロビーにいたのは従業員だけのようで、その中の1人に向かって主人は首をふる。
僕がそちらの方を見ると、若い女性(多分僕と同年代)が会釈をするので、僕もかるくお辞儀をした。
少々のそばかすはあったが、あっさりとした美人で、髪は三つ編みにしてまとめてあった。

「この町もそのおかげで活気がなくなってきてね…。客もお前さんを含めて二人だけだよ」
「2人?」
これは僕には以外だった。

先ほどまわった限りでは、よそ者はどうも僕だけだったようで、昼間なのに道は閑散としていた。
こう言うのもなんだが、そんな物騒な町によく客が来たものだ。
主人はそんな僕のハラを知ってか知らずか、続ける。

「それがね、なんかおかしな奴なんだよ。頭がいいかと思ったらドジな振る舞いもするし…」
「ドジな振る舞いって…」
「ああ、まるで一国のお姫様みたいに常識知らずかと思ったら聡明な所を見せてな。あんな客は初めてだ」
「へえ…」
お姫様って言うのだから多分せいぜい20代前半ぐらいだろう。
2人って事は一人旅なのか?

「ドジって……そんなにひどいんですか?」


「ドジとは随分と失礼ね。わたしははあいにくとそのような間の抜けた事はしないわ」


 その声は階段の方から聞こえてきた。
僕と主人が同時にそちらの方をふりかえる。

そこにいたのは僕よりも若い少女、年にしてだいたい10代前半、いや、もっと低いかもしれないが、物腰は落ち着いた感じだった。
髪は漆黒で、長くストレートにまとまったものだったが若干のクセがついていた。
瞳は緋のように赤く染まっていて、肌の色は白人以上に白かった。
顔は整っていて、かなりかわいい方に入るだろう。
服装は今どきのものではなく、若干時代を感じさせる(と言ってもボロいとかではく今の時代のものではない感じ)もので、黒で統一されていた。
声は声変わりしてないのか、かなり高めの声で子供のだ。だが、嫌みではない。むしろ怪しげな魅力を持っていた。

「へえ…、わたし以外にもこの町を訪ねてくる人がいたの…。少し意外ね」
そう言いながら階段を静かに下りていく。
確かに主人がお姫様って言ったのには納得できる。
彼女からは身分がとてつもなく高い者独特のオーラが出ている…気がする。
その彼女は、僕の方を見て笑みを浮かべる。

「こんにちは」
「えっと…。君は…?」
「あら、他人の名を聞くのならまず貴方から名乗ったらどう?」
むっ。
たしかに言っている事は当たり前で正しい事かもしれないけど、言い方がムカつく。
だがあくまでそれを無視し、僕は自己紹介をする事にした。

「僕はセブンと言う。欧州の方では僕の名はあまり言いにくいみたいなんでね」
「そう……」
流し目といった感じで視線を一瞬そらす。
そんな何気ない動作だけでも目を引いた。

「わたしの名は……そうね、アルトとよんでちょうだい。親しみをこめてアルトお嬢様でもいいわ」
「いや全然親しみこもってないし」
アルトと名乗った少女は新しいおもちゃを見つけたかのようにほほえむ。
あきれる主人に彼女に見とれる従業員、そして当の僕のつっこみを完全になかった事にして微笑む少女。
……なんかイヤな予感がする。

「で、ご主人、僕のチェックインをすませて欲しいのですが」
気持ちを切り替える意味で、僕は主人に声をかけた。
ひどくびっくりした感じで主人は反応する。

「あ? ああ、分かったよ」
そういいながらあわててペンを取る。

「滞在は何日だい? もっとも客がいねぇから何日でもいいがね」
「多分3日ぐらいだと思います。ですから2泊で」
そう言って僕は軽めの荷物をまた背負い、サインをして指定の部屋に向かう事にした。

   /

「貴方は吸血鬼が本当に存在すると思う?」

 事の始まりはチェックイン後、荷物を整理していた時にアルトが押しかけてきてから始まった。
はっきり言っていきなり
「おじゃまするわ」
と言って部屋に入られたときはびっくりしたけど。

とにかく僕は備え付けの品で紅茶を作り、彼女に用意してやった。
あつかましい事に、彼女はそのままイスに座り、菓子を要求してきた。
呆れる僕をよそにティータイムを満喫するアルト。

そんな彼女が紅茶の不満を長々と述べてから言った言葉がそれだった。
いきなりの話題のふりように少し戸惑う僕をよそに、彼女は続ける。

「だって今の世の中は現実主義でしょう。もう悪魔や天使なんか宗教上での象徴的な意味しか持たないじゃない。
 だったら吸血鬼なんて所詮想像上の生き物と思わない?」
「……」

人外について知っている僕としては、吸血鬼が本当にいるかどうかは判断しかねた。
僕の実家では人外、血を吸う者たちを含み、を暗殺するために幼い頃から訓練を受けてきた。
それらを総称するならたしかに吸血種は存在する事になる。
けど、ここで言う吸血鬼、すなわちヴァンパイアがいるかと聞かれたら、今の所分からないと述べる以外ないだろう。

「そうだね……はっきり言って世界は僕の見たものだけじゃあないし、本当に天使も悪魔もいるかもしれない。だから吸血鬼も否定はできないね」
僕は自分の思ったことをそのままアルトに伝えた。
そんな僕の意見に、彼女も同意したようだった。

「そう……たしかに実際に遭遇してみないと何とも言えないかもしれないわね」
彼女はあっさりと認め、宿備え付けの菓子に手を伸ばす。
一方の僕はようやくおちつけたのでもう一方のイスに座り、自分の分の紅茶を入れる。
そして菓子の方に手を伸ばすが、こちらの方は彼女のお気に召したようで、手を払われてしまった。

「……どういう事だよ?」
「貴方は紅茶でもすすってなさい」
こ……この唯我独尊女め……!
内心呆れながらも会話を続ける事に。

「まぁ、人間なんて所詮騙されやすい存在だから本当に遭遇しててもそれを認めないかもしれなかっただけかもしれないけどね」
「そうでしょうね。それこそ真実を知ったら人間なんてすぐパニックになりそうだもの」
彼女はコロコロと鈴を鳴らしたように笑う。
僕はたしかにあまりよろしくない紅茶をすすりつつ、続ける事に。

「大体この事件だって皆吸血鬼の仕業だとか騒いでるけど、それに見立てた快楽殺人鬼の仕業かもしれないのに……」
「へえ、じゃああなたはこの事件に関しては吸血鬼説は懐疑的なんだ」
「さてね。調査をしたわけじゃあないから断定はできないけど」
「………」

アルトは部屋備え付けの菓子を食べつくすと、服に落ちた菓子のカスを払い、立ち上がる。

「まぁ、どちらにしても狙われるのはうら若き純粋な乙女のようですし、あなたは大丈夫みたいね」
「へえ、じゃあ君は狙われるのか?」
「さあ? それはどうかしら。そうしたら貴方は守ってくださるのかしら?」
「さあ?」

僕の冗談をあっさりと聞き流して彼女は静かに部屋の出口の方へと向かう。
そして去り間際に、

「それじゃあね、運があればまた会いましょう」
そう言うと彼女は部屋から出て行った。


「ふう…」
後に残った僕は後片付けを開始する。
……にしても随分と意味深な言葉だったな。
だが僕には吸血鬼がいようといまいと今の人生では全く関係がない事は間違いなかったので、あまり深くは考えない事にした。


 夕食はなかなかのもので、思ったより楽しめた。
でも1人っきりでの食事はいつも1人で食べるからって、周りがいるのといないのとでは大きく違うんだけれどもね…。
そう、そこにアルトの姿はなかった。


 夜、僕は薄暗い枕もとの明かりをつけて本を読んでいた。

「そういえばなんでこの町にいたのかアルトに聞いてないじゃん」
僕みたいに酔狂なのか、それとも誰かに会いに来たのか、それとも……?
まあいいか。アルトがどうしようと僕には関係のない話だし。
本の続きも気になる事だし。

本はこの頃はまっている巌窟王をチョイス。
主人公が3人の男にはめられて婚約者は奪われ、財産は奪われ、牢獄に入れられた。
何とか脱獄を果たし、見つけだした財産を増やして3人に復讐する話だ。
この主人公、3人にただ復讐をするだけでなく、精神的に破滅へと追い込むためにターゲットと親しくなる。

その怪しげな魅力と、巧みな行動によって誰もが彼に騙される。
そして、結局3人は復讐される事となる。

「……」
妖しげな魅力と、巧みな話術……。
それを聞いて、僕はふとあの少女の事を思い出す。

アルト、ドイツ語で古き、と言う意味だ。
昔のような可憐でおしとやか、かつ優雅なる女性を目指して名づけられたのだろうか?
だとしたらその目的は既に達成されているだろう。

でも、
何で僕は、
彼女の事を、
思い出したのだろうか?


 と、かすかに隣の部屋から音がする。
あの吸血鬼事件があってからこの街に訪問者は少なくなっている。
当然ここの宿も例外ではなく、客は他にいない。
つまり隣にいるのはアルトだけだ。

静まり返った宿の中、ドアを開ける音がかすかに聞こえる。
この町で起きている事件で確かなことは、行方不明も死亡も全てが夜に起きているらしい。
もちろんその事はアルトも十分知っているはずだ。

なのに今の時間に出歩く意味は……?

「うーん、どうなんだろう?」
@酒場に行く→明らかに未成年な彼女が?
A夜風に当たりに行く→無用心にもほどがあるでしょ
B自殺願望がある→あれだけ悟ったような感じの少女が?
……どれも非現実的だ。結局の所、分からないってこと。

「……気になる」
どうもその好奇心が身を滅ぼすかもしれない事は分かっていたが、夜中を殺人鬼でも吸血鬼でもいいからさまよっているかもしれないと言うのに 少女1人が外に出る所を黙ってみているほど僕は人でなしではない。
というわけで武器をしのばせつつ、彼女をこっそりとつける事にした。


 予想通り彼女は宿から外に出て行った。
彼女は別に向かう先などなく、ただ散歩をしている感じに見えた。
人などはもちろんいるはずもなく、道にはアルトと後をつける僕だけであった。
なもので、アルトに気づかれないように後をつける必要があった。

『まぁそこの所はかなり家で訓練させられたから心配ないんだけどね…』
と心の中で思いつつも、以前の生活をふりかえる。

七夜の家では確かに正面からの戦闘の訓練も行なっていた。
でもそれはあくまで苦肉の策。敵に自分の存在を知られてしまったときのためだ。普通はそうされる前にかたをつける。
ゆえに、たとえ道が開けていた所でもまるで人がいないかのように気配を隠す方法も学ぶ。
視界で捉えない限り、こちらを把握する事は困難のはずだ。

『いくら自分が未熟者だからって、これぐらいはできるんだよね』
才能がなかったのは戦闘面だし。


 そのうち、あくまで僕の印象だが、アルトは散歩と言うよりも何かを探しているように見えた。
わき道に入ったり、あたりを見回したりしている。

『……どういう事だ……?』
僕は心の中でそう思う。

はっきり言ってハタから見ていると、彼女の行動はおかしい。
辺りをうかがっているようなのでこちらもアルトに気づかれないようにするのが大変だ。

しばらくそんな思考をめぐらせていると、僕ら以外にも人影が現れる。
年齢からすると20前後の女性、容姿はまあ普通と言った所か。
スタイルはロングスカートで長袖、と言っても上着は羽織っておらず、夜に着るようなものではない事は一目瞭然だ。

『これは……?』
明らかに様子がおかしい。
何といえばいいかは分からないが、目つきや歩き方、あらゆる事に違和感を感じる。

 そうやって僕が首をかしげていると、アルトはそちらの方へと足を向ける。

「え?」
次の瞬間、僕は目の前で起こった事が信じられなかった。


女性の方の上半身はなくなっていた。


 まさに一瞬の事で、僕は眼をこする。

女性の下半身は血しぶきを上げてその場に倒れ伏す。
辺りは血や吹き飛ばされた肉片でちらばり、無残な光景が広がっていた。
地面と壁にまるでアートのようにそれがちりばめられ、それが現実のものだと嫌でも認識させられる。

だが僕にはアルトが高速で女性の半身を吹っ飛ばしたように見えた。

戦うと言う事は、相手をつぶさに観察する必要がある。
その行動どころか、一瞬の呼吸の変動、神経の反射、わずかな動き、そして目線だけで相手の動きを予測できるように。
だから動体視力を上げる事は必至だ。

いくら何でも視力は元のままだ。
だから、見間違うはずがない。

彼女は、数メートルの距離を一瞬で、でも動作は歩くようにして移動し、
手を振っただけで女性を殺したんだ。

「……!?」
そんな事を思っていると、女性の無残な体はなんと風化しだしたではないか。
こ……これは一体……?

と、アルトは身を隠すこちらの方に顔を向けてくる。
そして、先ほどと同じ笑みを浮かべた。


「さて…どうやらストーカーさんがいるようだけど?」


し……しまった……!
一連の事に気をとられていて気配遮断がうまくいっていなかったか……!?
いや、気配の殺しはちゃんとできていたはずだ。抜かりはしていなかったはず。

だとしたら、彼女の感覚が予想よりはるかに優れていたって事だろう。
と言ってもまだ姿を確認されたわけではない。今のうちに逃げれば……。


「あら、今逃げようと思ったでしょ。無理よそんなことは」


僕は思わず背筋を凍らせた。
アルトはいつの間にか僕の正面から姿を消し、僕のすぐ後ろにいるではないか。
僕は間合いを認識するより早く離し、武器に手を伸ばす。
正直僕で勝てるような相手かというと、正直今のやりとりからすると無理っぽいが、本能でそう僕の体は動いていた。

そのままにしていたら、間違いなく彼女に殺される、
そう本能が、そして思考が警戒している。

右手には姉さんから譲ってもらった短刀を、左手には自分専用の小太刀をそれぞれ手に持つ。
最悪の場合、無謀な逃亡戦を仕掛ける必要がある。
だけど、あれほどの動きができるのなら、僕を補足するのは簡単だ。

どうにかして気をそらさないと……。

「そんな身構えなくてもいいわ。あなたを殺す気なんて全くないもの」
だけどアルトはあっけらかんと言ってくれた。
その言葉に嘘偽りはないと判断できる。
だけど……、

僕は口を吊り上げて言い放つ。
「それはどうかな。今の光景を見ただけでもその発言は疑わざるをえないんだけど」
「…たしかにその通りね。でも殺すのだったらさっきやってると思わない?」
……たしかに。思わずそう納得してしまう。

「それで、質問があるのだけれども、いいかしら?」
「……君から僕にかい?」
質問……?
「ええそう。だって今の動き、それに尾行の工程、どう考えても素人らしくないもの」
「…素人って…何の?」

「まだ未熟だけどこっちの世界に関わるコト……かしらね」

それはアルトが僕の本質を見抜き、かつ自分もそちらの人間だと認めている事になる。
僕は返答せず、彼女をただ観察する。

「…とは言ってもこっちの世界には関わっているけどまだ何の事かは分からないって所かしら?」
驚くべきはその動きよりその直感だろう。
七夜の中では正直僕は最低クラス。僕より実力がはるかに高い存在などごまんといる。
だけど、直感はそう簡単に養えやしない。だとすると彼女は…?

「……やれやれ、僕のしぐさだけでそこまで判断したならば本当にすごいとしか言いようがないね」

僕は呆れた物言いで武器から手を離し、身振りまでくわえる。

「って事はさっきの質問の答えは『存在する』だったわけ、か……」
「ふふ、賢い人って好感を抱かせるわ」
アルトはそう言ってクックと笑う。
それだけを見ていると本当にただの少女だが…。

「そう、吸血鬼は本当に存在するわ。私達はそれを総称して死徒と呼んでるの」
「死徒…ね…」

ようはカテリーナと同じ存在。

「じゃあ今の女性は? 殺したと思ったら死体が風化しだすなんて……。それに彼女は死徒ではないはずだ」
そう言って僕は女性のいた場所を指差す。

既に女性の死体は残っておらず、血や肉すら風化してしまい、本当にそこで女性がいたのかどうかすら怪しいほどに痕跡がなかった。
死徒にしてはやけにあっさりしている上に、死徒独特の知性を全く感じさせなかった。まるで映画に出てくるゾンビみたいに。
アルトは前髪をかきあげながら、淡々とそれについて述べる。

「そうね。あれは死人。死徒の犠牲者で、もう人間ではない存在。死徒の道具として使われる者達よ。死徒のために血液を運んでくる存在ね」
「なら君は一体何者なんだ? この地域の対魔機関、教会の関係者ではなさそうだし…。フリーのハンターでもない。いや……」
若干この先をためらったが、言う事にする。

「どうも君は人間でない気がする。おそらくは……」
彼女は死徒、そんな気がした。
いや、多分間違いないだろう。

 七夜は対魔としてあるために、魔に対して殺害衝動を持つようにいたった。
が、一族としての致命的欠陥からか、僕には魔に対する認識力が非常に薄い。
つまり、衝動がほとんどない。
まあ、その代わり敵の気配察知能力は人一倍あったけど。

だから彼女が死徒かどうかなんて今まで分からなかったのか、それほど彼女は巧妙に隠していたのか。
多分前者だけれども、気配の違いでそれが今は何となくだが分かる。

「そう……そこまで分かるの」
「……」
明らかに彼女の目つきが変わる。

「貴方の思っている通り、私は人間じゃないわ」
真紅の瞳に宿るのは、僕の語彙力では形容しがたいほどの冷たさだった。
まるで全てのものを停止させるほどに。


「私は死徒27祖の1人、9位のアルトルージュ・ブリュンスタッド」


そして、まるで朝の挨拶と同じ口調でその言葉をつむいだ。

「アルトルージュ……」
古き紅、とはよく言ったものだ。

彼女の紅、真紅の瞳。
たとえ服は黒く、肌は白くても、それだけで彼女の名前にふさわしく鮮やかだから。

死徒27祖と言われるのが何だかは全く分からない。知る気もない。知る必要もない。
好奇心で彼女の後をついていったのがそもそもの失敗。彼女が心配だった事もあるけれど。
問題は、この状況をどうするか、だ。

さっきの動きを見る限り、僕では彼女から逃げ出す事はできそうにない。
もしそれをやるならば、彼女の気をこちらからそらす必要がある。
その一瞬さえあれば十分なんだけれども……。

「さあ、今度は貴方が話す番よ」
「え?」
「え?じゃないわよ。淑女に自己紹介させておいて殿方が何も言わないのかしら?」
……その言い分はごもっともな話だ。
どうやら彼女は口封じのために僕を殺す、とは今のところしないらしい。

なら、隙をうかがってこの場をのがれるしかない。

「あー、僕は東洋出身で、対魔一族のおちこぼれだよ」
「東方? おちこぼれ?」

あ、反応が変わった。ちと意外。
よし、このまま押す。

「趣味は冒険で君を尾行した動機は心配だったから? でもちょっと後悔してる」
「後悔って何よ」
それを君が言いますか?

ふと思いついたので僕は底意地の悪い笑みを浮かべる。
それに反応するアルト。

「別に僕の護衛がいるほどおしとやかではないみたいだし」
「ほっといてよ!」
全力で否定されてしまった……。
だけどそのしぐさがかわいらしくて思わず笑みがこぼれる。
これだけを見ていれば普通の少女だけれども……。

 しばしの静寂が訪れる。
夜だからこその静寂さ。だけど虫の音すら聞こえてこない。呼吸音ですら聞こえるほどに静かなんだ。
まるでそこだけが切り取られた世界のように。

「ふ……ふふふ」
急にアルトが笑い出す。
え?何で? 僕は何も笑われるような事はしていないはずだけれども。

「いえ……、あなた本当に色々な意味で面白いわね。少し気に入ったわ」
「だからって僕を仲間入りさせないでくれよ。ごめんだし」
それはあの白銀の美女のようになれと言っているようなものだ。
僕は、夜の者の手足となって動きたくはない。

僕は、昼の世界をのんびりと生きたい。
「そんな事するつもりはないわ。ただ……」
そんな事はしない?
しかもそのただって……。

「う……っ」
この顔は知ってるぞ。何かをたくらんでいる顔だ。
今からでも遅くないし、逃げる?

「あなた、今回の事件でのわたしの手伝いをなさい」

「ええ?」

僕は思わず間の抜けた声を発する。
予想していたのとは全く違う意見に驚く。

「あら、報酬ならちゃんと払うわよ。完全出来高制ですけど」
「いや、そうぢゃなくてさ…。なんで君みたいな生意気な子供に……」
「生意気で悪かったわね。でもわたしの事より……」

不意に彼女の眼が更に赤くなる。
それは薔薇でもなく、苺でもなく、

まさに血のように。

「あなたには拒否権はないの。わたしの言ってる事は分かる?」
分かる。今の僕ははっきり言えば檻の中に放り込まれた餌みたいなものだ。
だが、その檻の扉はまだ閉まっていない。気をそらせば逃げられる可能性はある。

だけど、その瞳を見ていると、そんな事ができるとも思えなくなってしまう。

いや、この瞳は、麻薬だ。
人の脳を溶かしていく、極上の。

「……」
まずい。
彼女から目が離せなくなっている。

このままだと、僕は、
彼女を、


殺してしまいたくなってしまう。


「……っ!」
その気を振り払って視線をそらす。
アルトが視界に入らないように。

知識としては知っていた。
姉さんも兄さんも、家族の皆が持っている衝動。
白銀の美女にも起きたもの。

だけど、これはソンナモノジャナイ。

理性をどんどんと切り崩していき、その衝動は僕にささやいてくる。


ソノブキハ、コイツニイレルタメニアルンダロ?

サア、コロセコロセコロセコロセコロセ。

ソノ肉ヲ、ソノ骨ヲ、ソノ精神ヲ、ソノ魂ヲ、

全テヲ解体シテシマエ。


「いや……文句はたくさんあるよ。誰だって上司を選びたいものかと……」
「貴方、それ本気で言ってるの?」
アルトは目を細めて、こちらに冷笑を浴びせながら視線を向ける。
なるべく僕の変化を悟られないよう理性を振り絞っての言葉もあっさりと斬られる。
ぐ。僕は、どうすればいいんだ?

 僕の、取るべき道は、一体何だ?

アルトに協力する事が命の面では一番いい。
だけど協力をすれば僕は必ずアルトに何かをされる。間違いなく。
つまり、今後一切逃げられなくなり、昼の世界に戻って来れない可能性が多い。

アルトに協力しないと断言し、戦う。
幸いにもここは街中。隠れる場所や壁は多くある。
本能に身を任せるままに戦えば、もしかしたら……。
だけど僕の理性で判断したところでは、間違いなく彼女には僕では勝てないと思う。

何とかごまかす事が一番現実的な手段だ。
もちろんその後とる行動は逃亡だけど、逃がしてくれるのか?

この中から選ぶのは……。

「あ、UFO」
ごまかしだった。
先立とうとする本能を理性を総動員して押し込め、出た結論がこれだった。
ああ、確かに情けない。でも今の僕はこれでいっぱいいっぱいです。

「……馬鹿?」
案の定これでもかというぐらい冷たい言葉を僕に浴びせてくる。
だけど、今の僕ではこれ以上のごまかしは考え付きそうに……、

「ん?」
そこである事に気づく。
よく見ればアルトのずっと後方に人影が見えるじゃないか。

「まだそれが通用すると思ってるの?」
「いや、だってあれ死人じゃないの?」
「え?」
アルトはちらっと後ろの方を振り返る。
僕は事実を言っていると思う。何しろ挙動が普通の人と比べるとおかしい。
だけど、いや、だからこそアルトに一瞬の隙が生まれる。

 その瞬間には僕はその場から動いていた。
そして物陰に隠れると気配を遮断し、ひそむ。
いくらアルトが死徒だからって、今のを把握できてはいないはずだ。

「く……っ! 一体どこ行ったのよ!」
アルトは僕のはるか遠くで憤慨している。
既にその人を始末済みだ。その間一秒もなし。

今度は尾行も一切しない。
純粋に隠れる事に徹した暗殺者を、誰であろうと見つけられるはずがない。

まあ、憤慨する気持ちも分からなくもない。
それはそうだ。さっきの「あ、UFO」と同レベルのものでひっかかったんだし。
だからと言って出て行く気はなし。

……と言うわけで僕はとっととその場を跡にして、宿に戻る事にした。
そして荷物を早々とまとめ、彼女が帰ってくる前に逃げ出す事にしたのだった。
いやはや。




to be continued…


   /the next foryou

 図らずも再び出会う魁とアルト。
その2人が出会うとき、魁の運命が大きく変わる事となる。
そしてそれの行き着く先は…?
次回の『全ては君のために』第六話、漆黒の姫と不純な暗殺者


第六話に続く

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 どうも、シロトです。
アルトとの出会いをもっと詳しく書きたかったので、エレイシアとの再会までを第七話としてまとめ、こちらは過去話だけにしました。
で、結構長くなりそうだったので前後編にしてカット。残りは第六話にやります。
この話は随分と付け加えました。と同時に魁はアルトには協力しない形をとりました。協力するのではあまりにオーソドックスだったので。
過去話は第六話で全部けりがつくと思います。その後はいよいよあの事件の幕開けですね。
それでは次の話で。
  2006年6月25日 第一回改訂

 今回で更に詳しく書いてみました。急すぎる展開に少し付け足しながら進めたので、結構な更新となりました。
それに集い、レイアウトも変化させました。これで読みやすくなっていると思います。多分。
  2007年1月12日 第二回更新

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