全ては君の為に

第四話・儚い日常の崩壊


   /

 夜、僕はエレイシアさんの家に来ていた。
彼女は暖かく僕を迎え入れてくれ、彼女の両親もまた同じく僕を暖かく迎えてくれた。
夕食はとても心温まるものばかりで、特にパン屋だけあってパンはとてもおいしかった。
正直今まで食べた中で一番だったかもしれない。

「それでトマったらニコラさんのお酒をこっそり盗んでどうしたと思います?」
「えっと……。自分で飲んだとか……?」
「そんなもんじゃあありませんよ! 町の井戸に全部流し込んだんですよ! しかも アルコールがものすごいウォッカを!」

エレイシアさんの話はどれも町での話であったが、どれもとても面白い内容であった。
身振り手振りや表情で何人もがそこにいるようであり、リアルタイムでその話を見ているようでもあった。
その食事の間僕は退屈なんて言葉を忘れた。


 そんな楽しかった時間は瞬く間に過ぎていき、もはや深夜になっていた。
食事も終わり、食後の紅茶をいただく。

「いやあ、エレイシアがこんなに嬉しそうに話すだなんて思わなかったわよ」
そう言うのはエレイシアさんの母親であった。
彼女は僕たちが食べた食べ物の食器を片付けている。
手伝おうかと申し出たが、来客が何を言うのですかとあっさり断られてしまった。

「こんならいつでも大歓迎よ。また明日もおいでなさい」
「いえ、そんな毎日毎日おじゃまをするわけにはいきませんよ。そのやさしい心だけいただきます」
「お、それに誠実とくるか……」

ちなみにエレイシアさんは母親の手伝いをすべく、台所にいる。
食器を洗う音が僕らのいるところまで鳴りわたる。
家庭的な音で、とても心地よい。

「こうなったらうちのエレイシアと結婚します?」
その一言で僕は口に含んでいた紅茶を思いっきり吹き出した。
あわてて僕は近くのフキンで床をぬぐう。

「お母さん!」
エレイシアさんが台所からあわてて出てくる。
顔は林檎のように真っ赤に染まっていた。
正直僕も鏡をみたら多分そうなっているはずだろうなぁ…。

「すみません! 母が余計な事を……」
「いやいや、大丈夫だよ。大丈夫…。」
お互い顔をあわせられないぐらい真っ赤だろう。
僕は彼女を直視できない。
まずい……どうきりだそう……。

自分の顔を触る。やっぱり顔がほてっている。
自分の心臓の音を聞いてみる。まるで全力疾走したかのように大きく鼓動している。
ああ、やっぱり動揺しまくってるよ僕。

「そ……それじゃあ僕はこれで……」
結局僕に言えたのはこれぐらいだった。
我ながら情けない気もするが、まぁその考えは棚上げ決定である。

 僕は上着を取ると、ある程度食器をまとめて出口の方に向かう。

「セブンさん」

そう言ったのはエレイシアさんだった。彼女は僕の方に近づき、こう言う。

「本名、やっぱ教えてくださいよ!」
「は……?」
僕は間抜けな答えを返してしまう。
多分眼が点になっているであろう僕に彼女は続ける。

「本名を名乗りあう事はやっぱり大事な事だとわたし思うんです!
 本名を呼んでくれる人がいるだけで気分が和んでくるとおもうんです。それで……」

…………。
正直彼女の意見は最もだと思う。名前を呼んでくれる人がいる事はいい事だ。実際僕もそうだった。
だが…今の僕に名前を呼ばれる資格はどこにもない。
僕はツミビトナンダカラ……。
よって……、

「もっと僕らが親しい仲になったら君だけに言う事にするよ」
「え……?」
うあ、我ながらとんだ事を言ったものだ。
単なる逃げ以外の何者でもない。

視線を泳がせる僕をよそに、彼女は下を向いて考え出す。
そして彼女はいつもより真剣な顔をして僕の瞳をのぞく。

「わかりました。あなたから本名を聞きだすぐらいに仲良くなりましょうね」

返ってきた反応は僕の予想を大きく覆すものであった。
彼女はにこやかに手を差し出してくる。そんな彼女は僕にはまぶしかった。

「……よろしく」
「よろしくおねがいします」

僕が照れながら出す手を彼女は両手で握る。
そっぽをむく僕。微笑むエレイシアさん。
彼女の手は柔らかく、そして、あたたかった。

……本名、か。
僕の本名も、過去も、正体も。
みんな打ち明けられるほど親しくなれる人が、この先できるのだろうか?
いや、できてほしくない。

僕の事で悲しむのは、僕だけで十分だ。


   /

「ほら、そっちにいったぞ!」
「わっ! 高く飛ばしすぎだよセブン兄ちゃん!」

 町の広場でそんな声がこだまする。
ちなみに僕は今トマ達、町の男の子と共にサッカーをしていた。
勝負は2対0、僕のチームの方が負けていたりする。

あれから2週間がすぎた。僕はすっかり町に定着してしまった。
さすがにそこまでの旅費はなかったので、ずいぶん前から少し働く事にした。
正直、かなり充実した毎日を送っている。
町の人々は皆明るく、そして親切だった。
レアは既に町に帰ってしまい、ロバートはまだ執筆のために残っていた。

「負けるかこのぉっ!」

それで、いつしか町の男達暇人が参戦してきて、大小入り乱れての戦いになっていた。
皆大人のプライドはどこへやら、子供が相手でも本気のプレイを展開する。
そして他の人たちはと言うと…。

「おいあんた! そこはそう行くもんじゃないだろうが!」
「あなたそこで決めてください! そこぐらいぬけるでしょう!?」
とピンクには程遠い声援を送る奥様方、そして…。

「ほらそこ! 大人だからって取れない相手じゃあないでしょう?」
と町の少女達。
何気にむごい事をいい続ける。
ボールは現在敵チームについた神父、アレクが持っていた。ドリブルしながらこちらに迫ってくる。

「そこはおとなしく通させてもらうよ!」
「寝言なら教会の懺悔室でしてきてくださいな神父様!」
僕は彼からボールを奪うべく走り出した。

味方は他の選手のガードに回っており、神父が僕を通れば敵側のチャンスになる。
逆に僕がボールを取れば……。

「そのボールはもらった!」
「させるかぁっ!」
両者の足が交錯し、すさまじい衝撃が足に響く。
僕がほぼスライディングの形でボールを奪おうとし、神父がそれをかわし損ねた感じであった。
その結果は……。

「へへっ! ボールはいただきますね神父様!」
「くっ! 不覚でした…!」
ボールは僕の足元にあった。
ドリブルをしながら敵ゴールに向かって攻めていく僕。

 サッカーはテレビで見るぐらいだった僕だが、何とか1人、また1人とかわしていく。
が、ゴール手前で二人のディフェンスが立ちはだかる。

「兄ちゃんこっち…!」
左方向からトマが攻めてくる。
彼についているディフェンスは大人が1人。どうするか…!?

「受け取れ…!」
考える暇ナシにトマの方へとボールを蹴る。
ここであまりなれていない僕がシュートするより彼のほうが適切だろうとふんだからだ。

彼はソレをヘディングで受けると、ゴール際まで攻め入る。
ちょこまか動く彼に、大人のディフェンスは太刀打ちできずにもたつくだけだ。

「いっけー!」
彼はその声と共にボールをゴールの方へと蹴る。
決して早いものではなかったが、ゴールキーパーが反応した方とは逆に鮮やかに入れる。

「いっやぁぁーーっ!」

トマは歓喜の声を上げてフィールド中を走り回った。
僕は彼を追いかけ、思い切って担ぎ上げる。

「うわあっ!」
「よくやったじゃないか! 小さな英雄!」
「そう言われると照れるなぁ…」
彼は頬を赤くして頭をかく。
こちらのチームはまるで勝ったかのような騒ぎだったが、実際はまだ2対1で負けているんだがなぁ…。

それでもこの1点はこっちのチームにとって励みになる。
大人ではなくて子供が入れたのだから、未来をより明るく見せてくれるんだ。

「さあ、あと2点で逆転だ。がんばろう」
「うん!」
僕らは再び走り出した。


「……負けちゃったね」
「ああ……」
結局あの後さらに1点入れられ、3対1で負けてしまった。
試合も終わったので、皆お開きということでそれぞればらばらに帰っていく。
久々に運動してとても気持ちが良かった。

「お疲れ様。おしかったですね」
エレイシアさんが僕の方に駆け寄り、タオルを渡してくれる。
と言っても僕1人にだけでなく、他の皆にも配っているんだけどね。
汗をぬぐいながら僕は口を開く。

「今日は僕じゃあなくて、トマが正直よくやってくれたと思うよ。ホント大人顔負けだったし」
「たしかに彼もかっこよかったですねー。4点のうち、子供が入れたのは彼1人だけですよ」
率直かつ正直な感想をありがと……。

ちなみにその当のトマはセリーヌやマノンにその事を自慢している。
身振りだけを見ても、かなりの熱弁っぷりだ。

 時刻は夕方を回っていた。いくら休日とはいえ、いつまでも遊んで入られない。

「おっと、もう夕方ですね。店の手伝いにいかなくちゃ」
「そうだねー。僕も今日はニコラの手伝いをしなくちゃいけないんだった」
「二コラさんの? お酒を飲む付き合いですか?」
僕は思わず笑ってしまった。エレイシアさんもつられて笑い声をあげた。
笑いすぎて出てきた涙を指でふいた彼女は、こちらに顔をむける。

「そう言えば貴方がここに来てからもう2週間ですか? 長かったようで短かったですね。」
「え? ああ、そうだね」
言われてみればそんなに経つのか。

本当に長かったようで短かった。
この2週間は僕の今までの中でも特に充実したものであった。
できればずっとこのままでいたいけれど……。

「この2週間はよそ者である僕をエレイシアさん達が暖かく迎えてくれて……本当にありがとう。心から礼を言うよ」
「いえいえ、セブンさんが皆さんに人気があるおかげですよ。何もわたしたちだけのおかげではありません」
そう言って人差し指で僕をこづく。

「エレイシア姉ちゃん、セブン兄ちゃん。早く行こうよー!」
「分かりましたー。今行きますよー」

もう既に広場の端に行っているトマが大声で言うので、エレイシアさんもそれに答えるように大声で言う。

「さてさて、私たちも行きましょうか」
「ああ、そうだね」
僕達はトマたちの方にかけだした。


   /

 夜、僕はジュリーさんを手伝って自分の部屋に戻ったので、既に深夜を回っていた。
郊外だけあって夜はとても暗く、季節外れの虫や鳥が鳴く。昼に晴天だった名残で、空は星でいっぱいであった。
僕はそれを眺めながら本を読むことにする。

この2週間、雨などは降らず、晴天が続いていた。
いつものように時は過ぎていく…、少なくともそうあってほしかった。

「ん?」

この夜がいつもと違う事に気づいたのは、第六感としか言いようがなかった。
とにかく僕は本をしまい、明かりを消して、武器を隠し持ちつつ外に出る事にする。
ジュリーさんが途中声をかけてきたが、夜風に当たってくるとの僕の発言を信じたようだった。

 僕は自分の第六感が外れている事を信じつつ、まず教会へ向かう。あいつらがらみならば、神父が反応を示すはずだ。
逆に神父がいつものように過ごしているなら、ただの僕の杞憂と言う事になる。

 小走りで教会にたどり着き、ドアを開けようとする。が、ドアは重い金属音が響くだけで、開こうとはしなかった。
通常この時間であれば聖書を読むとか言って開けっ放しのままなのだが…。
念のために教会の周りを調べるが、人がいる気配は全くなかった。
僕は嫌な予感が募っていくのを確信しつつ、町中を探し回る。自分の感が正しくない事を願いつつ。

「はあ…はあ…。」

 あらかた探したのだが、神父の姿はどこにもなかった。
数十分間全力に近い速度で走り回ったせいで、息が苦しい。
深呼吸で息を整えつつ、残った場所、町の入り口の1つへと走る事にする。

 辺りは静まりかえり、僕の走る音だけが響く。
…夜でも生命の息吹を感じるはずなのにそれを感じない、それほどの静寂だ。
こんなに静寂なのはおかしい。

(これは何かが起きている事の証……!)
そう考えると自然と走るスピードが速くなる。

 もう心臓は今にも破裂しそうだ。
元々スタミナはない方だ。昔も、今も。
景色が目まぐるしく変わる。
きっと神父はどこか民家に行っているに違いない。
きっとそうだ。
そんな事を思いつつ走っていく。


 そうこうのうちに、たどり着いたのは墓地であった。
普通は教会の近くにあるはずのそれであったが、なぜか教会より少し遠い。
墓地に入ろうとして僕は違和感に気づく。

それはまるで部屋から部屋に入ったかのような錯覚。
つまり、境界を越えた感じを味わったのだ。
もしかしてこれは……、

「あいつら対策の結界……!?」

そう、なぜか墓地にあいつら対策の結界が敷きつめられていた。

 外敵駆除用というわけではなく、内部の敵を逃がさないようにする。そんな結界だ。
そしてそれは騒音を街へと伝えないようにし、意識を向けさせないようにするもの。
決意を固めて僕は中に入った。

 墓地は神父の理念からか、いつもはかなり綺麗に手入れされている。
墓荒らしはもってのほか、落ち葉すらないような雰囲気であった。
が、今の墓地は墓石が何かの衝撃を受けたかのように所々散乱し、地面はえぐれていた。

こんな事をあの神父が放置しておくはずがない。
つまり、これは今晩で起きた事だ。
そして、響く衝撃音。

 次の瞬間、目の前に現れたのはその神父であった。

「セ…セブンさん!」
神父は驚きの表情をうかべ、こちらをふりかえる。
彼のカソックは所々裂け、中には出血しているところもある。息は上がり、体は少々ふらついている。

「一体どうしてここに……?」
「……第六感?」
間抜けだが、事実を述べたつもりだ。

 この神父の状態を見る限り、夜の見回り程度の話ではない。明らかにこれは……戦闘の痕である。
にしても……。

「見る限り、ろくな装備をしてないみたいだけど…どうなの?」
「う…、第一線を退いたものでろくな装備は皆教会に戻しちゃいましたよ…!」

 そう、神父はあいつらと戦うにもかかわらず、せいぜいマシなのは量産型の概念武装した西洋剣ぐらいだ。
えっと、確か黒鍵とか言ったっけ。
いくらなんでもそれで戦うには…。

「終わってないその装備?」
「悪かったですね!」
神父が大声で反論する。
敵がグールレベルならまぁこんなもんを使ってもなおお釣りが出てくるようなシロモノである。
が、もしやつらだったら……。

「神父、敵は……」
「すぐにでも来ますよ」
神父の言った事は神父の発言が終わる前に正しい事が証明された。
轟音と共に巨大質量が地面の上に降り立つ。
明らかに人間離れしたその身体能力は間違いなく…。

「シト……!」
「来ますよ!」

 敵はまだ落下の土ぼこりが舞う中を無言で突進してくる。
僕らは左右に分かれてそれをかわすが、敵が向きを変えてきたのはこちらの方だった。

「くっ!」
すばやく僕は両手に武器を持ち、それをいなしつつ左の小太刀で攻撃を仕掛ける。
狙うは敵の首筋…!
タイミングはバッチリだったが、それは人間相手の話、ハナから牽制目的の攻撃にすぎない。

 案の定、攻撃は敵の高速移動によって空を切り、僕は体制を立て直す。
神父は簡易型の概念武器(カッターぐらいのものだから威力はそんなにない)で敵との間合いを調整する。

「神父! 敵に固有結界はあるのかい!?」
「今の所そんなたいそうなモノは使ってきていません! ごく普通のシトです!」
「そうか! なら簡単じゃないか!」

 もちろん固有結界なしに強力なシトはかなりいるが、それ以外のザコと比べればその数は微々たるものである。
と言っても普通の生活を送っていればシトじたいに遭遇する可能性は宝くじに当たるより低いと思うんだけど。

「何で倒せないんだよ!」
固有結界や魔術どころか特殊能力すら使う気配がない。
なら通常武装でも十分に倒せるはずだけれども。

「こいつは身体能力で攻めるタイプでして私の武装と身体能力では致命傷が与えられないんですよ!」
「……なら話は簡単じゃあないか」
僕はそう言い放つと、敵が振り下ろしてくるこぶしをかろうじてかわす。

確かに血をたくさん吸ったのか、敵の身体能力は常人よりはるかに上だ。
が、対応できないほどのものではない。

たいていのザコは己の身体能力を過信しすぎるせいか、技術が全くなってない。
そこの無駄な動きに人間のつけいるスキが生じる。
そのスキを人間が限界まで身体能力を高め、技術で抹殺する。
それが長く人外を抹殺してきた僕の家の業……。

 敵の大振りな蹴りをかわしつつ、それを使い、敵を一刀で切り伏せる。

「閃鞘・八穿!」
自らが飛び上がりつつ相手を切りつけるこの技、正直おちこぼれだった僕ができるようになったのは皮肉以外の何者でもない。
敵は血しぶきをあげて腕が垂れ下がっている。
もとよりこの技でしとめるつもりはない、もちろんうめき声をあげる敵も知った事ではない。

「閃鞘・八点衝。これで終わりだ!」
あとはこいつをバラバラにすれば終わりだ。


「セ……セブンさん……?」


その時、僕の手を止めたのはその一言であった。

いつもならば心休まり、皆に安らぎをあたえるもの。だがここにあってはいけないもの。

それは……。

「エ……エレイシアさん……」

後ろの方を振り返ると、夜なので上着を羽織った彼女がそこにいた。
今まで見たことのないような、驚愕に彼女の顔は染まっていた。
こ……これは……。

「ど、どうしてここに……?」
「どうしてって……セブンさんがあわてた様子で町中を走り回ってたから……」
エレイシアさんの上着を持つ手はかすかに震えていた。

こ、これは非常にマズイ……!

「セブンさん! 早くとどめを!」
言われずとも渾身の一撃を敵に向けて放つが、既に遅かった。
敵はエレイシアさんの方に向かっている……!

「しま……!」

次の瞬間、墓地に大量の血が飛び散った。


   /

「うああっ!」

 かろうじて間に合ったらしい。
僕の右腕の肉が飛び散り、おびただしい量の血が流れ出す。
僕がかばったエレイシアさんは無傷だったが、僕の血が彼女にかかる。

エレイシアさんはただ呆然とするだけだ。
だけど彼女が怪我をしている様子はない。
よかった。無事で。

「ぐ……ぅ……!」
あまりの痛さに意識が吹っ飛びかけるが、そうなれば終わりだと自分に言い聞かせ、それを保つ。

右腕がアツイ…。

敵は勝利を確信したようで、高笑いをあげている。

ナニガオカシインダ…?

神父が何やら言っている。

ソンナコトハドウデモイイ…。

エレイシアさんは震える事すらせずに呆然としている。

ダレノセイダ…?

決まっている。


コノタカワライヲアゲテイルバケモノガ…。


右手はもはや使い物になるまい。
左手は…動く。意識も痛みのおかげではっきりしている。出血が続いているが、少し動くぐらいでは問題はなし。
ならばやる事は唯一つ。


一瞬でも早く

こいつの手を

足を

首を

骨を

肉を

脳髄を

心臓を

肺を

眼を

舌を

鼻を

耳を

血管を


全て残らず再生不可能なまでにこの世界に残さずにバラバラニスルコトダ。



「その首、僕が貰い受ける」



全てがスローモーションに見える。
僕は飛び上がり、敵に迫る。
敵は反応をしめし、攻撃を仕掛けてくるようだったが、スピードはカメよりのろい。
あっさりと敵の脇をすれ違う。

そして、時間経過が元に戻った時は敵の背後に立っていた。
敵は振り返り、こちらを攻撃しようとするが、もう終わっている。
まるで時間を吹っ飛ばしたかのような人外殲滅の最終奥義。その名も…。


「閃鞘・迷獄沙門」


敵はまるで野菜と同じようにバラバラになり、破片が地面に転がり落ちる。
文字通り、バラバラに。
うめき声たてずにその命を終わらせたそいつの体は生命が枯渇したようで、灰になって消えていく。

それを眺めながらも、自身の右腕を確認する。
この程度であれば問題はない、すぐにでも復帰可能だろう。
だがやけにのどが渇く。
右腕から血を流しすぎたか…?

神父は自身のケガの治療をしており、エレイシアさんは恐怖に目がこぼれんばかりに見開かれている。

ソレニシテモノドガカワイタ……。

僕は自然と歩みだす。
シトの死体を踏んだようだがそんな事はどうでもいい。
向かう先にいるエレイシアさんは僕を見て後ろに下がるが、誤解をとかなきゃ……。

僕は何やらつぶやくエレイシアさんの両肩にのせる。
肩は思った以上に華奢で、ふるえが止まっていない。
モウテキハタオシタ……ナンデフルエテイルンダ……?

僕の目の前は真っ赤だ。

エレイシアさんが何を言っているか僕にはさっぱり分からない。

何も聞こえないし、何も感じない。

アア……ノドガカワク……。

僕は自然に、彼女の白く、華奢な首筋を自分の口に近づけていく。

そして……。

視界は暗転した。


   /

「は……っ!」

 僕は寝ていた体を起こし、状況を確認する。
今いる場所は墓地、まだ夜中で、どうやらまだあの後らしい。
周りにいるのは神父1人、とてもおちついた感じである。そして一方の僕はと言うと、概念武装のかかった縄で縛られている。
右腕の他にも右肺あたりに痛みを感じる。これは…。

「気がついたか、死徒よ。」
僕が起きるのを見て神父はそう言い放った。
……一体これは……?

僕は頭をつかむ。
敵を奥義で葬った所までは覚えているんだけど……。

「……!」
頭が覚醒するにつれ、その後のことを思い出してくる。
あの後、『渇き』に襲われた僕はエレイシアさんの肩を掴んで……!

「そうだ! エレイシアさんは……!」
「あせらなくても君の後ろにいるよ」
神父のそっけなさはこの際どうでもよく、僕は後ろをふりかえる。
エレイシアさんはいつもと違い、真剣なまなざしで僕の方を見ていた。
顔や服には血がべっとりとついている。

「そ……そんな……」
僕は……僕はもしかして……。

「心配するフリをせずとも行為の前に私が君の胴に剣をついた後は気絶したよ」
再び神父はそっけなく言い放つが、今回は僕にとっては重要だった。

「そ……そうだったのか……」
僕はエレイシアさんを襲った罪悪感よりも、彼女が無事である事にまずほっとする。
そしてそれを心から喜んだ。

だが……その原因を作り上げたのは、僕だ。

「その……エレイシアさん……」
なんと謝ればいいだろうか。
僕は彼女を守るどころか、命をこの手で奪おうとしたのだ。

何の言い訳も通用しない。

もう頭の中は謝罪と後悔の気持ちでいっぱいだ。それ以外が全く思いつかない。
だけどそれを口に出せない。
出す事は、僕には許可されていない。

「1つ……、聞かせてもらえますか?」
が、僕が謝罪に迷っていると先に彼女の方がきりだす。
その声はいつものようではなく、力強かった。


「あなたが殺した相手は一体誰だったのですか?」


……っ!
実に的確な質問だ。

これには神父の方も答えに迷っているらしい。
だが、精神感応などできない僕に、事実隠蔽は不可能だ。ウソは言いたくない、真実を言うしかない。
気持ちは重いが、口を無理やりに開く。

「世間一般では今や伝説とか映画でしか見ない、吸血鬼…と呼ばれる存在だよ。」
僕はそう話し出す。神父も止めようとしないので続ける事に。

「一口に吸血鬼と言っても、あらゆる種類が存在するけど、大別すると真祖と死徒に 分けられるんだ。今のヤツは死徒にあたる。そして…。」

ここで僕は口を閉ざした。
この先を言うべきか言わざるか…。
だが彼女には知る権利がある。意を決して言う事にする。

「僕も…死徒と呼ばれる存在だ。」
この言葉にエレイシアさんは動揺を隠せない。
当然だろう、いきなり「私は化け物です」と知人に言われたのだから。
一方の神父はポーカーフェイスを崩さない。

「え…? でもあんなに日に当たってたじゃあないですか!」
「……それは当然の質問だね。死徒は不完全な不老不死だからたしかに日をとても嫌う。
 僕が死徒になった時は日光に耐えられない自分が嫌だった。だから……」

僕は一息おいて続ける。

「死徒の持つ特殊能力で、固有結界っていうのがあるんだけど、それで僕は昼間も夜と同じように行動できるようにしたんだ。
 訓練が必要だったけどね」
「……」

エレイシアさんは言葉も出ない。当然だろうな……。
いきなり自分の信じた世界が別のものだったと知ったようなものだし……。

だが、一つだけ確かなのは、彼女の悲痛な顔を見ていると、もはやシオドキという事だ。
こうなった以上、この町を出る以外、ない。

「あなたには迷惑ばかりかけていたね。でも僕はもう、この町にはいられそうにないよ」
「え……っ!?」

僕の発言に戸惑いを隠せないエレイシアさん。

「分かってくれ。僕が死徒である以上、いつまた君を襲うか分からないんだ。あんな事はもう……たくさんだ……!」
「セブンさん……」

僕は立ち上がり、その場を去ろうとする。
朝日が出る前にこの町を出てしまおう。それが一番いい。今までもそうしてきた。

今までもこうして親しくなった人たちと別れてきた。
そうしないと、僕がその人たちをどうかしてしまうかもしれなかったから。

だけど、この街はそんな僕にすらまぶしかった。
自分の事すら忘れてしまうほどに。

馬鹿な。一日たりとも忘れちゃいけなかったんだ。
僕とエレイシアさんでは、住む世界が全然違うのだから。
所詮昼の世界にあこがれても、僕は夜の世界の住人なんだから……。
そう……それが……。

「それで……ですか?」
「え?」
が、彼女のつぶやきで僕は歩みを止める事になる。
振り向いた時の彼女の顔はうつむき加減で、表情が読み取れない。
だが、その言葉には彼女の思いが込められていた。

「それで本名を名乗らないのですか。贖罪の意味を込めて。」
「……エレイシアさんは何でもお見通しだね」

しばしの静寂。
それがしばしだったのか、数時間だったのかは僕には分からない。

「僕が死徒になった事もあるけど、僕は、家を出ていったんだ」
「え……?」

「さっき見せた技、あれは僕の家に伝わる対魔用のもので、一族はそれで生きてきたんだ。僕はそれがいやで飛び出した」
「で、でももう何年もたっているのでしょう? だったら……」
だったら、一度帰ってみなければ。
僕もそう思った。
思ったけれど、その時はもう遅かった。

「もう全員死んだよ」

「…っ!」
「他の生き残りがいるかもしれないけど、僕が生きていてほしかった人は……間違いなく死んだんだ。僕にはもう本名を名乗る資格はない」


戻った時はもう遅かった。
全てが終わっていた。

僕ごときがいてもいなくても過去は変わらなかっただろう。
でも、その前に、何で帰らなかったんだろうか、とふと思う。
そうすれば、あの家出から止まっていた、家族というものの時が動き出したと言うのに。

僕は多分今の言葉を悲痛な面持ちで言っているだろう。
聞いているエレイシアさんの方の表情すら、イタイ。

「そんな悲しい表情をしないでくれ。何も君のせいじゃあない」
「そ……そうですが……!」
彼女は視線をそらす。
僕は何も言わずにその場を立ち去る事にした。

ああ、この2週間は本当によかった。
初めて僕にも普通の生活ができたようで……。
でも……それも終わりだ。

二度とこの街に戻ってくる事はない。
こんな怖い目にあわせてしまった僕に、戻る資格なんてない。

「罪を犯さない人間なんていませんよ」
「え……?」
突然の発言に僕は戸惑った。
彼女はそんな僕に対して続ける。

「人間は誰しも罪を犯しながら生きていくんです。それをどう受け止めるかも重要だと思いますが、
 それをどう未来に生かすかの方がもっと重要ではないですか? 今のあなたは逃げているだけです」
「……っ!」
返す言葉もない。
僕も感じていた、でも認めたくはなかった事。それを彼女は半年に満たない時間で看破してしまった。
でも…。

「あなたを止める事はわたしにはできそうもありません。でも……これだけは覚えておいてください」
エレイシアさんは意を決したように次の言葉を述べた。

「わたしはあなたの味方ですから……!」
それは力強く、また、僕の心に大きく響くものだった。
頬を自然と涙が流れる事を感じる。

「頭が悪くてこんな事しか言えませんけど……でも……。」

「……カイ・ナナヤ。」

僕はエレイシアさんの言葉をさえぎってつぶやいた。
これが、今の僕のできる精一杯の事だった。

「七夜魁。それが僕の本名だ。もう随分とこの名は使っていないけど、君にだけは知ってほしい」
「魁・七夜…ですか。魁さん」
彼女は視線を真っすぐこちらに向ける。
その眼は、僕の姉より力強く、そして僕に何かをもたせるものだった。

「また、会えますか?」
「多分もう会わないと思う。でも……」
「でも……?」

多分本当に会うことはない。僕は多分彼女よりも強くなる事はないと思う。
でも1人で生きていけるほど僕は強くはないんだ。
だから弱音に違いないけど、話さずにはいられなかった。

「君がピンチになったらすぐにかけつけるよ。僕が何かできるとは思えないけど……」
「……ならすぐにでもピンチになってしまいましょうか?」
「え……?」
「冗談です冗談!」
彼女は手をばたばた振りながらそう答える。
……。

いつまでもこうしてとどまっているわけにはいかない。
時間が経てばたつほど名残惜しさは増えていくのだから。

「さようなら。他の皆さんにもよろしくお願いします」
「また会いましょう、魁さん」

エレイシアさんはいつものように手をふって僕を迎える。
僕に安らぎを与えてくれた町、子供たち、そして…エレイシアさん。
この人たちの事を思いつつ、僕は、この町を後にした。

 無駄なあがきかもしれないけど、再び彼女に出会うために、僕は強くならなければならないのだろう…。




to be continued…


   /the next foryou

 北欧に別れをつげたセブンは古都に来ていた。
そこで出会う漆黒の姫君。
彼女はセブンに何をもたらし、何を変えるのか。そしてセブンが姫君にもたらすものとは…。
次回の『全ては君のために』第五話、可憐なる姫君


第五話(セブンルート)に続く

第七話の二(エレイシアルート)に続く

戻る



 今回はあまり加筆は加えませんでした。若干テンポを整えてバランスを調整しただけですね。
さて、いろいろとノベルスのページ形態を試した結果、結局この形で落ち着きました。
こっちは1024*748でやってる身なのでその他がどうなっているかも考えるのには一苦労です。

裏メルブラ同様に次回予告を入れてみました。
もうちょっと情緒的に出来ればよかったのですが、今の自分にはこれが限界です…。
それではまた過去話になりますが、古都でお会い致しましょう。
  2006年5月7日  第一回改訂
  2007年1月11日 第二回改訂


2style.net