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酒場を出た僕は余韻に浸りながら夜の街を歩いた。
一応宿の一つや二つはあるようで、僕はとにかくチェックインをすませ、部屋に入る。
僕が考えていたよりは綺麗な部屋であり、暖房もきいていたので内心嬉しかった。
「ふう…。」
僕は荷物を降ろし、窓から外を眺める。
電灯は祖国とは全く違い、一切なし。ほとんどの家が既に明かりを消している。
…そりゃあいつまでも電気をつけっぱなしにしておくなどと言う事は都会がする事であって、
ここのような、言ってしまえば田舎がそんなムダをするはずもない。
であるので部屋からもれる光によってわずかに外が見えるぐらいである。
あいかわらず吹雪が舞い、一寸先は闇といったかんじであった。
だが、たしかにそれは見えた。
人がどこかしらに行こうとするところを。
…まぁ正直な話、僕にはあんまり関係がなさそうなんで、早めだが布団の中に入ってしまう。
だが、なぜか僕は何かは分からないが、気配を感じていた。
気のせいだとも思わず、布団の中で緊張を高める僕。手には武器である小太刀が握られている。
古時計の音がカチコチ音をたて、吹雪が窓をゆらす。
やはり気のせいではなく、気配は外の方から近づいてきた。
ドクン
胸の鼓動が大きく響く。
この感じは、間違いなく、アレだ。
僕の実家で散々言われ、そして、戦ってきた、ジンガイノテキ。
ヒトトハチガウソンザイ。ヒトトカカワッチャイケナイ。
人はそれを恐れ、遠ざけようとする。
自分たちを、守るために。
気配は窓の外で止まる。
そちらのほうに顔を向けていないので顔を見ることができないのが少々心残りであるが、この際そんなのはどうだっていい。
ソレは起用に外側から窓を開け、中へと入ってくる。
防寒用にたいていは二重窓であるが、そんなのはどこへやら、開け放たれた窓から寒気が流れ込んでくる。
「さあ、行きましょう。身も心も私にゆだねて……」
そう言ってソレは僕の方に手を伸ばしてくる。
僕の後ろにいるのは人とは違った存在、ジンガイノテキ。
タオセ。
僕はそれが嫌で逃げたんではなかったのか?
コロセ。
僕はそんな生活に見切りをつけたんじゃなかったのか?
ジンガイヲ、セツダンシロ。
僕は……。
「家を出てもしっかりとやるのよ」
不意に思い出すのは家出のとき、姉さんが言ってくれた言葉。
……そうだ。
何をためらう必要がある。
僕は、あそこ以外の生活をやりたくて、あの家を飛び出したんだ。
それを、こんなところで終わらせたくはない。
タイミングは……今だ。
「閃鞘・一風」
ソレが僕にふれるわずかに前、実家で訓練させられた技を使い、一瞬で相手の背後に回り込む。
相手は一瞬で回りこまれた事に驚いたようだが、もはやここからでは勝負は明らかであった。
敵が反応する間もなく、僕の小太刀は見事に相手の頚椎を一突きできる位置で止まる。
「動かない方がいいよ。少しでも動けば人外だろうと殺せる距離だ」
あっさりと僕はそう言い放つが、実際の所はそんな事をするつもりは全くない。
実力にうぬぼれていたからではない。僕の実力は兄弟、姉妹の中でも最悪だった……と思う。
でも、だからこそ無駄な殺しはたとえ人外でもやりたくはなかった。
そんな僕の思いとは別に、ソレは口を開いた。
「ずいぶんとおやさしいのね。貴方は」
その言葉は天使の啓示のように心にしみていく。
だけどこれは悪魔のささやきだ。僕はそれを難なく振り払う。
「不法侵入で警察につきだしてもいいんだけど?」
僕は侵入者、20代前半の女性を見てそうつぶやく。
服は白、髪や瞳は白銀、すなわち、彼女はほぼ間違いなく白銀の美女とやらだ。
「おどろいた。白銀の美女は実在していたわけか」
「あら、美女と言っていただけると光栄ね」
「軽口たたくのはいいけどさ、この状況をどう説明してくれるのかな?」
そう、人外であろうとなかろうと2重窓を開けて入ってくるからにはやる事は僕の殺害か、誘拐か、強盗ぐらいしかないからね。
その彼女はどこにそんな余裕があるのか、表情を全く変えてこない。
「そう……でもおあいにくさま。私はこんな所で死ぬ気は一切ないわね。でも……」
彼女はそう言って小太刀から体をそらすと、人外のスピードで僕に襲いかかってくる。
その一撃はまさしく僕の命を終了させるほどの物だっただろう。
だが、おちこぼれの僕だからこそ必死になって覚えようとした奥義もある。
僕がよく覚えられたのは、暗殺者としては後手に回るため、本来ならばあってはならない状況での返し技ばかりだった。
これはそのうちの一つだ。
僕は彼女の攻撃を一瞬も見逃すことなく観察、軌道を読み取る。
そしてそれを片方の手でそらし、小太刀を構える。
一瞬で敵を解体する技術。先発でも後発でも敵に到達するのはこちらが先だ。
その名も……。
「閃鞘・八点衝」
向かってくる攻撃を全てそらしつつ敵を解体する技術。さしもの人外だろうとこれを受ける事は不可能だ。
でも、その技の性質上、一つだけ欠点がある。
それは、正面きっての戦いを想定したがために起こった事、
つまり、足場が悪いと間合いが詰められない事にある。
案の定、彼女の体はそのまま外へと出て行く。
手ごたえはあったが、まだ技が未完成だった面があったのだろう、彼女に損傷はないようだった。
今から間合いを詰めても間違いなく逃げられてしまうだろう。
「さようなら、凛々しい方。運あらばまたいつか会いましょう…」
そう言った彼女は最後、笑っていたようであった。
そして彼女の姿は吹雪の中へと消え、残るは僕のみだ。
「……」
僕は、彼女はこうなる事が分かっていたのではないか、だからこそ…、などと勝手に思いつつ、窓を閉めた。
まだ吹雪がふき、何事もなかったかのように夜は続いていく。
全ては君のために
第三話・北欧の歌姫と白銀の美女と
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「ん…」
その日、僕はものすごく珍しく、朝の6時に起きた。
カーテンを開けると窓は白くなっていたので、軽くふいてから外を眺める。
朝ぐらいは気持ちいい天気である……ような気がしたのだが所詮気のせいだったか。
「昨日の夜とほぼ同じ風景?」
そう、昨夜と同じように猛吹雪が景色を覆っていて、10メートルに満たないはずの向かい側の建物すら見えないし。
朝食の時間はまだ2時間もある。
2時間か…。
「ならやる事は決まっているでしょ」
僕は手っ取り早く着替え、寝癖直しなどの身支度を終わらせ、ロビーへと降りる。
ロビーにいたのはただ立っている受付嬢と、新聞を読んでいるパイプを加えたオッサンだけだった。
現地語なんて僕は読めないので(聞く、話すはできるんだけどねー)、英語版のを読むことに。
……と言っても、
「これ今日のだよね? ならこの吹雪の中くばったって事?」
それはご苦労様で。
てゆうか都市部でもないのに英字新聞が置いてあるのはちと驚きだが。
大した事故や出来事なども無いので新聞を放り投げて自分の持ち物である本を読み出そうとする。
と…、
「あら、貴方はたしか昨日の夜始めて来て下さった方では?」
そんな世界中の男を魅了するような声が僕の後方から聞こえてくる。
少し離れた所にいたオッサンなんてパイプを口から落としているし。
振り返るとそこにいたのは…、
「う……歌姫?」
「おはよう、クールガイ。覚えていてくれてうれしわ。」
そう、昨日酒場にいた者たちを悩殺した歌姫がそこにはいたのだ。
真正面に座ると、僕がセルフサービスで入れたコーヒーに口をつける。
……それ、僕のなんだけどな。
「カテリーナ、それが私の名前よ」
「へえ、そうなんですか」
いきなり名乗り出してきたので面食らう僕。
逆に名前を聞いてきたので僕はいつもの通り、セブンと答えた。
そして、思ったことを口にする。
「でも何でこの宿に?」
「この町に来る時はいつもこの宿を使ってるのよ。それとも最高級のホテルにいて欲しかった?」
「イメージとしてはそちらの方が圧倒的に似合ってますけど」
そう、そう思った事実に偽りなど存在しない。
ここは一流とまではお世辞にも言えそうにないし。だからこそ宿泊費が手ごろで、旅人の僕が泊まっているんだけど。
「それで、貴方はやっぱり私が目的?」
「いえ、偶然です。世界を旅して回っているのでそう言った情報にはとんと疎くて……」
「へえ……」
カテリーナさんは僕のコーヒーにミルクと砂糖を数杯入れる。
つまり、自分の味付けにしているし。
「……気に入ったわ」
「へ?」
急に彼女は笑みを浮かべてこちらに身を乗り出してくる。
そして彼女と僕の顔の距離は数センチにまで近づく。
この距離だと彼女の息吹が十分に感じられ、彼女の甘い匂いがしてき、彼女の宝石のような眼だけが僕の眼に入って来る。
……まずい、このままだと理性が吹っ飛んでいきそうだ。
そんな僕の考えを尻目に彼女は僕の瞳をずっと見つめ続ける。
そして、ふっ、と笑った。
「それにいい眼してるわね。分かったわ。貴方、私の手伝いしてくれない?」
「はあ?」
彼女のいきなりの提案にあっさりと現実に引き戻されてくる。
自分としてもかなり間の抜けた声を発しているなーと自覚しながら。
「貴女のマネージャーをやれと?」
「いえいえ、歌の方ではなくて……」
手をパタパタと横に振る。
「他の人たちと違って貴方からは強い意志を感じるのよ。だから」
「僕から強い意志がー?」
自分で言うのもなんだけど、はっきり言えば僕には強い意志なんてものは存在しないし。
してれば今頃冒険なんてしてないと思う。
だが、カテリーナさんの目つきや物腰から今の言葉が真実だと分かる。
「……それって真剣に言ってるんですか?」
「ええ、もちろん」
念のために聞いてみたけど、やっぱりそうだったか…。
僕は頭を抱える。
「それで? どうするの?」
「その手伝いの内容にもよります」
「あは、確かにそのとおりね」
彼女はくっくと笑った。そのしぐさにも思わずどきっとしてしまう。
「この町で行う事だからそんなに警戒しなくても平気よ」
「この町で?」
この町で行う仕事、一体何なんだろうか?
歌はもう終わったからそれ関係じゃあない。だけどここで他の事を赤の他人である僕に?
ますます分からない…。
それでも彼女が僕に声をかけてきたのには意味があるんだろう。
意味があるなら、僕はそれに答えたい。
それほど急ぐ旅でもないのだから。
「分かりました。引き受けましょう。僕ごときで力になるのならいくらでも」
「助かるわ」
僕がうなづくのを見てカテリーナさんは手を差し伸べてきた。
「それじゃあ短い間だけど、よろしくね」
「よろしくお願いします」
僕たちは固く手を握った。
……まあ彼女の誠実さが嘘で、完全なる策士だと分かった頃には既に手遅れになっていたわけで…。
/
「本当に誰か来るんですか!?」
「来る筈よ! それだけは間違いないわ!」
吹雪は結局この1日で全く止まず、振り続けたままだった。
おかげで町からの脱出も出来ないわけで(するつもりもないけど)。
気温はとっくの昔に氷点下を下回っており、ありたいていに言えば、かなり寒かった。
夜まで食事を楽しんだり、カテリーナさんと互いの旅を話し合ったりした。
カテリーナさんはCDを出す事に全くこだわらず、各地を旅しており、歌う曲も依存のものから自ら作詞作曲したものまであると言う。
月1でここに着続けて今回でちょうど1年になるそうだ。
彼女に仕事の詳細を聞いても、今回の仕事は彼女と僕だけでやるとしか答えてくれなかった。
理由を聞いてもさっぱりだった。しかも今この時ですら対したことは知らされていないし。
彼女たちとの会話は十分楽しいものだった。
後はコーヒーを飲んだり本を読んだりして、夜まで待ったわけだ。
そして、僕とカテリーナさんは夜になるとなぜだか外に出てしまったわけで。
つまり、吹雪が外界を襲う中、その真っ只中で僕たちは立っていた。
「さ……寒い……!」
「寒いのは誰だって一緒よ!」
もう肩はふるえて歯がガチガチ鳴って、どこも気品がないし。
しかし、僕より軽装のカテリーナさんは全く動揺をしていない。その点は非常に驚いた。
彼女の話によれば、これから出てくる人物に用があるとの事。
しかも外で待ち伏せる事になっているのだ。
はっきり言って何でかなんて分かりません。
肩をふるわせる事数分、彼女が突然ピクリと反応した。
そして真顔でこちらに合図をする。
「ついて来て。とうとう見つかったわ」
「え? 目的の人物がですか?」
「そう。私の目的のヒトがね……」
そういうと彼女は舌なめずりをする。
並の男や女がすると気持ち悪い印象を抱かせるが、彼女がやると妙に蟲惑的に見えてくる。
彼女は雪の道を走り出す。
僕も彼女について走り出す。けれど…。
「早いっ!?」
はっきり言って僕が一族の中で落ちこぼれだからとは言え、歩行術に関しては並レベルまで行ったつもりだ。
天井や壁すら床のようにし、相手にその存在すら気づかせぬままにその命を消す。
だから吹雪や雪が何十センチ積もろうとも苦にならないようにはなっている。
だけど、目の前にいる女性はそんな訓練なんてもちろんしていないはずだ。
にもかかわらずこちらをちらちら確認しながら走っていく。
一体彼女は何者…?
「へえ……」
とは聞こえなかったけど、逆に彼女の口の動きからその類の感心といった言葉を発していることは分かる。
もしかして僕が彼女のペースについてきているのに感心したのか?
と、彼女は僕らが泊まっていたのとは別のホテルの前で停止した。
誰もいないと思ったけれど、そこにはいた。
風景に同化してしまっているようだったけれど、目の前にいたのは、間違いない。
「白銀の……美女……!」
そう、そこにいたのは昨日僕の部屋に来た、彼女に間違いなかった。
だけどカテリーナさんが彼女を見て止まったという事は、つまり彼女に用があるという事……!
「行け!」
そんな僕が考えを整理している暇もなく、カテリーナさんは白銀の美女に対して手を振る。
すると、先日カテリーナさんの歌の時に伴奏をしていた男性たちが美女に襲いかかる。
言うなら、それは普通の人間の速度を凌駕したスピード。
肉食の獣が獲物に襲いかかる、そんな感じだ。
その速度のままに四方から美女に向かっていくんだ。
だが、美女が手をゆーっくりと振ると、男性たちはバタバタと倒れていく。
まるで糸の切れたマリオネットのように。
「……つまり、あなたも表の世界の者ではない訳か……」
思わず額に手を当ててそうつぶやいてしまう。
カテリーナさんの仲間、というより従えていた者たちは明らかに普通の人間でない存在だ。そして美女も人外。
そして確実に彼女は美女の正体を知っている。
つまり、カテリーナさんも表の人間ではないわけで。
「……あなたも他の人たちと同じなの?」
「さあ、それはどうかしら」
美女の問いかけに全く動じないカテリーナさん。
そればかりかこっちに笑顔も見せてくる。
「さ、貴方の出番よ。セブン」
「ええっ!? まさか僕に手伝えって言ったのは彼女を殺せって事!?」
それならもちろんごめんだ。
いくら僕に何かをしようとしたからって言っても、殺すことはできない。
「それは違うのセブン、彼女を倒さなければ、他の誰かが犠牲になる事は確実ね。」
「っ!」
それもまた事実。
ぐうの音も出ない僕は視線をそらす。
この町で行方不明になった人たちはおそらく彼女に殺されたのだろう。昨日僕にやったのと同じ手口で。
「……殺さない方法があるんじゃあないかな……?」
そう、僕は家の人たちとは違う。
たとえ人外の存在であっても、むやみやたらと殺しはしたくない。
僕は、殺人鬼じゃないんだから。
だけど彼女は、分かってるわよ、と言いながら続ける。
「誰も殺せなんて言ってない。ただ貴方には彼女の足止めをしてもらいたいだけ」
「足止め?」
それは意外だった。てっきり町のために美女を殺すんじゃないかと思っていた。
「その間に私が決め手を打つから」
「分かった。その言葉を信じるよ」
なぜか僕はこの時彼女を信じていた。
だから僕はそう言うと小太刀とナイフを両手に構える。
そして、次の瞬間には美女に向かって飛びかかっていた。
美女は表情を厳しくして僕の方を見ていたが、何やら手を振ってくる。
眼に意識を集中させ、彼女が何をしてきたのかを分析する。
一見犬も殺せないような手の振りは、実は湯気が上のほうへのぼるように、ゆらゆらしながら対象に襲いかかっている
不可視の攻撃のモーションだったわけだ。
だから僕は街灯の出っ張りを使って大きく飛び上がる。
いくら何でも雪が敷き詰められた地面で飛び上がることなんて不可能だし。
「てぇいっ!」
そして真正面から斬ってかかる。
美女の反応は思ったよりも速く、かすり傷1つも負わせられない。
本来なら敵の後ろに回りこんで攻撃をしかけるのだけど、今回は美女をひきつけるための攻撃だから、真正面から
うってかかる。
この吹雪の中、美女は全くそれを気にさせない動きでこちらの攻撃をかわしていた。
一方の僕は思いっきり吹雪や積もった雪の影響を受けて、動きがなめらかではない。
そもそもこう言うのは僕向きではない。
「氷の力よ」
美女のその一言だったか、再びゆれながら向かってくる何らかの攻撃が視える。
体をねじるようにしてそれをかわし、敵の懐に飛び込んだ。
後は間接をきめて、動けなくすれば……。
「雪の結晶よ」
と、いきなり僕の足が動かなくなる。まるで何かが絡み付いてくるように。
見ると、雪が文字通り、僕の足に絡み付いていた。
「これは……!」
ほんの何十センチの雪だ。そんなもの蹴り上げれば一瞬で吹き飛ぶぐらいの厚さでしかない。
そんな厚さしかないはずなのに、全く動けない。しっかりと固定されている。
なら、と小太刀を一閃してそれを粉々にする。
その間に美女は僕との距離を十分に離していた。そしてまたしても何やらつぶやいている。
「雪の巨人よ!」
と、地面が多少ゆれたかと思うと、僕と美女の間に何かが立ちふさがってきた。
…何かアメリカの方でよく見る冬のマスコットみたいなのだ。ただし、3メートルぐらいのでかいの。
そいつは言葉にもならない声を発して腕を振り下ろしてくる。
僕はすばやく飛び上がり、その場を退避するけど、腕が当たった地面の雪が吹っ飛ぶ。
このマスコット、どうやら大量の雪で作られているようだ。と言ってもかなりの密度があるようで、言わば氷の巨人だ。
うーん、と言っても、これを壊したところでさっきの詠唱一発で復元させられるんだろうなーと思いつつ。
またマスコットの攻撃をかわす。
はっきり言えば、攻撃はとてつもなくのろい。だけど攻撃力は抜群だ。当たったら通常の人間はひとたまりも無い。
と言っても防御力は普通の人間な僕は間違いなく病院送りだろうな。
かわし続けるのも面倒、倒しても復元させられる……。つまり、
「壊す、か。しょうがない」
3メートルぐらいの距離、20メートルぐらい離れていてもコイツなら一気に距離を縮められるんだけど、まあいい。
「閃鞘・八点衝!」
美女にはどう写っただろうか?
一瞬の閃光? それとも超スローモーションのナイフの連撃?
まあ、どっちでもいいか。結局どう見えようともマスコットがバラバラになる事実に変わりないし。
マスコットは普通の雪の固まりと化し、崩れる。
それに少し表情を変えて、やろうとしていた詠唱を中断し、再びマスコットを召喚したときの詠唱を始める。
それはものの数秒で終わるだろうけど、そんな数秒さえあれば彼女との距離は一瞬で埋まる。
「閃鞘・七夜!」
本来なら高速で敵とすれ違いざまに一閃する技なのだが、今回はナイフの柄を使い、敵の水月(腹部にある急所の1つ)に
突きを入れる。
声にもならない悲鳴をあげる美女。体を抱え込む。
その時、
「よくやったねセブン。後は私にまかせて」
そう言って美女の方に両手を突き出すカテリーナさん。
彼女の真紅の眼が輝き、手から何か異質のものが出ている印象を持つ。
そして…。
リアリティ・マーブル
「いでよ、我が固有結界たるオペラ座よ。」
その言葉の直後、文字通り世界は一変した。
地面は雪の積もる石畳から木製の床に。
空気は凍てつく寒さから、大勢の人と暖房により暖かいものに。
レンガのような建物の壁は、豪華な生地が覆う壁に。
そして真正面にあるのは美女と遠くまで続く街道に数個の街灯、それから千単位はあるだろう座席になる。
つまり、僕ら3人は雪国から一瞬でオペラ座に来ていたのだ。
「これは一体……!?」
はっきり言って、こんな現象は今まで見た事がない。
幻覚の一種、にしては現実感がありすぎる。第一不自然な所が見つけられない。
これも魔術の一種なのか?
「嗚呼、これを創れるようになるのに一体どれだけの手間と時間を要したのかしら……」
「いや、感動に浸ってないでとっととカタつけてくれよ。」
あっさりと困惑をぶち壊し、思いっきり自己陶酔に浸る彼女を尻目にあくまでそう言う僕。
だって美女の方はもう体勢整えてるし。
「分かってる。そうせかさないで」
ぼやきながらカテリーナさんはとてつもない早口で何かをつぶやきだす。
いや、これは……。
「歌……?」
そう、彼女は歌を謡っていた。澄んだ、だがはっきりとした声で。
イタリア語っぽいけど何を言っているのかはさっぱりだった。
一方の美女の方も何かをつぶやきだした。
僕が出ようとすると、カテリーナさんは僕を制止するのでまあ止まっておく事に。
そして……、
「氷の時代よ!」
美女の方が先に動いた。
その言葉に応じて、彼女の周辺全ての空気が途端に冷えてくる。
いや、空気だけでなく、カテリーナさんや僕自身も。
まるで全ての熱を奪い去るような、言うなら氷河の時代が来たかのようだ。
このままじゃあこっちはただやられるだけだ。
そう思い、動こうとするが、カテリーナさんの顔を見て思いとどまった。
彼女の顔は、まだ全然あきらめていない。
そして、
「“神曲”」
その言葉、そしてその後の歌は、それはもはや神の啓示だったのかもしれない。
ただ心に伝えてくるそれは昨日の酒場で彼女がした歌なんかとは比較にならない。
言葉ではとても表現できないそれは、その世界を満たしていく。
「あ…。」
僕はひざをつき、ただただその歌を聴くだけだった。
他には何も考えられず、ただそれが今の僕の全てだ。
涙が滝のように流れる。感動と言うレベルなんかではない。これは運命をあっさりと変えるものだ。
「ああ……」
美女にとってもそれは同じのようで、彼女は何もできなくなっっていた。
静かに、カテリーナさんは美女の方へと足を運んでいく。
「さあ、恐れる事は何も無い。貴女の全てを満たしてあげましょう」
「あ……ああ……」
僕と美女は瞬き1つすらできず、彼女の方を見ていた。
カテリーナさんは美女の前に立つと、そっと彼女の方へと顔を近づける。
そして、彼女は美女の首筋に自らの牙をつきたてて…。
ってそれではカテリーナさんは……!
「ぐ……!」
何とかして動こうとするが、体は全く動かない。何か縛られているとかではなく、力が全く入らないのだ。
これでは……!
オペラ座の中を沈黙がつつんだ時には、全てが終わっていた。
舞台の上にあるのは美女が作り出した氷の世界の名残である水溜り、片足をつく僕。
そして中央にいるのは牙をつきたてられ、首筋からは血が流れる美女と、その力なき彼女の体を抱いて上の方に顔を
むけているカテリーナさんだった。
「何……て事だ……」
僕は頭を手でついて思わずそうつぶやいた。
今までは全く気づかなかったが、今は手の取るように分かる。
彼女までが、人間ではない事が。
「どうもありがとう、セブン」
美女の体をそっと床に置いたカテリーナはそう微笑んでくる。
まるで聖母が微笑むかのように。
「あなたのおかげでこうして目的も達成できたの。感謝を」
「いや、感謝はいいから……」
僕は美女と見比べて言い放つ。
できるだけ温和にいこうと思っていたが、口調が鋭いものに自然となる。
「まずどういうことか説明して欲しいね」
「何を?」
あくまでシラをきるつもりか。
ならこっちから言ってやる。
「その美女とあんたの正体だよ。僕はてっきり西洋の魔術師かと思ってたんだけど?」
「あら、魔術師の事を知っているの。意外よ」
「とぼけるなよ。僕が表以外の世界を知っていると踏んだからこそ僕を利用したんだろ?」
「利用しただなんて人聞きの悪い事言わないで」
…一体今まであの歌でどれだけの人間が騙されたんだろうかと本当に思う自分。
「ではまず彼女の正体だけど、彼女が人間ではない事は分かる?」
「それぐらいはね」
「彼女は私の知人の使い魔なのよ」
使い魔、ああ、確か家で習った事がある。
西洋の魔術師たちが使うお手伝いみたいなやつだったっけ。
「この一年以内でどうやら死んでしまったようで、それで私が駆けつけて来たの。
知人は有能な魔術師だったから、彼の作品を無下にしたくはなかったから。」
「……」
カテリーナはこれまでにない悲しげな表情を見せる。
それはその知人の死を悲しんでいるのだろうか。だとしたら彼女への認識を改めなければ。
「彼と私とは長い間競ってきた……。長い時をね。探求は私たちが人間でなくなっても続いたの。誰にも邪魔はさせずに」
「それじゃあ……」
「ええ、私は死徒、と呼ばれる吸血種よ。」
そう彼女ははっきりと述べた。
彼女がなぜその手に入れたい使い魔を吸血したか、なぜ美女はカテリーナを知らなかったのか、疑問はあるけれども
別に聞く必要もないだろう。
次の瞬間、オペラ座の世界は破壊し、元の雪の世界に戻った。
ただただ僕はカテリーナさんの悲しげな瞳を見つめる事しかしなかった。
/
「それ僕のチョリソー!」
「いいじゃない。男なんだから文句は言わないの。」
無茶言うな。他人の皿から取る方がどうかしてる。
次の日の朝、あの晩あの後全く会話のなかった僕らだったが、朝にいきなり部屋に押しかけ、朝食を一緒に食べようと言い出したのだ。
正直ぐっすりと眠りたかったが、せっかくだからとその招待を受けることにする。
朝食の席にいたのは僕とカテリーナさん、そして白銀の美女の3人だ。
正直食堂の男性全員を敵に回している気分がさっきからするんですがね。
「別に吸血したからって私と同じ死徒にしたわけじゃあないから、彼女は私の使い魔になっただけよ。
彼女、ソフィアっていう名なんだけど、どうも私と面識がなかったらしいの。
彼使い魔が何人もいたからてっきり会ってるとばかり思ってたんだけど……」
がカテリーナの弁だ。
朝食だと言うのに重い空気がながれてる。
「数百年間彼とは長い付き合いだったけれど、結構気に入っていたんだけどね……」
そう言ってまた遠い目をする。
正直さっきからこんなぽつぽつした会話をするだけだ。
……なら僕のする事はただ1つ。
「えい」
「ああっ!」
僕はカテリーナの皿に残っていたパンをつまみ、口に放り込む。
口を開けて呆然とするカテリーナを見て少し満足し、笑みを浮かべた。
「せっかく私が楽しみにしてた最後のパンが!」
「さっきのチョリソーの仕返し。文句無いでしょ?」
カテリーナは半泣きでわなわなと手をふるわせ、こちらを指差してくる。
「女のものを奪うなんて品性を疑う!」
「未成年の僕にはそんなの関係ないね」
うーん、我ながら外道一直線の台詞で。
「マスター、大人げないですわよ」
と冷静につっこみを入れるのはソフィア。
なんかその大人気ないというのは自分も含まっている気がするんですけどその点どうなの?
「その彼氏は満足して亡くなったんでしょ? ならいつまでもそう暗くしてないでさ、この天気みたいになったら?」
食堂に差し込んでくるのは久々の日光だ。
さっき外に出て確認したら雲は少しあるものの、昨晩の吹雪が嘘のように晴れやかだった。
窓のほうを少し見たカテリーナはなぜか吹き出す。
「……何かおかしい事言った?」
「いえ、何の事情も知らないのによくそんな事いえるなーって。」
ん、まあ確かにそうなんだけど。
自分でも言っててちょっとはずかしい。
「でも確かにその通りね。いつまでも悲観にくれていても始まらないし」
そう言って彼女は笑みをこぼした。
「ありがとうね。セブン。貴方とはこれからも会えると私もうれしいのだけれども」
「冗談、こっちは金輪際ごめんだよ。またこき使われるだけっぽいし」
テーブルを笑いがつつむ中、光の差し込む食堂での時間が暖かく過ぎるわけで。
ちなみに報酬として受け取ったのは出所がむちゃくちゃに怪しい剣だったりする。
何か不気味だったので全く使っていないし。
to be continued…
/the next foryou
街で平穏に過ごすセブン。
だがその街に暗雲が立ちこめ、その平穏は崩れようとしている。
そしてセブンは……。
次回の『全ては君のために』第四話、儚い日常の崩壊
今回はカテリーナとセブンの出会いを大幅加筆しました。だってあまりにとってつけたような内容だった事は自分でも
分かっていましたので。
で、意外とうまくまとめられたなーと思う反面、何か描写不足だなーと思う所もちらほら…。
その点はまかせた、未来の自分。
出会いがこうなったので、第5話あたりからの再会部分も結構変えるかもしれませんね。これは大変だ…。
それではまた。
2006年4月7日
2007年1月11日 第一回更新