Fate/the midnight saga

第8話


   /1日目

 シャルロットの目の前に現れた二人組はいずれも男。
日本服の男は二十代前半、顔は整っているけれど体はしっかりとしている。でもあの顔、どこかで見たような……。
白い長髪をたなびかせながら不敵な自身を笑みにこめて彼はシャルロットの前に立った。

一方、もう一人の男は赤銅に近い金色の全身鎧に身を包んだ青年。
その黄金の髪は女性のように繊細で波うち、鎧越しのはずなのにその身体は力強く雄々しく見える。
何より宝石より深い真紅の双眸は全てを刻んできたような光があった。
明らかに前者がマスターで後者がサーヴァントだろう。

「……なるほど、まだ神殿は形成していないか」
「まあね。だからってあんた達に引けをとると思ったら大間違いよ」
キャスターは侮蔑を含めた哂いを相手に投げかける。
相手の日本服の男はそれを意にも介さないで長くて黒い髪をかきあげる。

「その原因は大方見当はついているが……この際どうでもいいか」
彼は己のサーヴァントに目配せを行った。
サーヴァントは視線だけを彼に向けて軽くうなづく。

「ここでお前達が脱落する未来に代わりはない」
敵サーヴァントは無言で一歩だけ前に出て、ゆっくりと腕を上げる。
そして上げた腕を――背後の空間に伸ばす?

「――!?」
僕らは敵サーヴァントの行為に軽く驚いた。

この辺りの光源は星々を除けばそばにあるたきぎだけ。敵サーヴァントの後ろは闇夜に染まっている。
それなのに、彼の背後の空間が彼の手を中心に波紋を立てる様子をはっきりと見る事ができた。
まるでそれは横に広がる湖に手をつけるみたいだった。

そして彼は沈ませた己の手を引き出し、一振りの槍を取り出した。
禍々しいほどの魔力がその槍からあふれ出している。その量は有象無象の概念武装を明らかに上回っている。
間違いない。あれこそが敵サーヴァントの宝具。そして……、

「槍の宝具……なるほどね。さしずめあんたはランサーと言った所か」
キャスターは必殺の獲物を目の前にしても表情を改めず、哂いを浮かべたままだった。
その代わりに一歩前に出たのはマスターであるシャルロットだった。
ちょっと待ってくださいよ。それじゃあ……。

「ランサー、ですか。わざわざきていただけるとは手間が省けました。急がずとも私達の方から向かっていくつもりでしたのに」
「……何のつもりだ? 人間が英霊に太刀打ちできるとでも思っているのか?」
敵マスターは嘲笑を浴びせるが、それをシャルロットは意にもかけない。
それどころか彼女はさも当然のように構えを取った。

「戦士が前、魔術師が後ろ。戦術としては正しいと思いますけれど」
「――」
この言葉には敵マスターも驚きを隠しきれないようだ。
もちろん僕だって驚いてる。

英霊は人類最高峰の存在。並みの人間が向かったところで勝負にもならずに殺されるのが関の山だ。
この聖杯戦争ではマスターとサーヴァントは一蓮托生。どちらかが敗れてもその時点で終わりに近い。
だから普通に考えればマスターの方を狙うのは当たり前の事。マスターがサーヴァントより優れているはずがないから。
ただし魔術師のクラスであるキャスターはその限りでなく接近戦を苦手とするんだろうから、シャルロットの主張は正しいけれど……。

「まさかそれを本当にやるなんて……」
いくら協会屈指の執行者だからって、真正面からサーヴァントとやりあうなんて……。
一体どんな勝算があると言うのだろうか?

「ふはっ、これは驚いた。まさかそんな事を本当にやる者がいたとはな」
「御託はいりません。早く始めましょう」
今にも馬鹿笑いしそうな敵マスターをよそにシャルロットもキャスターも、ランサーすら構えとって臨戦態勢だ。
何とか笑いをかみ殺し、敵マスターはそのままシャルロットを見据える。

「いいだろう、キャスターのマスター。まずは自己紹介とでもいこうか」
「なるほど、態度とは裏腹に礼儀正しいのですね」
敵マスターは本場欧州の貴族が行うようなおじぎをシャルロットに行った。
対するシャルロットは構えをとかずに毅然とした態度を崩さなかった。

「オレの名は遠坂双魔、貴様を脱落せし者として冥途に持っていくがいい!」
「私の名はシャルロット・ド・ブランドー、あなたには早々に脱落してもらいます!」

とお……さか、だって?
遠坂を名乗る者がランサーのマスターとしてこの聖杯戦争に参加している……? 今回監督役に徹するはずの遠坂が?
遠坂の分家筋か? それともこの間想定していたようにやはり監督役と審判を兼ねている?
……いや、どっちにしても監督役と遠坂の参加者が手を組んでいる事には変わりない。

なんて卑怯な、卑劣な……!
遠坂はそこまでして聖杯を手に入れたいのか、根源に至りたいのか。
魔術師としての誇りが遠坂には無いのか……っ!

「それでは行きます」
憤っている僕をよそにシャルロットは決然とつぶやいた後に恐れる事無く前へと踏み出した。


   /

「ふっ!」

 シャルロットは一呼吸のうちにランサーとの間合いを縮め、それに反応を見せたランサーの槍をなんと拳で弾いた。
その上でなぎ払いに入るランサーの動きに予測していたかのように対応、刃の無い部分に蹴りをいれたのだった。
その動きとて本来なら槍を持っている手首に向けて放たれた攻撃。それをとっさにランサーが引いたからこそ槍に命中したんだ。
しかもシャルロットは勢いをそのまま利用するように身体をひねらせ、もう片脚で顔面蹴りを仕掛ける。
だがフェイントにもならない。体勢が崩れた攻撃はランサーにとってもよけやすいんだろう。

ランサーはほんのわずかに頭をそらしただけでシャルロットの攻撃をやり過ごした。
と同時に腕だけでなく身体を使って槍を思いっきり引き、矛先をシャルロットに定めた。
そして全身のばねをうまく用いた上で必殺の突きを放とうとして――、

夜が昼になった。

シャルロットとランサーの刹那の行動を見逃すまいと集中していたせいで何が起こったのか全く分からなかった。
ただ流星のような光の束がランサーめがけて降り注いだとだけしか分からなかった。
ランサーはその光に包まれ……と言うよりは襲われていく。
まるで一つ一つの光の粒子がランサーと言う存在を消滅させているように見えた。

「……!」
だが次の瞬間、ランサーは光の収束地から抜け出し、一直線に若干間合いを離していたシャルロットに槍を向けた。

彼女は腕ではじこうとはせずに服がほんのわずかに破ける程度でかいくぐって自らの間合いに入ろうとする。
だが間合いに入る暇も無くランサーは槍を引っ込め、再び突きを放ってきた。
今度もまた回避したけれど、服の破け具合がさっきよりもひどく、若干切り傷が生まれている。
それでもまだシャルロットの間合いには入らない。ランサーの立ち回りの方が圧倒的に上だ。

三撃目、回避するには間合いが近すぎる。今度こそランサーの槍がシャルロットを捉えようとする直前、僕はやっと見た。
キャスターの周りには数多の光が無数に漂っていた。
一つ一つが星のかけらのようなほどよい光を放ち、思わず僕はそれに魅了された。
そしてそれがキャスターの意思で一つの意味を持つ。


「大いなる星の輝き!」


キャスターの宣言で数多の星屑は光の帯となってランサーへと突き進んでいく。
闇夜を昼間へと変えるほどの輝きをもってランサーに襲いかかるそれはまたしてもシャルロットの窮地を救う形になった。

シャルロットはそれでも間合いをほんの少しだけ離すだけで、次には再び襲いかかるランサーを迎え撃つ。
キャスターはキャスターで魔術を解き放ったその瞬間から次の魔術構成にとりかかっていた。
一合、二合、三合、魔術の発動。一瞬の隙も見られない。

「凄い……」
僕は素直に勝算の言葉を発するしかなかった。

 シャルロットの戦術は魔術師の中ではめったに見られない接近戦を好んだやり方だ。
普通魔術師は神秘で武装し、自らの技術と叡智を結集して戦おうとする。そこに文明の力が入る余地は一切無い。
だが彼女の戦い方は明らかに武術を基本として神秘で上乗せをしている。明らかに他の魔術師とは違う。

執行者たる存在、自らの研究の邪魔者を排除しようとする魔術師を始末する事を前提に鍛錬を積むのだからそのようになってもおかしくない。
それにしてもこの人、強い――! 現存する魔術師の中で一体何人ほどが彼女に対抗できるだろうか。
協会屈指の執行者とお嬢様は言っておられたけれど、まさにその名に相応しい実力だ。

Vent fort強き風よ

シャルロットは拳を握り締め、迫りくる魔槍を目前にして突き出して拳を開いた。
てのひらから発せられたのは強烈に吹く風の防御壁。槍を押しとどめる事はできなくても、ほんのわずかにそらす事には成功する。

彼女の四肢や身体には光る文字が刻まれていて、それぞれが別のルーン文字だと分かる。
ウルズ、エイワズ、アルジズ、テイワズ。それぞれ力、防御特化、精神遮断、戦闘を表すものだ。
更に呼吸のついでに声に出さないで口ずさんで詠唱を済まし、魔術まで解き放っている。
彼女が身に着けている神秘は全て戦闘に優れたものばかりだった。

更に彼女の格闘スタイルは打撃を中心としたもので、ほとんどが直線的な突きばかりだが、弧をかく動きも取り入れている。
しかも相手の攻撃の回避の他にうまくいなす事で捌くことはほとんどで、決して防御しようとはしていない。全て攻撃に結びつく動きばかりだ。
その動きは女性のはずなのに、その見事な体つきからは考えられないほど力強く雄々しい。

それでも相手は歴戦の英雄。いかに一流の執行者といえどもひけをとらない戦いすらできていない。
それをうまく補うのが魔術師の英霊、キャスターだった。

「空を覆う光の壁!」

キャスターが杖を振るう事でランサーの槍が何かに激突したように動きを止める。
光の加減からランサーとシャルロットの間に文字通り壁ができていると気づいて束の間、それはガラスのように砕け散ってしまう。
だがシャルロットにはそれで十分。体勢を立て直して正拳突きをランサーの顔面へと放った。

 キャスターの戦術は完全にシャルロットの援護だった。
光の魔術での攻撃を始めとして、シャルロットへの補助魔術の更に上掛け、逆にランサーへ不利になるような呪術のようなものを放ったりもした。
そのどれもが普通の魔術師ならば大魔術と豪語していただろう大きな神秘で、それを単純な動作だけで暗示を終了させて放つ。
なぜかは分からないけれど詠唱はせずに動作だけで暗示を済ますって事は、僕らとは違った魔術形態なのか?

「んー。元々ある対魔力に加えてあの鎧、もっと時間かけないと突破は無理ね」
キャスターは軽くため息を漏らして再び魔術の構成を開始した。

キャスターが行った魔術は十を軽く超えているけれど、実際のところランサーにはあまり効果が見られなかった。
分かってはいたけれど、聖杯戦争のサーヴァントにはほとんど対魔力を所持していて、キャスターにとっては不利この上ない。
ランサーもその例に漏れず対魔力を兼ね備えているか。

ランサーが無言で突き出した槍をシャルロットは拳ではじき、逆の手でランサーへ反撃を行う。
だがランサーははじかれた反動を利用し、槍を反転させて柄の方でシャルロットへと攻撃を仕掛けた。

 ランサーが放つ突きの一撃は、全てを貫く閃光そのものだった。
その彼が放つなぎ払いは、全ての首をかりとらんばかりの鎌そのものだった。
まるで彼の攻撃は、軍が進んでいくような壮大な印象を抱かせる。

ただ……何かが物足りない。確かに一流ではある。一流ではあるけれど……。
こんなものなのだろうか?
これだったらセイバーやバーサーカーと思われる女性英霊の方がまだ凄みがあった。
英霊特有の辺りを支配しつくすほどの存在感が希薄。まるでさざなみみたいだ。

三人の戦いは拮抗したまま続けられる。
その拮抗状態を先に崩したのはランサーの方だった。

「む、」
ランサーは大きく後退してシャルロットと間合いを離したのだ。
離れようとする間合いを維持しようともせずにシャルロットもまた大きく飛び退いてキャスターのそばまで戻った。
深追いは禁物って所か。

ランサーはキャスターの魔術を受け続けても無傷。
シャルロットは回避や受け流しに徹していてもかすり傷が多く見られるが、戦闘に支障なし。
お互いに疲労を一切見せずに次の一手を見計らうように睨み合う。

「……さすが、としか言いようがないな。キャスターの援助があったとしても英霊と対峙してそこまで善戦できるとは」
「賛辞として受け止めておきましょう」
その戦いを僕同様にただ静観するだけだったソウマは髪をかきあげながら語りかける。
シャルロットは素直に礼を口だけで述べるだけで意識は完全にランサーへと向けられている。

「私としても過去の英雄と拳を交えあう事ができたのは僥倖です。……世界が広く深い事を思い知らされただけでしたがね」
「む、それはまた辛らつな評価だな。オレから見てもおまえは立派だったと思うが?」
いぶかしげに眉をひそめてソウマはシャルロットに質問を投げかける。
シャルロットはその返答として苦笑をもらしながら、

「小手調べだったんでしょう、ランサーは」
涼しげに言い放った。
しばらく目を丸くしていたソウマだったが、やがて爆笑しだす。

「はははっ! そうか、やはり分かったか! そうだな、お前の言ったとおりだ。
 別にオレ自身は命令を下していないが、ランサーの性分からか相手の力量を測ってから全力を出すみたいなんでね」
「やはりそうでしたか。実力は今まで戦ってきたどの者より優れながら、凄まじいまでの気迫……存在感がなかった。
 終始探っている状況では攻めあぐねるのも無理はない」
「それでも互角の戦いになっていたんだから誇れ」
やがて笑いを抑えてソウマは一息おき、粛然としつつ一歩後ろに下がった。

「オレも接近戦には自信がある方だったんだが……お前にはかないそうにないな。今回は静観させてもらうとするか」
「そうですか。あいにく私もこれ以上戦えば身の危険が及ぶだけでしょう」
シャルロットもまた緊張をそのままに構えをといて後退していく。

「――ならば私の命運は」
「――オレの呼び出した英霊にかけるとしようか」
睨み合うのはお互いのサーヴァント。
武器は神秘と槍。張り詰めた空気はより鋭さを増して辺りを覆っていく。

「宝具の開帳を許します。速やかにランサーを打倒なさい」
宝具、の言葉にソウマ、そして無表情だったランサーも表情を引き締めた。
英霊の代名詞の開放、戦局を一変させるほどの神秘を持つ存在。それを使えと――。

「……了解、我が主」
キャスターはぺろっと指をなめた後、その外見からは考えられないほど凍てついた瞳で相手を睨む。
そして顔を狂喜で大きくゆがませた。

キャスターが腕を上げると、ゆらりと虚空から先ほどの大釜が姿を現し、キャスターのそばに置かれた。
人を煮る事もできそうなほどの大きな釜。だけどそのあり方は決して料理だけのために作られたものではない。
アレは水でも料理でもなく、全く異質の何かを貯めている。


約束された繁栄の大釜ペイル・ディウルナッハ!」


キャスターの宣言と共に辺りに異変が起こった。
おぼろげに現れる何かがあった。それも一つではなく、幾多にもわたり蜃気楼のように出現していく。
しかしそれは幻なんかじゃない。はっきりと存在感を見せ始め、サーヴァントと同じように現界していくのだ。

それは騎士達だった。
それぞれが剣鎧で武装し、飾られてはいないが雄々しさが十分すぎるほど補っている。
だれもが筋骨隆々で決して見せびらかすために鍛えられたのではなく、実戦で培って手に入れた身体なのだろう。
そしてその誰もが普通の者ではない何らかの神秘を持っているような印象を抱かせる。

「さて、覚悟してもらおうかランサー。あんたが相手にするのはあたしだけじゃない。栄光と繁栄の騎士達よ!」

それはまさに一つの『隊』だった。
彼女は大釜を触媒にして一つの隊をまるごと召喚してきたのだ。
しかも唯の雑兵では決してない。誰もがそれなりの武勲を成し遂げた者達で、もしかしたら英霊にまでなっている者もいるかもしれないほどだった。

ディウルナハの大釜はマビノギオンに登場するケルト神話に伝わる魔法の釜の一つ。
後にそれらはアーサー王の聖杯探求へとつながっていく、言わば万能の釜の原典。
それがこのキャスターの宝具……。

「なんてこと……」
万能の釜の所有者が聖杯を目指すだなんて、反則じゃないか。
なんて存在を呼び出したのですか、シャルロット。

「――僕は戦いを恐れる」

鈴の音のように透き通った声が僕の耳をくすぐった。
あまりに不意な事で一体何なのかとっさには分からなかったけれど、それがランサーの発した言葉だと理解するのにそう時間はかからなかった。
思った以上に幼いもの、だけれど誰よりも経験を積んでいて深く、答えを知っている声に感じる。

「僕は戦いを共にする」

ランサーの構えがほんのわずかな変化を、しかし決定的な違いを見せた。
あえて表現すれば、今までが形式ばった騎士のものだとするならこれは戦う事こそが全ての戦士のものだ。
今まで氷のように冷たかった彼の気配が熱さをおびてくる。

「ゆえに戦いに倒れるものよ、祝福されよ」

彼は大地が砕けるほど強く地面を蹴り、キャスターへと襲いかかった。
警戒してはいたけれどあまりにすばやい動きに僕の眼が追いついていかない。
気がついた時はランサーの突きで騎士の一人が持っていた盾が貫かれていた。

だけど騎士は盾で攻撃を若干そらしていたようで、盾に穴が開いただけで命に別状はなかった。
すぐさま騎士はもう片方の手に持っていた剣をランサーに向けて俊敏に振り下ろす。
槍は盾に突き刺さったままで役に立たない。ランサーもこれで終わりだ――と思った直後だった。

「あああっ!」
「な……っ!」
ランサーは腹の底から出すような猛々しい雄たけびをあげ、なぎ払いを強行した。
僕もそうだったけれど、驚愕の度合いはキャスターの方がはるかに上だった。

ランサーはなんと勢いなど全くなしに全身の力だけで迫る騎士達をなぎ払ったのだ。
そのままの勢いで投げ出される騎士達をよそに新たな騎士達がランサーに立ち向かう。
なぎ払いで隙だらけな状況を好機と見て取ったんだろう。実際僕もそう思っていた。


「“貫き開く太陽の弾丸タスラム”」


ランサーはどこから取り出したのか、何やら小さな球を背を見せたまま騎士達に投げつけたのだ。
幾つも放たれたそれは投石などという領域ではない。まるで光の銃弾が射出されたように向かっていく。

La flèche de lumière光の矢よ !」
「大いなる大気の刃よ!」

シャルロットもキャスターもとっさに判断したのか魔術を既に解き放っていた。
魔力の矢と風の刃は騎士達の背後からランサーと騎士との間に割り込む。
騎士達を守るようにしてお互いの神秘の意味が激突し――、

「!?」
瞬く間に二人の神秘が打ち崩され、騎士達が光弾で貫かれていった。

「宝具……!」
「タスラムですって……!?」
キャスターは悔しさに歯噛みして、シャルロットは有り得ないと軽く呆然とした。

タスラムはケルトの太陽神ルーが所有していた、言わば宝具の上を行く神具。
後に英雄の手に渡った逸話もないからどんな英雄だろうとそれを所有する事は叶わないはず。
……歴史に埋もれた英雄だとでも言うのか?

「ですが……っ!」
だがお互いにそれで戦意喪失するようなまねはしない。
シャルロットはすぐさま毅然とした態度を取り戻し、キャスターは魔術の構成にかかる。

「大いなる星の輝き!」

詠唱にすれば一小節ほどの暗示で大魔術を構成、敵サーヴァントへ向けて解き放つ。
いくら対魔力があって傷を受けなくても大魔術ほどの規模なら敵をひるませる事は可能だ。
その間に騎士達が殺到してランサーに立ち向かっていく。

 ランサーはさっきまでとは違って技術よりも凶暴性……もとい、力強さが際立っている。
本当に身体能力だけで騎士隊をねじ伏せようとしているらしく、振るう槍が轟音を立てて唸る度に騎士達の装備が破壊されていく。
仮面のように無表情だった様子はこの国に伝わる鬼を思わせてならない。

だがキャスターの召喚した騎士達も負けてはいない。
先ほどの小手調べ状態だったランサーの技術に勝るとも劣らない槍さばきを見せる騎士がいた。
戦闘で殺気を漲らせているのに存在感が限りなく薄い騎士がいた。
持っている武具そのものに炎の属性を付ける騎士がいた。
どんな体勢でも足元がおぼつかずに常に全力攻撃ができる騎士がいた。

誰も彼もが何らかの部分に秀でていて、それだけを見るなら誰もが一流の英雄だろう。
キャスターが召喚した彼らは一体何者なんだろうか……?
まさかとは思うけれど、もしかしてあの名を轟かせている――。

何合打ち合いを行ったんだろうか。騎士隊とキャスターの見事な連携は次第にランサーを追い詰めていく。
騎士たち一人一人の存在もさる事ながら、キャスターの援護と全体補助が功を奏している。
じり、じり、とランサーが少しずつ下がっていくと同時に騎士たちもまた一歩つめる。
そしてランサーの体勢がほんのわずかに崩れた時、騎士たちは勝負に打って出た。

「数多の閃光が万物を覆う!」

騎士たち渾身の一撃とキャスターの魔術による同時攻撃。もはやランサーにかわすすべはない。
タスラムで迎撃するにも限度があるから間違いなく防ぎきれない、と僕は確信した。
なのに眼の端に写っていたシャルロットはなぜか浮かない顔をしてランサーをつぶさにうかがっていた。
そして次には「はっ」と驚き、キャスターへと大至急振り向く。

「いけませんキャスター! アレは誘い込んだ上でけりをつけようとする巧妙な罠――!」
「え――?」
だが時は既に遅かった。

ランサーの槍がその意味を変え――いや、真価を発揮しようとしていた。
禍々しく渦巻く魔力は更に勢いを増し、大気中にある魔力をも貪欲に収束させていく。
そして集まった魔力はたった一つの意味を担って解き放たれた。


「“轟く五星ブリューナグ”」


それはたった一突きだった。先ほどとは比べ物にならないほどの速さとを伴って放たれた至高の一撃。
まるで雷が走ったと思うほどの攻撃は、瞬く暇もなくランサーへと立ち向かった騎士たちを葬り去っていく。
一回の攻撃、たったそれだけのはずなのに五回攻撃を行って。

「ブ――リュー……ナグ?」
キャスターが召喚した騎士やさっきまでのランサーのような『ほぼ』同時攻撃じゃない。
一突きのはずなのに『全く』同時に攻撃が行われた事実の前に騎士たちは倒れ、消滅していく。
僕らはそれを唖然と見守るしかなかった。

「宝具の使用――」
間違いない。これは宝具の使用で行われた神秘だ。
ブリューナグ、タスラムと同様に太陽神ルーが所有していた神具。
ならこのランサーは……。

だがそんな悠長に考察している暇を敵が与えてくれるはずがなかった。
五撃で五人以上の騎士を葬る事はさすがにできなかったらしく、傷ついた騎士たちを次々と串刺しにしたり強引に切り開いたりしていく。
それでも歴戦の騎士たちは奮闘している方だ。一撃ではやられていかない。

「くっ……神の敵をなぎ払え!」

キャスターは顔を強張らせながら雷をランサーの上に落とし、そばに置きっぱなしにしていた大釜に手を触れた。
ひるんだランサーに再び騎士たちは立ち向かうけれど、次々と一蹴されていく。
ランサーの行進を騎士たちは止める事ができず、じりじりとキャスターへと迫っていく。


約束された繁栄の大釜ペイル・ディウルナッハ!」


そして眼を見開き、高らかに宣言を行った。
蜃気楼のような姿だけだった者達は形を成し、実体化していく。
間一髪、始めに召喚された騎士たちが全滅する前に増援が間に合った。

「……ふう、危なかったー」
生き残った騎士はほっと一息ついて額の汗をぬぐうけれど……僕はそれにたいそう驚いてしまった。

「召喚者が自分の意思を持っている……!?」
まさか、とつぶやく他ない。

キャスターは使い魔を使役するように騎士たちを呼び出しているとばかり思っていた。
けれど違った。キャスターは間違いなく騎士たちを操ったり命令を下したりはしていない。
ほとんど自立している、言わばサーヴァントのような存在をキャスターは召還している……!

しかもこの様子だとキャスターの魔力がある限りいくらでも再召還が可能みたいだ。
いくら宝具の神秘を使用したとはいえ、まさかここまでできるなんて思いもよらなかった。
これが神代の魔術師……。

「ニ……キャスター。随分と分が悪い気がするぞこの戦いは」
「そうね、こっち側は決め手に欠けているわ。さてどうしたものか」
額の汗をぬぐった騎士とキャスターはなんだか世間話のように状況を相談しあう。
その間にも容赦なくランサーと騎士が戦っていると言うのに。思わず呆れる。

「神殿形成できてればとんでもない事やれたんだけどねー。ディートに魔力振り分けなくても今日中には無理だったけれど……」
「宝具で何とかならないのか?」
「んー、かなり微妙ね。この状況だとあんた達にがんばってもらうしかないわ」
「……そうか」
騎士はそれで満足したのか駆けていき、ランサーへと攻撃を仕掛けていった。
キャスターは苦虫を噛み潰したような表情をして騎士たちの補助を再開した。

「“轟く五聖ブリューナグ”」

それでもランサーの宝具で犠牲になっていく数はとどまる事を知らない。
優れている騎士たちもノウブル・ファンタズムの前ではなすすべがない。
そこでふと気になったんだけれど……、

「キャスター、あの騎士たちは何らかの神秘を身に着けているようですけれど、宝具持ちはいないのですか?」
「いるけれど宝具の使用にはあたしの魔力使うのよね。節約しなきゃいけないから機会を生み出さないと」
魔力がもう少しあれば、ならやはり……。

「申し訳ありません。私を救ってくださったばかりに――」
「いいわよ別に」
それにね、とキャスターは驚くほど不適に笑いながら杖をかかげた。

「最後に立っているのはあたしたちよ」

ゆっくりとキャスターは杖を回していく。
何度も何度も丁寧に、変な例えだけれど、風呂のお湯をかき混ぜていくように旋回させていく。
そのたびに粘性が水よりはるかにないはずの大気が渦巻いてくのが分かった。

「今こそ――勝負の時よ!」
そしてそれはいつの間にか大渦のようにして周囲の大気を飲み込んでいき、まるでキャスターの杖を中心とした嵐が形成されているようだった。
荒れ狂う空気の渦をそのままに、キャスターは杖をランサーの方へと向ける。
そして、声高らかに宣言を行った。


風王鉄槌グウェングウェイス!」


後方にいる僕ですらひるむほどの暴風が杖から発せられ、言わば竜の咆哮をあげるようにランサーへと襲いかかる。
何の合図も送っていないのにキャスターとランサーの間に騎士たちはいなくなっていき、威力が激減される事なく竜巻はランサーを直撃した。
唸りをあげる高圧縮の烈風はさすがのランサーの鎧ですら軋みをあげていく。

「ぐ……あ……ああああっ!」
ランサーはどうにかその場でこらえようと踏ん張るけれど、その地面ごと粉砕されては全く意味を成さなかった。
敵サーヴァントはきりもみ状態におちいりって自身の制御を失ってしまった。
それでも槍を手放そうとしないのは凄いけれど。

「今よベドウィル、カイ! 止めを!」
「俺に命令するなよ!」
「やれやれ……」
なんだか聞き捨てならない名前を発してキャスターは激昂するように命令を下し、騎士がそれに呼応する。

二人の騎士はそれぞれの武器を構え、左右からほぼ同時に襲い掛かった。
一方の騎士の剣が燃え上がり、更に何らかの呪いが付加される。もう一方の騎士の槍がまるで閃光のようにして奔る。
宝具には頼らない、自信の技術の粋をかけての渾身の一撃に思わず目を奪われる。

――そのせいか、次に起こった事がにわかには信じられなかった。

「な……っ!」
キャスターも僕も、歴戦の騎士たちやシャルロットですらその光景には驚愕させられた。

ランサーの周囲を盾が守っている……!
量産型のではなく唯一無二。更にそれすらも何らかの神秘を伴う一品だった。
それが二人の騎士の攻撃を阻んでいた。

「盾の宝具――」
それの特殊効果なのか、攻撃を仕掛けたはずの騎士の方が吹き飛ばされて間合いが離れてしまう。
体勢を戻したランサーは陣形が崩れた騎士たちには目もくれず……こちらを視界に納めた!?

獲物を捕らえた肉食動物のようにランサーは飛び出した。
鎧はぼろぼろで身体のいたるところに傷を負っているけれどその動きに陰りは一切見られない。
あわてて殺到する騎士たちをふりきってランサーの矛先はキャスターを捉え……、

「させませんっ!」
シャルロットの一撃で方向がずれた。

「キャスター! 大勢を早く整えさせなさい!」
「分かってるわ!」
ランサーの攻撃形態はさっきまでとは全く別。実力の差に慣れが付加されてシャルロットを絶対的な窮地に陥れる。
シャルロットの表情が一合、二合と受けていくだけで厳しくなり青ざめていく。
キャスター側が盛り返す暇もなくシャルロットの体勢が大きく崩れてしまう。

そしてランサーの止めが放たれる――と思ったが、ランサーはここで今まで見せた事のない構えを行った。
いくら相手がひるんでいてもまだ相手の間合い。一瞬の動作が命取りになるはずなのにあえて構える。
まるで何かの予備動作のように。


「“刺し穿つゲイ――」


背筋に今までに感じた事のないほどの戦慄を覚えた。

もはや他人事と躊躇してはいられない。
誰がどのように行っても回避する事はできない。何らかの手段でアレを打ち落とすしかない。
僕は一心不乱に魔術の詠唱を行い、楔をはずされようとする悪夢を回避できるよう願う。

アレは、死をもたらすものだ。


「――死棘の槍ボルグ”!」


そして魔槍の一撃は解き放たれた。
さっきまでのブリューナグとは全く異なった槍の宝具。宝具としての尊さより禍々しさが先行した神秘。
それは一直線にシャルロットに襲いかかり――、

Panzer der Kette des Lichtes光 輪 の 鎧 よ !」
Le bord d'un vent風の刃よ !」
「漆黒なる闇夜の静寂よ!」

僕らはほぼ同時にランサーの必殺の一撃を止めるべく魔術を展開。
神秘が三つまとまればいくら宝具の真名開放でもかろうじてどうにかできるはず。
そんな淡い期待を胸に抱きながら……。

確かにランサーの槍はその力強さ抑えられてあさっての方角へと矛先が向けられた。
このまま突き進んでも空を突くだけの一撃――のはずだった。
突如として槍が有り得ない動きを見せなければ。

驚愕する暇もない。声をあげる時間など存在しない。
槍は急激に曲がり、シャルロットへと突き進んでいくのだ。
それはまるで始めから結果が決められていたかのように。
そして無情な一撃は、


「が……っ」


シャルロットの心臓を確実に貫いた。

「シャ……シャルロット!」
ランサーの槍が引き抜かれて鮮血が闇夜のわずかな明かりで輝く。
噴水のように噴き出してゆく血はシャルロットから生命を奪っていき、水たまりを作る。

「が……ふ……」
口から血を吐き出し力なく膝から崩れるシャルロットをキャスターが地面に落ちる前に抱えあげる。
もうシャルロットの目からは輝きが見られない。
僕はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

ランサーは槍についた血を振り払い、迫りくる騎士たちを迎え撃つ。
当然狙いは残されたサーヴァントのキャスター、そして次は僕だろう。
そんな事……許されるわけがない。

「キャスター、時間を稼いでください。シャルロットの治療は私が行います。破損してしまった箇所を錬金術で精製する方がいいでしょう。
 一刻も早く治療しないと……!」
「駄目よ。魔槍の一撃を受けてしまったら傷を治しても呪いはそのまま犠牲者を蝕み続ける。あんた解呪できるの?」
「……っ!」
そんなの言われなくても分かってる。

いくら僕でも宝具の呪いを洗い流せるほどの魔術は習得してない。
魔力に物を言わせて強引に洗浄する手もあるけれど、そんな術式時間がかかりすぎる。
もちろんそれを発揮するだけの触媒も魔術用具も持ち合わせていない。

「……こうなったら戦線を放棄して撤退するしかないわ。ベドウィル! しんがりは任せ――」
キャスターがまだ生き残っている騎士たちに号令を下そうと視線を上げた時、事は全て終わっていた。

ランサーの槍が最後の一人を貫き、騎士たちが崩れ落ちる。
あれだけ大勢いた騎士の隊はランサー一人だけの手で全滅していた。
呼び出された騎士たちは魔力に還元されて消え去っていき、存在した形跡すら残さない。

「悪いキャスター、どじった」
ベドウィルと呼ばれた騎士もその発言を最後に儚く魔力の結晶になり、残ったのは燦然と槍を向けるランサーだけだった。
情緒に思いふける暇も考慮する時間も一切なくランサーは僕らを標的に見定め、飛び出した。

「く……っ!」
キャスターは無言でシャルロットを僕に押し付けてランサーの前に立ちはだかる。
僕も同じような事をしようとした直前の出来事だったから頭の中が自然と真っ白になってしまった。

「荒れ狂う大地の峭壁よ!」

キャスターは杖を地面に突き刺し、辺り一帯に轟くほどの大声で叫んだ。
それに答えるようにキャスターとランサーの間に突如として城を守れるほどの壁が立ちはだかった。
つ……土に干渉してゴーレム作成のようにしたんだろうけれど、まさかここまでの大魔術を一瞬で構成するなんて。
相変わらずため息が漏れるほどの手際だ。

「今のうちに……!」
壁を避けるにしろ飛び越えるにしろ破壊するしろ、絶対に何らかの予備動作が必要なはずだ。
その時間差を利用してキャスターは大釜に再度手を伸ばそうとして――。

「あああああっ!」

絶対者の咆哮を聞いた。

 次の瞬間キャスターの作り上げた壁が爆発して、僕らに石つぶてのような形になって無数の破片が襲いかかった。
とっさの事だったので無意識のうちにシャルロットをかばっていた僕はもとより、壁の目の前にいたキャスターも倒れこんでしまっていた。
壁の方に視線を向けるとそこには大穴が開いていて、その中からランサーが抜け出してくる。

「か……壁を強行突破した……!?」
僕自身はマスターじゃないからランサーの身体能力を測ることはできないけれど、この様子だと間違いない。
彼は神秘には一切頼らず、己の力だけで破壊してきた事になる。

身震いするしかない。
彼の真骨頂は多彩な槍さばきでも数多の宝具でもない。
彼は多分自分自身だけで他の英雄とも渡り合える……!

「ぐ……」
「さらばだ、キャスター」
杖を支えに立ち上がろうとしていたキャスターにランサーの無情な矛先が向けられる。
キャスターはなおもあきらめずに魔術の構成をしようとするが、ランサーはたった一言だけ動作の途中で述べ、容赦など全くせずに槍を突き出した。

だが、行動が結果に結びついたのはランサーではなかった。
キャスターでも、僕ですらなかった。
キャスターはただ呆然とその光景を眺めているだけだったし、やられたランサーの方は動揺すらしていた。

「シャルロット……あんたは……!」
キャスターの言葉が全てを、シャルロットがランサーの前に立ちはだかっている事実を物語っていた。

傷の治療はしている暇なんてない。心臓を貫かれたままで先ほどよりも力強く機敏な動きを見せたのだ。
その結果には代償もあって、シャルロットの患部からはおびただしいまでの血が流れ落ちていき、スーツは真赤に染まっていた。
思わず目も当てられなくなるほどの惨劇としか言いようがない。

「は……早く治療しないと……」
「キャスター、こうなってしまったらもう助からない。それは自分が一番良く分かっています」
キャスターの弱弱しい発言にシャルロットは驚くほど凛とした声で返した。
だがキャスターは動揺したままかぶりをきった。

「そんなのやってみなくちゃ分からないじゃない! なのにあんたは――!」
「キャスター、残念ですが私からの最後のお願いを聞いてくださいますね」
シャルロットはキャスターの言い分を一方的に無視しつつ腕を彼女の方へと突き出した。
それはさっきキャスターに命令を下した、令呪がある方だ。

「シャルロット、まさか――」
あくまでシャルロットは毅然としたままでランサーの前に立ちはだかるばかりだ。
だが、彼女はその時間違いなくキャスターに微笑んでいた。

「令呪を持って命じます。彼女をどうか『無事に』守ってあげてください」

「シャルロット、令呪の失効を! 今ならまだ……!」
キャスターの悲痛な言葉とは裏腹に、彼女は僕の方へと全力で駆けつけてきた上で僕を捕まえ、全力で逃亡を始めた。
僕もどうにかしてキャスターの手を振り解こうとしても外れてくれない。まるで始めからくっついているかのように。

「キャスター、いえ……ニムエ!」
次第に遠ざかっていく僕らを追いかけようとするランサーにシャルロットが立ちはだかるのが見える。
僕達が必死に叫んでも彼女は振り向きもしない。ただ背中越しに語りかけるだけだった。
そして――、


「今までありがとう。この出来事は今までの人生の中で最も素晴らしい時でした」


「シャルロットォォォッ!」
彼女はこの言葉を最後にランサーへと立ち向かっていったのだった。


   /

「……」
「う……うう……」
キャスターの令呪効果が解除された直後、僕らは再び霊脈へと足を運んでいた。
出来る限り早く駆けつけたけれど……時は既に遅かった。

シャルロットは構えを取ったまま息をひきとっていた。

確か極度の運動をした後で死んでしまうとこのようになるんだったっけ。この国でもそんな死に方をした英雄がいたとか。
けれど……息をひきとってもなお凛々しいままだなんて……どれだけ偉大なんですか貴女は……。
アインツベルンの仲間が犠牲になっていっても出なかった涙がとめどなくあふれてくる。
会ってまだ半日も経っていない相手の死に僕は嘆くしかなかった。

なんで未来の敵に対してこんなにも心が張り裂けそうなほど苦しいんだろうか。
何でこうまで自分の一部を失ったようにからっぽなんだろうか。
僕自身にも良く分からなかった。

ただ、僕は僕のために立派だった一人の麗人を失わせてしまったのだ。

「シャルロット……あんたは立派だったわよ。けれどいつまでも戦いに身を投じる必要はないわ」
キャスターは神妙な面持ちで懐から一つの苗を取り出し、地面へと放り投げた。
そして彼女が杖を突くと、それは瞬く間に大きく成長していきシャルロットをやさしく包んでいく。
程なくして大樹にまでなり、シャルロットの姿はもうなくなっていた。

「サンザシの木……」
「貴女の信じる神の元へ行き、安らかにお眠りなさい」
キャスターは天を仰ぎ、黙祷を捧げる。

「出来たならばあなたをアヴァロンへ連れてゆくのに……」
声こそ聞こえなかったけれど、彼女は確かにそのようにつぶやいていた。

そう、か。
やはり彼女はアーサー王物語に登場する湖の貴婦人、ニムエだったのですか……。
それなのに僕はどんな過程であれ一流の英霊からマスターを奪ってしまった。
もう胸が苦しくて息をするのも痛いほど締め付けられる。

僕は……また僕のせいで人に迷惑をかけてしまった……!
どんなに悔やんでも、どんなに悲しんでも、この突きつけられた事実を覆す事はできない。
なんで僕が生き残ってシャルロットが死んでしまったのですか……っ!

「……行きなさい、ディート」
「……え……?」
キャスターの恐ろしいほど静かな言葉に僕はとっさには反応できなかった。
そしてその言葉の意味が分かっても僕には何もいえなかった。

「そして生きなさい。貴女が生きている事がシャルロットのした行いが正しかった事の証明なのだから」
「キャスター、貴女は……」
「……シャルロットがいなくなってしまった以上こんな世にとどまっている理由は何一つない……と言いたいところだけれど、まだ残るつもりよ。
 勝手に消えたんじゃそれこそ召喚したシャルロットに申し訳ないもの。せめてランサーの首一つぐらいは取って還るつもりよ。
 ま、適当なマスター見つけてせいぜい利用させてもらうわ」
そう、ですか……。

夜風が吹き荒れ、僕の髪をかすかに揺らす。
キャスターは作り笑いを浮かべたままでシャルロットの木を眺めているだけだった。
もう彼女は僕のことなど気にも留めていないだろう。

シャルロット……僕の知る中で誰よりも強く生きた方。最後の時まで輝きを見せてくれた人。
僕がこれからどのようになろうとも、彼女の十分の一でいいから強くありたい。
それが彼女を犠牲にして生き延びた僕の使命だったならば、僕にはそれに答える義務がある。
あなたの思いは決して無駄には――、

「――ッ!」

予想もしていなかった鋭い痛みに思わずその部分を手で押さえてしまう。
熱く焼けるような感覚は次にはほてったような鈍い痛みに変わっていく。
一体何が起こったのかさっぱり分からなかった僕はその部位、腕を見るために袖をめくった。

「う……そ……」
それは見間違うはずもなかった。
三つの左右対称で規則正しい紋様。それが僕の腕に宿っていた。
それは令呪、サーヴァントを律するためにマスターへと与えられる聖痕……。

「――」
キャスターも目を見開いて僕の腕をのぞく。
そして、彼女は澄んだ目でこちらを捉え、歩み寄ってくる。

「……そう、これも運命なのかもね」
「キャスター……」
「それともここの聖杯、あなたがコレを決めたのかしら?」
キャスターは物悲しげに笑みを浮かべると、こちらに杖を差し出してきた。

「契約しましょう。我がマスター、シャルロット・ド・ブランドーの名においてあたし、キャスターことニムエはあなたを救うと誓うわ」
「――分かりました」
僕はうなづいてキャスターの方へと手をかざした。

「――告げる! 汝の身は我の下に、我が命運は汝の叡智に! 聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら――」

これはシャルロットの志でもキャスターへの贖罪のためではない。
そして、お嬢様の悲願達成のためでもない。
僕は僕自身の意思でキャスターと契約したかった。

「――我に従え! ならばこの命運、汝が叡智に預けよう……!」

どんな困難が待ち受けているのかは僕にも分からないし、キャスターにだって見通せないだろう。
けれどもどんな道が待ち受けていようとも僕は生きあがいてみせる。
シャルロット、非力ながら僕は貴女を背負っていきます――!

「キャスターの名に懸け誓いを受ける……! 貴女を我が主として認めよう、ディートリィナ――!」

魔力が僕達を中心に渦巻き、契約は完了した。
僕の令呪が輝きを放ってその存在を確かめさせる。
キャスターとのつながりは魔力の流れで肌に感じる事ができた。
……温かい。

「ディート、これからよろしく」
「……ええ、キャスター」

こうして僕は聖杯戦争の参加者となった。


to the next stage……


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第9話に続く

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 今回の変更点
ランサーの姿を始めから旧第42話ふうに変更。
キャスターの召喚する騎士たちを大幅に変更。宝具を若干変更。
……本筋全部改訂。

 旧第6話と内容は同じだったのにその中身を完全に書き直してしまいました。
いや、キャスターとディートの描写は改善の余地ありと思っていましたけれど、まさかここまでかつてと違うものになるとは思ってもいませんでした。
それでも形に表せたのはよかった。個人的には以前よりぶれがなくなったのではないかと思っています。
残りは2話。ディートと憐の関係を旧第8話の状態まで持って行かないと。
それでは次の舞台で。
  2007年11月29日

文字化け防止用に
そのままで
名前(省略おっけー)
あどれす(省略おっけー)
ご感想 すごくよかった
これからもこの調子で
可もなく不可もなく
もうちょっと
原作やりなおそう
その他なにかあれば


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