Fate/the midnight saga
第53話
/14日目
遠坂邸へと帰ってきた時には日も暮れ始めていた。
もうすぐ夜になる。サーヴァントを従える者たちにとって逃れられない戦いの時間が待ち受けている。
しかし俺には恐れもおののきもない。意外にも俺の心はさざなみ一つ立たない大海のようだった。
それは英ねえの剣を所有しているからか、それとも傍らにいるアーチャーという存在がそうさせるのか。
個人的には自分自身の固い決意こそが不安も畏怖も跳ね飛ばしているんだと信じたいところだ。
それに、俺らは単独じゃない。
最後の晩餐はとてもつつがなく終了した。
会話もあまりない静寂に包まれたもの。居間におかれたゼンマイ式大時計の駆動音がうるさく聞こえたほどだった。
余談だが晩飯を作ったのは俺ではなくアーチャー。真っ先に台所を取られました畜生。
そうして、夜になった。
既に実体化して臨戦態勢を整えるセイバーの姿勢はゆるぎない。
同様にアーチャーも遠坂邸の屋根上から周囲の警戒を怠らない。
ヨハンは遠坂邸の庭で大規模な術式を構成し始めている。
ディートと瑪瑙はただそれを見守るばかりだった。
俺は視線を移し、俺同様に武器の手入れを行うジェイナをとらえた。
彼女は相変わらず表情の微妙な変化も起こさずに念入りに慎重以上の長さもある斧を磨く。
ジェイナは俺の視線に気付いたのか、手を休めてこちらに顔を向けた。
無言。俺たちの間に会話はない。
ジェイナも俺がただ観察しているだけだと分かったのか、武器の手入れを再開する。
俺は軽く素振りを行って身体を温めておく。
駄目だ。これだとペースが速すぎる。
英ねえの稽古じゃないんだからもっと速度を落として体力を保っておかないと。
どうやら冷静ぶっていても身体の反応は緊張しているようだった。
適度に体が温まったところで更に速度を緩め、決戦の火蓋が落とされたときに万全の状態になるよう調整する。
俺が相手すべき敵は明確に定まっている。
一人でもこの場は無駄に出来ない状態。だから俺は決して負けるわけにはいかない。
いや、詭弁だな所詮。
俺は俺に勝たなければならないんだ。俺が抱いた大きな理想に立ち向かって、超えなければならないんだ。
そのための知識は学んだ、剣の稽古は積んだ、魔術をこの身に刻み付けた。
全身全霊を持って、俺は打ち勝つ。
「いよいよ、でしょうか」
最初に沈黙がたまらなくなったのはどうやら瑪瑙だったらしい。
車椅子を押して俺の元へと近づいてくる。
「そうだな。六十年以上前に祖母たちが成し遂げようとした悲願が今、目の前にある」
アインツベルンの城に安置されていたらしい聖杯と銘うたれた器はジェイナが施す術式の中央に配置されている。
既に収まっているサーヴァントの数は五。それだけでも今にも純粋な魔力が飽和するような気がした。
尊いだとか神々しいだとか仰々しい言葉を正直求めてなかった俺が並べ立てるのは無粋なのでやめておこう。
「……純粋な意味での遠坂は此度の戦いでは既に敗退済みですよね」
「そうだな。双魔はあくまで個人として戦っていたし、俺も聖杯で至ろうなんて考えは起きなかったしな。
瑪瑙が代理で立てたライダーが敗退した時点で遠坂は脱落だろうな」
「実に残念です。あの奇跡に至るのは遠坂だと確信していましたのに……」
瑪瑙は少し寂しそうな表情を浮かべるが、すぐにそれを魔術師の顔で覆い隠す。
俺よりも年齢が下のセカンドオーナー、遠坂の当代。
結末をこのように迎えてもなお遠坂瑪瑙は遠坂の魔術師の家訓にあるよう、優雅だった。
うん、やっぱり俺や双魔なんかよりもよほど瑪瑙の方が遠坂にはふさわしいだろう。
「ですがこれであきらめたわけではありません。いずれ遠坂は「」へと至ってみせます。
方法が聖杯でなくとも構いませんし、私でなくとも結構。それでもいつか必ずや――」
瑪瑙もまた今後へとつながるかたい決心を秘めて聖杯を見つめていた。
瑪瑙の意志を遠坂が受け継ぐかぎり、必ず遠坂は至る。
もはや部外者になってしまった俺でもそれは確信できる。
俺がそれを目撃する事はどうもなさそうなのはかなり残念な事ではあるけれども。
やがてヨハンは陣が完成したのか、術式を描く指を止める。
紋様と文字の具材は水銀ではなく彼女と言うアインツベルンの鮮血だった。
そのためにヨハンは貧血を起こして顔を真っ青にしていた。
「お疲れ様です、ヨハン」
「いえ、この程度などこれから行われる儀式に比べれば児戯に等しい。ですから気遣いは一切無用です」
ディートは身体をふらつかせながら横切るヨハンに対し、丁寧な言葉を送るだけだった。
その面持ちに心配など微塵も感じさせず、ヨハンと同様にかたい。
それはまあ当然だろう。
俺には知る由もないがアインツベルンの悲願、そのために歩んできた苦難と挫折しかなかった道、そのために行った手段。
どれをとっても平穏な会話が成立する余裕を生み出さないものばかりだ。
そして彼女達は依然として聖杯を、そしてそれに至るためのサーヴァントを所持している。
脱落者じゃない。彼女達は今勝利を目前にして仕上げにかかっているのだ。
悲願の成就。魔術師にとってはそれは命に代えても万に一つも叶えられないものなのだから。
「結局憐お兄様はアーチャーを戻してもらわなかったので?」
「ああ。全力で戦闘を行う俺とクリスを補助するだけのヨハンだと俺の方が負担が大きいからな。言っておくが自分で決めた事だぞ」
「ならば脱落者である私が文句を言う筋合いはありませんね」
どういう意味だそれは。まるで俺がアーチャーを従えてなきゃ駄目みたいじゃないか。
それとも、瑪瑙はやっぱり悲願の成就はどうであれ遠坂に勝ってほしいのか?
「さて、どうなのでしょうか」
うかがってみると瑪瑙はその答えをはぐらかすばかりだった。
やがて、遠坂邸より一人の人物が現れる。
「へえ……」
感嘆の声を漏らしたのは俺だけ。
ディートやヨハン、ジェイナたちアインツベルンの一行はひざまずいて彼女を出迎える。
セイバーまで剣をかかげて礼をする様子はまるで……いや、正真正銘聖女と呼ぶべきか。
クリスが天のドレスを身にまとい、静かに聖杯へと歩み寄っていく。
「んー、確かに」
口でも態度でも俺はディートを救い、そのために立ちはだかる敵や自分自身を乗り越えようとしていた。
けれどいざ冬の聖女を目の当たりにすると、若干悔しい気持ちが湧き上がってくる。
「やっぱ自分の手で勝ち取りたかったよなぁ」
聖杯に願う事なんていない。だから今至っている結果は正しいものだ。
だけどまあ、それとこれとは話は別なわけで。
聖杯戦争にアーチャーを召喚して参加したのなら、俺はやっぱり勝ち上がりたかった。
アーチャーに申し訳ないっていうのもあるけれど、誰のためでも尊い悲願のためでもない。俺自身の誇りにかけてだ。
やっぱり負けず嫌いなのは相変わらずってやつか。
「まあいいか」
けれど今宵の舞台には俺も観客ではなく参加している。
ならばこの戦いで勝利を収めれば、俺は聖杯戦争の勝者だ。
奇跡がディートに施されて聖杯をアインツベルンが持ち帰っても、その事実さえ残れば万々歳だ。
とはいえそんな事を考慮するなんて二の次だ。
例え奇跡がアインツベルンにもたらされるとしても俺はその奇跡を成就させないといけない。
誰でもない、俺のためでもない。ディートのために。
「……落ち着け俺」
そんな余計な事ばかり考えて心が逸る気持ちを抑えきれないと悟る。
自分を落ち着かせるように深呼吸を何度もし、精神を統一させる。
「いい顔じゃないレン。今回召喚されてきた英雄にも勝るとも劣らない気迫よ」
そんな中でクリスがこちらの方へと向いて笑みを浮かべていた。
それは聖女の者なんかじゃ決してなく、明らかに小悪魔的なものだ。
「それはいいすぎだ。そういうクリスだっていつになく表情が引き締まってて、年相応とは絶対に言えないな」
「当然でしょう。これから行う儀式はアインツベルンがかつて願っていた人類の悲願なのだから」
過去形? ……まあその辺の詮索をしだすときりがなくなりそうだったのでやめておこう。
だがこの場にいる誰もがいい表情をしている、と言えば俺だけが特別じゃないと分かるはずだ。
「なあクリス、最後に一つだけ聞いておきたいんだが」
「いいわよ。本当に最後の一つだけだからね」
ならもう俺達が交わす会話はこれ一つだけでも十分に余分だろう。
けれど一応確認しておきたかった。
「なんでクリスはクリスなんだ?」
「はあ?」
クリスは身体を覆っているドレスに全くふさわしくない呆れ果てた声をあげる。
ちょっと幻想崩壊しかけたが、耐えた。
「クリスティーナ。多分ディートリィナやヨハンナだったっけ、と同じように多分聖杯戦争のマスターに選定される前の名前のはずだよな。
ならアインツベルンのマスターになったと同時に『フィール』を貰うかと思ってたんだが、違うのか?」
「ああ、なるほどね。その疑問はもっともね」
いや、あくまで表向きのアインツベルンの情報と前回の聖杯戦争の事を聞いていたから思い浮かんだ疑問だ。
正直ユスティーツァのようについてないかもしれないし。
「確かに私にも『フィール』の名は存在する。アインツベルンの当代、ユーブスタクハイトに授けられた私の真名が。
フィールの名を持って私はセイバーを召喚し、セイバーと共に勝ち上がり、アインツベルンの悲願を成就させる。
そのために私は創り出され、他の者達は打ち捨てられていった」
先程の様子はなりを潜め、彼女は淡々と語りだす。
今までのクリスから決して感じられなかった、冬の聖女が彼女にはあった。
「故に未熟者であったクリスティーナはいなくなり、ここに在るのは冬の聖女の再来である。
――のはずだったのだけれど、」
「はず?」
いきなり調子が元に戻る。困惑する俺をよそにクリスはクリスらしく仕草をとった。
「だって『フィール』なんて名前だとそれに縛られちゃうじゃない。そんなの私はいやだしごめんだし、百害あって一利ないわ。
私が叶えたいのはその先よ。そのためにこれが一番近道だっただけで、失われてしまったらそれでおしまいなんて事はない。
だって私は人形なんかじゃない。アインツベルンの魔術師ですもの」
……。
しばらくの間俺は何の反応も見せる事ができなかった。
「……なんて聖女様だ」
そんな事を言ったらこの大規模な儀式のために心血を注いだ先人達は涙流すぞ。
けれど……それはきっとアインツベルンの者が持つべき志なんだろう。
それを聖杯戦争の道具として選定されたクリスが持つだなんて、アインツベルンは本当に凄い家系のようだ。
「だからしっかり働きなさいよ。負けたら承知しないわよ」
「誰に向かって言ってるんだ。俺は遠坂の血統、そして真木の魔術師である憐だぞ。アーチャーも俺も健在なんだから文句は言わさない」
「その意気込みよ」
イリヤが年相応に小躍りすると優雅にドレスがゆれ、光が零れ落ちるような印象を与える。
まあ、ユスティーツァのコピーだったら至れるのは所詮サーヴァントの降霊を成し遂げる聖杯戦争まで。
その先はユスティーツァにはない物を持っていないと駄目なのかもな。
そういった面で、クリスティーナは今すごぶる絶好調だった。
「ではレン、アーチャーのマスターよ。後を頼もう」
クリスはそのようにつぶやくと、聖杯と相対した。
だが儀式は行わない。いつでも行えるよう準備を整えただけ。
さて、これでお膳立ては十分に整ったわけだから、後は――。
「さすがだ、と言うべきかな?」
主賓の来訪を待つばかりだ。
「随分遅かったな。もうちょっと早くやってくるかと思ってたんだが」
「いや、思った以上にランサーの疲労が激しくてね。時間いっぱいまで休息させていたからな」
ふもとから威風堂々と歩んできたのは聖杯戦争では最後の敵、遠坂双魔とランサーのサーヴァント。
彼ら二人の前に立ちはだかるのは当然俺とアーチャーだ。
「……驚いたな。クリスの状況説明によればお前達はあの真祖の姫と対峙したらしいじゃないか。よくもまあ五体満足でいられたな」
「まあ所詮は前座だったというわけだ。オレ達にとっても、彼女にとってもな」
不敵に笑う双魔はさぞどうでもいいように肩をすくめた。
……前座でも双魔とランサーは真祖の姫を一晩食い止めた。
やはりこの二人は底知れないのだろうが、俺達だって負けてはいられない。
アーチャーは漆黒と純白の夫婦剣を、俺は慣れ親しんだ自分の刀を構える。
それを見て双魔は狂喜に顔を歪ませる。
「そうだ。そうでなくては昨日動いた意味など皆無だ。遠坂憐、ここで倒れてもらおうか」
「冗談だろ遠坂双魔。おまえとの決着はつけなきゃならないけれど、俺はここで倒れるわけにはいかないんだ」
双魔は徒手空拳のままでランサーから身を離してゆく。
俺もまたそれに応じてアーチャーから身を離してゆく。
「……さて、ようやくこの時が来たな」
ランサーは好奇心で瞳を輝かせ、とても嬉しそうに笑っていた。
「もうこの場に僕らの間に入り込む無粋な輩は存在しない。ならば……我が盟友から借り受けた物など不要。
僕の全身全霊だけで君を倒す」
ランサーは背後の空間を歪ませ、そこから鎖だけを取り出して槍に形を変化させる。
その上で彼は宝物庫へと続く鍵剣を行使できていた王の書板をしまいこんだ。
「――ああ、久しぶりだ。この感覚は。
僕がかつて黄金の英雄王と相対して王の財宝を無力化した後の高揚感、彼の乖離剣と僕の天の鎖がぶつかり合った時に味わったものだ」
あいにく俺はランサーの神話は知らないから言っている事はさっぱりだ。
それでも間違いなく言えるのは、ランサーはアーチャーと戦う事に歓喜していた。
「君の世界と僕の存在。どちらが勝るか、いざ勝負だ」
「受けてたつぞ、英雄王の盟友よ」
ランサーとアーチャーは相対する。
それぞれが見るのはもはや相手だけだった。
そして俺たちはそのまま決戦に挑もうとして、
『!?』
世界の変化に気付いてしまった。
夜が静まり返る。風が吹かなくなり、木々は屈服するようにおとなしくなる。
まるでその場でひざまずいていないのが俺たちだけのような気がしてたまらない。
世界が、支配されている――。
何気なく、双魔の事すら忘れて、空を見上げた。
ため息を漏らしたくなるほど真夜中に光をもたらすのは満月だった。
周りの星々どころかこの世界にまで君臨するほど、美しい。
白き月の夜の下、白き月の姫がやってきた。
「……やはり来たのね」
クリスはそんな彼女に全くひるむ事無く声をあげる。
彼女の後方では既にヨハンとジェイナがディートを守るように臨戦態勢。
ただし、万一の事があればその刃はディートの方へと向けられるだろう。
「セイバー、時間を稼いで」
「了解」
クリスは己のサーヴァント……いや、騎士に命令を下した。
使命を貰った騎士がする行為はただ一つ、主の意志に答える事のみだ。
セイバーは真祖の姫と相対し、竜破壊の剣グラムを構える。
真祖の姫はそれに気を悪くする様子もなく、ただ彼を眼の端にとらえるだけだった。
やはりいくら人類最高峰の英雄達が立ちはだかろうとも、あくまで対象はロア一人か。
……正直、不安です。
セイバーの強さは身にしみて分かってはいるが俺個人としてはセイバーと言えば英ねえだし。
しかもこのセイバー、真祖の姫を押しとどめたランサーに完膚なきまでにやられてるし。
クリスには本当に悪いが本当にセイバーで真祖の姫を抑えきれるのか?
「んー、何か違うわね」
そんな俺の心配をよそにクリスはぼやきながら額に指を当てて考え込む。
少しの時が経過し、クリスはようやくその違和感に気付いたようだった。
「セイバー、命令撤回! あんなのは忘れて!」
そしてクリスは威厳高く宣言してくれた。
あきれを通り越してむしろ清々しいまでの発言だった。
「……え?」
それにはセイバーすら呆けた声をあげる。正直俺もあげたかった。
だがクリスは真祖の姫にも負けないほどの存在感を示すように、セイバーへと命令を下す。
「絶対に勝ちなさい、私の騎士」
それは更に過酷な命令。叶えられる可能性は正直少ないだろう。
だがクリスはセイバーがやってくれると確信しているようだった。その表情にはゆるぎない。
それに答えるようにセイバーは不敵に笑みを浮かべた。
「……なるほど。了解した我がマスター、必ずやその期待に答えるとしよう」
その時に見せたセイバーの背中はアーチャーと対峙した時より、ランサーと戦った時よりも広く感じた。
こんなにもセイバーは大きかったのか。
これで登場人物は全て真夜中の物語の上に立った。
ならば、後はそれをどう締めくくるかだ。
俺たちはほぼ同時に戦闘を開始した。
各人が抱いているかけがえのない想いにかけて――。
/15日目
双魔と憐との戦いは英霊や真祖の姫が巻き起こす死闘と比べても異常だった。
何しろこの二人、魔術師でありながらその戦いぶりは魔術師の枠では決して納まらないものだからだ。
攻防はアインツベルンで行われた戦いの焼き増し。
少しでも気を緩めたら即座に敗北をきっする絶妙なバランスで成り立っていた。
憐は呼吸を見せないよう細心の注意を払いながら刀を振り下ろす。
双魔はそれを徒手空拳のまま平で刀の腹に触れ、一気に腕を振るう。
憐もあえてそれに抵抗せずに重心から切先をそらす。
斬る事に特化していった日本刀は硬く柔らかいために折れにくい。
だがそれなりの力が加えられれば折れはしないかもしれないが、曲がる可能性は十分にありえる。
そして双魔の力量はそれを可能とするほどなのは目に見えていた。
一方、憐の刀を払った双魔のもう一方の手は少しも憐の重心から外れていない。
そのまま双魔は平にした掌底で憐の顔面を直線的な動きで狙う。
それでも憐は慌てない。
やや体全体をずらして致命的負傷をそらし、かつ予想衝突部位に魔力を瞬時に集める。
刀は双魔の手で封じられていて無理。刀を手放したところで柔術に持ち込む時間的余裕なし。
だから憐は、単純に攻撃に転じた際に踏み込んだ脚に狙いを定めた。
双魔の掌底が憐の顔面を襲う。魔力の集中を感じ取った双魔が軸をずらし、想定どおりの部位に叩きつける事に成功。
憐の人差し指から放たれたガンドの呪いが蝕む。これもまた双魔がずらそうとするも憐は動きを見切って命中に成功。
「ぐ……っ!」
「う……っ!」
憐は一瞬意識が崩れて膝をつきかけるが、何とか現実に還って踏みとどまる。
双魔は立ち眩みを覚えるが体中の魔術回路を活発化させて徐々に緩和していく。
両者共に状況把握を終了。戦闘続行可能と判断。相手はまだ間合いに存在。
憐は刀を振り上げ、双魔は拳を振り下ろす。
憐の刀は上体をそらした双魔の横をすれすれで通り過ぎ、双魔の拳はレンの頬をかすめる。
どうやら未だに先程の攻撃の影響が残っている、と両者は判断。
それでも戦闘を続行した。
「レン……」
その様子を固唾を呑んで見守るディート。
彼女もまた真祖の姫の到来でいよいよ活発化する衝動、そして存在と必死に戦っていた。
押さえ込むのではない。そんな抑圧はあの存在は軽く跳ね飛ばしてしまう。
受け入れるのではない。受け入れれば自身が流されて覚醒へとつながる。
だからディートはその存在を気にしない。彼女は自分自身を保つ事のみに神経を注いでいた。
今までであれば簡単に磨り減ってなくなっていただろう自我を、彼女は依然として保っていた。
この聖杯戦争を通じて出会ってきたあらゆる者達が、今まで自分の身の回りにいた者達が、彼女を強くしていた。
絶対に負けてなんかやらない。ディートは自分を強く持ち続けた。
ランサーとアーチャーの戦いは奇異なものになっていた。
ランサーは神から授けられた王の書板で王の所有するものを行使する権限を得ている。だから盟友である英雄王の宝物庫を拝借できる。
アーチャーに許されたのは敵との戦闘ではなく創造、自己との戦いだ。内在するのは剣を鍛え上げる冬の世界だ。
ランサーのクラスは槍による接近戦だけでなく槍の投擲による遠距離戦も行える。アーチャーは文字通り創り上げたものを弓のように解き放てる。
しかしこの拝借者と創造者の二人、始めに手に取った武器以外を用いようとはしなかった。
幾度目になるか、アーチャーとランサーの武器が衝突する。
力で押し切ろうとするランサーに対してアーチャーは巧みに剣を弧をかくように動かす。
決して正面から打ち合おうとせずあくまでランサーの力を受け流し、その力の反動を利用して反撃を行う。
アーチャーの短剣に対してランサーの武器は長槍。
飛距離の差を埋めようにもランサーの振るう槍はセイバー並みの力強さに加えて速さを増し始める。
荒々しいために正確性には若干かけているものの、なぎ払いの余波だけで吹き飛ばされそうなほどだった。
自然とアーチャーは防戦をこなしつつ数少ない攻撃は遠くにいるランサーの中で最も近い箇所、槍を持つ手や踏み出す足に焦点を絞っていた。
まだこの槍の嵐をかいくぐって懐に入り込む余裕はない。
この場にいてもなお守勢を崩さないアーチャーだった。
神を律する鎖で創られた槍がアーチャーの夫婦剣と衝突で徐々に磨耗していく。
そして幾度目かの疲労破壊。ランサーの槍は折れるように真っ二つになる。
アーチャーはその隙を逃さずに身体を沈ませて足をするように後ろに動かし、驚異的な初速度で突撃する。
「む……っ!」
気合の入った声と共に折れた剣でアーチャーの攻撃を全力で防御。
折れた事で槍の長さが短くなったため、間合いも短くなっていた事が幸いした。
その間にランサーの武器は鎖に戻り、アーチャーの腕を絡めとろうと夫婦剣を拘束する。
アーチャーは動かなくなった夫婦剣をなんの未練もなくあきらめ、新たな夫婦剣を世界から持ち出す。
その間にランサーも鎖を再び槍の形に変化させ、また武器の衝突が起こった。
「いいね、やはり戦いは」
その激闘の中、ランサーは笑っていた。
「いや……戦いそのものには何の意味もない。戦いを導く過程や戦いがもたらす結果こそにかけがえのない意味がある」
「戦闘中に会話とは余裕があるな……!」
ランサーのなぎ払いを間合いの外ぎりぎりで回避したアーチャーはその隙を縫うようにランサーに迫る。
回転運動が加えられた槍はそう簡単に直線運動に戻らない、故に扱い場所が難しい。
だがランサーにとっては武器が別に槍の形をしている必要もなく、鎖に戻して攻撃に対処する。
「君も、いや……君だけは知っているだろう。僕が送った人生を」
確かに、とアーチャーは思う。
ギルガメッシュ叙事詩。世界最古の記された神話であり、英雄録でもある。
だがどんなに偉大な物語や神話だろうと、時が経つにつれて廃れてしまうものもある。
正確な形でのギルガメッシュ叙事詩が再び表舞台に姿を現すのは一、二年後の事。
つまり研究者を除けば誰も知らないのだ。
だが未来の英雄でありその英雄王とも対峙したアーチャーは知っている。
英雄王の盟友、エンキドゥが送った一生を。
英雄王に拒絶され激怒したイシュタルが解き放った天の牡牛を撃退する英雄王とエンキドゥ。
だが、そのために二人は神の怒りをかった。
エンキドゥは逃れられない死の前に倒れるしかなかった。
右往左往はあったが、最後には英雄王にみとられながら彼をあんじて……。
だがもう一つだけ、彼は盟友であるギルガメッシュや人間性を与えてくれたシャムハト以外の事で未練を残していた。
ギルガメッシュ相手にも無念を込めてつぶやいた、たった一つだけの事柄だ。
それは、
エンキドゥは、戦いに倒れなかった。
「僕は、戦いを恐れる。僕は、戦いを共にする。ゆえに戦いに倒れるものよ、祝福されよ」
ランサーの振るう槍は容赦なくアーチャーの武器を破壊する。
アーチャーは都合数十回目にもなる投影で再び夫婦剣を出現させた。
「イシュタルの手で病に倒れた事実がそんなにも気がかりだったのか?」
「当然」
アーチャーの鮮やかな弧を描く切り返しでランサーの槍が破断する。
ランサーもまたすぐさま武器を修復してみせた。
「残念ながら君には分からないだろう、自分自身の存在そのものが徐々に失われていく感覚を。
どれだけ無念だろうか、今まで戦いを繰り広げてきた自分を全て否定される有様を」
あの森の神フンババも天の牡牛も彼らは倒してきた。神すら拒絶した。
そんな自分が見る影もなく衰えていくのだ。シャマシュによって諭されなければ気が狂ったままだったかもしれない。
「倒れるならば戦いの場で、それが僕が今回の聖杯への唯一つの願望だ」
ランサーは槍を鎖にも戻して体の周囲を旋回させる。
アーチャーによって投げ放たれた夫婦剣はことごとく砕け散った。
「さ、て。そこで君だ。君が先の戦いで僕に対して放ってきた宝具の中では僕が見せてはいないものまで存在していただろう。
我が盟友しか所有していない、宝具の原典を」
「さて、そうだったかな」
先の戦い、それは百目木邸での戦いだろうと推測するアーチャー。
そういえば単純に同格の宝具をぶつけるだけでなく、少しでも相性面で有利に進むようにそんな事をした気もする。
それをおくびにも出さずにとぼけるアーチャーにランサーは笑った。
「とぼけても無駄さ。彼が財宝を集めていく様子は僕が一番間近で見ていたのだから」
「む」
「じゃあなんで未来の英雄である君がそもそも神秘の薄れた時代にあんなに多くの神秘を担っているか、我が盟友の宝具ではなく財宝を持ち出せたか。
答えはおとといの戦いが教えてくれた」
その先はランサーが口にしなくてもアーチャーは察した。
もちろんランサーにもアーチャーが察してくれたとは分かったが、あえて口にする。
「我が盟友は君の剣士の前に倒れた、違うかい?」
「だとしたらどうだと言うんだっ」
武器と武器の衝突で魔力が火花を散らすように光る。
力押しでは確実に負けると分かっているアーチャーはあえてつばぜり合いには望まず、剣を十字状に動かしてさばいた。
「なら僕はもう『聖杯戦争』にはこだわらないさ」
ランサーの槍は驚くほど軽く跳ね飛ばされ、彼もまた跳躍してアーチャーから距離を離す。
猫のようにしなやかに着地し、彼は槍にしていた鎖を全て地面にばら撒いた。
「ソウマ」
「……いいのか? そいつで」
「ああ」
憐との死闘を繰り広げる双魔はランサーの声を聞いて間合いを離し、顔を向けずに質問する。
ランサーはそれに迷いなく返事した。満面の笑顔を浮かべたままで、一切の悔いなく。
双魔はそれをわずかに寂しそうな表情を浮かべたが、やがて意を決して瞳に強い意志を宿す。
「――最後の令呪をもって遠坂双魔が告げる」
一画だけ残された戒めの紋章が刻まれた腕に全神経を集中させる。
「ランサーよ、サーヴァントという枠から解放されたまえ」
そして、マスターとしての最後の命令を執行した。
ランサーは手を握って開いてその効果のほどを確かめる。
それを傍目から見ていた憐は再び宝具戦が始まるのかと思ったが、ランサーは再び鎖を手に取っただけだった。
鎖が這う音が聞こえた。
途端、鎖がそれに呼応するように様々な形に変化を遂げる。
槍だけではない。剣、斧、矛、鎚、鎌、刀、矢、鎧、兜、籠手、盾、その他様々な武装の形をした、奇怪なものが出来上がったのだ。
それをランサーは一振りすると、一メートル前半はある大剣へと変化する。
「ランサーではなく、エンキドゥとして君を倒そう」
アーチャーはそれに若干感慨したと同時に冷静に分析する。
鎖はランサーの意思一つであらゆる武器防具に変化できる。
今まではランサーというクラスの枠にはまっていたから槍だっただけの話だ。
つまり、彼はまさしくアーチャーとはまた別の担い手と言う事になる。
「アーチャー……」
憐はこうなってしまったからにはアーチャーに最後の令呪を使いたかった。
戦局がどうのこうのではなく、純粋にランサーと対等な戦いをさせたかったから。
しかし、令呪のあった腕にはもはや何も刻まれていない。
それが今になっては悔しくてたまらない。
思わず現在アーチャーの令呪を所持しているヨハンの方へと視線を向けようとして、
「最後の令呪をもって命じます。アーチャーよ、目の前の英霊に全力で勝ちなさい」
そんな涼やかな声を聞いた。
「ヨハン!?」
声の主、ヨハンの行為は最後の令呪の行使。
効率だけを見るなら明らかな愚策。それを自分がやるならともかく、ヨハンが行うのが憐には信じられなかった。
「……どうやら私もあなた方に毒されたようですね」
ヨハンの言葉はため息混じりではあったが、無表情に近かった顔にはわずかに笑みが宿っていた。
ただ視線はアーチャーにも憐にも向けない。あくまで遠坂の争いには我知らずを貫くつもりか、と憐は苦笑した。
「く、了解した我がマスター」
その姿がアーチャーの知る誰かに似ていたのか、思わず彼は唇を吊り上げて夫婦剣を構えた。
ただアーチャーの頭には夫婦剣だけでなく様々な武装の設計図が出来上がってゆく。
「未来の英雄よ。真名を聞いていいかな?」
「衛宮士郎」
「エミヤか。なるほど」
「……呼ぶなら出来れば士郎で頼む」
やや困惑した表情を浮かべてしまったランサーだが、アーチャーにも思うところがあるのだと断じた。
一方のアーチャーはとある人物を思い出していた。
それはいついかなる時も暴風吹き荒れるうえにまぶしくて何も見えない先で平然と歩んでいた存在。
紅き外套をはためかせ、彼は決して振り返ろうとしない。
それでも彼の背中は決定的なある事を語っていた。
それに全力で反発したのはいいのだが、至った世界は若干その弓兵と異なったものになってしまった。
それがいいのか悪いのかはともかく、その弓兵と再び相対した時に自分はあの名称で名乗れるのだろうか?
否。まだだ。追いついていないなら追い越す。追い越したなら引き離す。
絶対に負けられない勝負を別の形の英霊となった今でも行っているのだから。
「では行くぞシロウ!」
「来いエンキドゥ!」
マスターという、クラスという制約から解き放たれた二人の英霊は再び激突する。
「ぐ……はあっ……!」
セイバーの剣が馳せる。
放つ一撃は幻想種最高の存在、竜すら一刀両断してのけるほどの大きさを微塵も感じさせないほどの早い。
そして何よりも力強い。宝具の神秘ではなく彼の腕力こそが竜を撃破してのけたのだと誇示しているようだった。
真祖の姫の爪が唸る。
無風状態の大気を引き裂くように振るわれる爪は衝撃波すら巻き起こし、立ちはだかるものを飲み込む。
さながら真紅の波のように鮮やかに知覚できるほどだ。
衝突。魔力の奔流がほとばしる。
「……ぐっ!」
セイバーの破壊の剣がもたらした攻撃は山すら切り裂くのではないかと思われるほどの一撃。
しかし、それで真祖の姫の攻撃とようやく拮抗状態に持ち込む程度であった。
そしてセイバーの剣が一本だけなのとは違い、真祖の姫の腕は二本ある。
セイバーは衝突と同時に剣を旋回させて次の攻撃を防ぎきる。
力づくでねじ伏せられる自信はあったが、その時は剣で一刀両断する前に腹を引き裂かれている。
結果的にセイバーはなれない速度に頼る戦法を取らざるを得なかった。
Alt Nagel.
攻防の合間を縫って真祖の姫は腕を空振りさせる。
それだけで巻き起こる真紅の渦は容赦なくセイバーへと襲いかかる。
セイバーの鎧が、体が軋みをあげる。それでもセイバーはひるむ事無く逆にその機会を逃そうとはしない。
「おおっ!」
気合一閃。上段からの振り下ろしは容赦など微塵もない。
真祖の姫は両腕でそれを防御する。
腕の両断はならなかった。だが勢いまでは殺しきれなかったのか、真祖の姫の足元の地面が大きくひび割れた。
そして真祖の姫の体が大きく沈み、体勢が崩れている。
セイバーは両腕がふさがっている今の状況を好機ととり、ねじ伏せる体勢にはいった。
「我に力をーっ!」
セイバーは北欧の魔術、ルーンを行使する。
力を意味するウルズのルーンがセイバーの腕に刻まれ、その効果を示す。
拮抗状態にあった力関係の天秤がセイバーへと傾いた。
全身のありとあらゆる箇所から力を搾り出し、真祖の姫の頭蓋むけて竜破壊の剣は近づいてゆく。
真祖の姫は無表情を崩さないものの、腕からは少量だが血がにじみ出ていく。
技術も何もない。そのままセイバーは押し切ろうとして、
Karstjager.
一瞬で懐に入り込まれた。
「ぬうっ!?」
セイバーは苦し紛れに膝蹴りを行うが、既にセイバーの間合いではなかった。
真祖の姫の体が沈み、
Schweissen.
二メートル近くあるセイバーの巨体が逆に吹っ飛ばされた。
真祖の姫が行ったのは単純に腹部への肘撃ち。
だがそれは自信の体重と速度を全て相手に伝える、大砲にも勝る重い一撃だった。
真横に大きくはねとばれるセイバーは体勢を立て直そうと剣を地面に突き立てて勢いを殺そうとして、
Durstig.
今度は空中に大きく跳ね飛ばされた。
なんの事はなかった。
単純に真祖の姫は速く移動し、吹っ飛ばされるセイバーの後ろに回りこんだに過ぎない。
だが吹っ飛ばされた勢いから考えると、それは英霊にとっても末恐ろしいものだった。
Schnell Egel.
更に上空へと弾き飛ばされる。
さすがのセイバーとて大地を踏みしめて剣を振るうもの。
上空での戦いなどやった事もないしできるものでもなかった。
それでもセイバーは三連攻撃にも耐え抜き、再び体勢を立て直す。
どのような攻撃が来ようと対処できるように、もし真祖の姫が自身を無視した際には神秘を行使できるように。
その間一秒にも満たない時しか流れていない。
Grun Dich.
その上を真祖の姫はいた。
そして神話に出る巨人が破壊の鉄槌を振り下ろすように、真祖の姫は両腕をセイバーの背中にたたきつけた。
急落下してゆく身体を立て直す事はできず、セイバーは地面にめり込むように叩きつけられる。
真祖の姫は音も立たないほど軽やかに着地すると、セイバーには一瞥もくれずに歩み始めた。
勿論その先にいるのはロアに覚醒しつつあるディート。
なにやら少女が魔法っぽい事をしているようだが真祖の姫は気にも留めなかった。
それを目の端にとらえるセイバーは歯を食いしばって立ち上がろうとする。
と同時に剣先を真祖の姫に定め、意識を自己に埋没させた。
そして、
「
烈風を伴った突撃を開始した。
大地がめくれあがる。遠く離れた木々の枝が折れていく。嵐がむかっていくようにセイバーは突き進んでいく。
魔力と大気の流れで察知したのか、真祖の姫は両腕を突き出して阻もうとする。
そして、剣と手が衝突した。
真祖の姫は自身の身体だけでなく空想具現化で盾まで創り上げてセイバーの剣先から逃れていた。
セイバーはなおも魔力を込めて真祖の姫の喉下に剣を突き立てようと進む。
だが真祖の姫は耐える。神秘の行使を前にして彼女はなおも怯まない。
「もらった……!」
だがこの形は以前キャスター戦でも行われたやりとり。
ならば、その後に行う神秘もまた同様のものだった。
「唸れ我が竜破壊の剣よ!」
セイバーの咆哮が辺りに響き、彼は渾身の一撃でセイバーに剣を振り下ろした。
「
Schneiden Ende.
真祖の姫はそれに対抗すべく腕を振り上げて真紅の衝撃を津波のように発生させる。
だがセイバーの振るった一撃は竜すら破壊するもの。
いかに真祖の姫が巻き起こしたものであっても、そればかりは阻めはしなかった。
「……っ!」
真祖の姫が大きく揺れる。
彼女の体が後方に大きく飛ばされており、それを踏みとどまろうとしたために地面はえぐれてゆく。
結果的に真祖の姫は再びディートから距離を離してしまい、その前にセイバーが立ちはだかる形に戻ってしまった。
内臓が見えるほどの重症を負った真祖の姫だったが、世界からの供給を受けて傷を復元してゆく。
そして数秒後には傷は完全にふさがり、傷を負った事実を確かめるすべは服だけになってしまった。
負傷や疲労は一切感じない。真祖の姫はあくまで現れた姿そのままだった。
この結果はセイバーにとっても不本意なもの。
何しろ竜すら打倒してのけた全身全霊をこめた最大の一撃で敵を両断できなかったのだ。
つまり、シグルズというセイバーでは真祖の姫に致命傷を与えられない――。
「……く」
そのような事始めからわかっていた。
いかに攻撃力が高かろうと、この一振りはあくまでファーヴニルという竜を倒すために鍛えられた剣なのだから。
竜殺しの在り方である限り、グラムは真祖のような星の意思を倒す事などできない。
この場に立っている者がもし幾度となく剣を交えた小さな少女の剣士だったなら?
星の輝きをもってすればいかに真祖の姫だろうと回復する暇も与えずに両断してのけただろう。
そしてそれを成功させる技術も武器も彼女にはある。
「くくっ」
なれどこの身は剣騎士セイバー。
不可能を可能にせずして何が英雄か。
セイバーはグラムに完全性、そして太陽を意味するソウェイルのルーンを刻む。
聖杯から汲み取った知識によれば真祖は一応太陽を弱点とする。
ほんのわずかだが状況を有利に進められるはずだ。
無論この程度の小細工など所詮付け焼刃。
英雄が取っていい戦法では到底ない。
セイバーの狙いはもっと別にある。
「まさかこんな無謀な挑戦で心が奮い立つとはな……!」
狙うは一撃だけ。ただそれだけで十分。
その一撃を放つ機会だけを伺いながらセイバーは剣を振るう。
「おおおっ!」
たった一振りのためだけにセイバーは雄々しき声をあげて何百も剣を振るう。
布石は打ち続ける。その時に備えて――。
to the next stage……
本来なら一話で済むはずでしたが、長くなりすぎたので二話に分割。相変わらずの手口です。
ここまで来たからには裏話でも。
セイバーとランサーについては初期プロットから既に真名を決めていました。
ランサーをエンキドゥにした理由は単純に原作Fateのラスボスがギルガメッシュだから。
セイバーをシグルズにした理由はアーサー王に勝るとも劣らない剣士にしたかったから。
この二人は共に最後まで生き残るとしていたために揺るぎはなかった状態です。
セイバーについては戦法や願い、宝具から性格まで全てきっちりと定めていました。
なので書く際にも非常に楽が出来たかと思います。
問題はランサー。鍵剣のスペアのようなものと鎖を宝具とする事は決めていましたが、在り方は正直悩みました。
そんな時に光明を見出したのは『Fate/Zero』と原作である『ギルガメッシュ叙事詩』。
これで第42話以降のランサーを決定しました。今ではこちらの方が明らかに良かったと自分では思っております。
の、ために『Fake/states night』では完璧に驚かされましたが。是非やってください先生。
アーチャーについては次回にでも。
それでは次の舞台で。
2008年4月24日