Fate/the midnight saga

第52話


   /14日目

「ならこれから付き合わないか?」
「はあ?」
一分一秒でも大切な時間なのに、レンに付き合えと僕におっしゃるのですか?
いえ、僕自身は構わないのですが、レンは少しでも身体を癒さなければならない身。
僕後時に構っている余裕はないはずだが。

「いや、多分これから休息をとろうと少し動こうと結局あまり変わらない気がするんだ。
 だったら時間を有意義に使った方がいいだろ」
「なるほど、それではレンはこの間アオイとしたように僕と付き合えと」
この間アオイが切り出した情景が目に浮かぶ。

あれは僕には一切関係のない男女の付き合いというものだろう。
それをしようというのなら、僕相手ではレンには不相応だろうから断らせてもらおう。

「多分女の子と付き合うなんて当分の間ないと思うぞ。――それにまだ引きずってるしな」
レンは他人事のように笑いながら話すが、その端々に悲愴を感じられた。
やはり、男女づきあいとなると彼女を思い出してしまうのか。

「ではなぜ僕に付き合えと?」
「言っただろ。時間を有意義に使うために散策の相手でもしてくれって事。嫌なら俺一人で行ってくるつもりだが」
む、そういわれてしまうと断りづらい。
だが状況が状況なだけに……、

いや、状況が状況だからこそ行くべきか?

次に行われる戦いは間違いなく聖杯戦争の雌雄を決するものだ。
もしかしたらこれまで以上の死闘が待ち受けているかもしれない。
ならば、今のうちに心を休めておくべきなのではないだろうか。

心身ともに落ち着きを取り戻し、万全の状態で挑む事も重要だ。
レンはソウマとの決戦が待ち受けているだろうからなおさらの事。
ならば、少しでもレンの安定材料となるのなら僕ごときでも十分に役に立つ。

「分かりました。服装はどのように?」
「気合入れる必要もないだろ。それに徒歩で行くつもりもないし」
まさか馬車でも雇って町中を渡り歩くつもりなのか?
しかしレンはただ不敵に笑うだけで方法は教えてくれなかった。


「これがその方法ですか」
「まあな。この間キャスター神殿攻略の際に冬木の端から端まで疾走した時にも役立ったものだ」
今僕たちを乗せた自転車は坂道をものすごい速度で下りてゆく。

アーチャーが投影したという未来の自転車のためか、舗装されていない道でもゆれがほとんど起きない。
更に僕が後輪の車軸に足を乗せても分解する気配すらない。
これほど便利な乗り物があるとは。未来とはどれだけ技術が発達しているのだろうか。

十字路に差し掛かる。真っ直ぐで百目木邸、上り坂で柳洞寺、下り坂で町の方向だ。
レンは迷いもせずに下り坂を選択。更にペダルをこいで加速する。
速い。ものすごく速い。もしかしたら疾走する馬車より速いかもしれない。

「レン、車輪がとられて転倒はしませんよね?」
「毎日町内一周してた俺の脚力をなめないでほしいな。この程度の速度ならまだまだいけるぞ。
 実際キャスターのところに急ぐ時にはもっと速度出してたしな」
そう言っているうちにも更に速度は増してゆく。

確かに昨日セイバーに乗せてもらったグラニよりははるかに遅い。けれど逆に怖い。
流れる景色は爽快。人通りも少なくまるで専用道路のようだ。
それなのに僕は人にぶつからないか始終心配だった。


「到着。思った以上に時間かかったな」
「思っていたよりはるかに時間を短縮できたようですねっ」
僕は思わず皮肉を込めて発言してみたが、レンは気にも留めずに自転車を滑らせて停車させた。

さすがに日中の町内は人が多く、レンの突然の登場に人々は視線を釘付けにする。
ふとうかがってみると、なんだかその視線は「またレンか」と言っているように見えてならない。
しかも「レンなら仕方ないか」のような微笑まで浮かべている人もいる気がする。

「それで、到着とおっしゃいましたがここは一体?」
しかしレンが自転車を止めた場所は市場からも離れていて、僕が知る限りのレンなじみの店からも離れている。
人通りは多いから表通りには違いないだろうが、これといって目移りする店もない。
では?

「……いや、実は振り返ってみようと思ってね」
「ふりかえって?」
レンは力強くうなづき、腕を広げて辺り全体を表す。

「ここは俺とディートが始めて出会った場所なんだ」

「あっ……」
そうだ。そうだった。

ここは、僕がロアに意識を引きずられそうになった場所。
僕がせっかく買った買い物を取り落として、倒れそうになった場所。
そして、僕がレンに助けられた場所だったんだ。

「実を言うと俺もディートがアインツベルンの者だって分かってたから警戒してたんだが、いざ倒れそうになると反射的にね」
「後先考えずに行動をしたわけですか」
「おっしゃるとおりだ。別に言い訳はしない」
僕も僕で妙になれなれしいレンに警戒を払った事をちゃんと覚えている。
最初の出会いとしてはあまりよろしくなかっただろう。

あの時僕はレンとは生きる世界が違うと思っていた。
確かに違った。それでもレンが進んでゆく場所は僕に程近いものだった。
そして、少しでも許せないことがあったらすぐに脇道にそれてゆく。
だから彼は誰の目にも止まるのだろう。

「じゃあ、次行こうか」
「ええ」
レンは町中だというのに爽快なほどの速度で自転車を走らせる。
人の群れをかいくぐる様子はさすがというべきか、迷惑なのではというべきか。


「こんにちはー」
「おうレン、久しいじゃないか」
次にやってきたのは僕らが再会し、たびたび訪れるようになった茶店だった。
そしてここはアオイが勤めていた場所でもある。

「久しいって……まだ日数にしたら一週間も経ってないぞ」
「だけどよ、おまえさんときたら毎日来てるようなもんだったからな。少しでも顔見せなくなるなんてここ最近からじゃねぇか?」
迎えてくれたのは店の親方。顔を見たことがある客と勘定の精算を行っている。
レンは親方の言葉に「そうだったっけ?」と疑問を浮かべたのか、腕を組んで悩み始めた。

「だから大歓迎だぜ。今日は何食っていくんだ?」
親方は店中に響くほど豪快に笑い声を上げるとレンの背中を強く叩いた。
咳き込むレンは少し考えて、

「団子で十分だ。適当な数作ってくれないか?」
「ほう、数を任せてくれると」
唇を歓喜で歪ませる親方の様子にレンは自らの失態に顔を覆った。

「やっぱ二本ずつにしてくれ。店内で食べるつもりはないから紙袋に入れてくれると助かる」
「ありゃ、おまえさんが店内でゆっくりしていかないなんて珍しいな。黒の姉御に厳しい折檻でも受けたか?」
「…………いや、違う」
「なんだよその間は。もしかしたら図星なの――」
とまで言葉にしていた親方は、店内を見渡して何かを悟る。
そして軽くため息を漏らした。

「葵がいないからか」

店内はにぎわっている。人々の話で弾んでいるし、従業員もめまぐるしく動いている。
それなのに、しんと静まり返ったような気がした。
まるで夜道を一人で歩くような感覚。レンと親方双方の顔が浮かない。

「じゃあおまえさんがここに長く滞在してたのは黒の姉御との稽古の休憩なんかじゃなく、葵との時間を過ごしたかったからか」
「……分からない。俺個人の意見では葵を含めたこの店で流れる時間を共にしたかった、なんだがな」
レンは店内を物悲しげに見渡す。
店内はにぎわっている。けれど、最も明るかった人の姿がない。
たった一人だけなのに店内の様子はがらりと変わっていた。

寂しい。
聖杯戦争関係なしに日常風景の一枚だけを切り取ってみると、大きな変化が訪れているのがよく分かる。
その変化は二度と戻る事はない……。

「鈍いなら鈍いなりに一応気付いてるって所か」
「親方、それどういう意味だ?」
「自分で気付く事だな。俺が言ってどうするんだい」
親方は今度は意地悪そうに笑みを浮かべる。思わず苦笑いのレン。
ほどなくして従業員の女の子、多分僕とそう年齢が違わないと思う、が袋詰めのものを手にレンへと近づく。

「はい憐さん。今日は奮発しておまけつけちゃいましたから」
「串の本数が多いに一票、どうだ?」
「ぶー、違います。正解は串に団子が一つずつ多く刺さっているでした。わたしの給料から天引きなんですからごひいきくださいね」
「いずれにしてもありがたく頂戴しとくよ」
レンは女の子から紙袋を受け取ろうと手を伸ばす。

ところが、不意に女の子はすばやく手を引いたためにレンの手は空を切った。
レンが再び手を伸ばしても女の子は腕を使ってかいくぐる。
からかわれているんだと判断したのか、レンは少し頬を膨らませる。

「おいおい、頼むから渡してくれよ」
「憐さん」
だが、女の子は対照的に真剣な眼差しを彼に送っていた。

「実はわたしも憐さんの事が好きでした」
「……え?」
突然の告白に周囲は自分達の会話をやめて一斉に女の子の方に振り向く。
目を見開くレンだったが、女の子の目は単純に愛の告白ではないと物語っている。

「いえ、わたしだけじゃないです。憐さんはあなたが思っている以上に女性から好意を持たれているんですよ。
 けれどその大半がそれは決して叶わぬものだと分かっていたから誰も告白しようとは思わなかっただけです」
「一体何を――」
まるで攻めているみたい――いや、実際攻めているのだろう。
女の子は口調と共に視線を鋭くしてゆく。

「葵先輩ですよ。あの人がいたからわたしたちは潔く身を引いていたんです」

店内がざわめいた。

「正直憐さんが葵先輩が二人きりでお出かけになられた際、ようやくあきらめがついてました。
 だってきっとわたしたちの想いは葵先輩には遠く及ばない。わたしたちがどれだけ想おうとも、あの人はきっとそれより深くあなたを愛する。
 だからその想いがようやく報われて、あんなに幸せそうな葵先輩なんて見たことも聞いたこともありません」
女の子はレンを睨みつけた。
なるでレンが親の敵だといわんばかりに、凄まじい殺気をこめて。

「それなのに、あなたはそうやって平然と他の女を連れまわすんですね」

「……」
レンはうつむき加減のまま言われるがままになっている。
反論は一切しようとせず、ただ女の子の言葉を真摯に受け止めているようだった。

「その女と葵、女性としてどちらの方が大切なんですか?」
「葵」
「…………え?」
即答だった。あまりに返事が早かったために女の子もしばらくそれが返事だったと認識しなかったようだ。
周りの人間もそう。皆がレンの方を凝視してかたまっていた。

「人間として、ならどっちも大切な人だから比較しようがないと答えただろうけど、女性としてならディートには悪いが、やっぱり葵だ」
「憐、さん?」
レンは自分の考えを固めるようにうなづく。

「始めは確かに妹のような存在であまり認識してなかったな。色気や艶を増していく様子は見ていて目を奪われる有様だ。
 でも……いや、だからこそ俺は葵には幸せになってもらいたいんだ。そして、その相手は間違いなく俺じゃない」
「な、にを言って……!」
女の子の手が震える。
部外者の僕から聞いてもレンの言葉は女の子の怒りを煽り立てるものだ。
当然女の子はそのまま手を勢いよく振るって――、

「だって、その結果が今なんだから」

その言葉で硬直した。
にぎわっていた店が一瞬だけ静寂に包まれる。

「聞いたんだろ、今葵がどうなってるか。見たんだろ、その葵を見た人たちが嘆き悲しんでいるのを。
 結局のところ俺は葵を幸せにするなんて到底出来ないらしい」
「あ……ぅ……」
女の子はレンの言葉に必死に反論しようとしているのだろうか、一生懸命言葉をつむごうとする。
けれど何も口から出てこない。視界をめまぐるしく移動させても、助けを求めるように親方に視線を送っても、何も言い返せない。

「ならもう俺は葵には金輪際関わらない方がいいかもしれない。葵の気持ちを裏切る事になろうとも、葵のためになるならそうする」
……なん、ですって? 今レンはなんと言った?
聞き逃せないものが、確かに聞こえた。

「――それは絶対に違う」
だから、本当だったら何も発言する資格なんて無いにもかかわらず思わず口にしていた。

「レン、あなたのおっしゃる主張は絶対に間違っている」
「……ディート?」
唖然とするレンに僕は自然と怒りがこみ上げてくる。
これだ。これがレンの最大の欠点なんだ。

「レンの言い分は英と同じものです。いや、その後自分のために動いた英より貴方のはなおたちが悪い」
「一体何を言って……」
「ではお聞きいたしますが、貴方にとって幸せの定義とはなんなのですか?」
「幸せの、定義――?」
僕に言われたレンはしばらく熟考する。
その様子に先程まで攻めていた女の子まで見守っていた。

「穏やかでささやかな幸せに包まれた日常を過ごす、ではないでしょうか?」
「そう、それだ」
しかしそれではいつまで経っても進みそうに無かったので、僕が今までレンから感じた印象で語ってみた。
多分これが全てではないだろうが、レンにとってはこれこそが幸せなのだろう。

魔術師の家系にいながら魔術師でなかったがために本当の家族愛を受けられなかったレン。
家族を失い、過酷な魔道へと進んでいったレン。
その果てに至った故郷、冬木での日常。彼が幼少の頃では決して感じ取れなかったものを味わったのだろう。
だから、日常にこそ幸せがあるものだと思っているはずだ。

「僕にとっての幸せは違います」
僕にとっては、レンの幸せは幸せでは決して無い。

冬の城で姉妹達と共にアインツベルンの悲願を目指した僕。
お嬢様がおっしゃられたかつてアインツベルンが願った尊い想いを胸に進んだ僕。
例え僕が僕でなくなろうとも気にかけてくださった方々に感動した僕。
その果てに至った決戦の地、冬木での日常。冬の城にいた頃では決して感じ取れなかったものを味わった。

「僕の幸せは、」
だからこそ言える。

確かにこの日常は幸せと呼ぶのにふさわしいものだろう。
そしてその幸せはどれほどの過酷な道を歩もうとも守るべき価値も間違いなくある。
けれど……僕はそんなのどうだっていい。

「大切な人と共に在ることです」

キャスターが、レンが、お嬢様が。
様々なかけがえのない方々がいたからこそ、この日常は幸福だったんだ。
だから別に日常は必須条件ではない。

例えその果てが地獄だろうとかまわない。僕はどこまでもあなたについて行こう。
あなたの思うままに……。
そのように思わせる方と共に在る事こそが、幸せと呼ぶべきものだ。

「僕はお嬢様に仕える事ができてよかった。ヴィヴィアンと過ごせてよかった。貴方と出会えてよかった。
 ならば僕は後悔はありません。お嬢様方のためならば地獄まで共に至りましょう」
「……俺の勝手で葵を地獄行きにはさせたくない」
「ですからそれは見解の違いです。貴方にとっては絶対に許容できるものでなくとも、アオイにとってはそれこそが本望なのかもしれませんよ」
いや、きっとそうだろう。
アオイなら地獄の果てまでレンを追いかけ続けていただろう。ハナブサを求めていただろう。
彼女は日常を大切にしていたけれど、どちらかを選ぶならばきっと……。

「貴方が幸福をとくのは止めはしません。しかし、他者にとってこの上なく残酷な貴方の幸福を押し付ける好意はやめた方がいい」
僕の言葉にレンは押し黙り、うつむくように僕から視線を外す。

確かに人間性を体現する魔術師であるレンは立派かもしれない。
けれどその結果、彼は後ろを振り向く余裕がなくなってしまった気がする。
必死になって彼を追いかけようとする人がいても、彼は全力疾走で置き去りにしてしまう。
……それがどれほど素晴らしくどれほど寂しいものなのだろうか。

「……最も、僕ごときがそのような発言をする資格など無いのですがね」
ええ、僕は結局その幸福の前に価値観と感情でものを決めてしまいがちだ。
もしランサーがアオイを殺そうとしていなければ、お嬢様がアオイを殺す様子を止めはしなかっただろう。
僕にとっては他者が不幸になろうとも守りたい存在、それがお嬢様なのだから。

「それでは僕はこれにて失礼させていただきます」
「ディート、待ってくれ……!」
なのでこの場においては邪魔者でしかない僕は退散する事にしよう。
所詮僕は日常という平穏にほんの少しの間だけ間借りしただけに過ぎない。
ならば、ここはレンが省みるべきところなのだろうから。

レンが止めようとしても僕は一切聞かず、店を出て行く。
日差しが強い。昼食を戻したくなってくるほど不快な気持ちにさせられる。
けれどここでは徘徊を止まらない。せっかくここまできたのだから、どうしても行きたい場所がある……。


 そうして僕は丘の上にいる。
目の前にそびえたつのはサンザシの木、シャルロットの墓標だ。
そしてキャスターと始めてめぐり合った場所でもある。

「お久しぶりです、シャルロット」
返事が帰って来ることは無いとは分かっているけれど、自ずと僕は語りかけていた。
僕はそっと自分の胸に触れた。

「貴女が生かしてくださった私はキャスター達のおかげもあってこのように今でも大地を踏みしめております。
 ですが貴女のニムエは残念ながらメドラウトに倒されてしまい、もう私の傍らにはいません」
シャルロットが令呪を使ってまで助けてくれた。
キャスターは僕を救うために僕に反逆までした。
今でもレンやお嬢様が僕の事を気にかけて下される。

どれほど素晴らしい人たちに支えられて今僕がいるか、語るべき言葉ももう無い。
その中でもシャルロット、貴女の行いは僕そのものを変えてゆくのには十分でした。
今となっては感謝も仕切れない。

「この先どのような結末になるかはもう私の手にはゆだねられていません。けれどどのような結果になろうと私は後悔はありません」
自分のために精一杯やってくれたのだから恨みなんて無い。後悔もない。
僕はただ感謝の思いを胸に、自分自身と戦ってみせる。

「貴女の強さを少しでも見習いたい。見守っていてくださいシャルロット」
自分自身に負けない心の強さを、あきらめない勇気を僕に。

僕は丁寧にお辞儀をしてからその場を立ち去ろうとして、ふもとから自転車をものすごい勢いでこいでくるレンを目にした。
程なくレンは僕の前で自転車を止め、サンザシの木を見上げる。
その上で彼は感嘆の吐息を漏らした。

「こんな立派な大木があったのか……。この前来た時は気付かなかった」
「無理もありません。これは聖杯戦争期間中に生えたもので元々この地に根付いたものではありませんから」
ああ、二週間ほど経った今でもありありと思い出せる。
シャルロットとキャスターとの出会い、ランサーとソウマとの戦い、そしてシャルロットたちの志を……。

「いや……、神殿攻略の際はサンザシの木に目が行かなかったからさ」
「あ」
そうか、レンも聖杯戦争のためにここに赴いた事があったんだっけ。
あのキャスターと対峙するために。

「あの時はとにかく必死だった。キャスターが召喚したブリタニア軍はとにかく強かったし、中には宝具持ちまでいたし。
 俺なんて腕を切断された上に瀕死にされたしな」
「う……それはキャスターを静止できなかった私に咎があるように聞こえるのですが」
「いや、そんな事がいいたかったんじゃないんだ」
レンはそっとサンザシの木に手を触れる。
その表情はどこか物悲しげだ。

「実はさ、俺がこうして魔道に進んだのは祖母の印象が強かったからなんだ」
「祖母? といいますと第一次聖杯戦争で基盤生成を補助し、マスターとなった方でしょうか」
レンは静かにうなづく。

「髪を長くしているのも赤が好きなのも魔術師としての技術も、みんな祖母の影響なんだ。
 あの人の魔術師としての側面はたった数日しか接せなかったけれど、それでも思想を含めて魔術師としての祖母を尊敬してる。
 ……双魔との決着なんて二の次でしかない。結局俺は祖母に認めてもらいたかったからこそ歩んだんだ」
「そう、だったのですか……」
次男であるレンに遠坂の魔術師としての一面を見せるはずがない。
だから、レンは本当の意味での家族からはないがしろにされていたのか。

「先生や悪友、それにシャルロットを始めとした俺よりもはるかに優れた魔術師にも出会ってきた。
 ただ「」に至る事を目的としたありふれた魔術師じゃなく、立派な志を胸に秘めた人たちもいたんだ。
 そんな人たちを見ているとこう思うわけだ。俺だって負けるわけにはいかない、と」
「そう、なんですか」
レンは一瞬だけ乾いた笑みを浮かべるが、次には視線を鋭くしてサンザシの木を見上げる。
強い決意を秘めた者のみがする硬い表情だ。

「俺はディートやクリスと違って「」に至ってから何をすべきか明確じゃない。というよりむしろあんまり興味ない。
 けれど……あれだけ立派な志を持った人たちが目指そうとしている根源がどんなものなのか、俺は確かめたいんだ」
「レン……」
レンは拳をかたく握り締めて天高く突き上げる。

「所詮二次的な理由でしかないけれど、俺は魔術使いでなく魔術師。この意思を曲げるわけにはいかない」

そう、か。それが貴方の魔術師としての在り方ですか。
人間としても魔術師としても明確な信念が宿っている以上、それが衝突した時の苦悩は計り知れないものなのでしょう。
そしてアオイの件については、魔術師としてレンを自身を、人間としてアオイを見つめて下した結論なのでしょう。

「……その道はとてつもなく困難なものです。貴方が一生を捧げても刹那の可能性すら生じないかもしれない。それでも貫くと?」
「貫く……と、聖杯戦争前だったら断言してたんだろうな」
レンは苦笑を浮かべながらサンザシの木を小突く。
それにこたえるように涼やかな風にサンザシの葉が揺れる。

「戻ってくるまでは人間性がありながらも俺は魔術師だった。 けれどこの町でも俺は様々な人たちと再会した。
 英ねえや葵たちのように俺にとっては意味が大きい新たな出会いもあった。……それで魔術師の自分とは異なったものが生まれ始めた」
「アオイや柳洞英が求めた日常を過ごすレン、ですか」
それはアオイがマキリの魔術師でありながら必死に守ろうとして、英がメドラウトという真名を捨てるよう迷わせるほどのものだ。
たった二週間ほどの僕でもささやかな幸福を感じるほどだ。レンにとっては計り知れないものがあるに違いない。

「何度も何度も自分に問いかけたもんだ。このまま魔道捨てて日常過ごしてもいいんじゃないか、とね。
 結局俺はその結論を聖杯戦争にゆだねる事にしたんだ」
「――そしてその答えは?」
僕は思わずレンの答えが口にされる前に聞いていた。

アオイのように全てが消去され、英がメドラウトとして幕を下ろしてしまった今、彼が下す決断は?
アインツベルンの城へ赴く前は魔道へと突き進むものだ。けれど、レンが普通の魔術師になるとはとても思えない。
自然と僕は固唾を呑んでいた。純粋な気持ちから僕はレンの答えが知りたかった。

「……その答えは――」
彼は青く果てしなく広がる空を仰ぎ見ながらしばらく沈黙する。
そして、彼は予想を超える解いを口にした。

「両立を目指す」

「両、立――」
あなたはそれがどれほど困難で、数え切れない挫折が待ち受けているか分かっているはずです。
この聖杯戦争だけでもそれを幾度となく味わっているのに、それでも貴方は目指すというのですか――。

「キャスターは自分とどれだけ親しい人を裏切ろうとも己の道を突き進み続けた。
 その人を裏切る事になろうとも、結果的にその人のためになるならば憎悪を一身に受ける覚悟を抱き続けた。
 彼女の目指した星の光は……永久に心に在り続けたんだから」
キャスター。人々の思いをカタチにし、ブリタニアの騎士達を召喚した神代の貴婦人――。

「英ねえは自分の想いがどれほど報われなくても走り続けた。
 その想いがあったから葵を誰よりも大切にしたし、同胞や兄弟の血に染まっても終焉の剣を振り続けた。
 彼女の目指したささやかな願いは……純粋なものなんだから」
前セイバー。ブリタニアに終焉をもたらし、誰よりも人の想いを求め続けた復讐の剣士――。

「そして……アーチャーはどれほどの地獄を見てきても、どれだけ想いを裏切られても決して理想を曲げなかった。
 彼がめぐりあった大英雄の技は、迷いなき信念は、勝利の剣は、……そして冬の世界は決して消えることのない想いになって彼と共に在り続けた。
 彼の尊い無垢な思いは……果てしなく長い道を歩んできても輝き続けたんだから」
アーチャー。アインツベルンの世界を心像風景とし、聖剣の剣士を従えていた未来の英雄――。

「幼かった時に抱いた思いも、成長して新たに抱いた思いもみんな本物だ。偽者なんか存在しない、俺の中で輝き続けるものなんだ。
 ならアーチャーを召喚した俺は彼に絶対に負けられない。駆け抜けていった英雄達に負けられない。
 挫折な苦難なんて知った事か。結末がどれほど悲惨なものになろうと俺は全てを受け入れる。その上で今度は最善に出来るようにがんばる。
 だから立ち止まってなんかいられない。だって――」
レンは自分の胸の辺りをわしづかみにした。
ピアニストのようにも思える指先はとてつもなく力強い。今のレンの決意の全てをその指先だけで示していた。

「このかけがえのない想いは本物なんだから――!」

その様子はそれまでのレンとは打って変わっていた。

百目木邸の戦いという残酷な現実を突きつけられ空虚になって彷徨っていたレンは見ていて痛々しく、恐ろしかった。
それまでのレンからは考えられない、以前のレンからすれば絶対に誤っていた決断をくだしていたような気がしてならなかった。
人間性を捨て去るなんて、レンではない。

けれど今はレンだ。
僕や冬木の町を救おうと懸命に駆け抜けて、自分の運命に真正面から立ち向かっていくレンだ。
そして……彼こそアオイを始めとして人々が魅かれるレンだ。

「では聖杯戦争終結の後はどのように?」
嬉しくなってくるのを懸命にこらえ、僕は彼に自然と聞いていた。
彼は若干うなりつつ考えをめぐらし、やがてうなづく。

「やっぱり一度英国に帰ってみようかと思う。魔術のためだけじゃなくて英ねえとキャスターが駆け抜けた大地を確かめたいしな。
 それからは正直未定。……だけど、冬木には絶対に帰ってくる」
あれ? それでは先程の主張とは食い違いがある。

今レンが示している決意はおそらくアインツベルンの城で行われた一戦の後のものだろう。
そこまでの彼と昨日や今朝の彼を比較すれば一目瞭然だ。
だけれど茶店での様子はくだんの一戦前のレンとしか考えられなかった。
だから僕はそんな彼に対して怒りしか湧かなかったのだから。

「ではアオイはどうするのですか?」
だから疑問を思い切ってぶつけてみる。
レンは即答するように静かに、だけど神妙な面持ちで首を横に振る。

「言っただろう、俺が葵を幸せにする事はできないと」
「……しかし」
「悪いが俺は葵が幸せならそれで十分、みたいな聖人君主じゃない。俺のせいでまたあんな事になったら……俺がたえられない」
僕は思わず言い返そうと前に進み出ようとする。
しかしレンはそれを手で静止させる。

「だから、」
彼の目は語っていた。それでは決して終わらないと。

「俺は絶対にもっと大きな存在になろうかと思ってるんだ。その時葵がまた俺に振り向く事があれば、それに答えられるように。
 奇跡でも起こって英ねえが俺の目の前に現れても、「あんた倒して葵もらうっ!」みたいに豪語できるほどにね」
レンは決意とそれはいずれ叶うという絶対の自信を込めて微笑んでくる。

……それでこそレンです。 僕も思わず微笑んでいた。
自然に浮かべた笑みなど一体どれだけ久しぶりだったのだろうか。

「まあ、それまでに葵が他の相手でも見つけてたら素直に賛辞でも送るさ。要はまだまだな自分を見つめなおして、成長させる時間がほしいって所かな」
随分とあっけらかんと言ってくれる。
しかしそれもアオイを大事に思っているからこそ、身を引くときは引くのか。

「さあディート。時間も限られてるし、次いくか」
「はい」
出発と同じようにレンの背中に自分をゆだねるような自転車の乗り方をする。
僕の方を確認すると彼は勢いよく自転車を漕ぎ出した。

丘を駆け下りる速度は段々と上がっていく。両端に映る風景は瞬きする間に通り過ぎていく。
これも先程の焼き増し。
けれど今抱いている安心感は先程は決して感じなかったものだ。

今はレンの背中がとても力強く、頼もしい。


   /

「柳洞寺到着ー」
「……随分と早い到着でしたね」
「英ねえに見つかったら間違いなく剣が飛んできかねない反則もしたけどな」
すみません、それには苦笑するしかないです。

 霊脈の丘を去った後、僕らはこれまでの聖杯戦争でめぐった様々な箇所に再び足を運んだ。
僕らとレンらでは送った聖杯戦争に違いが多いので会話は自然と弾んだ。
そうして僕らは冬木でキャスターの神殿があった場所とは正反対の場所、柳洞寺に来ていた。

ちなみに元神殿の場所に行くのに僕は身体強化の魔術を使って走った。
今度のレンも同じ手法を使ったのだ。ただ慣れない僕と違って戦闘でも行使するレンの方が構成が自然だった。
柳洞寺の石段もそう。平地と同じ速度で彼は疾走したのだった。
そのために夕方までには柳洞寺に到着できた。

最も、普段の訓練で行う町内一周の際にそれを行うと一発で英にばれたらしい。
今は英雄だったからと納得しているが、それまでなぜばれるのか不思議でならなかったとか。
持久力増加は大切だからと自分を納得させていたようだが。

「……やっぱりもういないんだな」
レンは柳洞寺の門前を通過する際、どこか寂しそうにそのようにもらす。
いないとは英の事だろう。彼女がメドラウトとして消滅したため、もう門前で彼を出迎える存在はいない。

 境内は数日前に悲劇があり、死闘が繰り広げられたとは思えないほど平穏だった。
本当にここでバーサーカーとライダーが倒れたのだろうか……疑いたくなってしまう。
更に拍車をかけるのは役人の立ち入り検証が終わり、疾走事件を聞いて駆けつけた寺の僧侶達がいるせいだ。

「憐」
僕たちの来訪に気付いたのか、廊下を歩んでいた一人の僧侶が足音を立てずに近寄る。
レンは彼に向けて慇懃に礼をした。
彼の長い髪が河のようにたなびく。

「柳洞住職、お久しぶりです。冬木にお帰りになられていたのですね」
「うむ。ついおとといの事ではあるがな」
僧侶、住職はうかない表情を隠そうともせずにレンへとなお歩み寄る。
彼がそんな様子な理由は当然あの事だろう。

前キャスターたちによる柳洞寺襲撃。

「冬木に残った寺の者を襲った事件は結局真相をつかめそうにないらしい。役人も不甲斐ないものよ」
「……そうですね」
当事者の一人として、レンは申し訳なさそうな面持ちで押し黙った。
僕もなんとも言う事ができなかった。

「憐がそう気を病むな。お主はこれを食い止めようと駆けずり回ったのだろう?」
「――え?」
呆けた声をあげたのはレンだったか僕だったか。
彼はなお調子を崩さずに淡々と告げる。

「お主達が敵を討ち果たしたのだろう。柳洞寺の僧を代表し、この柳洞が礼を述べる」

――なぜ、今まで冬木の地にいなかった貴方がそれを知っている?
いやそれよりなぜ一般人である住職が一連の下手人である前キャスターの存在を知っている?
僕は思わぬ展開に思わず身構えようとして、何とかとどめた。

「英殿が大雑把に教えて下さったが詳細には教えて下されなんだ。聞いているのは下手人のほとんどをお主達が倒したとだけだ」
「英ねえが?」
なるほど、英なら話すかもしれないし住職には大雑把でも聞く権利がある。
その下手人の中が魔術師と英霊だとはさすがに語っていないようだが。

ゾォルケンマキリら、マトウアオイら、バーサーカーら。
もはやアオイを除けば全員既に死亡している。再起可能なのはゾォルケンただ一人だ。
前セイバーの英を含めて、柳洞寺を生贄に捧げたものたちはもう……。

「納得はいかなかったが先々代の遺言に英殿について詮索するなとあっては致し方あるまい。
 それに英殿の様子をうかがうと、とても全てを話してくれるとも思えなかったしな」
「でしょうね」
レンは住職の言葉を一切否定せずにうなづいた。
住職は思い悩むように手で顔を覆う。

「しかもあの方は下手人の中にご自分の含まれているとおっしゃったのだが、本当なのか?」

「――それを英ねえ自身が言っていたのですか?」
住職は無言で首を縦に振った。
あの英が、自分から行いを告白した――?

英こと前セイバーはアオイのサーヴァントだったからあくまで黙認だったはず。
今となってはアオイが言っていた、彼女が柳洞寺の一件を快く思っていないのか確認しようもない。
けれど、あの英がそれを好意的にとらえているとは到底思えない。
ならば英はあえて下手人の一人と表現して主犯格のようにとらえさせたというのか。

「その上でもうこの柳洞寺には戻らないと深くお辞儀まで行ったのだ。正直言うとわけが分からぬ」
「そう、ですか」
おとといはアインツベルン城での一戦があった日付。
冬木に帰ってみれば残っていた僧侶は殺され、長く滞在していた英は去ると宣言されたんだ。
住職の困惑具合は当然の事だろう。

「お主ならば何かを知っていると思うのだが、彼女いない今では聞くだけ野暮というものであろう」
「そのように判断して下さって助かります」
「……そうか。ゆっくりしていけ」
住職はそのまま来た時と同じように足音を立てずに去っていった。
そうして残ったのはレンと僕だけになった。

「随分とあっさり引き下がりましたね」
「柳洞住職もそれだけ思うところがあるんだろうな。まあ、静かにしておこう」
レンは賽銭箱を前にして硬貨を一枚だけ放り込む。
そして手を合わせて黙祷。数秒後にその動作をやめるとこちらに振り返る。

「レンは神仏を信じているのですか?」
「いや、実は全く。単純に願掛けの意味で祈ってはいるかな」
そ、そうですか。その宗教を信じる人たちにとってはたまらないような気がするのですが。
まあ、魔術師たる僕も宗教は一切信じてはいないので言う資格はありませんが。

「それに、祈ると言うよりは誓うためにここに来たようなものだしな」
「……英にでしょうか?」
レンは静かにうなづく。
そして彼は竹刀袋に包んでいた日本刀を鞘から抜き放ち、それを高く掲げる。

「例え受け継いだ剣がなくとも俺は英ねえから数多の技術、経験、存在を学んだ。
 英ねえはもういなくなっちゃったけれど、俺の中で彼女は先を歩んでいる。
 俺はこの剣にかけて英ねえを超えるように奮闘してみせるってね」
日本刀はそれに答えるように日光の光を受けて輝いた。

ああ、それはきっとアーチャーも歩んだ道なのだろう。
どれほど前に進もうともその想いがかすむ事は決してない。
その果てに至ったのがあのアルトリアが失った黄金剣で、キャスターの宝具を用いて行使した召喚なのだろうから。

ならレンもまた剣士として英の後を追い続けるのだろう。
キャスターに尊い光も学んだのだから、いずれはレンも前セイバーのような神秘を行使できるのだろうか?
けれど、

「英雄を超えるとは大きく出ましたね。レンは英から結局一本も取れてなかったではありませんか」
「う……っ。それはまあ……今後に期待?」
「なぜ疑問系なのですか?」
そうなるのは当分先でしょう。
今のレンが全力疾走を続けても、きっと人生の果てにようやく至れる場所なのでしょうから。
それでもレンの想いが絶えない限り、いつかは必ず――。

「まあ、英ねえは結局セイバーでも柳洞英でもなく、メドラウトとしていなくなっちゃったからな。
 俺が誓うのは俺が師匠にしてた大切な存在、英ねえに対してだけどな。
 だから奇跡でも起こって俺が至るような事があっても『英ねえ』が出迎えてくれるなんて事はなさそうだけどな」
レンはそう言いながら豪快に笑うけれど、どこか乾いているようにも聞こえた。

……それは致し方がありませんよ。
柳洞英としてメドラウトが救われるなんて都合が良すぎます。
それでもレンとアーチャーは懸命にがんばったのだから、むしろ誇ってもいいと思います。

「あー、だとしたら結局英ねえは勝ち逃げしたって事だよな。
 こんな事だったら上達速度をもっと上げて英ねえから一本とって、英ねえの剣をもらえばよかったなー」
「英の剣? しかし終焉の剣はアーサー王を葬り去ってもうその意味を果たしてしまったのだから、もう剣がないのでは?」
「英ねえはそんな事言ってたけどな」
レンは収め刀するとため息を漏らしながら頭をかく。
英ねえがいなくなったんだから境内くまなく探すかなど独り言をつぶやく姿は多少みっともない。

「まあ、愚痴は後でいくらでもできるか。それじゃあ帰るか」
「ええ、そうですね」
僕はキャスターとシャルロットに決意を、レンは英に誓いをたてたのだから、それを果たさねば。

 僕たち二人は顔を見合わせて、互いに力強くうなづいた。
待ち受けるは決戦。相手は巨大な存在、そして立ち向かうべき定め。
僕たちはそのまま柳洞寺を立ち去ろうとして、

「憐」
住職に呼び止められた。

「なんでしょうか?」
「おぬしに渡すものがある。受け取れ」
出鼻をくじかれて若干不機嫌そうに振り向くレンに対して、住職は木箱を放り投げてきた。
レンはあわててそれを受け止め、怪訝そうにそれを観察する。

大きさからすると長さ一メートルを超える直方体だろうか。
厳重に紐がかけられていて結び目は決してほどけそうにない。
切断しない限り開封は無理だろう。無断で除けば一発で判明するわけか。

「なんですか、これ?」
「さて、おれは渡せと命令されただけだからな」
そのようにつぶやくと住職はきびすをかえした。
自分はこの件に干渉しない、と言うよりは自らの立場をわきまえているような印象を受ける。

「開けてみるか」
「はい」
レンは再び抜刀、弧をかいた一閃で封されていた紐がほどける。
そして木箱をゆっくりと開けてゆく。

「これは……!?」
そして彼は思わずだろうか、驚愕の声をあげた。

それは一振りの剣だった。
しかし決して英がメドラウトとして使用していた終焉の剣ではなかった。

 その西洋剣は在り方が尊くも無骨でもなく、とてつもなく神聖だった。
剣身に刻まれた文字は古代ヘブライ語。装飾は神々しいほど豪華にも質素にも感じられる不思議な印象を与える。
色で例えるなら銀か青。切れ味はさすがに分からないが、どのように考えても儀式用のものだろう。
無論、関係する神秘は、

「キリスト教の概念武装……いや、宝具でしょうか?」
「けれど英ねえはメドラウトであってモードレッドじゃない。キリスト教徒の叛徒じゃないからこれが英ねえと関係してるとは思えないんだけど」
しかし英が消滅した今でも残っている彼女の遺物は、召喚の際の触媒以外には考えられない。
つまり、メドラウトはこれをもって召喚されたはずだ。

「では一体……」
思い出せ。アインツベルンで学んだあらゆる物語を、文献を、伝説を。
その中でメドラウトが召喚されそうなキリスト教の聖遺物が中にはあったはずだ。
深く、深く考え――、

「あ……」
一つだけ思い当たった。

「心当たりがあるのか?」
僕はレンの問いに肯定するけれど、実はあまり答えたくないものだった。

「これはアーサー王の所持していた聖杯王の剣です。そしてモードレッドが王座を奪った際に彼の剣となったはずです」
「聖杯王の剣? そんなものアーサー王物語で登場してたか?」
「頭韻詩 『アーサーの死』に記されています。名称は確かクラレント。実際にあってもおかしくはないかと」
そう、これならば納得がいく。

聖杯王の剣とは文字通りアーサー王物語に登場する魔法の大釜が聖杯に変わった時に新たに登場したもの。
そしてこの剣はモードレッドが叛徒の逆心であった何よりもの証になる。
けれどこれを使って当時のゾォルケンが召喚したのが単なる復讐鬼かつ叛徒の逆臣モードレッドではなく、想いを持ったメドラウトだったのは結構意外だ。

「しかしこれはレンの目指す星の輝きとは無縁の一品。なぜこんなものをレンに……?」
「それについては手紙に書いてありそうだな」
レンは木箱の傍らに申し訳程度に備えられていた紙を広げ、読み始める。
その間たったの数秒。その内容は簡潔に最低限にしか書かれていなかった。

『これを適当に処分してもらいたい』

しばらく静寂が時を流れる。
その中でレンの目の前にある剣だけが場違いに神々しく輝いていた。
やがてレンはなにを思ったのか、それを無造作に地面に突き刺す。

「英ねえを英ねえとして倒れてもメドラウトとして倒れても、結局この剣は不必要になるからこんな書置きを残したのか」
「レン……」
彼はその手紙を丁寧に畳もうとして若干しわが出来てしまう。
それが神経を逆なでしたのか、レンは手紙をぐしゃぐしゃに丸めて魔術を行使。消し炭にしてしまった。

「こんな剣……英ねえにもメドラウトにも必要ないだろうが。どんなに神聖でも無一文の価値すらない。
 英ねえもアルトリアもこんな剣の栄光のために走ったわけじゃないんだから……!」
「ですから『アーサー王』の下へ返却しろとすら書いていないのでは? しかしこれを処分すると言う事は……」
「英ねえが『モードレッド』では完全になくなる、って事か」
言い方が随分とぶっきらぼうですが、何がそれほどレンの癇に障るのでしょうか。
聞こうと思ったのだが気分を害したくなかったので黙る事にする。

「結局メドラウトに関しての一品か。あまり面白くないな」
だと言うのにそう断言なさらないで頂きたい。せっかく気を利かせたというのに。
思わず眉間にしわを寄せた僕に気付いたのか、レンは苦笑いを浮かべてくる。

「いや、英ねえはライダーを葬った宝具だって言ってたからてっきり終焉の剣やその系統かと思ってたんだけど……欲張りだったか?」
「確かに。稽古の際におっしゃっていた様子では彼女にとってかけがえのない一品を譲るかと思っていたのですが」
「まあ、最後まで雑用を押し付けるってのも英ねえらしいけれどな」
彼は聖杯王の剣を地面から抜くと本当に遠慮なく木箱に突っ込もうとして、

「「あ」」
木箱ごと落とした。

「……レン、いくら気分を害しているとはいえ物に当たるのはどうかと思いますが」
「いや違うって! 今のはわざとじゃなくて偶然だ信じてくれ!」
さて、正直なところ信じたいとは思いますが、残念ながらそうは出来そうもありませんよ。
レンは顔を押さえながら深いため息をもらし、膝を曲げずに身体を曲げて剣と木箱を取る。

「ん?」
だが彼は何かに思い当たったのか、突然剣を地面に投げ捨てて木箱をじっくりと観察し始める。
そして耳を近づけ、側面四方と底面を軽く叩いた。

「……底面の音だけおかしいですね」
「やっぱりそう聞こえるか? 俺もそうだ」
先程見渡した際に木箱の厚さも測ってみたけれど、全ての面で同一だったはず。
なのに底面だけ何か細工がされてある?

いや、そもそもこの木箱は何かおかしい。
聖杯王の剣はありふれた西洋剣とほぼ同じ長さ。せいぜい一メートル前後だ。
しかしこの木箱は明らかに一メートル二十センチほどだ。明らかに尺があまっている。
もしかしてこれは聖杯王の剣を入れるためのものではない?

「ふんっ」
レンは容赦なく木箱の側面を破壊し始めた。
釘を使わずにかみ合わせだけで組み上がった木箱はあっという間に分解し、板となって地面に転がる。
そして最後の一面が破壊し終えた時、レンの手元に残ったのは底面の二枚の板だった。

「に、二重底……英ねえきたないぞ」
「ではその中身は……?」
顔が若干痙攣するレンはぴったりと合わさった板をはがす。
その直後、石畳の上に響く金属音。
僕とレンは思わず視線をそちらに移した。

 それは日本刀の刀身だった。
見る限り材質と造りはレンの所有する日本刀とそう変わりない。上質な一品ではあるが切れ味は宝具のそれにはるかに及ばないだろう。
けれど特筆するべきはそんなものではなかった。

これは、終焉の剣の在り方をしていた。

むろんこれは宝具ではない。と言うより概念武装としてもおそらく使えない。
それでもこれはまぎれもなく終焉の剣だった。
たった一人の尊く輝く想いを汲み取って創られた、英の刀だった。

「こ……これは……?」
レンは呆気に取られながらも刀身を手に取り、柄の部分を見つめた。
刻まれている銘はブリトン語でもウェールズ語でもなく、日本語だった。

『想いよ、本物であれ 柳洞英』

「もしかしてこれは英ねえが製作した剣なのか?」
「た、確かに英は技術と速度で斬る技術にあこがれていたふしがありましたが、日本刀をこれほどの形で自主制作できるほどの技術が……?」
いや、確かにありえる事だとは思う。

英の母は湖の貴婦人ことモルガン、もしくはアンナ(モルゴース)だ。
黄金剣を創り上げたのは湖の貴婦人、鍛えなおして勝利の剣にしたのが湖の貴婦人ことニムエ、そしてそれに対抗すべく終焉の剣を作ったのはモルガン。
ならば、メドラウトが湖の貴婦人の属性をわずかながら受け継いでいてもおかしくない。
つまりこのような刀を作り上げてもなんら不思議ではないのだ。

「……けれどこれって概念武装としても使えなさそうだな。在り方以外は全部普通の業物と変わりないっぽい」
「ええ、神秘だけを見れば聖杯王の剣とは比べようもないほど劣っています」
その在り方とて終焉の剣とは比べようもない。
あくまで英が柳洞英として在り方だけを変えずに剣の本質を模索した結果生み出されたものだろう。

レンは文句を言うけれど歓喜をおさえきれていなかった。
紛れもない、メドラウトではなく柳洞英が残した剣を前に笑みを滲ませる。
やがてそんな取り繕いもあきらめたのか、高々とその刀を掲げた。

「絶対に俺はこの刀に誓って信念を貫き続けて見せるぞ。英ねえに、ここでこうして誓った俺自身に笑われないように」

ええ、がんばってください。
どれほどの挫折や絶望が待ち受けていようと、貴方は突き進んでいった数多の人々や英雄を見てきた。
ならば彼はもう迷わないだろう。きっと彼の想いは燦然と輝き続けるはず……。

「じゃあ今度こそ帰るか」
「ええ」
ならばどんな言葉も無粋。あとはそのまま物事にぶつかっていけばいい。
彼のカタチも僕のカタチも、崩れようのない本物なのだから――。




to the next stage……


第53話に続く

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 と、いうわけで最後の日中をお届けいたします。
相変わらず文章がくどい。けれどそれを崩すと今までの話と差異が生まれてしまいますし、問題です。
本来なら決戦直前まで書こうと思っていたのですが、容量の都合で次回に持越しです。
この調子でいけば二周年をもって完結できるかも? なんて甘い考えを持っちゃったりしてます。

 憐の在り方については予想以上にうまく修正できたのではと思います。
実は葵の結末後の憐をどうするかは結構悩んでいました。別の意味で成長させるか、始めの頃の憐を昇華させるか。
ディートの一人称なので心境の変化を書けなかったのは残念ですが、これもまた一つの形と言う事でおちついています。
英の残した刀についてはのーこめんと。唯一ついえるとしたら、終焉の剣はカムランの地で終わったというぐらいでしょうか。

 ちなみにこの話には没シーンが存在して、それだけで13kb行ってます。
どれだけ書いてるんだろうか自分。
まあ……決戦前のひと時を書こうと思い至ったのが正直な話、51話を書いている辺りだったんですがね。

 それでは最後の舞台で。
   2008年4月20日


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