Fate/the midnight saga
第48話
/12日目・interlude
キャスターことニムエを倒しても前セイバーことメドラウトの表情は冷淡であり冷酷であった。
かつて共にブリタニアの大地を走り抜けた間柄だったからこそ、メドラウトはためらわなかった。
しかしメドラウトはキャスターの最後の言葉に嘲笑しかけていた。
なぜキャスターはあの状況で満足した笑みをうかべられる?
ちゃんと彼女には自分の考えを伝えた。しかしあの貴婦人はそれでもなお自分を否定していた。
メドラウトを、モードレッドを阻むものがこの中にいると。
馬鹿馬鹿しい。マスターに英国出身のものはいないし呼び出された英雄はいずれもブリタニアとは無縁の者ばかり。
やはり前セイバーや柳洞英を止められても、メドラウトやモードレッドを止める者は存在しない。
メドラウトは確信して一呼吸置いた。
(損傷が思ったより酷い。メノウ、よろしく頼むぞ)
(結構。令呪を一つ消費して回復しましょう)
遠く離れた遠坂邸で瑪瑙は己のサーヴァントとなったメドラウトの知覚と使い魔を通じて状況を把握していた。
辛くも勝利を収めた事に瑪瑙はとりあえず安堵の吐息を漏らす。
「令呪をもって我が傀儡に命ずる。竜の息吹をもってその身を癒したまえ」
竜の因子を持つメドラウトの自然回復は常人よりはるかに早い。
瑪瑙はそれを令呪で大幅に効果を向上させ、メドラウトがニムエに受けた傷を癒していく。
もちろんそれに伴う精神の疲労は増していくが、実害よりははるかにマシである。
令呪の効果が切れた頃にはメドラウトの傷は癒えていた。そして魔力も十分に漲っていた。
もはや彼女を阻むものは誰一人おらず、メドラウトは行進を始める。
向かう先は戦闘を続けるランサー組とアーチャー組ではなく、セイバー組だった。
それを見たクリスはセイバーを、ヨハンとジェイナはクリスをかばうようにして立ちはだかる。
前セイバーが真っ先にセイバーを倒そうとするのはクリスも考えていた可能性だった。
何しろセイバーは竜破壊の剣士、竜の因子を持つメドラウトにとって相性は最悪。動けぬ今こそ絶好の機会なのだから。
無駄なのを承知でヨハンはメドラウトを睨む。
「おのれ卑怯者、騎士であるなら正々堂々と戦いを挑んだらどうなのですかっ!」
メドラウトはヨハンの言葉に無表情のまま沈黙し、なおも歩みを止めない。
騎士道精神をかざしても全く反応を示さないほどメドラウトは本気だった。
やがてヨハンはジェイナに目配せをして軽くうなづく。
ジェイナもまたいつものように無表情でうなづきかえした。
「ヨハン? ジェイナ?」
二人の様子の微妙な変化に気付いたクリスは思わず二人の名前を呼ぶ。
敵と相対しているために二人ともクリスの方は向かなかったが、それでも端然とたたずむ二人の背中は覚悟を決めたものだった。
主人ですら有無を言わさないほどの強い覚悟を。
「ディート……?」
そしてもう一人、己のサーヴァントを失ったディートまでもが立ち上がり、決意を秘めた瞳でメドラウトを見据えていた。
彼女はそっとクリスを後方へと押し下げる。
もはやそこにはキャスターを失った動揺は見られなかった。
「残念です。このような結末になってしまったのは」
「今まで過ごした時は楽しかった」
「色々とご迷惑をおかけした私にまで寛大なる配慮と心配り、本当にありがとうございます」
ジェイナは壁に飾られていた小型の斧を二本装備して構えをとる。
ヨハンは敵と自分達の戦力を総合して最善の行動を導き出そうとする。
ディートは詠唱を開始し、二人の補助と敵の邪魔をこなそうとする。
「あなたたち、や――」
「私たちは往生際が悪いのよ。たとえそれがクリスだろうと命令に従うつもりはない」
クリスの発言をヨハンは最近まで使っていた乱暴なため口であしらってしまう。
しかしこの時ばかりはジェイナもディートもヨハンに同意した。
「アーチャーがランサーを倒した時こそ逆転の時ですから、その時まで私たちが出来うる限り時間を稼ぎます。
決してあきらめないでください」
「がんばる。クリスもがんばれ」
「……――」
クリスはなんとも言えない自分が、こんな状況にしてしまった自分が悔しかった。
この素晴らしき彼女らにこんな選択肢を選ばせてしまった不甲斐なさが。
そして、それこそが最善の選択肢だと冷酷に断じる自分自身が。
勝算は明らかに零。
それでもアインツベルンの名に懸けて、自分達の悲願のために、クリス達に敗北する事は出来ない。
ゆえに四人のアインツベルンの者は英霊メドラウトを前にしても臆する事が無かった。
メドラウトは四人の結束を前にして生前の仲間達を思い出し、苦笑を浮かべる。
その上でメドラウトは脇構えを取り、重心をやや高くとった。
そして力を抜かし、大地を擦る足と魔力の噴射で最大限の初速をつけて飛び出す。
メドラウトは一秒足らずの間で前に立ちはだかる三人を間合いに収める。
三人がそれぞれ反応を見せているが明らかに遅く、初撃にして一撃必殺の剣を前にしてはその反応は無意味。
メドラウトはためらいもせずに三人を切り伏せようとして、
「!?」
何かに気付いた。
天性の才能、洞察とは全く異なった直感の賜物だった。
メドラウトは判断するより早く反応していて、気がついたときは全力で回避行動を取っていた。
だがそれがメドラウトの状況を不利にする事はなかった。
着弾と同時につんざく衝撃音。
四人のアインツベルンの者のなかで最も正しく状況を把握できたヨハンでも何かが飛来したとまでしか分からなかった。
飛来したものが深々と床に突き刺さり、いくつかは大きく鈍い音を、いくつかは床の材質を変質させ、いくつかは激しく燃え上がった。
それらが退くメドラウトを追うようにして飛来していく。
しかしメドラウトは剣の英霊。不意打ちでなければいくらでも対処ができた。
次々と飛来する何かをメドラウトはことごとく弾いていき、一切負傷を受けなかった。
改めてヨハンは飛来した物体を確認して、疑問符しかうかべられなかった。
一方でそれを端でうかがった双魔は忌々しそうに顔をゆがめ、憐とクリスは軽く驚いた。
戦いを行っているランサーとアーチャーを含め、三人のサーヴァントは警戒心を強める。
それは黒鍵。
先日の戦いでランサーの絶対的優勢を覆した聖堂教会の武具。
そして今この場においては戦局がまた覆りかねない一手。
「何者だ! この場において手を出す行為がどれほどの意味を持つのか分かっているのならば姿を現すがいい!」
メドラウトは黒鍵が飛来してきた方向へ向けて剣を振りかざし、激昂した。
「……本来なら姿など現さないのですが」
すると森の木陰がわずかに動き、一つの影が勢いよく飛び出してくる。
その影は大地に降り立つと時間をおかずに更に飛び上がり、メドラウトとクリスたちの間に降り立った。
「この場合は致し方ありませんね」
ゆっくりと腕を振るうと指と指の間に多くの黒鍵が出現し、ゆっくりとその者は構えをとった。
その者は修道服に身を包んだ人物だった。短く刈られた髪が服と共に風で揺られる。
一見すると気さくそうではあったが鋭い眼光が否定する。華奢に見えてその体格は引き締まっていて、独自の柔軟さがある。
これと言って特徴のなく成長しきっていない人物。それが大方の者が受ける第一印象だろう。
メドラウトら英霊はもちろんクリスら魔術師達もその者には見覚えがない。
その中でたった一人だけ彼に見覚えがある者がいた。
そのたった一人、ディートは目の前の人物の出現を信じる事が出来ず、目を見開いていた。
「そ、んな……なぜ貴方が……」
それはいつぞやの夢で見た姿そのまま。
それはいつぞやの夢で見た在り方そのまま。
「さて。運命の悪戯といいますか、体よく利用されているといいますか」
彼はディートの驚きを何でもないかのように笑みをこぼした。
その何気ない仕草までもがそのまま。
そう、目の前にいるのはディートがロアとして見ただけの存在。
シアンと呼ばれた者だった。
憐にとってシアンと呼ばれるモノが一体どれほどの腕を持つのかはこの際どうでもよかった。
重要なのは、シアンから発せられる気配のみだった。
明らかに聖職者のそれではない。むしろシアンからは死徒よりも酷く禍々しいものを感じ取っていた。
そして、俺にはそれに心当たりがありすぎた。
思い出すのは柳洞寺攻略戦より前、アーチャーとバーサーカーとの戦いで妨害してきた存在。
死霊の憎悪や苦痛そして怨念を身にまとい、辺りの生命を全て略奪しそうなほどの『死』で覆われたモノ。
この世に決していてはいけないような存在。
「前、キャスター……」
アサシンがサタナとなる前、臓硯が利用してた前キャスター。
シアンの在り方は前キャスターそのままなのだから。
シアンが出現した意味よりそれがどういった存在なのかに思考が走る。
まずシアンなる存在。これは死徒二十七祖のシェラザードが召喚した新たなるサーヴァントである。
召喚したという表現では語弊があるだろうが、確かに彼が召喚したのだ。
ただし、聖杯戦争の定めた降霊の儀式とは全く違う方法で。
これは召喚したシェラザードと召喚されたシアンのみしか知らない事柄。
聖杯戦争七日目のランサーと双魔による間桐邸攻略戦、ここで確かに二人は前キャスターを消滅させた。
そして前キャスターにとらわれていた数多の魂は開放された――かに思えた。実際にその場に居合わせた皆がそう思っていた。
実際は違った。前キャスターを構成していた魂は全てシェラザードによって回収されてしまっていたのだ。
それが『魂の一時的保管と記録の貯蔵』、シェラザードの持つ固有結界の能力である。
ネーミングセンスがないからと正式名称は定めていないが。
同時に前キャスターの脱落でアサシンの宝具が発動し、アサシンはサタナへと変化を遂げた。
しかし、マスターたる葵はアサシンと呼んでいたが実際にはサタナの存在が強すぎてクラスすらアサシンからキャスターに引きずり込まれていた。
ゆえにシェラザードは幾多もの魂、返り討ちにした現在の埋葬機関第三位の躯を使い、新たなサーヴァントを文字通り創造したのだ。
空白となったアサシンに当てはめてしまう強引な手法で。
これはロアに覚醒しかけているディートとシェラザードしか知らないことだが、シアンは初代ロアと同じ時代をすごした代行者である。
現場担当なので埋葬教室創設にこそ関わっていないが、半ば強引に引き込まれて一応埋葬教室の三位にもなっている。
シェラザードがシアンを選んだ要因はたった一つ、それなりに強くてロアと面識が深い事だけ。
しかしシアンは代行者であると同時に聖職者でもある。敵対する死徒に従う事など断じてない。
それを可能としたのがライダーのマスター、レイリーが一つも行使しなかった令呪だった。
令呪を使ってシェラザードはシアンの独断専行を防止し、自らの思惑通りに運ぶようにしてしまった。
と同時に黒鍵などの教会の概念武装を使おうとも心の中で矛盾が生まれぬようもう一つ令呪まで使われている。
故に完全なる死人ではあったが教会の概念武装も生前どおりに使いこなすが出来る状態にある。
前キャスターと違ってシアンの意識がはっきりしているのは、シェラザードの能力でシアンとしての『記録』を与えられているから。
数多の嘆き苦しみを内在する魂と躯に記録が引きずられないのは中世で教会が行っていた戦いで十分すぎるほど地獄を経験しているからである。
まだ神秘が健在であり、魔術協会とは全面戦争中、死徒は蔓延し未だに魔王まで健在だった時代を生き延びてきた故に、その程度ではひるまない。
あいにくシアンにとっては甚だ不本意ではあったが。
死人に、奴隷に堕ちたシアンではあったが、それでもシアンは自分がシアンである自覚は出来た。
そしてシェラザードの事は腹立たしい限りではあるが、それ以外の点では自由に振舞うつもりでいた。
断罪と救済。代行者という名の掃除屋ではあったが、やれる事はこなすだけだった。
「あんた、一体何者――」
クリスは明らかにシアンを怪しんでいたが、シアンはそんな彼女を全く気にする様子を見せなかった。
「詳しい説明をしてもいいのですが状況が許してくれそうにありませんから省略させてもらいますね。
わたしの名称は新アサシンかシアンのどちらでもどうぞ。マスターは忌々しいですが死徒二十七祖のシェラザード。
目的はあなた方を守る事にあります。本当はディートリィナという少女さえ救えばいいなんて命令されてますけどね。
そんなのわたしの知ったこっちゃありません」
シアンは必要最低限の情報だけを口にして全てを済ませる。
もちろんこの場にいる者はいいたい事が山ほどあったが、確かに状況が状況だけにこれで納得する以外なさそうだった。
クリスも例外ではなく、不満そうに頬を膨らませる。
「ふぅん、つまり敵ではないわけね」
「ですがわたしは状況を有利に進められるほど優秀じゃないですよ。せいぜい出来て時間稼ぎですからね」
代行者ゆえに己と相手との力量を読んだうえの状況判断は不可欠。
そしてそれによれば、シアンでは万に一つも本物のサーヴァント達に勝つことはできそうになかった。
シアンは事実を笑い飛ばしながら発言する。
「いえ、戦う必要ないわ」
それでもクリスにとって新たな存在の出現は僥倖以外の何物でもなかった。
なぜなら、
「あんたはセイバーの鎖を破壊するだけで十分よ。あとは私達が戦うわ」
その者にセイバーを開放してもらえればいいのだから。
絶対の自信を込めて笑みを浮かべるクリスにシアンは感心の声を上げ、メドラウトの表情が更に引き締まる。
セイバーが再び戦えるようになれば戦局はアインツベルン側に大きく好転する。
それはこの場にいる誰もが分かっている事実で、メドラウトやランサー達にとってはどうしても避けたいものだった。
メドラウトは前口上抜きに飛び出す。
魔力を放出しながら迫る様はまるで大砲のごとし。
シアンはすぐさま反応して持っていた黒鍵を全てメドラウトに向けて投げつけた。
全身のばねを最大限に生かした姿勢での投擲は寸分の狂いなくメドラウトへと殺到する。
メドラウトは剣を剣先が大きくぶれないよう最小限に振り、全ての黒鍵をいなしていく。
シアンはすぐさま再装填をするかのように黒鍵を出現させて投げつけるが、全て先程の黒鍵と同じ末路をたどっていっく。
そして、再び脇構えに戻ったメドラウトは剣を大きく振るった。
「くぅっ……」
「む……!?」
メドラウトの表情がわずかに曇る。対するシアンには苦悶の色が見える。
メドラウトは例え黒鍵で防御を行おうともそれもろとも切り伏せるつもりでいた。
宝具に魔力を上乗せしているのだから、どれほどの技巧があろうとも武器破壊は容易と考えていたためだ。
が、実際にシアンが持っていたのは黒鍵ではなく、明らかに他の装備より神秘が優れている概念武装だった。
「第三聖典……!」
ディートには見覚えのある教会屈指の概念武装、第三聖典でメドラウトの一撃をしのいだのだ。
もちろんそれだけでは威力を殺しきれないため、体のばねと足腰で威力を弱めてはいる。
メドラウトはつばぜり合いをしようとはせず、すぐさま斬り帰しで追撃を行う。
シアンは第三聖典での再防御を断念し、黒鍵三本をもう片方の手の指に挟んだ状態で出現させてメドラウトの武器に向けて突き出した。
ブレードシンカーと呼ばれる、対象をはじき返すことに優れた技法を伴った攻撃はメドラウトの剣と衝突しあった。
メドラウトの剣が加速されきっていなかったために押し切られはしなかったが、黒鍵は全て一撃で破壊されてしまった。
「剣の英霊、やはりわたしのような代行者ごときでは比べようもありませんか……!」
距離を離そうと後ろに下がればすぐさま間合いを詰められる。
メドラウトが振るう一撃でいともたやすく黒鍵は音を立てて崩壊する。
始めこそ戦い方の違いで有利に進められたシアンだったが、すぐさま順応したメドラウトの怒涛の攻撃の前に防御に徹するしかなかった。
戦局を覆されるまで十秒もかからなかった。
「では致し方ありませんが、姑息な手段をとらせていただきましょう」
シアンは床が砕けんばかりに強く蹴って飛び上がり、壁に文字通り着地した。
間合いを詰めようとしたメドラウトだったがシアンは一瞬速く壁を蹴り上げ、今度は天井に着地する。
もちろんその間に黒鍵の投擲は忘れずに行う。様々な効果を付加させていたのだが、ことごとくメドラウトにはじかれてしまう。
確かに生前騎士であったメドラウトにとって建造物内での戦闘は若干不向きだ。
大地を蹴り上げて飛び掛ることぐらいはできるだろうが、目の前の代行者のように縦横無尽に移動する事はかなわない。
そこでメドラウトは距離を離して投擲を行うシアンから視線を外した。
向けられた先は、セイバーの前に立ちはだかる四人のアインツベルンの魔術師達。
黒鍵を打ち払いながらメドラウトは魔力を放出して飛び出した。
サーヴァントでありサーヴァントでないシアンを倒しても放置しても何も変わらない。それがメドラウトの出した結論。
故にわざわざ距離を離すシアンにかまう必要もなく、それならそれで倒しやすい者から片付けていくだけだった。
シアンの投擲はメドラウトを前にして足止めにすらならず、すぐさま前の三人に肉薄する。
「な……っ!」
メドラウトが最初の標的に定めたのは指令塔の役割を担うだろうヨハン。
ヨハンが気付いた時には既にメドラウトが目の前にいる状態。
彼女にはわずかな時間では死が訪れるだろうという事実しか認識できなかった。
ヨハンが魔術を解き放つ暇すら与えず、驚愕や無念を思い知る暇すら与えず、メドラウトは剣を全力で振りぬいた。
その直前だった。金属製の何かが次々と砕けていく音があたりに響き渡ったのは。
メドラウトが黒鍵を破砕する音でもなく、ランサーがアーチャーの武器を打ち消している音でもない。
不意に轟いたその正体に一同が気付いたのは事が全て終わってからだった。
それを真っ先に思い知ったのは正にヨハンを切り伏せる直前だったメドラウトだった。
彼女の対象物全てを破壊する剣は力強く受け止められていたのだ。
彼女がいくら腕力や魔力をこめてもびくともしない。
「ぐ……貴方は……!」
これ以上は逆に押し切られると判断したメドラウトは即座に飛んで間合いを離す。
そして目の前の敵を凝視し、改めて何が起こったのかを悟った。
「守る立場にありながらあのように間合いを離したのはこのためだったか、新アサシンとやら」
「そうですね。いくらなんでもわたし一人で英雄に挑もうなどと無謀な事はしたくありませんでしたから」
音を立てずにしなやかに床に降り立つシアンはぼやきながらも黒鍵を再び出現させた。
ヨハンの傍らに男が立つ状況、それはクリス達にとっては待ち望んだ復活だった。
シアンは黒鍵全てをメドラウトに投擲したわけではなく、何本かを別のものの破壊に使用した。
数が多くて手間こそかかったものの、間一髪で破壊しつくす事に成功した。
そして、解き放たれた存在がメドラウトの前に立ちはだかる。
セイバー、聖杯戦争最強のサーヴァント。
ランサーはセイバーの開放を阻みたかったが、目の前の弓兵がそれを許さない。
少しでも気をそらせばその隙を突かれ、勝敗は瞬く間に決してしまうと判断したためだ。
したがってこの状況を戦闘の最中に知覚するしかなかった。
「メドラウト。これ以上おまえの好きにはさせんぞ」
「是非もない。貴方とはいずれ決着をつけねばならなかったのだから」
セイバーが竜破壊の剣を振るって構えをとる。メドラウトもまた静かに剣を脇に寄せ、重心を移動させる。
二人のセイバーがお互いを見据え、もはや六度目にもなる戦いに望む。
もはや引き分けなどない。剣を交えるのならばもはやその時は決着しかなかった。
剣士と騎士。二人の異なったセイバーは目線をいっそう鋭くする。
(なりません、前セイバー)
しかし無慈悲に前セイバーの頭の中に響く声は現在のマスターである瑪瑙のもの。
もはや宿敵とも呼べる存在を前にして高ぶっていたメドラウトにとっては煩わしいだけであったが、一応耳を貸す。
(メノウ、セイバーはいずれ倒さねばならぬ敵だ。ならば今こそ決着の時だろう)
(お忘れですか。竜の因子を持つ貴女にとって竜破壊を成し遂げたセイバーとの相性は最悪だと)
(……ではどうしろと?)
誇りや志だけで世の中がうまくいかないとは既に思い知らされているだけに、セイバーとの決着にこだわるのは愚考とも分かっている。
それでも湧き上がる剣士として、騎士としての誇りを抑え、メドラウトは瑪瑙に意見を伺った。
(単刀直入に言えば、アーチャーを狙うべきかと)
状況を判断した瑪瑙は最も効率的で最善な意見を提示した。
当然サーヴァントたるメドラウトの意向などお構いなしである。
新アサシンとやらは間違いなく守りに徹するだろうから捨て置いて問題ない。
ランサーはこの状況で相手しても不利になるだけだ。今はお互いの存在を黙認するしかない。
セイバーは言わずもがなで相性最悪。もし竜破壊の効果を食い止める宝具を多用しても魔力の残量に響く。
だがアーチャーは違う。ランサーと同じく数多の武具を使うにしてもランサーよりは倒しやすいはずだ、と。
そしてランサーにしろ、アーチャーと戦っているよりはセイバーと戦う方がはるかに有利に進められるはずだ。
聡明な双魔ならばメドラウトの行動に乗るはずである。
それが瑪瑙の考えだった。
(……いいだろう)
瑪瑙の意図を一瞬で理解したメドラウトは不満一つ漏らすことなく受諾した。
そして、セイバーに意識の変化を気取られる暇を与えないため、メドラウトはすぐさま行動を開始する。
「!?」
セイバーがメドラウトの真意を悟った時には既に遅く、すぐさま飛び出してもアーチャーへの攻撃は止められない。
しかしアーチャーを切り伏せる際に最大の隙が生じると判断したセイバーは剣に魔力を込め始め、メドラウトを追うように疾走した。
「なにっ!?」
ランサーと武器を交えるアーチャーは絶体絶命の危機を悟った。
全体の状況把握はできていたしメドラウトがこのような行動に移る事も予想していた。
が、それに対処出来ない。ランサーがその暇を与えてくれない。
それでも万事休すの状態を乗り越えるべく頭を回転させる。
「英ねえ……!」
メドラウトの動作に気付いた憐だったが、彼もまた双魔を前に意識を裂くことが出来ない。
令呪は残り一つ。この状況で契約が切れてしまえばそれこそアーチャーにとって不利益だけでしかない。
彼がこの危機を乗り越える事を願いながら、しかし歯噛みするしかなかった。
「……さて、」
対するランサーは実のところ迷っていた。
アーチャーを見過ごしメドラウトに対処させ、その隙を突いてアーチャーを倒す。となればセイバーの標的がランサーとなり退場は確実だ。
アーチャーを見過ごさずメドラウトに切り伏せさせ、メドラウトをランサーが倒す。同様の結果が待ち受けるだけだ。
アーチャーを見過ごさずメドラウトに切り伏せさせ、メドラウトをセイバーに葬ってもらう。となれば後は明らかに有利なセイバーだけが残る。
アーチャーを見過ごしメドラウトに対処させ、ランサーはセイバーを阻む。戦闘は有利に進められるだろうが前の選択肢より利点が少ない。
明らかに三番目を選ぶべき選択肢。
ランサーはメドラウトの突撃を見た瞬間、既に選択していた。
そして、すぐさま行動に移した。
衝突は一瞬、それにともなう結果は重大。
全てのマスターが驚愕する。戦闘していた憐と双魔は戦いを止めてしまう。
サーヴァントも同じ。たった一人を除いてこの結果に至った過程が信じられなかった。
アーチャーがメドラウトの一撃を受け止め、ランサーとセイバーの武器が交錯していた。
「莫迦な……!」
瑪瑙はあまりの急展開に思わずテーブルを叩いてしまう。
彼女が考えていたのは三番目の選択肢。
セイバーの宝具開放直前に令呪を行使、空間転移でセイバーの背後に回らせて返り討ちにする筈だった。
なぜランサーが四番目の選択肢を選んだのか理解できないでいた。
「……っ!」
これ以上の不意打ちは無駄だと悟ったメドラウトはアーチャーから潔く間合いを離す。
彼女が標的と定めているのは依然としてアーチャーだったが、ランサーの不可解な行動には疑問が残った。
それはアーチャーやセイバーも同様で、ランサーのみが涼しい顔でアーチャーを見つめる。
「さあアーチャー」
ランサーはセイバーの事は全く気にもかけずに笑みを投げかけた。
「今こそ示すがいい。君を英雄にまで導いた尊い輝きをね」
ランサーの言葉の真意を理解できたのはこの場ではわずかしかいなかった。
双魔も理解できない一人ではあったが、ただ一つだけ分かった事柄があった。
そしてそれだけでランサーの行動に納得がいった。
ランサーはアーチャーとの決着を望んでいる。
「……ふん。どうやら今回も『オレ達』の決着ではないようだな」
それを阻害する理由などない双魔はランサーに乗る事にした。
ランサーの発言も気になったが彼の意思を裏切るつもりが全くないのが最大の理由だった。
一方の憐は双魔の発言に困惑する。
「他の決着をつけて来い。それからでも遅くはないだろう」
「双魔……」
彼の真意は分かりかねたが、憐は彼の提案に乗る事にした。
度重なる打撃で受けた打撲や骨折をかばいながら、憐はメドラウトを見据える。
「……なんのつもりか分からないけれど、好都合よ」
クリスにも真意など分かりかねたが今の状況は好ましかった。
相手が半神を律する英雄だろうと構うものか、とばかりだ。
いい加減双魔とランサーには頭にきていた。
「今までのお返し、たっぷりとさせてもらうわよ!」
「ふん、こちらもいい加減うんざりしていたところだ。我ら遠坂の邪魔立てはしないでもらおうか」
クリスは少女とは思えない憤怒の形相で恫喝する。
双魔は憐から受けた負傷で片脚を引きずり腕を押さえている状態。
マスター同士の戦いには望めそうになかった。
双魔の見立てではあちらもわざわざ双魔を攻撃する意思はなさそうだったが。
それより問題なのは新アサシンの存在。アレがいる限りセイバーとの戦いで拘束して一方的展開にする事ができない。
と、なれば先程と同様に鎖を武器として使う必要が出てくる。
それでも長期戦になれば相性が影響して勝利は確実だろう。
あとは……、と考えて双魔は一点を眺めた。
あの戦いが今後大きく関わってくるだろうとは分かっていた。
しかしどのように転ぶか、それは判断にあぐねるしかなかった。
アーチャーとメドラウトが、対峙している。
interlude out
/
「……――」
「……――」
アーチャーとメドラウト。相対した状態から一歩も動こうとしなかった。
さっきから熾烈な戦いを繰り広げるセイバーと新アサシン対ランサーとは対照的だ。
ただお互い終始無言で対峙した状態が続いていていて、アーチャーの首筋で汗が流れるのを把握できるほど静かだ。
俺はそれを固唾を呑んで見守るだけだった。
「やはり、立ちはだかるのはおまえの方か」
どれだけ時間が経ったのか、おもむろにメドラウトが口を開いた。
彼女は静かにアーチャーと俺を見据える。
「レンが召喚したのであればただの英霊ではないのだろう。私はアーチャーに何らかの意味があると信じよう」
「英ねえ……」
彼女はそれだけつぶやくともはや語る必要はないとばかりに口を閉ざした。
おそらく俺がどれだけ呼びかけようともメドラウトは聞かない。
彼女に意見を示すならば、それは剣でしかありえないだろう。
「アーチャー。前セイバーを倒せるか?」
「可能だろう。同じ土俵に上らなければまだ勝機はある」
質問にアーチャーは俺が考えていた通りの答えを示してくれた。
多分、前セイバーを倒す事は可能だろう。
アーチャーはランサーと違って製作者であり担い手。武器の使い分けはランサーよりうまいはずだ。
多分アーチャーには俺の想像も及ばない戦法を臨機横柄に使いこなす事ができるはずだ。
ただ勝つ可能性は決して高くないだろうけれど。
「……ならそれで――」
「やってはみるが多分不可能だろうな。俺が道を示したところでメドラウトは導けない」
阿吽の呼吸とも言っていい会話だったがその内容は全く喜べなかった。
「そう、か……」
俺はアーチャーまでも確信した結論にうなだれるしかなかった。
前セイバーは倒せてもメドラウトは倒せない。なぜなら俺は当時のブリタニアに関わっていないから。
メドラウトの確固たる意思はもはやどのような事があっても覆せない。正しい道を示しても彼女は決して認めない。
だから、彼女は倒れてしまってもきっと次を望む。
その願いがかなうまで、永久に奇跡を求め続けるだろう。
……そんな事になってほしくない。そして、そんな堂々巡りになってはいけない。
英ねえにそんな道を歩ませたくないし、それではニムエたちに申し訳が立たない。
だがいくらあの青き剣士と行動を共にしたアーチャーでも、メドラウトを導く事は多分出来ない。
つまり、英ねえは前セイバーとしてしか倒せない。
英ねえが自分で道を見つけ出せる機会が今回あったはずなのに、それをぶち壊したのは間違いなく俺だ。
いくら悔やんでも悔やみきれない。もう取り返せない過ちを犯してこの場にいるのだから。
もうニムエには俺が、それで青き剣士にはアーチャーが土下座するしかないのか。
「覚悟を、決めるしかないのか……?」
「……そうだろうな」
アーチャーの表情もやはりうかない。
むしろアーチャーの方が密接な関わりがあるはずなのに俺より冷静に見えるのは、表に出していないだけなのか。
アーチャーが覚悟を示してくれているのに俺が悩んでいても仕方がない。
……すまないニムエ。
俺は英ねえに何一つできずに――。
「……?」
ふと視線をそらしていると、目に飛び込んできたのはニムエの大釜だった。
キャスター消滅で全ての宝具もまた消滅したはずなのに、とまで考えてそれがアーチャーの投影したものだと気付く。
担い手のいない宝具を残しておいても仕方がないから、魔力に還元して――、
「……待てよ」
いや、ちょっと待て。焦るな俺。
もう一度冷静に考え直せ。
確かキャスターは消滅間際、後は頼んだと言ってきた。
捨て台詞にも聞こえるがあのキャスターに限ってそれは間違いなくない。
となればキャスターにはあとを、つまりメドラウトを頼める確信があった事になる。
メドラウト、ニムエ、大釜、青き剣士、そしてアーチャー。
それが意味するもの、つまりそれは――、
奇跡の一手に、ならないか?
「――アーチャー」
「……! どうした?」
俺の変化が分かったのか、アーチャーの声色も若干変化していた。
「今から意見を提示するが正直不可能かもしれない。できても最悪俺の死亡どころかアーチャーの消滅にもつながりかねない。
それでも聞いてくれるか?」
「構わない。言ってみてくれ」
俺は出来るだけ事細かに、だが要点だけをアーチャーに伝えた。
始めのうちは俺が支離滅裂だったせいか目を丸くしていたが、やがて結論まで至ると決意を秘めた表情になっていた。
「出来るか? いざとなれば最後の令呪を行使して補助するつもりだけど――」
「いや、やる。これは絶対にやらなくちゃならない。なによりメドラウト自身のためにも」
アーチャーは力強く拳を握り締め、両方の腕を振るった。
途端に出現する漆黒と純白の双剣。それを担ってアーチャーはメドラウトの前に頼もしく立つ。
「構わないならマスター、命令を」
「ああ分かってるさ」
俺もアーチャーもとっくに腹のうちは決まっていたが、最後の一手を俺に打たせるとは……ありがとうアーチャー。
柳洞英を俺は守れなかった。葵を失った時点で英もまた去っていったのだから。
前セイバーというサーヴァントは倒す。英ねえがこれ以上剣の奴隷である必要はない。
メドラウトは導く。そのためのお膳立てをニムエはしてくれた。
だから、下す命令はこれだ。
「モードレッドを倒せ、アーチャー」
「了解だ、マスター」
復讐に生きた叛徒の逆臣、ひたすらに親を求めた少女に終焉を――。
それは何気ない意思疎通だったかもしれない。むしろ間違いなく必要なかったと思う。
けれど、俺もアーチャーもどこかで笑みを浮かべていた。
それが道が見つかった事への自己満足な喜びなのか、メドラウト……英ねえを思う事での心からの安堵なのか。
それは俺にも分からなかった。
「レン」
「……」
「レン」
「あ……ディート?」
あまりに集中していたから気付かなかったが、いつの間にかディートが俺のそばに来ていた。
だから俺は間抜けた返事をしてしまう。
「腕を」
「腕?」
ディートは俺の令呪のある右腕の袖をまくり、俺が何かを言う前に令呪に指を這わせた。
鈍い熱さのあと、俺の令呪は一画だけ輝きを取り戻していた。
「僕が残していたキャスターの令呪です。レンには必要でしょうから、お役立てください」
「ディート……ありがとう」
言いたい事は山ほどあったが、この場では力強くうなづくだけにとどめておいた。
ディートの、ニムエの令呪にかけても、この勝負には負けられない。
「……」
メドラウトはアーチャーの気配が変わったのを感じ取ったのか、わずかに表情を変えた。
雰囲気としてはより慎重にと言うべきか。よりいっそうアーチャーを警戒しているようだった。
好都合。これは時間との勝負、メドラウトが慎重になればなるほど成功する可能性が増す。
「――――
まず一小節目。アーチャーはつぶやいた。
アーチャーのそばに出現したのは金の駒に銀の盤。確かグウィズヴィス盤だったか。
それを彼は王家も真っ青な事に足で大釜のそばへと蹴り飛ばした。両手がふさがっているからってなんて恐れ多い。
「――!」
ようやくアーチャーが時間を求めている事に気付いたのか、メドラウトはアーチャーへ向けて突撃してくる。
メドラウトが振るう魔力を伴った一撃をアーチャーは双剣で受け流し、更にその動作に続いて腹部へと斬りかかる。
それを少し体をそらしただけで鮮やかにかわしたメドラウトは剣を返し、再度対角線上に剣を振り下ろした。
「
二小節目。アーチャーのそばに出現したのは籠と竪琴。
俺はアーチャーの邪魔にならないようそれをすばやく手に取って大釜のそばに置いた。
「何をするつもりか知らんが、無駄な足掻きだ!」
メドラウトの一閃でアーチャーの漆黒の剣が破壊する。
アーチャーは残った純白の剣をメドラウトに投げつけ、直後に再投影。再び漆黒と純白の双剣を出現させる。
純白の剣を軽々と破壊したメドラウトにアーチャーは剣を交錯させるように両手で反撃を試みるも、メドラウトは力づくでそれを押し込む。
明らかにメドラウトの怒涛の攻撃を前にアーチャーは劣勢だった。
「
三小節目。アーチャーのそばに出現したのは大剣と角笛。
多分使う人物によっては短剣なんだろうけれど俺からすれば大剣だ。
それを再び大釜のそばに配置。
「ぐ……っ!」
再び漆黒の剣が砕けてもメドラウトの剣は勢いを失わず、アーチャーの身体を剣が軽く切り裂いた。
致命傷ではないけれど明らかに損傷が出てきている。戦闘に支障は……なさそうだ。
しかし今のような戦いが続けば時間を経てずに……。
「
四小節目。アーチャーのそばに出現したのは風をまとったマント。
確かキャスターが大釜以外で多用していたものだったか。
それをまた大釜のそばに配置する。
アーチャーは双剣をメドラウトの方へと投げつけ、直後に再び双剣を投影する。
メドラウトは迫り来る双剣をはじくとアーチャーへと肉薄、剣を振り下ろす。
激しい金属音と火花が飛び散る。無表情のメドラウトに対してアーチャーは歯を食いしばっていた。
「
五小節目。アーチャーのそばに出現したのは端綱と牙。
こればかりは使ったらどのような効果が現れるのかさっぱりだ。
それをまた大釜のそばに配置する。
「愚かな。無限の剣製ができようともその根本に在るのは魔力。そのように幾度となく行使すればいずれ魔力が尽きようぞ」
「ご丁寧な心配感謝するといいたいが、俺ばかりに気をとられないほうがいいんじゃないのか?」
セイバーと違って腕力のないアーチャーならば押し切れるとでも思ったのか、つばぜり合いで強引にアーチャーを叩ききろうとするメドラウト。
確かにアーチャーの魔力残量はいささか心もとない。
原因は初期値もさることながら、ランサー戦で投影した武器がことごとく消滅された事にあるんだろう。
アーチャーの魔力、果たしてもつか?
「!?」
その時だった。メドラウトはアーチャーからすぐさま離脱して間合いを離す。
その直後にメドラウトの首があった場所を漆黒と純白の双剣がブーメランのように通過していった。
バーサーカー戦で見せた夫婦剣の特性、お互いがお互いを磁石のように引き寄せあうもの。
再び離れた双剣は旋回をし、再度メドラウトの方へと向かう。
そして同時に機会をずらした上でアーチャーは持っていたもう一振りの双剣を投擲する。
メドラウトは一直線に向かう双剣をなぎ払うが、それもまた旋回を開始した。
その間にもアーチャーはメドラウトに接近、再度出現させた双剣で攻めに転じた。
「つめが甘い!」
メドラウトは最初に旋回していた夫婦剣のうち純白の方の軌道をそらし、漆黒のものと接触させた。
お互いに激しくぶつかり合い、夫婦剣は破壊される。
その上でメドラウトはアーチャーを迎え撃った。
再び交錯する互いの武器。力強くメドラウトの剣がアーチャーの二つの剣と激しく軋む。
……と、思っていたら、なんとアーチャーの剣はあっけなく彼の手元から離れてしまった。
まさか武器を弾かれるなんて、
しかし、それすらアーチャーの手の内なのか。弾かれた夫婦剣もまた旋回を開始した。
しかも今度の旋回は完璧にタイミングが先程のと合っており、全く同時に四方からメドラウトに襲いかかった。
そして、アーチャーが投影したのは双剣ではなく、一振りの槍。
まるで鮮血で染められたような真紅の槍だった。
「――是、
アーチャーが突き出した槍は一直線にメドラウトの心臓へと向かう。
メドラウトは垂直に跳躍する事で全ての攻撃をかわそうとして、突如青ざめた。
そして彼女は剣を片手に持ち替え、空手の方を突き出す。
「
「盾の宝具の行使!?」
その上でメドラウトはそれぞれの攻撃の回避と迎撃を行う。
それはまるで剣の舞を見ているかのようだった。決して踊り子のような軽やかさはなかったが、その分動きが力強く洗練されていた。
その結果、夫婦剣はメドラウトに直撃せずに空中衝突で破壊。
アーチャーの槍も直撃には至らず直後の反撃で矛先を落とされた。
夫婦剣と槍がメドラウトに決して浅くない傷を負わせたものの、いまだ彼女は健在だった。
なん、という強さ。
これが剣の英霊、メドラウト……!
「
ようやく六小節目。アーチャーのそばに出現したのは指輪と魔術の賜物と思われる人造の小鳥。
それをまた大釜のそばに配置する。
真紅の槍を両断したメドラウトは更に追撃を行うように対角線上に切り上げた。
六小節目の投影のために大きな隙が生じたアーチャーは攻撃をかわしきれずに胴を切り裂かれてしまった。
……っ、重症だけどまだ切断されてはいない。それよりメドラウトの追撃を何とかしないと――!
「十番、十四番、合成、凍結!」
俺は出し惜しみせずに残り少なくなった宝石で魔術を行使した。
対魔力の高いメドラウトにはいくら宝石魔術でも傷を与えられないだろう。
けれど、メドラウトを取り巻く環境は別問題のはずだ。つまり、
「むっ?」
メドラウトの足場を凍結させて摩擦をなくし、足元の周りを凍らせて一瞬でも身動きを取れなくすればいい。
案の定メドラウトは氷の床を強く踏みしめてひびを作り出し、摩擦を得たうえで飛び出した。
だけどその一瞬さえあればアーチャーが離脱するには十分だ。
これで大釜を含めて十二の宝具がそろった。
ニムエがブリタニア軍を召喚した時に使用した、彼女が所有していた全ての宝具がそろった。
だがニムエはあと一つが足りないと言っていた。
そう、かつてニムエが、湖の貴婦人が黄金剣から作り上げた、至高の剣が。
「
最終小節。空だった手の中に燦然と輝く一振りの剣があった。
「あ――」
思わず我を忘れて魅了される。
それにはニムエが生涯をかけて追い求めていた尊さがあった。
それにはモルガンが捨て去った黄金の光があった。
そしてそれには、人の希望が込められていた。
これが、あの英雄の聖剣――。
「な、ぜそれを――」
そしてそれはメドラウトすら我を忘れるほどであった。
彼女はただその剣を目を見開いて見つめ、呆然と立ち尽くす。
その間にアーチャーは聖剣を手に大釜へと駆け抜けていく。
ようやく我に返ったメドラウトがアーチャーを追うも、もはや追いつけない距離になっている。
そして暫定マスターの瑪瑙すら反応できない時間のはずだ。
だから、十三の宝具がそろった時、
「来てくれ、セイバァァァアァァアアッ!!」
奇跡が、降り立つ――!
始めはゆらりとしていた。
それは次第に形を成し、その度にあふれんばかりの魔力が迸る。
それは決して幻なんかではなく、色と存在感を増してゆく。
「は、ぐ――っ!」
その度に残っていた魔力を根こそぎもっていかれるような虚脱感に襲われる。
今にも意識が暗転しそうな自分を叱咤し続けてかろうじて我を保つ。
サーヴァント召喚よりもはるかに過酷だろうが、関係あるものか……!
アーチャーがキャスターでないのに大釜を行使できるのは、なぜかアーチャーがブリタニアの宝具と相性がいいからだろう。
アーチャーは大魔術師ではない。魔力使用効率が極端に悪いとしかいいようがない。
しかもアーチャーの奴、これでも俺への負担を減らしてやがる。だから無理やり経路を開き、アーチャーに魔力を注ぎ込む。
だが……足りない!
俺とアーチャーの魔力を合わせても召喚する事が出来ない!
なら、先程もらった令呪を使わせてもらうぞ。ディート、ニムエ!
「全力で召喚を行え、アーチャー!」
たった一つの限定された命令を受けたアーチャーに膨大な魔力が注ぎ込まれた。
事今の召喚において、アーチャーは言わば絶好調以上のはずだ。
これなら、必ずや成功する。
――そうして場が静寂に包まれた。
召喚の負担で片膝をつくアーチャー。ただ呆然としているメドラウト。
その間に立つ、青き剣士。
「――問おう」
その騎士はブリタニアを懸命に駆け抜け、
その剣士は一人の青年を英霊にまで至らせるほど輝き、
その英雄は敵だった者すら魅了される。
「貴方が、私のマスターか」
その名は、アルトリア・ペンドラゴン――。
/
「……なるほど、この身は座から呼び出されたものではなく、ニムエの宝具により創り出された存在ですか。
そんな身ではありますが――お久しぶりです、シロウ」
「……ああ」
アーチャーとアルトリアが交わした言葉はたったそれだけ。
しかしたったそれだけで全てが伝わったのか、アルトリアは大釜のそばにあった聖剣を手に取った。
そして端然とメドラウトを見据え、メドラウトと全く同じ脇構えをとった。
愕然としたまま身動き一つしないメドラウト。
しかし、次第にメドラウトの表情に色が出始めた。
今までに見たことのないほどの激情、今までに感じた事のないほどの殺意、そして今までに見た事のないほど剣を持つ手に力が込められていた。
「アァァサアァァァアァッ!!」
メドラウトは大山鳴動するほどの声を出しながら魔力を放出させ、一気に飛び出した。
もはや召喚を維持しているアーチャーやそのマスターの俺など眼中にない。
狙う先はただ一つ、目の前に存在するアルトリアに他ならない。
アルトリアもメドラウト同様に魔力を体全体から放出、直後にメドラウトへ向けて飛び掛った。
ほぼ中間地点で交錯するお互いの剣。
たった一回の衝突だけでほとばしる魔力は通常の魔術師とは桁違い。轟音は思わず耳を塞ぎたくなるほど。
それが瞬きする間も惜しいほど幾度となく繰り広げられていた。
二人の剣速は視覚を強化してかろうじてとらえきれるほど速く、しかしただの一挙動を知覚してすぐさま行動に移すほど緻密なもの。
切り上げを行う際に床を斬ろうが、なぎ払いを行う際に壁を斬ろうが、お互いの剣の前にはなすすべなく崩れ去るのみ。
もはやこの二人を阻む事など神すら不可能なんじゃないだろうか。
鎧の装飾や衣服の色の違いこそあれ二人の外見は鏡より瓜二つ。
それでも二人の戦い方にはほんのわずかに違いが見られた。
まずアルトリアの方が技術がより洗練されている。
アルトリアという比較対照がいなければ俺は今でもメドラウトが最高だと確信していただろう。
これがメドラウト自身も認めていた、経験の違いってやつなのか。
冬木の経験は英霊ゆえに本気の戦いになれば役に立たないって事か……。
だが魔力量はメドラウトの方が高い。
アルトリアだってサーヴァントのステータスに当てはめればAのはずだが、メドラウトはA+。
もしかしてモルガンはただ単純にアルトリアのホムンクルスを作るだけでなく、自身の要素も加えてアレンジでもしたのか?
だとしたらほんのわずかに魔術を行使できた理由も納得がいく。
「ようは、メドラウトは技術で勝るアルトリアに能力で対抗しているわけか……」
だとしたら非常にまずい事になるぞ。
アルトリアを支えているのはアーチャーと間接的に俺、維持には正直サーヴァントよりはるかに多い魔力が必要のようだ。
現に今二人の戦いをただ見つめている俺から魔力が急速に失われていっている。体中の魔術回路が悲鳴をあげるほどに。
長期戦になれば負けるのは必至だ。
「……ん?」
そのはずだった。
だけどほんのわずかながら拮抗した状態が崩れ始める。
傾いた天秤は再び戻る事無くより大きく傾きを見せ始めた。
だんだんとアルトリアがメドラウトを追い詰め始めているのだ。
「おおおおっ!」
「ふっ!」
まるで鬼神のごとく形相でアルトリアを攻め続けるメドラウト。
あくまでメドラウトを見据えながらも鋭い姿勢を崩さないアルトリア。
二人の違いを見ていてようやくその原因に気付いた。
メドラウトが、英ねえが見せていた直感が鈍っている。
洞察力が育たなかったメドラウトの根本にあった直感力が激情に引きずられて落ちている。
この拮抗した勝負の中でわずかな判断力の低下は勝敗を分けるのには十分だ。
それにはメドラウト本人も気付いたのか、憤怒の中に焦燥が見え始めた。
そしてその焦燥が更に状況を悪化させていき、更に焦燥を生み出す。
メドラウトは今悪循環に陥っているようだった。
「……ぐっ」
鈍い痛みと共に何かが切れる実感を覚える。
細部の血管でも千切れたのか分からないが、俺の身体に異常が出来始めているのは分かった。
だがここでやめられない。俺一人の体たらくでこの戦いを終わらせてなるものか――!
「……負けられない」
どれだけ剣が衝突しただろうか。
息つく暇もない中でメドラウトのつぶやきがなぜか俺には聞こえた。
「負けられないんだ」
次第にメドラウトは体勢までもが崩れ始めた。明らかにアルトリアにおされている。
かすった程度でも少しずつメドラウトの衣服や鎧が切り刻まれていく。
「私は……負けられないんだぁぁっ!」
アルトリアとメドラウトの剣が激突。この戦いで最大の衝撃を周囲にもたらす。
その結果メドラウトの身体は大きく吹き飛び、間合いもまた大きく離れた。
いや……もしかしてこれはわざとか?
「目障りだ! 誇りと理想を抱いたまま消えるがいい!」
メドラウトは己の剣に魔力を収束させ始めた。
その度に剣は光り輝き、更に光を集めていく。
真夜中に燦然と輝く星の光はどこまでも無機質でどこまでも無骨なもの。
それ故に何にも染まる事無くどこまでも純粋であった。
「宝具の開放……!」
だとしたら先程のようにアーチャーが盾を展開する事ができない今だと、かなりまずい。
アーチャーどころかこの場にいるサーヴァント誰もがアレには対抗しきれないのだから。
それにアルトリアが所有するオリジナルの聖剣の威力そのものが互角だとしても、魔力だけを見るならメドラウトの方が上だ。
アレは魔力を光に変換する究極の斬撃。もしかしたらメドラウトの方が勝るかもしれない。
「アーチャー! 彼女は本当に――」
「大丈夫だ。セイバーは負けない」
俺が思わず心配の声をあげると、アーチャーは勝利を確信したようにうなづいてくれた。
見れば彼の魔力は明らかに枯渇寸前にまで陥っている。
それでも苦悶の声一つ出す事無く冷静沈着そのものだった。
……アーチャーがそのように言うのならば、俺も信じよう。
「ならば答えよう、我が剣で」
アルトリアもまた己の剣に魔力を収束させ始める。
真夜中に燦然と輝く星の光はどこまでも尊くどこまでも素晴らしい。
人々の思いが込められたそれはどこまでも美しかった。
「
先に宝具を解き放ったのはメドラウトの方だった。
光が奔り、迫ってくる。
全てを両断すべく突き進むそれに向けてアルトリアは剣ではなく、ただ腕を突き出した。
手元に現れるのはたった一つの、それでいて言い表すのがおこがましいほど尊い鞘だった。
それが光の粒子となってアルトリアの眼前で展開する。
「
……呆然とするしかなかった。考える事すら出来なかった。
アルトリアが展開した鞘は、メドラウトの光の斬撃を苦もなく防御……いや、遮断しているのだ。
あらゆる攻撃でも決して攻略できない至高の一品。正にそう呼ぶべきものだった。
アルトリアは飛び出した。
なおも続く光の帯はアルトリアを避けるように広がっていく。
その先には驚愕に染まっているメドラウトの姿が見えた。
「
「
メドラウトがなおも宝具を開放する直前、光が彼女を切り裂いた。
――終焉の剣がメドラウトの手から離れ、床に音を立てて落ちた。
彼女の体からはもう力強さも魔力も感じられない。真紅の衣服が鮮血で更に真っ赤に染まっていく。
そしてメドラウトは膝をつき、床に崩れ落ち、
「――え……?」
意外な言葉を発したのは俺か、それともメドラウトか。
多分この場にいる中ではアーチャー以外誰もが予想外だっただろう。
倒れそうになっていたメドラウトの身体を、アルトリアが支えていた。
「貴公……いや、貴女には辛い思いをさせた。全ては王……違いますね、人として至らなかった私に責任がある」
「う……あ……」
ゆっくりと、アルトリアがメドラウトを抱きとめる。
「許しを請おうとは思わない。謝罪できるほど私は立派な者ではなかったのだから」
「あ……あぁ……」
力なきメドラウトの腕が震える。
懸命にそれを動かし、アルトリアの身体に触れる。
「アーサー王としてはモードレッドはなお認められない。しかし――」
「あああ、ああ……!」
メドラウトの目からとめどなく涙があふれだす。
涙は彼女の頬をつたい、アルトリアの肩に落ちていく。
もう決して離さないようにアルトリアを抱きしめながら。
「アルトリアの名において貴女を認めましょう、メドラウト」
「あああぁぁぁぁあぁぁああぁぁあっ!!」
メドラウトは泣いた。
子供のように泣いた。
ずっとずっと泣き続けた。
今まで流してきた涙とは全く別の、彼女が始めて流した涙だろう。
それは程なくメドラウトが消えゆくまで続いた……。
「――それではシロウ、私もこれで」
メドラウトを見届けたアルトリアはアーチャーに振り返り、静かに発言した。
アーチャーもまた静かにうなづく。
「……ああ。ありがとうな」
「それは座にいる本物の私に言ってください。それに感謝を示すのは私の方でしょう。アーサー王物語に関係する者をどれだけ導くつもりですか」
アルトリアの姿が次第におぼろげになる。
「シロウ、貴方に多大なる感謝を――」
最後に、彼女はアーチャーに笑みを浮かべて、静かに消滅した。
……終わった。
今終わったんだ。メドラウトのアーサー王物語が。
座に還ってもこの思いは決して忘れる事はないだろう。俺はそう信じたい。
英ねえの抱いた想いは本物なのだから。
「……さようなら、英ねえ」
俺は静かにつぶやいた。
「……憐からも膨大な魔力を奪っちまったな。本当に――」
全ての宝具を消滅させたアーチャーは満身創痍の状態で俺へと振り向き、目を見開く。
まあアーチャーがなぜそんな反応をするのか自分でもよく分かっている。
「憐――!」
メドラウトを導けたのに満足したのか、俺の意識は一気に暗転した。
to the next stage……
前セイバーリタイア。残るサーヴァントは三体(聖杯に溜まらない新アサシンを除く)。
では前セイバーの裏話でも。
最初のプロットから前セイバーは出ていたものの、実は初めはセイバーオルタでした。
それがモードレッドに変わったのはアニメを見てから。セイバーと瓜二つというわけで妄想が膨らんだわけです。
更にメドラウトに変わったのはキャラクターマテリアルを読んでから。これで大体のメドラウトが固まりました。
このメドラウトに合わせるようにニムエ達を覆うFateとはまた少し違ったアーサー王物語が自分の中で出来上がったわけです。
実は初めのうちはここまで憐と密接に関わるはずはありませんでした。
しかし書けば書くほどもっと書きたくなる不思議。葵にとっても憐にとってもかけがえのない存在にまでなりました。
多分出だしと一番大きく変わったのではないかと思います。
ただ結末は初めから全く変わってません。というより実はこうするつもりでニムエの宝具決めたぐらいですし。
Fate/Zeroでランスロットが出現しましたが、結局モードレッドに関してはなんの救いもありません。
こんな歪な形ではありますが、自分なりに形で現す事ができ本当に嬉しく思います。
原作でも救われる事を願います。
次に今回の話について。
新アサシンは完璧に蛇足ですよね……。正直出さなくても物語は成り立つのですが、旧版の複線をなかった事にするのだけは避けたかった。
なので新版に変わってもシアンの名は残しておき、ここで登場となりました。
後悔はありますが、まあかまわないでしょう。
さて、これで物語もついにラストへと突入します。
ランサー&双魔との決着は、そしてディート達の前に現れる――でしょうか。
それでは次の舞台で。
2008年3月28日