Fate/the midnight saga

第47話


   /12日目

「メドラウト……」

アーサーとモルゴース不義の息子としてアーサー王物語に名を残す円卓最後の騎士。
ランスロットを謀って離反させ、遠征の隙をついてキャメロットを掌握して、兄ガウェインを殺害。
そして、カムランの地でアーサー王物語に終焉をもたらした存在、モードレッド。
それが、英ねえ……?

「英ねえが、メドラウト……?」
思い当たる節はいくつもあった。
英ねえの言動からその一端を見る事もできたし、英ねえの能力や宝具はまさにアーサー王物語のものだ。
なにより、おぼろげに思い出せる青い剣士と英ねえは酷似している。

「そうか……そうだったのか……」
そんなに有名な英雄が俺の師匠で、そして今俺の敵として立ちはだかっているのか……。

「さ、て。分かりきった事ではあるけれど、一応聞いておこっか」
キャスター、というよりはニムエは杖を英ねえから外して、肩をとんとんと叩く。
英ねえはニムエを見据えたままで構えを解こうとはしない。
英ねえ程の対魔力ならばニムエの魔術にも耐えられるだろうに、油断を一切しないのはさすがだ。

「あんた、聖杯に何を望むの?」
若干の憤慨が混じった視線が英ねえを射抜き、英ねえの表情が思わず曇る。
しかし、俺が聞いたときのようにうつむいて物悲しげな表情を一切見せない。

「過去の改ざんです」
答えは以前と全く同じ。しかしその口調はまるで別人のように鋭く冷たい。
そして、一切の迷いが消え去っていた。
ニムエはそれを聞き心底あきれかえったようにため息を漏らす。

「あんたさ、過去をやり直してうまくいくと思ってんの?」
「いえ、全く」
しれっと答えてくれたので答えの意味が少しの間分からなかった。
しばらく熟考して、それの異常性に気づいた。

「メドラウト、あんたなに考えてんの?」
「この六十年以上じっくり考える時間があったもので、状況を整理したまでの事です。
 私は祖父、コーンウォール公の復習を成し遂げるために母上、モルガンによって創られたアルトリアのホムンクルス。
 この身はアルトリア、モルガン、そしてもう一人の母上アンナ三人の神秘を伴っており、能力はアルトリア以上。
 その辺は母上方と同一存在である貴女の方がご存知でしょう」

「知らないわよ。カムランの地ではあんたたちの宝具のぶつかり合いはお互い消耗してたせいかなかったし」
アンナ……アンナ……ブリタニア列王史でガウェインとモードレッドの母親か。
つまり後のモルゴースで……あれ? なんでモルガンがモードレッドの母親になってるんだ?
……分からない。だがこの場で口を挟む事はできなさそうだ。

「しかし私は『アーサー』に破れた。アルトリアとは互角以上のはずなのに。その答えは簡単でした」
「経験、ね。サクソン人との幾たびにもわたる死闘が円卓の騎士たちをより強くした。
 アルトリアが老いる事は無かったから、その差は埋まりやしないってわけね」
英ねえは静かにうなづく。

「メドラウトではアルトリアに認めてもらう事はできない。そしてモードレッドではアーサーを倒す事はできない。
 何千とやり直したところでその結果は変わらないでしょう。
 ……例え現時点の経験を持ち越す事ができても」
「だから過去のやり直しは無駄って言ったわけか。じゃあ過去の改ざんってアルトリアがあんたを認めればいいわけ?」
「アルトリアがアーサーである限りそれは不可能です。アルトリアが認めてくれてもアーサーは決して私を認めはしない。
 そう、あの人がアーサー・ペンドラゴンである限りは……!」
英ねえの赤裸々な告白には以前の会話よりも悔しさと悲しさがこもっていた。

どうする事もできない運命の奔流に抗おうとしても結局飲み込まれていく。
そんな自分自身を許せないかのように奥歯を噛み締めて。
……そうか。英ねえにとってかけがえのない存在がアルトリアで、最も憎悪しているのがアーサーなわけか。
なんという矛盾。同一人物の一側面ともう一側面でここまで極端だなんて。

「じゃああんたはアルトリアが選定の剣に選ばれなければいい、アルトリアが王でなければよかった。そう考えてるのか?」
声を発したのは意外にもアーチャー。
この中で一番冷静なように見えて若干語尾が強くなっている。

「そうは思いません。アルトリアは王者の血を引く正当後継者。
 ブリタニアではかつて女王もいましたから、アルトリアがそのまま王座をついでも問題は無いでしょう。
 それに不満を持つものは正直今までとそれほど変わるとは思えません」
いや、確かに理屈の上ではそうだろうけれど、ブリタニアは当時で既にローマ圏で、男が覇者にならなきゃならなかったはずだ。
歴史を振り返ってもその後女性で王者についたものは少ない。
少年ってだけでオークニー王らは反乱起こしたのに、少女が継ぐ事になったらそれこそブリタニアはサクソン人の食い物になるんじゃないか?

「それは見解の違いでしょう。私はそうは思わない。
 アルトリアほどの人ならば王でなく女王であっても危機を乗り越える事はできたはずです。
 時は更にかかるかもしれませんが、いずれは必ず」
「かのアンブロシウスが成し遂げかけたように、かしら?」
英ねえは静かにうなづいた。
そして、

「アーサーでなかったら……あの人は孤高の王者ではなかったはずです」

英ねえが出したと思われる一つの結論をつぶやくのだった。
孤高の王者。その響きにどれだけの深い意味が込められているのか分からない。
英雄王と肩を並べていたランサーはそれを気にも留めないが、アーチャーは神妙な面持ちで黙ったまま反論しようとしない。
ただ一人、ニムエだけがそれを鼻で哂った。

「無理ね。夢はどうであれブリタニアの人たちは孤高の王者を望んだ。
 なぜなら人々の思いを元にアヴァロンで精製されたのが彼女の剣なんだから。
 あの尊い光こそが時代が女王アルトリアではなく、アーサー・ペンドラゴンを望んだ何よりもの証拠――」
だがここまでで言葉が急停止し、波がひいていくように青ざめていく。
目は見開かれ、何か決定的な可能性に気づいて呆然としているようだ。

「あんた、まさか――」
「その通りです。聖剣のせいでアーサーが王者になるのなら、そんなものは必要ない。
 私の望みは聖剣を無かったことにする事です」

……やっぱりか。英ねえの真名を聞いた時点で想像はできていたけれど、いざ突きつけられると驚愕するしかない。
結局は消去法でそんな結論になるしか無いんだ。

「なんでよりによってそれなのよ。もっとうまいやり方があるはずじゃない……!」
「言ったでしょう、私は英霊として現世に舞い戻ってからあらゆる可能性を考慮に入れたと。
 選定の剣に別人を選ばせてしまったら、今度はその人がアーサーとなって新たな悲劇を生み出してしまう。
 大叔父上を長生きさせる事も考えましたが、それではアルトリアその人が誕生しなくなってしまいます。
 両方の母上にはまことに申し訳ないのですが、却下にしました」
アンブロシウスが長生きしたら弟のウーゼルが王位を継ぐ事は無く、コーンウォール公の出来事も起こらない。
王位に継ぐ継がない以前にイグレインがウーゼルの元に行かないだろうから、アルトリア自身が生まれなくなるのか。

ウーゼルと別の妃との間に生まれる『アルトリア』がいても、英ねえが望むアルトリアは出てこない。
ついでに考えるとマーリンの存在を無かった事にすればアンブロシウスとウーゼルが王になる事も無い。
心変わりしてアルトリアをエクトールに預ける事を無くしたとしても、結局聖剣を携える事実に変化はなさそう。
アルトリアその人を変えてしまうのは英ねえにとって論外も甚だしいはずだ。

「聖剣さえなければアルトリアは孤高の王ではない。騎士たちの忠誠があっても心が離れる事は決して無い。
 アーサーより劣っている部分は円卓の騎士たちが必ず補ってくれるでしょう。
 そして、ランスロットの離反や私の反逆も当然ないはずです」
アーサーには消えてもらい、アルトリアには残ってもらう。
その要である聖剣の消失を望むのは自明の理だろう。
たとえどのような結果が待ち受けようとも、モードレッドならする。
だけど……、

「英ねえ。それだとモルガンがモードレッドを創りだす事に変わりはない。
 また復讐の道具として生まれてもいいのかよ……!」
思わずした発言は声が張り上がっていた。
英ねえはそれを冷淡に受け止める。

「アルトリアが誰と結ばれて子をなすのかは分からないが、その時点でアルトリアの娘メドラウトが生まれ、その子はモードレッドではないはずだ。
 それに、モードレッドであろうとも孤高の王でなかったなら事態を考慮したアルトリアが認めてくれるかもしれない」
「……それでも認めてもらえなかったら?」
「無い」
そんな事があってたまるか、と怒鳴られるかと思ったが、英ねえはその可能性すらばっさりと切り捨てるだけだった。

「誠意を尽くせば必ずアルトリアは私を認めて下さるはずです。母上への恨みを私にぶつけるような事は……断じて」
「……それは英ねえの希望であって確定事項じゃない」
「分かっています。アルトリアが認めてくださらないのなら……もう私が存在する理由はありません」
英ねえ、まさか……!

「次の奇跡で私の消失を願うまでです」

もう見ていられなかった。だが俺は彼女をまぶたに焼き付ける。
今の英ねえはまるで泣き崩れた子供のようだった。いや、事実そうなのかもしれない。
創られた存在である英ねえが抱く理想はただ一つ。自分を認めてくれる本当の家族なのだろうから。

「甘ったれんな、この糞餓鬼っ!」
だがニムエはそれを真っ向から否定するばかりか、この世の何よりも許せないとばかりに恫喝した。

「カムランを回避するとかほざいてたけど、結局あんたはアルトリアに認められたいだけでしょう……!」
「それのどこが悪いのですか?」
ニムエは杖の先を英ねえにぴたりとつけた。
今なら暗示なしで大魔術を敢行しかねないほどの憤りを見せている。

「恋人と引き裂かれて死んだトリストラムは、グェネヴィアと恋仲にまでなってしまったランスロットは、
 父親を謀殺されてあんたまで創ったが最後はアルトリアをアヴァロンに送ったモルガンはっ、
 そしてあんたに殺されて栄光と繁栄を止められたアルトリア自身は!
 あんたなんかより悲劇的な道を歩んでいった奴らは大勢いるんだ!
 あんた一人が不幸を全部背負い込んだような口を叩くんじゃないよ!」
「そのアーサーも過去のやり直しを求めているかもしれませんし、ランスロット卿ももしかしたらアーサーへの復讐を抱いているかもしれませんけどね」
しれっと言い放つ英ねえだったが、一歩間合いを縮める。

「ランスロット卿とグェネヴィア様を謀り、実兄ガウェインを殺し、結果的にアルトリアに剣を振り下ろしていても後悔はありません」
また一歩。

「この身体が仲間の血で汚れ、誇りが現実に粉々に打ち砕かれ、至った先がまたカムランだとしてもかまいません」
英ねえの薬指と小指に力が入る。しっかりと、絶対に離さないように。

「この胸に秘めた想いだけは本物なのですから……!」

……ああ、もうこの人は俺の師匠で葵の母親、この世界に静かに暮らす柳洞英ではないんだ。
目の前にいるのは剣の英雄、メドラウトに他ならない。

本当だったら英ねえの想いはこの世界で成し遂げられるはずだった。
葵という英ねえを母親のように慕う存在によって。
それを壊したのは……俺だ。俺が彼女のささやかな理想を打ち砕いた。
今こうして英ねえが俺の前に立ちはだかるのは当然の事なんだから。

こんな状況に何も言い返せないどころかつくりあげた俺。
一体どこで俺は選択を間違えたんだ……俺は……!

「憐」
思わずその場に崩れかけたようとしていた俺の肩にそっとふれる手が一つ。
その手は温かいようでがっしりしていて力強かった。
自分でも分かるほど泣きそうな顔で相手の方を見ると、アーチャーは強い決意を秘めてうなづいてくれた。

「彼女がどんな想いを持っていても、その通りには絶対にさせない。させちゃいけないんだ。葵のためにも、彼女自身のためにも」
「アーチャー……」

「英を……メドラウトを止めるぞ。マスター、命令を」

……。
……そうだ。どんな奇跡だって過去を良くする事は決してできない。
葵がああなってしまった結果をごまかせても起きてしまった事実を変えられないように。
今やるべきなのは過去を悲観する事じゃ決して無い。

葵が英ねえと過ごしたのは決して間違いじゃなかったんだから、それを否定させるわけにはいかない。
ブリタニアやメドラウトの名を掲げるつもりは毛頭ない。アルトリアの名を叫ぶ資格も無い。
俺はこの地での英ねえと葵の名にかけて、メドラウトを止めてみせる……!

「アーチャー、メドラウトを阻止するぞ。絶対にだ」
「了解したマスター」
更に間合いをつめようとする英ねえ……いや、メドラウト。
アーチャーは双剣を構えて彼女と対峙しようとして、

「待ちなさいアーチャー」

メドラウトに身体を向けたままニムエが立ちはだかった。
華奢なはずの背中越しでもニムエの決意を感じる事ができる。

「あなたが生前アルトリアとどうだったかは知らない。きっとあなたにとってかけがえのない存在だったかもしれない。
 けれど……いえ、だからこそ言わせてちょうだい。
 ここはあたしに任せて」
「ニムエ……」
確かにアーチャーはアルトリアとの関係が深い。けれどニムエは生前を共にしていた。
どちらがメドラウトの前に立ちはだかるかなんて比べられない。
普段なら。

「駄目だニムエ。メドラウトの対魔力は全英霊中最高で相性悪すぎだろ。任せるわけにはいかない」
そう、魔術を多用するニムエにとってメドラウトは最悪の相手だ。
唯一の対抗手段である大釜は葵を救うために敢行した第三魔法のせいで完全破壊して修復不可能になっている。
他の宝具もほとんどがその増幅で使って同様な結末を辿っていて、もはやニムエに対抗手段は残されていないはずだ。

「ところがレン君、実はそうでもないのだよ」
だが、それがどうしたとばかりに唇をつりあげてニムエは杖を掲げる。
まさか十二の宝具以外にまだ宝具があるとか?

「そんなわけないでしょう。英雄が持つ宝具は二、三が限界なのに十二もあっただけで破格なのに、そんなおちはないわ。
 けどね、まさかあんたが遠坂邸で埋まってる間に何もしなかったとでも思ってんの?」
アーチャーの酷使で消耗した魔力を一発で回復させる最終手段で遠坂の土に埋まってた間に何かあったのか?
頭に血が上ってたせいで準備を整えたとだけしか聞かなかったな。

「確かにメドラウトの前に立ちはだかれる人物はブリタニアでもそうはいない。悔しいけれどあたしだってそう」
そしてニムエが杖を一回転させると、虚空から見慣れた物体が出現した。

「彼は違う。最後までアルトリアに付き従い、そして彼女の最後をみとった騎士なのだから」
それは失われたはずのニムエの大釜だった。それが黄金剣に両断された様子も無く完全な形でそこにあった。
なんでなんだと思考がこんがらがる。


約束された繁栄の大釜ペイル・ディウルナッハ!」


ニムエが高らかに宣言して、それに呼応するように大釜に満たされた水が揺れる。
そして、目の前におぼろげに出現したかと思うとその存在は力強く実体化する。

「槍の騎士ベドウィル、彼があんたの相手さ」
ベドウィルはいつものように隻腕で槍を構え、メドラウトの前に立ちはだかった。
メドラウトは彼を眉をひそめて受け止める。

「ディート、どういうことだ? なんで消滅した大釜をまたニムエが持ってるんだ?」
事情がつかめない俺はとりあえずディートに聞いてみる事にした。

「あれはアーチャーが投影して用意してくれたものです。ブリタニアの宝具に関してのみ剣以外も相性がよかったようなので」
「あ」
なるほど。その手があったか。

だけどアーチャーの魔力だって底をつきかけてた。
そんな彼に無理強いさせてでもニムエが大釜を必要とする相手はメドラウト以外いないはず。
そのメドラウトだって瑪瑙と契約した出来事さえ無ければ退場してたはずだ。
メドラウトが健在だと予想してやったのか?

「いえ……違うんです。詳しくは後に話します」
「あ、ああ。分かった」
そうだな。今はのんびり語り合ってる時じゃない。
メドラウトとはニムエが対峙してくれているけれど、敵はそれだけじゃない。

俺はそこでやっと双魔に視線を移した。
あいつは軽く溜息を漏らして構えの方向をこちらに向けてきた。

「珍しいな。おまえが場の空気を読むなんて」
「話を中断して襲いかかったらその場で残ったサーヴァントの攻撃を受けていたはずだ。一触即発の状態で誰が動けるか」
ち、やはり状況判断できていたか。
おとなしくアーチャーに向かって英ねえに切り倒されてればかわいげがあったものを。

「だが今は違う。ブリタニアの者たちは互いに隙を見せればその瞬間に終了。こっちにかまってる暇なんぞないだろうな」
「そうだな」
そうなったら後はもう戦うだけだ。
ランサーもアーチャーもお互いが自分の敵だと認識して全神経を尖らせる。

「ニムエ」
俺も双魔に全てを傾けたかったが、その前にどうしても言いたかった言葉を口にした。

「メドラウト……いや、英ねえをよろしく頼む」
「誰に向かって口聞いてんのよ……なんて言いたかったけれど、あえてこういっとくわ」
ニムエは腕だけを動かして親指を立てた。

「このニムエに任せておきなさい」

俺はその言葉を受け止めると、双魔へと向かっていった。


   /interlude

 結論から言ってしまうと戦局はニムエが不利な方向へと進んでいた。

ただでさえメドラウトはアルトリアと存在から武装まで互角。
対するベドウィルはマビノギオンにいる通り神秘の存在ではあるが、それでもやや劣る事は否めない。
それでも本来ならニムエの補助があればメドラウトだけでなくランスロットやトリストラム相手ですら有利に進められた。

それを阻んでいるのが今の大釜だった。
本物に限りなく近い形でアーチャーに制作してもらったが、それでも最大限に行使すると本物との違いが際立ってきてしまう。
大釜の効力を集中させてもベドウィルは生前並みの力を発揮する事がかなわないでいた。
それを無理矢理補完するようにニムエは魔力をいつもより余計に使っていた。

ただでさえニムエは先日大魔術や治療、そしてなにより魔法を行使している。
霊脈上に築いた神殿のおかげでそれなりには持ち直したが、万全とは言いがたかい。
万全なメドラウトを相手にその差はきつかった。

「おおおっ!」
気力で不利な状況をたてなおすようにベドウィルは槍を突き出す。

一突きに六度の攻撃を行える技術は健在で、さすがのメドラウトも全てをさばききる事はできない。
以前なら膨大な魔力で防御に徹しただろうが、失う者がなにもなくなったメドラウトにその選択肢はなかった。
彼女は致命傷になるだろう攻撃のみいなし、その他全てを体勢が崩れない程度に身体をひねって対処した。
中には腕などに命中したものがあったがおかまいなしだった。

「はああっ!」
気合一閃。
魔力を伴った一撃はまさに大砲。行く手を阻む者全てを破壊しようと襲いかかる。
それをベドウィルは槍の束を巧みに操作して軌道をずらす。
それた剣はベドウィルに命中する事無く、空振りをする……、

「ふっ!」
前に今度は横なぎの形で追撃を行う。

「槍を砕く盾となれ!」

ニムエの宣言の直後、ベドウィルの身体が大きく飛ばされる。
しかし足腰のバネで踏みとどまり、五体満足のまま再び構えをとった。
相手のベドウィルが隻腕だからこそできる芸当。魔術で一時的な腕の精製。
ニムエが一瞬で精製した腕と盾でメドラウトの一撃を受け止めたのだ。

もちろん必殺の一撃を受け止めた代償は即座に現れ、腕と盾の形をした魔力の結晶は砕け散る。
それを気にもかけずに両者は一瞬で間合いを零として再び武器を交えた。
もはやそこには華々しさはどこにもない。いや、最初からそんなもの存在しなかった。

二人の若干の装飾が入った実用性の高い鎧は打ち破られ、衣服は容赦なく裂かれていく。
そして対処しきれない攻撃によって血が、肉が、だんだんと二人から失われていく。
傷の量こそベドウィルの方が多いものの、それはニムエが魔力で無理矢理治療を施す。
消費量はニムエの方が多いが、絶対量を比較すればまだまだ挽回できる程度だった。

「大いなる星の輝き!」

ニムエは大魔術もメドラウトの足場を悪くするためだけに惜しげも無く解き放つ。
一瞬ひるんだメドラウトの隙をついてベドウィルが守勢から立て直して再び互角の戦いを繰り広げる。
らちがあかない。それがニムエの抱いた率直な判断だった。

「打ち滅ぼすは神の反逆者!」

更に大魔術でほんのわずかながら有利になるよう事を進め、ニムエは準備にとりかかった。


一方、憐と双魔は相対したまま一向に動く気配を見せなかった。
双魔は徒手空拳で構えは柔術のもの。憐は日本刀を装備して構えは正眼。
お互いに間合いを計りつつ冷や汗をたらすだけで、一向に飛び出そうとしなかった。

「彼ら一体なにやってるんだろう。じーっと見つめ合ったまま動こうともしないじゃない」
この場にいてなにもできないクリスは不満を隠そうともせずに愚痴をつぶやくしか無かった。
令呪でセイバーを救う事ができないのは証明済みな上に双魔が戦う者だと判断したためだ。

「いえ、僅かずつながら身を動かしています。お互いに隙をさぐりながら相手を崩そうとしているのが見て取れます」
ヨハンが冷静に判断して意見を述べても今一理解できないクリスは疑問視する。

「そうなの?」
「ええ」
「レンのやつ、アイツに勝てると思う?」
「……難しいかもしれません」
先ほどまでの戦いを振り返ってヨハンは苦虫をかみつぶしたような表情を見せる。

双魔の魔術師としてのレベルは正直な所、低い。
一流魔術師の家系ならば十代には仕上がっているはずの領域に留まっていた。
しかしその事実をあざ笑う事はできなかったのだ。

不意に動いたのは双魔が先だった。
彼は拳銃の先から逃れるようにして身体をねじり、その反動を更に利用して飛び出した。
刀を持つ際、両手全ての指でがっしり掴んでいると振りかぶりは遅れる。
主に小指と薬指に力を入れて、相手に斬りかかる時に力を入れるものだ。
中段の構えで憐は人差し指をわずかに双魔に向け、ガントを放ったのが経緯だった。

ガントでの追い打ちは無駄だと判断したのか、憐は双魔に呼応するよう飛び出す。
双魔の対角線を行くよう斜め下に振り下ろす憐の斬撃だったが、双魔は片腕をふりあげて刀の腹を叩き、剣先をそらす。
と同時に肺を狙った正拳突きをもう片方の手で行った。

憐もまた対処してくる事は予測済みで、わずかに刀をそらしていた。
完全には払えなかった刀が今度は双魔の腹をかっ切るように横一文字に突き進む。

「……!」
しかし苦悶の表情をわずかに浮かべたのは憐の方だった。

双魔の拳は右肺付近の胸に突き刺さる事なく、憐の右指に命中したのだ。
両者とも身体の強化は行っていたために骨が砕けはしなかったが、刀が振り切られる事は阻止された。
更に双魔は刀をそらした方で拳を握りしめ、全体重をかけるように正拳を放った。

「えっ!?」
驚愕したのはそれを眺めていた者のみ。

憐は膝の力が抜けたように崩れ落ちて転がった。双魔の拳が到達する前に。
身体をこわばらせる生物の本能とは対極な脱力。重力に身を任せるようにして力を入れずに回避したのだった。
更に体全体のバネを利用して双魔の追撃が開始される前に立ち上がり、再び構えをとって間合いをつめる。

「一体なにが?」
格闘戦には全く疎いクリスでも今起こった事は信じられなかった。
確実に命中したかと思った双魔の攻撃を憐が難なくかわしたのは彼女の常識ではあり得ない。

「……おそらくは身体の流れでしょう」
「身体の流れ?」
ヨハンはやや不満そうに顔をしかめながらうなづく。

「魔術を構成する段階で回路を働かせるのと同様、身体の動きにも無駄があってはならない。おそらくこの国の者たちはそのように考えているのではないかと」
「え、と。よく分からないんだけど」
「重い荷物を持ち上げる時に腕や腰だけの力でするよりも、体全体で支えるよう抱える方がやりやすいのと同じようなものでしょう」
最もヨハンにはそんな考えは理屈はある程度分かっても理解はできなかった。

身体能力を向上させてねじ伏せる、それがアインツベルンの行ってきた戦闘用ホムンクルスの理念なのだから。
そんなわけで当然クリスにも分からなかったが、それはそういうものだと受け止めるしかない。
さきほどまで行っていた戦いでは三人がかりでようやく翻弄されずにすむ程度だったのだから。

そして、身体の流れでできる攻撃の本領は攻めでの打撃ではない。

「あっ!」
とクリスが言う間に刀を払っていたはずの双魔の手がそれに絡み付くように握られていた。
憐自身の勢いもあって双魔は楽に憐を引き寄せ、一瞬で右手首をつかむ。
憐が右手から刀を離して左手だけで対処しようとしても、掴んでいるのは同じく右手。
引っ張られる影響で双魔の位置は死角上にいた。

「はあっ!」
そして気合一発、瞬時に身体を潜り込ませると一本背負いを行った。
サーヴァントたちが戦いを繰り広げる中でも十分に聞こえるほど大きな音で憐は床に叩き付けられた。

「柔術!」
ついさっき同じ行程で床に沈んだジェイナは素直に感嘆の声をあげる。
その時はヨハンの反撃でその程度ですんだが、今度は関節技に入ろうとする。
もちろん試合ではないので一瞬で骨を持っていくつもりだったが、

「!」
手を掴んだままその腕を持っていこうとしていただけに離しきれずに回避もできなかった。
双魔は掴んでいた手から放たれた魔力をぶつけるだけの魔術を思いっきり食らってしまう。
よろけて間合いを離す双魔だったが、憐は一本背負いの衝撃が大きすぎたために追撃に入る事はかなわなかった。
一瞬呼吸が止まってしまったために大きく呼吸をして整えて、構えを再びとった。

「腕を上げたな。十年前とは見違えるほどだ」
「当たり前だ。俺は歴戦の英雄に師事したんだからな」
感心するように息を漏らす双魔に憐は素っ気無く言い放つ。

「だが……まさかおまえが武芸の方を見につけてるとは思わなかった。正直以外だ」
「はは、素直な奴。確かに本格的にやり始めたのはここ十年ほどだからな。知らんのも無理はない。
 これこそオレが十年かけてたどり着いた結論なんだから」
「は?」
かんからと笑いながら双魔は満足そうにする。

「まだ遠坂の魔術師としての歴史は浅く、百年も経過していない。だが遠坂という家系は長く続いてきた。
 だから遠坂が魔術に固執する必要性は皆無だと考えてる」
「何が言いたい」
いぶかしげに眉をひそめる憐に双魔は絶対の自信を持って、このように述べた。

「オレは無我の境地に至ってみせるぞ、憐」
「無我の、境地?」
「達人と呼ばれるものの中でも指を折る程度しかいない、根源に触れる事のできる領域。
 オレは武を極めて必ず到達してみせよう」

魔術とは全く異なった手法、武術。それをもって目の前の男は至ろうとしている。
根源に至るのを目標とするのが魔術師だと広く定義するなら、彼もまた立派な魔術師。
目の前の男はただ魔道から逃げたんではない。

ただ己の進む道に魔道が反しただけの些細な事――。

「そう、か」
憐は今日始めて満足げな笑みを浮かべる事ができた。

「あんたは……いや、兄さんは昔から変わっていなかったんだな」
十年前にずれたと思っていた双魔は何も変わっていなかった。
憐にとってはそれだけ分かれば十分だった。

「おまえの方こそ」
日常に別れを告げて魔道を走る憐。魔道を捨てて武道を走る双魔。
二人はこのとき初めてお互いを分かり合える事ができた。


アーチャーはランサーと戦っていた。
ランサーの武装はメドラウトが出現した時と変わらなかった。
ランサーの槍は矛先が命中するだけでなく、触れるたびにアーチャーの武器の存在を揺るがしていく。
魔法効果を打ち消す効果は宝具にも有効で、神秘最高峰の固有結界の賜物であろうと例外ではなかった。

故にアーチャーは武装を次々と変更してランサーをかく乱していた。
槍、剣、斧、鎚、弓。状況に応じて様々に使い分け、同時使用も辞さない。
奇しくも質対量の戦いになっていた。

お互いに残された令呪は残り一つ。マスターの介入が入る隙間も無い。
むしろ出しゃばれば自らの英雄の負担になる事は間違いなさそうだった。

投影された武器がその存在を失う事百回をゆうに越した辺りでランサーは間合いを離し、荒々しく構えをとった。
アーチャーもあえて追撃はせずに間をおき、全体の戦局を把握しながらランサーと対峙する。

「誇れ贋作者……いや、製作者。君の世界はまさしく君そのもの。
 我が盟友とは対極に位置する唯一無二のものだ。
 君と我が盟友ギルガメッシュを会わせたらさぞかし面白い事になっていただろう」
「はは……」
その言葉にはアーチャーは苦笑いしか出なかった。
それを気にせずランサーは続ける。

「お互いに所有する武装は果てしない。それが例え借り物でも、創り出した贋作でも。
 なら純粋にものを言うのはお互いの力量だけ。これは素晴らしい事だろう。
 英雄同士の戦いなのに、神話より付きまとっていた神秘の入り込む余地は一切ない」
「そうだな」
ランサーは同意するだけにとどめるアーチャーに不満を漏らすことはしなかった。
むしろ彼をたたえるように笑みをこぼす。

「無粋な輩がいなければ借り物でない僕の全てで君をつぶしていたのに、それが残念でならない。
 ――正直それだけが言いたかった」
天の鎖が使えれば、この場に他のサーヴァントがいなければ。
英雄王と肩を並べた存在と英雄王と渡り合えるだろう存在が遠慮なく戦う事ができたはず。
戦いで倒れる事ができなかったランサーにとってはこの上なかった。。

「ならそれは次の機会に期待しておく」
「はは、あるといいな!」
もはや言葉は必要なし。戦えばお互いの全てが分かる。
そう言いたげに二人は飛び出し、再び剣を交える。


ニムエが術に専念している間に戦いを繰り広げていたベドウィル。
しかしニムエの補助がなくなった事で状況は更に不利になっていた。
メドラウトからほとばしる魔力が、巨竜の爪のような圧倒的な剣が、何より全てをかけた怒涛の気迫が。
徐々にベドウィルを追い詰めていく。

鎧は砕け、肉は削げ、血が舞い、魔力が失われていく。
ニムエの補助があった時には魔力を無理やり流し込んで塞いでいたが、ないものはねだれない。
だがベドウィルもまた古より伝えられし騎士。そう易々と首を取られる存在ではない。

「強い、だが……!」
それに首を取られるわけにはいかない。

ベドウィル、後にベディヴィエールと呼ばれてアーサーの最期を看取る騎士。
彼は最後に確かに見た。
彼が、カイが、ガウェインが、ランスロットが、グェネヴィアが、マーリンが、モルガンが。
円卓の騎士ばかりでなく、ブリタニアという国の全てが求めていたものを。

安らかな、そして穏やかな眠り。

カムランで散っていった者たち、その前に無念にもアルトリアの傍らに経つ事がなかった者たち。
数多の円卓の騎士、民、そして答えを得てアヴァロンへと去っていったアルトリアのために。
絶対にモードレッドに負けるわけにはいかなかった。

「これほどとは……しかしっ!」
メドラウトもまたベドウィルの槍を受けて籠手が、鎧が、肩当が砕ける。
モードレッドの象徴だった兜は始めからつけておらず、放出する魔力にまわしている。
有利なのに攻めきれない。その事にメドラウトは思わず苦悶の声を漏らした。

終焉の地カムランですらアルトリアである事を拒絶したアーサー王。
その存在を葬るためならメドラウトはどこまでもモードレッドに堕ちてもいい。
決してメドラウトはアーサー王に屈するわけにはいかなかった。

ベドウィルとの戦いに全神経を集中させていたメドラウトが気付く事ができたのは天性の直感からか。
とにかくメドラウトはニムエが何をしようとしているのかに気付く事ができた。
眼の端に捉えられるニムエの両手に輝いているのは夜空に輝く星のような光。

「しまった……!」
道理で途中からニムエの妨害がなかったわけだ、と気付いた時は既に遅かった。
あの輝き、メドラウトは決して忘れはしない。
アヴァロンで製造された人々の想いの結晶。そしてメドラウトが最も忌み嫌う存在。
間違いなく聖剣の尊さだった。

今から自分の剣に魔力を貯めても、あらかじめ収束させていたニムエの方が先に発動する。
それに、メドラウトの魔力収束はベドウィルの気迫が妨げる。
憐達を盾にする行為は騎士としての彼女自身が許さない。

(こうなったら……!)
成功確率はあまり高くないが、一気にこの状況を打開できる手段はこれしか思い浮かばなかった。

ベドウィルの槍がメドラウトの肩に命中し、肩当てが粉々に砕けた。
そしてその勢いで体勢を崩したメドラウトは後方に大きくよろける。
絶え間なく放出されていた魔力の流れも乱れた。

「いける……!」
今こそが絶好の好機。ベドウィルは渾身の力を込めて槍を突き出す。
ためらいなど一切ない、六つの攻撃全てがメドラウトの別々の急所を捉えている。
回避や防御が考えられる体勢ではない。ベドウィルは絶対の自信を持っていた。

「な……に!?」
だから、今の現象が起こった事が信じられなかった。

機と兆の完璧な外し。
メドラウトは身体を流す事でベドウィルの槍を鮮やかにかわしてのけたのだ。
ベドウィルが知っているメドラウトでは絶対にありえない戦法。
だがニムエにはそれの正体が分かっていた。

「うそ……!」
アレは、間違いなく彼女が死後冬木の地で培ったと思われる日本古武術の体さばきだった。

英霊はもちろん成長する事はない。
経験が蓄積されたとしても戦士として完成されているため、新たな技術の入り込む余地がないのだ。
生前以上の年月をすごすメドラウトも例外ではなく、拮抗した戦いでは生前の戦法が出てしまう。
だから死後培った技術をやるには意識しなければならず、生前の戦法より劣る事実に変わりはない。

だが、奇襲をするならそれで十分だった。
機を逸したベドウィルは逆に体勢を大きく崩し、メドラウトの間合いに誘い込まれてしまう。
既にメドラウトの剣は振り上げられている。

「私の勝ちです、ベドウィル」
「ぐ……無念だ……っ!」

勢いよく振り下ろされたメドラウトの一撃はベドウィルの兜ごと頭を叩き割った。
ベドウィルは力なく崩れると、その存在を魔力に戻していった。
それを悲痛な表情で見届けるニムエ。

「ベドウィル、あんたはよくやったさ。そのおかげで時間が稼げた」
ニムエは右腕と左腕を大きく広げ、光の矢を形成する。
純粋な魔力の塊はどこまでも澄んでいて、人々を魅了するほど尊い。

メドラウトはベドウィルに勝利すると鎧すら魔力に還元し、最大限放出させて突撃を開始する。
宝具で荒野と化した一帯の中でもその衝撃波はすさまじく、範囲外だった木々すらなぎ倒す。
彼女の突撃は迫りくる音すら全く聞こえてこない、つまり音速を超えた速度で迫ってきていた。

「遅い……!」

それでも、ニムエの方が早い。


約束された勝利の矢カ レ ド ヴ ル フ!」


ニムエが解き放った至高の光は先ほどメドラウトの放った極光より威力はないが、在り方はメドラウトのよりはるかに聖剣のそれに近い。
再び夜が昼になり、光の帯がメドラウトを飲み込んで一直線に進んでいく。
全てを両断する光の斬撃は大地に大きな爪痕を残しながら突き進み、夜空へと翔けていく。

「メドラウト、見たかしら?」

いつものような不適な笑いを全く浮かべず、万物をすべる女神のごとく威厳を持ってニムエはつぶやく。

「これが、人々の尊い想いが詰められた星の光よ」

しばらくして光の帯が全て夜空へと消えていく。
メドラウトとベドウィルが先ほどまで戦っていた箇所は二つの光で大きく裂けていた。
そして、目の前にメドラウトはいない。
ただ彼女はメドラウトの消滅を受け止めてその身を翻す。

「ええ、だからこそ私は否定する」

そしてディートのそばに駆け寄ろうとした時、その声が唐突に聞こえてくる。
ニムエは考える前に反射的に振り向く。
それと全く同時に地面に何者かが勢いよく降り立った。
そしてその何者か、メドラウトは先ほどと全く同じように突撃を開始する。

「嘘……!」
なぜあの光を受けて今もなお生きているんだ?
全てを両断する至高の神秘のはずなのに、対抗手段は全くなかったはずなのに。
神代の神官であるニムエですら目の前のありえない存在に茫然自失するしかなかった。

「大いなる星の輝き!」

それも刹那の間。すぐさま我を取り戻してメドラウトを止めようと大魔術を展開する。
だがメドラウトの所有する竜の因子はニムエほどの大神官の神秘であろうとも受け付けない。
剣で防御もしない、ただ前進だけを考えた突撃。

「数多の閃光が万物を覆う!」

駄目だ。どんな神秘でもメドラウトを倒す事は、阻む事はできない。
大魔術もだめ、宝具もだめ。聖剣も湖の貴婦人も円卓の騎士も何もかもが駄目。
となればニムエが出せる結論は一つしかなかった。

「聖なる暁の恵み!」

ニムエではメドラウトを止める事は、できない。

メドラウトの剣はニムエの華奢な体を斜めに切り裂いた。


   /

「キャ……」
ニムエの体から鮮血と共に魔力が流れ出していく。
そして力が抜けた体が剣の勢いをそのままにふりまわされる。
そして、花びらのようにそのまま踊らされて倒れた。

「キャスターァァッ!」

「ディート!」
メドラウトにかまわず飛び出そうとするディートをジェイナが制する。
魔術師のディートではジェイナの力を振りほどく事ができない。

「離してください、キャスターが、キャスターが!」
「やめなさいディート。貴女にも分かっているでしょう?」
涙を流しながら力の限り叫ぶディートにクリスは冷酷な言葉を浴びせた。
だがクリスの手からは強く握りすぎたために爪が食い込み、血が流れ出していた。

「キャスターはどう考えても致命傷。令呪どころかどんな手を尽くしても助からない」
「あ……」
心に渦巻く無力感を振りほどくようにクリスは鋭い口調で述べた。

「キャスター・ニムエはセイバー・メドラウトに敗れたのよ」
「そんな……ぁ……」
魔術師であってもディートにとってキャスターを失う事がどれほどのものか。
クリスにも彼女の想いが痛感できた。

「ニムエ、私は進み続けます。たとえかつてのかけがえの無い存在が相手だとしても」
メドラウトの状態は酷いものだった。

魔力が宝具使用後のようにごっそりと抜け落ちていて、鎧をまとっていない衣服はところどころ大きく裂け、所々で大きな裂傷も見られる。
特に酷いのが左腕で、まるで二つに裂けたかのようになっている。
それでも二の足で大地を踏みしめ、現在残っているサーヴァントたちを見据えている。

「……はは、まさかそんな手であたしの光に対抗するとはね」
言葉を吐くたびに血があふれ出しそうだったが、ニムエは何とか口にする事ができた。

一点集中。メドラウトがやったのは正にそれだ。
聖剣の攻撃判定は光の斬撃であり、光の帯がもたらす膨大な熱量はおまけ程度だ。
だが飛ばして殲滅する、という指向性を持った対城宝具である以上、一対一の場合無駄がどうしても生じる。

だからメドラウトは純粋に自身の運動量と魔力を剣に上乗せして斬撃に斬撃で対抗したのだ。
更にメドラウトは剣がはじかれると己の左腕を突き出し、更に魔力を放出し続けた。
その対抗手段ができたのはニムエの光が宝具の神秘ではなく、あくまで魔術だという事。
対魔力を存分に活用した結果でもある。

もちろんその程度で相殺できるほどニムエの光はやわではない。
だが、自分自身を斬撃から逃すのには十分だった。
その後に襲ってくる膨大な熱量は耐えきろうとせずにあえて流される事で損傷を軽減した。
その結果熱量の流れに押し出される形で上空に放り出されたわけだが。

神秘に真っ向から対決しようとせず、やり過ごす事で対処する方法。
生前のメドラウトからは決して考えられない、経験と直感に裏打ちされてもなお綱渡りな賭け。
満身創痍ではあったが、メドラウトは自分の力だけでニムエに打ち勝ったのだった。

「さようならニムエ。今度出会う時は私がどのような存在となっているのか分かりませんが、必ずや良い世界となっているでしょう」
「変化は無いさ……変化なんてさせやしない」
ニムエの体が現界できなくなっていき、魔力の結晶へと散っていく。
口から出る事は言葉にもなっていないほどかすれていたが、瞳だけはなおも力強く輝いていた。
メドラウトはそれをしっかりと受け止めながら、それでも明確な意思で前を見据え続ける。

「それは不可能です。前セイバーを止めるものはいるかもしれませんし、柳洞英を止める者はいます。
 ――ですがメドラウトを、モードレッドを止める者はもはや誰一人としていない。
 ならばこの場に私を阻むものは存在しない」
「それはどうかしら、ね」
「なに?」

メドラウトは鋭い視線でニムエを睨む。
彼女は笑っていた。後悔や無力感は一切見られない。満足しきったもののみが見せる笑顔。
そして、メドラウトが最も遠いものでもあった。


「押し付けるようで悪いけれど、後は頼んだわよ!」


ブリタニアの地を必死に駆け抜けたドルイド、そして湖の貴婦人。
キャスターの位で召喚された少女、ニムエはその場から消滅した。

interlude out


to the next stage……


第48話に続く

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 キャスターリタイア。残るサーヴァントは4体。
ではキャスターの裏話を。

キャスターは始めから最初のマスターを殺し、ディートのサーヴァントにしようと決めていました。
けれど最初のプロット(憐のサーヴァントがライダーでメドゥーサだった時)では真名不明。
正直当時の自分がどう考えていたのかすっかり忘れてしまいました。
アーチャーが士郎になってからはキャスターの最後はほぼ決まったも同然でした。自分の中では納得いってます。
ただし、自分の中でのアーサー王物語が劇的変化を遂げてしまい、キャスターに一番不満がでてしまったために大幅な書き直しをしたんですがね……。
始めは大釜での円卓の騎士召喚だけを考えていたのですが、『勝利の矢』を考えたのは実はかなり後の方だったり。
書いていて一番楽しかったキャラクターでもあります。

そして、そしてようやくあのシーンが書ける。逸る気持ちはありますが、その前に第43話などを埋めないと。
できれば第47話を二月中に書き上げたいものです。
それでは次の舞台で。
  2007年2月2日


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