/12日目

 それは一人の青年と一人の剣士の物語だった。

青年は疑う事無く無骨に前へと駆け抜けていた。
かつて彼は綺麗な月の下で誓った。彼が深い憧憬を寄せていた者の前で宣言したのだ。
それに向けて彼は走り続けた。正義の味方、尊く無垢な思いは彼の胸の内で輝き続けた。

青き剣士は疑う事無く勝利の丘を駆け抜けていた。
かつて剣士は王者の剣を前に誓った。剣士は幾度にも渡り敵を打ち破りついには国に平和を取り戻した。
だが剣士は逃れられなかった惨劇を前にしてただ嘆き続けた。孤高の王者、尊く無垢な思いを胸に秘めた剣士はその重荷に涙を流した。

雄々しき大英雄。
理性を失ってもなお雪の少女を守り続け、青年と剣士に衝撃を与えた。
その存在にいっぺんの曇りも無く、偉大で在り続けた。

紅き外套の弓兵。
紅き優雅なる魔術師と共に幾度となく立ちはだかり、青年と剣士の在り方に疑問を投じた。
その存在はひとかけらの迷いも無く、確固たる意思を秘めていた。

黄金の英雄王。
絶対の王者として君臨して歪んだ者と最後に現れ、青年と剣士に圧倒的存在を見せ付けた。
その存在は全くの対極でありながら、己の道を疑う事無く歩んでいた。

青年は一つの物語を経ても変わらない。むしろより一層決意を固めた。
この先に数多の嘆きがあろうと、数限りない絶望があろうと走り続ける。
物語で出会い、去っていった者たちには負けられなかった。決して過つ事無く駆け抜けてみせると。

剣士は一つの物語を経て自らが間違いではなかった事を悟った。
どんな悲惨な光景にたどり着いていても、始めに抱いた意思は剣士の中で尊く輝き続けていた。
果てしなく続いた自身の物語はついに幕引きの時となった。今まで歩んできた道に後悔はなかった。

朝焼けを前にして、二人の前に多くの言葉は要らなかった。何も言わずとも二人には分かっていた。
長き人生の中ではたった一瞬の時であっても、この出会いはかけがえの無いものだった。
だから、剣士も青年にたった一言をお別れの言葉とした。

「シロウ――――貴方を、愛している」




Fate/the midnight saga

第45話


   /

「――……」

 ……夢を見ていた。
決して経験した事の無い情景。しかしそれがかけがえのない尊いものだったとは分かる。
そして、それが二人の胸には色褪せる事無く輝き続ける事も。

あれからどれほど士郎が困難な道を歩み、苦難を乗り越えてきたのかは想像も絶する。
それでも士郎にとってあの光景が大きな意味を持っているとは想像に難くない。
あの物語があってこそ今の士郎がいるんだろう。

「それに比べて俺は何をやってるんだろうな……」
まだはっきりしない混濁した意識で辺りを見渡すと、見慣れない家具や装飾が目に入った。
だが懐かしい。見慣れなくても決して忘れられない思い出がそこにはある。

ここは遠坂邸のとある一室だろう。
そして俺は今なぜか首から下が埋まった状態にあるわけだ。
まだ濃い霧がかかった記憶を呼び覚ましてみる。

確か俺は双魔とランサーの襲撃を受けて目を覚まし、葵が倒れたんだった。
それでキャスターと前キャスターが死者蘇生を行ったがそれは行き過ぎてしまい、二度と元に戻らなくなった。
それを師範に報告して廊下に出たあとで……意識を失ったんだな。

となればこうして埋まっているのはアーチャーの仕業か。
俺も遠坂の土地の特性などは頭の中に入っているから文句どころか感謝を言わなければならないだろう。
おかげでさっきとは段違いで魔力と体力を感じ取る事ができる。
とはいえ、ここから自力で抜け出すのはさすがに無理だと思う。

「アーチャー、いるなら出てきてくれ」
「了解」
俺の呼びかけにすぐさま応答してくれたアーチャーは実体化して目の前に現れた。
どうやらこの遠坂邸を警戒してくれていたらしい。
アーチャーは俺が何も言わずとも俺を掘り起こす。

「すまない、迷惑かけた」
「魔力が枯渇した状態からここまで持ち直したんだ。それで十分だ」
そう言ってくれると助かる。
しかし戦局は大詰め。さっきまでの体たらくを再びさらすわけにはいかない。

「それで、俺はあれからどれぐらい眠ってたんだ?」
「一日と数時間。既に正午を回ったところだ」
……は?
耳を疑いたくなるほどの返答。困惑する頭をひねらせても聞こえた単語は変化してくれない。

「もう一度頼む」
「一日と数時間。既に正午を回ったところだ。分かったか?」
「あ、ああ……」
どうやら聞き間違えは一切なかったようだ。
無慈悲な現実に青ざめていくのが自分でも分かる。

「そんな。一日も何も出来なかったらあっという間に状況は不利になっちまう!」
「と俺も思って警戒を強めていたんだが、あれからここまで一切戦いの形跡がなかった」
戦いの形跡がなかった……? それはおかしくないか?

何しろランサーと双魔は確実に有利な立場にいたはずだ。
サタナは脱落して英ねえはマスターを失った。
セイバーは相性から鴨同然だし天敵なアーチャーは満身創痍、キャスターだって真っ向から倒せる。
行動を起こせば一網打尽に出来ずとも聖杯戦争に勝利を収める事は夢ではなかったはずだ。

「退却した時にランサー側が負傷していたっけ?」
「いや、状況が不利になった途端にきびすを返してた。潔い撤退だったと思う」
つまり万全の状況を維持していたのだから、なおさら双魔が静観する必要はない。
俺の記憶する双魔は絶好の機会を見逃さない存在なのだが……。

「とりあえずつもる話は風呂に入ってきてからにしてくれ。土と汗まみれで話すようなことでもないだろう」
「あ」
そう言えばそうだった。


 数十分後、身支度を整えて一日遅れのブランチを頂く。
いくら魔術師でも空腹を克服する事がかなわないのはちょっと残念でならない。
そして食後のスコーンと紅茶を前に、テーブルを囲むのは俺とアーチャーだけだった。

「遠坂の屋敷だっていうのに部外者の俺とアーチャーがこうして優雅に食事を取ってるなんて、なんか奇妙だよな」
「瑪瑙がかまわないと言ってくれるのならお言葉に甘えてもいいだろう」
「それもそうだな」
俺はスコーンを手にとって口に運んだ。やはり状況が状況でも美味しいものは美味しい。
いついかなる時も感動は不変なんだなぁ……などとしみじみ感じる。

「さて。じゃあ早速現状を確認したいんだが、アーチャー」
「分かった。これといってあれから変化は見られなかったが……」
アーチャーはかいつまんで説明してくれた。

まずサタナの脱落で使い魔での斥候、千里眼での探知などが可能になった。
前セイバーが行方不明なのを除いてランサー、キャスター、セイバー共に動きを見せずに外出はしなかった。
シェラザードに動きは見られず行動を起こす気配も見られない。
そして、真祖の姫君が現れる様子はない。

「本当に変化がなかったんだな。セイバーとクリスだったら再度戦いを挑むかとも思ったんだが」
「さすがにあれだけ見せ付けられたら何の対策もなしに突撃するのは愚考だろう」
確かにランサーは神を律するための英霊でセイバーだと相性最悪だ。

「なら……やっぱり双魔が思いとどまったのは謎の存在か?」
「そうだろうな」
戦いの最中に襲撃を仕掛けた謎の存在。
瑪瑙やキャスターが使い魔で冬木中を探索してもその片鱗すら掴み取れなかったらしい。
本当に何者なんだろうか。実に気になる。

しかし俺達にそれを悠長に把握するだけの余裕はない。
なにしろ俺達にはディートという制限時間がついている。キャスターが今は抑えてくれているけれど、それも時間の問題だろう。
それにいつ真祖の姫君が現れるとも限らない。

「なあアーチャー。万が一真祖の姫君が現れたとして――」
「勝てない。あれは英霊単独では間違いなく倒せない。個々では彼女は最強だ。
 強いてあげるならアイツみたいに存在が高い上に数多の武装をしていれば別なんだが……」
だろうな。真祖の頂点に立つ姫君なんだから、いくら英雄だろうと勝てる道理がない。

「なら複数でかかった場合は? アーチャーとキャスター、それからセイバーが組んだら……」
「……決死の戦いになるぞ。勝敗は紙一重で決まるだろうし勝率は決して高くない」
アーチャーは苦悶の表情に彩られるのをごまかすように紅茶を飲んだ。
……まさかとは思うが、アーチャーは真祖の姫君と面識がある?

「そんな事はどうでもいい。だが彼女が来てしまったら間違いなくこちらが不利になることは念頭においてくれ」
「わ、分かった」
真祖の姫君を文献と口頭でしか知らない俺がこれ以上その事を考えても無駄だろう。
ならこの話は終わりだ。

 いつの間にかスコーンが備えてあった皿とそれぞれのカップは空になっていた。
これで優雅な紅茶のひと時が終わりだと思うとわずかに名残惜しく感じたが、優雅にくつろぐ暇は俺にはない。
俺は立ち上がると皿などを乗せたトレイを台所へと運ぶ。

「あら、もうお帰りですの。随分とお早い切り上げですね」
その行動で会話の終了を知ったのか、地下室から瑪瑙が姿を見せた。
車椅子なのに鮮やかに階段を登る様はかなり奇妙だ。

「ああ。昨日気絶してたおかげで出来なかった話を師範と交わさなきゃな」
「なるほど。それはご苦労様です」
瑪瑙はくすりと微笑を浮かべた。
それがあまりにも昔と同じだったので思わずこっちも笑みがこぼれる。
だが次には瑪瑙は至って真剣な面持ちでこちらを見据えた。

「おそらく数日中に聖杯は成るでしょう。私は必ずや遠坂が成し遂げるものだと確信しております」
その遠坂が俺か双魔かは分からないがな。瑪瑙はどっちに勝ってほしいのだろうか。
だがそれを俺は好意的に受け止める事にして、力強くうなづいて見せた。

「その時はここの霊脈使おうかと思ってるんだが、別にいいよな」
「もちろんです。むしろ他の霊脈で行おうなどと考えいるのなら許さないところでしたよ」
それは良かった。駄目だったら柳洞寺で行おうかと想定していたからな。
もし儀式を行うなら一人でも優秀な魔術師がいた方がいい。

「瑪瑙」
「はい」

「行ってくる」
「行ってらっしゃい」

それ以外遠坂邸で話す事柄はなかったので俺達は早々に帰る事にした。
もしかしたら生きて戻れないかもしれないが、それでも俺と瑪瑙にはこれだけで十分だった。


   /

「おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
百目木邸に帰ってきた俺達を真っ先に出迎えてくれたのは庭掃除をしていたディートだった。
彼女は俺をやさしく出迎えてくれ、やわらかい笑みをうかべてくれた。

……ただいま、か。
正直俺に百目木邸でただいまと言われる資格があるんだろうか?
俺は百目木邸でささやかに営まれる平穏をかき乱す存在でしかないんじゃないか?
そして、俺は内心で蔑まれているんじゃないのか?

「レン。表情が優れませんが、まだ回復し切れていませんか?」
「え?」
ふと我にかえるとディートが俺の顔をのぞくようにしていた。
顔が近くに来た事に驚いて思わず後ろに下がってしまう俺。なんとも情けない構図だ。

「い、いや。万全とはいえないけれど好調とはいえるな。心配かけてすまなかった」
「いえ……レンには先日の件でまだお礼も言っていませんでしたから」
先日の件? ああ、キャスターの神殿攻略の一件か。

「あれは別にかまう事ない。ディートが不甲斐なかったんじゃなくてキャスターが狡猾だっただけだ。
 神代の神官に奸智で負けたって恥じる事も詫びる事もないと思うぞ」
「そう言ってくださると少しは助かりますが、やはり――」
「それ以上は言わないでくれ」
思わず俺はわずかに開く彼女の唇を人差し指で押さえた。

……俺、何してるんだろうね?
ディートは顔を紅く染めるしアーチャーは目を見開いているし。
よほど頭が冷えていないのかもしれない、などと自分をごまかしておこう。

「感謝を示してもらえるのは嬉しいけれどそうやって自分を卑下しないでくれ。自分の価値を見誤らないでくれ。
 ディートは自分で思っているよりはるかに上にいる人なんだから。アインツベルンの者でなくても一人の人間として誇りを持ってほしい」
「僕はアインツベルンの従者として誇りを抱いていますが……」
「一歩どころか二歩も三歩もひいてるだろ。クリスも同じような事言ってなかったか?」
いや間違いなく彼女なら言ってた。
誇り高きアインツベルンの魔術師としての自覚があるクリスなら控えすぎなディートにもっと自信を持ってほしいと思うはずだ。
案の定ディートには心当たりがあるようで、視線が彷徨ってる。実に分かりやすい。

「……しかし僕はアインツベルンのホ――いえ、なんでもありません」
なんだか頭にきそうな単語を言おうとしていたディートの前で人差し指をまわすと彼女は言葉を濁した。
わずかに赤面しつつ口元を隠したのはご愛嬌という事にしとこう。

「それとキャスターが二三はなしておきたい事があるそうですから、顔を見せてやってください」
「悪いがそんな暇はない。俺はこれから師範と重要な話をするし、アーチャーには夕食の弁当を作ってもらう」
「え? それって……」
俺は言葉の真意を悟ったディートにうなづいた。

「今日うってでるぞ。ランサーを倒す」

もちろんこのように決めた理由は単純。それが最善だからだ。
セイバー組は勝算云々の前にアインツベルンの者。奇跡を手に入れるついでにディートを救ってくれる可能性が高い。
前セイバーこと英ねえは行方知れずだから後回しだ。出来る事ならどのような形でも決着をつけたいのだが……。
それに比べてランサー組はどう考えても絶対に倒さねばならない敵。アーチャーならランサー相手でも有利に進められるはずだ。

「そうなったら残った敵は英ねえただ一人。その先どう転んでもディートは助かる」
アーチャーでもキャスターでもセイバーでも、誰でもいいから生き残っていれば奇跡に至る。
そして、ディートをロアから救い出す事ができる。

だがそれを聞いていたディーとの表情はなぜか優れなかった。
ランサー戦の勝率で不安にでも思っているんだろうか?
と思っていたが、ディートは次に意外な言葉を口にした。

「――レン、貴方はそれでいいのですか?」
「それでいいか? 当たり前じゃないか。俺がセイバー達の前で一回目の令呪を使ったときにそう決めたんだから」
「しかし、あれから状況は大きく変わったじゃないですか」
ディートの表情は一流の魔術師を思わせるほど至って真面目だった。

「聖杯ならばアオイを元に戻す事ができます」

……普通なら、そう思うよな。
聖杯の奇跡がディートの治療だけで底を尽きるとは思えない。だから葵を元通りにすることもできるかもしれない。
それにディートからしてみれば俺と葵の仲は俺とディートの仲より深いのかもしれない。だから自分より葵を優先させると考えても不思議じゃない。

「するつもりはない。俺は奇跡をディートの救済だけにあてる」
俺の返答にディートどころかアーチャーまでもが声をあげた。
どれほど意外だったのかは分からないけれど、驚きようからすると俺の返答を考えてもいなかったようだ。

「なぜ! レンはアオイの今を見てもなおそのように考えるんですか!?」
「ああ、そうだ」
俺はきっぱりと断言した。それは俺の確固たる意思をもって。

「貴方にとってアオイはそれだけの人物だったと……?」
ディートは悲痛な面持ちで今にもなきそうだった。
そこで大いなる誤解を生んでいたと始めて気付いた。

「そうだな……例えばディートが決してどんなものにも変えられない大切なものを持っていたとするな」
「えっ?」
唐突に説明を始めたせいでディーとは若干困惑気味だが、俺は続ける。

「ところがディートはやむをえない事情でそれを手放さないといけなくなった。そこでディートは譲る相手にこう言ってみるんだ。
 『あなたが思うがままの価値で譲りましょう』と。
 さて、ディートにとっては至高のものでも相手にとってはそれはどう思うかな?」
「えっと……人の価値はそれぞれ違いますから、その大切なものも違ってくるのでは……」

「そう、だからディートにとって大切なものも小判一枚一円ぽっきり、なんて価値で貰い受けるなんて可能性だって十分あるわけだ」
「そっそれはさすがに酷いですっ。僕だったらしっかりと文句いいますよっ」
まるでクリスのように頬を膨らませるディート。
思わずそのあどけない仕草を可愛いと感じてしまう。

「話を戻そう。確かに聖杯は万能の大釜で、葵を救うのだって夢じゃないだろう。願えばきっと叶えられるはずだ。
 ――が、それは決して元通りの葵じゃない。俺の望んだ葵なんだ」
「元通りでは、ない?」
ディートはそこで息を呑んだ。

そう、聖杯では決して葵は戻せない。
いくら聖杯が万能でも俺が願う以上、俺の願望より上の願いは絶対に叶えてくれない。
時として裏切られる事があるのがこの世界だ。世界は個人の思惑通りには絶対に進んでくれない。

葵だってそうだ。彼女はいずれ俺の想像をはるかに超える存在になるかもしれない。
また、俺が知るよりはるかに過酷な道を歩むかもしれない。
唯一ついえるのは葵は俺の想像に収まるような人ではないって事だ。

もし聖杯で彼女を元に戻した時、葵は『俺が望んだ葵』に成り果てる。
『俺が望んだ以上の葵』でも『俺が望んだ以下の葵』でもない。完璧に『俺が望んだ葵』になってしまうんだ。
そんな可能性のない葵は葵じゃない。葵に限りなく近い俺の道化に過ぎない。

「俺は葵を一円の価値にしたくないんだ」

たとえサタナによって変革を受けて純粋無垢な存在になろうとも、葵は葵だ。
俺のわがままで欲張りな願いだが、葵はいつまでも俺が考える以上の存在であってほしかった。
だから、俺は彼女に奇跡は渡さない。そう心に決めたんだ。

と、俺の胸のうちをさらけ出して若干恥ずかしくなったので二人の反応をうかがってみたら、なんだかとんでもない事になっていた。
まずディートは感動しているのか涙を流していた。それを拭おうともしないから綺麗な顔が台無しだ。
アーチャーは何か思い当たる事でもあるんだろうか、しきりにうなづいて感心を示していた。
いつの間に来ていたのかキャスターは感嘆の声を漏らして、失礼にも見直したと何度もつぶやいている。

「レン、そんな事まで考えていたんですね……」
「聖杯を求める戦争を真っ向から否定しているような気がするが……そう考えられるのは立派だと思うぞ」
「うちの騎士達もそれぐらいに頭が回ってれば聖杯探求なんて事はしなかったわよねぇ……」
キャスター、それは大釜使った儀式をやろうとしていた自分自身を棚上げしてないか?

「だけどディートの場合は俺やクリス、そしてなによりディート自身が願える。枠が出来たディートには決してならないはずだ。
 だから俺はディートに奇跡をささげようと思ってるんだけど……駄目か?」
「いえ。逆に勿体無過ぎて気後れしてしまうほどです」
「またそうやって謙遜を……」
「もう、それがもはや僕自身なんですから指摘していただかなくても結構ですっ」
思わず声を出して俺とキャスターは笑った。
つられてディートとアーチャーも笑う。

これが一生続く事はまずない。
だけど、一生胸に刻んでいてもいい一時だとは確信できた。
だから胸を張っていきたい。そう思わざるを得なかった。


 そんなわけで俺は再び客間で師範と相対していた。
今回はアーチャーすらいない。一対一の話し合いの場だった。
そう言えばさっき分かれる間際に、

「レン、あの一円のたとえ話は自分で思いついたのか?」
「ん? ああ、そうだな。確かに俺が考えついたものだったはずだけど、それが一体?」
「いや……これから数十年後に出版される予定の有名な本に同じような話があったんでちょっとな」

「へえ、興味あるから作者だけ教えてよ」
「小泉八雲だ」

のような会話をした。未来の作家の名前を聞くって随分と貴重な経験だよな。
その時にまだ生きていたら是非購入してみようか。などと思ってしまう。

それはさておき沈黙をしていても事態が進展するはずがないので、早々に俺は口を開いた。

「まずは一成さん。どれほどのご迷惑をおかけしたのか分かりませんが、この一年以上の間お世話になりました」
師範……一成さんは返答をうなづくだけに留めたようだ。
普段なら「そうかしこまらなくてもいい」と苦笑していただろうが、俺が至って真剣なのを悟ってくれたようだ。

「また十年前までも何度もここの道場に足を運んできました。本当に……ここの人たちは俺にとっては家族同然でした」
普通の人間だった俺、普通の名家である百目木、魔術師の一門の遠坂。
家族としての温かみを感じたのは……正直こっちの方だった。

それが俺にとってはどれだけありがたかったか。どれだけ心に響いたか。
俺にとってこの屋敷での一時は日常の象徴だったんだ。
そして、必ず守り抜かなくてはならない存在でもある。

長い年月を生きた一成さんは俺にとってはとても深かった。
いつも明るく頼もしい沙耶さんは俺にとっては日常を守る象徴だった。
気さくな師範代たち、少年時代共に過ごした同門の奴ら。みんな個性豊かで素晴らしかった。

「俺にとっては葵も家族同然で……あのようになってしまったのは悔しいですけど、今度こそ平穏な毎日を過ごしてほしいです」
そして、間桐葵。
日常という中で俺が一番守りたかった女性。

彼女も俺も方法はどうであれ日常を取り戻そうと必死になってがんばった。
けれど、非日常的手段では日常は勝ち取れなかった。
もう彼女は魔道を使う必要はない。俺達と共に苦難の道を進む事はない。
だから……、

「聖杯戦争が終わったら英国に戻ろうかと思っています」

日常の象徴、冬木から俺は離れる。

俺は聖杯戦争終結後に再び魔術を磨くために時計塔に戻るか、冬木でのんびりとしてしまうのか迷っていた。
それは過去か今かで悩んでいた英ねえ同様に。
けれど今回の一件で分かった。いや、十年前の遠坂の一件の時にも分かっていたから、確信を持ったと言うべきか。

俺に冬木で日常を歩む道は用意されていない。

「正直、二度と冬木に戻ってこないかもしれません」
本当に悲しい事だけれど、他のみんなに迷惑がかかるなら俺が苦難の道を歩む。
もう二度と葵のようなことにはさせたくなかった。

「今まで本当にお世話になりました」
俺は一成さんに対して深々とお辞儀をした。
しばらくして面を上げると、一成さんは先程からの表情を崩さずただ俺を見つめていた。

「決心は変わらないんだな」
「変わりません」
俺の断言に一成さんは軽くため息をはいた。
やや哀愁漂うように感じ取れたのは俺の気のせいだろうか。

「……くしくも葵が最も望まぬ展開になったわけか」
「……っ」
それについては俺は何も言う事はできない。

多分、葵が望む日常とは、俺と英ねえがずっと残るものなんだろう。
つまり今までどおりの日常を送る事が一番だと考えていたんだと思う。
なら、英ねえと俺が去って葵は何も分からず取り残される日常は……かつての葵が最も望まぬもののはずだ。

「それでも変わらないのか?」
「……はい」
だけど、俺に葵の道をこれ以上変える資格はない。

葵にはもっと平淡で幸福な道を歩んでほしい。峠や崖だらけの俺がこれ以上関わるべきじゃない。
もちろん今の日常はとてつもなく名残惜しくてとても懐かしい。
けれど……もう元には戻らない。先に進むべき時が来たんだから。

「おそらくこの数日で聖杯戦争は終結すると思います。その後早々に荷物をまとめて出立しますので、もはやこの屋敷に長居する事はない――」
その時、ふすまが勢いよく開いた。
あまりに突然の事だったので思わず驚きながら振り向くと、そこにいたのは姐さん……沙耶さんだった。

「なによ、それ」

俺が何かを言おうと考えをめぐらせてみたがうまくまとまらない。
彼女は足を踏み鳴らして一直線に俺の方へと向かい、襟を掴みあげた。

「それどういうことなのよ……! 葵ちゃんがあんな風になっていてあんたは逃げようって言うの!?」
あまりにも力強いために座っていた俺の身体が持ち上がるほどだった。
振り払おうという気さえ起こらないほど沙耶さんの表情は真剣なものだった。

「どうやったらあんなふうになっちゃうのよ! あんなにも明るく元気だった葵ちゃんが……」
言葉を並べるうちに沙耶さんの表情が泣き顔で崩れていく。
俺を持ち上げていた彼女はいつの間にか俺にもたれかかるように崩れかかっていた。

「こんなに酷い事ってないよ……。ど……うして……」
沙耶さんはの目から流れ落ちる涙は静かにたたみのうえに落ちていく。
それは畳に斑点模様を作り上げていった。

「英さんも憐も……なんでそんな残酷な事が……」
俺は沙耶さんの言葉に答えることが出来なかった。
全部俺のせいだと自惚れるつもりはないけれど、俺に言い訳をする資格なんて一切ないから……。

「う……あぁぁぁああぁぁ……っ!」

沙耶さんは子供のように泣き続けた。
俺も一成さんも彼女を止めようとはせず、ただ起こってしまった現実を再認識するしかなかった。


 夕暮れ前。ディートとキャスターは先に出発の準備を整えていたらしく、百目木邸の門前で俺達を出迎えた。

「それで、もういいのですか?」
「ああ。話さなきゃいけない事はもう全部話した」
俺達の現時点の状態は万全とはいいがたかった。

ディートは万全でもキャスターは度重なる大魔術の行使で著しく魔力面で疲労している。
余談だがそれでも俺以上に持ち直しているのは昨日からずっと神殿にいたかららしい。
アーチャーと俺は魔力不足と戦闘で負った怪我を両方抱えながら戦わなければならない。
それでも今回は攻め込んでこそ最大の勝機が生まれるはずだ。

「ここに帰ってくる時は……聖杯戦争が終わってからだ」
これが最終決戦ではないにしろ、戦局を決める重要な戦いだ。
絶対に負けられないし、引き分けで終わらすわけにはいかない。

「そのわりには今生の別れでもしてきたような表情じゃない」
「そんなものしてない」
キャスターがからかうようににやけるが、俺は事実を元にキッパリと否定した。
冷淡な反応にキャスターはさもつまらなそうに頬を膨らませる。
なにやら不穏な空気が漂っていたが、ディートが真顔でごまかした。

「では行きましょう。今の時間からではまだ人が大勢活動しているでしょうが、彼らも引っ張る事はしないでしょう」
「そうね。あいつらならきっと勝負しかければ応じるわよ」
「いや、ちょっと待ってくれ」
ディートとキャスターがそれぞれうながしたのを遮って俺は屋敷の方を見つめた。

そこには一成さんと沙耶さん、そして葵がいた。
一成さんはいつものように、沙耶さんはうつむいて表情は見えず、葵は俺達に若干脅えながら沙耶さんにしがみついていた。
俺は彼らに近寄らず、その場で彼らの言葉を待つ。

どれだけ待ったか、沙耶さんが口を開いて何かを語ろうとしてまたうつむく。
それを何度も繰り返して、何かを飲み込んでようやく意を決したようだ。

「憐、さっきは取り乱しちゃってごめんなさい。本当はあんなふうに攻めるつもりはなかったんだけど……」
「俺だって逆の立場なら絶対にそうする。姐さんに責任はないんだから、そう言わないでくれ」
そう、沙耶さんには決して責任はない。そして彼女は俺を攻める資格が十分にある。
俺はそうされる事しか出来なかったのだから。

「あの、憐。これからどこに行くのか分からないし、この数日間どんなに苦しくて痛い思いをしてなにをしようとしてるのかわたしには分からない。
 けれどね、これだけはわたしでも確信を持っていえるの」
沙耶さんは一呼吸置いて俺を見据えた。
その瞳にはもう焦燥も嘆きも一切見られなかった。代わりに宿るのは強い意志。

「憐の帰る場所はここだから!」

それで彼女は断言した。

「どんな道を歩んでもどんな結果になってもわたしたちはここで待ってる。疲れたり逃げたりしてもここでずーっと待ってるから。
 だから……絶対に帰ってきなさいよ!」
「姐、さん……」
俺はたまらなくなって涙腺が緩むのを必死になってこらえた。
それでも涙は止まってくれず、慌てて袖で拭う。

「だって俺は葵をそんな酷い目に合わせて……結局英ねえと戦うことになっちゃって……兄妹ともすれ違っちゃってるし……。
 それでも俺は日常から離れた道を選んだのに……。こんな俺でも……いいのかよ……っ」
「いい、もちろんいいよ。だって憐は憐だもの。それは絶対に変わらないわ」
だって、と沙耶さんは腕を広げて辺り一面、百目木邸全体を表した。
沙耶さんを含めてあたり全体が涙で歪む。どうやっても止まりそうにない。

「憐はもうわたしたちの家族なんだから」

なんて、なんて俺にはもったいなさ過ぎるほど温かいんだ。
こんな状態に、こんな現実になってしまってもなおこんなにも親身で。
それが今の原因を作って日常を捨てようとしている俺にはとても嬉しくて、とても心に響いて。
俺は声を殺して泣いた。涙は当分枯れそうになかった。

「行ってこい。そして駆け抜けてくるがいい。おまえの信じる道を、おまえの思いを胸に、おまえの気がすむまで」
「わ……かりました……」
だけどいつまでも泣いてはいられない。

俺はすぐさま涙を拭って二人の方へと向いた。
もうこの二人に涙は見せられなかった。二人は決意してこうまで言ってくれた。二人にこうまで言わせてしまった。 俺はどんな困難に苦難に直面しても決して逃げない。俺の信念が在り続ける限りどこまでも駆け抜けてみせる。
だから、俺はお辞儀をして、帰ってくることを前提とした別れの言葉を送った。

「行ってきます」
「「行ってらっしゃい」」

俺は深々とお辞儀をして出発しようと顔を上げた時、ふと葵と目が合った。
そして彼女の視線が突き刺さる。

彼女はまるで大切な存在を失った子供のように悲痛な表情をしていた。
まだ立つ事もおぼつかなく両腕で支えてようやく立てるような状態で、片手をこっちに向けてきていた。
言葉も忘れてしまったはずなのに、必死になって何かを口にしようとしていた。

「い…………あ……」

俺は彼女から目をそらした。彼女の視線を受け止めることが出来なかった。
俺自身の手で葵の幸せをぶち壊したのだから許してくれなんておこがましい事は言わない。
だけど、これは願わずにはいられなかった。

「葵、幸せに生きてくれ」

俺は彼女に精一杯の笑いを浮かべた。
今まで葵からもらった笑顔にはるかに及ばないものだけれど、今の俺の全てをこめた。
今にも叫びだしそうだった葵を目にしても俺は笑顔を決して崩さなかった。
その上で俺はきびすを返し、アーチャーたちの方へと体を向ける。

「行こう」
ディートが物悲しそうな表情をしていた以外は力強くうなづいてくれた。

そうして俺は日常と離れて死地へと向かう。
かけがえのないものを数多も残して。


   /

「サタナが消えてくれたおかげで冬木全てに使い魔を送る事ができたよ。これで冬木全域の様子が詳細に知る事ができるようになったわ。
 その結果どいつがどこにいるのかもしっかりと把握できてるわ」
河を渡った頃にはすっかりと日が沈み、町は夜の賑わいを見せていた。
普段目に入れない光景だから目移りも少しするのは認める。
俺達を先導するのはキャスターで、自慢げに杖を指揮棒のように振り回す。

「それによれば双魔たちは潜伏先から一歩も動き出していない。だから真っ向から向かっていけば奴らは戦わざるをえなくなる。
 逃げるにしても遠距離攻撃はこっちのほうが優れてるものね」
キャスターは面白おかしく笑った。まるで物語に出てくる悪女。
とっさの場合防衛しづらくなるとキャスターもアーチャーも霊体になっていない、正直キャスターの行動は人目につく。

「敵が逃げたら川岸に追い込んで決戦。敵が受けてたったら場所を移動してやっぱり川岸。それでいいのよね」
「ああ。さすがに川岸だと人は少ないし、周囲への被害も少ない。お互いに宝具を全開にしても大丈夫なはずだ」
最も被害が出たところで瑪瑙に押し付ける気は満々なんだけどな。

「おぬしも悪よのぉ」
そんな俺の考えを読み取ったのか、キャスターは限りなく黒い笑みを浮かべてきた。
もしかしたらキャスターはニムエじゃなくてモルガンなんじゃね?とまで思ってしまう。

「ん?」
まてよ。俺は一応キャスターが案内する方向に心当たりがあった。
もしかして、彼女が案内する方向って……、

「こっちよ」
彼女が案内したのは、案の定というか岡場所だった。

道理でキャスターがしきりに気にしていて、クリスがセイバーを引き連れて行くと言っていたわけだ。
じゃあもしかして俺だけが双魔の潜伏先を知らなかったのか?
だが双魔と俺の確執を少しでも聞いているならその判断は正しいのかもしれない。

それにしても双魔のやつ……こんなところを本拠地にしてたのかよ。
民衆への被害や魔術的防衛の観点から云々はさておこう。どうせ双魔の事だから守りより攻めを重視した結果だろう。
あいつなら慎重なマスターたちに対しても闊歩しながら「臆病者どもが」と侮蔑をこめた言葉を投げかねない。
だけど岡場所とは……あきれてものも言えない。

「けれど霊地に近いって立地条件を考えるなら優秀な判断よ。
 確かにここで聖杯の儀式を行おうと思ったらまだ何かしらの手を加えないといけないほど霊脈としては弱いけれどね。
 無限の宝具を持つランサーならそれも可能かもしれない」
確かに、この付近に第四の霊脈ができている事は知っている。それが他の冬木に点在する三つの霊脈より弱い事も。
だからって、ねえ。岡場所は納得できるものじゃないぞ。

「はっ。双魔のやつだって男って事なんじゃないの?」
「はは……」
キャスターの大胆な結論にディートは苦笑いを浮かべる。
正直俺もアーチャーもなんとも言えなかった。

俺とアーチャーが女連れな事もあって道で客引きをする女性達は近寄ってこなかった。
誰もかれもが整った顔立ちをしていてそれなりの美人ってやつなんだろう。師範代たちが来る理由も分かる。
けれど……俺にはやっぱり色褪せてしか見えなかった。
クリスの方が個人的に美女だと感じていたし、姐さんやキャスターのように親しくなってから感じる魅力もない。

「憐さん、岡場所には絶対に行かないでくださいね」
このように数日前に強く促してくれた少女。目の前にいるディート。常に俺の前に立っていた英ねえ。
これだけ女性に恵まれていたのだから、俺は一生岡場所の世話になることはないんだろうな。

「恵まれてても運がないのはどうかと思うんだけどなぁ……」
「何かいいました?」
「いや、別に」
ディートが怪訝そうにこちらを見つめるのを適当にごまかしておいた。
こんな事を語るなんてできるか。

「さて、多分ここだと思うんだけど……」
そうして俺達はある一軒の宿の前で立ち止まった。
建物、装飾、そして女性。
中身を見ていないからなんとも言えないが、他の宿と比べても遜色ない……いや、やや上の方だろう。

「あら、本当にいらっしゃった」
と、二階の障子を開けてこちらをのぞいてきたのは一人の女性だった。
彼女はこちらに気さくに手を振って出迎えてくれた。もちろん俺の見知らぬ顔だ。
思わず俺はアーチャーと目を合わせてしまった。

「貴方が双魔様の弟さんですね。お話はうかがっています」
「という事は双魔はやっぱりここに?」
「ええ、いらっしゃいましたよ」
彼女の素直な返答に少しばかりほっとした。
どうやら双魔は魔術的暗示をほどこして居座っているわけではなさそうだ。

だがキャスターとアーチャーの顔はうかない。
それにはディートも気付いたようで、おそるおそるキャスターの顔をうかがった。
キャスターは爪を噛みながらぼやく。

「……アーチャー、あんたはどう?」
「だめだな。キャスターもやっぱり駄目なのか?」
「ええそうね。けれどそんな事が……」
二人は内緒話をするように声を潜めているので、あえて俺が聞く必要はないだろう。
俺はとりあえず店内にあがる事にし、先程の女性も出迎えてくれた。

「それで双魔はここにいるのか? いたら呼んできてもらえないか?」
「いえ、双魔様はここにはおられませんよ」
……え?

「寅の刻になると身支度を整えられ、ご友人とお出かけになられました」
寅の刻!? 早い。夕方前というかまだ昼間じゃないか。
そんな時間帯に外出だって?

「嘘。あたしが確認していたところソウマ達がこの一帯を出て行った形跡はない。サタナの妨害がない以上あたしを出し抜く事なんて……!」
キャスターは俺が懸念している事とは全く別の事で驚愕しているようだった。
そんなキャスターを目に入れた女性は思い当たったように手をついた。

「あなたがきゃすたーね。「奸智が足りんよ奸智が。部屋に行って自分の目で確かめてみろ」って伝えておいてくれって」
「……っ!」
きゃすたーは憤慨に顔を紅潮させながら大きな足音をたてて二階へとのぼっていった。
ほどなくしてそのままの様子で降りてくる。

「やられた……! 部屋にあったのはこんなことに使うのが惜しいぐらいの一級品の偽装人形だった。まさかこんな手口で騙されるなんて……!」
キャスターは悔しそうに歯を食いしばり、手を顔に当てた。
だんだんと不安が確信に変わっていく。

ちょっと待ってくれ。それだと確かにランサーと双魔が部屋にいる事は偽装できる。
だけど監視がある以上この宿から一歩踏み出せば一発でばれるはず。
いくら宝具を使って変装しても二人はこの国ではまちがいなく大柄だ。誤認させるにも何らかの違和感は残るはずだが――。

「えっと……「のこのこと出て行くとでも思ったか? 地上空中を進まずともこの一帯を抜けだせる宝具はいくらでもある」だったかしら?
 よく分からないんだけれどそう伝えてくれって」
や、ら、れ、た……っ。

あのランサーだったら空間転移すら可能にしてしまう宝具もありあまるほどあるだろう。
その場から消え去った逸話を残す物語がいくつもあるんだから、ランサーにはその可能性が確実にある。
『移動』しなくても『転移』してここを抜け出し、改めて移動宝具を使えば察知される可能性は格段に低い。

「どうもありがとう。今度俺の知人にご贔屓してやってって言っておくよ!」
「えっ? あ、うん」
目を丸くする女性を端に俺達は店から出た。
当然全員表情は厳しいものだった。

「先手を打たれたっ。こんな手を込んだ事をするんだから間違いなく騙す対象はキャスター、つまり俺達だろう」
「あたし達の状況を考えるなら真っ先にソウマ達に狙いを定めると確信していたのね。迂闊だったわ」
「だとしたら俺達をここに釘付けにしておいて自分達は別行動をとるつもりだろう」
「まさかその対象は……」
後手に回った俺達はきわめて不利な状況にあるわけだ。

双魔たちは夕方前には既に行動を開始していた。
人目につかない夜行うのが常の聖杯戦争でそれだけ早い時間に行動する事の意味。そんなの「それだけ戦闘前行動に時間がかかる」だろう。
そして、そんな手間をかける相手はたった一人しか思い浮かばない。

「セイバー達、アインツベルンが標的か……!」




to the next stage……


第46話に続く

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 葵に関しては書いていて少し欝になったかもしれません。だけど逃げられなかったのでしっかりと書きました。
憐の聖杯使用での葵救済に関してはかなり自分の意見が入っています。
いくら万能の奇跡を起こせるとしても願った者の限界があるんじゃないか、そう思えてならなかったからです。
もちろん冬木の聖杯が自分の考えているもの以上なのかもしれません。なので一つの考えとして受け止めてもらえれば幸いです。

 さて、以上でアインツベルン攻防戦までの埋め合わせ終了。
あとは決着シーンを書くだけ。……ここまで来るのは実に長かった。
何度もいいますが個人的にはものすごく書きたい箇所なので、気合入れて書きたいと思います。

それでは次の舞台で。
  2008年3月25日

文字化け防止用に
そのままで
名前(省略おっけー)
あどれす(省略おっけー)
ご感想 すごくよかった
これからもこの調子で
可もなく不可もなく
もうちょっと
原作やりなおし
その他なにかあれば

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