Fate/the midnight saga(仮)
第41話
/11日目
「うおおっ!」
「はああっ!」
互いの雄叫びと共にセイバーと前セイバーの剣が交わる。
そのたびに大きな音と共に魔力が迸り、辺りに傷跡を残していく。
お嬢様の話が正しければ、これで都合五度目にもなる戦いだ。
戦法が全く違うんだから勝敗が決してもいいほどなのに、幾つもの要素が絡まってどちらもに勝利の女神は微笑まない。
……自分で思っておいてなんだけど、勝利の女神って誰だろう。
振りぬく互いの剣の間合いには誰も近づけやしない。近づくものは例え味方だろうと容赦なく引き裂くだろう。
本当だったら起こり得ないセイバー同士の戦い。神代でしか見れないと思っていたそれを間近で見ることが出来るだなんて。
ただ凄いとしか言いようがなかった。
剣に関して素人の僕でも分かる。
こんな剣を見てしまったら、在り方を見てしまったら、人生の価値観が一変してもおかしくない。
人の在り方に大きく刻み、それを糧に大いなる成長を見せるんだろう。
例えばレンみたいに……。
「敵を滅ぼす剣となれ!」
「敵をとどめる盾となれ」
一方の互いのキャスターは終始互いのセイバーに補助魔術をかけ続ける。
どうやら対魔力があるって言っても回復魔術が通じるように、ある程度の抜け穴があるようで、補助魔術は効いているようだった。
ただし相手に行う魔術の一切は通用してないみたいだけど。
「聖域を侵すものに天の裁きを!」
「剣には剣を、血には血を」
今度もまたキャスターは呪術での攻撃を試みる。敵セイバーが次に到達するだろう位置をいち早く察知してそこに踏み込むことで発動する罠だ。
だがそれすらも音をたてて効力を失う。相手側のセイバーが相手側のキャスターの補助を受けている隙を狙っての攻撃も通用しない。
キャスターにとってもサタナにとっても敵キャスターは目障りな存在らしく、
「数多の閃光が万物を覆う!」
「数多の雫が万物を貫く」
ほぼ同じ時に互いへの攻撃魔術を解き放ってる。
術の威力もほとんど同じで、互いが互いを打ち消しあって結局無効化されてしまっている。
正直、互角の戦いが続いていた。
いくら百目木邸の庭が広いって言ってもそれは一般的な屋敷に比べての話で、自由に動き回れるほど広くない。
セイバーやキャスターたちの死闘を抜けてアオイに攻撃するなんてとてもできそうにない。
現にお嬢様もそれが分かっているのか、ただセイバーの動きをじっと見続けている。
実力が互角なら、その均衡を崩すのは策略か、もしくは――、
「キャスター、12も宝具を持っているならこの状況を打破できるようなものは……」
「ない、ね。もうちょっとここが広ければ活用できるもんもあるんだけど……」
僕の質問にキャスターは歯噛みしながらサタナが放ってきた術に応戦する。
打つ手がないとはこの事か。
互いのセイバーが宝具を使用するにしても、それは敵セイバーがそれを許しはしないだろう。
キャスターも使える宝具がないとなれば、後はせいぜい令呪ぐらいしかない……、
「ふ……ふふふ……」
不意に、サタナの笑い声が聞こえたような気がした。
もちろん錯覚だろう。セイバー同士の戦いの轟音はそれこそ凄まじく、耳をふさぎたくなってくるほどだ。
なのにサタナが笑う姿がその声を真っ先に連想させた。
彼女の手がゆっくりと上がる。そして、
「
間違いなく、彼女はそう宣言した。
変化は唐突だった。キャスターの周りに漂う数多の水や雫の雰囲気が一変した。
見た目こそ変わらないけれど、あの在り方は――、
「柳洞寺で見せた、魂の略奪を行う宝具――!」
間違いない。あれほど歪められていないけれど、間違いなくアレはそういう類の、絶対的な死を匂わせるものだ。
「キャスター……」
「分かってる。うまく補助するわよ」
あれほどのものを受けてしまえばいくらセイバーでもひとたまりはない。
となれば、キャスターはセイバーの方まで手を回さなくちゃいけなくなるから、こっちが圧倒的に不利だ。
「大いなる星の輝き!」
「大いなる水の育み」
今度はキャスターの方から攻撃をしかけた。前セイバーへの足止めはやめて、完全にサタナとアオイを狙った形だ。
それを見て取ったサタナは一瞬遅く魔術を放って対処する。話にしか聞いてないけれど、これは柳洞寺での戦いの焼き増しだ。
「
「させない。天翔ける光の白刃!」
魔力の粒子がサタナの手に集う、その前にキャスターは逆に光の刃を振り下ろした。
「――
いくら威力が高くても体勢が悪ければその力を大きく発揮できない。
正にそれを知らしめるようにキャスターとサタナの魔術は激しい閃光と共に相殺した。
「く……っ!」
「……!」
キャスターは苦悶の表情を浮かべ、サタナも顔をゆがめた。
お互いに振り切った腕は衝撃でしびれていて、そっちの腕を押さえている。
だけどそれも一瞬、即座に次の動作に移っていた。
「清水は鋭く流れ落ちる」
「神の敵をなぎ払え!」
今度サタナから発せられたのは水の刃。まるで剣士の一撃のような速度をともなって僕らに襲い掛かってくる。
それをキャスターは雷の魔術を用いて一瞬で蒸発させた。
ほんのわずかな時間に過ぎない。一秒にはるかに満たないその時間で互いの魔術がどんなもので、どんな魔術が有効なのかを判断している。
これだけの反応を僕らは見せられるか、多分無理だと思う。
「……」
サタナは無表情のままで手を上に上げる。あまりに何気ない動作だったので思わずそっちに視線を移してみた。
上空に浮遊してたのは巨大な水球。アーチャーが宝具で破壊して見せた、あれだ。
でもあの時とは決定的に違うのは強酸性じゃなくて絶対的な死で、受ければ間違いなく死亡するって事だ――!
「いかん! 全員私の元に――!」
「遅い……」
それを見て表情を青くするセイバーと、その様子を見てくすっと笑うサタナ。
機敏な動作で、サタナは手を振り下ろした。
「鮮血乃雨」
「
魂を掠奪する雨が降り注ぐ。セイバーは天高く剣を掲げる。
グラムから迸るのは雷光だった。僕らを守るように雨が降り注ぐのを防いでくれている。
でも数多の雫は次々と雷の威力を殺いでいく。どっちが先に効力を失うかは微妙な所だ。
「打ち滅ぼすは神の反逆者!」
その間にキャスターは数多もの光の槍を浮遊させる。
それはまるで軍隊が放つ数多の矢がごとく、一斉にアオイたちに襲い掛かった。
しかも軍隊の矢とは違って横や後ろからも、空間全てから襲いかかるものだ。
サタナが死の雨を降らせている限り、彼女は対応できないから、
「はあっ!」
自然と前セイバーがそれを防ぐ形になる。
前セイバーは高速で移動しながら自身の剣で、身体で、時には衣服だけでキャスターの魔術を弾いていく。
あらゆる方向から降り注ぐ光の刃をもらす事無く、全て。
「す……すごい……」
ただただ僕は感嘆の声を漏らす。
まるでそれはさながら剣舞を見ているようだった。
レンと修行していた時のしなやかさは影を潜め、力強さがそこにはあった。
回る回る、弾く弾く。
両方のセイバーは両方のキャスターの術を防いで、マスターを守って、
結果として全員無傷で終わってしまった。
セイバーの剣は雷での火花がまだ飛び散り、前セイバーは魔術を無効化した煙がたっている。
お互いに一旦間合いを離して呼吸と機会をはかろうとしてるのか。
丁寧に手入れされ、掃除されていた百目木邸の庭は見るも無残な跡を残していた。
地面は大きくえぐれ、塀は切断跡や大穴で外がはっきりと見れる。
それがこの戦いの壮絶さを詳しく語っていた。
「……きりがないわね」
キャスターはぼやくようにして杖で頭を叩いた。
さっきからずっとこの状況が続いてるなら当然か。
神話や伝説では英雄同士の決闘は数日にまたがって行われたとか記してあるけれど、戦争ではそんな事はないと思う。
互いに力量と誇りをかけて戦うのと違って、勝たなきゃいけないんだから。
いつまでもこの状況のままじゃいられないのは分かってるけど……。
「ディート、無理だとは分かってるけど……」
そんな事を考えていたからか、キャスターが深刻な顔をしてこっちを覗いてきた。
「ほんの数秒でいいのよ、サタナの奴を足止めしてちょうだい」
「サ、サタナの足止め……。一体なにをするつもりなの?」
思わず小声で聞き返す。前セイバーたちに悟られないようなるべく唇は動かさないで。
動揺していたのを悟ったのか、キャスターは絶対の自信を込める。
「『聖剣』を使って一気に敵を殲滅する」
『聖剣』……って、ランサーに使ったアレの事か。
「駄目ですよキャスター、この場でそんなのを使ったんじゃあ街に被害が……!」
「出力は何とか押さえた上で、セイバーが敵に決定的なダメージを与えられる隙を作り出せればいい。単純に囮を作るだけさ」
囮……それはまた随分と豪華な囮ですね。
でも勝負が互角な以上、持久戦に持ち込んだらランサー組がいつ漁夫の利を得にやってくるか分かったもんじゃない。
拮抗した状況を覆すんだったら、やっぱり神秘に頼るしかないんだろう。
なら……、
「分かったよ。僕がサタナを引き受ける」
「無茶はするんじゃないわよ。危なくなったらすぐに中断するから」
「はい」
僕はにこっと笑みを浮かべて、キャスターも不敵に笑う。
「よしっ!」
キャスターは意気込んで魔術の暗示を開始する。
ゆっくりと、胸に当てていた手を大きく広げる。にしたがってキャスターの魔力が収束していく。
キャスターの手や腕から舞うのは光の帯だった。まるで天女が身にまとう羽衣のように美しい。
「!」「……!」
それを見て取った前セイバーとサタナの表情が一変した。
多分この一撃は前セイバーたちが見た事は一度もないはず。
なのに驚愕の表情を浮かべるのは、それがどんな結果をもたらすのかが一目瞭然だからか。
「く……!」
「させんぞセイバー!」
前セイバーはそれを阻止しようと飛び出すけれど、すぐにセイバーに阻まれてしまった。
この場合、二人は少しでも気をそらせれば背中をばっさりとやられるほど互角の勝負を幾度となく繰り広げてた。
だから前セイバーは心が逸っても、セイバーを相手にするしかなかった。
「大いなる水の育み……!」
「
僕はサタナをよく観察して、相手の魔術に対応した魔術を用いた。
雷で編まれた網はサタナの放った魔術を全て受け止めて、
ことごとくそれを突破していく。
「な……っ!」
明らかにこっちの方が魔術の詠唱は長かったはずなのに、魔術の構成力は相手の方がやっぱり強いのか。
ならもう一度同じ魔術を使って相殺を――、
「Auswahlexplosion !」
不意に耳をふさぎたくなってくる破裂音が轟いて、次々と水の矢を爆発させていった。
力を失った水が次々と地面へと落ちていき、音をたてて形を失う。
視線を移せばお嬢様が不敵な笑みを浮かべていた。
「お嬢様!」
「キャスターに何かをやらせるんでしょう。なら私も手伝うわよ」
ありがとうございます。心の中で感謝しつつ僕はサタナの方を睨む。
マスターである僕達が動いた事でアオイは明らかに表情を曇らせた。
「――っ! 貴女方は!」
アオイは憎悪をこめたように言い放つ。
と、背後の影が歪む。空気がざわめく。何かしらの異変が起こる前触れだとすぐ分かるほどに変化は突然だった。
彼女は女王が命令するようにこちらの方に手を伸ばした。
「饗応の舞、続いて亀甲の陣!」
アオイの命令一つで背後から無数に現れたのは数多の蟲だった。
どれも見た事もないものばかりで、アオイの改良が加えられたものばかりなんだろう。
「全く、害虫の女王様なんてギャグにもなってないわよ」
「Eisern Invasion !」
縦横無尽に押し寄せる蟲に対して軽口を叩くお嬢様、僕は一斉に倒すために広範囲にわたる魔術を解き放った。
蟲たちは雷に触れるたびに黒焦げになっていき、地面に落ちていく。
「落ちろ落ちろ滝よ」
「Schneelawine !」
「Eisern Invasion !」
今度はサタナが放つ水の塊を、お嬢様が発した吹雪の魔術で威力を失わせていき、僕が撃破する。
二人がかりなら一応サタナの術を打ち消す事ができるのか。
よかった。この調子で行けば数十秒ぐらいは持ちこたえる事が出来そうだ。
「やりますね、それなら……集合擬態の陣!」
アオイは再び手を天高く掲げた。
今度は蟲たちにどんな命令を与えるのか、どんな蟲を用いるのか。
そんな事を思っていた僕だったけれど、
「うそ……」
目の前の光景には唖然とするしかなかった。
「知ってます? 海の魚は大型の捕食者に食べられないよう、群れをなす事で大きな身体を持つ一匹の魚だと思わせる事でそれをしのぐんですよ」
くす、と笑みを浮かべるアオイは親が子供を自慢するような口調で述べる。
「ですから、こんな事だって出来ちゃうんです」
お嬢様を目を見開いてソレを凝視していた。
アオイの上空で飛んでいるのは数多の蟲の集合だった。もはや巨大な蟲って言ってもいいぐらいだ。
数多の羽音だけがそれが蟲の集合だと判断できる材料で、見た目はこれこそ一匹の蟲にしか見えない。
統率されていれば確かに出来るかもしれないけれど、ここまで完璧にするだなんて……!
「ふぅん、でも図体だけでかくなったって、格好の的になっちゃうだけね!」
驚くのもほんの一瞬、お嬢様は一気に高密度の魔力弾を群れに打ち込んでいく。
速度をともなって突き進んだそれは、
「なっ!」
群れに吸い込まれるだけで終わった。
着弾して貫こうとした魔術は奥に進むたびに急激に威力を失っていき、最終的に霧散していったのだ。
まるで濃い霧に吸い込まれる光みたいに。
「吸収した……!?」
「言いましたよね。マキリの魔術は吸収、この程度ならお茶の子さいさいです」
アオイは勝利の確信をこめた冷笑を見せる。
まずい、物理攻撃力のない僕たちに魔術なしでアレを倒す事は不可能だ。
でも魔術を使えばアレには吸収されてしまう。
「行ってください!」
アオイの命令に呼応して、その群れが僕らの方に襲い掛かってくる。
お嬢様は次々と魔術を使って応戦するけれど、ことごとく吸収されていく。
だったら、相手の許容量を超える威力の魔術が出来ればあるいは。
僕にある魔術回路を最大限に酷使する。暗示となる詠唱をつぶやく。
そして全ての工程が完了、
「
それを一気に解き放つ――!
ドラゴンの伝承は僕達の方とこっちの方ではかなり異なっている。
僕が解き放った極大の雷は、さながらこっちの方で神格化されている竜のごとく牙をむき、蟲の集合に襲いかかる。
阻む物は全て神の裁きで焼き尽くすばかりに一直線で突き進むそれに、
「満たすは網のように」
サタナが作り出した水の防壁にぶつかる。
くっ、読まれてた。これじゃあ突破できても蟲に吸収されるだけしか威力が――、
『え?』
間の抜けた声を上げたのはアオイか、僕自身か、お嬢様か、それとも全員だったのか。
とにかく術を放った僕ですら驚くような光景が飛び込んできた。
なんと僕の魔術はサタナの防御をふりきったばかりじゃなく、蟲の大群を全て焼き尽くしたのだ。
一切の抵抗もなかった。
サタナの魔術で阻まれる事も一瞬たりともなく、障子に穴を開けるみたいに簡単に突破した。
蟲にやどる、魔力を霧散させる働きは全く起こる事はなく、強風で霧を吹き飛ばしたみたいだった。
焼け焦げた臭いと黒い煙が漂って、蟲の残骸が地面に崩れ落ちた。
あまりにあっけなかった。あれだけ集合していた蟲がこうまでいともあっさり倒せるなんて。
ほら、アオイやお嬢様だって驚愕の表情を浮かべて……こっちを見ている?
「そう、ディート。貴女……」
お嬢様はどこか悲しげな表情を見せて僕から視線を外す。
「……っ! やっぱり貴女のような人を憐さんに近づけるわけにはいきません!」
アオイは憤怒に彩られながら一歩後ろに下がって、新たな蟲を呼ぶ動作に入った。
……なんだろう、この反応。どこかひっかかる。
お嬢様やアオイの言葉、それにキャスターとサタナも意外な目でこっちを眺めている。
今の行動でどこかおかしい所が……。
いえ、待ってください。
僕が用いた大魔術にはどこもおかしい所はなかった。もちろん相手が用いた防御にも。
そう、にも拘らず僕の魔術は神代の魔術師が使った術すら突破して敵を撃破した。
そんな事、現代の魔術師に出来るだろうか?
「……まさか」
息を飲んで手を眺める。いつの間にかその手は震えている。
あまりに自然に使ってたから気にならなかった。
あまりに兆候がなかったから気づかなかった。
あまりに安心してたから気づこうともしなかった。
いくらアインツベルンの魔術師として調整された僕だって、これほどの大魔術は威力を考えなくても使う事が出来ない。
これはあくまでロアの知識と技術を使っているだけにすぎない。
そう、借り物なのに、それはまるで本物のような威力だ。
もしかして僕は……、
「知らないうちに緩やかに進んでいってる?」
キャスターが抑えてくれているんだとしても、完全に止めている事はできない?
「――――」
あまりの恐怖に僕は自分で自分を抱きしめた。
目の前がぐらついて真っ白になっていくのが分かる。
……怖い。
この前は僕が僕じゃあなくなっていくのがはっきりと分かった。
でも、変化を変化と気づけないままで今は進んでいた。
その事実に、僕はただ怯えるしかなかった。
……怖い。
自分が自分でなくなっていく恐怖、それがどれだけのものなのかはもう味わってしまった。
僕はそれをもう一度味わう事になるんだろうか。
……怖い。
僕が僕じゃなくなって、そしてこの手を血で真っ赤に染めていく事が。
また……またあんな事をしてしまったら、僕は……。
「よしっ、セイバー下がって!」
我にかえる事ができたのはキャスターの声のおかげだった。
既にキャスターの手にはVの字を描く光の刃が具現化していた。
それを解き放つ前に彼女はこっちの方を向いて、
「ディート。つもる思いはあるかもしれないけれど、あたしがいる限りあんたに絶対そんな事はさせないわ」
いつものように、頼もしい笑みを浮かべてくれた。
その至高の光が、その温かさが、僕の中に立ち込めた暗闇を洗い流していくのが実感できた。
「キャスター……」
気がつくと僕は彼女の方をずっと見ていた。あわてて相手のほうに意識を戻す。
キャスター、ニムエには言葉では言い表せないほどに感謝を表したい。場所を改めて絶対にお礼を言おう。
頼もしくて賢くて、時々ずるい彼女に。
不甲斐無い僕のために行動してくれる彼女に。
僕は、キャスターと一緒になれて本当によかった。
「
「させない」
キャスターが勝利の矢を放とうとした直前、サタナがキャスターの方へと飛びかかった。
その動きは……速い!?
一介の魔術師とは感じさせないほどに機敏。
「
サタナは魔力で創られた白銀の剣を、キャスターが解き放つ前に振った。
あまりの短時間での行動に、こっちは詠唱はおろか動作すら間に合わない。
キャスターは大魔術中で無防備、セイバーは前セイバーと戦闘中。どうやってもかばいきれない。
「キャ……!」
キャスター、と言う暇すらない。
力ある白銀の剣は相手を押しつぶそうとその意味を発揮すべくキャスターへと襲う。
だめだ、キャスターがやられる……!
「あ……ああ……!」
だが叫び声をあげたのはサタナの方だった。
彼女は振り切ろうとしていた腕を抑えてわめき、弱弱しく距離を離す。
見れば彼女の腕には何本も矢が突き刺さっていた。
動く身体じゃなくて、攻撃を仕掛ける腕に的確な攻撃が出来る。そんな事が出来る人物なんて一人しかいない。
「感謝するわよ、アーチャー!」
魔力が枯渇寸前なのに……全く、無茶をしすぎです。
キャスターは屋根裏に矢をもって構えたアーチャーに対して、にいっと笑った。
そして、
「――
尊い一撃が解き放たれる。
何者をも斬る黄金の矢は一直線に進んでいくから、キャスターのそばにいる僕には相手の様子を見る事は出来ない。
ただ、セイバーと戦っていた前セイバーがアオイたちの前に立って、
「
その結果で黄金の矢が留まっている事だけは分かった。
黄金の矢を受け止めたのはランサーもやった事だ。
あの時はどうもランサーは数多の盾を使ってかろうじて防いだらしいけど、前セイバーには盾なんかない。
とするなら、セイバーは自身の剣で黄金の矢を打ち破らないといけないって事になるんだけど……、
「……!?」
苦悶の表情を見せたのはキャスターの方だった。
ランサー戦では相手に退散してもらう事が目的だったから破られてもどうって事はなく、そこまで魔力を込めてなかったはず。
でも、今回は違う。相手を倒すために放たれた一撃だ。一切の手加減は存在しない。
聖剣の中でも最高の物を模倣した黄金の矢、セイバーの剣はもしかしてそれをも上回っているっていうのか……?
「そ……んな事が……っ!」
キャスターが魔力をいくら注ぎ込んでも突破する事が出来ない。
それどころかキャスターの刃を受け止めている何かは一見互角を演じながらも底知れぬ存在感は増していくばかりだ。
そして、
「きゃ……!」
キャスターの刃は、まるで硝子のように儚く破れ消えた。
光の刃を一閃、両断したのは光の斬撃。ライダーを葬り去ってセイバーのグラムより威力の高い、太陽の光を持つものだった。
あくまで斬る対象はキャスターの大魔術だったのか、打ち破ったと同時にその光は消えたけれど……間違いなく威力だけはキャスターの術を上回っていた。
そんな事が……あるの? 聖剣を限りなく忠実に再現した大魔術が破られるなんて。
「……」
キャスターはただ唖然として前セイバーの方を眺めるばかりだった。
キャスターの術を打ち破った前セイバーの身体や鎧の周りを漆黒の粒子が舞っている。
そして真実を覆い隠すようにしてそれをまとっていく。
ダム・デュ・ラック、真実を覆い隠すもの。
キャスターの聖剣以上の威力を持つ漆黒の剣。まるで歪められたように暗闇に包まれた容姿。
そのヴェールの先には一体どんな姿が眠っているんだろうか。
「馳せろ! 我が相棒、グラニ!」
でもそれが判明する前に決着がつきそうだった。
いつの間にかセイバーは馬を走らせ、前セイバーへと突撃していく。
しかも剣を前に突き出したあの体勢、間違いなく通常攻撃以上の物をやるつもりだ。
対するセイバーは宝具を振り切った体勢から元も戻るのが精一杯で、神秘の開放はとてもできそうにない。
「
サタナはセイバーを迎撃しようと大魔術をいとも簡単に構成するけれど、セイバーが作り出す魔力の壁に阻まれていく。
セイバーの突撃は前セイバーの防御をも軽く突破し、深々と前セイバーに突き刺さった。
「セイバーさん!」
真っ先に悲鳴をあげたのはアオイだった。
その表情は今にも泣き出しそうに脆く儚い。まばたき一つ後には崩れ落ちるんじゃないかとすら思う。
竜破壊の剣の直撃を受けた前セイバー、急所こそ避けたようだけど胴体を貫通してる。
その傷から、口から、大量の血が流れ出る。悲鳴こそ出さないけれど、空気が漏れ出る。
見た目は華奢なその身体が激しくゆれた。
……終わった。レンに何て言えばいいのか全く分からないけれど、これで前セイバーは退場確実だ。
後は少し力を込めれば胴体切断。その後に首をはねればいくらサタナでも治療は出来ない。
お嬢様だったら即座にそれをやりかねない。僕には止めていられる暇が全くない。
「が……っ!」
考え事をしていた僕には全く分からない一幕。
うめき声を上げたのは逆にセイバーの方だった。その鎧には大きな引き裂き跡があり、鮮血が地面に滴り落ちている。
それをやったと思われる前セイバーの方は相変わらずグラムが突き刺さったままで、流れ出た血が水たまりを作るほど。
明らかに前セイバーの方が重傷、その全身には力がない。
「――――」
何かを発言しようとする前セイバーだったけれど、口が動くだけで血があふれ出てくる。
突き刺さった剣は心像こそ免れてるけど思いっきり肺を貫通してるんだから、余計に痛々しい。
そう、セイバーは無手。前セイバーに突き刺さしたままでグラムを放棄し、距離をとっているのだ。
一体何があったんだ……?
それに答えてくれたのは、呼吸を落ち着かせて無手で構えをとったセイバーだった。
「セイバー、まさか……私の技をかわすどころかそのまま突っ込んで反撃に出ただと……!?」
突っ込んで反撃に出た?
そう言えば前セイバーに突き刺さってる剣がやけに深いような気もする。
致命にもなる一撃をあえて受ける事で致命になる一撃を敵にも与える、正に捨て身の戦法をとったって言うのか。
前セイバーにとっての誤算は、あっさりとセイバーが剣を手放したぐらいだろう。
セイバーの切り口から考えると、頭部を直撃する正面撃ちだったはずだ。
伝説の終幕にあってもおかしくないような一撃なのに、セイバーにあっさりと対処されたのか。
「――――っっ!!」
前セイバーは声にもならない悲鳴をあげながら何とか踏ん張り、なおも構えをとる。
「ふぅん、まだやるのね。剣を抜かないのは属性攻撃のせいで自己治癒能力が働かない上に、この場でのサタナの回復は望めないからかしら。
でもそう気張ったからって、もう勝敗は決してるわよ」
お嬢様は勝利を確信したのか、髪をかきあげる仕草と共に不敵な笑みを浮かべた。
だけどアオイにはお嬢様を気にかける余裕はもうなさそうだった。彼女はただ前セイバーの方を見つめるだけだった。
「は……英さん……!」
駆け寄ろうとするアオイを、強い手の動きで制止させる。
「ア……ォイ。こノ……場はワ……たしガー……にゲテ……ークださ……イ……」
「い……嫌です……嫌です! そんなの絶対に嫌ですっ!」
前セイバーは声というよりただ空気を漏らしているだけの言葉をなんとか発する。
その濁った黄金の眼はなおも敵である僕達の行動を見逃さないよう鋭く光る。
アオイはもう戦意も何もなく、ただ泣き叫ぶように前セイバーに懇願するだけだった。
「英さんを残して逃げるなんて……そんなのできません!」
「こういうのをオナミダチョウダイって言うのかしら。そんな事をしている暇を与えると思うの? セイバー!」
今まで一度も見たことないけれど、劇にするなら今は感動の名場面なんだろう。
けど、それを黙って見ているほどお嬢様は甘くなかった。
「大いなる水の育み!」
「大いなる星の輝き!」
地を蹴って飛び出すセイバーに向かってサタナは大魔術で応戦、それをキャスターが同じく大魔術で阻む。
このタイミング。キャスター、黙ってみているつもりはなかったんですね。
次々と襲いかかる魔術全てに対応してセイバーは無傷。
そして、セイバーは思いっきりサタナの腹を殴った。
竜破壊の剣を軽々と振り回して文字通り両断するほどの筋力を持つセイバーの拳が、肉体的には他の魔術師よりも華奢なサタナにめり込む。
……見ているこっちも痛そうだ。
「アサシン……!」
声にもならない悲鳴もあげずに、サタナは腹部を押さえて倒れこむ。
アインツベルンで学んだんだけれど、腹部の一撃は頭部で脳を揺さぶるよりもはるかに苦しい攻撃らしい。
しかも今の一撃でサタナは気絶すらしてない。……なんというか、えぐい攻撃だ。
「……!」
たじろぐアオイだけれど、それも当然だろう。
もはやセイバーの前に立ちはだかるのは瀕死の前セイバーだけ。
ボードゲームで言うなら、チェックメイトの状態だ。
「さあ終わりだ、マキリのマスターよ。アインツベルンの従者を手にかけし罪、その身であがなうがいい」
お嬢様の表情から笑顔が消え、殺気だけがともなった冷たいものへと変化する。
口調もいつものお嬢様とは全く違う。僕が一度も聞いた事のないものだ。
アオイは絶望的な表情で涙を浮かべ、一歩下がる。
「マキリ……アインツベルン、遠坂。魔術師が……魔術師がそんなに偉いんですか! 人の運命すら決めてしまえるほどご大層なものなんですか!」
「なにを今さら莫迦な事を言ってるのよ。貴女は、マキリのマスターとして、前セイバーとアサシンを従えて、戦争に参加した。
魔術師じゃないなんてよくも言えたわね」
「そんなの分かるはずないじゃないですか!」
アオイは全ての恐怖を振り払うように、思いっきりかぶりをきった。
「わたしが欲しかったのはただの平穏な毎日だったんです!
憐さんや英さんが迎えてくれる、温かい生活が……それだけがわたしのささやかな幸せなんです。それなのに……それなのに……! それなのにっ!」
アオイはその視線だけで人を殺せそうなほどに憎しみを込めた憤怒の表情を見せる。
いつものアオイからは絶対に考えられないものだった。
「聖杯戦争の結果憐さんはどうなりましたか! 遠坂の運命に振り回されて、アインツベルンの運命に振り回されて!
結果的にあの人は……苦しんでるじゃないですか……。それを阻もうとしてどこが悪いんですか……何がいけないんですか……」
言葉も出ない。アオイの言葉がただ僕に深く突き刺さる。
今……レンは寝込んでしまっている。
僕らが不甲斐無いばかりに、僕らのために必死になって戦って、そのたびに彼は大きく傷ついて、深く悲しんで……。
僕は……レンにとっては害でしかないのか……?
聖杯戦争、魔術師が「」に至る事を目的とした儀式……その正体は魔法に至るためのもの。
レン自身が魔法に至ろうとするのかは分からない。僕は強いレンは見ているけれど、魔術師のレンとしての側面はあまりに見た事がない。
彼は、魔術師の道を望むのか、日常の道を望むのか……。
僕らがそれを強制的に決めてしまっているなら――、
「……それって論理のすり替えよね」
「な――っ」
お嬢様はアオイに対して容赦なく、冷酷に言い放つ。
「例え目的がそうであっても、あなたは過程としてこの方法を選んだ。自分の手が血で汚れる、こっちの世界の方法をね。
マキリから逃れるためだったらしょうがなかったかもしれないけど、それ以後を……魔術師の道を選んだのはあなた自身。
あなたは自分で自分の首を絞めただけの話よ」
アオイの言葉は本心から出たものなんだろう。アオイにとってはとても大切な考えで、僕もそれにあこがれているのも実感できる。
それをお嬢様は切り捨てるだけだった。僕らはアオイが否定した、そういった世界が当たり前なんだから。
そして多分、僕らはあっちの世界に行く事はできない。
アオイがどんな思いをして毎日を過ごしていたかは分からない。アインツベルンの者がマキリの者の事を分かるはずがない。
それでも確かにアオイの気持ちはよく分かる。もしレンのような存在がいて、普通の暮らしが出来たなら……。
でも、アオイはその過程を間違いなく誤った。決して許される事じゃない道を選んだんだ。
そこに弁解の余地は一切ない。
「セイバー、まず手始めにサーヴァント二人を殺しなさい」
「……! わたしを……どうする気なんですか……!?」
「そんなの決まってるじゃない」
お嬢様は普通の子供が浮かべる、無邪気な笑みのままで、限りなく残酷な一言を言い放った。
「この街にいる全員にあなたの事をぜーんぶ話してあげるのよ」
アオイはおろか、前セイバーからすら色がなくなっていく。
二人にとっては正に絶望をそのまま表したものが現実になってしまおうとしているんだから。
多分それはアオイにとって死よりも辛い事。
でも、アオイは贖罪を背負って生きていくべきだ。
それが今まで騙していた人たちのためだし、今まで命を失っていった人たちのためにもなると思う。
それに……そんなアオイでもレンなら必ず――。
「そ……んな……」
「ア……オィ……!」
涙を流して呆然としながら崩れるアオイを何とか前セイバーが抱きとめた。
自身も崩れそうになるその身体を、自分のと突き刺さっている剣で支えた。
前セイバーが何かをアオイに語りかける。唇の動きを読む事はできないし、その動きもわずかだからなにを話しているのかはさっぱりだ。
「……」
そして唐突にアオイをつき放つと、剣をこっちに向けて……魔力を集中させ始めた?
「その状態から宝具を使うつもりなの……!?」
キャスターは驚きの声を漏らしながらも、冷静になって対処となる黄金の矢の動作に入った。
前セイバーの魔力はとても弱弱しい。さっきほんの少し見た黒い粒子すら見えない。
それでも、消滅覚悟でやるつもりか。
「やめてください、英さん……」
突き飛ばされたアオイはゆっくりと立ち上がって、彼女に語りかけた。
そしてゆっくりとした動作で両腕の袖をめくった。
そこにあるのは2つの令呪、前セイバーとアサシンのものだ。
「令呪を破棄します。わたしの命も差し上げます。ですからせめて……英さんだけは生かしておいてもらえませんか?
元々彼女は第一次から生きている部外者です。今回の聖杯戦争には関係ありませんから……」
「……!」
前セイバーが何かを言おうとするけれど、そんな時に限って出てくるのは血ばかりだった。
無茶な魔力の収束をやった代償で更に弱弱しくなる。このままだと放っておいても消えそうだ。
「お願いです、どうか……英さんだけは……」
うつむくアオイがどんな顔をしているのかは分からない。
でも、見れる限りでも涙と鼻水によだれでもうぐちゃぐちゃだ。
「ふぅん、こっちはそれでいいわよ。ディートはどう?」
「……」
僕は意見を述べない事にした。レンみたいに言うなら、ノーコメントだ。
僕には言う資格はないし、言いたくもない。
アオイが死を選ぶんだったらそれをただ受け止めるだけだ。それ以上もそれ以下も考えがわきあがるけど、無理やりねじ伏せた。
「じゃあ決定。セイバー、アオイの首をへし折ってやりなさい」
お嬢様はあっさりとセイバーに死刑執行を命令した。
セイバーはただ無表情でアオイに近づき、前セイバーはただ無念そうに唇を噛み締める。
そしてアオイはうつむいているから表情はうかがえない。
「セイバーさん、アサシン。令呪をもって命じます……」
アオイの令呪が光り輝く。お互いに二つ分の令呪が残っているから、その分を破棄する事になるんだろう。
……申し訳ありません、レン。あなたがいない間にあなたの大切な人がこんな形になることを。
怨まれたっていい。憎んでくれてもかまいません。ですが、これが僕の選んだ道なんです。
事実を知ったとき貴方はどんな顔をするんでしょうか。
僕を殺そうとも思うんでしょうか。
それが僕たちアインツベルン……いえ、魔術師のさだめだとしても。
……確かにアオイが言っていたように、あなたとの日常はとても温かかった。
わたしには眩しすぎるくらいに。
アオイもそんなあなただからこそ惹かれたのかもしれません。
さようなら、温かかった日常には感謝しきれません。
「……!?」
なんて事を考えていたら、不意に隣にいたキャスターの表情が一変する。
勝利を確信して安堵したものから、とてつもない落とし穴に気づいた軍師みたいなものに。
「セイバー! 早くアオイに止めを刺して!」
「えっ!?」
キャスターの言葉の真意に、その瞬間は誰もが気づく事はなかった。
マスターとして一流のお嬢様も、歴戦の英雄のセイバーも。
その直後、ようやく僕らはキャスターの真意に気づく事が出来た。
でも、その時にはもう遅かった。
出来たのはアオイの不敵な笑みを見ることだけだった。
「全力で回復しなさい!」
その瞬間、令呪が奇跡を発動させる。
魔力が二人のサーヴァントを包み込んでいく。そしてそれらは優しく二人を癒していく。
致命傷だった前セイバーの傷、悶絶しかできないサタナの苦しみ。それらを全て取り除いたのだ。
セイバーの飛び出しは全回復した前セイバーの牽制であっさりと失敗に終わった。
アオイの前には疲労一つもない、万全の状態の前セイバーとサタナが立ちはだかる。
「……」
前セイバーは無言で僕たちに背を向けると、刺さっていたセイバーの宝具グラムを思いっきりぶんなげた。
空高く飛んでいって、どこかしら遠くへと落ちていく。
それをただ見ているだけしかできなかったお嬢様は怒り心頭だった。
「アオイあなた……謀ったわね!」
「当然でしょう。これは戦争、利用できるものは何でも利用しますっ!」
侮蔑をありったけこめた発言に答えたのはアオイは決意と憤慨のこもった言葉で返す。
キャスターもまた憤怒に彩られてた。
「……今の作戦はあんたが考えたのかしら、セイバー」
「……なぜそう思うんだ?」
キャスターの低い言葉に前セイバーは感情の一切こもっていない言葉で返事した。
その佇まいはさっきまでの弱々しい様子は微塵も感じさせないぐらいに雄々しい。
「とぼけないで。茫然自失だった彼女に令呪の存在を思い出させたのはあんたでしょう! 消滅覚悟で宝具を開放する直前、アオイに抱きついた時に!
ホント、あたしもまんまと騙されたわ。感動の名場面ってやつを茶番で演じてみせるなんてね」
「いくつも策をめぐらすのは当然の事でしょう、キャスター。いかにして相手に自分の方に引きずり込むかは戦術としては欠かせませんから」
軽蔑する相手に話すように言葉を吐き出すキャスターだったけど、前セイバーはそれを気にもとめずに呆れるしぐさをする。
……前セイバー、更に逆鱗に触れてますって。
キャスターはその言葉が我慢ならなかったらしく、怒りを全く隠さない。
「あんたは……あんたは騎士じゃないの!? 確かに正義を重んじる絵空事みたいな騎士道を守れなんていいやしない。
でも……踏み越えてはならない一線があるからこその騎士でしょう。そんな戦争で勝てばいいんだったら傭兵でも出来る事よ」
「……騎士道、か」
前セイバーは天高く空を仰ぐ。まるで果てしなく遠いかなたを見つめるようにして、決して届かないものを思い出すようにして。
その表情は……限りなく寂しく悲しいものだった。
「そんなもの……あの日になくした……」
「え?」
キャスターは間の抜けた声を上げた。僕も思わず上げそうになった。
「私が求めるのは……当たり前の日常を当たり前に過ごす事だ」
それはアオイと同じ主張に聞こえるけれど本質が全く異なる。そんな気がした。
「そのためならば、どんな事でもしよう」
「……どんな事でもって言うのは、その当たり前を構成する相手を敵に回してもかしら?」
それはまるでレンに隠れながら色々とやっていたアオイのあてつけのような発言。
あまり親しくはなかったけれど、普段から想像できる英さんだったら間違いなく戒めていたはずの行いだったけれど、
「そのためならば……反逆もしましょう、ニムエ」
静かに、湖に何の波紋も立てないような静けさで肯定した。
前セイバーに魔力が集っていく。宝具の開放じゃなく、全身からあふれ出すように高まっていく。
それに耐え切れないのは僕らじゃなくて、前セイバーを覆った漆黒の衣だった。
「な……なにを……」
「『
前セイバーを覆っていた黒は内側からふき出す魔力でひびが次々と入っていく。
「あんた……まさか……」
キャスターはかろうじて聞き取れるぐらいの小さな声で呟いた。
その表情は意外なものを見るようだった。
「――――
屋根上にいたアーチャーは一本の剣を携えて、僕らのそばに着地する。
やっぱり魔力があまり回復していない。この調子だと宝具の投影だって難しいはずなのに、そんな雰囲気を全く見せないようにしている。
にも拘らず、アーチャーは携えた剣を惜しげもなくセイバーに手渡した。
「それは……」
「悪い、今の俺じゃあそれが精一杯だ。模倣品だけど勘弁してくれ」
「十分だ」
それはさっきまでセイバーが使っていた、竜破壊の剣グラム。
前セイバーは本気を出してサタナは健在。こっちの方はアーチャーが魔力切れ間近でセイバーの剣は本物でなく、キャスターの大釜は使えない。
この戦い、どっちに傾くかなんて分からない。
「では行くぞ。もはや貴様らにはひとかけらの慈悲も必要ない。私はただ己の信じたもののために貴様らを切り伏せるだけだ」
「じょーとー。やって御覧なさい、セイバー」
前セイバーの剣からもれるのは黄金の輝き。全容までは分からないけれど、なんだか見覚えがあるような気がする。
キャスターは杖を前セイバーのほうに向けて、光を展開させる。大魔術を使ってもなお彼女の魔力に一切の揺るぎはない。
「……消えて」
「外道、鉄槌を受けるがいい」
サタナは近所の井戸から大量の水を運んでくる。停滞するそれらは既に宝具で禍々しいものへと変化している。
セイバーはただ剣を構えるだけだった。だけどその体勢は不動。
「あなた方はもう絶対に許しません。わたしの邪魔をするって言うんでしたら……それも排除するだけです」
「……もういいわ。とっとと死になさい」
「アオイ、残念ですが年貢の納め時です」
アオイの背後には大量の蟲がはびこる。そのどれもが毒々しく、そしてどこかが歪んでいる。
お嬢様はもうアオイを完全に排除する存在としてしまったようだ。
誰もが譲れない想いを持っている事は分かる。
そのどれもが間違いじゃないとも思ってる。
でも僕は、この戦いには絶対に決着をつけようと意気込んだ。
絶対に決着を――、
「待っていたぞ、この時をな」
不意に、予想もしていなかった声が鼓膜を振るわせた。
その場にいた一同は皆そっちの方に顔を向ける。相手がいるのに向けざるをえなかった。
塀の上にいたのは太陽を背にして君臨する者達。
一人は白の長髪をたなびかせた日本服の男、一人は銀の鎧に身を包ませた長身の男。
この場に英霊が集っているにも拘らず、どちらもが絶対の自信にあふれている。
忘れない。忘れるはずもない。
この二人は、
「ランサー、ソウマ……!」
シャルロットを殺してお嬢様を瀕死にさせた不逞の輩――!
/interlude
「が……っは……!」
灼熱に包まれたみたいな熱さと、内側から剣が生えてきたぐらいの右腕の鋭利な痛みが襲ってきて、一気に眼が覚めた。
あまりの感覚についていけず、意識がはっきりするより先に体を起こしていたみたいだった。
だけど、それだけで全身を襲ったのはあまりに危険なほどの苦痛だった。
「は……ぐ……っ!」
こ……こんなになるためには魔術回路を暴走させる寸前まで酷使しなきゃいけないはずだ。
俺はそんな事をしたか――、
「あ……!」
痛みが少し和らいできたら、昨日(多分)の事がはっきりと頭に浮かんできた。
そうだ、俺はキャスター率いるブリタニア軍と死闘を繰り広げて、その結果俺は左腕を失った上に致命傷まで……。
……あれ? 左腕がついてる?
それじゃあもしかしてただの夢……。
「のわけねぇだろうが……!」
一瞬でもバカな考えがうかんだ自分をめいいっぱい罵倒する。
右腕にあったアーチャーの令呪は残り一個に減ってるし、ばっさり斬られた左腕と胴体には手当てのあとがある。
それも高度な魔術の形跡があるって事は……アーチャーがキャスターを懐柔した?
んー、判断材料に乏しい。今決断を下すのは早計だろうな。
ならいつまでも寝てるわけにはいかないな。とりあえず身支度を整えて――、
不意に、衝撃音と炸裂音が入り乱れる。
まるで金属と金属を高速でぶつけ合う音が数多に聞こえるし、破壊音も耳を劈く。
「ま……まさっっっ……!」
か、と言おうとした所でまた痛みが激しくなる。
あ……熱い……っ!
悲鳴すら出ずに今にも倒れそうになる自分を何とか保って、状況確認。
まるでありったけ絞った雑巾を更に捻っていく感覚、その原因は……アーチャーの令呪がある右腕だった。
普段ならどうって事のないほどの魔力供給、でも枯渇寸前の俺にとってはもはや致命的に等しい。
こ、こうなったら……。
「十二番、十三番、補充開始」
俺は身体を引きずりながら、何とか机まで辿り着いて宝石を取り出し、魔力の補充に当てる。
…………。
「くはあ……っ。何とか生き返った気分だ――」
身体全体に魔力が染み渡っていく。
宝石にあったのは元々俺の魔力、還元するのはたやすい。
とはいえ、さすがに満杯までは程遠い。一日はめいいっぱい休んでおかないととても保ちそうにない。
「でも今は……っ」
戦闘音っぽいものの正体を確かめないと……!
俺がいたのは百目木邸でもらった自分の部屋だった。
俺自身の工房はここじゃなかったから別にいいけれど、運んでくれたのはアーチャーだろうか。
だとしたら感謝しとかないと。
どうやらごっそり持っていかれたのは魔力だけじゃなくて体力もだったらしい。
歩いていくどころか、壁伝いの二足歩行すらできそうになく、結局俺ははいつくばりながら前進するしかなかった。
遅い。ものすごく遅い。逸る気持ちばかり先に行って、身体だけが取り残される。
やっとの思いで廊下を抜けた時、目にしたのは異様な光景だった。
なんと廊下で師範代が倒れていた。しかも一人だけじゃなくて、距離を離して何人もが。
息は……ある。外傷もない。ただ深い眠りについてるだけだった。
原因究明は後回し。先に進む。
師範代、悪いですが今の俺には避けるだけの体力もないんで、突破させてもらいます。
「憐お兄様!?」
「瑪瑙?」
と、横から姿を見せたのは瑪瑙だった。
……なんだかおかしい。普段は冷静沈着な瑪瑙が明らかに動揺している。
一体どんな状況なんだ。
「駄目です! お兄様は昨日の戦いで重体になってしまわれたんですから、おとなしく寝ていてください!」
瑪瑙は俺を見ると顔を青くして、命令口調で言い放つ。
ってもしかして俺の事か?
「顔色も酷いですし、立っている事すらできないならなおさらです。さあ!」
おかしい。まるで何かを隠しているようにうろたえてる。
そんなのに疎い俺だけど、間違いなく何かを隠してるのは十分に分かる。
「瑪瑙、さっきから響き渡るこの音は何なんだ? それから何で礼儀にうるさい師範代たちがこうなってるんだ?」
「何でもありません。そんなことより……!」
「それこそそんな事よりだ。俺とアーチャーは令呪でつながってる。何か異常があればすぐにだって分かる。隠しても無駄だ」
改めて意識してみれば、明らかにアーチャーは俺からの魔力供給を拒絶してるけれど、間違いなく戦闘はしている。
俺はそれを無理やりこじ開けてアーチャーに魔力供給を行う。
……それだけでもめまいがする。
「教えてくれないなら先を急ぐまでだ……っ」
体中から鳴り響く警告音を一切無視して身体に力を入れる。
だけど、瑪瑙は車椅子を操作して俺の眼前に立ちはだかった。
「行かせるわけにはいきません。憐お兄様を行かせるわけには、決して」
今もなお戦闘で発せられる音が聞こえてくる。しかもその距離はとても近い。
なのに瑪瑙の表情は真剣……いや、深刻そのものだ。
「この音、間違いなく敵が百目木邸に攻め込んできたんだろ。なら俺は聖杯戦争に参加してるマスターとして戦わなきゃいけない」
「いけません。今のお兄様では間違いなく敵に殺されるだけです。ですから――」
なんだろう、この違和感。まるでボタンを掛け違えてるみたいなずれがあるような気がする。
確かに冬木の地に戻ってきても俺は瑪瑙とは関わらないようにしてきたけど、それでも今の瑪瑙は普段の瑪瑙じゃない。
過去の例を参照するために考え込む選択肢はとっとと捨てる。その時間も惜しい。
「どいてくれ瑪瑙。聖杯戦争の監督役として、俺の邪魔はしないで欲しい」
「いいえ、私は聖杯戦争の監督役である前に遠坂の当主です。養子に出たとはいえお兄様は遠坂の者、放っておくわけにはまいりません」
「この……分からずや……!」
俺は瑪瑙の軽い悲鳴をよそに、精一杯脚に力を入れた。
でも俺は、なりふりかまわずに立ち上がった。
脚ががたがた震える。今にも膝から力が抜けそう。体重を支える手は雲を掴むみたいに手ごたえがない。
立ち上がろうとする行為だけで汗がにじみ出てくる。
「お兄様……!」
「そこをどいてくれ。アーチャーたちが待ってる」
唯一つ実感できるのは、自分の足で床を踏み締めてる事ぐらいだ。
……今はそれだけで十分。戦局を把握できれば指示は送れるし、補助だってできるはずだ。
俺は瑪瑙の横をつまづきそうになりながらも通り過ぎる。
俺の予想とは違って瑪瑙は妨害一つもしてこなかった。
それより意外だったのは、瑪瑙が物悲しげにうつむくしぐさを見せた事だった。
「そうですか……憐お兄様もその道をお選びになるのですね」
混濁する意識の中でかろうじて聞き取れたのはその一言だけだった。
当然前に進む事がかろうじてな俺はその言葉の意味を考える事などできなかった。
一際大きな破壊音が響き渡る。
さっきのはまるで轟音で周囲すら破壊しつくさんばかり、今のは数多もの武器と武器が全力で交わりあう音だ。
しかもただの武器じゃない。こんな辺りを存在感を一気に奪いつくすような消失感は、間違いなく宝具のそれだ。
それが数多もの衝撃音と共にある。つまり――、
自分の体のあまりに不甲斐無い有様に悪態をつきながら、何とか俺は庭の見える位置にまでやって来た。
いくら俺が不甲斐無い有様でも時間稼ぎはできる。その間にディートたちを逃がせばいい。
俺が倒れても、きっとアーチャーは残してその後につなげてみせる。
覚悟はとうに出来てる。それを未来につなげてみせ――、
――そこで、言葉を失った。
凄惨な光景を目の当たりにする。
庭にいる五人の英霊は誰もが身体のどこかに武器が突き刺さっている。
ディートもクリスもただ塀の方を呆然と眺めているだけだ。
でも、そんなのはいい。どうでもいい。
覚悟はとうに出来ていた。そのためだったら自分が盾になってもいいとも思ってた。
もちろん帰る事だって重要だけど、それでもこの世界に生きてる限りそういった事に直面することだってあるから。
でも、こんな覚悟はしていなかった。
こんな事が起こる前に絶対にどうにかしてみせる。そんな思いが俺の中を支配してたから。
どんな事をしてでも絶対にそうはさせないと決心をしていたから。
目の前がまるで彼岸花が咲き乱れるように真っ赤に染まっていく。
どんな光景も目に入らない。塀の上にいるのが俺が再会を待ち望んでた双魔でもどうでもいい。
苦悶の表情を浮かべるキャスターも、体中から剣を生やしたアーチャーも、終焉が来たような顔をしてる英ねえですら眼中にない。
誰かが何かを言ったかもしれないけれど、何も聞こえてこない。無の中にいるように一切音がしない。
時間の進みがやけに遅い。時の流れに自分だけが取り残されているような感覚。
だからか、俺が唯一つ見ることが出来るものが嫌でも飛び込んでくる。
嘘だと思いたい。こんなの現実じゃないと否定したい。
桜が舞い散るようだった。その手も、髪も、鮮血ですら。
黄金に輝く剣は太陽に輝いて存在感を放つ。まるで太陽の恵みに呼応してるようだ。
何も出来なかった。叫ぶ事も、涙を流す事も。その場に駆けつける事も。
俺にはただ見ているだけだった。だけしかできなかった。
何も考えられなかった。頭の中が何もかもがなくなっていくようだった。
葵が黄金の剣に突き刺されて、地面に倒れた。
interlude out
to the next stage……
結構吟味して書いていたらかなりの容量になりました。見事に2話に分割。前半は40話としました。
今回と次回で大きな節目を終え、ようやくラストの方へと近づいてまいります。
当初は30話まで続けばよし、の勢いでやっていたら、既に41話ですか。長い……。
最近この長編も書き直したい点が少しずつ噴出しだして困り者です。例えば、
@ライダーの性格があやふや。もうちょっと吟味の余地あり。
Aバーサーカーのマスターがどうでもいい奴だったので、それをどうにかする。
B連載開始時はマビノギオン読んでなかったので、それを反映させる。
Cあまり意味がない説明が多い気がするので、カットカット。
な所でしょうか。……当然そんなもの後回しで、話を完結させる方を優先させますけど。
たまに考えるのがイフルート。この話にも2パターンあったりします。
@ディートがロアに覚醒した聖杯戦争を語る、『■ルート』。
Aパーティー戦を全くしない、単独行動の多い純粋な聖杯戦争を語る、『■■■■ルート』。
導入とダイジェストだけでいつかは書いてみたいものです。
それでは続きが早く書けることを望みつつ、この辺で失礼します。
2007年7月26日