/11日目・interlude
柳洞寺。辺りはまるで葬式のように静まり返っていた。
風に吹かれて木々がざわめき、その場にいる者を冷やしてゆく。
空に輝くのは天球をそのまま映したような星々。月明かりもあり、幻想的に境内を照らす。
階段の下に位置する町は夜でも明かりがちらほらとあり、空とはまた違った趣が見られた。
そんな感動を引き起こすものでも、今その場にいる者たちにとってはそれもただ空しいだけだった。
英はただ呆然と天を仰ぐ。葵はただ英の胸に顔をうずめて嘆き悲しむ。サタナはただ水につかって傷を癒す。
「……英さん……」
「……なんだ?」
しぼりだすようにかすれた葵の声に、英は優しく答えた。
英はそっと葵の髪をすくう。
「……わたしがした事、怒ってないんですか……?」
まるでとてつもない悪さをした子供がそれを白状するかのように、葵はつぶやく。
葵は全て話した。今まで自分がしてきた事を英に。全てを。
セイバーと戦っている時にサタナを乱入させたのは、サタナと前セイバーがいがみ合っている事を見せたかったから。
瑪瑙を襲わせたのは、憐と双魔と瑪瑙の関係を知っていたから。
英に何の相談もなしにサタナにアインツベルン城を襲わせたのは、聖杯を破壊させるため。
その際にキャスターをそそのかしてアーチャーと憐を襲わせた事も。
「怖かったんです。わたしは……恐ろしいんです。も……元のわたしに戻って行く事が。
それまでのわたしだったらよかった。それだったらこれからもずっとそのままでいれた。
でも……わたしは知ってしまったんです。分かってしまったんです。何気ない日常がどれだけ温かくて、どれだけ心地よくて、どれだけ幸せなのかを……」
「アオイ……」
泣きじゃくる葵の涙で英の衣服は大きく濡れている。英よりも高い背はとても小さく見える。
「朝屋敷に行けば一成さんや沙耶さんが笑顔で迎え入れてくれて、昼は憐さんと一緒に笑いあって、夜になれば明日の朝にまた会おうって送ってくれる……。
そんな家族がわたしにはとてもうらやましかったんです。おじいさまがあそこへの出入りを許してくださった理由が聖杯戦争だったとしても。
いつまでもこんな幸福な毎日が送れれば……って」
「その日常に私も入っているのか……」
「だから、私は英さんに願いを叶えて欲しくなかったんです! だから……わたしは……」
葵は英が叶えたい願いを知っている。それはとても深くて重い事は葵にも分かっていた。
英の願いをかなえるにはどうしても聖杯が必要な事も分かっていたし、そのためにこの60年以上を過ごしていた事も分かっている。
どれだけの苦悩を生前に味わったかは物語としても残されている。しかも、英雄の座に『』として残っている限りそれは永遠に報われる事がないのも。
誇りが汚されようとも、身体が犯されようとも、心が堕ちようとも、その思いだけは本物なのだから。
それでも葵は英には現世に残って欲しかった。
間桐で過ごした日々の中で、唯一つだけ温かかった存在。姉であり、母であり、親友でもあった、たった一人だけの存在なんだから。
彼女がいない人生なんて考えられなかった。消えてしまうなんて考えたくもなかった。
憐だって同じだ。
百目木邸での日常の中で、葵にとって彼は太陽のような存在だった。
ひたむきに前を進んでいき、誰からも好意的に思われて、他人のために嘆き悲しんだり怒ったり。
とても人間らしい、葵にとっては表の世界の象徴でもあった。
だから、葵は自身の召喚したアサシンで聖杯戦争そのものをなくそうとした。
英が勝ち残る事で消え去って欲しくなかったから、憐が勝ち残る事で魔術師の世界に戻っていって欲しくなかったから。
そのために臓硯を騙した、憐が間違いなく嫌う手段も取った。
全ては、彼女の過ごしたい日常のために。
「……軽蔑、しますか? こんな汚れてしまったわたしを。わたしは憐さんが送る日常には不相応な人間です。それでも……夢見る事は悪い事ですか?」
「……葵」
英は葵を思いっきり抱き寄せた。
決して豊かとはいえないけれど、女性独特のふくよかな胸に顔がうずまった。
「貴女も知っているでしょう。私の真名を、私が生前どんな事を行い、結果的にどんな結末になったか」
「英さんが、どうなったか……」
はっと、葵は気づく。
英が生前に行ってきた事の結果でどのような終幕……いや、終焉を迎えたか。
それはあまりに有名な話で、その後の事もまたあらゆる文献に記されている事も。
「私は貴女にあのような結末を送ってほしくはない。あのような……誰もが悲しむような結末は」
英の瞼から大粒の涙が零れ落ちる。
彼女の物語は文献にこそ残っているものの、どれほどの道を歩んできたのかは葵には分からない。
けれど、葵には少しだけ分かるような気がした。彼女がどんな思いでその道を歩んでいったのかを。
だからこそ――、
「だからこそ、その結末を変えたいんじゃないんですか……? 自分のために、みんなのために、何よりも英さんが誰よりも思ってほしい人のために」
「確かに私がこの世界に現界したのはそれを叶えるためでした。私の全てに引き換えてでも、私は願いを達成したかった」
英は笑みを浮かべると、葵を優しくなでた。
「ですが、生前の3倍もの時は私にとっては長すぎました。私があの人を思うように、私を同じように思ってくれる人たちも出てきましたから。
――そう、貴女のように」
「あ……」
「今まで散々悩んでいましたが、私は決めましたよ」
英の笑みはとてもさわやかなもので、迷いなどいっぺんたりとも存在しなかった。
「私はあなたが生き続ける限り、あなたのそばにいます。見守り続けます。あなたが思う大切な人として」
英の言葉に衝撃を受ける葵。
彼女の真名を知っているからこそ、どんな想いをしたのかを知っているからこそ、その言葉がでた事が信じられなかった。
そして、自然に瞼があつくなるのを感じた。
「ですからもう泣かないで。必ず勝ち残って、また日常に戻りましょう」
「…………う……うぅぅぅ……うぇぇ……」
葵は思いっきり英に抱きつく。
魔力を抑えている英にとっては息苦しくなるほど強い力で、絶対に離れないように。二度と消えないように。
その場にいるのはもはや魔術師と使い魔ではない。
もちろんマスターとサーヴァントでもなかった。
二人の思いは実の親子に限りなく近かった。
interlude out
Fate/the midnight saga(仮)
第40話
/11日目
キャスターが話したのは僕が知っている内容ばかりだった。
おととい、キャスターはサタナと出会って結託する事を確約した。
その脚で丘の霊脈へと向かい、神殿を構成した。
きのう、僕がうかがった所で魔術をかけて問答無用で黙らせた。
そして、アーチャーと死闘を繰り広げた事。
「そう、アーチャーの固有結界はアインツベルンの銀世界で上書きされていた」
「う……そ……」
アーチャーの固有結界、これにはお嬢様も衝撃を隠しきれなかった。
僕だって今もなお衝撃を受けているのだから。
見渡す限りの銀世界。雪がしとしととふってゆき、墓標のように剣が数多にも突き刺さる。
あの結界に大きく影響を及ぼしたのは、アーチャーの時代の聖杯戦争でマスターだったアインツベルンの方だと言う。
自らの心像風景にまで影響を及ぼすほど、アーチャーにとってはその人は大切な方だったのだろう。
僕はアーチャーのマスターではないから夢でうかがい知る事はできない。
それに、今を生きる僕達がアーチャーからその時の事を聞いていいのかも分からない。
それでも、その方を思ってアーチャーが英雄になったのなら……複雑だ。
「ディート、今のは本当なの……? アーチャーがアインツベルンに関わったって、本当なの……!?」
「はい。見間違うはずがありません。雪景色はあらゆる所で見る事が出来ますけれど……あれはアインツベルンのものでした」
アーチャーの固有結界は丘にあると言うべきだろうか。
確かに山も林も動物も存在していなかった。それでもあの地形を見間違うはずがない。
あれは僕たちにとって最も馴染み深い場所だった。
「どれほど深く関わったかは分かりません。ですが、アーチャーは間違いなく彼自身とその御方が召喚なされた英雄から多大な影響を受けています。
従いまして、彼が経験した聖杯戦争は、彼に多大な影響を及ぼしていたのかと」
僕は剣技の事は全く分からないから、アーチャーの行き着いた先が果たして英雄のものを目指した結果なのかは分からない。
でも、その生き様は絶対に受け継いだはずだ。
それはアーサー王に従ってきた円卓の騎士たちをも魅了し、神代の魔術師をも黙らせた。
どんな結末を迎えたかも分からない。もしかしたらこころざし半ばで倒れたかもしれない。
でも、アーチャーの生きた道は決して間違ってはいなかったはずだ。
「あのアーチャーが……」
「詳しい話はアーチャー自身から聞いてね。ただ……」
複雑な表情で沈黙するお嬢様に対して、キャスターはまるであさっての方向を見つめるように、
「彼が持っていた黄金の剣は本物だった。それだけは間違いない……」
深い意味を込めてつぶやいた。
アーサー王が所有していた黄金の剣への思いはあの黄金の矢を見れば分かる。
ずっと追い求めていたキャスターすら、あの剣には息を飲むしかなかった。
そして今もなお魅了されている。
「さ、まあ脱線しちゃったけど話を戻そうか」
そうは言ってるキャスターだけど、表情はどこか名残惜しそうだった。
ブリタニア軍に対してアーチャーは固有結界で対抗。
キャスターがレンを倒す事で追いつめるも、レンが令呪を使用してアーチャーを窮地から救う。
そして、黄金の剣で大釜を一刀両断して決着した。
「その結果、レンは分からないけれどアーチャーはあたしをただの同盟者としてしか見なくなったわね。最終的判断はレンにゆだねるみたい。
肝心のあたしは大釜を失った以上儀式の続行は不可能、おとなしく聖杯戦争に戻る事になったわ。
独断先行した罰として、あたしが単独行動を禁ずる事を約束した。以上が昨日までに行われたあたし達側の出来事よ」
全ての話が終わり、キャスターは湯飲みにおかわりをそそぐ。
いつの間にかその動作に違和感はなくなっていて、手馴れたものになっていた。
「ふぅん、ディートがそれでいいって言うなら私から言う事は何もないけれど……」
どうやらお嬢様はキャスターが僕を操った事で相当不機嫌のようだった。
それでも立ち入ってこないのは、僕とキャスターを配慮しての事か、それとも敵同士だからか。
どちらにしても、その心遣いは嬉しかった。
「ん? そう言えばアーチャーのヤツ、カリバーンが出せるんだったら聖剣も出せたはずよね」
「それは確かにアーサー王といえばカリバーンよりは聖剣の方が有名ですから、アーチャーが召喚したアーサー王も聖剣を所持していたのでは?」
「って事は……!」
キャスターはわなわなと腕を震わせ、立ち上がった。
「アイツが聖剣投影してくれてたらサタナなんかに言わないであたしだけでも儀式できたのにーっ!」
「あ」
そう言えばそうだったっけ。
キャスターが単独で儀式が出来ないのは聖剣を所持していないからで、それをアーチャーが補う事ができたならそれで儀式は完成できたはずだ。
かと言って今さら聖剣を用意した所で、大釜は真っ二つにされている。
「大釜の修復はできないのですか?」
「……難しいね。生前と違ってこの身はサーヴァント、確かに魔力次第で破壊された武具も修復可能だ。でも、一度破壊された物は同じようにはならない。
儀式はおろか、軍の召喚すら耐えきれないでしょうね」
深いため息をもらすキャスターはお茶がちょうどいいぬるさになったのを見ると、一気に飲み干した。
「まあ、儀式にもそれなりの時間が必要だったし、時間稼ぎの策をこうじるなら聖杯戦争勝ち残った方が何かと都合がよかったのかもしれないけれどね。
だとしても少しは相談してほしかったわ」
……そうかな。相談しても結局強引に儀式を推し進めていた気もするのだけれども。
そんな事をすれば他のマスターが黙ってみているはずがないだろうし。
「まあ、あたしからは以上かしら。あらゆる情報を包み隠さず話したんだから、クリスもディートに教えてくれたっていいでしょう?
あなたは優秀な魔術師なんだから、この情報に見合った対価を出してくれると思うわ」
さりげなく持ち上げて情報を得ようとする。キャスター、悪い人です。
お嬢様は腕を組んでうなって、
「そうね、貴女にも関係している事だから、包み隠さず話すわ」
途端に表情が変わった。
真剣なものではなくて、深刻なものに。
おととい、ランサーとの戦闘は引き分け。
きのう、葵と前セイバーと交戦。セイバーは新たな宝具を使用。
アインツベルンから上がったのは城が攻められている信号。
「ランサーとソウマだったのよ。私たちに助力してくれたのは」
「え……?」
「ランサーが?」
僕とキャスターの反応の仕方こそ違ったものの、お互いにお嬢様の言葉をにわかには信じられなかった。
だって、シャルロットを殺してお嬢様には不意打ちを仕掛けた、あのソウマがお嬢様に助力するだなんて信じられない。
「私たちが何とかして葵と前セイバーから逃れようととしていた時、割り込んできたのは」
事実を伝えるお嬢様と、聞いているセイバーの表情も優れないから、この2人にとっても信じがたい事だったのか。
かいつまんで話すなら次のようらしい。
「さて、間桐のマスター。どうやら今だに前キャスターを使役しているようだが、あれは元々先代が召喚した英雄。いさぎよく令呪を破棄しろ」
「何を言っているんですか。前キャスターはあなたが始末したはずでしょう。それともあれは偽物だったと?」
「昨日両方のセイバーと戦ったのが偽物でないとしたら、撃ちもらした事になるんだろうな」
現れていきなりソウマはアオイに宣戦布告をしたらしい。
置いてきぼりを食うお嬢様は、
「アインツベルンの魔女。消えたければ消えるがいい。今は決着の時ではないだろう」
ソウマの意外な一言を受け取り、グラニを走らせたと言う。
「あの時のソウマはアオイ達すら倒す気はなかったようね。今になって何をたくらんでいるのか知らないけれど、好都合だったから利用したわ」
「……今の面々が生き残る事での利益なんてありましたっけ?」
「さあ? あいつの考えてる事なんて知るはずないじゃない」
ごもっともな意見です。
「それでグラニでアインツベルンの城に戻ったのはいいんだけれど――」
「え?」
「……」
そこから語られたのは、信じられない事であって、お嬢様が激昂するのにふさわしいほど許せないものだった。
「――以上よ。サタナとやらによってヨハンとジェイナは瀕死の重体。今も寝込んでるわ」
部屋が静まり返る。
キャスターはあくまでも事実として聞き入っているけれど、僕らやセイバーは明らかに憤っていた。
「……では、この屋敷にやって来たのは」
「もちろんアオイを殺すためよ。それぐらい分かっているでしょう?」
いや、確かにサタナとそのマスターのやり口は汚いと言える。お嬢様が殺そうとする事にも異論はない。
でも、1つだけ疑問がある。
「サタナのマスターはアオイなんですか? 彼女のサーヴァントはアサシンと前セイバー、サタナこと前キャスターはゾウケンのだったはずですが」
まだサタナの謎が解けていない。
メノウはアサシンがサタナに成りすましているからこそサタナはサーヴァントになったと主張してた。
前キャスターはランサーとの戦いで消滅し、代わりにアサシンがサタナとなった。
あたかもアサシンがいなくなったかのように、と。
「ランサーによって攻略されたゾウケンがなおもマスターな事より、はるかに説得力があるじゃないの」
それはそうですけれど……。
「いい? アイツは表向き前セイバーで正々堂々と戦っているように見せかけておいて、裏ではサタナを使って謀るような奴よ。
もちろん狙いは疑いの目を少しでもそらすためにね」
お嬢様は本気だ。本気でアオイを殺そうとしている。
普段のアオイは魔術師としてすら考えられなかった。街でも親しまれていたし、レンが彼女の事を話すときは嬉しそうだった。
でも、アオイは間桐邸が攻略された時は応戦せずにゾウケンたちが倒れるのを黙っていた。三面同時攻撃に加わっていた。
サタナは遠坂邸を攻略した上で2人のセイバーの前にも姿を見せていた。
その在り方は完璧に徹底されていて、魔術師だった。
日常を笑顔で過ごすアオイ、魔術師として手を血で染めるアオイ。
どちらが本当の貴女なのですか。
「万一違っていてもアイツは前セイバーのマスター。どっちにしたってサタナに加担するマキリの者よ。まさか見逃せだなんて言わないわよね」
「……」
ここでレンならばアーチャーと共にお嬢様を止めようとするんだろう。
アオイがどんな行動に出ても、必ず彼は手を伸ばすと思う。
でも、僕は正直そんな風には思わなかった。
確かにレンとアオイと共に過ごした日常はとても明るく、心を満たすものだった。
送っているだけで温まる、そんな日々はすごした事がなかったから。
毎日を歩む2人はとても楽しそうだった。僕が割り込む事に罪悪感すら覚えるほどに。
でも、僕がお嬢様やヨハン、ジェイナと過ごした日々は僕の全てだ。
あの一面の銀世界での出来事は決して忘れない。
そして、4人で誓った大切な想いも、決意も、悲願も。
アオイは、決して侵してはいけないものを侵した。
だからこそ僕も決心する。
レンがどんな事を思おうとも、僕には譲れないものがある。
アインツベルンの名にかけて、悲願を穢すものに鉄槌を。
「いえ、微力ながら私も加勢いたします。幸いにもマキリのマスターに加担するだろう遠坂のマスターは重体ですから、事はうまく運べるはずです」
「え? ディート?」
僕の言葉に一番驚いたのはキャスターだった。
言葉遣いもお嬢様に負けないほどに冷たいものになっていたし、多分表情もそれに引っ張られているだろう。
「ディート、何を言って――」
「サタナは聖杯戦争を逸脱した行いを致しました。もはや釈明の余地はございません。レンがどう思おうが知った事ではありません。
これは、アインツベルンとマキリの問題ですから」
そう、これにはレンは関係ない。アオイの想いも関係ない。
在るのはただかけがえのない想い、存在を奪おうとした事への憤りだけだ。
「キャスター、協力してくださいますよね。サタナを葬り、不義への粛正を」
「断る」
あまりにあっさりとした回答。
そのせいか、僕の反応も完璧に遅れた。
「従わせたくば令呪を使いなさい。あたしは『しゅくせい』とやらには反対ね」
「キャスター、貴女は――」
「レン、これ昨日アーチャーが言った言葉だけど、よく聞きなさい」
僕が何かを言おうとすると、キャスターはそれを制して力強く指差す。
その表情は真剣そのもの。有無を言わさない雄々しさがそこにはあった。
「なすがままになる、それだけの話よ」
「なすがままに……」
「なる……?」
この言葉にはお嬢様も耳を傾けていた。
たったそれだけの言葉には深い意味が込められている、そんな気がする。
「アオイやサタナがどんな手段を行おうとも、決して彼女は日常にまで手を出そうとはしなかったわ。取った手段はあくまで魔術関連の所ばかりよね。
これって、アオイが日常を大切に想っていたからじゃないの?」
日常を?
「そう、マキリの魔術があれに記されていた通りなら、アオイは暖かい平穏とははるか遠い生活を送っていたはず。
レンたちとの日常はさぞかし嬉しかったでしょうね」
「? 話が見えてきません。それが一体何の意味があるのですか?」
アオイの動機がそれだとしても、許される理由にはなっていない。
いくら正しい目的でも手段を誤っていい事にはならない。
レンが彼女を許そうとも、僕らは彼女を決して許さない。
そんな僕の不満を悟ったのか、キャスターは首を横に振った。
「違う違う。レンがどう思うかはこの際どうでもいいのよ」
「え? では一体――」
と言いかけた所で気づいた。キャスターが何を言いたかったかを。
彼女は僕の反応を見て底意地悪く笑みを浮かべた。
黒い。果てしなく黒い。
「その日常を得るために日常とはかけ離れた手段を取っていた事がレンにばれたら、アオイはどう思うのかなーって」
その主張にはお嬢様もあー、と言いながら手をつく。
日常を目指していたアオイはレンに出来る限り秘密にして行動をしていた。レンガ決して許さない行為も。
聖杯戦争を勝ち抜いてもアオイの目的はその後にこそある。日常を構成するレンにこの事を知られるのは、非常にまずいはず。
何しろレンは妹の友人を殺され、妹も重傷を負わされている。それに柳洞寺の人達を失っている。
それをレンが黙認できるか? できない。レンは魔術師らしくないけど、そういったものを嫌っている。
多分レンはアオイを許すだろう。
でも、アオイが求めた日常は戻らないのではないか。
どんな結末になるかは分からないけれど、アオイが成した結果がそのままアオイの結末になるだけだ。
「結局理想をかなえる方法が理想よりはるかに遠いものだった。それを分からせないといけないわ。
まずはサタナを倒してハナブサを再起不能にして、それからレンの前で暴露をする。それがキャスターのサーヴァントとして進言する手段よ」
「……」
死は一瞬、されど生は長く。
あっさり殺す事で日常を永久に送れなくするのも1つの手かもしれない。
でも、生きたまま贖罪を負わせる事での解決は、行き続けるかぎり付き纏う。
多分それは僕らが考える以上に残酷な仕打ちかもしれない。
だけど事実が残ってしまっている以上、何らかの責任を負わなければならない。
それがただ死ぬだけでつりあうのか? そんなはずがない。
「そうですね。アオイにはその行動の責を背負ってもらわねばなりませんか。
まずはアオイを脱落させましょう。その後でレンに全てを知ってもらいます。協力してくれますか、キャスター」
「ええ、もちろんよ」
絶対の自信を込めてキャスターはたのもしい笑みを浮かべる。
こんな笑みをかてにしてかつてブリタニアの軍は戦場に赴いたのだろうか。それは勝つはずです……。
「んー、私はちょっと複雑……」
一方のお嬢様はおっしゃっている通りに複雑な表情を隠さない。
しきりに考えるたびに首が動く。上に下に右に左に。よほど悩んでおられるのか。
「贖罪を負わせるか、それとも報復を行うか。つまるところこっちの気分の問題なのよね。いいわ。私もそれに賛同する」
「お嬢様」
「ヨハンもジェイナもちゃんと生きているし、ただ殺すだけじゃいけないよね」
お嬢様はセイバーのために用意されたお茶をすすった。
飲み終えると一息置く。
「マキリ邸が攻略されたんだから、今いるのは柳洞寺?」
「そのはずです。英さんが数十年滞在していましたから、アオイが居候の形になれば不自然ではないかと」
「分かったわ」
お嬢様はごちそうさまと手を合わせて立ち上がった。
セイバーはお嬢様の傍らで起立していたから、そのままお嬢様に従う。
「お嬢様、このまま柳洞寺へ行かれるおつもりでしょうか?」
「ええもちろん。今出向けばアオイは何の策もできないままで私たちを迎え撃つ事になる。前セイバーとサタナの2人がかりでもセイバーが勝つわ。
だって、最強の英雄ですもの」
……そうか、それなら何も言う事はない。
後は行動を示すだけだ。
「分かりました。では私も同行いたします。さすがに1対2はきついと思いますから」
「ディート、感情が昂ると言葉遣い元に戻っちゃうのね」
「あ」
そう言えばそうだった。
うーん、この頃は大丈夫だと思ってたんだけど、やっぱりまだ意識してないと戻っちゃうのかなぁ。
「キャスター?」
湯飲みとお茶請けを乗せた盆を持ち、僕も立ち上がる。
だけどキャスターは座ったまま外を眺め、僕らを見ようとしない。
その瞳は僕らが見据えるものとは全く別な事柄を想定しているようだった。
「ところでクリス、そのお茶おいしかった?」
「お茶?」
唐突な言葉にお嬢様は首を傾ける。
どうでもいいとは言わずに質問の答えを考えてると言う事は、心に余裕が生まれているらしい。
「日本茶なんて分からないわよ。にがいとしか感じなかったし」
「そう……」
キャスターが何を言いたいかは正直分からなかった。
でも、彼女が窓から指差した方向を見て、ようやくソレに気づいた。
「クリスほどの魔術師でも気づかなかったのね。コレに」
「え……!?」
「これは……!」
その光景にはただ驚くしかなかった。セイバーも口を閉ざしてソレを眺める。
窓から見える景色は、騒ぎも何もなく静寂が保たれた街の風景を切り出していた。
破壊の跡も悲劇の末路も存在しない。事件は一切おきていない。
しかしその静寂こそが問題だった。
朝が過ぎてにぎやかなはずの街は眠って静まり返り、風の音まではっきりと聞こえるほどだった。
まるで世界に僕達だけが起きているかのように。
そう、文字通り街は眠りに包まれていた。
窓から見えるだけでも人という人が全員倒れているのだ。
「おー、サヤも寝てる姿見てると大和撫子ってやつなんでしょうねー」
「キャスター、これは一体……」
本邸でうかがえるのは沙耶さんが倒れているだけだった。キャスターが寝ていると評したのだから、全員無事なのだろう。
だからってのん気すぎます。
「水源ね。あたし達一般人より魔力が多い者達には一切効かず、その他大勢にのみ有効なほどの睡眠魔術。生活用水を触媒として行ったんでしょう」
「嘘……、では今朝の食事にも……」
「入っていたはずよ。いくらなんでも朝起きてから水を飲まないヤツはいない。それを利用した、鮮やかな手口ね」
淡々と説明するキャスターだったけれど、それによってもたらされる結果はとんでもないのではないだろうか。
何しろこの付近の生活用水はその魔術とやらで汚染されて、全員深い眠りについている。
一般の人にのみ効果を及ぼし、起きているのは僕達魔術に関わるものだけ。
つまりこれは、
「昼間でも、何が起ころうとも関係なくなってしまう――?」
「仕掛ける気よ。間違いなく」
なんて大胆不敵な。
僕らが昼間に行動できないのは、一般の人に神秘が知れ渡る事を防ぐためだ。
夜であっても結界を張る事で光景と音をごまかして察知できないようにしている。
でも、もし昼間であっても誰にも把握できない環境になったなら……。
「朝っぱらから仕掛けるだなんて随分と急いでるわよね。よっぽど昨日の作戦が全部失敗だったのに腹を立ててるのかしら」
「好都合よ。向こうからお膳立てをしてくれるなら願ったり叶ったりね」
あきれ返るのはキャスター。いい度胸じゃない、とはお嬢様。
僕はこの作戦を選択したアオイに内心複雑だった。
「さぁて、出ましょうか。お客は出迎えないとね」
「あ、ちょっと……!」
にこやかにキャスターは窓を開け放ち、そこから飛んでしまう。
鮮やかなほどの着地を見せて、これまた笑みと手を振って成功を知らしめる。
全く、と思うけれど僕もそうする事にした。
キャスターみたいに鮮やかにではないけれど着地も成功する。
お嬢様はそんな僕たちにため息をもらして、窓をセイバーに閉めさせた。
う、自分でもちょっと恥ずかしい事したかなとは思う。
風が強く吹く。僕の侍女服やキャスターのローブもはためく。
百目木邸の庭に立つのは僕とキャスターだけ。アーチャーもお嬢様達もとりあえずは静観する事にしたらしい。
僕の心は今日からは考えられないほど静かだった。冷静とは少し違う。
静かに目を閉じ、深呼吸をし、静かに目を開ける。
「来たわよ」
キャスターの言葉が低くうなる。
僕らが見据える百目木邸の門。現れたのは普段着のアオイと英さん。
その表情は昼間からでは想像できず、夜間からでは容易に想像できるほど深刻。
これで僕は悟った。
もう、レンの日常は戻らないんだ、と。
/
目の前に現れたアオイと英さんは僕らから離れる事数メートルで立ち止まった。
もちろんこの程度の距離だったら英さんは一足でキャスターを両断できるだろうし、キャスターの魔術も範囲内だ。
それでも英さんは剣をもっていないから、いきなりの戦闘じゃあないらしい。
「おはようございます。遅くなりましたけれど、出迎えだなんて嬉しいです」
アオイはいつものように満面の笑顔を見せてくるけれど、どこかぎこちない。
いや、むしろ作り笑いの表現がより近くなってる。
いつものアオイからじゃあ考えられないぐらいだ。
「まあね、出迎えするのは最低限の礼儀でしょう?」
キャスターは逆に底意地の悪さを隠そうともしないで、人の神経を逆なでするような笑みを浮かべる。
キャスター、それじゃあこっちが悪役です。
「そうだな。だがワタシとしてはいつものように温かく迎えてもらいたかったものだがな」
英さん……いや、前セイバーはあきれ返った表情を浮かべて軽口をたたくけれど、彼女もまたぎこちない。
まるで三流役者の舞台稽古を見ている感じだ。……僕自身は見た事ないけれど。
「では今からでも遅くありませんし、朝食のご用意でも致しましょうか?」
僕は百目木邸にいる時のような崩れた感じじゃなく、アインツベルンの城にいる時のような言葉遣いで丁寧に語る。
もちろんこの場にいる誰もがどんな目的でこの場にいるかなんて分かってる。
お互いどんな人物像なのかははっきりと分かってる以上、こんな探りあいなんて無意味だ。
「いえ、結構です。朝食食べてきちゃいましたし、これ以上太ったら自分の健康面も管理できないずぼらな女だって思われちゃいますしね」
「ねえ、いい加減こんな茶番はやめて、本題に入らないかしら」
キャスターの心底からあきれ返った一言に、僅かに前セイバーの顔が歪む。
「サタナを使って朝っぱらから戦闘を仕掛けるなんて荒業、確かに凄いかもしれないけどさ。手段が随分と強引よね。
今までの腰抜けっぷりからは考えられないぐらいよ」
「そうですね。あなた方がなあなあと毎日を過ごしているので、こっちも表に出てきざるをえませんでした。
アーチャーと組んでらっしゃるのでとっとと終わらせちゃって最終決戦かと思ったのに、とんだ買い被りでした。ごめんなさい」
くすり、と黒い笑みを浮かべるアオイ。
キャスターが憤って魔術を構成しようとするのを僕は手で制する。
「ここに来た、と、言う事は僕たち全員を葬るつもりですか?」
「さあ? 別にそこまでするつもりはありませんよ。
貴女を殺してしまったら憐さんが嘆き悲しむでしょうし、なんでしたらわたしのアサシンで治療してもいいぐらいですしね」
そんなものお断りだ。もう僕はアオイの言う事は信じられない。
アオイのやってきた事はとても許されるものじゃないし、それはこれからも変わらないに違いない。
そんな僕を覗き見て、葵はくすくすと笑った。
「随分と嫌われちゃいましたね。ですが貴女に好かれようが嫌われようが、正直どうだっていいです。
まあ貴女が日常世界を構成するのでしたらともかく、その日常世界を非日常に塗り替えるのはたまりませんけれどね……」
うつむき加減の葵の表情をうかがう事はできない。
でも何となく見てはいけない、そんな気がしてしまうほど冷たい印象を表面だけで与える。
不意に強い音が響き渡った。地面を叩く強い音が。
視線を移すと、キャスターが怒りを隠さずに地面に杖を突き立てていた。
杖の魔力のたまり具合からすると、一刻先には魔力を解き放ちそうなぐらいだ。
「戯言はいいって言ってるでしょう、アサシンと前セイバーのマスター。この際あんた達がどんな事をしでかしたなんてどうでもいいさ。
肝心なのは、今は戦わなきゃいけない時だって事よ」
その杖を彼女は二人のほうへと向ける。
多分この中で一番小柄なはずなのに、この中で一番威厳がある。
アオイはそんなキャスターに対して流し目で笑みを返すだけだった。
「そうですね。もうわたし達に語る言葉なんて必要ありませんよね。語り合ったって全てがどうせ無駄になるんですから」
アオイは軽く手を上げた。それを合図としてアオイの左右で変化が起こる。
まずは前セイバー。彼女の普段着の上から意識しなくても見えるほどの魔力の粒子が集まっていく。
そしてそれらは前セイバーを包み込んでいき、鎧、籠手、具足へと変わっていった。
惜しげもないほどに漆黒に塗りつぶされていて、禍々しい。それでもプレートアーマーなんだから高い身分にいた者なんだろう。
今まで僕が見てきた黒づくめの状態とは違って、姿形も表情も雰囲気もはっきりと分かる。
レンが尊敬するのに十分なほど彼女の佇まいは騎士であり、在り方はセイバーに劣らない。
古代ウェールズ語を話すといい、どんな英雄だったのかが本当に気になってくる。
一方、反対側には本当に局地的に雨が降り注いでいく。
その雨水は地面にしみこむ事はなく、水球となってどんどん大きくなっていく。
そしてそれがはじけたかと思うと、中から現れたのは前キャスターだった。
「そう、やっぱりメノウの言ったとおり、アサシンが前キャスターだったのね」
キャスターは全く感情を見せずに淡々と事実を語った。
お嬢様のセイバーに両断されたって聞いたけれど、その傷はもう治ってしまったらしい。
目の前のサーヴァントは二人。
前キャスターとは遠坂邸で出会った事がある。
レイリーを殺し、メノウに重傷を負わせ、そして……。
自分でも自然に拳を握り締めているのが分かった。どれぐらい強くしたのか気づかなかったけど、手のひらは血まみれだ。
そして、レンの師匠でもある英さん。
彼女の事はお嬢様たちと戦っている時、アーチャーと一緒に見た。
やっぱり間近にみると全く印象が違ってくる。
けど……、
「……読めない。やっぱり分からない」
黒づくめの状態の時は幻惑のような、一種の誤認要素があったのかは分からないけれど、とにかく外見を含めて一切が判明できなかった。
英霊と契約したマスターだけの特権、敵サーヴァントの確認。その透視力まで及んでいるんだから、その神秘は計り知れない。
けど、まさかこうして姿を見せてもなおも判明できないなんて。
「ディート、無駄だ。いかにマスターが窺い知る事ができても、キャスターがいかに魔術に長けていても、ワタシの宝具を突破して知る事はできん」
「ほ……宝具……?」
前セイバーは腕を一振りすると、鎧と同じで禍々しい朱色の紋様が浮かんだ漆黒の剣を出現させる。
「自身の正体を偽る、幻惑の衣。適当な名前もなかったから、ワタシは勝手に
『
「
あまりにあっけらかんと言い放つ前セイバーだったけれど、僕は大変驚いてしまった。
湖の貴婦人は確かに色々な伝説が残っているけれど、アーサー王物語ほどそれが顕著なものはない。
かく言うキャスターことニムエだってそのうちの一人に数えられるほどだ。
確かに伝わっている物語で水の精霊たちが姿を変えて騎士達の前に姿を現すこともあり、それがその後に大きく関わってきたりもする。
英雄達をも騙すのだから、僕らが把握する事なんてできやしないだろうけど……、
「あんた。それ、どこでもらったのかしら?」
「それを言う必要があるとでも?」
キャスターの表情は一変し、前セイバーはそれを意にも介さずにしれっと述べた。
いくら湖の貴婦人の名を持つ宝具でも、神官たるキャスターすら見分けがつかないほど強力な誤認。
そんな事ができる存在なんて限られてるんじゃないだろうか。
……最も問題はこの前英さんが言ったとおり、その時代に女性が騎士になれたかどうか、だ。
基本的に男尊女卑がその時代から続く事になるし、ジャンヌ・ダルクみたいな存在は特別と言っていい。
湖の貴婦人がいる時代に、女性が騎士になった記録なんて当然ない。
歴史から抹消された存在? いや、ライダーを葬った宝具は抹消される事を許さないほど高いものだ。
……だめだ。ますます泥沼にはまっていく。
考えれば考えるだけわけ分からない。
当時を生きたニムエにすら分からないんだったら、正直僕程度の知識じゃあ何の役にもたちそうにない。
「二対一ですが、これもまた戦争です。御了承のほどを」
「へえ、随分とまあ丁寧な物言いね。あたし、あんたと出会った事あったっけ?」
「さあ、どうでしょうか?」
前セイバーは剣を脇構えで、キャスターは杖の先を敵の心臓に向けるようにして構える。
正直、大釜を破壊されたキャスターに勝ち目はない。
見えないけれどこの前セイバーはセイバー以上の対魔力を誇っているはず。いくら神代の神官と言えども突破は難しい。
それに敵には前キャスターとしてのアサシン、サタナがいる。
「いざ尋常に勝負」
「大いなる星の輝き!」
「大いなる水の育み」
前セイバーは飛び出した。さながら流れ星のごとく速さで突撃して、何の迷いもなく一足一刀の間を縮める。
対するキャスターは飛び出す直前には大魔術を解き放っていた。キャスターの周りに数多の星屑が現れ、相手全員に襲い掛かった。
それを見ていたサタナは微笑を浮かべつつ、同じく大魔術を解き放つ。それはキャスターの放った中でアオイとサタナに向かうものを撃墜していく。
前セイバーに直撃するものは次々と霧散して魔力へと戻っていく。
あれだけ高密度の魔術をそんな意図も簡単に……!
前セイバーはキャスターの目の前に現れると、剣を斜め下から振り上げ――、
「
キャスターと前セイバーの間に大きな亀裂が三本走った。
前セイバーにとっては間一髪といってもよかったかもしれない。
キャスターへと剣を振り下ろす前に魔力を突撃する方向とは逆に放出して、急激な方向転換に成功したのだ。
しかも多分、その攻撃が放たれる直前に行動を起こしたに違いない。
「なるほど、一時は洞察力の賜物と思ったが、恐るべしはその直感と言ったところか」
「かわされておきながらなに軽口叩いてるのよ」
「なに、それだけ神秘などと言う小細工が通用しない相手なんだろ。幾たびの戦いでそれは実証済みだろう」
前セイバーはキャスターにも意識を払いながら百目木邸の屋根上に視線を移した。
僕らには見えない位置だけど、前セイバーやアオイの表情を見れば何が起こってるのかがすぐに分かる。
「もちろん、卑怯だとは言わないわよね」
そしてその正体、お嬢様とセイバーが大地に降り立った。
セイバーは大剣を携えて、お嬢様は手のひらを葵のほうに向けて。
「クリスティーナ、セイバー……なぜあなた達がここに……!?」
「あら、あれだけ盛大な事をしておいて結託の選択肢が思い浮かびませんでした、なんて間の抜けた事は言わさないわよ」
憎憎しげにお嬢様を睨みつけるアオイに対してお嬢様は余裕が含まった優雅さをもって髪をかきあげた。
セイバーは剣を大きく振りかぶった。その背中はお嬢様どころか僕らすら守らんとばかりに広いものだった。
「ぐ……、なぜ貴女はそうまでしてわたしの邪魔を……!」
「自業自得、確かこの国ではインガオーホーとか言うんだったかしら? そんなものよ」
ふふん、と自慢げに鼻を鳴らすと、お嬢様は思いっきりアオイ達を指差した。
「さあセイバー、決着の時よ。やっちゃいなさい!」
「承知」
「キャスター、一対一にこだわらずにセイバーの援護に回って」
「奇遇ね。わたしもそう考えてた所よ」
「セイバーさん、アサシン! 協力して敵を撃破してください!」
「……ええ」
「了解」
それぞれがそれぞれの動作を起こす。
魔術と剣の違いこそあるけれど、ここに集ったのは歴戦の英雄達だ。
形式は全く違うけれど、二人のセイバーとキャスターの戦いに幕が開けた。
to the next stage……
今回はあまりに40話として書いていた話が長くなりそうだったので、前回も長かった事もあって配分を変更いたしました。
なのでいささか拍子抜けになると思いますが、ご了承ください。
積もる話は次回にまとめて書きます。
2007年7月23日