/11日目・interlude
アーチャーを串刺しにすべく動いた数多の槍。その全ての柄が斬られた。
その事実もさる事ながら、騎士達にとってはそれを成し遂げた剣、そして剣技に思わず唖然とする。
その剣はかつて自分達が剣を捧げた者が用いたもの。
その剣技は剣にふさわしい繊細さをもって生み出されるもの。
そしてそのたたずまいは正にかつての地でかの者が敵に見せつけたあり方に他ならなかった。
「う……そ……」
キャスターはその剣を、剣技を見つめて何もできなかった。
与えられた情報を元に論理を組み立てようとするが、取り留めのないものばかりになるほど考えがまとまらない。
衝撃的、それ以外に何の言いようがある。
アーチャーの剣技はまるで剣に導かれているかのように騎士達を倒していく。
その剣と剣技に魅了されている騎士たちはなすすべもなくキャスターへの道をあけていく。
そして、キャスターとアーチャーとの間に誰もいなくなった時、
「
アーチャーは黄金の剣を振り切った。
輝く光は瞬く間にアーチャーの世界を覆う。
至高の斬撃はいかなる障害をももろともせずに突き進んでいき、
対象を切り裂いたのだった。
「あ……ああ……!」
キャスターが叫び声をあげる。涙さえ流して魔力を流し込む。
そんな彼女が何をしようとも、目の前の現実を変える事はできない。
キャスターによって維持されていたブリタニア軍が消えていく。
その実体はおぼろげになっていき、霞んでいく。
使命を果たす事無く敗北した栄光の軍勢。だが皆が持つ表情は敗北者のそれでは決してなかった。
「かー、まっさかおまえさんがソレを持ってるなんてな。次があったら一対一で手合わせしろよ」
先程アーチャーに切りかかった騎士、キルフッフが無骨な顔に満面の笑みを浮かべて消える。
「召喚されない兄上に代わり、貴殿に感謝の意を述べたい。ありがとう」
ギャラハッドは自分の剣を立ててアーチャーに敬意を表して消える。
「はあ、あんたが、ねえ。まあ礼は言っておくよ」
カイは頭をかきながら親しげな笑顔を見せて消える。
「……そうか。貴公だったのか。殿の夢の中に現れていたのは……。感謝してもしきれない」
ダーヴェルは涙すら浮かべて深々と頭を下げ、消える。
兵士ですらない志願兵から円卓の騎士にまで名を連ねる者達、全てがアーチャーを讃えていた。
その剣にでも、その剣技にでもなく、アーチャーに。
最後まで残ったグェネヴィアは彼に微笑む。
「グェネヴィア……さん」
「あの人の最後がとても安らかだと聞いた時、恥ずかしながら私はそれを疑ったのです。あの人はもしかしたら死後まで自分を責めているのではないかと。
その黄金の剣を抜いた時からあの人は人間だった過去を捨てて王であらんとしていました。でしたら、あの結末すら変えようと望んでいるのかと……」
彼女の体も存在感をなくしていき、後ろの雪景色が鮮明になっていく。
「後にモルガン様にお聞きしたのですが、あの人は世界と契約を結んだそうですね。結末を変えるために、奇跡を望んだ、と。
ですが、あの人は奇跡を手に入れられなかったのではなく、自ら拒絶したのですね」
アーチャーの手にある黄金の剣が雲間からわずかにもれる日光で輝く。
グェネヴィアもまた涙を流し始める。それはさも星がちりばめられていくように。
「まさかとは思っていましたが……その剣を見れば分かります。あの人は……救われたのですね……」
「……彼女は自分で答えをだしたんです。俺が彼女にできた事はあまりに少なかった。それでも俺は、彼女を決して忘れはしません」
アーチャーは黄金の剣を消す。と同時にアーチャーの世界であった固有結界も音を立てて崩れていく。
雪の銀世界が消え去り、キャスターの草原に戻った。
「全ブリタニアの騎士達を、ドルイドを、民を代表し、衛宮士郎殿。貴方にお礼申し上げます」
グェネヴィアは最後にその心全てをかけておじぎをし、消え去った。
残ったアーチャーは感慨にふけりたかった。
彼が思い出すのは以前参加していた聖杯戦争。そこで過ごした人生においては一瞬の日々、だが決して何にも変える事のできないもの。
冬の聖女、屈強の大英雄、そして至高の騎士。英霊になってもその在り方だけは思い出せる。
だが、いつまでも思い出に浸っているわけにはいかなかった。
「憐!」
草原にうかぶ血の海の上に横たわる己のマスターの下へと向かう。
憐の魔術回路は彼を生かそうと懸命に動いているが、その傷はとても深い。
何より左腕と胴から流れ出た大量の血が全てを物語っている。
「脈は……まだある。顔色は……まずい、失血が酷い。急がないと……!」
自分に回復用宝具がない事を悔やみつつ、応急措置として患部を宝具で凍らせる事でこれ以上の出血を押さえ、背負う。
目指すは憐の妹、瑪瑙のいる百目木邸。一秒を争う状態、ためらっている暇はない。
「……待ちなさいよ」
その時、響いたのはとてつもなく低い声。
立ち去ろうとしていたアーチャーもその声に立ち止まる。
そして何の感情もこもっていない表情でその声の主の方へと振り向いた。
神代の魔術師、キャスターに向かって。
「……なんだ。話なら後にしろ」
キャスターにとっては侮蔑や憎悪すら含んでいないのが恐ろしかった。
少しでもへたな事をするならためらわずに殺される、それだけは理解できた。
「あんただったらあたしを切り裂く事だってできたはずだ。なのになんでわざわざ宝具である大釜を狙ったのさ」
カリバーン、アーチャーが振った方向はキャスターをわずかにそれ、大釜に直撃した。
結果的に大釜は両断され、それを元に召喚されたブリタニア軍は消失した。
だがいかに宝具と言えども宝具を破壊できる可能性は少なかったはずだ。
まさに賭博のようなもの、その手段を選んだアーチャーを理解できないでいた。
「どうしてっ……!」
語尾を荒げるキャスター。情けをかけられたと思った彼女は屈辱をあらわにしていた。
アーチャーはあくまで無表情のまま、こうつぶやいた。
「なすがままになる、それだけの話だ」
その言葉で呆気に取られるキャスター。
その言葉を吟味して、ようやくアーチャーの言いたい事に気づいた。
なすがままになる。全行動はとった者に責任があり、それによる結果は全部自分に返ってくると言う事だ。
サタナの策に乗った事も。ディートを騙し、独断でアーチャーへ戦闘を挑んだ事も。憐に重傷を負わせた事も。
そして、生前に行った数々の行為もまた。
マーリンを騙し、アーサーを捨て、騎士達を裏切り、進んでいった道の果てに辿り着いた場所。
何もなかった。かつての栄光と繁栄、古き神々、そしてささやかな平穏すら。
あるのは混沌と新しき神だけ。ニムエが目指したもののかけらもない世界。それが結果だった。
自分は確かに最善の事をしたつもりだった。だがそれは結果的に最善へと結びつかなかった。
その行動が間違っていたとは今でも思っていない。だが、その結果起こった事への責任は背負わなければいけない。
それは今までニムエが考えてもみなかった行為。だからこそ、それは衝撃的だった。
「……そう」
生前送った人生の償いをする事はもう出来ないけれど、今送った事への責任を持つ事はできる。
キャスターは真っ二つになった大釜を始めとした宝具を全て魔力へと還して、髪をかきあげた。
「分かったわ。じゃあ手始めにレンの治療やってあげるから、彼貸しなさい」
「……」
アーチャーは無言で憐を渡す。ただその目はあくまでキャスターの一挙動すら見逃さんとしている。
その事実にキャスターはため息をもらした。
「アーチャー、あたしは敗北した。大釜の完全修復が不可能になった以上、それを使ってのディート救出は不可能になった。
もう貴方と敵対する理由はどこにもない。貴方があたしを殺そうとするなら受けてたつけれども」
「む、そう言えばそうだな」
「実に都合のいい話だけど、結局ディートはアーチャーと憐に頼る事になりそうなのよね。その前にあたしが死んでるかもしれないけれどね」
キャスターは苦笑する。
ディートに対する仕打ちは令呪で自害を命じられてもおかしくないほどの反逆だった。
それが惜しくもあったが、あの剣を見て気が変わった。
かの騎士王と共に歩んだものが、他の英雄にひけを取ることなどまずない。
自分がいなくてもマスターを救ってくれるだろう、と。
だから、キャスターは令呪で自害を命じられても不満は一切なかった。
自分が起こした行動に後悔はない。それによって最後があっけなかろうとも、潔くそれを受け入れるだけだった。
あまりに清々しい思いをしている自分に苦笑しながら治療の準備を開始する。
「アーチャーは休んでなさい。固有結界の長時間維持、宝具の継続射出、そんで黄金剣の開放。マスターの憐からの供給が望めない以上、
いくら単独行動持ちのあんたでも魔力が限界近くまで枯渇しているはずよ。これ」
アーチャーの手元にキャスターが放り投げた包丁が刺さる。
黄金の剣と比べるとその輝きは鈍い。装飾が一切なく、ただ実用性にのみ優れた一品だった。
「それ持ってなさい。霊脈の恩恵を得られるから、通常より早く回復できるはずよ」
「……分かった」
「あとあたしのマスターをお願い。術はもう解けてるはずだけど、あたしがブリタニア軍を使った反動もあるかもしれないから」
アーチャーが視線をゆっくりと移すと、ディートリッヒが草原に横たわっているのが見える。
キャスターはアーチャーの方へと視線を移さない。見えるのはその小さな背中だけだった。
しかし、その背中だけでキャスターが言いたい事をアーチャーは察する。
「ディートを、頼むよ」
そうキャスターは言わずに立ち去った。残ったのはアーチャーとディートのみ。
アーチャーが包丁を地面に突き刺すと、なるほど、魔力が流れ込んでくる。
キャスターの指摘どおりアーチャーの魔力は危ういライン一歩手前まで来ていた。あのまま百目木邸に走っていたらその時点で力尽きていたかもしれない。
「全く、無茶をする……」
アーチャーは呟きをもらしながら横たわる。
見えるのは満面の星空。鷹の目によって星座を構成する主な星以外にも見えてくる。
彼はそれを飽きる事無く見続ける事にした。
interlude out
Fate/the midnight saga(仮)
第39話
/11日目
その者はたった1人だった。
その者は1人で何もかも進めようとした。
その者は、たった1人で嘆いた。
その人は決して湖の貴婦人ではない。その在り方は巫女、ドルイドであった者から知識を学んでいく少女に過ぎない。
もはや神秘は失われつつあった。古き神々は長き支配者によって駆逐され、廃れていった。
代わりに入ってきた新しき神はドルイドたちにとって決して許容できる代物ではない。
だから、ドルイドたちはかつての栄光を求めた。
長き支配者は去り、新たなる侵略者が現れた。彼のもの達から守ってくれるものは誰一人もいない。いるのは自分達だけ。
そう、自分達で立ち上がらなければいけなかった。
かつての王は優秀であった。他国の王すら彼に従い、侵略者達と戦った。
その後を継いだ弟もまたそれなりに優秀だった。ただ、内戦の処理に追われる形になってしまったが。
そして、その後を継いだ王。まるで王として生まれてきたと思ってしまうほどその人物は王だった。
あまりの王らしさに、味方は讃え、敵は畏怖した。
だが、その治世であっても古き神々が戻る事はなかった。
何の事はない。新しき王はどの宗教も奨励する事はなかった。部下である騎士達も古き神々と新しき神、信仰する宗教がバラバラだったからだ。
ドルイドは悟る。このままでは繁栄は一時的で、確実に破滅は訪れるだろうと。
その人は悟る。このままでは古き神々は淘汰され、神秘は失われるだろうと。
だから儀式を行った。お互い別々の思いを胸に、全てを変えるために。
結果的にそれは失敗した。妨害したのは騎士たちだったが、最大の原因は2人の思いが完全に食い違っていた事だった。
それをもう1人のドルイドは、無様と称した。
最大の戦いは終わりを告げ、つかの間の平穏が訪れた。
王が何を思ったのかは分からない。ドルイドによって見せられた終焉を回避したかったからかもしれない。
とにかく、王は奇跡を求めた。聖杯という奇跡を。
その人はドルイドから知識を十分に得て、ドルイドとなった。
そして古きドルイドを幽閉し、殺したも同然の状態とし、自らの理想へ向けて動く。
親しき騎士に呪いをかけ、美しき貴婦人をそそのかし、自らの神秘性を高めた。
もう1人のドルイドの動きや聖杯探求により疲弊した事もあって、騎士たちは分裂した。
勝利を約束された王は確かに勝利を収めた。
だが、その後には何も残されていなかった。
儀式を執り行うために俊足の騎士の前に姿を現す、ドルイドとなったその人。
騎士の目の前で召喚するのはかつての栄光の軍勢。
全ては、聖剣を手に入れて儀式を行い、古きよき時代を取り戻すために。
だが、時代はそれを望んでいなかった。
ふるわれる剣によって破壊される儀式の道具。
そして、その人の目の前で聖剣は神々へと還された。
全てに終わりが訪れる。
その時、彼女はたった1人だった。
「……」
意識が覚醒していく。
ぼやける頭を何とか起こして、僕は起き上がった。
夢、だったんだろうか。
僕が体験した事のない出来事、とっても悲しく寂しいもの。
あれは一体なんだったんだろうか……。
外を眺める。
どうやらまだ早朝らしい。朝日が思わず目を細めるほどとてもまぶしく、今日は気分までつられるほどの晴れだと教えてくれた。
そして内を眺める。
僕が寝泊りしている百目木邸の一室。私物が一切なく、簡素といってもいいほどの内装。
「……昨日、何があったっけ……」
あまりに濃い霧がかかっていて思い出せない。
そう、昨日は確かキャスターが帰ってこなくて、彼女を迎えにいって、それから……。
「それから……!」
そうだ、思い出した。
あの後僕は、キャスターに……!
腕を確認する。まだ残っている令呪がキャスターとのつながりを証明している。
僕は何も考えずに、キャスターが使っていた部屋を目指す。
「キャスター、この扉を開けなさい。話があります」
「神殿は向こうに移してあるから、この部屋はもう普通のものよ」
思った以上に冷たい自分の言葉に多少驚いたけど、キャスターの声を聞いて扉を開け放った。
中にいたのは床に座るキャスターと、
「レン……!」
ベッドに横たわるレンの痛々しい姿だった。
「絶対安静。傷は完璧に治したけど、体力と魔力がともなってない。寝かせてあげなよ」
白々しいまでの言葉をつぶやき、キャスターは部屋を出て行く。
レンへの心配よりキャスターへの想いが勝っていた僕は、彼女を追って部屋から出る。
「キャスター、貴女という人は……!」
扉を閉めた後に出てきた言葉はそれだった。
自分でも意外だった。これほどまでに感情を表に出せるなんて思ってもいなかった。
怒りはある。だけど、憎しみをここまで抱いた事はなかった。
僕は、キャスターに憎悪を抱いている。
「……」
そのキャスターは一切の感情を表に出していない。謝罪の念も、後悔も、開き直りもない。
だけど、その目はどこまでも深くまっすぐ、僕の方を見つめていた。
「最初にも言ったけれど、ディートの信頼を裏切る形になったわね。ごめんなさい」
「キャスター、その言葉で僕は――」
「でも、あたしはこの手段を選んだ事に一切の後悔はない。もう一度やり直す機会を得ても、同じ事をするだろう。それだけは覚えておいてほしい」
絶句する。
こんな結末になっていてもなおもキャスターはあのような事をしようとしている。
覚えている。あの時の事は。
栄光の軍勢をたった2人に差し向けた事も。アーチャーが作り上げた銀世界も。その決死の戦いも。
そして、レンが殺されかけた事も。
「ディートからは憎まれたっていい。いえ、この時代にいる誰もから「ニムエは魔女だ」と言われたってかまいやしない。
それで結果的にディートが助かるのなら、あたしはそれでいいのさ」
「……キャスターは僕の思いはどうでもいいと?」
「どんな思いを抱こうが、あたしへの憎悪で晴れるならそれでいい。あなたの心の傷はレンやクリスが癒してくれるでしょう。
少なくとも、あたしに良い感情を向ける必要はないんだよ」
はっきりと言い切った。自分はどう思われてもいいと。
じゃあキャスターは、彼女だけが悪になって全てを引き受けて、僕を助けようとしていたのか。
僕がアーチャーを見殺しにして、クリスお嬢様の悲願を阻んだという深い傷を、全てキャスターへと向くようにして。
「さすがにレンが深手を負うのは計算外だった。アーチャーを倒した後にどっちにしろ治療するつもりだったけど……その点は本当にごめんなさい。
でも、あれはあたしとレンとの戦争だった。分かってくれとは言わないけれど、もしかしたらレンを殺していたかもしれない」
キャスターは深々と頭を下げて、魔術師としての顔つきで僕の方を見すえる。
「どのような処分をするのかは分からない。でも、どんな罰でも甘んじて受け入れます。それが失敗したあたしのけじめでしょうから」
あくまでキャスターは起こした動作そのものではなく、その結果で謝罪をしているだけだ。
その事にキャスターは疑問を一切浮かべてもいないだろう。
思い出すのは今朝の夢。
自分が良かれと思って行った行動は、結果的に結びつく事はなかった。
ニムエの考えからしたらそれが最良であっても、結末はそうならなかった。
そして、結局残ったのはニムエ1人。
今回もキャスターは僕のためを思って行動したんだろう。
そのまま聖杯戦争を続けるよりサタナの案に乗った方が奇跡により近くなる。その方が僕を救えると。
キャスターの考えからしたらそれが最良であっても、結末はそうならなかった。
そして、結局残ったのはキャスター1人。
ふと思う。
もし成功したとしても、結局ニムエは1人のままだったのではないか、と。
マーリンを騙して幽閉し、ダーヴェルを欺いて呪いをかけ、聖杯を求めるアーサーを見捨てた。
その過程を経たニムエが儀式に成功したとして、ニムエはその成功を誰と分かち合うんだろうか。
キャスターの在り方は、キャスターを孤独へと導いている。
僕にはそんな気がしてならない。
「キャスター……」
「決まった? どうするか」
ええ、決まりました。貴女に言う言葉を。
「貴女は孤独ではありません」
「え……?」
「マーリンだってダーヴェルさんだって、きっと貴女の事を想っていたはずです。そしてブリタニアの騎士達もきっと貴女の事を気にしていたでしょう。
ですから、貴女も彼らの事を想ってほしい」
「ディー……ト?」
僕はキャスターの小さな手をきゅっと握る。
魔術作業をしてきたせいなのか綺麗とはいえないけれど、お嬢様とはまた違った素敵な手だった。
「独断で動こうとしないでください。貴女が数多の騎士達を導いたように、貴女を想う人たちが貴女を導いてくれるはずです。
行動する時は打ち明けてほしいんです。貴女の思いはきっとダーヴェルさん達やレンが受け入れてくれるはずです。
どうか、貴女を想ってくれている人たちを裏切らないで」
「……」
申し訳なさそうに視線をそらすキャスター。
僕にそんな事を言う資格はないかもしれない。でも、言っておきたかった。
でなければキャスターはまたこのような結末を味わう事になるかもしれないから。
最善だと思って行った行為で最悪の結果を招くなんて、一度で十分だから。
「打ち明ける、か。確かにそれを行っていればあたしたちの祖国も滅ばずにすんだかもね……」
キャスターはぽつりともらして、また僕の方へと顔を向ける。
そこにはドルイドニムエはどこにもいなかった。僕の目の前にいるのは1人の少女ニムエだった。
「出来るかな……あたしを想ってくれる人に報いる事が。独壇場でしか動かなかったあたしが、人の意見を聞けるように」
「それは分かりません。ですが、一緒にがんばりましょう」
僕の心には憎しみがまだ残っている。キャスターが結果的にレンを殺そうとした事は事実で覆しようがない。
でも、彼女が変わってくれるなら、もう憎む事は無意味だ。
もしかしたら、と思う。
マーリン、ニムエ、モルガン、アーサー、ランスロット、ガウェイン、グェネヴィア。他数多のブリタニアの者達。
誰もが祖国のために動いて、祖国のためにちっていった。
でも、もし彼ら全員の想いが一致していたなら、終焉は訪れなかったんじゃなないか、と。
単独で動いてしまったから結果的にそれが悪い方向へと進んで、最終的にあの終幕へと辿り着いたのでは、と。
おこがましいけれど、彼らも分かり合えていたならきっと結末は変わっていたはずだ。
そう思うと残念でならない。
ほんの些細なすれ違いで国が滅んでしまったんだとしたら、悲しすぎる。
もうニムエにそんな事を繰り返してほしくない。
これが今僕が抱いている思いだった。
「……参ったね。自分を変えろなんて、令呪よりも酷い命令よ」
「ふふ、お望みならご飯抜きって罰も与えますけど」
「いや、それは勘弁してくださいすみませんでした」
キャスターが土下座をするので思わず笑ってしまう。
これでいい。
正義の言葉があるならば、今回はそのどっちもが己の正義を心に抱いて戦った。
どちらが悪だとはいえない、正義と正義の戦い。だからキャスターをとがめる事はできない。
でも、間違いは指摘できる。たった1人だと分からないあやまちも、共に歩む人がいたならきっと正しい方向へと向かえるはずだ。
「じゃああたしは引き続きレンを見てるから、ディートはアーチャーを手伝ってあげてよ」
「いえ、僕が残りますからキャスターはメノウを見てあげてください。まだ彼女も傷を負ってからそんなに経っていませんから」
「……ん、分かった。朝食時になったら知らせるよ」
キャスターは手を振ってその場を後にした。
僕はそのまま部屋に入り、レンの前でしゃがむ。
「レン……」
この街に来て右も左も分からない僕に付き合ってくれたレン。
僕がロアだと分かって別れを告げても味方だと言ってくれたレン。
僕がお嬢様の手にかかろうとしていたのに立ちはだかったレン。
僕のために聖杯戦争を勝ち残って神秘を手に入れると誓ってくれたレン。
そして、栄光の軍勢を目の前にしても僕を思ってくれたレン。
「ごめんなさい……」
レンは僕のために動いてくれるほど傷ついていく。
令呪も使った、宝石も使った。僕のために時間を割いてくれたし、行動をとってくれた。
なのに、私は貴方の思いに報えない……。
「ごめんなさいごめんなさい……」
こんなにも傷ついて、命を危険にさらして、私は貴方に何も出来ない。
涙がこぼれていく。僕にはそれを止められそうにない。
「う……ぁぁぁあぁあぁ……うう……ああぁぁぁぁぁあぁぁ…………」
泣いた。大声ではなく、ひっそりと泣いた。
私のあまりもの情けなさに、無力さに、申し訳なさに。
どんなにあやまってもあやまりきれない。私のせいでレンはこうなってしまったんだから。
私は、どうすればいいんだろうか。
「今日は士郎さんが作ってくださったの?」
「そうだな。憐は今朝まで起きてたせいで疲れて寝てるし、葵はまだ来てないみたいだったから」
散々泣いてようやく落ち着いて、居間に顔を見せる。
多分鏡を見れば想像を絶する自分の表情が見れるはずだ。保障する。
現に沙耶さんも僕を見てびっくりしているし。
「ディートちゃん、ちょっとどうしたのよ」
「あ、すみません。ちょっと思うところがありまして……」
僕は現時点での精一杯の笑みを浮かべて席に座った。
怪訝そうな顔こそ浮かべるけれど、沙耶さんはうなづいた後は笑みを見せた。
「何かあったら相談してちょうだいね。1人で悩みを抱えたままどっか行くなんて事ないようにね」
「わ、分かりました」
まいった。それは僕がさっきキャスターに言った言葉そのままじゃないか。
どうやらそれは僕自身にも促がさなきゃいけないみたいだ。
よろしいー、と発言した沙耶さんはそわそわしている。
しきりに辺りを見回しているのは、多分あの2人の事を気にしているのだろう。
「葵ちゃんと英さん、遅いですね……」
「さすがにこれ以上待つのは客人である遠坂さんに失礼だろう。先にいただいてしまおうか」
そう、アオイと英さんが一向にこの屋敷に来ないのだ。
メノウは今日も引き続いて百目木邸に滞在している。病み上がりのはずなのに、アーチャーを連れて事後処理をかかんにしたのだ。
そのアーチャーも魔力がごっそりと抜け落ちたように弱弱しい。最低でもあと1、2日は戦う事が出来ないだろう。
そして、今も安らかな眠りについている憐。
昨日の傷跡はささやかな日常にまで影響を及ぼしていた。
もしかしたらアオイと英さんも聖杯戦争の影響で……。
「ん、誰か来たようだな」
「あ、よかったよかったー。葵ちゃんは家族だからね、やっぱここにはいないと」
そんな時に聞こえてきたのは玄関を開ける音。そして廊下を歩く2人分の足音だった。
その音はだんだんと大きくなっていき、居間の前で止まる。
そして、ふすまを開け放った。
「突撃! 隣の朝ごはんー」
満面の笑顔をふりまきながら、彼女は宣言するかのように持っていた何かを高々と上げる。
それを目の当たりにした僕達はただ唖然とするしかなかった。
そこには大きなしゃもじを持ちながらお嬢様とセイバーがいた。
/
あまりに突然の事だったので僕は思わず時間を忘れるし、一成さんや沙耶さんですら同じだったようだ。
ただ1人、アーチャーだけが床に突っ伏している。
「な、なあクリス。それ一体どこで覚えたんだ?」
「んー、分からない。ふと思い浮かんだから」
あまりにあっさりと言い放ち、お嬢様はしゃもじをセイバーに預ける。
アーチャーは突然の来客にも驚かないで朝食の用意を進めた。ただし苦笑いを浮かべているし、動きもぎこちない。
もしかしてアーチャー、今のお嬢様の行為に心当たりがあるのだろうか。
「ク、クリスも朝食たべていくか?」
「ええ、いただくわ」
アーチャーは手際よくご飯をお茶碗にそえ、みそ汁をお碗にそそぎ、魚と大根おろしを皿に乗せた。
それを嬉しそうに眺めながら、感嘆の声をもらす。
「わああ……これがワショクっていうの?」
「詳しく分類するとちょっと違うけど、概ねそうかな」
あ、そうか。この前来た時はアオイが作った洋食だったんだっけ。
「あれ? 今日の料理はアー……」
お嬢様の言葉が止まる。
ああ、さすがに一般の人がいる中でアーチャーと発言するのはいかがなものかと思ったのだろう。
でもお嬢様はアーチャーの真名を知らないはずだ。
「衛宮士郎、それが俺の名前」
それに気づいたアーチャーは惜しげもなく自分の名を述べた。
「エミヤシロ? 変わった名前ね」
「衛宮・士郎。士郎がクリスで、衛宮がアインツベルンの部分。フォンを表すのはないな」
それをあっさりと受け入れるお嬢様。もしかして衛宮士郎を偽名と思ってます?
確かに真名をいきなり名乗るサーヴァントはいないだろうけど、未来の英雄に限っては名乗る不利益が全くないから。
お嬢様はしばらくアーチャーの名をつぶやいて、笑顔を作る。
「シロウね、分かったわ。ところでこれ、貴方がこれ作ったの?」
「まあな。でもちょっと練習すればクリスだってこれぐらいは出来ると思うぞ」
そう、とつぶやいてお嬢様は座布団の上に座る。
爛々と輝かせて食事を眺めていたお嬢様の瞳だったけれど、次に周りを見渡した。
そして首をかしげる。
「ねえ、レンはどこにいるの?」
「憐ならまだ寝てるわ。昨日ディートちゃんを探して結構遅くまで起きてたから、寝かせておいてあげましょう」
沙耶さんの返答は憐を気づかっての発言で、親切心でいっぱいだった。
が、お嬢様はその裏の意味を汲み取ったため、僕に冷ややかな視線を送った。
その目線が語っていた。
あとで説明してもらうわよ、と。
「じゃあアオイは?」
「それがね、まだ来てないのよ。憐が起きてたら後で柳洞寺に行ってもらおうかと思ったんだけど、そうもいかないのよねぇ」
お嬢様は多分沙耶さんの言葉を半分も聞いていない。
でも、それを聞いたお嬢様の表情は今まで見せた事のないほど複雑だった。
「んー、先日のお礼をしたいと思ったから来たんだけど、いないんじゃしょうがないわね」
「ごめんね。でも士郎さんの食事もおいしいから、ぜひ食べていってよ」
「うん、いただきまーす」
明るく笑って手と手を合わせておじぎ。そして箸に手をつけるお嬢様。
よかった。端を使ってのマナーも教えられていたけれど、うまくできている。
「そこのあなたも朝食、どうですか?」
「わ、私か?」
ただしゃもじを持つためだけにこの場に現界していたセイバーに向かっての沙耶さんの一言。
セイバーは驚いて自分を指差す。
「執事って言うんでしたっけ。もしそうだったとしてもこの屋敷では平等ですから、どうぞ食べていってください」
セイバーは困惑してクリス、そして同じくサーヴァントであるアーチャーとキャスターへと視線を移す。
キャスターは苦笑いを浮かべ、アーチャーは無言で食事の準備、クリスは指を顔に当てて考える。
「いただいちゃいなさい。食事の誘いをムゲにするわけにもいかないでしょう」
「……マスターがそう言うのなら」
しゃもじを壁に立てかけてセイバーは座布団の上に座る。
あまりに人がいない、いつもとは違う朝食。
「じゃあいっただっきまーす」
沙耶さんの言葉で食事は始まった。
でも、もういつもの食事風景はもどらないんじゃないか、ふとそんな考えが頭をよぎった。
食事はつつがなく終わり、僕は屋敷での雑用を済ませようと意気込んでいた。
そんな時、
「ディート、ちょっと話があるの。いいかしら」
お嬢様がこうおっしゃったので作業を始める前に僕らは僕の部屋へと足を運んでいた。
部屋の中にいるのはお嬢様、セイバー、僕、そしてキャスターだけ。アーチャーは作業中でこの場にはいなかった。
お茶も用意し、話し始める事にする。
「随分と大規模な戦闘を行ったのね。アーチャーの魔力がごっそり抜け落ちてるわよ」
「はい、何しろ宝具を多様していましたから、ここ数日は万全ではないのではないかと」
「ふぅん」
お茶をすするキャスター。わざと音をたてているみたいです。
「で、やったのはキャスターかしら?」
ずずず。キャスターがお茶をすする音だけが聞こえる。
キャスターも僕も顔色を変えていないのだろうか、お嬢様は僕らを見てきょとんとする。
「そうです。昨晩にキャスターとアーチャーが激突し、結果があのようになりました」
「……なーんだ。結局どっちも脱落しなかったのね。ふがいないったらありゃしない」
その結果、憐が重傷を負ってキャスターの宝具が破壊された事はさすがに言えない。
いくらお嬢様が相手でも、それは秘密にしておかなければ。
「断定できるって事は……」
キャスターは一旦湯飲みをお盆に乗せる。どうやら飲みきったらしい。
「その他のサーヴァント全員と遭遇したって事よね。違う?」
「――っ、その通りよ。よく分かってるじゃない」
「それはどうも」
全員と遭遇した、ってランサーとサタナと前セイバーと?
どんな状況になったらそうなるんだろうか。
「で、そっちは誰か倒せたのかしら?」
「……前キャスターを真っ二つにしたけれど、どうせ宝具で復活されるでしょうね」
……おかしい。何がかは分からないけれど、何かがおかしい。
どこかお嬢様の様子に疑問を抱く。
この違和感、一体どこから来るのだろうか?
「とにかくディートが無事でよかった。それが確認できただけでもよかったわ」
お嬢様は淡白に微笑む。
そしてお茶を一気に飲み干して、立ち上がった。
「それじゃあディート、また会いましょうね。いくわよセイバー」
胸を覆っていく黒い影。それはまるで何もかも覆ってしまいそうなほど濃い。
そのせいで重要な何かを見落としている、そんな気分まで味わう。
なんだろう、この気持ちは。
思えばお嬢様はこの屋敷に来た時から変だった。
何が変かは分からない。僕に感じるのは、いつもと違うという拭いきれない事実だけだ。
僕の気のせいなのか、それともお嬢様が巧妙に隠しているのか、どちらかなんて分からない。
でもこれだけは言える。
それを追求する時は今しかないと。
今を逃せば、僕は決定的に取り残されると。
「お嬢様、昨日何があったのですか?」
気がつけば僕はそんな風に発言していた。
扉に手をかけていたお嬢様の動きが一瞬止まる。それでもこっちに振り返りはしない。
セイバーの表情もうかがい知る事はできそうにない。
「……別に。聖杯戦争があって、敵を撃退しただけよ」
「事実をかいつまめばそうでしょう。しかし、それ以外の事実を包み隠しておられる。話してくださいませんか?」
本来なら同じアインツベルンに属する者ではあるけれど、僕らは敵同士だ。詳細を語るなんて事はまずないだろう。
でも、僕にはこの気持ちの原因がそこにある気がしてならない。
違和感はほんの少し。
でも、昨日と今日とで決定的に違ってしまった事があるはずだ。
「……覚えておきなさい。貴女がレンの味方をする限り、私たちは敵なのよ。昼の話ならともかく、夜の話を共有する気はないわ」
「お嬢様……!」
「ああ、それと言っておくわ」
ここでお嬢様はこちらへと振り返る。
「もうレンが望む日常とやらは一生戻らないから」
背筋が凍る。こんなお嬢様を見た事がない。
ぞっとするほど冷たい視線と笑み。触れればこちらが痛くなってしまいそうなほど、それは突き刺さる。
僕は何も言えなかった。言う事が出来なかった。
単純な事だけれども、射竦められたとはこの事だろうか。
一体何があったらお嬢様をこのようにさせるのだろうか。
分からない、僕には分からない。
ただおぼろげだけど察する事ができるのは、お嬢様の言葉が確実に実行に移されるだろう事だった。
「それじゃあね」
「お嬢様……!」
呪縛にも等しいその視線を振り切るかのように、僕は立ち上がっていた。
それでも言葉が続かない。あらゆる事を言いたいけれど、どうしても言葉が思い浮かばない。
お嬢様の動きは止まらない。僕が手を伸ばそうとしたその時、
「じゃあ、あたし達の方から話す事にしようか」
あまりにもこの雰囲気に似つかわしくない明るい声が響いた。
お嬢様はもちろんだし僕も彼女、キャスターの方へと顔を向けた。
「事態は概ねで把握してる。でもあたしの口からよりあなたの口から言ってもらった方がディートは重く受け止めるでしょうから、
まずはあたしの方から何もかも包み隠さずに言ってあげるわ」
彼女の提案にお嬢様とセイバーは互いに顔を見合わせ、同じタイミングでうなづいた。
そして元の座布団の上へと座る。
「話してみなさい。まずはそれからよ」
「はいはい」
キャスターは肩をすくめて両手をあげる動作をした。いかにも『やれやれ』を強調するかのように。
うう、キャスター。頼みますから挑発はやめてくださいね……。
to the next stage……
長い。ただ2話に分割するほど長くもないのでこのままに。
今回意識して書き方を変えてみました。それでもまだ今までの自分を出している辺り、未練がましいです。
難しい。プロの方を本当に尊敬します。
今回の特筆はなし。強いて言うならディートとキャスターの仲直りがわりとあっさりしすぎたかなと思う点です。
この頃心像描写を深く考えるようになったので執筆速度が遅いんですよね……。
次は葵側の話です。話そのものは進まないかと。
……少しカットする事覚えた方が良さそうですね。
では次の舞台で。
2007年6月5日
第40話として書いていた話もとてつもなく長くなりそうだったので、とりあえず(39+40)/3を致しました。
なのでいささかきりが悪いですけれど、ご了承ください。
2007年7月23日 この話を分割