/10日目
力で斬る事に重点を置いた西洋の剣。対する日本刀は技で斬る。
だから西洋剣と日本刀での剣と剣との交えなんてもっての他だ。だから相手の手を見極めてさばく必要がある。
……と、理屈では良く分かっているんだけど……。
「うおおっ!」
雄叫びと共に襲ってくる歴戦の戦士達を前にした時、最低でも俺の『技』程度ではどうにもならない事を実感した。
一対一の戦いならまだ分からない。広く開けている場で相手にのみ神経を研ぎ澄まし、己の全てをぶつければいいんだから。
でもこの場は戦闘ではなく、戦場。あらゆるものに気を配らなきゃいけない。
周りに味方はアーチャーだけ。敵は千を軽く突破する栄光の軍勢。
騎士ともなれば俺では及びもつかない実力を持つものもいるだろう。
当然の事ながら俺にはこんな経験一度だってない。そもそも生きている世界が違う。
執行者の手伝いをしていた時だってせいぜい軍といえば雑魚ばかりだった。
こんな時に思い出すのは英ねえの言葉だ。
曰く、乱戦であっても『己』を保つ事。場の雰囲気に惑わされず、自分の技術を最大限に駆使しろ。
帰国した時には国そのものが変わっていて武士の時代が終わっていて、正直乱捕り稽古でしか役に立たない事だと思ってたけど……。
「まさかこんな形で役に立つとはな!」
確かに一人一人の実力はもしかしたら俺の方が上かもしれない(騎士ほどの実力者が俺の方に来てないせいかも)。
それを大人数でかかる事で歯が立たなくなっている。
でも、それは剣士としての話だ。
俺はあいにく剣士でもあるけど実際は魔術師。
自分にできる事と出来ない事の区別はつくし、死ぬ事で名誉を得ようとは全く思わない。
だから目の前にいる剣士や戦士には悪いけど、卑怯な手段を取らさせてもらう。
「霰を阻む弾幕!」
俺は刀を振るいながら詠唱した魔術を用いる。
途端にこっちの身体をも揺らすほどの爆発が起こり、目の前に展開する剣士たちを吹き飛ばす。
次! 呼吸をする暇があったら少しでも早く詠唱を行ってアーチャーの負担を軽くしないと……!
そのアーチャーは俺とは違って騎士数人によって攻撃を受けていた。
一歩でも足並みが乱れれば俺たちが分散させられるって言うのに、アーチャーはそれでも俺に合わせてくれている。
だけどアーチャーの負担がより多くなっている。
「うおおっ!」
ダーヴェルの剣は高速で斬りつけるもの、とキャスターは言っていた。
それは的を射ているし、逆に大きく外していると思う。
彼の剣速は正直英ねえはおろか、力によって一刀両断するために大振りなセイバーにも及ばない。
実際にセイバーと戦った時に押されていたし。
彼の連続攻撃は驚異的な脚力から来ているとしか思えない。
馬より速いその脚をもって剣に全体重と加速度をぶつけ、剣の威力と速度を底上げしている。
ゆえに、あたかも高速で斬りつけているように錯覚させられるわけだ。
あとはその脚力に耐えられる剣と腕を持てばいい。
「ふっ」
一方、川のように流れる剣を使うものもいた。
奇襲ならともかく剣に力を込めるには直線で斬るのがやはり一番だろう。それでやっぱり体重と加速をつけられる。
だけどその騎士は直線での斬撃を全く行わない。ただあるのは流れるような曲線の剣。
予測のしにくい変化の動きを苦もなくやってのける。その事実に戦慄する。
「そらそらぁっ!」
さっきアーチャーに斬りかかった剣士はそのままアーチャーに剣を振るう。
特に目立った技術もなく、技もそこにはない。
だが、彼はそんな小手先の技術や技が無くても一流の戦士だった。
何より力強いその剣は受け太刀をしたアーチャーの方が怯むほど。
さすがにセイバーほどではないけど、もしかしたらよくある巨人を倒した騎士なのかもしれない。
「いきます」
そんな騎士たちの猛攻に加えてグェネヴィア自身の援護射撃まである。
乱戦の中だと言うのに的確にアーチャーを捉え、隙あらば一撃で殺せる急所を、なければ不利になるように射るのだ。
しかも何気に動作が早い。弓をつがえて射るまで一秒も無い。
動作に美しさこそあれ、それを際立たせるような無駄が一切無い、実戦向きのものだ。
そのおかげでアーチャーは宝具の射出をする暇こそあれ、それを生かせていない。
射出しても倒れるのは一般兵ばかりで騎士たちはたくみにはじいたりかわしたりしている。
いかに神秘の一斉射撃といえども、相手は幾人もの屈強な騎士。1人ならともかく総出なら対処されてしまうのか。
だからか、俺たちは確かに一歩ずつ進んではいるものの、さっきよりはるかにペースが遅い。
このままだと本当に俺かアーチャーのどっちかが魔力切れを起こして倒れそうだ。
そうなったら最後、俺たちの負けは確実だ。
「く、そおおっ!」
焦る気持ちを何とかとどめて刀を振るいつつ詠唱を行う。
かつての時代では俺の魔術なんか及びもつかないほどの神秘を帯びた者達がそれこそ吐き捨てるほどいたはずだ。
そんな者達を相手にしても勝利を収めた騎士たちに俺の魔術が役に立つとはあまり思えない。
俺は俺のできる事をするまでだ。
(アーチャー! 次に仕掛ける。同行と援護よろしく……!)
「霰を阻む弾幕!」
念話での呼びかけと魔術の開放を同時に行う。
即座に次の詠唱に入ったのでアーチャーがどんな反応を見せてるのか分からないけど、このままだと埒があかないのも事実。
このまま俺は大軍と、アーチャーは騎士たちと戦っていたんじゃ負けるのは確実だ。
その状況を打破するのは困難。
なら俺がする事はただ1つ。
その状況から逃亡するだけの事だ――!
「天翔ける詩人の調!」
脚力の強化は行っていた。重力操作を行って俺は前方に飛んだ。
跳ねたのではなく、文字通りに飛んだのだ。
と言った所で飛行ができるわけでもない。単純に跳躍の延長にすぎない行為。
いくら槍よりも高く飛んだ所で落下地点に待ち受けるのは槍と盾がひしめく敵軍真っ只中だ。
重力制御を行ってる上に次の動作にそなえる俺に落下地点の兵士を倒す余裕は無い。
俺にはな。
「アーチャー! 着地、任せた……!」
俺のすぐ後を追うようにしてアーチャーも飛んでいた事は分かっている。
サーヴァントの身体能力なら重力制御などの魔術に頼らなくても飛び上がる事は可能なはずだ。
が、普通の騎士にはそれは無理に近い。
筋力だけで飛び上がろうとも俺たちほどの高さと長さは出ないはず。
かと言って走って追いつこうにも他の兵士が邪魔で無理。
アーチャーに呼応して瞬時にいくつもの宝具が着地地点にいる兵士を一掃する。
天にまで轟くは炸裂音。先の兵士達はなすすべなく神秘によって倒れていく。
それを俺はせこいとも卑怯だとも思わない。そうしなければやられるのは俺らの方だ。
こんな時にキャスターがいてくれれば……なんて明らかに矛盾した考えも浮かんでくる。
アーチャーの戦いを見て分かってしまったけど、俺には当分の間アーチャーの背中を預かる事は不可能だ。
もしそれができたなら互いに死角をなくして攻撃、防御を隙無く行えていつかは敵陣をも突破できたはず。
それができないで足止めを受けるのは俺が未熟以外の何者でもないから。
……まだ遠い。俺の腕で人を守るには。
その強さを必要としているのが今だっていうのに、なんて遠さだ。
一掃された地面に俺とアーチャーが着地する。
思ったとおり騎士たちは後方で俺たちを見るばかり。迫ってくるのは周りにいる無事だった兵士達だ。
だけど悠長に相手をしている暇は当然無い。
「
前方と後方、つまり進行方向と騎士たちのいた位置で同時に爆発が起こる。
雪の積もったアーチャーの世界に無数に突き刺さる剣群。その中でもそこの位置のものを爆発させたんだろう。
射出した宝具ほどの神秘はないから爆発の威力はさっきよりも低い。でも時間稼ぎには十分だ。
「是、
アーチャーの言葉に呼応した古今東西あらゆる宝が一斉に射出され、目の前に立ちはだかる兵士達をなぎ倒していく。
「八番、十一番、相乗、炎の剣!」
と同時に後ろから迫り来る騎馬兵に宝石魔術を使用した。
軍を蹴散らすほどの大魔術を使う詠唱時間はなかったからとは言え、よくもまあ惜しげもなく使えるな、俺。
うなりをあげて襲う魔術の炎は騎馬兵を蝕み、倒していった。
振り返りもせずに俺たちは走る。
向かう先はただ一点、キャスターの場所だ。
アーチャーの宝具の射出を阻むほどの技術や神秘を持った者は立ちはだからず、そのまま進めている。
時折彼は思い出したかのように後ろにも射出するのは騎士たちの追撃を阻んでいるんだろう。
その間は俺が魔術で兵士を倒す。と言っても当然倒せる数は違うけど。
そして、はるかに遠かったキャスターとの距離がほとんどなくなった。
前に立ちはだかるのはせいぜい数十人の兵士とグェネヴィアだけ。
そのグェネヴィアの矢もアーチャーの双剣で対処できているから、つまり阻むものは何もないはず。
「「キャスター、覚悟!」」
ついに俺たちはブリタニア軍を突破した。
そのまま俺たちはそれぞれの武器を手にキャスターへと疾走する。
ただ1人、俺たちの前に立ちはだかるグェネヴィアは剣を弓につがえ……。
あれ? 矢じゃない?
その剣は長さでいえば短剣に近い。多分アーチャーが持っている白と黒の双剣と同じぐらいしかない。
装飾は白で統一。金属でできる刃までもが白く見えるのは錯覚だろうか。
だがそんな事より、アレの在り方は普通の短剣じゃない。それだけは明白だった。
あれは、間違いなく宝具の域にある一品……!
「まずい……!」
アーチャーはそれを見て急停止し、両手の双剣を消失させた上で俺の襟首を掴んで急停止させる。
思わず声を上げた俺だったが、文句を言う隙はなかった。
「
「
そして、
「――
「――
互いの宝具、その真名が解き放たれた。
白い矢と化した短剣はアーチャーが創り上げし7つの花びらの盾に襲いかかる。
アーチャーが行っているような宝具の投射ではない。その神秘が発揮されればいかに数多の宝具があろうとも打ち破るだろう。
それを阻むのは同じく神秘を発揮した宝具のみ。
盾に魔力を込めるアーチャー。1枚、2枚と花びらが落ちていく。
その腕は前に突き出ていて、宝具の神秘におされまいと脚で踏ん張る。
という事は、アーチャーはそれで足止めをされた事になる。
襲い掛かってくるのは先程突破した軍勢。
今鏡を見れば間違いなく苦虫を噛み潰した自分の顔が見えるって事を自覚しつつ注意を後方に向けた。
と、同時にその可能性を考慮にした時点で開始していた詠唱を完了させる。
「疾走せし灼熱の車!」
そして一気にそれを解き放った。
『霰を阻む弾幕』より大規模ながらも範囲の狭い爆発で迫り来る敵を文字通り吹き飛ばす。
今までなまじ魔力弾でぶつけるよりこうして爆破を行ったり炎を作った方が何気に効率がいいせいで攻撃魔術はそんなのばっかだからな。
次、休む間も無く詠唱を開始。次の波状攻撃に備える。
4枚、5枚と花びらが落ちた所で白い短剣は雪の広がる地面に突き刺さる。
こうしてみると色の違いが良く分かって、探検の方はクリームに近い感じが……。
って違う。こうなったって事はアーチャーの盾がグェネヴィアの短剣に勝ったって事だ。
セイバーが放った突撃攻撃より弱かったって事だろうけど、この機会を逃す手はない。
だが、グェネヴィアの前に現れてアーチャーを襲う騎士達がいた。
いつの間に、と思うほど突然出現したその者たちはアーチャーに一斉に襲いかかる。
改めて出現させた白と黒の双剣で何とか攻撃を防いだものの、進行はまたしてもできなくなってしまう。
だけど俺の方に襲ってこようとはしない。アーチャーだけで精一杯なのか、それとも別の意図があるのか。
「それでも……!」
もう俺とキャスターとの距離は目と鼻の先。これ以上の伏兵がいるとは思えない。
ここまで来てもまだキャスター自身が何かをしようとはしていない。やっぱり召喚中は行動不能か。
ならこれで勝負はもらった!
「六番、九番、狙え、一斉しゃ……!」
左手の中にある宝石をもって一工程で大魔術を完成させ、それを一気に解き放つ。
そうしようと振りかぶったのだが。
「え……?」
瞬間、疾風が走っていた。
次に見たのはキャスターの前に立ちはだかるダーヴェル。
勝利を確信した笑みを浮かべるキャスター。
そして、切断された俺の左腕だった。
「あ……!」
何も考えられなかった。
ただ俺は斬られた腕を持とうと左手を懸命に伸ばして、
「がふ……」
そのままばっさりと斬られた事しか分からなかった。
Fate/the midnight saga(仮)
第38話
/interlude
「……これでよし」
クリスへの信号弾を打ち上げてジェイナは自分の武器を手に取る。
それは自分の背丈以上の長柄を持つ斧の一種、ジャッドバラアックス。
力に優れて技術に劣ったヨハンにとってはうってつけのものだ。
それを片手で楽々と持ち上げ、ジェイナはヨハンがいると思われし、爆発音の聞こえる方向へと走るのだった。
その速度は侍女服を着ているというのにそれを感じさせないほどに速い。
踏み込みでじゅうたんが裂ける音が聞こえるが、全く気にしない。
曲がり角では壁に着地し、踏み込む事で時間の浪費を防ぐ。
そして、爆発音の真下にやってきた。
ジェイナは全くためらいもせずに斧を振りかぶり、
天井を突き破った。
「なっ!」
「……!」
驚愕の声は真上の階で戦っていたヨハンとサタナ。
爆発音は2人のちょうど真ん中で響いていたので、ジェイナが空けた大穴はその間と言う事になる。
その大穴を見てヨハンは口をパクパクと開いたり閉じたりしてそれを指差し、サタナは顔を笑みでいびつにする。
そんな事は露知らずとばかりにジェイナは大穴から階上へと飛んだ。
「遅くなったヨハン。後は私が」
「ジェイナ、貴女は……!」
ジェイナは頼もしく斧を構えてサタナの前に立ちはだかる。
そんな彼女に対してヨハンは腕をわなわなと震わせてジェイナへと近づき、
「アインツベルンの方々が築いたこの城になんて無礼な!」
頭を思いっきり引っぱたいた。
思わず片方の手を頭にのせるジェイナ。ちょっと涙目だ。
「痛いヨハン。何をする」
「何をするじゃありません! 貴女はこの城の重要性を分かっているのですか! 私たちよりはるかに……!」
あまりに場違いな言葉だとはヨハン自身にも分かってはいたが、どうしてもこのジェイナを見ているといわなくては気がすまない。
そんなジェイナは表情の変化は乏しいが、確かに笑みを浮かべている。
「あとで魔術で直せばいい」
「その魔術を誰が使うと思っているんですか、私ですよわ・た・く・し!」
うがーと怒鳴るヨハンの言葉を話半分に聞き流し、ジェイナはサタナを見つめる。
敵であるヨハンたちとは大穴を隔てているにも関わらず、彼女はそれに全く関心が無いかのように表情を崩さない。
眉をひそめてジェイナは斧を背負った。
「ジェイナ、敵の狙いは不明です。ここは2人がかりで足止めをするのが一番でしょう。私が隙を作りますから斧で容赦なく一刀両断なさい」
ヨハンは詠唱しながら前に出ようとするが、ジェイナが彼女を手で制する。
その動作にきょとんとしたヨハンだったが、すぐにジェイナを凝視する。
「ジェイナ、貴女まさか……」
「そのまさか」
ジェイナがしている動作は、さながらこの聖杯戦争でのマスターをかばうサーヴァントにも似ていた。
それでもジェイナの表情は変わらない。
「敵の目的が分からない、だからヨハンは聖杯をもって逃亡を。ここは私が何とかする」
だと言うのにいつもとは全く受ける印象が違う。
ヨハンには本当にジェイナのたたずまいが頼もしく見えた。
が、頼もしく思えたから任せるわけにはいかなかった。
「何を馬鹿な事を。貴女1人でサーヴァントを食い止められると思っているのですか」
「無理。多分2人がかりでも」
あっさりと言い放ったジェイナにヨハンは呆気にとられるしかなかった。
そのジェイナはヨハンがサタナとの戦闘の結果どうなったのかを一目で看破していた。
確かにヨハンは無事にジェイナの前に姿を現し、無駄口まできけるほど外傷が無い。
が、それは見た目からの話で、実際は魔力がごっそりと減っているのだ。
城の中に設置された罠、大魔術、負傷を回復する治療魔術。生き残って時間を稼ぐために魔力を犠牲にしていたのだ。
いかに最弱のキャスターと言えども神代の英雄。並みの魔術師で叶う相手ではない。
いかにマスターを警護するために設計されたホムンクルスであっても、話にならないに違いない。
一矢報いるなら相手の油断をつくしかなさそうだが、このサタナに油断など絶対にあるはずがない。
「分かりました。無事に生き残りなさい。あなたにはまだ言っておかねばならない事がたくさんあるのですから」
「分かった。そっちも無事で」
ヨハンは頷きつつ笑みを浮かべ、さっそうと立ち去っていった。
後ろに振り返りもしない。ただ彼女は廊下を走っただけだった。
残ったのはサタナとジェイナのみ。
相変わらずサタナは笑みを浮かべ、ジェイナは無表情。
サタナはただヨハンが立ち去っていくのを黙って見ているだけだった。
「ふ……ふふふ……」
そうしてサタナはか細い指先をジェイナの方へと指し示す。
それに呼応するかのようにサタナの背後に数多の水が舞う。今か今かと出番を待つかのように。
動作を見て取ったジェイナは前傾姿勢になって魔術にそなえる。
「大いなる水の育み」
サタナの魔術によって水が凶器となって襲いかかる。
1つ1つでも人を殺すには十分にも関わらず襲ってくるのは10を超える。
そんな絶対の攻撃をジェイナは観察し、
一気に斧を振りぬいた。
「……!?」
それにはサタナも度肝を抜かれた。
何しろ構えから動いたと思ったらジェイナは斧を天井に走らせたからだ。
その意味に気づいたのは変化が起こってからだった。
幾重にも斧を走らせた事でジェイナの目の前に天井を構成していた瓦礫の山が落ちてきたのだ。
数多の水は瓦礫の山を蹂躙してはいくが、肝心のジェイナまでは全く届かない。
方向を変えようにも瓦礫で起こった煙で視界が悪く、狙いが定まらないはず。
ジェイナはそのまま瓦礫の山とその前にある大穴を一気に飛び越え、サタナの前に着地した。
間合いはちょうど2メートル弱。斧を振り切れば最大限の威力を発揮できる絶好の距離だった。
あまりに突然の事に戦慄するサタナだったが、その程度で怯むジェイナではない。
ためらう事無く斧を振り切った。
「……!」
腹を押さえて瓦礫の山の上に立つサタナ。その表情は憤怒に歪んでいる。
一方のジェイナは無表情のままだが、奇襲に失敗した事に若干残念がる。
もし今の一撃が広間だったらサタナに気づかれる間も無く狩ってのけた。
あいにくこの場は城内でしかも廊下。斧を振り切るには障害物となる壁を破壊しざるをえなかった。
結果的に斧の速度がゆるくなったために逃げられる余裕を与えてしまった。
と言った所で遮蔽物をうまく利用して戦わない事には英霊相手に時間稼ぎすらできない事は分かっている。
ジェイナは斧を握り締めると、壁の装飾を用いて三角飛びを行ってサタナに襲いかかった。
「く、はあ……!」
ヨハンは城を脱出して夜の森を1人で疾走していた。
いくら迷い込んだ死亡者が後を絶たないと言われる森だろうとアインツベルンの領地。勝手知ったる庭みたいなものだった。
迷う事無く森の出口の方へと足を向けていた。
ヨハンはそうしながらも水晶球に映る映像で城内の様子を確認する。
ジェイナの巧みな戦法は功をそうしており、サタナとは善戦している。
とは言えヨハンの予測が正しければいずれ敵はその戦法にもなれ、容赦なくジェイナを魔術が襲うはずだ。
そうならないようにヨハンは逃亡をしながらも城内の罠を発動させてサタナを不利にしていく。
倒すまではいかなくても少しでも消耗させて、いずれは帰ってくるクリスとセイバーに有利にしなくてはならない。
また水の大魔術を放とうとしている所に光の罠を発動させて目をくらます。
狙いが外れた所に再びジェイナの斧が襲う。
「……これなら……」
ヨハンちらっと背中の物を見つめる。
この国でいう風呂敷に包まれているせいで形も色も見た目ではわからないが、どんなものかはヨハンも知っている。
これこそが絶対に命と引き換えにしてでも守らなくてはならないアインツベルンの悲願。
すなわち、聖杯。
布ごしでも分かるその尊さにヨハンはよろけてしまうそうなほどの重圧を受けている気がしてならない。
万一サタナが聖杯を手に入れてしまえばどうなるか、そんなのクリスに聞いた前キャスターの在り方を考えれば一目瞭然だ。
その事実に拳を握り締めるヨハン。
「あんな不逞のやからに与えてやる杯などありません……!」
そんな事にアインツベルンの悲願を渡すわけにはいかなかった。
いかに神代の英霊と言えども譲れないものがある。ヨハンにはその自負があった。
だからこそ選んだのは退却。
いかに自尊心が強かろうとも誇りがあろうと、悲願には変えられない。
引き返したい衝動を必至にこらえる。
そんなこんなで時間だけが経過する。
走り始めて数分が経過する、まだ出口が見えてこない。
と言った所で勝手知ったる森なのだから出口がまだ先なのは分かっている。分かってはいるが、焦る。
ジェイナは巧みに敵の攻撃をやり過ごしながら場所を移動して罠のある方ある方へと導いていく。
「いけない……」
それを見ていたヨハンは青ざめていく。
何しろ城内に設置した罠をことごとく使ってようやく足止めをしているに過ぎない。
このままだとあと数分もたたないうちに城内の全トラップを使い切ってしまい、ジェイナは殺される。
時間との勝負は圧倒的に不利に働いていた。
「ジェイナ、そろそろ外に敵をおびきよせて……」
こうなったらとヨハンはジェイナに呼びかけようとした。
だがその前にサタナの方が行動を起こす。
突然サタナが魔術を用いるのをやめた。
ただただその場に立ち、ジェイナの方を見て笑うだけだ。
いぶかしげに眉をひそめるジェイナだったが、困惑は一瞬。床をへこませるほど強い踏み込みでサタナへと肉薄する。
「なっ!」
「!」
その驚愕の声はヨハン自身のものか、それともジェイナのものか、あるいは両方か。
高速で間合いに入ろうとするジェイナに対してサタナもまた飛び出してきたのだ。しかもジェイナに対して。
驚愕は一瞬、間合いに入った途端にジェイナは斧を振る。
タイミングのずれもない。ジェイナの斧は豪快な音を立てて間違いなくサタナの身体を引き裂いた。
サタナの身体が床へと転がっていき、血と思われる赤い液体が流れ出る。
異変に気づいたのはジェイナが最初だった。
アインツベルンの森で野生動物相手に戦闘を行う事も訓練の内だったジェイナにとっては、サタナの身体は肉を斬った感触があまりに希薄だったからだ。
すぐにそれが囮だと気づき、音と気配で相手を探ろうとする。
「さようならお人形さん。静かな眠りにつきなさい」
以前クリスにも言ったどこか甘ったるい、だがぞっとするほど冷たいささやきが聞こえる。
声のする方向にとっさに斧を振るうジェイナ。
轟音をたてて壁ごと破壊しサタナ襲いかかる凶器だったが、それが真価を発揮する事はなかった。
「
サタナにしては珍しくはっきりとした口調で雄々しく力強い。
それだけにその魔術は特別だった。
前の戦いで前セイバーに行ったゴイトシュロスは粒子状の剣で敵を叩きつける術。
普通の大剣と違って粒子状の剣は触れた先から粒子が対象物を削っていく事にあり、傍目から見るなら切断するように見える。
だが切断した場合と違い、触れた先を削っているためにその部分を消滅させる事ができる。
つまり、回復するには通常の治療魔術ではなく新たな器官を作る、いわば再生魔術という錬金術の分野が必要となってくる。
そんな数多の刃がジェイナに突き刺さっていた。
しかも非道ともいうのか慈悲ともいうのか、全て急所を外しておく手法までとっていた。
粒子状の剣が消えると、その剣が刺さった全ての部分がその形のままで穴が開いていた。
「ジェ……イナ……」
もはや何も言えずにその場に倒れるジェイナ。疾走しているはずなのに水晶球から彼女が倒れる音まで聞こえてきているみたいだ。
ただただ泣き叫びたかったヨハンだったが、幸か不幸かそこで我を忘れるほど弱くはなかった。
ヨハンは水晶球を握り締めた上でなおも逃亡を続ける。
いつの間にか口の中に大量の鉄の味を覚えるが、どうでもいい。
ジェイナは倒れた。次は自分の番なのだから。
水晶球から目をそらさずになおもサタナを観察する。
この後でどのような行動に出るのかを見極めておかねばならない。
サタナは倒れたジェイナに見向きもせずに城外へと出て行く。
急ぐ様子でもなければあわてた様子もない。あくまでも落ち着いて歩いている。
それだけを見ていればただの若干神秘的な少女にしか見えないだろう。
門から城外に出た直後、サタナは詠唱を開始する。
その言葉に呼応するかのようにして水がサタナの目の前に集まっていく。
背後からだけではなく、あらゆる場所から水が集まっていき、ついには直径がサタナの背よりも大きい球体ができあがる。
サタナは完成するとその中へと自らを入れ始める。
「波球疾走」
彼女の呪詛に呼応し、球体が走った。
文字通り走ったのだ。
「な……っ!」
それにはヨハンも声をあげる事しかできなかった。
固体と液体の中間の存在、ゲル状のボールを転がせばあんな感じになるだろうか。
ただ球体を転がすのと違って、それはとてつもなく速かった。
球体は外こそタイヤのように高速回転しているにも関わらず内側は全く何も起こっていない。ただ地面と障害物たる木や岩に合わせて形状を変化させる。
懸命に走るヨハンだったが、既に魔術を用いて肉体だけで出せる限界速度を超えている。
それよりもサタナの追跡は速い。
「くっ!」
このままでは短時間で追いつかれると確信したヨハンは城外に設置された対侵入者用の罠を発動させて足止めを試みる。
幻惑を起こすものや魔力弾が襲うもの、束縛、呪術などあらゆる罠を発動させる。
「大いなる水の育み」
並の魔術師ならば一撃で勝負がつくほどの威力を持った結界だったが、ことごとく先手を打たれて破壊されていく。
球体だった水の塊を媒介に魔術を発動させて起動式を攻撃しているのだ。
足止めにもならない事実に声も出ないヨハン。
「く……っ!」
何かしらの手段で敵はヨハンの位置を察知している。
隠れる選択肢を真っ先に排除したヨハンは歯を食いしばると、急停止して大魔術の詠唱を開始する。
いかにサタナが水属性最高の魔術師だろうと、扱う液体は水。それ以外を使おうとはしていない。
ならば炎の大魔術で蒸発ができるはず、とふんで火属性の詠唱を行う。
敵の動きを見極めて行えばいかに英霊と言えども魔術師、回避は困難なはずだ。
そして高速で迫り来るサタナ。
間合いまでの時間を正確に測りながら攻撃の機会をうかがう。
詠唱は完成、あとは解き放つだけ。汗をひとしずく流して神経を研ぎ澄ます。
「
その前にサタナが宣言する。
水球から現れたのは一本の剣。今までの水の魔術とは明らかに神秘の密度が違うものだった。
精霊であるサタナは魔術に詠唱などほとんど必要ではない。大魔術であろうともほとんど一工程で行う事ができる。
ただ、それでも工程をはるかに多く用いる魔術もある。
それぞれの魔術に神の名を当てはめた、文字通り神域に近い偉大なる魔術。
故に、その存在は中堅の宝具に勝るとも劣らない――。
ヨハンの間合いの外から放ったその一撃は絶望的なまでに彼女に結果を残していた。
鈍い痛みが走ったのは腹部。背負っている聖杯が傷つかない位置。
そこに水の剣が突き刺さっていた。
「あ……」
急所が外れているから的確な治療を行えば命に別状はないし、このまま動いても多分大丈夫なはずだ。
とめどなく流れ出る鮮血を自らの服を破いた布で無理やり押さえつける。
「ふ……ふふふ……」
サタナは水球を解体して周囲にいくつもの水玉を展開する。
今の傷で大魔術の詠唱は途絶えてしまって、あの水玉から放たれる大魔術に叶う術がない。
こんな絶望的な状況の中でもヨハンはどうにか活路を見出そうとする。
「……強気……」
それを見て取ったサタナは妖美というべき微笑を浮かべる。
その動作の1つ1つを見ても不思議に思え、英雄と言うよりはもっと別の存在に見えてならない。
明らかに異質。
「……っ!」
ぞっとするヨハン。
彼女はあまりにもよめない。何を考え、何を行おうとしているのかが全く。
分かるのはその在り方だけで、それがどう結びつくのかが見当すらつかない。
だからこそ恐ろしい。何を見定めて行動するのかが皆目見当もつかないから。
「数多の雫が万物を貫く」
サタナがか細い指をヨハンのほうへと向けると、一小節で魔術を完成させる。
ヨハンは寸前まで相手が展開させている水の状況をつぶさに観察し、見極めようとする。
そんな彼女を襲ったのは脚部の鋭い痛みだった。
「ぐぅ……!」
思わず足に視線を移す。移しざるを得なかった。
何しろ何をやられたのか全く分からない。疑問より先に行動に移っていた。
そしてヨハンはどんな状況になっているかを把握した。
腹部から流れた鮮血がそのまま針となって足に幾重にも突き刺さっているのだ。
しかもただ突き刺さっているのではなく、脚を地面に縫いとめてすらいる。
「清水は鋭く流れ落ちる」
走る水の線。動作でどのような術を使うかも分かっていた。だが身動きが取れない。
気づいた時には縫いとめられた方とは逆の脚を切断されていた。
「が……!」
それでも即死を免れようと身をよじった結果に過ぎない。今の一撃は間違いなく胴ごと切断しようとした攻撃だった。
バランスが崩れ、本来なら倒れるはずのヨハンの身体は脚を縫いとめられているせいで倒れる事もできない。
「……さあ、器をちょうだい。器が欲しい……」
「あ……ぐ……」
歩み寄るサタナ。それに対して何もできないヨハン。
魔術師であるならばどのような状況にあろうとも現状を把握し、そこから活路を見出す。
アインツベルンのマスターとはなれなかったが、ヨハンは魔術師然としていると言う意味ならディートやクリスより魔術師だろう。
そんな彼女が現状を踏まえて得た結論は、もはや詰みになっただけだった。
どんな手段を用いても打開は不可能な絶望がヨハンを襲う。
その現実をあっさりと受け入れるほどヨハンは満足などしていない。
自分自身の事はともかく、ジェイナの犠牲があっても聖杯を守りきれなかった事実だけがヨハンを恐怖させる。
体はいつの間にか振るえ、目には涙が浮かんでいる事にも気づかない。
どうしようもない非情な存在を前にして、何をする事もできなかった。
そんなヨハンを見るサタナはただ天使のような微笑みを浮かべて手を上げて――、
「
真っ二つに切断された。
何が起こったのかサタナにもヨハンにも理解できなかった。
ただサタナの上半身が音を立てて地面に倒れるだけだった。
不意に耳を鳴らすのはひづめの音。しかもとてつもなく速く接近している。
そして、騎士がさっそうと目の前に現れた。
「ヨハン! 無事!?」
聞こえてくるのはかつての敵で今の主人の幼い声。
心配に彩られたそれにはヨハンにとっては思わず苦笑いをするしかなかった。
ヨハンは思いなおして現れた人物、セイバーとクリスに頭を下げる。
「……申し訳ございません。お嬢様の手をわずらわす事態になってしまいまして……」
「いいわよ。それより……」
ヨハンに微笑んだ後、視線をサタナに移す。
「――ッ!!」
それはヨハンですら声を上げたくなるほどの憤怒に彩られていた。
今まで共に過ごしてきた過去を振り返ってもこれほどの顔をヨハンも見た事が無い。
ただ相手を睨む。その行為だけで百回は殺しつくせるほどに、怖かった。
「殺しなさいセイバー。百回でも二百回でも、この女が存在した痕跡も残さないほどに――!!」
「もちろんだ」
クリスの残酷な口調での死刑宣告を受けて馬を走らせるセイバー。
真っ二つに切り裂いても容赦など一切無い。とどめをさすために。
渾身の力を込めた一撃をふるう。
正に大地を裂かんとばかりに行われた一撃は間違いなくサタナの命を狩っていた。
妨害さえなければ。
「!」
直前になってサタナの体が魔力の渦に包まれる。
それが令呪による強制転移だと分かっていてもどうしようもなかった。
結局セイバーはサタナの逃亡を許してしまった。
「……念には念を入れて技を使った方がよかったかな」
「別にいいわよ。アイツの宝具ならすぐに回復されちゃうでしょうし、あのままあっさりと死んだんじゃこっちもやりがいがないわ。それより……」
不満そうに大剣をふるって武装を解除するセイバーにあっさりと言い放つクリス。
クリスはヨハンの方へと視線を移した。
「待ってなさい、今治療魔術を――」
「いえ、私は自分で行えます」
下馬しようとしたクリスをヨハンは手と強い口調でせいする。
目に宿るのは強い意志。それもあってクリスは一瞬ちゅうちょする。
何しろヨハンは致命傷こそ負っていないものの片脚を切断されて腹部には穴をあけられている。
出血は酷く、一刻も早い治療をほどこさねば命に関わる。
そんな状態で自らを治療するなど許されるはずがない。
「ふざけないで。あんたに拒否権は――」
「それよりジェイナが危険です。一刻も早く城内の彼女を治療してください。でないと――!」
ヨハンは視線をクリスからそらす。その表情からは口惜しさしか見られない。
それだけでクリスは何が行われたのかを悟ってしまった。
「――分かったわ。聖杯をよこしなさい。あなたは置いてくけど、いいわね」
「かまいません。多少疲れました……」
ヨハンは切断された脚を拾って切断面を合わせる。
幸いにも水での一撃は鋭利な刃のようなものだから切断面は綺麗だった。これならつなげることも可能だ。
疲労困ぱい。今にも気絶しそうな意識に喝を入れて止める。
何しろもう痛みをあまり感じない。感じるのはただ意識を手放したい衝動だけだった。
それを必死に見せまいとする。せめてクリスの前だけでも。
「行きなさいセイバー」
クリスの命令でセイバーはグラニを走らせる。
あっという間にクリスの視界からヨハンが消えた。
「ひどい……」
城の状態もさることながら、クリスが目を奪われたのはやはり無念に倒れるジェイナだった。
鮮血の水溜りはもはや目を覆うばかり。その惨状にセイバーも思わず口を覆った。
「マスター……これでは通常の治療魔術ではどうしようもない。生きてこそいるが、もはや……」
「黙りなさい。私たちアインツベルンの魔術の元は錬金術。同じアインツベルンのホムンクルス相手ならばこの傷でも……」
「では私も手伝おう。ルーンを用いて通常の治療魔術を行えば彼女の負担を軽減できるはずだ」
「お願い」
しゃべっている時間も惜しいとばかりに2人は治療を開始する。
瀕死のジェイナ、無残な城と森、重傷のヨハン。
もはやクリスが次に取る行動は決まっていた。
それを独り言のように何度も何度もつぶやく。その呪詛だけで人を呪い殺せるのではないかとセイバーすら思うほど。
「マトウアオイ……絶対に殺してやる……いえ、楽に死なせてなんかやらない。
何度も何度も治療して殺して治療して殺して、生まれた事を後悔させてやるほどの絶望と恐怖に落としてやるんだから……!!」
アインツベルンの森が静かに夜を過ごす。
interlude out
/
最初は膝、次に体が雪に埋まる。
力を入れようにも体に全く力が入らない。と言うより指一本すら動かせない。
ただ感じるのは体を覆う雪の冷たさと、それに勝る腕と胴の熱さだけだった。
自分で自分を診察してみる。
左腕は切断された状態で俺のそばに転がり、肩から斜めにばっさりと斬られた胴への一撃は切断こそされなかったものの、容赦ないほどに致命傷。
治療をほどこさないと数分で俺の命に関わる事は明白だった。
だけど、治療をするために腕を動かす事ができない。
詠唱をしようにも口からは血が流れるだけで言葉にならない。と言うか言葉にしようとするだけで全身が引き裂かれたかのように痛い。
いや、実際引き裂かれてるんだが。なんて莫迦な考えが浮かぶほど思考がまとまらない。
「さてアーチャー、これでもまだやるのかしら?」
キャスターが何かしらを言っているようだけど、彼女の姿を見る事は出来ない。
指一本も動かせないから顔も動かせない。俺がかろうじて見えるのは騎士や兵士に囲まれるアーチャーぐらいだ。
降伏を促がすのはまだこの世界がアーチャーのものだから。
単独行動持ちのアーチャーならリタイアする直前にキャスターも道連れにできるとふんだからだろう。
「……」
そのアーチャーは苦虫を噛み潰したかのような表情を取ると、両手にあった黒と白の双剣を消失させた。
だがそれだけ。一面の銀世界を消そうとはしない。
「早く、固有結界も解除なさい。レンがどうなってもいいって言うの?」
キャスターの声に怒気が混ざっている。
この世界がアーチャーのものな限り油断などする気はないようだ。
「俺を倒した後、憐をどうする気だ」
だがアーチャーの言葉にもキャスターに勝る憤りにいろどられていた。
……俺がこうなったのはアーチャーのせいじゃない。俺が実力不足だったのと、敵が数枚も上手だったって事だ。
「別に。命をとる理由がないからアーチャーが脱落した後にでも治療するさ。でも早くしないとコイツ死ぬわよ」
顔の見えない俺が聞いてもその言葉は冷たい。
それを聞いてアーチャーは若干憤りをやわらげ、ため息をもらす。
「なら一思いに殺せばいいだろう。俺を殺せばこの世界ごとき一瞬で消滅するんだからな」
腕を組んで言葉を述べるアーチャーはいつもどおりのアーチャーだった。
身近にいるような青年でありながら、どこか現実主義者。そして未熟な俺にずっと従ってくれた俺のサーヴァント。
「分からないね。何でこの世界に固執するのさ。こうして無駄話してる間にもレンは死ぬかもしれないのにさ」
「この世界だからだ。俺はこの世界と共にあり、この世界を抱いて溺死するさ」
はっきりと言い切った。半ば意地みたいなものがあったかもしれない。
固有結界は自らの心像風景。ならこの世界と共にアーチャーがあるのは分かるけど、なぜそこまでこだわるんだ?
自分の事はどうでもいいから少し知りたくなる。
「……そう言えば剣の精製所かつ保管庫なのは分かるけど、何で一面の銀世界なのさ。確かに綺麗な事は認めるけど、どこにだって見れる景色だ。
術をかけてたディートが反応を示すほどのものでもないと思うんだけども」
「……時を経ても変わらなかったって事だろ。多分」
アーチャーは片腕を広げる。
指し示す方向はブリタニア軍……じゃないな。軍のいるこの世界全てだろう。
「この銀世界はアインツベルンのものなんだから」
「え……?」
驚愕の声を漏らしたのは誰だったのか、意識が混濁してよく分からない。
でもまだ視界がアーチャーを捉えているから、まだ時間に余裕はあるらしい。
痛覚が麻痺しているせいか、霧がかかり始めるけど。
アーチャーの世界がアインツベルンのもの。
一体アーチャーは何を言っているんだ?
分からない。よく分からない。
「俺の人生でイリヤが多くを占めるからか、アイツの世界みたいにはならなかった。この世界は……イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと共にあった」
何かを思い出したようにアーチャーは胸の辺りを押さえる。
その表情はどこか物悲しく、どこか懐かしんでいるようだった。
アーチャーが一度も見せた事のない表情。でもこの表情はどこかで見た事がある。
そう、それはちょうど英ねえがたった2人のためにと言った時に似ている。
自分の全てと引き換えにしてでも大切にしたい人物。それを話す時の英ねえとよく……。
だとしたらアーチャーにとって、そのイリヤってアインツベルンの人が大切な人なのか?
「アインツベルン――。じゃ……じゃあアーチャーってもしかして聖杯戦争に……」
「参加してた。バーサーカー戦で見せたヘラクレスの技は本人を見たからだ」
聖杯戦争――!
そうか、それで未来なのにこれほどまでに神秘性のある世界を作り出すことができたのか。
いくら自分の世界でも見てないものを情報だけを汲み取って構成するなんて不可能、なら一度でも見る事が条件なはず。
これだけの宝具がそろっているのも、そんな事を体験したから――。
あの対の双剣も、バーサーカーにやったあの技も、使用した宝具も、自分なりに追いついたからこそ使っているんだろう。
そしてこの世界は、アインツベルンの人と共に。
「……だからディートが反応を示すのね。それはいきなり自分の世界を他人が創ったんじゃあ暗示も薄れるわ」
「……もういいだろう、早くしてくれ」
アーチャーはうんざりとしながら吐き捨てるように言い放つ。
そして、こちらに視線を向けた。
「すまないな憐、おまえを勝利させる事ができなくて」
そして、残念そうに笑みを浮かべた。
全ては俺が悪いのに、あたかも全てが自分の責任だと言わんばかりに。
「ふぅん、随分と愁傷ね。てっきり――」
キャスターが新たに言葉をつむぐけれど、もう俺にはそれが聞こえなかった。
それだけ危ないって事かもしれないけど、少なくとも別の事に集中していた。
アインツベルンの世界を持つアーチャーなんだから、アインツベルンのディートを人形のように扱ったキャスターを許す事はできなかったんだろう。
だからこそ戦いの前に見せた態度があって、キャスターと戦ったんだろう。
くやしい、彼の思いに答えられなくて。
時折見る鮮明には思い出せない夢。その中でも心に残った青年の在り方、青い剣士、そして光の剣。
多分青年はアーチャーの事で青い剣士はアーチャーが生前に召喚した英霊なんだろう。
所詮夢でしかないはずなのにその存在は燦然と輝き、アーチャーを埋めている。
くやしい、そんな思いを持つアーチャーを敗北させる事が。
サタナがおとなしくキャスターとの共闘を守ってディートを救ってくれるものかとか、俺を負傷させた事なんて、悪いがどうでもよかった。
たった今、俺の頭の中にいるのは、俺の召喚した英雄、アーチャーだけだった。
くやしい、このままだとアーチャーが去ってしまう事が。
尊い、はさすがに似合わない。泥臭いと言えば幻滅的だ。
だから俺はこんな風に表現したい。
こんなにも素晴らしい英雄をこのままで終わらせたくない――!
自然と涙がこぼれる。
こんなにも悔しい思いをしたのは10年前以来だ。俺が遠坂の両親達を失った時、その時の悔しさと悲しさに。
こんなにも自らの無力を怨んだ事はない。今まで過ごしてきた全ての時間が無駄に終わったんだ。
こんなにも奇跡を願った事はない。どうしてこの手は動かない。どうしてこの体は動かない。
動け、俺の手。ありったけの宝石でアーチャーに道を切り開くんだ。
動け、俺の身体。刀に力を込めてキャスターを倒すんだ。
動け、俺の魔術回路。傷をいち早く治してアーチャーの負担を少なくするんだ。
「……」
なのになんで動かないんだ……!
動けよ、今動かないとアーチャーが、アーチャーが……!
悔しさで歯を食いしばる事も地に拳をたたきつける事もできない。
それどころか全く動こうとしないし、魔術回路は俺の生存を最優先にしている。それでも生き残る保障はどこにもないけど。
「じゃ、グェネヴィア。お願いね」
「……」
キャスターの言葉を受けて、グェネヴィアが静かにアーチャーへと近寄っていく。
終始無言だったが、やがて決意を込めた視線をアーチャーに送る。
「ではブリタニアの騎士達よ」
可憐な腕を上げる。その透き通った声に反応して取り囲んでいる者たちに力がこもる。
これで最後、俺はただアーチャーの最後を見守るだけしかできず、アーチャーはこれで脱落する。
嫌だ。そんなの絶対に嫌だ。
頼む。どんな奇跡でもいいから起きてくれ。
アーチャーにこの場を突破する奇跡を――!!
「アーチャーに止めを」
無情にも突き出される槍という槍。
それはアーチャーを串刺しにせんと迫り、
全て、柄を斬られた。
「……!」
驚愕の声は誰のものだったか、それとも全員のものだったか。
宙を舞うのはアーチャーが剣で切断した槍の矛先。
その剣技はその瞬間だけ間違いなく剣の英雄であるシグルズや英ねえをも上回っていたかもしれない。
だけど、多分その剣技に驚いてるんじゃない。
ブリタニア軍が驚愕するのはアーチャーが持つ、黄金の剣――。
見覚えがある。でも見覚えがない。
英ねえがライダー相手に用いた光の剣や、アーチャーの青い剣士が用いた光の剣とも少し違う。
形は全く違うのにシグルズが持っていた竜破壊の剣……と言うよりグラムにも少し近いかもしれない。
痛みがマヒしているはずの身体で、右手の甲に鈍いそれがはしる。
……あ、そうか。アーチャーの神業は令呪を代償にしてるのか。
そんな風に他人事のようにしか思えない。目の前の状況を見ていると。
「う……そ……」
キャスターまでもが呆けた声を上げている。
その瞬間、全てが氷解した。
青い剣士、光の剣、シグルズ、グラム、青い騎士、聖剣。
全てのパズルのピースががっちりとかみ合った、そんな感じ。
竜破壊の剣グラムはかつてシグルズの父シグムンドの所有していたものだった。
オーディンが姿を変えて大樹の幹に剣を突き刺して、それをシグムンドに与えたという、選定の剣の意味が強い。
その時は光の剣、太陽剣と呼ばれていたはず。
そして、それと同じような聖剣もある。
王を選定する聖剣として岩に突き刺さっていて、それを抜いた幼い人物が王となった伝説を。
そう、そこから伝説が始まったのだ。
かの、アーサー王の伝説が。
そうか、そうだったのか。
あの青い剣士が持っていたのはやっぱりキャスターに大釜の映像として見せられた青い騎士が持っていたものと同じだったのか。
そして、青い剣士と青い騎士は同一人物だって事。
アーチャー、衛宮士郎が召喚した英雄がアーサー・ペンドラゴンだって事。
呆ける時間もそこそこに騎士がアーチャーに向かっていくが、剣で一蹴される。
双剣を使っていたアーチャーの剣技とは別物。見ているとまるでアーチャーの方が騎士そのものによりらしく見える。
アーサーに従っていたブリタニア軍、特に円卓の騎士たちがその剣に勝てるはずがない。
聖剣エクスカリバーならともかく、その剣はエクスカリバーではない。
勝利を約束する剣ではなくて、勝利しなければならない誓いの剣。
「
王者の剣なのだから。
結果は見なくても分かる。見えなくてもいい。
俺に見えるのはただアーチャーが剣を振るって光を発している所。
そしてその後で兵士達が次々と消えている所だけだ。
俺は自分でも分かるほど自然に笑みを浮かべて、意識を落とした。
to the next stage……
と、言うわけで魔術師の策謀はとりあえす終了。
なぜセイバーが前セイバーとの戦いから抜けられたのか、葵と前セイバー、憐とアーチャー、ディートとキャスターがどうなったのかは次回に持越しです。
アーチャーのカリバーン使用はぜひやりたかったです。BGM「約束された勝利の剣」を当てはめたい場面だったり。
でもまだ「エミヤ」が当てはまる場面は来てません。早く書けるといいな。
次からは11日目。これが終わればいよいよ12日目。
まだ先は長そうです。
それでは次の舞台で。
2007年5月23日