/10日目・interlude 1

「現在脱落したサーヴァントはたったの2人か……。終結には程遠いじゃないか」
「その2人も落ちるべくして落ちたと言った方がいいのではないか?」

「いやはや、いかに誰もが英霊と言えどもここまで硬直してもらうとこちらとしても困るのだがねぇ」
「だがここまま硬直で終わらせる者たちがマスターとなったわけではないだろう」

「まあそうだな。間桐もアインツベルンも憐のやつも、このまま手をこまねいて機会を待つなどするわけがないだろうしな」
「では何が不満だ。時期を見計らって出ると言ったのはお前の方だぞ」

「……当然その『時期』が一向に現れない事だ。柳洞寺での一件以来戦っては退却といったばかりだろう」
「仕方があるまい。策をめぐらせばその効果が現れるのは先だ。真正面から戦えば退却の道を選んでも当然だろう」

「……」
「……」

「この度の聖杯戦争が始まって一週間以上が過ぎた。このまま勝者なしにするわけにはいかない」
「では、どうすると?」

「参加している全サーヴァントとマスターは確認した。宝具も真名もほぼ分かっていると言ってもいい」
「では……」

「もはや待ち受ける必要もない。そろそろ出るぞ」
「ついに動くか。待ちくたびれたぞ」

「そうだったな。今まで見せかけの宝具を用いて己を隠していたが、その必要もないだろう」
「大体その必要はあったのか?」

「……ないに等しい。おまえの真名を知っている者はこの世界に指を折る程度しかいない。だが念には念を入れてもよかっただろう」
「そうだな。慎重に事を運んだ事で他のサーヴァントたちの弱点も見えた」

「よし、では行くぞ。これで聖杯戦争は急展開を向かえ、終結まで一気に駆け抜ける。
 そしてオレは必ずや目的を達成してみせよう。誰にもオレ達を阻む事はできん――!」

interlude out


   /interlude 2

「あたし、憐に何かしたっけ?」
夕御飯がつつがなく終わり、沙耶が疑問を浮かべたように師範代の1人に聞く。
彼女の言葉を若干考えて、首をかしげた。

「いや、特に何かしたわけじゃないと思うけど……」
「じゃあなんで葵ちゃんを置いてどっか行っちゃうのよ。いっつも葵ちゃんが台所に立っててもちゃーんと皿洗い手伝ってあげてたのに」
「……そう言えば憐にしては珍しいな」
「でしょでしょ。士郎さんと一緒に出かけちゃったみたいだから絶対に何かあるって」
英と一成は会話に参加せずにお茶だけをすすっている。
食後のデザートは当然存在しない。

「ねね、葵ちゃん。憐の心変わりに心当たりってある?」
「……やはりディートさんがいなくなったのが一番の原因なんじゃないですか?」
考える時間も少なく、葵はさらっと言った。
その彼女は会話に参加する気はないらしく、てぐしで前髪をかきあげながら食器を重ねてご膳の上にのせ、そのまま持ち上がる。
それを聞いて沙耶は腕を組んでうなる。

「う〜ん、ディートちゃんがいなくなったって言っても、この前あのコの主人だって言ったクリスってコが来たじゃない。
 あたしはてっきり彼女と一度話し合いに行ってるとばっか思ってたんだけどさ」
「でも彼女の性格から考えると無断で帰っちまうのはおかしくないか?」
といった感じで話し合いは御飯が終わっても続いていた。
葵は食器を台所に運んで水洗いを開始する。

「……」
それを見た英は、ふとした疑問を抱く。

「英さん、やっぱ憐の様子がおかしかったのはディートちゃんのコトだと思います?」
「えっ?」
「英さーん、もしかして話聞いてませんでした? 憐達の事を心配して話してるのに」
「す、すみません」
英は思わず沙耶に頭を下げた。
急に話題を振られて困惑した表情を浮かべていた英は、次には普段の表情に戻っていた。

「ディートリッヒの事は確かに心配だが、レンはシロウと行動を共にしている。いかにこの頃物騒でもおいそれと倒される2人でもない。
 もっとレンを信じてやれ」
「むーう……確かにそうですけれどぉ……」
憐の事を言われると沙耶はもう押し黙るしかなかった。
英に師事した憐の腕は師範代を超えている。それは沙耶にも分かっていた。
だがやるせない気持ちは隠しきれない。

「あたしにとっては憐はいつまでも年下の男の子なんです。いくら憐が強くなってもそれは絶対に変わらない。
 だからやっぱり憐の事はどうしても心配しちゃいます。事件の犯人に出くわして無茶をしてたら……」
「はあ、そこまで心配ならワタシが憐の事を捜しに行こうか? ついでに物騒なこの街を正してもいいかもな」
「……ですけど英さんも戦って負けたじゃないですか」
「うっ」
それを言われると身も蓋もない。さすがの英も押し黙るしかない。
何しろ世間に聖杯戦争の事を話すわけにはいかない。
ついでに言えば英が負傷したのはその憐と士郎のせいなのだが。

「……まあ、冗談抜きでレンとシロウは強い。彼らなら朝までにディートとヴィヴィアンを見つけだして帰ってくるさ」
「……ですよね」
沙耶は心配そうな顔を顔をしながらも笑みを浮かべた。
英はお茶を一気に飲み干して、慣れた手つきで新たにつぎなおす。

「英さんの言った通りだって、アイツがそんな簡単に死ぬようなタマかよ!」
「心配しなくても沙耶がいつものように笑顔いっぱいで迎えてやればいいって」
そのお茶請けを騎士のものとは思えないほどの華奢な手で持ったまま、英は台所へと足を運ぶ。

葵は歌を口ずさみながら食器を丁寧に洗っていく。
その歌には聞き覚えがあった。柳洞寺にたまに訪れる子供が好むわらべ歌だ。
葵がそれを歌うと英にはどうしても子守唄に聞こえてならないのは相変わらずだった。

「手伝おうか?」
「あ、いえ。もうすぐ終わりなんで手伝う隙なんてありませんよ」
「む、そうか」
そう言われてしまえば英はただ黙って見ているしかなかった。
仕事の邪魔になるのでむやみやたらと話しかけない。

ふと夜空を見上げる。
あいにく雲がそらを覆っていて星を見る事は叶わない。
全てが変わっていくこの世の中でも天球だけは不変。見上げていると故郷を思い出してきそうだ。

「はい、終わりました」
思い出す時間もなく葵が嬉しそうに手を叩いたので英は思考を中断する。

「随分と冷静だなアオイ。レンがシロウ……いや、アーチャーと足早に出かけたと言うのに」

葵の動きが一瞬止まる。それもアーチャーの部分に反応して。
英はお構いなしに続ける事にした。

「午後の間レンはアーチャーを使ってディート達を探していたようだった。だがその結果で起こした行動が夕食直後の外出だ。
 おかしいとは思わないのか?」
「それは確かにおかしいですけど、わたしは何もしていませんしさせてません。だとしたら考えられる理由はアインツベルンの問題じゃないですか。
 マキリのわたしたちがあえて関わることでもないと思うんですけど」
「――そうか、なら言い方を変えよう」
眉をひそめる葵。

「レンとアーチャーが同時に出たという事はどこかに攻め込む事に他ならない。だがアインツベルンがらみの事ならあそこまで無関心のはずがない。
 あまつさえ歌まで口ずさむなんてな」
「……英さん、何が言いたいのか見当もつかないのですが」
桃色に染まった唇で微笑んで英に視線を向ける葵。
その態度に険しい表情はしながらも、英は口調は全く変わらない様子で話す。

「オマエはレンとアーチャーがどこに行って何をするかを知っている。しかも無事に帰ってくる保障をもってな」
「残った敵はセイバーにランサー、どう考えても保障なんて無いですよ。それは英霊である英さんが良く分かってるはずですよね」
少しむっとしながら葵は発言するが、英はまったく意にも解さずに続ける。

「いや、1人いるだろう。レンのみが無事に帰ってこれる方法が」
「英さん、あなた――」

「アサシンを使うと言う手がな」

英の、いや、英霊セイバーの目に怒りが宿る。
宝具で色を変えられているものの、濁った黄金の瞳が炎を燃やしているのが葵にも分かってしまい、思わずあとずさる。
後ろは壁。これ以上は下がれない。

「何を考えているアオイ。オマエの考えはゾォルケンより読みにくい。彼は歪み始めていたとは言え目的やそれに至る手法は明確だった。
 どんな手段をとるにしても、それが事後承諾だとしても、話してもらわないとワタシも困る。それとも……」
だが次にはそれが一瞬にして消失する。
英の視線は葵から外れ、その唇は固く結ばれている。

「貴女にとっても私はただの駒にすぎないのですか、アオイ」

それはサーヴァントとしてではなく、また英としてでもない言葉だった。
哀愁などではない、その言葉には孤独と絶望の全てが込められているように感じた。
そんな言葉を言われてはたまらなかった。

「そんなことない! そんなことありません!」
葵はかぶりを振って、全力でそれを否定する。
そして硬く握り締められた英の拳を強く握る。

「英さんは尊敬する人ですし、姉ですし、母なんです。わたしが生まれた時からずっと一緒だったじゃないですか。
 わたしは英さんと、憐さんと過ごしてきたこの日常がとても大切だったからそれを守りたいんです。そのためにおじいさまにまで手をかけてしまいました。
 そんな英さんを駒だなんて思った事は一度もありません!」
「アオイ……」

「わたしは……絶対に日常を取り戻してみせます」
わずかにこぼれる涙を指ですくい、毅然として己の母でありサーヴァントである英に強い口調で言い放つ。
そして次には英に抱きついた。

「あと少し、あと少しなんです。憐さんや英さんが剣を持たなくてもよくなる日はもう少しでやってくるんです」
英も葵をやさしく抱擁する。
数年前までは随分と幼く小さかった体が今や英と同じかそれより大きく成長していた。
英霊として時の止まっている英がもはや経験できない、成長。それでも葵は英にとっては子供同然の存在だった。

「協力……してくれますよね、英さん」
「ああ……もちろんだ」
剣しか振るえぬ自分が葵にとって大きな存在ならば、剣をもって葵を導こう。
英は葵のために改めて硬く心に誓ったのだった。

interlude out


Fate/the midnight saga(仮)

第37話


   /

「くそっ!」
俺は悪態をつくしかなかった。
目の前の戦争は俺の技能をはるかに超えている。

アーチャーの言葉に彼の世界が呼応する。
雪が覆う地面に突き刺さる宝具からナマクラにいたるまでありとあらゆる武器が空中から飛来する。
それをブリタニア全軍は盾で防御をし、進んでいく。

ナマクラはおろか、通常の武器でも盾は貫けないではじかれていき、突破できても鎖帷子にはじかれる。
いくらなんでも速度がともなった武器の投擲で貫かれない盾ってどれだけ硬いんだ。
だけど宝具ほどになるとさすがに盾をも貫き、兵士達を倒していく。

「くっ!」
その事実にキャスターの表情が歪む。もしかしたら12の宝具のうち、全体強化の効果を持ったものもあったのかもしれない。
一方通常武器で貫けないと悟ったのか、アーチャーが次に用意したのは全て宝具並の神秘がある一品ばかりだった。

次々と飛来する宝具の数々。
古今東西、あらゆる名品と言われたものが用意され、惜しげもなく射出されていく。
圧巻としか言いようが無かった。正にそれらは剣軍。アーチャーはたった一人でも軍を相手に戦えている。
あれだけ密集した軍にもなれば弾けば他の兵士に当たるし、受ければ倒れる。
つまり撃てば撃つだけ敵の数が減っていくはずだ。

そんなやりとりで一方的にやられる軍兵を前にして、指揮官らしき人物が剣をアーチャーに向ける。
そして命令をあげた。

「一斉射撃!」
その一言で、軍の奥の方から雨あられみたいな大量の矢が飛んできた。
突撃する兵士達とは別の攻撃。突撃する兵が二次元の動きなら、飛来する矢は三次元の動き。
これ、もしかして逃げ場が無いほど敷き詰められてる?

「アーチャー……!」
だとしたらこっちに出来るのはアレを迎撃するだけだ。
だけどアーチャーにそれをやらせたら軍がこっちの方まで辿り着いてしまう。

アーチャーがやってる戦法は軍の前衛を一斉射撃で倒す事で、軍と俺たちとの距離を一定に保つ事だ。
飛び道具に関しては宝具が使える分俺達の方がはるかに上だろうけど、接近戦の場合数が圧倒的に多い敵に有利。
一度に大量に倒せる方法が無い以上、こうやって少しでも敵を減らさなきゃならない。

つまり、アーチャーに少しでも軍を食い止めてもらう必要があるんだから、俺が矢に対処するしかないって事だ――!

「――セット、四番、五番、広範囲爆破!」

惜しげもなく俺は宝石を使う事にした。
詠唱するには時間がないし、何よりこれだけ広範囲に攻撃されるとこっちも広範囲に効果のわたる魔術を使うべきなんだろうと思ったからだ。

俺の魔術がうなりをあげて空中で炸裂、俺たちに向かってきていた矢の軍を全てなぎ払う。
と同時に俺は詠唱を開始する。今度矢の大軍が来た時に宝石を使わずに対処できるよう、あらかじめ暗示を行っておくために。
予想通りというか、再度矢の大軍がこっちに対して飛来してくる。
俺はそれらに狙いを定めて、

「霰を阻む弾幕!」

一気に魔術を解き放った。
さっきよりも威力こそ高いけれど範囲は狭い。それでも俺たちに届くような矢は全部落とせたはずだ。

「とは言ったものの……」
正直な話、これじゃあらちがあかない。

アーチャーが宝具の射撃で軍の前衛を倒すのと軍が進むのとではほとんど同じぐらいに速度だ。
倒れた兵士はキャスターが邪魔だと判断してるのかは分からないけれど次々と消えていなくなってるし、障害物も刺さる剣ぐらいだ。
キャスターはいかに大魔術を用いて召喚してるって言っても霊脈持ち。こっちは弓騎兵と一介の魔術師。文字通り魔力の桁が違う。
長期戦になればこっちが負けるのは必至だ。

「アーチャー、このままじゃらちがあかない。ここは一気に攻め込もう」
「……あのブリタニア軍の中をか?」
俺の言葉に本当に冷静にアーチャーが疑問を投げかける。
いや、確かにあのブリタニア軍の中に突撃するのは自殺行為かもしれない。
だけどその分勝算が俺にはあった。

「キャスターがこの軍を召喚できるのは12の宝具があるからだとすれば、その内のどれかを破壊すれば決着になるはずだ」
「了解。突破口は俺が開く」
ジリ貧になる前にこっちから打って出る!

アーチャーは更に宝具を投影、射出する。
その量は中でも俺とキャスターの直線上が一番多い。次々と突き刺さってその威力を発揮する。
宝具はさすがに真名を発せられていない。ただ射出するだけの行為で絶大な破壊力をもたらし、軍を蹂躙していく。
それでも蹂躙できる人数は総数と比べると微々たるものだけど。

あまりに人数が多くて倒しきれない。
いくら宝具を射出しても一向に人数が減る気配が無い。
と、

壊れた幻想ブロークンファンタズム

アーチャーから発せられたその言葉を受けた途端、射出し突き刺さっていた宝具が大爆発する。
衝撃波によってバランスが崩れそうになるし、轟音は耳をふさぎたくなるほど、閃光は視界を支配するばかりだった。
ようやく収まってきたので様子をうかがってみて、息を呑んだ。

軍は陣形を崩して中央から割れていた。
累々とあるのは多くの倒れ付した兵士達。その身体も武器も旗も、次には無かったかのように消え去っていた。
しかもあれだけの爆発があったにも関わらず、雪の世界に全く変化が無い。

「憐! 今のうちに!」
「あ、ああ!」
アーチャーの言葉で我にかえり、彼に続いて走り出した。

アーチャーは宝具の射出をキャスターを守ろうと立ちはだかろうとする兵士に主に行う事で突破口を開き続ける。
遠目でみてもキャスターは軍の維持で精一杯なようで、魔術での攻撃をやろうとしない。
軍で足止めした後にカレドヴルフやられたらどうしようか散々悩んだんだが、そんな心配はなさそうだ。

「霰を阻む弾幕!」

そんな俺たちの突進を阻もうとする矢の大軍を払いのけて突撃を続ける。
ほぼ中央突破の形を作っているから、いずれは俺たちは包囲されて全方向同時攻撃を受ける可能性が高い。
そうなる前にキャスターを叩く!

進む俺たち、阻もうとするブリタニア軍。
戦いは人数ではこっちが圧倒的に不利なのに、戦局はこっちの圧倒的有利に進んでいた。
アーサー王に集いしブリタニア軍がこんなもんかと拍子抜けするけれど、ニムエは英雄クラスは召喚できないって言っていたしアーチャーは 英雄なんだから人数だけで計れるものでもないのだけれども。

そうして、ついにキャスターを射程距離に捉えた。
やっぱりキャスターはブリタニア軍の維持、強化、防御で全神経をすり減らしているようだから何もしてこない。
相変わらず俺たちを阻もうとするブリタニア軍はアーチャーの宝具射出で倒されている。
一度崩れた陣形は元には戻らない。正に出エジプトのモーセを前にする大海のようだ。

「いける……!」
思わず刀を持つ拳を握り締めた。

「是、王の財宝ゲート・オブ・バビロン……!」

アーチャーに呼応して、宝具がキャスターめがけて一斉に射出される。
その数なんと16。一撃で十人ほどの兵士を葬った攻撃をアーチャーは惜しげもなくやったのだ。
思えば間桐邸を攻略したランサー。まだ会っていないけど、そいつも宝具の一成射出で英ねえ達を倒したらしい。

前セイバーと前キャスター2人がかりでもかなわなかった攻撃を無限の剣で再現している。
絶対の宝具や魔術があるならまだしも、今のキャスターはそれができない。
今まで本当に世話になったけれど、これでキャスターは終わりだ。

――と、思っていた俺はどうやら円卓の騎士を過小評価しすぎていたようだ。

キャスター向けて放たれた16もの宝具。
それを全てはじかれていたのだ。

「なっ――!」
思わず息を飲む。

今のは神秘の一切を使わず、技術だけでいなされたのだ。
しかもたった一本の剣の行使で。

キャスターの前に立つのはたった一人の剣士。
彼は俺の見知った、キャスターと共にディートを守っていた剣士。
だけど歴史からは消え去った、俺の知らなかった騎士。

ダーヴェル・カダーン。

「ただ高速で斬りつけるダーヴェルの技よりすごいね」
キャスターは師範のナインライヴスを見た時にこんな事を言っていた。
ダーヴェルの戦い方は俺の見る限り力任せじゃない。
どちらかと言うと速度を重視した動きをしていて、セイバーと戦った時も絶えず動いてた。

だけど、これが『ただ高速で斬りつける』なんて領域で話せるほど円卓の騎士は手の届かない存在なのだった。
そう、本当に同時としか思えないほどほぼ同時に16もの宝具をダーヴェルは攻撃したのだ。
盾は持たない両手持ち。そのままダーヴェルは構えて、

馬より速く飛び出してきた。

「な……っ!」
彼は文字通り速い。それこそ英雄であるセイバーや英ねえと比べてすら。
数百メートルはあった距離はあっという間になくなっていく。
その間にアーチャーが迎撃をしようとしても、ダーヴェルははじいたりかわしたりして速度を緩めない。

駄目だ……あんな速い脚で点での攻撃を当てるのは至難の業だ。
こうなったら俺が何とかするしかない。
となれば、

「霰を阻む弾幕!」

矢の大軍のために詠唱していた魔術をそのままダーヴェルにぶつける。
ダーヴェルの鎧は概念武装でもないし、対魔力も無い。
広範囲にやったから間違いなくかわしようがなかったはずだ。

不意に襲ってくるのは背筋が凍るほどの冷たい直感としか言いようがなかった。
俺はただ強化した刀をあさっての方向に向けたのだ。

途端、金属音と共に衝撃が走る。

「嘘……!」
思わず歯を食いしばる。
衝撃の正体が剣戟だと分かると俺と剣士、俺の魔術をかわしたダーヴェルが剣をまじえていた。
絶句するしかない。あの機会で魔術を使ったら間違いなく命中していたはずなのに回避するだなんて……!

「モルガン様は『瞬動』と呼んでいた。一切の神秘を持たない俺には全ての速度を上げる事でしか対抗できなかったのでね」
地力だと多分ダーヴェルの方が上だろうけど、魔力で補正を受けた俺の方が力が上だ。
それを一瞬で判断したのか、ダーヴェルは一瞬で数メートルも距離を離す。

「が……っ!」
引き技と言うべきか。そのついでに俺に攻撃を加えながら。
一撃には対応できたけど、三撃目までになると全く対応できなかった……!

「憐!」
「癒しの力を……。大丈夫、この程度なら治療できる」
一発の威力が低かったおかげで神経までやられなかったのが幸いした。
出血は動脈を切ったせいですさまじいものがあったけど、短時間だから問題ない。

「いィやっはーっ!」

その時、大声を上げて斬りかかる者がいた。
アーチャーは宝具での迎撃をあきらめて白と黒の双剣を手元に出し、剣での飛び込み攻撃を黒の剣で防ぐ。
と同時に白の剣を振るって反撃にでるけど、それは敵の盾に防がれてしまう。

「やるじゃねえか」
剣士もまたダーヴェルと同じでアーチャーから一定の距離をとろうとする。
その隙をアーチャーが見逃すはずがなく、追い討ちをかけようとする。

アーチャーの剣が音をたてずに振るわれる。
ただしその相手は剣士ではなく、突如アーチャーを襲った正確無比な弓での狙撃に対して。

その狙いは的確に急所を狙っていて、アーチャーは追い討ちの機会を逸してしまったようだった。
剣士はやはりダーヴェルと同じで数メートル距離を離して構えをとる。
ダーヴェルとは違って彼は力強い。大声での攻撃と同じで、力に絶対の自信を持つんだろう。

「……最悪にまずいな」
「え?」
不意にアーチャーは苦笑いとも取れる笑みと共にそんな事を言ってきた。
さすがにダーヴェルから目を離したらその隙で殺されるから声だけだけど。

「どうやら俺たちはまんまと敵の罠にはまったらしい」

「えっ?」

俺は思わず辺りをすばやく見回した。
そして、絶句するしかなかった。

本当にわずかな今のやりとりでアーチャーの気がそれたためか、軍は俺たちを囲むようにして陣形を形成していた。
槍という槍はこちらに向けられ、陣形の内側にダーヴェルら数人の剣士が数メートル俺たちと距離を離して構えをとって包囲している。
もはや四面楚歌もいいところだ。

「んな馬鹿な……。ブリタニア正規軍ならともかく、キャスターが召喚するブリタニア軍はあくまでキャスターの私兵のはず。
 あの一瞬のやりとりだけでなんでこうも見事に統率された陣形を配備できるんだ!」
俺がざっと見回しても王と呼ばれるような存在は全くいないし、王族でありながら円卓の騎士に名を連ねる者もいるけれど、理由にならない。
それこそアーサー王やランスロットのように、全軍をまとめられる者でもいない限り。

キャスターが召喚したならキャスターが指揮を?
いや、いくら神代の魔術師とは言っても、ここまでの軍の運用をできるとは思えない。
と言うか思いたくない。あの様子で沈着冷静な指揮官になれるとはおせじにもいえない。

疑問はつきなかったが、解答は得られそうになかった。

「この包囲網はかつてカルタゴの将軍、ハンニバルがローマ軍に仕掛けたカンネーの戦いを再現したものです。気づきませんでしたか?
 アーチャーが殲滅したのは重装歩兵のみだった事に」

不意に雪の世界に響くのは、戦場だと言うのに透き通った声。
それはディートや葵、英ねえやキャスター、あらゆる女性とも雰囲気が異なっていた。
そう、まるで慈母がそのまま声になったようにも聞こえれば威厳高き女王のようにも聞こえる。
それでいて妖しい印象は全く感じさせない。清楚そのもの。

キャスターの方を前方にするなら、確かに前方に位置するのは軽装歩兵。左右を重装歩兵、そして後方を騎馬兵が主に囲っている。
包囲網をいち早く完成させるための手際だろうし、よほどの有能な指揮官がいるんだとも思うけど、そんな事はどうでもよかった。

「包囲網は整いました。もはや貴方がたに勝ち目はありません。どうか降伏なさってくださらないかしら」

その声の主はキャスターがいる方角にいた。
ついさっきまではいなかった人物が、いない方がおかしい印象まで抱かせるほどに当たり前にいた。
そこにいるのは正に女神とでも表現しても正しい、慈愛と鋭利に満ちた女性がいた。
黄金の刺繍をあしらったドレスの上に鎧を着こんでいて矛盾をはらんでおきながらたたずまいは勇ましく、手に持つ弓は一切の違和感を感じさせない。
多分方向から言って剣士への追い討ちを阻んだのは彼女の矢だ。あれほどの遠距離から英霊に対しての精密な狙いは唖然とする。

まあ、他にも弓が力じゃなくて技術が必要な日本弓に似ているとか身体は華奢だとかはこの際どうでもいい。
重要なのはその在り方と、後ろに掲げられている旗だ。
数少ない月の中でも一際目立つ、月を載せる牝鹿。国や軍の象徴とも言えるほど大きなものだからだ。

ブリタニア軍はアーサー王の軍勢。なら大将旗としてかかげられるのは竜か熊のはずだけど、月に何か意味でもあるのか。
それとも、あそこにいる女性は月の女神、アルテミスだとでも言うのか。

「断る! サタナは信用ならないし、ニムエはディートに何をしたか貴女だって見ているはずだ!」
こんな状況に陥っても俺の心は変わりない。
確かにキャスターがした事は利にかなっているけど、ディートはキャスターをサーヴァント以上に信頼していたんだ。
それをキャスターは裏切った。そんなのをみてられるほど俺は大人じゃない。

「……では仕方がありません。少々手荒になってしまいますが、かまいませんね」
俺の言葉に一瞬視線をそらす彼女だったが、次には鋭い視線をまたこちらに向けてくる。
そして弓を構える様は狩人どころか立派に弓の英雄に見えてならない。

あそこまで綺麗に在るのが正直信じられないし、見ほれるどころか虜になってしまいそうなほどだ。
俺たちを囲っているブリタニア軍とも円卓の騎士とも一線を置いた、そんな存在だった。
キャスターの召喚するブリタニア軍は騎士団ではなく、現実にあるような泥臭い軍の表現が正しい。
華やかさは欠けていてもそんなのは必要ない。戦争では勝てばいいんだから。

だけど、彼女だけは違う。
絹のようにしなやかな髪、端麗な姿勢、きめこまかい繊細な身体。
その姿は本当に騎士道物語に出てくるような絶世の美女と言うにふさわしい貴婦人……。

「え?」
第一印象は美貌といい弓を構える様といいアルテミス、掲げられる旗は月、在り方、そしてその物言い。
アーサー王の話でこれほどまでの人物、そんなのたった一人しか思い浮かばない。

いや、そんなまさか。
なんで彼女がキャスターに召喚されるんだ?
キャスターが召喚できるのは大釜に関わった者ばかりじゃなかったのか?
でも正直あれほどの人物は他にいないんじゃないか?

「……アーチャー、あの貴婦人だか女弓騎士だか、とにかく彼女に心当たりは?」
こんなの聞いた所で絶望的な状況に変わりはないんだけど、思わず口は開いていた。
ただアーチャーから答えを聞きたくはなかった。聞いてしまうと深みにはまってしまいそうで。
逆に聞きたい気持ちにもかられた。キャスターの召喚は召喚者に絶対の忠誠を誓わせていないようだから、自分の意思で戦ってる事になる。

「……ブリタニアは小国の集まりで、それを1つにまとめたのがアーサー。バドンでの戦いに参加していそうでまとめられる人物で女性。
 俺には1人しか考えられないんだが」
やっぱり俺の考えは正しかったか。
トマス・マロリーが書いた話からは想像も出来ないその在り方。だが彼女は今現実として俺たちの前に立ちはだかっている。

「やっぱりアーサー王の后、グェネヴィアなのか?」
「ああ。ほぼ間違いなく」

アーサー王が后、彼女を比喩する表現は小説で無数に存在するけれど、そのどれもがあてはまっているなと思う。
だけど目の前にいる女性は騎士道物語のように一歩退いた存在ではない。正にアーサー王と並ばんとばかりにいるのだ。
これでは万もいそうなブリタニア軍を一まとめにできるわけだ。

じゃあなんで彼女はキャスターの召喚にしたがってるんだ?
ダーヴェルと違って彼女にはキャスターに従う理由が無いはずだ。
何度も考えてみたが、結局妥当な回答は浮かばなかった。

「ブリタニアの者達よ。アーチャーを攻撃なさい」

グェネヴィアの言葉に答えた騎士の1人が角笛を吹き鳴らす。
盛大な喚声があがる。アーチャーの世界だというのにブリタニアの大地を踏みしめているような気がしてならない。
そのアーチャーもそれを感じているらしく、表情は思わしくない。

「固有結界はあとどれぐらいもつんだ?」
「とりあえずは魔力が続く限り」
……実に頼もしい答えで。アーチャーの魔力は大量の宝具の射出、爆破で魔力をごっそりと持っていかれている。
正直もうそろそろで半分をきりそうだ。この調子でやっていれば長く保ちそうにない。
こっちの宝石の数、令呪を考えると長期戦は絶対に避けたい。魔力が尽きた時がこっちの最後だ。
でもやる事はただ1つだけだ。

「軍を突破してキャスターまで辿り着く。これしかないと思うんだけども」
「了解、期待に答えるとしよう」
俺たちはお互いに苦笑いを浮かべて、前方に展開する槍と盾を装備する軽装歩兵に視線を向けた。
もはやここまで来た以上、やる事は大将首を取る事だけだ。

迫り来る軍を前に、俺たちは前進を選んだ。


   /interlude 3

幾たびも発せられる金属がぶつかり合う音。ただ単に当たったのではなく、衝撃音と言ってもいい。
ぶつかり合う事で火花どころか魔力が光を放つ。それが暗闇に支配される真夜中の中で鮮やかに輝く。
思わず目を背けたくなるほどのまぶしさだったが、それは目の前で行われている戦いでは序の口だった。

「はああっ!」
「ふっ!」
互いに気合のこもった声を上げて剣と剣をぶつけ合う。
体格差は歴然、魔力も逆に歴然。技術は想定している相手が全く違っていたのでこれも全く違う。
だと言うのに勝負は全く決しようとしなかった。

剣の英雄、セイバー同士の戦いは。

それを両方のマスター、クリスと葵は固唾を呑んで見守っていた。
前セイバーと比べると攻撃と攻撃の間に広がりがあるセイバーの攻撃でも2人に認識する事はできない。
セイバーの剣はただ振るだけで轟音を巻き起こし、前セイバーの剣は魔力と共にあるのでまた別の独特な音を起こす。
それを一秒間に何度も起こすために、一対一でありながら戦争の地にいるように2人に錯覚を起こさせる。

だが剣の英雄と剣の英雄の戦い、神話でしか成立しないはずの奇跡の具現。それも都合4度目。
勝負が変わる要素もなく互角の勝負が続いている以上、さすがに見惚れるだけのマスターではなかった。
おとといと決定的に違う点は、前セイバーのマスターが始めて姿を現した事だった。

「私の前にのこのこと姿を見せるだなんて。今まで屋敷に引きこもってた臆病者が心変わりかしら?」
「いえ、もう勝利を確信したので様子見を終わらせに来ただけですよ」
アインツベルンとマキリのマスター。お互いに笑みこそ浮かべているものの、全てを語る瞳は対照的だった。
クリスは絶対零度の視線をもって殺気を現し、葵は深海を現すのようにとても深い嘲りを現す。
憐やディートとは全く違う。この2人に語り合う理由など何一つ無かった。

会えば、殺すまでだ。

「さあ、死んじゃえ」
「邪魔なんです。消えてください」
そのままの表情で互いに魔術の詠唱に入った。

先に詠唱が終わったのは葵の方。
意味ある言葉を世界に並べると、それにしたがって闇が動く。
否、それは闇よりも暗きモノ達だった。

臓硯が憐や双魔に見せた蟲とはまた別物。
グロテスクなモノは一切無いものの、蜂のようなものにゲル状のもの、ひも状のものもあった。
そのどれもが蟲に分類されるもの。図鑑などでは表せないものばかりだった。
間桐葵は良くも悪くもマキリではなく、間桐の魔術師であった。

一瞬遅れてクリスは魔術を発動させる。
その構成にどこも容赦などない。一撃でも相手を粉砕できる魔力弾を何発も解き放ったのだ。
英霊や執行者のようだった憐、武芸者のレイリーとは違って葵には避ける選択肢は確立が少ない。
だから蟲ごときでどんな防御をするかとクリスは内心で嘲笑っていた。

「堅玉の舞」

そんなクリスに対し、葵はくすりと笑う。
途端に葵とクリスの間に立ち上るのはミルクのように濃厚な霧だった。
その中に魔力弾が進入すると途端にかすれていき、消え去った。

「!?」
「マキリの魔術は吸収、なら蟲に魔術に使用した魔力を吸収させるような事が出来てもおかしくないんじゃないですか?」
「――っ! アオイ……!」
その結果がさぞおかしいのか、くすくすと笑う葵。
クリスは葵の笑いを侮辱と受け止め、当然憤慨する。
姿は少女だと言うのに、大の大人すら殺せそうなほどの殺気がこもった視線をなげかける。

「消えなさい。塵1つ残さずに――!」
クリスは霧ごときで吸収される事の無いよう、更に威力の高い術を構成させる。
属性攻撃魔術はクリスの得意とするものではない。なら術そのものの威力を上げて蟲もろとも葵を吹き飛ばすまでだ。

「鋭槍の舞」

その前に葵の方が動く。
霧として視界を覆う微小な蟲とはまた別の蟲に命令を下し、クリスに襲い掛からせる。
蜂のような鋭利な毒針を持った蟲の大群。それも真直線にではなく、クリスの死角から縦横無尽に襲わせるように。

「Auswahlexplosion !」

クリスは両の腕を振って一喝する。その振りは全体に向けて行うように大袈裟だった。
いや、術の規模を考えればそれも暗示の一種だったかもしれない。

広範囲にも及ぶ爆発が巻き起こる。
正にそれは大魔術と呼ぶにふさわしい術の完成度と威力を持ち、葵の蟲を一掃する。
霧を構成していた魔力吸収用の蟲すらその二次的に起こった熱風だけで殺傷しつくす。

「やりますね。峰純の舞」
「Sternlicht !」

地を高速で這う蟲がクリスの方を襲い、クリスはそれに魔力弾(ただしさきほどより規模は小さいが数が多い)で対抗する。
葵が蟲への命令1つに対してクリスはあくまで魔術。それでも詠唱の速さは一品だった。

結果、蟲はクリスに到達する前に絶命していく。

「Tausend Nadel !」
「くっ、堅玉の舞!」

クリスは間髪入れずに文字通り1000もの微小な魔力弾で攻撃を仕掛ける。
広範囲に散らばる敵集団に対して行うそれをあえて使う事で葵から回避の手段を奪う作戦だった。
とっさに葵は操作する蟲を切り替え、濃い霧を再び出現させてかろうじて阻む。
その事実を見て取ったクリスは笑みを隠さない。

「ふぅん、やっぱり蟲は自立じゃないのね」
「……っ! まさかその事実を確認するために今の攻撃を……!?」
「さあ? それはどうかしら」
更にクリスは追い討ちをかけるように魔術を放つ。
葵はそれを女王のように命令1つで蟲を使役し、防御する。

確かに自動防衛の蟲は数え切れないほどの種類がある。
蟲は術者の用途に応じて創られるもので、術者の考えや嗜好がそれには投影される。
当然葵の蟲もその例に漏れずに自動防御を兼ね備えたモノが数多く存在する。

が、葵は様々な攻撃に備えるためにあらゆる蟲を用意していた。
五大元素での攻撃、様々な物理攻撃、そして単純な魔力をぶつけるだけの魔術での攻撃も。
その全てに自動制御をかけるのは不可能に近い。
ならば、場合に応じて自身が使い分けた方が一番いい、が葵の考えだった。

葵は間桐の魔術師として幼少から蟲と過ごしてきた。
もはや葵にとって蟲は手足以上に自在に操れると言っても過言ではなかった。
なので日常生活を送ろうとしている葵だったが、魔術師としては十分だった。

敵は憐などのように戦闘に優れた者ではない。
クリスはどちらかと言えば総合での戦闘に不向きな、れっきとした魔術師である。
それでもなお葵よりクリスの方が構成が早い理由はもはやただ1つ。

単純にクリスの方が葵より魔術師としての格が上だという事。

あまりに強く噛み締めたためにいつの間にか鉄の味がする葵。
あれだけの日々を送って、それでも魔術師として年下と思われる少女に劣る事が許せなかった。
だが事実は事実として受け止めるしかない。認められずに狼狽して殺されては身も蓋もない。

「まあいいわ。あなたを殺して前セイバーは終了。これで残るのはレン達と遠坂双魔ね」
「……」
どうやらクリスもまた魔術師としてどちらが優れているのかを悟ったのか、勝利を確信した表情になる。
それを見た葵は内心であせった。

「セイバーさん!」
葵は前セイバーに対して呼びかけを行う。
前セイバーはわざとセイバーの剣を受け止めて間合いを大きく離し、葵の前に立つ。
直後にはセイバーもまた構えをとりながらクリスの前に立った。

「このままでは勝てません。いつか練習したあれをやりましょう」
「アレを――?」
クリスは表情を引き締める。
戦法も宝具も明らかになっている今、おいそれと簡単にセイバーを倒せる策などないはず。
だが英雄が強力であればあるほど思いつかない手段もまたある――。

「双壁の舞」

葵の言葉に呼応し、飛行型の蟲が彼女と前セイバーを周りと飛ぶ。
その数はどちらかと言うなら前セイバーの方が多いぐらいだった。

「ふっ!」
一呼吸と共に前セイバーはセイバーに飛び出した。
再び両セイバーの剣がまじわる。つばぜりあいもなしに再び剣を離し、再び振るわれる。
その衝撃波だけで前セイバーの周りを舞う蟲はことごとく殺されていく。

「束縛侵食の舞」
「……?」
それをはたから見ているクリスは首をかしげるばかりで何もしてこようとしなかった。
と言うよりする必要が無かった。何しろ蟲は何の効果も示さずに殺されていくだけなのだから。

葵は蟲に命令する日本語ではなく、ドイツ語での詠唱を始めた。
暗示なのだからとできる限り声を小さくして、その時にそなえる。
タイミングを見計らい……、

「Dreifach Einschränkung !」

一気に効果を発揮させる。

「が……っ!」
その効果はすぐに現れた。
セイバー相手に。

「はああっ!」
セイバーの変化を見逃す前セイバーではなく、彼女は体をねじって剣を振りかぶる。
敵がしとめられなかった事を考えての斬り返し。それを全く考慮に入れていない全力攻撃の構え。
それをためらいもなくやった上で自身を覆っていた鎧まで魔力に還元する。

そして、剣を一気に振りきった。


静寂。
セイバーも前セイバーも、今の攻防の結果を受けて動こうとしない。
葵とクリス、両方のマスターもまた。

サーヴァントはお互いにその場を動かずに構えをとる。前セイバーは魔力で鎧を作り出し、セイバーは葵の術から脱して悠然とする。
クリスは青ざめながらも即座に治療魔術をセイバーにかけ、葵はただ呆気にとられて目の前のセイバーを眺めている。

まず最初に仕掛けたのは葵だった。
彼女が行ったのは一見何の意味も持たない、蟲の使役。だがそれは実際には大きな意味を持っていた。
衝撃波によって次々と殺されていく蟲。肝心なのはそうなった後だ。
殺された蟲は粉々にされる。あまりにも大量の蟲、その体液全てが吹き飛ばされるわけではない。
葵は「双壁の舞」で蟲を誘導、「束縛侵食の舞」でその体液をセイバーにかけていった。

使った蟲の体液は毒でも幻覚剤でもない。単純に魔術の触媒にしやすい素体だった。
それを用いてセイバーに直接魔術式を書き込み、葵は大魔術をセイバーにかけたのだ。
いかに対魔力が高かろうとも直接書き込まれては簡単に無効化はできない(と言った所で一秒足らずで無効化される可能性もあったが)。

束縛を解除する一瞬の隙をついて前セイバーは攻撃した。
いかに耐久が高く戦闘続行を持っているセイバーでも一撃で殺せるほどの威力で。
防御も回避も不可能。危機を脱するにはセイバーの能力以上の事、つまり令呪を使う必要があっただろう。

だが、セイバーは1つ宣言をしただけで絶対の危機を脱したのだった。

その宣言はセイバーが剣を振るう直前。
と、同時にセイバーと前セイバーの間の空間が歪み、そこから出現したものがセイバーを突き飛ばしたのだった。
あまりに突然の事だったのでクリスも葵も全く感づかなかったやりとり。
それでもセイバーは前セイバーの一撃をかわし損ねて重傷だが、即死は免れたのだった。

クリスの手の甲が光っている所を見るとやはり令呪でこの危機を乗り越えようとしたらしい。
彼女もただセイバーの行為には驚いているようだった。

「……成る程。戦場を駆け抜けた我々はともかく、神代の剣士からセイバーになったのならそのような事も可能だったか」
「そうだな。騎乗のスキルは伊達ではない。こいつは私の剣と共にある」
最初に口を開いたのは前セイバー。セイバーもまた笑みを浮かべて返事をする。サーヴァントはお互いに状況をいち早く理解し、マスターの復帰を待つ。

セイバーは騎乗していた。
騎士として戦場を駆け抜けた前セイバーでもほれぼれするほど艶やかな毛並みと引き締まった筋肉を持つ馬に乗っていた。
セイバーは剣士ではなく、文字通り騎士としてそこにいる。

「北欧神話の主神オーディン。彼の馬スレイプニルの子孫グラニ……まさかそんなのまで宝具だって言うの?」
クリスは敵の存在を忘れたかのようにセイバーに見入っている。
セイバーは前セイバーたちに注意を向けながらも、顔をマスターの方へと向けた。

「正確にはそれを瞬時に召喚する『空間の歪』こそがもう1つの宝具だ。隠していたのは……まあ許して欲しい」
「乗り物を呼び出す宝具だなんて……ライダーじゃあるまいし」
「と言われてもグラニそのものに攻撃力があるわけではないし、あくまで戦い方の幅が広がる程度なんだがね」
セイバーがライダーの真似ごとをしている事に若干不機嫌になるクリス。
セイバーはそれに苦笑いするしかなかった。

「まあ愛馬と一体となって戦う事も悪くは無いのだが、あくまで私の戦いは足で大地を踏みしめて行うもの。移動や障害突破はいざ知らず、
 このような決闘で呼び出す事になるとは思わなかった。見事だセイバー」
重傷を負わせられて隠していた神秘までさらけだされたセイバーだったが、その表情はむしろ清々しかった。
むしろ自分がそうなった事で戦いの価値が上がった歓喜まで見て取れる。

「一対一が2つあるのではなく、二対二があるだけ、か。他のサーヴァントとマスターでそれを行った者は見かけなかったものでね。
 考慮から外しかけていた所だ」
「確かに私たち英霊と並んで立てるほどのマスターを持つ事は奇跡に等しい事でしょう。しかし、それが一対一に徹しなければならない理由にはなりません。
 このような戦争方式だからこそ絆が不可欠なのですから」
「……なるほど、違いない」
セイバーはグラニから降り立つ。愛馬の背中を優しくなでると、グラニは空間の歪からまた消え去っていく。
そして、また竜破壊の剣グラムを構えた。

「だが」
ただし、クリスを完全に守るように前に立ちはだかっている。
その在りようは肩を並べる者同士と言うより騎士とお姫様。最低でも前セイバーにはそう見えた。

「いつくしむ女性を男が守るのは古今東西で変わらん事実だ。その絆もろとも我が剣で切り伏せてくれよう」
「それは私に切り伏せられなかったらの話でしょう、セイバー」
どちらもが雄大に言い放った。
その間にも足だけをわずかに動かして間合いをつめていく。

「セイバー……」
「……」
クリスはセイバーと前セイバーを交互に見ながら、成熟しておらずあどけない顔にはさせたくないと誰もが思うような困惑の表情を浮かべる。
葵は前セイバーの方をじっと見つめながら機会を見計らっていた。いつでも蟲を動かせるよう言い聞かせながら。
冷たく清澄な時間だけがただ流れていくが、お互いにそれを感じ取る余裕は無い。

一触即発の空気が流れる。
そして、ついに前セイバーからはまだ遠く、セイバーの間合いに入った。
と同時に両者が動く。セイバーは敵を一刀両断しようと。前セイバーは自分の間合いに飛び込もうと。

その時、夜空の遠くで何かしらの明かりが見えた。
明かりははるか遠くから発せられたようでとても見えづらい。確実に冬木の地から外れているだろう。
だが同時に葵とクリスが感じ取ったのは魔力の波長だった。それも無作為なものではなく、一定の波を持っている。

「……信号?」
それが何を意味するかを葵はとらえようとしたが、理解できない。
暗号の類だとは分かるが暗号は所詮手がかりでもない限り理解できるはずもない。
ならばとセイバー同士の戦いに集中しよう、と心に決めて視線を移した葵だったが、

「……ウソ……」
同じ方向を見ていたクリスが予想外の表情を見せていた。
まず見て取れたのは動揺、そして次には憤り、最後にそれを隠すように無感情だった。
ただ、憤りを隠せておらず、クリスは睨みつけるように葵を凝視する。

「アオイ、あなた……!」
葵がその言葉に対するクリスへの返答に選んだのは、ただ微笑を返すのみだった。
それを見たクリスは拳を握り締め、即座に魔術の詠唱に入る。

「Sternlicht !」
「堅玉の舞」

そして解き放った魔術を葵は蟲を操って防御する。
クリスの魔力が文字通り霧に入っていく光のごとく霧散し、消え去った。
結果を忌々しく思ったクリスはじだんだを踏み、幼い顔をゆがめる。

「セイバー! グラニを出しなさい! 今すぐ城に帰るわよ!」
「えっ!?」
吐き捨てるようにして命令を下すクリスの言葉にセイバーは驚きを隠せない。
ほんのわずかだができた隙で勝負を有利に運ぶ事ができた前セイバーも、クリスの言葉には疑問を持つ。
ただ1人、葵だけが冷静なままで戦局を見定める。

「セイバーさん! セイバーを退却させないよう追いつめてください!」
「! ……分かりました……!」
疑問を振り払って前セイバーはセイバーと打ち合う。
一合、二合と剣を交えるたびにセイバーの表情が厳しくなっていく。

「おおおっ!」
セイバーの剣にほんのわずかだが焦りが見て取れた。
それを好機と受け止めた前セイバーは気合と共に怒涛の攻撃を行う。
魔力放出の精度をそのままに、より正確に、より研ぎ澄まして。

「っ! セイバー! 早く!」
「く……!」
「させません!」
クリスの怒声にセイバーが強引に間合いを話して宣言をしようとするが、前セイバーは即座に間合いを詰めて撃ちかかる。
先程の渾身の一撃とは違って正確さに重点を置いた一撃に、宣言をする余裕を与えられなかった。
その事実にクリスは歯噛みし、葵は心の中で哂う。

先程の魔力の波が一体何を現しているのかは葵には分からない。
だが、それが何をクリスに伝えたかは分かる。
方角と距離から見てあれはアインツベルンの城から上がったもので、冬木にいるクリスとの連絡用のものだろう。
そしてクリスの焦りようから考えて、それが何を意味するのかは判断できた。

すなわち、サタナがアインツベルン城の攻略を行っている、と。

interlude out



to the next stage……


第38話に続く

戻る



 グェネヴィア登場、描写がしつこすぎ、だが後悔はしていない。
グェネヴィアは騎士道物語では典型的な貴婦人にはしたくありませんでした。
貴婦人でありながらもその在り方は勇ましく、緻密な考えは戦う男には及びもつかず、騎士たちはその笑い声で虜にされる。
こんな感じです。なぜ彼女がキャスターの召喚に応じたのかやキャスターの軍がどのような編成になっているかは次回に。
ただその設定をアーチャー戦以後に使うかと言われると……うーん。

さて、今回指摘を受けましたので、三人称で書く場合は一方の心情しか描写してません。
もう一方の心情を動作だけで表そうとすると……難しい。
自分がどれだけ説明文に頼っていたのかがありありと分かるわけで、はあ。
おかげでここ一週間書き直しまくったり。精進あるのみです。

それでは次の話で。
  2007年5月21日


2style.net