/10日目・interlude
「……そうですか、彼女は受け入れてくれましたか」
「そのようね……彼女は私の提案を快く受け入れてくれた」
「随分と都合がいい気がしますけど、まあそれはいいでしょう」
「ふふ……」
「それで、今彼女はどうしているんですか?」
「準備を整えています……。これならば誰であろうと彼女には勝てないでしょうね……」
「誰であろうと? それは随分と大袈裟……」
「……いえ。彼女は後ろ盾を手に入れてしまった。もはや三騎士全員が相手でもおそらく……」
「三騎士。セイバー、アーチャー、ランサーの全員が束になっても、ですか?」
「あの子はやる気……。今日中に最大の障害は取り除かれる……」
「そう……! これであの人はもう危険な目にあわないんですね」
「ええ、そうなるでしょうね……」
「……これで『場所』と『器』は手に入り、『邪魔者』は消える事になりますね」
「そうして私の『中身』を用い、悲願の奇跡に至る……」
「(くすくす……)楽しみですね。これから送る日常の事を思うと」
「日常……」
「もう誰もわたしたちを脅かす存在はなくなるんですよ。誰であろうと例外じゃない。わたしの生活が真にわたしのものになるんです」
「けなげね……」
「決して変わりはしない。神様だって絶対に変えられやしないんだから」
「マスター、それより……」
「分かっています。彼女が『邪魔者』を殺し、わたしたちは足止め。そしてあなたが『紛い物』の破壊を」
「……強気……」
「これで今回は終了。真の意味で勝者は誰もいない。ただわたしたちが勝った事実だけが残るんです」
「……可哀想な娘」
「……え?」
「あの子……自分が踊らされてる事にも気づかないで一心不乱に駆け巡って……」
「……仕方がありませんよ。そうでなくてはあの人じゃありませんから。駆け巡るからこそあの人なんです」
「……だからこそはめる……」
「はめるだなんて人聞きが悪いですよ。勇退してもらうだけなんですから」
「……(唇を吊り上げる)」
「わたしが単純に今を取っただけの話です。きっとあの人も分かってくれますよ」
「……ふ……ふふふ」
「これで全てが元通り。元通りなんですよ……」
「そうね……」
interlude out
Fate/the midnight saga(仮)
第36話
/
「……おかしい」
夕方、太陽がある方向は既に橙色に染まってきている。
気温も日中と比べて肌寒くなってきていて、油断していると体が震えるほどだ。
俺はそんな中、百目木邸の門の前に立っていた。
時刻は西洋風に言えば5時を回った。
いくら丘の霊脈には往復で数時間かかる距離とは言え、この時間になっていれば帰ってきていいはずなのに、彼女は帰ってこない。
まさかサタナか双魔の奴に何かされたのか、と思うといてもたってもいられない。
くそ、まさか俺が気絶してる間にどこか行ってしまうだなんて。
その時気絶してた俺も俺だが、それを見逃したアーチャーもアーチャーだ。
彼の事だから何かしらの判断があったんだろうけど、そんなの俺の知った事じゃない。
だから現在アーチャーには単独行動による捜索を行わせている。
俺1人で出かけたんじゃ敵の餌食になってしまうし、2人で探せばアーチャーの足手まといになる。
もし俺が最大限に動こうとするなら日中はまずい。せめて夕飯時を過ぎた後でないと。
「こんな時に使い魔がうまく使えれば……!」
そう思うとサタナに腹が立ってくる。
使い魔による情報収集、こんなのは魔術師としては真っ先にやるべき手段だ。
聖杯戦争は短期決戦。サーヴァントの戦法、真名、宝具の判明に間違いなく欠かせない手段だろう。
だというのに今回ばかりは使い魔による情報収集があまり出来ない事態に陥ってる。
キャスター対セイバーが始まる前まではおそらくキャスターが、現在では前キャスターが、それぞれことごとく使い魔を殺しているせいだ。
神代の魔術師。彼らの創作物に現在の理論尽くめな魔術師が勝てるはずなどなく、結局自分の足を使うしかない。
まあ、こっちの英霊がアーチャーなのは助かった。視力が一番必要とされるクラスだから、自ずと偵察任務はアサシンに次ぐ有能性だ。
その間にここに攻めてくる可能性も否定できないけど、こっちには前セイバーこと英ねえがいるんだし。
が、今の所一切の手がかりなし。
いくら英霊の立場にあっても数時間で冬木の地全部を見て回るなんて事は難しいだろうからな……。
気長だなんていってられないけど、それなりに時間はかかるだろう。
(……まずいぞ憐)
と、不意にアーチャーの声が頭の中に響き渡る。
思わず声を出そうとしてしまうけど、念話だと分かると頭を切り替える。
(まずいって、何が? まさかディートが何かあったなんて言うんじゃないだろうな)
アーチャーの声はいつになく真剣なものだった。
いつもの会話ではなく、戦闘時に話すような厳しいものだ。
自然と俺の表情も引き締まる。
(……もしかしたらそうなってるかもしれない)
「な、なんだと!?」
しまった、と思ったときには遅い。
思わず声がでてしまった。
あたりを見渡すが、どうやら誰にも聞かれていないようだ。
とりあえず胸を撫で下ろし、再び念話に集中する。
(とりあえず今まで何があったのか順序良く説明してくれ)
(分かった)
アーチャーの説明によると次のようだ。
まず彼はディートが行った方向、すなわち川の向こうにある霊脈の方へと向かった。
そこに宝具の包丁が刺してある事は以前聞いていたからそれが役に立ったが、そこには何もなかったし誰もいなかった。
次にその霊脈とこの屋敷、その道筋をすべて見て回った。もちろんその間にある店も全て。
そして他の道や店を探し回った。
結果、冬木には何の異常も見られなかった。
サーヴァントの姿形はおろか、気配すら感じる事ができなかったのだ。
双魔はおそらく昼間動く事はしないだろうから、サーヴァントの存在は隠すだろう。ランサーの宝具にそんなものがあるかもしれない。
一方前キャスターは水の精霊。川に溶け込んでしまえば見つけだすのは困難だ。水源には注意が必要だろう。
クリスとセイバーは冬木の地にはいないらしい。どこにいるかは俺には分からない。
だけど、キャスターとディートがいなくなる原因が俺には分からない。
あるとするなら2人が脱落した時だろうけど、そんな事は考えたくはない。
(だからおかしいと思ったんだ)
(おかしい?)
(ああ。キャスターが不意打ちをくらって即消滅しても、応戦状態になってもディートが気づくはずだよな)
確かにそうだよな。サーヴァントに異変があればマスターが気づかないはずがない。
互いは令呪で結ばれているんだから。
(にもかかわらずキャスターが行方をくらました。と言う事は……)
キャスターが自らの意志で行方をくらましたんじゃないのか?
アーチャーは確かにそう言った。
思わずぐらっと来る。
門に背をよりかかっているにも関わらずだ。
キャスターが自分の意思で行方をくらました?
一体何のために? そして何をしようとしてる?
そして、マスターであるディートはそれに同意したのか?
(そう思って包丁が刺さってた霊脈を遠くからでなく足を運んで確かめる事にした)
霊脈を……。
そうか。なまじ見えるから確かめられない事もあるわけか。
実際に見えるものが全てではなく、視覚が誤認されている可能性だってある。
英霊なら気づくかもしれないけれど、遠くから見えるアーチャーならではと言った所か。
(……とんでもない事になったぞ)
(とんでもない、事?)
とんでもない事って……霊脈で起きて、キャスターとディートの失踪に関わっていて……。
ん? 待てよ。
キャスターが、霊脈で?
(ってまさか……!)
(ああ、間違いない)
念話では分からないけれど、今間違いなくアーチャーはうなづいているだろう。
そして、俺の懸念は……。
(キャスターは丘の霊脈に神殿を形成してる)
キャスターが、霊脈に、神殿を。
この事実が俺の視界を暗転させそうになる。
神殿。魔術師がその秘密を隠匿し、防衛するために設ける工房を上回るもの。
今回のキャスターことニムエは道具生成こそあまり得意としていないものの、陣地作成能力は高い。
今までは霊脈でも何でもないこの百目木の屋敷にいてもらったけれど、それが霊脈の上に構成されたとなれば……。
(……何のために?)
(分からない。さすがに神殿の中に1人で無防備に入る事はできなかった)
賢明な判断だ。神代の英雄クラスにまでなっていればその神殿の恐ろしさは計り知れない。
それこそ攻城戦に望むようなものだ。
キャスターが神殿を構成するのはある意味で当然の事と言える。
今回ニムエは召喚魔術に優れているからうってでていたらしい(ディートの話だと前マスターは執行者レベルだったとか)。
けれど、通常対魔力を兼ね備えたクラスの多いこの聖杯戦争でキャスターは絶対的に不利だ。
それを覆すために自分の陣地を作り、迎え撃つ事で互角にまで持っていく。
でも、今になって何故?
包丁が魔力を集めるものだとは聞いたから、それで神殿が構成できるようになったのは分かるけれど……。
時間がないって言ったのは彼女の方じゃないか。
(……神殿創ってまで出迎える相手なんていたか?)
セイバー、ランサー、サタナ、英ねえ。残ってるサーヴァントはいずれも徒党を組んでない。
単独ならアーチャーとキャスターが組めば勝てない相手は……。
北欧神話で竜殺しを成し遂げた剣士、シグルズ。
古今東西あらゆる宝具を射出し、槍をも使うランサー。
神代の魔術師にして姦計に長けた水の精霊、サタナ。
そして俺が尊敬してやまない英ねえ、その宝具はライダーを一撃で葬った前セイバー。
(……前言撤回。用心に越した事はないな)
誰も彼もが2人がかりでも負けるかもしれない相手ばかりだ。
おそらく双魔、葵、クリスが結託する事はないし、サタナが組む事もない。
なら神殿に立てこもったキャスターを攻略する事は難しいだろうな……。
冬木の霊脈は4つあるけれど、未使用は丘の場所たった1つだけだ。
ならその場所を使うのは正しいかもしれない。
問題はこの百目木邸から一番離れている事にあるけれど、これでキャスターに有利になった事に変わりはない。
(……とにかく今日中にキャスターに会うべきだな)
(……分かった。そうしよう)
アーチャーの声はどこか懸念を含んでいたようだけど、俺はその懸念を払拭したい。
キャスターは策略に長けた存在。だけどそのマスターはディートだ。
神殿を構成してもキャスターに町への危害を加えるような事はさせないはずだ。
多分微調整のためにディートはとどまっているんだろう。
ましてや、キャスターがディートに何かしらの事をするだなんて考えたくもない。
とにかくキャスターに真意を聞いてみることにしよう。
何も知らない状況では話にならない。キャスターが神殿を創った事で事態が大きく変化する事に違いはなさそうだから。
話し合わない事には始まらない。
んー、キャスターがいれば今日中にサタナをどうにかしたかったんだけど……ないものは仕方がない。
今はキャスターの方が大切だ。
「憐さん、今日は夜ご飯をお作りにならないんですね」
「ん、ああ。思うところがあってな」
俺は居間で刀の手入れをしていた。
刀というのは人体を切ってしまうとその油で切れ味がすぐに落ちてしまう。手入れが欠かせない。
柳洞寺での一戦で蟲を大量に斬ったからこの数日は念入りに行っている。
「これって台所はもうわたしに譲ってくれるってことですよね!」
「そんなわけないだろ。今日だけだ」
作る分にはいい。と言うか俺がやりたい。
だけど料理を作った人が皿洗いをするとなれば話は別だ。一刻も早く出かけたいから皿洗いをしている暇はない。
と言うわけで不本意だが今日もまた葵に夕飯は任せる事にした。
「今日だけ、ですか。何かやりたくない理由が?」
「………………ちょっとな」
若干迷ったが、葵にはキャスターの神殿に関して言うのはやめた。
その事を言うと「わたしも同行します!」なんて言うかもしれないから。
キャスターの性格だとさすがに2人でノコノコと神殿に入る事は許さないだろう。
「……そうですか。じゃあ憐さんの分までがんばりますね」
にこっと笑って葵は台所へと向かっていった。
若干ほっとする俺。どうやら深く追求される事はないようだ。
まあ、言われなくても全部知ってるなんて可能性もあるかもしれないけど。
葵の料理はおいしかった。
いつものように英ねえと姐さんが多く食べて、俺と師範が少食。団欒は笑顔で満ちていた。
ただ違うのはディートとキャスターがいないこと。
一ヶ月前だったらそれが当たり前だったのに、いつの間にかいて当然の存在になっていた気がする。
そこだけがぽっかり空いていたような気がした。
「よし、行くぞアーチャー」
「了解、マスター」
食事が終わってご膳を片付け、即行で俺たちは準備を整えて出発する事にした。
その間わずか数秒。いつもなら皿洗いとかは手伝うのに葵を見捨てる非道っぷり。
「馬車とかあれば簡単なんだが……さすがに歩きかな」
歩くとあそこまで結構時間がかかるんだが……えり好みはしてられないか。
馬を使っていくと目立つし、車はさすがに百目木邸にはないから。
当然のごとくアーチャーに抱えてもらうのは却下だ。
夜とは言え今の時間帯だとまだ人がいる。見られたら終わりだ。
やっぱ歩きだな。
「自転車はどうなのさ」
「じ……自転車ー?」
あんな大八車と何ら変わりない衝撃を受けるもんのどこがいいって言うんだ?
英国でボーンシェイカーに乗ったことが歩けど速度も全くでないし何より疲れる。
「速度も出ないし何よりこの屋敷にない」
「あ……そう言えばまだペニー・ファージングすらなかった時代か。でもミショー型はあったはずだから乗れるはずだよな……」
そう言うとアーチャーは両手を合わせて、
「――――
魔術の詠唱に入りました。
ってまさかあんな役立たずを投影して具現化させるんじゃないだろうな。
とまあ、そんな懸念は。
「――――
それを見て一発で消し飛んだ。
「こ……これが自転車……?」
それは今までにないものだった。
俺が乗った事のあるボーンシェーカーとは異なる構造をしている。
まずタイヤの素材にゴムのようなものを使い衝撃を吸収するようになっている。
フレームはがっちりしていて、所々にばねのようなものが見られる。
何よりペダルが前輪でなく、中央についている。チェーンのようなもので後輪につながっている。
多分歯車比でこぐ回転数より多く回す、少なく回すなどの調整が出来るようにしてあるんだろう。
「競技用、21世紀の自転車だ。本来この時代にないものだから帰ってきたら消すからな」
「へえ……」
「ちなみに構造自体はこの聖杯戦争が終わって英国に戻った時には発明されてる形式だから、べつにいいかな」
なるほど、つまり数年後に開発される技術を昇華したものか。
それにしてもこれは確かに凄いな。
「よし、じゃあ行こうか」
「ああ」
腰は折れたが、これで歩きや走りより早く目的地に辿り着けるだろう。
自転車にまたがり、俺はペダルをこぎ始めた。
/interlude
アインツベルンは自らの手で全てを成し遂げようとする。
聖杯戦争とて苦渋の選択を取ったゆえの結果である。
当然それを何度も行う気になれるはずがない。
故に、とでも言うべきか。アインツベルンは冬木の地に支邸を持たない。
冬木の地のセカンドオーナー、遠坂。冬木の地に移ったマキリ。彼らとは根本的に違う。
とはいえ『聖杯戦争』という形で冬木に滞在する事は事実である。
聖杯戦争の形になかった第一次では問題なかった。
構造を作ってしまえばもはやそれでよし、わざわざ手間をかけてまで一時的なアインツベルンの本拠地を設ける必要もないからだ。
が、第二次になって表向きのルールが作られ、そうはいかなくなった。
簡易的な屋敷より霊脈に建てる建造物の方が有利に働くのは当然の事だ。
防衛用の術式、結界、いくらでも手段を用いることが出来る。
万全の準備のためにあらゆる防衛策は練らなくてはならなかった。
問題はアインツベルンの誇りに関すること。
セカンドオーナーの遠坂邸、古くから寺のある柳洞寺。その2つをのぞけば手がつけられていない霊脈は2つ。
うち1つは問題外。町が近すぎる。もう1つは丘の霊脈。確かにそこは人里から少し離れているから条件は申し分なかったが……。
「駄目だな。遠坂の地に我らの本拠地を置くわけにはいかぬ」
当主であるユーブスタクハイトの一言で却下となった。
アインツベルンの他の魔術師達もそれを考えていたのでそれはあっさりと通る事になった。
遠坂の厄介になる事はその誇りが許さなかった。
ではどうする事になったか?
その答えは意外にあっさりとでることとなった。
すなわち、冬木の地以外の霊脈を本拠とすればいい、と。
冬木の地から30キロ先、誰も住んでいない事をいい事にそこをアインツベルンの本拠地とした。
土地の買占めは当然行っていない。
それを行う事は『今後に備える』事で、『今回決着がつかないからそうする』事に他ならないからだ。
それでもアインツベルンのマスターが滞在するのにふさわしく、と支城を移築するあたりどこかずれているかもしれないが。
明治維新のごたごたで藩侯が土地を所有する事でなくなったため、アインツベルンの屋敷のある土地の所有者はうやむやなままだ。
それはまだ地方政治がどたばたしている証拠でもある。
まあ、当時日本の対魔機関への根回しは最寄の魔術師であった遠坂が奔走したのだが。
「レイリー、少し聞いてください。今回アインツベルンは――」
余談だがライダーのマスター、レイリーはその事の愚痴を瑪瑙から数日聞かされたとかなんとか。
そんなわけでアインツベルンの本拠地たる屋敷はその霊脈の上にある。
そしてそれは原生林に囲まれており、それ全体を結界で覆うという手段に打って出た。
これで原生林そのものがアインツベルンの本拠地となったのだった。
普通の者が入れば無意識のうちに林から出るように、敵意あるものは排除するように、と。
ちなみにアーチャーしか知らない事実だが、土地の買占めが行われたのは飛行機械が発達し、城の存在がばれやすくなった第三次の時点である。
この時もまた遠坂のものが奔走した事は言うまでもない。
「それじゃあ行ってくるわね」
「行ってらっしゃいませお嬢様。どうかご無事で」
夕方も過ぎ、夜となった直後。この城の今代の主、クリスはヨハンに軽くつげて手を振る。
そしてセイバーに抱えられると、セイバーはそのまま駆け出していった。
その姿が見えなくなるまで数秒も必要なかった。
「……」
出迎えに出ていたヨハンとジェイナは双方共におじぎをしたままでそれよりも長く止まったままだ。
「さて、では今日も気を抜かずに致しましょう」
「分かってる」
やがて2人は顔を上げると互いにこれからのやるべき事を確認しあう。
「我々アインツベルンが用意した聖杯、これだけは何としてでも守り抜かねば……」
アインツベルンはこの聖杯戦争で聖杯となるための器を用意する。
前回同様、その役割が変わる事はなく、今回の器の守り手はマスターであるクリスの役目である。
前回あったように破壊される失態があってはならない。過去を知ったクリスからそれに関して念を押された。
「守り抜かねば」
当然念を押されるまでもなくヨハンとジェイナの思いは一致していた。
彼女達もアインツベルンの者。その心はクリスと共にある。
己の主人であるクリスは最高のサーヴァントであるセイバーを従えながらも決定打が撃てないでいた。
それは別段クリスの責任ではなく、存命を図ろうとする敵マスターの意志であるのだが、結果は同じ事だ。
聖杯戦争が始まって10日目、柳洞寺であったようにそろそろ転換期が訪れてもおかしくない所だった。
クリスの話によるなら次のようらしい。
双魔&ランサーはあくまで全員倒す事での完全決着を望んでいるようだ。絶対の自身があるため、対して小細工を用いない。
憐&アーチャーは双魔やサタナを優先して倒す気でいるらしい。その在り方は双方真っ当でやはり決着を望んでいる。
ディート&キャスターは聖杯を直接狙う事は絶対にしない。ただ、キャスターに関しては注意が必要。
葵&前セイバーは今の所動きはない。こちらは逆に葵が何をたくらんでいるのか分からないのでやはり注意が必要。
そして、サタナ。遠坂邸を強襲し、セイバーたちに奇襲を仕掛けるなど最も危険な存在。
その行動目的はまるで己しか見ておらず、マスターすらないがしろにしているように思えてならない、と。
ゆえに攻めてくるならキャスター単独か前セイバーたち、そしてサタナが可能性として考えられる。
クリスとセイバーがいようといまいと関係ない。アインツベルンの屋敷には聖杯があるのだから。
よって夜間でも警護は欠かせない。
2人は無言で見回りに出る事になった。
ジェイナは聖杯の警護を、ヨハンは場内の見回りを担当する。
ディートがいた時はその上更に場外の警護も行っていたが、いないのでは仕方がなかった。
「!?」
ディートに代わって魔術面での警護に当たっていたヨハンの方が真っ先に気づいた。
今まで気づかなかった事を悔やむ。
「いけない……!」
ヨハンは城内を駆け出した。
そこに礼儀作法などなく、ただ速度のみに特化した動きだった。
一分一秒でも早くにジェイナと合流する必要がある。そう判断した。
だが……、
ひたり、ひたり。
冷たい足音が静寂な城内に響き渡る。
本当にかすかだったが、ヨハンがそれを聞き取って止まっていたのでよく聞こえてくる状態だ。
それはまるで濡れた状態でかつはだしで床を歩いている、そんな音であった。
その歩調はゆっくりではあったが、近づいてきている。
無駄な照明はほとんど消しているので、廊下の角の向こうから人影が見え始めた。
「そこの侵入者、名を名乗りおとなしくでてきなさい」
ヨハンは厳しい口調で言い放つ。
手に持っていたランプを床に置き、いつでも魔術を起動できるようにしておく。
(く、なぜ今まで気づかなかったのですか……!)
だがヨハンは内心であせっていた。
後に判明した事だったが、ディートがクリスを殺そうとした時にやってきたシェラザードはその隙をぬって空間転移で進入した。
今回の場合は警護は怠っていなかった。いわば万全の状態にあるのだ。
当然魔術の痕跡どころか、森にいる動物の動向すら把握できるのだ。
その人影はヨハンをあざ笑うかのように歩調を少しはやめ、近づいてくる。
そうして、ついに角を曲がってヨハンの前に姿を見せた。
その姿、クリスとの視覚の共有で見た事があった。
今回召喚された正規の7人の英霊とは別の存在、前回の英霊である存在。
その第一印象はディートが持つキャスターと酷似している、と。
「前……キャスター……」
その少女こそ、前回の魔術師の英霊キャスター、サタナだった。
サタナは唇を吊り上げて黒い笑みを浮かべる。
一方のヨハンは即殲滅には打って出ず、相手の動機を知ると同時にジェイナに知らせて時間を稼ぐ手段に出る事にした。
「アインツベルンの城からは数キロにわたり結界が張り巡っていたはず。どのようにしてそれを……」
無駄だと分かってはいるが、そのために聞いてみた。
サタナは結界に探知される事なく城のすぐ近くに現れたのだ。
だが空間転移をした形跡はない。移動してきたのなら必ずや探知できたはずだが、それまで気づかなかったのだ。
英霊や人間はおろか、動物一匹たりとも接近してはいなかったのだから。
「私はキャスター、サタナ。その在り方は水の巫女……」
そんなサタナはヨハンの問いにあっさりと答えた。
それだけでヨハンは答えを導き出す。
外界から隔離されたアインツベルンの城と言えども生活をするために水源は必要だ。
わざわざ遠く離れた場所からの汲み上げの手間と比べて水源をこちらまで引っ張っても来た。
そして、その水は停滞せずに流動している。
つまり、サタナは水そのものとして地下を移動したのだ。
動物には反応できても水の動きまでは探知はできない。それが今裏目にでてしまった。
思わず歯噛みするヨハン。
この手段を用いて遠坂邸は一切結界が働く事はなく、攻略された。
同じ手段でアインツベルンもまた攻略しようとしていた。
「全てはわたしの願いのために……」
そうしてサタナはゆっくりと手を上げる。
だがその前にヨハンの方が魔力弾を放った。
凝縮された魔力の固まりは一直線にサタナの方へと襲いかかる。
当然それを一発でやめるような事はしない。一瞬での詠唱と一瞬での開放。それをほぼ同時に行い、連撃としている。
と同時に隙をうかがい、大魔術を放てる機会を待っている。
だが、
「満たすは網のように」
これもまた遠坂邸の再現。
魔力の塊はことごとくサタナの水に包み込まれ、威力を失っている。
「……!」
その効果を一瞬で見て取ったヨハンは無言で後退を進めた。
と同時にサタナは歩くペースで前進を進める。
と、サタナの動きが若干変わった。
ほんのわずかな違いではあるが、サタナを覆っていた水の流動も変化を遂げる。
それを感じ取ったヨハンは別の詠唱を開始した。
「Explosion !」
「大いなる水の育み」
大蛇のように襲いかかる水の群れは直前になって放たれた大爆発によって四散してゆく。
だが着火点がヨハンの予想よりはるかに手前に来てしまったため、爆発の余波を思いっきり受けてしまった。
「ぐぅ……っ!」
声にもならないあえぎと共にヨハンの体は廊下を勢いよく転がってゆく。
くしくもその事でサタナとの距離は十分に開いた。
再び大魔術の詠唱に入るヨハン。
規模の大きい魔術を放つ事で異変にジェイナが気づく事を想定しつつ、彼女はそれを解き放った。
クリスとセイバーはこの場にはいない。
いるのは敵サーヴァントと自分達だけなのだから。
interlude out
/
夜風が自転車をこぐ俺を襲う。
アーチャーが用意してくれた未来の自転車は俺の予想をはるかに上回る速度を出してくれた。
足腰を強化し、走らせるそれはもはや馬はおろか車にも勝っているかもしれない速度がでるのだ。
前かがみになる事で空気抵抗を抑え、あっという間に俺は橋を渡り、川の向こうへと走ってゆく。
うーん、これが未来の自転車の恩恵か。ここまで効率がいいならぜひ今後も使いたい所だが……駄目だろうな。
アーチャーは霊体化した状態で俺の後ろにピッタリとついてくる。
その距離は近すぎず、離れすぎずでちょうどいい。
そうして俺らは他のマスターと遭遇する事もなく、そこへ辿り着いた。
「な……っ!」
そして思わず息を飲む。
息を飲んだのはそれにただ圧倒されたからだった。
魔術師とは神秘を体得するものである。
どんな事があろうともそれを冷静になって受け止め、かつそれを分析する事で状況を把握、自らの知識として増やす。
それが例え胃のものがすべて逆流するようなおぞましいものであっても、それをする事が魔術師として大成する近道なのだから。
だが、目の前の神秘の前にはそんな意識は一瞬で消し飛んでしまう。
魔術師の工房、それよりはるかに優れた神殿。
それがここまで圧倒的で、神々しいものだとは思ってもいなかったからだ。
まだ神殿に踏み込んでいないにもかかわらず、そこからもれる気配と空気は日常とは全く異なったものだ。
どちらかと言うとニムエの故郷であるウェールズに近いものがあるが、それでも若干異なっている。
古代の神殿、神々が住まわれる土地をそのまま表している。そうまで思ってしまう。
「憐」
アーチャーが現界し、俺の肩に手をのせる。
一瞬それに驚いたが、流れる汗を腕でぬぐう。
「――っ。気後れしてたみたいだな」
「気後れするのも無理ない。俺だって禍々しい神殿は何度か見たが、神々しい神殿を見るのはめったにないからな」
ましてやこれほどのものを見るのは初めてだ、とアーチャーはつけくわえる。
そう、か。いかに英雄と言えどもアーチャーは未来の人物。
本当の意味での神殿と言ってもいいほどの魔術師の神殿を目にかかる事は今後一切ないと言っても過言ではなさそうだしな。
これほどのものをキャスターが創ったのか……。
断言できる。
ここに攻めいったが最後、キャスターは確実に勝利を収める事ができると。
「……行こう。いつまでもこのままじゃいられない」
「分かった」
気後れもほどほどに俺たちは一歩、神殿の中へと足を踏み入れた。
……視て判断したけれど、やはり防衛用の仕掛けはまだないようだ。
俺にも分からない仕掛けがあると困るとアーチャーが先陣をきったが、それはなかった。
それどころか丘の霊脈の上に立てられたにもかかわらず、キャスターの神殿は異界を作り出しているだけで防衛策が1つも見られないのだ。
「アーチャー、これって……」
「悪いけど俺に聞くなよ。当時のあそこに行った事がないんだから、判断なんかできないって」
まあ、確かにその通りだけど、同意くらいは欲しい。
その丘の大地や生える雑草、どれも若干にしか変化していない。空気もしかり。
だけど、それだけでここが日本とは全く考えられない異世界と化していた。
霊脈という神秘性はそのままに、その地はキャスターの世界を再現しているように思えてならない。
すなわち、栄光と繁栄に満ちた国、ブリタニアの世界を。
さすがに天に輝く星までは操作していないけれど、神殿内に入った途端に周りの景色は見えなくなった。
冬木の町は見えず、ただあるのは果てしない草原。山が多い日本ではまず考えられない光景。
それがえんえんと続いている。
「やあ、よく来てくれたね」
そうして丘の頂上、そこにはキャスターとディートがたたずんでいた。
彼女の笑顔はこれでもかとばかりにさわやかなものだった。
「で、どうかしら。この風景。あたし達の国を再現してみたんだけど」
「ああ。確かに凄いな」
英国に留学した俺でも今の現地しか知らない。
当時、まだ神秘が健在だった現地とは全く異なったもののはずだ。
だから俺は正直にそれを述べた。
「……これほどの神殿を作れたなんて思いもしなかった。正直自ら行動を起こす方だと思ってたから……」
「時と場合によるわね。最大の敵を相手するにあたってあたしだけの力じゃ役不足だし」
最大の敵、それは前マスターを殺した双魔とランサーのペアの事だろうか。
キャスターが腕を広げてくるりと一回転する。
それだけをみていると本当に裏表のない少女に見えてならない。
「もはや霊地でないと再現できなくなった、神々の存在する世界……あたしの理想……」
俺たちに見せつけたいのか、それとも俺達の事など気にも留めていないのか。
とにかくキャスターは自分自身を抱きしめた。
「この地であたしは再び奇跡を成し遂げる。大釜を用いて」
それはおととい言った言葉の焼き増し。
魔法の大釜をブリタニア12の宝具で補助し、それを万能の願望器とする。
生前はそれを用いて国の浄化を行い、神々の地を取り戻そうとしていた。
けど今はそんな考えを持っていないと断言した。ならその奇跡とはディートを救う事だろう。
「我がマスター、シャルロット・ド・ブランドーの名においてキャスターはディートリッヒを救う。いかなる方法をもってしても、ね」
断言するようにキャスターはやはりそう言い放った。
そうして彼女は虚空から大釜を出現させる。
「そう、いかなる手段を用いようとも、ね」
そうしてキャスターは笑みを浮かべる。
うつむき加減で、心の底からの笑みを。
「……!」
ぞっとする。
俺はあんな笑みを何回か見た事がある。
あれは、万事が自分の思い通りに進んでいる時に浮かべるものだ。
「レン、君の参戦目的は3つだったわよね」
「あ、ああ」
遠坂家で起こった問題の決着、冬木に被害をもたらす存在の排除、そしてディートを救い出す事。
これが主な俺の目的だった。
「つまり、あたし達が勝ち残ってもいいって事よね」
……まあ、極論で言えばそうなるかもしれない。
問題は現在時点でその3つ全てが果たせていない事なんだけど。
だが何でこんな事をキャスターは言い出すんだ……?
そんな疑問を余所にキャスターは手をこちらに突き出して、
「聖杯戦争なんて茶番は今宵で終わりよ。誰も勝者がでないままね」
なんて断言してきた。
「……は?」
キャスターの言葉に理解が追いつかない。
今宵で終わり? 勝者は誰もなし?
一体何が言いたい?
「もはやあたしは聖杯戦争なんて枠組みなしに奇跡に至る手段を確立した。したがって他の魔術師の手のひらで踊らされる事はない。
そう、むしろあたしにとっては邪魔でしかない」
「聖杯戦争が邪魔って……それだとディートを救う手段がないだろうが!」
麻痺した頭が鮮明になってくるにつれ、キャスターの言葉に怒り起こる。
おととい言った事と矛盾してるだろうが……!
ディートを救う奇跡はキャスター1人で成し遂げる事はできない。だからこの戦いでの奇跡を望む。
だからこそ俺たちは手を取り合って進んできたんじゃなかったのかよ……!
「そうね。あたしが持っているのは『器』だけでこの戦争のように『中身』を満たす手段をあたしは取れないわ」
さもそれが当然のごとく言い放つキャスター。
その態度一つ一つがいつもの変わらないのがまたこちらの平常心を削ってゆく。
「なら……!」
やっぱりキャスターの分かってるんじゃないか!
だったら何で……と続けようとして、
「あたし1人ならね」
と、キャスターの冷たい一言で言葉が止まる。
キャスター1人ではできない。キャスター1人なら……。
つまり、協力者がいればできる、って事にならないか?
「あたしがそれに気づいたのは柳洞寺での一戦。それを経た後にひそかにこの手段の可能性を模索し始めた」
柳洞寺での一戦……?
それは前キャスターが戻る前、死の存在だった彼女との魔術の応戦の事か。
「でもさすがにその状態じゃあ無理だって分かってたからすぐに捨てたのよね。……おとといの出来事がなければ永久に」
おとといでの出来事……。
マキリ邸への突入、俺との会話、そしてセイバー同士の対決にサタナの乱入。
その2つの共通点は……、
「魂を喰らう宝具、『
前キャスター、サタナが関わっているという事――。
そこから導き出される結論は……、
「第三魔法の一部、つまり彼女の真の宝具は『万能の釜の中身』、と言う事にならないかしら?」
キャスターが、サタナと、結託したと言う事……!
「キャスター、お前――!」
「……! へえ」
思わず俺は刀に手をかける。
そして重心をおとし、いつでも飛び出せるようになっている。
サタナが第三魔法を使えるなんて言い過ぎだろとかここがキャスターの神殿なのに無謀だとか、そんな考えは頭から吹き飛んでいた。
ただ頭の中にあるのは、これ以上何かを言われたらすぐにでも飛び掛る決意だけだった。
それをしないのは、傍らのディートが何もしようとしていないからだ。
「つまり、お前は俺たちに隠してサタナについたわけだな」
「まあそうなるわね。でも、可能性が高い方を取るのは魔術師として当然じゃないかしら?」
「そんな問題じゃねぇだろうが……!」
キャスターは俺の言葉をつまらなそうに聞き流したように、肩をすくめた。
思わずあいつに襲い掛かりそうになったが、何とか自分を落ち着かせてとどめる。
「レンの方が知ってるでしょう? ディートのロアとしての覚醒は刻一刻と迫っている。もはやアルクェイド・ブリュンスタッドが動き出すのは時間の問題だと」
「……っ!」
キャスターの表情から満足や達成感が消え、厳しさだけが残る。
そして鋭いまなざしで俺を見つめる。
「今のまま進めた所で完全決着は大分先。それじゃあ遅いのよ。と言ってもあたしたちではそれを進ませる事はできない。ならばやはり近道を取るしかない」
ぐ……。
敵はまだ4人もいて、2人を同時に倒す事はとても難しい。
だとしたら決着までに一週間以上かかってしまうかもしれない。
そういった意味でキャスターの言っている事は正論だ。正論だけど……。
「……サタナが何をしたか、分かってて決めたのか?」
「ええ、そうよ。同じ神代の魔術師としてね」
……。
ならもはや何も言う事はない。
サタナが何をしてきたか、それは大いに分かってはいるけれど、過去より未来を見るならばそうするのは仕方がないのかもしれない。
俺としては本当に不本意ではあるが、キャスターの言っている事は一理ある。
キャスターの『器』がある、サタナの『中身』がある。そして今霊脈の上にある神殿という『場所』もある。
もうこの2人だけで神秘に届く事が出来るわけか……。
なら確かに聖杯戦争に意味はない。後は遠坂家の問題を……、
「……待てよ。確かにそれで『万能の釜』が作れるとしようか。なら元からある『聖杯』を争う戦いの参加者のお前たちはどうするつもりだ?」
そうだよ。ニムエのサタナも『キャスター』と言う聖杯戦争の参加者だ。
いくら『万能の釜』を2人で作れるからって『聖杯』を争う戦いから脱落したわけじゃない。
放棄はすなわち敗北を意味する。勝利する事でしか生き残れないはず。
「言ったでしょう。もうそんな茶番に付き合う事はないって」
ふふ、と笑う彼女。
確かにそうは言ったな。今宵で終わりだ、誰も勝者が出ないまま、とも。
……今宵? ……勝者は出ない?
「そっちが付き合う気がなくてもクリスや双魔はそうはいかない。あいつらは参加者であるキャスターの脱落を目指すぞ」
「ふ、それも言ったでしょう。『今宵で』、『誰も勝者が出ないまま』、『聖杯戦争は終わる』ってね」
俺が思いだした事を強調するキャスター。
やっぱりその辺が重要な言葉らしい。
何で今宵なんだ? サタナはいる形跡がないから今日中に神秘を現す様子ではないし、キャスターがこうしているから全員の脱落を望めるわけでもない。
誰も勝者が出ないまま? そんなのどうやって勝者なしで終わらす事ができるんだ?
疑問が尽きない。色々な可能性が頭に浮かぶけど、どれも説得力にかける。
何なんだ一体――。
「――聖杯を破壊する気か」
そんな言葉が俺の耳をかすめた。
「へえ……」
キャスターがそれに反応して唇を吊り上げる。目を見開いた状態で。
俺は彼女から視線を外し、声のした方向へと顔を向ける。
「アインツベルンが用意した聖杯を破壊して、強制的に聖杯戦争を終了させる気か」
「さすが、よく分かってるじゃない」
その言葉を発していたのはアーチャーだった。
その言葉の深刻さに思わずめまいがする。
「サーヴァントの現界、戦闘には聖杯の援助がかかっている。聖杯の破壊で戦争は終結、それは打ち止められる。
霊地という援助があるあたしとサタナにかなうはずがないさ。明日までには邪魔をする者は誰もいなくなる」
確かにその通りだ。
そうすれば奇跡を体現する儀式の邪魔となる存在はいなくなる。
例え、それが過去に大英雄とまで呼ばれた存在であれ。
だけど……、
だけど……!
「アインツベルンの魔術師であるディートがそんな事を許すはずがない。ディートなら自分よりもクリス達の悲願を優先させるはずだ」
そんな事を黙ってみているはずがない。ディートなら令呪を使ってでもとめるはずだ。
言ってしまえば自分をないがしろにしてしまっているけれど、これは変わらない。
アインツベルンの悲願はマキリ、ましてや遠坂とは比べ物にならないほど長く、重い。
そしてようやく成功に至る手段である聖杯戦争、それを破壊する事に賛成するとは思えない。
「ディート、どうなんだよそこの所は!」
どなる。
この決定がまるでディートの全てを否定するような気がして、内心あせっている。
ディートはアインツベルンを思ってこそ、彼女なんだ。それをあっさり捨てるだなんて、そんな事……。
「……」
ディートはこっちを眺めているだけだ。何も言おうとせず、表情すら変えない。
ただ、この状況を静観しているだけだ。
「ディート?」
返事がない。再度呼びかけてみるが、反応すら示そうとしない。
おかしい。これは一体……?
「キャスター、貴様――」
「やっぱりレンよりアーチャーの方が察しが早いか。場数が違うのか、それとももっと別の理由か……」
またキャスターは笑う。
何がおかしいのか俺には全く分からない。
ただ、アーチャーのその形相は今までに見せた事のないものだった。
いつも俺に的確な助言、有利に進める戦術をもたらした彼は、憤怒に彩られていた。
隣にいた俺ですら悲鳴をあげたくなるほどに。
「……!」
そのアーチャーを視てようやく俺も悟った。
キャスターがしでかした、絶対にしてはいけない事に。
「ディートには黙っていてもらった。彼女を裏切る形になっても、あたしは彼女を救いたかったからね」
つまり、ディートはキャスターの傀儡になっている――!
「キャスター、てめえ……!」
そこまでされて黙ってられるほど俺は大人じゃねぇ。
方法とか神秘とかは知るもんか。一発はぶん殴ってやんないときがすまねぇ。
俺がすばやく抜刀して強化の魔術をかけるのと、アーチャーが漆黒と純白の剣を出現させたのは全く同時だった。
そして全く同時に構える。だが飛び出しはしなかった。
キャスターはそれを見て笑みを消し去った。
「さて、今宵が終わった場合、一番あたしたちに脅威な存在とは何でしょうか? それは聖杯の恩恵に与らなくても行動できる者さ」
その口は固く結ばれ、俺達の方を睨みつける。
あの目は、隙あらば前口上を打ち切って即座に魔術を解き放つ気だ。
「すなわち単独行動スキルを持つアーチャー、それからロア復活をもくろむあの死徒ね。
あたしとサタナの結託条件、それはサタナが『聖杯』を破壊し……」
キャスターは手を天にかざして杖を出現させ、おろした。
「あたしはアーチャーを殺す」
そして大釜の周りに様々な魔術用具が現れた。
角笛、包丁、スローボード、指輪、籠、戦車、端綱、砥石、マント、皿、服。
そのどれもが魔術用具なんて言葉では表せないもの、宝具と気づくのに数秒はかかった。
「アーチャーを速やかに自害させるならレンは無傷ですむけれど?」
「ふざけるな!」
そんな事できるわけがないだろうが!
アーチャーは触媒もなしに召喚に応じてくれた、俺のサーヴァントなんだ。
今までの戦いで苦楽を共にし、そして共に勝ち残ろうって誓い合ったんだ。
いくらディートを救うためとは言え、そんな彼を裏切れるわけねぇだろ!
「俺はアーチャーと共に聖杯戦争を勝ち残り、神秘に到達する!」
それに、ディートの思いを踏みにじってまで神秘に触れようとするこいつの言いなりになんざならない!
「そう……」
ため息をもらすキャスター。
一瞬残念そうな表情を見せると、
「なら死になさい、アーチャーのマスターよ」
殺気のこもった目で死刑宣告。
今までキャスターが見せた事のない、冷酷なものだった。
今まで彼女は真剣な顔はするものの、英雄と呼ぶにふさわしく真っ当な戦いを行ってきた。表情もそれに準じていた。
が、今の彼女はもはや手段など問いはしない。ただ目の前の敵を殲滅するだけだろう。
「憐」
と、アーチャーは構える俺の前に出た。
その表情は見えず、大きな背中だけしかうかがえない。
「悪いが今回戦うのは俺1人だ」
「む……」
「マスターであるディートと戦えないなら、戦うのはサーヴァントだけだからな」
……確かにその通りだ。
いかに魔術師であろうとも英霊にかなうはずはない。俺は当然の事、執行者と呼ばれるものたちであっても。
キャスターはディートを黙らせても操る事はしないようだ。ならディートと戦う事はなさそうだ。
ようは今回、俺の出番がない事になる。
だけど……キャスターの奴はディートの思いを踏みにじりやがったんだ。
どんな思いをして聖杯戦争に参加し、どれほどの思いを持ってクリスに仕えたか、それを一切顧みなかった。
そして、どれほどの嘆きがこめられようとも、それを見捨てた。
そんな中で黙っていろだなんて、俺には……。
「キャスター。最後に1つだけ聞いておくけど、いいか?」
アーチャーは俺が批判を言おうとした直前、問いかけを始めた。
「どうぞ。最後の問答ぐらいはいいかもね」
「そうか……」
アーチャーの声はいつものような冷静なものだった。
敵を分析し、自分の最善の道を探る、そんな感じの。
「お前はそんな事をしてマスターを救い、彼女がどう思うか分かってるのか?」
「あたしは彼女の思いより未来を優先した。それだけの話さ」
アーチャーはその広い背中だけで語っているように見えた。
キャスターはうつむいてつぶやくように言い放った。
これで問答は終わり。
これから行われるのは剣や弓と術の応酬……。
「え?」
と、思った俺は普通のはずだ。
ならば目の前の光景が異常なのだろう。
キャスターはその杖を抱えるようにし、アーチャーは双剣を消し去ったのだ。
「なら……」
だが非難はしなかった。できなかった。
そのアーチャーの背中が「黙れ」と言っている。
「そのふざけた考えは、彼女らと共にある世界で消し去るだけだ、キャスター!」
この時のアーチャー、それはあの時を一瞬で思い出させた。
それはセイバー対キャスターが行われ、俺がアーチャーを令呪で召喚した後の事だ。
あの時ニムエと円卓の騎士ダーヴェルはアーサー王に関して言い争っていた。
多分ニムエが口にしようとしていたのはダーヴェルが許せないほどの侮辱、または王を否定する言葉だったんだろう。
その時に見せた、アーチャーと言う存在。
今見せているそれが正にあれだった。
自分の大切な存在が穢された、そんな時の全存在に。
冷静だなんて俺の目が節穴だった。
アーチャーは、己の全てでキャスターを否定している。
「――――
そしてつぶやかれるのは魔術の詠唱のようなもの。
だけどそれは世界に変革をもたらしてはおらず、アーチャー自身にも変化は見られない。
同時にキャスターもまた動きを見せる。
つぶやくものは詠唱とは程遠いもので、全体の動作での詠唱なのだろう。
魔力がキャスターに収束してゆく。
「
それはいつものアーチャーの詠唱とは別のものだ。
いや、根本は同じだが、こっちが本質なのか?
「
キャスターの方は自ら大釜の周りに置いた宝具に意識を移し、なにやら行う。
もしかして彼女がやるのは……。
「
アーチャーがつぶやくのはまるでアーチャー自身の事のように聞こえてならない。
自分自身の事が詠唱、つまり……。
「
キャスターは他の宝具で大釜の効果を増幅させ、
「
アーチャーは自身の世界を具現化させる――!
4人を囲むように吹雪が走る。
キャスターの後ろに無数の影がおぼろげに出現する。
世界が塗り替えられる。
世界を圧倒する存在が生まれる。
「……」
言葉も出ない。
俺の言葉などおこがましい。
それは一面の銀世界。
空は雲で暗く、遠く地平のかなたまでもが銀世界のままで何もない。
吹雪ほどではないけど雪が降り、地面を覆ってゆく。
そして雪が覆う大地には無数の剣が刺さっている。だが、誰も担い手がいない。
今でも作れそうな量産型の剣、なまくらに等しい剣、そして宝具ほどの輝きを持つものなど千差万別。
剣群が果てしなくその世界には存在していた。
多分、一生かかって歩いた所でこの風景が変る事はない。
まるでそれは剣を墓標にした、戦士の夢の跡に見えてならない。
これが、アーチャーの心像風景……。
ただ圧倒される。
固有結界を見た事は始めてではない。と言っても死徒等片手で数えられるほどしか巡り合っていないが。
だけど、これはそんなものとは比べ物にならないほど衝撃を受けてしまう。
「『無限の剣製』、これが聖剣も魔剣もない、ただ1つ俺に許された武装だ」
そう述べたアーチャーにも変化が見られている。
髪の毛はこの世界のように白色、肌の色もわずかに日焼けしたようになっている。
この世界を具現化した代償か、それとも元がこうだったのか。
「そしてその在り方は――」
そこまで言っておきながらアーチャーは口を閉ざしてしまう。
この世界に驚愕しているのは俺だけのようで、キャスターもディートも何も反応が……。
「……ン……ル……モ…」
いや、ある。今まで人形のように何も反応を示さなかったディートが、この世界を見て反応を示している。
何かをつぶやいているけれど俺には聞き取れないし、口からは読めない。
ただ、ディートの心を揺さぶる何かがこの世界にはあるのか……?
「剣の精製所、かつ保管庫。なるほどね……。やっぱあなたがあたしにとっては最大の敵のようね」
一方、いつものように述べるキャスター。
彼女の後ろにはアーチャーの世界と同じように俺を圧倒する存在があった。
キャスターの宝具、魔法の大釜がいわば『隊の召喚』に使われていたのは分かっている。
ディートの話ではランサー戦、遠坂邸攻略でそれが行われたらしい。俺も柳洞寺攻略で前キャスター相手に使っているのを垣間見た。
その時に召喚された規模はよくて数百人。千人を越える事はまずない。
せいぜい中隊規模がいくつもあるぐらい。それがキャスターの宝具の限界だったはず。
だけど、目の前のそれは『隊』などというちっぽけな枠組みからは逸脱している。
規模は千をはるかに超える、正に国を代表する『軍』がそこにはあった。
よく騎士道物語で想像されるようなきらびやかな装備をつけたものは数少ない。
盾、槍、弓、国旗。中には騎兵が配備されていたり、合図のための角笛を持つ者もいた。
盾に塗られた紋章や国旗の柄は千差万別。竜があれば剣もあり、星があれば月もある。
これはあらゆる国家から集まった軍だからだろう。
「国も、習慣も、考え方すら違ったこの者たち。騎士には興味がないあたしすら魅了するその全て、それでその剣群の相手をしよう」
その軍勢の前に立つキャスター、ニムエは高々と杖を掲げた。
「これこそ『
最大の戦いがあり、国が最も強かった時、すなわちベイドン・ヒルのを再現したものさ」
ベイドン・ヒル、それはアーサー王の原型となった人物、アルトリウスがサクソン軍を打ち破り、一世代にわたってブリテン人に平和をもたらす決定的な戦いだったはず。
そう、敵も味方もこの時は最大規模だったはず。何しろ敵の王は倒されたとまで言われているから。
それが、目の前に展開されている?
「ブリタニアという国に集いし軍の一部。それでもランサー戦で展開した時とは比べ物にならない。彼らは尊い思いを胸に抱いているのだから」
軍が割れ、道を作ってゆく。そこから現れたのは騎乗したダーヴェルだった。
彼はキャスターの手を引っ張り、自分の後ろに乗せる。
「さあ精製者、武器の貯蔵は十分かしら」
「さあ神代の魔女、軍勢の補充は十分か」
合図となる角笛の音が剣の世界に響き渡る。
それと同時に軍の中でもきらびやかな装備をしたもの、指揮官クラスが一斉に俺たち前方へと剣を向ける。
アーチャーもそれに呼応し、手をあげた。
「全軍、突撃!」
「是、
ブリタニアの軍と、無限の剣群。
果てしなく大規模な戦いの幕が上がった。
to the next stage……
Fate/Zero2巻を読んで一番困った事。それは『冬木でのアインツベルン城の土地は第三次に買い占められた』と言う点。
何気なく書かれた事だけど、この話はそれより以前の第二次について書いたもの。
第二次の時点でユーブスタクハイトに当主の座は移っているからおとなしく遠坂直轄の冬木に本拠を置くとは思えないし……。
第一次の場合はそれで終わりだと誰もが考えていただろうから手間はかけないだろうけど、第二次で既に表のルールは定まっている。
じゃあ第二次ではどこが本拠地だったの?
と言うわけでこの話では『土地買収そのものは第三次に行ったが、本拠は既にその地にある』という超強引解釈をする事にしました。
普通に文脈から考えるとそうは取れないのですが、無理やり考えてみるとこう取れなくはないと思ったので。
……すみません。打開案はまだ考えついてません。
なぜ第三次に特定したのか……。
今回ようやくアーチャーの固有結界詠唱が使えました。剣群対軍勢は以前からやってみたかった事でした。
英霊エミヤともUBW衛宮士郎とも違うのは、聖杯戦争の結末の違い、で何とぞ。
今度の更新はいつになるか心配しつつ
2007年4月10日