/9日目

「おかえりなさい。今日はどうでしたか?」
屋敷に戻るとディートが玄関で出迎えてくれた。
うやうやしい挨拶はなく、ただ丁寧な言葉で語りかける。
礼儀作法とかは考えてないようで少し嬉しかった。
でもまだ敬語か……。

「途中で英ねえと士郎と一緒になったんだ。いろいろと話ができて楽しかったぞ」
「そう、ですか……」

ディートはまるで言いにくい事を言い出そうか黙っていようか、迷ってる様子を見せている。
何かあったのか?

「ディート、あなたがそのような表情を見せるのは好ましくない。何か理由でもあるのか?」
俺がそう切り出そうとしたら先に言葉を発したのは英ねえだった。
全く動揺せずに淡々と話すから力強さを思わず感じる。

「……居間に行けば分かりますけれど、覚悟しておいてくださいよ」
「え……?」
「正直僕には気まずいです。どう切り出したらいいのか分かりませんし、僕の口からではなくちゃんとした説明を求めてますから」
ちゃんとした説明……?
誰に、何を?

よく分からないけれど俺にこう言うって事は俺がらみの話なんだろう。
とにかくこの場で何か分かるってわけではなさそうだし、居間に行ってみるしかない。
直接聞くのが一番だろう。

「とりあえず着替えてくるから、それからにしてくれってその人に言っておいてくれ」
「……そう言ったら言ったでとんでもない事になりそうですが」
とても苦い顔をしつつディートは遅い足取りで去っていく。
俺は葵と顔を見合わせるしかなかった。

ディートがあんな苦い顔をして、ちゃんとした説明を求めている人物。
キャスターの可能性。葵がマキリの魔術師だって知ったら確かに気まずいとしか言いようがないだろうな。
姐さんの可能性。何らかの形で葵のことを知ったら(魔術師云々は抜きにしても)事情の説明を求めるだろうな。
一成さんの可能性……は正直ないだろう。あの人は俺が知っている以上に物事を知っているから、わざわざ説明を求める必要はないだろう。

……なら誰だ?
思いつく人物が結構いるせいか判断材料が少なく感じる。
とにかくその本人と会ってみるしかないか。

「ただいま」
「おかえりさないませ」
居間のふすまを開けつつ入ろうとした俺の体が止まる。
そして視線は俺の言葉に真っ先に答えてくれた人物に注がれる。

「随分とゆっくり楽しまれたようですが、さぞかし心に残る出来事だったでしょうね」

「め……のう?」

「あら、まさか私の事を双魔お兄様に見えるとおっしゃるのですか? かかりつけのお医者様をお呼び致しましょうか?」
そう、居間にはさも当然のごとく瑪瑙が座っていた。




Fate/the midnight saga(仮)

第34話


   /

「傷はどうしたんだ! 安静にしてないと駄目じゃないか!」
「自分の体の事は自分がよく分かっています。動ける程度には回復したのでこうしているまでです」
よく見れば居間の壁に予備の車椅子が立てかけてある。

でもこの前会った時の瑪瑙よりもはるかに顔色が悪い。
血色が悪くて青ざめている。もしかしたら病み上がりの人よりも悪いかもしれない。
これは意識が戻ったからって居間にやってこれる範囲じゃないだろ……!

「駄目だ。今すぐ布団にもどれ」
「今戻っても夕食後に戻っても同じだと思いますけれど」
う、それを言われてはみも蓋もない。
こう見えて瑪瑙は強情な所があるから絶対に聞きはしないだろう。

説得は無理、なら強硬手段に出るしかない。

俺は黙って瑪瑙のほうへと歩んでいく。
師範代や一成さんが何で黙っているのかと腹が立ってくるけど今はどうでもいい。
英雄の呪いを受けて動こうとするなんてどうかしてる。


「動かないでください」


だが、葵は腕を上げて指をこっちに向けてきた。

その動きに思わず俺の体は止まってしまう。
その反応はまずいと感じたけれど時既に遅し。指はこっちを指している。
その狙いがずれる事は万に一つもない。

「ガ……ガンド……」
「どんな動きを見せようとも私の行動の方が確実に早く終わります」
ガンド、相手に人差し指を向ける事で体調を崩すもの。
相手を数日間は寝込ませる事さえできる。

ぐ……確かにガンドの詠唱は本当に少なくてすむ。
俺が避けようとしたところでこれほどまでに正確に狙いを定められてたらかわしようがない。
当たったら最後、瑪瑙を布団まで運ぶ事なんてできそうにない。

(アーチャー、瑪瑙をどうにかできないか?)
(霊体化を直前で解くには人がいすぎる。と言って始めから向かっていくには距離が遠いな)
ようは打つ手なし、か。
ガントがどんな威力を持っているのかは分かっているから迂闊に手も出せない。

「く……っ!」
いくら魔術だからってガンドは呪いだから、一見すると俺が突然ぶっ倒れたようにしか見えない。
まあ、指差してる時点で怪しい事は怪しいが、証拠は何一つない。

つまり、俺が圧倒的に不利と来る。
アーチャーにガンドが効かないとは対魔力を見る限り言い切れないし……セイバーこと英ねえが来るのを待つしかない。
仕方がないが、俺はあきらめて座布団を敷きその場に座った。

居間には既に師範代の何人かが来ていたけれど、姐さんを始めとして半分ぐらいきていない。
それと師範がいないけどキャスターが考え込むようにして座っていた。
ディートがいないのは台所にいるからだろうな。

「それで瑪瑙。俺を脅してまでしたい事って何だ?」
だけど瑪瑙だって魔術師。自分の体がどんな常態かぐらい分かっているはずだ。
なのにそれを押してまでこうしているんだから、何かしらの理由があるはずだ。

「そんな事は決まっているでしょう。憐お兄様」
しれっと言い放つ瑪瑙だけど、その目はとてつもなく冷え切っている。
感情の一切がそこにはなく、ただ事実を事実としか見ていない。そんな魔術師の目だ。

「あなたも分かっているはずでしょう。私たちに間桐が何をしたか」

「……っ!」
それは、遠坂邸襲撃の事、そしてレイリー殺害の事。

「もはやレイリーは脱落し、私は中立だったはず。ですが間桐の者たちはサーヴァントを遣わしてわざわざこちらの屋敷にまで攻めて来たのですよ」
急に瑪瑙の言葉がドイツ語に変わる。
いくら師範代たちに内容を分からないようにしたいからって、いきなり別の言語を使われると頭の切り替えが追いつかない。

「それで葵を問い詰めようって言うのか」
帰す俺の言葉は英語だ。
ドイツ語なんて片言でしか話せないから瑪瑙を説得できそうにないからと苦肉の策だ。
だがその口調は十分厳しくする。

「あらお兄様。葵さんが魔術師である事、知っていらっしゃったのですか」
「彼女から話してくれた」
やはりセカンドオーナーである瑪瑙は葵の事を知っていたのか。
意外と言えば意外だな。ゾウケンはちゃんと報告していたのか。

「聖杯戦争に遠坂宗家が関わっていない以上、干渉するのは遠坂の当主として納得がいくものではありませんから」
「だけど何で葵なんだ。彼女のサーヴァントはアサシンと前セイバー。前キャスターはゾウケンのサーヴァントだろ。なら葵に言うのは筋違いだ」
うあ、我ながら説得力皆無な説明だな。
当然葵だって間桐の魔術師なんだからゾウケンに加担したと言ってもおかしくはないが……。

でも葵の話では葵はおとといに間桐の誰かを謀ったと言っていた。多分謀った相手は盟友たるゾウケンだろう。
だとしたら昨日の時点で葵とゾウケンは別行動をしていてもおかしくない。
ならレイリー殺害などには葵は関係していないはずだ。

「では双魔お兄様のサーヴァント、ランサーの襲撃でゾウケンは死亡したのではないですか。あの双魔お兄様がみすみす見逃すとは思えませんが」
「ちょっと待て。キャスターの使い魔ですらその様子をのぞけなかったのになんでライダーを失った瑪瑙が分かるんだよ」
使い魔の点ではキャスターを上回ることは出来まい。キャスターすら前キャスターの目を欺けなかったんだから。
だからライダーやアーチャーみたいに監視に特化したような人物じゃない限りあそこの様子は見れなかったはずだぞ。

「アトラスの魔術師を名乗る死徒が丁寧に教えてくださりましたが」
シェ……シェラザードか。
俺は一回しか会ってないからよくは分からないけど、彼ならそう言った事を話すかもしれないな。
思わず頭を抱える。

「情報の提出の見返りにある程度の無茶を見逃してもらいたいようですが、この際彼の動機は後でお聞きします。で、どうなのですか?」
「双魔、か」
双魔。俺の兄。
10年前の事を何一つ話す事無くあいつは去って行った。

あいつは既にこの聖杯戦争だけでキャスターの前マスターとクリスを躊躇なく手がけている。
しかもマキリの工房まで破壊していくほどだからとどめを指さない方がどうかしてる。
つまり、ゾウケンの生存確率はとてつもなく低いんだが……。

「なら葵が前キャスターを3人目のサーヴァントとして裏で糸を引いてるって言うのか」
「いえ、そこまでは言いませんが、事情を聞くべきだと私は言いたいのです」
……駄目だ。俺の口から何を言おうと瑪瑙が納得してくれるとは思えない。
だとしたら葵が瑪瑙とじかに話をすることになりそうだけど、俺が知る限り葵と瑪瑙の関係は一切ないはずだけどどんな会話になるんだ?

大体なんでサタナは遠坂邸を強襲したんだ?
いくらレイリーがマスターだからってわざわざ強襲する利点を俺は全く感じないんだが。
そう考えると普通のマスターが考える作戦とは思えないんだけどな……。

「すみません。遅くなってしまって。今からでも手伝います」
「ふむ、どうやら夕食には間に合ったようだな。よかった」
と、ふすまを開けて葵と英ねえが居間に入ってくる。
葵はさっきの晴れ着でなくもう私服で、英ねえは当然武装を解除しているけれど。

と、葵の視線が瑪瑙に行き着くと急に表情が変わる。

「間桐葵。ドイツ語は分かりますよね?」
「う……はい。祖父に一通りは習いましたから……」
きつい口調で言い放つ葵だけど、冷静さは保っている。と言うより一聞する限りだと普段と全く変わらない。
一方の葵は普段ドイツ語を話さないかと思っていたけど、意外と流暢に話している。でも口調は普段の葵のままだ。

「では早速ですがお話願います。柳洞寺での攻防戦の後の事を全て」
「……それは1人の人間としてですか。それとも遠坂の魔術師としてですか」
「遠坂の魔術師としてです」
それはあくまで私情は捨てて事実確認だけをすませようとする意志か。
レイリーと瑪瑙の関係がどんなものかは知らないけれど、昂る気持ちを全く見せないのは正直驚きだ。
……やはり瑪瑙も立派な魔術師か。

「……分かりました」
葵は若干考えてからうなづき、話を始めた。


分かった事は大まかに述べれば、
双魔の強襲で死んだサーヴァントは実はアサシンでサタナは生存。
その後は行方知らずだが、おそらくあの体をしたゾウケンと再契約したと思われる。
したがって今葵のサーヴァントは前セイバーのみ。

「つまりあなたはサタナに関してはあずかり知れぬ事だと」
「はい。その通りです」
葵はきっぱりと言い放ち、それに瑪瑙は考え込む。

確かに普通に考えたら葵の言っている事に真実味がある。
それだと説明できない事があるのは正直困るんだが。
多分俺と同じ疑問を瑪瑙も持っているかもしれない。

「憐お兄様。アーチャーを呼んでください。彼に話があります」
「それってこの話の延長か?」
「はい」
……事情聴取の対象がアーチャーか。
万一双魔やクリスが仕掛けてきた時を考えてアーチャーは見張っているけれど、今は英ねえもこっちにいるから実質3人英霊がいる事になる。
少し持ち場を離れても大丈夫だろう。

「どうかしたか?」
ふすまを開けて入ってくるアーチャーは既に私服に着替えていた。
俺の呼びかけからほとんど経っていないっていうのに……早業と言うべきか?

でもアーチャーまでドイツ語流暢に話してきますよ。
もしかしてドイツ語話せないの俺だけ?
凹む。

「アーチャー、柳洞寺の時と比べて昨日のキャスターはどうでしたか?」
「昨日のキャスター? 純英雄だと思うぞ。申し分がないほどキャスターのサーヴァントだった」
「申し分がないほど、ですか」
たったそれだけの言葉だというのにアーチャーはサタナに関して全部言い切ったように聞こえてしまう。

つまり、サタナが死の存在でなく神代の魔術師、湖の貴婦人、そして正式なサーヴァントとして確認された事を。

「サタナは先代様のランサー、ゲイルスケグルのグングニルとアーチャー、ケイローンの黄金の矢軍によって完璧に絶命しました。
 現に柳洞寺ではサーヴァントというより死徒27祖であるシェラザードの方に近い存在でした。にもかかわらず今のサタナはサーヴァントです。
 つまり……」
「つまり……?」


「アサシンがサタナになりすましているのでは?」


アサシンが、前キャスターに?
確かにそれは考えられなくない。
かつての忍は骨格を変える事であらゆる変装を可能としていた。アサシンの語源ともなった山の翁の宝具ならその全てを映せるかもしれない。
だけど……。

「それではワタシとキャスターが戦った理由は何なんだ? マスターが同じサーヴァントが戦う理由はないはずだが」
と、怒気をはらんだ声で英ねえが発言する。
俺が言いたかった事そのままだったのでちょっと感動。
ってこの言語はウェールズ語じゃないか。俺これは理解できはするけど表現はできないんだよなぁ。

「……」
「……」
あれ? 返事がない。
瑪瑙は目を見開いて腕を組んでる英ねえの方を見るだけだ。
何かに驚いているのは分かるけれど、何に……?

「ちょっと待ってよ」
と、発言したのはキャスターだった。
そのキャスターもまた驚きにあふれた顔をしている。

ってキャスターがしゃべってる言葉はフランス語じゃないか。
とするとキャスターの前マスターはフランス人か。
ブリタニアの英雄がフランス語をしゃべるのは非常に違和感を持つけれど、古代ウェールズ語を話されるよりずっといい。

「ハナブサ、あんた。その言い方だと……」
「ああ、そう言えば説明していなかったか」
気づいたようにして英ねえは瑪瑙とキャスターを交互に見て、自分の胸に手を置く。

「察しの通り、ワタシが第一次で召喚されたサーヴァント、セイバーだ」
あ、そうか。当然だよな。
俺だって今日知ったんだから瑪瑙とキャスターが英ねえがセイバーだって知ってるわけないんだから。

だが、キャスターの表情から驚きが消え失せるのに全く時間は必要なかった。
それどころか彼女は目を見開いて睨むようにしている。

「ならあんた、もしかして――」
「女の身でヴィヴィアンが考えてる騎士団に入れるとは思えん。人違いだろう」

今度こそ古代ウェールズ語です。
瑪瑙が首をかしげるのは当たり前、アーチャーすら若干考え込んでる。
かく言う俺もよく分からなすぎて断片的に想像に頼ってる。と言うかあまり聞き取れてすらいない。

「英ねえ、キャスター。古代ウェールズ語は分からないから別の言語で……」
「「ブリトン語と言え」」
「は……はい……」
2人の英雄の恐ろしいまでの剣幕に圧倒されて手を後ろにつく。

「そも、ワタシ達ブリタニアの者にとってはゲルマンの者は敵も同然だ。サクソン語やドイツ語を聞いてやってるだけでもありがたく思え」
「お、いい事言うじゃない。こっちも裸磔を崇拝するようなとこの言葉が元になったフランス語やラテン語はあまり使いたくなかったんだけど、
 あたしの言葉が1人でも分かればいいよね」
何さその排他的な主張は。思わずため息をもらしたくもなる。
と言うか英ねえ、ブリタニアやサクソンって名詞を使うんだから実はわりとニムエに近い時代出身か?

「とにかく、もはやサタナを放ってはおけない状況にある事は間違いないだろう。何ならワタシも協力する」
と英ねえは現代ウェールズ語で言いつつキャスターとの会話がはずんでいきます。
主にする事はサクソン人への批判だったりするあたり意気投合しているみたい。
話す速度が速すぎてもはや半分も分からない。

「……ですがあなたがマスターでないならアサシンの令呪は消滅しているはずです。あなたの主張どおりならば見せる事もできるはずですよね」

瑪瑙のその発言に場が凍る。
令呪を見せろなんていう言葉は葵を全く信用してない証拠だ。
だがこれによって全てが明らかになる事だけは間違いない。
だけど……。

「わたしは――」
「アオイが君にそこまでする義務なんてあるの?」

若干の間をおいて瑪瑙が何かを話し出す前に発言したのは意外にもキャスターだった。
話す調子はいつもと変わらないように聞こえなくもないけれど、明らかに違う。
葵よりも言葉に重みのある、正に一流の魔術師の言葉だった。

「レイリーを迎え入れた時点で聖杯戦争の参加者である事に違いはないし、今後マスターを失ったサーヴァントが君たちと契約を交わさないとも限らない。
 ならその可能性を潰しておくのは定石だと思うけども」
「キャスター、貴女は……!」

「あたしたちがやってるのは工房での研究じゃないのよ。『戦争』をしてるの。ならどんな手段を使おうがいいじゃない」
確かに俺達が今行ってるのは戦争だ。
レイリーにしても瑪瑙にしてもこちら側の人間。死と隣り合わせな事は誰よりも知っている。
一般人を巻き込んでるわけではないからその点は守られてはいる。
キャスターの言っている事は正しい。正しいけれど……。

「まあアオイがやったにせよゾウケンがやったにせよ、あの襲撃は適していたとあたしは断言する」
「葵がそんな事をするはずが――」
「……瑪瑙がレイリーを呼んでライダーを召喚したのはバーサーカー組みたいな者達を野放しにしないためと兄弟争いを止めるためだ。
 奇跡を望む俺達とはそもそも立っている場所が違う。それは今残っている参加者なら誰もが分かってる事だろ。ならやはり遠坂邸襲撃は不適切だ」
キャスターの意見に反論を唱えるのはアーチャー。俺の感情的な言葉よりも説得力がある。
キャスターはそれに対していぶかしげにまゆをひそめた。

「全てを想定してあらゆる可能性を排除する。それが『戦争』じゃないの。それはアーチャーは一番分かってるはずよね」
「戦争で無関係者を殺されてたまるか。やってる事はテロリストと何の変わりもないだろ」
「たとえその方法が一番最良であろうと、選んではいけない手段もあるだろう。最良の『戦争』は悲劇を生むだけだ」
英ねえが会話に参加する事で更に混沌としてくる。

場の雰囲気が変わっていく。
この今を覆う空気が重苦しく変化していくのが実感できる。

「……どうやらあたしたちの考えは相容れないようね」
「どうやらそうみたいだな」
「……」
キャスターの冷ややかな視線をアーチャーは皮肉たっぷりな笑みで返し、英ねえはただ視線を外す。
……迂闊だった。まさかキャスターとアーチャーの考えがここまで違うものだったなんて。

理想は理想のままで現実とは全く違うと悟っているキャスターとアーチャー。
だがその向かう方向は2人では逆方向だ。
目指す場所は2人で同じかもしれないのに。

「……まあ、いずれ分かる事です。その時に決着を」
瑪瑙もまた冷たい視線と共に会話を終わらせた。
葵もまた彼女らしからぬ憮然とした表情で葵から視線を外した。

……無力だ。
俺はこの事態に対して何もする事ができない。
説得力を持たせた言葉は俺には無理だし、無理やり納得させる度胸もない。
今まで培った俺の全てが無駄に思えてならない。

場がとてつもなく重い。
その重圧に押しつぶされるんじゃないかと錯覚するほどに重い。
それを軽くするだけの事を俺はできない。

「あの……食事が出来ましたが……」
そんな時、若干気後れした様子でディートが語りかけてくる。
手には盆があり、その上にはおわんがいくつも乗っている。
この様子から言うと、居間での仲たがいをディートも聞いていたようだ。

「あ……ああ。分かった。これをちゃぶ台に乗っけていけばいいんだな」
その無力感を紛らわす意味も込めて積極的にディートに協力する事にした。
食事で少しぐらいはこの嫌な流れが断ち切れればいいんだが……。

「……ん?」
それは気まぐれでもなんでもない。
ご膳を用意するならして当然の事柄。それを俺は行っただけであって偶然じゃない。
ただちゃぶ台の上に乗っけようとしただけだ。

だが、目の前のおわんの中にある料理を見て唖然としてしまう。
今まで考えていた陰気があっさりと消し飛ぶぐらいに衝撃的だった。

「ディート。これなんだ?」
「これって……」
ディートは食事を指し示したので俺はうなづいた。
そう、目の前の料理だ。

「杏仁豆腐ですけれど」
「いや、杏仁豆腐なのは分かってる。問題は何でそれがさも当然のように用意されてるんだって」
さも当然のように言い放つディートもディートだが。

「これ作るのものすごく大変じゃないか? 杏仁なんてそこらじゃ手に入りにくいだろ」
「あ、それは沙耶さんのつてだそうです。おいしく出来上がっていればいいんですが……」
ああ、姐さんのつてね。
それなら納得……いくわけないだろ。

「じゃなかった。何が悲しくて主食に杏仁豆腐を食べなきゃいけないんだって。それってブリオッシュを食べろって言ってるようなもんだぞ」
「それぐらい僕にだって分かってますよ!」
ディートはかぶりをきって激しい主張を行う。
分かってるのに何でこんな事を……。

「それはスープ代わりです。主食の合間に食べていただいた方がいいでしょう……」
と言いつつディート、視線をそらす。
何かものすごく後ろめたい雰囲気をかもし出しているんですけど。

「ちょっとまて。何でそこで視線をそらす?」
「そ……それは……」
嫌な予感がする。
とてつもなく嫌な予感が。
この先に起こる出来事を完全に否定したいぐらいの、嫌な予感が。

「ヴィヴィアン、英さん」
「え?」「どうしました?」
「アオイさん、シロウさん、レン」
「え?」「む」「……ちょっと待て」

「今日の夕食の不手際は全て僕にあります。お許しください!」
ディートはそう述べるといきなり俺たちに対して頭をめいいっぱい下げた。
これは完璧に謝罪だ。それ以外に思い当たらない。

キャスターと英ねえには食べる事への謝罪。葵、士郎、そして俺へは台所を使っている関係への謝罪だろう。
なおもディートの謝罪は続く。

「実はこの杏仁豆腐も何とかこれから起こりうる悲劇を回避しようと僕が作った苦肉の策なんです。ですがこれでもかわしきれるとは思えません」
「まさか……」
まさかまさかまさか。
そんな莫迦な事が起こってたまるか。

目の前が真っ暗になっていく。
そして音が聞こえなくなっていき、何かがガラガラと崩れ去る。
もし俺の想像が現実のものになったら……。

俺の本能が警鐘を鳴らす。
一刻も早くのがれなくては。
一刻も早くこの場を離れるべきだ、と。

したがって俺がとる行動は1つしか考えられなかった。

「すまない。少し手洗いに行ってくる」
「敵前逃亡は許しませんよレンー」
うあ、ディートが目もそむけたくなるほど恐ろしい形相で俺の脚を掴んできます。
しかも何気に振りほどけないぐらいに力が強い。

「はっ離せディート! 俺はまだ生きていたい!」
「駄目ですよ。絶対に逃がしませんからね」
くそっ! 強化の魔術でも使ってるって言うのか!
女性の筋力では到底考えられないほどの力だ。

「ふふふふふ、みんな道連れですよー」
「試食したのかあれを!」
いかん。ディートの笑顔はとてつもなく黒い。
くそっ! 全員にあの地獄を味わさせる気か!

「冗談じゃない! 俺は嫌だー!」
「何をそんなにうろたえてるんだか。莫迦じゃないの、たかが食事ぐらいで」
大声で主張する俺に対し、キャスターはそんなのんきな事を言ってきます。
心底からあきれ返ったようなしぐさを見せるのがまた腹立たしい。

「ヴィヴィアン、君はアレを知らないからそんな事が言えるんだ」
だがその考えは十割誤っている。
無論、後で痛い目あうのはヴィヴィアンだが俺が巻き添えを食うのはどうしても避けたい。

「……!」
その時、きょとんとしていた葵が俺の意図を悟り、急激に顔色を変えていく。
もはや混乱している俺にも分かるほどに青ざめている。

「あ、それじゃあわたしはこれで……」
「ヴィヴィアン、アオイを逃がさないでください」
なるべく冷静を装ってその場をあとにしようとする葵だったが、ディートの命令に気づいたキャスターが立ちはだかった。
ディート……あくまで全員を道連れにしようとしてるのか。

「英さん、強行突破です。行きましょう」
「……そこまでするものなのか?」
アーチャーの呟きを意にも介さず葵は己の母親代わりではなく、己のサーヴァントとして英ねえに命令を下す。
葵もこれからあるだろう結果を回避しようと必死だ。
が、

「断る。したければ令呪を使え」
なんて雄々しい事を英ねえは言ってくれました。
あまりの一言に俺と葵はあっけにとられる。

「英ねえ、これからどんな事が起こるのか分かってるのか?」
「もちろん。だからこそ面白いんじゃないか」
駄目だ。彼女は何も分かっていない。
……いや、違うな。逆に悟ったからこそこうしているんだろう。
アレを悟る事が出来るとは、英ねえ、恐ろしい人。

「英さん……!」
その言葉に衝撃を受ける葵だったが、こんな事で令呪を使いたくないと言う想いが勝ったらしく、おとなしくする。
当の俺も正直令呪を使いたい気分だ。

「じきにカズナリたちが来る。それまでおとなしくしたらどうだ」
終わった。英ねえは完全の俺たちの敵だ。
ディートとキャスターは俺たちの敵。アーチャーは何の事だか分かっていないようだから戦力外。
今の状況で逃げ出す事は不可能だ。

「……分かった。潔く俺はおとなしくしておく」
仕方がない。いささか外道ではあるが、これ以外に方法はない。
ディートや葵には非常に悪いが、あんなのよりははるかにましだ。

「レン……」
表向き潔くしている俺の態度に感動したのか、ディートがそんな声を上げる。
そして起き上がり、俺から手を離してくれた。
俺が何を考えてるのか知らずに……。

場が静寂につつまれる。
さっきの重苦しい雰囲気ではなくなったけれど、これはこれでつらい。
だが今は時期不相応。その機会は……。

「今日のご飯はなんだー?」
稽古を終えた師範代たちが居間へと足を入れていく。
1人、2人、……そして最後。

一成さんが居間へと入ってきた。
そして彼はふすまを……。

その瞬間、俺の体は動いた。

駆ける。全身のばねを使い、これ以上はないほどの初速度を体に加えて走る。
一刻も早くのがれるために。
この後の事は知った事ではない。今は目先の安全が最優先だ。
強化の魔術こそ使っていないものの、2秒置かずして俺の体は一成さんを横切り居間を抜けて……。

「英さん」
いつの間に現れた英ねえに体勢を崩されて転ぶ。
仰向けになった自分の体を一瞬でも早く起こし……。

「逃げられると思ってるんですか?」
そんな声と同時に英ねえが俺に馬乗りになる。
肩を手で押さえつけられ、起き上がることが出来ない。

「う……裏切ったな葵ー!」
「一人だけ逃げようとしていた憐さんに言われたくありません。神妙になさってください」
英ねえに命令を下した葵はディートにも負けないほど黒い笑顔を見せてきます。
なんて事だ。葵まで敵に回ってしまったか。

「憐お兄様。遠坂のものがそんなに慌てふためくだなんて。ご先祖様になんて言い訳する気ですか」
氷以上に冷たい瑪瑙の言葉。
瑪瑙はアレを知らないからこそそんな事が言えるんだ。

だがあきらめるのは早い。
どうにか全員を出し抜く方法を――。

「はーいみんな、お待たせー」

時間切れ。時既に遅し。
地獄への片道切符は配布されてしまった。

思えばディートが出迎えに来た時点で気づくべきだった。
そうすればこんな事は絶対に免れていたのに。
これから起こりうる、悪夢を……。

「今日ははりきっちゃったわ。みんなどんどん食べてね」
さわやかな笑顔を見せてくる道場の紅一点、沙耶さんが盆に皿をのせてそれを運んできた。
師範代たちもようやくソレに気づいたようで、一瞬で青ざめていく。

「終わった……」
「憐さぁーん……」
涙目で見つめる葵だけど、逃亡を阻止したのは君だと言う事をお忘れなく。

ああ、とうとう来てしまったか。
姐さんの手料理を食べる時が。

「久しいな。チンジャオロース以来か」
「そうですね。英さんこっちに来る事自体珍しいですからね。それに憐たちは酢豚以来ですよ」
あの師範ですら固まる中、英ねえだけが1人いつもの調子で御膳の前に座る。
驚いたことに英ねえ、姐さんの料理に好印象を抱いているようだ。

「と言うわけでおかわりもあるからちゃんと食べてね」
本当に日本晴れな笑顔で姐さんは述べるが、俺の顔は台風が吹き荒れている。
ああ、俺は助かる術を持たないのか。


この真っ赤な麻婆豆腐を目の前にして。


真っ赤。それはもう真っ赤。
地獄のなべもここまで酷くはないだろうというぐらい真っ赤な料理が目の前にはある。
誰に教わったかは一切不明。姐さん自身すらおかわりしない料理を平然と作るあたり確信犯かもしれない。

口から火をふくとはこの事。これを食べろだなんて一種の拷問だ。
普通の料理が出来るくせになぜみんなに振舞う料理となるとこんな真っ赤な料理ばかりになるのか、甚だ不思議でたまらない。
以前酢豚を食べた時は人目はばからず悶絶したし、このマーボーを見る限り同じ結果になるような気がする。

百目木の屋敷で料理を残す事は禁じられている。
食材を作った百姓に失礼だとして、残す事はない。ただし人にあげる事は認められてはいるけれど。
つまり、こんな料理でも完食しなくてはならないわけだ。

「ではいただきます」
「じゃあいっただっきまーす」
手を合わせ、英ねえと姐さんは食事にレンゲをつける。
そして……本当にマーボーを食べている。

「か……辛っ! 自分で作っておいてなんだけどやっぱ辛いわ」
『なら作んなよ』
師範代たち、同時に提言するも却下される。

「……やはり辛いな。もう少し味を抑えられないのか?」
「だ、駄目ですよ英さん。辛い事に意味があるんですから」
辛いだけで済ます事が出来るなんて。本当に英雄なんだな、英ねえ。
ってこんな所で納得するだなんて莫迦だろ。

「レン……」
「憐さん……」
ディートと葵の言葉にもただ呆然とする。
この麻婆豆腐の前には杏仁豆腐も全く意味がないに違いない。
だが、目の前の現実から逃れる事ができない……。

いや、待てよ。ただ目の前の色と背筋を伸ばしてまで鼻に来る刺激は見せかけの可能性だってある。
よしんばそれが本物だとしても酢豚に勝てるかと聞かれたら分からないと答えるしかない。
現在判断材料が英ねえしかない。他の人はまだ口にしていない。
と、

「いただきます」
士郎がレンゲを手に取り、マーボーを口に運んだ。
顔が引きつる。どんな困難にも立ち向かった英雄が冷や汗を流している。
咀嚼する事何回か、表情をそのままに士郎はソレを飲み込む。

「……どうだった?」
おそるおそる聞いてみる。
一見冷静でも実はそれを装ってるだけかもしれないし、これだけで油断は出来ない。

そんな士郎は、こぶしをぐっと握って「これなら勝った!」と言うような表情を見せる。

「よ……よかったー。泰山みたいなもんを考えてたけど、あそこほどじゃない。これなら完食も夢じゃなさそうだ」
その泰山が何を表すかはさっぱりだが、多分大陸料理専門の店の名称だろう。
水にも杏仁豆腐にも手を出さないところからも士郎はコレを乗り切った事になる。
つまり、姐さんの料理はそこまで辛くはないって事なんだが……。

「全く、これでしたら大陸の方に辛い料理などいくらでもあります」
って瑪瑙がいつの間に食してやがる。
しかも冷静そのもので黙々とレンゲを口に運んでるし。
汗は出ているけれど。

「逃亡しようとした憐お兄様方はともかく、神代の英雄はこの程度に屈するので?」
「「む」」
瑪瑙のやつ、言いやがったな。
しかも嘲笑まで浮かべて腹が立つことこの上ない。
腹を立てたのは唯一食していない英雄、キャスターも同じだったようだ。

「よし、いつまでもこうしていたんじゃ埒があかない。俺は食う」
「ふ、ふん。ブリタニアの雑な料理で鍛え上げたこのあたしをなめるんじゃないわよ」
挑発されて黙ってみていられるほど俺は人間できちゃいない。
今は目の前の敵に集中する。

「「ではいただきます」」
そしてレンゲに手をつけて、ソレを俺たちは口に運ぶ。

……。
……。
……。

「ど……どうですか?」
葵の声が聞こえた気がするけど、俺にはそれに答える余裕がない。
なぜなら、

「だっだめだーっ! 辛すぎだろこれ! バター持ってきてくれ!」
「か……辛いーっ! これのどこが完食できる程度なのよーっ!」

舌は穴が無数に開いたように痛いし喉は熱湯を注いだかのようにヒリヒリする。
呼吸するだけでその刺激が増幅されるだけたちが悪い。

こ……こんなもん食えるかよ!
これを食う事はもはや拷問だぞ拷問!

ってキャスター、水を飲んでますよ。
愚かな。このような刺激物を食したときに水を飲むなど言語道断。かえって刺激を増すだけだ。
ここはバターを食べる事で舌や喉を守った方がいいって言うのに。

「……っ!」
もはや涙を浮かべて口元を押さえるキャスター。
汗は滝のように流れ、体は震えている。
ご愁傷様で。

「酢豚なんかよりも格が上がってる……。英ねえ達の感想は全くあてにならないからな」
「こんな事って……ブリタニアの雑な料理で鍛えたあたしが……こんな……」
こ……これを完食か。
絶対に無理だろ。

俺たちそれぞれの感想を聞いてか、それとも様子を見てか、葵や師範代たちの顔はまだ食べていないのに青ざめている。
師範代たちはもはや観念したのか、重たいものを持ったような手つきでレンゲを持ち、ソレに手をつけた。
その結果は、

「うおおおっ! 辛いいいっ!」
「あうああううっ!」
「な……なんらこれはーーっ!」

当然のごとく惨敗でした。
口や喉に手を当てて悶絶する師範代たち。
はたから見ていれば滑稽以外の何物ではないが、それが何かが分かっている俺たちにとっては笑い事ではない。
これはもはや死活問題だ。

「んーっ! 辛いれす……!」
「沙耶……しばらく台所の出入り禁止な」
涙をぽろぽろ流す葵、そして一見冷静を装いながら視線が一定していない師範。
どうやら師範代たちに気を取られている間に食したようだ。
結果は予想通りではあるが。

これで全員がこのブッタイの餌食になった……。
いや、待てよ。

「ディート、ごまかそうっていったってそうはいかないぞ」
「え……?」
まだディートが食べてない。と言うより食事が用意されていない。
一見既に完食していると見せかけて実際は汚れた皿を用意しただけだろ。

「そうですねディートさん。せっかく沙耶さんが作ってくださったんですから食さないともったいないですよ」
「ええ?」
葵はうつむき加減で黒い笑みをディートに見せる。
子供が見たら隣町まで逃げていきそうなほどの。

「そうねディート。君ばっか食べてないんじゃ不平等よね」
「えええ!?」
そして己のサーヴァント、キャスターにまでそんな事を言われるディート。
ふっ。試食で済まそうなんて甘い考えはこの屋敷では通用しないぞ。

『さあ』
俺たちはディートに要求する(特に葵とキャスターが)。
涙を浮かべてディートは首を振るが、今それでどきっとするほど思考は正常じゃないとだけ言っておく。

結局ディートは再度食べる事になりました。
泣きながら食べるディートだったが、それに心動かされないほど思考は莫迦になっていた。


「何でまた姐さんはこんなのを作るんだ……」
食事も終盤に差しかかり、士郎と瑪瑙は2皿で降参。
士郎はさすがに辛さに耐え切れず、瑪瑙は大食はしないから。
その中黙々と英ねえと姐さんだけがおかわりの食事を進めている。

ちなみに葵とディート、それにキャスターはまだ1皿食べ切れてない。
師範代も何人か食べ切れていないので、英ねえが異常なだけだ。
俺は師範とともにこの地獄を乗り切り、杏仁豆腐で至福を味わっている。

だが何故姐さんは普通の料理が作れるはずなのにこんな辛い料理ばかり作るのか、俺にはそれが不思議でたまらない。
いつか作ってくれた料理はとてもおいしかった思い出がある。
だからこそ疑問に思うしかない。

と言うわけでまず師範に聞いてみる。
酢豚の時本人に以前聞いても「作りたかったからじゃー!」とか言って完璧にごまかされた。
俺では想像もつかない。師範に聞いてみるのが一番だろう。

「俺にも分からない。沙耶に直接聞いたらどうだ?」
「それができないから師範に聞いているのですが……」
師範は腕組みをして考え込む。
ちらっと横目でキャスターが師範代の皿にマーボーを移しているのが見えたが、気のせいと言う事にしとこう。
移された師範代が油断しすぎなんだ。

「沙耶の気分か、はたまたは時期か。いずれにしても意味はあると思うのだが……」
「意味、ですか」
姐さんの気分、この時期。分からない。

チンジャオロースが出た時。
俺が百目木の屋敷にやってきてから初めて英ねえがやってきた時、英ねえが葵を初めて百目木の屋敷に連れてきた日。
確かこの日からだ。俺が台所を専有するようになったのは。
そして葵が俺に料理を教わって台所に立つようになったのはそれから間も無くの事だ。

酢豚が出た時。
些細な事で俺と葵が大喧嘩をしてどちらも台所に立たなかった時。
あの時の酢豚は本当に辛かった。チンジャオロース以上に。

季節も時期もばらばら。
記念日ではないし、かと言って姐さんの気分でもなさそうだ。
なら一体何なんだ?

「なあしろ……」
士郎に聞いてみよう。
彼なら何らかの答えを出してくれると思う。
俺が気づかないところにも気づいてくれるだろうから。

と考えていたんだけど、

「ねえシロウ。あんたの言うこれよりも凄い料理を作るタイザンって何よ」
「料理を唐辛子まみれにして人を阿鼻叫喚に陥れる魔境。もしあの時代に召喚されてもあそこだけは絶対に行かないほうがいい」
「それは興味深い。一度食してみたいものだ」
「絶対にやめといた方が……」
どうやらキャスターと英ねえと話しこんでいるようだ。
話題はやはりこの料理か。てゆうか本当に泰山ってどんな店だって。
どこにできる店かは知らないけど、遠坂の後継者にはこの事について言っておくことにするか?

仕方がない。ならディートに……。

「よくこれほどの料理を黙々と食べられますね……」
「まあ、なれればもっと辛いものもいけますよ。以前食べたカレーはこれを上回っていましたから」
「ディートさん、憐さんから教えてもらったんですけどバターで辛さを抑えられるそうです。どうぞ」
こちらも葵と瑪瑙と会話がはずんでいるようだ。

うーん、やっぱり分からない。
姐さんが何を意図してやっているのか、そして何を目指していたのか。

「……もしかしたらこれを目指してたのかもな」
不意につぶやかれる師範の言葉。

これ?
これとはもしかして今の状況か?
でも今の状況はいたって普通……。

「普通?」
普通だって?
いや、それは絶対におかしい。あってはならない。
だってさっきまで、

あれほど重苦しい空気だったじゃないか。

英雄達は英雄達で、マスターはマスターで、それぞれが考えの違いで離れていた。
それがいまやこうして談笑まで出来るようになっている。
まるでそれが当然のように。

まさか。もしかしてこれのきっかけを姐さんの料理が作ったって言うのか?
あの拷問でしかないような辛い料理が。
でも以前の時にはそんな……。

「あ」
そこで気づく。姐さんが料理をしたときの共通点が。

初めて屋敷に来る事になった時も、大喧嘩をした後も、姐さんがそんな辛い料理をふるまった後は雰囲気が和んだんじゃないか?

「嘘だろ……」
それが姐さんの真意かは分からない。本能的な事かもしれないし、俺の考えだけかもしれない。
だけどそれが事実には変わりない。

何てこった。
俺があれだけ無力感にさいなまれていた事を一瞬で解決してしまった。
完全なる解決じゃなくても、こうして元の百目木の居間に戻っている。
だとしたら感謝してもしきれない。

「沙耶さん」
「んー?」
マーボーを口にほおばりながら俺の方を向く姐さんは、

「ありがとうな」
「いいっていいって」
俺の感謝に満面の笑みを返してきた。
それがさも当然のように。

まだまだ駄目だな俺も。
もっと心身共に鍛えて、こんな時になっても対応できるようにしないと。
そういった意味では沙耶さんからも見習わなきゃならない所がたくさんある。

……まだ俺の目指す先ははるかに遠い。
でもいつか必ず――。


   /interlude

川辺。いや、正確には川のど真ん中。
水面は静かにゆれ、月光が反射している。
遠くで何かしらの衝突音が響くが、それはこの場所には何の関係もなかった。

川の底。そこに沈む1つの体があった。
一見すると水死体に見えてしまうほどに静かだが、水を含んだ膨張はなく、むしろ神秘がその少女を覆っていた。
ただ少女は水の底から空を眺めていた。時が来るのを待ち。

と、少女は何かに気づき、体を起こす。
水から出た彼女の体を数多の水が流れる。
その水は少女の体をつたって流れ落ちるものもあれば直接落下するものもある。
だがその起き上がるしぐさ1つだけでも十分に幻想的ではあった。

そして少女は前髪をかきあげず、そのまま来訪者に対して笑みを浮かべる。
来訪者もまた笑みを浮かべ、少女に答えた。

「……何の用かしら?」
少女は分かっている事を口にする。
来訪者の目的など分かっている。それをわざわざ口にしたのは来訪者自身の口から聞きたかったからだ。

「分かってるはずだけど?」
来訪者もその意図を把握しているのでわざわざそんな事を言い放った。
少女の顔が笑みで歪む。

「貴女は『中身』を持っている。違う?」
「……そういう貴女は『器』を持っている。大切な大切な『器』を――」
来訪者の顔もまた笑みで歪む。

思ったとおりだ。
少女は『中身』を持っている。
これならばわざわざ茶番に付き合う必要はない。
そう、付き合う必要は――。

たまらない。この茶番を創りあげたものたちだってこの可能性については全く考えていなかったに違いない。
つまりこの茶番で作られる『完成品』とは別の過程で『完成品』が出来上がるなどとは。
それが愉快でたまらない。

「そう、なら提案する事も分かってるわよね」
「……嫌な人。自分の主人すらその物語に当てはめるだなんて」
「ふ。おかしな事も言うものね」
もはや少女と来訪者の間に言葉など要らない。
2人の目的と悲願、そしてそれに至るまでの手段はもう決まっているのだから。

「『場所』も用意した。後は妄執の破壊よ」
「『紛い物』の破壊は任せて……。あなたは――」
「『邪魔者』の排除をしておくわ。その後は……」
「ええ、分かっている」

全ては奇跡と悲願のために。

来訪者はその場を後にし、少女は再び川の底に沈む。
そうして残るのは2人の人物の策謀だけだった。

interlude out




to the next stage……


第35話に続く

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 というわけでようやく9日目終了。そしていよいよ10日目突入。
本来なら32話、33話はこの話とセットで1話でした。長い、長すぎるよ。反省してます。
10日目でいよいよ転換を迎える事になりそうです。

そう言えば最近思うことが1つ、それはUBWルートはグッドよりトゥルーの方がいい、と。
その理由がセイバーにあるあたりつくづく自分はセイバールートのセイバーが気に入っているんだなと思ってしまうわけで。
甲子二郎様がお書きになるセイバーグッドエンド後も、本編のトゥルーエンドも。やはりセイバーはこうでないと、と思います。
でも、だからこそ自分はとある人物に関する事を書きたかった。この長編でもその影響がかなりあります。

ちなみに自分は藤ねえとイリヤがヒロインの中で好きでも、カップルは士郎とセイバーがいいなと思っています。
桜もいいかもしれないけれど、凛は少なくとも認めん。
個人的な意見ですが、凛はやはりアーチャーでないと、と思うわけで。

駄文失礼しました。
それでは次の舞台で。
  2007年3月18日


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