/8日目

「まずこの魔術を覚えるにあたって、レンにはその大元になったものを知ってもらいたい」
「……」

「気づいているとは思うけれど、あたしの魔術は元々一つの至宝を創り出すために研究を重ねた副産物に過ぎない。
 書物にあるようなニムエと違って、あたしはそれの精製にあまり関わってはいないからね」
「……」

「人の手ではなく、星に鍛えられたと言う神造兵器。聖剣と呼ばれるカテゴリーの中では正に最高。どんな武器よりも、ね」
「……」

「それは所有者の魔力を文字通り光に変換し、究極の斬撃を生み出す。いかなる敵だろうともその前に屈するだろう。まさに勝利を約束された剣だ」
「……」

「人々の理想、願望、砕けて言えば『こうあってほしい』って思いが蓄えられ、結晶・精錬されたもの。だから『最強の幻想』と呼ぶにふさわしい」
「……」

「それを人の手で精製する事になるんだ。アーチャーのように複製に特化しているようでない限り、とてつもなく困難な道を進む事になるだろうね」
「……」

「って君さあ……聞いてるの話!?」
「……え?」

「……はあ、やっぱ君も家族が大事なのね。メイガスの事は知らないけれど、ドルイドのあたしでもため息が漏れるほどよ」
「……はあ」

「妹なら大丈夫よ。最低でも今はね」
「……ああ」




Fate/the midnight saga(仮)

第29話


   /8日目

「あたしの処置がそんなに心配なの?」
「いや、魔術師としては俺なんかよりキャスターの方が数段優れてる事は良く分かってる。だからそこは心配ない」
「それでも妹が心配なのね」
「……ああ」

 夜、俺とキャスターのやり取りはこんなものだった。
昼間、俺がようやくキャスターの講義を受けようとしていた時、ディートからの知らせを受けてキャスターが出て行った。
そうして真っ先に戻ってきたのはキャスターが召喚した騎士、ダーヴェル。

彼は、血に染まった瑪瑙を背負っていた。

……どうかなりそうだった。

魔術師の中では血みどろな道を歩んできた方だと思う。何しろ執行者すれすれの任務をこなしていた先生の下での修行だったから。
外道な魔術師が行ってきた数々の実験。それも見てきた。
それを何度も何度も見て、思う。
やはり俺は魔術師に向いていない、と。

俺が魔術師の道を歩んでいるのは全ては亡き祖母のためだ。
亡き祖母が喜んでくれるならばと俺は魔術の道を歩み続ける。
俺が戦いの道を歩んでいるのはその祖母を始め、遠坂の者を殺した双魔のためだ。
どんな事があったかは分からないけれど、俺はアイツからあの時起こった真実を絶対に聞き出す。

だけど魔術師は自己満足の世界が入っている。自分が何かをしたいから、自分が評価されたいから、自分が至りたいからその道を進む。
そんな意味では俺は祖母や先生のために進んでいるのだから、あまり向いていないのかもしれない。

その選んだ道に後悔はない。
その結果、少年時代に残してきたものがもう手に戻らなくなっても。
それが例え、生き残った瑪瑙たちであっても、決して後悔はなかった。
そのはずだった。

けれども実際に瑪瑙が命の危機に直面している姿を見るとやっぱり後悔はつきものだなと思ってしまった。
そしてやはり思う。これでよかったのか、と。

双魔がいなくなり、俺がいなくなり、普通の少女だった瑪瑙は遠坂の魔術師となった。
あんなに無邪気に笑っていた少女は、俺以上に大人になっていた。魔術師になっていた。
彼女と再会して思う。やはり過去は過去なんだな、と。

それでも、彼女は俺の大切な妹なんだ。
もう彼女が一人前の遠坂の魔術師だったとしても、俺が一流の時計塔の魔術師だったとしても(あくまで仮定)。
それだけはくつがえらない。

先生は確かに俺にとっては父親のような人だった。
師匠である英ねえは俺にとっては母親のような人かもしれない。
一成さんは祖父のような存在なのかもしれないし、沙耶さんは姉のような存在なのかもしれない。

でも、双魔が兄で、瑪瑙が妹なのはどんな事があっても変わらない。
今でも、これからでも。

「……はあ」
けれどいつまでもそのように悲観してばかりはいられない。
魔術師ではなかった俺であっても教えられたあの家訓とも言うべき言葉。
それは魔術師となった今でも俺の心に生きている。

『遠坂はどんな時でも余裕を持って優雅たれ』

いくら姓が遠坂でなくなっても、これは俺の大切な言葉だった。
守れているかどうかはさておき。

そんな俺がこんなざまじゃああの世で祖母たちに笑われてしまう。
遠坂を継いでいくだろう瑪瑙の子孫は俺を馬鹿にするだろう。
俺は汚点になんかならない。絶対に。

「心配さ。大切な妹なんだから」
「はあ、遠坂でなくなってもやっぱ妹は妹なのね」
「ああ。そうだ」
だからこそ、今の状態は心配だった。

思い出してみる。


「……なるほどね」
キャスターの工房、そこで俺たちは合流し、瑪瑙の診察をキャスターとディートが行った。
治癒魔術は俺にもできない事はないが、その腕はディートの方がはるかに上だろう。なので俺は静観するだけだった。
そのキャスターは患部を見て納得するようにうなづく。

「キャスター、どうなんだ? この状態」
悲痛な思いが俺の中を駆け巡るが、それを何とか抑える。
キャスターはため息一つもらすと、棚においてあるビンから薬草を取り出す。
それを無言で俺のほうに渡す。

「……」
怒りと焦りを俺はその薬草をすりつぶす事で紛らわしていた。

「うん。大丈夫よ。宝具からならまだしも、この程度の呪いなら数日で解除可能ね」
「「よかった……」」
俺とディートは同時に述べ、胸を撫で下ろす。

俺が最も恐れたのは呪いが解除できない事。
神代の呪いの恐ろしさはキャスターの魔術の腕を見ていれば容易に想像できる。
もしかしたら前キャスターがかけた呪いは彼女がリタイアしてしまっても残ってしまうほど強力なものかもしれなかったんだ。

でも、こっちにもキャスターがいる。
それを俺は感謝しよう。

「でもしばらくは絶対安静ね。この屋敷には空き部屋がいくつもあるから、そのうちの一つを使っちゃってもいいでしょう?」
「ああ。その辺は師範も了解してくれると思う」
「そう、なら後は魔術師に用はないわね。これから必要になるのは外科手術ってやつ」
外科手術?
それはまた随分と魔術師らしくない単語が出たもんだな。

「いくら呪いが解けなくて傷が治らなくても、縫い合わせるだけで出血量は全く変わってくるもんだ。
 その上からとても薄いものでくるんでやれば出血は全くなくなる。魔術がなくたって8割ぐらいは傷が抑えられるんだよ」
「へえ……」
そういった医学の事はあまり無頓着だ。
体の構造を覚える事はあっても、医学知識を覚える事があっても、その技術を覚える事があっても、それを主に使う事はない。
絶対に魔術の延長線でしかないんだ。

そのうちに医学だけで全ての怪我と病気が救える日が来るかもしれないな。

「じゃあこの煎じた薬草は……」
「麻酔代わり」
そう言うとキャスターは腕をまくる。
そして、

「カイヌイン。君の出番だよ」

「ってキャスターがやるんじゃないのか」
がくっとしてしまう。
大釜からキャスターが召喚したのは……ディートともキャスターとも違う、言うならどこかの王女のように気品のある貴婦人だった。
顔立ちは時代が全く違うというのに、間違いなく美人の分類に入るだろう。
視線だけで男の脳を焼き尽くすような、そんな感じだ。

けれど、本に出てくる貴婦人を文字通りに絵に描いたようだった。
もしかしたら本当にどこかの国の王女なのかもしれない。
……だとしたら大釜に関わった経緯をぜひ聞きたいところだけれども。

「ニムエさん……」
その貴婦人は、目の前の瑪瑙を見るとどんな状況かをすぐに察したようだ。
何しろ顔が青ざめているし。

「わたしは裁縫が好きなのであり、人を縫い合わせるのは嫌だと何度言えば……」
「これも人を救うと思ってさ、頼むよ」
呼び出された貴婦人の主張をあっさりと却下しキャスターは笑った。
それを見て貴婦人はため息をもらす。

「……分かりました。ですがその代わりに服、着てくださいね」
「う……っ!」
服……?
何の事を言っているのかは分からないけれど、ディートが苦笑いを浮かべているのを見ると、何らかの意味があるようだ。
キャスターは諦めたようにうなづく。

「分かったから早く済まそう。こうしている間にも血がなくなっていくから」
「分かりました。でははじめましょう」


その手術の間中、貴婦人の表情は今にも泣きそうなものだった。
表情は青ざめ、今にも気絶しそうなほどに嫌悪感をあらわにしていた。
縫い合わせが終わった所でキャスターがその上から何かを塗っていた。おそらく薬か何かだろう。
で、

「終わりました……」
全てが終わると貴婦人は一秒も持たずに気絶してしまった。
顔面はもはや蒼白。と言うか今までよく気絶しなかったなと思ってしまう。
その彼女を抱きかかえるディート。

「……ご苦労様です」
その瞬間に彼女は消え去った。
キャスターが彼女に送る魔力をカットしたんだろう。
そんな彼女は手を叩くと、瑪瑙の方を眺める。

傷は縫い合わされていて、その上に薬がつけられているから出血はもうない。
だけど、自己回復が呪術で妨げられているんだからこのままではいけない事も分かっている。

「ここからがあたしの腕の見せどころさ」

そう述べると、彼女は彼女の体に指を這わせる。
いや、これは……。

「文字を書いている……?」
間違いない。何らかの文字を書いてる。
その言語は……分からん。俺には絵文字にしか見えない。

その文字は魔方陣のように円となって患部を囲んでいく。
それを何重にもほどこす。それこそ一つ一つの文字が一寸にも満たないほど細かい。
そして三重にもなった所で、彼女は宣言した。


「邪悪なる威力よ。滅せよ」


その瞬間、文字全てが光り輝く。
それは一瞬の事だったが、見るとその文字は依然として輝いていた。

「ふう。終わった……」
汗をぬぐうキャスター。その量はどっと吹き出たように大量のものだった。
先ほどは何者もよせつけないほど真剣なまなざしだったけれど、今は疲労が見える。

「……どうなったんだ?」
「やっぱキャスターになってるだけあってとてつもなく手ごわい呪いだったわ。完全に呪いを散らそうとしたけれど失敗した。
 だから持続性のある術をほどこして、少しずつ取っ払う事にしておいたのよ」
俺の率直な問いに答えてくれたキャスターには安堵の表情。
それを見て俺もほっとする。

「これで、助かるんだな」
「ええ。助かるわよ」
よかった。本当に良かった。
これで瑪瑙は助かる。そう思うと力が抜ける。

「だけど……」
「え?」
不意にキャスターは表情を曇らせる。

「体力がもつか、よね。問題は」
「体力が……?」
「そう。呪術が残っている限り呪いは瑪瑙の体を蝕んでいく。解呪されるまでに彼女の体力が残っているといいけれど……」
体力……こればかりはどうしようもない。
後は瑪瑙の体力しだい……って事か。

「そう、か……」
「さ、いつまでも悲観的な顔をしてないで早く彼女を寝かせよう。一秒でも早く彼女を休ませないと」
そうして俺はキャスターの言われるがままに瑪瑙をベッドに寝かせるのだった。


「……」
「君が妹をあんじるのもうなづけるけれど、そうしたところで何も変わりはしないんだからさ。君は君ができる事をしないと」
……そういわれると身もふたもない。
今の俺にはそんな言葉が心強く感じられた。
それはとても。

「……ああ、そうだな」
俺は瑪瑙が起きた時に馬鹿にされないよう、しっかりしないと。
それが今俺にできる精一杯の事だと信じて。
そんな俺を見てキャスターはうなづく。

「よろしい。それじゃあ始めましょうか」
「ああ」
始める。それは俺が望んでいたやつだった。

今俺が手にかけようとしている魔術は俺なんかでは絶対に届かない場所にある尊いものだ。
何しろキャスターも言っているように、人々の思いが集まってできているのだから。
多分、この聖杯戦争中どころか一生かかっても無理だと俺は断言する。

キャスターと前キャスターの戦いは素晴らしいものだった。
もし俺が戦う立場にいなければ、一生だって見ていたいほどの、高技術の、大魔術の応酬。
時計塔にいる大魔術師が戦いあったって絶対にあれほどのものを再現する事はできなかっただろう。

前キャスターは人々の死、悲愴、無念を。キャスターは人々の願望、希望、理想を。
それぞれが水と光の形にしてぶつけ合う様子は、俺の心にとてつもなく感動を与えた。

そして、俺は見てしまったんだ。

臓硯と戦っている時、空が昼になった。
闇夜を切り裂く光の線。
明かりも何もない。正に真っ暗な中での戦闘だと言うのに、それは光り輝いた。
まるでこの世の全ての闇をなぎ払うがごとく、尊い光のように俺は感じた。

それは多分前セイバーがライダーに対して用いた宝具なんだろう。
ライダーがリタイアしてしまって不謹慎だけれども、俺はその光に魅了されてしまった。
あの漆黒の剣がそれだけの光を放つと言う事は、実際はあの剣はどれほどのものだろうか。

そうして俺は思ったんだ。
その光の先をキャスターは目指しているんじゃないかって。

あの光は間違いなく聖剣のものだ。
前セイバーはアーサー王ではないとキャスターも言っているから違うんだろう。
だとしたら、あの光以上のものをアーサー王は持っていた事になる。

その光は、暗闇を照らし、人々を導く。

そんな事を不相応ながら思ってしまった。

だからこうして自分の実力もわきまえずにこうしてキャスターに頭を下げて教えてもらう事にした。
そのほんのわずかでもいいから、後世の人を照らす光となるなら。
そして、ディートたちを照らすものとなるなら。


「で、アーサーが持ってた聖剣については分かったよね?」
「え? あ、うん。分かった」
とても丁寧な説明で分かりやすかった。
ぼーっとしているようでちゃんと聞いてたんだから。

「よろしい。ではこの光の精製からにしよう。レンは聖剣を手に触れた事がないからその尊さが全く分からないだろうしね……、
 後でアーチャーともども何らかの事をした方がいいわね」
「アーチャーともども?」
それはまたなんでだ?
だが今のキャスターの発言は単純な思いつきでも、戦力アップでもなく、とてつもなく真剣なものなんだけれども。

「……あのセイバーにしても、ランサーにしても、前セイバーに前キャスターにしても。どいつもこいつも一筋縄ではいかない連中ばかりだ」
そして彼女は語り始める。
いや、それはもう熱弁に近い。
本題からずれてるなんて言ったら一生かかっても取れない呪いを送られそうで怖い。

「正直な話、全力は尽くすけれど、それであたし達が聖杯を手に入れることができるかは分からない。何しろまだ3人しか脱落していないから」
「だから聖剣をアーチャーに作らせて戦力の上昇を図ろうと?」
「いや、全然違う」
キャスターは身を乗り出した。


「それを用いて魔法を成し遂げる」

「……は?」


今なんてキャスターは言ったんだ?
魔法を成し遂げる、彼女はそう言わなかったか?

魔法、魔術では到底たどりつけない、正に魔術師が目指すべき位置。
それは人類が金と手間を考えずに行う事でも達成できないのを指し、その数はもはや減る一方にある。
俺の予想が正しければ、アーチャーぐらいの年代には10は下回っているはずだ。
……いや、大げさだけど。

キャスターの時代の魔法は俺たちの時代の魔法ではない可能性が高いのだ。
だからこそ神秘性が失われていて魔術は廃れる一方だって話もあるけれど。

でも、やけにあっさりと魔法魔法って言っているとまるでこの聖杯戦争が馬鹿みたいに聞こえてならないんですが、気のせい?

「気のせいじゃないさ。大釜には本来それだけの力がある」
「う」
考えを読まないでくれ。
それとも俺が単純なだけか?

「ケルトの民話や伝承には数多く魔法の大釜が出てくる。現在の英国とアイルランドを始めとするケルト人たちに受け継がれた話なんだよ。
 後にこれがキリスト教とかけあわさって聖杯探求になったんじゃないかって説もある」
「……本当か?」
「ごめん。これ聖杯の知識」
あら、そうですか……。

確かに聖なる杯は何もキリスト教でイエスの血を受け止めたものばかりではない。
伝承を探ればケルトを始めとして、魔法をつかさどる杯の話は結構目にかかる。
それにそもそも聖遺物として最高のもの、『聖杯』の訳し方に疑問が残っているし。
Grailは別に『杯』を意味するのではないから皿とか別の受けるものであった可能性も否定できない。

閑話休題。
だけどアーサー王物語の聖杯がケルトの神話を元にキリスト教の価値観と融合したって話は初耳だ。
言われてみればそんな気もしないでもない。

「ならわざわざ冬木市の聖杯になんか頼らなくてもいい。こっちには大釜という魔法をかなえるものが既に存在しているのだから」
「いや、ちょっと待てって」
でも俺はキャスターの主張をさえぎる事にした。

キャスターの主張が正しいならわざわざ新たに聖杯を創る必要はない。
何しろ、魔法の大釜を宝具として所有しているのだから、別の魔法の杯を取る必要があまりない。

だけど……。
その説には説得力があるけれど、納得しきれない点がいくつもある。
中でもおかしいだろって思う点2つを言う事にする。

「冬木の聖杯だって過去の英雄、つまり英霊を6人も犠牲にしないと聖杯は完成しない。それなのにできるのか?
 それにできるんだったら始めから……」
「ああもう。説明させてよ!」
キャスターの剣幕に押され、結局黙る羽目に。
見た目は明らかに俺のほうが年上で、しかも背だって俺のほうが高いのに、どうしてこうも俺が圧倒されるんだ?
魔力の違いじゃないよな? だって全然発してないし。

「はあ……」
一息入れたキャスターは、真剣な顔つきで説明を始める。

「以前も説明しただろうけれど、これは確かに魔法の大釜よ。力の引き出し具合で何だってできる」
それはさっき聞いた事だ。

「そしてその大釜は他のブリタニアの宝具によって増幅する事が可能なの。単独でもあれほどの力を出せるのだから、
 全宝具を増幅に回せばここで召喚される英霊に勝るとも劣らない存在にだって出来るはずよ」
後半は初耳だけど前半は聞いた。

そうか、あれほどまでに生前の状態を完璧にして騎士たちを召喚できたのは大釜だけの力じゃなかったのか。
一体に集中すればサーヴァントクラスにまでできる、と前聞いたけれど、それ自体がまるでこの聖杯戦争のようじゃないか。
でもそれを起こしているのが大釜、つまり魔法の釜なのだから納得もいく。

いや、とりあえずしておこう。うん。

「そして、聖剣か聖鞘を手に入れる事で……」
「神々が召喚できるんだろ。それによく考えたら確かにアーチャーなら聖剣や聖鞘を作れるかもしれない。けれど、イマイチ納得がいかない」
そう、そこまでは分かる。13の宝具をそろえて奇跡を起こすって。
でも、その具体的なすごさがいまいち分からないんだ。

何しろアインツベルンは800年以上もかけて聖杯を作ろうとしていて、失敗している。
マキリも数世紀にわたって魔法を掴もうとして失敗している。
それをそう簡単に「成功するよ」と言われて納得する魔術師はどこにもいない。

「さっきも言ったけど、ここで聖杯を作るのにどれだけの手間と犠牲がかかってるか分かってるよな?
 それをそう簡単に言われても俺は納得なんかできない」
「それは納得した。だからそれを説明するって」
ああ説明してくれ。
でなければ絶対に納得なんかできないからな。

「この大釜そのものも力を持っているけれど、それはまだ空っぽの状態。奇跡を起こすまでには至らない。残念ながらね」
「ああ、確か儀式を行う必要があるって言ってたな」
儀式、口ではたった一言で終わるけれど、それが何なのかは知りたかった。

「だから、大釜を満たすだけの魔力とそれをかき集める聖地、起動と制御の式、そして大釜のサポートを行う宝具。
 後は時を満たせば万事十分だけど今は関係ないね」
「……お手軽クッキングみたいに言ってくれますけど、それってどれだけ大変なんだ?」
「え?」
キョトンとするキャスター。
無性に腹が立ってくるのは俺のせいではないはずだ。

「そうね。他の宝具に式がある程度組み込まれていて導いてくれるから、あたし1人なら式を書くのに丸一日もあれば十分じゃない?」
……丸一日って……長いのか短いのか。
大魔術としてはとてつもなく短い気もするし、とてつもなく長い気もする。
そんな大規模なものを行ったどころか見た事すらないんだから。

「魔力で満ちた大釜を他の宝具で導き、道を作る。これこそが成し遂げようとした事よ。分かった?」
「道……」
これもまた簡単に言ってくれるけれど、道って言ったらあれだろう。

つまり、根源へと至る道。
膨大な魔力といくつもの宝で穴を開けようって言うのかよ。

「抑止に見つかればキャスターどころかこの街が消滅するぞ!」
「それは違うわ」
冗談じゃない。いくら方法があったって真っ先に出てくるのは抑止力だ。
尊い理想があっても、それをなかった事にするのが抑止なんだから。
だがキャスターは笑えずに冗談としか思えない事を言い出した。


「それだけでは済まされない。多分、国その物が浄化されるでしょうね」


「……は?」
キャスターは一体何を言っているんだ?
分からない。俺には理解できない。

「ディートはダーヴェルの奴が話しただろうから知っているかもしれないけれど、あたしの生前の目的は古き神々を呼び戻し、
 あの裸で磔になったもんを崇拝する奴らをブリタニアの地から排除する事にあった」
そんな俺を一方的に無視してキャスターはなおも続ける。

「神々の鉄槌で地上を浄化するために本来この儀式は執り行うんだよ、レン」

「ふ……」
ふざけるな。そう言おうとしたけれど声が出ない。
今教えられた言葉が衝撃的なのもあるし、愕然としたものがある。
だが、それを平然と口にしたキャスターに一番俺は衝撃を受けたんだ。

「……その奇跡と、それを阻む抑止の2つで何もかもなくす。それがおまえの言う浄化か?」
「最低でもあたしにとっては、そうだった」
きっぱりとキャスターは言い切った。
迷いなどない。それが当然のように。



ようは、

何の対策も講じず、

根源へと続く大穴を空けて、

中から出てくる人の手をはるかに超えた力を、

ただ見守って、

全てをなくす。


これが浄化。



「……」
ダーヴェルとキャスターが言い争いをするはずだ。アーサー王が大反対するはずだ。
そんな考えが許されるはずがない。
そのためだけにどれほどの人が犠牲になろうとしていたかキャスターにだったら分かっていたはずだ。
だが、それでもキャスターは古き国を理想とした。そしてそれを取り戻そうとした。

だけど、そんなのは絶対に間違ってる。
過去を取り戻す手段があっても、それをやったらいけない。
過去の人たちは未来の事を考えて行動している。それをないがしろにする行為だ。
個人の考えだけで変えていいもんじゃない。

たとえ失敗しても、たとえ挫折しても、たとえ絶望しても。
人はそれを乗り越えていかなきゃいけない。
それがその事で犠牲にした全てに報いる行為だと俺は思うから。

だから、その過去の栄光を取り戻すのに、現在と未来にあるかもしれない栄光を犠牲にするなんて、絶対に間違ってる。

「まあ……結局あたしはそんな考えを捨てたんだけれどもね」
「は?」

「マーリンがそう考えていなかったせいで生前行った儀式は見事に失敗。二度目を行おうとして二度とされる事はなかった。
 古き神々は死に、もう新しい神だけになったからもういいんだけどね」
いきなりとも言うべき急展開。
何だそれは?

「あの最後の戦いのとき、神々に返されようとしている聖剣を奪取しようとしたんだけれども、その時見事なまでに大釜を破壊されてね。
 二度と儀式を行えなくなったんだ。そして聖剣が返されたときにもう悟っちゃったよ。「ああ、もう古い神々の時代は終わったんだな」……て」
……だけど、今はその大釜を持っている。
いくら生前の時点で失おうとも、英霊はベストの状態で召喚されるから。
それでも彼女はその儀式を行おうとしないのか……?

「もういいって……理想をそう簡単に捨てられるものなのか?」
「ええ。もはやあたしがどうかできる範囲じゃない。何かしようにも手段はもうない。大釜が失われ、聖剣が神に返された事で古い神は死んだのよ」

古い宗教の終焉。
この人類の歴史では何度もあったことだ。何度も淘汰がおき、何度も自分の信じるものを捨てさせられた。
キャスターも、それを受け入れたのか。

でも、自分が信じていた理想が、達成できないと知った時は、彼女はどう思ったんだろうか。
自分の信じる理想が、かなわないと、悟った時は。

俺には考えられない。
新たな理想に向かって進む事は。

だとしたらキャスターは……。

「だからこの聖杯戦争に呼ばれても過去の改ざんを行おうって気には全くなれない。だから今回の儀式でそんな事をしないから安心してよ。
 ちょっと脅かしただけだから」
「……はあ」
そうか……今はそんな事は思っていないのか。

その表情からは無念さよりもむしろすがすがしさが見て取れた。
それがキャスターの姦計かもしれないし、純粋な思いからきているのかもしれない。
でも、俺は今のキャスターをただ信じたい。

「で、ついでに話しておくと、マーリンが行おうとしたのは未来の改ざんよ」
「未来の改ざん?」
未来を改ざんする必要なんてあるのか?
未来は自分たちで切り開くものだから、決められていないはずだ。
事実大師夫は無限の平行世界を移動している。無限にあるということは、未来は無限の可能性があるんだから。

「と思うでしょう? だけど、マーリンにとってはそうではなかった」
キャスターはため息をもらして視線をそらした。

「未来を見通す事に長けていたマーリンはあらゆる事をして、希望も、未来もない、そんな最後を回避しようとしたのさ」
「希望も、未来もない、最後……」

たったそれだけの言葉だというのに、

俺にはそれが全てを現しているように思えてならなかった。

未来予知に優れていると言う事は、逆に選択の幅を狭めているのかもしれない。
最悪の選択を除こうとするのは当たり前だ。
だけど、マーリンという名が知れた大魔術師でも自分の見た未来を変える事はできなかったのか。

奇跡を求めてまで、変えようとしていた……。

「マーリンは古き神々も、国すらも、どうでもよかった」
「ニムエ……」


「彼にはアルトリ……いえ、アーサーが一番大切だったんだから」


「そう、だったのか……」
やはりマーリンはアーサー王のために魔術と叡智をささげたのか。
アーサー王が統治する国を、よりよい方向へと導くために。

なんて魔術師らしくない。などと場違いな事を思ってしまう。
自分のためじゃなく、人のためにその全てを使うなんて。
俺の言えたことじゃないけど。

俺はその最後を見たわけではない。
それでもそれが何なのかはある程度は想像がつく。
多分、マーリンが見た最後は、あれだろう。

アーサー王とその不貞の子供モードレッド。
2人の軍が戦った、円卓の騎士の終焉。

その名も、カムランの戦い。

生き残った円卓の騎士はベディヴィエールただ1人。
その時にはトリスタンも、ギャラハッドも、パーシヴァルもいない。
ランスロットは王の下からはなれ、ガウェインは志半ばで倒れた。

もはや、王に味方する騎士は少なかった。

そして、アーサー王はモードレッドの剣に倒れる。
ブリトン人の国家の終焉と共に、古い神々も終焉を迎えたんだ。

でも、それをアーサー王はどのような思いで眺めたんだろうか。
マーリンは、アーサー王にそんな光景を見せたくなかったからこそ、奇跡にまですがったのかもしれない。



さて、と言ってキャスターはいつもの表情に戻る。

「で、マーリンはそれを起こしたいんだから、当然抑止を起こさない方法を探んなきゃいけないよね」
「あ、ああ。そうだな」
キャスターのように国を何もない状態にするんじゃなく、マーリンは未来を変えたかった。
なら抑止をどうにかする必要があるんだ。
最大の難点だけど。

「そこで登場するのが聖剣、もしくは聖鞘よ。詳しくは省くけれど、聖鞘はそれだけで魔法の域を行っているすごいものなのよ。
 それを使って、遮断するのさ」
「遮断? 抑止をか?」
「そうできる、とだけ思っておいて。今回関係ないから。今回用いるのは聖剣の方よ」
聖剣、アーサー王の持っている聖剣最高の存在。

「大釜以外の11の宝具で聖剣の在り方も増幅させる。そうする事で、どうなると思う?」
にや、と笑うキャスター。
なんだかとてつもなく黒く見えるけどご愛嬌と言う事にしておこう。

でも何のことか分からないのでお手上げのしぐさをする。


「一瞬だけど、騙せるのさ。抑止をね」


「随分とあっさりと言ってくれるな」
奇跡が起こって道が見つかっても、真っ先に現れるのは抑止であり、それは人間な俺たちである限り絶対に太刀打ちできない。
それを騙すだなんて本当にあっさりと言ってくれるな。

「それが一秒に満たないのか、永遠なのかは分からない。だけれども騙せられるのは間違いない。何しろ、聖剣を用いるんだからね」
聖剣を使うだけでそんな劇的に変わるものなのか?
でもキャスターがこう豪語するんだから多分そうなんだろう。

聖剣、聖剣のカテゴリーでも最高のもの。
人が作ったんではなく、人の思いで星が作ったもの。
『こうあってほしい』の思いが結晶・精製された……。

「あ」
そうか。なるほど、確かにその聖剣の在り方ならばそれができてもおかしくない。
つまり、

「そう、『人の思い』が蓄えられ、『星』が精製したものが聖剣。それを基にした穴は『人』も『星』そのものを黙らせる。
 こう結論づけたんだけど、どう?」

……人と世界の思いで創られた剣が作る穴は、人と世界の意思でもある。と言う感じか?
それで騙せる時間がほんのわずかであっても、奇跡を行うにはその一瞬で十分。
抑止がそれの違和感に気づくまでにはもうなし終えている、か。

……聞けば聞くだけ身震いがする。
聖杯戦争とは、全く別な方法で、彼女たちは、至ろうとしていたのか。
なんて壮大なスケールなんだ。

それを行うには一体どれほどの年月と根気、魔力が……。

「ん?」
魔力?

「それを行うにはどれほどの魔力が必要なんだ?」
そうだ。いくら方法があってもその奇跡を行うためのものがなければできない。
俺ごときは論外。キャスターであってもおそらくはハナから問題外だろう。
大規模な術式が必要なら、それに見合った魔力が必要なんだから。

「そうだね……」
若干考え込むキャスター。

「この冬木で行うとしたら60年分ぐらい?」

「駄目じゃん」
思わず手で額を覆う。

聖杯戦争とほとんど同じぐらいの魔力が必要なのかよ。
そんなのこの聖杯戦争中だと天地がひっくり返ろうと絶対に持って来れない魔力だ。
あー、なんだよそれ。

その時までにはディートはもう助かっていない。
ならキャスターもその時はこの世界にはいない。
ならそんな大規模な術を50年も待って行うなんて馬鹿げている。

今、行う必要があるんだから。

「それも聖杯戦争発動のために魔力を集めている術式を停止させた上で集めないと無理。ようはこの地で行うのは聖杯戦争をぶっ壊す必要があるわ」
「更に駄目だろ」
奇跡は二つも起こらない、か。
今までの長話は何だったんだ?

だがキャスターはそんな俺をよそに、確信しきった顔で言ってくれた。

「だけど、死徒になりかけの魂の浄化を行う。そんな程度なら聖杯戦争中でも十分に可能よ」

「え?」
「だから、わざわざ穴を空けなくても13全ての宝具さえあればそれを行う事は可能なのよ」
その言葉に俺は呆ける。

実に簡単な言葉だ。キャスターの言った事は。
それを理解するのに随分と時間がかかる。

「可能、なのか?」
死徒を元の人間に戻す事は不可能とまで言われている。
それを、そんなあっさりと?

そんな俺の言葉に頬を膨らませるキャスター。

「あのね、あたしの持っているのは万能の釜よ。穴を開けなくてもそれぐらいできるわよ」

そのキャスターの言葉に、
俺は笑みを輝かせて、
心のそこから喜んだ。

「それなら……!」
「はいちょっと待ってね。浮かれるの早すぎ」
心踊る俺の感動を返せと言いたくなるほどの制止。
そのもったいぶるのはどうにかしてくれ。
キャスターはため息をもらす。

「アーチャーに聖剣を作らせ、それを使って儀式を行う。確実にディートは助かる。はい、ここで問題になってくるのは今『聖杯戦争中』だって事」

「……っ!」

しまった……その事を全然考えてなかった。
奇跡を行うにはそれ以外の事を捨てる必要がある。
ようは、儀式を邪魔されるだろうって事だ。

「最低でもランサー組と前キャスター、そしてシェラザードは倒す必要があるわ。儀式を行ってる最中あたしは対処できない。ディートもしかり。
 レンとアーチャーだけで次々襲ってくるそいつら倒す事できそう?」
普通に考えて無理だ。
一対一なら分からないけど、一度に襲いかかられたら対処なんて絶対にできない。
アーチャーの固有結界はまだ見ていないけれど、全員を同時に相手にできるとは……。

「ってこれじゃあ聖杯戦争勝ち抜いた方が手間が少ないだろ」
普通に考えて彼らを相手するのは変わりないけど、バトルロイヤルなんだから戦う回数はずっと少なくて済む。
儀式を行ってまで行う必要がどこにある?

「前回みたいに聖杯が破壊された時、の事を考えるとね」

「……」

なるほど、そんな考えもあったか。
ふとした拍子に聖杯がまた破壊されないとも限らない。
アインツベルン攻略戦を誰かが行い、宝具のぶつかり合いで破壊されないとは限らないんだ。
破壊されれば、ディートを助ける事は、できない。

「だから今のうちにアーチャーには聖剣を作れるようになってほしい。脱線しまくったけど、以上よ」
「本っ当に脱線しまくりだったな」
「まあ、話しておいて損はなかったでしょう?」
……それは認める。損はなかったと断言しよう。

まあ、これから絶対に実現する事はない方法だけれども、至る方法が聞けたのは僥倖だ。
それを糧に何かを……できないほど俺が未熟なのがつらいところだが。
……。

「さて、話がようやく始めに戻るけれど、アーサーに借りた聖剣を用い、マーリンと共に行った儀式は失敗に終わった。
 それでアーサーはあたしの本意に気づいたんでしょうね。二度と貸してくれる事はなかったわ」
「だから、自分で作ろうとした、か」

「ご名答。あたしは複製の才能がからっきしだったから、最後の戦いが起こってもなおたどり着けなかった。
 多分君が学べば宝石魔術よりはるかに効率悪いもんになるけれど、いいかしら?」
「かまわない」
断言するようにうなづく。
それをキャスターはどこか嬉しそうに笑みを浮かべた。
すると彼女は手を合わせると、虚空より大釜を出現させる。

「なら見てらっしゃい。聖剣を」

「は?」

「は?じゃないわよ。まずは見て、手にとってからじゃないと絶対に理解なんかできないわよ。あたしがサポートするから多分大丈夫」
にやつくキャスター。
だけど、青ざめてく自分が手に取るように分かります。

「ごめん。その言い方、すっごく不安」
「原理は簡単よ。この大釜にはこれに関わったものの情報を保存しておく役割があるの。使用者の影響もまあ受けるけれど、それはあまり関係なし。
 レンも見たでしょう? 円卓の騎士たちを召喚している様子」
「ああ」
確かに俺は見た。
ダーヴェルという騎士1人ではなく、軍を成して前キャスターの軍に立ち向かう様子を。

……かっこよかった。
語彙が少なくて実に残念だけど、本当にそれで十分あの軍を現していると思う。

「座にいる連中も呼び出せなくはない。直接座から引っ張り出してくるんじゃなくて、ただ情報を元に構成するだけだからね」
「それでも十分だろ。実体を持ってそんな大量に召喚できるんだからさ」
しかも、操り人形ではなく、全員がそれぞれ意思を持って召喚される。
正に魔法の釜が成しえるものだ。

「聖杯のギャラハッド、ランスロット、トリストラム。そしてマーリンにアーサー。
 11の宝具を用いて大釜を強化しても、彼らはどうしても呼び出せないんよね……。でも聖剣があれば召喚できるはずだけど」
「キャスター。話がずれてるぞ」
「あ、ごめんごめん」
キャスター、せきばらい。

「でも大釜に関わっていれば情報だけは蓄えられる。つまり、その情報の中から聖剣部分だけを垣間見れば、目的達成。分かった?」
「……」
理屈は分かる。
分かるけれど……。

「だとしたら大釜に蓄えられてる情報の量は半端じゃない。俺の頭が許容量以上に情報がはいる事で壊れないか?」
「その誘導をする準備を今日一日中してたのよ。感謝なさい」
「む、それはどうもありがとう」
「よろしい」
俺が一礼するとキャスターは胸を張り、得意そうな表情を見せる。

……ケルトの魔法の大釜、か。
こうしてみていると、本当に俺の手の届かない位置にあるんだなとなんとなく分かる。
その恩恵にほんのわずかでもあずかれる事に感謝しよう。

「さ、始めようか」
「ん、何をすればいいんだ?」
「まずは頭を大釜につけて。できれば額が一番いいかな」
む、こうかな?
金属に肌をつける独特のひんやりとした感触が俺をつつむ。

「じゃああたしが誘導するから、絶対に他のもんを見ちゃだめだからね。分かってる?」
「……分かった。頭壊れたくないからな」
「よろしい」
キャスターは俺の頭に手をやさしく添える。
なんだかとても暖かい、と馬鹿なことだけど思ってしまう。

「いくよ」

その瞬間、俺の視界が暗転した。



めまぐるしく通り過ぎる色々なもの。
そのどれか一つをとっても人にとってかけがえのない思いばかりだ。
あれ一つだけでも、俺には荷が重過ぎる。

そうして見るのは、

俺の知らない世界。

俺の知らない状況。

俺の知らない悪夢。


あたり一面には剣が突き刺さっていた。
折れた剣が落ち、折れない剣も血を纏う。

あたり一面には盾が落ちていた。
そのどれもが裂け、斬られ、そして欠けていた。

あたり一面には旗が踏みにじられていた。
それは雄々しい旗。だけどその一種類しかない。
だけど、その栄光の跡はもうなかった。

あたり一面には馬が死んでいた。
騎士たちが乗っていた猛々しい駿馬ばかり。
これに乗って騎士たちは栄光の日々を送っていたんだろう。


そして、あたり一面には騎士たちが倒れていた。
誰の剣も力なく、誰の盾も無事でなく、誰の鎧も裂かれ、倒れていた。
その表情にはどこの満足感もなく、誰もが無念に満ちていた。

その丘には、絶望という名の終焉しかなかった。


その中に立つのはたった2人だけだった。
2人とも満身創痍。今にも倒れそうだ。

そのうちの1人、赤い騎士が相手に何かを言う。
剣を向けて、断固とした主張である事は分かるけれど、何を言っているかは分からない。

そのうちの1人、青い騎士も相手に何かを言う。
強く主張する青い騎士と違い、あくまでも静かに述べるそれは、
赤い騎士を激動させるのには、
十分だった。

何の音もしないその世界で、
たった2人だけの戦争の音だけが聞こえる。

2人とも満身創痍だというのに、
何て素晴らしい剣技なんだろうか。

「ちょっと。剣技に見とれてないで剣を見なさい。触れなさい」

どこからか知ったような声がする。

ああ、そうか。そう言えばそうだったな。
その瞬間、その場から全てが消え、剣だけが見える。

……確かにこれは尊い剣だった。
美しいとか、見事だとか、鋭いとか、どんな言葉も無粋に感じてしまうほどに。

これが、キャスターの目指した剣なのか。

手を伸ばす。
……全く届かない。

手を伸ばす。
……届く気配すらない。

手が届かないなら、体から行くまでだ!

「え!? ちょっとレン! 待ちなさい!」

走る。走る。
手を伸ばす。手を伸ばす。

この手に垣間見るだけでいい。
触れるだけでいい。

そうすればきっと分かると思ったから。
そうすればきっと届くと思ったから。

そして、手が届く―――


「この大馬鹿ーっ!!」


「え……!?」
視界が逆転している。
目の前が夜のように真っ暗で、光がほんのわずかしかない。

「な……何が……?」
めまいがする。
はきけがする。
ずつうがする。


……正直どれも酷い。
気絶していないのが不思議なぐらい、俺の気分は最悪だった。

その全ての要素で今俺がいる場所が現実のものだと理解できる。
とりあえず深呼吸一つ。

気分は最悪のままだが、現状確認程度はできる。
まず視界が逆転しているのは俺が仰向けに寝転がっていて、その先にキャスターがいるから。
平衡感覚もまともじゃないからそれが異常なのかも分からない。てっきりキャスターが天井に立ってるとばかり思ってた。

そして、大釜は既に消えていた。
キャスターが片付けたんだろう。

だけど、そのキャスターは神妙な顔をしていた。

「……ごめん。うまく誘導できると思ったのに、やっぱりあたしには無理だったわ」
「……いや、キャスターのせいじゃない。俺がうまく触れられなかったからだ」

頭の中を整理してみる。
……だめだ。やっぱりあの尊い剣の事は全く把握できなかった。
この手に掴めそうだったのも所詮は幻想。無理をしたって俺には掴めるはずもなし。
やっぱ、俺には無理な領域だったか。

「もう一度やっても俺じゃあたぶん駄目だ。できの悪い生徒ですまんな」
「いや、いいって。あたしも自分の技術が未熟だって分かったし、今回の事は痛みわけ、ってやつね」
痛みわけ、か。
ほとんどの責任は俺が余計なものを見たからだって言うのに、キャスターはそう言ってくれるのか。
……こうしてじっくりと2人で話したことがなかったせいか、キャスターって意外と……、

「やさしいんだな。キャスターって」
「え……?」
「神代ではないけれど、古い神々を信仰するドルイドって言うから中世よりも魔女だと思ってたんだけど、全然違うな。
 いけ好かない魔術師ははいて捨てるほどいるけれど、俺キャスターみたいな魔術師ってすごくあこがれる」
と本音を話す。
言っている自分でもはずかしくなってくるけれど、言っている事に間違いはないんだから。

「……っ」
そんなキャスターは俺を見て顔を赤くし、

「――っ」
途端に神妙な顔になり、

「〜〜っ」
若干考え込んでしまう。
そして、

「あんた。それむやみやたらと言わない方がいいわよ」
「は?」
「いいわね?」
「……はあ」
何の事を言っているのかはさっぱりだけどうなづく。
そうしないとなんだかまずい事がおきそうだから。

「……まあ、触れられはしなかったけど、見たんでしょう? 聖剣」
「ああ。見る事はできた」
元に戻った話に俺はうなづく。


それは問答無用で尊かった。

それを用いれば誰もが正しい方向へと導かれると思わせるほどに、それは。

キャスターの目は確かだったし、俺の目にも狂いはなかった。

狂いはなかった、
だけれども……。

「じゃあそれとあたしの術を基にして、実習を始めることにしましょうか」
「ああ」

そうして俺はキャスター指導のもとで実習を行う事にした。
でも、その間中ある考えがふと浮かんでは消えていた。


確かに聖剣は尊かった。
人々の思い、それが形になっているのは正に希望そのものだろう。
だからそれに魅了され、自分の全てをささげてもいいと申し出る人が後をたたなかったんだろう。

でも、記憶を見て俺は確信してしまった。
なんか俺が目指しているのと違う、と。

それをどう表現すればいいのかは未熟な俺にはまだ分からない。
だがあえて言わせてもらうと、あれは尊すぎるのだ。

俺には絶対に届かないもの。俺が届いてはいけないほどそれは別の位置にある。
俺の印象だと、導いてくれる剣より、共に歩んでいく剣の方がいいと思う。
苦悩も、挫折も、絶望も、全てを分かち合え、そして乗り越えていく。そんな剣を。

んー……やっぱ違う。
俺の理想、そんな大それたものはないけれど、考えとはちょっと違う。
表現する言葉がないけれど、あえて言うなら、

あの青い騎士が持つ聖剣よりも、


あの赤い騎士が持つ剣が俺の理想なんじゃないかと思うわけで。



結局魔術は発動すらしなかった。
その傾向すら現れずにその日が終了したのだった。

キャスターは「気にする事ないよ。明日もあるじゃないか」と気楽に言ってくれるけれど、期間は限られてるんだよ。
本当に始めの一歩を踏み出せるのか?
はあ。


   /9日目

 そんな事ばかり考えていたせいか、こんなものを見ている。

その場にいるのは青い剣士と青年。そして向かってくるのは一つの流星。

空は墨を流したように真っ黒で、代わりに大地には無数の星々が輝いている。

だが、出ている月よりも、かろうじて見える星よりも、大地に広がる輝きよりも、その流星は巨大だった。

その流星に立ち向かえば、その巨大さに飲み込まれ、いなくなってしまう。

青い剣士が少年を見て、その剣の鞘を抜く。

風の鞘は解かれ、黄金の剣が姿を現す。

どんなものが立ちはだかろうと、その剣の前には全てが無意味だ。そう感じてしまう。


そして、振り切った。


それは暗黒の世界を切り開く、希望の光。

文字通りその光は闇夜を、流星を切り裂き、空に日をもたらした。

その光は、とても尊く、心をひきつけてやまない。

それをみて青年はどう思ったんだろうか?

そして、彼の人生にどれほどまでの影響を与えたのか?

ただ、青年はその剣に魅了されていた。

その輝き、その在り方、その全てに。




「……」
気がつくとそこは俺の部屋だった。
全く眠気がなく、すがすがしいまでの朝を迎えていた。

「……また夢か」
多分今回見た夢も前回の続きだと思う。
登場人物に変わりはないけれど、今回はその場所が全然違う。

「……」
そして、今回見た夢。
青い剣士が使っていた剣。
あれは……。

「……聖剣の、一つなのか?」
俺はあんな剣士は知らない。出会ったこともないのになぜ夢に出てくるんだ?
まあ、夢なんて取り留めのないものばかりだからそんな夢を見ても不思議じゃないけれど。

でも、
その聖剣の在り方が、
昨日見たのと同じようで、
魅了してやまない。

「……セット」
魔術回路を起動。俺は昨日組み立てた詠唱に入る。
その聖剣の在り方、考え方、目指すもの。
そういったのを詠唱に組み込み、

尊い光を創り出す――!


「大いなる星の輝き!」


そして力ある一言。
今まで手ごたえなんて全然なかった。むしろ俺の魔術回路がいかれるかもしれないと思うこともあった。
だけど、今回はそんなものを微塵と感じさせず、

俺の手には蛍よりはるかに小さい光ができていた。

「で……きた?」
だけどそれははかなく消えてしまう。
まるで手のひらに舞い落ちた雪の結晶のようで。

「できた、のか?」
再度自問する。
今俺がやった行為を。

「大いなる星の輝き」
何小節もの詠唱をつむぎ、再度力ある言葉を発する。
結果は同じ。一秒には程遠い一瞬ではあるけれど、本当に小さなものではあるけれど、俺は確かに光を創っていた。

「……やった」
思わずつぶやく。

「俺はやったんだ」
再度つぶやく。

「俺はやった……!」
そして大声で歓喜をあらわにしようとしたけど、

酷い疲労感が俺を襲う。

「……え?」
気がつけば俺はほおを床につけていた。
あれ? 何でこんな事になってるんだ?

どうやら俺は自分の気づかない間に倒れてしまっていたらしい。
何でだ? そんなに疲れるような事はやっていないって言うのに、
なぜか魔力が「俺は大魔術でも使ったのか?」と錯覚するほどに減っている気がする。

「気がついてきてみれば……まさか一日足らずで精製に成功してるなんて……本当に驚いたわ」
そしていつの間にか俺の目の前にはキャスターがいた。
いつ入ってきたかも分からない。気づかなかったと言えばそれまでだけど。

「ちょっと待てキャスター。これどういう事だよ……」
そのまんまの姿勢でキャスターに問い詰める。
てゆうかこれ以外の姿勢にできないのがつらい。

「あんな蛍よりも小さい光だけでなんでこうまでごっそり魔力が持ってかれるんだよ」
「あら、それでも魔術回路が焼ききれてないのはレンがとても優秀な証よ。この時代の魔術師にしては随分と回路が多いのね」
そういう問題ではないと俺は思うが……。
キャスターは満面の笑みを浮かべて人差し指を立てる。

「でもそうなるのはレンが思いに技術が全く追いついていないせいよ。鍛練あるのみね」
「……それはどうも」

とにかくほんの第一歩だけれども、俺は歩み始める事には成功した。
馬鹿げた話だけど、できればあの柳洞寺で見たものを再現したいものだ。

……実現が数十年後どころか、一生たっても無理っぽいけど。

でも人生歩いてみないと分からないし。
進んでこそ挫折も、栄光も得られると思うから。

だから、この光で多くの人と歩いていこうと思う。
そしてよりよい可能性が得られると信じて。




 ……と感動的に始まった一日は、


「れ……憐さん! きょ、今日一日付き合ってくれませんか!?」

と葵が言った事で続いたのだった。




to the next stage……


第30話に続く

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 はい、無駄に理論立てが多くなった上に矛盾だらけかもしれません。
コーンウェル版の儀式をFate風に解釈しようとすると、こんな感じかな?と考えてみたらこうなりました。
ですが、Fateでは多分マーリンなら自身が見た未来を変えようとあらゆる事をしたんだと思います。
自身の結末が湖の貴婦人、ニムエに幽閉される事になろうとも、あの最後にしないために。
ですからドルイドのニムエの世界ではそうさせていただきました。
それについての詳しい話はいずれ書ければと思います。
なお、憐がキャスターの術をしようとするのはある事への布石と言う事でどうかひとつ。

今回から文章形式を変えました。
こちらの方が読みやすいと自分は思うのですが、いかがだったでしょうか?

さて、次は憐と葵のデート……の前に8日目でアーチャーとディートが経験した所を書かないと。
これだからいつまでたっても一番書きたいところに進まない(以下略)。
それでは次の舞台で。
  2007年1月10日


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