/8日目

「……おかしいですね。わたしちゃんと魔力は隠しきっていたし、柳洞寺でも顔は見えないようにしてたはずですけど」
川辺。僕、アーチャー、アオイ、前セイバーはそこにいた。
僕がやはりと言ったのがアオイには意外だったようだ。
少しむっとしたようにも見える。

「キャスターがアオイからほんの少し魔力がもれているのをとらえましたから。それにアオイの姓、間桐ですけど……」
「意外ですね。まさか憐さんじゃなくてディートさんが気づくなんて」
「いえ、これに気づいたのはアーチャーです」
隠していても意味が全くないのでこの際話してしまおう。

「マトウ、間桐と書きますけど、これは読み方によっては……」
「マキリとも読めます。おじいさまが日本に帰化するのでしたらその苗字も元のものと関連があるほうがいいとしたようですけれど」
漢字の事はさすがに僕はよく分からなかったから、アーチャーに言われなければ絶対に気づきはしなかっただろう。
この地に根ざしたマキリが間桐と名を変えて住んでいたと言う事実にも。

「ところでアーチャー」
途端、アオイの表情が一変する。
その睨みだけで子供が気絶してしまいそうなほど恐ろしいものだった。
普段のアオイじゃ絶対に考えられない。

「憐さんはこの事をご存知なんですか?」
「いや、知らせてない。ディートやキャスターは憐には秘密に事を終わらせたいらしい」
「そう、ですか……」
表情が安堵に変わる。
胸を撫で下ろした彼女は心底からそれにほっとしているようだ。

「アオイ、いくら人がいないといっても今は昼。ワタシは姿を消していよう」
「あ、そうですね。分かりました」
前セイバーは姿を消す。
文字通りそれだけをしたのだからまだ前セイバーはここにいるでしょう。

「……」
アーチャーも武装を解除してさっきまで着ていた簡易的な和服に戻る。
白黒の剣もなく、今の彼は空手だ。

「それでアオイ。お話とは?」
前セイバーが姿を消したのだからここで戦いをするわけではなさそうだ。
対魔力にとても優れた前セイバー相手だとキャスターは騎士たちに全てを任せる事になってただろうからアーチャーがそばにいるのは助かるけど。

「もう、言ったじゃありませんか。わたしたちもっと親睦を深めないかと」
「?」
アオイは頬を膨らませながら言った。
いや、確かにそうは言ったけれど僕を呼び出す口実かと思ってました。

「じゃあ単刀直入に言っちゃいましょうか」
にこっと笑って人差し指を立てる。
そしてこんな事を言った。

「わたしたち、手を組みません?」
「え?」

僕はそれしか返答ができなかった。




Fate/the midnight saga(仮)

第27話


   /

「手を組む……ですか?」
「ええそうです。と言ってもわたしの目的は憐さんともディートさんとも違うのであくまで途中までですけど」
目的……。

柳洞寺でも彼女は目的のためと言って僕らを殺そうとした。
「わたしの目的のためにはあなたたちはとっても邪魔なんですよ」
彼女は確かにそう言い切った。

「おととい僕とレイリーを殺そうとしたのに信用しろと?」
だから僕も睨みつけるように視線をしてこう述べる。

「信用しろとは言いませんよ。そんな虫のいい話なんてありませんから」
でもアオイはそれを全く気にせずに笑顔を崩さずに述べた。
信用しなくてもいい、でも協力はして欲しい。
これは一体?

「それにゾウケンとレイリーのサーヴァントは倒れました。残ったサーヴァントは貴女のを除けば全員別のマスターについていますし、
 僕ら以外は手を組む事はしないでしょう。なら僕と手を組まずとも貴女ならそのセイバーとアサシンを使ってランサーたちを殺せるはずですが」
今倒れたサーヴァントはバーサーカー、ライダー、前キャスター。
だから後はもう誰も手を組まないで戦いあうだけだ。
なら現時点で2体サーヴァントを所有しているアオイが一番有利なはずだけれども。

「そこです」
だけどアオイはこっちを指差してそれこそ正解とばかりに喜ぶ。

「さっきは本当はどんな話をしていたのかは分かりませんけど、多分昨日の事なんじゃないかなーって思ってますけど違います?」
「……」
その質問には答えない。そこまで判断材料を与えてしまう必要もない。
そんな僕の態度に彼女はため息をもらす。

「だんまりですか。では勝手にそうだと思って話を進めさせてもらいますけど、あれにはちょっと語弊があります」
語弊? シェラザードの説明に誤解を招く言い方なんてあったっけ?
説明は的確でどこにも疑いの余地はないのだけれども。

「実はそのせいでわたし、おじいさまとは袂を分けたんです。全く酷いんですよ」
「たもとをわけた?」
えっと……それってどんな意味でしたっけ?
思わずアーチャーの方を見てしまう。

「行動を供にしてた人と別れたって事」
「ああ、なるほど。どうもありがとうございます」
おじいさま、つまりゾウケンとアオイは行動を別にしてるって事だけど、ゾウケンは昨日ランサーによって殺されたはず。
なら彼女の言っている事はおかしい。

「ゾウケンは昨日死んだはずです。アオイの言っている事には矛盾が……」
「あ、やっぱり昨日の事でしたか。これで話しやすくなります」
「あ」
しまった。そこまで考えてなかった。
それだったらだんまりをしていればよかったんだ。話せばぼろがでてしまうのだから。
思わず視線をそらして口を手で覆うけれど今更遅い。

「多分ディートさんが知っている事は、ランサーが攻めてきてキャスターとおじいさまが死亡、セイバーが令呪で強制転移させられた、
 だと思いますけど違いますか?」
「……そうです」
今さらしゃべってしまったのだから隠す必要もないだろう。
でもその事実に違いがあるとは思えない。なら……?

と、アオイはとても不満そうな表情を見せる。


「実はあの時に殺されたキャスターはわたしのアサシンです」

「え?」


あの時宝具の雨にバラバラにされた前キャスターが、アサシン?
アサシンは僕も見たことがあるけれど、前キャスターとは似ても似つかない……。
と、ここまで考えてアサシンにはあるスキルがある事を思い出した。

自己改造。元あった個をなくし、ハサン・サッバーハという群になった事でできるもの。
個を失ったのだから他の個になりすます事はたやすい。
そのために身体の特徴を一切排除し、あの白い仮面が顔代わりになってしまうのだから。

「わたしのアサシンの宝具は自己改造のスキル向上なんですけど、それを利用してわたしのアサシンを殺し、そしてキャスターを生存させたんです。
 ひどいと思いません? いくら聖杯のためだって言ってもわたしのアサシンを犠牲にするだなんて」
だからアオイの説明は一見すると正しくも聞こえてくる。
だけどそれには致命的な欠陥がある。

「アサシンごときにキャスターの魔術が使えるとは思えませんけど」
前キャスターが攻撃と防御に魔術を使った事は分かっている。
いくら外見は完璧にまねできても魔術までまねできる事はない。
アサシンならなおさら、真似る相手がキャスターなどそれこそ論外だ。

「それはその時はキャスターがそばにいましたから。アサシンがやられたと同時に速やかにその場をあとにしたんです」
「……」
確かに一見すればそれは事実に聞こえなくはない。聞こえなくはないけど……。

「おじいさまの方はディートさんも知っているでしょう? おじいさまがどんな体をしているか」
「蟲の集まり、ですか」
ゾウケンの体は蟲でできてる。だからいくら五体を引き裂かれても元に戻る事は他の人よりはるかに簡単だろうけど、 ランサーとソウマがそれを許すとは……。

「昨日から会っていませんけれど、あの人が生きていても何ら不思議ではありません。キャスターが生存しておじいさまも無事、
 わたしはそれに疑いを持っていません」
確かに前キャスターが生きている可能性がある事は分かった。それにゾウケンが生きているかもしれない事も分かった。
でもそれはあくまでアオイが言っている事で真実とは限らない。

「それでも貴女の手元には最高のセイバーがいます。なら必要ないのでは?」
いくらセイバーやランサーにやられたと言っても最高のセイバーのクラスを持つ前セイバー。
対魔力はこの聖杯戦争で一番高いようだし、レンの話だけど、前キャスターにやられるとは思えない。

「昨日の話を聞いたのでしょう? なら前セイバーが戦える状態にあるとご存知のはずですけれど」
「あ」
言われてみればそうだった。
前セイバーはセイバー、アーチャー、ランサーとの度重なる戦いで負傷をしているんだった。
現界しているのが不思議なぐらいに傷を負わされていたのだから、当分戦えはしないと言う事か。

「なら組んでみ意味が……」
「それでも対魔力がありますから盾にはなります」
それはひどい。前セイバーは間違いなく高位にいる英雄。そんな英霊を盾代わりだなんて。
でも現状ではそれが精一杯と言う事なのだろうか。
霊体化しているからどんな表情をしているのかを見ることはできないし。

「わたしが提案したいのはキャスターを倒し、ランサーを倒すところまでの協力なんですけど、どうです?」
セイバーとアーチャーに関しては言及しないか。
そこのところを心得ているのはうれしいけれど。

「3つほど質問がありますけどかまいませんか?」
「ええ、かまいませんよ。何でもじゃあありませんけど、ちゃんとお答えします」
「でしたら……」
組むにしても組まないにしてもこれだけは聞いておかなきゃいけないだろう。

「聖杯はどのように使うつもりですか?」
「聖杯、ですか。わたしは必要としませんからセイバーさんの願いをかなえようかと思います」
それはまた意外な。
柳洞寺での戦いまでずっと沈黙を守ってきた、実際は前セイバーを動かしていたけれど、彼女が願いがないなんて。
さすがに前セイバーの願いを聞くわけにはいかないか。

「では最終的には誰を倒すつもりで?」
「すみませんがお答えしかねます。ですが両方のキャスターはいずれは確実に倒させていただきます」
つまり同盟関係が終われば敵同士になると隠そうともせずきっぱりとそれを言うアオイ。
……でもぼかすと言う事はアーチャーに関しては何も言えないってことか。

「……それではお聞きしますけど」
そして、これだけは聞いておかなくちゃならない。
だって、これを聞かなくちゃあの事が報われなくなってしまう。


「あなたは柳洞寺の事を賛同なさったので?」


これこそ僕が一番聞きたかったことだ。他は正直どうでもよかった。

だって、あれだけレンは悲しんで、自らを攻めたんだ。
それが誤解から来るものだったとしても、その後ゾウケンは前キャスターを使って街の人たちを殺そうとしたんだ。
だから、アオイの気持ちを知りたかった。

「ディートさん。さすがにそういわれると怒りますよ。わたしがそんな事を望むはずないじゃないですか」
そのアオイは今の発言を受けて僕の方を睨みつける。
もう一歩踏み込んでしまえば令呪を使ってまで僕を殺そうとするだろう。
その表情には裏があるとはとても思えない。
ああ、やっぱり……。

「やさしいですね。アオイは」
「……!」
あれ? アオイはとても驚いたと言った表情を見せるけど、なんで?

「分かりました。その話を全部真に受けたわけではありませんが、ランサーと前キャスターを優先させる事は善処します」
「そうしてくださると助かります。早くアサシンの敵討ちをしたいですから」
にこっと彼女は笑って会釈をする。

僕がどのような仕打ちを受けても、彼女がそう思ってくれているならそれは聖杯戦争の枠組みの中での出来事。
レンさえよければ僕はかまわない。僕は僕のやるべき事をやるのだから。
だから、僕は……。

彼女の話が真実かは分からないけれど、それは前キャスターが本当に生きているかで分かる。
だとすると探索に優れたキャスターを連れて行くべきなんだけど……。

「あ、ディートさん。それと頼みたい事があるんですけど」
「頼みたい事、ですか?」
深く考え込む僕にアオイは述べた。
その表情からは笑みが消え、真剣なものになっている。
これこそが一番重要だとばかりに。

「わたしはマキリの魔術師です。ですが憐さんは未だにそれを知りません」
「……そのようですね」
多分メノウとソウマは遠坂の魔術師だから知っているだろうけど、レンは知らない。
アーチャーは知っていると言うより気づいたのだけれど。

「別にわたしはマキリの者として魔術師の憐さんの監視のためにあの屋敷に出入りしていたわけじゃないんです」
「……」
それについては返答できない。
僕には何も分からないのだから。

「ですけどいずれは分かってしまうと思います。憐さんあれで結構鋭いですから」
そしてアオイの表情が決意で固まった。


「わたしは明日自分が魔術師である事を告白しようと思います。
 お願いですからそれだけの間わたしがマキリの者だという事を黙っておいてくれませんか?」


「はい、分かりました」
即答でそれに返事した。思わず僕の表情も和む。

もしかしたらこの告白でいつもの生活が戻らなくなるかもしれない。
それでもアオイは前に進む事を選んだんだ。それを否定なんてできやしない。
この聖杯戦争が終わってしまえば……。

「ありがとうございます、ディートさん」
「いえ、お礼を言われるほどの事ではありません」
お互いに深々とお辞儀をする。

レンならばそれを悪い方へと転がす事はしないだろう。
あのレンならば、きっと。


   /interlude

「む……!」
レイリーは力を込めて井戸から水をくみ上げ、その水を桶の中に注いでゆく。
そして瑪瑙は服の洗濯をやっていた。洗濯板を使って丁寧に洗っている。

「すみませんレイリー、力仕事を全て押しつけてしまって……」
「礼は無用」
申し訳なさそうに瑪瑙は言うけれど、レイリーはそれを全く気にしていなかった。

瑪瑙が1人の時は魔術行使で重力軽減などを用いて水を汲み、物を運び、階段を上がり下がりする。
それを今はレイリーが受け持ってくれていた。買い物他も今は彼女が行っている。
車椅子生活では行動が制限されるのも事実だけど、それを理由にして友人を使いたくはなかった。

「ですが……」
「それ以上の発言も無用。吾は任務に失敗した。故に最低限の仕事を済ますのみ」
レイリーは淡々と述べるが、瑪瑙にとってはそれが痛かった。

なぜなら、結果的にレイリーは瑪瑙が述べた任務を完了できずに手段を失ってしまったのだから。
自身の実力はサーヴァントに遠く及ばず、遠坂の兄弟もマキリの者もそのサーヴァントを失ってはいない。
だから今彼女にできるのは不意をうってマスターを殺害する事。だけどそれは自分の考えに大いに反する。

魔術師である前に宝具を扱う武芸者である彼女にはアサシンと同じようなまねは耐えがたかった。
だけど正面きっての戦いで勝つのはほとんど無理。
ならば結局は静観するしかなかった。

「瑪瑙、マキリの屋敷が先日攻略されたと聞く。ならば……」
「遠坂とマキリは不可侵との約束ですからいくら荒らされても手出しできないのです。私もしたいのは山々なのですが……」
瑪瑙はため息をもらした。

そう、マキリの屋敷は憐たちが見たときのように双魔たちによって攻略され、荒らされたままなのだ。
いくら結界で屋敷に出入りする事もなく、気に留めることもないといっても、いずれかはその惨状が公になってしまう可能性は十分にある。
だからセカンドオーナーの彼女としては手を打ちたかったのだが、連絡がつかない。
肝心のマキリの者が全滅していない可能性もあるので強制的に乗り込むわけにもいかないし。

「全く、双魔お兄様も事後処理くらいしてくださってもよろしいのに。憐お兄様も行ったのならそれぐらいの気遣いをしてくれてもよかったのに」
自分でも無茶を言っているのは分かっていたが、結局言ってしまう事にした。

ちなみに瑪瑙がなぜマキリが攻略された事を知っているかと言うと、今朝方遠坂の屋敷に、
『マキリ邸は攻略した。遠坂のキャスターもオレが始末をつけた』
と、とても短い双魔の手紙が残っていたからだった。

通信手段がとても少ない明治初期において事後処理はとても大変なものだった。
何しろ付近の住民に知られる前に事後処理を行う自分たちが知り、行わねばならないからだ。
レイリーが召喚したライダーがいる時は上空からその様子と魔力の流れを見極められたが、今はそうはいかなかった。
と言ってキャスターほどの魔術師ではない瑪瑙に町全体を瞬時に把握する事は困難だった。

「次からの決まり事に『マスターは戦闘を終えたら監督役にその事を伝える事』を追加するべきですね」
などと愚痴を言ってはいるが、今回に関しては後の祭りだ。

と言うわけで結局朝一でマキリ邸に向かい、人払いの結界と音声遮断の結界を簡易的にほどこしたのだった。
またしても瑪瑙は深いため息をもらす。

「本当に今度遠坂のマスターが参加する事になったら第三者の監督役を雇うべきですね。この聖杯戦争が終わったらアインツベルンの方々と相談しますか」
今は自分と言う第三者がいるからいいが、遠坂の者がマスターになってしまえば第三者ではいられない。
こうして兄妹が全員魔術師な事がそもそもおかしいのだ。再び遠坂から事後処理を行う者が出る事は考えにくい。
ならば公正な人物が事後処理を行う必要があるのではないか、と真剣に思う瑪瑙だった。

「ふう」
洗い終えた洗濯物を空の桶に移していく。
あとはまたそれに水をためてすすぐ必要がある。天然素材とはいえ石鹸を使ったのだから。

ふと瑪瑙はその手を止めてある事を考える。


「マキリは間違いなく前回の聖杯戦争の折に生き残っているサーヴァント2体を使ってくるだろう。
 セイバーはともかくとしてキャスターは元は先代が召喚したもの。それの悪用は遠坂の者として許すわけにはいかない。
 戦闘者として脱落しているおまえに言うのは何だが、必ずや聖杯戦争に参加し、キャスターを倒すのだ。これ以上先代を冒涜させないように」

今でも覚えている遠坂の生き残りとの最後の会話。
彼は死ぬ間際に瑪瑙にこう述べた。
キャスターとはどのような人物だったのですか、と聞くと。

「……正に神聖な者だったと聞く。最も私はじかに見たことがないので何とも言えないが、遠坂が使うにふさわしいそれは立派な魔術師だったと」
故に、その悪用は許してはならない。とも述べた。

「憐と双魔の争いはもはや避けられまい。双魔が聖杯戦争に参加するなら憐も必ずや参加するだろう。2人の戦いは止めねばならない。2人が戦えば……」
戦えば?

「待っているのは悲劇だけだ」
悲劇? 双魔は先代を含めて遠坂邸にいた遠坂のもの、その弟子を殺したのではなかったのか?

「そうではない。これはあの出来事を体験した私と双魔にしか分からない。分からないんだ」
……それでは一体。

「事の真実は……」


「瑪瑙?」
「あ……」
現実に引き戻される。それでも彼女の思いはまだ想像の中に半ば残されていた。

双魔、憐の2人の兄。先代が残したサーヴァント、キャスター。
自分が戦闘者として再起不能なのは関係ない。出来ない事は出来る事で埋めればいいのだから。
だからこそ瑪瑙はレイリーを呼び、協力させたのだ。
その結果がどうであれ、自分は最善を尽くしたのだから。

「だからと言って諦めたわけではありませんけどね……」
レイリーには聞こえないように本当にかすかな声で述べる瑪瑙。
いくら先に見えているのが限りない絶望だとしても、それでも本当にわずかでも可能性があるのなら、進むのが魔術師たる自分なのだから。

「レイリー、貴女には更なる負担をかけてしまいますが、期待していますよ」
「契約は契約。吾はそれを遂行するのみ」
瑪瑙の言葉にレイリーはただそう言ってからの桶に水を注ぐ。
本当ならサーヴァントが消えた時点で契約を破棄してもいいのに、と瑪瑙は内心で思う。

(まあ、律儀なところが彼女のいいところなんですけどね)
自分の利ばかりしか考えない魔術師と同じでもレイリーは武芸者寄り。利でもその考え方が違う。
だからこそ他のレイリーより優れたフリーランスではなく彼女を選んだのだ。

午前中に今後の方針は固めておいた。
とにかく事後処理を進めつつ新たに発生しそうな被害を最小限に防ぎ、かつ憐と双魔に戦いをさせない事。
いつものようだがライダーがいない事でそれはとてつもなく困難だ。

それでも、やらねば。

「まあ、前キャスターがいなくなったので大量殺戮や破壊が行われる事はないでしょうけど……」
マキリの当主が持つサーヴァントは前セイバーとアサシンのみ。
前セイバーの宝具は確かに大量殺戮ができるが、あの様子だと令呪でも使われない限りそれを行使したりはしないだろう。
それならばセカンドオーナーとしてはやる事は少ない。遠坂のものとしては多大でも。

「わたしは遠坂の当主なのですから」
その言葉は先が見えない中でも決意に固められていた。

洗濯物を取り、板でまた洗う。
絶え間なく手を動かした事で汚れも取れている事だろう。
もう少し服が傷まない方法もあればいいのだが、と笑みを浮かべながら思う。


「見ぃつけた」


「「!?」」
その言葉は唐突に響く。
辺りを見渡すが誰もいる気配がない。更に自身が張り巡らした結界が破られた形跡もなければ進入の形跡もない。
これは一体、と瑪瑙は車椅子に体を戻して警戒する。

レイリーは瑪瑙の背中を守るようにしてそばに置いてあった自身の武器を手に取り、構えをとった。

「今のは一体……?」
注意を張り巡らせる事数分、何も起きない。
額から汗が流れる。緊張感に走る2人だが、辺りはいつものように時を刻んでいた。

と、水の音が不意に響いた。

「まさか……」
今いるところで水が関係している箇所など一つしかない。

2人は井戸の方に最大限の注意を払いつつそっちに体を向ける。
そこしか水場がないのだから。

音は静かに、本当に静かに響く。
静寂につつまれた洞窟の中に水が一滴落ちるぐらいに。

 そして、井戸の中から人が現れ、その場に立つ。
そこにいたのはアインツベルンが持つキャスターと同じぐらいの少女。
その雰囲気はまるで海か湖の精霊がその場に現れたかのように神聖なものだった。
その姿、その雰囲気、2人はその少女をよく知っていた。

「あ……ありえない……」
かろうじて瑪瑙はそうつぶやくしかできなかった。

「なぜあなたがまだこの世にいるのですか……」

その言葉が今の現状を物語っていた。


「キャスター」


なぜなら、双魔に倒されたはずの前キャスターがいるのだから。

双魔は前キャスターを倒したと断言した。瑪瑙は双魔のその言葉を真実だと受け止めている。
だが現実に前キャスターは目の前にいる。ならばその現実を受けとめなくてならない。
双魔は前キャスターを倒すのに失敗したと言う事だ。

だが、今彼女から感じられる印象は柳洞寺で感じ取ったものとは相反するものだ。
臓硯のサーヴァントの前キャスターは正に死そのもの。その周囲からも生を略奪するほどの存在だった。
目の前にいる者はどうだろうか?

その身は尊く、美しい。印象はまるで母なる水そのものではないか。
そう、これはまるで……。

「あなたは何者ですか」
自分が聞いた、以前先代によって呼び出された前キャスターそのものではないか。

「あなたは、誰?」
前キャスターと思われし少女はあの聞くだけで気絶してしまいそうなおぞましい声でもなくなり、とても澄んでいた。
甘い媚薬のような魅力はないけれど、まるで聖女からのお告げのように。
普通に聞いていればそれに夢心地になってしまいそうなほどだが、そんな場合ではない。

「わたしは遠坂瑪瑙。この地のセカンドオーナー。それを知っての進入ですか」
前キャスターは笑みを浮かべる。
それは歪んだものではなく、とても清純な。

「キャスター、サタナ」
彼女はそう述べると手を前に差し出す。

「全ては、わたしの願いのために」
そしてまた笑みを浮かべる。
とても清純なものでゆがみの一つもない。

だが、その笑みはとても冷たいものだった。

それに気づいたレイリーは地を蹴って飛び出した。同時に瑪瑙も車椅子にしまわれた宝石を取り出す。
距離にして7メートルほど。これならば一瞬で間合いは縮まり、前キャスターを一刀両断できる。
頭部と腹部を防御するようにしる攻守に優れた構えを取っているレイリー。

「――――Zehn十番……!」

「はあありゃあっ!!」

瑪瑙は中距離からの援護射撃。レイリーは左右から前キャスターに斬りかかる。
前キャスターは詠唱をする様子もなく、たった一言でできる魔術ではこれらの攻撃は防ぎきれないし、よけられる技術もない。
ならば、もらった。

と確信していた。


「満たすは網のように」


2人の誤算は2つ。
まず前キャスターを以前と同じ存在だと思っていた事。
実際は彼女はアサシン。前キャスターの記録を元にキャスターとなった者だ。
よってもはや彼女たちが知る存在ではない。

そして、魔術師としての前キャスターをまだ甘く見すぎていた事。
なぜならサタナは湖の貴婦人。水の魔術ならばその身と全く同じ。暗示と世界への働きかけを意味する詠唱など全く無意味なのだから。

したがって2人の攻撃は……。

「えっ!?」「なっ!」
スキルの『水の加護』と水の魔術によってやさしく威力を包み込まれてしまった。

これこそ本当の魔術。水で敵の攻撃の威力をやさしく包み込むこの使い方こそが正しいものなのだ。
理性どころか考える事すらない前キャスターと違い、アサシンはサタナの叡智を存分に使用する事ができた。
その分アサシンらしさが何一つ残されていないが。


「大いなる水の育み」


そして詠唱はなく、動作で自己暗示をして2人の方に指し示す。
と、井戸から水が溢れ出し、数多の矢となって2人に襲いかかった。

「く……っ!」
動作の合間に取り出した宝石を持ち、それを撃墜しようとする瑪瑙。
2つの武器を持ってそれを切り伏せようとするレイリー。

Funf五番, Sechs六番, Acht八番, Das Schwert einer Flamme炎の剣 !」

何とか前キャスターの作り出した矢と同じだけの数の剣を作り、放つ。
うまくいけばそれを貫き前キャスターに、最低でも相殺まではもつれるはずだ。

次々と互いの魔術がぶつかり合う。
確かに互いの魔術はそれぞれで威力を殺し合い、消滅していく。
だが、

「大いなる水の育み」

前キャスターがキャスターとやってみせた応酬はそれを絶え間なく行うものだ。
属性が元に戻って弱体化する事などありはせず、まだ魔術のぶつかり合いが残っているにもかかわらず同じ規模の大魔術を用いる。

「ぐ……!」
先に放つ方はいい。敵に標準を合わせて攻撃すればいいのだから。
だが後から放つ方はそれを撃墜するために狙いを定める必要がある。
水の蒸発で発生した水蒸気により視界は最悪。それでも対処しなければ。

「――――Elf十一番 , Der Schild des Lichtes光の壁 !」

ならば必然的にするのは自身の周りを覆う結界を張る事だ。
レイリーはその結界に敵の魔術が接しないように切り払うが、その全てを払えるほどではない。
次々と直撃していく魔術に結界が悲鳴をあげる。

「ここは撤退しましょう! 大魔術師相手にはわたしたちでは不相応です!」
「了承!」
だが宝石にも数がある以上、詠唱なしで魔術を使用する前キャスターを相手にいつまでも持つはずがない。
結界を全く傷つけもせずに進入してきたのはとても意外だったが、そうなってしまった以上この場を放棄する必要がある。

「憐お兄様のところへ行けば……」
キャスターとアーチャーならば前キャスターにも十分に戦える。
マキリを除けば一番近いマスターは彼らのところだ。

(まさかわたしたちまで標的になるなんて)
サーヴァントを失った以上、レイリーはもはや参加者ではなく観衆にすぎない。
瑪瑙にしたって所詮は舞台を円滑に進めるための裏方にすぎない。
その2人を狙っての攻撃は覚悟はしていたが、実際にあるとは……。

自分を基点に結界を張ったので移動とあわせて結界も動く。
レイリーの力は借りず、重力軽減で重さを軽くし、車椅子を走らせる。
目指すは百目木邸。


「落ちろ落ちろ滝よ」


だが、その希望すらも流してしまいそうな言葉がつむがれる。
井戸から汲み上げられる水全てを用い、前キャスターは頭上に水の塊を形成しているのだ。

それは以前の前キャスターと違って死の属性がないただの水。
だが、魔力の濃度は濃く、もはや魔力の塊と言ってもいいぐらいだ。
しかもそれは直径にしても1メートルは軽く超えている。
単純に計算したところで1tは下らなそうだ。

それをお手玉を投げるよう軽い動作で瑪瑙たちに高速で落とす。
全魔力を集中させて結界の維持に努めるが、
まるで車を前にした塀のようにもろく崩れ去り、


即チ大河ヲ剪定スル也キ ン コ ウ セ ン


その水の塊は切断された。
いくら大魔術だろうと、宝具ほどの概念武装の前には屈してしまった。

そのまま逃亡を続行しようとする2人。
もはやあの攻撃で井戸から汲み上げられる水の多くを使ってしまったはず。
雨でもなく池も川も近くにない。井戸程度ならあれで打ち止めのはずだ。

一瞬でも水の精製をするにも井戸へと水を運んでくるのも、地下水をくみ出すにも時間がかかるはずだ。
ならば、今こそが逃げる好機。


「数多の雫が万物を貫く」


だと一瞬でも思った。思ってしまった。
炎と違い、結界で打ち落とされた、宝具で切断された水は地面に落ちたというのに。
だがもし気づいていてもそれを防ぐ事はできなかっただろう。

三次元、あらゆる方向から襲ってくる水の槍を。

「が……!」「あ……!」
結果、2人の魔術師は水の槍を受けてつられる。
瑪瑙の車椅子はただものではなくそれも魔術用具。だから大半のものだった下からの攻撃に耐えられた。
だがレイリーには対処の仕様がなかった。魔術には詠唱の時間はなく、切り払うにも避けるのにも範囲が広すぎた。

(肩に2、腕に1、腹部に2、脚に2、どれも致命傷に至らず)
瞬時に自己診察をして動かせる手で宝石を放ち、束縛から自らを解き放つ。
今度は念入りに水を消滅させて。

「可哀想……。生まれた時から運命を決められているだなんて」
前キャスターは微笑みながらなお捕らえられているレイリーの方に歩み寄る。
彼女は洞察力をもってかろうじて致命傷を防いではいるが、瑪瑙よりはるかに多くの槍を受けている。
数多の鮮血が水の槍をつたって地面に流れ落ちている。

「レイリー!」
とっさに宝石を持って彼女を救おうとする瑪瑙だったが、冷静になって考えねばと自分に言い聞かせた。

生存だけを考えるならレイリーを見捨てて自分だけでも逃げるべきだ。さすがに今は日中、街に逃げ込めば追っては来ないだろう。
だが心情を取るならレイリーは助ける。片腕だけでも解放できれば武器で拘束をなぎ払う事ができるはずだ。
遠坂の魔術師とするなら前キャスターを攻撃すべきだ。地面の水を使ったと言う事は井戸のが尽きている証拠。なら宝石を全投入すれば勝てる。

ならすべき事はとうに決まっていた。

「――――Sieben七番 , Zwölf十二番 , Eroberung Armee征服軍勢 !」

すなわち、前キャスターの攻撃だ。

「満たすは網のように」

とっさに残った水で防御に徹する前キャスター。
それによって拘束力の弱まった水を打ち払う。

「レイリー、早く!」
「……無念」
瑪瑙は車椅子を走らせ、レイリーは地を駆ける。
いくら一言と同じぐらいの時間で大魔術が使えても、それまでには速度に乗っている。
結界はまだ生きているのだから、追おうとしても無駄だ。

それに水の大魔術はもはや使えない。
『大いなる水の育み』のような大量の水を使うものは距離を置くほど避けやすく、『数多の雫が万物を貫く』のような針のごときものなら遮蔽物 の多い林に逃げ込めば防げる。
キャスター戦で見せた森すら一掃する津波レベルの術はその水が存在しない以上使えないはずだ。
宝具も攻撃に適したものでないと判断すれば、この一瞬だけで十分に逃げられるはずだ。

が、神代の魔術師がこれで終わるはずがなかった。
湖の貴婦人ニムエが騎士王アーサーにその魔術と叡智を出したのと同じで、水の精霊サタナもまた英雄バトラズにそれらを与えたのだから。
ゆえに、ただ水を操るだけで彼女の魔術は終わらなかった。

地面に流れた水をかき集め、一つの剣を創りあげる。
キャスターのニムエがその聖剣を追い求めたのとは違い、単純に魔術の一つに過ぎないので決して高い再現度ではない。
だが、逃亡に徹する者を狙うのには十分すぎるものだった。


「蒼湖猟鳥」


キャスターの魔術は鳥のように上空から獲物を捕らえるもの。空に遮蔽物はなくその剣は敵を捕らえるものだ。

ゆえに、


「が……!」


数多の傷を負って注意力が落ちていたレイリーがそれをまともに受けても仕方がない事だったのかもしれない。

崩れ落ちる体。それをささえようと脚を踏ん張っても、それは止まらない。
手で支えようと近くの木に持っていこうとするが、その力はとても弱く。
結果、レイリーの体は崩れ落ちた。

「レ……レイリー!」
停止する瑪瑙の車椅子。

直線距離では確かにまだ百メートル前後だが、曲がりくねって見えづらくしていたはずだ。
だが上空から飛来したそれはまるでレイリーの位置が分かっていたかのように襲いかかってきた。
それに困惑する瑪瑙だったが今さらそんな事はどうでもよかった。

肝心なのは、今その場にレイリーが倒れてしまっている事だ。

「ひどい、これは……」
思わず口を手で覆う。
前キャスターからの攻撃は的確にレイリーの内臓を貫いていて、穴が開いていた。

これでは膨大な魔力でもない限り治しようがない。
だが洗濯の途中での襲撃だったために、宝石にも限りがあり魔力が足りない。
つまり、レイリーの治療は不可能だった。

なぜなら、一番重要な箇所、心臓に穴があけられてしまったからだ。

「逃亡……を……」
「レイリー! いけません! ここで死んでは……!」
自分でも無茶な事を言っている事は分かっている。
だがこの現実を受け入れるわけにはいかない。
何か、何か手段があるはずだ。この絶対的な常識を覆す何かしらの神秘が。

だがこの手にはその神秘をつかさどる宝も技術もない。
魔術師の自分はもはや彼女の生存が絶望的だと悟っていた。
ならば逃げる事が自身の生存確率を高める最高の手段である事は疑いようのない事実。

「速やかに……」
「でもその歯車から貴女を解き放ちましょう」
聞こえてくる清純なる声。
と同時に数多の水でできた槍が降り注ぐ。

それは主にレイリーを狙ったもので、確かに瑪瑙も狙ってはいるが一人でよければ十分にかわせる範囲の攻撃でしかない。
しかし、しかし……!

ほんの一瞬だけレイリーの方を見る。
もはやその槍を防いでも彼女は助からない。
だと言うのに、彼女は決意を込めた目で瑪瑙の方を見る。

「行け……!」
「……っ!」
悲痛な顔をする瑪瑙。
次の瞬間、彼女のとった行動は、

レイリーを見捨てる選択肢だった。

振り返りはしない。その魔力を全て移動に費やし、その場を離脱する。
今の自分は遠坂の魔術師なんだ。まだ100年にも行ってないけれど、代々の者たちのためにも自分は報いなければならない。
自分にそう言い聞かせながら。

それを見届けるレイリーの体に槍が突き刺さっていく。
視界が血の色に染まり、そして暗転していく。
もはや指一本も動かせはしなかった。

「あ……」
声もでない。もう痛みも感じない。

ああ、自分は死ぬんだ、と他人事のように思ってしまった。
だがまだ自分が死ぬまでに時間がありそうだ。
そうしてレイリーの頭の中に浮かんだのは、王の家での生活でも、武芸者としての自分でもなく、

自らが召喚した英雄、ライダーだった。

「……ふっ」
自分の人生にどれだけの意味があったかなどは分かりはしない。そこまで成長していないし経験もしていないのだから。
だけど、彼に出会った事は間違いなく誇れるものだった。

遠坂の代理人としてこの地にやって来たフリーランスの魔術師、王麗俐はその短い人生に幕を下ろした。

interlude out



to the next stage……


第28話に続く

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 やっと終わりました。
この展開は以前から考えていた事です。これによってマキリの当主の暗躍が始まるとしたかったんです。
ただ書いていて誤算だったのは葵が正体を現さなければならない展開になった事ですね。
憐を除いて全員が疑っている以上、ここで葵が手を打たなければ彼女に非常に不利な展開になってしまいますので。
これはこれで進め方もありますけど、いまいち生き残っていた前キャスターの異常さが際立たない気がします。
それでも当初のプロットからは外れないようにはします。

次の話でやっと8日目終了、の予定です。では。
 2006年12月26日


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